2010年サハリン旅行記3

稚内から乗ったサハリン航路のつづき。

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 日の丸も誇らしげに北上する。

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 途中でイルカの群れに出会った。何頭も船を追いかけてくる。

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 沖に小さく見える二丈岩。戦前日本が建てた灯台である。

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 サハリンのクリリオン岬が見えてくる。

5時間半の航路も終わりになる頃、コルサコフの街が見えてきた。日本時代は大泊(おおどまり)といい、樺太の玄関口だった。当時の市街地は海岸沿いの平地が主だったが、現在は丘の上のほうに市街地が広がっている。

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 コルサコフの街が見えてきた。

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 丘の上に箱型アパートが並ぶ。

ロシア人乗船客は下船口のところで、まだかまだかと言わんばかりに、船室にまで伸びた行列をつくって待っている。そんなに急ぐこともないと思い、船の後部デッキで接岸の光景を眺めていた。ところがこれが大きな間違いであった。

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 後進で桟橋に接岸する。

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 ロシア側作業員との連携で接岸作業が続く。

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 入国管理の建物まで乗車するバス。宗谷バスの中古。

左の方からバスが1台やってきた。忘れてた、コルサコフ港はターミナルまでバスで移動するんだった。

ようやく下船開始になるとゾロゾロと列が動き出す。バスは1台のみでピストン輸送しているので、バスが出るたびに列は止まる。
何回目かのバスにようやく乗ることができた。ターミナルの入国審査場はここも長蛇の列。一人ひとりの審査にずいぶん時間をかけているようで、列はさっぱり進まない。

実は、今回の旅行はコルサコフからホテルのあるユジノサハリンスクまで送迎をつけておらず、路線バスで移動することにしていたのだが、これではいつになったら外に出られるのか判らない。

ようやく入国審査も通り、外に出られたのは入港から1時間10分後の18:40。出口には出迎える人の名前を書いた紙を持ったガイドが数人立っていた。もちろん自分にはガイドはいない。

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 ロシア連邦入出国カード。半券は出国時に必要なので失くさないように。

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 税関出口にはガイドが待ち受ける。


●コルサコフ 20:00 →21:00 ユジノサハリンスク(豊原) [バスbP15]

さてここからバスターミナルまでバッグを担いで歩く。必要最小限のものしか持たないようにしてきたのでバッグはさほど苦ではない。
ターミナルからの道をしばらく歩くと、旧拓銀大泊支店の建物があった。ここを右に行けばいいので良い目印になる。

ずっと坂道を行くと、店が立ち並ぶコルサコフのメインストリートを通り抜け、レーニン広場に出る。6年前にやはり一人で来たことのある見覚えのある場所だ。しばらく行くと道路が二手に分かれるのだが、ここら辺の道が判りずらい。途中で道に迷ったが、フェリーターミナルから歩くこと45分、バスターミナルに着いた。途中で迷わなければ40分くらいだろうか。

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 正面に見える古い建物は旧拓銀大泊支店。中心部へはそこを右に曲がる。

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 坂を上ったところにある中心部。ここもひたすら通り抜ける。

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 やっと見えてきた。町はずれにあるバスターミナル。

19:25なので次のユジノ行きは19:30の便があるはずだが、一向に来る気配はない。
35分になっても40分になってもバスは来ない。バスを待っているらしいほかの人も、ただ所在なげにしている。
山の向こうに夕日が沈もうとしている。キツイ夕日だな。これと同じ夕日を6年前のティモフスクで見た気が・・・

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 ロシア人たちと来ないバスをずっと待ち続ける。

どこからかさっきフェリーに乗っていたアメリカ人バックパッカーの3人連れがやってきた。1台のワンボックスカーがやってきて、彼らはの運転手たちと何やら金銭交渉して乗って行った。
乗り場が変わったのかと思って、隣にいたおばちゃんにユジノ行きの乗り場はここで良いのか尋ねてみた。

「ユジナサハリーンスク ズジェーシ?」(ユジノサハリンスクはここですか?)
「ダー ズジェーシ」(はい、ここです)

と親切に教えてくれたので一安心。
50分過ぎにようやく115番ユジノサハリンスク行のバスが現れた。次の20:00発の便になるようだ。

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 やっと来たバス。115番ユジノサハリンスク行。

こんな時間だがバスは混んでいて満席に。おばちゃん車掌から切符を買う。ユジノサハリンスクまで76Р(ルーブル)。6年前は50Рだったから随分と値上がりした。

帰宅便なのか、途中の停留所で降りる人が多い。すでに日は落ちて、アニワ湾の先に見える夕焼けがきれい。

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 バスの窓から見えたアニワ湾と夕焼け。

コルサコフからきっちり1時間、21:00にユジノサハリンスク駅前に着いた。すでに真っ暗だが、ホテルは駅横の『ユーラシアホテル』なので心配はない。

駅前のコンビニで水とビールを買ってホテルへ。1階のレストランだった場所はハンバーガーショップになっていた。
1階のこじんまりしたフロントの人は相変わらず親切だ。バウチャーとパスポートを渡すと30分くらいかかるという。

