2017年インド旅行記10 バラナシを歩く

地球の歩き方に載っていた『メグ・カフェ』へ行って見ることにした。
日本人の奥さんとインド人の旦那さんがやっている日本食の店。別に日本食が恋しくなったわけではないが、じゃあほかにどこで食べるかというあても無く。

旧市街のこのあたりは狭い小路が迷路のように入り組んでいる。スマホの地図はあまり役に立たない。

とにかく暑い!汗が滝のように流れる。

小路にあった商店でコーラを買う。思わず一気飲み。あー冷たくてシュワシュワしてうまい。
ビールならば最高なんだろうけど、この暑さの中ビール飲んで歩いたら死ぬな。

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 入り組む小路を歩いて行く。

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 小路の両脇にはヒンドゥー教の道具屋が並ぶ。

地図を頼りにそれらしき場所まで来たが、それらしき店は見当たらない。

相変わらずインド人案内人祭り。
「コニチワ!」
「スミマセン!スミマセン!ドコニイキマスカ!」

んもー!

ぐるぐる回って2回目に同じ場所に来たら、道の上の方に『MEGU CAFE』の表示を見つけた。小路からさらに小路の階段を登って行ったところに店はあった。

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 やっと見つけた『メグ・カフェ』。

店に入るとインド人店員に怒られる。おっと、主人か。入り口わきの棚に履物が並んでいる。土足禁止ということか。
店内は日本語の会話が聞こえる。日本人を見たのはデリー以来だ。

これも日本語のメニューを見て、チキンかつ丼とアイスコーヒーを頼んだ。
店内はエアコンが効いて居心地は良い。

途中で相席になった。メニューを見て日本語で注文してる。
「日本の人?」と聞いてみたら、韓国からと言った。

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 メグ・カフェで食べたチキンかつ丼。

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 アイスコーヒーは冷たくて生き返るようだった。

チキンかつ丼の米はインディア米で、ハシでは食べずらいがおいしい。たまには海外で食べる日本食もいいね。
あとから来たアイスコーヒーは氷がたくさん入っていて、冷たくておいしい。

あーもうどこへも行きたくない。

ホテルの部屋に戻っても、扇風機の風があるだけの暑い部屋である。

食べ終わってからアイスティーをもう1杯頼んだ。相席の人は先に出て行った。
繁盛しているようで、客は次から次と来ていた。日本人ばかり。

お前たち一体どこへ行ってたんだ・・・
( ´∀`)< オマエモナー

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 店の外は地獄。

1時間くらい居て、もう出ることにする。
外は暑いぞー、しかもインド人の案内人祭り。

さて、また戦いに出るか。

お勘定の時に「2000札でお釣りある?」と聞いてみた。
「うーん、細かい方がいいんですが」
引出しの釣銭を見て、
「大丈夫、ありますよ」
助かった。2000ルピー札なんて他では使いようがない高額紙幣だ。

チキンかつ丼とアイスコーヒー、アイスティーで365ルピー。

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 複雑に入り組む小路。

店にいたときにスマホの地図を見ていたが、来たときと反対方向へいけばガンガーを回ってホテルに戻れるようだ。途中にATMもあるようなのでお金を引き出しておこう。

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 小路は奥に進むにつれて生活感が出てきた。

スマホのGPSをONにして歩く。
しかしこの入り組んだ小路にはスマホ地図もお手上げのようだ。
大体ここをこう曲がればという目ぼし位の役にしか立たない。
行けば行くほどガンガーからは離れて行った。

当たり前だが、道を行くのはインド人ばかり。
ホテル近くの小路は、礼拝の道具や土産物の店が並んでいたが、この辺りまで来ると一般の雑貨店のような店が並ぶ、生活感のある商店街になっていた。
迷いでもしなければ、普通の観光客がこんなところまで入り込むことはないのかも。
インド人ばかりの中、東洋人は目立つはずなのに気安く話しかけてくる人は無し。ああいう連中は観光客の多い所をウロウロしているようだ。

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 小路をさまよい歩く。

狭い小路をスクーターがクラクションをビービー鳴らしながら走り回る。その中を牛がノシノシと歩く。
ヒンドゥーでは牛は神聖な動物とされ、殺すことも食べることも許されない。
しかもここはヒンドゥー最大の聖地、バラナシである。お牛様は人間様を横目にわがもの顔で居座るのだった。

小路を進んで行くと牛が座り込んで通せんぼしていた。
そこへスクーターがやって来る。

さて、その聖なるお牛様にスクーターの運転手はどうしたでしょうか?

