2005年 特急利尻で稚内へ 1

2005年7月1〜2日。当時まだ定期列車だった夜行の特急利尻で稚内まで行った記録です。

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 稚内までの指定席往復割引きっぷと、特急利尻の指定券。


 ◆ 札幌 23:02 【利尻】 翌 6:00 稚内

2005年7月1日金曜日。夜行の特急利尻で稚内まで行った。べつに稚内に用事は無いのだが、どこかに行きたくなったので仕事の後に夜行列車に乗って行ける所ということで今回は稚内とした。

初夏の道北はようやく暖かくなりはじめた頃で、花がいっぱい咲いて一番気持ちよい季節だ。観光シーズンにもまだ早いので人が少ないのも良い。

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 夜の札幌駅南口広場。

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 駅前の角にはラーメンの屋台が出現していた。

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 22時から23時までは夜行列車が青森、網走、釧路、稚内へと向けて発車する。

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 改札口上にある発車案内表示器に特急利尻の表示が出た。

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 金曜の夜とあって、先発の滝川行普通は大混雑。

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 利尻のトレインマーク。

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 夜行列車なのでB寝台車も連結している。

金曜の夜ということもあって、自由席の乗車口は長蛇の列ができあがっている。利尻は旭川方面の最終列車の役割も持っているのだ。

自分の乗る指定席も相席にはならなかったが、そこそこ乗っている。しかし、指定席の客も旭川までにほとんど下車してしまうのだった。

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 朝4時、既に明るくなり、車窓は天塩川が続く。

朝目覚めるとすでに明るくなっていが、まだ3時半。列車は天塩川沿いを延々と走っている。
車内はすっかり冷え切っていて、寒い。もう眠れなくなってしまった。

最初の停車駅は幌延。もう完全に明るくなっている。幌延を発車してしばらく行くと、地平線の向こうに利尻山がはっきりと見えた。

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 4:54幌延着。もうすっかり明るくなった。

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 幌延を過ぎるとしばらく利尻山が追いかけてくる。

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 兜沼。向こうのサロベツ原野は低い霧がたちこめている。

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 宗谷本線で唯一日本海が見える場所。一番の見どころ。

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 独特な形の海岸沿いの砂丘。

6:00終点稚内に到着。
ホームや改札口は利尻・礼文観光らしい大勢の人で大盛況。わりかし年配の人が多いようだ。

ホーム端には「日本最北端」の看板があって記念写真を撮っている人もいてにぎやかである。

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 終点稚内に到着。

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 この日は利尻礼文への観光客で大盛況だった。

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 この日の利尻は寝台車2両、お座敷車1両を含めた7両編成。

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 早朝から営業している稚内駅改札口。

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 特急利尻に接続する1日1本のフェリーターミナル行バス。

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 稚内の朝は早い。特急利尻到着時には店を開けている食堂とお土産屋。

2へつづく

【2005年の旅行記(リメイク版)の記事一覧】
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2007年 はなたび利尻で稚内へ3

自転車があるので行動範囲がぐんと広がった。

これで宗谷岬まで行こうと思えば行けるが、稚内駅から30kmも離れてる。片道2時間はかかる。
市内を通り抜けて、富岡の先にある市内東側の丘までいくことにした。

稚内の町は南北に細長い、いわゆるフンドシ町というやつ。
町中を通ると、人口の割に妙に広い町に感じるのはこのせいだ。

住宅地は南に広がる一方で、従来からの中心部だった稚内駅前はすっかり寂れてしまった。

市内南側郊外のかつては原野だったところに大型店舗が次々と出店し、商業の中心はそっちに移ってしまった。
町はずれだと思っていたところがすっかり様変わりしていた。

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 南稚内駅手前の踏切り。道路標識ではSLが走っている。

街中は看板や標識などあちこちにロシア語が併記してある。「Магазин」ならば「マガジーン」と読み、店のこと。
自分はロシア語を勉強しているので、ついつい読んでしまう。

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 市内いろいろなところで見かけるロシア語の表記。

そんな市内を通り抜けて市内東側にある丘に登る。

丘には風力発電の風車が何台も立っている。ゆっくりと回っているように見えるプロペラは、近くに行くとブンブンと力強く回っている。
稚内は西に日本海、東にオホーツク海をあわせ持って、風の吹き抜ける町でもある。

