2017年インド旅行記13 デリーとマハラジャマック

◆7日目 5/3
 マハマナ・エクスプレスでニューデリーまで

8:10頃、ガーズィヤーバード駅に停車。定時では7:39発なので、約30分遅れ。
次が終点ニューデリーになる。

この駅から大勢の乗客が乗ってきた。この寝台車にも乗りこんできて、下段の寝台は満席状態に。驚いたことに、上段寝台だろうとスペースがあれば座られてしまう。
私の寝台は足を伸ばしていたので上がられることはなかったが、足元にカバンをドンと置かれた。

どの乗客もいかにもビジネスマンという格好。時間帯からして通勤客だろうか。
それにしても1等の寝台車に乗ってもいいんだろうか。全席指定席のはずなんだけど。

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 上段寝台まで相席になる。

各方面からの列車はだんだん停まったり、ノロノロと動き出したりを繰り返す。
遅れは増すばかりだが、だれも気にする様子もなくのんびりとしたものだ。
私も、ホテルに入るのにあんまり早く着いても困るので、もっと遅れてくれという心境だった。

ニューデリー着8:55、定時は8:25なので、ほぼ30分遅れ。
今回の旅行で一番遅れたのはコルカタ・ラージダーニー急行の1時間20分遅れで、あとの列車は1時間以内の遅れだった。
インドの鉄道は5〜6時間の遅れはざらだと聞いていたが、それからすると概ね正確に動いていたということになる。

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 ニューデリー駅に到着。

ホームから跨線橋へ。
旅行前半で何度も通った場所。ああ、やっとデリーに戻ってきたと思った。
なんだかタイムトンネルを抜けてきたような気分になった。

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 ニューデリー駅の跨線橋。

今日のホテルは、ニューデリー駅前から延びるメインバザール通りを10分程歩いたところにある。
チェックインするには早すぎるが、荷物だけ預けてしまおう。

駅を出ると早速リクシャーの運転手たちが寄ってくる。
客引きのあしらい方だけはバラナシでマスターしたので難なく通り抜ける。

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 ニューデリー駅前の雑踏。

メインバザール通りはニューデリー駅南側から西に向かう通りで、ずっと商店街になっている。道端には屋台もたくさんある。
このあたりはホテルやレストランが多いためか旅行者の姿も多く見かけた。

旅行者が多いということは当然客引きも多いわけで、歩いているとやたらめったらと声がかかる。

「ハロー、ハロー!」
「コンニチワ、ドコニイキマスカ」

もう完璧に慣れた。絶対に客引きにはつかまらない自信がついた。

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 ニューデリー駅から延びるメインバザール通り。

足が痛い。
重たいバックパックを背負ってえっちらおっちらと歩き続けると予約していたホテルが見えてきた。
地球の歩き方にも載っていて、

”屋上にレストランがあり、旅行者に人気”

とある。レストランにはビールもあるようなので、夕方になったら行ってみよう。

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 ニューデリーで1泊するホテルメトロポリス・ツーリストホーム。

ホテルの正面は何だかお化け屋敷のような佇まいで、大丈夫なんか?と言う印象だった。

レセプションで名前を告げバウチャーを渡すと、この時間からチェックインOKのようだった。
またお馴染みの大きくてぶ厚い宿帳にサインする。

レセプションの人は近くにいたスタッフを呼んだ。そのスタッフが部屋まで案内してくれる。
ここだけではなく、今回のインド旅行で泊まったホテルはどこも部屋まで案内してくれた。荷物は持ってくれなかったが。

部屋に入ると建物の見た目とは反対に、すごく豪華な部屋だった。
1泊3,748円(2,057ルピー)。インドでは高級宿の部類になるのかもしれない。

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 ホテルの部屋。ダブルベッド。

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 バスルーム。

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 クローク部屋?冷蔵庫もあった。

まずはシャワーを浴びてさっぱりとする。そして明日着る下着の分だけ洗濯。

足の裏には大きなマメができていた。やたらと足が痛かったのはこいつのせいだ。穴をあけて水を出した。ばい菌が入ると余計に痛くなるが仕方ない。


◆再びデリー

しばらく休んでから、外に出る。

今日の予定は特になかった。
明日は夜発の飛行機で帰国する予定で、今日は予備日みたいなものだ。
ずっとホテルにいてもつまらないし、観光でもしてくるかということで外に出たのである。

