2010年サハリン旅行記9

まず最初に、ルーブルの所持金が少なくなったので、両替をしようと『みちのく銀行』のあった場所へ行くと、今は『ВТБ24』という銀行に変わっていた。中の受付で「チェンジ プリーズ」というと係りの人は最初は分からなかったが、やり取りしているうちに分かったようで、受付番号の紙をくれた。奥が両替所になっていた。

一昔前はルーブルを嫌ってお金を外貨で持つ人が多かったようだが、今ではそんなことも無くなったようで、両替所の存在感も薄くなってしまったようだ。
みちのく銀行だった時は親切に対応してくれたのだが、この点は不便になった。

P9080686.JPG
 かつて『みちのく銀行』があった場所はロシアの銀行に。日本領事館は今もここにある。

ユジノサハリンスク市内の交通はバスが主役である。市内を歩いていると路線バスが走っているのをあちこちで見ることができる。
車両は、マイクロバス、ワンボックスカー、韓国製中古大型バスと様々で、どのタイプが来るかはわからないが、前面と側面に系統番号と経由地を表示しているのでバスとすぐにわかる。

主流は12〜14人乗りのミニバス。満席の場合は次の便を待つしかない。系統によっては次から次へとやってくる。
ダイヤ通りに走っているのではなく、決まったルートをぐるぐる回っている乗り合いタクシーのような感覚だった。

P9090341.JPG
 黄色いミニバスが主流になりつつある。

P9090331.JPG
 ミニバスの車内。料金は乗客が運転手までリレーのように手渡す。

P9090286.JPG
 たまに中型サイズの車両も来る。これは新車らしい。

P9090282.JPG
 上記の新車らしい黄色いバスの車内。助手席は車掌。

路線は市内線と郊外線に分けられていて、すべて系統番号がある。番号別の運行経路がわかれば誰でも気軽に利用できる。

市内線はbPから81まであるが、欠番があったり、1日数本のみという系統もあるのでそれほど複雑でも無い。またほとんどの系統が中心部主要通りを経由するので、例えば市内のどこかから中心部方向のバスに乗れば見覚えがある場所に戻ってくることもできる。

以下の系統が本数も多く使い勝手が良いです。
63番 空港−ミーラ大通り−レーニン通り−サハリンスカヤ通り
19番 レーニン通り→プルカエフ通り→コムソモリスカヤ通り→サハリンスカヤ通り→レーニン通り(外回り循環便)
20番 19番と同じルートを逆回り(内回り循環便)

P9090363.JPG
 ガガーリン像。言わずと知れた世界初の宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン。

バスで着いたのはコムソモリスカヤ通りにあるガガーリン公園。
ユジノサハリンスク市内で一番の見どころといえば、ガガーリン公園だろう。
小さいながらも遊園地があって、湖があり、その周りを子供鉄道が走っている。

公園内各所にカフェやキヨスクもあって簡単な飲食もでき、景色も良いので、おすすめの観光スポットだ。

P9090292.JPG
 ガガーリン公園の遊園地。

P9090311.JPG
 ガガーリン公園にある子供鉄道の線路。

遊園地を抜けると池があって、池に沿って線路が伸びている。これが子供鉄道だ。
歩いて行くと駅舎があって、機関車と3両の客車を連ねた列車が停まっている。
駅舎に掲げてあった時刻表を見ると、11時発の列車がもうすぐ出るところだった。切符を買って車内に入る。

P9090312.JPG
 子供鉄道の車内。かつて軽便鉄道で使われていた客車。

P9090299.JPG
 駅舎には駅員もいて本格的。

P9090310.JPG
 子供鉄道の車内。車内は小さな子供向けのイラストが。

P9090302.JPG
 子供鉄道の車窓。乗り心地は軽便鉄道といったところ。

子供鉄道は、鉄道学校の生徒の実習で運行されているはずだったが、この日だけなのか経営が変わったのかわからないが、スタッフは全員大人。乗客はおばあちゃんと孫といった幼い子連ればかりだった。

