2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記2

さて、2年半ぶりの博多。時刻はまだ3時前。
どこに行こうかと出発前にあれこれ検討したが、とくに行きたいところもなく、新幹線に乗ってみることにした。

博多駅からわずか1駅、8分間で着いてしまうが、格安で新幹線に乗れる区間がある。
博多から博多南まで片道300円。
もとは新幹線の車両基地に駅を併設して、回送列車を客扱いにしたものだった。

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 博多駅博多口とJR博多シティ。

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 博多駅の新幹線コンコース。

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 博多駅新幹線ホームとひかりレールスター700系。

コンコースには博多南行の表示はなくて迷ったが、ホームの階段のところに表示を見つけた。
14番線の博多南行は700系ひかりレールスターだった。

車内はがら空き。指定席車両も自由席として開放されている。
指定席車両はサルーンシートと宣伝している2列+2列シート。グリーン車のようにゆったりしている。

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 博多→博多南の乗車券と特急券。

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 指定席者は2列+2列のサルーンシート。

発車時刻になり、静かに走り出す。乗り心地は新幹線。いい気分だ。
鹿児島中央に向かう本線と別れると、あっという間に博多南に着いた。

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 博多南に到着。

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 博多南駅の入口。

新幹線で着いたと言っても何があるわけじゃない。
駅前はベストリアンデッキになっていて、横にビルがある。
前にこのビルの屋上から新幹線基地が一望できると聞いたことがあって、ビルに入ったら全館工事中だった。

どこにでもある通勤駅といった感じ。
折り返しに33分の時間があるがどこにも行きようがない。

階段を降りたところに文具屋があったので、忘れてきたミニノートとボールペンを買った。
そのあとは隣りにあったドラッグストアをブラブラと見て駅に戻る。

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 博多南駅の改札口。

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 博多南駅のホーム。

ホームにはさっき乗ったひかりレールスターが停まっていた。
行き先は『こだま 岡山』とあった。
また博多に戻る。

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 ホームと反対側は新幹線の車両基地。

博多駅に戻ってきたのは4時近く、札幌ならばそろそろ薄暗くなってくる時刻だが、九州はまだ明るい。
どこかで1杯やってからホテルに戻るつもりでいたが、1杯やるにはまだ早い。
100円バスで天神の方へ行ってみようかとも思ったが、戻るのが面倒だ。

そういえば思い出した。JR博多シティの屋上にトレインビュースポットがあるらしい。
さっそく行ってみる。一番上の階がレストラン街になっていて、そこからさらにエスカレーターで屋上へ上がると『つばめの杜ひろば』という屋上庭園になっていた。

鉄道神社があったり、常設のミニSL(つばめ電車)も走っていて、なかなか楽しい。

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 JR博多シティ屋上の展望テラスから。

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 つばめ電車が走る。1人で乗る勇気はないな。

トレインビュースポットはどこにあるんだろうと思ってウロウロしていたら、もしやと思った通路を行くと奥に窓があった。
L字状になっていて分かりづらい。けど、あまり人が来ないのでゆっくりと見ることができる。

カメラを構えだまま20分くらいずっと立っていた。あまり頻繁に列車が出入りするわけではないが、ここは楽しいね。
こういうところは1日中でも居たい。

たまに人が現れて、こんな所あったんだーみたいにして去って行く。
意外と女性が多かった(^-^)

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 列車展望スペースは知る人ぞ知る?

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 博多駅真上60mからの列車展望スペース。

さて今度は博多駅に戻る。明日から使う乗車券を買わなければならない。
サンライズ出雲に乗るため、山陰本線と伯備線経由で成田空港まで。
窓口で説明するのが面倒なので、紙にルートを絵で書いて「これで成田空港まで」と言って差し出した。

値段は1万5810円、距離にして1404.5kmになる。JRの運賃は距離が600kmを超えた分の賃率が安くなるので、乗車券はできるだけ1枚になるようにしたほうが得だ。
これが出雲市〜成田空港間だと1032.8kmで1万2640円になる。
博多発と出雲市発の差額はわずか3000円ちょっと。2日かけて出雲市まで行くわけだから、青春18きっぷより安いね。

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 博多駅のきっぷうりば。

手にした乗車券の券面にある経由線を見ると
『経由:鹿児島線・山陽・山陰・伯備・山陽・東海道・総武・酒井』
となっていた。

最後の『酒井』って何だろう。酒井線?
成田空港支線って実は酒井線だった?

