2021年 富良野・美瑛ノロッコ号と根室本線代行バス1

2021年の7月10日土曜日は何の日かわかりますか?

それは新型コロナのため運休となっていたJR北海道の観光列車が運行再開となる日なのでした。

本州の方じゃ梅雨時で、今年も大変な豪雨と報じられていますが北海道はいたって平和。
ありがたいことに毎日好天が続いております。

そんな週末の土曜日、『一日散歩きっぷ』を購入して日帰りの旅に出ることにしました。

今日の目的は、運行を開始した『富良野・美瑛ノロッコ』号に乗ることと、2016年に台風で被災して以来列車代行バスによる運行が続いている東鹿越〜新得間の代行バスに乗ることとしました。


 ◆ 札幌 7:00 → 滝川 8:36【2125M】

ということで、札幌駅7:00発の滝川行き普通列車2125Mに乗車する。
車両は転換クロスシート721系3両編成。
これがオールロングシートの731とか733だったらがっかりするところだが、ひとまず幸先の良いスタート。

札幌発車時は空席が多かったが、意外と途中で乗ってくる人が多く、厚別まで来ると席は結構埋まった。
通勤・通学らしき人も多いが、行楽へとかって格好の人も多い。

岩見沢で半分くらいの人が下車して、車内はまた空席だらけになった。

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 札幌から721系電車に乗って滝川着。

8:36、終点滝川着。

とりあえず改札を出るが、待合室に売店もなければ近くにコンビニすらない。
駅前にあったスマイルビルは、2021年3月31日をもって完全閉店との張り紙があった。

ちょっと一回りしただけでまた駅に戻る。
1番線には1両のキハ40が停車している。あれが次の富良野行きになるのではと勝手に想像してまたホームへ戻った。

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 滝川駅で先に行くフラノラベンダーエクスプレス。

8:55、今日から運行を開始した『フラノラベンダーエクスプレス』が到着。
ラベンダー編成の5両編成。
1番ホームからだが、見ていると車内は結構な乗車率だ。でも自由席の方はがら空き。
きっとツアー客が多かったんだろう。

そのつぎは札幌行きカムイ12号が入って来る。
ホームにいて列車を眺めていた方が楽しい。

勝手に富良野行きになると思い込んでいた1番線の列車は、汽笛を鳴らして発車してしまった。

もう行くところもないので、1番ホームの『富良野方面乗車口』の看板の横で『ライラック旭山動物園号』の撮影をしていたら、気づくと後ろに10人くらいの行列ができていた。
もう1つの乗車口も行列となった。


 ◆ 滝川 9:42 → 富良野 10:48【2475D】

9:36になってようやく列車が入ってきた。
さっき停車していた車両とは別の車両だが、キハ40単行なのは変わらない。

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 滝川から根室本線の2475Dに乗る。

ドアが開いて車内へ入る。
私は別にボックスシートに執着心はないが、せっかくの1番乗りなので左側のボックス席に座らせてもらう。

滝川から富良野・東鹿越方面行の列車に乗るときは進行左側がおすすめです。
これは過去にこれでもかってほど乗ったことがあるから知っているのだった。

20数人の乗客を乗せて富良野行き2475Dは滝川を発車した。

複線電化の函館本線としばらく並行し、だんだん分かれて行くのだが、根室本線の別れ方は他所とは違って堂々としている。
それは、1981年の石勝線開業までは、滝川経由のこちらがメインルートだったことを思わせる。

特急『おおぞら』や急行『狩勝』といった優等列車が堂々と走っていた時代があった。
いや鉄道だけではなく、国道も274号線石勝樹海ロードが開通するまでは滝川から国道38号線経由がメインルートだった。

滝川から空知川の谷をさかのぼって狩勝峠を越えるルートはすっかり裏街道となって久しい。
札幌から富良野や芦別へ行くにも三笠経由が近道だ。


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 木造駅舎の芦別駅。縦長の駅名標が変。

ところで、根室本線に入ってから駅名標になにか違和感を感じていた。
縦型ホーロー製の、紺地に白抜き平仮名で駅名を表示しているやつ。

何だか思い出せないまま終点の富良野に着いた。
10:48着。
札幌から富良野まで普通列車を乗り継いで4時間近くかかったことになる。

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 富良野駅に到着。

次は富良野・美瑛ノロッコ号だが、それまで1時間以上時間がある。
駅前はというと、ここも何もない。

待合室にキヨスクがあって駅弁を置いていた記憶があるが、キヨスク自体が数年前に閉店している。

当てにしていた立ち食いそば屋は、
『新型コロナの影響により当面の間休業』の張り紙がしてあった。

駅前広場は人がほとんどいない。
フラノラベンダーエクスプレスで着いた人たちはバスに乗り換えて観光に行ったようだ。

時間はたっぷりあるので駅前の通りを歩いてフラノマルシェへ行ってみる。

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 駅前とは対照的に賑わっているフラノマルシェ。

フラノマルシェに着くと駅前とは対照的に賑わっていた。
土産物屋を覗くと、男山富良野ラベンダーカップを見つけたので2本買う。
これは呑み鉄用にしよう。

あとは持ち歩けるような食べ物は見つからなかった。
ここで土産物や野菜を買って持ち歩くのも嫌だしなあ。

まあ何とかなるべと、また駅に戻る。


 ◆ 11:53 → 12:50【富良野・美瑛ノロッコ2号】

駅はJRの関係者や観光協会の人たちが大勢いた。
そろそろ旭川から来る富良野・美瑛ノロッコ号の1番列車が着く頃か。

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 旭川発の富良野・美瑛ノロッコ1号が到着。

旭川からのノロッコ号が到着すると、折り返し美瑛行きノロッコ号の改札となった。
ホームは『へそ丸』と観光協会の人によるおもてなし、それにノロッコ号の乗客で大賑わい。

自由席はまだ空席があったので、撮影は後にして先に乗って席を取ってしまおう。

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 車内中央にはなぜかダルマストーブが鎮座する。

自由席1号車はダルマストーブの前の席だけが空いていた。
発車時刻が近くなるにつれて自由席に続々と客が乗ってきた。

ソーシャルディスタンスなのか相席をしたがらない人が多く、通路に立ち客が並ぶ状態。

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 富良野始発時は立ち客が出るほどの混雑だった。

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 へそ丸の見送りで富良野駅を発車。

席は空いているが大混雑という状態で富良野を発車する。
こんな状態で美瑛までの1時間を過ごすのは嫌だな。
予定を変更して中富良野駅かラベンダー畑駅で降りて、先にラベンダー畑観光をするか。

と思っていたら、次の中富良野で席を立つ人が多かった。
窓向きの席が空いたので、私もそちらに席を移した。

席が空いたのに立ったままな人も多いのはどうしてだろ。

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 臨時駅のラベンダー畑駅。

その理由は次のラベンダー畑駅でみんな降りたから。
次で降りるから座ってもしょうがない。
ここでほぼ全員が降りた。

そりゃそうだよね。
ラベンダー観光のための列車だからね。
ここはファーム富田の最寄り駅。

ここから乗ってくる人もいたが、あとは美瑛までゆったりと乗車を楽しめた。

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 ラベンダー畑駅で乗客のほとんどが入れ替わる。

ノロッコ号とは名乗るが、その実は結構速い。区間によっては80km/hくらいは出しているようだ。
外から入って来る風と、車内外に響き渡るレールのジョイントを刻む音が心地よい。

そんなやかましい車内なので、車内放送のボリュームもでかい。
それも発車するごとに車内の案内から長々と始まるのと、日本語、英語、中国語と律儀に3つ流すのはどうかと思う。

特に毎回脳天に響くようなキンキン声には参る。
中国語の放送をするなとは言わないが、せめて男声にしてくれよ。

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 撮り鉄さんをあちこちで見かけた。

美馬牛のあたりで車掌による美瑛の名所案内。
ジェットコースターの道とか色彩の丘など。

美馬牛駅から歩いて行けそうだが2〜3時間コースだろうな。
天気が良くて涼しい日なら気持ちが良いかも。

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 美瑛町を象徴する風景の1つ、赤い屋根のある丘が見える。

美馬牛と美瑛の間で列車は減速する。
シカかなと思ったら、また観光案内。

ここは『赤い屋根のある丘』といって、美瑛町のPRやポスターに使われた場所です。

へ〜、こんなところがあったんだね。
ここがノロッコ号で一番の見どころだろう。

あとは水田や玉ねぎ畑ばかりだったからね。

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 美瑛駅に到着。

12:50、美瑛駅の2番ホーム着。

美瑛で折り返す人は少ないようだ。
多くの人は改札口を出て行った。

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 ノロッコ号は美瑛駅2番線でこのまま折り返す。


 ◆ 美瑛 13:09 → ラベンダー畑 13:45【富良野・美瑛ノロッコ3号】

美瑛駅は改札を出ないで、1番ホームでノロッコ号を撮影したらまた車内に戻った。

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 ノロッコ号2号車の車内。

折り返しノロッコ3号の車内はがら空き。

このあと旭川発美瑛行きから乗り継いだ人たちを乗せて美瑛を発車する。
このノロッコ号は、美瑛〜富良野間に限って言えば東側の方が眺めが良い。
富良野行きだと進行左側となる。

