2010年サハリン旅行記9

まず最初に、ルーブルの所持金が少なくなったので、両替をしようと『みちのく銀行』のあった場所へ行くと、今は『ВТБ24』という銀行に変わっていた。中の受付で「チェンジ プリーズ」というと係りの人は最初は分からなかったが、やり取りしているうちに分かったようで、受付番号の紙をくれた。奥が両替所になっていた。

一昔前はルーブルを嫌ってお金を外貨で持つ人が多かったようだが、今ではそんなことも無くなったようで、両替所の存在感も薄くなってしまったようだ。
みちのく銀行だった時は親切に対応してくれたのだが、この点は不便になった。

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 かつて『みちのく銀行』があった場所はロシアの銀行に。日本領事館は今もここにある。

ユジノサハリンスク市内の交通はバスが主役である。市内を歩いていると路線バスが走っているのをあちこちで見ることができる。
車両は、マイクロバス、ワンボックスカー、韓国製中古大型バスと様々で、どのタイプが来るかはわからないが、前面と側面に系統番号と経由地を表示しているのでバスとすぐにわかる。

主流は12〜14人乗りのミニバス。満席の場合は次の便を待つしかない。系統によっては次から次へとやってくる。
ダイヤ通りに走っているのではなく、決まったルートをぐるぐる回っている乗り合いタクシーのような感覚だった。

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 黄色いミニバスが主流になりつつある。

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 ミニバスの車内。料金は乗客が運転手までリレーのように手渡す。

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 たまに中型サイズの車両も来る。これは新車らしい。

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 上記の新車らしい黄色いバスの車内。助手席は車掌。

路線は市内線と郊外線に分けられていて、すべて系統番号がある。番号別の運行経路がわかれば誰でも気軽に利用できる。

市内線はbPから81まであるが、欠番があったり、1日数本のみという系統もあるのでそれほど複雑でも無い。またほとんどの系統が中心部主要通りを経由するので、例えば市内のどこかから中心部方向のバスに乗れば見覚えがある場所に戻ってくることもできる。

以下の系統が本数も多く使い勝手が良いです。
63番 空港−ミーラ大通り−レーニン通り−サハリンスカヤ通り
19番 レーニン通り→プルカエフ通り→コムソモリスカヤ通り→サハリンスカヤ通り→レーニン通り(外回り循環便)
20番 19番と同じルートを逆回り(内回り循環便)

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 ガガーリン像。言わずと知れた世界初の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン。

バスで着いたのはコムソモリスカヤ通りにあるガガーリン公園。
ユジノサハリンスク市内で一番の見どころといえば、ガガーリン公園だろう。
小さいながらも遊園地があって、湖があり、その周りを子供鉄道が走っている。

公園内各所にカフェやキヨスクもあって簡単な飲食もでき、景色も良いので、おすすめの観光スポットだ。

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 ガガーリン公園の遊園地。

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 ガガーリン公園にある子供鉄道の線路。

遊園地を抜けると池があって、池に沿って線路が伸びている。これが子供鉄道だ。
歩いて行くと駅舎があって、機関車と3両の客車を連ねた列車が停まっている。
駅舎に掲げてあった時刻表を見ると、11時発の列車がもうすぐ出るところだった。切符を買って車内に入る。

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 子供鉄道の車内。かつて軽便鉄道で使われていた客車。

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 駅舎には駅員もいて本格的。

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 子供鉄道の車内。車内は小さな子供向けのイラストが。

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 子供鉄道の車窓。乗り心地は軽便鉄道といったところ。

子供鉄道は、鉄道学校の生徒の実習で運行されているはずだったが、この日だけなのか経営が変わったのかわからないが、スタッフは全員大人。乗客はおばあちゃんと孫といった幼い子連ればかりだった。

途中1駅に停車して1周13分。また元の駅に戻って終点となる。
時刻表をあらためて見ると、10:30から17:00まで毎時00、30の発車となっていた。

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 海賊船かな。

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 のどかな公園内のヴェルフネエ湖。

しばらく公園内を散策していたが、これといって行くところも無くなり、一旦ホテルへ戻る。

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 4泊したユーラシアホテルのシングル部屋。テレビ、冷蔵庫、電気ケトルもそろっている。

ホテルでしばらく休んで、また街をぶらつく。今度は土産物の買い物もした。

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 レーニン通りの賑わい。

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 どこかの交差点。

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 中古の日本車ばかりだが、ロシア車も。ヴォルガ製ГАЗ(GAZ)−3102。

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 とにかく車が多い。サハリンスカヤ通り。

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 自由市場の近くに新しくできたスーパー。
  
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 ユジノサハリンスクで買った土産物など。

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 ホテルの部屋から見た夕方の駅前広場。

サハリンはこれで最後になる。明日は日本へ帰国する。
初日もそうだったが、ここユジノサハリンスクからコルサコフ港までは、また自分で移動しなければならない。

コルサコフ港の出航時刻は10時。2時間前にはフェリー乗り場に着いていなければならない。
コルサコフ行きバスの一番早いのは7:20発となっていて、これでは到底間に合わない。

夕方にホテルのフロントにコルサコフまでのタクシーを頼んだ。同じような客がよくいるのか、すぐに話は通じた。
明日7時に迎えに来るようにお願いした。コルサコフまでは900ルーブルとのこと。

最後の夕食くらいレストランでもいいかなと思ったが、まだ冷蔵庫に残っている昨日までの夕食も始末してしまいたかった。
出かけるのも面倒になり、またいつものように部屋で残り物とビールで夕食。

まあ一人旅のメシなんてこんなもんだ。

ホテルの窓から更けて行く街を眺めながら酒を飲んだ。
ずっと気になっていたが、広場の向こうに怪しげに光を放つ噴水がある。見ていると近くまで行ってみたくなった。

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 駅前のレーニン広場は夜9時になっても賑わっている。

きれいに整備されたレーニン広場は公園のようになっている。
もうすっかり暗いが多くの人で賑わっていた。夜はここが憩いの場になっているようだ。

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 イルミネーションが輝くレーニン通り。

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 レーニン像と花火型のネオン。

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 ライトアップされた噴水。

夜のレーニン広場はライトアップされて奇麗になった。中でも噴水のライトアップは幻想的というか妖しげというか、なかなかの作品だ。
暗くなってからひとりでちょっとレーニン広場へ出てみたが、怖い感じはなかった。夜の大通公園あたりの雰囲気とたいして変わらない。
(でも夜の一人歩きはお勧めしません)