しかも乗車券のサイズは横長タイプ。自動改札機が通れないのはともかく、折らないと財布に入らない。
乗車券でこのサイズのを見るのは初めてだ。経由線が多いからか?

何だか謎だらけの乗車券だ。

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 福岡市内から成田空港までの乗車券。

無事乗車券も手に入ったので1杯やることにしよう。

出発前に九州出身の人に、福岡で何を食べたらいいか聞いてみた。
即「ラーメン」と返ってきたが「いや、ラーメン以外でさ」
そうしたら「もつ鍋」とのことだった。

ほかにも博多名物はいっぱいあるが、ここは言われたことに従うことにした。迷い始めたらキリがないというのもあるが。

スマホでもつ鍋の店を調べたら店はいっぱい出てくるが、さすがに鍋料理は2人前からしか無いようだ。
1人で鍋をつつくのもいないか、と思っていたら、1人前でもやっている店があった。

博多駅の横にあるKITTE博多の地下にある店。
店の前には赤提灯に『一人鍋』とあった。これはいい。

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 KITTE博多地下1Fの博多もつ鍋おおやま。

まだ5時前で、いつもならまだ仕事している時間だが、旅行中なので勘弁してもらおう。

店に入ると客は2人いるだけだった。
テーブルには衝立があって、なるほど一人鍋用だね。

もつ鍋と一品料理がセットになった『どんたくセット』というのにする。初心者には無難なところだろう。博多でもつ鍋を食べるのは初めてなのである。

鍋の味は味噌、醤油、水炊き風とどれにするか聞かれた。おすすめはと聞くと味噌味だというのでそれにした。
鍋の締めはちゃんぽん麺にするかご飯にするかと聞かれ、これもおすすめはと聞くと「私ならばちゃんぽん麺」と言うのでそれにした。
人に従ってばかりだが、わからないことはわかる人に尋ねるのが一番良い。

まずはプレモルの中ジョッキから。お通しに明太子が出た。

次に酢モツと辛子高菜。
酢モツはさっぱりしている。あんまり酸っぱくないね。

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 牛酢モツと辛子高菜、明太子はお通し。

そうしてメインの鍋が出てきた。ニラに火が通ってから召し上がってくださいとのこと。

具材はほかにキャベツと豆腐。
しばらく煮たててから小どんぶりによそう。
モツはトロッとするほど柔らかい。噛むと油が染み出してくる。スープもかなり濃厚だった。
うまいよ、これは。
人に言われたとおりにして良かった。

臭みも全くないし、モツが苦手な人でもいける。
モツだと知っていなければ脂身のようにも思える。
でもモツ嫌いの人って頑としてモツを食べるのを拒むからね。勿体ないね。

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 もつ鍋(味噌味)の登場。

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 牛もつはこんな感じ。

できるだけチビチビ飲んでいたビールだが、空になってしまった。
おかわりしようかと思ったが、焼酎にした。

このモツの濃厚さには焼酎の出番だろう。

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 追加の焼酎黒霧島ロック。

あー焼酎うまい。

鍋が汁だけになったころを見計らって、店員がちゃんぽんの麺を持ってきた。
麺を投入して煮込む。

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 〆めのちゃんぽん麺を投入。

このちゃんぽんがまた良かった。濃厚なスープとモツの油が絡んでうまーい。

焼酎も飲み干してフィニッシュ。
お会計はお通し込みで3466円。

博多でもつ鍋が食べられた。今回の旅行は幸先の良い出だしだな。
地元のの人に言わせればもつ鍋についていろいろ意見もあるだろうが、初心者なのでこれで満足だ。

私もジンギスカンについてだったら一家言くらい持っていますぜ。

ホテルに戻る前に駅の中にあるスーパーで酒と明日の朝食を買う。
ここからは節約旅行になる。

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 博多駅にあるスーパー。

駅の外に出ると夜景がきれいに見えた。酔った目では何でもきれいに見える。

駅前の夜景をいくつか撮影する。
夜景の撮影って意外と難しいのよ、これが。

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 博多駅の夜景その1。

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 博多駅の夜景その2。

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 博多駅の夜景その3。

しかし、人がい多いというか活気があるねえ。北海道とはえらい違う。
私なんかはこの人の多さにちょっと疲れてしまうんだけどね。

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 サンライズ出雲の寝台券(下)と明日から使う乗車券(上)。