とはいっても全く当てが無いわけではなく、インド門と鉄道博物館へ行くつもりで部屋で行き方を調べていた。

ホテルを出てパパールガンジ通りをニューデリー駅と反対方向に歩くと、メトロ(地下鉄)ブルーラインのアシュラムマーグ駅が近い。
そこからメトロに乗って、イエローラインのセントラル・セキュリタリアート駅で降りる。

駅を出て、公園のような所をしばらく歩くと広い場所に出た。
人も車もまばらでひっそりとしている。広場の向こう見える建物は連邦政府庁舎。このあたりは官庁街になっていて、大統領官邸や国会議事堂など政府関係機関が多い。

イギリス領インド帝国時代の1911年に首都がコルカタからデリーに移され、イギリスの設計と建築によって新都市がつくられた。これが今のニューデリーになる。
一方ムガル帝国時代から続く古くからのデリーは今はオールドデリーと称されている。

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 連邦政府庁舎と広場。

ここからインド門までは、ラージパト通りという広い通りが一直線に延びていて、ここからインド門まで歩く。
車道の両側には幅広の芝生があって、水路が並行している。
どこでもかしこも見かける屋台もここには無い。まるでインドらしくない。

まるでどこかヨーロッパの町を歩いている気分だ。
しかしここはインド。水路の水は淀んで藻が浮いている。そんな中を子供たちが素っ裸で水遊びをしていた。
またひどいスモッグで、2キロほど先にあるはずのインド門は霞んで全く見えない。歩いているとノドがいがらっぽくなってきた。

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 ひっそりとしたラージパト通り。インド門が霞んで見える。

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 ラージパト通りに並行する水路。

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 わんこ。暑いからか昼間は大人しい。

インド門は第1次世界大戦で戦死したインド兵士を弔うために1929年に建立された。
この辺りはさすがに観光客が多い。

30分ほど歩いてきただけだが暑い、ノドが渇く。
屋台でマウンテンデューを買った。毒々しいまでに蛍光色のペットボトルである。
一気飲み、また腹壊すぞー。

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 インド門は観光客が多かった。

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 高さ42mのインド門を下から。

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 懐かしのマウンテンデュー。

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 ライフルを持った兵士。

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 壁面のレンガには戦死者1万3500人の名前が刻まれている。

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 キャノピーと記念撮影する人々。

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 インド門と屋台。

インド門からは北に向かってメトロブルーラインのマンディハウス駅まで歩く。インド門からの距離は、来たときのセントラル・セキュリタリアート駅ともどちらも同じくらい。

ニューデリーのこの辺りはオフィス街なのだろうか。緑が多くハイソな感じ。インドらしくない。

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 ハイソなココパーニカス通り。

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 道路を渡るのは一苦労。一応横断歩道はあるのだが・・・

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 メトロブルーラインのマンディハウス駅。

こんどは鉄道博物館へ行くことにする。最寄駅はエアポートメトロのダウラ・クアン駅だが、駅からは3km以上もある。駅からオートリクシャで行こうか。

駅の窓口でラジブチョーックまでの切符を買う。切符と言っても丸いコイン状のトークンだが。
料金は10ルピー、日本円にしてわずか18円。

旅行者が一番安心して利用できる乗り物がこのメトロだろう。ぼられることもないし、本数も多くて確実だ。
しかし、どこの観光地もメトロの駅からは離れているので、あまり観光には利用できないのが残念。

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 マンディハウス駅のホーム。

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 コンノートプレイスの中心にあるラジブチョーック駅。

ラジブチョーック駅で降りる。この駅はコンノートプレイスのちょうど中心にある。メトロのブルーラインとイエローラインが交差する駅で、大勢の人が乗り降りする。

地図上ではエアポートメトロも交わっているが、ここには駅が無く、800m離れたシヴァジ・スタジアム駅がコンノートプレイス最寄りとなる。1回地上に出て歩かなければならない。

コンノートプレイスに来たので、初日に見かけたマクドナルドに行ってみることにした。
円形の道路が何重にも並行するし、同じような建物ばかりなので歩いていると混乱しそうになるが、何とか見つけた。

店に入るとエアコンが効いて涼しい。は〜天国だ。

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 コンノートプレイスにあったマクドナルド。

カウンターでメニューを見ると、おお、噂の『マハラジャマック』が。
注文すると店員が「ミート?」と聞くので「イエス」と答える。あとでメニューをよく見るとチキンマハラジャとベジマハラジャがあった。ベジにすればよかったかな。一度ベジを食べてみたかったが、聞かれるとついノンベジとか答えてしまうので未だにその機会が無い。

