稚内駅にある最北端キロポストの謎

先日、といっても2017年6月のことだが、仕事で稚内に行く機会があった。

前回稚内に来たのは2年前の2015年8月だった。その時と同じく稚内駅に寄ってみる。
新しくなった駅舎から到着する特急を見ていると、線路わきにキロポストがあるのを見つけた。

あんなところにキロポストがあったかなと取りあえず写真に撮ってきた。
帰ってから前回来たときの画像を見てみたらキロポストは写っていない。やっぱり新しく取り付けられたもののようだ。

旧駅舎時代もたしか無かったはずだ。
このキロポストを見て、ひとつの謎が生じた。

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 『最北端の線路』標と特急サロベツ。

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 線路右側にキロポストがある。

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 259と表示されている。

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 ホーム側から。

立っているのは稚内駅ホームの駅舎よりの端。
キロポストの数字は『259』。

あれ?稚内駅のキロ程は旭川起点259.4kmじゃなかったのか?
あとの0.4km分の線路はどこへ行った?

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 2015年8月の画像。キロポストは見当たらない。

キロポストには3種類あって、1つは起点駅からのキロ数を表示した甲号で、これは1キロごとに立っている。2つ目はキロ数に『1/2』と表示された乙号で、これは500mごとに。3つ目は1ケタの数字だけ書かれた丙号で、これは100mごとに立てられている。

キロポストの数字は259、これは1キロごとに立てられている甲号ということになる。
キロポストの場所がずれているにしたって、せいぜい数mだろう。

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 ホームにある旭川駅より259.4kmの表示。

0.4kmはもちろん駅舎を北に通り越して外に飛び出している線路のことではない。あれはキロポストから70mほどの所までしかない。
それにあれはモニュメントであって、実際に使用されている線路ではない。

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 『日本最北端の線路』のモニュメント。旧駅舎時代はここまで線路があった。

ところで時刻表を始め、あちこちに表示してある259.4kmというのは、時刻表に載っている営業キロから持ってきた数字である。

時刻表に載っているキロ数は『営業キロ』で、運賃や料金計算を行う際に基になる数字である。
それに対して実際のキロ数は『実キロ』などと呼ばれていて、鉄道施設の場所をキロ数で表わすものである。よく踏切なんかに数字が書いてあるが、それが実キロで営業キロとは別物となる。

この『実キロ』という言葉は正式な名称ではない。キロポストや踏切に表示されている施設上のキロ数をここでは『実キロ』と呼ばせていただく。

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 時刻表の営業キロ。JR時刻表2017年3月号より。

たとえば、函館本線の営業キロと実キロはかなりずれていて、たとえば札幌駅の函館起点の実キロ数は286.970kmだが、営業キロでは286.3kmとなっている。これは営業キロは函館駅を起点としているのに対し、実キロは青函連絡船のあった旧函館桟橋を起点としていることから発生している。

話をもとに戻す。この0.4kmの差はどこからきているんだろうか。
隣駅の南稚内から稚内までの営業キロは時刻表で見ると2.7kmとなっている。ところが、地図上で計測してみると約2.35kmとなった。
どうやらこの差分は南稚内〜稚内間で発生しているらしい。

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 地理院地図(電子国土Web)で南稚内〜稚内間の距離を計測してみると・・・。

いつからこうなったのだろうか。旭川〜稚内間の営業キロを過去の時刻表で見てみよう。
  • 時刻表(東亜交通公社)昭和19年12月号・・・258.9km
  • 時刻表(日本交通公社)昭和31年11月号・・・259.4km

戦前のキロ程は実キロに近いが、戦後に0.5km加算されている。南稚内のひとつ手前、抜海駅のキロ程は戦前から現在まで245.0kmと変わっていない。

先代の2階建て駅舎は1965(昭和40)年に建てられたものだが、その前の木造駅舎から場所はほとんど変わっていない。もちろん戦前から戦後にかけて稚内駅が移転したということもない。




まずは0.4kmの謎。この答えはウィキペディアにありました。
それは旧国鉄『営業線基準規定』第7条、営業キロの設定に関する規定。

以下Wikiからの引用。黄色マーカーは関係個所。
「営業線基準規程」第7条 (1) 営業キロ程の設定は、次の各号に掲げる基準によるものとする。
営業キロ程は、起点から停車場中心までの実測キロメートルによるものとし、キロメートル未満のは数については、二位以下を四捨五入し、一位にとどめるものとする。ただし、線路延長計画のない終端停車場にあっては、おもな線路の終端までとする。

