地下鉄さっぽろ駅も改修工事

あけましておめでとうございます。

今年は平成30年。元号が1年間続く年としては今年が最後。来年の5月からは新しい元号となるようです。

 降る雪や明治は遠くなりにけり

とは明治生まれの俳人、中村草田男が昭和6年に詠んだ句である。

もし今年が昭和30年だったならば、私など明治生まれというわけで、歳を取ったものであります。

西暦だけの国と違って、日本は『元号』という区切りがあるから、日本人は特に時代の移り変わりについて敏感になるのかもしれませんね。
昭和、平成、そして新しい元号。私も来年には3つの元号を生きることになります。


それはともかく、きのう(1月2日)地下鉄さっぽろ駅を通ったら、コンコースでは工事が行われていた。
床材と柱の化粧板がはがされてブルーシートがかけられている。

DSCN6755.JPG

何の工事かは大体察しがついた。
コンコースの内装をリニューアルして、地下歩行空間と一体化したデザインにするのだろう。
何年か前に、大通駅コンコースでも同じような工事をやっていた。

帰ってから調べたらやっぱりそうだった。


「札幌駅前通公共地下歩道及び地下鉄さっぽろ駅東豊線連絡通路改修事業について」(PDF:908KB)
うち、詳細整備内容の一部を引用
○歩行空間整備
 ・床、柱、壁を、チカホ整備に伴い拡張した部分と同様の整備内容により統一的に整備
○案内サイン整備(駅構内全体)
 ・外国語対応など
○(仮称)やすらぎ広場整備
 ・豊かな時間を過ごすことのできるような滞留空間を整備

JR札幌駅から大通やすすきのまで続く地下道の入り口部分だから、札幌の玄関口であり顔というわけで、それにふさわしい空間になることは良いことだ。
たしかに、コンコースの内装は地下鉄の開業時から基本そのままで、くたびれた感はあった。

新しくなるのはうれしいことだけど、また昭和が消えるな、などと思ってしまった。



DSCN6746.JPG

床の細かい目地付きのタイルと銀色の化粧板で巻いた柱。
大通駅も改修前はこんな感じだった。

意外と複雑な並びの目地付きタイルは、この当時は職人さんたちが1枚1枚手張りしたんだろうな。

地下鉄南北線が開業したのが昭和46年12月、先代の札幌駅も同じくしてリニューアルしている。
地平時代のJR札幌駅の内装もこんなだった。

ピカピカしたこのステンレス製(かどうかわからないが)の化粧板を何ていうのか知らないが、昭和40年代の流行だったのだろうか。

ステンレスの柱も目地付きタイルも、東西線では全く採用されていない。

DSCN6752.JPG

上は北改札口。この辺りは工事もまだ入っておらず、開業当時からのデザインが残る。
下は南改札口。こちらは東豊線開業時に床だけリニューアルされている。

DSCN6758.JPG

こういったデザインはむかしはもっとあちこちで見たような気がする。
国鉄時代の東海道新幹線の駅もこんな感じだったような(写真でしか見たことはないけど)。

駅でいえば内装のリニューアルだとか、駅自体の高架化や橋上駅化で新しくなり、もうすっかり消えてしまったようだ。

特にこのステンレスでピカピカの柱。こうして見るとインパクトあるなあ。
何だか昭和のオジサンという感じ。
タバコ、ポマード、仁丹。当時コンコースに漂っていただろう、昭和のオジサンたちの匂いが漂ってきそう。

DSCN6753.JPG

しかしこの化粧板、地下鉄南北線でも使われているのはここさっぽろと大通、すすきの、北24条だけ。
先代札幌駅の内装でも、吹き抜けの中央コンコースだけだった。

目に付くところにしか使われてないわけで、案外と高価な物だったのかも。

下は2006年だから12年前の地下鉄さっぽろ駅の画像。天井にある茶色の時計もいつの間にか見なくなった。

DSC03010.JPG


次の時代まであと1年半ちかく。
そのころにはすっかり新しくなった地下鉄さっぽろ駅コンコースを歩いていることだろう。

思えば昭和時代から30年近く。平成年間で世の中も変わったし、暮らしぶりも変わった。
良くなったこともあれば失ったものもある。
一つ言えることは、私たちは変化にただ身をゆだねることしかできない。

 降る雪や昭和は遠くなりにけり


 〜最後までお読みいただきありがとうございました。

P.S. どうでもいいけど、西武百貨店の跡地は早く何とかならないのかね。

posted by pupupukaya at 18/01/03 | Comment(0) | 北海道の駅

2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記7

◆ 4日目 雲州平田〜出雲大社前〜境港〜出雲市〜サンライズ出雲

◆ 雲州平田 7:32【一畑電車】7:41 川跡

今日は出雲大社にお参りに行って、そのあと一畑電車で松江へ行き、そこからバスで境港へ行く予定でいる。
境港からはJRの境港線で米子へ出て、また出雲市へ戻って来ることになる。

出雲大社とその周辺だけでも良かったんだけど、せっかくなので境港線にも乗ってみることにしたのだった。

ということで今日も朝は早い。7:20には旅館を出発する。

旅館の1階に下りるが、誰もいない。呼ぶと昨日の女将さんが出てきた。

女将さんは火打石を打って見送ってくれた。まるで時代劇 (^^♪
昔ながらの人情味ある旅館だった。

「それじゃお世話になりました」
「お気をつけていってらっしゃい」

振り返ると女将さんがまだ立っていた。
「さようなら〜」とまた手を振る (^ー^)ノ~~

昨日と違ってこんどはまっすぐ駅へ向かう。旅館から5分とかからずに着いた。

DSCN1521.JPG
 今日のスタートは雲州平田駅から。

ちょうど通勤通学の時間帯だけあって、ホームは大勢の客がいる。といっても、都会から比べるとのんびりとしたものだが。

改札を通ってホームに出ると向かいの2番ホームにちょうど電車が入ってきた。
この駅で上下列車が交換するのだろう。しばらく停車したままだ。

DSCN1530.JPG
 雲州平田駅のホーム。それなりに朝ラッシュ。

またしばらくしてこちらの1番ホームにも電車が入ってくる。
2番ホームの電車の行先を見ると『電鉄出雲市』とあった。

あ〜、あの電車に乗るんだ ( ̄Д ̄;;

