2025年、最後になる留萌本線へ2


 ◆ 留萌本線終点、石狩沼田駅

ホームをウロウロするのはこれくらいにして、今度は駅の外へ出ます。
駅舎内の待合室に入ると、出入り口の上に『ようこそ石狩沼田へ』と書いたポスターがあります。
2023年4月1日に、ここ石狩沼田駅が終着駅となった時からあるもの。
だけど、待合室内が薄暗いのであまり目立たないのが残念。

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 『ようこそ石狩沼田駅へ』のポスター。

ホームからも『鉄道グッズ』と書かれた幟が見えたので、駅舎内に仮設の売店でもあるのかと思っていたが、今日はありませんでした。
平日は乗車券を販売している窓口も無人。
廃止半年前にしては寂しい終着駅です。

かつて廃止となった終着駅の、増毛駅とか新十津川駅など、廃止1年くらい前から名残乗車客や臨時売店で賑わっていたけれど、こちらは随分と寂しい。
余計なことながら、もうちょっと商売っ気があっても良さそうなものと思うんですが。

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 廃止前の幟が立つ石狩沼田駅前。

今の列車で着いた人たちも、駅前をウロウロして撮影をする組、折り返し準備が済んで列車のドアが開いたらさっさと座席に収まってしまう組に分かれます。
私はというと、1時間も乗っているのなら早くからクロスシートの席を確保したいけど、たった十数分の乗車なら立っていても構わないよ。
ということで私は撮影組となります。

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 ちょっと寂しい駅前。

駅前は列車で着いた人以外の人影はなく、道路を通る車も少なく寂しい感じです。
駅から見ると、町はそっぽを向いている印象。
しかし今どきは、特急停車駅クラスならばともかく、ローカル線の駅なんてこんなものでしょう。

さらに歩いて石狩沼田駅の線路の終端まで行ってみたいところですが、車止めまではここから400m近くあって、15分の折り返し時間では無理そうです。

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 ラストランまでのカウントダウン。

石狩沼田駅の駅舎は鉄骨造り1972(昭和47)年建築。
札沼線の新十津川〜石狩沼田間が廃止されたのを機に建替えられたものです。
棒線駅にしては立派な駅舎が、当時は留萌本線内でも主要駅だったことを思わせます。

正面には2026年3月31日ラストランまでのカウント日数が表示されていました。
表示の日数は『186日』となっていますが、実際は185日。
これはまだ昨日のまま更新されていませんでした。

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 今日は無人駅の石狩沼田駅。

待合室は、平日は開いているであろう出札窓口、色あせたベンチ、トイレといったところ。
どこにでもある殺風景な無人駅という感じは否めません。
妙に薄暗いのは、節電のためか天井の照明が一箇所しか点灯していないからで、これが駅の中が殺風景にも感じる原因のようです。

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 キハ54の張りぼて。

それでも壁には『ありがとう留萌本線』と書かれたポスターや企画展示があって、それなりに盛りたてていこうという感じはします。
トイレの前に置いてあるキハ54の張りぼてが一番目立つ存在です。
何かお祭りにでも使われたのでしょうか。

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 駅舎ホーム側出入口上にある駅名標。

ここで石狩沼田の駅名の由来の話をひとつ。

『沼田』の由来は、沼田町開拓の功労者である、沼田喜三郎所有の農場内に設置されたことからです。
上越線に同名の駅ができたことから、のちに『石狩』が冠されました。

この頭に『石狩』の付いた駅名は、ほとんどが札沼線にあって、札沼線北部の廃止や駅名の改称によって、今ではこの石狩沼田駅だけになってしまいました。

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 縦型の駅名標。

ところで、この駅は最初は『沼田』駅として開業しています。
留萌本線が深川から留萌まで開通した1910(明治43)年の開業ですから、北海道内でも古い方の駅です。

その後大正時代になって、群馬県の上越線に沼田駅が開業します。
国鉄時代までは、国内に同じ駅名は2つ付けないという決まりがあって、同じ駅名になってしまう場合は、原則として後から開業した方が令制国名や地方名、あるいは方角を冠することになっていました。

これは同じ駅名が2つ以上あると、貨車や荷物が間違って行ってしまうからという事情からです。
一時期は、同音異字や、国鉄と私鉄同士の駅名でも徹底していました。

上越線の沼田駅の方が後から開業したので、あちらが『群馬沼田』とでもすべきところです。
ですが、上越線の方が沼田駅となり、こちら留萌本線のは石狩沼田駅と改名されてしまいました。

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 ↑ 上越線群馬県界隈の路線図(JTB時刻表より引用)

同じ上越線には群馬総社駅と『群馬』を冠した駅がありますが、こちらは岡山県に総社駅(現在の東総社駅)が先にあったからです。
なぜ先に開業した留萌本線の沼田駅が石狩沼田駅に改称されてしまったのでしょうか。
このような例はあまりなく、東北本線の豊原駅(栃木県)が、樺太庁鉄道の豊原駅が開業すると下野豊原駅に改名したくらい。

〜ここからは筆者の想像です。
上越線(当時は上越南線)が沼田駅まで開通したのが1924(大正13)年のこと。
同年は新十津川村出身の代議士、東武(あずまたけし)が先導する石狩川右岸の鉄道誘致が成功して、札沼線の着工年度とされていた年でありました。

その着工決定に当たって、何か政治的な交換条件のようなものがあったのかも知れません。
でもこの札沼線工事着工は、これまた政治的な事情から繰り延べられてしまい、昭和時代になってからの着工となってしまいます。

上越線が全通したのが1931(昭和6年)。
同年には、札沼線の一期区間である新十津川(当時は中徳富)〜石狩沼田間が、札沼北線として開通しています。

これら駅名改称にどういう経緯があったのかはわかりませんが、ともかく上越線の沼田駅開業以降は、石狩沼田を名乗ることになりました。

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 ↑ 札沼線が石狩沼田まであった頃(交通公社の時刻表’72/5月号より引用)

石狩沼田駅は、かつて札沼線の終点駅だったこともあります。
今じゃ鉄道に詳しい人でなければ、札沼線の由来などわからないでしょうね。
もっとも札沼線ではなく、愛称である『学園都市線』として案内している方が多いですが。

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 駅名標泥棒だめゼッタイ!


 ◆ 石狩沼田 9:43 → 10:00 深川【4924D】

そろそろ発車時刻が近づいてきたので車内へと戻ります。
折り返しの列車は旭川行き4924Dとなります。
石狩沼田駅での滞在時間はわずか15分ですが、試乗や名残乗車ならばこれで十分満足です。

なお、深川発13時28分発4927Dに乗ると、石狩沼田で3時間近く滞在する羽目になるので注意しましょう。

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 ホーム柱に取り付けられた踏切鳴動ボタン。

発車時刻が近くなると、運転士がホームに出て柱にあるボタンを押します。
しばらくすると遠くから踏切の警報音が聞こえてきました。
駅の深川寄りにある国道275号線の踏切です。

路線が留萌まであった頃は、踏切の列車検知センサーが駅の留萌寄りにあったからでしょう。
石狩沼田が終点となった今では、こうして発車前に手動で踏切を操作する必要があるわけです。

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 がっしりとしたトラス橋の雨竜川橋梁。

帰り道は前面展望で。

前面窓が大きくて仕切りもない、キハ54形が前面展望に一番もってこいの車両です。
深川までの17分間、最後の留萌本線を楽しむことにしましょう。
他の客からすればちょっと邪魔くさいでしょうが勘弁してください(汗

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 木造の短いホームだけの北秩父別駅。

次の駅は北秩父別。
列車1両分にも満たない短い木造ホーム。
いわゆる『朝礼台』と呼ばれるホームがあります。
国鉄時代に仮乗降場として設置され、JR発足時に正式に駅とされたケースがほとんど。

秘境駅という感じがしますが、この駅の正面は深川留萌自動車道があって、ひっきりなしに車が通過する場所。
そんな駅ですが、下車する人が数人。
ここで降りてどうするんでしょうか。
次に北秩父別に停車する列車は、上りも下りも16時台までありません。

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 地元客の乗車もあった秩父別駅。

その次の秩父別でも下車が数人。
入れ替わりに地元の乗客が何人か乗って来ました。

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 のどかな田園地帯を80km/hで飛ばす。

座っているとそうでもありませんが、車端部で立っていると結構揺れます。
いまはすっかりローカル線となってしまいましたが、昔は石炭列車が走って、急行列車だって1日4往復もあった路線ですから、走りっぷりは見事。

80km/hは函館本線あたりじゃノロノロと感じますが、こちらは単線でしかも線路わきの林の草木が繁って線路ギリギリまで迫っているところもあり、スピード感は相当なものです。

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 深川駅留萌線の場内信号機。

右手に複線電化の函館本線が見えてくれば、まもなく深川です。
場内信号機は4番線に進路を示しています。
その下に、消灯していますが四角い進路予告信号機があるのは、貨物列車や急行列車の深川駅で併結作業のあった頃の名残ですね。

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 いくつものポイントが主要駅を思わせる。

深川駅構内に差し掛かると、複雑に絡み合ったポイントが主要駅であることを思わせます。
速度を落として進入、10時00分深川駅4番ホームに到着。
深川では1/3くらいの乗客が降りました。

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 深川駅に到着。

今乗って来た石狩沼田発の列車は、深川から新たな乗客を乗せて旭川まで直通します。
車内の乗客は、留萌本線内よりも増えていました。

深川発10時13分発旭川行き。
この時間帯の留萌本線から旭川へ直通する列車が設けられたのは比較的新しく、留萌本線が今の形態となってからのことです。
以前は深川発旭川行きの独立した列車となっていました。
留萌本線廃止後も、函館本線下りのこのスジは存続するのではないでしょうか。

深川で入れ替わった乗客は、結構若い人が多いのが印象的でした。
彼らにとって、週末に深川から旭川まで出かけるのに便利な列車なのでしょう。

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 旭川への乗客を乗せて発車を待つ4924D。

さて私はというと、ここ深川からは札幌への帰り道となります。
選択肢は2つ。

1つは、11時06分発滝川行普通列車。
2つ目は、10時19分発札幌行『ライラック14号』。

えっ、特急?
と思われるでしょうが、持っているのは札幌発の一日散歩きっぷなので、滝川までは別に乗車券を買わなければならないのです。

深川〜滝川間の自由席特急券は320円。
特急に乗れば1本早い列車で札幌に戻れるのでね。

というわけで、深川駅の改札口で石狩沼田の整理券を渡し、石狩沼田→滝川の乗車券と深川→滝川の自由席特急券を買いました。
合わせて1,240円。


 ◆ 深川 10:19 → 10:32 滝川【ライラック14号】

深川から乗った『ライラック14号』は混んでいました。
自由席は満席、デッキには立ち客も。
ライラック6両編成のうち、自由席は5・6号車の2両のみ。
旭川系統の特急も、いつの間にか指定席化が進んでいるのでした。

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 深川駅1番ホームに入線する『ライラック14号』。

特急の全車指定席化が進んでいますが、こちら旭川系統の特急も近いうちに全車指定席化という流れのようです。
全車指定席になると320円だった特急料金が850円にもなってしまうわけで。
別にこの流れに反対するつもりはありませんが、普通列車が極端に少ない区間では、チケットレス割引などを設けてほしいところです。

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 深川駅で購入した乗車券と自由席特急券。

デッキはすでに立ち客が2人いたので、私は客席の方で立つことに。
特急車は座れば快適ですが、立っていると窓の天地が低いので外が見ずらい。
これが窓が大きいデクモなら、立っていてもそういうストレスが無いのはさすがです。

乗車は1駅13分ですが、それ以上に長く感じました。

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 滝川からの737系電車岩見沢行。

滝川駅では乗車口の前に行列が出来ていました。
自由席ならば札幌まで立ちっぱなしですね。
混んでいてJR北海道にとっては結構なことだと思われるでしょうが、でもこれは以前は毎時2本あったのが毎時1本に減らされた上での混雑ですからね。


 ◆ 滝川 10:40 → 11:19 岩見沢【2360M】

滝川からは岩見沢行2360Mに乗り換えます。
ここからは再び一日散歩きっぷの客となります。

こんどは737系電車2両編成。
オールロングシートの39分間。
車内がガラガラなのがせめてもの救いです。

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 737系電車は長〜いロングシートが特徴。

美唄でまとまった乗車がありました。
それでも空席の方が多いくらいでしたが、乗客は若い人が多い。
目立つのはお洒落な服装をしてメイクもばっちり決め込んだお嬢さん。
内装は都会的でも所詮はローカル列車の中で、妙に異彩を放って見えました。


 ◆ 岩見沢 11:34 → 12:21 札幌【180M】

岩見沢でまた乗換となります。
今度は小樽行普通列車。

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 岩見沢からの731系電車3両編成。

エアポート編成をちょっと期待しましたが、1番ホームに停車中は731系3両編成。
またもやオールロングシート。

この車内も若い人が多い感じ。
さっき乗っていた岩見沢までの電車と同じく、やはり妙に気合の入ったお嬢さんが目立つ気がします。
ここまで気合の入ったお嬢さんは、札幌の地下鉄あたりではあまり見ない気がする。
彼女たちにとって賑やかな札幌に出かけるのは、きっとハレの日なのではないか。

勝手にそんなことを思いながら、野幌・大麻あたりからは立ち客が増えてきました。
すっかり都会の通勤電車という感じです。

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 札幌駅に到着。

12時21分札幌着。
特急に乗ったおかげで、予定よりも1時間以上も早く札幌に戻ってきました。

でも、もう帰ってしまうのは勿体ないなあ。
一日散歩きっぷを持っているので、今日1日は乗り放題。

じつは札幌に早く戻って来たのは、ちょっと思うところがあったから。
今度は札沼線で北海道医療大学へ向かいます。


 ◆ おまけ/札沼線 北海道医療大学駅へ

今度の北海道医療大学行は、嬉しいことに721系エアポート編成。
陣取ったuシートのゆったりした座席は、今日で一番快適な乗り心地です。
指定席と書いてあるけど、エアポート運用以外は自由席になるので。
ですが窓が曇って、すりガラスみたいになっているのが相変わらずなのは残念ですね。

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 札沼線の終点、北海道医療大学駅。

乗車45分で終点の北海道医療大学駅に到着。
文字通り北海道医療大学のほかは点在する農家しかないという駅です。
ここが現在の札沼線の終点となっています。

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 ホーム終端から40mほど先で線路は終わっている。

北海道医療大学駅のホームは2面あり、北側にある1番ホームは、以前はここから先浦臼や新十津川まで行く列車も発着していました。
札沼線の北海道医療大学〜新十津川間は2020年に廃止となっています。
その前年の2019年は私もせっせと乗りに行ったので、廃止からもう5年も経つのかあという気持ちになります。

ホームから少し先に行ったところに車止めが見え、その先に架線の終端となる電柱が通せんぼするように立っていました。

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 ↑ JR北海道HP〜路線図から時刻検索より一部引用。

ここで説明するまでもないことでしょうが、札沼線の線名の由来は、札幌の『札』、沼田の『沼』を1字ずつ取ったものです。
来年留萌本線が廃止されると、その『沼』も消えてしまうわけで。
何だか、片方の帰る家がなくなったような格好となってしまいますね。

・・いいえ、ここは学園都市線なのでしょう。

札沼線の線名こそ残っていますが、ローカル線としての札沼線はとっくに消えてしまったのでしょう。
電化されて札幌近郊の通勤路線として生まれ変わった、新たな路線になってしまったのです。
札幌から石狩月形、浦臼、新十津川、はては石狩沼田まで繋がっていたことは、もう思い出や想像の世界でしかありません。

留萌本線と石狩沼田駅の廃止後は、札沼線も1つの使命を終えるのであります。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 25/10/04 | Comment(0) | 道北の旅行記

2025年、最後になる留萌本線へ1

9月最後の土曜日、今日は早起きして札幌駅まで歩きます。
地下鉄は始発前。まだ薄暗い。

途中通ったススキノはまだ前の日の続きのように人が歩いていました。
元気だなあ。若いなあ。
私だって昔は朝方まで飲んで遊んで始発電車で帰宅するなんてこともありましたが、もうさすがに出来ない芸当であります。

歩いているうちに夜が明けて、5時30分札幌駅に着きました。

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 改札が始まる前の札幌駅西コンコース。

札幌駅のコンコースは朝5時15分から開いていますが、改札が始まるのは5時40分から。
改札口前は人だかりが出来ています。
スーツケースを持った人が目立ちますが、こちらは『北斗2号』か『エアポート10号』の客、そうでないのは始発電車で朝帰りの人たちでしょうか。

5時40分になり、札幌駅お馴染みのチャイムが鳴り、
「ただいまから改札を始めます」
の自動放送が流れると人だかりは一斉に改札口へと向かいます。

ところで、6時前の札幌駅で唯一営業している売店は、改札内コンコースにある駅弁屋だけ。
こちらは改札開始と同じ5時40分からの営業。
偉いぞ、札幌駅立売商会。
さすが創業100年以上にもなる老舗です。

駅弁でも1個買いたいところですが、これからずっと普通列車の車内なので持て余しそう。
残念ですが、やめておくことにしました。


 ◆ 札幌 6:00 → 8:16 深川【921D】

5時47分、苗穂方向から2両編成の列車が入線します。
これが旭川行き921Dとなります。

かつてはキハ40形で運転していた列車でしたが、2024年3月のダイヤ改正でH100形気動車に置き換わっています。
ドアが開き車内へ。
せっかくなので数少ないボックスシートに座ります。

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 デクモことH100形2両編成の921D。

まだ発車まで10分以上ありますが、車内はほぼ満席になってしまいました。
乗客の多くが朝帰りと思しきお兄さんとかお嬢さんたち。
あとは大き目のカバンを持った遠くまで行きそうな人など。

隣は一足先の5時50分発新千歳空港行『エアポート10号』。
こちらも良い乗車率で発車して行きました。

   ◆

さて、今日は朝早い921Dに乗る理由はと言いますと、来年(2026年)3月31日を最後に廃止が決定している留萌本線に乗ることです。

留萌本線は2016年12月に第一段階として留萌〜増毛間が廃止となりました。
2023年3月に石狩沼田〜留萌間が第二段階の廃止廃止となり、今の深川〜石狩沼田間の路線となりました。
本来は2023年に全線廃止となるはずでしたが、深川〜石狩沼田間は通学生の利用があることから、廃止は3年間延長するということになり現在に至っています。

来年(2026年)はその延長期限の3年後に当たります。
JR北海道はすでに留萌本線の鉄道事業廃止届を国土交通大臣宛に提出しており、廃止は決定事項となっています。

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 滝川まで使用する一日散歩きっぷ。

この最後に残った留萌本線は、去年(2024年)も乗っており、さすがにもういいかなとも思っていました。
ですがもう一度乗っておけばよかったと後悔するのも何なので、出かけることに決めました。