冬など泣きたくなるような強風が吹き荒れる稚内だが、この風も今では立派な資源になっているようだ。。

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 丘の上から一望する景色。観光スポットではない穴場。

東側の丘からは、幕別平野と大沼が俯瞰でき、宗谷海峡の向こうにはサハリンの島影が見えた。
観光名所ではないが、なかなか穴場的な名所である。

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 宗谷海峡の水平線には、うっすらとサハリンの島影が見えた。

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 富岡の住宅地と利尻富士。

富岡にあるスーパーで最近売り始めたというロシア産ビールを買って、再び稚内駅前まで戻る。

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 稚内で買ったロシアビール。

稚内の隠れた名物(?)に激辛カレーというのがあって、日本一辛いと宣伝している。
自分は実は激辛マニアで、どんなものか一度挑戦してみたかった。
それが今回の旅行目的のひとつでもあった。

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 ヴァンのとなり。文字通りヴァンというレストランの隣にある。

駅近くの「ヴァンのとなり」という食堂でその激辛カレーを食べる。別に激辛の店ではないラーメンや定食もある普通の食堂である。普通のカレーライスのほかに1つだけ激辛カレーがある。そのカレーの辛さたるや、恐るべし・・・

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 日本一辛いという激辛カレー。

激辛マニアも納得させる看板に偽りなしの激辛カレーは辛い中にも深い味わいがあって、札幌あたりであのカレーをだせばきっと激辛マニアで大繁盛するのではないかというほどのものだった。

また何回でも食べたい。

でも、一般人や真性激辛マニアでない人はやめておいたほうが無難である。

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 見た目は普通のカレーだが、その辛さたるや・・・

稚内副港市場というのがこれも新しくできていた。地元のお客でにぎわっている。
中に入ると、昔の町を再現したコーナーや、昔の稚内の写真や地図を展示したコーナーがあって面白い。

すっかりさびれてしまったイメージだった稚内旧中心部も最近は再開発されて以前とは変わってきているようだった。

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 新しくできた稚内副港市場。

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 開業時の稚内港駅(現在の稚内駅)を模した一角。

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 昔の懐かしい町並みを再現したみなとギャラリー。

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 昭和45年の稚内駅周辺の住宅地図。(副港市場の展示物)

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 昭和42年の稚内駅前通り。奥はまだ木造駅舎の稚内駅。副港市場の展示物)

海産物がメインの市場や食堂もたくさんあって、なかなか面白い所ができたものだ。
30分くらい居て、そろそろ13時になるので稚内駅へ戻る。

レンタサイクルは返却して駅へ。

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 建て替えが予定されている稚内駅。

まだ少し時間があるので、駅前の食品館相沢を覗いてみる。
今の建物は昔の高林デパートだったところ。稚内の老舗百貨店だったが1992年に倒産。
その後空き家状態だったが、隣にあった相沢市場がこちらに移って来た。


 ◆ 稚内 13:45 【サロベツ】 19:08 札幌

稚内から帰りの列車は、特急サロベツ。
はなたび利尻と同じ車両である。

所要時間は5時間23分でスーパー宗谷より20〜30分余計にかかるし、車内販売も無い。
スーパー宗谷と比べるとかなり遜色特急だが、座席だけはリニューアルされたサロベツのほうが良くなっている。

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 稚内駅ホームの特急サロベツ。この日は1両増結の4両編成。

キヨスクに駅弁が置いてあるのを発見。稚内駅から無くなった駅弁がまた復活したらしい。 

以前は、白い帽子に白衣のおじさんが駅弁の販売をしていた。1日3回、札幌行急行列車の改札が始まると、籠を持ってホームに現れていた。

消費税ぶん値段をまけてくれたり、お茶をサービスで付けてくれたり、買いに行くと空の籠を前に「すいません売り切れました」と謝って、でも発車までホームに立っていたりしたのを思い出す。
人情味の人だったが、残念なことに数年前に亡くなったそうだ。

前の業者『サンエイ商事』から受け継いだようで、駅弁のデザインは変わらない。 

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 右側はサロベツ、左側は札幌から着いたスーパー宗谷。稚内駅ホーム。