1番ホームは松江方面の乗り場だった。完璧に勘違い。
階段を下りて地下道を走る。間一髪間に合った。

車内はラッシュなので混んでいる。
高校生ばかり。ローカル線やローカル私鉄の主役は彼らだ。

結構揺れるので掴まってないと立っているのが大変だ。
わずか9分で川跡に着く。


◆ 川跡 7:49【一畑電車急行】7:59 出雲大社前

川跡で降りる高校生が多かった。
大社線に乗り換えるのかと思ったら、ほとんどは改札を出て行った。

大社線のホームに立つのは高校生が3人、観光客風1人、それに私と計5人。

ここ川跡駅は出雲市方面と松江しんじ湖温泉方面、それに出雲大社前方面の3方向が集まるようになっている。
ダイヤはここ川跡で双方向に乗り換えができるようになっているので、3方向の電車が同時にこの駅に停車することになる。

こんどは電鉄出雲市発松江しんじ湖温泉行が入ってきた。
こちらの出雲大社前行の電車はなかなかやってこない。

また踏切の音が聞こえてきて、次が出雲大社前行かと待っていると、3番ホームの出雲市行が発車していった。
入れ替わりのように出雲大社前始発の電車が入線してくる。
出雲市行の電車はキーッと音を立てて急停止した。

やっちまったね ( ̄ー ̄)

余程の遅れでない限り、接続待ちをしなければならないんだよね。

DSCN1553.JPG
 大社線の電車とフライングの電鉄出雲市行。川跡駅。

出雲大社前行の電車は新車だが1両だった。乗った乗客は高校生が7人、2人は観光客(自分含む)。
停止したままの出雲市行を横目で見ながら、こちらが先に発車する。
あっちはおそらくバックでホームに戻るんだろう。大社線からの乗り継ぎ客も多いだろうし。

この電車は急行ということになっていて、途中2駅のみ通過する。
出雲大社観光には早すぎる時間だし、急行というより利用者のいない駅を通過としただけのように見える。

次の浜山公園北口で高校生は全員降りて行った。車内に残ったのは2人だけとなった。

DSCN1567.JPG
 出雲大社前に到着。

DSCN1569.JPG
 ウッディーな改札口。

改札を出たところにコインロッカーがあって、背負っていたバックパックを預けることにした。

出雲大社前駅の駅舎は小さいながら西洋風建築の駅舎になっている。建築は昭和5年。いかにも昭和初期の建築といったデザインでもある。

DSCN1735.JPG
 ステンドグラスの明り取り窓。
DSCN1576.JPG
 出雲大社前駅の駅舎。

ここから少し離れたところに、旧JR大社線の旧大社駅があって、大正時代建築の和風木造駅舎が保存されている。
そっちも行ってみたいが時間があるかな。

まずは出雲の神様と、出雲大社に向けて歩き出す。
松の並木道の両側には、そば、ぜんざい、土産物などの店が並ぶ、いかにも門前町という感じ。朝早いのでまだどこも閉まっているが。

DSCN1577.JPG
 出雲大社へつづく神門通り。


◆ 出雲大社

早く来たおかげで静かだ。
天気は神々しいばかりの快晴。やっぱり神様に呼ばれて来たのかもしれない。

まずは第一の鳥居である勢溜の鳥居までやって来た。
いやここは二の鳥居で、駅の向こうにある宇迦橋の大鳥居が一の鳥居ということになり、正式にお参りするんならあっちから順番にということになるのだろうが、今回は二の鳥居からスタートということで勘弁してもらおう。

DSCN1585.JPG
 出雲大社勢溜の鳥居。

DSCN1587.JPG
 勢溜鳥居から神門通りを見る。遠くに宇迦橋の大鳥居が見える。

さて始めますか。
出雲大社の参拝方法はちゃんとネットで調べてきていた。旅館の女将さんにも色々教えていただいたので、順番にやって行こう。
まずは一礼して鳥居をくぐる。

この鳥居は木の鳥居だった。

出雲大社ともなると、なんだか格が違うような風に見える。

勢溜の鳥居から緩やかな下り坂が続く。
この下り参道は全国でも珍しく、本殿に向かって吸い込まれて行くような感覚とどこかにあったが、そんな感じはある。

DSCN1589.JPG
 鳥居からの下り参道。

この下り参道の途中に小さな社があって、気を付けていないと通り過ぎるほど目立たない存在だが、『祓の社(はらえのやしろ)』という重要ポイントである。

まず最初にここでお参りすることで、世間で身に付いてしまった厄や心身のけがれを祓い清めることができるという。
心を清めてから神前に立ちたいものだ。

DSCN1590.JPG
 まず最初のお参りは祓社から。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく響くようにと昨夜女将さんに言われていたので、そのとおり手が痛くなるほど強く叩いた。礼は深々と。

結構恥ずかしいな。今は周りに人がいないからいいけど。
混んできたら、このくらいやらないと神様は気付いてくれないのかもしれない。

進むと橋があってその先にあまり大きくない鳥居がある。
これが三の鳥居である『松の参道の鳥居』。

鉄の鳥居である。

この松の参道は真ん中を通れるのは殿様や貴族だけ。普通の人は道の脇を歩かなければならない。
真ん中は通れないように通せんぼがしてあるのは松の根を保護するためだとか。

DSCN1592.JPG
 松の参道の鳥居。

次に向かうのは手水舎。ここで両手と口を清める。
ここでも作法があって、柄杓を右手に持って水を汲み左手を清め、左手に持ち替えて右手を清め、最後に右手で受けた水で口を清めるというもの。

