2017年インド旅行記4 アグラへその3

◆アグラ・ランチ編

リクシャーは約束通りレストランに着いた。ダディが店内に招き入れる。
入口は植込みがあってごちゃごちゃしている所だったが、中に入ると綺麗な店だ。エアコンも聞いているし感じも良い。

メニューは英語だが、見ても良くわからない。『Thali(ターリー)』の文字を見つけたのでこれにする。ターリーとはいわゆる定食のこと。間違いはないだろう。

店員が「ベジ?ノンベジ?」と言うので「ノンベジ」と答える。「ドリンク?」と聞かれたので何にするかとまたメニューを見ると「ビール?」と言われ、思わず「イエス」と答えた。
まさかここでビールが飲めるとは思っていなかった。

DSCN0390.JPG
 ダディおすすめのレストラン。雰囲気は悪くない。

程なくしてビールが運ばれてくる。『キングフィッシャー』のロング缶。
んぐんぐ・・冷たいビールが喉を通って行く。

ビールうめ〜、ずっと暑くて埃っぽい外にいたので、一層うまく感じる。
あ〜幸せ。

店内に入ったときは客は1組いたが、しばらくして出て行ったので店内は貸切状態。まだ11時を過ぎたばかりで、ランチには少し早かったのだろう。

出てきたターリーはアルマイトの大皿。
チキンカレー、野菜カレー、豆(?)のカレー、ヨーグルトスープそれにカレーピラフのようなもの。
量はたっぷり、2人で分けて食べても十分なほどだ。それに別皿にはナンがこれもたっぷりある。

DSCN0392.JPG
 チキンのターリー。

チキンカレーからいってみるか。

うまい、うまいよよく煮込んである肉も柔かい。
ピラフの米は細長いインディカ米でボロボロしているが、これもうまい。
ナンはお馴染みのもっちりしたやつとか、パリパリしたのとか色んな種類があるのね。これも焼き立てで熱いがうまい。

考えてみればインドに来てからこれが初めてのまともな食事だった。

DSCN0395.JPG
 ナンは食べきれないほどたくさん。

ナンは食べきれずに残したが、皿のカレーは平らげる。ビールも飲んだので腹いっぱいになった。
店員は「ビールもう1杯どうだ」と言うがさすがに断った。ていうかもう何も入らない。

ここは涼しいし、もうどこへも行きたくなくなった。少しゆっくりと過ごす。
12時には駅へ戻ることになっているので、さすがにもう土産物屋には寄らないだろう。

お会計はビール込みで700ルピー。日本ならば標準的なランチの値段だが、インド人からすればものすごい高級店なんだろうな。
店員は「チップ」と言う。言われるままに100ルピー札を追加で渡した。
チップって客に催促してもらう物か?普通。

外に出るとダディがいない。リクシャーには見知らぬオッサンが乗っている。オッサンはこの車だと招く。
ここから運転手が変わったのかと思ったら、ダディはすぐ戻ってくるとのこと。

オッサンは「ダディはどうだ?」と言うので「ヒーイズナイスドライバー」と答えた。
「そうだろう、彼はとても良いドライバーだ。だからよろしく頼むよ」みたいなことを言った。

しばらくしてダディが戻る。このまま乗って行くのかと思ったら、降りてどこかへ行った。ダディの知り合いか。

DSCN0396.JPG
 レストランの看板。(写っている人は全く関係ありません)

ダディ「今度は駅へ行くぞ。OKか?」
私「OK」

リクシャーは走り出す。真っ直ぐ駅に行ってくれることだろう。これで最後になる。
土産屋の事以外は何事もなく、やれやれと思う反面、もう少しあちこち見て回りたかったとも思った。
アグラはまだまだ見る所が多く、観光に丸1日時間をかけて、戻りは夜のシャタブディー急行にしても良かったかもしれない。

ダディ「ランチはどうだった」
私「ナイス、ベリーデリシャス(とてもうまかったよ)」

だいぶ気温が上がったようで、車内は熱風が吹き込んでくる。
しかもさっきのランチはカレーとビールの組み合わせ。汗が容赦なく噴き出す。インドでアルコールが御法度なのは宗教的な理由だけではなさそうだ。

DSCN0401.JPG
 駅へ向かう。熱風が容赦なく体に当たる。

アグラ・カント駅の、乗った時と同じ駐車場に着いたのは11:50。ほぼ約束通りの時間だ。

これも最初の約束通り600ルピーをダディに渡した。ダディはすかさず「チップ」と言う。

負けたよダディ、財布からもう100ルピー出して渡した。
言われなくても渡そうとは思っていたが。

ダディ「駅のホームにウェィティングルームがあるからそこで待ってればいい」
「悪い人がいっぱいいるから付いて行くなよ」
私「サンキュー、アイハドエンジョイ、グッタイム」

最後に握手をして抱き合って別れた。

「バーイ、サヨナラ ダディ」

土産屋に連れて行きさえしなけりゃアンタは本当に良い運転手だったよ。
それでもリクシャーに乗ってアグラの街をいろいろ見て回れたので満足はしている。

DSCN0402.JPG
 半日世話になったダディ。

とりあえず駅舎へ向かうが、帰りの列車は13:44発。まだ1時間40分も時間がある。
駅近くをブラブラしていればあっという間に過ぎてしまう時間だが、ここはインド。
駅前にはリクシャーの運転手がこれでもかというほど待ち構えている。また40度近い炎天下、客引きを振り払いながら歩く気はしなかった。

DSCN0403.JPG
 再び戻ってきたアグラ観光の玄関、アグラカント駅。


◆アグラからデリーへ

DSCN0404.JPG
 アグラカント駅のコンコース。

アグラ・カント駅の駅舎はアグラのセントラルステーションとしてはずいぶんと小さい。あまり広くないホールと、隣にチケット売り場があるだけ。
ホーム側にウェィティングルームはあるが、人でいっぱいだしエアコンもない。
あまり早く着いても居場所がない。ホームでは床面に座り込んでいる人がたくさんいる。ほかに居場所もないし、屋根のあるホームが一番涼しいからだ。

1番ホームは人がいっぱいだが、こんど乗る12807列車が発着する2番ホームはまだ人がまばら。ホームで過ごすことにする。

DSCN0407.JPG
 アグラカント駅の1番ホーム。

DSCN0410.JPG
 跨線橋の上から。

DSCN0411.JPG
 金網の跨線橋。ここが一番涼しい。

ホームの椅子に座っていると風が通り抜けて涼しい。やたらとハエがいるのと、線路から悪臭が漂うのは我慢するしかない。

線路を挟んだ向かい側に客車が停車している。行き先の表示板には『HOWRAH−NEWDELHI−SRIGANGANAGAR』とある。スリ・ガンガーナガルからデリーを経由してコルカタまで行く長距離列車。
寝台列車だが座席車もあって、そっちは客室もデッキも満員だ。
この列車、一応12:15発となっているのだが、発車時刻になっても一向に発車する気配がない。それどころかどこへ行ったのか機関車も付いていない。