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 また部屋で一杯やる。

ホテルの部屋に戻って、ちびちびと焼酎を飲んでいた。
おつまみにめんたいちくわを買ったけど要らなかったな。でも持って歩きたくないので食べてしまう。

明日は7:28発の快速列車から始まるので、7時過ぎにはホテルを出たい。
焼酎を1本開けたら横になった。

〜3へつづく

2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記1

「出雲大社に来る人はね、みんな神様に呼ばれて来た人なのよ」
〜出雲で泊まった旅館の女将に言われた言葉。

ことしの夏休みは10月の下旬になってしまった。
さてどこへ行こうかと考えたが、さっぱりまとまらない。
道内を車で回ろうかとも考えたが、車中泊できるのは9月までで、10月の車中泊は寒くて無理だ。日も短いし。

今年はGWにインドへ行ったので、さすがに海外へ行こうとは思わなかった。
9月からLCCのピーチが札幌〜台北の便を就航し、2万円くらいで往復できるのでちょっと考えたが、いまいちそそるものがない。
いずれは行くのかもしれないが、行きたくなった時に行くのが一番いい。今回はパス。

夜行列車でもあればなあ。
突然思い立って、北斗星で東京まで往復したこともあったっけ。


急行『はまなす』も廃止になってから、東北もずいぶんと遠のいた。

うちでのんびりと過ごすのもいいかなと思ったころ、それは突然ひらめいた。
そうだ、夜行列車はまだあるじゃないか。

それは、寝台特急 サンライズ瀬戸・出雲

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 サンライズ出雲の登場。

ということで行先は決まった。

『サンライズ出雲』は東京と出雲市を結ぶ列車で、日本国内では唯一の定期夜行列車である。『サンライズ瀬戸』も併結していて、そちらは東京〜高松間を結んでいる。

私の住む札幌からこの列車に乗るためには、東京と出雲市まで出向く必要がある。
問題はそこで、最初はピーチかなんかで関西空港まで行ってそこから出雲市までなどと検討していた。

そういえば去年は北欧へ行ったな、今年はインドへ行った。どちらもJALだったので、マイレージがどれくらいあったかなとJALのHPを見てみると7900マイルばかり貯まっていた。
これ使えないかと調べてみると、新千歳から福岡までの直行便がなんと7500マイルで乗れるじゃないか。

マイレージは発生してから3年たつと消滅するので、貯まったらさっさと使ってしまうのがよい。いつまでも大事に取っておくものではない。

福岡から山陰本線経由で出雲市まで行き、そこから『サンライズ出雲』に乗る計画を立てた。
まずはサンライズ出雲の寝台券である。人気列車なので、まずは寝台券を確保しなければならない。
それほど混んでいる時期ではないだろうし、平日なので発売当日から満席ということはないだろうが、発売日の1か月前に買いに行く。
どうせ乗るなら、一番上等のA個室『シングルデラックス』にしたかった。

1か月前の発売日、この日は仕事は外回りにしておいた。完璧( ̄ー ̄)

10時になるのを見計らって苗穂駅へ。この駅はいつも暇そうだ。
窓口には先客はいない。列車名と日時はあらかじめ紙に書いてきた。早速差し出す。

みどりの窓口氏は機械に入力するが首を傾げ、棚からマニュアルらしきファイルをめくり始めた。

オイッ(#^ω^)ピキピキ

シングルデラックスって特別な操作がいるのか?
奥から人を呼んできてあーでもないこーでもないと始まった。
やっているうちに操作に成功したようで、

お客さん、シングルデラックスは満席なんですが( ・∀・)ノ

お前がモタモタやってたからだろ(# ゚Д゚)凸

と言いたいのをぐっと堪えて、
「ほかに空いてる日はありませんか?」

みどりの窓口氏はまた機械の操作を始めて、

「あ、喫煙席なら空いてました」

禁煙席で検索してたのかい。

「喫煙でもいいよ」

シングルデラックスの寝台券ゲットォー(゚∀゚)

