2010年サハリン旅行記7

しばらく町の見物でもしてこようと国道を歩きだす。ネベリスク(本斗)の町は海と山の間に細長く伸びているので道は1本道でわかりやすい。
レーニン広場があって、レーニン像もある。劇場、学校、病院、市役所といった主要施設もすべて国道沿いにある。
歩く人も少なく、静かな漁村といった感じの町だ。

P9080845.JPG
 右手を差し出すネベリスクのレーニン像。

P9080883.JPG
 レーニン広場の装飾電灯。

P9080880.JPG
 ネベリスクの主要な通り、レーニン通り。

P9080874.JPG
 未だにボンネットバスも活躍中。

P9080884.JPG
 観光用で残っているのではなく、路線バスとして現役のようだ。

国道から脇に入って海岸へ下っていったら、昆布とゴミが大量に積み重なってすごく汚かった。大量の昆布はもったいないが、ロシア人は見向きもしない。。

晴れているので景色はよい。ここは稚内から直線距離で北に140km。このあたりの風景は北海道の日本海側と変わらない。

P9080867.JPG
 風景は良いが海岸は昆布とゴミが散乱して汚い。

P9080855.JPG
 廃墟のような岸壁が見える。

P9080887.JPG
 ネベリスク駅南側の踏切は日本のような佇まい。

P9080891.JPG
 線路はネベリスク(本斗)からさらに南のシャフタ(内幌炭山)まで続いている。

P9080901.JPG
 駅構内は貨物列車もほとんど来ないが、なぜか奇麗に整備されている。

来た道を歩いてバスターミナルに戻る。まだ時間があったのでターミナル隣の3階建てデパートに入った。ここも昔ながらの対面販売の店ばかり。あまり時間つぶしにはならなかった。

P9080813.JPG
 ネベリスク唯一のデパート。


●ネベリスク 15:00発ユジノサハリンスク 17:00着(定時) [バスbT18]

またバスターミナルに引き返し、帰りの切符を買うために切符売り場に入ると突然「バタバタバタ!」と凄い音がした。窓口のおばさんもびっくりして出てきた。猫が仕留めた鳩と格闘していた。

帰りのバスは、昨日のコルサコフから乗ったのと同じ小型のバス。サハリンでは標準型なのかこれと同じ型のバスをよく見る。乗客は7人だけなので小型バスで十分。

P9080905.JPG
 ユジノサハリンスク行バス。小型だがロシアでは標準型のようで良く見かける。

発車すると海沿いの国道をしばらく行き、またダートの峠道を通る。よほどエンジンの馬力が無いのか、峠の上り坂になると時速10キロくらいのスピードになる。

この車で峠越えなんかできるのかと思うような走りっぷりだが、そのうちエンジンが停止してしまった。
エンジンをかけ直してもかからない。しばらく停止していたら今度はかかって、しばらく走ると道路脇にまた停まった。

P9080022.JPG
 ダートの峠道を豪快に走るトラック。

運転手が乗客にむかって何やら言った。どうやらエンジン故障でオーバーヒートしたようで、このあたりは携帯電話も圏外で運転手もなす術もなく、エンジンが動くようになるまで待つしかない。

困ったことになったが、他の乗客はみんな大人しく黙っている。騒いだってどうしようもないが。

運転手が通りかかりの車を止めて、交渉していた。ネベリスクに行ったら会社にバスが故障で停まってることを伝えてくれ、というようなことだろう。

P9080025.JPG
 通りかかった車に事情を説明する運転手。

P9080027.JPG
 動かなくなったバスと乗客たち。

たまに轟音と埃をあげてトラックが通り過ぎて行く。それ以外の車内は静寂そのもの。

1時間くらい経ってようやくエンジンがかかった。バスはターンしてネベリスクに引き返しはじめ、町の手前のバスの営業所のようなところに入っていった。
まさかここで運休ということは無いと思うが、エンジンルームを開けて運転手と営業所の人が何やら話している。簡単に直るものではなさそうだ。