アグラからニューデリーに戻る列車を予約するときに分かったのだが、インドの列車はほとんどが長距離の夜行列車ばかりで、中距離を昼行で結ぶ列車がほとんどない。
シャタブディー急行は便利だが、朝晩しか走っていないので、明るいうちに着きたいとなると長距離の寝台列車ということになる。
それでも、時間通りに来てくれればいいのだが、概ね遅れを引きずってやって来る。

今待っている列車はヘーズラット・ニザマディン行き12807列車『Samta Express』。ヴィシャーカパトナムという所を前日の朝6:25に出発し、1700kmもの距離を1昼夜かけてやって来る列車だ。アグラカント駅は13:39発、13:44発となっているが、はたしてどれだけ遅れるのか。
なお、ヘーズラット・ニザマディンはニューデリーの1つ手前の駅で、なぜかこの駅が終点となる。

アグラ〜ニューデリー間の区間列車もあるにはあるが、こちらは鈍行列車で全車自由席、所用時間が6〜7時間となるのでちょっと無理だ。

DSCN0414.JPG
 ホームとキオスク。

DSCN0423-001.JPG
 向かいのホームに停車中の客車。デッキが人気のようだ。

DSCN0412.JPG
 貨物列車が入線する。

時どき物乞いがやってくる。無視していればしばらくしていなくなる。
施しをしてもいいんだけれど、ほかの物乞いが集まってきたら困るし、ほかにしょうがない。

この後も彼らには何度も遭遇することになる。心痛むところだが、ここは『地球の歩き方』にある通りに割り切ることにする。

 “与え尽くしても際限はないし、それで事態は解決しない”
 〜地球の歩き方インド「物乞いと、どう向き合うか」


アグラ・カント 13:44
    【12807】Samta Express 
ヘーズラット・ニザマディン 16:45  

だんだんとホームの人が増えてきた。しかし思ったほどではない。
定刻の13:39になっても列車は来ない。
ホームにアナウンスがあって、聞き取れないが「トゥー」と聞こえたので2時間遅れ?
2時間で済めばギリギリ明るいうちにホテルに着けるか。

と思っていたら2番線に列車が入ってきた。どうやら2番線に変更というアナウンスだったようだ。
車体に『Samta Express』と表示があったので間違いなくこの列車だ。

DSCN0425.JPG
 サムタ・エクスプレスが到着。

買ってあったチケットは『スリーパー』と呼ばれる3等寝台車。エアコン無しの3段寝台である。昼間は座席の指定席車となる。
インドの長距離列車では最もスタンダードなクラスの車両となっているが、日本人が利用するには治安の面など問題も多いようだ。
別にケチったわけでなく、本当はエアコン付き寝台車にしたかったのだが、予約時にほぼ満席状態だった。それだと「WL(キャンセル待ち)」となるので、確実に予約できたこちらにしたわけだ。

だが、運賃は安い。アグラからデリーまで193ルピー(333円)。別に格安チケットというわけではない。インドの国鉄運賃は国策なのか分からないが、諸物価と比べてもかなり安くなっている。
調べたら、同じ区間を自由席の座席車であるジェネラルクラスだと48ルピー(約82円)である。
インド人にもみくちゃにされることを厭わなければ、ほとんどタダみたいな値段でインドじゅう旅行できることになる。

DSCN0429.JPG
 窓に鉄格子がはめられたエアコン無し3等寝台車。

指定された席はS5号車の13番。『S-5』と書かれた車両を見つけて乗り込む。
13番の座席は3人掛けの真ん中。すでに3人座っている。

「エクスキューズミー、ディスイズ マイシート」
というと詰めてここに座れといわれる。

3人掛け席に4人で座るので窮屈。
このボックスは7人いるうち5人は同じ連れのようで、この中で3時間を過ごすのはどうしたものか。

幸い上段寝台が誰もいなかったので、そこに移った。
狭いし、高い場所なので怖いが、肩を寄せ合って座っているよりは快適だ。

目の前に扇風機があって勢いよく回っているが、風は熱風。気温は40℃くらいあるのだろうか。もう暑さの感覚もマヒしてきた。
よく北海道の寒さはいわゆる寒いという感覚とは別だと言われるが、ここインドの暑さはいわゆる暑いという感覚ではない。暑いのではなく熱いと書いたほうが合っている。

DSCN0455.JPG
 3等寝台の車内。

DSCN0442.JPG
 ブンブンと熱風を送る天井の扇風機。

DSCN0439.JPG
 トランプに興じる乗客たち。

車掌らしき人は回って来たが検札は無し。一応座席指定のはずなのだが、席は決まっているような無いような・・・。
空いている席があれば勝手に座っているような印象だった。

物売りが頻繁にやって来る。カレーや揚げパン、チャイ、ペットボトル飲料など。
ユニフォームを着た職員のは車内販売という感じだが、私服の物売りもいて、カゴに果物などを積んで売り歩く。こちらは勝手に車内で商売している感じに見えた。

 動画『インド スリーパーの車内』2分35秒

上段寝台からは車窓は全く見えないが、車内の様子を眺めているとインド人の生活が見えて楽しい。
シャタブディー急行はエアコン付で快適だが、こうした面白さはなかった。

昼間だけの乗車なら3等スリーパーも悪くはない。しかし、ここを一夜の宿とするのはいかがなものか。

DSCN0460.JPG
 スリーパーの座席。夜は3段寝台になる。(終点で撮影)

DSCN0461.JPG
 通路と平行になるサイド席。こちらは夜も2段で使用されるお得席。(同上)

途中でカミナリが鳴り、ものすごく強い雨が降り出した。夕立なのかスコールなのか。
皆一せいに窓を閉める。車内がムシムシする。しかしこれで少しは気温が下がるか。
定時では16:44着ということになっているが、まだ着きそうな感じはない。

この列車、やたらと運転停車が多く、遅れはだんだん増しているようである。
17時近く、またどこかで停車する。今度は長い。5分経っても10分経っても動かない。
車内放送も一切なし。車内の乗客たちは気にしていない様子。

20分くらいしてからようやく動き出した。

終点のヘーズラット・ニザマディンに着いたのは17:25。約40分の遅れだった。
この列車は前日の朝6時台に出発した列車であることを考えれば、ほぼ定時運転だったということになるのだろう。

DSCN0463.JPG
 ヘーズラット・ニザマディン駅。デリー南側のターミナル駅といった位置づけ。


◆再びデリーにて

デリーへは戻ってきたものの、ここからホテルのあるニューデリー駅まで行かなくてはならない。
線路は繋がっているのだから、別な列車に乗り換えればいいと思ってしまうが、発着する列車はどれも長距離ばかり。そう都合よくニューデリー行きなんてあるはずもない。
EMUと呼ばれる近郊電車もあるが、こちらは日に数本しか走っていない。