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 お牛様が通せんぼ。コブウシはヒンドゥーでは最も神聖とされている。






正解は、棒で思いっきりひっぱたく。

「パン!パン!パン!」

聖なるお牛様はのそっと起き上がり脇に避けた。
さすがに人間様の営みを邪魔することは許されないようだ。

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 バンスファタック・ロード。このあたりでATMを見つけた。

小路を抜けると少し広い通りに出た。地図を見るとバンスファタック・ロードとある。
地図では細い小路も広い道路も皆同じ太さで表示されているのでわけが分からなくなる。

ATMを見つけたので入ってみる。『PLUS』の表示があるのでダメモトでやってみる。
3000ルピー引き出すことに成功。とりあえずお金の心配はなくなった。
また2000ルピー札が来てしまったが。

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 狭い道にあふれる人、牛、スクーター。

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 牛の多くは野良ではなく飼い主がいるそうだ。首に輪がつけられている。

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 ゴーダウリアー交差点。

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 ホテル前の道路。

また来た道をホテルへ戻る。
途中、ホテル近くの商店で水2本とリムカを買った。リムカとはライムとレモン味の炭酸飲料。
コカコーラのブランドだが、インドでしかお目にかかることができないようだ。
ライムの香りと、甘酸っぱいスッキリとした飲み口ですっかり気に入った。

暑い中歩き回っていたので着ていたシャツはまた汗でびしょ濡れになっていた。
ホテルの部屋でリムカと水をがぶ飲み。

こんなものばかり飲んでいたら腹壊すぞ。

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 ホテル近くの店で買ってきた水と『リムカ』。

洗濯物はすっかり乾いていた。暑いけど扇風機の風に当てていれば乾くのは早い。
外からは何やら子供たちの騒ぐ声がする。
窓の下の広場では子供がクリケットをやって遊んでいた。日常の風景。

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 部屋の窓から見えるガンガー。

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 インドの緑色の石けん。

部屋で一休みして、18時頃また外に出る。眺めは良いが、あまり居心地の良い部屋ではない。
ガンガーは川風が心地よい。気温も少し下がったようだ。

しっかし話しかけてくるインド人がうざい。また「コンニチワ!」「スミマセン!」祭り。

頼むからもう放っといて( ^ω^)ノ

何だかドラクエのはぐれメタルになった気分だ。
見つかった途端に襲いかかってくるのは勇者一行。
お金持ちの日本人、彼らからしてみれば、はぐれメタルのように見えるのだろう。

「コンニチワ!ドコニイキマスカ!」
はぐれメタルは、にげだした!

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 広いガンジス河。

だんだん薄暗くなってきたガンガー。
川岸の向こうにいくつもの炎が見える。
あそこはマニカルニカー・ガートといって火葬場があるガート。
火葬は24時間行われて、煙が途絶えることはないという。

近づくと、持っていたカメラをしまえと注意された。ここは撮影禁止である。

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 マニカルニカー・ガートにある火葬場の炎。

ガンガーの段に腰かけてスマホを見ているふりをすると不思議とインド人は話しかけてこない。
スマホにはそんな力があるのか。今度からはこの手で行くか。まだわからんけど。

ガンガーを見ながら、明日の事を考える。

明日は11時にホテルをチェックアウト、その後は18:55発の列車に乗ることになっている。
荷物はホテルに預ければいいだろうが、体の方はどうしようか。
ガッツリ時間をつぶせるところがあればいいが、そんな場所はなさそう。

ガンガーでのんびり過ごせればいいが、この時期は一番暑い季節。炎天下の中にいたんじゃ死んでしまう。もう暑い中歩くのは懲りごりだ。
それにどこに行ってもインド人案内人にまとわりつかれる。

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 夕暮れのガンガー。

思いついたのは、レイトチェックアウト。
チェックアウトを明日の夕方まで延長してもらうのだ。ホテルを拠点にすれば、休み休み観光ができる。

ホテルに戻って、レセプションに明日4時までレイトチェックアウトしたいと言うと、600ルピーでOKとなった。
これで明日の心配はなくなった。

ホテルにレストランがあり、ガンガーの見えるテラス席に座る。

メニューを見てターリーを注文する。それしか分からないのだが。
「ドリンク?」と聞かれたので
「ドゥーユーハブ ア ビア?」(ビールある?)
「イエス」
1本もらう。ビールはキングフィッシャー。