そうこうしていると、518番の番号を掲げたバスが出庫してきた。おそらく18:00発最終ユジノ行きのバスとなるのだろう。そのバスからカウボーイのような格好の運転手が降りてきて、「これに乗せてくかい?」 みたいなことを言ってたが、そうはならずまた乗り込んで発車して行った。

まさかここに置いてけぼりということにはならないだろうが、もう腹をくくった。
今日中にユジノサハリンスクに戻れればいい。ホテルは駅前なので暗くなっても大丈夫だ。

30分くらい経って、また1台別のバスが来た。そのバスの運転手がこっちに乗ってきて何か言った。乗客たちが一斉に席を立ったので、一緒について行く。代わりのバスが用意できたようだ。17:20に発車した。

P9080028.JPG
 ようやく出ることになった代わりのバス。

走り出すとバスは遅れを取り戻すためか相当飛ばして運転する。
峠を越えて下り坂になるとバスはますますスピードを上げる。直線区間は100キロ近く出しているだろう、バスの車体が分解しそうなほど恐ろしいほどの音と振動だ。

カーブや対向車だけでなく、あちこちにある路面の穴なんかも避けながらこのスピードである。さすがはダートのネベリスキー峠を毎日攻めているプロの男だ。

P9080052.JPG
 ダートの山道を大爆走。

舗装区間になるとようやく静かになったが、バスはさらに飛ばす。
ユジノサハリンスク市内に入ると2か所の途中停留所で希望者を降ろして、踏切のあたりで少し渋滞に巻き込まれたが、18:40に終点の駅前に到着した。
行きはノンストップできっちり2時間かかったのに対し、このバスは途中何か所か停まったが1時間40分で着いた。まさに大爆走だった。

P9080087.JPG
 ユジノサハリンスク駅前に着いた。

とにかく無事にユジノサハリンスクへ戻ってこられた。

駅近くのスーパーに買い出しに行くと、今朝バスターミナルで会った学生さんと偶然再会する。
彼はポロナイスクへは行かず、ホルムスクまでの切符を買い直して往復してきたそうだ。
あのとき助けていただいてと礼を言われた。

ビールとニシンの燻油漬け、それにチーズなどを買った。
ビールはペットボトル入りの『コルサコフビール』というのを買ってみた。安かったのと、地ビールかもという期待もあった。しかしこれは失敗だった。

また今夜もホテルの部屋で夕食というか晩酌になった。

P9080090.JPG
 ニシンの燻油漬けは妙にハマる味。黒パンと合う。ビールの味はちょっと残念・・・。

P9080117.JPG
 ウオッカも飲み始めた。

明日も特に予定なし。またユジノサハリンスク市内見物でもしていようと思う。

2010年サハリン旅行記6

2010年9月8日
●ユジノサハリンスク 11:10発 ネベリスク 13:10着 [バスbT18]

サハリン滞在3日目。今日は天気らしいので少し遠出をしてみることに。
ユジノサハリンスク駅前のバスターミナルからはサハリン各地へとバスの便が発着している。
バスは鉄道と違いパスポートも不要だし、鉄道よりもずっと安い。このため鉄道の旅客列車は長距離列車が主流になっている。

ソ連崩壊直後の頃まではユジノサハリンスク周辺の町とを結ぶ近郊列車が走っていたが、その後道路事情も良くなってきたということもあって、現在近郊列車は、バスの便が無い所を細々と走っているだけである。