途中1駅に停車して1周13分。また元の駅に戻って終点となる。
時刻表をあらためて見ると、10:30から17:00まで毎時00、30の発車となっていた。

P9090317.JPG
 海賊船かな。

P9090320.JPG
 のどかな公園内のヴェルフネエ湖。

しばらく公園内を散策していたが、これといって行くところも無くなり、一旦ホテルへ戻る。

DSC04207.JPG
 4泊したユーラシアホテルのシングル部屋。テレビ、冷蔵庫、電気ケトルもそろっている。

ホテルでしばらく休んで、また街をぶらつく。今度は土産物の買い物もした。

P9090334.JPG
 レーニン通りの賑わい。

P9090360.JPG
 どこかの交差点。

P9090345.JPG
 中古の日本車ばかりだが、ロシア車も。ヴォルガ製ГАЗ(GAZ)−3102。

P9090340.JPG
 とにかく車が多い。サハリンスカヤ通り。

P9090336.JPG
 自由市場の近くに新しくできたスーパー。
  
DSC04217.JPG
 ユジノサハリンスクで買った土産物など。

P9090374.JPG
 ホテルの部屋から見た夕方の駅前広場。

サハリンはこれで最後になる。明日は日本へ帰国する。
初日もそうだったが、ここユジノサハリンスクからコルサコフ港までは、また自分で移動しなければならない。

コルサコフ港の出航時刻は10時。2時間前にはフェリー乗り場に着いていなければならない。
コルサコフ行きバスの一番早いのは7:20発となっていて、これでは到底間に合わない。

夕方にホテルのフロントにコルサコフまでのタクシーを頼んだ。同じような客がよくいるのか、すぐに話は通じた。
明日7時に迎えに来るようにお願いした。コルサコフまでは900ルーブルとのこと。

最後の夕食くらいレストランでもいいかなと思ったが、まだ冷蔵庫に残っている昨日までの夕食も始末してしまいたかった。
出かけるのも面倒になり、またいつものように部屋で残り物とビールで夕食。

まあ一人旅のメシなんてこんなもんだ。

ホテルの窓から更けて行く街を眺めながら酒を飲んだ。
ずっと気になっていたが、広場の向こうに怪しげに光を放つ噴水がある。見ていると近くまで行ってみたくなった。

P9080104.JPG
 駅前のレーニン広場は夜9時になっても賑わっている。

きれいに整備されたレーニン広場は公園のようになっている。
もうすっかり暗いが多くの人で賑わっていた。夜はここが憩いの場になっているようだ。

P9080097.JPG
 イルミネーションが輝くレーニン通り。

P9080091.JPG
 レーニン像と花火型のネオン。

P9080112.JPG
 ライトアップされた噴水。

夜のレーニン広場はライトアップされて奇麗になった。中でも噴水のライトアップは幻想的というか妖しげというか、なかなかの作品だ。
暗くなってからひとりでちょっとレーニン広場へ出てみたが、怖い感じはなかった。夜の大通公園あたりの雰囲気とたいして変わらない。
(でも夜の一人歩きはお勧めしません)

2010年サハリン旅行記8

2010年9月9日
■ユジノサハリンスク発 8:20発 ノボジェレーベンスカヤ着 8:53 [6001列車]
ノボジェレーベンスカヤ発 9:10発 ユジノサハリンスク着 [6002列車]

毎朝7:08にノグリキからの夜行急行列車が到着する。
早起きしたので、急行列車の到着を見ようとホームへ行った。

P9090124.JPG
 朝7時を過ぎたあたりから出迎えの人々がホームにやってくる。

P9090126.JPG
 ノグリキからの急行列車が到着。ホームはしばし賑わう。 

サハリン北部からの乗客を乗せて到着した列車を見ていると、ノグリキまで往復してみても良かったかなと思った。
せっかくサハリンへ来たのだし、私も鉄道ファンなので、コルサコフ片道乗車だけでなくもう1回くらいは列車に乗りたかった。

ユジノサハリンスク発着近郊列車はエレクトリーチカと呼ばれる。通勤列車という扱いなのか、乗車にパスポートは不要である。
2010年現在ではブイコフ行(旧内淵):1.5往復、ノボジェレーベンスカヤ行(旧奥鈴谷)2往復のみになった。コルサコフまでの近郊列車もたまに復活したとの情報が入るが、2010年9月現在ではコルサコフ-トマリ間の長距離列車1往復しか無かった。

2本ある近郊列車のうちブイコフ行きは18:25発の1本のみ。往復して戻りは22:00と、もっと日の長い時期ならばともかく1人で乗車はよした方が無難だ。

もう1つのノボジェレーベンスカヤ行は8:20と16:45発の2往復があり、ユジノサハリンスクから約16キロ片道33分なので、1時間20ほどで気軽に列車乗車を楽しむことができる。