今回使用するきっぷは『一日散歩きっぷ』。

相次ぐローカル線の廃線で使用範囲が狭くなったのに加えて、値上がりして現在は2,730円。
随分と高くなったなあと思うものの、これが例えば札幌から滝川まで往復したら乗車券だけで4千円以上にもなるので、かなりお得なきっぷということになります。

なお、滝川から先は有効区間外となるため、乗車券を別途購入する必要があります。
それでもこのきっぷを使用するのが一番安いということになりました。

この一日散歩きっぷは現在は冬季の発売はしておらず、2025年は11月9日発売分で終了となっています。
これがあるうちに、最後の留萌本線に乗っておこうと今回の日帰り旅行としました。

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 函館行『北斗2号』と並走する。

ほぼ満席と立ち客を乗せて札幌駅を発車します。
右側はすぐに同時刻に発車した『北斗2号』が寄り添ってきて並走します。
札幌〜白石間が方向別複々線だからできる芸当なんですね。
これを見ることが出来るのはJRでは首都圏と京阪神とここ札幌のみ(どや顔)。

こちらは本線上に出ると一気に加速、隣の特急は亘り線をいくつも通過する速度制限を受けるので、出足の速いこちらが追い越して勝利。
と思いきや、苗穂駅手前で減速すると、出遅れた特急が一気に追い越して行きました。
このあたりはキハ40時代から変わっていない様子。

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 石狩平野を北上。

H100形のボックスシートはシートピッチが広くなっていて、そこそこゆったりとはなっています。
だけど相席はやはり窮屈ですね。
向かいの2人連れは英語で話をしている外国人。手ぶらなのでそう遠くへは行くまいと思いましたがどうなんでしょう。

苗穂、白石、厚別と各駅に停車しますが、意外なのは降りる人が少ないこと。
むしろ各駅から乗ってくる人の方が多いようです。
江別市内となる大麻あたりから降りる人が目立ち始めました。
終電をのがした朝帰りの乗客は、札幌市外の人が多い感じです。

岩見沢を出ると車内は余裕が出てきましたが、相変わらず混んでいる印象。
1両当り20人程度で、普通の3ドア車ならば余裕の乗車率なのですが、座席数の少ないH100形の弱点でしょう。

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 滝川駅停車中のTHE ROYAL EXPRESS(ザ・ロイヤルエクスプレス)。

今日は深川まで行くのですが、一旦滝川で降りることにしています。
ここから石狩沼田までの乗車券を買う必要があるからです。

ホームに出ると向こう側の4番ホームに、なんとなんと『ザ・ロイヤルエクスプレス』が停車中でした。
元はJR東日本と伊豆急行が運行しているクルーズトレインですが、夏場は北海道でも運行しています。

真っ黄色になったDE15が重連で客車を連ねています。
いや、正確には客車ではなく電車なのですが、非電化区間も走ることからディーゼル機関車で牽引し、車内の電源は一番後ろに連結した電源車から供給するというものです。

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 重連のDE15形機関車が牽引している。

ところがこの列車、まだ8時前とはいえ、車内に人の気配がありません。
まるで回送列車のよう。

あとで調べたらこの列車は、昨日札幌を出発した3泊4日の行程で、昨日は札幌を出発して旭川で乗客を降ろして、乗客は専用バスで移動し上川町のホテルで宿泊。
今日の午前中にその乗客を和寒駅で拾うことになっています。

しかし、昨日旭川駅で乗客を降ろし、今日は和寒駅へ向かうはずの列車がなぜ滝川駅にいるんでしょうかね。
しかも編成は札幌方向を向いているしね。
旭川に居場所がないので、滝川まで移動して夜明かししたとか。
私ではこれ以上のことはわかりません。

滝川では10分間の停車時間なので、この間に駅で石狩沼田までの乗車券を買わなければなりません。
この列車にいつまでも見とれている暇はないので階段を下りて改札口へ向かいます。

改札を出て乗車券を買おうとすると、券売機は数人の行列。
仕方なく持っていたKitacaで自動改札を通ります。
深川まではICカード乗車券が使えるので、深川に着いたら改めて石狩沼田までの乗車券を買うことにします。

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 網走行『オホーツク』が10分遅れで到着。

ホームの案内放送はしきりに特急『オホーツク1号』が遅れていることを伝えます。
この921Dは滝川でこの特急に抜かれるダイヤになっているので、こちらも遅れている特急の接続待ちとなります。

放送では遅れは7〜8分と言ってますが、スマホで列車走行位置を見たらすでに10分は遅れている模様。
そのため、この921Dも10分遅れで滝川を発車することになります。
こちらは深川で1時間近くもの乗り継ぎ時間があるので、少し遅れるのはむしろありがたいんですけどね。

やがて10分遅れの『オホーツク1号』が到着。
基本3両ですが、今日は4両編成。
自由席も指定席も満席に近い乗車率なのは立派。

特急が発車すると、こちらも後を追うようにすぐに発車となります。
さっき席を立ったときに座っていた席は取られてしまったので、今度は最後部に立って後面展望を眺めながら行くことにしました。

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 札幌から2時間16分、深川に到着。

深川着は9分遅れの8時25分となりました。
ここで車内の何人かが席を立ちます。
札幌からの人もチラホラ。
こちらは留萌本線乗換え組の人たちでしょうか。

深川駅では乗る人の方が多く、20人くらいの乗客がこの列車に乗り込みました。
ここまで来ると旭川圏だということを感じます。


 ◆ 深川 9:13 → 9:28 石狩沼田【4923D】

さっきの遅れにより、深川駅での待ち時間は48分となりました。

私は滝川駅でKitacaで入場しているので、深川駅で一旦出場します。
運賃は580円。

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 深川駅に掲示のきっぷ運賃表。

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 深川駅の券売機で買った乗車券。

今度は券売機で深川→石狩沼田の乗車券を買いました。
360円。
さっき改札口で駅員に話せば滝川→石狩沼田の通し乗車券を買えたのでしょうが、深川で買いなおしても40円しか違わないので。
それに通しで買うと、深川で途中下車できなくなるということもあります。

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 2階建ての駅舎が主要駅であることを思わせる深川駅。

一旦改札を出る格好となったので、外に出て駅前を歩いてくることにします。
と言っても何かあるわけでなく、駅前の通りを次の交差点まで歩いてまた戻って来ました。

いい天気なのはいいけど、日なたを歩いていると汗ばむほどの陽気。
上着の下は、今日は半袖でも良かったかな。

再び深川駅まで戻ってくると、ちょうど4番ホームに石狩沼田行きが入線するところでした。
まだ発車20分以上も前ですが、ホームへ向かいます。

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 深川駅跨線橋内の発車案内。

真っすぐ列車には向かわずに、深川駅の留萌本線ならではのものをあれこれ撮影させてもらいます。
まずは跨線橋にある発車案内から。

電照式の表示機は『石狩沼田方面』『4』と表示しています。
この『石狩沼田方面』とある部分は、かつては『留萌方面』でした。
石狩沼田〜留萌間廃止後に今の表示に改められたのですが、石狩沼田の後ろにうっすらと留萌の字が見えているのがご愛敬。

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 留萌本線廃止後は閉鎖されるであろう6番ホーム。

4番ホームへ下りる階段を通り越して、6番ホームへ行ってみます。

現在このホームを使用する列車は、18時16分発石狩沼田行き1本のみとなっています。
18時00分から18時10分までの10分間は、旭川行き普通2369Mが特急退避のために4番ホームに入るので、留萌本線の列車は6番ホームを使用します。

このホームも留萌本線の列車がなくなると不要になり廃止後は閉鎖され、いずれ撤去されることでしょう。

そんなはみ出しホームの割には上屋もあって立派な造りなのは、かつて深名線もあったから。
さらに古くは、6番ホームの反対側も使われていて島式ホームとなっていました。
当時は駅舎側から1、2、3、4、5とホームの番号が割り振られ、4番は留萌本線、5番は深名線の列車が使っていました。

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 6番ホームと留萌本線ゼロキロポスト。

この6番ホームにあるのが0(ゼロ)キロポスト。
ここが留萌本線の正真正銘の起点となる場所です。
過去には深名線の0キロポストでもありました。
留萌本線廃止後は、用済みとなるこの0キロポストも撤去されることでしょう。

考えたら、JR発足後に線名ごと消滅する廃線は深名線以来じゃないかな。
江差線もそうだって?
あれは道南いさりび鉄道として今も存続しているので別だと思います。

とにかく、この0キロポストを見るだけでも、北海道の鉄道は寂しいことになったと実感させられます。

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 4番ホームで発車を待つ石狩沼田行4923D。

だいぶ前置きが長くなりましたが、いよいよ留萌本線石狩沼田行きに乗車します。
深川駅から留萌本線の列車に乗るのは、このブログで記事にしているものだけでも5回目(多分)。

見慣れた風景にもなってしまった感がありますが、でもこれが最後になるでしょうね。
そのつもりで札幌からやって来ましたよ。

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 転換クロスシートが6列並ぶキハ54車内。

まだ発車10分以上前ですが、クロスシート部分は全部埋まってロングシート部分はまだ空いているくらい。
20人はいない、17〜18人といったところ。
石狩沼田〜留萌間廃止の時は、廃止1年くらい前から立ち客が出るほど乗っていたのを見たものですが、今日の乗車率はちょっと寂しい感じもします。

廃止までまだ半年ありますから、冬休みあたりから増えてくるのでしょうか。

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 どこか旅情を感じさせる窓。

私はロングシートの窓がある部分に陣取ります。
陣取ると言っても、終点の石狩沼田まで距離にして14.4km、片道わずか15分の乗車なのでどこでもいいのですが。

車両はキハ54形。
国鉄が民営化前に最後に送り出した車両。

ステンレス製の近代的な外装に似合わず、内装は1段上昇二重窓と天井から下がるJNRマークの扇風機。冷房なし。
どことなくチグハグさが隠せない車両ですが、私はこの車両好きですね。
JRになってから中央部のボックスシートは、特急や快速海峡から発生した中古のクロスシートに交換されています。

いまはキハ40形のH100形気動車への置き換えが終了し、道内の一般形気動車の増備は一段落した状態です。
ですが、製造が1986年で、車齢が今年で39年になるこの車両。
そう遠くない将来に、このキハ54形の淘汰も始まることでしょう。

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 旭川行『ライラック5号』が到着。

9時06分、札幌発旭川行き『ライラック5号』が到着します。
ドアが開くと何人かがパラパラと降りましたが、この列車に乗り継いだのは1人か2人だったと思います。

9時13分、深川を定刻通りに発車となりました。

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 函館本線と別れる。

深川駅を発車するとしばらく並行していた函館本線と別れます。
複線電化の立派な幹線からローカル線へと分け入ってという感じがとても良い。

これは根室本線とか日高本線も似ていますが、あちらは別れるとすぐにお互い見えなくなってしまうのでね。
道内で幹線とこんな別れ方をするローカル線も、留萌本線が最後のような気がします。

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 木造駅舎の北一已駅。

市街地を抜けると、すぐに水田が広がる田園風景となります。
函館本線も同じく田園風景の中を走りますが、あちらは一段高いところを走っているような感じに見えます。
こちらはいかにもローカル線で、地面までの距離がやっぱり違うのよ。

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 広々とした田園風景が続く。

のんびりとした景色とは反対に、この列車は結構飛ばします。
直線区間は線内最高速度の85km/hで走行するのだから、窓を開けているとスピード感は相当なもの。

それもそのはずで、留萌本線と言えば昔は空知の各炭鉱から留萌港へ向かうD51牽引の石炭列車がバンバン走っていた路線ですから、線路規格は上級線クラス。
さすが腐っても鯛と言いたくなる走りっぷりです。

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 秩父別駅は秩父別町の中心。

途中の秩父別は立派な木造駅舎が出迎え。
しかし無人駅で、以前に車で来たときは駅の中はポロボロだったのを覚えています。

よく言えば昔ながらの木造駅舎が原形で残っている、悪く言えば町の玄関口なのに忘れ去られて放置されていたことにもなります。
特に飾りつけもなく、この駅はまだ廃止に向けた取り組みはなさそうですね。

廃止後はこの駅舎はどうなるのでしょうか。
解体されてしまうのか、個人が買い取って使用するのか。
この駅の位置関係から、どこかの町のようにさっさと取り壊して道路や公園とか団地にしてしまうなんてことはないと思いますが。

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 石狩沼田駅が近づく。

乗車15分はさすがにあっという間です。
前方の窓から見ていると、草ぼうぼうの線路の向こうに石狩沼田駅が見えてきました。
線路は1本だけ、棒線駅の終着駅です。
ホームにかかる上屋のやたらと立派なのが、かつての鉄道と駅の地位を象徴しているようです。

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 石狩沼田駅に到着。

石狩沼田駅では、せっかくの石狩沼田の文字入りの乗車券を運転士に渡して下車します。
本来ならば無効印を押してもらって記念に持ち帰りたいところですが、ワンマン列車ではこの取り扱いをしていない旨の張り紙が車内にあったので致し方ありません。
まあ、私は使用済みきっぷを集めているわけではないので別にいいのですが。

折り返し時間は15分。
『鉄道グッズ』と書いた幟が見えたので、駅舎内に販売コーナーでもあるかに見えましたが、窓口も閉じられ無人でした。
平日は簡易委託駅となり、窓口で乗車券の販売をしているのですが、今日は土曜日なのでそれも無し。
廃止半年前にしては少々寂しいことで。

折り返しの15分間は撮影タイムとします。
ほかに行くところもすることも無いということもありますが。

もうすこしゆったりと風景を眺めたり、情景を感じたりすればいいじゃないかって?
ええ、私も過去にそう思っていたことがありました。
撮影もほとんどせずに、カメラすら持ち歩かなかった時期もありました。

ですがねえ、後になって今になって、ああ・・あの時もっと写しておけばよかったと激しく後悔しております。
だから今日は、せっせと撮影しておきます。

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 かつて使われていた2・3番ホームが残る。

ホームの立派な上屋だけでなく、反対側に残る2・3番ホームの跡からも昔は主要な駅の1つだったんだなあと思わせます。
札幌や旭川とを結ぶ急行列車が1日4往復も走って停車していた時代もありました。

このホームが使われなくなったのは1994年にそれまでのタブレット閉塞から自動化されたとき。
それまではここ石狩沼田でも列車交換が行われていましたが、以降は列車交換は峠下駅に集約され石狩沼田駅は棒線駅となりました。

1本だけになった線路ですが、ホーム端から赤さびた線路はさらに続いていて、300mほど先に車止めが設置されて終わりになっています。

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 線路はホーム終端から300mほど先で途切れている。

もうこの先留萌まで行くことはできません。
車でもなければ、行くことはできません。

深川〜留萌間は路線バスの留萌旭川線が1日5往復運行していますが、あちらは国道233号線経由で沼田町内は通りません。
現在は石狩沼田と留萌は直接行き来することが出来なくなりました。

今では根室へ行けない根室本線や日高に行けない日高本線なんて路線もありますが、どちらも終点から代替バスや既存のバス路線に乗り継げば線名の地まで行くことはできます。
ところがこちら留萌本線だけは、終点から線名の地へたどり着くことができない路線となってしまいました。

かつては鉄道が廃止されると代替路線が必ず設けられました。
しかし今の時代は、鉄道が通っていたからという理由だけでバス路線を用意できるほど甘くはない。
無情にも、本当の行き止まりとなってしまった石狩沼田駅。

そんな現実を嫌でも思い知らされます。

〜2へつづく      

posted by pupupukaya at 25/09/28 | Comment(0) | 道北の旅行記

2024年、721系電車乗り納めと短縮された留萌本線へ2

 ◆ 深川 → 石狩沼田 →深川【4925D/4926D】

留萌本線に乗り換えるために深川駅で下車した私です。
次の石狩沼田行は12時36分発。旭川始発なのでホームでしばらく待つことになる。

ホームで列車を待つのは私のほかは地元のおばちゃん2人、それに車内整備の係員だけ。
日曜昼のローカル線なんてこんなものなのか。
やがて遠くに近づいてくる列車のシルエットが見えてきた。
どうやらキハ54形の模様。

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 旭川始発の石狩沼田行4925Dが到着。

やがてキハ54形1両の石狩沼田行が到着した。
車内は結構人の姿が見える。

2023年3月末をもって石狩沼田〜留萌間が廃止となった留萌本線だけど、残った区間も2026年春には廃止となることが決定している。
だからこの線も名残客や鉄道ファンで混んでいるのだと思い込んでいた。

列車が到着してドアが開くと思いのほかぞろぞろと降りてきた。
留萌線の客とばかり思いこんでいたが、ほとんどが旭川〜深川間の乗客だった。

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 降りる人が多かった。

車内に乗り込んだのは地元のおばちゃん2人と私。
引き続き車内に残っていたのは鉄道ファンらしい3人だけ。

車内整備の係員はというと、窓を開けてサボの回収。

ずいぶんと寂しい姿になって発車を待つ。

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 キハ54 509の車内。

このキハ54形は国鉄型車両。
国鉄最後の1986年11月に登場している。

当初は札幌や函館にも配置されたが、のちに宗谷本線北部や留萌本線、釧網本線、花咲線といった気候条件の厳しい地方に配置されるようになった。

軽量ステンレス車体に計500馬力の2台エンジン搭載の強力型気動車は、急勾配や積雪の多い線区では歓迎されたことだろう。
またスピードアップにも貢献している。
急行『礼文』に使われていたこともあった。

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 JNRマーク入りの扇風機。

このキハ54の登場時は、ステンレス車体というのが新鮮だった。
今でこそ鉄道車両といえばステンレス製ばかりだけど、当時はステンレス製車体はこの車両が初めてだったからね。

車内はというと、当初はカラフルなボックスシートが並んでいたが、のちに新幹線0系や特急車両からお下がりの座席に交換されている。
オリジナルのボックスシートの車両は、現在は存在しないようだ。

当時としては真新しい車両だったのだけれど、どこかちぐはぐな感じの拭えない車両でもあった。
デッキ付きなのはともかく、旧来から踏襲する一段上昇の二重窓とか、天井からぶら下がる扇風機とか。

倒産寸前の国鉄は、旧車からの中古品を車内に取り付けて新車としたのだった。

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 シートは0系新幹線からのお下がり。

車内中央部に9列並ぶ転換クロスシートは、元々は東海道・山陽新幹線で走っていた0系新幹線のお下がり。
いや、0系新幹線から津軽海峡線用の50系客車に転用されて、さらにこのキハ54形にやってきたのだと察する。
かつて青函間を走っていた快速『海峡』も、モケットの色こそ違えど同じ座席が並んでいたから。