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 ラベンダー畑駅に到着。

ラベンダー畑駅13:45着。
ホームの乗車口は長蛇の列ができていた。

この駅でほとんどの乗客は入れ替わるようだった。

ラベンダー畑駅はノロッコ号だけが停車する駅で、それ以外の期間は営業しない。
営業キロも持っていて臨時駅ということになっているが、全国版の時刻表では存在しないことになっている。

同じ季節営業の原生花園駅は全国版時刻表に『(臨)原生花園』として掲載されているが、どうしてなんだろう。

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 仮設ながら待合室とトイレもある。

駅は鉄パイプを組んだ板張りと、仮設ホームのような造り。
一応雨はしのげそうな待合室と仮設トイレも作ってある。

トイレは余程緊急でない限り使うのは勇気が要りそう。

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 ファーム富田前の道路は駐車待ちの渋滞。

ラベンダー畑からファーム富田までは徒歩7〜8分。
橋を渡った先の道路は渋滞していた。
駐車場は満車、駐車場待ちの車が延々とあふれているのだった。

これを見ていると、ラベンダー畑駅は通年営業にして、駅からの歩道も整備すれば富良野線も完全に観光路線になるんじゃないかと思えてくる。

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 あちこちにあったラベンダーソフトクリームの看板。

ファーム富田の入口にあったソフトクリーム屋でここの名物らしいラベンダーソフトクリームを買う。
カップ入りは250円、コーン入りは300円。

昔、食べたことのある人から「ラベンダーソフトってトイレの芳香剤みたい」と聞かされていたので、その先入観からやっぱりそう思ってしまった。

いや、そんなことないんだけどね。冷たくておいしいんだけどね。
先入観は恐ろしい。

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 ラベンダー畑からの眺め。

ラベンダー畑の斜面を登り、展望台から見下ろしているとラベンダー畑駅のホームが見えた。
そろそろノロッコ4号が来る時刻ではないか。

コンデジしか持ってきてないので上手く映るかなと思ったが、割とよく写っていた。
一眼レフだったらもっと見栄え良く写るのだろう。

しかし、沿道であれだけ見かけたカメラマンも、ここでは見かけなかった。

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 機関車と3両の客車を牽いたノロッコ号が行く。

ずっと歩いて行くとイートインコーナーみたいなところがあり、ここで昼食にした。
カレーやバーガーといった軽食しかやっていないが、しょうがない。

とりあえずコロッケバーガーにする。
「ドリンクはつけますか?」
と聞かれ、ビール・・・は無いようだ。
イチゴ果汁ジュースというのにする。

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 イートインコーナーのコロッケバーガー(680円)といちご果汁ジュース(540円)。

コロッケバーガーというのはちょっと物足りなかった。

イチゴ果汁ジュースは結構いける。
私はイチゴなど甘酸っぱい果物が大好き。
逆にメロンは甘ったるくて苦手だったりする。

イチゴも富良野の隠れた名物。
濃厚だけどイチゴの香りと甘酸っぱいさっぱりとした果汁は、イチゴ好きならば試す価値はある。

この後もまた畑をぶらぶら歩いて、気づけばそろそろ駅に向かわなければならない時刻になっていた。

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 ラベンダー畑駅とファーム富田を示す道しるべ。


 ◆ ラベンダー畑 15:44 → 富良野 16:02【富良野・美瑛ノロッコ5号】

ラベンダー畑駅に戻ると、先に着いた人たちがホームへ行くスロープの手すりにもたれかかって所在無げにしている。

ホーム入口にロープが張られて、
『ホームには、列車到着の5分前にご案内します』
と書かれた札が下がっていた。

次の列車は15:44発富良野行き。
30分過ぎくらいになると、警備の人たちがファーム富田への道路の方を見て「あと〇人」などと話し合っている。
警備の1人は様子を見に歩いて行った。

駅に向かう人たちの最後は2人連れ。
警備の人が2人連れに近づくとその人たちは小走りになった。

何に気をもんでいるかというと、それは駅横の踏切の存在。
早いときは発車時刻の5分前に踏切の警報が鳴り始めるのだとか。

富良野行きノロッコ号の場合は踏切が閉じると、列車が発車するまで開くことは無い。
そう、踏切が閉じる前にホームのあるこちら側へ来てなくてはいけないのだ。

今回は何とか無事全員踏切を渡ることができたようだ。

15:38、ホーム入場開始となる。
15:41、踏切の警報機が鳴り始める。
15:42、美瑛発富良野行ノロッコ5号到着。
15:44、ノロッコ5号発車。

ラベンダー畑駅は早く来すぎても居場所がないし、かといって発車ギリギリに着くと踏切に通せんぼされて列車に乗れないという面倒な駅なのだった。

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 板張りのホームに旧型電車のような顔つきのノロッコ号が到着。

乗車口の列に並んでいたら席にありついたのだろうが、最後に乗ったので相席になるしかなかった。
どうせ2駅18分だからデッキに立っていることにした。

次の中富良野で、地元の高校生3人連れが乗ってきた。
1人は定期券を持っていないようで、どこでお金を払ったらいいのかわからない様子。

1人が、
「放送で切符は車掌からお求めくださいって言ってたよ」
「車掌ってどの人?」
「あの人じゃないの?」

考えたら富良野線もワンマン化されてもう30年近く経つんだね。
それ以前は無人駅から乗ると車掌がやってきて切符を売っていた。

この子らにしてみたらワンマン列車以外の列車は知らないのだろう。
かく言う私もワンマン以外の路線バスは知らない。

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 富良野駅に到着。

そんなこんなでまた富良野駅に戻ってきた。
またホームであれこれ撮影していたら、午前中に思った縦長の駅名標の違和感が何なのかが分かった。

下のサッポロビールの表示がない。
その場所は上から白く塗装していて、よく見るとサッポロビールの文字が浮き出ていた。
でもどうして根室本線の駅だけなんだろう。

その謎はググったらすぐにわかりました。

1つはサッポロビールとの駅名標広告の終了
もう1つは、2022年から縦長の駅名標は主要路線や主要駅は新デザインに移行することが決定しており、移行しない駅は広告部分だけ白く塗りつぶす作業が順次行われているということだった。

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 札幌行き臨時特急ラベンダーエクスプレス。

賑やかな札幌行きラベンダーエクスプレスを尻目に、今度は東鹿越行き普通列車と列車代行バスで新得に向かいます。

2へ続く

posted by pupupukaya at 21/07/11 | Comment(0) | 道央の旅行記

2021年 雪まつりの無い札幌を見る

今日は2月11日建国記念の日(2021年)。
例年ならばさっぽろ雪まつり最終日で多くの観光客でにぎわうのですが、今年は中止。

観光客が戻ってきたGoToトラベルキャンペーンも去年の暮れから中止に。緊急事態宣言も北海道は対象外だが3月7日まで延長、旅行などすっかり自粛ムードになってしまいました。

この時期に人がいない大通公園も珍しいよね、なんて思っていたら雪まつりのやらない大通公園がどんなものか気になって、見てくることにしました。

ちょっとした札幌観光に出かけます。

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自宅から市電で大通へ向かう。
やってきた電車は運よくポラリスだった。

市電は雪まつりとは直接関係ないが、毎年この時期に藻岩山へ行く観光客や外国人が乗っているのを見ると、ああ雪まつりだなと毎年思ったものだ。

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西4丁目で市電を降りて、歩いて大通公園へ。

市電に乗って都心(まち)に来るのは随分と久しぶり。
散歩の延長でブラブラ歩いてくることはあるが、市電に乗ってわざわざ来ることはあまりない。

私は中央区民だが、休日の買い物は車で南区へ行くことが多い。
実は休日は隠れ南区民だったりする (^^;

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大通公園の3丁目。人いなさすぎ。
雪まつり開催中はジャンプ台が設けられる場所だ。

毎年行われる雪まつりの喧騒が嘘のように静寂の世界。

しかし、例年雪まつりが終わった後も春まではこんなもの。
札幌の都心部は地下街が発達しているので、市民は暖かくて歩きやすい地下を歩く。
冬は好んで地上を歩く人は少ない。

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去年の同じ日は大勢の人がここに集ってだんだな〜としみじみ思った。

