突然現れた札沼線の臨時列車1

10月10日、JR北海道ホームページのお知らせ欄に、このような記事を見つけた。

“札沼線における臨時列車の運行について
札沼線において 10 月 12 日(土)に運行する臨時列車については、以下のとおりです。
〜運転区間 : 石狩当別駅 〜 新十津川駅
〜臨時列車は通常の乗車券でご利用いただけます。”

何だか以前から決まっていたかのような文面だが、プレリリースの過去記事を見てもそのような記事もなく、新十津川町など沿線町村のホームページを見ても、特にイベントは見つからなかった。

何のための臨時列車なのかの記載はなく、2日前に突如現れた臨時列車。
なぜかプレリリース欄ではなく、おしらせ欄の記載になっている。
 ※しかも運転翌日13日には削除されていた

下りは石狩当別9:30発、新十津川11:26着。
上りは新十津川11:36発、石狩当別12:44着。
 停車駅は石狩月形、浦臼のみ。

2020年5月の廃止が決定している札沼線の北海道医療大学〜新十津川間。
もう一度くらい乗るのもいいかなと思い、札幌8:29発北海道医療大学行普通列車で出発した。

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 学園都市線は快速エアポート編成が使用される。

札幌駅を発車した2549M
「次の桑園では本日臨時列車運転のため4番ホームに停車します。降り口は左側です」
とアナウンス。

本来下り列車が発着する3番線は、2両編成のキハ40が停車していた。
これがどうやら石狩当別からの臨時列車となるようだ。

しかしどうして桑園駅で追い抜きとなるのだろう。
この列車の後追いじゃダメなのか。いや、先について石狩当別駅で待っていればいいんじゃないか。
いやそれよりも、札幌から車両や乗務員もろとも回送するくらいなら、札幌始発で営業運転すればいいんじゃね?

次々と疑問の湧いてくる臨時列車なのだった。

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 3番線に停車中の臨時列車を4番線で追い抜く。

9:07に石狩当別着。
3番線には9:08発札幌行2544M、1番線は9:30発札幌行546M、2番線は今乗ってきた列車が到着して、3線あるホームがすべてふさがってしまうので、臨時列車が先に入線することはできないのだった。

臨時列車に着いて何かわかるかもしれないので、階段を上がって改札を一旦出ることにした。

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 石狩当別駅の改札口に表示された臨時新十津川行。

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 石狩月形駅に掲示の『お知らせ』。

待合室には今日の臨時列車が『お知らせ』として掲示されていた。JR北海道HPの『お知らせ』とは違う文面。
それによると、

“「月形町社会福祉協議会ボランティアセンターまつり」開催に伴い、臨時列車を運転します。”

とのこと。

この団体のホームページを見ると、『ボランティアセンターまつり貸切特別列車つきがた号』というのがあった。しかし時刻は石狩月形13:49発となっており、この列車とは別。

マイナーな(失礼ながら)イベントのためにわざわざ臨時列車を仕立てるだろうか。
それに公表されたのが運転の2日前とあっては、この列車を知っているのはJR北海道のHPを毎日チェックしてる人くらいなもの。

案の定、ホームにいるのは鉄分が濃いとお見受けするような方ばかりだった。いわゆる鉄ちゃんですね。いい歳した男ばかり。
そういうお前は何者なのだと言われれば、ハイ私もそうでした・・・

先に3番線に9:23着の浦臼からの5424Dが入って来る。
1両編成で車内の乗客は2〜3人。
土曜日とはいえ、午前中の上り列車がこの有様ということに、廃止もやむなしという現状を見てしまった。

ホームには「新十津川行臨時列車はあと4分でまいります」との放送がある。

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 浦臼始発の5424Dが入線。

臨時列車が入ってきたのは、結構ぎりぎりの9:28だった。
やはり桑園駅で見たキハ40の2連。

うっ、この車両は・・・

キハ40 330番台
電化前の学園都市線で通勤通学されていた方ならご存じだろう。
私は別の意味で感慨深い車両。

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 札幌方から桑園で追い抜いた臨時列車が入線。

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 キハ40 330番台でやってきた臨時列車。

車内は超ロングシートとでも呼びたくなるようなオールロングシート改造車。
デッキの仕切りも撤去され、腰掛はどう見ても711系電車のボックスシートからの発生品。

一応冷房車だが、かつて非電化時代の学園都市線でのラッシュ運用ならばともかく、ローカル線でこのような車両に当たったら相当落胆するような残念な内装だ。

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 オールロングシートの車内。

この車両、実はかつて急行『宗谷』や『サロベツ』に使われていたキハ400形のなれの果てなのである。

1988(昭和63)年11月のダイヤ改正で、宗谷線急行の気動車化でデビューした車両だ。
元々は一般型のキハ40形だったが、冷房化と化粧室の設置、客室の座席はリクライニングシートを設置、窓にはカーテンと特急列車同様にする大改造が行われた。