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 キングフィッシャー。

明日の心配事も解決したし、お祝いしよう。

ビールはよく冷えていて、シュワシュワと喉を通って、五臓六腑に染みわたる。
聖なるガンガーを見下ろしながら飲むビール。なんと罰当たりなことをしているんだろうか。
お神酒上がらぬ神はなし、シヴァの神様も今日だけは勘弁してくれよう。

ビールを飲みながらガンガーはだんだんと暗くなってくる。
風に乗って遠くから太鼓やドラの音、それに合わせて歌声が聞こえてきた。

客は私一人。話し相手も無く、寂しい。
一人旅は気楽だが、こういう時に限っては連れがいた方がいいな。

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 テラスで聖なるガンガーを眺めながら飲むビール。

ターリーはナンのほかにカレーピラフのようなライスまであってボリューミー。味もなかなか良かった。

「ビア ワンモア?」(ビールもう1杯どう?)と聞かれたので思わず
「イエス プリーズ」と答える。

これはやめとけばよかった。ビールとカレーの相性の悪さをあとで思い知る。

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 ボリュームのあるターリー。

ビール2本飲んですっかりいい気分になった。
「ヘーイ、チェックプリーズ」と言ってお会計をする。

ターリー200ルピー、ビール2本で400ルピー、計600ルピー。
最後に「チップ」と言って100ルピー札を渡すと
「サンキュー・サー!」
軍隊のように気合の入ったサンキュー・サーだった。

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 すっかり日が暮れたガンガー。

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 街灯が水面に映るガンガー。

腹いっぱい。ビールのせいで体が火照る。暑い。

部屋に戻って裸になって扇風機の風に当たっていると、便意を催す。
差し込みが来て何度も何度もやってきた。

冷たい物を飲み過ぎて腹を壊したか。

車内で歯を磨いたときに、洗面所の水で口をゆすいだとか、ほかに思い当たることもあるが、吐き気は無いし熱も無いようなので、食中毒とかではなさそう。

ところで、このホテルにはトイレットペーパーがついていない。
かわりに尻洗い用の桶が置いてある。何回もトイレに通ううちに使い方も板についた。

この桶は2つあって、一つは青色で注ぎ口が△になっていて、もう一つはピンク色で注ぎ口がコの字形になっている。
あそこの形状によって桶の注ぎ口が違うのか?

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 部屋の窓から見えたプージャーと呼ばれる儀式。

手持ちの温度計を見ると30℃を指している。真夏の札幌、エアコンの無い我が家と変わらんよ。
外からはプージャ―と呼ばれる儀式の、ドラや太鼓を叩く音が遅くまで賑やかだった。

→11へつづく

posted by pupupukaya at 17/07/16 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

列車の走らない日高本線と珍踏切

日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。
当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。

ところで、この日高本線の不通区間に新しい踏切ができていた。場所は厚賀駅から数百メートル苫小牧寄り。

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 清畠〜厚賀間に新設された踏切。


未成線という路線がある。これは予定はあったが建設されなかった鉄道路線、あるいは建設されたが途中で建設が中止されて実現しなかった鉄道を指す。
それで言うと、ここは未成踏切とでも呼んだらいいのだろうか。

もともとここは町営住宅と海側の町を結ぶ第4種踏切(遮断機も警報機も無い踏切)があったところ。現在の法律では、踏切の新設は原則としてできない。
前の踏切の改良工事として行われたのだろう。

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 2車線の立派な道路は、国道235号線と道道208号比宇厚賀停車場線沿いの厚賀市街を結ぶために新設された町道。

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 道道の厚賀市街側から見た踏切。

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 工事名と完成日を記した柱。
 着工は2015(平成27)年10月14日。日高本線の運休は同年の2月から。
 完成は2016(平成28)年3月22日。JR北海道が鵡川〜様似間の廃止を表明したのは同年の12月だった。
 なんという行き違いと言うべきか。

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 錆びた線路と真新しい踏切。新たに鉄道が開業するような感じにも見える。

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 錆びついた線路と色あせた枕木は廃線跡そのもの。

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 警報灯と遮断機には黄色いカバーがかけられている。遮断棹の取り付けは無し。

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 立派な踏切名称も付けられた。その名も『コマチップ踏切』。
 列車が来るのを小待ちっぷ・・・
 つまらないシャレであったな。