ということで便利なオートリクシャに乗ることにした。

駅を出ると待ってましたとばかりに客引きの運転手が集まってくる。
「ヘイ、どこに行くんだ」「俺のに乗って行けよ」

私「ニューデリーステーションへ行きたい」
デリーでのリクシャの相場などわからないが、とりあえず「ヒフティー(50)」というと誰もが渋い顔をする。

「50、OK」という運ちゃんがいた。赤いターバンを巻いたその運ちゃんについて行く。リクシャでなく普通のタクシーだった。
車に乗ると350だという。話がちがうじゃないか。「ノー、50オンリー」と言って車を降りた。
別に350でも良かったんだけどね。

ただ、アグラでお金を使いすぎて、財布には500ルピー札2枚と10ルピー札が8枚しか残ってなかった。
着いてから500札出して、お釣り無い500もらうよなんて言われたら困る。

止まっていたリクシャに「ニューデリー駅まで行きたいが幾ら?」と聞くと「200」と返ってきた。
もう面倒だし、言い値の200でいいや。
「OK、そのかわりお釣りある?」というと、別な運転手を呼んできて100札5枚に両替してもらった。
その中から200ルピーを運転手に渡して出発。

DSCN0464.JPG
 200ルピーでニューデリー駅へ向かうオートリクシャ。

行き先をホテルではなくニューデリー駅としたのは、ホテルの場所を説明するのが面倒だからということもあるが、ちょっと寄りたい場所があったからだ。

リクシャーは便利だ。運転手は外国人と見ると料金をふっかけてくるが、それでも金額は知れている。値段交渉しだいでは安くなるのかもしれないが、交渉するのは面倒だし時間も勿体ない。チップ込だと割り切って、言い値で乗るのも一つの手だろう。

ニューデリー駅へは30分ほどで着いた。
駅には用はないが、リクシャは駅前広場に入ろうとする。

突然数人の男が車をさえぎって「ここからは入れない」と叫んだ。
運ちゃんは「ここから先は行けないから降りてくれ」言った。

車から降りようとすると男の1人が自分の身分証らしきものを見せて、
「ここから先はチケットがないと入れない、チケットを見せろ」と言う。

男「リクシャに料金払ったのか」
運「いや、もうもらってるよ・・・」
男「ほら、チケットを出せ」
私「チケットなんか持ってないよ、列車に乗るわけじゃない」

これが噂に聞いていた駅のチケット詐欺か。
なんだかワーワーやっている隙に逃げ出した。

ここからホテルまでは歩いて戻る。
途中で寄ったのが『WINE&BEER SHOP』と看板のある店。地球の歩き方の地図にも『酒屋』の名前で載っている。
すっかり汗だくで、ホテルに戻ってシャワーを浴びてから冷たいビールを飲もうというわけだ。

狭い入口はインドの飲兵衛が出たり入ったり。
飲酒に厳しいインドでは酒が手に入る場所はこういった酒屋に限られている。

DSCN0472.JPG
 ワイン&ビールショップ。飲兵衛にとっては貴重な店。

DSCN1559.JPG
 インドの飲んべたちが押し寄せ大繁盛。

店内のカウンターで商品名を言うと取り出してくる対面販売。2か所あるカウンターは押し合いへし合いで大繁盛。ていうか、俺が先だ、俺が先だというほど殺気ムンムン。
こいつら全員アル中か(人のことは言えんけど)

DSCN1560.JPG
 押せ押せとばかりにアル中 客が詰め寄るカウンター。

自分の番が来たので見えていた『カールスバーグ』を3本取ってもらう。「ハウマッチ」と聞くと300ルピー。ロング缶でよく冷えている。1本100ルピーとは意外と安かった。

ホテルの部屋に戻ってビールは冷蔵庫へ。
もう下着はベショベショ。体もベタベタする。着ていた服を脱ぎ捨ててシャワーへ。

さっぱりして飲んだビールがうまかったこと。ようやく生き返った思いだった。

DSCN0478.JPG
 カールスバーグはデンマークのメーカー。象のイラストがインドらしい。

ビールを2本飲んだら腹が減ってきた。
ちょっと外に出てみる。
8時ごろだが、ホテル前の道はまだ賑やか。屋台も出ている。

DSCN0496.JPG
 ホテル前の夜景。

コンビニやスーパーがあればいいのだが、そういう店は無い。1軒だけ商店があったので入ってみたが、食べ物はスナック菓子のようなものしかなかった。店を出てまたホテルに戻る。

DSCN0500.JPG
 夜のホテル街。怖い感じはなかった。

ホテルの1階にレストランがあるのでそこに入った。
メニューはここも英語。何となくはわかる。カレーは昼に腹一杯食べたので、別のものがいい。
パスタがあったのでパスタ欄の適当なのを指差して「テイクディス(これをください)」と言った。
ウェイターに「ドリンク?」と聞かれたので試しに「ビア」と言って見ると、「ここではだめです、お部屋ならOK」と言われた。部屋まで持ってきてくれるという。部屋ナンバーを告げて、部屋に戻った。ルームサービスになってしまった。

しばらくするとさっきのウェイターがビールを持って部屋に現われた。150ルピーと言うので払う。
ウェイターは「フロントにはナイショよ」と言った。どうやら酒屋で買ってきてくれたらしい。もうすでにビールは飲んでいたし、何だか悪いことしたな。

それからまたしばらくしてパスタが来た。さっきとは別の人。支払は明日フロントでいいとのこと。

パスタはクリームパスタだった。味は特にどうと言うことはないが、まずくはない。まあまあ。

DSCN0505.JPG
 クリームパスタとビール。ビールはキングフィッシャー。

冷蔵庫にはビールがもう1本。これも飲んでしまおう。

ビール計4本。さすがに酔っぱらった。猛烈に眠くなってきたので、今日はもう終了します。
明日は夕方にニューデリーを出発する寝台列車でコルカタへ向かいます。

それにしても、今朝ホテルのこの部屋を出たのがもう1週間も前のような気がする。
長い1日だった。

→5へつづく


posted by pupupukaya at 17/06/10 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記3 アグラへその2

◆マターブバーグ(タージマハル)編

ダディ「次はマターブに行くぞ、いいか?」
私「オーケー」
と言ってリクシャーはイティマド・ウッダウラー廟を後にして走り出す。
このあともダディは出発するごとに次の行先を確認するのだった。

いかにも下町といった、町工場や商店が並ぶ道を行く。
ゴミだらけの道端は、軒先に座り込んで駄弁っている男たち、しゃがんで洗い物をする主婦、子供達がチョロチョロ。あと、色んなものが混じりあった鼻を突くような匂い。
吹きさらしの車窓(窓はないけど)からは普段着の暮らしぶりが見える。

