列車の走らない日高本線と珍踏切

日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。
当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。

ところで、この日高本線の不通区間に新しい踏切ができていた。場所は厚賀駅から数百メートル苫小牧寄り。

DSCN0408.JPG
 清畠〜厚賀間に新設された踏切。


未成線という路線がある。これは予定はあったが建設されなかった鉄道路線、あるいは建設されたが途中で建設が中止されて実現しなかった鉄道を指す。
それで言うと、ここは未成踏切とでも呼んだらいいのだろうか。

もともとここは町営住宅と海側の町を結ぶ第4種踏切(遮断機も警報機も無い踏切)があったところ。現在の法律では、踏切の新設は原則としてできない。
前の踏切の改良工事として行われたのだろう。

DSCN0440.JPG
 2車線の立派な道路は、国道235号線と道道208号比宇厚賀停車場線沿いの厚賀市街を結ぶために新設された町道。

DSCN0426.JPG
 道道の厚賀市街側から見た踏切。

DSCN0439.JPG
 工事名と完成日を記した柱。
 着工は2015(平成27)年10月14日。日高本線の運休は同年の2月から。
 完成は2016(平成28)年3月22日。JR北海道が鵡川〜様似間の廃止を表明したのは同年の12月だった。
 なんという行き違いと言うべきか。

DSCN0419.JPG
 錆びた線路と真新しい踏切。新たに鉄道が開業するような感じにも見える。

DSCN0418.JPG
 錆びついた線路と色あせた枕木は廃線跡そのもの。

DSCN0428.JPG
 警報灯と遮断機には黄色いカバーがかけられている。遮断棹の取り付けは無し。

DSCN0414.JPG
 立派な踏切名称も付けられた。その名も『コマチップ踏切』。
 列車が来るのを小待ちっぷ・・・
 つまらないシャレであったな。

DSCN0412.JPG
 除雪車用に立てられた新しい雪かき車警標(フランジャ禁止解除)

DSCN0417.JPG
 踏切から厚賀駅方向。草も生えずに意外ときれいな線路。

DSCN0427.JPG
 踏切注意の新しい標識がむなしい。

DSCN0431.JPG
 さらにむなしい『踏切注意』と『JR北海道』の表記。

日本各地にある『珍踏切』。ここは設置されてから一度も列車が通ることなく消えてしまう踏切である。
まだ100%確定したわけではないが、たぶんそうなる。

唯一の小さな望みとして、デュアル・モード・ビークル (DMV)の導入による復旧という提案も沿線の自治体から出ているようだが、厚賀駅の両方向が路盤流出、橋梁流出という状態では、どう考えてもコマチップ踏切にDMVが通ることはありえない。

それにしても何もない所にずいぶんと立派な道路を作ったものだ。列車は通らないが、この道路を通る車すら見なかった。


厚賀駅と日高門別駅にも寄ってみた。

DSCN0443.JPG
 厚賀駅の駅舎。代行バスのバス停は駅前の道道にある。

DSCN0444.JPG
 厚賀駅の待合室。

DSCN0445.JPG
 バス停は少し離れているが、代行バスの時刻表が掲げられていた。

DSCN0447.JPG
 厚賀駅のホーム側。列車が来なくなって2年以上になるが、それほど荒れていない。

DSCN0475.JPG
 日高門別駅と日高線代行バス。
 駅前広場はもともと大型バスの乗り入れは考慮されていないためか、大型バスの転回は大変そうだった。


DSCN0474.JPG
 余裕のあるダイヤなのか数分間停まっていた。車内の乗客はたった2人。

DSCN0478.JPG
 代行バス待合所として使われている日高門別駅舎。

DSCN0459.JPG
 島式ホームと駅名標。

DSCN0461.JPG
 草が侵入してきた駅構内。信号は消灯している。


日高門別駅のある日高町はJR北海道に対し、大きな被害のなかった鵡川〜日高門別間の再開を主張している。

鉄道や時刻表しか見ていないと鵡川駅が拠点のように思えるが、このあたりの中心は富川駅のある日高町富川である。商業施設の多くは富川に存在し、駅からも近い。
旧日高町や平取町からの国道237号線は富川で国道235号に合流するという地の利だからだろう。