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 除雪車用に立てられた新しい雪かき車警標(フランジャ禁止解除)

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 踏切から厚賀駅方向。草も生えずに意外ときれいな線路。

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 踏切注意の新しい標識がむなしい。

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 さらにむなしい『踏切注意』と『JR北海道』の表記。

日本各地にある『珍踏切』。ここは設置されてから一度も列車が通ることなく消えてしまう踏切である。
まだ100%確定したわけではないが、たぶんそうなる。

唯一の小さな望みとして、デュアル・モード・ビークル (DMV)の導入による復旧という提案も沿線の自治体から出ているようだが、厚賀駅の両方向が路盤流出、橋梁流出という状態では、どう考えてもコマチップ踏切にDMVが通ることはありえない。

それにしても何もない所にずいぶんと立派な道路を作ったものだ。列車は通らないが、この道路を通る車すら見なかった。


厚賀駅と日高門別駅にも寄ってみた。

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 厚賀駅の駅舎。代行バスのバス停は駅前の道道にある。

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 厚賀駅の待合室。

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 バス停は少し離れているが、代行バスの時刻表が掲げられていた。

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 厚賀駅のホーム側。列車が来なくなって2年以上になるが、それほど荒れていない。

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 日高門別駅と日高線代行バス。
 駅前広場はもともと大型バスの乗り入れは考慮されていないためか、大型バスの転回は大変そうだった。


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 余裕のあるダイヤなのか数分間停まっていた。車内の乗客はたった2人。

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 代行バス待合所として使われている日高門別駅舎。

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 島式ホームと駅名標。

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 草が侵入してきた駅構内。信号は消灯している。


日高門別駅のある日高町はJR北海道に対し、大きな被害のなかった鵡川〜日高門別間の再開を主張している。

鉄道や時刻表しか見ていないと鵡川駅が拠点のように思えるが、このあたりの中心は富川駅のある日高町富川である。商業施設の多くは富川に存在し、駅からも近い。
旧日高町や平取町からの国道237号線は富川で国道235号に合流するという地の利だからだろう。

一方、門別には日高町役場と大病院の門別国民健康保険病院がある。
被災当初の日高本線の運行区間を鵡川でなく日高門別までとしていればと悔やまれる。

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 北海道のローカル線を維持するためには、これがひとつの答えかも知れない。

posted by pupupukaya at 17/07/12 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2017年インド旅行記9 インドの聖地バラナシへ

◆5日目 5/1 ビブティ・エクスプレスでバラナシまで

 コルカタ〜バラナシ 【ビブティ エクスプレス】のルート。

5時、外が明るいのに気づいて目が覚める。
どこかの駅に停車中。結構大きい駅のようだ。パトナーとあった。
時刻表では4:35発なので30分程度の遅れということになる。

ホームの向かい側に停車中の列車は座席車で、けだるそうな乗客が見える。

夜行列車同士、夜中の駅に停車中に抜きつ抜かれつという光景は日本でも昔はよく見られた。北海道では早朝の旭川駅での急行『利尻』と『大雪』がこんなふうに同時に停まっていたっけ。

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 パトナー・ジャンクション駅に停車中。

この駅でこの寝台車にも何人か乗ってきた。なんでこんな時間に寝台車に乗ってくるのだろう。
また横になる。

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 朝焼けの風景。

だんだん明るくなってくる。今日も快晴だ。
ずっと農村風景が続く。コルカタあたりで見かけた水田はなく、また乾燥した畑ばかり広がる。

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 農村地帯を走り続ける。

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 どこかの駅その1。

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 どこかの駅その2。

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 寝台車の朝。

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 隣に停車中の列車。

朝になると停車駅が多くなった。15〜20分くらいの間隔で駅に停まる。その度に何人かこの寝台車にも乗ってきた。
考えてみたら、エアコン車両は寝台車しかない。また、座席車主体の急行列車がほとんど無く、長距離を走る寝台列車ばかりなので、上級クラスに乗る階層の人たちは寝台車に乗ってくるのだろう。

また車内販売が回りはじめる。チャイ売り、あとジュース売り、スナック売りなど。呼び止めて1L入り水のボトルを買った。20ルピー。

ベッドに胡坐をかいて壁にもたれかかって外を見ていると、途中の駅で乗ってきた女性2人がベッドにいきなり揃って腰かけた。毛布やシーツは寝ていた時のままになっているが、そんなことはお構いなし。