エアコン付きチャーター車でも通る道は同じだろうけど、同じ風景に見えただろうか。リクシャーに乗って良かったと思った。

DSCN0309-001.JPG
 生活感のあるストリート。

DSCN0314.JPG
 野良犬をやたらと見かけた。

街中を抜け、道の両側に畑が広がるようになる。郊外まできたようだ。
道の突き当りがお土産を並べた売店が並んで観光地らしくなっていた。

せっかくアグラまで来たのだが、タージマハルは今日は金曜日のため休み。
せめて裏側から見ようとこのマターブバーグまで来たわけである。

DSCN0344.JPG
 マターブバーグの駐車場から。

タージマハルは、17世紀、ムガル帝国5代皇帝シャー・ジャハーンが皇妃ムムターズ・マハルのために建てた白大理石の巨大な墓である。
自身の墓は、ヤムナー河を隔てた対岸にタージと対照となるように黒大理石で建てる計画だったが、息子である第3皇子のアウラングゼーブによってアグラ城に幽閉され、叶わぬ夢となる。

白大理石を使用した広大な建物はユネスコの世界遺産に登録され、今では年間700万人の観光客が訪れるというインド観光のシンボル的存在になっている。

今着いたのはタージマハルのちょうど対岸。世が世なら『黒タージ』が建てられるはずだった場所。
現在は『マターブバーグ』と呼ばれ、英国式の庭園となっている。

DSCN0335.JPG
 広々としたマターブバーグ。

車を降りてダディと入口へ。
お土産の小物を持った子供が何人も寄ってくる。ダディはガン無視。自分もそれに倣って無視を決め込む。
入場料は200ルピー、チケット売り場で買う。
中は庭園というか普通の公園のような感じ。

おおー、あれがタージマハルか。

来る途中で何回か見かけた姿だが、遠くからなのでスモッグで霞んでいた。ここからははっきり見える。
ダディは木陰のベンチに腰かけて、「ここで待っているから」と言った。

DSCN0317.JPG
 ヤムナー河対岸から見るタージマハル。

今は広い河原だが、雨季ならば川幅も広がって、川面に映るタージが見られたのかもしれない。
もっと時間があれば、腰かけて夕日に染まって暮れゆくタージを眺めてみたいものだ。

あちこちに朱色の花をつけている木があって、白い大理石のタージマハルと好対照に見える。
あとでダディに聞くとグルモールと教えてくれた。

調べたらグルモールはインドでは真夏の花。日本では『鳳凰(ほうおう)木』といい、なるほど燃えるような朱色の火の鳥が飛び立つようにも見える。

DSCN0324.JPG
 朱色のグルモールの花とタージマハル。

DSCN0323.JPG
 朱色の火の鳥が羽ばたくグルモール。

金曜でなければ中に入って美しい壁面も見られたのだろうが、タージマハルの実物を見られただけでも満足だ。
一部に改修中の足場が組まれていたのは少々残念だった。2017年の5月から2か月間本格的な改修工事に入るようなので、行かれる方はご注意を。

庭園には石積みの土台や瓦礫が転がっている場所があって気になったが、これは『黒タージ』ではなく、ムガル帝国時代にあったレクリェーション施設の跡で、当時はプールや噴水があったがヤムナー河の頻繁な洪水で破壊されたあとはすっかり忘れ去られたものの、1990年代に発掘されて日の目を見ることとなった。

DSCN0315.JPG
 ここに黒タージが建つはずだった。ムガル時代の遺跡が夢の後。

ここマターブバーグは人も少なく静かで、のどかな公園といったムードだった。
タージマハルは見たいが、人混みと高い入場料(1000ルピー)は嫌だと言う人はこちらをおすすめします。

長いこと居たような気がするが、20分くらいしか経っていない。
見るものと言えば対岸のタージマハルくらい、いくら美しくても20分もすれば飽きる。

ベンチで待っていたダディとリクシャーに戻る。
「次はアグラジョウへ行くがいいか?」
アグラジョウってどこだ?
英語で「アグラフォート?」と聞くと、そうだと言った。

ダディはアグラ城を『アグラジョウ』と言う。英語なら『Agra Fort』、ヒンディー語では『アグラキラー』である。
やっぱり日本人慣れしている。普段は日本からのツアー客を相手にしているのか、毎朝駅前で日本人客を待ち構えているのか知らないが、まあ悪いようにはされないと思うが。

基本は英会話でのやり取りだが、時どき日本語を混ぜるのでこちらを混乱させる。

そのアグラ城はインサイドとアウトサイドがあって、インサイドは入場料500ルピー、アウトサイドはフリー(無料)だと言う。どっちにするか聞かれて、フリーの方にしようと思いかけたが、せっかく来たんだからお金払ってもちゃんとしたのを見ておこうとインサイドの方をお願いした。

DSCN0345.JPG
 再びリクシャで出発。

DSCN0346.JPG
 道路を歩く牛の群れ。

DSCN0350.JPG
 また街中のストリートを通る。

DSCN0354.JPG
 南国らしいのんびりとしたムードも。

DSCN0308.JPG
 鼻を突く匂いも。画像でお伝えできないのが残念。


◆アグラ城塞編

リクシャーはアグラ城入口に行くのかと思ったら、少し離れた駐車場に入った。
ダディは「マイパーキング」と言った。
「30分で戻ってきてくれ、ここで待っているから」

駐車場からアグラ城の入口であるアマルスィン門へは広い道路を渡る必要があるのだが、車がビュンビュン通る道路は信号など無く、一応横断歩道はあるのだが、止まる車などあるはずも無い。

車の切れ目をねらって走って向こう側へ渡った。怖いなあ。

DSCN0383.JPG
 アグラ城入口。右がチケット売り場。

500ルピーのチケットを買って行こうとすると、ガイドと称する男たちが寄ってきた。
ノーノ―と言ってもしつこくついてくる。
英語でガイドされてもこっちは分からんのよ。それに30分で戻らねばならないし。

あんまりうるさいので、振り向いて
「オー、ミスター ノーサンキュー」
と言ったがそれでもついてきた。あとはひたすら無視。もぎりの所でいなくなった。

DSCN0381.JPG
 赤砂岩で築かれた要塞壁。

DSCN0379.JPG
 そそり立つ城壁。高さは21.4mある。

アグラ城は正式には『アグラ城塞(Agra Fort)』という。城壁の色から、別名『ラールキラー(赤い城)』とも呼ばれている。
完成は1573年。ムガル帝国第3代のアクバル大帝がデリーからアグラに遷都する際に築かれた、ムガル帝国最盛期の象徴でもある。
第4代、第5代の時代にさらに増築されている。
その後、タージマハルを造った5代皇帝シャー・ジャーハンがアグラ城に幽閉され、第3皇子のアウラングセーブが6代皇帝に就くと再びデリーに遷都となった。