一方、門別には日高町役場と大病院の門別国民健康保険病院がある。
被災当初の日高本線の運行区間を鵡川でなく日高門別までとしていればと悔やまれる。

DSCN0483-002.JPG
 北海道のローカル線を維持するためには、これがひとつの答えかも知れない。

posted by pupupukaya at 17/07/12 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2017年インド旅行記9 インドの聖地バラナシへ

◆5日目 5/1 ビブティ・エクスプレスでバラナシまで

 コルカタ〜バラナシ 【ビブティ エクスプレス】のルート。

5時、外が明るいのに気づいて目が覚める。
どこかの駅に停車中。結構大きい駅のようだ。パトナーとあった。
時刻表では4:35発なので30分程度の遅れということになる。

ホームの向かい側に停車中の列車は座席車で、けだるそうな乗客が見える。

夜行列車同士、夜中の駅に停車中に抜きつ抜かれつという光景は日本でも昔はよく見られた。北海道では早朝の旭川駅での急行『利尻』と『大雪』がこんなふうに同時に停まっていたっけ。

DSCN0944.JPG
 パトナー・ジャンクション駅に停車中。

この駅でこの寝台車にも何人か乗ってきた。なんでこんな時間に寝台車に乗ってくるのだろう。
また横になる。

DSCN0949.JPG
 朝焼けの風景。

だんだん明るくなってくる。今日も快晴だ。
ずっと農村風景が続く。コルカタあたりで見かけた水田はなく、また乾燥した畑ばかり広がる。

DSCN1026.JPG
 農村地帯を走り続ける。

DSCN0959.JPG
 どこかの駅その1。

DSCN0952.JPG
 どこかの駅その2。

DSCN1002.JPG
 寝台車の朝。

DSCN1010.JPG
 隣に停車中の列車。

朝になると停車駅が多くなった。15〜20分くらいの間隔で駅に停まる。その度に何人かこの寝台車にも乗ってきた。
考えてみたら、エアコン車両は寝台車しかない。また、座席車主体の急行列車がほとんど無く、長距離を走る寝台列車ばかりなので、上級クラスに乗る階層の人たちは寝台車に乗ってくるのだろう。

また車内販売が回りはじめる。チャイ売り、あとジュース売り、スナック売りなど。呼び止めて1L入り水のボトルを買った。20ルピー。

ベッドに胡坐をかいて壁にもたれかかって外を見ていると、途中の駅で乗ってきた女性2人がベッドにいきなり揃って腰かけた。毛布やシーツは寝ていた時のままになっているが、そんなことはお構いなし。

DSCN1027.JPG
 勝手に座られてしまった。

2人は母娘といった感じで身なりは良い。娘さんは二十歳くらいだろうか、真新しいサリーに身を包み、じっと遠くを見つめるような目つきで押し黙っている。

嫁入りだろうか。
じっと一点をみたまま微動だにしない、きれいなサリーの娘さんの横顔を見ているとそんな気がした。

インドの結婚は結婚式の時に初めて相方と会うなんてことを聞いたことがある。
都会ではもうそんなことも無くなっただろうが、田舎ではまだ古い風習が残っているのかもしれない。

まあこちらの勝手な想像ですが。

DSCN1025.JPG
 ムガル・サライ駅。

8:56、ムガル・サライ駅に停車。いつまでたっても動かない。定刻ならば20分停車の駅で、電気機関車からディーゼル機関車に付け替えることになっている。

動き出したのは9:22だった。時刻表では8:42発なので40分遅れ。
まあ早く着いてもホテルに入れるかどうかも分からず、むしろ2時間くらい遅れてほしいくらいだったが。

しかし、ここからバラナシまでは18.1km。もうこれ以上遅れることはないだろう。

このあとにガンジス河の鉄橋を渡る。今回の車窓では一番の見どころだ。
カメラを構えて待っていると、鉄橋に差し掛かった。
柱がチラチラとするので写真写りは悪いが、眼下にはあのガンジス河がはっきりと見えた。

まあこの先2日間、イヤってほど見ることにはなるのだが。

DSCN1045.JPG
 ガンジス河の鉄橋を渡る。


◆聖地バラナシへ

10:08、バラナシ・ジャンクション駅に到着。ほとんどの人がここで降りる。途中から乗ってきた母娘はまだ先まで行くようだ。
時刻表では9:30着なので38分遅れ。もうそんなこと、どうでもいいが。