明るいうちにはホテルに戻らねばならないので、せいぜい隣町に行くくらいだが、行ったことがないネベリスク(旧本斗)まで行くことにした。

P9080706.JPG
 ユジノサハリンスク駅北側、市場前の踏切。

P9080713.JPG
 ちょうどD2気動車列車が通った。

P9080681.JPG
 高さ9mのレーニン像は健在。

P9080683.JPG
 下から見たレーニンさん。

ネベリスク行きは9:00の後は11:10なので、ホテルを出てからしばらく駅近くを歩いた。

バスターミナルでネベリスクまでの切符を買うと、全席指定のようで座席番号も書いてある。切符といってもコンビニで貰うようなレシート紙に印字してあるだけ。

P9080726.JPG
 ユジノサハリンスク駅前のバスターミナル。

P9080728.JPG
 ターミナルといっても一般車も入り込みカオス状態。

切符売り場に、行きのフェリーでみかけた学生さんがいたので声をかけてみた。聞くとホルムスクに行くはずが窓口でまちがってポロナイスク(旧敷香)までの切符を買ってしまったという。買ったから行こうと思っていたと言った。ポロナイスクは北に300キロも離れた町だ。壁に貼ってある時刻表を見ると15:30発でポロナイスク着は午前3:30。それはやめておけと彼に言った。

P9080724.JPG
 バスターミナルの切符売り場。

P9080718.JPG
 ユジノサハリンスク〜ネベリスク間bT18の時刻表。

 ユジノサハリンスク〜ネベリスク間のルート。

ユジノサハリンスクからネベリスクまでは標高445mのネべリスキー峠経由の州道で結ばれている。
このルートは実は日本時代には本斗駅〜留多加駅間を省営バス(戦後の国鉄バス)本留線として運行されていた由緒正しい(?)路線でもあった。

P9080727.JPG
 bT18番、ネベリスク行きバス。韓国製の中古車で乗り心地は良い。

ネベリスク行きは518番のバス。500番台は急行バスだ。車両は韓国製中古バスだが、サハリンではかなりグレードの高い方だ。
全席座席指定だが、前の方から席番順に売っていて、前の方は満席なのに後ろの方は誰もいない状態のまま発車した。
窮屈なのでもう少し分散すればいいのだが、みんな動かないで律儀に詰めて自席に座っている。

P9080743.JPG
 アニワ湾にそそぐリュトガ川の支流。

P9080805.JPG
 峠付近はダート道。トラックと多くすれ違う。

P9080795.JPG
 ネべリスキー峠付近。日本時代は八眺嶺と呼んでいた。

バスはネベリスクまで2時間ノンストップで走る。途中まではホルムスクへ行く国道を走るが、途中でわかれて山道へと進んで行く。
途中からは未舗装道路になるが、さすがに韓国製バスはサスがきいてさほど揺れない。

峠道はトラックが多く、豪快に砂埃をたててすれ違う。
峠を過ぎてしばらく下ると再び舗装区間になった。

P9080812.JPG
 ネベリスク駅前。右端の建物がバス待合室ときっぷ売り場。

バスはネベリスキー峠を走ること2時間、ネベリスクに着いた。ネベリスクは日本海側に面した港町。樺太時代は『本斗』という町で、稚内から本斗まで稚斗連絡船が結んでいた。 

P9080816.JPG

 町はどこか日本海沿岸という空気が漂う。

着いた駅前はバスターミナルになっていて、切符売り場もあり、キオスクが何軒か入っている。駅舎とホームもあるが列車は不定期の貨物列車だけで旅客列車は無い。しかしどういうわけか駅舎はリニューアルされて奇麗になり、ホームも街灯もついて良く整備されている。

駅横の広場は自由市場が開かれているが、出店も少なくあまり活気はない。

P9080833.JPG
 駅横の自由市場。

P9080826.JPG
 ネベリスク駅舎は奇麗だが閉鎖されている。

P9080832.JPG
 ホームの照明も新しいが、現在旅客列車の発着は無い。

P9080817.JPG
 港へと延びる引き込み線。たまに使用されるようだ。

P9080840.JPG
 めったに列車の走らない線路は住人の歩行通路になっている。

何にも無い町で、行くところも無いので次はホルムスクに行こうと時刻を見ると、次の14:00発の便はマジックで消されていた。
切符売り場の窓口で「ホルムスク」と言うと窓口のおばさんは「チティーリェチソフ」と言った。4時まで無いよということだった。

4時だとユジノに着くのは夜になってしまうので、次のユジノサハリンスク行バスは15時発のがあるので、それで引き返すことにした。

P9080834.JPG
 露店のおばあさんから買ったピャンセと売店で買ったビール

バスターミナルの前でおばあさんがピャンセ(ロシア風中華まん)を売っていたので1つ買った。キオスクでビールも買ってホームの片隅で食べる。
のら犬が来たので少し分けてあげた。それにしてもサハリンはのら犬が多い。