つまり延長計画のない終点の駅では、駅を通り越した線路の終端がその駅の営業キロとなるわけだ。
実際測ってみるとこうなる。

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 稚内駅より400m北の地点。(地理院地図(電子国土Web)より作成)

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 上記地図の1977年撮影空中写真。稚内駅構内の線路は北防波堤付近まで延びていた。(地理院地図(電子国土Web)より)

昔の空中写真を見ると、稚内駅構内の線路は北防波堤の道路手前まで延びていたことがわかる。
当時の国鉄の規定により、駅構内の線路の終端を稚内駅の営業キロと定めたので0.4km多くなったということだ。

このような例はほかにもあって、根室本線の東根室〜根室間は実キロ1.375kmに対し営業キロは1.5kmとなっている。
逆に同じ終端駅でも日高本線の西様似〜様似間は実キロ・営業キロ共に2.9kmで同じになっている。これは当時は広尾まで延長する計画があったため、通常通り停車場中心(駅本屋)のキロ程を採用したのだろう。

さて、もう一つの疑問。戦前と戦後でキロ数が変わったのはなぜだろうか。

じつは戦前の稚内駅は終端駅ではなかった。
いまの北防波堤ドームの場所に稚内桟橋駅というのがあった。当時日本領だった樺太・大泊まで運航していた稚泊連絡船への乗継のための駅である。
当時の時刻表には営業キロは表示されていないため、正式な駅では無かったのかもしれないが、当時の急行列車はこの駅に発着していた。
その稚内桟橋駅も1945(昭和20)年8月24日の便を最後に稚泊連絡船が停止されると事実上廃止となる。

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 稚泊航路記念碑がある稚内桟橋駅跡地。

その後、1932(昭和27)年に南稚内駅が今の場所に移転している。移転前の南稚内駅はスイッチバックで出入りしなければならないという面倒な駅だった。スイッチバック解消と現稚内駅に近すぎるという理由から今の場所に引っ越したのである。

それまで南稚内〜稚内間の営業キロは1.2kmとなっていたが、これを機に駅構内の線路終端までの延長を含む2.7kmに改められたようだ。
稚内桟橋駅も無くなったし、これ以上北に延長する計画などあるはずもない。営業キロも他の終端駅同様の扱いになるのは当然のことだ。

今回の疑問の答えはこうなる。

稚内駅の営業キロは、昔は400mほど先まで延びていた線路終端のキロ数と定めたので、この距離の差が実キロと営業キロの間に出た。
現在駅舎から先の線路は使用されなくなり撤去されているので、実際の線路長より0.4km長い営業キロとなっている。

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 昔は右側の空き地まで稚内駅の構内だった。

新たに設置された259kmのキロポストは日本最北端のキロポストである。そのうちまた新たな名所になるんだろうか。

そのおかげで宗谷本線は時刻表の営業キロよりも実際は約0.4km短かったことがわかった。

それにしても0.4kmである。しかも既に存在しない線路。
たとえば名寄〜稚内間の運賃は実際のキロだと182.8kmとなって3,670円になる筈だが、現在の営業キロで算出すると183.2kmになり3,990円と320円余計に高くなっている。
今は存在しない線路のために余計にお金を取るのはどうかと思う。

しかし、こんな例は全国にいくらでもありそうだし、これで営業キロを0.4km改定したら、全国からの運賃が変わってしまうので。難しいところなんだろう。


〜最後までお読みいただきありがとうございました。

posted by pupupukaya at 17/08/06 | Comment(0) | 北海道の駅

2017年インド旅行記14 鉄道博物館とデリー最後の夜

◆国立鉄道博物館

次は国立鉄道博物館(National Rail Museum)へ向かう。
私は鉄ちゃんなので、ここは外せない。
一般人の方は退屈でしょうが、しばらくお付き合いください(^^;;