車内は数えるほどしか乗客はいないまま13:45、稚内を発車する。次の南稚内でこの車両にも10人ほど乗ってきたがまだ空いている。

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 復活した稚内の駅弁『さいほくかにめし』。 

キヨスクで買った『さいほくかにめし』を開ける。

箱のデザインやカニをかたどった容器は以前のものと変わらない。白いご飯の上に味付けのカニが載っているのも変わらない。でも味は以前の駅弁屋のおじさんが作っていた酒の風味が漂う素朴なかにめしとは別のものだった。

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 ホロッピーが出迎える幌延駅。

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 名寄で距離も時間もほぼ半分。

名寄、士別と過ぎても車内は空いたまま。車内販売も無いので車内は静か。

乗り物は空いていたほうが居住性は良い。しかし、あまり空いていると、この列車の行く末が気にかかる。 

17:33に旭川に到着。ホームの前2両の自由席部分は長蛇の列。こちら指定席車にもずいぶん乗ってきて、車内は満席近くなった。

30分おきに出るスーパーホワイトアローとライラックだが、なぜか17時台だけは30分発のライラックが無く、17:34発のサロベツが代わりにその役割を担っている。

旭川からすっかり車内は賑やかになって19:08、終点札幌についた。

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 終点札幌に到着。
〜おわり


 ◆ リメイク版あとがき

2006年3月から季節列車に格下げされた特急利尻は、夏季の週末に限って『はなたび利尻』と名前を変えて運転されていました。
2007年は『はなたび利尻』としては2シーズン目ということになります。

その翌年、夏にはまた走りだすと思った矢先の2008年4月、道内夜行特急の全廃が発表されることになります。
これにより、はなたび利尻は2007年9月の運転が事実上の最後ということになりました。

当時は夜行の座席車など退屈だし、貧乏旅行だと思っていましたが、実に貴重な時間だったような気がします。
頬杖をつきながら、夜汽車に身をゆだねて、流れる夜景をぼんやりと眺めるなんて、当時は普通だと思っていましたが、今はもう過去のことです。

夜行バスじゃ、こうはいかないでしょうしね。

あれから10年半が経って、このリメイク版を作成していると、無くなってしまったものが随分あることに気づきました。
夜行列車もそうですが、稚内旧駅舎、待合室の立ち食いそば、キヨスク、ヴァンのとなり、レンタサイクルなど。

サロベツも特急宗谷と同じ261系に統一され、運転区間も旭川〜稚内に短縮されました。
名寄駅2・3番線ホームの上屋も撤去されて今はありません。

あと、幌延のホロッピー。
あれを今ググっても過去の画像しか出てこないんですけど。
一体どうしちゃったんだろう (^^;

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

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2007年 はなたび利尻で稚内へ2


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 朝日に照らされる稚内駅前の町。

稚内駅の待合室には立ち食いそば屋があって、利尻到着前からすでにお客が何人か居た。列車が着いてからしばらく繁盛している。

『スープカレーそば始めました』という張り紙があったので、スープカレーそばを食べてみる。
とろみがあってカレー南蛮に近い。でもおいしい。

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 そば処宗谷。利尻到着時から開いている。

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 そば処宗谷の品書き。

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 なるととゆで卵がのるスープカレーそば。

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 札幌行スーパー宗谷2号の改札が始まる。

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 スーパー宗谷2号の客は団体さんが目立った。

駅にいてもしょうがないので、駅近くの北門神社や北防波堤ドームを散策するしたあと、ず〜っと海沿いに北へ向かってノシャップ岬まで歩いてみる。

途中で海藻拾いをしている人たちを多く見かけた。

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 稚内駅南側の踏切から。

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 稚内駅北側から。利尻が客車列車だった頃はここまで線路があった。

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 北門鎮護の守護神、北門神社の境内。鳥居は南向きに建つ。

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 神社境内から宗谷海峡を隔ててサハリンの島影がうっすらと見える。

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 去年(2006年)廃止された稚内公園ロープウェイ。復活することは無いのだろう。

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 北防波堤ドーム。樺太と結んでいた稚泊連絡船時代の遺物。


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 遠くにノシャップ岬の灯台が見える。

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 海藻拾いの人々。

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 稚内駅の北側からノシャップ岬まで海沿いの道が続いている。

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 利尻岳とノシャップ岬。

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 ノシャップ岬にある稚内灯台は日本で2番目に高い(約43m)。

