2018年オーストラリア旅行記3 シドニーフェリー

 ◆ サーキュラーキー【シドニーフェリー】オリンピックパーク

シドニーの街はポートジャクソン湾(シドニー湾)の入り組んだリアス式海岸に面していて、湾に面した市内各所にワーフ(wharf)と呼ばれる桟橋があって、各ワーフをシドニーフェリーが結んでいる。

このフェリーは電車やバスと並ぶ交通機関で、市民の足となっている。
観光クルーズ船もいくつかあるが、このシドニーフェリーも観光名所の一つになっているようだ。

そのフェリーに乗ろうとサーキュラーキーまで来たわけである。
バックパックを背負ったまま2時まで過ごしていなければならないので、乗り物に乗っているのが一番楽というのもある。

そのフェリーの乗り方は簡単で、オパールカードを持っていれば基本的に電車と同じ。

フェリー乗り場の各桟橋には自動改札機があって、そこにオパールカードをタップすればゲートが開く。
電車と同じように、降りるときも桟橋にある読み取り機にタップすることになる。

フェリーはここサーキュラーキーがターミナルとなっていて、F1からF8まで8系統ある。
どの系統に乗っても、反対方向に戻れば必ずサーキュラーキーに戻ってこられるので、変なところで置き去りにされる心配はない。

気軽にシドニーのハーバークルーズを楽しむには、フェリーに乗るのが安いし手っ取り早いと思う。

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 フェリー乗り場にも自動改札機が並ぶ。

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 F3-パラマッタ川ライン(Parramatta River)のルート。

その中のF3系統はポートジャクソン湾の一番奥、パラマッタ川を遡るルートで、終点のパラマッタからは電車で戻ってくることもできる。

そんなわけでF3のフェリーに乗ることにした。ちょうど10:37発の便があったのでこれに乗ることにした。

改札を入ってから、乗船口の上にある表示板を見たら、オリンピックパーク(Olympic Park)と表示されていた。
これは1つ手前のオリンピックパークで折り返す便だった。次のパラマッタ行は30分後の11:07発。
まあいいやとそのまま乗り込む。別にパラマッタに用があったわけではない。

船室に座席が並んでいるが、観光ならば前部のデッキにあるベンチがおすすめ。

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 サーキュラーキーを出港。

デッキのベンチにしっかりと陣取る。フェリーが出港する。
地元客は船室に入ってしまうが、観光客にはデッキの席が人気。
観光客に交じって、デッキからの眺めを堪能する。

出港してすぐに右手にオペラハウス、左手にハーバーブリッジという船上からしか見られない絶景。
周りの人もスマホを出して写真を撮っている。

オペラハウスをあとに、フェリーはハーバーブリッジの下をくぐるのは迫力のある風景。

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 オペラハウスと観光客。

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 ハーバーブリッジはオペラハウスと並ぶシドニーのシンボル。

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 ハーバーブリッジの下をくぐる。

フェリーならではの風景に感心しているうちに、最初の桟橋に着く。

桟橋に着くたびに船員が2人出てきて、もやい綱を投げて桟橋のフック(ビット)に引っ掛けたら、足元のフックみたいの(ボラード)にくるくるっと結ぶ。
もう1人が乗船用のタラップをかけると、待っていた客が乗ってきた。

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 桟橋での接岸風景。

乗り降りが終わると、タラップともやい綱を外してすぐに出港する。

走り始めると高速船並みのスピードになる。時速でいえば70〜80km/hは出ているだろうか。
風が強い。あと水しぶき。

このフェリーはコッカトゥー島(Cockatoo Island)にも停まる。
かつて囚人の流刑地で、今は世界遺産になっている島だ。
ここで観光客らしい人はほとんど降りて行った。

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 コッカトゥー島とドルフィン桟橋。

フェリーといっても公共交通機関なので、数分おきにあちこちの桟橋に寄る。
そのたびに2人の船員が出てきて、接岸作業になる。

もやい綱をくるくるっと手早く結ぶさまなどを感心して見ていると、1人の船員が何か話しかけてきた。

「ペラペラペラ〜アウトペラペラ〜

どうやらどこで降りるのか聞かれたようだ。

オリンピック〜
と言うと「オーケー」と言って戻って行った。

気付けば船内の客はデッキに座っている私ともう1人だけになっていた。

このあとの桟橋は、乗船客がいないと確認出来たら、接岸しないで徐行して通過するようになった。
まるでバスのようだ。

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 パラマッタ川とグレイズビル・ブリッジ。

1つ手前の桟橋で乗船客が1人あって、フェリーは終点のオリンピックパークに着いた。
サーキュラーキーからここまで55分。ハーバークルーズは十分に満喫できた。

ここまでの運賃は7.51ドル
電車と比べるとかなり高いが、オパールカードを持っていれば1日当たり15.8ドル以上はかからないので、実質フェリーも乗り放題である。

船を降りると、入れ替わりで桟橋で待っていた客が数人乗り込んで行った。

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 シドニーオリンピックパーク桟橋に着いた。

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 船は折り返しサーキュラーキーへ向けて出港して行く。

フェリーは5分ほどして、またサーキュラーキーへ向けて出港していくと、桟橋は誰もいなくなった。

次のサーキュラーキー行は30分後。
しばらく桟橋周辺を歩いてみる。

オリンピックパークはその名の通り2000年のシドニーオリンピックの時に造られた公園である。
ここから3〜4kmほど離れた所に同名の電車駅があって、オリンピック関係の施設はそっちの方が近いようだ。

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 高層マンションが立ち並ぶオリンピックパーク桟橋周辺。

このあたりは高層のマンションが立ち並び、桟橋に通じる道はカフェなんかが並んでいる。ちょっとしたモールのようになっていて、駅前のような雰囲気だ。

しかしどこへも行きようがなく、あとは桟橋のベンチで海を眺めていた。
またフェリーで戻ることにした。


 ◆ オリンピックパーク【シドニーフェリー】サーキュラーキー

こんどのフェリーはパラマッタ始発の便。
出発時刻が近くなると、地元の客がだんだん集まってきた。

入ってきたサーキュラーキー行のフェリーのデッキは立ち客がびっしり。全員観光客だろう。
パラマッタ便は観光客に人気のようだ。

ハーバービューは行きのフェリーで堪能したので、今度は船室から窓ごしに景色を眺める。

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 パラマタ始発のサーキュラーキー行きフェリー。

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 結構混んでいる船室。

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 オリンピックパーク桟橋を出港。

途中の桟橋から乗る人も多く、船内はだんだん満席になってきた。

観光客はアジア系が多い。特に中国系。中国系と言っても様々だろうけど、日本の観光地でよく見かける人たちとは別系統のような気もする。
自分もそのアジア系の1人ではあるが。

それにしても日本人らしき人は空港以来見ていない。
私があまり観光っぽい所には行っていないからだろうか。

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 パラマッタ川を下るにつれ、行きかう船が増える。

混んでいた船内だが、終点の1つ手前で結構な下船客があった。
先頭のデッキも余裕ができたので、ここからはデッキに立つことにした。

またハーバーブリッジとオペラハウスを見るためでもあった。

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 帆掛け船とオペラハウス。

朝は気持ちが良いほど快晴だったが、昼頃になると随分と雲が出てきた。
オペラハウスも今ひとつ冴えない風景。雨は降らないと思うが。

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 サーキュラーキーに戻ってきた。


 ◆ サーキュラーキー【徒歩】タウンホール【電車】セントラル駅

時刻は1時過ぎ。ホテルのチェックイン時刻は2時からとなっている。
電車でセントラル駅へ向かってもいいのだが、中心部のマーティンプレイスやセントラルホールはここから歩いて行けるようだ。

サーキュラーキー駅の、フェリー乗り場とは反対側はトラムの駅らしい施設が工事中だった。
セントラル駅の横の通りでもトラムの工事が行われている。

これはサーキュラーキーから南へと延びるトラムの新線の建設工事で、セントラル駅を通ってニュー・サウス ウェールズ大学まで12kmの路線ができるようだ。
開業予定は2020年となっている。シドニーの都心部を南北に貫くルートなので、これができたら便利になるだろうな。

このシドニーも過去には路面電車を全廃した経緯があるが、世界的な路面電車の復権とLRT化の波は、ここシドニーにもやってきている。

我が日本はというと、この手の話が上がる度に赤字だの渋滞するだの、ネガティブな意見が主流になってさっぱり進まない。

もう自動車や地下鉄が万能の時代じゃないと思うんだけどね。

情けない。

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 2020年開業に向けて建設中のトラム停留場。

南へ向かってテクテクと歩いていると、歩行者専用道のマーティンプレイスに出た。
賑やかな所かと思っていたが、意外と人が少ない。

あとで調べるとこの辺りはオフィス街のようだった。土曜日だから人が少なかったのだろう。

大きなクリスマスツリーが目を引く。
これから夏に向かう季節のクリスマスツリーというのは、北半球の人間にとっては妙なものに感じる。

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 マーティンプレイスと旧中央郵便局の時計塔。

マーティンプレイスからジョージストリートを南に歩く。
この辺はデパートやショッピングモールが並んでいる繁華街という感じで賑わっている。

この通りも歩行者専用道になっていて、新しいトラムの軌道がすでに完成している。
2020年にトラムが開業すると、トラムと歩行者専用のトランジットモールになるようだ。

この通りは中心部を南北に貫き、セントラル駅まで続いている大動脈だった道路だが、ここから車を締め出して新しいトラムの路線にするとはシドニーも随分思い切ったことをするものだ。

日本じゃ、まだまだ先の話だろうな。

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 ジョージストリートはトラムと歩行者専用のトランジットモールになる。

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 1898年建造のクイーンビクトリア・ビルディング。

このあたりは歴史的な建築物も多い。
トラムが開通したら、観光客にも人気の路線になりそうだ。


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 時計塔がそびえる1889年建造のタウンホール(市役所)。

当初の予定ではフェリーでパラマッタまで行って、そこから電車でセントラル駅に戻る予定でいたのだが、間違えて1つ手前止まりのフェリーに乗ったおかげで、こうしてシドニーの中心部を歩くことができた。
かえって良かったような気がする。

ところで、この旅行記を読んでいる皆さんは、こいつは出発前に相当念入りにリサーチしてから旅行しているんだな、と思われるでしょうが、違います。

ただ適当に歩き回っているだけです。

画像も、通りかかって「これは」と思ったものを撮影しただけで、文章や画像の説明もすべて後付けのもので、事前に調べてからそこへ行っているわけではないのです。

ただ、今までさんざん1人旅をしてきた経験から、こっちに何かありそうとか、これは由緒ありそうというのが、勘というか、何となく感じるものがあって、それに従って動いているだけなのです。

話が飛んだが、タウンホール(Town Hall)駅があったので、ここから電車でセントラル駅へ戻ることにした。
もう2時を過ぎたし、朝からずっと背負ってるバックパックを早く下ろしたい。

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 タウンホール駅のコンコース。

タウンホールからセントラルへは1駅。多数の系統が乗り入れているので本数は多いが、乗り間違えるとあらぬ方向へ行ってしまう。
地上のトラムの開業が待たれるところ。

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 オレンジベストの駅員が白旗を掲げて出発合図。

予約したホテルはセントラル駅北側コンコースから階段を昇って出たすぐ向かいにある。
月曜日の朝が6時前には出たいので、とにかく駅に近い場所ということでここにしたのだった。


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 シドニーで2泊したホテル。セントラル駅南コンコース出口の前。

チェックインして荷物を置きたい。すこし横にもなりたい。
これでだいぶ楽になれる。

あと買い物もしたいなあ。

〜4へつづく

posted by pupupukaya at 18/12/16 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記4 シドニーその2

 ◆ ロイヤル エキシビション ホテル

ホテルに着いた。まずはチェックインである。

今までの経験で、着いたはいいがエントランスのドアがカギがかかって入れなかったとか、無人ホテルでメールでホテルのエントランスや部屋の暗証番号を送ってきたりとか、いろいろ経験済みなので、もう何があっても驚かない。

ホテルは3階建て、古そうな建物だ。1階が飲み屋というかパブになっている。
入口はいくつかあるが、どれも中はパブになっている。

まだ昼間だが、店内に客がいて一杯やっている。そういえば今日は土曜日だったな。

『Hotel』と書いた貼り紙を見つけ、そこから入るとやっぱりパブの店内だった。

ホテルのレセプションらしきものは見当たらない。
しょうがないから、パブのバーテンダーらしき人に「ロイヤル エキシビション ホテル?」
と聞いてみた。

バーテンダーは、あっちというような仕草をする。
あっちにホテルの入口があると思い向かうと、レジから声がかかった。
同じ人が「チェックイン?」というので「イエス」と答える。

パブのレジがホテルのレセプションを兼ねているのだった。
2泊で326.7ドル。これはクレジットカードで払う。

キーをくれるのかと思ったら、何やらついてこいみたいな感じになった。

「ペラペラペラ」
外へはこのドアから出入りする、キーは電子キーで、ドア横の読み取り機にかざすと開錠される。
エレベーターも部屋のドアも同じようにするように。

英語などまったく聞き取れないが、言わんとすることは分かる。

そのたびに「ヤー(yeah)」と返事をする。

チェックアウト〜ペラペラペラ〜マンダイ?