喫煙部屋というのが気にかかる。ひと晩中たばこ臭い部屋で過ごすとなるとうんざりだ。
個室なので大丈夫とは思うが。
それでも一番のネックはクリアしたことになる。

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 サンライズ出雲シングルデラックスの寝台券。

次は飛行機の予約である。
着いた日は福岡で1泊し、途中のどこかで1泊、そしてサンライズ出雲へと考えた。
ネットで飛行機の検索をすると、これが意外と混んでいて10/23発の便しか取れなかった。
もう1泊増えてしまうが、せっかくなのでのんびりと山陰旅行をすることにした。

東京から札幌までの帰りの飛行機は成田からジェットスターにする。
ええ、貧乏人御用達のLCC。値段は片道で7370円。

スカイマークならば羽田から1万1千いくらだったが、東京から成田空港までの交通費を考えるとあまり差額はなくなってしまうが、今回は福岡市内発のJR乗車券が成田空港まで通しで買えるので成田まで行くことにした。

宿の予約は、じゃらんと楽天を使う。どちらもポイントを使って宿代を安く抑えた。
というわけで、10月のあたまには旅行の行程が確定した。

宿泊地は福岡、萩、出雲。
萩で明治維新の志士を拝んで、出雲では出雲大社にお参りするという目的もできた。

あとの細かい予定については追い追い決めることにしよう。
旅行の行程は大まかに以下のようになります。

1日目 札幌 【JAL】福岡(泊)
2日目 博多【列車】東萩(泊)
3日目 東萩【列車】出雲市〜雲州平田(泊)
4日目 雲州平田〜出雲大社〜出雲市(サンライズ出雲)
5日目 東京〜成田【ジェットスター】札幌

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 2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記のルート。






◆1日目
 新千歳空港 11:20【JAL3510】13:55福岡空港

まさか台風が来るとはおもわなかった。
大型台風21号。出発日前日には九州地方、今日は東北・北海道地方に接近する。

秋に国内旅行をすると、なぜか台風に遭遇する。おととしの三陸旅行では台風で気仙沼で足止めされたし、12年前に青春18きっぷ旅行の時は岡山で電車がすべて止まって予定が狂った。
秋の旅行はよほど台風に縁があるらしい。とはいっても10月下旬、もうシーズンも終わっているはずなのだが。

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 台風21号がやってきた。

当日の朝、台風21号はちょうど東京を通過中。これから東北を北上するようだ。JALのHPを見ると、午前中の東北行きの便は軒並み欠航。関東方面も欠航が多い。
関西や九州の便には欠航の表示はなかったので大丈夫のようだ。これもまだわからないが。

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 紅葉の中島公園は冷たい雨。

台風だけど、吹き込む北風の影響で気温は低い。札幌はもう12月のような寒さ。
風はまだそれほどでもないが、激しく冷たい雨が降る。

いつもは札幌駅まで行き、快速エアポートに乗るが、今回は中島公園からバスで行くことにした。時間はかかるが、乗り場までは自宅から歩いて7〜8分。

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 中島公園の空港バス乗り場。

バスは中島公園始発だし、がら空きだと思っていた。
ところが次から次へと乗客が集まってきた。ほとんどが中国人。つぎのすすきのでもたくさん乗ってくる。車内は満席になる。話し声は中国語ばかり。中島公園やすすきのにあるホテルから空港へ直行できるので人気なのだろう。

発車した頃は雨だったが、だんだんみぞれになる。
途中の北広島市あたりでは雪が積もって真っ白になっていた。

新千歳空港までは1時間半近くかかった。ここまでで何だか疲れてしまった。

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 ホワイトボードに書き出された欠航便。

新千歳空港の出発案内は欠航の表示が目立つ。東北方面の便は午前中は軒並み欠航のようだ。東京行きも欠航がある。
カウンターはどこも長蛇の列。

私のほうは、自動チェックイン機にバーコードをかざして終わり。預け荷物もない。

今回の荷物はバックパック1つ。
インドに行った時のバカでかいバックパックではない。あれは帰国してから売ってしまった。
いま背負ってるのは、あれから買いなおした新品である。機内持ち込みサイズなので、背負ったまま飛行機に乗る。