DSCN1596.JPG
 銅の鳥居前の手水舎。

手水舎で手と口を清めてから、四の鳥居である銅鳥居をくぐる。おっと1礼を忘れないように。

ここは銅の鳥居である。

おっ、次ははがねの鳥居
と思ったあなたはドラクエのやりすぎです。

銅の鳥居は触れると金運が上がると言われている。1礼のあと軽く触れる。
銅なので青サビが浮いているが、この手で触れられるところだけはピカピカだ。

DSCN1598.JPG
 最後の鳥居が銅鳥居。

DSCN1599.JPG
 銅鳥居に触れると金運がアップするんだとか。

さて心も体も清めたらいよいよお参りである。

賽銭は10円は遠縁(とおえん)に通じるのでNG。5円(ご縁)とか11円(良い)とか41円(良い縁)などがおすすめとか。
賽銭は投げてはいけなく、箱にそっと落とすように入れる。

参拝所の上には大きな注連縄(しめなわ)が下がっている。
賽銭を投げて、この注連縄に刺さると幸運になるという人がいるが、それは大変罰当たりな行為なのでやめましょう。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

手がヒリヒリしてきた。

DSCN1601.JPG
 大きい注連縄が下がる拝殿。

拝殿の次は御本殿のお参りとなる。
ここが出雲大社詣での本番といったところだろうか。

昨夜の女将さんが言っていた。
「本殿の横に手水舎があってね、本当はお参りの前にもう一度ここで清めなきゃならない」
「これはどの本にもネットにも書いていないからね」

はいここテストに出るからね。
 何のテスト (^^;

DSCN1604.JPG
 八足門の脇にある手水舎。

なるほど参拝所の脇に小さな手水舎があった。
ここでもう一度手と口を清める。

本殿の手前に門があり『八足門(やつあしもん)』と呼ばれている。ここから先は一般人は入れず、この門から本殿を拝むことになる。

DSCN1603.JPG
 八足門と参拝所。この奥に御本殿があるが一般人はここまで。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

だんだん板についてきた。人の目も気にならなくなった。別に気にしている人もいないだろうけど。

DSCN1605.JPG
 八足門から本殿を拝む。

ラスボス 大国主大神様にお参りして、これで出雲大社はクリアしたことになる。

が、ここで引き返してはいけない。
ここからクリア後の世界があるのだ。

八足門から右手に道が続いている。御本殿を中心に反時計回りで進んで行くことになる。

DSCN1607.JPG
 奥の建物は十九社、さらに参道は続く。

『十九社(じゅうくしゃ)』と呼ばれる細長い建物があり、ここは神無月に全国の神様が集まられた際に神様が宿泊される場所となる。

十九社から御本殿の東側を奥まで続く参道、ここは境内でも特にパワースポットなのだそうだ。
出雲大社の後ろに控える八雲山という山があって、この山が出雲大社のご神体となっていて、その強いパワーがこの参道を通り抜けているのだそう。(うろ覚えなので間違っているかもしれないが)

確かに、だれもいないとゾクッとしてきそうな場所ではある。
パワーを感じながら、おそるおそる歩く。

DSCN1609.JPG
 御本殿を反時計回りに進んで行く。

御本殿を正面から見たらちょうど裏側の場所に小さな社がある。
ここが『素鵞社(そがのやしろ)』。

これこそが出雲大社一番の超パワースポットなのである。

建物は小さいが、ここに祀られている神様は素戔嗚尊(スサノオノミコト)といい、出雲大社祭神の大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の義父神、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の弟神に当たる。

出雲大社のご神体である八雲山を背にして、娘婿である大国主大神様に睨みを利かせているのである。

ドラクエで例えれば、御本殿に祀られている大国主がラスボスならば、こちらはまるで裏ボスだね。

DSCN1614.JPG
 ここが一番のパワースポットという素鵞社(そがのやしろ)。

能書きはこれくらいにして、お参りをする。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。


スサノオのパワーと後ろの八雲山のパワー、ここはダブルパワーだ。

スサノオといえばヤマタノオロチを退治してクシナダヒメという女神を助け出し結婚した神様である。
その後、スサノオとクシナダはこの出雲の八雲山にて新婚生活を送ることになる。

スサノオがこの地で詠んだ有名な和歌。
スサノオがクシナダと新居を求めたときに、雲が立ち上がるのを見てこの歌を詠んだとされる。

 ”八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を”

スサノオとクシナダ。その後八雲山の新居にてどう暮らしたのだろうか。
古事記にはその新婚生活についても記録があった。

原文:”故、其櫛名田比賣以、久美度邇起而”

訳:彼はクシナダヒメを以て、久美度(くみど)を起こし・・・

 要は ラブラブ ってことよ 。

そんなスサノオを祀った素鵞社、恐るべし
ここは出雲大社に行ったら絶対外せないポイントね。

昨日、最初に稲佐の浜に行って砂を持ってきて、ここ素鵞社の砂と入れ替えて持ち替えればお守りになると言われたが、ちょっとそこまでの時間はなかったな。砂の入れ物も無いし。残念。


DSCN1621.JPG
 御神座の正面に当たる場所にある参拝所。

最後に忘れてはいけないのが、御本殿の西側に設けられた小さな参拝所。

御本殿におわす大国主様のご神体は正面ではなく横向きに鎮座されている。
横向きの正面がこの場所ということになる。

八足門の参拝所お参りすると、横からお参りするということになるが、ここで改めて正面からお参りするということで、より一層願い事を聞き入れてもらえるということ。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

これで参拝は大体終わり。
あとはおみくじを引いて、お守りでも買うことにしよう。

DSCN1630.JPG
 神楽殿と日本最大級の大注連縄(おおしめなわ)。

DSCN1632.JPG
 下から見上げると迫力がある。

DSCN1641.JPG
 だんだん人が多くなってきた。

DSCN1647.JPG
 境内のあちこちにある白ウサギの像。

DSCN1649.JPG
 ここにも白ウサギ。

DSCN1699.JPG
 神楽殿の前にある日本一大きい日の丸国旗。

DSCN1713.JPG
 ムスビの御神像。大国主大神が幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)を授けられた一場面を再現したもの。