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 勝手に座られてしまった。

2人は母娘といった感じで身なりは良い。娘さんは二十歳くらいだろうか、真新しいサリーに身を包み、じっと遠くを見つめるような目つきで押し黙っている。

嫁入りだろうか。
じっと一点をみたまま微動だにしない、きれいなサリーの娘さんの横顔を見ているとそんな気がした。

インドの結婚は結婚式の時に初めて相方と会うなんてことを聞いたことがある。
都会ではもうそんなことも無くなっただろうが、田舎ではまだ古い風習が残っているのかもしれない。

まあこちらの勝手な想像ですが。

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 ムガル・サライ駅。

8:56、ムガル・サライ駅に停車。いつまでたっても動かない。定刻ならば20分停車の駅で、電気機関車からディーゼル機関車に付け替えることになっている。

動き出したのは9:22だった。時刻表では8:42発なので40分遅れ。
まあ早く着いてもホテルに入れるかどうかも分からず、むしろ2時間くらい遅れてほしいくらいだったが。

しかし、ここからバラナシまでは18.1km。もうこれ以上遅れることはないだろう。

このあとにガンジス河の鉄橋を渡る。今回の車窓では一番の見どころだ。
カメラを構えて待っていると、鉄橋に差し掛かった。
柱がチラチラとするので写真写りは悪いが、眼下にはあのガンジス河がはっきりと見えた。

まあこの先2日間、イヤってほど見ることにはなるのだが。

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 ガンジス河の鉄橋を渡る。


◆聖地バラナシへ

10:08、バラナシ・ジャンクション駅に到着。ほとんどの人がここで降りる。途中から乗ってきた母娘はまだ先まで行くようだ。
時刻表では9:30着なので38分遅れ。もうそんなこと、どうでもいいが。

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 バラナシ・ジャンクション駅に到着。

ホームに出るとホームは人人人。駅舎内も人人人。
こりゃあ真っ直ぐホテルに向かうしかない。
チェックインがだめでも、荷物だけ預かってくれれば良い。

Varanasiの読み方は『ワーラーナシー』とも『ヴァラナスィー』とも。日本人は昔は『ベナレス』と呼んでいた。
色々呼び方はあるが、ここではネット上で一般的な『バラナシ』とさせていただく。

人口は約120万人。インドのウッタル・プラデーシュ州、バラナシ県の県都でもある。
ガンジス河沿いにあるヒンドゥー教の聖地として知られる。ここのガート(沐浴場)はアグラにあるタージマハルに並ぶインドでは有名なところ。
インドを旅行する際は外せない観光地のひとつだろう。

ホテルはガンジス沿いの旧市街にある。駅から旧市街までは歩いて行けないことは無いが、地図上では40分以上かかる。
面倒だが、リクシャーをつかまえることにする。
つかまえなくても駅を一歩出ればこれでもかってほど寄ってだろうけど。

駅を出ると案の定、客引きの運転手が寄ってきた。
「ガンガー、ハウマッチ」というと「ワンハンドレット」(100ルピー)という。

即決でそのおっさんについていくと自転車置き場だった。サイクルリクシャーか。どうりで安いわけだ。
デリーやコルカタでは見ることが無くなったサイクルリクシャーがここバラナシでは現役なのだ。

乗り込むとリクシャーワーラーのおっさんがキコキコとこぎ出す。おっさんというか、じいさんと言った風貌。
ほかのリクシャーの自転車漕ぎもわりと年配の人ばかり。ま、きつそうだし、若い人はやりたがらないだろうな。
あと10年もしたら無くなっている商売かもしれない。

おっさんはペダルをキコキコとこぎながらのったらのったらと進む。
道路はデコボコだらけなので、その度に振動を食らう、熱風と埃と排気ガスがモロに直撃する。
ビービ―とクラクションがやかましい
お世辞にも良いとはいえない乗り心地だが、たまにはこういうのも面白い。

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 サイクルリクシャ―で出発。

 バラナシのサイクルリクシャ風景:動画(0:06:08)

リクシャーは裏道のような道路ばかり通る。
ちゃんと旧市街に向かっているのか心配になってくるが、おっさんに任せるしかない。

旧市街まで来て、あと少しでガンジス河という所の交差点は大渋滞であった。駅からここまで約30分。
渋滞というより、4方向からとにかく突っ込めるだけ突っ込んでくるので二進も三進もいかない感じ。サイクルリクシャーもすっかり巻き込まれてしまった。