2010年サハリン旅行記8

2010年9月9日
■ユジノサハリンスク発 8:20発 ノボジェレーベンスカヤ着 8:53 [6001列車]
ノボジェレーベンスカヤ発 9:10発 ユジノサハリンスク着 [6002列車]

毎朝7:08にノグリキからの夜行急行列車が到着する。
早起きしたので、急行列車の到着を見ようとホームへ行った。

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 朝7時を過ぎたあたりから出迎えの人々がホームにやってくる。

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 ノグリキからの急行列車が到着。ホームはしばし賑わう。 

サハリン北部からの乗客を乗せて到着した列車を見ていると、ノグリキまで往復してみても良かったかなと思った。
せっかくサハリンへ来たのだし、私も鉄道ファンなので、コルサコフ片道乗車だけでなくもう1回くらいは列車に乗りたかった。

ユジノサハリンスク発着近郊列車はエレクトリーチカと呼ばれる。通勤列車という扱いなのか、乗車にパスポートは不要である。
2010年現在ではブイコフ行(旧内淵):1.5往復、ノボジェレーベンスカヤ行(旧奥鈴谷)2往復のみになった。コルサコフまでの近郊列車もたまに復活したとの情報が入るが、2010年9月現在ではコルサコフ-トマリ間の長距離列車1往復しか無かった。

2本ある近郊列車のうちブイコフ行きは18:25発の1本のみ。往復して戻りは22:00と、もっと日の長い時期ならばともかく1人で乗車はよした方が無難だ。

もう1つのノボジェレーベンスカヤ行は8:20と16:45発の2往復があり、ユジノサハリンスクから約16キロ片道33分なので、1時間20ほどで気軽に列車乗車を楽しむことができる。

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 朝食のハンバーグ(?)ライス。

8時前にサッサと朝食を済まして駅の切符売り場へ。窓口で「ノボジェレーベンスカヤ」と言ったが発音が悪いのか通じない。仕方なくメモ帳に駅に掲示の時刻表を見ながらつづりを書いて見せると分かったようだ。

運賃は28.8ルーブル(約110円)。切符はペラペラの小さいレシート。先日のコルサコフ行きの切符と違ってとても記念になるような代物ではないが、そんなことを考えるのは日本人くらいだろう。

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 ユジノサハリンスク駅のコンコース。ベンチに横になる人は夜行で着いた人だろう。

コンコースは、さっき夜行で着いたばかりだが、まだ行き場のない人たちが休んでいる。

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 ユジノサハリンスク駅のコンコースに掲げられた発車時刻表。

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 同じくこちらは到着時刻表。

列車は3番線に停まっている。2番線には貨物列車が停まっているので、地下道を通らなければならない。 
車掌にレシートいや切符を見せて車内へ。意外と乗客があって、客室内の各ボックスは半分くらい埋まっている。

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 D2型4両のノボジェレーベンスカヤ行き。

この列車は4両編成、初日にコルサコフまで乗った列車と同じD2型気動車だ。

サハリンの近郊列車と中距離列車の主力はD2型という気動車が活躍している。車体はステンレス製、4両1編成で、冬季対策のため床上にエンジンを置いているので両端運転室側はエンジンルームになっている。また、中間2両は付随車(トレーラー)になっている。
製造は1986〜87年、日本の富士重工製で、車内各所に日本のJR車両と共通の部品が見られる。

1990年代頃は経済状況の混乱からエンジンの部品入手不能などがあって全車両休車に陥り、JR東日本から供与されたキハ58系に置き換えられたこともあったが、2000年代になるとまたD2型が復活した。現在キハ58系は残念ながら廃止されたようだ。
北海道以上の極寒地サハリンで、暖地向けキハ58での冬季運行はどれだけ過酷だったかは想像に難くない。

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 レザー張りのボックスシート。また手すりは0系新幹線のもの。

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 窓は上段だけ内側に開く。JR北海道にもこれとそっくりな車両が・・・

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 これはJR北海道室蘭本線のキハ150の窓回り。D2とそっくりな構造。てゆうか同じユニット窓?

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 トイレ部分の客室側は掲示版になっている。

ユジノサハリンスク〜ノボジェレーベンスカヤ間は気動車列車が2往復するだけの盲腸線となっているが、もともとは南部横断線としてユジノサハリンスクとホルムスク(真岡)を結ぶ路線だった。
日本時代の昭和3年に、樺太庁鉄道の豊真線として全通した由緒ある路線でもある。

戦後はソ連時代になり、鉄道連絡船を介して大陸側の大型貨車が運ばれてくると、トンネルの多かった豊真線では貨車が通過できない。そのため、約100km北のアルセンチェフカ(真縫)〜イリインスク(久春内)間に新線を建設して、貨物列車はそちらを迂回することになった。

1990年代にはトンネルの崩壊が起こって不通に、ユジノサハリンスク側とホルムスク側それぞれで区間列車は存続することになったが、中間部分は復旧せず実質廃止となっている。

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 側線が分岐する。ダリニー(西久保)付近。

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 ススヤ(鈴谷)平野の西端を行く。車窓は単調。

車内は車が普及したせいか平日だからかは分からないが、年配客が多い。

発車して市内を抜け、20分くらいはススヤ(旧鈴谷)平野の西端を走る。人家も無く、雑木林や牧草地が続く単調な風景。
平野が終わり山岳地帯に入って行くと2か所の停留所に停まる。昔の国鉄の仮乗降場みたいなものだろう。そこで2〜3人下車して行く。

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 途中2か所ある停留所。低床ながらちゃんとホームもある。

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 途中から山の中に分け入って行く。

終点ノボジェレーベンスカヤ駅は無人駅。ここはユジノサハリンスク郊外のダーチャ村で、町からダーチャへ通う人たちのための列車のようだった。

ダーチャとは、日本では『別荘』と訳されるのがほとんどだが、実際は大分違う。
簡単にいえば別荘と家庭菜園を合わせたようなものだが、ロシアのはもっと本格的で、都市部で生活をしながら郊外で農耕生活をするというものだ。週末や夏休みになるとロシア人は家族でダーチャ生活をする。

作物は基本的には自家用だが、余ったものは町の自由市場で販売する。
ソ連崩壊後、経済混乱で賃金の遅配などが相次いだ頃は、本来の仕事よりもダーチャでの農作業に精を出した人も多かったらしい。

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 33分で終点に到着。乗客たちは自分のダーチャ(別荘)へと向かって行った。