朝に勢溜の鳥居に来たのが8:08で、境内を回って再び戻って来たのが9:03だった。1時間ほどでほぼお参りできたことになる。

DSCN1661.JPG
 勢溜の鳥居まで戻ってきた。

次の電車は10:22発。こんどは松江へと向かう。
まだ1時間以上あるので、せっかくだから出雲そばを食べることにした。

これも昨日出雲そばの美味しい店をいくつか教えてもらったが、その中の1つが9時からやっているので行ってみる。


ネットに負けたツインクルプラザ

昔は飛行機のチケットを買うのに旅行代理店へ行ったものだった。ホテルと飛行機やJR券が一緒になったパックなども重宝したものだった。

しかし、ここ10年ほど旅行代理店の世話になったことは無い。

私自身が旅慣れて全部自分で手配できるようになったということもあるが、一番の理由はインターネットですべてできるようになったからだ。

日本国内だけでなく、世界中のホテル、飛行機、鉄道がインターネットで予約と決済ができる。
とにかく便利になった。

ところが、便利になった陰でひっそりと消えゆくものがある。

close12.jpg
 JR北海道、旅行センター閉店のお知らせ。


JR北海道のHPからであるが、1つはJR北海道プラザ大阪支店の閉店、もう1つは苫小牧駅と東室蘭駅のツインクルプラザである。
これで駅のツインクルプラザは、札幌、札幌南口、釧路、帯広、旭川、函館それに法人旅行の7店舗を残すのみとなった。

国鉄から民営化されてJRになってから力を注いだ事業の1つが、自社の旅行代理店だった。
国鉄時代から旅行センターの名で主要駅にだけあった店舗も、JRになってから急に増えだした。
最盛期は1990年代だろうか。手元にある1999年の時刻表で、JR北海道の旅行センターの店舗数を数えると、37店舗もあった。
『ツインクルプラザ』『JR北海道プラザ』『JRトラベルセンター』など名称は様々だが、それだけ需要があったということなのだろう。

札幌市内の街中でも、あちこちでJR北海道のカウンターを見かけたものだった。

それから11年後の2010年時刻表では若干減って25店舗。
この時代はすでにネット時代となっていて、私自身の旅行の手配はもうすべてネットで行っていた。

さらに時は進み、2015年。
JR北海道プラザ東京支店の閉店は、それなりに話題になったようだった。


北海道新幹線の開業を待たずに、不採算店舗として東京から撤退することになる。
JR北海道自体の業績悪化ということもあって、その後は堰を切ったように閉店が続くことになる。

旅行業とは客と交通機関あるいは宿泊業者との間を取り持って、手数料を取るというビジネスモデルである。
ところが今はインターネット時代。インターネットで集客し、客が自前で交通機関なり宿泊先なりを探して決済までできるようになればもう旅行代理店など必要ないのである。

飛行機のチケットも、航空会社のHPから直接インターネットで購入するのが一番安い。ホテルは今は『楽天トラベル』や『じゃらんnet』などインターネットの宿泊予約サイトが全盛だがこれからどうなるんだろ。
ホテルのHPに自前の予約フォームをつけたところも多くなってきた。

一昔前ならば、ホテルに泊まるときは直接予約するよりも旅行代理店を通したほうがサービスが良いというのが常識だったが、最近ではそんなこともなくなってきているようだ。

というわけで、JR北海道が旅行代理店から撤退するのは正解といえなくもない。

ところで、このたびツインクルプラザの苫小牧・東室蘭支店の閉店に当たって、初めて閉店理由を明らかにした。
それは以下の通りである。

“航空券や宿泊などはインターネットによる直販が一般的になり、店舗カウンターでの販売が構造的に減少しており、収支改善の目途が立たないため”

”インターネットによる直販が一般的になり”

JR(北海道に限らず全部)よ、わかっているならなぜそれをしない。

ネット予約?それならJR各社でやってるよって?

ticket20.jpg
 えきねっとの予約画面。

たしかにやっている。ただ、決定的に違うのは、JRのネット予約は乗車前に指定券券売機かみどりの窓口できっぷを受け取る必要があるということだ。

発車間際に駆け込んでとか、窓口に行列がという場合に全く対応していない。
これでは窓口に出向いてそこで買うのと何ら変わりない。

それに、予約して決済もしてあっても、みどりの窓口の無い駅や無人駅から乗ることは不可能であるということだ。

不便なんだよね。いちいちみどりの窓口のある駅へ行って切符を買うのが。

DSC06022.JPG
 わざわざみどりの窓口に出向く必要があるJR券。10時打ちなんて馬鹿げたことも未だに健在。

例えば飛行機ならば、JALならばJALのHPから便の検索、予約、決済まですべて自宅のパソコンやスマホでできる。
チケットはこれも自宅でプリントすればOK。

jal4-001.jpg
 オンラインですべてが済む飛行機の予約とチケット購入。

いや、プリントすらする必要がなく、スマホでバーコードを表示できればチケットすら要らないのである。当日直接保安検査場へ行き、そこのバーコードリーダーにかざすだけで飛行機に乗れるのだ。

海外の鉄道も飛行機と同じようになっていて、自宅のパソコンで予約・決済。
あとはチケットをプリンターで印刷し直接列車にのればOKという仕組みだ。

DSCN1971.jpg
 インドの鉄道チケット。プリントして持参すれば直接列車に乗れる。

nsb56.jpg
 ノルウェーの鉄道チケット。これもプリントするだけ。

今北海道では駅の無人化が進んで、自治体が代わって駅の委託業務をするなどしている。

ますます駅の無人化は進むだろうし、きっぷを買えないとなると潜在的な利用者も逃(のが)してしまうことになる。
どうすればいいんだろうか。

DSCN0020.JPG
 無人駅化の張り紙。

答えはJR北海道のツインクルプラザ閉店のお知らせのなかにあるじゃないか。

”インターネットによる直販が一般的になり” なんですよ。

インターネットによる直販を一般的にすれば、みどりの窓口も旅行センターも必要なくなるんですよ。

極端な話、駅は無人駅で十分になる。きっぷを売る必要がないので、駅の管理だけどこかへ委託すればいいのだから。
ネットで購入済みの客は、改札口や車内改札でチケットを見せて、列車に乗るだけでいいのだ。

不採算な旅行センターや駅の営業をする必要がなくなるのである。

自宅でプリントじゃきっぷの偽造もできるんじゃないかって?