DSCN1060.JPG
 バラナシ・ジャンクション駅に到着。

ホームに出るとホームは人人人。駅舎内も人人人。
こりゃあ真っ直ぐホテルに向かうしかない。
チェックインがだめでも、荷物だけ預かってくれれば良い。

Varanasiの読み方は『ワーラーナシー』とも『ヴァラナスィー』とも。日本人は昔は『ベナレス』と呼んでいた。
色々呼び方はあるが、ここではネット上で一般的な『バラナシ』とさせていただく。

人口は約120万人。インドのウッタル・プラデーシュ州、バラナシ県の県都でもある。
ガンジス河沿いにあるヒンドゥー教の聖地として知られる。ここのガート(沐浴場)はアグラにあるタージマハルに並ぶインドでは有名なところ。
インドを旅行する際は外せない観光地のひとつだろう。

ホテルはガンジス沿いの旧市街にある。駅から旧市街までは歩いて行けないことは無いが、地図上では40分以上かかる。
面倒だが、リクシャーをつかまえることにする。
つかまえなくても駅を一歩出ればこれでもかってほど寄ってだろうけど。

駅を出ると案の定、客引きの運転手が寄ってきた。
「ガンガー、ハウマッチ」というと「ワンハンドレット」(100ルピー)という。

即決でそのおっさんについていくと自転車置き場だった。サイクルリクシャーか。どうりで安いわけだ。
デリーやコルカタでは見ることが無くなったサイクルリクシャーがここバラナシでは現役なのだ。

乗り込むとリクシャーワーラーのおっさんがキコキコとこぎ出す。おっさんというか、じいさんと言った風貌。
ほかのリクシャーの自転車漕ぎもわりと年配の人ばかり。ま、きつそうだし、若い人はやりたがらないだろうな。
あと10年もしたら無くなっている商売かもしれない。

おっさんはペダルをキコキコとこぎながらのったらのったらと進む。
道路はデコボコだらけなので、その度に振動を食らう、熱風と埃と排気ガスがモロに直撃する。
ビービ―とクラクションがやかましい
お世辞にも良いとはいえない乗り心地だが、たまにはこういうのも面白い。

DSCN1063.JPG
 サイクルリクシャ―で出発。

 バラナシのサイクルリクシャ風景:動画(0:06:08)

リクシャーは裏道のような道路ばかり通る。
ちゃんと旧市街に向かっているのか心配になってくるが、おっさんに任せるしかない。

旧市街まで来て、あと少しでガンジス河という所の交差点は大渋滞であった。駅からここまで約30分。
渋滞というより、4方向からとにかく突っ込めるだけ突っ込んでくるので二進も三進もいかない感じ。サイクルリクシャーもすっかり巻き込まれてしまった。

DSCN1082.JPG
 ゴーダウリアー交差点からは進めなくなってしまった。

すると前の方から待ってましたとばかりに男が近づいてきて片言の日本語で言った。
「コンニチワ、ガンジスデスカーアンナイシマスヨー」

リクシャーは車に囲まれてもう動けない。おっさんはもうここで降りろという。
「コンニチワー」とか「ハロー」とか言って男が3人も寄ってきて取り囲んだ。

おっさんに100ルピー札を1枚渡してリクシャーを降りる。おっさんは「アンカー」と言った。
あとはこいつらに付いて行けということか。冗談じゃないぞ。

「ガンガーハアッチ、イッショニイキマショウ」
困ったな。しかし私はこういう時の身のこなしは早い。隙を見て動き出した車の脇をすり抜けて逃げ出した。

誰もついてこないので撒くことはできたようだ。

それにしてもここはどこだ?
スマホの地図で見ると旧市街のゴードウリヤー交差点という場所だった。
ここからホテルまでは600mばかり。もうすぐだ。

さっきの交差点から先は車止めがあって、車は進入禁止となっていた。だからリクシャーのおっさんは降りろと言ったのかもしれない。

歩いていると片言の日本語を話す奴がやたらと寄ってくる。

「ハロー、ドコニイキマスカ」
「アンナイシマスヨ」

あーうっとうしい!
立ち止まるとすぐに寄ってくるからオチオチと地図も見れない。

「ホテルデスカ?アンナイシマスヨ」
「アルカホテルデスカ?」
何で知ってるんだ?