以上はネットで仕入れた知識だが、ムガル帝国の歴史は複雑で、私の頭が痛くなってきたのでこのくらいにしたい。

DSCN0377.JPG
 内側から見たアマル・スィン門。

坂道を登っていくつかの門をくぐると広い中庭に出た。
ここも綺麗に整っていて、街中の喧噪とは正反対に静かで落ち着いている。

中庭の一番奥まで行くと、門があって鉄扉が閉まっている。この先はまだ続いているが、この先は行けないようだ。
高い入場料を取る割には見るものはこれだけか。

DSCN0361.JPG
 アグラ城の広い中庭。

しかし暑い。今は10時を少し過ぎたところ。だんだん気温が上がってきた。
日なたを歩いていると倒れてしまいそうだ。

中庭にある大きな建物に人が集まっている。
行って見るとここは日陰で、風が通り抜けて涼しい。しばらくここで休憩する。

ずっとバッグの中に入れていた車内サービスのペットボトルの水はすっかりお湯になっていた。それでも喉が渇いているので、飲むとうまい。

DSCN0363.JPG
 一般謁見の間(Diwan-i-Am)。

DSCN0362.JPG
 奥が玉座。ここでお祈りする人もいた。

中庭はぐるりと壁に囲まれているが、入ってきたのとは別の出入り口へ行ってみるとまだ続きがあった。
入るとまた中庭があって、今度は白い大理石で囲まれていて、アングリー庭園という名がついている。

DSCN0366.JPG
 ムガル第5代シャー・ジャハーン帝によって建築されたアングリー庭園。

3代帝アクバルと4台帝ギール時代の建築は赤砂岩だが、大理石の建築はタージマハルの5代帝ジャハーン時代のもの。
正面に見えるこれも大理石の建物はシャー・ジャハーン帝の神殿と呼ばれ、帝はそこから沐浴する女性たちを眺めていたという。

愛妃の墓であるタージマハルを建てたり、晩年は幽閉されたりとセンチメンタルな面ばかり伝わるジャハーンだが、若いころは結構な遊び人だったんでしょうかね。

アクバルとギール時代の建造物は現地産の赤砂岩だが、ジャハン時代のものは大理石である。ムガール帝国の皇帝の心など察することはできないが、だんだん贅沢になって国が傾くというパターンではあるようだ。
 〜宮脇俊三著 インド鉄道紀行より

庭園や宮殿など贅を尽くした造りになっていて見ていたら結構面白い。
アグラに来るまでは正直、タージマハルが見えるマターブバーグまでの行き方しか頭になかった。ここアグラ城は来てみるとなかなか見ごたえがある。
30分で戻るという約束なので、どこも歩いて通り過ぎるだけだったが、もっと時間を取ってもよい所だった。

DSCN0368.JPG
 ジャハンギール宮殿の屋上。

宮殿の屋上に出ると、窓のところに人だかりがしている。
覗いてみると、ヤムナー川の河原が眼下に広がり、遠くにタージマハルが見えた。

DSCN0369.JPG
 アグラ城から見えるタージマハル。

失脚し、息子のアウラングゼーブによってアグラ城に幽閉された5代帝シャー・ジャハーン。74歳で亡くなるまでの8年間、自らが建てた、また愛妃が眠るタージマハルを眺めて暮らすことになる。

ここから眺めるヤムナー河とタージの風景はジャハーンが生きた17世紀から変わっていないんだろうな。
失意の中、毎日タージを眺めて過ごしたのだろうか。対岸には自らの墓になる黒タージが建つはずだった。

 ”露と落ち露と消えにし我が身かなタージのことは夢のまた夢”
 〜それは豊臣秀吉公の辞世でっせ。

結局黒タージは幻と消え、ジャハーンの棺はタージに眠る愛妃の横に安置されることになる。

DSCN0370.JPG
 雨季ならばタージが河の水面に浮かぶように見えるという。

約束の30分は10分ほどオーバーしたが、門を出てリクシャーが待っている駐車場へ向かう。
待ってましたと客引きの運転手が声をかけてきたが、
「マイドライバーイズ ウェイティング」と言うと去って行った。このフレーズは使えそうだな。

続いてやって来たのがガイド本売り。
「コリア?チャイニーズ?ジャパニーズ?」
無視するのがいいんだろうけど、一緒くたに呼ばれるとつい「ジャパニーズ」と答えてしまう。

ノーノ―と言ってもしつこくついてくる。最初は30ドルだったが、20ドル、15ドルとどんどん値を下げる。が、いらん物はいらん。そもそもドルなんて持ってきてないし。

駐車場までついてきた。助けてくれダディ。
ほかの運転手と駄弁っていたダディが追っ払ってくれた。やれやれ。

DSCN0384.JPG
 アマル・スィン門の交差点。渡るのが一苦労。


◆土産物屋編

リクシャーに乗り込む。これで最初に約束していた観光地は全部回った。
次の約束はショッピングとランチである。
ショッピングとは土産物屋のこと。連れて行って買わせるとコミッションが入るので、観光客相手では一番の腕の見せ所であろう。

ダディ「ビフォー ショッピング アフター ランチ OK?」
私「ヤー」

はっきり肯定は「Yes」、生返事は「Yeah」と使い分けていたが、そんなことインド人に通じるはずもない。

まだ旅行は序盤なので荷物が増えるのは困るが、小物くらいなら買ってもいいかなとも思っていた。
リクシャーはどこへ向かっているのかわからない。このときのダディーが一番得意顔だったような気がする。

着いたのは衣料品店のような店。

ダディ「さあ、日本人のお客さんを連れて来たよ。品物を出してやってくれ」
なんて言ってたのかわからないが、多分言っていたんだろう。

しかも品物を選んで自分でレジへ持って行くような店ではなく、対面販売。
また面倒な店へ連れてきやがったな。

店員はスカーフ出して何枚か並べる。シルクだという。触ってみると肌触りは悪くない。
店「彼女にでもどうだい」
うーん・・・
こういう物の良し悪しなどさっぱりわからない。

店「サリーもあるよ」
いやいやいや、そんなん日本に持って帰っても誰も着ないから。

だまっていると、次から次へと品物を出して並べる。
あーわかった分かった、スカーフ1枚買うよ。
私「ハウマッチ?」
店「1500」
値札もないし、相場も分からないので高いのか安いのか。多分相当ふっかけているんだろうけど。

もうヤケになってきた。
私「ドゥーユーディスカウント?」
店「いくらならいいの?」

台の上に電卓があったので、借りて『1000』と打ち込んだ。

店「それは無いわ、1300」
私「1100」

結局1200ルピーで交渉成立。

店「お客さん、もう1枚お母さんにどうね」
店「紅茶もあるよ」
私「ノーサンキュー、エネオスエネオス(もう十分)」

ダディは終始ニヤニヤしながらこっちを見ていた。
スカーフ1枚買って店を出る。

DSCN1835.JPG
 シルクのスカーフ1,200ルピー也。

ダディ「ダイリセキに興味ないか、ダイリセキ、いい店があるよ」
ダイリセキって何だ?
ショッピングも1店だけじゃ済まさないつもりなんだろう。いいよいいよ、行ってくれ。

また街中をしばらく走って、小さな工場のような所に入って行った。リキシャーが壊れて修理工場にでも寄ったのかと思ったが、着いたという。

ダディに招き入れられるまま中に入ると、石の加工場だった。狭い部屋だが職人たちが石を削ったりしている。
ここでダイリセキの意味が分かった。大理石ね。
ダディは時々日本語を混ぜるから訳が分からなくなる。