マンダイって何だい (^^;

そうだった。オージー英語はデイ(day)をダイと発音する。
月曜は何時にチェックアウトするのか?ということか。

「マンダイ、シックスモーニング」(月曜は朝6時に)

というと、チェックアウトはそこのポストにキーを入れるようにと言われる。
見ると、ドアに『Key drop off box』と書いた箱があった。
「ヤー」と返事をする。

「ペラペラペラペラ」
「ヤー」

何について説明しているのかは分かる。
何か言われるごとに返事をしていると、部屋まで案内してくれた。

「anything else?」(ほかに何か?)
と聞かれたが、答えられずにいると、
「オーケー、グー」と言って去って行った。

親切なのはいいのだが、
チェックインだけで、ばかに疲れた。

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 部屋は広いし清潔。これで1晩13600円は高いか安いか。

バックパックを置いて、改めて部屋を見ると悪くはない。

バスは無いがシャワールームとトイレがあって、電気ケトル、冷蔵庫も完備。
広いとは言えないが、ダブルベッドの部屋は快適に2晩を過ごせそう。

オーストラリアは物価が高い。
当然ホテル代も高く、セントラル駅近くの普通のホテルであれば1泊1万円以上が相場のようだ。

バス・トイレ共同のB&Bのような宿泊施設ならば7千円程度からあるようだ。

シドニーで2泊するホテルは色々検討したが、ひとつはセントラル駅から歩いて7〜8分の1泊7000円台のバス共同のホテル。
もう一つが、セントラル駅南口目の前の、このホテルだった。
こちらはバス・トイレ付き1泊13613円。

なぜ高い方のこちらにしたかというと、シドニー以外のホテル代が、意外と安いところを見つけることができ、予算内で収まったのと、月曜日のシドニー発が早朝なので、1分でも駅に近い方がいいということであった。

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 シャワールームとトイレ。

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 電気ケトルとコーヒー・紅茶のサービス。


◆ ハーバーブリッジとオペラハウス

今日は朝に飛行機で着いたのだが、まだまだ元気。

2時半を過ぎたばかり。休んでいては時間がもったいないとばかりに、また外へ出た。
まだまだ行きたいところはたくさんある。

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 ホテルの階段。

次に向かうはハーバーブリッジ
さっきはフェリーに乗って橋の下から眺めたが、こんどは歩いて渡ってみようというわけだ。

セントラル駅に行って、今度はT1の電車に乗る。

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 セントラル駅の電車ホーム。

ハーバーブリッジはシドニー湾に架かるアーチ橋で、高速道路と鉄道の併用橋になっている。
T1の路線は、このハーバーブリッジを渡って、シドニー北部へ行く路線である。

セントラル駅から9分、ハーバーブリッジを渡った最初の駅、ミルソンズポイント駅(Milsons Point)で降りる。

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 シドニー湾対岸にあるミルソンズポイント駅。

ミルソンズポイント駅は高架駅。高架下や駅前は商店街になっていて、いかにも駅前といった雰囲気になっている。
日本の感覚ならば違和感はないが、ここまで駅が町の中に溶け込んでいるのも、世界ではそうそう無いと思う。

こういう駅前文化(?)があるのは日本とシドニーのほかはドイツくらい?
アメリカは駅なんて関係ありませんと言わんばかりに町は駅に背を向けていた。

こんな感じなので、異国の地にいることをしばしば忘れてしまう。

駅を出て、南側に100mほどのところに登る階段があって、これがハーバーブリッジへの歩道になる。
これは事前に調べてきた。
高速道路の橋だが歩道もあって、歩いて対岸まで渡れるのだ。
ここから対岸のサーキュラーキー駅まで2.3km、歩いて30分てところ。

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 ミルソンズポイント駅の横にある階段からハーバーブリッジの歩道が続く。

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 高架橋から見るミルソンズポイント駅前の商店街。

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 車道の向こうにハーバーブリッジのアーチが見えてきた。

橋は車の交通量も多いが、意外と歩道を歩く人も多い。
観光客もいるが、日常的に歩いて行き来している地元の人の方が多い。

歩道は金網に囲まれているのはカメラ泣かせだが、景色はすばらしい。

入り組んだシドニー湾と行き交う船。それに対岸のオペラハウスは絵になる風景だ。

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 歩道は金網に囲まれている。

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 ハーバーブリッジからの眺め。右はオペラハウス。

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 オペラハウスとサーキュラーキーのビル群。

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 ロックスの街並みと停泊中のマジェスティック・プリンセス(majestic Princess)号。

両岸に立つ橋の支柱(パイロン)のうち、南側のは頂上がパイロンルックアウト(Pylon Lookout)という有料の展望台となっている。
橋の歩道に入口があって、値段表を見ると大人が15ドル(約1260円)。

う〜ん、やめときます (^^;
 ↑ ケチだね〜

それに、さらに上に登らなくとも、橋の歩道から十分眺めが堪能できたし。

ハーバーブリッジを渡ってしばらく歩くと下る階段があって、そこでハーバーブリッジの歩道は終わり。

階段を下りた所から、坂道を下へ下へと歩いて行くと、サーキュラーキーのフェリーターミナルへ出た。

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 サーキュラーキーの古い町並み。

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 再びやって来たサーキュラーキー駅。

サーキュラーキー駅の高架下は改札口があって、高架下の店があって、人がたくさんいて・・・
どこか、首都圏の電車駅にいる感覚が抜けない。

シドニーの街はどうしてこう日本みたいなんだろう。

さて、ハーバーブリッジを歩いて渡るという目的は果たしたので、ここから電車でホテルに戻ろうと思ったが、せっかくだからオペラハウスに行ってみようか。

あの世界遺産に登録されたオペラハウスである。
シドニーと言えばオペラハウスと返ってくるくらいのシドニーのシンボルである。

別に有名だからという理由でわざわざ行く気にはならないが、近くまで行って素通りで終わっては申し訳ない。

ていうか、駅からオペラハウスへ続く海沿いの遊歩道は、ゾロゾロと人通りがあって、何となくつられて歩いているとオペラハウスに来てしまった。

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 オペラハウスへと続く人波。

シドニー・オペラハウス(Sydney Opera House)は、貝殻やヨットの帆を重ね合わせたような外観が特徴。

しかしこの形も、ある程度離れた場所から見るから様になるようで、正面入口から見ると、大きな三角屋根が並ぶだけの建物になる。

中に入るには演劇やオペラのチケットを買うか、有料のガイドツアーに参加することになる。
レストランもあるが、私は外から眺めて、「あ〜これが有名なオペラハウスか〜」で終わり。

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 オペラハウスの正面。

しかし、オペラハウスを近くで見たおかげで、ある発見をした。それは、

オペラハウスは白くない。

今まで写真なんかで見るオペラハウスは白いイメージだったが、近くで見るとこのアーチ部分はすべてクリーム色がかったタイルで出来ているのだった。

遠くから見ると白い帆が並ぶように見えたが、近くで見ると実はアバタ顔というか、別物のような感じだった。

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 オペラハウスの屋根はタイル張りだった。

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 オペラハウスから見たハーバーブリッジ。

夜にライトアップされたオペラハウスもさぞかし絵になるんだろうな。

暗くなってからハーバーブリッジあたりから写真を撮ってみたいが、さすがに夜にあの歩道を1人で歩く勇気はない。
それに夜はアルコールが入っているし。

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 レストランのオープンテラスが並ぶ。


 ◆ 買い物とディナー

サーキュラーキー駅から電車でセントラル駅へ戻る。

ホテルに戻る前に買い物がしたい。
今晩のディナーとお酒を買うためだ。

セントラル駅の向かいにスーパーはあるが、酒類は置いていない。

オーストラリアではスーパーやコンビニでは、ビールも含め酒類を買うことができない。
酒は、専門の酒屋でしか買うことができないのは結構面倒だ。

一昨年北欧に行ったが、あそこも酒は酒屋でしか売っていないし、土日は一切休みという酒飲みには困ったところだったが、ここオーストラリアの酒屋は土日でも営業している。

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 ヘイ・ストリートを行き交うトラム。

セントラル駅から北側に10分ほど歩いたところに、ワールドスクエアというショッピングセンターがあって、そこの地下にコールス(Coles)というスーパーが入っていた。しかも、その隣はリカーランド(LIQUORLAND)という酒屋があった。

このコールスはオーストラリアでも有名なスーパーチェーンのようで、この先オーストラリア滞在中は各所でお世話になることになる。
また、大きめのスーパーの脇には大抵酒屋があって、酒の調達に困ることはなかった。

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 我が旅の御用達だったコールス(スーパー)。

スーパーで食材の買い物。
旅行記ごとに行っているが、私はスーパーマーケットが大好き。

国内、海外問わず、カゴを持ってスーパーの店内を物色するのが大好きだ。
街歩きで一番楽しいのがスーパー、その次がトラム(路面電車)、その次は鉄道系の博物館

あとはどうでもいい (^^;

しかしオーストラリアは物価が高いね。
よく値段を見てからカゴに入れないととんでもない金額になってしまう。

しかし、パンや水といった酒食や必需品の値段は安い。あと、バラよりまとめて買う方が安くなるようだ。
パンなんか大袋に入って2ドル。これを買ったら旅行中ずっとこれで持つなと思えるほど。さすがにそれも嫌だな。

次は酒屋のリカーランドへ。
ビールの高いこと。
500ml入りの缶はなくて、350ml入り缶か375ml入りビンしかない。
6本セットで20ドル以上、バラ売りならば1本4ドル以上もする。

一方でオーストラリアはワインの産地らしく、ワインも数多く並んでいる。
値段はワインが意外と安いのがある。安いと言ってもピンキリの中でということだが。

ワインの1L入りビンが7ドルというのがあって、特売品らしい。
これ1本と、一番安かったビール6本セット18ドルを買った。

レジでの払いはクレジットカード。
ワインは紙袋に入れて渡される。
あまり見えるように表で持ち歩いてはいけない物らしい。

袋は結構重たくなった。

地図を見ると、ミュージアム(Museum)駅が近いので、そこから電車に乗る。
セントラル駅へは1駅だが、南口から出ればホテルは目の前だ。

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 地下駅のミュージアム駅。1926年開業の古いホーム。

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 シドニー標準の2階建て電車。

ホテルに戻ってシャワーを浴びたら今日はもう終わり。

いや〜、今日は歩いた歩いた。
スマホの万歩計で、今日の歩数を見たら23,551歩

あとは1杯やって寝るだけだ。
ビールも冷蔵庫で冷やしておいた。

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 コールスで買ってきた食品。手前の箱は歯磨き。

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 リカーランドで買ったビールと赤ワイン。

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 部屋の冷蔵庫。水2本はサービスらしい。

本日のディナーは、

パン3個:0.8ドル×3
サラミ:3.5ドル
チーズ:3.5ドル
ポテサラ:3.0ドル
ディップ:2.3ドル

といったところ。

サラミとチーズは日本より安いかなといった印象。

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 本日のディナー。

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 ビールとオーストラリア風(?)ポテトサラダ。

ポテサラは酸味とハーブの風味が日本と違うかな。
サラミはこれもハーブっぽい風味。
ディップはパンにつけたら旨かった。

ビールはXXXX GOLD(フォーエックスゴールド)。オーストラリアでも代表的なメーカーのものらしい。

ビールよりもワインが合いそうな食材だった。
ビールは3本でやめて、赤ワインを開けることにした。

今回の旅行も、食生活は大体こんな感じである。

1人でレストランに入ってもあずましくない(落ち着かないの北海道弁)し、毎日レストランだと食費も相当なものになるので、これで勘弁してください (^^;

あ〜あ、次は物価の安い国がいいなあ・・・


posted by pupupukaya at 18/12/23 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記5 ブルーマウンテンズへ

3日目 2018/11/25(日)

 ◆ シドニー・セントラル 7:54【ブルーマウンテンズライン】9:44 カトゥーンバ 

今日はシドニーに着いて2日目、シドニー滞在の中日(なかび)になる。
旅行中に雨に当たるのは仕方ないが、私は市内観光の場合は、晴れ用の予定と雨天用の予定を2つ立てることにしている。

ここシドニーでも、晴れならばブルーマウンテンへ、雨ならばニューカッスルへ行こうと決めていた。
どちらも電車で行け、ブルーマウンテンへは2時間、ニューカッスルへは2時間半ほどの距離だ。

というわけで日曜の朝。

晴れ!