帰りのジェットスターは預け荷物があると2600円も追加料金が発生するので荷物は最小限しか持ってきていない。おみやげもあまり買えないな(買わないけど)。

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 欠航が多いためか閑散とした搭乗待合室。

セキュリティーゲートでは前の女性が何度も引っかかっていたが、こちらは1回でパス。
これからはこのバックパックスタイルで行くか。

中に入ると搭乗待合室は見事に閑散としていた。関西空港行のところだけ人だかりがしている。制服の高校生が多い。修学旅行か。

福岡行3510便は、揺れのため機内サービスが行われないかもなどという放送が流れた。
台風だろうと飛行機が飛ぶ以上は行かなければならない。もう予定を組んで予約もしてあるし、台風だからやーめたというわけにはいかない。

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 福岡行JAL3510便の搭乗口。

機内のアナウンスによると、この便は満席とのこと。
私の席は窓側。

最初予約したときは、真ん中の席がいくつか空いているだけだった。
何回もHPの座席指定をみたが、席は埋まる一方で窓側も通路側も空きがでない。

もうこれは真ん中の席でいくしかないのかとあきらめかけたが、2日前に確認すると窓側の席に2つほど空席ができていた。

窓側ゲットォー(゚∀゚)ー

さては台風でキャンセルが出たか。
この台風、自分には思わぬ幸運をもたらしたようだ。

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 激しい雨が叩きつける新千歳空港。

出発時刻になったが飛行機は動かない。
「ただいま管制塔から出発の許可を待っております」とアナウンス。

外は激しい雨。風も出てきたのか、雨風が地面に激しく叩きつけるようになった。
大丈夫なんだろうか。まあこちらは今日中に着ければいいけど。

台風は刻一刻と近づいてくる。早く出してほしいんだけど。
20分くらいしてから動き出した。

離陸してからすぐに雲の中へと突っ込む。雲の上へ出たらあとは退屈な眺め。

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 ずっと雲の上を飛ぶ。

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 新千歳空港〜福岡空港間の飛行ルート。

機内誌SKYWARDには出雲大社の記事が出ていた。気のせいかわからないが、飛行機の機内誌にはなぜか自分の行くところの記事が載っているきがするんだけど。
インドに行ったときはインドの記事が、北欧に行ったときは北欧の記事があったような。偶然かな。

機内サービスのコーヒーを飲みながら、イヤホンからはJAL名人会。フルサービスキャリア(FSC)はいいねえ。
しかもマイレージでタダだからね。
しばしリッチでプレシャスな空の旅を味わう。

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 機内誌には出雲大社の記事が載っていた。

中国地方の上空あたりから雲の隙間から下界が見え隠れするようになった。

飛行機は海岸線の上空を進む。カメラで外を撮りまくる。
後ろの人に、この人飛行機に乗るの初めてなのかねなんて思われてるかもしれない。
なんて思われたって構わない。メモリはたっぷりとあるし。

画像は山陰あたりかと思っていたが、帰ってから調べたら既に九州の上空だった。

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 九州の上空は雲が切れて下界が見えた。

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 海の中道と博多湾。

飛行機は福岡市内の上空を旋回する。なかなか気持ちが良い。
窓からは博多駅が見えた。

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 福岡市内を空中遊泳。

福岡空港着は14:03。定刻より8分遅れ。機内アナウンスではしきりに謝っていた。日本だなあ。
天気は曇り空だが、青空も見えている。
週間天気予報でも雨マークは無し。今回の旅行天気に恵まれそうだ。

俺は晴れ男だ、必ず晴れる。

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 福岡空港に到着。

空港ビルの外に出ると、見覚えのある看板が並んでいる。
考えたら2年半くらい前に福岡にきていたんだっけな。
あのときは特急のグリーン車で九州を1周してきたっけ。


もうしばらくは九州に来ることは無いと思っていたが、また来てしまったよ。

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 福岡は2年半ぶり。また来るとは思わなかった。

まずは地下鉄で博多駅へ向かう。
今日の宿は博多駅近くのビジネスホテル。チェックインして、まず荷物を置いてしまおう。

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 地下鉄で博多駅へ向かう。

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 1泊する博多駅から近いビジネスホテル。

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 きれいだけどちょっと狭い。値段相応といったところ。

ホテルは博多駅から線路伝いに歩たところ。明日は朝早いのでとにかく駅から近いホテルを探したらいい所を見つけた。
チェックインして荷物を置いたらまたすぐ外に出た。


交通資料館の最終日と札幌市電車両

交通資料館が2年半ほど休館になった。
ここは地下鉄南北線の高架下にある施設で、地下鉄高架の補修工事のため一時的にということだ。

ここは開館しているのが5〜9月の土日祝のみということもあってか、いつ行っても鉄道ファンや幼い子供連れなんかがチラホラ来ているといった感じで、ひっそりとした印象であった。
雪まつりの真駒内会場がなくなってから、ますます影が薄くなったかもしれない。