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 ユジノサハリンスク駅前に着いたら暗くなっていた。ホテルは駅の横。

ホテルの内装は変わっていない。とりあえずチェックインして部屋に入り、一息ついた。
空腹だが、パスポートが戻ってこないと買い物にも出られない。

やっとパスポートが戻ってたので、ホテル横のハンバーガー屋『BUBO』に行く。ごく普通のハンバーガー屋で、店内といい、店員といい、前回来た時では考えられないくらい「まとも」な店だった。サハリンもどんどん進歩している。

ハンバーガーとポテトをテイクアウトにしてもらい、お酒も飲みたかったので部屋で食べることにした。

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 1階のハンバーガーショップで買ってきたハンバーガー。

2010年サハリン旅行記2

2010年9月6日
●稚内 10:00 → コルサコフ(大泊) 17:30 [アインス宗谷]

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北海道とサハリン(地理院地図・電子国土WEBより)

朝8:30、チェックアウトのためフロントに行くと昨日のおかみさんが出てきた。タクシーを呼んでもらった。
タクシーを待つ間、仕事ですか?と聞かれ、これから船でサハリンへ行くと答えると、ちょっと驚いたようだ。
おかみさんは、このホテルも前はロシア人客が結構多かったが、あまり良いお客さんではなかったというようなことを言った。おかみさんだけではないが、過去の様々な経緯から、稚内の人はロシア人に対してあまり良い感情は持っていないようだ。

国際フェリーターミナルは新しい建物になっていて、向かいには利尻礼文行きのフェリーターミナルも移転してきて、向い合せになっている。
タクシーはなぜか、利尻礼文行きの乗り場に着けた。「国際線はあっちじゃないの?」というと、手続きはこっちでやっていると言う。初耳だがそれに従ってタクシーを降り、中に入るとガランとして無人。
さっきの運転手が急いで入ってきて「すいません、国際線はやっぱりあっちでした」だって。オイオイ・・・まあそれだけ航路利用客も減っているということなのだろう。

新しいターミナルのホールは明るくて広い。以前のプレハブ小屋のような建物だったので見違えるようだ。新築したとたん唯一の路線が無くなるのはあまりにも勿体ない。

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 稚内港国際旅客ターミナル。

1か所の発券窓口には2人の係員が対応していて、行列ができている。乗船客はほとんどがロシア人のようだ。日本人は数えるほど。
初めてサハリンに渡った2000年の同時期は日本人の団体客でごった返していたものだが、すっかり淋しくなった。

ロシア人客はビジネスらしい人や文化交流らしい団体一行など。どの人もこれでもかというほどの手荷物を抱えてる。
一方日本人は、ツアーとわかる10人くらいの一行。視察旅行みたいな感じだ。個人の旅行者数名。これだけ。

まずは乗船券を買わなければならないので、窓口の行列に並ぶ。ここで券を買う人が意外と多い。考えてみれば、旅行会社任せの旅行でなければ、乗船券を買えるのはここ1か所しか無いのだ。
ようやく番が来て、パスポートを見せてコルサコフまで往復乗船券3万9600円をクレジットカードで支払い、券を受け取る。次いで脇にある券売機でターミナル使用券400円を買う。

出国審査開始までまだ時間があるので、新しいターミナルをウロウロと見て回る。2階に送迎デッキがあるほかは、何も無かった。

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 コルサコフと稚内の時差は2時間。

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 ターミナル内はロシア人ばかり。

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 アインス宗谷。ターミナル2階展望デッキから。

9:00になって出国審査開始。カウンターでスタンプを押してもらい乗船することになる。
ボーディング・ブリッジなんてあるはずもなく、直接岸壁から小さなタラップを渡って、船腹の入口から中に入る。入って階段を上ったところで係員に乗船券を見せ、同時にロシアの出入国カード、それと弁当とお茶を渡される。船室に入るとまだ空いている。
ロシア人客は出国審査に時間がかかるので後からやってくるのだろう。

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 船内2等席。そこそこ快適。

2等船室はすべてじゅうたん敷きの桟敷席になっている。空いている区画の隅に腰かけて、とりあえず出入国カードに記入する。書き方の見本は日本からプリントしたものを持ってきた。