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 コンクリート敷のホームと立派な上屋も設置されている。

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 駅の入口には立派な駅名標もある。

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 ホーム西側から。

南部横断線(旧豊真線)としてホルムスク(旧真岡)まで通じていた路線だが、駅ホームから100mほど行った所に車止めがあり、その先は草木が生い茂って廃線跡とも分からないような状態になっていた。 

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 かつては南部横断線としてホルムスクまで通じていたが、車止めがあってここが終点。

戻りの列車は、空いていて各車両7〜8人程度。2つの停留所を発車後2人1組の車掌が車内を回ってきて切符を売る。すっかり近代的になって、JRの車掌と同じような機械で発券する。ただし、切符は行きと同じレシートだった。

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 発車すると車掌が回ってきて切符を買う。

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 ユジノサハリンスクに到着。

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 2段ステップだが、お年寄りは低床ホームの駅での乗り降りが大変。

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 ユジノサハリンスク駅前。

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 駅前から延びるコムニスチチェスキー通り。初めて来た10年前と比べるときれいになった。

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 駅前を見守るD51。なんか色あせたような。

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 駅横の倉庫。日本時代の遺物で、前に見たときは朽ち果てていたがきれいに復元されている。

駅横の貨物積み降ろし施設だった場所は、過去に走っていた鉄道車両が保存・展示されている。
鉄道歴史博物館もオープンしたようだが、場所が分からず行けなかった。残念。

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 駅横には過去の車両が展示されている。

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 いかにもソ連型ぽい機関車。ゲージはナロー、炭鉱で使われていたものか?

こんどは路線バスに乗ってユジノサハリンスク市内見物をする。

2010年サハリン旅行記7

しばらく町の見物でもしてこようと国道を歩きだす。ネベリスク(本斗)の町は海と山の間に細長く伸びているので道は1本道でわかりやすい。
レーニン広場があって、レーニン像もある。劇場、学校、病院、市役所といった主要施設もすべて国道沿いにある。
歩く人も少なく、静かな漁村といった感じの町だ。

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 右手を差し出すネベリスクのレーニン像。

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 レーニン広場の装飾電灯。

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 ネベリスクの主要な通り、レーニン通り。

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 未だにボンネットバスも活躍中。

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 観光用で残っているのではなく、路線バスとして現役のようだ。

国道から脇に入って海岸へ下っていったら、昆布とゴミが大量に積み重なってすごく汚かった。大量の昆布はもったいないが、ロシア人は見向きもしない。。

晴れているので景色はよい。ここは稚内から直線距離で北に140km。このあたりの風景は北海道の日本海側と変わらない。

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 風景は良いが海岸は昆布とゴミが散乱して汚い。

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 廃墟のような岸壁が見える。

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 ネベリスク駅南側の踏切は日本のような佇まい。

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 線路はネベリスク(本斗)からさらに南のシャフタ(内幌炭山)まで続いている。

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 駅構内は貨物列車もほとんど来ないが、なぜか奇麗に整備されている。

来た道を歩いてバスターミナルに戻る。まだ時間があったのでターミナル隣の3階建てデパートに入った。ここも昔ながらの対面販売の店ばかり。あまり時間つぶしにはならなかった。

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 ネベリスク唯一のデパート。


●ネベリスク 15:00発ユジノサハリンスク 17:00着(定時) [バスbT18]

またバスターミナルに引き返し、帰りの切符を買うために切符売り場に入ると突然「バタバタバタ!」と凄い音がした。窓口のおばさんもびっくりして出てきた。猫が仕留めた鳩と格闘していた。

帰りのバスは、昨日のコルサコフから乗ったのと同じ小型のバス。サハリンでは標準型なのかこれと同じ型のバスをよく見る。乗客は7人だけなので小型バスで十分。

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 ユジノサハリンスク行バス。小型だがロシアでは標準型のようで良く見かける。

発車すると海沿いの国道をしばらく行き、またダートの峠道を通る。よほどエンジンの馬力が無いのか、峠の上り坂になると時速10キロくらいのスピードになる。

この車で峠越えなんかできるのかと思うような走りっぷりだが、そのうちエンジンが停止してしまった。
エンジンをかけ直してもかからない。しばらく停止していたら今度はかかって、しばらく走ると道路脇にまた停まった。

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 ダートの峠道を豪快に走るトラック。

運転手が乗客にむかって何やら言った。どうやらエンジン故障でオーバーヒートしたようで、このあたりは携帯電話も圏外で運転手もなす術もなく、エンジンが動くようになるまで待つしかない。

困ったことになったが、他の乗客はみんな大人しく黙っている。騒いだってどうしようもないが。

運転手が通りかかりの車を止めて、交渉していた。ネベリスクに行ったら会社にバスが故障で停まってることを伝えてくれ、というようなことだろう。

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 通りかかった車に事情を説明する運転手。

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 動かなくなったバスと乗客たち。

たまに轟音と埃をあげてトラックが通り過ぎて行く。それ以外の車内は静寂そのもの。

1時間くらい経ってようやくエンジンがかかった。バスはターンしてネベリスクに引き返しはじめ、町の手前のバスの営業所のようなところに入っていった。
まさかここで運休ということは無いと思うが、エンジンルームを開けて運転手と営業所の人が何やら話している。簡単に直るものではなさそうだ。

そうこうしていると、518番の番号を掲げたバスが出庫してきた。おそらく18:00発最終ユジノ行きのバスとなるのだろう。そのバスからカウボーイのような格好の運転手が降りてきて、「これに乗せてくかい?」 みたいなことを言ってたが、そうはならずまた乗り込んで発車して行った。

まさかここに置いてけぼりということにはならないだろうが、もう腹をくくった。
今日中にユジノサハリンスクに戻れればいい。ホテルは駅前なので暗くなっても大丈夫だ。

30分くらい経って、また1台別のバスが来た。そのバスの運転手がこっちに乗ってきて何か言った。乗客たちが一斉に席を立ったので、一緒について行く。代わりのバスが用意できたようだ。17:20に発車した。

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 ようやく出ることになった代わりのバス。

走り出すとバスは遅れを取り戻すためか相当飛ばして運転する。
峠を越えて下り坂になるとバスはますますスピードを上げる。直線区間は100キロ近く出しているだろう、バスの車体が分解しそうなほど恐ろしいほどの音と振動だ。