その後、編成の中に客車の寝台車を組み込んで、夜行急行『利尻』にも使用され、1990年代には宗谷線系統急行の主役として君臨する。

2000(平成12)年の宗谷線高速化による特急『スーパー宗谷』運行開始により急行としての役目を終えることになった。

で、出番のなくなったキハ400であるが、こともあろうにまた一般形に戻されることになった。
リクライニングシートもデッキ仕切りも取り払われ、座席はオールロングシートに再改造され、学園都市線の一員としてまた走ることになった。
オールロングシートと冷房車はラッシュ時は歓迎されたことだろう。

2012年に桑園〜北海道医療大学間が全て電車に置き換えられてからは余剰となり、海外に譲渡されてとっくに無くなったと思っていたが、まだ走っていたのだった。

ワンマン化改造もされていないので、通常の運用に就くことは難しく、出番はイベントや臨時列車専用ということになる。

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 数少ない非ワンマン車。この妻面自体他に現存しないのでは?

この車両の何が珍しいのかというと、窓下に小物を置く連続した框(かまち)、窓上に連続するステンレスのカーテンレール覆い、座席番号のプレートが貼ってあったパイプ式荷棚の帯などに、もと急行型の名残を感じるといったところ。

やたらとデッドスペースが多いのは、急行時代の冷房用の機器室や化粧室が撤去されたから。
機器室だった場所はロングシートが設置されて、はめ殺しの窓が増設されている。

天井は急行時代は冷房ダクトと蛍光灯が一体化されたカバーで覆われていたが、再改造後は蛍光灯は剥き出しになり、冷房のダクトが中央に残る恰好となっている。

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 急行用キハ400時代の内装(鉄道ジャーナル1989年1月号からの引用)

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 急行用キハ400の図面(鉄道ジャーナル1989年1月号からの引用)

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 鉄道ファンには珍しい車両だが一般客からは不評だろう。

しかし、よりによってなんでこんな車両を残したんだろう。
テーブルを置いて、お見合い形式で飲食パーティーするにはいいのかも知れないが、通常の運行では明らかに不評と思われる。

話は変わるが、先月創成川通りの高架上を走る785系電車を見た。
かつて特急スーパーホワイトアローで使われていた車両だが、2017年に789系の『ライラック』運転開始と同時に引退と思っていたが、今でもたまに『すずらん』に使われることがあるという。

で、その先月見た785系というのが、もと付属編成だった2両1組の編成でuシートの500番台を挟み込んだやつ。
いわゆる魔改造車などと呼ばれている車両ですね。

そのときに、なんでよりによってコイツを残したんだろうと思ったわけですよ。

このキハ40 330番台もそうだけど、JR北海道ってゲテモノ車両を残したがる傾向にあるようだ。
そういえば最後まで残った711系電車も3扉改造車だったしなあ。

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 臨気9523Dの運転士時刻表。

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 乗務員室のドアにある窓から見た本中小屋駅。

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 ボロボロの貨車駅がある中小屋駅を通過。

まあとにかく来年にはなくなる札沼線を堪能する。
沿線はあちこちに撮り鉄たちの姿も見える。

ワンマン機器を搭載していないこの列車は、当然運転士と車掌のツーマン列車。
さらにイベント系臨時列車でよく見かける、営業担当らしき人。スーツ姿でJR北海道の腕章をつけ、書類を挟んだ画板を持っているのでわかる。