前回は『税関申告書』というものも書いたはずなのだが、渡されなかった。後で売店の人に聞いてみたら、多額の現金や貴金属を持っているとかでなければ特に不要になったということだった。

出港前だが、自販機で100円ビールを買ってきて喉を潤す。

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 サハリン航路名物100円ビール。

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 乗船時に渡されるお弁当。普通の幕の内弁当。

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 ベンチが並ぶデッキ。日本が遠ざかって行く。

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 稚内半島の後ろにうっすらと利尻富士が見える。

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 宗谷海峡のモニュメント。

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 船内のロビー。喫煙場所でもある。

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 ロビーにはここでしか読めないサハリンのガイドが置いてある。

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 アインス宗谷船内の売店。お菓子やおつまみがメイン。

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 あまり種類は無いが免税の酒が並ぶ。

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 たばこも免税。

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 ロシア人は横になって毛布に包まりぐったりモード。

2010年サハリン旅行記1

■出発まで

9月(2010年)の連休を利用して、またサハリンに行こうかと思いついた。
4年ぶりにサハリンへ。前回、前々回は飛行機でサハリンに渡ったが今回は往復稚内からのフェリーで渡る。

稚内とロシアサハリン州・コルサコフ間の定期航路を運航しているハートランドフェリーが、今年(2010年)の運航を最後に撤退※するという。
撤退ということは事実上定期航路は廃止ということだろう。
※注)2011年から5年間は運航継続が決定しました。

新千歳空港から飛行機の定期便が飛び、成田空港からもチャーター便が飛ぶ現在では旅客も減少し、定期航路として運営することが難しくなったということだ。
2000年、2001年、2004年と3度に渡ったサハリン旅行に利用してきて思い出深い航路だったので、フェリーが無くなる前に再びサハリンに行ってこようと今回の旅を計画した。

前回まではサハリン旅行の手配は旅行代理店に依頼していたが、今回はちょっとしたコネがあったので、個人的にサハリン現地旅行代理店とホテルの手配だけお願いした。

ロシアはソ連から民主化して20年近く経つ現在でも外国人が自由に旅行することはできない。ロシアを旅行するためには現地身元引受人を確保し、ビザを取得する必要がある。
身元引受人は観光旅行であれば現地の旅行代理店が引き受けてくれる。

◆個人で行く場合のサハリン旅行手続きの流れ◆
1.   現地旅行代理店(今回はインツール・サハリン)にホテルの予約を依頼
2.   ホテルの予約と支払いが済んだらバウチャー(予約・支払済証書)をFAXで送ってもらう
3.   バウチャーが到着したらロシア領事館に観光ビザ申請(受領2週間前ならば無料)
4.   約1週間後再びロシア領事館でビザ受取
5.   FAXでハートランドフェリーにサハリン航路の予約をする
6.   ルーブルへの両替
7.   稚内へ行き、当日フェリーターミナルにて乗船券を購入

ロシアのホテルは外国人料金が適用され高額だ。当初は1人旅だし、泊まれさえすればいいと思い一番安いホテル『モネロン』をお願いしたが、他のホテルなどと比べ格段に安いわけではなかった。

また、北海道新聞社発行の『ロシア極東1 サハリン』によるモネロンの説明を引用すると
“駅広場に隣接。安いが日本人観光客にはあまり勧められない”
とあった。

あまり変なところに泊まるよりは、駅隣接で前にも利用したことがある『ユーラシアホテル』にした。

今回は個人旅行のため手続きは全部自分でおこなったが、旅行会社主催のツアーや手配旅行の場合は旅行会社が代行してくれる(当然手数料は取られるが)。
また、ビザ申請の郵送等は受け付けていないので、本人か代理人が直接大使館か領事館に出向く必要がある。
このためロシア旅行は結構面倒くさい。

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 インツール・サハリン社から送信されてきたバウチャー。ビザ申請はFAXされたものでも可。

数日してホテルのバウチャーが送られてきた。
さっそく札幌市中央区(実は近所)にあるロシア領事館へビザ申請の手続きに行く。
必要な書類は以下の通り。

ホテルのバウチャー
パスポートの原本
申請用紙(アンケート):ロシア大使館HPからダウンロードできる
顔写真 45x30mm:1枚 (パスポートサイズ)

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 ビザ申請アンケート用紙。滞在予定都市も漏れなく記入する。

札幌のロシア領事館でのビザ受付は月〜金の14:00〜16:00のみ。
ロシア領事館は警官が立つ物々しい雰囲気。門のところに立っている警官にビザの申請できたのだがと言うと、門の横のインターホンで話して下さいと言われた。