カーブや対向車だけでなく、あちこちにある路面の穴なんかも避けながらこのスピードである。さすがはダートのネベリスキー峠を毎日攻めているプロの男だ。

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 ダートの山道を大爆走。

舗装区間になるとようやく静かになったが、バスはさらに飛ばす。
ユジノサハリンスク市内に入ると2か所の途中停留所で希望者を降ろして、踏切のあたりで少し渋滞に巻き込まれたが、18:40に終点の駅前に到着した。
行きはノンストップできっちり2時間かかったのに対し、このバスは途中何か所か停まったが1時間40分で着いた。まさに大爆走だった。

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 ユジノサハリンスク駅前に着いた。

とにかく無事にユジノサハリンスクへ戻ってこられた。

駅近くのスーパーに買い出しに行くと、今朝バスターミナルで会った学生さんと偶然再会する。
彼はポロナイスクへは行かず、ホルムスクまでの切符を買い直して往復してきたそうだ。
あのとき助けていただいてと礼を言われた。

ビールとニシンの燻油漬け、それにチーズなどを買った。
ビールはペットボトル入りの『コルサコフビール』というのを買ってみた。安かったのと、地ビールかもという期待もあった。しかしこれは失敗だった。

また今夜もホテルの部屋で夕食というか晩酌になった。

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 ニシンの燻油漬けは妙にハマる味。黒パンと合う。ビールの味はちょっと残念・・・。

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 ウオッカも飲み始めた。

明日も特に予定なし。またユジノサハリンスク市内見物でもしていようと思う。

2010年サハリン旅行記6

2010年9月8日
●ユジノサハリンスク 11:10発 ネベリスク 13:10着 [バスbT18]

サハリン滞在3日目。今日は天気らしいので少し遠出をしてみることに。
ユジノサハリンスク駅前のバスターミナルからはサハリン各地へとバスの便が発着している。
バスは鉄道と違いパスポートも不要だし、鉄道よりもずっと安い。このため鉄道の旅客列車は長距離列車が主流になっている。

ソ連崩壊直後の頃まではユジノサハリンスク周辺の町とを結ぶ近郊列車が走っていたが、その後道路事情も良くなってきたということもあって、現在近郊列車は、バスの便が無い所を細々と走っているだけである。

明るいうちにはホテルに戻らねばならないので、せいぜい隣町に行くくらいだが、行ったことがないネベリスク(旧本斗)まで行くことにした。

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 ユジノサハリンスク駅北側、市場前の踏切。

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 ちょうどD2気動車列車が通った。

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 高さ9mのレーニン像は健在。

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 下から見たレーニンさん。

ネベリスク行きは9:00の後は11:10なので、ホテルを出てからしばらく駅近くを歩いた。

バスターミナルでネベリスクまでの切符を買うと、全席指定のようで座席番号も書いてある。切符といってもコンビニで貰うようなレシート紙に印字してあるだけ。

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 ユジノサハリンスク駅前のバスターミナル。

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 ターミナルといっても一般車も入り込みカオス状態。

切符売り場に、行きのフェリーでみかけた学生さんがいたので声をかけてみた。聞くとホルムスクに行くはずが窓口でまちがってポロナイスク(旧敷香)までの切符を買ってしまったという。買ったから行こうと思っていたと言った。ポロナイスクは北に300キロも離れた町だ。壁に貼ってある時刻表を見ると15:30発でポロナイスク着は午前3:30。それはやめておけと彼に言った。

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 バスターミナルの切符売り場。

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 ユジノサハリンスク〜ネベリスク間bT18の時刻表。

 ユジノサハリンスク〜ネベリスク間のルート。

ユジノサハリンスクからネベリスクまでは標高445mのネべリスキー峠経由の州道で結ばれている。
このルートは実は日本時代には本斗駅〜留多加駅間を省営バス(戦後の国鉄バス)本留線として運行されていた由緒正しい(?)路線でもあった。

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 bT18番、ネベリスク行きバス。韓国製の中古車で乗り心地は良い。

ネベリスク行きは518番のバス。500番台は急行バスだ。車両は韓国製中古バスだが、サハリンではかなりグレードの高い方だ。
全席座席指定だが、前の方から席番順に売っていて、前の方は満席なのに後ろの方は誰もいない状態のまま発車した。
窮屈なのでもう少し分散すればいいのだが、みんな動かないで律儀に詰めて自席に座っている。

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 アニワ湾にそそぐリュトガ川の支流。

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 峠付近はダート道。トラックと多くすれ違う。

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 ネべリスキー峠付近。日本時代は八眺嶺と呼んでいた。

バスはネベリスクまで2時間ノンストップで走る。途中まではホルムスクへ行く国道を走るが、途中でわかれて山道へと進んで行く。
途中からは未舗装道路になるが、さすがに韓国製バスはサスがきいてさほど揺れない。

峠道はトラックが多く、豪快に砂埃をたててすれ違う。
峠を過ぎてしばらく下ると再び舗装区間になった。

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 ネベリスク駅前。右端の建物がバス待合室ときっぷ売り場。

バスはネベリスキー峠を走ること2時間、ネベリスクに着いた。ネベリスクは日本海側に面した港町。樺太時代は『本斗』という町で、稚内から本斗まで稚斗連絡船が結んでいた。 

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 町はどこか日本海沿岸という空気が漂う。

着いた駅前はバスターミナルになっていて、切符売り場もあり、キオスクが何軒か入っている。駅舎とホームもあるが列車は不定期の貨物列車だけで旅客列車は無い。しかしどういうわけか駅舎はリニューアルされて奇麗になり、ホームも街灯もついて良く整備されている。

駅横の広場は自由市場が開かれているが、出店も少なくあまり活気はない。

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 駅横の自由市場。

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 ネベリスク駅舎は奇麗だが閉鎖されている。

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 ホームの照明も新しいが、現在旅客列車の発着は無い。

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 港へと延びる引き込み線。たまに使用されるようだ。

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 めったに列車の走らない線路は住人の歩行通路になっている。

何にも無い町で、行くところも無いので次はホルムスクに行こうと時刻を見ると、次の14:00発の便はマジックで消されていた。
切符売り場の窓口で「ホルムスク」と言うと窓口のおばさんは「チティーリェチソフ」と言った。4時まで無いよということだった。

4時だとユジノに着くのは夜になってしまうので、次のユジノサハリンスク行バスは15時発のがあるので、それで引き返すことにした。

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 露店のおばあさんから買ったピャンセと売店で買ったビール

バスターミナルの前でおばあさんがピャンセ(ロシア風中華まん)を売っていたので1つ買った。キオスクでビールも買ってホームの片隅で食べる。
のら犬が来たので少し分けてあげた。それにしてもサハリンはのら犬が多い。