この列車は石狩当別を出ると、途中石狩月形と浦臼しか停車しない。
北海道医療大学も通過するのである。

線内の最高速度は65km/hで、この列車もそれを忠実に守る。
並行する国道を走る車に次々と抜かれるのは見慣れた光景。

石狩月形は9:54着、石狩当別から24分で着いたことになる。
普段の各駅停車ならばこの間の所要時間は32分。
えっ、もう着いたのという感覚だった。

石狩月形の発車時刻は10:52で、ここで58分も停車する。

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 石狩月形駅に到着。ここで58分停車する。

これも意図がよくわからない長時間停車だが、とりあえず外に出ることにする。
駅や列車を撮影したり、廃止になる駅の情景を眺めながら過ごす。

もっとも町のほうに歩きだしても、特に見るものがあるわけじゃなし。国道にコンビニがあるくらいだ。

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 数少なくなった木造駅舎が現役の石狩月形駅。

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 ストーブと改札口。

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 改札口に掛かる改札案内の札。

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 待合室に出ていた臨時の売店。

石狩月形駅の駅名標の謎。
ホームに駅名標の支柱が2つあり、片方は駅名表示の板がはめられているが、もう片方は枠だけが立っている。
この枠だけの駅名標はなあに?

ここから顔を出して記念撮影用?

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 石狩月形駅の駅名標。隣の空の枠は・・・?

正解はもう一つの枠はかつて名所案内だった。

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 名所案内と駅名標。(2007年10月8日撮影)

上画像は名所案内の表示があった頃。
2010年の画像では枠だけになっていたので、その間に無くなった模様。

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 石狩月形駅のホーム全景。4両編成までは停車できそう。

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 駅南側の踏切から。

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 駅の裏側から。廃止後はここは道路になってしまうんだろうか。

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 キハ40 331+キハ40 336の2連。

何もない駅での1時間停車は長い。
どこからどう見ても田舎の長閑(のどか)な駅だった。

10:48、新十津川からの5426Dが着くと長閑な駅は一変することになった。

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 新十津川発石狩当別行5426Dが到着。

新十津川からの1日1本の列車だからか混んでいる。
増結して2両で来たが、それでも混んでいる。

停車してドアが開くと、ぞくぞくと人が降りてくる。
そしてまた新十津川行の臨時列車に乗り込んで行くではないか。

どこかの団体さんなのだろうか。
何だかよくわからないまま再び臨時列車に乗り込んだ。

そんな中、赤い帯の制帽をかぶった助役さんがタブレットの輪を臨時列車の運転士に渡す。
正式にはスタフというが、こういう光景が見られるのは石狩月形駅が最後となる。

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 長閑だったホームはしばしごった返す。

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 出発合図を出す助役さん。

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 石狩月形からは大盛況となった車内。

折り返し乗車の団体さんで車内は大盛況。
それにしても、もうちょっとマシな車両はなかったのかよと思いたくなるような車内だった。

石狩月形からは立ちんぼうとなった。

2へつづく

posted by pupupukaya at 19/10/13 | Comment(0) | 2019年その他旅行記

突然現れた札沼線の臨時列車2

石狩月形からは一転して団体列車となった札沼線の臨時列車。
空席はなく、終点の新十津川まで立ちんぼうで過ごす。

座席はオールロングシート。景色を眺めるのなら立っていた方が良さそうだ。

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 カメラマンに見送られて発車。

18分で浦臼へ。
定期列車ならば25分。今まで各駅停車しか乗ったことがないので本当に早く感じる。

浦臼駅は、昔は交換設備や車両の夜間滞泊もあってそれなりに拠点駅だったが、国鉄末期には棒線駅化されて無人駅になっている。
『ふれあいステーション』と名付けられた新しい駅舎と1本だけのホームに昔日の面影はない。
それでも札沼線北部の列車のうち5本はこの駅が始終着となる。

浦臼に停車する必要はあるのかなと思っていたが、ここからも数人乗ってきた。
鉄道ファンらしき人が多いが、子供連れの試乗と思しき人も。

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 浦臼に停車。

浦臼からは1日1往復の区間になる。
どうせ今日は列車が来ないからと線路上を歩いていると、突然今日のような臨時列車が現われたりするのでやめた方がいい。

鶴沼からはずっと並行していた国道も離れてゆき、車窓も左右両側が田園地帯という一番札沼線らしいところでもある。
この辺りから線路沿いに現れる電信柱(ハエタタキ)も良いアクセント。
こんなのも残っているのは本州ではどうか知らないが、道内ではここくらいだろう。

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 浦臼から下徳富まではハエタタキと呼ばれる電信柱が車窓に現れる。