だから、航空券ではもうすでに実用化してるんですよ。海外の鉄道も実用化してるんですよ。

なぜに日本のJRだけが頑なに窓口発券にこだわるのか、私には理解できませぬ。
ここを早急に改善しない限り、JR北海道に未来はありません。

何度も言いますが、

潜在的な利用者も逃してしまっているのです。


今回は何だか主張してしまいましたが、お読みくださいましてありがとうございました。


posted by pupupukaya at 17/12/30 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記6

浜田着。ちょうど昼時だし、途中下車した。

べつに浜田に用はないが ヾ(-_-;) オイオイ...
(浜田の人すんません)

浜田市は島根県西部の中心都市で人口は5.6万人。
かつては2往復あった寝台特急『出雲』のうち1往復がこの浜田を始終着駅としていたので知っている。

DSCN1294.JPG
 新しい橋上駅の浜田駅。

旅行前に島根県の名物料理はないかと探していたら、見つけたのが浜田の『海鮮うずめ飯』だった。
浜田で途中下車するか、三江線を途中まで往復してくるか迷ったが、現地で決めようということにしていた。

結局、食欲に負けて浜田で途中下車することになったのである。

DSCN1283.JPG
 神楽めしのポスター。

向かったのは駅前のビジネスホテル、ここの最上階のレストラン。
外見は安ホテルといった感じだが、

昼時だが店内は空いていた。リッチそうな奥様方が数組。

メニューには海鮮うずめ飯が800円のほか、『えびす丼』というのもあって、こっちは海鮮がたっぷりとあって1400円(税抜き)。
せっかくだから贅沢しようとえびす丼にした。
そういや一昨日のもつ鍋からまともな食事をしていない。

DSCN1269.JPG
 海鮮がたっぷり載った『えびす丼』。税込み1,512円也。

出てきた丼はでかい。
「えびす丼は初めてですか?」と聞かれ、食べ方の説明をされる。そのまま食べても良いし、お茶碗によそって食べてもいいとのこと。別に説明を受けるほどのことではない。
店内のコーヒーメーカーは自由に飲んでいいらしい。

さすがに1500円だけあって豪華だ。
目立つのはウチワエビとアナゴの天ぷら。あと鯛、イカ、ホタテ、サザエ、イクラなど。

DSCN1273.JPG
 お茶碗によそっていただく。

ただ食べるだけではもったいなく、昼から一杯やりたくなってきた。
ビールでも頼もうか。
しかし、休暇中とはいえ平日の昼間なんだよな。
労働者の皆様に申し訳ないのでやめておく。

最後にデザートのオレンジが出てきた。
ほかに行くところも無いので、コーヒーを飲みながらゆっくりする。

けっこういい値段だが、定食にコーヒーを付けたと思えば悪くない。

レジで会計をして、エレベーターホールにあった写真を見たら、天皇陛下・皇后陛下御宿泊記念とあった。
ただのビジネスホテルかと思っていたが、由緒あるホテルのようだ。

DSCN1310.JPG
 駅前広場の神楽時計。ちょうど1時の演奏中。


◆ 浜田 13:16【快速アクアライナー】14:46 出雲市

また駅に戻る。
浜田駅は橋上駅。建物の大きさの割に小じんまりとしたコンコースはベンチがいくつか並んでいる。
都市近郊駅といった風。かつて寝台特急出雲が発着していた貫禄はどこにもない。

浜田からは快速『アクアライナー』。益田〜米子間を5往復する山陰本線の乗り得列車である。またオールクロスシートのキハ126。
益田始発なので、少しは混んでるかと思ったが、これも空いていた。半分くらいのボックスがふさがった程度の乗車率。

DSCN1335.JPG
 浜田からの快速アクアライナー。またキハ126。

DSCN1337.JPG
 快速アクアライナーの車内。

DSCN1350.JPG
 江津駅のホームに入る三江線の列車。

この列車の窓も煤だらけ。
東萩から乗ったキハ40は窓を開けて外側の窓を拭けたが、固定窓のこちらは汚れたまま我慢するしかない。

ここからも景色が良い。青い空、静かな海、遠くの島影。
汚れた窓がつくづく残念。

DSCN1400.JPG
 窓が汚れているので冴えない色彩の海岸線。田儀〜小田間。

DSCN1404.JPG
 出雲市に到着。

出雲市駅は全国どこにでもあるような高架駅。ここからは電化区間になる。門司港駅以来の自動改札もあった。
下関以来1日ぶりの都会らしい駅だった。

私の切符では自動改札を通れないので窓口で切符を見せる。
どうぞと通してくれたが、下車印を押してくれるよう頼む。
博多駅の改札印から始まって、下車印が長門市、東萩、益田、浜田、出雲市と、券面は賑やかになってきた。

DSCN1410.JPG
 出雲市駅の改札口。門司港駅以来の自動改札。

DSCN1419.JPG
 駅正面は出雲大社を模った三角屋根がある。



DSCN1421.JPG
 JR駅の脇にある電鉄出雲市駅の入口。

出雲市着は14:46。一畑電車はすぐの14:55発があるが、あまり早く着いてもしょうがないし、駅前を歩いてみようと次の15:39発の電車にした。

駅前を歩いてみたが、飲み屋街があるくらいで何もない。市の中心部は駅から離れたところにあるのだろうか。
駅の続いてある高架下のショッピングセンターをぶらぶらして時間をつぶす。