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 マハラジャマックのセット。コーラとポテト付きで282ルピー。

ハンバーガーの箱を開けると、まあデカい。
高さはビッグマックの倍くらいありそう。

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 これがインドのチキンマハラジャマック。

意外なのは、野菜がたっぷり挟まっている。レタス、タマネギ、トマト、ピクルスそれにパティ、目玉焼き。
持ち上げると野菜がポロポロとこぼれ落ちる。チキンのパティはビーフのより厚い。食べずらいな、これは。

ソースの味はインドらしくスパイシー。暑い中食欲をそそる。辛いのが苦手な人はだめかも。

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 マックのカウンター。

涼しいしトイレもある。デリー街歩きのオアシスだねここは。
しばらく涼んでから、次は鉄道博物館へ行く。

→13へつづく

posted by pupupukaya at 17/07/29 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記12 マハマナ・エクスプレス

◆バラナシ・ジャンクション駅へ

もう腹具合も大丈夫そうで、昨日レセプションに伝えていた通り16時に出ることにする。
さんざん窓から眺めてすっかり見飽きた聖なるガンガーもこれで見納めになる。

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 1カ月も暮らしていたら悟りでも得られそうな窓。

スマホで今日乗る列車の席番を確認する。こちらもしっかりとアップされていた。

16時少し前チェックアウトのためにレセプションに行く。
宿代の請求は1900ルピーで2泊分となっていた。
昨日は4時までいて600ルピーと聞いていたのだが、まあいい。素直に2泊分払うことにする。
この点は安宿でよかった。これならもう少しゆっくりしていても良かったかも。 

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 さらば聖なるガンガー。

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 また入り組んだ小路を歩く。

ホテルを出て、まずはゴーダウリヤー交差点を目指して歩く。昨日サイクルリクシャーを降ろされた場所だ。
そこからオートリクシャ―を拾って駅に行く。

サイクルリクシャーはさすがに腹具合を考えるとちょっと・・・。

相変わらずカオス状態の交差点では、リクシャーが何台も客待ちしていた。さっそく呼び込み合戦。
駅まで行くだけだからどれでも良かった。

「レールウェイステーション、ワンハンドレット」と言って運転手を当たる。
「ワンハンドレットOK」と言った運転手の車に乗った。

オートリクシャーかと思ったら、荷台に椅子を付けたような車だった。まあ何でも駅に着きさえすれば良い。

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 乗り合いリクシャーだった。

走り出したかと思うと運ちゃんは歩いている人にやたらと声をかける。オイオイ真っ直ぐ行けよ。
何人かに声をかけているうちに1人乗り込んできた。
また声をかけながら走りだし、2人3人と同乗者が増えてくる。

結局乗客は私を入れて5人に。
どうやら拾った車は乗り合いリクシャーと呼ばれるもので、運ちゃんは駅まで行くから乗ってきなよみたいな感じで人を乗せたようだ。

まあ、急いでるわけじゃないし、駅に着きさえすれば文句はないが。

途中で降りて行く人もいる。
昨日のサイクルリクシャーとは通る道が違うような気がしたが、20分くらいで駅に着いた。

運ちゃんに100ルピー渡して降りる。ほかの客も全員降りた。誰もお金を払わないで行ってしまった。全員分の料金を私1人が払ったようなものだ。
まあこれも最初に100ルピーと言う話だったから別にいいけど。

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 バラナシ・ジャンクション駅はバラナシの玄関口。

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 座り込んで列車を待つ人。

まだ16時半。列車の発車時刻は18:55なのでまだ2時間は待たなければならない。
コンコースもウェイティングルームも人でいっぱい。重たいバックパックを背負ってウロウロするのもいやだし、ホームにいることにした。

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 コンコースの雑踏。

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 2階から見たコンコース。

ホームへ行ける跨線橋へは、コンコース横のエスカレーターから行くことができる。意外と都会的な構造だ。

ホームも人がいっぱいだった。居場所がない。
インド人に混じって、床に座り込んでしまおうかとも思ったが、ホームを牛が歩き回っているのでやめた。

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 ホームにもいる牛。

跨線橋の階段に座って過ごすことにした。ここは風が通り抜けて涼しい。

喉が渇くが、またコーラとかがぶ飲みして下したら大変なので、すっかり温まった水をちびちびと飲む。
お腹の方はもう大丈夫そうだった。

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 涼しい跨線橋で過ごす。

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 跨線橋から見たホーム。

牛は線路でもウロウロして、人間様が捨てた果物の皮なんかを食べている。列車が入ってきたらどうするんだろ。

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 ドリンキング・ウォーターに並ぶ人たち。

18時頃、4番ホームへ行くと列車が入っている。もう入線してたのかと思ったら反対側の5番ホームだった。
行き先を見ると『Surat』とあった。ローカル列車かと思っていたが、後で調べたら西インドのスラトまで行く長距離列車だった。