鉄道博物館へは、地図で見るとインド鉄道が通っていて最寄りの駅もあるのだが、時刻を調べると本数は1日数本レベル、しかも朝夕だけの運転。時刻も正確なのかわからず、とても利用できるような路線ではない。
メトロだとエアポートラインのダウラクアン駅が最寄となるが、そこから歩くと40分以上かかる。

メトロでダウラクアンまで行き、駅前でオートリクシャ―に乗ることにした。
コンノートプレイスからオートリクシャ―に乗ると悪徳な運転手に当たって変なところに連れて行かれるかもしれないが、郊外の駅からならば、まあ大丈夫だろう。

エアポートメトロはコンノートプレイスの地下を通っているが、ここに駅は無くて800mほど離れたシヴァジ・スタジアム駅から乗ることになる。
ずっと涼しいマックにいたので外を歩くと暑いこと。

駅の中に入ると、今までとは別世界のようにきらびやかで清潔な空間だった。エアコンが効いて涼しい。

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 エアポートメトロのシヴァジ・スタジアム駅。

デリーのメトロは街中とはまるで違って、近代的な造りになっているが、エアポートラインはさらに豪華になっている。
ホームドア完備、駅構内はエアコン完備、最新の技術を集めたという感じ。

そのかわり運賃は他の路線と比べて2倍以上高い。駅間も長くて、メトロというより空港アクセスに特化した独立路線のようである。
高いせいか駅が少ないからか、人は少ない。それでも日中は10分間隔で運行されている。

明日はこれでデリー空港まで行くことになる。

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 シヴァジ・スタジアム駅のホーム。

ダウラクアンへは快適なメトロに乗って1駅。
途中で建設中の高架鉄道が見えた。ピンクラインという路線で、2018年に完成するらしい。鉄道博物館の近くにも駅ができるようなので、これができたらアクセスはだいぶ楽になるだろう。

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 建設中のピンクライン。

ダウラクアン駅は高架駅だった。駅のコンコースから外を見ると、客待ちらしいオートリクシャ―が何台か停まっている。あれに乗ることにしよう。

私が階段を下りて行くと、さっそく寄って来た。
「ハロー!ハロー!」
「ホエアーユーゴーイング?」(どこに行くんだい)

こちらも「レールウェイ・ミュージアム、ハウマッチ?」(鉄道博物館まで、いくら)
と言い返す。

運「ワンハンドレット」(100ルピー)
私「オーケー、バット ワンハンドレットオンリー」(OK、でも100ルピーだけだよ)

ネットなんかで調べると、デリーでのオートリクシャ―の相場は近場で30ルピーということらしい。
外国人と見てふっかけてるんだろうけど、面倒だから言い値で乗る。たかだか百数十円のことで長々と交渉する気にはならない。チップ込みと思えば腹も立たない。

お前みたいのがリクシャーの料金を釣り上げているんだろうという声が聞こえてきそうだが・・・。

10分くらいで鉄道博物館の正面に着いた。運転手に100ルピー札を渡して降りる。

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 国立鉄道博物館(National Rail Museum)の入口。

入場料は50ルピー。入場券売り場で100ルピー札を出すと、「ワンハンドレット ヒフティーン」と言われる。なんだか良くわからないが言われるがままに150ルピー出す。

もらった入場券を見るとやっぱり50ルピーと書いてある。ぼられた?
まあいい。何度も言うが百数十円のことで揉め事はいやだ。チップだと思うことにする。

中に進むとミニSLが停まっていて発車を待っている。
乗りたいと思ったが、大人ならば身をかがめて乗り込まなければならないほど小さいサイズの客車の乗客は子供ばかり。
なんとなく気恥ずかしくなって乗るのをやめた。
あとでやっぱり乗っておけばよかったと後悔したが。

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 ミニSL運行中。

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 子供サイズの客車。

屋内展示場の建物があったので入ってみる。涼しい、エアコンが入っている。
しばらく中の展示物を見ながら涼んだ。

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 エアコンがあって涼しい屋内展示場。

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 屋内の展示物。

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 鉄道の施設だけは世界共通。

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 客車の銘板。日本製のも混じっていた。

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 未来の(?)インドの交通。

屋外の展示車両もたくさん置いてあった。
最初は大して期待はしていなかったが、この手の博物館にしては、なかなか本格的である。

展示車両の間を縫うようにしてミニSLや、さらにミニの電車の線路が敷かれている。
私はタモリと同じく線路マニアなので、これらの線路を見ているだけで楽しかった。

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 屋外展示の車両。SLが多かった。

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 ミニSLの線路のほか、ミニ電車の線路もあって鉄的には楽しい。