花形の新幹線の座席から、流れ流れて今はローカル線の座席となっているのだった。

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 ひじ掛けに内蔵の灰皿とテーブル。

さっき乗っていた721系電車も同じ転換クロスシートだけど、こちらのは新幹線用なのでひじ掛けに灰皿とテーブルが内蔵されている。
テーブルはつまみを引っ張り出して回転させればテーブルになるものだが、いくら引っ張っても出てこなかった。
使用できないように固定されているらしかった。
これは灰皿も同様。

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 深川からは普通乗車券の客となる。

発車時刻が近づいても新たな乗客は増えないまま発車となる。
地元客2人と鉄道ファン4人(私含む)という陣容。

函館本線と別れると、一面銀世界の中を1両の気動車は進む。
リズムよく刻むジョイント音が心地よい。

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 木造駅舎の北一已駅。

やがて最初の駅である北一已へ停車。
木造駅舎がポツンとあって、駅前は水田が広がるだけという寂しい駅だが、深川から乗った地元客の1人が下車していった。

こんな駅でも、利用者にとっては貴重な列車であり駅でもあると思わせる光景

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 木造駅舎の秩父別駅。

その次の秩父別も木造駅舎が使われている。
降りる人はいないが、若者が1人乗ってきた。ファン客ではなさそう。

次の北秩父別は通過、次が終点石狩沼田となる。

留萌本線は深川〜増毛間の路線だった。
2016年12月に留萌〜増毛間が廃止され、続いて2023年3月で石狩沼田〜留萌間が廃止されたのは記憶に新しい。

その後3年間だけという約束で深川〜石狩沼田間が存続することが決まったのだが、これは深川と秩父別・石狩沼田間の利用者がそれなりにいるので、すぐに廃止できなかった事情でもあった。

逆に言えば、鉄道廃止後の新たな交通体系を検討するために3年間の猶予期間ができたとも言える。
地元自治体も、2026年3月での廃止を合意している。

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 深川市 地域公共交通網リバイバルプランよりスクショ引用。

深川〜秩父別〜石狩沼田間には、1日5往復の空知中央バスの運行があるから、そちらにシフトすればいいんじゃねという話も聞こえてきそう。

ただこの路線、深川への通勤通学時間帯の便がないのである。
通勤通学輸送は鉄道オンリー。

全国でバスの運転手不足が問題となっており、バスを増便するといっても、そう簡単にはいかない時代になっている。
そこらへんは、偉い人がちゃんと考えているので心配ないのだろう。

だけど今後は、鉄道はコストが高いからという理由で安易に廃止する考え方は、改める必要がありそうだね。

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 終点石狩沼田駅に到着。

立派な屋根のある石狩沼田駅のホームが見えてくればまもなく終点。
深川から14.4km、所要15分のあっけない乗車だった。

線路はホームを過ぎても除雪されているが、300m先の車止めの手前で終わっている。
間違いなくここが留萌本線の終点だ。
留萌へ行かない留萌本線というのも奇妙なものだが、ほかにもこんな例はいくつもある。

そういえば札沼線の“沼”も石狩沼田のものだったな。
いまは北海道医療大学止まりだけど、古くはこの石狩沼田までの路線だった。

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 石狩沼田駅に停車するキハ54。

石狩沼田駅の折り返し時間は9分。
どこかへ行く時間はないけれど、せめて外に出て駅舎くらいは眺めたいところ。

ドアを開けて駅舎の中に入ると、ベンチにはこんどの上り列車の乗客となる地元客の姿があった。

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 石狩沼田駅舎。

石狩沼田駅の駅舎は鉄骨ブロック造りの立派な建物だ。
この駅舎は札沼線の廃止後に建て替えられたものだが、当時の留萌本線の重要度が伝わってくるようでもある。

その当時といえば急行が4往復あり、空知の炭鉱から留萌への石炭輸送列車がバンバン走っていた頃だからね。
景気のいい時代もあったねえ。
そんなことを思わせる駅舎だった。

昔は駅前にJRバスの乗り場があって、ここから滝川駅まで結ぶ路線があった。
私も1度だけ乗ったことがある。
新十津川〜石狩沼田間の札沼線代替という路線であったが、JRバスの滝川地区撤退から中央バスの路線となり、その後はいつの間にか消えてしまった。

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 石狩沼田駅の待合室。

再び待合室へ戻る。
薄暗くて色あせたベンチが並んでいるあたり、うら寂れた感じがする。
それでも壁にいろいろ展示物があったりするので、なんとか駅を盛り立てていこうということは感じるが、いかんせん町の人が駅に来るなんてことなど、まずないだろうからねえ。

待合室の中が妙に寒い。
ストーブはあるけどスイッチが入っていなかった。

また折り返し列車の乗客となって深川へ戻る。
乗客は地元客4人と石狩沼田で折り返す鉄道ファン4人(私含む)。

合わせて8人ではやはり車内はガラガラ。
途中で乗ってくる人もなく、15分で終点深川に着く。

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 函館本線と合流。

この留萌本線も残りあと2年とちょっと。
今はまだ静かだけど、そのうちまた名残乗車や鉄道ファンで賑やかになるのだろう。

この留萌本線を最後に、新幹線並行在来線を除けばJR北海道が廃止したがっている路線は一通り片付くことになる。

しかしこれで終わりではなく、JR北海道が『当社単独では維持することが困難な線区』としている路線が8路線残っているわけで。
今のところ結論は3年間先延ばし状態になったようだが、結論を出すときは必ずやって来る。

ローカル線の存続というと、とかく観光客を呼び込むとかそんな話ばかりに行きがちだ。

そんなことより、社会インフラとして国や行政がどうやって維持してゆくべきかという視点で議論してもらいたいものだ。
社会インフラとして必要ならば、コストがかかっても維持してゆかねばならないし、文明国ってのはそういうものなんじゃないの。

ローカル線問題なんて、私ら都会に住む者には関係ないように思えるけど、地方の交通政策の無策のツケは、巡り巡って私ら都会に住む者にも回ってくるに違いない。

都会に住んでいると当たり前のように交通機関に囲まれているけれど、これが10年先、20年先どうなるのだろうか。

今のうちにきちんとした交通政策を作っておかないと、都会の交通機関だって維持してゆくことができなくなることは想像に難くない。

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 深川駅の跨線橋と乗り場案内。

深川からはちょうど札幌行『ライラック24号』の接続があるが、私は721系電車に乗りに来たので14時10分発の滝川行まで待つことにする。

跨線橋にある乗り場案内の『留萌方面』の文字はどうなったのかというと、『石狩沼田方面』に改められていた。
でもよく見ると、留萌方面の文字がうっすらと見えた。

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 深川駅前。

55分間の接続待ち時間があるので駅の外に出る。
寒いなあ。
いや、気温はプラスでむしろ冬にしては暖かい日なのだが、今回は乗り鉄なのであまり冬装備で来ていないからだ。
駅前広場から駅の撮影だけしてまた待合室に戻る。

さっき石狩沼田から着いた列車は、こんどは13時28分発石狩沼田行4927Dとしてホームに停車している。
待合室の窓から様子を窺うが、車内に乗客の姿は見えなかった。
この列車で石狩沼田へ行くと、向こうで3時間近くも過ごす羽目になる。

車両も運転士も石狩沼田で3時間も・・・
そんなはずはないわけで、きっと回送列車になって戻ってくるんだろう。

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 深川駅に設置されたKitaca対応の自動改札機。

深川駅の自動改札機はよく見るとICカード対応のものに交換されていた。
ダイヤ改正の3月16日から岩見沢〜旭川間の各駅もKitacaなどのICカード対応となる。

岩見沢から深川まで乗ってきた車内からも、無人駅の駅舎の中にシートに包まれた新しい自動改札機が見えた。
この駅舎の中にというのが気になるところだ。
ダイヤ改正後には737系電車によるワンマン運転が始まるわけです。

そうすると、今までは無人駅で降りるときは運転士横にある運賃箱にきっぷやお金を投入していたわけだけど、KitacaなどICカードの客はどうなるのだろう。

考えられるのは、
1,運転士にICカード利用であることを告げて降り、駅の改札機にタッチする。
2,バスや市電と同様に運賃箱にICカードリーダーを設けてタッチして降りる。

無人駅でのICカードの扱いは札幌圏の駅でもあるけれど、ワンマン運転区間のICカードの扱いはJR北海道初となるので気になるところ。


 ◆ 深川 → 滝川【2328M】

やがて滝川行の改札が始まったのでホームに出る。
この列車を待つ人は5人くらい。
その9分後には札幌行『ライラック26号』が来るから、待合室の多くの人は特急の客だ。

私もSきっぷ所持なので特急で帰ろうとも思ったが、やはり721系に乗るのが目的なので。

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 4927Dは回送列車として戻ってきた。

1番ホームで待っていると、留萌本線のほうから1両のキハ54がやってきた。
さっき発車して行った13時28分発の列車。
やっぱり回送で戻って来たのだった。

でも何で回送運転なんだろうか。
営業運転でも大して変わらないと思うんだけど。

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 旭川発滝川行2328Mが到着。

続いて滝川行の721系電車が入ってくる。
この電車はさっき岩見沢から深川まで乗ってきた車両が旭川で折り返してきたもの。

車内を見ると、空席は多いが意外と席が埋まっている感もある。
ドアが開くとまた結構降りる人が多かった。

深川は空知振興局に属するが、旭川とのつながりの方が強いということなのだろう。
車のナンバーも深川では旭川ナンバーだし。

車内に入ると、行きの旭川行よりは乗っているかなという感じだった。

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 滝川行2328M車内。

ところで、今乗っている列車は滝川行だが、滝川では17分で岩見沢行に接続する。
滝川で終点となっても、同じ時間帯に滝川始発で旭川へ行く普通列車は存在しないし、もしかしたらこの列車がこのまま列車番号を変えて岩見沢行になるのではと予想してみた。

滝川近くになって、車掌の案内放送に耳をそばだてる。

まもなく終着駅の滝川に着きます・・・4番線に到着します
岩見沢行普通列車は向かい側ホーム5番線から・・・

やっぱり本当に滝川が終点みたいだ。
滝川駅に到着すると車体の方向幕は『回送』を表示した。

反対側の4番線はというと、まず札幌行『ライラック26号』が到着。
席が空いていればこの列車で帰ろうかなとも思った。
もう各駅停車もかったるくなってきた。

Sきっぷを持っているんだから、特急に乗らなきゃ勿体ないような気にもなってきたところだ。
でもなんだか混んでそうだな。
自由席の乗車口はどこも4〜5人の列ができている。

入ってきた特急の車内を窓越しに覗いてみる。
う〜んやっぱり混んでるね。
パス。

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 滝川駅で並んだ721系電車。

特急が発車してしばらくすると、今度は岩見沢行となる721系電車がゆっくりと入ってきた。
滝川駅のホームに721系電車が並んだ格好になる。


 ◆ 滝川 → 岩見沢【2330M】

さっき着いた滝川行は一旦ホームから引き上げて留置線に入るんだろう。
旭川始発の電車がまっすぐ岩見沢まで行けばいいのに、なんでこんな面倒なことをするのか。

鉄道車両の運用ってのは複雑で、1つの編成が単純に決まった区間を往復すれば良いというものではない。
何日かに1回は検査や修繕のために基地へ戻らなければならないし、何年か置きには工場に入って数週間かけてオーバーホールもしなければならない。
それを運休列車を出さないように、線路上で順繰りと回してゆかなければならないのでこうなる。

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 721系の3000番台車。

こんどの721系電車の車番は3000番台。
私は車両の知識がないので何が違うのかはわからないが、デッキの壁の色が落ち着いたものだったので、さっきの車番一桁台のよりは新しい車両ということはわかる。

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 磨りガラスのような窓。

この車両の窓も、またすごいことになっていた。
外から見れば、窓の内側が曇っているように見えたのだが、これは外側が曇っているのだった。
いや、曇っているというより、窓全体をやすりをかけたようにザラザラになっている。

完全に磨(す)りガラスとなってしまっている。

これには原因があって、かつてスピードアップした際に冬に列車から落ちた氷片がバラストを跳ね上げて、そのバラストで窓ガラスが破損する事故が相次いだために、窓ガラスの外側をポリカーボネート板で覆ったことによる。
それが長い年月をかけて劣化し、磨りガラス状態となってしまった。

しかし、外は全く見えない状態。
いくらなんでもこれは酷いんじゃない?

窓くらい何とかしてよ、JR北海道さん。

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 一部の窓は換気用に開けることができる。

奈井江からはこの客室内は貸し切り状態となった。
誰もいないので、車内をあれこれ撮影したり、前部デッキの窓から前面展望を見たりして過ごす。

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 小樽寄り先頭の1列座席は撤去されて車椅子スペースとなっている。

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 前面展望も楽しめる最前部デッキ。

721系電車は助士席側が大きな窓になっているので前面展望が楽しめる。
快速『エアポート』の130km/h運転時代は、ここから覗いていると結構迫力がある眺めだったものだ。

731系以降の通勤電車だと貫通扉の窓しかないからちょっとつまらなくなったね。

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 一直線に伸びる函館本線(奈井江〜茶志内間)。

砂川から美唄までは気持ちよいくらいの直線区間が続く。
重軌条のレールに複線電化、鉄道はやっぱりこうじゃないとね。

道内で真っ先に130km/h化による高速運転が行われたのが札幌〜旭川間の特急だった。
直線区間が多くて線形が良いので、高性能を遺憾なく発揮できたからだ。
その後はいろいろあって、120km/hに抑えて運転するようになった。

再びここを特急が130km/hで走る日は来るのか。
この立派な線路を見ているともったいない様な気がする。

こちら721系普通電車はというと、速度計はピタッと110km/hを指していた。

滝川からわずか39分で岩見沢へ。ちょっと名残惜しくなってきた。
車内の居住性といい、レイアウトやデザインといい、721系電車はJR北海道の名車と言ってもいいだろう。
普通列車用で、これに匹敵する車両が登場することはもうあるまい。

でもまだ引退するわけではないので、そのうち乗る機会はまだあるだろう。
だけど今後は721系電車に会うには偶然に期待するしかないわけで。

快速『エアポート』や札幌近郊電車では、駅弁とワンカップを持って乗るわけにはいかないからね。
そういう意味では、私にとって乗り納めです。

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 岩見沢に到着。

岩見沢が近づくと車掌の到着案内が始まる。
この列車に接続するのは15時38分発小樽行普通列車だけだと思っていた。
岩見沢では14分の接続時間。

ところが車掌は、
札幌行カムイ28号は4番線から15時30分・・・
と伝えた。

そんな列車あったんだね。
あとで調べたら、週末だけ運転の運転日注意の列車だった。
臨時列車だったから全くノーマークだったわ。


 ◆ 岩見沢 → 札幌【カムイ28号】

岩見沢からは特急で帰ります。

入ってきた『カムイ28号』。
2007年に、先代『ライラック』781系電車の置き換えのために登場した車両。

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 週末のみ運転の『カムイ28号』。

特急『スーパーカムイ』として、新千歳空港〜旭川間を結ぶエースとなった車両。

だけど、2016年3月には快速『エアポート』の直通運転取りやめ、2017年3月には津軽海峡線の『スーパー白鳥』がやってきて『ライラック』を名乗るようになると“スーパー”の冠も取れて『カムイ』になり、影の薄い存在となってしまった。

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 カムイ28号の自由席車内。

もう立ちっぱでもいいやと乗り込んだが、運よく空席に座れた。
臨時列車にしては中々の乗車率。

特急は早いね、楽だね。
乗って座席に座ってしまえば札幌までわずか25分。

さっき721系電車のことを褒め称えたけれど、特急に勝るものはないわけで。
まったく現金なものですな (^^♪

ゆるい締めとなったところで終わります。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。  

posted by pupupukaya at 24/02/24 | Comment(0) | 道北の旅行記

2024年、721系電車乗り納めと短縮された留萌本線へ1

今回は乗り納めです。

今年(2024年)3月に行われるダイヤ改正で大きく変わることの1つは、函館本線の岩見沢〜旭川間の普通列車が737系電車に置き換わるというもの。

新しい737系電車は、すでに室蘭本線で運用されていますが、2両1ユニットのワンマン仕様で車内はオールロングシートというもの。
この電車の投入により輸送状況は大きく改善されることになるでしょうが、また味気ない車両が幅を利かせるんだなというのが正直な感想です。

現在岩見沢〜旭川間で運行されている車両の主力は721系電車
3扉デッキ付き転換クロスシートでおなじみの車両です。
これがダイヤ改正後は、オールロングシートのワンマン電車、737系に変わることになります。

とは言っても、721系電車が引退するわけではなく、ダイヤ改正後も快速『エアポート』や札幌近郊の普通列車では残ることになります。
721系電車自体には今後も乗ることができますけど、旅情とか汽車というものとは縁遠いものになってしまいます。

だからそういう意味では、今回は721系電車ではなく、“汽車” の乗り納めと言うことになるのでしょうか。

せっかくなので終点の旭川まで乗りたいところですが、深川で降りて石狩沼田へ行くことにしました。
去年(2023年)3月いっぱいで石狩沼田までに短縮となった留萌本線ですが、こんなことでもないと乗る機会もなさそうなので。

使用するきっぷは普通乗車券としました。
札幌から石狩沼田まで往復で5,720円

現在は『一日散歩きっぷ』は冬は発売されないし、『青春18きっぷ』も春の分は3月1日から開始なのでこれしかありません。
結構高くつくけどしょうがない。
3月からの青春18シーズンになれば混むようになるだろうし、私自身1枚5回分買ったとて使い切れませんから。

というわけで、以下旅行記となります。


 ◆ 石狩沼田までのきっぷ

で、やってきました日曜日の札幌駅。

まず調達しなければならないのが石狩沼田までの乗車券。
それが、10時前の札幌駅の西コンコースの券売機はすごいことになっていた。
5台ある指定券券売機は何十人もの列がずっと続いている。
多くが外国人とみられる人たち。

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 西コンコース指定席券売機にできた長蛇の列。

列は30〜40人くらい?
この後ろについたら順番が来るまでどれくらい並ばされるんだろう。

これはちょっと酷いのではないか。
とは言え大行列は今日だけでなく、札幌駅でのここ最近は日常茶飯事の光景となっている。

JRの特急や指定席に乗るには、紙の磁気券を専用の端末で発券する必要があるのでこうなるのだ。
こんなガラパゴスというか、前時代的なことをいつまで続けるつもりなんだろう。

このブログで再三主張していることだけど、いい加減にチケットレス化できないものですか?JRさん。
ですが今回は旅行記ですので、そういった話はまた改めて・・・

長蛇の列とは反対に、みどりの窓口は余裕がある。
そちらへ行ってカウンターで買うことにした。

順番が来たので、
石狩沼田まで往復」と言うと、
今日行って今日帰られる形ですか?
はい

窓口氏は端末を操作して、
5,460円です

ん?
調べてきたのより安いぞ?