しかし私は人混みが苦手だったりするので、今年のような静かな大通公園もまた捨てがたいと思うのだった。

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大通公園3丁目からなぜか時計台へ来てしまった。
交差点角にある撮影台はいつもなら次から次へと記念撮影をする観光客がいるもんだが、今日はだれもいない。

この時計台は、日本三大がっかり名所のひとつと言われている。
何ががっかりかというと、周りがビルに囲まれているということ、意外と小さいからということらしい。

そうはいっても、札幌と言えば時計台というくらい札幌市のシンボルだしね。
がっかり扱いは札幌市民としてはちょっとやるせない。

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中に入るつもりはなかったが、入ってみることにした。
入場料は200円。安いものだ。

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時計台のエントランス横の窓口でチケットを買う。

入口は正面だが出口は裏側となる一方通行。
毎年雪まつりシーズンは押すな押すなの大盛況だったのだろうか。

そういえば時計台の中に入るのはこれが初めてだ。
札幌市民でわざわざ入場料払って観光客と一緒になって時計台に入る人もそういないだろう。

かくいう私も、もう40数年来札幌市民をやっているが、入るのはこれが初めて。
このあたり、肝心の札幌市民からは離れた存在になってるということになる。

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屋根裏がむき出しになった2階の演武場。
講堂っぽく椅子が並べられていた。

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時計台の時計板の実物大レプリカ。
後ろの機械は時計台の時計装置と同じ型のものだという。

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一般客は立ち入ることはできないが、この上に時計台の時計がある。

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時計台の窓から。
いわゆる上げ下げ窓が並ぶ。

趣のある眺めだが、奥の現代風のビルとの妙な対照はどうしたものか。

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お金を入れると明かりが点灯するイルミネーション募金箱。
画像は募金して点灯した状態。

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入口側の上には『演武塲』と書かれた額とその下はステージになっていた。

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時計台の座っているクラーク像。
なおプラスチック製とのこと。

このあと1階に降りて展示物を見学する。

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どこも観光客がいなくなって大変だというニュースを毎日見るけれど、札幌の観光客も大変減っているようだ。

どのくらい減っているかというと、こんな飛び石連休の祝日で札幌を代表するような有名観光地時計台で、もうここへ来て20分以上経つけれど、ほかに客が誰もいなかった

このあたりに、いかに観光客が減っているかということをお分かりいただけると思う。

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北3条の道庁旧庁舎は改修工事のため閉館中。
こちらは入場無料だったので何度も中に入ったことがある。

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ヨドバシカメラ所有という旧西武デパート跡の空き地。
ここに複合商業施設が入った高層ビルが建つという計画が進んでいる。
ここからJRタワーやエスタが見えたということも過去のものとなるんだろうか。

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国旗掲出と札幌駅ステラプレイスとJRタワー。建国記念の日のため国旗がはためく。
2月11日は、紀元前660年に初代天皇の神武天皇が即位した1月1日を現在の太陽暦に置き換えた日。

神武天皇説の真偽はともかく、日本という国が有史以来2000年以上も国体を保っていることを、日本人はもっと誇りに思うべきだ。
これは、世界各国を何度も1人で旅行するごとに強く思うようになった。

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札幌駅から地下歩行空間を通ってふたたび大通公園へ。

雪まつり開催中は『道新雪の広場』として飲食コーナーの屋台が並び、その奥は大雪像がそびえる場所。
当然ながら今年は人影もなくひっそりとしている。

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誰が作ったのか雪だるまの雪像が・・・
これこそが雪まつりの原点じゃないだろうか。

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雪まつりをやらないかわりにホワイトイルミネーションが2月28日まで延長されている。
暗くなるときれいに光るのだろう。

こんど会社帰りに寄ってみようか。

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狸小路3丁目。

狸小路はここ数年前から某外国人観光客ばかりになってしまい、それ目当ての店ばかりになってしまった。
二条市場のように市民は行かない観光名所になったのかと思ったが、今年は若い人を中心に市民が戻ってきて、それなりに賑わっている。

それにしても皆どこへ行くんだろう。
私は狸小路の業スーで買い物をしてから市電で帰ります。

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コロナ対策で市電も窓を開けて走るので、車内が寒いこと。

  ★  ★

中国の武漢から始まった新型コロナ禍。
もう1年以上になるが、最近はワクチン接種のスケジュールが報道されるなど、収束へ向けた動きが出てきた。

札幌も夏には東京オリンピックのマラソン会場となり、来年の今日は雪まつり最終日で大通公園も賑わっているだろう。

そうであって欲しい。

もう自粛自粛にマスク生活。

もうカンベンして〜 (T_T)

posted by pupupukaya at 21/02/11 | Comment(0) | 道央の旅行記

廃止が決定した日高本線へ

10月27日付で国土交通省に鉄道事業廃止届が提出された。
2015年1月の高波で厚賀〜大狩部間の路盤が流出し、以来ずっと運休中の日高本線鵡川〜様似間である。

その後も台風や豪雨による路盤や橋梁の流出が続き、復旧には数十億円もの費用が掛かるとして、JR北海道は復旧を断念して廃止したがっていたのだが、沿線自治体の反対で廃止もできず、かといって復旧もできるはずもなくと列車代行バスでしのいでいた。
それがこの度2021年11月1日に廃止と正式に決定したことになる。
廃止届には繰り上げが認められれば同年4月1日に廃止予定日を繰り上げますとあり、おそらくそうなるのだろう。

事実上廃線状態だし、路盤が崩壊して土砂が海に流出するがままの護岸など早急に自治体や国の事業で修復しなければならない箇所も多い。
だから決まってしまえばJRとしても自治体としてもさっさと廃止したいところだろう。

廃止に当たってお別れ臨時列車が走ることもないしね。

そんな日高本線は、運休になってから車で行って線路や代行バスを見るだけだった。
日高本線の列車は何度も乗ったが、代行バスに乗ったことはないなあ。
いっぺん、代行バスというのにも乗ってみようかと土曜日の朝出発した。

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使用した切符は一日散歩きっぷ。
日高本線は列車代行バスなので鉄道の乗車券で乗ることができる。

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快速エアポート62号で雨模様の札幌を出発。
これに乗るために始発電車の地下鉄で札幌駅まで来たのだった。
それにしても、朝イチで来て6時29分発に乗り継ぎって、札幌の地下鉄も随分のんびりしてるな。


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雨模様の札幌を出発。

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恵庭で東室蘭行普通列車に乗り換える。
キハ143の2両編成。苫小牧〜室蘭間では711系電車による運行だったが、同電車置き換えの時に学園都市線電化で不要になったこの気動車による置き換えとなったもの。苗穂運転所への送り込みのため、朝の上りと夜の下り各1本だけが千歳線も走る。

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各駅停車なのでがら空きかと思っていたら、車内は結構客が乗っていた。
千歳あたりで降りる人が多いのかと思ったがそうでもなく、ずっと立ちっぱなしだった。

立っていたおかげでキハ143の素晴らしい加速度を体験できる。
低速の加速度は711系電車よりも良く感じた。駅間が短い南千歳までは90km/hで加速が止まってしまうが、南千歳を発車すると速度計はみるみるうちに110km/hを指した。

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沼ノ端では特急北斗4号の退避のため8分停車。本来室蘭本線用のホームに入って特急通過を待つ。
キハ143の足ならば苫小牧まで逃げ切れるのではと思うが、これは苫小牧駅ホームの制約からだ。
1番線は日高線が停車中、2番線にこの東室蘭行が入ると、北斗4号が入れない。そのために沼ノ端で特急を先行させるのだ。

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苫小牧着。ここで多くの人が席を立った。

鵡川行きの2両の列車は到着向かいの1番線に停車していた。
列車の撮影なんかしているうちに、あっという間に鵡川行きのドアの前に列ができた。
東室蘭行きの列車が意外と混んでいたのは、苫小牧で日高線に乗り継ぐ人が多かったからだった。

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なんということだ。
さては全員列車代行バスで様似まで行く人たちだな。
日高線廃止事業届の提出がリリースされたのが10月27日火曜日、今日がその土曜日。

みんな考えることは同じだったわけだ。

様似まで行くというのは、苫小牧から様似までこの7:52発の鵡川行きに乗らないと日帰りできないからだ。
だからこうしてみんな朝早く出てきたわけだ。
例年ならば門別ししゃも祭りでにぎわう頃だが、今年はコロナのために中止になっている。

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列車は鵡川行きだし、車内放送も鵡川行きと言っているが、駅の案内は様似行きと表示してある。
これは、様似行きの列車だけど、鵡川から先は災害で不通なので鵡川から様似までは代行バスに乗ってねということだ。