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 ノシャップ岬は市内バスの終点。

ノシャップ岬からは市内バスで稚内駅まで戻る。

駅前にある寿商店は酒屋兼土産物屋であるが、ここでレンタサイクルを借りられる。
9時から18時までで、1日500円。

9時になったので早速借りる。
稚内TMOという所でやっている事業で、市内いくつかの店に委託されている。

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 駅前にある寿商店。

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 レンタサイクル。

13時頃までこの自転車で稚内市内見物をしてくる。


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2007年 はなたび利尻で稚内へ1

2007年9月22日

まだ暑い日もあったりするが、札幌あたりはすっかり秋の気配で、夜行特急『はなたび利尻』も9月いっぱいで今年(2007年)の運転は終了する。

稚内行の夜行特急は2006年の3月までは定期列車だったが、今は夏場の金・土・日のみの運転となって、名前も『はなたび利尻』と変わった。
いかにも観光客を意識したネーミングである。

また旅の虫が出てきたのは2007年9月22日土曜日の夜であった。

早速簡単な旅支度をして自転車で桑園駅に向かう。
稚内までならRきっぷを買えば1万2000円で往復できるのはありがたい。

桑園駅からは普通列車をひと駅乗って札幌駅へ。

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 稚内までのRきっぷ。


 ◆ 札幌 23:05 【はなたび利尻】 5:46 稚内 

改札内コンコースで唯一開いているキヨスクでビールとおつまみを買いこんでホームに上がる。
さすがに観光シーズンも終わった土曜はホームの人影もまばら。

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 『臨時特急はなたび利尻』のホーム表示。

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 『はなたび利尻』となったがヘッドマークは『利尻』のもの。

22:55に5番線に『利尻』のヘッドマークをつけた列車が入ってくる。

発車間際になっても車内はがら空きである。

この列車は23:05発だが、旭川行き最終スーパーホワイトアロー33号が2分前の23:03に発車するので、当然ながら旭川までの人はこちらには乗ってこない。

向かいの6番線ホームは釧路行き特急『まりも』だが、あちらもがら空き。

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 利尻の指定席はリニューアルされて足元もひろびろ。しかもコンセント付き。

はなたび利尻の車両は昼間の特急サロベツと同じ車両で、指定席車両の車内はリニューアルされて座席の間隔も広げられたので居心地は大変良い。
窓側の足元にコンセントが設けられたのは大変ありがたい。

この車両は稚内まで行き、寝台車を外して特急サロベツとなって札幌に戻ってくるのである。

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 観光シーズンはとうに過ぎた車内はすいている。

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 ビールとおつまみをテーブルに並べてみる。

キヨスクで買ってきたビールとおつまみをテーブルに並べてまずは乾杯。
普段缶ビールなどあまり飲まないし、おつまみ系も食べることはないのだが夜行列車に乗るとこういうものが欲しくなる。

ビールを飲みながら、流れる夜景と窓ガラスに映し出される車内などを眺めて考え事をしたり、読書をしたりするのが夜行列車の醍醐味だと思っている。

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 岩見沢到着。下車客はいないようだった。

定期列車だったころは、旭川方面のL特急の最終列車として、停車駅ごとに自由席からは大勢の下車があったものだが、そちらの役割は定期列車のスーパーホワイトアローに移ったことになる。

こちらは停車してもたまに乗ってくる人がいるくらいで、静かなものだ。

もう乗ってくる人もほとんど無いだろうし、前の座席を回転させてボックス席にする。

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 座席を向かい合わせにすればさらに広々。

滝川を発車したあたりで車内は減光となる。白熱灯だけ点灯なので真っ暗ではないが本はもう読めない(目を凝らせば読めなくはないが)。

今まで窓ガラスは反射した明るい車内が映っていたが、暗くなった車内からは夜景が見えるようになった。

しばらくワンカップを飲みながら夜景を眺める。

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 車内は減光。白熱灯だけが車内を照らす。

1本飲み干したところで、ひじ掛けを枕にして横になる。

体をL字型に曲げたエビ寝スタイル。
お酒のせいもあるが、これでも結構眠れる。

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 流れる夜景を見ながらまた一杯。

横になるといつの間にか眠りに落ちていた。

2007年9月23日

目が覚めると5時。ようやく明るくなってきたところ。デッキに出ると、空気がひんやりとしている。
列車は終点稚内へ向けて走り続けている。すっかり亜寒帯の空気。荒涼とした風景は何か悲しくわびしい気分にさせられる。