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 下徳富駅を通過。

木造駅舎が残る下徳富駅を通過し、新十津川の手前にあるひまわり畑の向こうには数台の車が停まっていて、数人の撮り鉄たちの姿が見えた。

ひまわりはどういうわけか線路には全部ソッポを向いているが、向こうから撮影する分には良い被写体となっているだろう。

浦臼から15分で終点新十津川に着く。
石狩月形からずっと立ちっぱなしだったが、あっという間に着いたような気がした。

石狩月形での58分停車を差し引くと、石狩当別から途中2駅の停車で58分かかったことになる。
これが各駅停車の定期列車ならば1時間43分。

快速運転の札沼線に乗るのは初めてだったのですごく新鮮だった。
考えたら、この区間を2両編成の列車に乗るのも初めてかも。

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 終点新十津川に到着。

新十津川駅前は仮設テントも並んで何やらお祭りムード。
PRキャラクターの着ぐるみも出迎えに来ていた。

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 とつかわこめぞー(新十津川町のPRキャラ)も出迎えに来ていた。

駅舎内の観光案内所窓口は閉まっている。
定期列車の時しか営業しないのかなと思って外に出ると、今日は駅前の仮設テントの方で営業していた。

今の列車から降りた人たちがテーブルの前に並んでいる。
団体客に記念品を渡しているとのこと。

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 駅前は何やらイベント会場のようだった。

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 金滴酒造の試飲コーナー。

臨時列車ながら、折り返し時間は10分しかない。

駅前広場の仮設テントにある金滴酒造の試飲コーナーで勧められるまま1杯飲んで、隣で笹寿しの試食して、向かいの売店で新十津川駅ラストランのラベルが付いたカップ酒を2本買ってまた駅に戻る。

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 新十津川駅の入口にはラストランまでの日数が掲示されている。

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 時刻表にあるのは1日1本の定期列車。

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 駅長犬ララちゃんはお疲れの様子。

さっきの団体さんも折り返しの列車で戻るのかと思ったが、そうではないようだ。バスで戻るのか。

駅前のイベントのための臨時列車だったのか。
よくわからないまま車内の客となる。

駅に残った十数人に見送られて発車。

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 駅前のイベント参加客に見送られて発車。

石狩月形や浦臼からの地元試乗組も折り返し列車の乗客となった。
これに乗らないと戻れないわけだが。

その人たちは車掌から乗車券を買っている。
私も記念に新十津川から浦臼までの乗車券を買い求めた。

車掌が発行するロール紙の車内補充券ってやつ。
あまり記念にしたい代物ではないが、いつもはワンマン運転区間なので、こんな機会でもないと手に入れることはできないもの。

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 臨時列車車内発行の乗車券。

戻りの列車は空席が目立つ。
ロングシートに片膝を乗せて横向きに座れば景色を眺めることができる。

窓框に頬杖をついて車窓を眺めていたら、往年の宗谷線急行の気分になれるかなとも思ったが、やはり違うようだ。

キハ400当時のシートピッチは90cm。今の特急の標準である95cmから比べるとずいぶんと狭い。
足元の温気ダクトもあって、窓も小さくしかも窓と座席ピッチも合わず、そこへ特急列車と同じ規格の大型リクライニングシートを置いたもんだから一層狭く感じた。
札幌から稚内まで6時間弱。よくあんな列車に長い間乗っていたなあと今となっては思う。

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 ロングシートでも横向きに座れば車窓を楽しめる。

久々に列車に乗って、一杯やりたくなってきた。
さっき新十津川駅前の売店で買ったお酒がある。

窓框もあるし飲んでみよう。



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 新十津川駅前の売店で買ったお酒。

ここからは飲み鉄になる。
新十津川町に停車中のキハ40の写真がラベルになっている。金滴酒造のお酒で1本300円と高め。
名前は何て言うんだろう。
ラベルには『JR札沼線終着駅 新十津川駅』『令和2年5月6日ラストラン』と書いてある。

揺れがひどいのでこぼさない様に慎重に開けてひと口。

おお、これはなかなか濃厚な味じゃないか。
これはきっと特別純米酒新十津川だよ。
よくスーパーで1升瓶で買って飲んでいるのでわかる。

思わずピチャッと音を立ててしまったり・・・
すいませんね、根っからの酒飲みなんで。

汽車旅は酒が飲めるのが良い。
車じゃこうはいかない。
バスの車内ではさすがにやりかねる。

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 国道のトラックと並走。こちらの方が若干速かった。

お酒を1本空けたら12:10、石狩月形着。
ここで11分停車。浦臼行5427Dと交換になる。

新十津川での折り返し時間が10分間とあわただしいのは、次の下り列車が来る前に石狩月形まで戻る必要があるため。
石狩月形〜新十津川間は線路が1本しかないため、この区間は1列車しか入線できないことになっている。