だいぶ古い話だが、かつて士幌線の糠平〜十勝三股間で乗客減のためバスによる代行運転が行われていた。
そのころ帯広駅の案内は堂々と十勝三股行きとなっていたのを思い出す。

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車内はボックス席がすべてふさがるほどの乗車率。2両編成なのでゆったりとしている。
鵡川までの所要時間は28分。苫小牧〜鵡川間の距離は30.5km、線形も良く線内の最高速度85km/hで快調に走る。

走りっぷりだけ見ていると、昔あった札幌直通の急行えりもが2往復くらい存続していれば、日高本線の運命も変わっていたのかなと思わせる。

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黄金色に染まった勇払原野を行く。

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鵡川に到着。降りた乗客たちは駅前に停車中のバスを目指す。

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鵡川から静内までの代行バスはジェイ・アール北海道バスのワンステップ車。
列車が着くとたちまち満席に。立つ人も見られる。
このバスに乗って行けば静内には10:25、そこで乗り継いで様似には12:15に着く。

おそらく終点の静内までこんな状態だろう。そこから様似行きに乗り継ぐ人も多そうだ。
だからみんな朝早く出てきたのである。

自分もそのうちの1人なので文句を言うわけにはいかない。

静内までの所要時間は1時間47分。もうこの先は行く気がしなくなった。
早ければ来年(2021年)4月1日に廃止になる鵡川〜様似間だが、機会があればまたリベンジもできるだろう。
そんなわけで日高本線乗り納めコースは、ここ鵡川でエスケープさせてもらう。

日高本線・・・ていうか日高本線の代行バスは、今後は週末は今日みたいな感じになるんだろうか。

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折り返し8:37発苫小牧行きで戻ることにした。
こちらは高校生を中心に、地元の人ばかり10数人が乗り込む。

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もう札幌圏では少数になったキハ40に乗りに来たと思えばよろしい。
こんなもの撮る人も少ないと思って、運転台の撮影をしてきた。

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ローカル線の運行から急行列車まで幅広い運用を想定した設計となっているキハ40形気動車。その設計思想は乗務員室に一番感じ取ることができる。
なぜ運転席の背面にこんなに空間があるのか。

それは急行列車では通過駅で運転助士がここからタブレットの収受の作業をしていたから。
キハ40の製造当時は、単線区間ならばほとんどの路線はタブレット閉塞だった。
それが無い運用ならば全くのデッドスペース。両運転台の単行ならばなおさらだ。

客室設備は近郊列車並み、乗務員室は急行列車並みというのが私流のキハ40形の評価。

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運転士側は未使用時は扉で閉鎖されるが、助士席は解放されたままだった。そんなわけで2両連結以上の場合はここが補助席みたいな席になった。
今はロープが張られて立ち入ることはできない。
急行宗谷時代に旭川から名寄までこの席に座っていたことがあったが、妙に位置が高くて落ち着かない席だったなあ。

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2両編成なので空きボックスが目立つ。
乗客は土曜授業なのか部活動なのか高校生が多い。

浜厚真で苫小牧への高校生が2人乗って来た。
普段は乗り降りする人を見ることがないような駅だが、地味に通学生の利用があることになる。

どういうわけか後ろの2両目が人気で、こっち1両目は半分くらいしか乗っていない。
その謎は苫小牧についてわかることになる。

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勇払で2人乗ってくる。
日本製紙の工場があってまとまった町があるところだが、利用者は多くないようだ。

9:05、苫小牧着。
なぜ2両目に乗客がかたまっていたかというと、2両目の方が階段に近いため。

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苫小牧駅は南口が正面となる。
向かいの廃墟ビルはかつてダイエーが入居、そのあとが地下にラルズマートが核テナントとして入居するエガオというショッピングセンターとなっていたが2014年頃には廃墟ビルになっていたようだ。苫小牧駅と連絡通路で結ばれていたが今は撤去されている。
駅ビルはエスタとなっていたがこれも空きビル状態。
北口のメガドン・キホーテだけが駅前に唯一残った商業施設。

南口にダイエーと丸井今井苫小牧店があって駅と直結、北口には長崎屋とイトーヨーカドーが並び、駅周辺が苫小牧市の商業の中心地だったのはつい10数年前。

イオンができてからはあっという間にイオンの周辺にもショッピングセンターが林立し、あの辺はすっかりイオンの城下町のようになって栄えている。
室蘭本線も日高本線もちょうどイオンの裏を線路が通っているので、そこに新駅を作ればそれなりに利用者はいると思うが、そういった動きもないようだ。

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追分経由で岩見沢へ行こうと調べたら次の列車は13時台。
もう札幌に戻ることにした。

普通列車手稲行きは733系6両編成。
たまにJRのことを汽車と呼ぶ人がいるが、年寄りかそれとも余程JRと縁遠い生活の人かどちらか。
こんなロングシートの電車を汽車とは言わないなあ。

本物の汽車などもう観光用でしかないが、汽車に乗りたけりゃ苫小牧か岩見沢まで行くしかない。
今日は汽車に乗りに来たのだと思うことにした。

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南千歳で快速エアポートに乗り換える。
ホームは寒いし少し時間があったので上の待合室に行ってみる。

この待合室がこれから汽車に乗るんだね〜といった雰囲気だった。
キヨスクもいい味がある。少なくとも平成も10年代くらいまで戻ったような気分になる場所だった。
このキヨスクももう長いことはないんだろうということは察しが付く。
苫小牧駅のキヨスクもセブンイレブンになっていたし、新千歳空港駅のキヨスクももうだいぶ前になくなってしまった。

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南千歳からの快速エアポートは嬉しいことに転換クロスシートの721系だった。
新型コロナ流行以降はいつもがら空きで走っているのを見ていたが、車内に入ると空席が疎らなほど混んでいた。
これより前の駅は新千歳空港駅なのでほぼ100%の乗客は飛行機からの客となる。

そういえば今日から文化の日の飛び石連休だったなと思いだした。
GoToトラベルキャンペーンもあるし、この連休は多くの人が北海道旅行に来るんだろう。

こんな大盛況のエアポートに乗るのも随分久しぶりだなと思いながら札幌まで戻って来た。

〜おわり

posted by pupupukaya at 20/11/01 | Comment(0) | 道央の旅行記

2020年 秋の雨竜沼湿原へ

10月10日土曜日は雨竜沼湿原に行ってきました。

もうずっと前から一度行きたいと思っていたのだが叶わず・・・と言うか、札幌から日帰りで行けるところなのでずっと後回しになっていたのである。

今年は「雨竜沼湿原に行くのが今年の課題」と人に言っていたので行かなきゃならないな、と思っていたけど上記の理由から行かないでいた。

それが昨日(金曜日)の朝、ちょっとしたきっかけで雨竜沼湿原のことが頭に浮かんだ。
ネットで行き方などを調べていると、雨竜町のホームページに、
『令和2年度の雨竜沼湿原登山受付及びゲートパーク開設は令和2年10月11日(日曜日)までです。』
とのお知らせを見つけた。
えっ?今週末で終わりじゃん。

天気予報を見ると今週末は天気もよさそうだ。
これはきっと神様が行けって言ったんだな。ハイハイ行きますよということで行くことに決めた。

最初は金曜の夜に出発して車中泊して登山口へ向かおうと思ったが、もう10月ということもあって、夜や朝方はかなり冷え込む頃だ。
それに、暑寒別岳の頂上を目指すのならばともかく、登山口から上まで1〜2時間なのであんまり朝早くても意味ないと思うので、札幌を朝早く出て登山口に向かうことにした。

翌日朝6時半に家を出発する。滝川までの高速代が1,650円だったので片道だけ高速を使うことにしよう。
戻り道は、廃止になって半年近くなった札沼線の配線跡がどうなったか見ながら戻る予定にした。

高速を走っていると、目指す山の方向はうっすらとガスがかかっているのが見える。空は薄曇りだが、今日はいい天気になりそうな感じではある。もっと日が高くなれば青空が広がるだろう。
だから、あまり早く登り始めてもダメなようで、車中泊しなくて正解だった。

滝川ICから雨竜町の道の駅を目指す。着いたのはちょうど8時だった。
ここで身支度をしてから登山口に向かう。

雨竜市街から道道暑寒別雨竜停車場線を山に向かって走る。
途中の尾白利加(おしらりか)ダムまでは2車線の普通の道路だったが、ここからは1車線のダート道。
穴ぼこだらけで今週の雨のせいか水たまりもあるし、普通に入れる道道で今どきこんな道があるんだと逆に感心してしまった。