P9090129.JPG
 朝食のハンバーグ(?)ライス。

8時前にサッサと朝食を済まして駅の切符売り場へ。窓口で「ノボジェレーベンスカヤ」と言ったが発音が悪いのか通じない。仕方なくメモ帳に駅に掲示の時刻表を見ながらつづりを書いて見せると分かったようだ。

運賃は28.8ルーブル(約110円)。切符はペラペラの小さいレシート。先日のコルサコフ行きの切符と違ってとても記念になるような代物ではないが、そんなことを考えるのは日本人くらいだろう。

P9090128.JPG
 ユジノサハリンスク駅のコンコース。ベンチに横になる人は夜行で着いた人だろう。

コンコースは、さっき夜行で着いたばかりだが、まだ行き場のない人たちが休んでいる。

P9090122.JPG
 ユジノサハリンスク駅のコンコースに掲げられた発車時刻表。

P9090123.JPG
 同じくこちらは到着時刻表。

列車は3番線に停まっている。2番線には貨物列車が停まっているので、地下道を通らなければならない。 
車掌にレシートいや切符を見せて車内へ。意外と乗客があって、客室内の各ボックスは半分くらい埋まっている。

P9090137.JPG
 D2型4両のノボジェレーベンスカヤ行き。

この列車は4両編成、初日にコルサコフまで乗った列車と同じD2型気動車だ。

サハリンの近郊列車と中距離列車の主力はD2型という気動車が活躍している。車体はステンレス製、4両1編成で、冬季対策のため床上にエンジンを置いているので両端運転室側はエンジンルームになっている。また、中間2両は付随車(トレーラー)になっている。
製造は1986〜87年、日本の富士重工製で、車内各所に日本のJR車両と共通の部品が見られる。

1990年代頃は経済状況の混乱からエンジンの部品入手不能などがあって全車両休車に陥り、JR東日本から供与されたキハ58系に置き換えられたこともあったが、2000年代になるとまたD2型が復活した。現在キハ58系は残念ながら廃止されたようだ。
北海道以上の極寒地サハリンで、暖地向けキハ58での冬季運行はどれだけ過酷だったかは想像に難くない。

P9090204.JPG
 レザー張りのボックスシート。また手すりは0系新幹線のもの。

P9090185.JPG
 窓は上段だけ内側に開く。JR北海道にもこれとそっくりな車両が・・・

PB010478.JPG
 これはJR北海道室蘭本線のキハ150の窓回り。D2とそっくりな構造。てゆうか同じユニット窓?

P9090140.JPG
 トイレ部分の客室側は掲示版になっている。

ユジノサハリンスク〜ノボジェレーベンスカヤ間は気動車列車が2往復するだけの盲腸線となっているが、もともとは南部横断線としてユジノサハリンスクとホルムスク(真岡)を結ぶ路線だった。
日本時代の昭和3年に、樺太庁鉄道の豊真線として全通した由緒ある路線でもある。

戦後はソ連時代になり、鉄道連絡船を介して大陸側の大型貨車が運ばれてくると、トンネルの多かった豊真線では貨車が通過できない。そのため、約100km北のアルセンチェフカ(真縫)〜イリインスク(久春内)間に新線を建設して、貨物列車はそちらを迂回することになった。

1990年代にはトンネルの崩壊が起こって不通に、ユジノサハリンスク側とホルムスク側それぞれで区間列車は存続することになったが、中間部分は復旧せず実質廃止となっている。

P9090236.JPG
 側線が分岐する。ダリニー(西久保)付近。

P9090207.JPG
 ススヤ(鈴谷)平野の西端を行く。車窓は単調。

車内は車が普及したせいか平日だからかは分からないが、年配客が多い。

発車して市内を抜け、20分くらいはススヤ(旧鈴谷)平野の西端を走る。人家も無く、雑木林や牧草地が続く単調な風景。
平野が終わり山岳地帯に入って行くと2か所の停留所に停まる。昔の国鉄の仮乗降場みたいなものだろう。そこで2〜3人下車して行く。

P9090198.JPG
 途中2か所ある停留所。低床ながらちゃんとホームもある。

P9090183.JPG
 途中から山の中に分け入って行く。

終点ノボジェレーベンスカヤ駅は無人駅。ここはユジノサハリンスク郊外のダーチャ村で、町からダーチャへ通う人たちのための列車のようだった。

ダーチャとは、日本では『別荘』と訳されるのがほとんどだが、実際は大分違う。
簡単にいえば別荘と家庭菜園を合わせたようなものだが、ロシアのはもっと本格的で、都市部で生活をしながら郊外で農耕生活をするというものだ。週末や夏休みになるとロシア人は家族でダーチャ生活をする。