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 再び石狩月形へ。

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 改札案内と助役さん。

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 浦臼行5427Dの2両編成が入って来る。

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 石狩月形で交換。

浦臼行5427Dも2両編成だった。
今日はどの列車も増結をしている。新十津川のイベントのためか休日は乗客が増えるのでいつも増結しているのかはわからない。
浦臼行も結構乗っているようだった。

札幌から近いということと、『1日散歩きっぷ』が使えるので、休日はどの列車も混んでいそうだ。
1日散歩が使えなくなる冬は少し落ち着くのだろうか。

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 臨気9522Dの運転士時刻表。

石狩月形で乗客が若干入れ替わったくらいで、新十津川発と同じような乗車率のまま発車する。
ここからは車窓よりも車内の内装を眺めながら過ごした。
車内あちこちに残るキハ400時代の面影に、急行『宗谷』や『サロベツ』を思い出していた。

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 最高速度の65km/hを指した速度計。

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 助手席は急行時代は開放され、補助席と化していたのを思い出す。

ぼーっとしていたら、いつしか北海道医療大学も通過して石狩当別に着くところだった。
石狩月形〜石狩当別間は23分。いやあ早い。

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 石狩当別に到着。

石狩当別着は12:44。
札沼線での快速運転も初めてならば、この区間で2両編成に乗るのも初めて。
キハ40 330番台がまだ走っていたとも思わなかった。
たった1日だけ運転の名の無き臨時列車は、なかなかショッキングな列車でもあった。

廃止日が近くなれば新十津川への臨時列車も運転されるだろうし、その時にはまたこのスジが使われるのかもしれない。
そうなれば休日など結構な混雑になりそうだ。

ところで、今石狩当別に着いた2両の臨時列車はこの後どうなるのかというと、今度は『ボランティアセンターまつり特別貸切列車つきがた号』として新十津川までもう1往復することになる。

私は12:49発札幌行普通列車で帰ります。

石狩当別駅の1番ホームに入ってきたのは731系電車の6両。
てっきりエアポート編成だとばかり思いこんで、uシートでゆったりと帰れる気でいたので、この電車で40分以上過ごすのかと思ったら今からうんざりした。

ていうか、学園都市線で日中の731系というのもあんまり見ない気がする。

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 石狩当別からは北海道医療大学始発の731系電車。

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 札幌に戻ってきた。

臨時列車に石狩月形からたくさん乗ってきた団体さんは何だったのだろうと帰ってから調べたら、道新の電子版にその記事を見つけた。

 〜以下 どうしん電子版10/10 18:12 更新より引用
廃止される新十津川駅12日から記念祭 臨時列車も運行
来年5月に廃止されるJR札沼線の終着・新十津川駅(空知管内新十津川町)で12、13の両日、開駅88周年記念祭(町など主催)が開かれる。12日は臨時列車を運行、札幌方面からの乗客がイベントを楽しめるようにする。

臨時列車で新十津川に行ってもこれが最終列車だから、帰りは滝川経由でないと帰ってこれないね。
ていうか石狩月形駅に掲示の『月形町社会福祉協議会ボランティアセンターまつり』は直接関係ないじゃないか。

で、石狩月形からの団体さんは、新十津川町による企画・募集によるものだとわかった。
臨時列車運転により、新十津川から石狩月形まで往復できるからということ。

今日の臨時列車のスジは、普段は団体貸切列車用だということもわかった。
11月に札沼線で運行される山紫水明号も今日と同じ時刻に運転されるのだろう。

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 お酒と購入したきっぷ。

告知が2日前といい、なんだかよくわからない臨時列車だった。
なぜ札幌始発ではなく石狩当別始発になったのかというと、電化区間での気動車の営業運転はできないらしい。(石狩月形駅の助役さん談)

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 19/10/14 | Comment(0) | 2019年その他旅行記

今年はフィンランドへ行きます2

7月に札幌〜ヘルシンキ間往復の飛行機のチケットを買っていた。
突然オーロラを見てみたいと思い立ち、ポンと買ってしまった。

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ずっと先のことだと思って何もしていなかったが、気づけば出発までもう2か月を切っていたのである。