途中で2車線の舗装道路になるが、またダート道に戻る。
道路わきに停めている車を結構見かけたのは山菜取りだろう。

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 暑寒ダムから先はダート道が続く。

朝早い時間だけに対向車も無く、8時40分過ぎには無事登山口のゲートパーク駐車場に着いた。
山に入るとこの先はトイレは無いのでここで済ませておく。

登山口脇に管理棟があるので、ここで複写式になった入山届を書いて管理人に渡すと写しをくれる。これは下山したときにここで渡せば下山確認完了となるわけだ。
最後に「皆さんに入山協力金をお願いしてるんですが・・・」と言われる。
あくまで協力金という形で、入山料というわけではないのだが、断る人はいるのかな。

もっとも、見張っているわけではないので管理棟に立ち寄らずに登山道に入ってもわからないといえばわからないが。

協力金は500円。釣銭のないように持っていくと「助かります」と管理人に感謝される。
協力金と引き換えに雨竜町内で使える各種割引券の綴りがもらえる。
温泉とパークゴルフそれに商店街での100円割引券がそれぞれ3枚、道の駅の雨竜米アイス50円割引券が1枚。全部使うと入山協力金が実質150円となるが、下山してからパークゴルフ場に行く人がいるのかな。

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 最後のトイレ(左)と雨竜沼湿原管理棟(右)。

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 正面にデビルスタワーのような岩がそびえ立つ登山道入口。

8:52、雨竜沼湿原管理棟を出発。
しばらくは林道らしく、2条の轍のある道が続く。
ずっとこんな道ならば楽なんだけど、約800mほど進んだところで終わり。
その先には鋼製の吊り橋があった。

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 林道の終わりにある最初の吊り橋(第一渓谷吊橋)。

この吊り橋は見た目は頑丈そうだが、渡し板が側溝の蓋にあるような網目状の鋼板。下がスケスケになっている。
高さも結構あるので、高所恐怖症には恐怖の関門となる。
手すりをしっかり持って、見ないようにしてさっさと渡るしかない。

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 吊り橋上からうっかり下を見るとこうなる。(死ぬほど怖かった)

橋を渡った先から登り道が始まる。
実質ここが登山口だろう。
橋を渡った先にある看板には『ごくろうさま』とあった。これは無事橋を渡り終えた人に対してのものなのか・・・

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 吊り橋の先から本格的な登りとなる。

吊り橋の先は階段になっているが、その先はゴツゴツした岩がむき出しになった道。先週の雨のせいか岩は濡れていて滑るし、ぬかるみもあって歩き辛い。
うっかりスニーカーでやってきたら大変だろうな。それなりの装備でないと雨竜沼湿原は受け入れてもらえないようだ。

厚底の革靴なので少々のぬかるみは平気だが、ズボンの裾が泥だらけになってしまった。
見ていると皆さん登山用のパンツにソックスそれに登山靴としっかりと登山装備。
こちらは登山なんて年に1回するかしないかの頻度なので、身に着けているもので登山用のものは何一つない。
身体一つでパワーに任せて登って行くのが私流の登山なのだった。

ずんずんずんと進んで行くと次に現れたのは沢渡り。
水の上に出ている飛び石伝いに沢を渡るというもの。
都合よく渡れるように石があるわけではないので、事前に足を下ろす石を見定めてルートも選定しないと渡れない。
バランスを崩すと沢水の中へ足がドボンとなる。

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 沢渡り箇所。画像では簡単そうだが結構難しい。

何とか無事渡り終えて先へ進む。相変わらずゴツゴツの岩とぬかるみの道。岩の間を水が流れて沢のようになっている所もあった。

そんな道を登り続けるとちょっと開けた所にベンチがあった。
谷側が開けていて、ここから白竜の滝が見える。
高低差のある崖上から勢いよく水が落下する様を上から眺める場所にある。

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 勢いよく水が落ちる白竜の滝。

9:15白竜の滝
滝の撮影をしてちょっと一息ついたら出発する。
先を急ぐわけではないが、まだ休憩には早い。

滝から100mほど行くとまた吊り橋が現れた。
さっきの橋よりも狭くて、渡り板が傾いているではないか。
渡り始めるとユッサユッサ揺れる。横のワイヤーを持って足早に渡り切った。

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 2番目の吊り橋(渓谷第二吊橋)

橋を渡った先に『湿原入口まで1500m』『南暑寒荘まで1500m』の道しるべが立っていた。ここで距離的にはほぼ半分ということになる。

さあ、ここからが大変。
ひたすら鬼のような登りが続く。
中には高さ50cm以上はありそうな段差があったり、そのたびに片足をかけて「えいこら〜せっ!」と掛け声をかけて登る。
どうせ周りに誰もいないしね。

と思っていたら、後ろの方から別な熊鈴の音が聞こえてくる。
結構なハイペースで登っていたと思っていたが、さらに足の速いのが近づいてくるようだ。
ちょっと一休みしてその間に抜かせてもいいのだが、ひたすら鬼のような登りが続いているので一休みする場所すらない。
熊鈴は少しづつだが近づいてくる。

途中で一休み中の女子2両編成を追い越す。
こちらはさらに登る。

9:38、結構登ったところでペンケペタン川の沢が見えてきたので、ここで休憩することにした。
後ろには谷の間から石狩平野とさらに遠くにある大雪山連峰がうっすらと見えた。

すぐに単行の後続列車が現れ、挨拶を交わすとあっという間に通過して行った。
休憩といっても3分ほどで発車する。

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 湿原近くまで来るとすっかり葉を落とした木々ばかりになった。

第2吊り橋からここまで険竜坂という名前がつけられている。その名の通り険しい竜のような坂・・・坂というより山肌をそのまま登っているような感じだった。

もうだいぶ登り切ったのか、ここから坂は緩やかになる。
9:51、だいぶ開けてきた所に『湿原入口まで350m』の看板があった。
がむしゃらに登っていたらいつの間にか進んでいたようだ。

湿原入口の手前に最後の関門がある。それが2つ目の沢渡り。

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 2番目の沢渡り箇所。

沢渡りというか、靴底洗い場となっていて、湿原外からの種子を持ち込まないようにここで靴底の泥を洗い流すためにこうしてある。
飛び石もあるが、足をのせるのは頼りなさげ。浅い所でも深さ5cmくらいはある。
私は厚底の革靴だから難なく通れたが、薄底のスニーカーで来たら(そんな人はいないだろうが)裸足になって渡るしかないようだ。

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 湿原の中に新しい木道が続く。

靴洗い場からは新しい木道が通じている。
枕木に6本の角材を渡した木道は、見た目は快適そうだが、実際は角材の隙間に足を取られて歩き辛い。

9:56雨竜沼湿原入口に到着。
植物の案内看板があるが、周りに工事の資材が積んである。
そこからまた進むとプレハブ小屋があって、その先は木道の架け替え工事が行われていた。

作業の人たちは毎日下から登ってくるのだろうか。大変だなあ。
しかし小屋とか資材はどうやって持ってきたんだろう。道路なんて通じてないし。
下から担いで持ってきたんだろうか。まさかね。

脇に積んである資材を見たら、どうやって運んできたのか分かった。
解いていない資材はすべて網で包まれている。下からヘリコプターで運んで、ロープで吊るして荷下ろししたのだろう。
重機などあるはずもなく全てが手作業。大変そうだ。

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 木道の架け替え工事。

工事現場を通り過ぎて湿原テラスに到着。10:03
登山口を出発してここまで1時間11分。
ルートガイドだと登山道入口のゲートパークからここ湿原テラスまで距離は3.5km、所要時間は1.5〜2時間となっていたので、かなりのハイペースで登ってきたことになる。
表定速度ならば約3km/h、平地の早歩きの半分といったところ。

気分的には1000m級の山を登ってきたような感覚だが、登山道入口の標高は540m。対してここの標高は850m。何のことはない、310mしか登っていないことになる。
身体の方はそれほど疲れを感じてはいなかった。

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 湿原テラスから見た雨竜沼湿原。

さあやって来た憧れの雨竜沼湿原。
夏の間は緑一色で花が咲き乱れていた湿原は、10月も半ばに入る今頃にはすっかり黄金色に染まっているのだった。
下の登山口では薄曇りだった空も、きれいな青空になりつつある。

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 茶色く染まった湿原とすじ雲がステキ。

もうシーズンを過ぎたためか、まだ朝早いせいか、コロナのせいかは知らないが、人がほとんどいないのもまた良い。
私より早い時間にやって来た人たちと何人かすれ違ったくらい。
空気も澄んでいて、今日は最高の雨竜沼湿原日和である。

1つだけ残念なのは、若干風が強いということ。
湿原に無数にある池塘(ちとう:湿原にできる池沼)は、風のためにさざ波が立っている。
これが無風なら、水面が鏡面のようになって、青空に雲それに周辺の山々が映って美しいんだろうな。