作物は基本的には自家用だが、余ったものは町の自由市場で販売する。
ソ連崩壊後、経済混乱で賃金の遅配などが相次いだ頃は、本来の仕事よりもダーチャでの農作業に精を出した人も多かったらしい。

P9090157.JPG
 33分で終点に到着。乗客たちは自分のダーチャ(別荘)へと向かって行った。

P9090159.JPG
 コンクリート敷のホームと立派な上屋も設置されている。

P9090172.JPG
 駅の入口には立派な駅名標もある。

P9090165.JPG
 ホーム西側から。

南部横断線(旧豊真線)としてホルムスク(旧真岡)まで通じていた路線だが、駅ホームから100mほど行った所に車止めがあり、その先は草木が生い茂って廃線跡とも分からないような状態になっていた。 

P9090161.JPG
 かつては南部横断線としてホルムスクまで通じていたが、車止めがあってここが終点。

戻りの列車は、空いていて各車両7〜8人程度。2つの停留所を発車後2人1組の車掌が車内を回ってきて切符を売る。すっかり近代的になって、JRの車掌と同じような機械で発券する。ただし、切符は行きと同じレシートだった。

P9090193.JPG
 発車すると車掌が回ってきて切符を買う。

P9090252.JPG
 ユジノサハリンスクに到着。

P9090253.JPG
 2段ステップだが、お年寄りは低床ホームの駅での乗り降りが大変。

P9090272.JPG
 ユジノサハリンスク駅前。

P9090273.JPG
 駅前から延びるコムニスチチェスキー通り。初めて来た10年前と比べるときれいになった。

P9090269.JPG
 駅前を見守るD51。なんか色あせたような。

P9090266.JPG
 駅横の倉庫。日本時代の遺物で、前に見たときは朽ち果てていたがきれいに復元されている。

駅横の貨物積み降ろし施設だった場所は、過去に走っていた鉄道車両が保存・展示されている。
鉄道歴史博物館もオープンしたようだが、場所が分からず行けなかった。残念。

P9090260.JPG
 駅横には過去の車両が展示されている。

P9090265.JPG
 いかにもソ連型ぽい機関車。ゲージはナロー、炭鉱で使われていたものか?

こんどは路線バスに乗ってユジノサハリンスク市内見物をする。

2010年サハリン旅行記7

しばらく町の見物でもしてこようと国道を歩きだす。ネベリスク(本斗)の町は海と山の間に細長く伸びているので道は1本道でわかりやすい。
レーニン広場があって、レーニン像もある。劇場、学校、病院、市役所といった主要施設もすべて国道沿いにある。
歩く人も少なく、静かな漁村といった感じの町だ。

P9080845.JPG
 右手を差し出すネベリスクのレーニン像。

P9080883.JPG
 レーニン広場の装飾電灯。

P9080880.JPG
 ネベリスクの主要な通り、レーニン通り。

P9080874.JPG
 未だにボンネットバスも活躍中。

P9080884.JPG
 観光用で残っているのではなく、路線バスとして現役のようだ。

国道から脇に入って海岸へ下っていったら、昆布とゴミが大量に積み重なってすごく汚かった。大量の昆布はもったいないが、ロシア人は見向きもしない。。

晴れているので景色はよい。ここは稚内から直線距離で北に140km。このあたりの風景は北海道の日本海側と変わらない。

P9080867.JPG
 風景は良いが海岸は昆布とゴミが散乱して汚い。

P9080855.JPG
 廃墟のような岸壁が見える。

P9080887.JPG
 ネベリスク駅南側の踏切は日本のような佇まい。

P9080891.JPG
 線路はネベリスク(本斗)からさらに南のシャフタ(内幌炭山)まで続いている。

P9080901.JPG
 駅構内は貨物列車もほとんど来ないが、なぜか奇麗に整備されている。

来た道を歩いてバスターミナルに戻る。まだ時間があったのでターミナル隣の3階建てデパートに入った。ここも昔ながらの対面販売の店ばかり。あまり時間つぶしにはならなかった。

P9080813.JPG
 ネベリスク唯一のデパート。


●ネベリスク 15:00発ユジノサハリンスク 17:00着(定時) [バスbT18]

またバスターミナルに引き返し、帰りの切符を買うために切符売り場に入ると突然「バタバタバタ!」と凄い音がした。窓口のおばさんもびっくりして出てきた。猫が仕留めた鳩と格闘していた。