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 5番ホームはスラト行エクスプレス。 
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 発車を待つスリーパーの客車。


 ◆バラナシ・ジャンクション 18:55 → ニューデリー 8:25(翌)
   【22417】Mahamana Exp(マハマナ・エクスプレス)

 【22417列車】バラナシ〜ニューデリー 774kmのルート

18:28にディーゼル機関車に牽かれてマハマナ・エクスプレスが入線する。紫色のずいぶんおしゃれなデザインの客車だ。
私が乗るA1と書かれた客車は通り過ぎてずっと先の方まで行ってしまった。

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 入線するマハマナ・エクスプレス。Mahamana Exp (22417)

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 ホームの端に駅名標があった。

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 客車の列車名と行先表示。

客車のドアの横には係員が乗客名簿を張り出している。
自分の席番が分かっていれば見る必要はないが、チケットに席番が書かれていない場合はこの表で自分の席を確認してから乗る。
RACの人はCNFに繰り上がっていれば、この表に席番が載っている。

表を見たら自分の名前も表示されていた。

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 客車の入口に乗客名簿を張り出す。

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 座席番号が1番から順に表示されている乗客名簿。

寝台車のタイプは4日前にニューデリーからコルカタまで乗ったラージダーニ・エクスプレスと同じエアコン付2段寝台。
だが、この車両はずいぶん新しくて、ラージダーニよりも立派だし、清潔感もある。
全席コンセント付きなのはありがたい。

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 新しめの寝台車。定員4人のボックス席。

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 個別にカーテンが付くサイド席。

車内はまだ空席だらけだった。バックパックは下段寝台の下に押し込んだ。
やれやれこれで一安心。指定された席はボックス席の上段。

上段寝台にアグラをかいて発車を待つ。もう暗くて外も見えないだろうし、ここを一夜の城にする。
下段に座ったのはインド人夫婦だった。

エアコン2段寝台は上等クラスなんだろうな。乗客たちの身なりもいいし、3段寝台のような雑踏もない。
整いすぎて、インドらしくない。楽といえば楽だが、つまらない気もする。

インドらしさを体験したかったらエアコン3段寝台、何より安心感というならばエアコン2段寝台がおすすめ。
エアコン無し3段寝台のスリーパーはインド旅行上級者向けだろう。昼間だけの乗車ならばアリだが。

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 インドらしからぬ新しい客車。

18:55に発車したようだ。車内はまだ空席が目立つ。途中からのってくるのだろう。入線から発車まで落ちついたものだった。

一昨日乗った3段寝台のような慌ただしさは無い。
この列車は明日の朝デリーに着く。もう心配事はほとんど無い。あと少しでインドから解放されると思うと、すっかり安心だった。
お祝いに一杯やりたいところだが、別に酒を飲みたいとは思わない。
ホームの売店で買ったスプライトで祝杯とする。

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 ホームの売店で買ったスプライト。

日本では滅多に飲まない炭酸飲料。これが妙にうまく感じる。考えたら朝からほとんど水分しか取っていなかった。

この列車は食事つきではないので通路を頻繁に車内販売が通る。
下段の人が呼び止めて揚げパンのような物を買っていた。私もつられて1皿買った。40ルピー。

パントリーカーで揚げたらしく温かい。中身はジャガイモと野菜のようだ。ケチャップの小袋が付く。かなりスパイシーな味付け。また下さなきゃいいけど。

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 名前は忘れたが車内販売で買った揚げパン。(40ルピー)

コンセントがあるので、心置きなくスマホが使える。動画を見たりして過ごす。
夕食の事などすっかり忘れていた20:20頃、パントリーカーのクルーがディナーの注文を取りに回ってきた。
せっかくだからお願いした。ベジとノンベジと聞かれ、ノンベジと答える。後で思うと、1食くらい『ベジ』を食べてみたかった。

このボックスでディナーを注文したのは私だけ。夕食を済ませてから乗ってくる人が多いようだ。

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 パントリーカーから運ばれてきたディナー。(150ルピー)