DSCN0386.JPG
 さいしょは車の修理工場かと思った大理石屋。

中で座らされると、ダディが「彼がティーチャーね」という人物が現われた。
店員風ではないし、社長かな。どちらでもなさそう。
横に座り、どこから来たかとか、どこに行って来たかなどあれこれ聞かれる。

それから大理石の工芸についての説明。
「これはアグラの伝統工芸で、タージマハルから受け継がれた技法・・・」
正直興味ないので聞き流す。

「どうだい、商品を見て行かないか?」
もう早く出たいので「ヤー」と答えると、
「よしっ、店内へカムイン」

外見は修理工場に見えたが、店の中は上等な工芸品店という感じだった。でも高そうだな。

ティーチャーは皿を出してきて並べた。
テ「どうだいいいデザインだろう、特別に50ドルだよ」
私「ドル持ってないよ。ルピーで言ってくれ」
3220ルピー?上等な物かも知れないけど皿1枚に6000円近くも出せるか。それにこんな物バックパックに入れて持ち歩けないよ。

私「エクスペンシブ。もっと安い物はないの?」
テ「これなら1000ルピー」
と出したのは大理石で出来た象の置物。手のひらに乗るサイズで、これなら悪くない。
テ「2個なら1800ルピーにするよ」
テ「小物がいいの?ほらマグネットも2個付けるよ、3200だけど全部で3000でどうだい

私「まだ高いよ。ディスカウントプリーズ」
テ「いくらならいいんだい」

ティーチャーの持っていた電卓を借りて、少し考えて2000と打ち込んだ。
テ「おいおいおい、このゾウ1個で1000だぜ、そりゃないだろう」
さすがにちょっと引き過ぎたかな。2300と打ち込む。
テ「じゃあ10%引きで2700でどうだ?」

別にどうしても欲しいわけじゃないし、売ってくれないのならそれはそれで結構なことだ。
私「ノーサンキュー、バーイ」
背を向けて外に向かいかけると、
テ「ヘイ サー、わかった、トゥーサーザンシックス、2600、これでカンベンしてくれ」

もう面倒になってきてOKを出した。

お金を払おうと財布を見たが、2600ルピーを払うとほとんど無くなってしまう。このあとランチもあるし、現金がなくなると困る。
仕方がない、少々心配だがクレジットカードで払った。
小物4個で約4600円。ずいぶんふっかけられたという感じは否めない。

テ「ところでこの小物入れは彼女にでもどうだい?2000でいいよ」
さすがにそれは何とか断った。

DSCN1833.JPG
 大理石のマグネットと象の置物。2,600ルピー也。

ダディの姿が見えない。車で待っているのだろうか。

ティーチャーはまあゆっくりしていけよとソファーをすすめる。
テ「こちらのお客さんに飲み物を持ってきてくれ。ヒーイズ マイゲスト」
しばらくしてビンにストローが差されたペプシコーラが運ばれた。
テ「ノープロブレム、ディスイズフリー」
金は取らないようなのでペプシをいただく。ずっと炎天下の中リクシャーで来たので冷たいペプシがうまい。

ティーチャーと色々話をする。と言っても片言の英会話なので大した内容ではないが。

テ「トリップアドバイザーを知っているか?この店は5つ星なんだ」
壁にはトリップアドバイザーの張り紙がある。
彼は嘘は言っておらず、後でネットを見たらトリップアドバイザーに店が載っていた。

テ「俺の奥さんは日本人なんだ」
ちょっと奥さんに会ってみたくなったが、話が長くなるといけないのでそれは言わなかった。

テ「君のヘアスタイルはとてもナイスだ」
最近は短く刈り上げている髪の毛だが、お世辞にもオシャレとは言えないと思っていた。ただ剛毛なので、触るとブラシのようではある。
ティーチャーは私の髪の毛が気に入ったのか、何度もナデナデした。

ペプシを1本空けたところで、ではそろそろと退散することにする。
テ「サンキュー、マイフレンド、バーイ」
「バーイ」

ダディは車にいた。
ダディ「いいものはあったかい?」
私「ああ、象の置物を買った」
ダディ「次はリング(指輪)はどうだい」
もういい、カンベンしてくれ。

私「アイムハングリー、アイワナランチ」
ダディ「何が食べたい?」
私「インド料理がいいな」
ダディ「インディアンフード?OK」

時刻は11時過ぎ。ランチには早いが12時までに駅に戻る約束なのでちょうどいい時間だろう。
今度はどこへ向かうのか。リクシャーは街中を走る。

いや〜、それにしても疲れた。


posted by pupupukaya at 17/06/04 | Comment(2) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記2 アグラへ

◆2日目 4/28 旅程
 ニューデリー〜(鉄道)〜アグラ
 アグラ〜(鉄道)〜ニューデリー

今日から一人歩き。

デリーでは最初の方で2泊、最後に1泊することになる。
デリー滞在の中日にあたるこの日は、列車でどこかへ行こうと考えていた。

インドと言えばタージマハルだよなあ。タージマハルがあるのはアグラ。
私は有名観光地というものにあまり興味を持たない人なので、誰もが行くからって、わざわざ行く気にはならなかった。
街の中を歩いたり、スーパーや市場を覗いたりする方がよっぽど楽しい。

ニューデリー駅からどこか日帰りで行けるところを、列車の時刻を調べたりしていたが、案外と難しかった。
ジャイプルまでは片道4時間半。日帰りで行けるが、戻りがどうしても暗くなる時間になってしまう。駅から歩いて数分のホテルとはいえ、夜道を歩くのは避けたかった。
アグラならば片道2〜3時間で、アグラ観光をしても明るい時間にはデリーに戻ってこれる。

失敗だったのは金曜日になってしまったこと。タージマハルは金曜日は休みになる。
中には入れないが、川の対岸のマターブバーグという所からも見ることができるようだ。

ということでアグラ行に決定した。往復の列車チケットも出発前に購入してある。

ndelh~agra1.jpg
 ニューデリーからアグラまでの略図。


 ニューデリー 6:00
    【12002】Bhopal Shtbdi 
 アグラ・カント 7:57  

今日乗る列車は『シャタブディー・エクスプレス』と呼ばれる高速列車で、デリーから各都市に向けて運転されている、全席食事つきという飛行機並みの豪勢な列車である。

朝5時半にホテルを出る。もう明るくなっていた。
歩き出した途端、道端に停まっているリクシャーの運転手からやたらと声がかかる。
「ヘイ、ジャパニ?」
「where do you go?」
ノーノ―と言って歩く。どこへ行ってもこんな感じなのだろうか。今から気が重くなる。

DSCN0240.JPG
 早朝のニューデリー駅。

駅に近づくとこんな時間から車で溢れかえっている。道端は座り込んだり横たわったりする人がいっぱい。
やっぱり夜は歩きたくないな。

ニューデリー駅は大きな駅を想像していたが、意外と小さい駅だった。入ったところが吹き抜けのホールになっていて、電光掲示板に発車する列車とホームが表示されている。

駅で夜明かしした人なのだろうか、床に横になっている人が多数。それも、もっと隅の方で横になればいいものを、真ん中で堂々と横になって寝ている。何となく昔の上野駅の雰囲気を思い出した。