途中でこれはと思う路地に入って行く。
「ソッチハナニモナイヨ、アルカハコッチ」

とにかく無視して歩いて行く。路地は狭くて入り組んでいて、もう地図など役に立ちそうになかった。
こっちで合っているんだろうか。と思いかけたら、壁に泊まるホテルの名前と矢印が書いてあった。

DSCN1085.JPG
 小路の壁面にあった「ALKA HOTEL」の表記。

DSCN1086.JPG
 まるで迷路のような小路が続く。

DSCN1088.JPG
 何とかホテルの前に着いた。

何とかホテルの前まで来ることができた。レセプションに行くと早いがチェックインOKという。
デリーのホテルで見たのと同じ大きくてぶ厚い宿帳に色々書き込んで、最後にサインさせられる。

DSCN1097.JPG
 ホテルはガンジス河沿いにある。 

Booking.comで予約したのだが、『地球の歩き方』にも載っていて、『ガンガーに面した絶好の立地』とある。

案内された部屋は狭かった。1泊950ルピー(約1700円)だし、こんなものか。
エアコンも無く、天井の大きい扇風機がブンブン回っている。
それでもテレビが置いてあって、専用のトイレ・シャワーが付いているので上等なものだ。

そのかわり、窓からはガンジス河が見渡せる最高の眺めだった。

DSCN1089.JPG
 殺風景だが、一晩の宿なら十分。

DSCN1092.JPG
 エアコンは無いが、代わりに天井の扇風機が回る。

DSCN1122.JPG
 部屋の窓はガンガービュー。

DSCN1095.JPG
 トイレ、シャワー、洗面台付き。

さっそく洗面台で洗濯をする。シャツは乾いた汗で塩が吹いている。靴下は激クサ。
すいません、車内でクサかったのは私です。この靴下は捨てることにした。

部屋に洗濯ロープを張って洗濯物を干してから出かける。

DSCN1123.JPG
 洗濯物を干す。

DSCN1093.JPG
 ホテルのテラスから見たガンガー。

まずはガンガーへ。ガンガーとはガンジス河の現地読み。
宿を出て階段を下るとすぐにガンガーだ。

岸からはガートと呼ばれる石の階段が川面まで下りていて、沐浴なのか水につかる人々がいた。
ここはヒンドゥー教の聖地であり、ガンガーは聖水である。川の水に頭まで浸かれば全ての罪は清められるとされている。

DSCN1098.JPG
 ガンガー側から見たホテル。

ガートに沿って歩き出せば、

第1村人「コニチワ、ドコニイキマスカ?アンナイシマスヨ」
私「オーノーサンキュー」

第2村人「スミマセン、ドコニイキマスカ?ワタシノショップキマセンカ?」
私「No!No!No!」

第3村人「コンニチワ、ニホンカラデスカ」

あーうるせー!

まあこんなのにホイホイついて行くアホな日本人が多いから、彼らが商売になっているんだろうけど。

もうガンガーはあとでいい、暑いし。

メシにしよう。今日はまだ朝から何も食べていないので何か食べたい。
部屋に戻り、どこに行くか調べてからまた出直すことにする。


posted by pupupukaya at 17/07/09 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記8 コルカタをあとに

興味があったのは仏像コーナーくらいのインド博物館。
ここにいつまでいてもつまらんし、もう出ることにする。

次はニューマーケットに賭けてみる。たのむぞ。

インド博物館の外に出てクロークでバッグを受け取って行こうとすると、また黄シャツの奴が現われた。
ずっと待ち伏せしていたのか。

黄「これからどこに行く?案内するよ」
私「メトロステーション」
黄「ここがどこだかわかるか?」
私「コルカタ」
黄「そうじゃなくて」
黄「色々案内するよ、僕の店にも寄ってくれ」

あーしつこい。だんだんこっちもキレそうになる。

私「ノーノ―、ミスター、ノーサンキュー!」
黄「フリーフリー友だちだから」

私、ついにブチ切れ、
「アイドント ニート フレンド!」
「アイライクアローン、バーイ!」
(友だちは必要ない、一人が好きなの、じゃあね!)