出てきたのが、札幌〜深川間のSきっぷと深川〜石狩沼田間の往復乗車券だった。

いや、Sきっぷでなくて乗車券の往復
と言うと窓口氏は端末を操作して、
乗車券の往復だと5,720円です

特急に乗れるSきっぷの方が安いとは、思わぬ展開になった。

あ、じゃあSきっぷでいいです

結局Sきっぷと乗車券の組み合わせのを購入した。
その代わり深川以外では途中下車できなくなるけど、仕方がない。

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 深川までのSきっぷと深川〜石狩沼田間の往復乗車券。

車や高速バスとの競争が熾烈なので、特急も普通乗車券より安くしなければならない。
だからJR北海道は赤字なんだろうな。

安いことは一見すると良いことに見えるけど、これでは正規の運賃・料金で乗ってくれるようなビジネスや飛び入り客でも、安いきっぷで乗せてしまうことになってしまう。

こんどの特急列車の全車指定席化というのは、こうした悪い割引制度(JR北海道にとっては)を改めるという意味では必然だったのだろう。
経営改善的には、取れるところからしっかり取らなければね。


 ◆ 札幌 → 岩見沢【159M】

10時07分発の岩見沢行で出発して岩見沢で途中下車してから旭川行に乗り継ぐつもりでいたが、途中下車ができなくなったので次の10時37分発岩見沢行に乗ることにする。

時間ができたのでホームで列車を見て回る。
快速『エアポート』の6番ホームはすごいことになっていた。
乗客の半分は外国人じゃないかと思うほどで、車内は立ち客も大勢。

4号車の指定席は大人気で、大型スーツケースを持った外国人の専用車と思えるほど。
しかも発車前から乗車口の前に次の列車の指定席客の列ができる有様。

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 外国人客で大盛況の快速『エアポート』。

3月のダイヤ改正から、『エアポート』も1時間6本体制になり、毎時1本の特別快速が登場する。
JR北海道も、これからは新千歳空港アクセス輸送1本に全ツッパかよと思ったものだ。
しかし、この混雑を目の当たりにすると、それも当然なのかもと思えてくる。

そんな『エアポート』と指定席の様子を見ていたら、なんだかうんざりしてきた。
うんざりなんて言っちゃいけないんだけどね。
制度上普通列車グリーン料金より高い、1席840円也のuシート指定席を満席にしてくれる大事なお客様なのだから。

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 岩見沢行159Mは731系+733系の6両編成。

喧噪のエアポートホームから9・10番線ホームへ向かうと、こちらは閑散としたもの。
ホームの人がほとんど増えないまま、ほしみ始発の岩見沢行が入ってきた。
予想していたけれど、オールロングシート。

私など通勤でJRを利用するわけではないし、それ以外の移動は基本車なので、たまに乗った列車がロングシートだとがっかりする。

でも10時37分発岩見沢行は午前中の下りなのと6両編成ともあってガラガラ。
人がいなければロングシートは広々として快適ではある。

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 731系電車のロングシート。

こんどのダイヤ改正は大幅に増発される快速『エアポート』の裏で、他の路線では減便ダイヤとなる。

今乗っている札幌から江別までの区間は、現在は毎時4本となっているが、こんどのダイヤ改正からは毎時3本に減らされる。
小樽方面も減便となるし、千歳線は『エアポート』の増発の陰で各駅停車は減便となり、運行系統も北広島で分割される。

日中の学園都市線以外の各駅停車列車の本数は、国鉄時代末期まで戻ってしまうことになる。

乗務員不足というのも、さらに減便に拍車をかけることになるだろう。
バスはすでにそれが始まっている。

この先に待ち受けているのは、減便して不便になって利用者が減り、利用者が減ったのでさらに減便して不便にという負のスパイラル。

北海道新幹線が札幌まで来る頃には、北海道の公共交通機関はどうなっているのだろうか。
“どうなっている” は札幌市内や近郊とて例外ではない。

交通政策の無策は、いずれ道内だけではなく、札幌近郊の交通機関をも破壊することになるだろう。
日本の交通行政、とくに北海道庁は『赤字』の2文字だけを理由に、鉄道やバスといった社会インフラの維持を放棄してしまう存在だからだ。


 ◆ 岩見沢 → 深川【2325M】

岩見沢は1番ホームに到着。
3両編成の旭川行普通列車は3番ホームにすでに入っていた。

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 岩見沢駅跨線橋から見る721系電車。

そういえば赤い711系電車の乗り納めに来たことがあったなあ。
あれも2015年の今時期だったっけなあ。

その時の記事はこちら ↓ ↓ ↓

早いもので、もう9年が経つ。
あの時は711系電車が721系電車に置き変わったわけだが、その721系電車に乗り納めに来る日が来ようとは・・・

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 721系電車は近郊電車らしい安定の顔つき。

ステンレス車体に黄緑の帯を巻いたこの電車が登場したのは1988年11月のダイヤ改正だった。
札幌駅の高架開業と同じくしてのこと。
3扉車、冷房付き、転換クロスシート、大きな固定窓というのが斬新だった。

それまで普通列車といえば、ボックスシート、2扉デッキ付き、小さな二重窓が標準だったし、そういうものだと思っていたから。
ED76形電気機関車牽引の客車列車が札幌圏でも普通に走っていた時代。

1988年は、昭和63年だよ。
昭和だよ、しょうわ

昭和時代の車両だったんだねえ。
私はその当時ね、高校生やってたよ。

当時あんたは何やってたんだい。
えっ?
まだ前世だったって?

なんだか遠い時代を思い出してしまったなあ。

この旭川行は1ケタ台の車番。
一番最初に登場した初期車ということになる。

この721系車両も、その後に登場した快速エアポート用を始めとする、様々なバリエーションが存在する。
その車両のあれこれをここでご紹介したいところだが、お恥ずかしながら私は鉄道車両に関する知識を、あまり持ち合わせてはいない。
だからそれについては、他のサイトを参照願います。

だけど運行開始から35年以上、さすがにもう置き換えなきゃだわな、ということくらいは分かる。

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 岩見沢駅3・4番ホームにある木彫りの輓馬像。

窓越しに見える車内の転換クロスシート、デッキ付きの乗降口。
ホームはと言うと、レールを組んだホームの屋根、いかにも『汽車』って感じがして良いね。
旅の途中って感じが湧いてくるよね。

ぼんやり光る、行灯の方向幕もまた旅情を掻き立てる。
最近のはLEDとか液晶パネルのものばかりになった。

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 721系電車の側面。

乗客数はというと、見事にガラガラ。
先頭の階段に近いほうの車両は乗客がチラホラ見られるが、後ろの方に行くにつれて無人に近くなる。

最後部の『クモハ』に乗る。
クモハとは・・・

思わず説明しかけた。そういう話はまた今度に。
ていうか、このブログの読者諸氏には説明不要でしょうが・・・

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 ブルーにスズラン柄のデッキ。

この初期車のデッキの壁は、原色ブルーに白抜きのスズラン柄という派手なもの。
色はともかく、このスズラン柄を初めて見たとき、絶対に札幌市営地下鉄東西線の6000形電車の影響だと思ったものだった。

車内は、3扉デッキ付きなので客室は2つに分かれる。
デッキ仕切り扉は両開き、また出入口前の1席は1人掛けとして立席スペースを確保している。
それまでの2扉デッキ付き車両からは、ラッシュ輸送が大幅に改善された。

しかしそれも長くは続かず、さらに増え続けるラッシュ輸送ではデッキ付き転換クロスシートでも輸送力不足という事態になった。
そこで登場したのが、オールロングシートの731系電車。
このロングシート電車のデザインと車内レイアウトは、以後札幌近郊の電車の標準となって今に至る。

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 茶色の転換クロスシートが並ぶ車内。

さて、がら空きで席が選び放題の車内に入るが、窓の汚さが気になる。
そのうちの、窓の汚れが比較的ましな席に座った。

JR北海道は窓が汚れたままの車両が多いのが困ったものだ。
煤と油が混じった水滴がそのまま固まったような細かい斑点模様がびっしり。
いくら車内や座席が快適でも、これでは旅の楽しみが無くなってしまう。

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 札幌駅で買っておいた石狩鮭めしと純米酒金滴。

発車間際になって1人乗ってきたが、岩見沢発車時点でこの客室内の乗客は私含めて2人だけ。
心置きなく呑み鉄をさせていただきます。

岩見沢で途中下車できないので、お酒と駅弁は札幌駅で買っておいたもの。
駅弁は札幌駅立売商会のベストセラー、石狩鮭めし。

お酒は純米酒 金滴。
このカップ酒は、なぜか札幌駅のキヨスクでしか売っていない。

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 イクラがたっぷりで日本酒も捗ります。

石狩平野の雪原を眺めながら石狩の鮭(石狩産かは不明だが)と新十津川町の石狩川ほとりにある酒蔵のお酒は絶妙コンビ。
冷めてもおいしいご飯に冷や酒がまた合うのよ。

コロナ対策でのデッキ扉解放のせいで、車内は冷たい風がスースーするけど、そこは仕方がないね。
客室のもう1人の兄さんも、窓枠にビールを並べていた。
あちらも最後の721系乗車というか、同じこと考えていたんだろう。

普通列車でこんな呑み鉄も、もう叶わなくなりそう。
ロングシートじゃさすがにやりかねるし、必ずクロスシート車に乗れる区間もなくなってしまうから。

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 汚れた窓が残念。

汚れた窓からは外が見づらいし、もう何十回も目にしている風景なので、目線はどうしても車内の方に行く。

ワンマンではないので時おり車掌が巡回に現れる。
特急停車駅以外はすべて無人駅なので、これらの駅から乗った客は車掌からきっぷを買うことになる。
また下車客からの集札も車掌がやる。

普通列車でこんな光景が見られるのも、岩見沢〜旭川間だけになってしまった。
あとはすべてワンマン化されたし、札幌近郊にも無人駅はあるが、Kitaca区間では車掌が集札をすることはないようだ。

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 グローブ付きの照明はどこか高級感がある。

こうして改めて車内を眺めていると、この721系電車というのは豪華な造りだったんだなあと思う。

天井を見ると照明はグローブ付き。
当時はこんなものは特急車くらいなもので、普通列車の照明なんて蛍光灯むき出しだった。
もっともこれは、731系電車以降はまた蛍光灯むき出しに戻ってしまったが。

照明と並行するルーバーは空調の吹き出し口。
道内は普通列車など非冷房が当たり前で、夏は天井にぶら下がった扇風機が暑い風をかき回していただけ、換気はこれも天井のベンチレーターか窓を開けるかしかなかった時代。

普通列車で冷房付きなんて贅沢すぎるのでは、なんて思ったものだ。
この頃は路線バスだって非冷房が主流だったからね。

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 進行方向を示す矢印と座席番号は快速『エアポート』の名残。

網棚は特急と同じように外側に帯がついたタイプのもの。
快速『エアポート』に使われるようになってからは、ここに座席番号と進行方向を示す矢印が表示されるようになった。

つり革と中吊り広告がなければ、特急並みのアコモデーションと言っても良いくらいだ。
あとは、窓が2席共用のブラインドでカーテンじゃないこと、デッキ仕切り扉が両開きということ。

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 特急車と見紛うような車内。

この電車が登場した昭和の時代、バブル景気真っ只中だった。
いや、バブル景気ってのは90年代になってからの造語で、あの当時は神武以来の好景気なんて言っていた。
バブル景気だから車内が豪華というわけでもないだろうけど。

バブル景気の追い風があったにしろ、この電車は国鉄から新生JR北海道となって初の新型電車だったからね。
当時のJR北海道としては、北海道を代表する電車としたいという思いを込めて設計・製造したのだろう。
その当時の意気込みを各所に感じられる。

シートの色は茶色とシックにまとめられているが、実は登場時の座席の色は真っ赤だったな。
そんなことをなぜ思い出したかというと、シート横に見えている金具の赤い色が目に留まったから。

モケットも、レザー部分も、ひじ掛けもすべて赤い座席だった。
赤い座席が並んで、デッキの壁はこれも青地にスズランの柄。
何とも毒々しく感じたものだった。

今の落ち着いた色に改められたのは、新千歳空港駅開業の快速『エアポート』運行開始以降だったかなあ。

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 座席を向かい合わせにしてみる。

周りに人がいないので、転換シートの背もたれを反対にしてみたり。
シートピッチは910mmと国鉄型特急のサイズだけど、座席の構造が簡単なので向かい合わせにしてもゆったりして見える。
大きな窓と、物が置けるように広くなった窓枠。

特急と比較しても遜色ないほどの居住性。
実際、これの少し前までは特急でも座席がリクライニングしない回転クロスシートというのもあった。
関東のほうじゃ、転換クロスシートの特急(185系)もあったくらいだからね。

この電車の座席はリクライニングこそしないけど、背もたれは十分なほどの傾斜があって、リクライニングしていないリクライニングシートよりもはるかに快適。

それに前の客が背もたれを倒してムカつくこともない。
もうこんな座席が採用されることはないのだろうか。

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 背ずりを前後に転換して向きを変える。

相変わらず車内はがら空きのまま。
前のほうの車両は美唄、奈井江と乗降があるが、後ろの方は静かなもの。
砂川でこの車両にも新たな乗客があった。
それだけ乗ってきたのではなく、たまたまこの車両が改札口の近くに停まったからというだけの話。

それでもまたほとんどが滝川で降りてしまった。
この列車は旭川まで行く数少ない普通列車なので、青春18シーズンなどはそれなりの乗車率になるようだけど、シーズン外の今日は寂しい姿だった。

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 滝川でキハ40形気動車。

滝川の手前で、構内で休んでいるキハ40形気動車を発見。
もうすっかりデクモと呼ばれるH100形気動車に追われた格好で、函館本線の岩見沢〜旭川間と根室本線の滝川〜東鹿越間ではまだ主力として走っている。

これも来年2025年3月ダイヤ改正で定期運行終了となるそうだ。
定期運行のラストランは根室本線滝川〜富良野間か函館方面か。
古い車両をいつまでも使うわけにはいかないとわかっているが、昔ながらの車両がなくなるのは寂しいことだ。

滝川からはいかにも721系電車に乗り納めに来たような人たちが乗ってきたが、相変わらずガラガラのままなので気になるほどではない。
私だってどうせ似たようなものだし。

3月になって18きっぷシーズンとなれば、乗り納めの人たちでこの電車も混むようになるのかな。
それとも人知れずダイヤ改正でひっそりと姿を消すのか。

・・・いや、それは絶対ない。

彼らは必ずやって来る。
だから、すいていて静かな721系電車の乗り納めをしたければ、今のうちにどうぞ。

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 赤い711系電車が現れそうな江部乙駅。

滝川の次の江部乙は堂々とした木造駅舎が今も残っている。
開いたドアからホームと駅舎を見ていると、赤い711系電車が似合う気がした。
新型の737系ワンマン電車との組み合わせはどのように見えるのだろう。

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 深川で721系電車を見送る。

12時26分、深川着。
岩見沢から1時間足らずの短い乗車だったけど、呑み鉄もできて乗り心地も堪能できたので満足できた。

深川では乗客の入れ替わりが目立ったが、下車した人のほとんどは跨線橋の階段へと向かって行った。

次は石狩沼田まで短縮となった留萌本線の客となります。


posted by pupupukaya at 24/02/22 | Comment(0) | 道北の旅行記

2022年留萌本線乗車記2

 ◆ 留萌駅の栄枯盛衰

札幌から普通列車を乗り継いで留萌まで来たわけですが、着いてから折り返しの発車時刻まで2時間近くあるので駅前を歩いてみました。
しかし、寒いのと足元の雪がツルツルなので歩くのも面倒になり、2つ先の交差点まで行ったところで駅に戻ることにします。

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 街から見た留萌駅舎。

駅前はすっかり寂れた商店街になっていますが、昔ながらの市場や食堂などが残っていて昭和の駅前商店街の雰囲気がよく残っています。
その向こうに建つ2階建ての駅舎。
どこか懐かしさというか、安心感というか、そんな思いが湧いてきます。

あそこから汽車に乗れば帰れるんだ・・・

また留萌駅に戻ります。

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 改札口とみどりの窓口。

駅に戻ると、さっきみどりの窓口にできていた行列は消えていました。
窓口で『ありがとう留萌本線記念入場券』(2,000円)はまだあるかと尋ねたら、あるとのこと。
思わず1セット買ってしまいました。
別に並んでまで買うことはなかったようですね※。

 ※ この記事を書いている現在では完売したようです。

留萌駅に来ていつも思うのは、留萌市の規模と駅の乗客数に似合わないほど広くて立派なコンコースだということ。

今は行き止まりのローカル線になってしまった留萌線ですが、その昔は羽幌線が留萌から幌延まであって、増毛方面、羽幌方面、深川方面と3方向へ向かう人や乗り換える人で、広いコンコースは賑やかだったことでしょうね。

往時は急行列車もあって、札幌直通の『はぼろ』『ましけ』、旭川行きの『るもい』と1日4往復もの急行列車が発着してたのだから、当時は主要駅の1つであったことでしょう。
夏季の観光シーズンには、札幌からの臨時急行『天売』も運転されていました。

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 広いコンコースが賑わった往時を思わせる。

一方で札幌〜留萌間の直通バスも古くからあって、主に中央バスが運行していました。
しかし、当時は深川経由で途中の主要バス停に数多く停車する特急バス。所要時間も4時間以上とあっては鉄道の敵ではなかった模様です。

例えば留萌線の最盛期だったと思われるの1973(昭和48)年の時刻表で鉄道とバスの所要時間を比較してみます。

札幌〜留萌間所要時間比較(1973年)
運行所要時間価格
中央バス4:24〜30600円
急行はぼろ(上り)2:44830円
急行はぼろ(下り)2:31
急行ましけ(上り)2:49
急行ましけ(下り)2:27

運賃こそバスが安いですが、所要時間で比較するだけでも、この当時は鉄道の独断場だったといえます。
急行『はぼろ』号の編成は指定席1両、自由席3両の4両編成。
函館線内は急行『大雪』『紋別』と併結して、堂々13両編成で走っていました。

ところが、1984(昭和59)年春に札幌〜留萌間に道央自動車道経由の高速バスが登場します。

札幌〜留萌間所要時間比較(1984年
運行所要時間価格
中央バス(高速るもい号)3:101,500円
急行はぼろ(上り)2:493,500円
急行はぼろ(下り)2:39