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 ミニ電車(左)とミニSL(右)の線路。

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 ミニ鉄道は踏切もある。

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 1907年製という蒸気モノレール。

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 屋外の鉄道模型コーナー。

いや〜、外を歩いていると暑い。汗だくになる。
もう一度屋内展示場に入って一回りしてきたら汗が引いた。

1時間くらいいて、もう見るものも無くなったので出ることにした。
出る前にトイレに行っておく。海外旅行では博物館や美術館でトイレを済ませておくのが鉄則だ。

ここのトイレは便座が無かった。便座のないトイレはロシア以来かも知れない。
男性の小用ならばこれで事足りるが、それ以外の場合どうするんだろ。未だに謎である。

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 便座のないトイレ。

屋内展示場の近くにはミュージアムショップがあったので覗いてみる。これといってほしいものはなく、すぐに出た。

もう3時過ぎだし、ホテルに戻ることにした。

エントランスの所にオートリクシャが2台停まっている。
運転手に「ダウラクアン・メトロステーション、ワンハンドレット」と言ってみた。
運転手は「ノー、ナンヤラカンヤラ、150」だと言った。

行きは100ルピーだったのに随分とふっかけるな。でも面倒だからOKを出した。

走り出すと運転手が「アーユーフロムカントリー?」と言った。「ジャパン」と答える。
とたんに運転手は愛想が良くなった。

なんだか色々聞かれる。
運「ホエア、ユアステイホテル?」(どこのホテルにとまってるんだい)
私「ニューデリーステーション ニア」(ニューデリー駅の近くさ)

駅はやけに遠いな。しかも明らかに来た道とは違う所を走っている。

突然道端で停まって、運転手は振り返って言った。
運「ショッピング?」(買い物は)
私「ノー」(いらねえ)
運「ゴー ユアステイホテル」(あんたのホテルに行こうか)
私「ノーノ―!」(行かなくていい)
運「ノープロブレム」(大丈夫だよ)

そうじゃねえ!
どうしてお前たちはすぐにカモろうとするんだ!

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 鉄道博物館から乗ったオートリクシャ―。

「アイワナ メトロステーション!」(メトロ駅に行きたいの)
と言うとまた走り出した。
いったいどこに行くんだろう。さっきニューデリー駅近くと言ったのでそこまで行く気か。

そんなうちに雨が降り出して風も出てきた。
両側は吹きっさらしなので、雨が吹き込んでくる。

オートリクシャ―はとあるメトロ駅の入口の前に着けた。
150ルピーを運転手に渡して、逃げ込むようにメトロの階段に向かった。

とにかく、ひと安心。つーかここはどこよ。

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 Lok Kalyan Marg駅のホーム。

コンコースにあった路線図を見るとLok Kalyan Margという駅とわかった。イエローラインの駅で、ニューデリー駅まで1本で行ける。

ニューデリー駅からホテルに戻る途中で、2日目に行った酒屋でビールを買った。

ホテルに戻り、汗だくになったのでまたシャワーを浴びてしばらく横になった。


◆デリーの夜

5時過ぎにホテルの屋上レストランに行ってみる。
時間が早いのか、客はほかに1組だけ。

メニューを見ると、ビールがあった。何種類かあって、キングフィッシャーを頼むと無いと言われる。
今はバドワイザーと何とかという2種類しか置いてないとのこと。
しょうがないのでバドワイザーにした。