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 具は玉ねぎとひき肉、キャベツ。素朴だが大変おいしい。

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 ピャンセを食べていると寄って来たワン公。

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 ちぎって投げると喜んで食べる。

2010年サハリン旅行記5

再びユジノ駅前に戻ってくると、朝とは違って青空の広がる良い天気になっていた。

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 青空になったレーニン広場。

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 ビジネスマンが行きかうコムニスチーチェスキー(共産主義)通り。

今回の旅行ではちょっと行かなければならない所がある。『インツーリスト・サハリン』 社で、旅行中私の身元引受人となっている現地旅行代理店だ。今回の旅行は代金をここへ直接持参することになっている。
日本から送金すると、送金手数料が7千円だか掛かると言われ、それならば直接持っていくことにしたのだ。

インツーリストはドゼルジンスカバ通り『オフィス110』というビルの1階にある。随分とわかりずらい場所にあるが、日本でインターネットにて場所を調べてきた。
このあたりはビジネス街のようでサハリンでは珍しくスーツ姿の人も見かける。

オフィス110ビルもいかにもオフィスビルという感じで、中も近代的。
インツーリストの事務所はすぐにわかったが、ドアにはカギがかかっている。見ると13−14時は昼休みとあった。

また出直すしかない。幸いすぐ隣には『ドームタルゴーリ』デパートがあったので、そこで時間をつぶす。
ここも、いつの間にか改装されていて大分変わっていた。

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 オフィス110ビルの軒先で雨宿り。

2時過ぎ、再びインツーリストの事務所へ。今度は空いていて、中に入ると若い女性社員が2人いた。日本語も少しだけ話せるようだ。日本で渡されたメモ紙を見せるとすぐに分かってくれて、460米ドルを支払い領収書をもらう。

さてどこに行こうかとビルを出ようとすると突然凄い音で雷が鳴り、大粒の激しい雨が降り出した。
空には稲妻が光る。誰かに見せたくなるほどの立派な稲妻だ。
折りたたみ傘は持っているが、傘を差してもずぶ濡れになりそうなので、止むまで雨宿りする。
雷が鳴るたびに、駐車している車の防犯アラームがどういうわけか一斉に鳴りだす。

次第に雨は弱くなってきて30分くらいでようやく上がった。
道路は排水されない雨水が川のように流れている。

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 ちょっと大雨が降ると道路はたちまち川のようになる。

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 コムニスチーチェスキーを走る路線バス。

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 バス停に掲げられた路線図。

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 系統は多くて難解。慣れれば便利なのだが。

日本風建築の州立郷土博物館へ入る。前にツアーで来た時に入ったことがあるのだが、ほかに行くところも無いので入ってみる。
ユジノサハリンスクで一番有名な所といえば、やはり戦前の名建築として知られるこの建物だろうか。
樺太時代の1937(昭和12)年に樺太庁博物館として建てられた。
ソ連接収後も引き続き博物館として使用されている。

入口で入場料を払おうとすると、受付の姉さんがなんやらかんやら言う。どうも釣り銭が無いことを言いたかったらしい。

入場料は写真撮影ありなしと2つあり、撮影ありで120ルーブル払う。
時間つぶしのつもりで入ったのだが、チェーホフのサハリン島の舞台だった流刑島時代の生活や樺太時代の遺品などの展示が改めておもしろかった。

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 サハリン州立郷土博物館。ユジノサハリンスクのランドマーク的建物。

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 重厚な造りのエントランス。

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 階段にも昭和初期建築の面影が。

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 少数民族文化の展示。

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 チェーホフ著「サハリン島」の舞台であった流刑島時代の展示品。

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 襲う演出をしている熊のはく製。しかし表情に愛嬌も感じられる。

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 海中の模型。魚は上から吊り下げているだけ。子供だましのような気も。

展示品はサハリンの歴史、自然、少数民族、産業など多岐にわたる。黒歴史とされていたのかソ連時代は日本時代を知る資料は展示されていなかったが、現在は展示されるようになった。

戦争の展示もあって、当然ながらソ連軍から見た戦勝国としての記録なので、日本人からすると少々複雑な気持ちになる。

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 日本時代の遺品も展示。位牌まで展示品になっている。

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 北緯50度線、日露国境標石。

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 日本時代の豊原市街図。

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 樺太庁鉄道時代の豊原駅構内配線図。これはかなり貴重。

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 戦前の豊原駅は3面4線だったようだ。

博物館で、昨日フェリーで一緒だった男性と偶然に会った。彼はこれから夜行列車でノグリキまで往復して、それから飛行機でハバロフスクへ行くというから大したもんだ。
どこか夜まで時間をつぶすのに店とかは無いかと聞かれたので、新しくできた『シティーモール』に行ってみないかと誘った。シティーモールとはユジノサハリンスク郊外に最近できた郊外型ショッピングセンターで、ちょっと行ってみたいと思っていた。
博物館近くのバス停から、空港行き63番のバスに乗る。市内のバス路線は事前にこれもネットで調べてきていた。

バスは結構混んでいて、また運転が荒くて立ってつかまっているのが大変だった。

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 空港行き市内路線バス63番。結構頻繁に走っている。

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 サハリンでは近代的な建物だが、デザインは日本の80年代の郊外ショッピングセンターのよう。

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 日本人からするとシティーモールのシンボルマークは怒っている血管マークにしか見えない。

シティーモールは3階建てで、1階はスーパーマーケットがあり、そのほかに100軒以上ものテナントが入居している。広大な駐車場があり、大きい建物にテナントが並んでまるでイオンスーパーセンターみたいで、とてもサハリンにこんなものができたとは思えないほどだ。

何軒か店を覗いたが、日本で言うメーカー物は日本より高い(日本円換算でも)ようだ。

1階のスーパーでホテルで食べる食料を買った。かごを持ってレジで会計すると結構いい金額になってしまった。惣菜系が高くつく。

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 無料バス乗り場の表示。『Ж/Д Вокзал』の表示がレーニン通り経由駅行き。

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 無料送迎バスも運行。が、買い物袋を提げた利用者はいない。

外に出た駐車場に面した所にバス停があって、表示を見ると市内中心部まで無料送迎バスを運行している。
ミーラ大通経由とレーニン通り経由の2系統があって、どちらも1時間毎に出ている。

ちょうどバスが来たのでそれに乗って戻る。バスの車内に小学生の悪ガキグループが乗っていて大声で騒いでいる。途中で運転手が怒鳴ると大人しくなった。後日、彼らが降りて行ったバス停で同じ悪ガキグループを見かけたので、毎日無料バスに乗ってシティーモールで遊んでくるという悪知恵を身に付けたらしい。