ディナーがやって来たのはそれから1時間後。これも忘れていた頃だった。もう寝てる人も多い。

トレーに載っているのは骨付きのチキンカレー、野菜のカレー、ナン、ライス。それに紙コップには揚げパンのシロップ漬けが入っている。これはすごく甘かった。

おいしくて全部平らげる。もう腹具合も元に戻ったようだ。

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 カーテンを閉めた状態。

食べ終わって、通路の床にトレーを置いてトイレに行く。
戻ってくると下の人が「オフライト?」と聞くので「イエス」と答える。
明かりが消されて暗くなる。もう横になった。

列車の走行する振動も心地よく、すぐに眠りに落ちた。




posted by pupupukaya at 17/07/22 | Comment(0) | 2017年インド旅行記

2017年インド旅行記11 ガンガーで過ごす

◆6日目 5/2 バラナシにて

”ガートへ行く朝は、思いきり早起きして日の出前に着くようにしたい”

とは地球の歩き方に書いてある文言。

朝5時、目覚ましで起きる。
バラナシまで来たからには、ガンガーの日の出は何としても見たかった。
何としても見逃すまいと前の晩から気合を入れていた。

ホテルの場所はガンガーのほとりにある。
さっそく外に出ようとすると、エントランスにはがっちりと門扉が閉まっていて南京錠がかけられている。
セキュリティーは万全だが、外に出られない。レセプションにでも頼めば開けてくれるのだろうが、そこまでするのも面倒だ。
仕方がないので、ホテルのテラスからガンガーを眺める。

今日のバラナシの日の出は5時21分。ところが、その時刻を過ぎても一向に太陽が昇ってこない。

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 日の出のガンガー。

5時半くらいになってようやく弱々しい朝日がスモッグの向こうに姿を現した。暑いスモッグが地平近くを覆っているので、地平線から姿を現したばかりの弱い光はさえぎられてしまっていたようだ。

次第に日の光は強くなって、空もガンガーも赤く染まる。
これもスモッグのせいだろうが、環境には悪いスモッグも、夜明けには粋なことをする。

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 スモッグ越しの弱々しい朝日が姿を現した。

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 空もガンガーも赤く染まる。

聖なるガンガーの向こうから昇る朝日に照らされて川風に当たっていると、悩みも罪もすべて流されて行くような気がした。

沈んだ太陽もまた朝には昇ってくる。肉体は無くなっても意識は永遠に無くならない。また別の宿主に入り込んで活動するのである。これが輪廻転生(りんねてんしょう)の考えである。

意識とは何か。

人工知能がいくら進化しても意識を持つまでには至らない。
なぜなら、それは人間が作為的に作った物に過ぎないからだ。
意識はどこから来るのか、人はどこからきてどこへ行くのか。この朝焼けのガンガーに答えがあるような気がした。

バラナシで1泊して良かったと思った。

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 ガンガーを照らし、街を照らし、人々を照らし始めた太陽。永遠に続く光景。

下では沐浴をする人たちの姿が見える。
男性はパンツ一丁になって川に入るが、女性はサリーを着たまま入る。子供は泳いでいる。

そんなのを見ているととても気持ちよさそう。自分もやってみたくなる。

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 夜明けとともに沐浴する人々。

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 昨夜プージャ―が行われていたダシャーシュワメード・ガート。

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 沐浴する人びと。

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 聖なるガンガーで洗濯する女性たちと、ゴミをあさる牛。

ガンガーや沐浴風景を眺めていたら、下を歩いていたおっちゃんがテラスにいた私を見つけて「スミマセン!スミマセン!」と叫ぶ。ボート漕ぎの客引きらしい。

せっかくガンガーの夜明けを見て清らかな気分に浸っていたのに台無しだ。

たまに観光客が通るとそっちに客引きを始めるが、また戻ってきてこっちを見て「スミマセン!」と始まる。
つーか、ボートに乗りたくても門扉が閉まっていて下りられないし。

中国人(多分)の兄さんが通りかかったとき、おっちゃんはまたその人に客引きをするのだが、その兄さんの断り方が良かった。
足も止めず顔も動かさず、手をサッと挙げて通り過ぎる。
「わかってるよー、だけどいらないよー」みたいな感じがこもっている。
おっちゃんも、そう来られたら相手にならないという感じだった。