フードは何にするかな。昼のチキンマハラジャがまだ腹に残っているので軽いものがいい。
メニューを見るが、くそー分からねえ。

ピザのマルゲリータにした。これが一番安かったし。

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 バドワイザー(235ルピー)を飲む。

しばらくして出てきたビールは小ビンだった。グラスに注いでまずは一人乾杯。
はー、何とか無事にここまでこれた。明日はいよいよ帰国だ。

落ちついて見渡すと、結構いい感じの店だね。清潔だし。値段といい、インド人からすれば超高級レストランなんだろうね。
どれも結構いい値段するしね。

小ビンではすぐに飲んでしまった。「ビア、ワンモア プリーズ」と言ってもう1本もらう。今度はチビチビと飲む。

出てきたマルゲリータはデカかった。2〜3人で分けて食べるサイズだろう。向こうの人はペロッと平らげるんだろうけど。

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 ピザ マルゲリータ(295ルピー)。結構デカかった。

味は良かった。チーズもとろりと焼き立て。オリーブオイルがたっぷりかかっている。ビールよりワインだね、これは。

30分くらいいるうちに、客は1組もう1組とやって来て、いつの間にか半分くらいのテーブルが埋まっていた。
隣は日本人夫婦。明日はアグラへ行くなどという会話が聞こえてくる。

1人レストランは居心地が悪い。手持ち無沙汰なのでビールばっかりガバガバ飲むことになる。もう1本ビールを追加しようと思ったがやめた。食事の時は連れがいないと寂しいね。

ピザは半分残して、ウエイターを呼んでお会計。
ウエイターは「チップ、インクルード」と言った。料金はチップ込みと言うことだ。
バド2本とマルゲリータで765ルピー。お釣りのうち5ルピー玉はウエイターに渡した。

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 メインバザールの雑踏。

また外に出てメインロードをぶらつく。
このあたりはホテル街、日本人とおぼしき人も何人か見かける。インド人につきまとわれている人も・・・

明日は帰国だし、ビールのほろ酔いで街を歩くと、今までとは違った風景に見えた。

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 とにかくひしめき合っている。

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 狭い小路のパパールガンジロード。

9時頃また外に出てみた。夜の1人歩きはするべきではないが、少しくらいなら大丈夫だろう。
この時間でもまだ昼間と同じくらい賑わっている。
昼間はいなかった屋台も多く出ている。危険な感じはしなかった。連れ歩きならば屋台を覗きながら歩くのも楽しそうだ。

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 夜のメインバザール。ホテル前から。

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 夜9時過ぎでも大賑わい。

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 ホテル隣のラッシー屋。

さっきも見たが、ホテルの入り口横に物乞いが受け皿を前に静かに座り込んでいる。
ホテルに戻る時にイタズラしてみようと思って、受け皿に100ルピー札を放り込んできた。
中から振り返ると、何を思ったか物乞いはお札を持ってシゲシゲと眺めていた。
おいおい、盗られるから早くしまえよ。

部屋に戻って昼に酒屋で買ったビールを飲む。冷蔵庫に入れておいたのでよく冷えている。

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 駅前の酒屋で買ったカールスバーグ。

明日は帰国だが、飛行機は19:35発なので15時過ぎまでは時間をつぶす必要がある。
地球の歩き方を見ながら、まだラールキラーに行ってなかったな、買い物はどうしようとか考えていたら面倒くさくなってきた。
明日のことは明日考えよう。


posted by pupupukaya at 17/08/05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記13 デリーとマハラジャマック

◆7日目 5/3
 マハマナ・エクスプレスでニューデリーまで

8:10頃、ガーズィヤーバード駅に停車。定時では7:39発なので、約30分遅れ。
次が終点ニューデリーになる。

この駅から大勢の乗客が乗ってきた。この寝台車にも乗りこんできて、下段の寝台は満席状態に。驚いたことに、上段寝台だろうとスペースがあれば座られてしまう。
私の寝台は足を伸ばしていたので上がられることはなかったが、足元にカバンをドンと置かれた。

どの乗客もいかにもビジネスマンという格好。時間帯からして通勤客だろうか。
それにしても1等の寝台車に乗ってもいいんだろうか。全席指定席のはずなんだけど。

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 上段寝台まで相席になる。

各方面からの列車はだんだん停まったり、ノロノロと動き出したりを繰り返す。
遅れは増すばかりだが、だれも気にする様子もなくのんびりとしたものだ。
私も、ホテルに入るのにあんまり早く着いても困るので、もっと遅れてくれという心境だった。

ニューデリー着8:55、定時は8:25なので、ほぼ30分遅れ。
今回の旅行で一番遅れたのはコルカタ・ラージダーニー急行の1時間20分遅れで、あとの列車は1時間以内の遅れだった。
インドの鉄道は5〜6時間の遅れはざらだと聞いていたが、それからすると概ね正確に動いていたということになる。