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 無数にある池塘(ちとう)と暑寒別岳。

途中で木道が2手に分かれる。
2手に分かれる道は一方通行になっていて、行きも帰りも左側の道へ行く決まり。
まあ、シーズンはそれだけ訪れる人が多いんだろうな。

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 ペンケペタン川に架かる定員3人の浮島橋。

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 ペンケペタン川と暑寒別岳。

黄金色の草原に暑寒別岳。青い空に黒い神秘的な沼。
地獄のような登山道を登ってきて開けた不思議な空間の、すっかり虜になってしまった。
夢中でカメラのシャッターを切る。

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 ヒツジグサが浮かぶ丸い池。

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 湿原の中に消えてゆく木道。

分岐から2kmほど歩いた地点で、別れた木道と合流する。
ここに道しるべがあって『南暑寒岳まで3300m』『展望台まで480m』とある。
展望台があるのか。せっかくだから行ってみよう。

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 浮島橋手前で別れた反対側一方通行の道と合流。

木道が終わって、またきつい登りが始まる。といってもさっきの険竜坂ほどではないが。
展望台までの間に2人ほどすれ違った。
この先に展望台なんてあるのかと思いかけた頃、『展望台』と書いた板が木に打ち付けられていた。

10:54雨竜沼湿原展望台着。

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 展望台から雨竜沼湿原を一望する。

ここは雨竜沼湿原を見下ろすことができる場所。
平らな湿原の中にいくつもの池塘が点在するのがよくわかる。

しかし写真映えはあまり良くない。
下の方は笹が茂っているために遮られてしまうのが気にかかる。

70mmの望遠で撮影した画像を切り取って拡大したのが下の画像。
それっぽく仕上がるのが画像の不思議。

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 望遠で見た湿原テラス方向。

こうして上から眺めていると、湿原というよりはツンドラ地という言葉が頭に浮かぶ。
同じ湿原でも釧路湿原やサロベツ原野とは違う。衛星画像で見る北極圏の地形に似ている。

ここにスウェーデンハウス風の小屋があれば北欧だなあと思った。

再び下まで降りて、一方通行なので来た道とは別の道で戻る。
11:11、だんだん人が多くなってきたようだ。反対側の道を歩く人影がいくつも見えていたからだ。
さっき歩いていたときは、人影などほとんどなかった。

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 木道の別れ道。一方通行なので来た方と別の道を行く。

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 そのまま自然に還ってしまいそうな木道。

湿原の中を通る木道は入口付近にあった新しい木道よりも歩きやすい。
草原の中に消えてしまいそうな頼りない木道だが、それがまた湿原の風景に妙に溶け込んでいる。

別に新しくしなくとも、このままでいいんじゃないかとも思うが、腐って板が抜けていたり、踏むと沈んで湿地の水が染み出すような箇所もあって、そういう所は応急的に別の板が張ってあったりする。相当古そうだし、やっぱり全部新しくするんだろうなあ。

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 行きとはまた違う風景を楽しむ。

行きの道も良かったが、帰りの道もまた良かった。
黄金色の草原に黒い池。
池の水は泥炭地にありがちな茶色く濁った水なのかと思っていたが、のぞき込むと驚くほど澄んでいた。

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 池の水はとても澄んでいた。

10月も半ばに差し掛かった今時期の雨竜沼湿原は黄金色と言えば聞こえがいいが、枯れ草ばかり。
ここはもう晩秋を迎え、あとは雪が降るのを待つばかりという風だった。

今度は色とりどりの花が咲き乱れる初夏に来てみたいと思った。
でもその頃には人も多いんだろうな。

一方通行の片方の道とまた合流する。ここからは頻繁に人とすれ違う。
4〜5人のグループも見かけるようになった。

来たときは誰もいなかった湿原テラスも何組かの人が休んでいる。
ここで一休みしてから下山しようかと思っていたが、このまま下山することにした。
もう見るものは見たし、撮るものは撮った。
カメラは一眼レフとコンデジの2台持ってきたが、ここまでの撮影枚数は400枚以上。もう思い残すことはない。

11:50、湿原入口まで戻って来た。
展望台まで行き、そこから別の道を通って2時間かけて1周してきた格好になる。

また靴底洗い場を通って下山開始。
ここからも1人、2人と登山者とすれ違う。今年のシーズンはもう最後だし天気もいいからということでやって来た人たちだろうか。
また険竜坂をえっさほいさと下る。
登りよりは体力は使わないが、滑ったり転んだりしないように、足を下ろす場所に気をつけたり、登りより下りの方が怖い。

それでも、登りはとにかく登ることに夢中だったが、下りは景色を眺めたり少し寄り道する余裕はできた。

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 険竜坂の上から見える石狩平野。遠くに深川の町が見える。

12:25、第二吊橋の手前で最後に登山者とすれ違った。
登山口の管理棟ではなるべく16時までに下山するように言われている。10月半ばは夕方4時半を過ぎると暗くなってくるし、登り1.5時間、湿原1周1時間、下山1時間それに休憩時間なども入れると、今時期は登山開始は12時頃がタイムリミットだろう。

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 第二渓谷吊橋を下から見る。

第二吊橋からは下りも幾分緩やかになる。それでも足元はゴツゴツした岩やぬかるみで歩き辛い。
でも景色を見ながら歩く余裕はある。
このあたりから紅葉がだいぶきれいになっていることに今更気づいた。

13:00ゲートパーク着。
湿原入口からここまでの所要時間は1時間10分。
なんだ、登りも下りも所要時間はほとんど同じだった。
下りは少々ゆっくり目に来たのもあるが、どんだけハイパワーで登っていたんだ。

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 ゲートパークのキャンプ場(右)と管理棟。

管理棟で行きに受け取った入山届の写しを渡せば雨竜沼湿原登山は終了。

朝は駐車場が半分ほど埋まるくらいの車だったが、戻ってきたらほぼ満車というほどの区画がふさがっていた。
駐車場の一部は木道工事用に囲ってあって、その中に鉄板を水平になるように並べた一角がある。ここが臨時のヘリポートになって、上の湿原まで資材を運んでいるのだろう。

あとは車で帰るだけ〜 ♪

では終わらない。再び1車線ダートの地獄の道道を10km以上も戻ることになる。
待避所も少ないので、狭い所で対向車と鉢合わせしたら大変だ。こういう箇所では一応登り優先ということになっている。

対向車来るんじゃね〜ぞ〜!と念じながら穴ぼこだらけのダート道を穴ぼこや水たまりを避けながら運転する。
幸いなことにすれ違ったのはたまたま待避所のところで出会った『れ』ナンバーの車だけだった。

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 これでも一応は道道。

干上がった尾白利加ダムが見えてきたらほっとした。
ここからはずっと舗装の2車線道路である。

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 すっかり干上がった尾白利加ダム。

13:50には雨竜市街まで戻って来た。
せっかくだから旧札沼線の雨竜駅跡を見てくる。

札沼線の名は、もともと札幌と石狩沼田を結ぶ線として付いた名称だ。
昭和47年6月に新十津川〜石狩沼田間が不採算路線として廃止になっても路線名は札沼線のままとされた。
雨竜駅はその時に廃止となった駅のひとつ。

廃止から48年経つとはいえ、農業倉庫以外に駅前らしきものは何一つない。
国道の方が栄えていて、駅前には商店1つ無いというのは今年廃止になった新十津川も同様だ。
滝川へ直通するバスの方が圧倒的に便利とあっては、当時からして駅は人の集まる場所ではなかったのだろう。

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 『札沼線雨竜駅跡』の碑と後ろの農業倉庫が駅の名残。

農業倉庫の前に停まっている数台のトラックを見ていると、札沼線があった時代は今の季節は倉庫から貨車へ米を積み込むのに忙しかったんだなと想像した。

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 道路わきに立っているボロボロの腕木式信号機。

入山協力金と引き換えに町内で使える各種割引券を貰えるのだが、その中に雨竜米アイス50円割引券というのがあるので道の駅で使うことにした。
雨竜米アイスは260円のところ50円引きの210円になる。

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 粒々のご飯が練りこんである雨竜米アイスは桜餅やおはぎのような感覚。

あとは温泉100円引券やセイコーマートでも使える商店街100円引券。
一応11月30日まで有効なので捨てることはない。それまでに雨竜に来ることはあるかな・・・

このあとは札沼線の駅跡をいくつか見ながら札幌に戻ることにする。


posted by pupupukaya at 20/10/11 | Comment(0) | 道央の旅行記

はまなすを見に石狩へ

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 はまなすの丘公園と石狩川河口(地理院地図より筆者作成)


6月半ばの土曜日、今朝は早起きしたし、天気も良さそうだ。

今週、通勤途中に通った街路樹の植え込みに、はまなすの花が咲いていたのを思い出した。
はまなすと言えば石狩海岸だなあ、というわけで石狩川河口の砂丘にあるはまなすの丘公園へ行ってきた。