ブルーマウンテンズ行きに決定。

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 青空が広がる日曜日。シドニー・セントラル駅北口。

7:40にホテルを出る。
駅前のホテルはこういうときに便利だ。

ホテル真ん前の南口から入っても中ですべてのホームにつながっているのだが、ここはやはりグランドコンコースから行きたい。
シドニー・トレインズ(近郊電車)は通過型ホームに発着するが、セントラル駅始発の電車はインターシティ・トレインズという位置付けで、こちらは頭端式ホームに発着する。

あちらが電車線ならば、こちらは列車線といったところ。電車線と並行する区間は、停車駅も主要駅のみとなる。
日本流に言えば、ブルーマウンテンズ快速線ということになる。

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 頭端ホームに発着する、ブルーマウンテンズラインの電車。

7:54発のカトゥーンバ(Katoomba)行は8両編成。オール2階建てなのは電車線と同じ。
座席は転換クロスシート。ただ、電車線の座席は3+2なのに対し、こちらは2+2と若干グレードアップしている。

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 2階建て電車。

改札口に近い後ろの車両はそこそこ乗っているが、先頭の方へ行くごとに乗客は疎らになっていた。

セントラル駅を発車すると、ずっとシドニーの郊外住宅地の中を進む。
電車駅が次から次へと現れて通過する。
どの駅も駅前商店街があって、何だか日本の電車に乗っている感覚と変わらない。

街並みは日本のとは似ても似つかないのは分かっているが、シドニーに来てから海外にいる感覚がフッと抜けてしまうのはなんでだろう。

日本と同じ左側通行だからなんだろうか。

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 各駅停車の電車と並走する場面も。

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 ブルーマウンテンズラインの車内。基本2×2の転換クロスシート。

セントラルから4駅目がペンリス(Penrith)駅で、この駅が並行する電車線の終点になる。
常磐線で言えば、各駅停車の終点、我孫子駅といったところ

なんでもかんでも日本の電車に当てはめるのもどうかと思うが、それだけ日本の、しかも首都圏の電車に似ているということ。

ここまでの所要時間は50分だが、各駅停車の電車線ならば1時間8分となる。

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 ペンリス駅は電車線の終点。

ペンリスからはブルーマウンテンズ・ラインも各駅停車になるが、この電車は終点のカトゥーンバまで快速運転で、いくつかの駅は通過する。
家並みも途切れて、山岳区間の景色。林の中をくねくねと曲がりくねった山道を行く。

スピードも上がらず退屈な眺めが続くが、時どき左側に広大な森が広がっているのが見える。
これがブルーマウンテンズか、と心躍るが、これからそのブルーマウンテンズへ行くので、ここでそんなにはしゃぐことはないのだが。

セントラルから1時間54分で終点のカトゥーンバ(Katoomba)駅に着いた。
前の方の車両はがら空きだったが、後ろの方は結構乗っていたようで、ホームは下車客でごった返す。

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 カトゥーンバ駅に到着。

カトゥーンバは世界遺産のブルーマウンテンズへの最寄り駅。
観光地らしく、クラシカルな建物が並んだ商店街になっている。

”地球の歩き方”の説明を借りると、昔は石炭の採掘で栄え、以降はシドニーの人たちが避暑や保養に訪れた地ということだ。

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 クラシックな建物が並ぶカトゥーンバ駅前。

さて、ブルーマウンテンズと一口に言ってもエリアが広く、見るスポットをいくつかに絞らなければならない。
事前に色々調べたところ、シーニックワールドというのがメインの観光施設のようだ。

まずはそこへ向かうことにする。

えーと、686番のバスに乗ればいいのだが、どこから乗るんだっけ。
駅前をウロウロしているとバス停があって、人だかりがある。多分ここだろうと待っていると『686 Scenic World』と表示したバスがやってきた。

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 カトゥーンバ駅とブルーマウンテンズを結ぶ686番のバス。

ここのバスもオパールカードが使える。乗るときと降りるときにタップすればOK。
今日は日曜なのでオパールカードならば2.7ドル以上引かれることはない。ここから先はいくら乗っても実質タダである。

バス停の全員が乗ったら車内は満員になった。

乗客は中国系の人多し。多しというか、半分以上はそうじゃないか。
車内は中国語(多分)のざわめき。
もうどこにいるんだかわからなくなってくる。

もう一つ参ったのは入れ墨(タトゥー)
オーストラリアに来てからやたらと目にするが、バス車内でこう近くで見せられると・・・

こっちではファッションの一種とはわかっているが、堅気(かたぎ)の日本人から見ると、あまり気分いいものではないな。

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 シーニックワールドに到着。

バスの乗客はエコーポイントというバス停で半分くらい降りた。ここもブルーマウンテンズの有名スポットのひとつ。
カトゥーンバから15分ほどでシーニックワールドに着いた。

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 シーニックワールドの入口。人だかりはチケット売り場。

建物入口には人だかりができている。
BUY TICKET HERE』の看板が立っているので、ここでチケットを買うようだ。

前には20人くらい並んでいるが、売り場は4口もあるのに列はさっぱり進まない。
客一組ごとに丁寧に説明しているからなんだろうが、それでも10分も経たずに自分の番が来た。

「アダルト、ワン」というと、43ドルと言われクレジットカードを出す。

係の人がパンフレットを出して、まずこれに乗って、ここへ行って、またこれに乗ってみたいな説明を英語でされる。
そのあたりは事前に調べてきてあるので、言わんとすることはわかる。

説明の度に「ヤー、ヤー」と言っていたら、「アーユーフロムカントリー?」と聞かれた。
「ジャパン」というと、日本語併記のパンフレットを渡された。

それ、最初に聞いてくれよ (-_-)

右腕にバーコードが印刷された紙の輪っかを装着される。これが各乗り物のチケットになるそうだ。

3つの乗り物が乗り放題とはいえ43ドル(約3600円)はずいぶん高いような気がするが、ここまでの交通費がタダみたいな値段なので、トータルで考えれば安いものだと思うことにする。

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 シーニックワールドのチケット売り場。

メインの建物は無料で入れる。
1階が土産物屋、2階がカフェになっていた。

チケット売り場のおすすめ通り、最初はシーニック・レイルウェイでブルーマウンテンの谷底に下りる。
これは、1本の線路を1編成のケーブルカーが往復している。

ホームはケーブルカーらしく段々になっている。
そこで並んでいると、下からケーブルカーが上がってきた。

乗っていた人が全員下車すると、こちらが乗車となる。

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 ケーブルカーのシーニック・レイルウェイ。

座席が妙に仰向けなのが妙だが、これは発車するとすぐにわかった。

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 仰向けになった座席。

全員乗車して、上へ跳ね上がったドアが閉まると発車。
すぐにトンネルへ突っ込む。

ここからが急こう配を一気に下る。
最大傾斜52度。仰向けになっていた座席でも、つま先に力を入れてないと前につんのめりそうなほどの傾斜。
広大なブルーマウンテンズの谷間を見ながら一気に下るのは、まるでジェットコースターに乗っているかのようだった。

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 52度の急こう配でブルーマウンテンズの谷底へ向かう。

頂上駅から谷底駅まで約2分間。
なかなかスリリングな乗り物だった。

シーニックワールドに行ったら、まず先にこのケーブルカーに乗るのがおすすめです。

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 谷底駅(Bottom Station)に到着。

谷底駅からは遊歩道があって、ブルーマウンテンズの自然を間近で見ながら散策することができる。

最初に目についたのは、炭坑の坑道入口と馬車のトロッコ。

このあたりは昔は炭鉱だった場所で、案内看板によると、ここから延長100kmにも及ぶ坑道が伸びていたそうだ。
1878年から採掘が始まり、40もの鉱山を数えたが1930年代前半には閉山したとのこと。

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 坑道の換気用炉跡。カメラだけ突っ込んで撮影。

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 炭鉱のトロッコ馬車のモニュメント。

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 旧炭坑入口。

パンフレットを見ると、このまま道なりに歩いて行けばケーブルウェイの谷底駅に出るようだ。
それでまた上へ戻ることにしよう。

歩いているうちに、耳慣れた言葉が耳に入ってきた。
日本の団体さんがいて、ガイドがあれこれ説明している。

「ここは、ファイト一発!で有名なリポビタンDのCMに使われた崖です」
「この木は恐竜時代からある生きた化石と呼ばれる木で、ここから撮影するとベストショットですよ」

団体さんのあとに、私も撮らせてもらう。ふむ、なかなかいいアングルだ。

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 ファイト!一発!の舞台となった崖。

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 シーニック・ケーブルウェイの谷底駅から。

団体さんにはケーブルウェイ乗り場でまた追いついた。

「このロープウェイは今年入った新車ですからね」

ガイドの説明を盗み聞ぎというわけではないが、聞くとはなしに耳に入るものはしょうがない。

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 頂上駅からのゴンドラが到着。

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 ゴンドラからの眺め。日本人団体客に囲まれて。

再び頂上駅に戻ってきた。

こんどはスカイウェイで谷の東側へ渡ろうと思っていたが、さっきの団体さんも同じ行程のようで、2階にあるスカイウェイ乗り場は階段まで行列ができていた。

別に急ぐわけではないし、1階の土産物などをしばらく物色する。

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 シーニックワールド入口の恐竜。口が動く。

土産物ったって、見るだけだよ。何も買わないよ。

まだまだ先は長いし、バックパックを背負って歩かなければならないので、荷物を増やすわけにはいかない。
手足がマグネットになったコアラのぬいぐるみを見つける。鉄の棒にぴたっとしがみついていた。

これ欲しい〜 (^^)

あーいかんいかん。先は長いし、どこかの土産物屋でも売ってるべ・・・

と思ったのが間違いで、このあと町々の土産物屋で探したがどこにも売っていなかった (TT)
これは、と思ったものは買っておかなきゃダメってことね。

勉強になりました。

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 シーニックワールドのお土産屋。

11時近く、表のチケット売り場は来た時の3倍くらいの行列ができていた。
今日は日曜で天気も良い。ちょっとブルーマウンテンでも行こうかみたいな恰好の人ばかり。

早めに出て正解だった。1時間後の電車に乗っていたら、この行列に並んでいたことだろう。

次はスカイウェイで谷の東側に渡る。
この行列はさっき階段まで続いていたのは、件の団体さんが入ったからと思っていたが、まださっきと変わらず階段まで行列している。
仕方なく、行列の最後につく。

並んでいる人たちを見ていると中国人ばかり。

この人たち、
四六時中なにか食ってるのはなんでだろう。
暗いところでもサングラスしてるのはなんでだろう。
景色を撮らず自分たちの顔ばかり撮っているのはなんでだろう。
この人たちに囲まれてると疲れるのはなんでだろう。

なんでだろ〜 (^^;

と思っているうちに、20分くらい並んでようやく番になった。

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 高さ270mの渓谷を結ぶシーニック・スカイウェイ。

3回くらい待ったかな。
30人くらいごとに区切って乗せているので、そりゃ列も進まんわ。

しかし乗ってしまえば谷と谷の間の空中から見る景色は最高。
雲の影が山肌に落ちているのが少々残念だが、晴れてくれただけでも上等上等。

遠くが青く霞んでいるのは、これがブルーマウンテンズの由来でもある。

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 シーニック・スカイウェイからの眺め。 

5分ほどで東岸駅(Skyway East Station)に着く。

シーニックワールドはこれで終わり。もう山頂駅へは戻らない。
ここからエコポイントまで、崖っぷちに遊歩道があるので、そこを歩いてみることにする。

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 渓谷の上空を行くスカイウェイ。

スカイウェイ東岸駅の脇から下に行くと小さな展望台があって、そこから遊歩道が続いている。
バスや車でポイント巡りもいいけど、こうして歩きながらブルーマウンテンズの景色を眺めるのはもっと良い。

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 スカイウェイ東駅とエコーポイントを結ぶ遊歩道。

エコーポイントまでは約800m。途中いくつかの展望台で撮影したりして歩いても、30分はかからなかった。


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  エコーポイント展望台(Echo pPoint lookout)。

エコーポイントからの眺めで、一番の見ものはスリーシスターズと呼ばれる岩だ。

この岩にはアボリジニの伝説があって、”地球の歩き方”に載っている物語を要約すれば以下の通り。

美しい3人姉妹が魔物に襲われたとき、父親が娘たちを岩にして隠したというものである。
この父親自身もコトドリに変身して逃れたが、元の姿に戻ることができず、娘たちも人間に戻ることができなくなった。

ググれば出てくるが、ほかにも伝説があるようだ。
いずれも、岩に変えられた娘たちが人間に戻れなくなったということは共通している。


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 スリーシスターズの奇岩。エコーポイントから。

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 スリーシスターズに架かる小橋(ハネムーン・ブリッジ)。

悲しい伝説のスリーシスターズだが、今では階段と橋が架けられて、その岩まで行くことができる。

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 ハネムーン・ブリッジへ続くジャイアント階段。

エコーポイントから、とにかく下へ下へと続く急な階段を下りると、スリーシスターズの一番手前の岩へ小さな橋が架かっている。
橋を渡った先は岩陰のちょっとした空間があるだけ。

戻りは、今度は延々と登り階段。
階段を上り下りする体力と気力があれば、行ってみるのもいいんじゃなかろうか。


posted by pupupukaya at 19/01/12 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記6 ブルーマウンテンズと再びシドニー

 ◆ ブルーマウンテンズ【徒歩】カトゥーンバ

柄にもなく有名観光地へ来てみたが、たまにはこういうところもいいもんだ。
シーニックワールド、エコーポイント、スリーシスターズと見てきて、現在1時を過ぎたところ。

ブルーマウンテンズは、まだまだ見どころが多そうだが、今日はこれでシドニーへ戻ることにする。

それに、あんまり完璧に観光してしまうと、次回の楽しみが無くなってしまうのでね。
これは旅慣れてくるにつれ、そう思うようになった。

また来ることがあるかどうかは別にして。

またカトゥーンバへ戻るのだが、バスはちょうど行ったばかりだった。15分間隔なので待ってもいいのだが、バスはやめて歩くことにした。
別にバス代をケチってではないよ。今日のバス代は実質タダみたいなもんだし。

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 エコーポイントからカトゥーンバへの道。

外国の、何でもない町を歩くのが好きだ。
何でもない家の軒先とか、何でもない庭いじりしてる人とか、何でもない遊ぶ子供とか、歩いていればこそ感じるものがある。

観光地や繁華街にいるときよりも、こういう何でもない道を歩いているときが、一番外国にいることを実感する。

エコーポイントからカトゥーンバ駅までグーグルマップでは2.3kmとなっている。
しかし、意外と遠く感じる。道路が意外とアップダウンになっているからか。

歩いている人も私1人。駅から歩いてブルーマウンテンズまで行くような人は1人も見なかった。

30分かからないくらいでカトゥーンバの駅前に着いた。

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 レトロチックなカトゥーンバの町。

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 商店街はカフェやレストランが並ぶ。

カトゥーンバの商店街は駅から南に伸びるカトゥーンバ・ストリート沿いに連なっている。

観光地の割になんとなく暗い感じがするのは元炭鉱町だったからなのか。
それはそれで絵になる町並みではある。

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 カトゥーンバ駅前のロータリー。

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 カトゥーンバ駅の地下道入口。

 ◆ カトゥーンバ 14:38【ブルーマウンテンズライン】16:41 シドニー・セントラル 

カトゥーンバ駅まで来たが、ちょうど13:38発の電車が行ったばかりだった。次は1時間後の14:38発
駅近くにはこれといって時間をつぶせるような所もないようで、しばらく町をぶらぶらして過ごす。

カフェやレストランもあるが、どうもこういう店は1人で入りずらい。
いけないな、こういうことでは・・・

20分くらいで駅に戻る。
あとはホームのベンチでスマホのゲームに没頭していた。

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 ホームにある駅長事務室。

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 駅長事務室内の待合室。

気付けばホームは人がわんさかと増えていた。
ブルーマウンテン帰りの人たちだ。

こんどのセントラル行はリスゴー始発の4両編成。これは発車案内に表示してある。
日本みたいにホームに乗車位置を表示しているわけではないので、電車が到着して乗車するのはドアに近い人順になる。

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 行楽帰りの客でにぎわうホーム。

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 シドニー・セントラル行の電車が到着。

ここにドアが来るんじゃないかな、という見当をつけて、それとなく立って入線する電車を迎える。
3人くらいズレたところにドアが止まった。

なんとか階下の窓側席にありついた。
この車両は階段から一番遠い最後尾だが、前の方からも続々と乗客がやってきて満席になったようだ。

次のルーラ駅でもブルーマウンテンズ帰りの客が大勢乗ってきて、通路に立ち客も出るほどの混雑となった。
この列車はセントラルまで各駅停車で2時間だから大変だ。

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 満員の車内。終点のセントラル駅までずっとこんな感じだった。

後ろの方から日本人女性2人連れがいるようで「今夜はステーキ食べたいね」などと聞こえてくる。

10年くらい前ならば、ちょっとした有名な都市や観光地に行くと、日本人と思しき人を見かけた気がする。
お約束の、書店のブックカバーで包んだ”地球の歩き方”を持ってね。

ここ数年来、海外旅行をしても日本人の姿を見かけることがほとんどなくなった気がする。
気のせいかもしれないし、私自身が観光では普通行かないような所ばかり行くようになったからなのかも知れないし。

もう一つの理由は、団体旅行が少なくなったので、行先が分散するので目立たなくなったというのもあるのかも。

もっと海外に行け日本人!