◆ 電鉄出雲市 15:39【一畑電車】15:59 雲州平田

一畑電車が発着するのは駅の隣にある電鉄出雲市駅。
JR駅と同じくして高架駅になったはずなのだが、こちらは昭和の雰囲気が色濃い。

券売機で雲州平田までの乗車券を買う。
窓口に『入場券をどうぞ』と張り紙があったので1枚買う。嬉しいことに地紋の入った硬券入場券。

DSCN1423.JPG
 電鉄出雲市駅のきっぷ売り場。

DSCN1436.JPG
 電鉄出雲市駅の硬券入場券と券売機で買った乗車券。

発車10分前になって改札が始まる。
ホームに上がると、入っていた電車は新車だった。
地方の私鉄といえば、中古の車両で細々と運営しているという印象だったが、高架の堂々たるホームと新しい電車は、都会の郊外電車という風に見えた。

DSCN1438.JPG
 電鉄出雲市駅に停車中、新車の7000形2両編成。

DSCN1442.JPG
 7000形の車内はセミクロスシート。

一畑電車は、出雲市と松江を結ぶ私鉄である。
同じ区間をJR山陰本線が結んでいて、宍道湖を挟んでJRは南側、一畑電車は北側を経由している。
90年代には廃止の噂もあったが、いまは見違えるようになった。

しかし電車は空いていた。いくつかあるボックスシートが埋まったくらいの乗車率。
次の出雲科学館パークタウン前で1人乗ってきただけ。
地方は完全に車社会だと実感する。1時間に1〜2本の電車を待つか車で行くかと考えたら、自分でも間違いなく後者だろう。

DSCN1451.JPG
 川跡駅からは大勢乗って来た。

大社線の乗り換え駅の川跡駅では向かいのホームにぎっしりと人が立っていた。
どうやら大社線からの乗り継ぎ客らしい。川跡からは席がだいぶ埋まった。

川跡からの乗客は観光客風。出雲大社の参拝で、松江温泉に泊まるのだろうか。
車内は賑やかになって一安心といったところ。
あんまり空いていると、路線の行く先が心配になる。

DSCN1466.JPG
 車両基地がある雲州平田駅。

雲州平田駅着。ワンマン電車だが、ここは全部のドアが開く。
出雲市からの乗客が数人下車する。私もここで降りる。
他の乗客はやはり松江温泉まで行くようだ。

DSCN1470.JPG
 雲州平田駅の改札口。

雲州平田駅は2005年までは『平田市』という駅だった。その名の通り平田市という市で、合併時の人口は約2.9万人だった。
平成の大合併で出雲市に編入となり、同時に駅名も雲州平田と改められた。

一畑電車の主要駅のひとつで、一畑電車の本社や車両基地もここに置かれている。
松竹映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の舞台にもなったところ。

DSCN1472.JPG
 雲州平田駅の駅舎。2005年の出雲市との合併以前は平田市という駅名だった。

駅から今日の宿までは歩いて5分。立地から言ってビジネス旅館といったところだろう。

今日の宿も素泊まりなので、夕食を仕入れにスーパーに寄る。
スーパーのある所は駅から少し離れていて、歩いて10分くらい。

DSCN1477.JPG
 買い物をしたスーパー。

スーパーで惣菜と酒を買う。あれこれ地元の食材を探したり、迷ったりしていたら30分くらい過ごしていた。
スーパーは楽しい(^◇^)

DSCN1479.JPG
 日が傾いてきた。


◆ 持田屋旅館

もう17時近く。山の向こうに沈みかけた夕日が見えた。急がないと暗くなる。

スマホの地図を見ながら歩くと今日の宿が見えてきた。
下見板張りのこれも純日本風旅館。

当初は出雲市駅前のビジネスホテルにしようかと思っていたが、それでは何だかつまらないし、ビジネスはあまり好みではない。
和室で安いところを探していたて見つけたのがこの旅館だった。
それに翌朝の出雲大社行を考えたら、出雲市からでも雲州平田からでも大して変わりはない。

DSCN1483.JPG
 持田屋旅館。ここも渋いねえ。

玄関の戸を開けて中に入るが誰もいない。
「こんにちは〜」と叫ぶとおかみさんが出てきた。

ここも純和風のインテリア。最近はこうした古さと和風を強調した宿が増えている。
日本好きの外国人が来たら大感激かもしれない。

DSCN1514.JPG
 純和風のインテリア。

2階の和室に案内される。
おかみさんに「お仕事ですか、観光ですか?」と聞かれ、
私「観光です」

お「予約のFAXが来た時、札幌からというから、随分と遠くからこの旅館を選んでくれてとびっくりしてね」
お「ところでどうしてこの旅館へ?」
私「出雲大社とあと一畑電車ですかね」
お「電車にのるためにこの旅館に来る人も多いんですよ」

鉄っちゃんなのがバレバレ(^^;)

部屋で宿代を渡す。3,300円。すばらしいね。
おかみさんはお釣りと領収書を取りに下へ行った。

DSCN1487.JPG
 和室の部屋。

DSCN1488.JPG
 昭和というより時代劇に出てきそうな雰囲気。

DSCN1486.JPG
 隣の部屋。こっちは広い。

おかみさんが戻ってくると、出雲大社の観光マップも持ってきた。

お「出雲大社参拝でここに泊まる人も多いんですよ」
から始まって、出雲大社のレクチャーが始まった。

お「出雲大社はほかの神社とは違って2礼4拍1礼」
私「ほうほう」
お「出雲の神様は耳が遠いの、だから大きく響くように手をたたかなきゃいけない」
私「へえ」

おかみさんはあっちも行って、こっちも行った方がいいと勧めるが、それ全部行ったら丸1日かかちゃうよ(^^;)

ほかにも色々と教えてもらった。
明日出雲大社に行ったら実践してみよう。

「出雲大社に来る人はね、みんな神様に呼ばれて来た人なのよ」(←冒頭のセリフ)
私「そういえば、今年はなんで突然出雲に行くのか思い立ったのか、そう言われれば出雲の神様に呼ばれたのかもしれない」
と調子の良いことを答えたが。