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 ゴーダウリアー交差点からは進めなくなってしまった。

すると前の方から待ってましたとばかりに男が近づいてきて片言の日本語で言った。
「コンニチワ、ガンジスデスカーアンナイシマスヨー」

リクシャーは車に囲まれてもう動けない。おっさんはもうここで降りろという。
「コンニチワー」とか「ハロー」とか言って男が3人も寄ってきて取り囲んだ。

おっさんに100ルピー札を1枚渡してリクシャーを降りる。おっさんは「アンカー」と言った。
あとはこいつらに付いて行けということか。冗談じゃないぞ。

「ガンガーハアッチ、イッショニイキマショウ」
困ったな。しかし私はこういう時の身のこなしは早い。隙を見て動き出した車の脇をすり抜けて逃げ出した。

誰もついてこないので撒くことはできたようだ。

それにしてもここはどこだ?
スマホの地図で見ると旧市街のゴードウリヤー交差点という場所だった。
ここからホテルまでは600mばかり。もうすぐだ。

さっきの交差点から先は車止めがあって、車は進入禁止となっていた。だからリクシャーのおっさんは降りろと言ったのかもしれない。

歩いていると片言の日本語を話す奴がやたらと寄ってくる。

「ハロー、ドコニイキマスカ」
「アンナイシマスヨ」

あーうっとうしい!
立ち止まるとすぐに寄ってくるからオチオチと地図も見れない。

「ホテルデスカ?アンナイシマスヨ」
「アルカホテルデスカ?」
何で知ってるんだ?

途中でこれはと思う路地に入って行く。
「ソッチハナニモナイヨ、アルカハコッチ」

とにかく無視して歩いて行く。路地は狭くて入り組んでいて、もう地図など役に立ちそうになかった。
こっちで合っているんだろうか。と思いかけたら、壁に泊まるホテルの名前と矢印が書いてあった。

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 小路の壁面にあった「ALKA HOTEL」の表記。

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 まるで迷路のような小路が続く。

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 何とかホテルの前に着いた。

何とかホテルの前まで来ることができた。レセプションに行くと早いがチェックインOKという。
デリーのホテルで見たのと同じ大きくてぶ厚い宿帳に色々書き込んで、最後にサインさせられる。

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 ホテルはガンジス河沿いにある。 

Booking.comで予約したのだが、『地球の歩き方』にも載っていて、『ガンガーに面した絶好の立地』とある。

案内された部屋は狭かった。1泊950ルピー(約1700円)だし、こんなものか。
エアコンも無く、天井の大きい扇風機がブンブン回っている。
それでもテレビが置いてあって、専用のトイレ・シャワーが付いているので上等なものだ。

そのかわり、窓からはガンジス河が見渡せる最高の眺めだった。

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 殺風景だが、一晩の宿なら十分。

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 エアコンは無いが、代わりに天井の扇風機が回る。

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 部屋の窓はガンガービュー。

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 トイレ、シャワー、洗面台付き。

さっそく洗面台で洗濯をする。シャツは乾いた汗で塩が吹いている。靴下は激クサ。
すいません、車内でクサかったのは私です。この靴下は捨てることにした。

部屋に洗濯ロープを張って洗濯物を干してから出かける。

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 洗濯物を干す。

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 ホテルのテラスから見たガンガー。

まずはガンガーへ。ガンガーとはガンジス河の現地読み。
宿を出て階段を下るとすぐにガンガーだ。

岸からはガートと呼ばれる石の階段が川面まで下りていて、沐浴なのか水につかる人々がいた。
ここはヒンドゥー教の聖地であり、ガンガーは聖水である。川の水に頭まで浸かれば全ての罪は清められるとされている。

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 ガンガー側から見たホテル。

ガートに沿って歩き出せば、

第1村人「コニチワ、ドコニイキマスカ?アンナイシマスヨ」
私「オーノーサンキュー」

第2村人「スミマセン、ドコニイキマスカ?ワタシノショップキマセンカ?」
私「No!No!No!」

第3村人「コンニチワ、ニホンカラデスカ」

あーうるせー!

まあこんなのにホイホイついて行くアホな日本人が多いから、彼らが商売になっているんだろうけど。

もうガンガーはあとでいい、暑いし。

メシにしよう。今日はまだ朝から何も食べていないので何か食べたい。
部屋に戻り、どこに行くか調べてからまた出直すことにする。


posted by pupupukaya at 17/07/09 | Comment(0) | 2017年インド旅行記
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