シティーモールはサハリンの裕福層を対象としているか、今後の経済発展を狙ってオープンしたように見えた。 
オイルマネーに沸くロシアだが所詮水物による景気だし、サハリンに似つかわない巨大ショッピングセンターも今後どうなるのだろうか。
午前中にコルサコフで見たような、リーズナブルな郊外型市場になっているかもしれない。

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 惣菜のシャシリク。1本143ルーブル(約500円)もした。

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 ロシア名物黒パン。1斤43ルーブル。くせになる味。

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 ホテルの部屋からの夜景。

2010年サハリン旅行記4

2010年9月7日
●ユジノサハリンスク 9:35発 コルサコフ10:22着 [列車bP24]

今日から3日間全くの自由行動で、特に予定も入れていない。
ユジノサハリンスク−コルサコフ間の定期列車が復活したらしいので、まずそれに乗ってみようと思う。

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 ノグリキからの急行列車が到着する頃駅前広場は車で埋め尽くされる。

滞在している『ユーラシアホテル』は、日本で予約してもらった時は朝食付きと聞いていたのだが、前回6年前に宿泊したときは1階のレストランで朝食だったが、今はその場所はハンバーガーショップになっている。
フロントで「ザーフトラク?」(朝食は?)と聞くと8時からだという。

8時過ぎにもう1度行くと、フロントのおばさんが付いてきてと言った。だまって付いていくと駅の前を通り、バスターミナルの前を通り、別のホテルの中に入って行く。

そのホテルの1階にレストランがあった。そこのおねえさんに話をして「うちの客だけどよろしく」みたいな感じだった。隅にバイキングコーナーがあって、ここから適当によそって食べてくださいみたいなことを言われた。

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 レストランの無くなったユーラシアホテルの朝食はホテル『ルィバーク』で。

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 ルィバークの朝食。バイキング方式だった。

コーナーにはパンとハム、チーズ、サラダそれにコーヒーやジュースがあるだけ。案外に質素だなと思いつつ、パンやサラダなどを適当に皿に盛って、空いていたテーブルについて食べていると、あとから『メンチカツライス』のようなものが出てきた。
ライスはべチャッとしているし、日本人からするとあまりおいしくはないが、温かい食事というのはうれしい。

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 あとから出てきたメンチカツライス。

このホテルは『ルィバーク』といい、もとは漁業関係者の宿泊所だったという。今日のレストランの客は制服を着た警察なのか軍隊なのかわからないが、いかめしい人たちばかり。ちょっと緊張した。

戻ってテレビをつけると天気予報をやっている。今日のは雨マークもあった。

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9時過ぎに駅に行って、窓口でコルサコフまでの列車の切符を買う。

『9−35 bP24 Корсаков』
と紙に書いて窓口に出す。
「パスポルト」と窓口の女性は言うのでパスポートを差し出した。パスポートをめくって何やら確認する。
隣町に行くだけだが、列車の乗車にはパスポートが必要らしい。
値段はなんと218.9ルーブル!
バスが76ルーブルだったから、その3倍近い金額だ。
しかも1日1往復のみなので、何のためにあるのかわからない列車だ。

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 トマリから北部横断線経由の列車が到着。

ホームには出迎えの人が数人いるだけ。赤い帽子の駅員が出てくると列車が見えてきた。
列車が到着してドアが開くと、乗客が降りてきて一瞬賑やかになるが皆すぐに町に消えてしまった。

列車ドアの前に立っている車掌に切符を見せて車内に入る。
案の定がら空き。てゆうか、まるで回送列車のようだ。少なくとも1・2両目は無人だった。

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 コルサコフ行きD2車内。

この124列車はトマリ(泊居)始発で北部横断線経由で運転されている。Д2型(D2型)気動車4両編成。

列車は定時に発車した。車内は客車のように静か。ゆっくりゆっくりと加速をするが、だんだんスピードも上がってきて80キロくらいは出ているだろうか、意外と速い。

途中停車するのはフリストフォロフカ(豊南)駅のみで、快速運転だ。それ以外の駅は廃止になったのか、駅らしいものは見当たらなかった。

快調に走るが、時おりブォ――――と汽笛が鳴って、ものすごい音をたててブレーキがかかり減速する。 

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 フリストフォロフカ駅。日本時代の駅名は豊南(とよみなみ)。小駅でも発車時は駅員が見送る。

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 フリストフォロフカ駅を過ぎると湿地帯を行く。



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 線路が埋もれるダチノエ(新場)駅跡を通過。

ユジノサハリンスクの市街地を抜けると、森林や草原ばかりの単調な風景がずっと続くが、途中から海岸沿いに出て、終点コルサコフ近くまでアニワ湾沿いの海岸沿いを行く。 

国道はずっと高台を走っているが、線路は海岸沿いに敷かれているので列車の方が景色は良い。
あいにく曇り空なので、暗い風景に見える。

沖合にはボロボロに錆びついた廃船があちこちで座礁していて、まるで船の墓場を行くようだ。

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 晴れていれば風光明媚なアニワ(亜庭)湾沿いを行く。

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 線路は海岸段丘の下に敷かれている。

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 廃船に混じって漁船も見える。

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 廃墟も多かった。

列車は5分ほど遅れてコルサコフ駅に着いた。列車から降りたのは自分のほかは2人1組だけ。北部からコルサコフまで乗り通してきた人のようだ。

駅舎は改装されたらしく、以前来た時よりずっと奇麗になっている。駅に入ろうとしたが、ドアは施錠されていた。また、駅構内の線路は一部広軌化工事が行われていて3線化されている。

駅前は若干のアパートが並ぶ程度で何もないところにある。最近はあまりやっていないようだが、ツアーのホテル列車はここが始発駅になる。

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 コルサコフ到着。降りたのは3人だけ。

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 車体に取り付けれれた行先標。『コルサコフ−トマリ』と書かれている。