バスはリクライニングシートに冷暖房付きで、所要時間は鉄道と遜色ないまでになりました。
対して鉄道はと言うと、札幌直通は急行『はぼろ』1往復だけ、車両はボロボロのボックスシート、運賃+料金はバスの倍以上とあっては、あっという間に鉄道のシェアは崩れ、札幌への乗客はバスへと移ってゆくことになります。

さらに追い打ちをかけるように、同年暮れには札幌〜羽幌〜豊富間に沿岸バスの特急はぼろ号が運行を始めます。
これで羽幌線内からの急行利用客も激減し、同時に留萌線は都市間輸送としての使命を終えたともいえましょう。

国鉄も末期の頃になると、ようやく重い腰を上げて陳腐化した車内アコモの向上やスピードアップなどを始めます。
しかしそれは留萌線急行にまで及ぶことはありませんでした。
またそれは函館線のL特急や都市間の増強がメインで、急行列車は逆に遅くなるという始末。
1973年と1984年を比べると、急行『はぼろ』でも所要時間が5〜8分延びています。

末期の急行『はぼろ』は自由席のみ2両編成、『るもい』は1両編成にまでに短編成化がなされました。
これらの急行も国鉄最後の1986(昭和61)年11月ダイヤ改正で姿を消します。
第2次廃止対象線区となっていた羽幌線も、国鉄最後の1987(昭和62)年末をもって廃止されることになりました。

優等列車も羽幌線も失った留萌線は、ダイヤも営業上も深川〜増毛間の普通列車だけが往復するローカル線と化してしまいます。

その後、国鉄は民営化されてJR北海道となりましたが、高速バス全盛の現状では鉄道は全くのお手上げ状態ということからか、特に動きはありませんでした。

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 多くの出会いと別れがあったであろう改札口。それを見守ってきた時計。

1990(平成2)年秋、札幌〜旭川間が本格的に高速化され、同区間を1時間20分で結ぶ特急『スーパーホワイトアロー』が運行開始となりました。

同時期に留萌線の列車も1往復が快速に格上げされ、快速『るもい』を名乗ります。
所要時間の最速は、下りの『スーパーホワイトアロー』『るもい』乗り継ぎで、2時間00分にまで短縮されました。

留萌駅にみどりの窓口が開設され、札幌〜留萌間に往復割引きっぷのSきっぷが設定されるなど、留萌線の営業もようやく利用者増に向けたテコ入れが行われます。

しかし、その頃には札幌へは高速バスが定着し、道央自動車道も深川ICまで開通して旭川鷹栖ICまでの開通も間近という頃。
翌々年には国道231号線が札幌〜留萌間で通年通行が可能となり、車への移行に拍車がかかります。

JRの施策もバスからのシェア奪回とはならず、僅かな利用者が増えただけの結果だったようです。
快速『るもい』も数年後には普通列車に戻されてしまいました。

冬の道内は吹雪で高速道路が止まることが多々あります。こうなると高速バスも運休となるので、こうした客も取り込もうという狙いもあったのかも知れません。

ところが函館線の特急はともかく留萌線が脆弱で、高速道路よりも留萌線が先に止まってしまうことが多いのではどうしようもありません。
『冬こそJR』なんてキャッチコピーも聞かれなくなって久しくなりました。

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 改札側から見たコンコース。

都市間輸送を捨てた留萌線に残された道は、高校生を中心とする通学生輸送となります。
深川〜石狩沼田間は通学利用がそれなりにあり、留萌線のダイヤは深川口の通学利用に合わせたものとなっています。

一方で、ここ留萌駅は市内の高校が駅から離れた場所にあるのと、列車ダイヤが通学時間と合わないこともあって留萌線沿線でも古くからバス通学が主流になっており、鉄道利用はほとんどありませんでした。

増毛町に高校があった頃は留萌市内から増毛への通学利用がありましたが、2011年に閉校してからは通学利用も皆無となりました。
2016(平成28)年12月には留萌〜増毛間が廃止となっています。

現在の留萌駅の乗車人員は、『JR北海道 地域交通を持続的に維持するために』によると、1日あたり35.2人(H29-R3の5年間平均)。
1列車当たり平均で見ると、わずか5人ということになります。

数少ない貴重な乗客ともいえますが、この留萌駅の利用者はどのような人たちなのでしょう。
その答えは、きっぷうりばの上に掲示してある時刻表にあります。
留萌から新千歳空港への乗り継ぎ時刻表。

それと、札幌までのSきっぷと札幌〜新千歳空港間の往復乗車券を組み合わせた『留萌〜新千歳空港間 8,050円』という表示が目立ちます。

札幌ではなく、新千歳空港というあたり。
ほとんどの人は札幌へは高速バス一択だけど、新千歳空港となるとJRで行こうという気にはなるでしょうね。
逆に言うと、もうこんな隙間産業的なところに活路を見出すしか営業施策は残っていなかったということになります。

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 今は新千歳空港が留萌駅の売りのよう。みどりの窓口上の掲示。

シェアでは大きくなった高速バスですが、これも車への移行と留萌市の人口減少が進んだために、最盛期は12往復あった高速るもい号も今では7往復までに減らされています。

華やかだった頃を想像し、赤字ローカル線として辿って来た留萌線を振り返り、こうして列車に乗って留萌駅を実際に見ていると、留萌駅が廃止になるのは時代の流れと受け止めることしかできません。

駅や鉄道が消えるのは寂しいことですが、現役でありながら人が寄り付かず寂びれる一方の駅や駅前ってどんなものでしょうか。
すっかり錆びついて、ぽっかりと街から取り残されたような駅がいつまでも放置されていてもしょうがありません。

この留萌駅は廃止後は取り壊され、留萌市の複合施設が建設されることになっています。
それがどのようなものになるのかはまだ不明ですが、各所にバラバラにあるバスターミナルはここに集約されることでしょう。

今となっては、新たな交通拠点として再出発することを願うだけです。


 ◆ 留萌駅あれこれ

留萌駅で一番新しいものは改札口に設置された液晶モニターの発車案内標でしょうか。
あれば便利だけど、古びたコンコースで異彩を放っています。
そもそも、この列車本数で必要なのかって気もしますけど。

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 液晶モニターの発車案内。

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 『ありがとう留萌本線』のスタンプも加わったスタンプ台。

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 改札横に設けられた写真撮影コーナー。

留萌駅の待合室はコンコースとは仕切られています。
これも国鉄型の駅舎によく見られるタイプで、ここ留萌駅のほかは倶知安駅、滝川駅、富良野駅など。

新しい駅は待合室は設けられず、コンコースにベンチを置いただけというのが多いですね。
寒い北海道なので、改札口やエントラスから外気が入ってくるコンコースと仕切ったほうが暖房効率が良くなるし、乗客も暖かい部屋で待つことができるわけです。

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 コンコースに隣接した広い待合室。

待合室にある立ち食いそば屋は14時までの営業時間で、着いたときは既に閉店してました。
ここのそばを食べたければ、もう1本早い列車で付く必要があります。

にしんそばが有名。私も何度か食べたことがありますが、こんどは天ぷらそばが食べてみたかった。

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 待合室にある立ち食いそば屋。

待合室の奥は、天井からはカモメのハリボテがいくつも吊り下げてある空間があります。
カモメは、2007年に訪問したときに撮影した画像にも写っていたので、それ以前からのものということになります。
SLすずらん号絡みのイベントにでも使われたのでしょうか。

いかんせんトイレの出入り口の前とあっては、何かしようにも難しいだろうし、デッドスペースと化している空間です。

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 待合室奥にカモメが舞う。

待合室の一部はパネルが設置され、懐かしの留萌本線として過去の留萌駅と留萌本線の特別展示コーナーとなっていました。
時間だけはたっぷりとあるし、ほかに行くところもないのでじっくりと拝見させてもらいます。

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 待合室の一角に設けられた懐かしの留萌本線のコーナー。

私はSLファンではないのでSLの写真を見てもフーンとしか思いませんが、惹きつけるのは留萌駅が賑やかだった時代の写真。
あとはネットだけではわからない留萌駅の歴史を知ることができました。

下は留萌駅待合室に展示の特別展示の画像をいくつか紹介します。

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 『留萌駅前風景』(昭和41年)

これは1967(昭和42)年建築の今の2階建て駅舎となる前の留萌駅舎。
勾配の途中に段のついたギャンブレル屋根(腰折れ屋根)が特徴の木造駅舎で、同様の正面玄関上の庇も特徴となっています。

屋根と庇の形だけは銭函駅に似てますね。この留萌駅舎も同時期の昭和初期の建築と思われます。
あと、写真右側に停まっているタクシーは、3代目トヨタコロナでしょうか。

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 『初代駅舎』(明治末期〜大正)

次は明治末期から大正あたりに撮影された駅舎。
こちらは旧増毛駅の駅舎に似た印象。

説明書きに、
”初代駅舎は明治43年から昭和42年までの間、判明しているだけで2回改修を行っています”

とあるので開業当初の駅舎のようです。上画像の駅舎にいつ頃建て替えられたのかは展示のものだけではわかりませんでした。

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 『乗降客で賑わう留萌駅』(昭和30年代)

次は1番ホームにあふれる乗客を跨線橋から撮影した写真。
先代の駅舎時代は、1番ホームから2・3番ホームとを結ぶ跨線橋と、1番ホームから羽幌線用の4・5番ホームとを結ぶ跨線橋が別々にあったようです。
1番ホームの人々は羽幌線ホームに着いて改札口に向かうようです。

中線に貨車が停車中ですが、3番ホームから向こうも貨車がひしめき合っていますね。
昭和30年代といえば道路網は貧弱でマイカーなど庶民には無縁の時代。
貨物も人も鉄道が唯一の手段だった時代の一コマ。

この頃の人々は、まさか留萌線や留萌駅が廃止になるとは絶対に思いもしなかったことでしょう。

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 『97mあった長い跨線橋』(年代表示なし)

跨線橋といえば、羽幌線ホームとを結んでいた長い跨線橋。今は一部が残るだけです。
写真で見るに想像すると、この跨線橋は今の駅舎と同時期に建て替えられたものと思われます。
下の画像を見ると、建築中の跨線橋の後ろに木造の跨線橋が見えますね。


待合室に展示の写真や、元留萌駅員だった高木勲氏のイラストと回想をじっくりと見て回って30分。
あとは待合室でエンドレスで放映している『留萌本線開通90周年』のビデオを見て過ごしました。
留萌駅での2時間近くは思いのほか長く感じます。

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 待合室の窓からホームを見る。

この留萌駅も来年3月末で廃止となるというのに、ずいぶんと寂しい感じがします。
寂しいから廃止になるんだということではなく、駅で何もやっていないということ。

待合室のそば屋は14時で閉店、駅前のラーメン屋はシャッターが閉まっています。
駅の外に観光案内所とお土産屋の看板が立つが、店までは雪道を3分ほど歩かなくてはならず、そこまで行くのも面倒。
ホームからは新しくできた道の駅が目と鼻の先に見えますが、歩けば10分ほどかかりそうです。

ここ数年来、道内の鉄道は廃止が相次いでいますが、廃止が決定する頃から駅の中や駅前には売店ができたり観光案内所ができたり、にわかに商売する人達が現れるわけですが、ここ留萌駅はそうしたものが何にもない。

かつての終着駅、江差駅、増毛駅、新十津川駅と思い出しますと、廃止前は廃線フィーバーといった熱気がありましたね。
廃止が近づくと名残乗車客が多くやってくるわけですから、もうちょっと商売っ気があってもいいような気がするんですけどねえ。

それとも、留萌駅自体が市民からはすっかり忘れ去られたところになってしまったとか?
さすがにそれはないでしょうけど、留萌駅は有人駅なので構内営業という扱いになるからという事情もあるのかも知れませんね。


 ◆ 留萌 16:17 → 深川 17:15【4928D】

ガランとしたコンコースの床には緑色のラインがジグザグに引かれていて、この線に沿って並ぶことになるようです。
気の早い人達は15時30分頃には改札口の前に並んでいました。

だんだんと人が集まってきて20人くらいの行列となります。
改札口前に並ぶ派と、改札まで待合室で座っている派に分かれた様相。
並んでいる人も、席を取るためというよりも、他に行く場所がないから並んでいるという感じ。
外に出たって寒いし、出たところで何かあるわけでなし。

廃止が近くなると便乗商法の業者が出てくるのは賛否両論あるでしょうけど、こうして何もないのもどうかと思います。
それくらい長い折り返し時間でありました。

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 整列用に緑色のラインが引かれたコンコース。

16時、深川行きの改札が始まります。
同時にコンコースやホームにメロディーが流れるのは『夕陽』という曲で、2010年から発着メロディーとなっているそうです。
ちょうど日が沈み、これから夕暮れという時間に聞くと、ちょっとセンチメンタルな気持ちになるようなメロディーです。

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 乗客を乗せ、1番ホームで発車を待つ深川行。

私は留萌駅から列車に乗るのは、おそらくこれが最後になります。

年末年始以降は留萌本線の列車も留萌駅も本格的に混雑するようになるのではないでしょうか。
最終日のラストランは、このホームも大勢の乗客と見送りびとでごった返すことでしょう。

改札口に立つ駅員と発着メロディーの『夕陽』に見送られ、留萌駅を後にします。

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 信号機は出発進行。留萌駅発車前。

ホームでの撮影を終えて車内に入れば、行きと同じくらいの乗車率。
空いていたロングシートに腰を下ろします。

外はもう薄暗くなっており、留萌を発車してしばらくすれば暗闇になるでしょう。

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 留萌駅発車直後の車内。

列車は各駅に停車しますが、峠下までは乗降ゼロ。
明日萌駅クリスマスフェスタをやっている恵比島駅から数人の乗客がありました。
行きの4937Dから降りた顔ぶれもあって、ここで3時間もお疲れ様でしたといったところ。

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 サンタが出迎える恵比島駅。

このまま深川駅まで乗り降り無しかと思いましたが、次の真布でも何人か乗ってきたのには驚きました。

撮り鉄組?
下り4929Dからの折り返し乗車?
クリスマスパーティー in 真布?

よくわかりませんけど、真布からは立ち客数人となりました。
ここから先は各駅乗降ゼロで深川駅に向かいます。

17時17分、私たち鉄オタを乗せた列車は若干遅れて深川に着きました。

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 深川駅に到着。

ホームに出たら列車の撮影をする人が多いのかと思っていましたが、降りた人たちはあっというまに階段を登っていってしまいました。
おそらく札幌行『ライラック36号』に乗り換えたのでしょう。

私は18時01発岩見沢行普通列車に乗り換えとなり、46分間待たねばならないので一旦改札を出ます。
改札を出たものの、ベンチはふさがっているし外は真っ暗なのでコンコースの隅っこで立って過ごします。

みどりの窓口では、さっき留萌線の列車に乗っていた人がいて指定券の発行替えをしてもらっている様子。
「大雪は」とか「サロベツは」と聞こえてくるので、そういえば宗谷線と石北線は雪害で運休していることを思い出しました。

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 深川駅コンコースと改札口。

だから今日は留萌線の列車も空いていたんですね。
ツイていたと言えば不謹慎でしょうが、札幌からだと影響がほとんどなかったので忘れていました。

ちょうどいま時期に鉄道で道内旅行をしている人たちにとっては大きく予定が狂ったことだろうし、予期せぬ宿泊が増えたり他の交通機関で移動するなど予想外の出費を余儀なくされた人も多そうです。

冬の北海道も素敵ですが、冬の旅行は交通機関が止まるリスクも念頭に置いて予定を組む必要があるでしょう。


 ◆ 深川 18:01 → 岩見沢 19:15【2336M】

岩見沢行が発車するのは1番ホームですが、ちょっと早めに入場して跨線橋を渡って6番ホームへ向かいます。
停車中の列車は18時09分発留萌行4931D。
留萌線の列車は、普段は4番ホームに発着するわけですが、この列車だけは深川駅6番ホームから発車する唯一の列車なんですね。

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 深川駅で一番離れた6番ホームで発車を待つ留萌行4931D。

なぜこの列車だけなのかと言うと、4番ホームは18時10分発旭川行2333Mが特急『カムイ31号』の退避で使用するからです。
もともとこのホームは深名線の列車が使用していましたが、深名線廃止後も一部の留萌線列車発着用として残っていたものです。

この留萌行きの乗客は地元の人らしい2人だけという寂しい車内。
こんな時間に留萌方面に行こうという名残客はいないようです。
逆に言うと寂しい留萌本線に乗りたければ、こうした夜間の列車に乗ってみるのもありでしょうか。

ただ、冬は夜に留萌に着いても確実に戻ってこれるという保証はありませんがね。

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 深川駅1番ホームに岩見沢行普通列車が到着。

1番ホームに戻り、こんどは岩見沢行き普通列車の客となります。
入ってきた列車は721系電車。
岩見沢〜旭川間は電車であれば安定の721系運用です。

車内には乗客の姿が結構見えましたが、ほとんどが深川で降りてしまい、入れ替わりに入った車内はガラガラでした。
深川からの乗客は、さっきの留萌線で見た顔ぶれも見ましたが、数えるほどしかいませんでした。
留萌線4928Dの乗客は、札幌行『ライラック36号』、旭川行『カムイ31号』、それにこの岩見沢行に分散したようです。

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 転換クロスシートが並ぶ721系電車。

せっかくのガラガラの車内なので、ここで夕食とさせていただきましょう。
このために午前中に岩見沢駅で釜めしを買っておいたわけです。

釜めしと深川駅で買ったカップ酒を出して・・・
そうか、特急じゃないからテーブルがないんだ。

しょうがないから窓枠に置いてみます。

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 岩見沢観光協会で買ったとり釜めし。

岩見沢の釜めしの容器は陶器の釜を使っている。
もともとは岩見沢駅の駅弁で、当時は箱を持った駅弁売りのおじさんから買ったものです。
私が中学生の頃の話。1個たしか600円でしたね。

岩見沢を通るたびに買うものだから、家にはこの釜の陶器が10個くらい溜まったものでした。
いつしか駅弁業者が廃業となり、釜めしも姿を消します。

2000年代になって、市内の仕出し業者が復刻発売するようになったものが今の釜めしです。

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 とり釜めしと純米げんき村。

駅弁だった頃の釜めしは、釜の容器に生米を入れて炊いていたので底にお焦げがあったのを思い出します。
この釜めしにはお焦げがないので、炊きあがったものを詰めただけのようです。