なんせ、日本のパスポートを所持しているだけで世界154か国にビザなしで入国できるんでっせ。
これを活用しないなんてもったいない。

カトゥーンバから2時間、セントラル駅に着いた。ヤレヤレという感じだった。

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 シドニー・セントラル駅に到着。

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 セントラル駅の改札口。日曜は2.7ドル以上引かれることはない。

駅からは直接ホテルには戻らずに、昨日行ったワールドスクエアのリカーランドに寄る。

ここでワインを1本買った。昨日と同じ1Lワインでこんどは白。
ビールの高さには驚いたが、ワインはピンキリだが安いのは1本5ドルからあるようだ。

食品はセントラル駅北口正面にあるウールワース(Woolworths)というスーパーへ。
買ったのは箱入りのフライドチキン。
あと、ベジマイトの瓶を見つけたので買ってみた。


 ◆ シドニーの夕暮れ

部屋へ戻り、シャワーを浴びてから一献。

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 本日のディナー。

ビールは昨日買ったもの。冷蔵庫でよく冷えている。
フライドチキンはまだ温かい。
今日はよく歩いたので、冷たいビールがうまい。
スパイシーなフライドチキンも良く合う。

さて、ベジマイト
以前にどこかで口にしていたような気がするが、思い出せない。
皆、顔をしかめる中、私だけがうまいと言っていたような気がする。

これは何かというと、イースト菌抽出物を原料にした発酵食品で、オーストラリアでは国民食とされているほどメジャーな食品らしい。

ちょっと味見して見ると、何だろうな、八丁味噌のような風味?
発酵食品とあって、たしかにそっち系の風味ではある。

色々試したが、チーズとの相性が良いようであった。

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 オーストラリア名物のベジマイト。

部屋で飲んでいたら、もうすぐ8時になろうとしている。
外はまだ明るい。

こんな部屋食ばかりだと、まるで引きこもりだ。
また外へ出てみる。

シドニー駅のグランドコンコースへ行ってみると、1番線にはメルボルン行の夜行列車が入線していた。

いいな〜夜行列車。

今回の旅行の帰路はメルボルン出国ということになっている。
旅行計画の時に、夜行列車も組み込めないかと何度も検討したが、結局昼間の列車ばかりの行程になった。

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 夕暮れのセントラル駅。

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 セントラル駅の北改札口。

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 グランドコンコースと発車案内標。

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 メルボルン行夜行列車が入線中。

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 ああ〜夜行列車。乗ってみたい。

1番ホームの入口ではチケットのチェックがあるのでホームへは入れない。
コンコースから撮影するだけでまたホテルへ戻る。

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 ロイヤルエキビジョンホテルの夜景。

そういえばホテルの1階はパブになっていたな。
せっかくだからここで1杯飲んでみる。パブもちょっと体験しておかなければ。

カウンターの人にビールの名前を言うとサーバーから注いで出してくれた。
お金はビールと引き換えに払う。

10ドル札を出すと3.8ドルのお釣りになった。ここで初めて小銭をゲットする。

1杯6.2ドル。意外と安かった。
それでもガバガバと何杯も飲めるような金額じゃないけど。

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 1階(グランドフロア)のパブで1杯。

音楽がガンガン流れてそうなイメージだったが、意外と静かだった。

モニターにスポーツ中継が映っていたり、片隅にスロットマシーンが置いてあったりするのは大人の世界という感じ。

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 大人の社交場といった感じのパブ。

片隅のテーブルで飲んでいると妙に落ち着く。静かだし。
日曜の夜で、客が少ないせいもあるのかも。

(・∀・)イイ!!

ぼやけてきた頭で、今日の出来事などを日記に綴る。

ノートパソコン?そんなもの持ち歩きませんよ。基本アナログ人間なので。

スマホやパソコンもそれなりに使いこなしているが、あれは道具として使っているだけ。
どんなけデジタル化が進んでも、最初の最初はアナログな世界の出来事。

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 ビールを飲みながら今日の日記などを手帳に綴る。

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 8時40分、すっかり暗くなった街。

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 自室へ戻る。

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 またワインを飲んでいた。

明日はブロークンヒルへ移動となる。朝6時前にはホテルを出たい。

深酒しないで早く寝た方がいいのだが、部屋に戻ってまたワインを飲み始めた。
今日買ったワインは明日の分として買ったのだが、もう少し飲みたくなって少し飲んでしまった。


posted by pupupukaya at 19/01/12 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記7 ブロークンヒル・アウトバックエクスプローラー

2018年11月26日(月)

今日からいよいよ大移動が始まる。

シドニーからブロークンヒル経由でアデレードまで行き、そこからメルボルンまでの行程。
総移動距離は2465km、これを丸3日かけて地上移動しようというのだから、まさしく大移動である。

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 ブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーのルート。

シドニーからアデレードまで移動する方法はいくつかあるが、鉄道ならば週2回運転のインディアンパシフィック号ということになる。

ただこの列車、全車個室寝台で食事付きのクルーズトレインのため、シドニー〜アデレード間の運賃は一番安いので片道969ドル(約78,000円)と豪華価格。

とてもじゃないが無理ということで、途中のブロークンヒルまでは定期列車で行き、ブロークンヒルから先は旅客の定期列車は無いのでバスで移動ということにしたのだった。




 ◆ シドニー 6:18【445 アウトバックエクスプローラー】19:10 ブロークンヒル

早朝のセントラル駅は長距離列車の出発タイムである。
案内所上に掲げられた発車案内には『Booked seats only』(全車指定席)と表示された長距離列車が並ぶ。

北方向はカジノ行、南方向はキャンベラ行、そして西へ向かうブロークンヒル行である。

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 グランドコンコースの発車案内。

5時50分過ぎ、発車25分前だが4番ホームには入線している列車が見える。

ホーム入口にはオパールカードの自動改札機が並んでいるが、持っているのは出発前にプリントしてきた予約完了のEメールだけ。
見ていると、改札口の端に駅員が立って、そこからスーツケースを引いた人たちが次々と入って行く。

その駅員に「ブロークンヒル」と言うとホームに入れてくれた。

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 頭端式ホームの改札口。

ブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーは、シドニー〜ブロークンヒル間を結ぶ列車で、所要時間は13時間22分、走行距離は1125kmにもなる長距離列車である。
しかも夜行ではなく、早朝に出発して夜に到着する昼間の列車というのも今どき珍しい。

料金はネットの早期割引で69.2ドル(5782円)だった。Transport NSW(ニューサウスウェールズ交通)のチケット予約フォームから直接予約・決済したもの。
通常価格では124.5ドルとなる。それでも日本のJRならば普通運賃オンリーと同水準の価格だ。
諸物価の高いオーストラリアだが鉄道運賃はなぜか安い。

定期列車ではあるが運転は週1回のみで、シドニー発は月曜日、ブロークンヒル発はその折り返しになる火曜日だけとなる。

どう考えてもこの区間の移動は飛行機が常識だ。
シドニー〜ブロークンヒル間は直行便ならば毎日1往復あって、2時間半で結んでいる。

インディアンパシフィック号と同じ路線を走るので景色は良さそうだが、夜行列車ならばともかく、朝から晩まで1日中かかって乗り通す客などいるのだろうか。

車両はエクスプローラー(Xplorer)と呼ばれる気動車が運行する。この車両は、シドニー〜キャンベラ間などシドニーと各地を結ぶ列車に使用されている。

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 3両編成のブロークンヒル・アウトバックエクスプローラー。

4番ホームにはすでに3両編成のエクスプローラーが入線していた。1000kmを超える長距離列車にしては寂しい編成である。

先頭がA車、真ん中がB車、後ろがD車となる。なぜかC車はない。
A車はファーストクラス。B・D車がエコノミークラスになっている。
A車はビュッフェ(売店)もあって、一応長距離列車らしい陣容にはなっている。

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 1段ステップとプラグドアの入口。

ホームには売店もなく、ビュッフェに商品の積み込み作業が行われている以外は近郊列車のムードと変わりない。
特に旅立ち前という雰囲気もなく、列車を撮影して車内に入る。

B車とD車のエコノミークラスは回転リクライニングシートが並ぶ。
日本の在来線特急クラスといったところ。
ファーストクラスも覗いてみたが、エコノミーとあまり変わらない。違うのはシートピッチだけのようだ。

発車20分前、座席は3分の1くらいが埋まっているが、まだ空席が目立つ。
この間に車内の写真を撮る。

客室の前の方は、子供たちと引率らしい大人たちのグループが乗っている。小学校の遠征といった感じ。

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 回転リクライニングシートが並ぶ客室内。

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 13時間以上も身体を預ける座席。

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 デッキにあるトイレ。

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 洗面所兼用のトイレ。

6時を過ぎたころから、乗客が1徐々に増え始め、発車する頃には8割方の席が埋まる状態となった。

この列車は、長距離列車の発車時刻としてはかなり朝早い。しかも月曜日だけ運転の週1列車とあっては、がら空きなのではないかと思っていたので意外だった。

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 ブロークンヒルまでの時刻表。ブロークンヒル着時刻は東部時間では19:40になる。

6時18分、定時発車。
ブロークンヒルまで長い旅がスタートする。

セントラル駅を発車すると、通勤駅を次々と通過する。どの駅も、いかにも通勤客という人たちが並んでいる。いかにも月曜の朝といった感じがする。

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 まだ6時台だが、ホームは通勤客が目立つ。パラマッタ駅停車中。

発車して12分で最初の停車駅、ストラスフィールド(Strathfield)で、ここで隣人が乗ってきた。
相席とは窮屈だがしょうがない。

パラマッタ、ブラックタウン、ペンリスとしばらくはシドニー近郊の駅に停車し、空席もだんだん埋まってきた。

7時を過ぎたころ、車掌が検札に回ってきた。
私はEメールのプリントを見せるとOKだった。

隣人はスマホの画面を車掌に見せ、なにやらやり取りしている。そうしているうちに、隣人が荷物を持って別な席へ移っていった。座席指定をしていない客だったのだろうか。
とにかく、相席じゃなくなったのはありがたい。

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 パラマッタを発車すると車掌が検札に回ってきた。

それにしても皆どこまで行くんだろうか。
私みたいな鉄道ファンでもなければ、終点まで13時間以上も乗り通す人などそうはいないと思うのだが。

車内の乗客層はというと、件の小学校グループのほかは、学生っぽい若者からミドルエイジ、年配者まで多岐にわたる。
ビジネス客は皆無、観光客という感じでもない。海外旅行客っぽい人もいないようだ。

私が海外旅行客だが、荷物は小さいバックパック1つだけなので、とてもそういう風には見えないだろう。
中国人もいない、ていうか東洋人は私だけのように見えた。

沿線には都市と呼べるような大きな町もなく、ニューサウスウェールズ州をひたすら西へ西へと向かうこの列車。沿線の人たちには週1だけの貴重な列車なのかもしれない。

ちょっと帰省とか、シドニーに出てきてその帰りとか、そういう印象の人ばかり。
車内の雰囲気を、しいて表現させてもらえばこうなる。

ローカル急行列車。


セントラルから1時間41分でカトゥーンバに停まる。
ここで、年配の女性4人連れが乗ってきて、通路を挟んだ空席に座った。車内はの席は9割方埋まった状態。3両編成とはいえ、なかなかの盛況だ。

ここまでは昨日ブルーマウンテンズに行った時と全く同じ路線だったが、ここから先は初乗車。ちょっとワクワクする。

ブルーマウンテンズ、そしてグレートディバイディング山脈という、オーストラリアの山岳地帯を越えるための上り勾配と急カーブが続く。列車は50〜60km/hで唸るように進む。

マウントビクトリア駅を通過すると、ここから下り勾配になったのかスピードが上がり始めた。

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 ジグザグ鉄道(ZigZag Railway)のアーチ橋。

リスゴー(Lithgow)はセントラルから1時間21分。
セントラルからの近郊電車ブルーマウンテンズラインの終点となる駅だ。

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 リスゴー駅はセントラル駅から156km。ブルーマウンテンズラインの終点。

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 リスゴー駅ホームの発車案内。

リスゴーからは非電化区間になる。
ここから山岳区間も終わったようで、直線区間ではスピードも結構出て、スマホで測ったら130km/h以上は出ているようだ。

さっき検札の車掌がゴミ袋を持って車内を回る。車掌はもう1人乗務していて、そっちはビュッフェの店員をしているようだった。

たまに駅が現れて通過するが、停車する列車が無くなってしまったのか、どの駅も廃駅のように朽ちている。
保線基地になっているのか、オレンジ色の作業着姿の保線作業員をよく見かける。

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 ランクル改造の保線用軌陸車?