P9080836.JPG
 具は玉ねぎとひき肉、キャベツ。素朴だが大変おいしい。

P9080837.JPG
 ピャンセを食べていると寄って来たワン公。

P9080838.JPG
 ちぎって投げると喜んで食べる。

2010年サハリン旅行記5

再びユジノ駅前に戻ってくると、朝とは違って青空の広がる良い天気になっていた。

P9070558.JPG
 青空になったレーニン広場。

P9070559.JPG
 ビジネスマンが行きかうコムニスチーチェスキー(共産主義)通り。

今回の旅行ではちょっと行かなければならない所がある。『インツーリスト・サハリン』 社で、旅行中私の身元引受人となっている現地旅行代理店だ。今回の旅行は代金をここへ直接持参することになっている。
日本から送金すると、送金手数料が7千円だか掛かると言われ、それならば直接持っていくことにしたのだ。

インツーリストはドゼルジンスカバ通り『オフィス110』というビルの1階にある。随分とわかりずらい場所にあるが、日本でインターネットにて場所を調べてきた。
このあたりはビジネス街のようでサハリンでは珍しくスーツ姿の人も見かける。

オフィス110ビルもいかにもオフィスビルという感じで、中も近代的。
インツーリストの事務所はすぐにわかったが、ドアにはカギがかかっている。見ると13−14時は昼休みとあった。

また出直すしかない。幸いすぐ隣には『ドームタルゴーリ』デパートがあったので、そこで時間をつぶす。
ここも、いつの間にか改装されていて大分変わっていた。

P9070563.JPG
 オフィス110ビルの軒先で雨宿り。

2時過ぎ、再びインツーリストの事務所へ。今度は空いていて、中に入ると若い女性社員が2人いた。日本語も少しだけ話せるようだ。日本で渡されたメモ紙を見せるとすぐに分かってくれて、460米ドルを支払い領収書をもらう。

さてどこに行こうかとビルを出ようとすると突然凄い音で雷が鳴り、大粒の激しい雨が降り出した。
空には稲妻が光る。誰かに見せたくなるほどの立派な稲妻だ。
折りたたみ傘は持っているが、傘を差してもずぶ濡れになりそうなので、止むまで雨宿りする。
雷が鳴るたびに、駐車している車の防犯アラームがどういうわけか一斉に鳴りだす。

次第に雨は弱くなってきて30分くらいでようやく上がった。
道路は排水されない雨水が川のように流れている。

P9070565.JPG
 ちょっと大雨が降ると道路はたちまち川のようになる。

P9070573.JPG
 コムニスチーチェスキーを走る路線バス。

P9070575.JPG
 バス停に掲げられた路線図。

P9070577.JPG
 系統は多くて難解。慣れれば便利なのだが。

日本風建築の州立郷土博物館へ入る。前にツアーで来た時に入ったことがあるのだが、ほかに行くところも無いので入ってみる。
ユジノサハリンスクで一番有名な所といえば、やはり戦前の名建築として知られるこの建物だろうか。
樺太時代の1937(昭和12)年に樺太庁博物館として建てられた。
ソ連接収後も引き続き博物館として使用されている。

入口で入場料を払おうとすると、受付の姉さんがなんやらかんやら言う。どうも釣り銭が無いことを言いたかったらしい。

入場料は写真撮影ありなしと2つあり、撮影ありで120ルーブル払う。
時間つぶしのつもりで入ったのだが、チェーホフのサハリン島の舞台だった流刑島時代の生活や樺太時代の遺品などの展示が改めておもしろかった。