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 ニューデリー駅に到着。

ホームから跨線橋へ。
旅行前半で何度も通った場所。ああ、やっとデリーに戻ってきたと思った。
なんだかタイムトンネルを抜けてきたような気分になった。

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 ニューデリー駅の跨線橋。

今日のホテルは、ニューデリー駅前から延びるメインバザール通りを10分程歩いたところにある。
チェックインするには早すぎるが、荷物だけ預けてしまおう。

駅を出ると早速リクシャーの運転手たちが寄ってくる。
客引きのあしらい方だけはバラナシでマスターしたので難なく通り抜ける。

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 ニューデリー駅前の雑踏。

メインバザール通りはニューデリー駅南側から西に向かう通りで、ずっと商店街になっている。道端には屋台もたくさんある。
このあたりはホテルやレストランが多いためか旅行者の姿も多く見かけた。

旅行者が多いということは当然客引きも多いわけで、歩いているとやたらめったらと声がかかる。

「ハロー、ハロー!」
「コンニチワ、ドコニイキマスカ」

もう完璧に慣れた。絶対に客引きにはつかまらない自信がついた。

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 ニューデリー駅から延びるメインバザール通り。

足が痛い。
重たいバックパックを背負ってえっちらおっちらと歩き続けると予約していたホテルが見えてきた。
地球の歩き方にも載っていて、

”屋上にレストランがあり、旅行者に人気”

とある。レストランにはビールもあるようなので、夕方になったら行ってみよう。

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 ニューデリーで1泊するホテルメトロポリス・ツーリストホーム。

ホテルの正面は何だかお化け屋敷のような佇まいで、大丈夫なんか?と言う印象だった。

レセプションで名前を告げバウチャーを渡すと、この時間からチェックインOKのようだった。
またお馴染みの大きくてぶ厚い宿帳にサインする。

レセプションの人は近くにいたスタッフを呼んだ。そのスタッフが部屋まで案内してくれる。
ここだけではなく、今回のインド旅行で泊まったホテルはどこも部屋まで案内してくれた。荷物は持ってくれなかったが。

部屋に入ると建物の見た目とは反対に、すごく豪華な部屋だった。
1泊3,748円(2,057ルピー)。インドでは高級宿の部類になるのかもしれない。

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 ホテルの部屋。ダブルベッド。

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 バスルーム。

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 クローク部屋?冷蔵庫もあった。

まずはシャワーを浴びてさっぱりとする。そして明日着る下着の分だけ洗濯。

足の裏には大きなマメができていた。やたらと足が痛かったのはこいつのせいだ。穴をあけて水を出した。ばい菌が入ると余計に痛くなるが仕方ない。


◆再びデリー

しばらく休んでから、外に出る。

今日の予定は特になかった。
明日は夜発の飛行機で帰国する予定で、今日は予備日みたいなものだ。
ずっとホテルにいてもつまらないし、観光でもしてくるかということで外に出たのである。

とはいっても全く当てが無いわけではなく、インド門と鉄道博物館へ行くつもりで部屋で行き方を調べていた。

ホテルを出てパパールガンジ通りをニューデリー駅と反対方向に歩くと、メトロ(地下鉄)ブルーラインのアシュラムマーグ駅が近い。
そこからメトロに乗って、イエローラインのセントラル・セキュリタリアート駅で降りる。

駅を出て、公園のような所をしばらく歩くと広い場所に出た。
人も車もまばらでひっそりとしている。広場の向こう見える建物は連邦政府庁舎。このあたりは官庁街になっていて、大統領官邸や国会議事堂など政府関係機関が多い。

イギリス領インド帝国時代の1911年に首都がコルカタからデリーに移され、イギリスの設計と建築によって新都市がつくられた。これが今のニューデリーになる。
一方ムガル帝国時代から続く古くからのデリーは今はオールドデリーと称されている。

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 連邦政府庁舎と広場。

ここからインド門までは、ラージパト通りという広い通りが一直線に延びていて、ここからインド門まで歩く。
車道の両側には幅広の芝生があって、水路が並行している。
どこでもかしこも見かける屋台もここには無い。まるでインドらしくない。