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 だんだん大陸的な車窓になってきた。

リスゴーから平坦になったと思われたが、しばらくするとまた線形が悪くなりスピードが落ちる。
ずっと起伏の多い丘陵地帯が続いて、その地形に沿うように右に左に軋みながら曲がりくねる。

だんだん平坦になってきたころ、コンテナの貨物ヤードが見えてきた。

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 コンテナヤードと貨物駅。こちらの方が鉄道の主役。

バサースト(Bathurst)は、セントラルから3時間29分。

ブルーマウンテンラインの近郊電車扱いのバザースト・ブレット(Bathurst Bullet)と呼ばれる2両編成の気動車が、この駅まで1往復のみシドニーから乗り入れている。

そのため、バザーストまでがシドニーの近郊駅という扱いのようで、この列車の時刻表にはシドニーからバザーストまでの各駅は『予約した方だけ乗車できます』との意味の記号が付けられている。
オーストラリアの鉄道には、急行や特急といった種別はなく、全車予約制ということで、近距離客と中長距離客を分けているようだ。

バサーストは人口3万5千人。19世紀のゴールドラッシュで発展した町で、中心部は当時の華やかな建物が多く残っているという。
車内から見ても立派な駅舎は1876年建築で、ニューサウスウェールズ州遺産登録にもなっている。

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 バサースト駅。セントラル駅から240km。

バザーストでも1人か2人入れ替わったくらい。特に車内に動きはないまま発車する。
この時点で7分遅れ。日本じゃないので定時運転を期待してはいけないとわかっているが、できればあまり遅れないでほしい。

ここから先の列車は、週1のみ運転のこの列車のほかは、ダッボー(Dubbo)まで行く毎日運転の列車の2本だけとなる。

線路は単線になっていた。列車は相変わらず丘陵地帯を曲がりくねりながら進む。
この辺は牧草地が多い。牛が放牧されていたり、ポプラの木が並んでいたり、どこか北欧的な眺めが続く。

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 くねくねと羊腸の道が続く。

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 なだらかな丘陵地帯を行く。

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 乗客は地元の人ばかりのようだった。

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 放牧の牛の群れ。オージービーフになるんだろうか。

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 ポプラが並ぶ、どこの北海道っていうような風景。

オレンジ(Orange)はセントラルから4時間41分。ここまでで全行程の約3分の1となる。

人口は約4万人の町。シドニーを除くアウトバックエクスプローラーの沿線では一番大きな町である。

ここで初めてまとまった下車があった。カトゥーンバからの4人連れもここで降りる。9割くらいだった乗車率は7割くらいになった。空列の席もできたが、オレンジから乗ってきた人もいて、また席はふさがった。

シドニーからここまではメイン・ウェスタン線(Main Western Line)という路線で、ダッボーへと続くが、こちらはオレンジからはブロークンヒル線(Broken Hill Line)という路線に入る。

ここまでは、この列車の1時間後を走っているダッボー行毎日運転の列車があるが、この先は週1運転のこのアウトバックエクスプローラーが唯一の定期列車になる。

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 立派な上屋があるオレンジ駅。セントラル駅から323km。

11時07分、発車する。定刻は10時59分なので8分遅れ。ずっと7〜8分の遅れを引きずっている。

それはともかく、動き出したのは反対方向。
地図を見ると、ブロークンヒル線はこれまでの進行方向とは逆向きに分岐していて、オレンジ駅ではスイッチバックとなるようだった。
車内の誰もは座席を転換する様子もなく、やれやれ、ずっと後ろ向きと思ったら、駅構内を過ぎたあたりで停止した。

と思ったら、また元の進行方向へ発車する。またオレンジ駅へ戻るでもなく、列車はそのまま走り続ける。

 ???・・・

しばらくして気付いた。
ブロークンヒル線の分岐は三角線になっていて、オレンジ駅手前の分岐点までバックしてから改めてブロークンヒル線に入ったということだった。

ずいぶんと手間のかかることをするものだが、スイッチバックではなくなったのでとりあえず良かった。

だいぶ車内も落ち着いたので、ビュッフェへ行ってみる。
ビュッフェと言ってもテーブルがあるわけではなく、要するに売店である。

座席のマガジンラックにはビュッフェのメニュー表が置いてあるが、カウンターには表示はなかった。
ガラスケース越しに並んでる商品を直接取ってもらう方式らしい。

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 A車にあるビュッフェ。奥はファーストクラスの客室になっている。

カウンターの脇にLunch(ランチ)と手書きのメニューがあったので「ランチ」と言ってみた。
いくつか種類があってこの中から選べということらしい。

英語なのでどれが何だかわかるはずもなく、Beefの文字があった品を指さして「ビーフ」と言った。

値段は9.5ドル
クレジットカードを渡すが、機械で読み取りができず、現金で払う。

伝票のような紙を渡された。
さっき車掌がこの伝票の綴りをもって「ランチ」と言いながら回っていたのはランチの注文取りだったのか。

出来たら呼びますからみたいなことを言われ、席に戻る。

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 8割方の席が埋まったエコノミークラス。

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 ランチと引き換えの伝票。

30分くらいしてから車内放送があった。
車内の何人かがビュッフェへ向かう。どうやらランチができたようだ。

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 ランチを受け取りにビュッフェへ。

伝票と引き換えに段ボール箱入りのランチを受け取る。
ドリンクはビールでも買おうかと思ったが、1缶7.5ドル!

炭酸水のペットボトルを持ってきてたので、ドリンクはそれでいいや。

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 箱入りのランチ。パンとバター付き。

で、9.5ドル也のランチ
いかにも冷凍をチンしましたという容器入りのランチボックスに、小さなパンとバターが付いていた。

オリエンタルビーフと言う名の料理らしい。
牛肉の甘辛煮といった感じ。それにボソボソのライス、茹でたインゲンが添えられていた。
うーん、選択を間違ったか、それともどれも似たようなものだったのか。

まあ、物は試しといったところか。
それ以上は追及しません。

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 これがオリエンタルビーフ。お味は・・・

posted by pupupukaya at 19/01/13 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記8 ブロークンヒルまで

 ◆ ブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーについて

毎日運転のあるダッポー行路線から分岐して、いよいよオレンジから先は週1だけの貴重な列車となる。

まだ距離的には3分の1も来ていないが、この先の停まる駅は途中5つしかない。しかも、終点のブロークンヒル以外は大きな町もない。となれば、セントラル駅からのほとんどの乗客は、終点のブロークンヒルまで乗り通す客ということで間違いない。

1週間に1回しか運転されず、途中に観光地などもない列車は、地元の人たちには人気があるように見受けられた。
まあ、それなりに乗る人がいるから走っているわけで、利用客がいなければとっくに廃止になっているはずだ。

ブロークンヒル・アウトバックエクスプローラー 西行時刻表
kmSydney-Central(シドニー)6:18 
12Strathfield(ストラスフィールド) 6:30◆乗車のみ
23Parramatta(パラマタ)6:42◆乗車のみ
56Penrith(ペンリス) 7:05◆乗車のみ
110Katoomba(カトゥーンバ) 7:59◆乗車のみ
156Lithgow(リスゴー)8:39◆乗車のみ
240Bathurst(バサースト)9:47◆乗車のみ
290Blayney(ブレーニー)10:35 
321Orange(オレンジ)10:59 
446Parkes(パークス)12:48 
546Condobolin(コンドボリン)14:00 
619Euabalong West(ユーアバロングウエスト)14:45 
816Ivanhoe(アイバンホー)16:31 
881Darnick(ダーニック)17:16◆リクエストストップ
1007Menindee(メニンディー)18:22 
1125Broken Hill(ブロークンヒル)19:10◆東部時間19:40

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シドニーからブロークンヒルまでは、リージョナル航空の直行便ならば2時間で結んでいるが、片道運賃は一番安いタイプで199ドル、普通だと695ドルにもなる。
ローカル便なのでLCCなどあるわけもなく、直行の長距離バスも無いようだ。

鉄道ならば片道124.51ドル早期割引で69.17ドル、ビジネスや急ぎ用でもなければ、安い鉄道で行こうということになるのはよくわかる。

ちなみにシドニーからブロークンヒルまで車だと距離にして1143km、ぶっ通しで走って13時間近くかかるようだ。(Google Mapより)

ところで、列車の運転は週1だが、移動は週1回しかできないというわけではなく、毎日運転の列車があるダッポーからはコーチサービス(Coach serviceというバスがブロークンヒルまで毎日走っている。

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 西行の列車とコーチサービスの接続時刻表

コーチサービスとは、鉄道駅と旅客列車の無い町を結ぶフィーダーバスで、毎日運転の定期列車に接続する形で各方面へ路線を延ばしている。
また、鉄道路線に準ずる位置付けのようで、直通列車でもバス乗り換えでも運賃は一緒になっているし、時刻表でも列車と同列に記載してある。

で、月曜日以外にシドニーからブロークンヒルへ行くとすると、シドニーを7:18に出る毎日運転の列車でダッポーへ。そこでバスに乗り換えて、ブロークンヒル着は22時間45分となる大移動で、所要時間15時間半近くにもなる。

スケジュールを調整してでも片道だけでも、少しでも楽に行ける列車を選択する人が多そうだと窺える。
このあたりが、このブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーの人気の理由のようだ。


 ◆ ブロークンヒル・アウトバックエクスプローラー後半の旅

あらためて 前回記事7の続き。

いまいちのランチを食べ終わって、空き箱を通路側の席に置いていたら、車掌がまた袋を持ってゴミ集めにやってきた。
2人の車掌は、いわゆる車掌の業務のほか、ビュッフェ(売店)の店員になったり、こうしてゴミ集めに回ったり良く働く。

別にハードワークというわけではなく、車掌の業務がないときは車内サービスをするという合理的な働き方。駅発着時など、2人の車掌が持ち場につかなければならないときは、ビュッフェのシャッターが閉じられて一時閉店となる。

日本のように、車掌と車内販売専門スタッフが別部門で乗務するのはきわめて非効率だ。利用者の少ないローカル線の場合は特に。
これだと車内販売部門が赤字になると撤退を余儀なくされてしまう。こうなると利用者にだけ不便を強いることになってしまう。

話を現在に戻す。
オレンジから延々と走ること1時間09分、パークス(Parkes)に着いた。セントラルからは6時間30分で、所要時間ではここが全行程の半分になる。

定刻は12時48分発、実際に着いたのは12時50分。2分遅れまで回復したことになる。
このあたりまで来れば、数分の遅れなど定時運転のようなものかも知れないが、一応記録しておきます。

ここで車内の半分くらいの人が席を立った。
ずいぶんと降りるんだなと思っていると、列車はなかなか動き出さない。

外では降りたと思われた人たちがホームをウロウロしている。
ここでしばらく停車するらしい。私もちょっとホームに出てみた。

外は快晴。直射日光はきついが、空気は冷たい。
でも、久しぶりに吸う外の空気は気持ちがいい。

車内の人たちはスマホで撮影したり、煙草を吸ったり、ちょっとしたリフレッシュタイムといったところ。

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 セントラル駅から445km。パークス駅で休憩タイム。

パークスは人口約1万1千人。ここも1870年代にはゴールドラッシュで栄えた町。
駅前はお馴染みのマクドナルドとKFCの看板が見えた。

パークス駅は前のオレンジ駅から122km、この次コンドボリン駅までは101kmもある。隣駅まで100km以上、旅客列車の停車するクラスの町はこのあたりじゃ都会なのだろう。

外に出ていた人たちが、ぼちぼち車内に戻り始めた。もうすぐ発車らしい。
パークス駅発車は11時04分となった。15分遅れ。

パークスで降りた乗客も何人かいたようで、空席も増えていた。それでもまだ6割方の乗車率だ。
セントラルからの車掌もパークスで交代になったようで、2人とも別な人になっていた。

車内の前の方は相変わらずの小学校の遠征チーム。
それ以外の一般客も、若干入れ替わってはいるが、基本的にセントラル駅から変わらない。

天井からは強力な冷房が吹き付けている。空きが目立ってきた車内は冷房が効きすぎて寒いくらいだ。
私は朝からウインドブレーカーを着ているが、ちょうど良いくらいだ。
半袖にハーフパンツで過ごしている人も多いが、寒くないのか。

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 けだるい午後の車内。

昼下がりのまったり感や気怠い空気が車内を包む。

なんとなく昔の下り急行宗谷を思い出すなあ。札幌を昼前に出発して終点稚内に夕方に着く列車で、乗り通すと6時間近くかかった。
あれも長かったなあ。雑多な乗客層、単調な車窓、退屈、途中で降りる人なし。

こちらはその倍以上の時間がかかるが、そんなローカル急行の雰囲気はそっくりだ。

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 地面がだんだん赤茶けてくる。

パークスを発車してから車窓も赤茶けてきた。
アウトバックと呼ばれるオーストラリア内陸の乾燥地帯だ。

このあたりでは牧羊が盛んなのか羊の群れをよく見る。柵があるので飼われてるとわかるが、だんだんそれも判別し難くなってきた。

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 放牧された羊の群れ。

パークスの次はコンドボリン(Condobolin)で、ここもゴールドラッシュ時代にできた町のひとつ。人口は約3500人。
セントラルから546km。ここが距離上のほぼ中間点になる。

あと4つ目の駅が終点ブロークンヒルである。
やれやれもうすぐだな、などと思ってはいけない。ブロークンヒルまで、まだ距離は579km、時間は5時間40分も残っている。