ぼちぼち旅行の支度もしなければいかんなあ・・・

とりあえずは予定から立てなくてはならない。
それからチケットやホテルの確保である。

飛行機は往復ともヘルシンキ発着となる。
オーロラを見るとなると北緯60度にあるヘルシンキでは無理だろう。
遥か北、北極圏まで行く必要がある。

ヘルシンキから北極圏手前のロヴァニエミという町までは鉄道があり、ヘルシンキからの直通列車がある。
夜行列車も2往復あって、これは『サンタクロースエクスプレス』と呼ばれている。

もうこれで行程は決まったようなものだ。

夜行列車でロヴァニエミまで行ってまた同じルートで戻って来るだけというのもつまらない。
ヘルシンキから北へ向かう夜行列車は2系統あり、もう一つはコラリという町まで行く列車だ。
ロヴァニエミからコラリまではバスで移動できるようだ。

しかし、オーロラについていろいろ調べていたら、ロヴァニエミあたりでもオーロラを見るのは厳しいらしい。
町中では光源が邪魔するので、オーロラを見るためには郊外まで行く必要があるとある。

夜中に郊外まで行くとなると、車でもなければ無理だろう。あとは現地ツアーに参加する方法もある。
現地ツアーもあれはあれで結構高いものだし、英語でやり取りするのも面倒くさい。

どこか小さい町のホテルに泊まるしかないのだろうかと思い、いろいろネットで調べていたら、イナリという町が良いらしい。小さな町なので光源が少なく、また北側が湖に面していて遮るものがないというのがオーロラ鑑賞に適しているらしい。

イナリはロヴァニエミから直線距離で約270km、定期バスがあってロヴァニエミからは5時間半で結んでいるとわかった。
定期バスがあるってわかればこっちのものだ。

それさえわかれば世界中どこへでも行きますよ (^^

というわけで旅行のルートが決まった。

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 2019年フィンランド旅行のルート。(googlemapより作成)

初日はヘルシンキに泊まって、翌日発の夜行列車でロヴァニエミへ向かう。翌朝ロヴァニエミに着いたら、そこからバスでイナリへ向かうという計画を立てた。

そうと決まれば、まずは夜行列車のチケットを入手することから始める。
これはフィンランド鉄道(VR)のHPから行う。

早めにチケットを買ったほうがお得なのはどこの国も同じだ。
ヘルシンキ〜ロヴァニエミで検索すると、夜行列車は2本表示される。
お値段は座席車で・・・・68ユーロ(約8千円ちょっと)

ヘルシンキ〜ロヴァニエミ間の鉄道の距離は900km。
これはかつてあった寝台特急『北斗星』の上野〜函館間とほぼ同じ。

おととしスウェーデンとノルウェーの列車を利用したとき、運賃の安さに驚いたものだが、フィンランドの鉄道もずいぶんと安い。
去年のオーストラリアも鉄道運賃だけは馬鹿に安かった。

物価の高い国の鉄道運賃って馬鹿みたいに安い傾向にあるようだが、何か理由でもあるのだろうか。

それはともかく、夜行列車だから寝台車もあって、それもHPからチケットを買うことができる。
寝台車は2階建てで、1階がトイレ共同の2人用個室、2階がシャワー・トイレ付きの2人用個室となっている。

個室の2人用寝台車は1人で利用すると男女別で相部屋となるようだ。
1室貸切というのも選択できる。この場合は料金も割高になる。

どうせなら2階の個室を1人で使用したい。

この個室もHPから好きな席を選択できる。
やはり人気列車らしく、個室の多くは予約済みになっている。
それでも空室を見つけ、予約から決済まで完了させた。
あとはメール添付されてくるチケットを印刷して持っていけば、直接列車に乗るだけで良い。

どこかのJRにも見習ってほしいシステムだ。

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 フィンランド鉄道(VR)のHP。予約完了の画面。

どうせ夜行列車に乗るならと、一番高い2階個室の1人利用とした。
それでも値段は226ユーロ(約2万7千円ちょっと)。

日本で言えば『サンライズ出雲』のシングルデラックス利用と同程度の値段ということになる。

夜行列車で贅沢した分は、宿代の方で節約することにしよう。

で、次はホテルの予約
列車のチケットを買ったことで、旅行の日程もほぼ固まってきた。

まずはメインであるイナリのホテルから探すことにした。
バス・トイレ共同でもいいから、1泊1万円以下でどこか・・・と考えていたが、それは甘かった

いつものホテル検索サイトでイナリのホテルを検索すると、一番安いところで1泊1万7千円台
あとは1泊4万円台とか5万円台とか。

当初は3泊はするつもりでいたが、最終日は満室だった。
値段も値段だし、イナリは2泊で退散することにした。
まさか1泊2日というわけにもいかないしね。

とんだ暴ったくりと言いたくなるが、そりゃあ世界中からオーロラハンターが来るだろうし、クリスマス期間だしねえ。

7・8月ハイシーズンの利尻礼文島だってこんなものだ (^^;