とは言ってもホロリとほぐれるほど柔らかく炊いた鶏肉や、しっかいと味の染み込んだ具材、それに鶏だしの炊き込みご飯はどれも素朴だけどしっかりとした味。

アテは日本酒といきたいですね。
深川物産館で買った純米 げんき村は倶知安の二世古酒造のお酒。
なんで深川で倶知安のお酒なのかはわかりませんが、スッキリと飲みやすい味わいのお酒と炊き込みご飯が妙にマッチする組み合わせでした。


 ◆ 岩見沢 19:38 → 札幌 20:23【268M】

岩見沢でまた乗り換えです。
23分の接続時間があるので、改札を出て1階のセブンイレブンでまたお酒を買ってきました。
また721系だったら車内でもう1杯やろうと言うものです。

ロングシートだったら・・・
あきらめます。あの座席でお酒を飲む勇気は、まだ私にはありません。

こんどは小樽行普通列車の客となります。
ホームへの階段を降りると・・・残念、733系でした。

まあお酒は飲めなくても持って帰ればいいだけの話。
そう思って編成の中ほどまで行くと、なんとuシート車両が。

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 岩見沢からの小樽行はuシート連結の733系電車。

uシートに乗るには指定券が必要です。
ですがそれは快速『エアポート』だけのことで、それ以外の列車で使用される場合は自由席扱いとなるんですね。
これはツイてるとばかりに、深々としたuシートに座ってワンカップを開けさせていただきました。

白石の手前あたりで721系電車の快速エアポートが隣の線路をゆっくり追い抜いてゆきます。
年末の週末ということもあるのでしょうか、エアポートはこんな時間でも混んでいますね。

転換クロスシートの席がほぼ埋まった隣を走るエアポートを見ていると、何で古い721系をエアポートに使って、新しい733系を岩見沢方面の普通列車に使うんだろうと、ふと頭をよぎります。

新しい方をエアポートに使ったらいいのに。
このあたりがJR北海道の謎運用ですな。

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 札幌駅2番ホームに到着。ここも新幹線工事が始まる。

20時23分、すっかり通勤電車風となって札幌駅2番ホームに到着。
10月で使用停止になった向かいの1番ホームは、柵で塞がれて工事のための資材が積んでありました。
2030年度開業予定で工事が進んでいる北海道新幹線の線路が敷かれることになっています。

  ★  ★  ★

遅れも運休にも遭遇することがなく無事札幌に帰ってきました。
ここのところ雪害による運休が続いていたので運が良かったといえます。

これから北海道は冬本番となりますが、冬は荒天や雪害による運休や不通が年々増えております。
留萌線乗車を含めた道内旅行は余裕を持ったスケジュールで、また運休の際の代替交通機関を事前に調べておくことをおすすめします。

DSCN0653.JPG
 今回の旅行で手に入れたもの。

最後に今回の旅行の費用をあげます。

2022年留萌本線乗車の費用
費目場所金額\備考
宿泊代ルートイン北四条4,076旅行支援40%引
交通費桑園駅2,000クーポンde乗り放題
食費・小物岩見沢観光協会1,880釜めし、711グッズ
食費・小物深川物産館730お酒、駅名標マグ 
食費セブンST岩見沢店302ビール
入場券留萌駅2,200記念と普通の
食費セブンST岩見沢店162カップ酒
クーポン -3,000ほっかいどう応援クーポン 
合計8,350 

宿泊代と留萌までの交通費を合わせて3千円ちょっとで行けるぞと思ってましたが、結構ちょこちょことお金を使ってしまいましたね。
とは言え、しばらくはもうどこへも行く予定はないので、たまにはいいんじゃあないでしょうか。

ではこのへんで。

〜2022年留萌本線乗車記 おわり  

posted by pupupukaya at 22/12/29 | Comment(0) | 道北の旅行記

2022年留萌本線乗車記1

今回の旅行は、2023(令和5)年3月31日をもって廃止が決まった留萌本線です。

廃止といっても全線ではなく、今回は石狩沼田〜留萌間35.7kmの区間。
残る深川〜石狩沼田間は今後3年間は存続するものの、2026年3月末での廃止がこれも決まっています。

留萌へ行く留萌本線としては来年の3月末までの営業となります。
最後にもう一度くらいは・・・と思っていましたが、札幌から鉄道で留萌までというのはちょっと遠い。

遠いというのは、留萌まで安く行ける切符がないということで、一応深川まで往復特急利用ができる『Sきっぷ』札幌〜留萌間(5,750円)というのがあるけれど、わざわざ混んだ列車に乗るために6千円近くも出す気はしませんね。

北東パス(7日間)や青春18(5日分)ならば1日あたりならば安くなるけど、とてもそんな日数は使い切れない。
普通列車で行くと札幌からだと接続も悪く時間が掛かり過ぎるし。

深川か留萌まで車で行って、留萌線を往復乗車してくるという手もありますが、ここのところ留萌線は連日混雑しているとも聞いており、正直そうまでして乗りたいとも思わないわけで。

しかし見つけてしまいました。安いきっぷ。

クーポンde 北海道乗り放題パス』というもの。
2,000円でJR北海道内の普通列車が1日間乗り放題というきっぷ。
普通列車限定なので留萌までは時間がかかるけど、安く行けるのはありがたい。

ところがこのきっぷを買うには条件があって、ほっかいどう応援クーポンを最低1枚使う必要があるということ。
このクーポンを手に入れるには、『HOKKAIDO LOVE!割』(全国旅行支援)を使ってホテルに泊まる必要があります。

なんだ、駄目じゃん。
と思った瞬間、どこかに泊まればいいんじゃね!とひらめきました。

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 ほっかいどう応援クーポン専用のクーポンde北海道乗り放題パス。

こうなると行動は早い。さっそくHOKKAIDO LOVE!割プランがある札幌市内のホテルを予約してしまいました。

宿泊代金は40%引きで4,076円に。
さらに、『ほっかいどう応援クーポン』が3,000円分付与されるので、実質宿泊代はと言うと千円ちょっと。

というわけで、出発前日の金曜日に会社からホテルに直行しました。

ホテルは朝食バイキング付きプラン。
これなら週末は毎週ホテル暮らしも悪くないなと思ったくらいでした。

この全国旅行支援は12月28日で一旦終了し、年明けの1月10日から再開することになっていますが、割引額もクーポンの額も減額されるので、こんなオイシイ思いもこれが最後となりそうです。

それはともかく、ほっかいどう応援クーポンをゲットして、翌土曜日にホテル最寄りの桑園駅で『クーポンde 北海道乗り放題パス』を購入してスタートします。


 ◆ 桑園 → 札幌 10:07 → 岩見沢 10:48【155M】

桑園駅で1本早い列車に乗って札幌駅へ。
新しくできた11番線ホームを見てから岩見沢行普通列車に乗ります。

岩見沢までは大体オールロングシートの車両に当たることが多いのですが、嬉しいことに転換クロスシートの721系電車でした。

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 札幌駅から721系電車でスタート。

札幌の天気は曇り空。
天気予報では雪となっていますが、留萌方面は晴れの模様です。

心配なのは列車の運休。
今週前半は空知方面の大雪で岩見沢〜旭川間の運休が続き、さらに宗谷線と石北線では運転再開の見込みが立たず、運転再開は早くても27日以降になるとしています。

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 曇り空の札幌駅を発車。

岩見沢では44分の待ち時間。
この次の旭川行2325Mに乗り継ぐには1本あとの159Mでも間に合ったんですが、岩見沢で買い物をしたいので1本前の電車で来たわけです。

一旦改札を出て、駅舎1階の岩見沢市観光協会へ。
ここの物産販売コーナーに置いてある釜めしが目当て。

店内を探すと、冷蔵ケースに並んだ釜めしがありました。
えび、とり、ほたての3種類が3個ずつ。なくなったら売り切れということなのでしょう。
とり釜めし(1,080円)にします。

あと711系コーナーがあって、クハ711塗装破片入りキーホルダー(800円)というのを見つけ、これも買ってしまいました。
別に集めているわけではないんだけど、こういう鉄道小物を見るとつい買ってしまう・・・。

ここで、ほっかいどう応援クーポンの最後の1枚を使いました。


 ◆ 岩見沢 11:32 → 深川 12:28【2325M】

こんどの旭川行普通列車は3番ホームからの発車となります。
この3・4番ホームは上り線ホームとなっていて、下り普通列車はたいてい7番ホームから出るのが多かったのですが、ホームの割り振りが改められたようです。
逆に札幌方面の普通列車の多くは7番ホームからとなっていました。
これも除雪の関係からなのでしょうか。

11時17分に滝川から来た2324Mが到着。折り返し旭川行2325Mとなります。

DSCN0150.JPG
 岩見沢から再び721系電車。

青春18きっぷのシーズンだし、数少ない旭川直通の普通列車なので混んでいるかなと思っていましたが、到着して乗り込んだ時点ではどの車両もガラガラ。
発車時刻が近づくにつれて乗客が増えてきましたが、それでも十分余裕があるくらいの乗車率で岩見沢を発車しました。

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 肘掛けが赤い721系の初期車。

岩見沢からの721系転換クロスシートの座席でさっそく呑み鉄させていただきます。
今日は土曜日、お休みです。
たまには昼から1杯やってもいいんじゃない。

そう思って、岩見沢駅1階のセブンイレブンでサッポロクラシックのロング缶を仕入れておきました。

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 サッポロクラシックで呑み鉄。汚れきった窓が残念。

乾燥した車内で飲むビールがまた旨い。
車じゃこうはいかないね。
酒気帯び運転で捕まってしまうからね。

幸いなことに、列車内では酒気帯び乗車で捕まることはないからね。
だけど、近年はこうした車内での飲酒は忌み嫌われる傾向にはあるようです。

ところで、岩見沢〜旭川間の電車は安定の721系運用ですが、この車両も初期のものは製造からすでに30年以上が経過しており、そろそろ置き換えになってもおかしくない頃です。

普通列車が気動車で運行されている室蘭線の電化区間では、2023年5月に新型737系電車に置き換わることになっています。
JR北海道の発表では、737系電車は13編成製造とのこと。
これは室蘭線だけの運用ではちょっと多すぎるので、函館線岩見沢〜旭川間の721系電車を置き換えてワンマン化する可能性が高いです。

いや、きっとそうなるのでしょう。
 ・・・

新型電車はワンマン仕様の2両編成、車内はオールロングシートということです。
クロスシートでのんびりと呑み鉄なんてことも、これが最後となりそうです。

車内は鉄道ファンらしき人も多いですが、地元客の方が多い模様。
峰延、美唄、奈井江と下車する地元客の姿がありました。

途中から乗ってくる人もいて、地域密着の列車といったところです。
このあたりはここ数年続いている特急の減便と、並行する国道12号線の中央バスの減便の影響もあるのでしょうか。

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 車内は北へ向かうにつれて混んできた。

滝川から予想以上の乗車客があり、座席は多くの列がふさがった状態に。
顔ぶれだけ見ていると、さてはみんな留萌線に乗りに行くのでは?

岩見沢から乗車56分で深川着。
さてどうなることやら。

車内は一斉に席を立つのかと思ったが、そうでもありませんでした。
逆に深川から乗車する客の方が多いくらいでした。

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 深川駅に到着。

車内の顔ぶれも、深川からの乗客も、意外と学生のような若い人が多い。
女の子は着飾って、旭川へ遊びや買い物にいくのでしょう。

コロナ以降、たまに列車の旅に出ると若い人の利用が多いのに驚かされます。
年寄りが外出を控えるようになったので若い人が目立つだけなのかもしれませんが、乗客の顔ぶれだけ見ていると鉄道もまだまだ捨てたものじゃないと思えます。

深川駅ではちょうど1時間の待ち時間。
駅前の散策でもしたいところですが、昨日からの暖気で雪が溶けて路面はツルツル&ザクザク状態。
駅舎の撮影だけして、また駅にもどります。

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 昭和、平成、令和そして国鉄からJRへと時代を経てきた深川駅舎。

駅の隣は深川物産館となっていて、深川の名産品や土産物などを販売しています。
そばめしおにぎりが置いてあるので手を伸ばしかけるものの、さっき岩見沢で釜めしを買ったしなあ。

代わりに買ったのはワンカップ入りのお酒(290円)と留萌駅の駅名標のマグネット(440円)。
また小物を買ってしまいました。

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 深川駅コンコースと改札口。

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 駅員手書きの留萌線の案内。

深川駅は留萌線の客でごった返しているのかと思いきや、ベンチがほぼふさがったくらいの人が列車を待っている程度。
特急の客の方が多いようです。

改札口横にあるパネルに留萌線の案内があるくらい。
まあ、3月末で廃止になるのは石狩沼田から先で、深川駅からすれば留萌線は石狩沼田までは3年間存続となるわけだから、こちらはまだ廃止ムードには早いようです。


 ◆ 深川 13:28 → 留萌 14:25【4927D】

13時過ぎ、まだ改札中の表示はないが自動改札機を通ってホームへ向かいます。

留萌行の列車は4番ホーム、旭川行特急ライラック15号は向かいの3番ホームから発車。
3・4番ホームは特急の乗客の方が多いくらい。

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 跨線橋の乗り場案内。

ライラック15号が発車すると3番ホームに2つある乗車口に4〜5人の列ができるくらいの乗客となりました。

発車1時間くらい前からホームに行列ができるくらいを想像していたのでちょっと拍子抜けの光景ですが、さほどの混雑ではないようなのでひとまず安堵します。

この時点で並んでいれば車内のクロスシートをゲットできたのでしょう。
こちらは立ちんぼう覚悟でやってきたので、列には加わらず様子を観察することにしました。

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 留萌からの4926Dが到着。

13時13分、留萌からの4926Dが4番ホームに到着。
キハ54形気動車1両。
これは日によってはキハ150形になることもあるようです。

着いた列車は、窓ガラスが曇っているので車内の様子はよくわかりませんが、ざっと見で詰めれば全員着席できるほどの乗車率といったところでしょうか。

全員下車すると車内清掃員が1人乗り込んで一旦ドアが閉まります。
ホームの放送でもその旨の案内がありました。

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 今日の留萌線はキハ54 503がつとめます。

そうしている間に乗客が少しずつ増え始め、ドアの前は10人以上の列ができました。
ドアが開いたのが13時17分。
車内清掃といっても、転換クロスシートの向きを変えるだけなのですぐに終わったようです。

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 車内清掃が終わるまではドアの前で並ぶことになる。

並んでいた人が全員乗車したあたりのタイミングで車内へ。
クロスシートは全部ふさがっていますが、ロングシート部分はまだ余裕がありました。
デッキで立って行くつもりでしたが、せっかく空いているのでロングシートに座らせてもらいます。

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 発車10分前の車内。座席は十分余裕がある。

それ以降も1人2人と乗ってきて、発車時刻間際に帰宅の高校生が数人乗ってきて発車。
乗客数はざっと見で30数人といったところ。
高校生は後部デッキを居場所としていました。

秩父別、石狩沼田と高校生と地元客が下車、これで車内はほぼ鉄道ファンと名残り乗車客となった模様です。

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 学生が下車した石狩沼田駅。

石狩沼田からは来年3月末で廃止になる区間。
しっかりと車窓を眺めておきたいものですが、窮屈なロングシートと小さい窓ではままならず、ちょっとデッキへ移動します。

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 石狩沼田駅発車時の4927D車内。

高校生が下車して無人になった後部デッキからしばらく車窓を眺めます。
フロントガラスには巻き上げた雪が付着し、ドアの窓は曇って眺めは良くありませんが、ロングシートで窓を背にしているよりはマシですかね。

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 後部デッキからの後面展望(石狩沼田〜真布間)。

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 古めかしい真布駅。

この車窓も最後なんだなあということになるのですが実感は沸かず。
ずっと車窓を眺めていても、沿線の撮り鉄さんの姿は意外と見かけませんね。

本当に来年3月で一部廃線になるんかいなというような拍子抜けな留萌線でした。

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 一面雪原となった水田地帯を行く(真布〜恵比島間)。

明日萌(あしもい)駅、じゃなかった恵比島駅で数人が下車。
『ありがとう留萌本線』の幟が立ち、サンタクロースに扮した人が手を振っているので、何かイベントをやっているようです。

調べたら、12月24日、25日の2日間に『明日萌駅クリスマスフェスタ』が行われているとのこと。
イベントはグッズ販売やクリスマスカードのプレゼントなど。
ちょっと楽しそうですけど、ここで降りてしまうと次の列車まで最低でも3時間近くここで過ごす羽目になるので、それはちょっと・・・

駅以外にどこへも行きようがない場所なので、夏ならばともかく冬はちょっとやめといたほうがよさそう。
このあたり、所詮は車で来る人用のイベントということになりますね。

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 クリスマスフェスタが行われている明日萌駅こと恵比島駅。

恵比島駅で降りていった人たちは、これからどうすんるんだろうと余計な心配をするも、どうしようもない。
数人が下車しましたが、ここから乗ってくる人も同じくらいいました。
いつまでも荷物に番をさせておくわけにいかないので、自席に戻ります。

車内もだいぶ落ち着いて、前のデッキでかぶりつきの人以外は全員着席といったくらいの乗車率で恵比島を発車。
2つのトンネルをくぐって峠越えをすれば、沼田町から留萌市へとなります。

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 木造駅舎が原型で残る峠下駅は留萌本線唯一の交換駅。

峠下では完全冬装備の人が下車しました。
この次の列車は暗くなってからしか通らないので撮り鉄さんなわけないか。
地元の人?