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 コルサコフ駅舎は改装されて奇麗だが閉鎖されている。

駅から町へは崖下の道を1キロほど歩かなければならない。通行人はいないが、車は結構通る。山側は軍関係の施設らしいのでこの辺はあまりウロウロしない方が良さそうだ。

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 コルサコフ駅から崖下の道を通って中心部へ。

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 レーニンの壁画。1980年建立のようだ。

昨日も通ったが、旧拓銀の建物があるあたりは樺太時代の大泊町の中心部だったらしいが、現在このあたりは港湾関係の建物ばかりで人も少ない。

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 旧船見町へ続く坂道は穴ぼこだらけ。

フェリーから見える箱型アパートが立ち並ぶ丘まで歩いてきた。途中の道は舗装道路だが、穴ぼこだらけ。車も穴をよけながら走っている。
坂を登りきったところは広場になっていて、ここから港を見渡すことができる。ちょうど下にはフェリーターミナルと、フェリーの停泊する埠頭が見える。樺太時代は『船見町』だったところ。

広場には新しいモニュメントが立っていて目立っている。この辺りは日本のガイドブックには載っていない。
この塔は帰国してから調べたら『朝鮮人望郷の丘碑』といって、昔樺太時代に連行された朝鮮人たちが故郷を偲んで最近ようやく建立したものだという。 

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 港の見える丘の広場にある『朝鮮人望郷の丘碑』。

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 望郷広場から見たフェリーが発着する南岸壁。

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 コルサコフのレーニン像。こちらは標準サイズ?

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 コルサコフ市中心部の『ソビエツカヤ通り』。

午前11時過ぎの市中心部のソビエツカヤ通りは人通りも少なく、またお年寄りばかり目立つ。
通りにある店を何軒か覗いたが、対面販売の昔ながらの店ばかりだった。市内各所に何か所かある市場の方が賑わっている。コルサコフ市内も空洞化が始まったのだろうか。

6年前と変わったのは、やたらと客待ちタクシーの列を見かける。タクシーといっても専用車は無く、日本製中古車をそのまま使用していて、上にオレンジ色の行燈を乗せているだけ。

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 市内あちこちには客待ちタクシーの列が。

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 バスターミナル近くの市場にもタクシーの列が。


 ●コルサコフ 12:00発 ユジノサハリンスク 13:00着 [バスbP15]

とくにこれと言って見るものも行くところも無く、歩いてバスターミナルまで来てしまった。昨日は閉まっていたが、切符売り場が開いていたのでユジノまでのバスの切符を買う。

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 コルサコフバスターミナルの切符売り場。窓口下の引出しを前後にスライドして受渡しをする。



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 中距離路線だが小型バスで運行。車内は大混雑。

今度のバスは時間通りにやってきた。いかにもロシア製らしい感じがするバスは定員30人くらいの小型。車内の狭いシートに座っていると、停車中に次から次へと乗ってきて、立客も一杯で満員になって発車した。

バスは次の停留所でもまた客が乗ってきて超満員。
まっすぐで幅広の国道を走るが、アップダウンで坂が多い。馬力が無いのか上り坂はエンジンをめい一杯吹かして自転車くらいの速度で登る。日本製中古車が次々と追い越して行く。

満員だったバスは、途中停留所で降りる人の方が多かったので、ユジノサハリンスク市内に入る頃には大分車内に余裕が出てきた。

2010年サハリン旅行記3

稚内から乗ったサハリン航路のつづき。

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 日の丸も誇らしげに北上する。

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 途中でイルカの群れに出会った。何頭も船を追いかけてくる。

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 沖に小さく見える二丈岩。戦前日本が建てた灯台である。

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 サハリンのクリリオン岬が見えてくる。

5時間半の航路も終わりになる頃、コルサコフの街が見えてきた。日本時代は大泊(おおどまり)といい、樺太の玄関口だった。当時の市街地は海岸沿いの平地が主だったが、現在は丘の上のほうに市街地が広がっている。

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 コルサコフの街が見えてきた。

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 丘の上に箱型アパートが並ぶ。

ロシア人乗船客は下船口のところで、まだかまだかと言わんばかりに、船室にまで伸びた行列をつくって待っている。そんなに急ぐこともないと思い、船の後部デッキで接岸の光景を眺めていた。ところがこれが大きな間違いであった。

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 後進で桟橋に接岸する。

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 ロシア側作業員との連携で接岸作業が続く。

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 入国管理の建物まで乗車するバス。宗谷バスの中古。

左の方からバスが1台やってきた。忘れてた、コルサコフ港はターミナルまでバスで移動するんだった。

ようやく下船開始になるとゾロゾロと列が動き出す。バスは1台のみでピストン輸送しているので、バスが出るたびに列は止まる。
何回目かのバスにようやく乗ることができた。ターミナルの入国審査場はここも長蛇の列。一人ひとりの審査にずいぶん時間をかけているようで、列はさっぱり進まない。

実は、今回の旅行はコルサコフからホテルのあるユジノサハリンスクまで送迎をつけておらず、路線バスで移動することにしていたのだが、これではいつになったら外に出られるのか判らない。

ようやく入国審査も通り、外に出られたのは入港から1時間10分後の18:40。出口には出迎える人の名前を書いた紙を持ったガイドが数人立っていた。もちろん自分にはガイドはいない。

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 ロシア連邦入出国カード。半券は出国時に必要なので失くさないように。

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 税関出口にはガイドが待ち受ける。


●コルサコフ 20:00 →21:00 ユジノサハリンスク(豊原) [バスbP15]

さてここからバスターミナルまでバッグを担いで歩く。必要最小限のものしか持たないようにしてきたのでバッグはさほど苦ではない。
ターミナルからの道をしばらく歩くと、旧拓銀大泊支店の建物があった。ここを右に行けばいいので良い目印になる。

ずっと坂道を行くと、店が立ち並ぶコルサコフのメインストリートを通り抜け、レーニン広場に出る。6年前にやはり一人で来たことのある見覚えのある場所だ。しばらく行くと道路が二手に分かれるのだが、ここら辺の道が判りずらい。途中で道に迷ったが、フェリーターミナルから歩くこと45分、バスターミナルに着いた。途中で迷わなければ40分くらいだろうか。

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 正面に見える古い建物は旧拓銀大泊支店。中心部へはそこを右に曲がる。

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 坂を上ったところにある中心部。ここもひたすら通り抜ける。

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 やっと見えてきた。町はずれにあるバスターミナル。

19:25なので次のユジノ行きは19:30の便があるはずだが、一向に来る気配はない。
35分になっても40分になってもバスは来ない。バスを待っているらしいほかの人も、ただ所在なげにしている。
山の向こうに夕日が沈もうとしている。キツイ夕日だな。これと同じ夕日を6年前のティモフスクで見た気が・・・