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石狩灯台と出迎える花たち。

はまなすの丘公園の駐車場は同じことを考える人も多いようで、まだ9時前だが駐車場は満車近い状態だった。

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はまなすの丘公園の遊歩道入口。途中までは木道が付けられている。

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遊歩道の木道から。足元にはたくさんのはまなすが満開。

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海浜植物保護のため園内は木道が続き、地面は立ち入り禁止になっている。

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木道が終わると砂利道が続く。河川の管理用道路らしく、車は乗り入れできない。
道路わきに、はまなすやエゾスカシユリが点々と咲く楽しい道。

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園内の保護されたものより、こちらの方が元気に咲くはまなすの花。

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はまなすの花は意外と大きいんだね。

はまなすは初夏から秋まで咲き続けるのだが、雪解け後に一気に咲き乱れる今時期が一番の見ごろと言える。
ちなみに俳句の季語では、はまなすは晩夏ということになっている。

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こちらは、はまなすに混じって異色を放つエゾスカシユリ。

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道の向こうに終点が見えてきた。

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砂利道の終点が石狩川の河口。石狩平野を流れるほとんどの川の終点。
秋は鮭釣りの人たちで賑わうのだろうが、この時期はひっそりとしている。

砂浜になっているが、はて、こんなに狭かっただろうか。
河口は砂地なので、しょっちゅう地形は変わっているようだが。

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風はおだやかだが、波は結構高かった。

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以前来たときはもっと砂浜が広かった気がするが・・・

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戻り路もまたはまなすの花を愛でながら。

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砂地の上で健気に咲くハマヒルガオの花。

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石狩川越しに見た石狩灯台と残雪が見える余市岳。

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ハマエンドウの群落。これも今が見ごろ。

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石狩灯台とUFOみたいな雲。

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うおおお〜、UFOの襲来。
ナンチテ・・・・・。

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はまなすの丘ヴィジターセンター。

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ヴィジターセンターには売店もあって、石狩市の名産品などを売っている。

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展示されていた石狩灯台のレンズ。

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ここの名物らしい、はまなすの実を使ったはまなすソフト。
律儀にマスクつけて河口まで往復してきたので、冷たくて気持ち良いくらい美味しかった。

暑かったわけで、この日の気温は30℃の一歩手前まで行ったそうだ。

タグ:北海道旅行
posted by pupupukaya at 20/06/14 | Comment(0) | 道央の旅行記

2007年冬札沼線乗車記

札沼線の北海道医療大学〜新十津川間の営業は正式には今日(2020年5月6日)までということになります。
実際は4月17日の運行が最後になったのはご存じの通り。以降は運休という扱いでした。
新十津川〜滝川間が近いので、札幌からだとぐるっと回ってこられるルートとあって、暇な時は一日散歩きっぷを持ってよく乗りに行ったものです。一日散歩きっぷ発売以前は普通乗車券で乗りに行ってたものでした。

このブログ記事でも札沼線は色々な形で取り上げています。
札沼線関連記事は『札沼線』のタグをつけましたのでご興味あればどうぞ。

  札沼線

そんなわけで、わりと愛着のある路線だったので、廃止になることは個人的にも残念なことです。もう1度くらい乗りに行きたかったのですが、それが果たせないままラストランとなってしまいました。

線路と駅巡りでもと思うのですが、現在新型コロナウイルスにより外出自粛中とあってはそれもできませんね。せめて過去の画像を引っ張り出してきて葬式鉄とします。

2007年1月、やはり暇だったんでしょうかね、一日散歩きっぷで札幌〜滝川〜新十津川〜札幌のルートで乗りに行ってたようです。今回はその時の記録となります。


2007年1月28日(日)

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岩見沢から乗った711系電車。
札幌から721系や731系電車から乗り継ぐとローカルっぽく見えたものだった。
18きっぷシーズンの旭川行などはそれなりに乗っていたが、いつもガラガラで走っていた。当時は特急スーパーカムイが30分間隔で運行していたし、普通列車は特急の停まらない駅の利用者を乗せて細々と運行しているに過ぎなかった。

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この時は天井とか座席とか変な物ばかり撮影していた。
日帰りで札沼線乗車は旅行記ネタにはならないと思っていたのだろう。

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滝川駅到着。
ここから新十津川までは徒歩かバスかということになる。
徒歩ならば1時間弱、バスならば20分程度。
このときは歩いたのかバスに乗ったのか覚えていない。冬なのでおそらくバスに乗ったのだろう。

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滝川駅にあった立ち食いそば屋。
ここで腹ごしらえしてから出発する。
このそば屋は昔はホームにあって、ツユは大きなやかんに入っていてそこから丼に注いでいた記憶がある。倶知安駅ホームのそば屋もそうだったな。

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天ぷらそば(300円)と茶わんカレー(200円)の組み合わせはワンコインとリーズナブルだった。

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新十津川駅への道。
この先に駅があるとは思えないほど殺風景な場所だった。
倉庫が多いのは、昔は農作物輸送で賑わったこともあるのだろう。

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新十津川駅。車が停まっているが、列車の客というわけではなさそうだった。
1986年のダイヤ改正で1日3往復になってから通学生の利用も無くなった。
少なくとも浦臼〜新十津川間は長いこと無いなと思っていたのだが、あれから20年以上も経つのだった。

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駅舎を出ると線路の先に何か停まっている。

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新十津川駅のホーム終端から200mほど先で線路が終わっているのだが、その一番奥に除雪モーターカーが停まっていた。
始発列車前に除雪をして、最終列車の後にまた戻るのだろうか。石狩月形から新十津川まではずっと単線なのでそうするしかない。乗務員はどうするのだろうと思ったが、何のことはない、車で拠点まで戻っているのだろう。

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1列車しか入れない線路に2列車がいるのは珍しい。モーターカーは保線用ということで列車扱いではないのかもしれない。
石狩月形駅の側線に停まっているのはよく見たが、ここに停まっているのは初めて見た。

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上り列車で札幌に戻る。車内の客は自分ともう3〜4人くらいだったような気がする。
うち1人は下徳富で降りて行った。地元の人のようだった。
新十津川から浦臼までは水田地帯。今は一面雪原となった風景。

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ブルーのボックスシートが並ぶ車内。
走りだすと細かい振動がひどく、窓がやたらとガタガタ音を立てる。
これでも空気バネのキハ40になってから相当マシになっていて、以前のキハ53時代の冬の乗り心地は相当なものだったと記憶している。

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トタンの待合小屋がある於札内駅。もとは仮乗降場で全国版時刻表には掲載されず、営業キロももたないためにきっぷは1つ先の駅まで買う必要があった。
隣の鶴沼駅も同じような駅だが、こちらは正式な駅とされたのは何が違うのだろう。

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石狩月形駅は列車の行き違いができる駅。駅員も常駐していてきっぷも売っている。
新十津川から列車で来ると、ここで人里まで下りてきた気分になる。

〜おわり

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posted by pupupukaya at 20/05/06 | Comment(0) | 道央の旅行記

2006年優駿浪漫号で行く日高路2

前回の続き。

浦河で降りたのは、様似まで行っても折り返し時間が1時間近くあり、それならば浦河で下車してバスで様似まで行こうと思いついたのだった。

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浦河駅の改札口。すべてワンマン列車なので駅での集札はしていない模様。
窓口はみどりの窓口になっている。

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待合室にはストーブが置かれ、ベンチには座布団が敷かれて居心地は良さそうな待合室だ。
しかし、さっき降りた人たちはすぐにどこかへ消えてしまった。

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浦河駅は平屋の木造駅舎が今でも現役である。しかも今でも駅員が配置されている。木造駅舎で有人駅というのも今では数少なった。
跨線橋は線路の反対側の国道へ渡るためのものである。元々は反対側のホームに渡るためのものだったが、棒線化されてから今の形になったらしい。
駅前は一応広場はあって駅前らしくなっているが、駅前は店も1軒もなく寂しい所にある。

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駅の横にある日通の建物が往時の賑わいを偲ばせる。
昔は貨物列車が着くとここからトラックが出入りしていたのだろう。
貨物列車も廃止され、急行えりもも廃止され、駅だけが町から取り残されたような印象を受ける。

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JRバス路線があるが、駅へは寄らずに駅裏の国道に浦河駅通りのバス停がある。

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国道から見た浦河駅。
う〜ん、何か未来に残したい風景。

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浦河からはバスに乗って様似へ向かう。
JR、いや今はジェイ・アール北海道バスか。札幌市内を走っているのと同じバス。
車内の乗客は指折り数える程度だが本数も多くそれなりに町内の交通機関にはなっている。