黄「それはひどいや、友だちじゃないか」

地下鉄の階段を下りるといなくなった。さすがに駅までは入ってこないらしい。

この手のヤツは大体あいさつ程度の日本語を発してくる。そして日本にいたとか、日本に友達がいるなどと言って友達になろうとする。
親日家で親切なのだから無下にもしたくない気持ちになるが、相手にすると痛い目を見ることになる。昨日のデリーでそれは良くわかっている。

インドの教え:
親しく話しかけられても心は鬼にすべし。

地下鉄に乗ってどこへ行くわけでもなく、次のエスプラネード駅で降りる。
上に上がるとここも屋台がびっしりと出ていた。

DSCN0841.JPG
 地下鉄エスプラネード駅の入口付近。

エスプラネードには路面電車のターミナルがあったはずで、まずそっちに行ってみる。
公園の中に線路が伸びて行って、中はループ線になっている。しかし、1台の電車もいなかった。
今日は日曜日。まさかの日曜運休か。

 *帰国してから調べたらコルカタの路面電車は日曜運休ということでした。

路面電車はあきらめてニューマーケットへ向かう。
歩いている通りはチョウロンギ通りといって、コルカタの中心部を南北に走る通りで、この下を地下鉄が通っている。
通りの歩道は商店街が続いていて、道路側には屋台がびっしりと並んでいる。

『地球の歩き方』にもある通り、本当に上野のアメ横の雰囲気に似ている。
日曜のせいかすごい人ごみ。車道側を歩くことにした。

DSCN0829.JPG
 屋台が並んで賑わうニューマーケット前の通り。

それらしい建物が見えたので、脇道に入る。

「ヘイジャパニ、ニューマーケットに行くのかい?」
もう向こうからの声掛けは一切無視することにした。

ニューマーケットの前に出た。市場のような感じ。中は暗いし、ここも日曜は休みなのか。

DSCN0830.JPG
 ニューマーケットはコルカタ最大のマーケット。

下りる階段があったので入ってみると地下街のようになっている。ドアの横にガードマンが立ち物々しい。
中に入ると涼しい。冷房が入っている。
店は洋服屋とかブランドものばかり。インドでは高級店になるのだろう。
一回りしてみたが面白そうなものは無かった。また外に出る。暑い。

DSCN0832.JPG
 色とりどりのぬいぐるみ。

ニューマーケットは閉まっているが、その周りは場外市場みたいな感じで色々な店が出ている。
キオスクを見つけたのでここでペットボトルの水を買う。20ルピー。

水を飲んだらまた汗が噴き出してきた。気温は40℃はありそうだ。

「ハロー、ベリーホッター?」
「ヘイジャパニ、どこに行くんだい?」
どこに行ってもこんな感じじゃもう嫌になってくる。

歩いていると日本でよく見かける看板が。
KFC、ケンタッキーではないか。思わず入る。涼しい。

カウンターで自分の番が来て「コンボメニュー?」(セットはある?)と聞いてみたがそういうのは無いようだった。
単品で注文する。レジ横に大きく出ていたスパイシーホットクリスピーとフライドポテト。
フライドポテトが伝わらない。「ポテト」と言うと「フレンチフライ?」と言われた。
そうだった『フライドポテト』は和製英語で、英語では『French fries』となる。
それにペプシのラージ(L)サイズ。

DSCN0837.JPG
 インド版ケンタッキーフライドチキン。

テーブルはすべてふさがっていて相席になったが、すぐにほかのテーブルが空いたのでそこに移る。
ここでしばらくおとなしくしておこう。

氷入りの冷たいペプシがうまい。もうどこにも行きたくなくなった。

DSCN0843.JPG
 モイダン駅近くのチョウロンギ通りは落ち着いた感じ。

ケンタッキーには40分くらいいた。スマホをいじっていたらバッテリー残りがもう1ケタ台。もうあかーん。

こんどはヴィクトリア記念堂へ行ってみよう。この近くか、地下鉄で行ける所となるとそこくらい。
エスプラネードから地下鉄に乗ってマイダン駅で降りる。

外に出るとこれが同じチョウロンギ通りかと思うくらい整った所だった。
このあたりはオフィス街なのか、人通りは少ない。気安く話しかけてくる人もいなかった。

DSCN0851.JPG
 ラビンドラサダン駅付近。

ヴィクトリア記念堂へ行こうとしたが、もう16時だし、記念堂は17時でお終いになる。
次のラビンドラサダン駅まで歩いて、また地下鉄で最初に乗ったマハトマガンジーロード駅へ戻った。