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 信号場で貨物列車とすれ違い。

平坦地帯なので線路も直線区間が多くなる。この列車も130km/hでかっ飛ばす。細かい揺れというか振動がひどい。

西へ西へと進むごとに木々の背も低くなり、地面は赤茶色が多くなってきた。
北へ向かうのとはまた別な最果て感がある。

この列車はインディアンパシフィック号と同じ線路を走っているが、インディアンパシフィック号から同じ風景を見ることはできない。
なぜなら、向こうは西行きも東行きもこの区間は夜中に走っているからだ。

徐々にアウトバックの荒野に移り変わる風景を見たけりゃ、このブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーを置いてほかにない。

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 地平線に見え隠れする蜃気楼。

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 アウトバックに時どき現れる風車。

だんだん立ち木も無くなり、まだらに生えた草や背の低い灌木が続く大地が地平線まで続く。

アイバンホー(Ivanhoe)はセントラルから10時間13分。16時37分に6分遅れで到着。
終点まで残り3時間、ラストスパートといきたいところだが、また車内の乗客がホームに降りる。
ここでも数分間の小休止があるようだ。

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 セントラルから816km。アイバンホー駅に停車中。

外に出ると、ここも空気が冷たい。
駅前は集落のようなところで、町はここから2kmほど離れた場所にあるようだ。

ここで下車する人が2組ほどいて、迎えに来ていた車に乗り込んで行った。
彼らにとっては週1の列車だけが町へ行く唯一の足だ。

昔は機関区や保線基地が置かれて鉄道の町だったこともあるが、現在は人口200人の小さな町になっている。
木造駅舎があるが無人駅で、トイレ以外は閉鎖されていた。

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 アイバンホー駅の木造駅舎。

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 乗客も乗務員も、しばしの休憩タイム。

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 アイバンホー駅のホームから先。

アイバンホーでは9分停車、発車は16:46で15分遅れの発車となった。
もうこの先大きく遅れるような要素もなさそうだし、明るいうちには着けそうだ。

列車はまた130km/hで快走する。
細かい揺れというか振動が激しく、爆走という感じもする。

ときおり列車に尻を見せて一目散に逃げる羊(ヤギ?)の群れを見かける。
飼われているにしては、人工物は何もない。線路に沿って鉄線の柵が続いているが、これは野生動物避けだろう。

こちらは轟音と振動を立てて現れる線路の主である。線路の主が現れるのは1日に1回あるかないか。
列車にぶったまげて逃げ出す破目になることもあるが、彼らにしてみれば、線路近くは人間様も近寄らない楽園だろう。

羊にまじってピョンピョン跳ねて逃げる動物がいて、カンガルーだとすぐに分かった。

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 一斉に逃げ出す羊の群れ。

アイバンホーから先は、この列車でも一番の車窓の見どころだろう。
地平線の果てまで続く赤茶けたアウトバックの大地。

西行インディアンパシフィック号ならば、ちょうどこのあたりで朝を迎えるのだろう。
朝目覚めてこの景色というのはうらやましいが、ローカル急行のこちらだって悪くはない。
徐々にアウトバックへと向かう景色もいいものだ。

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 地球は丸かったんだね。

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 アウトバックのダート道を走るトレーラー。ワイルドだなあ・・・

カンガルーがこのあたりから良く見るようになった。
後ろ足でピョンピョン逃げる。
これを写真に収めたいとカメラを構えるが、奴らのすばしっこいことと言ったら。

車内の他の乗客は、そんなもの別に珍しくもないといったふうで、1人の日本人客だけがカメラを構えて窓に張り付いているのだった。

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 メニンディー駅の手前でダーリング川を渡る。

ずっとアウトバックの風景だったが、しだいに緑が増えてきて果樹園なんかもあるようになった。
しばらくすると川を渡る。
あまり川幅のないこの川はダーリング川といい、全長2739km、オーストラリア最長の川だったりする。

車内がざわついてくる。次の駅で降りる人が多いらしい。
そうこうしているうちにメニンディー(Menindee)到着。

前の方にいた小学校チームはここで降りて行った。ほかにもここで降りる人が多い。
ドアから外を覗くと、ホームは下車した乗客や迎えの人が大勢。

メニンディーは人口550人の小さな町。ここで何かの大会でも行われるのか、と思うほどの賑わいだった。

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 セントラルから1007km。メニンディー駅で大量下車。

メニンディー発18時26分発。定刻の2分遅れまで回復している。
半分近くはここで下車したのだろうか。車内はかなり空席が目立つようになった。そして静か。
ようやく普段の姿に戻ったと言うべきか。

ここからしばらく地図上ではメニンディー湖に沿って走ることになっている。
しかし、湖の水は干上がってしまったのか、湖だった場所は平らな砂地が続いているだけだった。

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 干上がったメニンディー湖。

終点ブロークンヒルまで最後の区間になる。
緑はさらに少なくなり、大地はますます赤茶色になってきた。反面、空は曇り空になってきた。

線路と少し離れてパイプが延々と並行するようになった。
これはダーリング川からの送水パイプラインで、ブロークンヒルまで100km以上続く。アウトバックの真ん中にあって水源を持たないブロークンヒルにとっては生命線だ。

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 ひたすらアウトバックの赤茶けた大地が続く。

こんな荒野では餌がないのか、もう羊の群れは見なくなった。
かわって現れたのがカンガルー。

いるわいるわ、雷のごとく高速で現れた線路の主に驚いて、ピョンピョン2本足で逃げまどう野生のカンガルーが次から次へと現れる。

こちらもカメラを構えて、出てくるたびにシャッターを押すが、すばしっこくて一瞬タイミングがずれたり、ブレて写っていたり、なかなか難しい。しかも130km/hで飛ばす列車内からである。

こうなりゃ何としても仕留めてやる!

もう銃を構えたハンターの心境だ。

なんとか収めたのが下の4枚。
小さく写っていたのを拡大したものです。

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 何とか捕らえたカンガルーの画像。

19時ともなると日もだいぶ傾いてきたようで、雲の薄くなった部分から西日が差し込むようになった。

朝からずっと乗り通して、すでに13時間になろうとしている。
とにかく長い長いローカル急行だった。

終点に着く前に1つだけしなければならないことがある。
ここまで東部時間帯で日本との時差は+2時間だったのだが、ブロークンヒルはシドニーと同じニューサウスウェールズ州の町だが、時間帯はアデレードなどと同じ中央部時間帯となっていて、日本との時差は+1時間半となる。

早い話が、時計を30分戻さなければならないということだ。
たかだか30分の時差を設ける必要があるのかと思うが、そうなっている以上は従わなければならない。

というわけで、現在時刻は19時から18時半に戻る。

遠くにブロークンヒルの町並みや鉱山の櫓が見えてきた。
長かった旅ももうすぐ終わろうとしている。
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 丘の向こうにブロークンヒルの町が見えてきた。

終点ブロークンヒル(Broken Hill)着は18時55分だった。
定刻が19:10なので15分も早着したことになる。

遅れを吸収するために、最後の1駅間はダイヤに余裕を持たせているのかも。
いずれにしても終点なので、早く着いて困る客はいないわけで。

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 終着ブロークンヒル駅に到着。

セントラルから1125km、乗車時間13時間22分(実際は13時間07分)、走りに走り続けたアウトバックエクスプローラーも、ついに終着駅である。

これだけ長かったのだから終着駅らしい旅情があるのかと思えば、列車から降りた40人ほどの人は、駅舎ではなくて駐車場の方へ消えていった。
終着駅というよりも、やれやれやっと着いたという空気だった。

以上が本邦初公開(?)のブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーの乗車記でした

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 ブロークンヒル駅から駅前を見る。

インディアンパシフィック号が週4回立ち寄る駅とはいえ、定期列車は週1回のみ発着なので鄙びた駅かと思っていたが、予想外に近代的なホームと駅舎だった。
駅舎は町よりも高い位置にあって、出札窓口や待合室もある小ぎれいな駅。この時間は窓口も閉じられて無人駅になっている。

私と同じく駅舎から出てきた数人は、これからホテルに向かう旅行客のようだ。
いつまでも終着駅の感傷に浸っているわけにもいかない。さっさと予約しているホテルに向かう。

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 夕日に照らされたブロークンヒル駅。


 ◆ パレスホテル・ブロークンヒル

ホテルは駅から400m、歩いて5分といったところ。
道も分かりやすく、すぐにホテルに着いた。エントランスには『HOTEL』と表示してある。

入ろうとするが、ドアが開かない (T_T)

あちこち海外旅行で安宿を利用していれば、こんなのはもう慣れっこになっている。
ドアの脇に呼び鈴があって、このベルを押してくださいみたいなことが書いてあった。

呼び鈴を何回か押すと、中から女の人が出てきた。

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 駅から約400m、徒歩5分のホテル。

プリントしてきた予約確認書を見せて「アイドライク チェックイン」(チェックインしたいのだが)と言うと、隣のパブの方に招き入れられる。
カウンターのバーテンダーに話をして、ここでチェックインしてね、というようなことを言って去って行った。

パブのレジでチェックイン、キーも渡される。
キーは2つあって、こっちが部屋の、こっちがエントランスのキーねというふうに説明される。

これでやっとわかった。
オーストラリアの安宿は、パブと兼業しているのだ。

パブのレジがレセプションであり、ホテルのエントランスはセキュリティー面からオートロックになっているのである。
こんどからこの手の宿に泊まる際は、パブの方に行けばいいわけだ。

というわけで、チェックインできて一安心。
部屋はダブルルームで1泊70ドル(5895円)。オーストラリアでは安宿の部類だろう。

ホテルの名前はパレスホテル(Palace Hotel)
1889年建築という歴史も由緒もあるホテルだが、知らないで泊まったらひたすらボロい宿という印象だろう。

シャワー・トイレ共同で、良く言えばクラシカル、悪く言えば手入れが行き届かないボロが目立つ。
それでもフリーのWi-Fiがあるのはありがたい。
冷蔵庫、電気ケトル、コーヒーセットの3点もオーストラリアでは標準装備のようで、ここにも備え付けてあった。

ここで2泊することになるのだが、それなりに快適には過ごせそうだ。

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 パレスホテルのダブルルーム。

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 ウィンドウファンが付く部屋の窓。

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 部屋の窓からはブロークンヒル駅のホームが見える。

無事にホテルの部屋に落ち着いたので、一杯やろうかとバックパックからワインのビンを出した。
ブロークンヒルに着いてから買い物に出るのも面倒かと思って、昨日シドニーで買っておいたものだ。

ところがこのワイン、半分以上なくなってるじゃないか。

ずいぶんと飲みやがったな (# ゚Д゚) to 昨日の自分

地図を見るとホテルから4ブロック西に行ったところにスーパーがあって、歩いて5分くらいだろうか。
まだ明るいしちょっと買い物に出ることにした。

町の道路は商店街になっているが、午後7時半でどの店も閉まっている。歩いている人もいないし通る車も少ない。
いかにも寂れた地方都市といった感じである。

しかしスーパーが遠いこと。行けども行けども見えてこない。

地図で4ブロックと言ったが、北海道のでは1ブロックは約130mというのが多い。札幌もそうだ。
その感覚だったので、500m程度と思っていたが、ここブロークンヒルの1ブロックは230mと倍ちかくあって、スーパーまで実際には1km近くも歩くことになった。

途中で変な道になったり、本当に地図が合っているのか不安になるが、坂を越えたところに見覚えのあるcolesの看板が見えた。

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 スーパーマーケット全国チェーンのコールス。

コールスには酒屋のリカーランドが入っていて、食品のほかに1本5ドルのワインを買う。
物価が高いオーストラリアの中でも特に高い酒類だが、ワインは安物ならば比較的安く売っている。

もうビールは買わず、ワインばかり飲むことにした。

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 本日のディナー。

スーパーで買ってきたパンとサラミでワインを飲む。
少し酔ってきたら、なんだか物足りなくなってきた。

気分も大きくなってきたので、下のパブに行ってみることにした。
私は気が小さいので、1杯引っ掛けないと新しい店には入りずらいのである。

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 ホテルのロビーを見下ろす。

さっきチェックインしたパブで、ビールサーバーの適当なのを指さして注いでもらった。クーパーズビターという黒ビールだった。1杯10ドル(837円)、クレジット払い。

やっぱり高いね。パブでは1杯だけ飲んで、あとは部屋でチビチビやっているのが良いようだ。

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 パブでビールを飲む。

明日は丸1日ブロークンヒル滞在となる。こんな田舎町で1日中何をして過ごそうか。それよりも、あさっての朝出発するアデレードまでのバスのチケットを買わなければならない。

そんなことよりも今はオーストラリア内陸の、誰も知らない町のパブにいる。そんな気分に浸っていた。
1人で海外旅行をしていて、こういうときが一番幸せなひとときかもしれない。


posted by pupupukaya at 19/01/19 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記9 ブロークンヒルその1

2018年11月27日(火)

 ◆ アデレード行バスチケットを買う

朝7時、いまオーストラリア内陸に位置するブロークンヒルという町にいる。
外はとっくに明るくなっているが、窓の外を見ると雨が降っていた。

今日はこの町に滞在することになる。
小さな田舎町なので、観光するところも知れている。丸1日どう過ごしたものかというような町だが、雨具合を見ながら歩くことにしよう。

ブロークンヒルで2泊するホテルはパレスホテル。
ボロホテルだが、電気ケトルとインスタントコーヒーと紅茶のティーバッグがたくさん置いてあるのはありがたい。
昨日スーパーで買ったパンと食品で朝食にする。

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 部屋に備え付けの電気ケトル、コーヒーと紅茶のセット。

昨日19:10に到着したアウトバックエクスプローラーは、今日は7:45発シドニー・セントラル行として出発する。
見送りにでも行こうかと思ったが、雨降りのなかわざわざ行くほどのことでもない。