夜行利尻で夜明けを迎えると、最果てに来た気分になる。

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 朝5時過ぎ、旅先の夜明け。

この宗谷地方の景色は日本離れしていて、北方の荒涼とした大地がどこまでも続いている。
札幌も旭川もはるか遠く、ここはもうロシアを思わせる。

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 抜海駅で上り回送列車と交換のため9分停車。

抜海駅に5:11に停車する。運転停車なのでドアは開かない。5:20に2両編成の回送列車が通過したあとこちらも発車する。 

笹だらけの丘陵地帯は人家も無く、荒涼とした風景がしばらく続いたあと、利尻島と礼文島が海のかなたに見える場所を通る。
列車は親切に徐行してくれる。この日は利尻、礼文の両島がはっきりと姿を見せていた。

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 木製の防風柵が続く。

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 日本海のかなたに利尻岳が浮かぶ。

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 日本海と稚内半島。

再び笹の丘陵地帯へと分け入って行く。長らくの寒い風景から一変して、オアシスのように突然稚内の住宅地が現れる。南稚内着は5:38、ずいぶん早く到着した。

ここで地元の人らしい数人が下車する。この時間は無人駅らしく、車掌が集札する。

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 南稚内に到着。車掌が集札する。

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 稚内駅の手前で港と朝日が一瞬姿を現す。

5:41に南稚内を発車。高架橋の上を通ってすぐに5:46、終点稚内に到着する。

下車して改札口に向かう人もまばら。さびしい終着駅であった。

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 稚内駅に到着。

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 改札口に向かう。

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 稚内駅北側にある最北端の線路。


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2006年 さようなら 夜行オホーツク&ふるさと銀河線 6

 ◆ 北見18:08 【特急オホーツク8号】 22:36 札幌

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 1番ホームは網走行普通列車を待つ人々。

北見からは、18:08発の特急オホーツク8号で札幌に帰る予定である。
1時間と少々の時間があるので、どこか食事する所でもと、夕暮れの北見の町へと歩いてみる。

この時間は商店街はどこも閉店しており、歩いている人もほとんどなく静まりかえっている。
アーケードの照明だけはやたらと明るい。駅横の東急デパートの地下食品売場をのぞいて見るが、こっちも見事に閑散としている。 

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 北見駅の夜景。

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 寂しい北見の町の様子。

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 アーケードは明るいが人通りはほとんどない。

どこへも行きようがなく、一回りしただけで駅に戻る。駅そばも駅弁の売店もすでに閉まっている。PM7:00まで営業と書いてあるが、日曜は午前中のみ営業の日があると張り紙がしてあった。

キヨスクだけは開いていたので、粉末のオニオンスープとオニオンスパイスというのを買う。

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 駅コンコース。

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 北見駅は自動改札ではなく、昔ながらの改札風景。

18時頃になって、オホーツク8号の改札が始まる。

結構乗る人は多く、1番線ホームの特急の乗車口の前には列ができる。
自由席じゃないので別に並ぶ必要はないと思うが、皆さん律儀に並んでいる。持っている指定券は21号車。21両編成の列車が来るわけではなく、増結した車両が21号車、22号車とつけているだけ。 

夜行オホーツクが廃止になれば、18:08発特急が札幌行の最終列車ということになる。今までは、この列車に乗り遅れても、まだ夜行があると安心していたのだが、夜行が廃止になると少し心細いことになる。

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 札幌行オホーツクを待つ人々。

オホーツク8号は、3両増結して7両編成で入ってきた。
時刻表の編成表では4両となっているが、常に1〜2両増結しているのである。停車時間が短いのであたふたと乗り込む。

指定された席は一番奥の座席だった。網走から着いた車内は、まるで回送列車のようだったが、北見でたくさん乗ったのでなんとか特急らしくなる。それでも空席はまだたくさんあった。

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 オホーツクの乗車口。

デッキとの仕切りの自動ドアは、今は自動ドアはほとんどセンサー感知になったが、めずらしくマット方式のものである。
マットにきちんと乗らないとドアが開かないので、戸惑う人が多い。片足がマットに着いてないと、人がいてもドアが閉まるので危なっかしい。

留辺蘂を発車したところで車内販売が回ってきた。
駅弁はないかと尋ねたが、売切れだと言う。遠軽で『かにめし』を積むと言うので1つ予約する。

外は真っ暗で、窓の外を見ても自分の顔が映るだけ。北見から札幌まで4時間半もこの暗闇と付き合うのはちょっとしんどい。こんなことだろうと札幌から持ってきた本を読みはじめる。 