すっかり感心して、今度からはあの手で行こうと思った。
相手が誰だろうと良いものは学ばせてもらいますよ。

おっちゃんはまたこっちを見てまた「スミマセン!」と連呼。
「一生やっとれ!」と叫び返して部屋に戻る。

ずっと川風に当たっていたら冷えてきた。またトイレへ行く。
昨夜から腹具合が悪いが、一晩経っても下痢は止まらなかった。

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 下りて来いとしつこかったボート漕ぎのおっちゃん。

部屋でもうひと眠り。
腹具合は良くなったのかどうなのか。差し込みが来てから下痢が止まっていないことがわかるくらいなので。
熱も吐き気も無いので大事ではないようだが。

8時ごろ水と食料を買いに外に出る。

ガンガーのガートに下りると、結構な人出になっていた。
さっきのおっちゃんはいなくなっていた。
川に入り沐浴する人も多い。インド人以外の観光客も入っている人も見かける。

歩いているとインド人の声掛けは相変わらず。

今朝見かけた兄さんの通り、顔を動かさずに手だけ軽く上げる動作をすると、これが効果抜群だった。
どの声掛けも諦めてそれ以上声を掛けてこない。

ヘタに問答をしたり無視したりすると、もしかしてこいつは脈ありかもと思われるんだろう。
「ハイハイ、アンタに用はないよー」感を右手に込めて、一瞬でさりげなくやるのがコツかな。

そんなわけで今度はガンガー沿いのガートを落ち着いて見ることができた。

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 ガンガーの中心に位置するダシャーシュワメード・ガート。

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 夜にプージャ―が行われていた場所。

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 ガンガーに向かってお祈りをする人々。

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 沐浴の風景。

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 段々になっているガート。

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 水面が下がって川底が姿を現したガート。

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 塔があるラリタ・ガート。

ガートの段に腰かけてガンガーを眺める。もちろんスマホ片手に(w

川面は穏やかで、流れているようには見えない。
ゴミは浮かんでいなく、意外ときれいに見える。しかし水は緑色をしている。
川岸には水葬の死体が流れ着くこともあるようだが、幸いなことに見なかった。

下水や工場排水が流れ込んでいるので、大腸菌は基準の100倍ものレベルなのだとか。
川に浸かったり泳いだりする人を見ていると気持ちよさそうだが、やっぱり自分は入る気はしない。
腹も壊している最中だし。

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 ガンガーの水は緑色だった。

手漕ぎのボートがゆらゆらと通り過ぎる。
のんびりとしたものだ。
海外旅行はとにかくあれも見てこれも見てと忙しくなりがちだけど、今日は夕方まで何も予定は無い。

予定も何も、今日の場合は腹具合次第だが。

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 1887年に架けられたマルヴィーヤ橋とガンガーに浮かぶボート。

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 路上の野菜市場。

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 色とりどりのフルーツ。(ブレてしまった)

1時間ほど歩いてきて汗をかいたら喉が渇く。ホテル近くの商店でまたリムカを買ってきた。
部屋に戻って飲むと、甘酸っぱくて冷たくておいしいー。
あまりがぶがぶ飲むと腹によろしくないから気を付けながら。

そういえば、日本から乾燥納豆を持ってきていたな。納豆の整腸作用を期待して一袋食べる。

インドの下痢 VS ジャパニーズ納豆、勝負はいかに。

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 日本から持ってきた乾燥納豆。

また差し込みが来た。
今日はずっと部屋で横になって、胃腸と体力の回復に努めることにする。

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 濡れティッシュでリムカを包む。

リムカはぬるくなっちゃうな。冷蔵庫などあるわけもなし。

思いついた。ティッシュを濡らしてペットボトルを包んで風が当たる窓際に置く。気化熱で冷やすというわけだ。
これが意外と冷えるので、冷蔵庫の無い部屋に泊まったときは試してみるといいですよ。

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 部屋の窓から見るガンガー。

 ガンジス河とヒンドゥー教のお経(0:02:45)

レセプションには昨日レイトチェックアウトすると伝えてある。
今日は休息日と思うことにした。

ベッドに横になり、たまに起きあがって窓からガンガーを眺める。
後になって、とても贅沢な時間を過ごしていたとも思えてきた。

ずっと安静にしていたら、2時頃を最後に下痢は治まった。
納豆の勝利なのか、元から大したことなかったのかは分からないが、ひとまずは何とかなりそう。


posted by pupupukaya at 17/07/17 | Comment(0) | 2017年インド旅行記
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