それにしても雨に当たるとは、アメリカ旅行以来の 晴れ男伝説もここまでか。

とはいっても、この乾燥地帯のアウトバックにとっては植物にも動物にも、ここに暮らす人間様にとっても恵みの雨である。
ただ2晩だけの旅の者に文句を言う権利は無い。

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 窓の外は小雨模様だった。

9時過ぎ、雨は上がったようなので外に出る。
一応折りたたみの傘は持っている。空は明るいので、回復には向かっているようだ。

ブロークンヒル(Broken Hill)はニューサウスウェールズ州の一番西にある市で、人口は約1万8000人。
この地方の中心都市でもある。
といっても、ここから半径200km以内には町らしい町はなく、アウトバックと呼ばれるオーストラリア内陸の乾燥地帯に位置する数少ない町だ。
一番近い都市がビクトリア州のミルデューラ(Mildura)という町で、直線距離で250kmも離れていることから、いかに人口希薄地帯なのかがわかる。

農業には全く不向きなアウトバック地帯だが、鉱物資源の宝庫であったため、イギリス植民地時代からあちこちに鉱山町が出来上がった。
金が産出された地方は、ゴールドラッシュに沸いた。

特にブロークンヒル付近の銀や亜鉛の埋蔵量は世界最大級といわれ、1880年代からは鉱山都市として繁栄することになった。しかし、鉱業は1952年をピークに衰退を始め、主要な鉱脈は掘りつくしてしまった現在は、細々と銀の採掘を続けているに過ぎない。

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 どこか暗くて寂しい中心部の商店街。

中心部はイギリス植民地であった19世紀からそのままという感じの古い街並みが続いている。
アーケードの商店街は、まだ10時前で開店前ということもあるのだろうが、道行く人も少なく暗くて、昔の栄華のまま錆びついてしまった印象だった。

とりあえず駅へ行ってみたが、施錠されていた。
アウトバックエクスプローラーが発車して、次の定期列車は来週の月曜日ということになる。

ダッポーから毎日運転されているコーチサービスのバスは、ブロークンヒル駅ではなく。ブロークンヒル・タウン(Broken Hill Town)というバス停が観光案内所にあって、そちらに発着している。

今日は火曜日なので、夕方にシドニー行のインディアンパシフィック号がこの駅に停車するはずだ。
駅へはその時にあらためて行くことにする。


この町でまずしなければならないことは、明日アデレードまでのバスのチケットを買うことだ。
ブロークンヒル発アデレード行のバスは水曜と土曜発の週2回のみ、しかも予約制となっている。

運行会社である BUSES・R・US のホームページには、電話かEメールで予約するか、アデレードの事務所とブロークンヒルの観光案内所で受け付けているとあった。

メールで事前に予約しても良かったのかも知れないが、英文でのやり取りは面倒だし、イチかバチかで直接チケットを買うことにした。

ブロークンヒル観光案内所(Broken Hill Visitor Information Centre)は小さな町のものにしては立派な建物だ。
中は案内所のカウンターのほか、土産物コーナーとカフェが併設している。

裏はバスターミナルになっていて、ダッポー行コーチサービスのバス停が立っていた。
アデレード行のバスは何も表示がないが、同じくここから出るようだ。

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 ビジターインフォメーションセンター(観光案内所)

さっそくカウンターであらかじめ頭の中で組み立てておいた言葉を言う。

「I'd like to buy a bus ticket to Adelaide」
(アデレードまでのバスのチケットを買いたいのですが)

カミカミだし発音も出鱈目だが、通じればいいというのが私流英会話。

「アデレードへのバスは明日あるよ」
「そのバスのチケットを買いたい」

何度かやりとりして、明日のバスのチケットを買いたいというのは分かってもらえた。

カウンターのおっちゃんは奥からチケットの綴りを持ってきて、名前と電話番号を聞かれ、それを書きこんでいる。
カーボン転写式のずいぶんアナログなチケットだ。

そして、どこかへ電話をかけた。バス会社に確認しているんだろう。
案内所の人にやってもらえるので、こういうのは非常に助かる。

満席でした、って言われたらどうしようかと思ったが、無事チケットを買うことができた。

ありがとう、案内所のおっちゃん。

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 ブロークンヒルからアデレード行きのバスチケット。

ブロークンヒルからアデレードまでバスの運賃は140ドル。距離にして519kmとなる。
途中小さな町に停車しながら、6時間45分の乗車になる。

当然ながらこの区間の移動は飛行機が常識だろう。
じつはアデレードまで飛行機というのも検討した。
一番安いタイプならば片道138.45ドルでバスよりも安いしネットで予約もできる。

しかしここは地上移動にこだわりたかった。
飛行機ならば楽だが、アウトバックの平原を眺めながら移動したかった。
それに、乗ることはかなわないインディアンパシフィック号と同じ道のりで旅をしたかったというのもある。

とにかく、明日のバスチケットを手にしたので一安心だ。
あとはのんびりとこの田舎町を一日見物していればよい。


 ◆ 鉄道歴史博物館

最初は観光案内所の交差点の向かい側にある、スルファイドストリート鉄道歴史博物館(Sulphide Street Railway & Historical Museum)に向かう。

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 旧駅跡を利用した鉄道歴史博物館(午後に撮影したもの)。

外から見ただけでもたくさんの車両が保存されていて、エントランスの建物も風格がある。
なんでこんな田舎町に、と思うほど鉄道博物館としては本格的な施設だ。

中に入ると、アダルト $7コンセッション $5と表示してある。
窓口のおっちゃんに「アダルトワン」というと「コンセッション」と言われる。コンセッションとは学生割引みたいなもので、学生証を見せればということになる。

「アダルト」と言って5ドル玉と2ドル玉を差し出すと、その頑固そうなおっちゃんは「コンセッション」と言って2ドル玉は返してくれた。

何だかよくわからないが、まけてくれたのだろうか。

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 旧駅舎だった博物館入口の建物。

いや〜、鉄道好きにはなかなかテンションが上がるね (^^;

どれが何なのかわからないが、とにかく写真を撮りまくる。

突然現れた田舎町のこの鉄道博物館は一体何者なのか
それは、オーストラリアの鉄道史から説明しなくてはならない。

オーストラリアに初めて鉄道が敷かれたのはビクトリア州のメルボルンで、軌間はアイルランドと同じ1600ミリの広軌が採用された。これは隣接するサウスオーストラリア州も同様になった。

一方でシドニーが州都のニューサウスウェールズ州ではイギリスと同じ標準機の1435ミリで建設され、クインズランド州と西オーストラリア州、広軌を採用した南オーストラリア州でも支線では建設費が安いという理由で日本と同じ狭軌の1067ミリで鉄道が敷かれたのだった。

要するに、オーストラリアでは各州や各植民地がそれぞれの思惑で、バラバラの規格で鉄道を建設したのである。

それぞれの目的で完結する輸送ならばそれで良かったのだが、鉄道が延びて他州の線とつながるようになると厄介になる。
軌間の違いから列車が直通できないので、鉄道網としての体を成さないことになる。

ブロークンヒルに最初に鉄道が延びたのは1888年のこと。アデレードから延びてきた狭軌鉄道としてである。
南オーストラリア州立鉄道により建設されたが、州境から東側はニューサウスウェールズ州側から建設を反対され、州またぎのコックバーン〜ブロークンヒル間は私鉄のシルバートントラムウェイ(Silverton Tramway)として開通することになった。

余談だが、ブロークンヒルが南オーストラリア州と同じく中央部時間帯を採用しているのは、州都のシドニーよりも距離的に近いアデレードとの結びつきが強いからということになっているが、一番の理由が時間帯を採用した当時、アデレードと鉄道で結ばれていたからだった。

文明から切り離された開拓地において、時刻という概念は鉄道とともに持ち込まれる。ブロークンヒルがアデレードと同じ時間帯を採用したのも当然の成り行きと言える。

一方で、ニューサウスウェールズ州鉄道として建設された標準機の鉄道は、アデレード側に遅れること31年後、1919年にブロークンヒル〜メニンディー間の路線として開業した。
このときの駅は今のブロークンヒル駅ではなく、約500mほど北東側の場所にあったクリスタルストリート駅(後述)であった。

1927年には、メニンディー〜アイバンホー間が開通し、シドニーからブロークンヒルまで全通することになった。

しかし依然としてアデレード方面は狭軌シドニー方面は標準軌の鉄道となり直通はできない。同じブロークンヒル市内だが、駅はそれぞれ別々に存在することとなった。

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 ブロークンヒルにおける過去の鉄道関連略図。(筆者作成)

人ならば乗り換えればよいが、貨物は積み替えなければならないので大変だ。鉄道が延びて、各州と接するようになると、当然ながら軌間を統一しようという話になってくる。

とはいっても、レールの幅だけではなく、車両もそうだが、橋やトンネルといった施設も規格に合わせて改築しなければならない。簡単にはいかないのである。
ようやく軌間を標準軌に統一するために改軌が始まったのは第二次大戦後になってからだった。

ブロークンヒルからアデレード側の区間は最後まで狭軌区間として残っていたが、ここも1969年には標準軌に改軌されて、シドニーからの標準軌との路線と直結することになった。

このとき、州跨ぎのブロークンヒル〜コックバーン間は、狭軌をそのまま改軌ではなく新線として建設されたため、それまでブロークンヒルの約26km北西にあるシルバートン経由の旧線であるシルバートントラムウェイと、旧線の終点だったスルファイドストリート駅廃止されることになった。

これで太平洋岸のシドニーからインド洋岸のパースまで改軌工事は完了したことになる。

その翌年の1970年、シドニー〜パース間に、インディアンパシフィック号が運行を開始する。
由緒も歴史もありそうなオーストラリアを代表する大陸横断鉄道の列車だが、その歴史は意外と浅かったりする。

オーストラリアでは州内や都市近郊の旅客鉄道は盛んにおこなわれているが、州またぎの列車が少ないか行われていないことが多いのは、州ごとに軌間が異なっていたために昔から直通列車が存在しなかったことによる。

改軌が進んで直通運転が可能になった頃には、すでに自動車や航空機が主流の時代になっていた。

で、話を戻すが、廃止されたスルファイドストリート駅の跡は、駅施設を生かして1970年代後半に鉄道歴史博物館として再開することになった。

これがスルファイドストリート鉄道歴史博物館である。

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 1970年までのの旧線で客車を牽いていたW24形機関車。

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 1970年まで狭軌だった旧線を走っていた客車。

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 旧線の客車の車内。

そんなわけで、狭軌だった旧線時代の車両があれこれ展示してある。

外は雨が止んだと思ったらまた降ってきたり。
写真的には晴れて影がはっきりとなるよりもありがたいのだが。

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 1905年建築のスルファイドストリート駅の旧駅舎と駅名標。

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 病院で使われていた器具を展示したホスピタル館(Hospital museum)

この博物館の一番の展示車両はシルバーシティ・コメット号だろう。

この列車は1937年から1989年まで使用されていた気動車で、ブロークンヒルとパークスの間を走っていた。パークスからは別の列車に接続してブロークンヒルとシドニーを結んでいた。

昨日乗ってきたブロークンヒル・アウトバックエクスプローラーの前身である。

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 静態保存のシルバーシティコメット号(Silver City Comet)。

保存されている車両は、サービス用電源車、ファーストクラス車、食堂車、エコノミー車の4両。
オーストラリア初の冷房付き、電化された食堂車の厨房など、豪華なサービスぶりは鉱業都市ブロークンヒルの繁栄を思わせる。

ダイヤは週3回運転で、展示の1956年の時刻表によると、ブロークンヒルは火木土の8:30発、パークスには19:00着
パークスからはフォーブズ(Forbes)始発のシドニー行夜行列車がパークス19:30発で接続し、シドニー着は翌7:16となっている。

逆方向はシドニーを20:30発翌朝7:30パークス着。同駅を月水金の8:35発、ブロークンヒル着は18:05着となっていた。

1989年11月の運転を最後にシルバーシティコメット号は廃止となる。シドニー方面からブロークンヒルへの旅客輸送はダッポーからのバス代行サービスに切り替えられた。

一旦定期旅客列車はブロークンヒルから消滅する。しかし根強い要望があったのか、1996年にアウトバックエクスプローラーとして運行を再開することになった。

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 展示のシルバーシティコメット号の時刻表。興味のある方は拡大してどうぞ。

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 シルバーシティコメット号のファーストクラス。固定リクライニングが並ぶ。

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 エコノミークラスは3人+2人の転換クロスシート。

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 ダイニングカー(食堂車)。

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 本格的なダイニングカーの厨房。ここから料理を提供していたのだろう。

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 この窓から「ステーキ一丁上がり!」なんてやってたのかも。

展示車両だけでなく、旧駅舎の建屋内にも様々な展示品がある。

壁面の昔の時刻表などを熱心に眺めていたら、掃除のおばちゃんが「Are you rail fan?」というので「ヤー」と答えたら、好きなんだねえっていうような顔で笑っていた。

1時間ほどで博物館を出る。ほかに客らしき人は見かけなかった。
週末ならば子供連れの客でも来そうだが、平日でしかも田舎町の博物館とあってはこんなものなのかも。

博物館の隣は公園になっていて、鉱山で使われていた櫓(やぐら)が建っている。
その隣はフェンスに囲まれた広場をぐるり1周するようにレールが敷かれている。

何だろうと看板を見ると、昔シルバートンの公園で走っていた子供鉄道ということだった。毎月第3日曜日だけ走るらしい。

シルバートンは前述したが、ここから北西に26kmの場所にある鉱山の町。現在は人口50人のゴーストタウンに近い町になっている。

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 町中に移してきたやぐら(Kintore Headframe)。鉱山の象徴でもある。

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 隣にあった子供鉄道の線路。シルバートンの公園で走っていたものだとか。