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しばらくは見に行けないことになるので、今シーズンの営業最終日(2017年9月30日)に久しぶりに行ってみた。
最終日なので人が来ているかと思ったが、いつもの交通資料館と変わらない感じ。
まあ、落ち着いて見られるからそのほうがいいんだけど、なんか拍子抜けだ。

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 交通資料館の入り口。

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 橋脚工事のため一旦解体されることになった屋内展示場。

まずは市電の屋外展示から見る。外からだけではなく、ここのは実際に車内に立ち入ることができる。

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まずは連結車Tc1形から。
混雑解消のために製造された札幌初の2両連結車。両運転台のM101+片運転台Tc1のコンビで『親子電車』と呼ばれた。
親のM101はワンマン化され現在も現役だが、子のこちらは廃車され、いまはここで暮らす。

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Tc1の方向幕。『琴』の字が・・・

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連結器を備える運転台の無い側。M101にも同じようにあったが、そちらはワンマン化の際に撤去されている。

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運転台が無いので展望スペースのようになっている。ラッシュ時はここが特等席だったかも。

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昭和32年製造なので320形となった321号。前面に傾斜をつけたスタイルは、現在の丸っこい札幌市電のデザインの原点となった。

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曲面ガラスと両側の小窓、方向幕上の前照灯、大型の方向幕、当時はどれもが新方式だった。

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 昭和24年製造の600形601号。改造に改造が重ねられ、竣工当時とは似ても似つかない姿になった。

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 601号の車内。車掌台が残る。幅1400mmの乗降口はラッシュ時に威力を発揮した。反面、冬は寒そうだ。

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 601号の運転台。椅子は無く立って運転するスタイル。コントローラーは大型の直接式。

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D1040形1041号。変電所も架線も不要ということで導入された路面ディーゼル車。
ディーゼル車としては最終増備だが、同じく登場したA820型連接車と同じデザインである。
昭和39年製造、地下鉄開業前の路線縮小が行われた昭和46年廃車と短命の車両だった。

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 前照灯が2灯並ぶ。上から電球がぶら下がるのも斬新だったのだろうか。

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 最後の札幌版流線形スタイルであったA820形と同様の車体。

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D1041は『調整中』の張り紙があって車内に入れなかったので、外から中をうかがい見る。
座席上にはホコリが積もる。前は車内に入れたのだが、不具合でもあるのだろうか。

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 背もたれが低く、座ると外から腰が丸見えになる座席。窓も上部しか開かないので、夏など暑そうだ。
 見た目のデザインとは逆に車内の居住性はどうだったんだろう。

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永久連結車A800形。前記の親子電車を参考にして連結部を貫通させた永久連接車となった。
2両連結の大型車両はラッシュ時に活躍した。

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この車両もワンマン化はされなかったので車内には車掌台がある。
乗客は後部車両のドアから乗って、前車のドアから降りるというもの。車掌台の前を通る際に料金や回数券を渡すことになる。

走行中に支払いや改札を行うので停留所での乗降はスムーズだった。反面、車内外での移動が発生するので、連結車が来ると面倒だったとは私の母親の評。

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連結車の乗車方法。

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連結部分から見た車内。混雑時は座席を折りたたむことができた。

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 エヘ、D1041に追従運転。

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DSB1形除雪車は非電化区間の除雪のために製造されたササラディーゼル車(と呼んだかはわからないが)。
昭和42年の全線電化が完成するとお役御免と思いきや、変電所の電力容量が不足するラッシュ時の除雪には重宝したらしい。廃車は路線縮小時の昭和46年。