とはいえ、今回の旅行はなぜ山陰にしたのかいまいちはっきりしなかった。山陰地方に特に好印象を持っていたわけではない。

旅行先をどこに決めるか。
多くの人は好きな所へと答えるだろう。

私は旅行好きで国内・海外問わず長年いろんなところに旅行したが、はっきりとこれだけは言える。

好きな所だから行くよりも、行ってからそこを好きになる方が圧倒的に多い。

ここ山陰も今回の旅行ですっかり好きになった。
まあ、旅先の印象なんて天気や乗り物の混み具合などでどうにでも変わるものだが。

今回はどこも空いていて、天気も良く、一番いい時に来たような気がする。

それで行くと、本当に神様に呼ばれたのかもしれない。

お「出雲大社の次はどうするの?」
私「一畑電車で松江に出て、そこから境港に行こうかと」
「ゲゲゲかい」(;--)/
「そうそう」(^^;)

いや〜楽しいおかみさんだね(^^)

お「お風呂はどうします?歩いてすぐの温泉の割引券をお渡ししますが」
私「いや、ここで入るよ、もうさんざん歩いたし」

これから沸かしますとのこと。

しばらくして下から「お風呂が沸きましたよ〜」と聞こえてきた。

部屋といい雰囲気といい、なんだか寅さんにでもなったような気分だ。

DSCN1490.JPG
 旅館の風呂。

DSCN1489.JPG
 1階にある共同洗面所。

DSCN1491-001.JPG
 スーパーで買った惣菜。

DSCN1493-001.JPG
 お酒は出雲市平田の地酒『ヤマサン正宗』。

DSCN1510.JPG
 天井の節目。

日本酒は効くねえ。1本開けたらまた寝落ちしていた。

またかよ ヾ( ̄o ̄;)

夜中の1時。布団を敷いてまた寝なおす。


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記5

◆ 3日目 東萩〜益田〜浜田〜出雲市〜雲州平田

saninmap3.png
 東萩〜出雲市〜雲州平田間のルート。(地理院地図より作成)

窓のカーテンを開けっぱなしで寝ていたので明るくなって目が覚める。6時。
10月も下旬になるとまだ日の出前。空はまだ茜色をしている。

DSCN0929.JPG
 6時過ぎ、まだ日の出前。空が茜色に染まる。

昨日スーパーで買ってあったアンパンを食べる。
荷造りと身支度をすればあとは特にすることもなく。
朝食付きにしても良かったかな。

DSCN0944.JPG
 風情ある純和風の階段と玄関。

そろそろ出発しようと1階に下りて玄関へ。やっぱり誰もいない。
帳場のインターホンを押して板を叩くと奥から昨日の羽織姿のご主人が現れた。
ほかに宿の人らしい人は昨日から見ていない。一人でやっているのだろうか。

もう行きますと言ってカギを返す。
ご主人は玄関の外まで見送ってくれた。

芳和荘は大正時代に建てられた元遊郭建築。近代的な手はほとんど加えられていない、当時の原型を残したままの旅館である。
もちろん古いが故の不便さもあるのは仕方がない。
そんな不便さもひっくるめて、昔の人の生活や思いを馳せながら一夜を過ごすことができたのは、貴重な経験ではなかろうか。

DSCN0951.JPG
 裏から見た旅館。どこから見ても風情がある。

7:25に旅館を出発。このまま東萩発7:44発の益田行に乗れば接続も良く、午前中には出雲市に着くのだが、そんなに先を急ぐ旅でもなく、あちこち途中下車しながら行きたい。

早く出たのは、世界遺産の萩反射炉をみるためだった。

DSCN0954.JPG
 雁島橋から見た阿武川。

DSCN0957.JPG
 山陰本線の列車。

旅館から歩くこと20分。セブンイレブンの駐車場わきに萩反射炉の入口があった。

階段を登ると、石積みの煙突が見えた。
ただの広場というか公園というか。もう少し観光地っぽくなってるのかと思ったが。

DSCN0963.JPG
 史跡萩反射炉の入口。

DSCN0967.JPG
 石積みの萩反射炉。

萩反射炉は萩藩が海防強化のため鉄製大砲を鋳造するために作った金属溶解炉である。
反射炉では、燃焼室で焚いた燃料の炎や熱を天井に反射させて金属を溶解させた。
現在残るのはその煙突のみ。
しかしこの反射炉は、技術的にも資金的にも難しくなって、試作で終わってしまった。

‟幕末に、萩藩が自力で産業の近代化を目指す中での、トライアル&エラー(試行錯誤)を証明する貴重な遺産です。“
(看板より)

また20分歩いてこんどは東萩駅へ。
列車の発車時刻までまだ30分もある。もう少し遅く出ても良かったかな。

DSCN0991.JPG
 東萩駅前にある萩城天守閣1/6の模型。


◆ 東萩 8:41【820D】9:54 益田

8:30に列車が入って来た。またもや1両だけ、キハ40のワンマン列車。
東萩で交換する列車はないのに、なぜか10分間も停車時間がある。

海側のボックスシートは余裕で座れた。

きったねえ窓だな(#^ω^)

窓はホコリや泥で茶色くなっている。
この改造キハ40の窓は、下段ははめ殺しだが上段は上に開く。窓を開けて手を突っ込んでティッシュで窓の外側を拭いたらきれいになった。

DSCN1020.JPG
 単行のキハ40が来た。

東萩発の上り列車は、この8:41発の益田行の次は13:54発ということになり、乗り遅れたら5時間以上待たなければならない。
山陰本線ということになっているが、本線とは名ばかりの超ローカル線である。なんでこんなことになっちゃったんだろう。
そんな貴重な列車だが、東萩からの乗客は観光客が数人と、地元客が数人だけ。空きボックスも目立つ。
列車本数が減った理由は、結局利用客が減ったからということに尽きるのだろうが。

利用者が減ったから列車本数を減らす→本数が減って不便になりさらに利用者が減る、の典型のようだった。
鉄道で萩に行きたい観光客がいても、これでは利用のしようがない。