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たまには路線バスに乗るのもいいものだ。
「次は日高月寒」なんて放送を聞くと日高にも月寒があったのかと親近感を覚える。バス停名に国名を冠するところが国鉄バスらしい。
ちなみに案内放送の声は札幌のと同じだった。

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様似の手前で見えるのがローソク岩。列車からでは見ることはできない。バスならではの景色も見える。

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バスは様似営業所行だが様似駅にも立ち寄る。
駅舎には観光案内所が入居し、それとは別にきっぷ売り場もある。
観光案内所は前はスーパーだったような・・・。いや、キヨスクがあってそこで切符を買った記憶が・・・。
いつの頃からか時刻表の『JR北海道のおもな駅』欄に様似駅が追加されて電話番号と営業時間が記載されるようになったので、いつの間にか有人駅になったのかもしれない。
この駅は来るたびに変わっているような気がする。


祝日だが窓口が空いていたので、記念に西様似までの乗車券を買った。マルス券ではなく、嬉しいことに赤地紋に印刷した常備券だった。

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浦河で別れた優駿浪漫に再開する。
この列車に乗っていれば13:39に様似に着いていた。そして14:34発の札幌行となって折り返す。
この雨じゃ駅の外へ出ても行くところがなさそうだし、バスに乗ってみて正解だったかも。
車内の乗客もどこへも行きようがないという感じで車内にこもっていた。

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車内販売はないがデッキには飲み物の自動販売機がある。残念ながら酒類は無し。

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カード式の公衆電話。一時期は特急列車に必須だったサービスだが、携帯電話の普及で最近は出番も少ないだろう。

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優駿浪漫号は折り返しまた来た道を戻る。
車内は空席ばかりが目立つほどの乗車率だった。

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昆布干し場の脇を通るが、雨のためかブルーシートが掛けられていた。

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また馬を追いながら日高路を戻る。

静内でたくさん乗ってくるのかと思っていたが、さほどではなく、空席が多い中発車となった。

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鵡川では7分停車。
たばことか退屈しのぎとかにホームへ出る人が多かった。
運転士と車掌2人もホームに出てきた。

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交換となる様似行き普通列車が入ってきた。

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15:21、苫小牧到着。ここでまた方向転換。
苫小牧は20分ほどの停車となる。

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1番ホームの優駿浪漫号の停車している同じ線路に、今度は2両編成の日高線仕様のキハ40が入ってきた。
ゆっくり進入して、優駿浪漫号の後ろに接近して停止した。これを連結して札幌へ向かうのかと思ったらドアが開いた。ホームの発車案内は『18:18 様似』と表示してある。これは様似行きの定期列車のようだった。
どうしてこんな変な停まり方をするのだろう。

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と首をかしげたくなる2列車が停車する隣の2番ホームに上野行北斗星2号が入ってきた。
個室寝台やロビーカーに食堂車を連ねてすぐに発車して行った。
そのあと向こうの4番線には東室蘭から来た3両の711系電車が到着。3番線はこの次に札幌行特急北斗5号の乗客がホームで待っている。

この通り他のホームは定期列車が全て使用するために、臨時列車の優駿浪漫号は日高線の普通列車が発車する1番ホームに同居させてもらうしか居場所がなかったのである。
普通は1つの線に2つの列車を入れるということはしないが、かつて急行『ちとせ』と『えりも』の併結を苫小牧駅でやっており、その信号が使えたからだろう。

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3番線に札幌行北斗が到着して発車すると、こちらも後を追うように発車となる。
ここから札幌までの所要時間は1時間18分。各駅停車とほとんど変わらない。
南千歳では「お急ぎの方は快速エアポートへ・・・」と案内していた。
過密ダイヤの隙を縫うように、千歳線内は何度も快速や特急に抜かれながら札幌を目指すのだった。

19:32、列車はすっかり暗くなった札幌に着いた。
天気は悪かったが、人が少ないおかげで車内ではゆったりと過ごせたし、一日散歩きっぷでリゾート車両に乗ることができたので満足だった。

〜おわり

posted by pupupukaya at 20/05/05 | Comment(0) | 道央の旅行記

2006年優駿浪漫号で行く日高路1

現在GW真っ只中ですが、買い物以外の外出自粛中のため毎日過去の画像を引っ張り出してきて過去の旅行記を作成しております。

14年前の2006年5月5日、臨時列車『優駿浪漫』号で日高方面へ出かけていました。
優駿浪漫号は毎年桜の時期に札幌から様似まで運転されていた臨時快速列車で、この頃にはニセコエクスプレスの車両が使われるようになりました。
一日散歩きっぷを使えばかなり安くリゾート列車に乗ることができるというわけで、ヒマだからいっちょリゾート列車に乗って画こようかと思いっ立って出かけたのでしょう。
画像に文章を付けながら、当時の優駿浪漫号と日高本線を振り返ってみたいと思います。


2006年5月5日(金)

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ホームの発車案内に表示された快速優駿浪漫様似行き。
札幌は曇り空、日高方面は雨の予報。そのせいか、ホームの乗車口で待つ人もまばらだった。
そもそもは静内への花見客を当て込んで運転される列車なのだが、この天気で出控えたか、臨時列車ゆえの周知不足なのかはわからないが、ちょっと拍子抜けだった。

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使用したきっぷは一日散歩きっぷ。札幌から様似まで普通乗車券だけでも4,200円なので、片道だけでも元が取れるありがたいきっぷ。快速列車に限り指定券を買えば指定席も利用できる。

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快速列車だが特別にニセコエクスプレス車両が使われる。
3両編成のうち1両が指定席だったが、今日は必要なさそうだった。むしろ自由席の方が空いているくらいだった。

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快速優駿浪漫の乗車案内札。

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リゾート車両だけあって座り心地の良いシート。

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暗い空の下、札幌を発車。
車内も空席が目立ったままだった。

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10:20苫小牧着。ここで方向が変わるため、座席を回転させる必要がある。
考えたら昔札幌から直通する急行があった線って札幌とは逆方向に分岐する線ばかりだった。
日高線、留萌線、名寄線、岩内線・・・
ここでは9分停車し、日高線内は各駅停車となり定期の普通列車のダイヤで運行する。

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今までは先頭だったが、今度は後ろになる1号車。

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まだ新緑になる前の勇払原野が広がる。

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無人駅では前1両のドアだけが開き、車掌が集札する。(浜厚真駅)
別にドア開閉の車掌も乗務しており、車掌は2人乗務と往年の急行列車のような豪華さだ。

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雨模様の厚賀駅。
苫小牧からは定期列車の役割もあるため、地元客の利用もある。いつもとは違う列車に、子供ははしゃいでいる様子だった。

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晴れていれば風光明媚なのだろうが、今日は雨の中暗い太平洋沿いを行く。

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貨車駅の節婦駅。

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12:04、静内に到着。ここで11分停車する。
静内は日高地方最大の町で、有名な二十間道路の桜並木もあるのでここで下車する人が多い。
といっても車内の乗客の1/3くらい。お花見シーズンもこの天気じゃ・・・といった感じ。
車内に残った乗客は、臨時列車目当てで乗りに来たような人ばかりのようだ。

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待合室に駅そばやがあって覗いてみたら、いかめしがあったのでいなり寿司と一緒に買った。
駅の中には観光案内所の売店もあり、静内駅停車中に買い物ができる。

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アナログな改札案内があった静内駅改札口。

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静内駅は構内踏切で2番ホームと結んでいる。

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いなり寿司(220円)と日高名物北海いかめし(250円)。
いかめしはずいぶんと安いなと思ったら1個しか入っていなかった。駅弁というより、そばと一緒に食するもののようだ。

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東静内からは景色は一転して、山へと分け入るようになる。
ここから浦河までは海岸沿いを行かず、山の方に迂回しながら進むルートを取るためだ。
太平洋とはしばしお別れ、ここからは山や牧場が車窓の友になる。

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日高三石駅は旧三石町の中心。線路はまた海岸沿いに戻ってくる。山側に敷かれた線路だが、さすがに三石を無視するわけにもいかなかったのだろう。

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東静内からは昔ながらの白い碍子を付けた電柱が目立つ。独特の形状からハエタタキと呼ばれていた。
静内から先は列車本数もそうだが、車窓もローカル色が濃くなる。

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牧場に放たれた馬の姿を見ると、いかにも日高路という感じになる。

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本桐で上り列車と交換する。花見シーズンのためか増結されて2両編成だった。

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これも貨車駅の荻伏駅。

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優駿浪漫号は様似まで行くが、私は数人の客とともに浦河で下車する。

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浦河駅を発車して去る優駿浪漫号を見送って。



posted by pupupukaya at 20/05/05 | Comment(0) | 道央の旅行記
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