恐る恐るインターホンを押すと「はい」と言われ「ビザの申請に来ました」というと「お入りください」と返ってきたので門扉を開けて中に入る。めったに入ることができない領事館の中庭は小奇麗だ。
ビザ申請窓口に用意してきた書類とパスポートを提出する。無事受理され、引き換え証をもらった。2週間後また同じ場所で受け取りとなる。

日本円からルーブルへの両替は長らく日本国内では不可能だったが、現在は北海道銀行外貨両替プラザで取り扱っている。
そのほかにも成田空港外貨両替所、関西空港、中部国際空港、新千歳空港でも両替可能になったようだ。

当座の旅行費用をルーブルに両替し、サハリン航路とサハリン入り前日の稚内のホテルの予約をして、後は出発を待つばかりになった。



2010年9月5日
■札幌 7:48 → 南稚内12:43 [特急スーパー宗谷]

2010年9月5日の朝、札幌駅から『スーパー宗谷1号』に乗る。天気予報では宗谷地方は雨マーク。札幌も曇り空で何となく暗い出発になった。
朝の下りスーパー宗谷に乗るのは10年ぶりだ。

稚内のフェリー出港時刻は朝なので、前日までに稚内入りする必要がある。
サハリン行きの値段は、個人でもツアーでもフェリー利用が一番安いのだが、別途稚内までの交通費や宿泊代がかかるので、割安感も薄れてしまう。
成田からサハリンへチャーター直行便が飛ぶようになってからは、日本人のフェリーの利用客もすっかり減ってしまったようだ。

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 稚内まで特急スーパー宗谷。

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 この日は利尻島は見えず。

北に進めど進めど晴れ間は全くないが雨は降っていないようだ。

途中音威子府で機関車が3両の旧型客車をひいた『臨時急行 スターライトすばる号』というのが停まっていて、その乗客たちがこちらの列車の写真を撮っていた。

終点の1つ手前、南稚内で降りるが、着いたらホームは土砂降りの雨。走って改札口の屋根のところへ逃げる。

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 南稚内駅に到着。土砂降りの雨。

雨は止みそうになく、仕方なく折りたたみ傘をさして、駅から5分ほどのホテルへ向かった。

時間が早かったせいか、ホテルのフロントは無人。呼び鈴を鳴らすと、おかみさんが出てきた。車ですか?と聞かれ、今の特急で着いたと答えた。
楽天トラベルで1泊4200円で予約していたのだが、あの部屋は暑いからといって最上階のツイン部屋に変えてくれた。親切なおかみさんだ。

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 稚内で1泊したホテル。眺めが素晴らしかった。 

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 泊まったホテルの部屋。

部屋も広くて清潔。窓からの眺めも良く、下にはなんとJRの車両基地が。今流行りの『トレインビュー』ではないか。ちょうど4両編成の『サロベツ』が停まっていた。
しばらくすると回送のスーパー宗谷がやってきて、入れ替わりでサロベツが発車して行った。

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 部屋からは車両基地構内が見渡せる『トレインビュー』だった。

1時間くらいして雨が上がったので散策に出る。歩いて稚内駅まで行くと、駅周辺は再開発の真っ最中。かつての広場には新しいビルが建ち、駅はその陰になっている。この駅舎も新しい駅ビルができると解体される。

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 工事中の稚内駅前。近く現在の駅舎も取り壊され、新築されるという。

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 駅横は昔から雰囲気が変わらない。

稚内に行ったときは必ず寄っていたラーメン屋にいくと、なんと外まで行列が・・・
いつの間にか有名店になっていたのか。さすがに並んでまではと思い、別のラーメン屋へ行くとこっちは空いていたので、ここで塩ラーメンを食べた。稚内の人が昔から『塩』を好んで食べる。

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 北防波堤ドーム。ちょうどここに稚内桟橋駅があった。

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 稚泊航路記念碑。

歩いてかつての稚内桟橋駅だった北防波堤や、北門神社から丘の上に登って氷雪の門を見てきた。雨は完全に上がったが、相変わらず曇り空。

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 樺太に向けて立てられた氷雪の門。制作は本郷新。

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 樺太・真岡で殉職した九人の乙女の碑。

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 北門神社の鳥居の向こうに北防波堤ドームが見えた。

特に行くところもなく、ホテルに戻ることにする。途中、駅前のドラッグストアーで虫除けや虫刺され薬などを買う。サハリンに行くときは必需品だ。

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 臨時急行『スターライトすばる号』が出庫して行く。