次は幌糠駅に停車。乗降ゼロ。

幌糠は留萌市の幌糠コミュニティセンター、郵便局、警察の駐在所などがある小さな市街地となっています。
その市街地にある幌糠駅はそれなりに利用客はいそうですが、JR北海道の統計では1日あたり乗車人員は1名以下。
つまり日常的な利用者はほとんどいないわけです。

時刻表を見ても留萌駅に通勤通学時間帯に着く列車が1本もないのがそれを物語っていて、国道にバスが通っているので、通勤通学を含めて日常の足は古くからバスとなっていることになります。

それでもホームはきちんと雪かきがなされ、貨車駅ながらもきれいに塗装され、出入り口の上には照明が灯っている。
誰かがボランティアでやっているわけではないので、当然誰かが負担しているわけです。

駅はいったい誰のためにある?
幌糠駅を見ると、そんなことを思ってしまいます。

少なくとも、廃止の話が出ると声高々に主張を始める人たちの為にあるのではないと思うんですが。

また余計な話になってしまいましたね・・・。

とにかく、遅れも運休もなく留萌駅に到着しました。

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 留萌駅1番ホームに到着。

留萌駅に着いていつも思うのは、幅広のホームと駅舎から堂々と張り出した鉄骨を組んだ上屋です。
これぞ1番ホームというような貫禄がありますね。
たった1両の列車が不釣り合いに感じます。

かつて羽幌線があった時代は1番から5番までのホームがありました。
4・5番ホームは羽幌線のホームで、1番ホームから長い跨線橋で結んでいたのを思い出します。

今は駅裏の船場公園となっていますが、たくさんの貨物側線が並んで、その向こうに羽幌線ホームがありましたね。
もう今から35年も昔の話ですが、結構思い出せますよ。
羽幌線がなくなってから留萌駅も一気に寂しくなった気がします。

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 留萌駅の駅名標。

2016年に留萌〜増毛間が廃止となってから2番ホームは閉鎖されたようです。
それでも除雪車の待機線となっているようで、レールは除雪されて踏面を出していました。

かつての増毛方向はというと、ホームの先からは雪に埋もれ、その先には車止めが見えました。
増毛まで列車が行っていたのがついこの間のような気がしますが、あれからもう6年も経つんですね。

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 留萌駅停車中の列車と駅構内。

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 かつての増毛方向。

構内の東側に踏切がありましたが、留萌〜増毛間の廃止後に線路が撤去されると、待ってましたとばかりに国道231号線が整備されました。
いまは4車線の立派な道路が通っています。

国道231号線増毛方向から、羽幌方向へ行く国道232号線へ出る短絡路となる道路なので、車で通るには便利になりましたね。
2020年7月には道の駅るもいがオープンしています。
このあたりは車で通るので、そちら側からよく知っていましたけど。

しかし、鉄道がなくなったおかげで便利になるとは皮肉なものですが、これが現実でもあります。


 ◆ 留萌駅の駅舎

前回留萌駅に来たときは11分の折り返しで駅そばも食べてという慌ただしいものだったのでホームや駅の様子を見る暇はありませんでしたが、今日は1時間52分の折り返し時間があるので、そのあたりじっくり見学しようと思います。

改札を出ると、みどりの窓口に行列ができいました。
これは『ありがとう留萌本線記念入場券』を買い求める行列ですね。

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 記念入場券を求める列。

私はその手のものは集めてはいないので行列には加わらずに外に出ます。
札幌からずっと曇り空でしたが、留萌は青空が出ていました。

留萌駅の駅舎は鉄筋コンクリート2階建ての、これも堂々たる駅舎です。
2階はかつては駅員の詰め所や現業機関となっていたのでしょうが、現在はFMもえるが入居して、ここから放送しています。

列車が着いたときは客待ちタクシーが数台止まっていましたが、乗客がいないと見るや去ってしまいました。
だんだん人影もなくなって、駅舎は存在こそ大きいけれど、今では市民からは影の薄い存在になってしまったかのようです。

DSCN0440.JPG
 JR留萌駅の表示。

この留萌駅は廃止後はどうなるのかというと、駅舎は解体して跡地には留萌市の複合施設が建設されるようです。

鉄道があった時代の遺産として・・・と言うのは簡単ですが、長年雨風や潮風にさらされた建物は既に建物としての使用は限界と思われます。
これからも使用するのならば耐震工事も必要になるでしょうから。

せいぜい今のうちにしっかり見ておく、しっかり撮っておくしかありませんね。

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 東側から見た駅舎。

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 構内に残る跨線橋。

駅舎の東側にある使われなくなった跨線橋は、今は2番ホームのところで切られているが、かつては羽幌線のあった4・5番ホームまで延びていたものです。

その延長は97mありました。
昔の留萌駅といえばこの長い跨線橋が一番印象に残っています。

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 留萌駅待合室に展示の特別展示『留萌駅構内』より。

上画像は留萌駅待合室にある特別展示の写真を撮影したものです。
説明書きに『昭和30年代』とありますが、おそらく昭和60年代の誤り。

構内に1両停車している、キハ24と思しき車両の側面にJRマークらしき物が見えますので、少なくともJR化以降の撮影と思われます。

留萌駅は1987(昭和62)年3月にに羽幌線が廃止されてから旅客駅としては、1989(平成元)年3月に赤平と芦別からあった石炭列車の発着がなくなってからは、実質鉄道としての役割は終えていたと言えましょう。

外からの駅舎はこのくらいにして、こんどは駅の中を見てみましょうか。


posted by pupupukaya at 22/12/25 | Comment(0) | 道北の旅行記

2007年留萌本線乗車記

ついに留萌本線の廃止日が正式に決定しました。

 *ニュースリリース | JR北海道 2022.09.09
  留萌線(石狩沼田・留萌間)の鉄道事業廃止届の提出について*

数年前からJR北海道が廃止の方針を示していましたが、このたび沿線市町村が廃止受け入れを合意したことから正式に届出となったものです。

といっても全線廃止ではなく、石狩沼田〜留萌間、深川〜石狩沼田間の2区間に分けて段階的に廃止となります。
今回の廃止はその第一段。

届け出では石狩沼田・留萌間を2023(令和5)年9月30日で廃止とありますが、ニュースリリースの文面にある通り、実際の廃止日は2023年4月1日(最終運行日同年3月31日)となる模様です。

留萌線はというと、もう半年以上前からお名残り乗車客が目立つようになっていましたし、今年のGWにキハ150単行の4925Dを見たときは、立客も出るほどの混雑ぶりでした。
正式に廃止が決定したことから、今後は休日などラッシュ時と変わらない混雑ぶりとなるのでしょう。

私も最後にもう一度くらいは・・・と思っていますが、もう何度も乗った路線ですし、わざわざラッシュ並みに混雑した車内で過ごすのもうんざりするし、今年の1月に留萌まで往復したのが最後の乗車となるかもしれません。


せめてもう一度乗車した気分になろうかと過去の画像を探すと、2007年のものが見つかりました。
当時の画像を見ながら乗車記を書いて、もう一度留萌本線に乗った気分を味わってみましょうか。

以下15年前の2007年を思い出して書いた乗車記になります。


 ◆ 札幌 → 深川

2007年8月11日土曜日、小樽始発の旭川行711系電車で出発。
所持している切符は青春18きっぷ。
18きっぷの余りの始末ということで、留萌まで往復してこようと出かけたわけだ。

留萌本線は一日散歩切符の区間外だし、札幌からだと普通列車との接続も悪い。
18きっぷの余りでもなければわざわざ乗る機会もないだろう。

札幌から乗った711系電車は、夏休みで18きっぷシーズンなのと数少ない旭川直通列車ということもあって混んでいた。
みんな考えることは同じだなあ、と考えながら憮然と車内で過ごしていた。

岩見沢、滝川と長時間停車があって、札幌から3時間以上かかって深川に到着。
18きっぱーの多くは旭川まで乗り通すらしく、深川で降りる人は少なかった。

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 留萌本線の旅は深川駅から。

深川駅で1時間以上の待ち合わせとなるので一旦改札を出る。
北空知地方の中心都市ながら深川駅は地味な存在だが、L特急が30分おきに発着する深川駅は活気がある。

待合室は駅弁屋の高橋商事の売店と立食いそばの『そば処深川』、その向かいにはキヨスクがあり、3店舗ひしめき合っている。
奥の入口は深川物産館となっていて、北空知地方のの名産品や『そばめしおにぎり』を売っていた。

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 駅弁の売店と立ち食いそば屋が並ぶ待合室。

昼時で、1時間以上の待ち時間があるので、そば処深川で腹ごしらえ。
ウロコダンゴや駅弁が並んだ売店とそば屋は中でつながっていて、同じ人が両方の店番をしているようだ。

メニューはかけ、玉子、天ぷら、山菜、山菜玉子の各そばとうどん。
山菜というのも惹かれたけど、天ぷらそばにした。

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 そば処深川の天ぷらそば(380円)。

これといって特徴のあるそばではないが、天ぷらは手作りらしく、ずっしりとした野菜のかき揚げ。
タネが偏っていたのか、栄養のバランスを考えてなのか、やたらとニンジンが多いかき揚げだった。


 ◆ 深川 → 留萌

13時11分に留萌からの普通列車が到着すると13:23分発増毛行の改札となる。
4番線ホームには折り返しとなるキハ54が1両停車していた。

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 4番線に停車中の増毛行キハ54。

キハ54の車内は簡易リクライニングシートが集団見合い式に並んだタイプ。
転換リクライニングシートタイプは全席前向きにすることができるが、簡易リクタイプは席の回転ができないので、半分は後ろ向きに座ることになる。

改札が始まったばかりの車内はがら空きだったので、進行向きの一番良い席をゲット。
発車時刻が近づくにつれて地元客や特急からの乗り継ぎ客が乗車してきて席が埋まってきた。

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 単行のキハ54車内は地元客や帰省客が多かった。

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 785系『スーパーホワイトアロー』が発車。

車内の乗客は夏休み中の部活帰りの高校生や子供を連れて実家に帰省するらしいお母さんなどが中心。
私のような鉄道ファンの試乗客と思しき人も居なくはないがごく少数だった。

秩父別では部活帰りの高校生の下車が目立ち、石狩沼田では荷物を持った帰省らしき人たちの下車が目立った。
深川始発時は賑やかだった車内も、石狩沼田を発車するころには大分落ち着いてきた。

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 主要駅であるかのように立派な石狩沼田駅のホーム。

板張りの短いホームと待合所が印象的な真布駅、1999年放映のNHKドラマのロケで明日萌駅として使われた木造駅舎がある恵比島駅と各駅に停車する。
この先は留萌まで乗り降りする人は見なかった。 

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 短いホームに背が高い木造待合室が特徴の真布駅。

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 NHKのドラマ『すずらん』のロケに使われた恵比島駅。

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 木造駅舎が残る峠下駅。

現役の木造駅舎が残っている峠下駅で上り列車と交換。
隣の恵比島駅はNHKドラマのロケのために明日萌駅が新築されたわけだが、こっちの峠下駅を使えば改造だけで済んだだろうに何でだろ。
列車交換があったり、無人駅だけど保線関係の詰め所として使われているだろうからロケに使えなかったのだろうか。

この駅も以前は駅員がいて、列車が着くたびにタブレットを交換していたのを覚えている。
調べたらタブレット閉塞から自動閉塞になり、無人化されたのは1998年とのこと。

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 サビサビになった貨車駅の幌糠駅。

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 留萌駅1番ホームに到着。

深川から約1時間、留萌に到着する。
この列車は増毛行だが、ここまで乗っていた10人ほどの乗客はほとんどが席を立ち、残ったキハ54の車内は回送列車のようになってしまった。


 ◆ 留萌駅と駅そば

改札を出て留萌駅の駅舎を見る。
鉄筋コンクリート建ての2階建て駅舎は1967(昭和42)年11月の竣工。
いまの留萌本線からすれば不釣り合いなほどに堂々とした立派な駅舎。

昭和40年代初め日本は高度成長期駅。
斜陽化が始まったとはいえ炭鉱はまだまだ北海道の主力産業だった時代だった。

羽幌、赤平、芦別の炭鉱で産出された石炭は貨物列車で留萌へ運ばれ、留萌港から船積みされて全国へ運ばれていた。
旅客列車はというと、急行列車が札幌へ2往復、旭川へ2往復運行され、旅客輸送の主役だった時代。

この立派な駅舎を見ていると、そんな栄光の時代を彷彿とさせる。

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 ローカル線とは思えない堂々とした留萌駅の駅舎。

駅舎正面にあった大時計は故障してそのままになったのか、塗りつぶされているあたりに留萌本線と留萌駅の落ち目を示しているようだ。

今着いた人たちがいなくなると、駅コンコースも駅前も急にガランとしてしまった。
改めて駅舎の中を見物する。

誰もいないコンコースは妙に広く感じる。
昔、急行列車が走っていたころは、札幌行急行の改札が始まる前など、これでも狭いと感じるほどに人がわんさかといたのだろう。

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 広々としたコンコース。

コンコースの隣はガラスの壁で仕切られた、これも立派な待合室がある。
手前に大きな暖簾を掛けた立食いそば屋、奥にはキヨスクが営業中だ。

一番奥がトイレで、その入口前は駅員が育てているのかガーデニングコーナーがある。
その中にモジャ君の立て看板が。

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 待合室のガーデニングとモジャ君。

待合室は立食いそば屋からの良い香りが立ち込めている。
さっき深川駅で天ぷらそばを食べたばかりだが、そばの香りに誘われて立食いそば屋の客となった。

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 待合室にある立喰そば。

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 立喰そば屋の品書き。

天ぷらはさっき食べたので、今度はにしんそばを注文。
昔ニシン漁で栄えた留萌らしい品だ。

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 にしんそば(500円)。

北海道らしい濃いツユに甘辛く炊いた身欠きにしんが乗る。
ツユにも身欠きにしんの風味が混ざってなかなかのもの。

この店では昔90年代にも食べたことがあって、あの当時はきしめんがあって、これは珍しいときしめんを食べた記憶がある。
うろ覚えなので、どこかほかの店とごっちゃになっていたかも知れない。
ただ、あのとき店の姐さんがテレビの笑っていいともを見て大笑いしながら店番をしていたのだけはハッキリと覚えている。


 ◆ 留萌の街

戻りの列車は16:14発深川行。
時間はたっぷりとあるので、留萌の街を歩いて見物してくることに。

駅を出ると目立つのがアーケード商店街。
ここも地方都市では珍しくなくなったシャッター商店街と化しているが、留萌駅前は昔から寂れていて、市の中心部は駅から歩いて10分ほど離れた錦町になる。

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 アーケードがあった留萌駅前。

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 アーケードから見た留萌駅。

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 留萌駅前のアーケード商店街。

駅から歩いて国道231号線に出ると、留萌の中心街らしく人通りも多かった。
歩道には夏祭りでもあるのか提灯が掲げられている。
しばらくラルズプラザの本屋で時間をつぶす。

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 ラルズプラザがあった錦町が留萌の中心街だった。


 ◆ 留萌 → 深川

15時過ぎ、再び留萌駅へ戻る。
さっきのそば屋はすでに店じまいしていてシャッターが下りていた。

待合室は次の深川行の客なのか、ベンチで雑談している2人の姿だけ。
奥のキヨスクはまだ営業中だが、中のおばちゃんも暇そうだった。

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 待合室とキヨスク。

深川行の改札が始まると数人がホームへ。
数人といっても片手で数えられるほどだが。

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 『只今の改札』の札が掛けられた留萌駅の改札口。

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 ホーム屋根から下がる電気時計とのりば案内が主要駅であったことを伝える。

やがて増毛から来た深川行が見えてくる。
さっき留萌まで乗ってきた列車の折り返しだ。

事務室から赤い帯の制帽の駅員が出てきて停止位置に立つ。
留萌〜増毛間はタブレットの閉塞方式となっているので、運転士からタブレットを受け取るためだ。
留萌駅ではローカル線では珍しくなったホームの立番風景が見られる。

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 増毛発深川行の列車が近づく。

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 助役帽の駅員が増毛からのタブレットを受け取る。

増毛から来た列車は回送列車のようだった。
乗客はいたのかいなかったのか覚えてないが、回送列車とか空気輸送といった言葉が当てはまる格好で増毛まで往復してきたことになる。

留萌からの数人と私が増えた車内は、それでもガラガラだった。

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 がら空きだった深川行。

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 秩父別〜北一已間の後面展望。

途中から乗ってくる客もほとんどなく、ガラガラのまま終点深川着。
パラパラとホームに降りた客はすぐに改札口へと向かっていった。

夏休み中の土曜日だからなのか、いつもこうなのかは分からないが、夕方の留萌本線は寂しいものだった。

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 深川駅に到着。

深川駅で50分の待ち合わせ。
改札を出ると駅弁の売店がまだ営業中だった。
幕の内弁当しか残っていなかったが、それを1つ買う。
車内で夕食にするとしよう。


 ◆ 深川 → 岩見沢 → 札幌

再び赤い711系電車。
行きに乗った旭川行と違って下りの旭川発岩見沢行はガラガラだった。ボックスシートも選び放題。

駅弁はこういう時に食べてしまうのが良い。
包み紐を解いて蓋を開ける。

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 深川駅で買ったおたのしみ幕の内弁当。

ザンギを筆頭に焼鮭、がんもの煮物、卵焼、煮しめ、昆布巻、素朴だけどどれもが美味しい。
地味だけど、ご飯もとても美味しい。

観光客受けのするものではないし、どこぞの駅弁大会で売られることもない名もない駅弁。
さりげなく栄養のバランスも考えられているし、調整元の良心がひしひしと感じられる。

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 深川駅弁はボール箱にプラ容器だが素朴なおかず。

駅弁を食べながら1杯やって、ひと眠りしたら真っ暗になっていた。
岩見沢では19分の待ち合わせで小樽行区間快速『いしかりライナー』に接続する。

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 岩見沢駅ホームと711系電車。

乗り継ぐ列車もまた711系電車だった。こんどのはラッシュ輸送の折り返しなのか6両編成。
夏休み中の土曜日ということもあってか、こんども札幌までガラガラの車内で過ごせた。

 〜2007年版乗車記おわり


 ◆ 最後に

以上2007年、今から15年前の留萌本線乗車記になります。
たかが15年、されど15年。
鉄道も変われば街も変わるものですね。

乗車記の画像は、2022年の今では存在しないものが写っているものを選んでみました。
いっぱいありますね。

 ・深川駅の駅そば
 ・785系のスーパーホワイトアロー
 ・留萌駅前のアーケード
 ・錦町のラルズプラザ
 ・留萌駅のキヨスク
 ・留萌駅ホームの時計
 ・増毛駅方向から到着する列車
 ・留萌駅のタブレット収受
 ・深川駅の駅弁
 ・赤い711系電車

あなたはいくつ見つけられました?