DSCN0241.JPG
 ニューデリー駅のコンコース。

改札口はないが、ホームに入るところにセキュリティーゲートがあって、空港のX線装置のような機械に持っている荷物を通す。
並んでいるが、脇からすり抜けて通る人もいる。何のためにあるのかいまいちわからないゲートだった。

乗る列車は『ボーパール・シャタブディー(Bhopal Shtbdi)』という名前がついている。その名の通りボーパールまで行く列車で、デリーから約700kmを6時間25分で結んでいる。

途中停車駅のアグラまでは195km、1時間57分となっていて、最高速度は150km/h、インド国鉄ご自慢の特急列車といったところ。
優等列車にふさわしく、ゲートを出てすぐの1番ホームに入線していた。

DSCN0244.JPG
 シャタブディーエクスプレスが停車するニューデリー駅1番ホーム。

列車のチケットは、E-チケットを印刷して持ってきた。指定された席番もチケットに表示されている。
自分の乗る車両はE1号車。奮発してエアコン付1等車にした。それでもアグラまで1,068ルピー(1,879円)は安い。2等だと680ルピーになる。日本円にして600〜700円の差額なら1等にした方がお得だろう。

E1号車を探して歩くが、ずっと2等車が続く。一番後ろまで来てしまった。1等車は逆方向だった。
荷物車2両を含めて18両編成。またホームの端から端へと歩く。早めに来て良かった。

先頭に機関車が付く客車編成。次位に荷物車、1等車2両、その後ろはすべて2等車となる。
機関車の写真を撮ったが、手前の荷物にピントが合ってピンボケに・・・

インドの鉄道は基本的に撮影禁止。ホームには警官も多いので見つからないようにしたい。

DSCN0245.JPG
 先頭の機関車。これ1台で18両の客車を牽引する。



DSCN0246.JPG
  荷物車では積み込みが行われている。

DSCN0247.JPG
 客車の出入り口。

指定された席は通路側だった。窓側にはビジネスマンらしいインド人がいた。
超特急列車の、しかも1等ということもあって乗客の身なりは良い。外国人の乗客も目立つ。

余程車体が大きいのか、ゆったりした幅の座席が4列あっても通路は広い。2等だと日本の新幹線と同じく2列+3列の並びとなる。
インドのレール幅は1676mmで、普通の鉄道としては世界一広い(日本は1067mm、新幹線で1435mm)。そのためか車体も大型になっている。

ニューデリー駅は定時に発車。朝早いが席は大体ふさがっていて、人気の高い列車とうかがえる。
これは、ほかに都市間を結ぶ適当な昼行列車が無いこともあるのかもしれない。
これも出発前に調べてわかったことだが、朝早くに出発するシャタブディー以外では、急行列車は長距離の寝台列車ばかりになってしまうのだ。

DSCN0251.JPG
 エアコン1等車の車内。クルーがサービスに回る。

発車するとサービスが開始される。全員に新聞が配られる。続いて水と紙コップが配られる。水はたっぷり1Lのボトル。

それから車掌が検札に回ってきた。印刷したE-チケットを見せる。隣の客はスマホの画面を見せていた。必ずしも印刷する必要は無いようだった。

DSCN1971.jpg
 出発前に印刷して持って行ったCleartripE-チケット

ネットで情報収集していると、駅でこのチケットではそのまま乗れないだとか、コンファームが必要とか言う人が現れて、怪しげな旅行会社に連れて行かれたなんて話をよく目にした。
実際は印刷しただけのチケットで全く問題ナシ。

DSCN0252.JPG
 新聞が配られる。読めないけど。

DSCN0255.JPG
 水のサービス。紙コップ付き。

客車は揺れこそ少ないが、ずいぶんとスピード感がある走りっぷり。この列車のMAXは150km/h、外を見た感じででは120〜130km/hだろうか。日本の旧型客車を100km/h以上で走らせたらこんな乗り心地かなと思うような堂々とした走りっぷり。

そんな中、次から次へとクルーが現れる。ジュースが配られ、今度はコーヒーか紅茶。インドなのでここは紅茶にした。カップと皿は陶器製。紙コップでいいんじゃないか、運んでくるだけで大変だ。

DSCN0259.JPG
 最初に出された紅茶とジュース。カップと皿は陶器で本格的。

紅茶のカップは一旦下げられる。
次に配られるのは袋入りの食パンとコーンフレーク、それにバナナの乗ったトレイ。器にはホットミルクが注がれた。これにコーンフレークを入れて食べる。さっきの紅茶の後だからどんなものが出されるのかと思ったら意外と軽食だ。朝だからこんなものか。

インドでは食べ物を持つのに左手を使うのはタブーとされている。しかし、車内の人を見ていると左手を使っている人も結構いたり・・・

隣のインド人客はサービスなぞ要らんとばかりに、ずっと眠っている。

DSCN0269.JPG
 コーンフレークと食パン。朝食だからこんなものかと思っていたら・・・

そうこうしているうちに最初の駅マトゥラーに到着。アグラまではあと30分少々。
これで終わりかと思っていたら、また。ベジかノンベジか聞かれたのでノンベジと答える。
隣の人はいつの間にか起きていて、ベジと答えていた。

アルミの容器に入っていたのはオムレツだった。車内で調理しているのか熱い。
一方ベジの方はと見ると、コロッケのようなものが2個。ベジにすれば良かったかな。

DSCN0270.JPG
 最後にオムレツがやってきた。これだけは使い捨てアルミ容器。

DSCN0262.JPG
 アグラまでの車窓はずっとこんな感じ。

アグラまでの2時間は次から次へとサービスがやってくるのであっという間だった。

8時過ぎ、5分ばかり遅れてアグラ・カント駅に到着。観光都市なのだが一緒に降りる人は意外と少なかった。金曜でタージマハルが休みだからか。

DSCN0272.JPG
 アグラ・カント駅に到着。

エアコンの効いた車内から出ると暑いかと思ったらそうでもなかった。今日のアグラの最低気温は26℃で最高は38℃。涼しい朝のうちに観光をするのが吉だろう。


◆アグラ半日観光

アグラは人口約157万人。世界遺産に登録されているタージマハルやアグラ城がある観光都市でもある。インドを旅行した人ならば必ずや訪れる都市だろう。
それにもかかわらず、駅はこじんまりとした印象だった。

さてこれからどうするか。

駅舎から外に出たら、タクシーやリクシャーの運転手たちが待ってましたとばかりに寄ってきた。
人が多いとはいえインド人ばかり。今のシャタブディー急行で降り立った人たちの中に、自分以外で外国人らしい人はいないようだった。肌の白い東洋人は目立ってしょうがない。

アグラへ来たからにはタージマハルが見たい。が、今日は休みなので、対岸にあるマターブバーグへ行こうと思っていた。
ちょっと駅から歩いて行ける距離ではないし、交通機関もあるのかないのかわからなかった。

タクシーに乗る必要があるし、乗る前に値段の交渉もしなくてはならないのだが、こう俺が俺がと寄ってこられると、どうしたら良いのかわからなくなる。

客引きの運転手はとにかくインチキや暴利が多いと聞いていたので、少し離れたところにいる車をつかまえたほうが良いだろう。

歩き出すと群がる客引きのおっさんの一人が、
「Are you from Japan?」「タージマハル?」
思わずイエスと答えてしまった。
カモ確定?