宿が取れただけでも良しとすべきなのだろうか。
もうこれ以上は考えないことにする。

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 2泊で3万4千円以上・・・( TдT)

イナリで2泊し、またバスでロヴァニエミまで戻ることになる。
ヘルシンキまで、戻りの列車は座席利用だね。

で、ロヴァニエミからヘルシンキまで夜行列車の座席車なら68ユーロ
インターシティと呼ばれる昼間の列車もあって、8時間近くかかるがこちらはなんと34.8ユーロ(約4200円)。LCCもびっくりのディスカウント価格。

夜行ならば宿代わりになるけれど、寒くて真っ暗な早朝に外に放り出されることになる。
昼行ならばホテル代はかかるけどその心配はないし、私は鉄道好きなので1日中列車に乗っているのはそれはそれでうれしい話。

結局、イナリからバスで着いたら、ロヴァニエミで1泊して翌日の列車でヘルシンキに戻ることにした。
冬場の旅行なので手堅く行きたい。
それにイナリでのオーロラが空振りに終わった場合の保険とすることもできる。

で、ロヴァニエミのホテルを検索してまたびっくり。
1泊最低価格13,728円。これ以外となると3万4万のホテルばかり。

オーロラのシーズンだし日本じゃ年末年始休みに入っているところだしねえ。
日本人ばっかりだったりして。

ホテル代と往復列車料金だけで軽く10万円は超えそうだ orz...
やっぱり年末年始は旅行するもんじゃないな。

当初はオーロラだけ見てサッサと帰って来るつもりだったのだが、なんだかんだで今回も結局大旅行になってしまうのだった

オーロラ見に20数万円かあ・・・
しかも見られる保証は全く無し。

今回の旅行は一世一代の大博打だな。


posted by pupupukaya at 19/10/27 | Comment(0) | 2019年その他旅行記

今年はフィンランドへ行きます3

気づけばフィンランド旅行出発まで1週間を切っていたわけで。

飛行機のチケットは7月中に買っておいたし、現地の鉄道チケットの購入やホテルの予約も2か月前くらい前から始めておいた。
支払いも主だったものはすべて終えており、あとは身体を向こうにもっていけばいいだけの状態だ。

なんせ北極まで行くわけだから、装備もそれなりの物を整えなければならない。
これも少しずつ買い揃えていた。

と言っても、私は北海道の人だし冬場でも外で仕事することが多いので、買い揃えた装備もそちらに流用すればいいので、フィンランド行のためだけに買ったわけではない。

去年のオーストラリア出発前はトラベルブルーで・・・と書いたが、なんだか今回はあまり緊張感は無い。

というのも、フィンランドは北欧でも人気の旅行先らしく、これから行く先の情報をググってみても簡単にヒットするし、たくさんの旅行記も読むことができた。向こうは日本人観光客も多そうだ。

また、私自身も3年前に北欧旅行をしているし、フィンランドのヘルシンキ空港でのトランジットも経験しているせいかも知れない。

あとは出発までワクワクして過ごせばいいんだろうか。

DSCN2977.JPG

日程は7泊9日。1泊は帰りの飛行機の機内となる。

今回の旅行もオールハンドメイド。
旅行の行程を組むのから、ホテルの予約、チケットの購入まで全部自分でやった。
いまやインターネット時代、自宅に居ながらにして世界中のものがオンラインで入手できるようになった。
  
162354.jpg
1日目 札幌〜成田〜ヘルシンキ【ヘルシンキ泊】
2日目 ヘルシンキ〜(列車)ロヴァニエミ【夜行列車泊】
3日目 ロヴァニエミ〜(バス)イナリ【イナリ泊】
4日目 【イナリ泊】
5日目 イナリ〜(バス)ロヴァニエミ【ロヴァニエミ泊】
6日目 ロヴァニエミ〜(列車)ヘルシンキ【ヘルシンキ泊】
7日目 【ヘルシンキ泊】
8日目 ヘルシンキ〜【機内泊】
9日目 〜成田〜札幌