あの当時は何でそんなもの撮影してるの、と言いたくなるようなものばかり写していましたが、15年経つとどれもが貴重な画像ばかり。

鉄道ファンだからといって鉄道車両ばかり写していちゃ駄目だということですね。
駅舎、待合室、改札口、駅前、町の風景、人物など、10年以上経てばどれもが貴重な画像となります。
人物はやたらとカメラを向けるのは憚(はばから)られますけどね。

え?、ストリートビューで過去の風景も見られるからそんなもの必要ないって?
う〜、今はそういう時代になってしまいましたね・・・

それはともかく、廃止となるもの、無くなってしまうものを嘆いていても仕方がありません。
私たちにできることといえば、今あるものを記録しておくくらいなもの。

留萌線の石狩沼田〜留萌間は、廃止日の繰り上げが認められれば残り半年と少しとなります。
これからはますます混むようになりますね。

札沼線廃止のときは新型コロナの緊急事態宣言下だったのでひっそりと終了した感がありますが、今後はさすがに行動制限もないでしょうから営業最終日はお祭り騒ぎのような人出となりそうです。

廃止の噂すらなかったけど鉄道ファンからも忘れ去られたような2007年当時の留萌本線。
当時の画像を見て、当時の乗車記を書いていたら乗り納めしたような気分になりました。

以上、最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 22/09/11 | Comment(0) | 道北の旅行記

2022年道北の無人駅とサロベツ原野

6月25日から2泊3日で宗谷地方に行ってきました。

当初はこのままオホーツク海沿いに下って6月28からの知床旅行に繋げようと思っていましたが、雨模様の週だったために、知床へは一旦札幌へ戻って出直すことにしたので、知床旅行記とは別記事にしました。

記事の内容
2022年6月25日 稚内まで
2022年6月26日 道の駅わっかない
  旧天北線に沿って
  サロベツ原野と豊富駅
  雄信内駅
2022年6月27日 抜海駅へ寄って札幌へ

また少々長めになってしまいましたが、お付き合いの程お願いいたします。


 ◆ 2022年6月25日 稚内まで

初日は札幌を午前中に出発。
留萌のあたりまでは晴れて青空でしたが、北上するにつれて雲が多くなり、天塩を過ぎるころにはガス(海霧)が立ちこめるようになりました。

天塩河口大橋を渡るとサロベツ海岸沿いを走ります。
晴れていれば日本海の向こうに利尻富士が見えるのですが、あいにくとこの日は全く見えず。
その代わり黄色いエゾカンゾウの花が道端に一面に咲いて出迎えてくれました。

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 サロベツ海岸の稚咲内園地。

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 ガス(海霧)に霞む道道稚内天塩線とエゾカンゾウの群落。

どうやら花の一番の見頃に当たったようです。
エゾカンゾウは朝花が咲いたら夕方にはしぼんでしまう短い花。
この黄色く彩られた街道も、数日後には緑の草原に戻ってしまうことでしょう。

花を見ながら北上して稚内市内に入ります。
まずは稚内桟橋駅のジオラマを見に稚内副港市場の2階にある稚内市樺太記念館へ。

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 稚内市樺太記念館にある『北防波堤ドームと稚内桟橋駅』のジオラマ。

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 稚内桟橋駅と稚泊連絡船の宗谷丸。

他にも展示物はたくさんあるが、このジオラマだけ印象に残っています。
こういうの大好き。
時間が許せば1日中でも眺めていたいものです。

このあとセイコーマートで夕食を仕入れて道の駅わっかないへ。
ここは車中泊キャンパーに大人気のようで、暗くなっても駐車場は満車状態。

トイレは洗浄機付き、洗面所はお湯も出る、コンビニ併設と便利なことこの上なし。
難点は人気が故に、早めに着かないと満車で駐車する場所すらないことになります。
そういうときは稚内森林公園キャンプ場が比較的余裕があるようです。

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 20時11分、幌延行き上り最終列車が発車。

居住は快適なんですが、両隣にも車中泊の車というのはあずましくない(北海道弁)もので、またここで車中泊したいかと問われると、個人的にはう〜ん・・・


 ◆ 2022年6月26日 道の駅わっかない

おはようございます。

外に出て、駐車している車のナンバープレートを見てびっくり。
これがまあ本州ナンバーばかり。
しかもドライバーは爺さんばっかで、奥さん連れだったり1人だったり。
定年退職後の余暇を車で北海道旅行か。いいなあ。

キャンピングカーとか車内を改造したワゴン車が多い。
この時期の車中泊キャンパーは概してマナーはよろしいようで。

これが夏休み期間になるとチェア並べて宴会したり、タープ張って焼き肉やってるバカも見たことあるけど、いわゆるDQNがあちこちで見られるようになるわけです。

車中泊で旅行するならオススメは今時期ですよ。
何と言っても日が長いですからね。

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 すっかり名所っぽくなった稚内駅前広場。

朝5時過ぎの稚内駅前。
山から下りてきたのか3頭のシカがウロウロしている。
このシカは翌朝も見たので、稚内駅前は毎朝エゾシカの通り道になっているようです。
目当ては広場の芝生なのでしょうか、しばらく芝を食んでいました。

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 稚内駅前に毎朝現れるエゾシカ。

6時、道の駅わっかないを出発。
早い出発ですが、両隣はもっと早く出発していました。

夏至に近いこの時期の稚内は3時には明るくなります。朝寝坊はもったいない。

とりあえず出発してみたものの、さあどこへ行くか。
最初に朝4時から開いているガソリンスタンドで給油して、一旦スーパーの駐車場へ。

さてどちらへ向かうか。
前の道を最初に白っぽい車が通ったらサロベツ方面へ、黒っぽい車が通ったらオホーツク方面へ。

いざ勝負!

黒っぽい車。
オホーツク方面へ向かいます。


 ◆ 旧天北線に沿って  

宗谷岬経由のつもりで国道238号線を東に向かいますが、この曇り空ではねえ・・・
それに宗谷岬はGWに行ったばかりだし。
あの時は奇跡的に晴れたけれど、今日のこの曇り空では奇跡は起こりそうもない。

声問の町を過ぎた交差点を『稚内空港』とある方へ右折します。
旧天北線ルートでオホーツク海側へ出ようというものです。

曲淵からは延々と無人の山岳地帯を走ります。
旧天北線とほぼ平行していて、90年代の初め頃は宗谷バスの天北線代替バスから線路跡を確認することができました。
あれから30年、もうさすがに天北線の線路跡を見つけるのは難しいですね。
その代替バスですら宗谷岬線と統合してこの区間は廃止しているくらいですから、よくこんなところに鉄道があったものだと思うところです。

ようやく猿払村役場のある鬼志別へ。
新しい家が多く目立ち寂れている感じがしないのは、ホタテ漁と酪農という産業があるからでしょう。
鬼志別だけではなく、オホーツク海側の町々は日本海側や内陸に比べてあまり寂れた感じがしません。
同じ道北なのに、宗谷本線沿線の方が寂れた感じなのはどういうわけでしょう。

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 猿払村は日本最北の村。

道の駅さるふつ公園で昨日買っておいたパンと飲料で軽い朝食。
ここも車中泊キャンパーが多数駐車していました。

ここの道の駅は車中泊禁止って聞いたことがありますが、どうなんでしょう。
車中泊ではなくて『仮眠』と言えばそれまでの話なわけですが。
車内からシェードをつけて光が漏れないようにしていれば外見では仮眠なのか車中泊なのかわからないわけで、だから道の駅なんかでの車中泊はグレーゾーンとして存在しているわけです。

軽い休憩で道の駅さるふつ公園を出発。
途中浜猿払から脇道に入ってエサヌカ線を走ります。
牧草地帯の中を8kmにもわたる直線道路。しかも人家が見えないこの道路はすっかり有名になりました。

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 地平線の先へ一直線に続く猿払村道エサヌカ線。

エサヌカ線からまた国道238号線に戻り、浜頓別手前の脇道に入って、ベニヤ原生花園へ行ってみます。
昨日稚咲内で満開のエゾカンゾウを見たので、こちらも花が満開かなと思ったわけです。

しかし着いて見るとこちらは緑の草原が風にそよぐだけ。
一番元気に咲いているのはハマナスくらい。
早かったのか遅かったのか、それともこんなものなのでしょうか。

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 ベニヤ原生花園と浜の内側に伸びる沼。

浜頓別へ着いた頃には雲の切れ目から青空も見えるようになりました。
宗谷地方のオホーツク海側って、日本海側に比べるとどこも人の手が入っている印象を持ちます。
乾いた明るい空気。

それに比べて日本海側は湿っぽく暗く人を寄せ付けない空気。
またあの黄色いエゾカンゾウの花を見たくなりました。
天気も回復しているようなので今度はサロベツ原野へと向かうことにします。


 ◆ サロベツ原野と豊富駅

道道豊富浜頓別線を豊富に向かいます。
浜頓別から豊富へは隣町のように思えますが、無人の森林地帯を60km近く走らなければならないのだから、まあ広いこと。
途中に昔はセキタンベツという炭鉱町があったようですが、今は無人となっています。

走っているうちに雨が降ってきました。
オホーツク海側は晴れに向かっていたようですが、日本海側は雨模様のようでした。

豊富の手前で豊富温泉を通るのですが、このまま札幌に帰るのならばひと風呂浴びて行くところですが、この温泉に入ると体だけでなく車内も石油臭くなってしまうので今日はやめておきます。

豊富の町を通り過ぎてサロベツ湿原センターへ。

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 サロベツ湿原センター。

ここのエゾカンゾウはどうかな、と思ってきたわけですが、ここも期待を裏切ることなく黄色い花が一面満開でした。

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 木道の脇にはみ出すエゾカンゾウの花。

いやなかなか見事ですね。
こんなに満開のエゾカンゾウを見るのは初めての気がします。
一番いい時に来たようです。

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 黄色く可憐に見えるが近くで見ると野生の力強さを感じる。

どんよりとした曇り空は宗谷地方のこの時期特有の天気。
日照時間が短いからこうして高山植物が低地で育つわけで、青空が広がるピーカンよりも曇り空の下の方が花は元気なように見えました。

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 地平線まで黄色い花で覆いつくされたサロベツ湿原。

サロベツ湿原で満開の花を堪能して、今度は豊富駅へ行きます。
この後は無人駅巡りでもしてくるつもりです。
ほかに行くところも無くなったということもありますが。

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 平屋鉄骨造の豊富駅。

豊富駅の駅舎は鉄骨造の平屋。
1966(昭和41)年建築で、昭和30年代に建築された島松駅や茶志内駅に似ています。

昭和43年には昭和天皇、皇后両陛下が視察のためにこの駅を利用されることになり、その際にトイレにお立ち寄りされるご予定で、トイレを建て直したんだそうです。
だから豊富駅のトイレは立派だったという話を聞いたことがあります。

昔、そのトイレがあった頃に利用したら、そう言われれば駅の割に立派な造りだなと思ったことがあります。
そのトイレの場所は観光情報センターになっていて、今はもうありませんが。

ちなみにそのトイレには、結局陛下がお立ち寄りになることはなかったそうで。

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 ストーブが中央に置かれた待合室。

駅舎の中に入ると、ストーブが中央に置かれて、それを囲むようにベンチが並べられています。
プラスチック製のカラフルなバケット型のベンチ。
私が子供の頃、昭和50年代の国鉄駅のベンチと言えばどこもこれでした。
国鉄からJRになってから急速に姿を消して、レザー張りのソフトなタイプのベンチに替わったものです。
どこか懐かしさを覚えます。

奥のシャッターはキヨスク跡。
ここにあったキヨスクで硬券のきっぷを売っていましたっけ。
平成5年、豊富から徳満ゆきの乗車券は今でも持っていますよ。

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 無人駅とは思えない立派なホーム。

ちょうど下り稚内行き特急『宗谷』が入ってきました。
今日は堂々の6両編成。

かつては・・・っていうか10年くらい前までは増結が常態化していたこともありますが、近年は基本編成の4両編成ばかりになってしまいました。

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 今日は6両編成で運転の特急『宗谷』。

窓越しに車内を覗くと、どの号車も車内は結構な乗車率。
車内の乗客は年齢層高め。
どうやら、利尻礼文ツアーの団体客が多いようです。

利尻礼文は今が一番の観光シーズン。
コロナ前ほどではないでしょうが、観光客が戻ってきているのは関係者にとっては喜ばしい事でしょう。

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 6両でも結構な乗車率だった。

実は、今週の旅行は利尻礼文も候補に挙げていたのですが、島の宿代が高騰していたこともあって、やむなく道内旅行とした事情もあります。


 ◆ 雄信内駅

このあとは南下して雄信内(おのっぷない)駅へ。
この駅を訪れるのは19年前に列車で来たとき以来となります。

その当時から駅前はゴーストタウンと化していましたが、天塩川対岸の雄信内(おのぶない)の町から来て列車で通学する高校生の姿を見たものです。
しかしもうだいぶ前から対岸の町からこの駅を利用する人はいなくなった模様です。

JR北海道の統計を見ますと、駅の乗車人員はゼロ。
列車の乗り降りは、たまにやって来る旅行者くらいで、あとは私のように車で乗りつけて撮影して帰るという人ばかりのようです。

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 森の中にあるような雄信内駅。

雄信内の駅舎は下見板張りですが窓から上はモルタル仕上げ、出入り口には堂々とした庇を設け、その上には明り取り窓という凝ったつくりです。

手入れもされているようで、上部のモルタルは目地埋めがされて、板張りはニスが塗られてピカピカになっています。
待合室の窓は、前に来たときは木製サッシの古いものでしたが、アルミサッシのものに交換されていました。
庇の柱が凝った造りでしたが、角材のものに取り換えられていたのは少し残念です。

雄信内駅の開駅は1925(大正14)年ですが、調べたら現在の駅舎は1953(昭和28)年という意外と新しい建築でした。
天塩中川駅と造りがそっくりなのは、こちらも同年同月に建て替えられたからでしょう。

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 風雪に耐えてきた感のある木造駅舎。

森の中にひっそりと佇むモダンな木造駅舎。
駅舎も風景に溶け込んで、絵になりそうな光景です。

しかしこれを駅として維持しようというのは大変な話で、JRだって慈善事業でやっているわけではないので、利用客がいない以上廃止したいというのは良くわかります。
だから今は幌延町による維持管理となっているわけですが、これもいつまで持つのでしょうか。

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 切妻造りの庇と2つの明り取り窓という凝った造り。

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 ホーム側から。

駅はステキなんですが、駅前はというと朽ちた廃屋が並ぶゴーストタウン。
その1つ、元商店だったところは軽トラックが停まっていて持ち主がたまに来ていたようですが、今はすっかり朽ちていました。

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 駅前は廃屋が緑に埋もれたゴーストタウン。

もう人が来るような場所ではなくなったようです。
そのせいか、ヒグマが頻繁に出没するようになり、ヒグマの目撃情報と注意を促する張り紙がありました。


 ◆ 稚内森林公園キャンプ場へ

また稚内に戻ります。
新しくなった天塩大橋を渡って幌延から幌富バイパスに入ります。

みんな飛ばすこと。
その流れで走ると、とてもここでは書けない速度に。
途中から国道40号線に降りますが、ここも改修されて最高速度70km/hの標識が立つ高規格道路のようになっていました。

30年前ならば稚内に高速道路ができるなんて想像もつかなかったものですが、時代は確実に変化してゆくもの。
道内各地と稚内が高速道路ネットワークで繋がる日も近いうちにやって来るでしょう。

稚内に戻って給油。
こんどは稚内森林公園キャンプ場で車中泊しました。

道の駅に比べるとトイレや洗面所がしょぼい、町まで遠いといった不便さはありますが、両隣に車がいないので落ち着けるという長所はあります。
それに道の駅は表向き『仮眠』ということになるわけですが、今日は堂々と車中泊。
酒も飲めるわけで・・・

あとこのキャンプ場は、ごみを無料で引き取ってくれるという嬉しい特典つき。
だから車中泊はキャンプ場で、朝の洗面や用足しは道の駅でというのが賢い利用方法ですかね。

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 セイコーマートのホットシェフ惣菜とビール。


 ◆ 2022年6月27日 抜海駅へ寄って札幌へ

おはようございます。
最北端のキャンプ場の朝、夜明けは早いけど今日も曇り空。
5時には出発して道の駅へ向かいます。

さすがに人気の車中泊スポットだけあって駐車場は満車状態。
しょうがないので、駅前ロータリーに停めさせてもらいます。

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 5時21分発名寄行き上り一番列車。

洗面所で用足しさせてもらって5時半には出発。
天気も悪くなりそうだし、今日はもう札幌へ戻ります。

朝早いし、さすがにこの時間に行っても誰もいないだろうと抜海駅に寄ることにしました。

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 外壁材でリフォームされた抜海駅。

木造駅舎ですが妙に新しくなっているのは正面が白い外壁材でリフォームされているから。
ちょっと味気ない印象ですが、それだけ冬は風雪が激しいところだからでしょう。

出入り口の切妻の風よけ室が妙に大きいのは、トイレとなっているからです。
夏はトイレを閉鎖しているらしく、トイレ入口はロッカーが置かれて塞がれていました。

素っ気ない正面側ですが、抜海駅舎の味わいはやはりホーム側でしょうか。
かつては1番ホームの屋根だった部分に壁を設けて、改札口と駅長事務室を結ぶ廊下のようにしているのが珍しい構造です。
これもやはり冬の気象の激しさがこうした構造にしたのでしょうか。

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 ホーム側の味わいある看板。

抜海駅はJR北海道が公表しているデータによると1日当たり乗車人員が1.4人。
JR北海道としては維持できないということで、2021年4月から稚内市による維持管理に移行しています。

稚内市が負担する年間の維持管理費は100万円となり、市民から公費負担の理解を得ることが難しいとして、市費での維持管理は今年度をもって終了することを決定しました。

反対意見もあり、まだ100%決定したわけではないんでしょうけど、抜海駅は来年(2023年)3月いっぱいを以て廃止となる可能性が高いです。

私にできることと言えば、あるうちに訪れておくことくらいでしょうか。

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 抜海駅のホーム側。

今は廃止廃止と騒いでいる抜海駅ですが、旅客駅としては廃止となっても列車交換設備のある信号場として残ることになるでしょう。

駅舎は夏は無人となりますが、冬は除雪職員の詰め所として利用されている関係から、抜海駅が信号場とされても木造駅舎は存続するのではないでしょうか。
実際石北線の中越や奥白滝など、旅客扱いが廃止されて信号場となっても木造駅舎はそのまま残されています。

と言ってもこれは信号場として残る前提の話で、現ダイヤでは抜海駅で交換する列車は無いので、棒線化して何も残らない可能性もあります。

駅は廃止となっても、駅舎自体は歴史的建造物とか観光施設として維持すればいいと思うんですけどね。
たぶんしないのでしょうけど。

どこの町とは言いませんが、鉄道廃止には散々反対するけど、いざ廃止されるとまちづくりの邪魔と言わんばかりに駅舎を解体して整地してしまうというのが現実。
この抜海駅も小さな碑だけ残して消えてしまうのでしょうか。

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 待合室から旧改札口を見る。

廃止日が近づけばこの駅も賑やかになることでしょう。
だから私などはもう近づかない。
今日この時をもって、抜海駅とはお別れです。

再び道道稚内天塩線へ。
道路わきの高台から日本海を見ると、利尻島の裾野と礼文島の島影が姿を現していました。

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 裾野だけ姿を現した利尻富士。

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 うねる道道稚内天塩線。

天気は快方に向かっているのかと思わせましたが、だんだん雨模様になってきて、天塩町の辺りからは本降りになりました。

もうこのまま真っすぐ札幌へ帰ります。
今週は1週間休みを頂いているので、明日は休みにして明後日は 知床 へ向けて出発する予定です。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。 

posted by pupupukaya at 22/07/24 | Comment(0) | 道北の旅行記
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