まるでどこかヨーロッパの町を歩いている気分だ。
しかしここはインド。水路の水は淀んで藻が浮いている。そんな中を子供たちが素っ裸で水遊びをしていた。
またひどいスモッグで、2キロほど先にあるはずのインド門は霞んで全く見えない。歩いているとノドがいがらっぽくなってきた。

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 ひっそりとしたラージパト通り。インド門が霞んで見える。

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 ラージパト通りに並行する水路。

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 わんこ。暑いからか昼間は大人しい。

インド門は第1次世界大戦で戦死したインド兵士を弔うために1929年に建立された。
この辺りはさすがに観光客が多い。

30分ほど歩いてきただけだが暑い、ノドが渇く。
屋台でマウンテンデューを買った。毒々しいまでに蛍光色のペットボトルである。
一気飲み、また腹壊すぞー。

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 インド門は観光客が多かった。

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 高さ42mのインド門を下から。

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 懐かしのマウンテンデュー。

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 ライフルを持った兵士。

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 壁面のレンガには戦死者1万3500人の名前が刻まれている。

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 キャノピーと記念撮影する人々。

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 インド門と屋台。

インド門からは北に向かってメトロブルーラインのマンディハウス駅まで歩く。インド門からの距離は、来たときのセントラル・セキュリタリアート駅ともどちらも同じくらい。

ニューデリーのこの辺りはオフィス街なのだろうか。緑が多くハイソな感じ。インドらしくない。

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 ハイソなココパーニカス通り。

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 道路を渡るのは一苦労。一応横断歩道はあるのだが・・・

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 メトロブルーラインのマンディハウス駅。

こんどは鉄道博物館へ行くことにする。最寄駅はエアポートメトロのダウラ・クアン駅だが、駅からは3km以上もある。駅からオートリクシャで行こうか。

駅の窓口でラジブチョーックまでの切符を買う。切符と言っても丸いコイン状のトークンだが。
料金は10ルピー、日本円にしてわずか18円。

旅行者が一番安心して利用できる乗り物がこのメトロだろう。ぼられることもないし、本数も多くて確実だ。
しかし、どこの観光地もメトロの駅からは離れているので、あまり観光には利用できないのが残念。

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 マンディハウス駅のホーム。

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 コンノートプレイスの中心にあるラジブチョーック駅。

ラジブチョーック駅で降りる。この駅はコンノートプレイスのちょうど中心にある。メトロのブルーラインとイエローラインが交差する駅で、大勢の人が乗り降りする。

地図上ではエアポートメトロも交わっているが、ここには駅が無く、800m離れたシヴァジ・スタジアム駅がコンノートプレイス最寄りとなる。1回地上に出て歩かなければならない。

コンノートプレイスに来たので、初日に見かけたマクドナルドに行ってみることにした。
円形の道路が何重にも並行するし、同じような建物ばかりなので歩いていると混乱しそうになるが、何とか見つけた。

店に入るとエアコンが効いて涼しい。は〜天国だ。

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 コンノートプレイスにあったマクドナルド。

カウンターでメニューを見ると、おお、噂の『マハラジャマック』が。
注文すると店員が「ミート?」と聞くので「イエス」と答える。あとでメニューをよく見るとチキンマハラジャとベジマハラジャがあった。ベジにすればよかったかな。一度ベジを食べてみたかったが、聞かれるとついノンベジとか答えてしまうので未だにその機会が無い。

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 マハラジャマックのセット。コーラとポテト付きで282ルピー。

ハンバーガーの箱を開けると、まあデカい。
高さはビッグマックの倍くらいありそう。

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 これがインドのチキンマハラジャマック。

意外なのは、野菜がたっぷり挟まっている。レタス、タマネギ、トマト、ピクルスそれにパティ、目玉焼き。
持ち上げると野菜がポロポロとこぼれ落ちる。チキンのパティはビーフのより厚い。食べずらいな、これは。

ソースの味はインドらしくスパイシー。暑い中食欲をそそる。辛いのが苦手な人はだめかも。

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 マックのカウンター。

涼しいしトイレもある。デリー街歩きのオアシスだねここは。
しばらく涼んでから、次は鉄道博物館へ行く。


posted by pupupukaya at 17/07/29 | Comment(0) | 2017年インド旅行記
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