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 北見から席が埋まった車内。

もうすぐ遠軽に着く。ここで列車の進行方向が変わるので、おなじみ座席の回転作業をしなければならない。

前後の客と交渉しなければならないので結構面倒なのだが、今回は一番端の席なので遠軽に着く前に、ひょいと座席を回転させる。座ると前面が壁の席になってしまった。

遠軽駅に停車していると、隣の線路に網走行きの『オホーツク5号』が入ってきて先に発車していった。 

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 遠軽駅夜のホーム。

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 遠軽でオホーツク5号と交換。

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 増結21号車。21両連結ではない。

遠軽を発車してから、車内販売員が予約してあったかにめしを持ってきた。
「飲み物は?」と聞かれ、ビールを1つ頼む。弁当は経木の折に詰められてまだ温かかく、このしっとりとした感じが良い。

駅弁にはやっぱりビールだな。日曜の朝出る列車なんかに乗って、どうせ着くのは昼だからと、朝から飲むビールが実は一番うまかったりするのだが。

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 車内販売で買ったかにめしとビール。

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駅弁を食べてまた本を読んだりしてるうちにあっという間に旭川に着く。

「自由席は多くの方が乗ってきますので座席は譲り合ってご利用ください」と車掌のアナウンスがある。
ホームの自由席のところには大勢並んでいる。指定席のこの車両は降りる人が若干いたくらいで、乗ってくる人はいない。静かなものだ。

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 旭川駅。札幌までもう一息。

深川を過ぎたあたりからもの凄い積雪量になってきた。きのうの吹雪でだいぶ積もったようだ。

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 滝川駅に停車。

滝川・砂川・美唄・岩見沢と停まるごとに自由席の方は乗車があるようだ。指定席の方にも自由席の客が迷い込んでくる。 

岩見沢で札幌に戻るらしい2人連れが乗ってきた。

「わーこれ、オホーツクだ」
「チョー懐かしい、実家が網走なのー」

の言葉を残して自由席の方へ消えていった。

昨夜、寝台車の窓から見た町の景色は、北の新天地に一歩一歩近づいているような、そんな新鮮な感じがした。全く同じ所を列車は走っているはずなのだが、今はいつも通過している見慣れた町にしか見えない。寝台車からみたあの風景は幻影だったのだろうか。 

列車はまもなく終着駅札幌に到着し、今回の旅は終わりとなる。

今後同じルートで列車で旅立つことはもう叶わない。
夜行オホーツクはまだあと1ヵ月近く走り続けるし、流氷シーズンは臨時列車として復活するが、それでも再び乗ることはおそらく無いだろう。

この列車が終着駅札幌に着けば、ふるさと銀河線も、夜行オホーツクも、もう心の中でしか走ることはない。

さようなら。それと、長い間本当にありがとう。

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 札幌に到着。

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 北見から4時間半乗って来たオホーツク。

〜おわり

 ◆リメイク版あとがき

2006年3月のダイヤ改正で、利尻、オホーツクの夜行列車は臨時列車化とされましたが、夜行利尻は2007年9月、夜行オホーツクは2008年3月が最後の運転になりました。

このダイヤ改正が発表されたとき、両夜行が臨時列車化されると知って、結構ショックでした。

本州の夜行列車は90年代後半から次々と廃止され始めましたが、北海道は広く、昼間の特急が高速化されても時間はかかり、夜行列車は安泰だと思っていたからです。

何よりも、週末の夜に思い立って旅行することができなくなりました。
週末は天気だからとか、つらいことがあったから旅に出ようと飛び乗ったのが夜行列車でした。

釧路行の『まりも』、青森行の『はまなす』は2006年のダイヤ改正で残りましたが、両列車も既に過去のものです。

ふるさと銀河線も廃止から12年。
たまに車で沿線を通ることがありますが、線路は既に撤去されて久しく、所どころに廃線跡を残すだけになっています。

このたび、過去の画像や文章を引っ張り出して見ると、あの当時の記憶がよみがえって、今夜あたり夜行オホーツクでふるさと銀河線に乗りに行こうかなあ、なんて気が沸き起こったりします。

いかん、いかん。
もう夜行列車もふるさと銀河線も無いんだ (^^;

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

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