DSCN0855.JPG
 マハトマガンジーロード駅付近。

ハウラー駅までタクシーに乗ろうかとも思ったが、値段の交渉するのも面倒くさい。
また歩いて行くことにした。

夕方だからかガンジーロードの電車道は大渋滞している。
そんな車の脇をテクテクと歩く。

DSCN0864.JPG
 大渋滞のマハトマガンジーロード。

ハウラー橋までは路面電車の線路に沿って歩いて行けば良いのでわかりやすい。
電車のことはあきらめてすっかり忘れていた。

そいつはいきなり現れた。
向こうから電車が走ってくるではないか。
慌ててカメラを出す。

DSCN0866.JPG
 突然現れた2両編成の電車。

パシャパシャパシャ・・・
道端の人はへんな東洋人がカメラを持って何を写してるんだという風に見ていた。

突然だったのでロクな画像にはならなかった。せっかくなので2枚あげておきます。
走っている路面電車を見られただけで満足である。

DSCN0867.JPG
 ああーー、これに乗りたかった。

DSCN0871.JPG
 ハウラー橋を目指して歩く。

ハウラー橋は川風が通り抜けて涼しい。橋の上は涼みか夕日の見物か、橋から見下ろす人がいっぱい。

DSCN0874.JPG
 西日が照らすハウラー橋。

DSCN0879.JPG
 フェリーが行き交うフーグリー河。

DSCN0884.JPG
 西日に照らされるコルカタの街並み。

DSCN0887.JPG
 ハウラー駅前の商店街。

DSCN0888.JPG
 100年以上も歴史あるハウラー駅の駅舎。


 ◆ハウラー駅

ハウラー駅に戻ってきたのが17時過ぎだった。
乗る列車の発車時刻は20:00だから、まだ3時間以上も時間がある。しかし、もうどこにも行く気はしなかった。
どこへ行くにもまたハウラー橋を渡らなければならないが。

駅のコンコースは広い。ニューデリー駅よりも立派だ。
柵で囲って、ベンチが並んでいる待合所があるが、空いている椅子は無い。ホームで列車でも眺めていようか。

DSCN0890.JPG
 ハウラー駅のコンコース。昔の上野駅に似ている。

歩いていると柱にコンセントが並んでいるのを見つけた。ここでモバイルのコードをつないで使っている人がいる。
これはいいと私もスマホの充電をさせてもらう。

これがモバイル用のコンセントなのか電気泥棒になるのかは分からない。柱にコンセントが並ぶのも不自然だし、たぶん充電サービス用のコンセントだろう。さすがIT大国インド。日本も見習ってほしい。

DSCN0897.JPG
 駅構内の電源コーナー。モバイルが必需品になった現代では大変ありがたい。

30分くらい充電したらバッテリーも50%くらいまで復活した。
まずはインド鉄道のHPで今日乗る列車の座席番号を確認する。

これから乗るのはハウラー駅を20:00に発車するビブティエクスプレス(Vibhuti Express)という列車で、コルカタからバラナシまで761.6km、13時間30分の乗車になる。この列車はバラナシから120kmほど先にあるアラーハーバードまで行く。

日本で最初この列車のチケットを買ったときはエアコン2段寝台にしていた。その時の予約ステータスはWL2だった。

当初買ったエアコン2段寝台は動きが無く、ずっとWL2のままだった。これではいかんと4/2に同じ列車のエアコン3段寝台を買った。こちらのステータスはRAC13で最悪乗るには乗ることができる。
少しずつ番号は繰り上がって行ったが、ずっとRACのままで出発前にかなり気を揉んだ。
それがCNFになったとメールが来たのは出発の前日のことである。

CleartripでWLやRACのEチケットを買うと、予約確定になるとメールが来て、新たなチケットが添付されてくる。
しかし新たに発行されたEチケットの席番の記載はなく、欄には『Confirmed』とだけ記されていた。

12333.jpg
 席番の欄に『Confirmed』とだけ記されたEチケット。

チケット購入時にCNFだったものは最初から席番が記載されるが、WLやRACから繰り上がったものは、発車数時間前にならないと席番が決まらないようだ。

今は発車2時間10分くらい前。インド国鉄のHPにログインするとEチケットの最新ステータスを見ることができる。
見ると、ずっと空欄だった所に席番が表示されていた。よっしゃ。

DSCN0891.JPG
 WL/38は現在のWLの人数。CNFはコンファーム済、B1は号車、55は席番、SLはサイドローワー(寝台のタイプ)を表す。

ネット環境の無い人がコンファームされた自分の席番を知るにはどうすればいいかというと、客車のドアの横に乗客名簿が貼りだされるので、それを見て自分の席番を確認することになる。