DSCN1030.JPG
 日の当たる山側の席は空きボックスが目立つ。

東萩を発車してしばらくすると、さっき行った萩反射炉が一瞬見える。
車内から見るだけで良かったかな、とも思うが、今度萩に来るのはいつかわからないし行っておいてよかったということにしておいた。

しばらく山の中を通っていたが、海際に出る。
昨日とは違って、青空が広がって海面も静か。窓に張り付くようにして日本海を眺める。

停車駅ごとに地元客が1人、2人と降りて、車内はますます閑散としてきた。

DSCN1042.JPG
 オーシャンビューその1、長門大井〜奈古間。萩大島が見える。

DSCN1064.JPG
 オーシャンビューその2、宇田郷〜須佐間。

DSCN1067.JPG
 オーシャンビューその3、宇田郷〜須佐間。入り組んだ須佐湾。

須佐、江崎と地元の人が乗ってきて、車内はだんだん賑やかになる。
益田に向かう列車は、この列車を逃すと次は5時間以上あとになるのだから、この人たちにとっては貴重な列車だ。

車内はおかあさんたちの世間話や、おとうさんたちの経済談義などで賑やか。

ローカル線の旅は楽しいね(^^)

DSCN1078.JPG
 飯浦駅。ここから島根県になる。

DSCN1083.JPG
 オーシャンビューその4、飯浦〜戸田小浜間。

DSCN1109.JPG
 益田に近づくにつれ、車内は賑やかになって来た。

車内はいかにもローカル線の午前中の上り列車の雰囲気で益田に着いた。

DSCN1116.JPG
 益田駅に到着。

益田では乗り継ぎ時間が1時間ある。
一旦改札を出て待合室へ。

益田は島根県西部の都市で、人口は4.7万人。
益田駅は新山口からの山口線が合流する。
特急『スーパーおき』や『スーパーまつかぜ』も発着して、今まで超ローカル線だった山陰本線もここからは本線らしい面目になる。

待合室は10:31発の米子行スーパーおき2号の乗客で賑やかだ。
座り心地の良いベンチが並んで、売店もあって、いかにも昔ながらの駅といったところ。

DSCN1118.JPG
 都会では見なくなった有人の改札口。

DSCN1117.JPG
 益田駅の待合室。

DSCN1119.JPG
 2階建ての、いかにも国鉄といった感じの駅舎。

駅の外に出てしばらく歩いてみたが、これといったものもなく、また駅に戻る。

1番ホームはスーパーおき2号の乗客が長蛇の列。スーツ姿のビジネス客が多い。
みんなどこまで行くんだろう。県庁の松江までか。

DSCN1129.JPG
 米子行特急スーパーおき2号が到着。特急は人気。

たった2両の特急は結構な乗車率で発車していった。
また静かな駅になる。


◆ 益田 10:54【348D】11:40 浜田

こんどの列車は益田発浜田行の普通列車。特急とは反対にこちらはホームも車内もひっそりしている。

車両は変わって。ステンレス車体のキハ126の2両編成。
2000年から新車で導入された車両である。

DSCN1144.JPG
 益田からのキハ126系気動車。

どうも、ローカル線の新車というものにはあまり期待していない、というかガッカリさせられることが多い。
というのは、最近の車両はロングシート主体で、クロスシートも申し訳程度にしか設けられない残念な車両が多いからだ。

ところが、車内に入るとびっくり。オールクロスシートではないか。
車端部の優先座席だけロングシートになっているが、あとは4人掛けのボックス席。

DSCN1149.JPG
 キハ126のクロスシートが並ぶ車内。

DSCN1155.JPG
 車端部は優先座席のロングシート。

これは世が世ならば急行用車両としても通用する。
通路幅が広く取られてつり革が並ぶところが一般形ということなのだろう。

DSCN1164.JPG
 シートピッチも余裕がある。

ボックスシートに座ると、シートピッチも十分な広さがある。向き合って座っても余裕がありそうだ。
JR西日本さんも随分と粋な車両を作ったものだ。どこかのJR(西日本以外全部)にも見習ってほしい。

DSCN1166.JPG
 キハ126の運転台。

車内は悲しいほどにガラ空きのまま発車した。2両合わせて数人というほどの乗車率。

この車両、車内や座席はいいのだが、窓が汚いのは残念。せっかく景色が良いのに、カメラを向けても色あせてしまう。
拭けばきれいになるのだろうが、窓が開かないのではどうしようもない。

ワンマン列車なので後部の運転台は無人になっている。
しばらく立って後ろに流れる後面展望を眺めることにした。さすがに運転台のフロントガラスはきれいだ。

DSCN1180.JPG
 後部展望その1、益田〜石見津田間。

DSCN1196.JPG
 後面展望その2、鎌手〜岡見間。なかなかスリリングに見える。

DSCN1243.JPG
 後面展望その3、折居〜周布間。

トンネルに入って、海を見て、山中に入っての繰り返し。やはり海沿いの区間は素晴らしい。
もう少しゆっくり走ってほしいところだが、特急スーパーおき、スーパーまつかぜが高速化された区間。普通列車ながらも容赦なく突っ走る。

各駅停車ながら、快速アクアライナーと大して変わらない46分で浜田に着いた。

DSCN1260.JPG
 浜田に到着。

浜田では迷うところがあって、着いたホームの向かいに1両の列車が停まっている。
この列車は三江線の浜原まで行く列車である。車内は空いているボックスシートもあった。
三江線と言えば、来年(2018年)の3月末で廃止が決定している。

これに乗れば、全線は乗れないが途中の因原までなら往復してこられる。江津から特急に乗れば出雲市着は16:12となる。
江津から因原までの往復と特急料金は別にかかるが。

でも、雲州平田に着くころには暗くなってるな。できれば明るいうちに宿に着きたい。

ここは涙を呑んであきらめることにした。
階段を登って改札口を出る。


Powered by さくらのブログ