そのおっさんは身分証を見せてきた。ちゃんとした運転手だということか。それでも胡散臭いのでノーと言って歩き出す。
ずっとついてくる。何度も身分証を見せ、とにかく正式な運転手だ、心配いらないというようなことを何度もアピールしてくる。
試しに「How much?」と言ってみると800ルピーだと言う。それでまたノーと言う。とにかく断る口実を考えていた。
ほかの運転手も寄ってくるが、そのおっさんが追っ払う形になっていた。

どこまでもついてくる。断ったところで別の運転手を見つけなくてはならないし、根負けした。

 ※やりとりは以下日本語にします、基本中学生程度の英会話ですが・・

運「いくらならいいんだ?」
私「マターブバーグへ行って、12時までに駅に戻ってきたい。500では」
運「マターブだけかい?ほかにいくつか回って600ならどうだ」
私「OK、そのかわり600オンリーだ」

交渉成立。600オンリーと何度も念を押したのでまあ大丈夫だろう。ずっと歩いていたので駅からは離れてしまった。
運転手のあとをついて歩く。どこまで行くんだろうと思ったら、駅前の駐車場だった。
これに乗れという車は黄色と緑のツートンカラーが目立つオートリクシャ―。デリーでも多く見かけた。

DSCN0275.JPG
 オートリクシャ―の運転手について行く。

運「行くのはマターブバーグ、アグラ城、ベビータージ、バザール、ランチ、OK?」
バザールと言うのが気になったが、とりあえずOK。

運転手の名前を聞いたが忘れてしまった。ここではとりあえず『ダディ』としておく。

ダディ「ワッチュアネーム?」
ファーストネームで答えると、ダディはその名で呼ぶようになった。

ここも昨日のデリーで乗った車のようにクラクションをビービ―鳴らしながら交差点に突っ込んで行く。

DSCN0277.JPG
 ドアがないので風を切って走る。

DSCN0276-001.JPG
 とにかく入り乱れる道路。一応4車線道路なのだが。

オートリクシャ―はドアがないので風が容赦なく入る。もちろん埃も排気ガスも。

ダディ「まずベビータージに行く、それからマターブバーグねOK?」
私「Yeah,OK」

タージマハルは今日はオフか?と聞いてみると「イエス、フライデーイズオフ、エブリウィーク」。
やっぱりか、残念。

「インドにはどのくらい居るんだ」「日本はどこから?東京?大阪?」「日本ではゴールデンウィークなのかね」
いろいろ聞かれる。

アグラにはデリーから日帰りだと言うと、「オー、ベリーショート」。

ダディ「仕事は何してるんだい?」
会社員?どう答えるんだろう。
「ジャパニーズ カンパニー エンプロイー(従業員)」
まあ通じたようだった。

「Girl friend?」「Married?」
なんて答えたかなあ。

ダディ「俺は日本語をいくつか知っている」
「コンニチワ」「オハヨウゴザイマス」「サヨウナラ」

そのうちバラが咲いたの歌を日本語で歌い出した。ダディと一緒になって歌う
日本人の扱いに慣れているような印象だった。

DSCN0310.JPG
 画像ではお伝えできないが、とにかくビービ―とやかましい道路。

どこをどう走っているのかわからないので、ちゃんとまっすぐ向かっているのだろうか。乗ってしまった以上は運転手に任せるほかはない。
まだ、変なところへ連れていかれたらどうしようという不安は消えてなかった。

ダディはあそこにサル(monkey)がいると言って車を停めた。写真を撮れと言う。オッケー、サンキュー。また走り出す。

DSCN0283.JPG
 こちらは野良牛(?)とサルの群れ。

最初にまず着いたのが庭園のような場所。ダディいわく『ベビータージ』とのこと。
道路わきに車を停めて、ダディは「ここで待ってるから」と言った。

中に入るとチケット売り場があった。200ルピー。500札を出すとお釣り無いと言われる。あらためて100札を2枚出す。

ここは正式名称は『イティマド・ウッダウラー廟』という。あとで地球の歩き方を見たら載っていた。
タージマハルと同時期の17世紀に建てられたムガル時代の墓所。

DSCN0288.JPG
 イティマド・ウッダウラー廟(通称:ベビータージ)の門。

チケット売り場から進むとまた門があって、そこでチケットを見せる。
芝生や庭木はきちんと手入れがされ、きれいな庭園といった感じ。
真ん中に白い大理石の宮殿(霊廟)が建ち、反対側はヤムナー河が流れる。あのタージマハルと同じようなロケーションで、たしかに『ベビータージ』だね。

DSCN0304.JPG
 白い大理石の霊廟。

宮殿に入ろうとしたら、大声で「ハロー!ハロー!」と呼び止められる。何かと思ったら、中は土足禁止らしい。ここで靴を預けるか靴カバーをつけることになる。
履いてきたのはボロスニーカーだが、預けて無くなったら困る。靴カバーをつけてもらった。サービスなわけは無く、100ルピー札を差し出す。お釣りは当然無し。

お札は昨日空港で両替してからまだそのままだ。なんとかして小銭を作りたいのだが。

DSCN0290.JPG
 霊廟は裸足になるか、靴カバーをつけることになる。

DSCN0289.JPG
 霊廟の内部。この造りは後にタージマハルに受け継がれた。

DSCN0291.JPG
 これは墓石だろうか。

入口と反対側からはヤムナー河とその河原見える。ずっとゴミゴミした街中を来たので、開放感もひとしお。
人もいないので落ち着く。

リクシャーのダディは悪い人ではなさそうだが、あれこれ話しかけられて、すべてが英会話なので疲れるといえば疲れる。
しばし休憩時間といったところ。

DSCN0295.JPG
 ヤムナー河側の門から。

DSCN0296.JPG
 広いヤムナー河。心落ち着く風景。

DSCN0299.JPG
 整った芝生の中庭。外とは別世界。

DSCN0306.JPG
 イティマド・ウッダウラー廟の説明板。

雰囲気は良いがほかに見るものも無く、20分くらいで外に出る。

リクシャーに戻ると、ダディが「20ルピー、ペイナウ」と言う。何のことかと思ったら「パーキング」と言う。
駐車場代がいるのか。しかし、今は100ルピー札しか持っていない。お釣りをくれと言ったら、駐車場のおっさんからお釣りをもらって渡してくれた。10ルピー札8枚。小銭ができたのがとりあえず有難い。

次はタージマハルを見にマターブバーグへと向かう。


posted by pupupukaya at 17/05/28 | Comment(0) | 2017年インド旅行記
最近の記事
Powered by さくらのブログ