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 ロシア人たちと来ないバスをずっと待ち続ける。

どこからかさっきフェリーに乗っていたアメリカ人バックパッカーの3人連れがやってきた。1台のワンボックスカーがやってきて、彼らはの運転手たちと何やら金銭交渉して乗って行った。
乗り場が変わったのかと思って、隣にいたおばちゃんにユジノ行きの乗り場はここで良いのか尋ねてみた。

「ユジナサハリーンスク ズジェーシ?」(ユジノサハリンスクはここですか?)
「ダー ズジェーシ」(はい、ここです)

と親切に教えてくれたので一安心。
50分過ぎにようやく115番ユジノサハリンスク行のバスが現れた。次の20:00発の便になるようだ。

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 やっと来たバス。115番ユジノサハリンスク行。

こんな時間だがバスは混んでいて満席に。おばちゃん車掌から切符を買う。ユジノサハリンスクまで76Р(ルーブル)。6年前は50Рだったから随分と値上がりした。

帰宅便なのか、途中の停留所で降りる人が多い。すでに日は落ちて、アニワ湾の先に見える夕焼けがきれい。

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 バスの窓から見えたアニワ湾と夕焼け。

コルサコフからきっちり1時間、21:00にユジノサハリンスク駅前に着いた。すでに真っ暗だが、ホテルは駅横の『ユーラシアホテル』なので心配はない。

駅前のコンビニで水とビールを買ってホテルへ。1階のレストランだった場所はハンバーガーショップになっていた。
1階のこじんまりしたフロントの人は相変わらず親切だ。バウチャーとパスポートを渡すと30分くらいかかるという。

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 ユジノサハリンスク駅前に着いたら暗くなっていた。ホテルは駅の横。

ホテルの内装は変わっていない。とりあえずチェックインして部屋に入り、一息ついた。
空腹だが、パスポートが戻ってこないと買い物にも出られない。

やっとパスポートが戻ってたので、ホテル横のハンバーガー屋『BUBO』に行く。ごく普通のハンバーガー屋で、店内といい、店員といい、前回来た時では考えられないくらい「まとも」な店だった。サハリンもどんどん進歩している。

ハンバーガーとポテトをテイクアウトにしてもらい、お酒も飲みたかったので部屋で食べることにした。

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 1階のハンバーガーショップで買ってきたハンバーガー。

2010年サハリン旅行記2

2010年9月6日
●稚内 10:00 → コルサコフ(大泊) 17:30 [アインス宗谷]

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北海道とサハリン(地理院地図・電子国土WEBより)

朝8:30、チェックアウトのためフロントに行くと昨日のおかみさんが出てきた。タクシーを呼んでもらった。
タクシーを待つ間、仕事ですか?と聞かれ、これから船でサハリンへ行くと答えると、ちょっと驚いたようだ。
おかみさんは、このホテルも前はロシア人客が結構多かったが、あまり良いお客さんではなかったというようなことを言った。おかみさんだけではないが、過去の様々な経緯から、稚内の人はロシア人に対してあまり良い感情は持っていないようだ。

国際フェリーターミナルは新しい建物になっていて、向かいには利尻礼文行きのフェリーターミナルも移転してきて、向い合せになっている。
タクシーはなぜか、利尻礼文行きの乗り場に着けた。「国際線はあっちじゃないの?」というと、手続きはこっちでやっていると言う。初耳だがそれに従ってタクシーを降り、中に入るとガランとして無人。
さっきの運転手が急いで入ってきて「すいません、国際線はやっぱりあっちでした」だって。オイオイ・・・まあそれだけ航路利用客も減っているということなのだろう。

新しいターミナルのホールは明るくて広い。以前のプレハブ小屋のような建物だったので見違えるようだ。新築したとたん唯一の路線が無くなるのはあまりにも勿体ない。

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 稚内港国際旅客ターミナル。

1か所の発券窓口には2人の係員が対応していて、行列ができている。乗船客はほとんどがロシア人のようだ。日本人は数えるほど。
初めてサハリンに渡った2000年の同時期は日本人の団体客でごった返していたものだが、すっかり淋しくなった。

ロシア人客はビジネスらしい人や文化交流らしい団体一行など。どの人もこれでもかというほどの手荷物を抱えてる。
一方日本人は、ツアーとわかる10人くらいの一行。視察旅行みたいな感じだ。個人の旅行者数名。これだけ。

まずは乗船券を買わなければならないので、窓口の行列に並ぶ。ここで券を買う人が意外と多い。考えてみれば、旅行会社任せの旅行でなければ、乗船券を買えるのはここ1か所しか無いのだ。
ようやく番が来て、パスポートを見せてコルサコフまで往復乗船券3万9600円をクレジットカードで支払い、券を受け取る。次いで脇にある券売機でターミナル使用券400円を買う。

出国審査開始までまだ時間があるので、新しいターミナルをウロウロと見て回る。2階に送迎デッキがあるほかは、何も無かった。

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 コルサコフと稚内の時差は2時間。

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 ターミナル内はロシア人ばかり。

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 アインス宗谷。ターミナル2階展望デッキから。

9:00になって出国審査開始。カウンターでスタンプを押してもらい乗船することになる。
ボーディング・ブリッジなんてあるはずもなく、直接岸壁から小さなタラップを渡って、船腹の入口から中に入る。入って階段を上ったところで係員に乗船券を見せ、同時にロシアの出入国カード、それと弁当とお茶を渡される。船室に入るとまだ空いている。
ロシア人客は出国審査に時間がかかるので後からやってくるのだろう。

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 船内2等席。そこそこ快適。

2等船室はすべてじゅうたん敷きの桟敷席になっている。空いている区画の隅に腰かけて、とりあえず出入国カードに記入する。書き方の見本は日本からプリントしたものを持ってきた。

前回は『税関申告書』というものも書いたはずなのだが、渡されなかった。後で売店の人に聞いてみたら、多額の現金や貴金属を持っているとかでなければ特に不要になったということだった。

出港前だが、自販機で100円ビールを買ってきて喉を潤す。

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 サハリン航路名物100円ビール。

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 乗船時に渡されるお弁当。普通の幕の内弁当。

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 ベンチが並ぶデッキ。日本が遠ざかって行く。

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 稚内半島の後ろにうっすらと利尻富士が見える。

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 宗谷海峡のモニュメント。

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 船内のロビー。喫煙場所でもある。

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 ロビーにはここでしか読めないサハリンのガイドが置いてある。

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 アインス宗谷船内の売店。お菓子やおつまみがメイン。

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 あまり種類は無いが免税の酒が並ぶ。

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 たばこも免税。

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 ロシア人は横になって毛布に包まりぐったりモード。

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