帰りのバスは、昨日のコルサコフから乗ったのと同じ小型のバス。サハリンでは標準型なのかこれと同じ型のバスをよく見る。乗客は7人だけなので小型バスで十分。

P9080905.JPG
 ユジノサハリンスク行バス。小型だがロシアでは標準型のようで良く見かける。

発車すると海沿いの国道をしばらく行き、またダートの峠道を通る。よほどエンジンの馬力が無いのか、峠の上り坂になると時速10キロくらいのスピードになる。

この車で峠越えなんかできるのかと思うような走りっぷりだが、そのうちエンジンが停止してしまった。
エンジンをかけ直してもかからない。しばらく停止していたら今度はかかって、しばらく走ると道路脇にまた停まった。

P9080022.JPG
 ダートの峠道を豪快に走るトラック。

運転手が乗客にむかって何やら言った。どうやらエンジン故障でオーバーヒートしたようで、このあたりは携帯電話も圏外で運転手もなす術もなく、エンジンが動くようになるまで待つしかない。

困ったことになったが、他の乗客はみんな大人しく黙っている。騒いだってどうしようもないが。

運転手が通りかかりの車を止めて、交渉していた。ネベリスクに行ったら会社にバスが故障で停まってることを伝えてくれ、というようなことだろう。

P9080025.JPG
 通りかかった車に事情を説明する運転手。

P9080027.JPG
 動かなくなったバスと乗客たち。

たまに轟音と埃をあげてトラックが通り過ぎて行く。それ以外の車内は静寂そのもの。

1時間くらい経ってようやくエンジンがかかった。バスはターンしてネベリスクに引き返しはじめ、町の手前のバスの営業所のようなところに入っていった。
まさかここで運休ということは無いと思うが、エンジンルームを開けて運転手と営業所の人が何やら話している。簡単に直るものではなさそうだ。

そうこうしていると、518番の番号を掲げたバスが出庫してきた。おそらく18:00発最終ユジノ行きのバスとなるのだろう。そのバスからカウボーイのような格好の運転手が降りてきて、「これに乗せてくかい?」 みたいなことを言ってたが、そうはならずまた乗り込んで発車して行った。

まさかここに置いてけぼりということにはならないだろうが、もう腹をくくった。
今日中にユジノサハリンスクに戻れればいい。ホテルは駅前なので暗くなっても大丈夫だ。

30分くらい経って、また1台別のバスが来た。そのバスの運転手がこっちに乗ってきて何か言った。乗客たちが一斉に席を立ったので、一緒について行く。代わりのバスが用意できたようだ。17:20に発車した。

P9080028.JPG
 ようやく出ることになった代わりのバス。

走り出すとバスは遅れを取り戻すためか相当飛ばして運転する。
峠を越えて下り坂になるとバスはますますスピードを上げる。直線区間は100キロ近く出しているだろう、バスの車体が分解しそうなほど恐ろしいほどの音と振動だ。

カーブや対向車だけでなく、あちこちにある路面の穴なんかも避けながらこのスピードである。さすがはダートのネベリスキー峠を毎日攻めているプロの男だ。

P9080052.JPG
 ダートの山道を大爆走。

舗装区間になるとようやく静かになったが、バスはさらに飛ばす。
ユジノサハリンスク市内に入ると2か所の途中停留所で希望者を降ろして、踏切のあたりで少し渋滞に巻き込まれたが、18:40に終点の駅前に到着した。
行きはノンストップできっちり2時間かかったのに対し、このバスは途中何か所か停まったが1時間40分で着いた。まさに大爆走だった。

P9080087.JPG
 ユジノサハリンスク駅前に着いた。

とにかく無事にユジノサハリンスクへ戻ってこられた。

駅近くのスーパーに買い出しに行くと、今朝バスターミナルで会った学生さんと偶然再会する。
彼はポロナイスクへは行かず、ホルムスクまでの切符を買い直して往復してきたそうだ。
あのとき助けていただいてと礼を言われた。

ビールとニシンの燻油漬け、それにチーズなどを買った。
ビールはペットボトル入りの『コルサコフビール』というのを買ってみた。安かったのと、地ビールかもという期待もあった。しかしこれは失敗だった。

また今夜もホテルの部屋で夕食というか晩酌になった。

P9080090.JPG
 ニシンの燻油漬けは妙にハマる味。黒パンと合う。ビールの味はちょっと残念・・・。

P9080117.JPG
 ウオッカも飲み始めた。

明日も特に予定なし。またユジノサハリンスク市内見物でもしていようと思う。