スマホも充電できたし、一安心したところで腹ごしらえするか。
コンコースにセルフサービスのフードコートがあるので入ってみる。

DSCN0901.JPG
 ハウラー駅構内のフードコート。

DSCN0910.JPG
 賑わうフードコート。

レジで食券を買って、隣のカウンターに食券を出して受け取る。後ろから押せ押せと言わんばかりの行列だった。
注文したのはチキンオンリーカリー(62ルピー)。

スプーンが無いので頼むと小さいスプーンをくれた。周りをみるとみんな手で食べている。

チキンオンリーだけあって、アルマイトの皿に盛られたカレーの具はチキンだけ。
これが盛り付けもひどいが、味もひどかった。
普通はどう作ろうともカレーはカレーで、それなりの味になる。まずいカレーというのは初めて食べた。
チキンもスジと骨ばかり。三口くらい食べてあとは捨ててきた。

DSCN0905.JPG
 盛り付けも味もひどかったチキンカレー。

テーブルのほかの人の食べ方を見ていると、手でライスとカレーを器用にこねまわして口へと運ぶ。そのうちにやってみようかと思った。

次はクロークルームで預けた荷物を受け取りに行く。
ここの窓口も押せ押せの行列。そんなに前後の人とぴったりくっつかなくてもと思うが、間を開けると割り込みされるからという。

預かり証を渡すとまた中に入れられて、自分で置いたところまで取りに行く。預け料は20ルピーだった。

DSCN0912.JPG
 『ビブティ・エクスプレス』は8番ホームから。


 ◆コルカタ・ハウラー 20:00 → 9:30(翌)
   【12333】Vibhuti Express

バックパックを背負ってホームへ行く。
12333列車が出る8番ホームはホームに沿って1列に並ぶ長蛇の列がある。列の先頭には警官が何人かいて見張っている。
この列車には前2両、後ろ2両の自由席車(Unreserved)があるので、その乗客だろう。整列乗車の指導といったところか。
これ全員乗り切れるのか、と思うほどの長い行列である。

19:22、入替用のディーゼル機関車に牽かれて、列車が入ってきた。

DSCN0914.JPG
 列車が入線する。行列は自由席の乗客。

DSCN0915.JPG
 夜汽車の旅情どころか熱気ムンムンだった。

車内に入ると涼しい。コルカタに来るときに乗ったラージダーニー急行には劣るが、エアコン3段寝台も思っていたより快適そうだった。

まだ寝台はセットされていない。早々に自分の席を確保する。バックパックは座席の下に押し込んだ。

DSCN0918.JPG
 ボックス席は3段6人となる。中段の座席は畳むと背もたれになる。

DSCN0917.JPG
 サイド席は2段なのでお得感あり。

指定された寝台はサイド席の下段。ボックス席の方は3段になるが、こちらは2段寝台になる。日本ならばA寝台の下段だ。これはなかなかいい。
ただし3段寝台はカーテンがないので、プライバシーの面では難がある。女性にはあまりお勧めできない席かも。

コンセントがあるのはありがたい。

DSCN0919.JPG
 いかにも寝台急行列車という感じの車内。

発車まで乗客同士移動したり荷物の置き場所を探していたりゴタゴタしていたが、発車すると落ち着いた。

車掌が検札に来る。印刷したEチケットとパスポートを見せるとOK。車掌は印刷された乗客リストと照らし合わせている。入口に貼ってある乗客リストと同じものだ。

向かいの席に座っているのはおっさん。おっさんは連れが離れた席にいるらしく、行ったり来たりしている。話しかけられることは無かった。

ラージダーニー急行のようなサービスは無いが、そのかわり物売りが頻繁にやってくる。
チャイ(紅茶)売りの声が
「チャーイ、チャーイ、チャーイはいらねが〜」に聞こえて面白かった。

車内は昼間のことを思えば平和そのもの。

DSCN0924.JPG
 サイド席の下段は快適だった。

DSCN0930.JPG
 どこかの駅に停車中。

DSCN0937.JPG
 寝静まった夜の寝台車。

カーテンが無いので車内は暗くなる。窓から夜景が見えないかと目を凝らしたが、駅以外では暗闇ばかりだった。


posted by pupupukaya at 17/07/09 | Comment(0) | 2017年インド旅行記
最近の記事
Powered by さくらのブログ