P9070578.JPG
 サハリン州立郷土博物館。ユジノサハリンスクのランドマーク的建物。

P9070647.JPG
 重厚な造りのエントランス。

P9070646.JPG
 階段にも昭和初期建築の面影が。

P9070643.JPG
 少数民族文化の展示。

P9070624.JPG
 チェーホフ著「サハリン島」の舞台であった流刑島時代の展示品。

P9070630.JPG
 襲う演出をしている熊のはく製。しかし表情に愛嬌も感じられる。

P9070632.JPG
 海中の模型。魚は上から吊り下げているだけ。子供だましのような気も。

展示品はサハリンの歴史、自然、少数民族、産業など多岐にわたる。黒歴史とされていたのかソ連時代は日本時代を知る資料は展示されていなかったが、現在は展示されるようになった。

戦争の展示もあって、当然ながらソ連軍から見た戦勝国としての記録なので、日本人からすると少々複雑な気持ちになる。

P9070609.JPG
 日本時代の遺品も展示。位牌まで展示品になっている。

P9070590.JPG
 北緯50度線、日露国境標石。

P9070598.JPG
 日本時代の豊原市街図。

P9070601.JPG
 樺太庁鉄道時代の豊原駅構内配線図。これはかなり貴重。

toyoharasta-001.jpg
 戦前の豊原駅は3面4線だったようだ。

博物館で、昨日フェリーで一緒だった男性と偶然に会った。彼はこれから夜行列車でノグリキまで往復して、それから飛行機でハバロフスクへ行くというから大したもんだ。
どこか夜まで時間をつぶすのに店とかは無いかと聞かれたので、新しくできた『シティーモール』に行ってみないかと誘った。シティーモールとはユジノサハリンスク郊外に最近できた郊外型ショッピングセンターで、ちょっと行ってみたいと思っていた。
博物館近くのバス停から、空港行き63番のバスに乗る。市内のバス路線は事前にこれもネットで調べてきていた。

バスは結構混んでいて、また運転が荒くて立ってつかまっているのが大変だった。

P9070648.JPG
 空港行き市内路線バス63番。結構頻繁に走っている。

P9070649.JPG
 サハリンでは近代的な建物だが、デザインは日本の80年代の郊外ショッピングセンターのよう。

P9070651.JPG
 日本人からするとシティーモールのシンボルマークは怒っている血管マークにしか見えない。

シティーモールは3階建てで、1階はスーパーマーケットがあり、そのほかに100軒以上ものテナントが入居している。広大な駐車場があり、大きい建物にテナントが並んでまるでイオンスーパーセンターみたいで、とてもサハリンにこんなものができたとは思えないほどだ。

何軒か店を覗いたが、日本で言うメーカー物は日本より高い(日本円換算でも)ようだ。

1階のスーパーでホテルで食べる食料を買った。かごを持ってレジで会計すると結構いい金額になってしまった。惣菜系が高くつく。

P9070652.JPG
 無料バス乗り場の表示。『Ж/Д Вокзал』の表示がレーニン通り経由駅行き。

P9070654.JPG
 無料送迎バスも運行。が、買い物袋を提げた利用者はいない。

外に出た駐車場に面した所にバス停があって、表示を見ると市内中心部まで無料送迎バスを運行している。
ミーラ大通経由とレーニン通り経由の2系統があって、どちらも1時間毎に出ている。

ちょうどバスが来たのでそれに乗って戻る。バスの車内に小学生の悪ガキグループが乗っていて大声で騒いでいる。途中で運転手が怒鳴ると大人しくなった。後日、彼らが降りて行ったバス停で同じ悪ガキグループを見かけたので、毎日無料バスに乗ってシティーモールで遊んでくるという悪知恵を身に付けたらしい。

シティーモールはサハリンの裕福層を対象としているか、今後の経済発展を狙ってオープンしたように見えた。 
オイルマネーに沸くロシアだが所詮水物による景気だし、サハリンに似つかわない巨大ショッピングセンターも今後どうなるのだろうか。
午前中にコルサコフで見たような、リーズナブルな郊外型市場になっているかもしれない。

P9070657.JPG
 惣菜のシャシリク。1本143ルーブル(約500円)もした。

P9070660.JPG
 ロシア名物黒パン。1斤43ルーブル。くせになる味。

DSC04187.JPG
 ホテルの部屋からの夜景。