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雪8型は木造の車体。現在現役のトラ縞模様のササラ電車も、もとは同様の木造電車を鋼体化した車両である。
ササラ電車が登場したのは大正9年のこと。札幌に電車が走り始めたのが開業の大正7年の2年後ということになる。
一応昭和26年製となっているが、wikiによると『電動客車40形を改造して局工場で8両が製造され』とある。
車体や窓回りはたしかに40形だなと思える。

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こちらは雪11号。ササラではなくプラウ式の除雪車。軌道敷外の拡幅除雪に使われた。
看板には『製造:昭和33年(改造)』とあるが、正確な製造年月は不明という謎の車両。
種車は札幌初の電車である10形という説もあるようだ。
様々な改造が加えられて、車体は上記の雪8と同じく40形のを流用したと見える。
札幌市公文書館所蔵の写真に1921年撮影の『プラウ式電動除雪車』というのをみると、たしかに原型は10形のようだ。
10形とは札幌で初めて走った22号木造電車と同じくして名古屋電気鉄道から購入された電車である。
ということは22号より古い電車だった可能性もある。

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いやあ懐かしい。地下鉄南北線と言えばこの顔だった。保存車両は1000形だが、増備の2000形とほぼ同じもの。
市電のA820形が原型とされている。前面中央に貫通路を設けたために見事なバッタ顔となった。これぞ大刀イズムの最終完成版であろう。
デザインもさることながら、ゴムタイヤ方式、プロペラシャフト駆動、車輪配置など名車とするか迷車とするかは意見が分かれるところ。
このデザインはどこかで復活することはないのだろうか。

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あちこちに描かれた市章に当時の札幌市の意気込みを感じる。

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「Nan-Poku Line」の表記。当初南北線は『なんぽくせん』と読んでいた。新しい交通資料館になった際にも引き継がれるのだろうか。

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ところは変わって屋内展示場。東西線の6000形。
残念ながら張りぼてに本物のライトやドアを取り付けたもの。
それにしてもこの車両を保存できなかったのは涙涙・・・

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北海道の形とSをかたどったエンブレム。東西線の象徴だった。

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市電の模型コーナー。市電のマスコンとブレーキハンドルで運転する。子供が来なけりゃいつまでも遊んだろう。

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戦前の市電市バスの路線図。

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昭和45年の電車運転系統案内図。路線縮小前最後のもの。

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保存車22号は愛知県犬山市の明治村に里帰り中。向こうでは『名電1号形』として展示されているとか。
いまは線路のみ。
平成32年3月に戻ってくる予定だが。

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これは交通資料館にあったころの22号電車(2012年筆者撮影)。
札幌市電の前身である札幌電気軌道株式会社が開業時に名古屋電気鉄道(名鉄の前身)から中古車両を購入した札幌で走った最初の市電。
またこの姿で戻ってくるのだろうか。
できればまた走る姿を見てみたい。

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 今シーズン営業最終日、小さい子供連れの家族客が目立った。

こうして昔の車両をみていると、今からするとユニークな車両も多いが、当時としては苦労の産物だったに違いない。
増え続ける乗客、電車が数珠つなぎになるほどの台数を走らせても捌き切れなかった乗客。そして冬は雪。

これを解決するために、大勢の乗客を輸送できる親子電車や連結車が投入され、拡大を続ける市域に安価で路線を延長するために考えだされた路面ディーゼル車だった。

あの車両たちを見ていると、当時の関係者の夢を感じる。
その夢とは、市民に愛される市電にしたいという願いだったのか情熱だったのか。

あの当時の人の夢と、いまこの時代に生きる人の夢は同じものではない。
ただ、その夢の先にあるもの、それはいつの時代に生きても変わらないと思う。

新たな展示物も増えて地味にリニューアルしていた交通資料館だが、保存状態が悪いためか撤去されている車両や展示物もある。
屋外展示の市電車両も、保存状態が良いとは言えない。
限られた予算や人員では仕方がないのかもしれない。

平成32年のリニューアルオープン後は、入場料を取ってもいいからもっと充実した施設にしたらいい。
あと50年もしたら代を譲ったポラリスことA1200形がA800形やD1040形の隣に展示されているかもしれない。札幌初の低床電車として。
そのころには今では想像もつかない形で市電が生き残っ・・いや、発展していることだろう。

まあ、夢だね。そのころ私は生きていないだろうけど。

〜さいごまでお読みいただきましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 17/10/09 | Comment(0) | 札幌市電
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