旅行の経路は、ヘルシンキに到着してからは単純に北極圏の村であるイナリまでの往復となる。
できれば周遊型にしたかったが、オーロラを見るのが最大の目的でもあるので、今回はおとなしくこうなった。

しかし、『サンタクロースエクスプレス』と呼ばれる夜行列車の個室寝台に乗車したり、戻りは昼間のインターシティーにしてみたりと変化をつけてみたので、行きと帰りでまた違った道中を体験できるだろう。

ヘルシンキを出発してから戻るまでの総移動距離は2466km
これは全て列車とバスを乗り継いで地上移動となる。

これだけ見ると、たかだかオーロラを見るために、えらい大旅行になってしまったものだと思われるだろう。

しかし、オーロラを見ると言っても、そう単純なものではない。
オーロラは必ず夜空に現れるものではなく、星空になるほど好天で、地磁気や太陽風の動きが活発で、という条件がそろってやっと出現するものなのだ。

むしろ見られれば幸運というべきなのだ。

ヘルシンキから北極圏まで行き現地で数泊、そしてまたヘルシンキへ引き返して即帰国というような行程ならば4泊5日くらいで行って来られるのだろう。
しかしそれにしたってまとまった休暇も旅費も必要である。

 『卵は1つのカゴに盛るな

とは株式投資の格言だが、卵を一つにまとめて盛ると落としたら全部割れてしまう。分散して盛ると一つのカゴがダメになっても他のカゴは無事に済むからという意味だ。

オーロラ目的だけで行ったはいが1度も見ることができなかったということも十分考えられる。他の場所には一切寄ることもできず、落胆して帰国ということにもなりかねない。

他に観光目的や楽しみも併せておけば、最悪そちらの方で楽しめばいいわけである。
長年あちこち旅行してきた者の、旅行のチエといったところ。

チエはいいのだが、おかげで今回は旅費が掛かったなあ。
出発前にして既に予算大幅オーバーである。


 2019年フィンランド旅行、出発前の支出
 ユーロレート
往復飛行機代 \112,390 
ヘルシンキ ホテル1泊 €56.95\7,042@123.666
鉄道 ヘルシンキ→ロヴァニエミ €226\27,902@123.461
バス ロヴァニエミ〜イナリ 往復 €126.2\15,574@123.413
イナリ ホテル2泊 €290\35,863@123.666
ロヴァニエミ ホテル1泊 €114\14,074@123.461
鉄道 ロヴァニエミ→ヘルシンキ€81\10,011@123.603
ヘルシンキ ホテル2泊€126.2\15,574@123.413
合計€207.2\238,430 
(レートはクレジット決済で、手数料が@3円ほど上乗せ)

一番予想外だったのが、ホテル代の高さ。

ヘルシンキのホテルは安くはないが割と廉価な所を抑えた。高いのはイナリとロヴァニエミである。

オーロラシーズンで、しかもクリスマス休暇ということを考えると仕方がないのかもしれない。
これでも一番安い所を選んだのである。

1週間前の今、各ホテル予約サイトで検索してみると、ホテルはどこも満室となっている。
高くても早めに予約しておいて正解だったようだ。

もう1つがロヴァニエミまでの『サンタクロースエクスプレス』の個室寝台。
これもどうせ乗るならと、シャワー付き部屋のシングルユースとしたのはいいが、これも結構いい値段。

先ほどの『卵は1つの〜』ではないが、いろいろ楽しみはあったほうがいいと思ってこうなった。


北欧とオーロラの組み合わせは人気のようで、旅行会社のサイトを探すとたくさんのツアーがヒットする。店頭のパンフレットにも、たくさんのツアーが並んでいる。
オーロラツアーならばカナダやアラスカもあるが、行先のイメージや日本からの行きやすさなどから、やはり北欧がダントツ人気のようだ。

年末年始は日本人の海外旅行シーズンだし、日本人の観光客も多そうだ。
行ってみたら周りは日本人ばかりだったりして。

個人旅行ながら、今回は何だか修学旅行にでも行くような感覚だ。
やはり緊張感が湧かないなあ・・・

しかし、事故とか失敗というものは緊張感を忘れたころにやって来るものだ。
気を緩めないで、引き締めて行かなければ・・・

posted by pupupukaya at 19/12/18 | Comment(0) | 2019年その他旅行記
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