 ◆ ボタ山とマイナーズメモリアル

鉄道博物館にいるときは雨が降ったりやんだりだったが、だんだん回復してきたようで、青空も見えるようになってきた。

もう雨は降らなさそうなので、次は駅裏のボタ(ズリ)山へ登ってみることにした。
ボタ山と言っても、高さは54mあって、町から見ると山のようにそびえ立っている。
その上に展望台らしき建物があるのが町からも見える。

あそこまで道はあるので歩く。なんせ、時間だけはたっぷりとある。

駅裏と言っても、駅構内のはずれにある踏切を迂回しなければならず、歩くと結構距離はある。

踏切の脇に『The NSW Railways' First Station in Broken Hill』と書かれた写真付きの看板を見つけた。
町中でよく見かける歴史的な建物の説明看板なのだが、要はニューサウスウェールズ州鉄道のブロークンヒルでの最初の駅ということだ。

写真と同じくホーム跡と小屋があって、あの小屋のような建物が開業当時の駅舎ということだ。
説明文によると、1919年にブロークンヒルからメニンディーまで鉄道が開通した時に、クリスタルストリート駅として建てられた駅舎で、1927年にはシドニーまでの1125kmが全通した。
1957年に現在の駅に移転し、その後数年間は貨物駅として使われていたとある。

スルファイドストリート駅は鉄道博物館になったが、こちらは放ったらかし。
近づいてみたが、どう見ても貨物の小屋のようにしか見えない。

ここからあのシルバーシティコメット号が発着していたんだろうか。

信じがたいが、看板にそう書いてあるので間違いではないんだろう。

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 小屋のような建物がブロークンヒル駅の旧駅舎。駅東側の踏切から。

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 1957年まではこちらがシドニー側の玄関口だったようだ。

殺風景な道をトボトボと歩く。
この先に観光地などあるんだろうか、と思うような道だが、頂上までは1本道なので間違いではない。

坂の途中から駅構内を見下ろすことができ、側線が何本も並んでいて、車両のデポらしき施設も見える。鉄道としてはそれなりに拠点となっている駅ではあるようだ。

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 駅裏からボタ山へ続く道路。

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 駅構内に停車中の貨物列車。

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 坂道の途中から駅構内を見下ろす。

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 今は廃墟になった鉱山の跡。

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 パークベンチ(The Park Bench)はでっかいベンチのモニュメント。

頂上はビジターセンターが建っていて、景色の良いカフェや土産物コーナーもあって一応観光地ぽくなっている。
周りは、鉱山で使われていた機械などが所どころに置いてあって、テーマパークのつもりなのか、ただ放置してあるだけなのか判別はつかなかったが。

ほかに山も無く、高い建物も無いので眺めは良い。
朝のうちは空を覆っていた雨雲も去って、青空の方が多くなってきた。

町の外に広がるアウトバックの平原を見ていると、レンタカーで走り回ってみたくなった。
国際免許証を準備していれば良かったかな。

一方で、田舎町で1日のんびり過ごすのも悪くないんじゃないかとも思う。
のんびり過ごす割には、歩き回っているけど。

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 頂上にあるビジターセンターからブロークンヒルの町を見る。

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 町からも見える鉱山労働者の追悼施設(Line of Lode Miners Memorial)と展望台。

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 鉱山で殉職した800名の名前が刻まれている。

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 町と反対側はアウトバックの平原が続く。メモリアルの展望台から。

オーストラリアに何回も旅行したという人でも、ブロークンヒルなんて町は多分知らない。
ちょっと名のある町なら網羅している『地球の歩き方』にすらその町の名は無いのである。

唯一名が知られているとすれば、それはオーストラリアの豪華列車『インディアンパシフィック号』の停車駅としてであろう。西行、東行ともにブロークンヒルでは2時間程度の停車時間があり、オフトレインツアーが行われている。

そんなニューサウスウェールズ州西端の田舎町。
しかし町を歩いていると、知られていないけど妙に魅力的な町に思えた。

ブロークンヒル市も、かつて鉱山町として栄えた町を文化遺産として活用し、観光産業として育成しているようだ。

イギリスの植民地から始まって、内陸のアウトバック地帯に開けた鉱山町として、東西から接続する鉄道の要衝として、このブロークンヒルはある意味、オーストラリア内陸の開拓の歴史を象徴しているといっても過言ではない。

唯一の障害は交通手段が不便なことだが、これは人口希薄地帯なのでどうしようもない。
もし、ブロークンヒルに興味を持たれた方や、オーストラリアの観光地に飽きたという人があれば、一度訪れてみてはいかがだろうか。
高い航空券を買うか、十数時間の地上移動をするかしてでも、この町を一見する価値はあると思う。

あと、この町では中国人らしき人は1人も見なかった。一昨日までのシドニーやブルーマウンテンズでの彼らの喧騒がまるで嘘のように思える。
オーストラリアの歴史を感じつつ、静かに過ごしたい日があれば、この町で過ごすのが最適である。


posted by pupupukaya at 19/01/27 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行

2018年オーストラリア旅行記10 ブロークンヒルその2

 ◆ ブロークンヒルの町並み

朝の小雨模様から午前中は曇り空だったが、午後からは青空が広がる晴天になったブロークンヒル

イギリス植民地時代の1890年代にかけて建築された建物は産業革命以降、世界一繁栄した大英帝国のビクトリア様式、ハノーバー朝・ビクトリア女王(在位1837〜1901)時代の建築様式である。

1880年代から鉱山町として発展したブロークンヒルも1950年代をピークに衰退へと向かう。
現在は、往時の繁栄のまま錆びついてしまったような、アウトバックの内陸町である。

青空の下、日光に照らされても、どこか暗い感じが抜けきらないのは、鉱山町だったからなのか。
北海道の炭鉱町にも通ずるところがある。

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 19世紀から取り残されたようなブロークンヒルの街並み。

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 駅前のタウンスクエアから。

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 時計塔がランドマークのブロークンヒル郵便局(1892年建築)。

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 昔はスチームトラムが走っていたエージェント・ストリート。

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 エージェント・ストリートを走っていたスチームトラム。

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 アーケードが連なる中心部の商店街。

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 道行く人は少ない。エージェントストリート。

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 ビクトリア調のトレードホール(1904年建築)。鉱山の労働組合などが入る。

私が宿泊しているパレスホテルもブロークンヒルを代表する建築物のひとつで、1889年の建築、ニューサウスウェールズ州遺産に登録されている。
1994年公開のオーストラリア映画『プリシラ』(The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert)のロケに使われたこともある。

2階部分に張り出したベランダが特徴の建物。
同時期に建てられたホテルの建築は同様の形式が多く、パレスホテルだけでなく、あちこちで見られる。

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 1889年建築のパレスホテル全景。

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 19世紀のホテルは2階部分がベランダが特徴。

午後はずっと町の中を歩いて写真を撮りまくっていた。
町の人も、そんな旅行者など珍しくないというふうでもあった。

とにかく、のんびりとした町だった。

ホテルに戻る前に昨日行ったスーパーのコールスに寄って、また買い物をする。
ブロークンヒルの中心部は寂れているが、市民の買い物は郊外にあるショッピングセンターがメインのようだ。
ショッピングセンターはもう1つあって、そちらはこれも全国チェーンのウールワース(Woolworths)が入っている。

小さな町に大型ショッピングセンターが2つもあるのは意外だが、これは周囲に町らしい町が無いので、ブロークンヒルの商圏が広大なためだろう。
内陸に散らばる100kmも200kmも離れた集落から、車を飛ばしてブロークンヒルへ買い出しに来るのであろう。

また食品とワインを買ってホテルへ戻る。


 ◆ インディアンパシフィック号

日曜日にパースを出発したインディアンパシフィック号は火曜日の夕方にブロークンヒルに立ち寄る。
乗ることは叶わないが、せめてその列車を見ようと駅に行った。

インディアンパシフィックのブロークンヒル着は17時25分、発時刻は19時30分で、約2時間の停車時間がある。

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 ブロークンヒル駅。

駅に着くと、朝は施錠されていた駅舎が開けられていた。ただし、待合室ときっぷ売り場は施錠されたまま。
外観と昨日のイメージとは反対に、意外と狭い駅舎だった。

駅横の駐車場にはバスが2台停まって、オフトレインツアーの乗客を待っている。

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 ブロークンヒル駅の待合室。

ホームで入線を待つ。
ほかに迎える人もなく、オレンジベストの2人の作業員が立つのみ。

さっきまで青空だった空は、また雲が覆っていて薄暗くなってきた。

17時25分になっても列車は来ない。
パースから2晩かかって走ってきた列車である。定時に到着する方が無理ってもんだ。ここは日本ではない。

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 インディアンパシフィック号を待つ。

40分くらいまで待って、来なければホテルに戻るつもりでいた。

17時37分、線路の向こうから機関車のヘッドライトが近づいてきた。
2台の機関車とシルバーの長い客車がゆっくりゆっくり入ってきた。

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 来た、来た、来た。ゆっくりゆっくり入線する。

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 ブロークンヒル駅名標とインディアンパシフィック号。

ブロークンヒルの駅名標とインディアンパシフィック号の機関車を撮影できた。

機関車はホームを通り過ぎた場所で停止するので、
乗客だと絶対に撮影できないアングルである。

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 機関車はホームを通り過ぎて行ってしまった。

列車が停止すると乗客がぞろぞろと降りてきた。
2時間の停車中にブロークンヒルの観光をするツアーに参加する人々だ。

バスに乗る人は駅裏の展望台などを回るのだろう。
もう一方は歩いてパレスホテルの方へ向かって行く。ナイトショーのツアーだろう。

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 インディアンパシフィック号の客車。

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 駅舎から出る人はだれもいなかった。

列車が着いてからしばらくして西の方から突風と砂嵐が襲ってきた。
町中が赤っぽい煙に包まれたようになった。

インディアンパシフィックは砂嵐を連れて到着したのだった。

これがブロークンヒル名物砂嵐かあと感心するも、砂っぽいのはたまらない。

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 西の方から砂嵐がやって来た。

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 町を覆う砂嵐。

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 砂嵐に続いて雨が降ってきた。

上空からの冷たい空気にあおられて砂が舞い上がったのだろう。
砂嵐にまじって雨も降りだした。

雨はだんだん強くなり、ついに土砂降りになった。
これはたまらんとホテルに駆け込んで戻る。


 ◆ パレスホテル

パレスホテルは、やたらと”おかま”のディスプレイが多いのが気になっていた。

ドラァグクイーンを描いた『プリシラ』のロケがこのホテルで行なわれたことが由来で、別にこのホテルの主の趣味というわけではないようだ。
(実はそうなのかも知れないが)

毎年9月にはブロークンヒールフェスティバル(Broken Heel Festival)が3日間開催され、盛大なドラァグクイーン(女装した男性)のショーがパレスホテルの主催で行われるようだ。
ホテルのあちこちにそのポスターがある。

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 ブロークンヒールフェスティバル(Broken Heel Festival)のポスター。

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 巨大なヒールのレプリカ。

1階奥のホールではインディアンパシフィック号のナイトショーが行われて賑やかそうだ。
こちらも部屋に戻って1杯やることにしよう。

あらためてホテルの内装を見ると、1階から3階までの吹き抜けホールの壁面や階段は、一面に絵が描かれてド派手。

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 メインホールの吹き抜けは壁一面の絵画。

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 絵画だらけの壁や階段。サイケデリックな世界。

これらの絵画は当初からあったものではなく、1970年代初頭にイタリア人移住者のマリオ・セロットがこのホテルを購入したことによる。
購入後、マリオは天井に『ヴィーナスの誕生』の模写を自身で描いた。

これに合う絵を求めて、マリオは1000ドルの報酬で募集した。それに応じたのが地元の先住民の芸術家、ゴードン・ウェイであった。
壁画の条件は、アウトバック地帯の中、オアシスのように感じるように必ず水のシーンを描くというもので、このためどの壁画にも水辺が描かれている。

2009年に、今の所有者に売却されて改装工事が行われたが、壁画は当時のまま残されている。

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 吹き抜けの3階廊下から。

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 マリオが天井に描いた『ヴィーナスの誕生』の模写。

130年もの長きにわたってきたパレスホテル。
古い中に歴史を感じるか、ボロさを感じるかは人それぞれだが、鉱山町としての栄華を残すブロークンヒルを象徴するホテルともいえる。

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 夜はなんか出そうな・・・気のせい?

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 シャワールーム。一応男女別。

シャワーを浴びてから、部屋でワインを飲む。

あの豪華列車、インディアンパシフィックの乗客と同じ建屋内で過ごしているのは偶然とはいえ、何かの縁を感じる。

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 今晩の夕食。こんな画像を貼ってもしょうがないのだが。

窓の外を見ると雨は上がってまた明るくなってきた。通り雨だったようだ。
ホームにはツアーから戻った客の姿が見え始めた。

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 部屋から見る停車中のインディアンパシフィック号。

19時30分、インディアン・パシフィック号が発車していった。
終点のシドニー着は明朝11時30分となる。
また無人のホーム戻る。

20時ごろ再び暗くなってくる。今度は夕暮れである。

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 ベランダからの夕暮れ。

昨日と同じ1階のパブでまたビールを飲んだ。

オーストラリアのビールは泡が少ないのに気が付いた。
ドイツやチェコではジョッキの3/1は泡だったような気がする。

ただでさえ高いビールなので、泡に金払えるかよということなのか。
グラスになみなみに注ぐのがオーストラリア流ということになる。

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 1階のパブでビールを飲む。

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 何をしてるんだろう。

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 しっとりとした居心地だった。

ブロークンヒルの最後の夜はパブで更けてゆく。
車があればもう2〜3日滞在してもいいかな。

明日はバスでアデレードへと移動する。


posted by pupupukaya at 19/02/02 | Comment(0) | 2018年オーストラリア旅行
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