2007年 はなたび利尻で稚内へ1

2007年9月22日

まだ暑い日もあったりするが、札幌あたりはすっかり秋の気配で、夜行特急『はなたび利尻』も9月いっぱいで今年(2007年)の運転は終了する。

稚内行の夜行特急は2006年の3月までは定期列車だったが、今は夏場の金・土・日のみの運転となって、名前も『はなたび利尻』と変わった。
いかにも観光客を意識したネーミングである。

また旅の虫が出てきたのは2007年9月22日土曜日の夜であった。

早速簡単な旅支度をして自転車で桑園駅に向かう。
稚内までならRきっぷを買えば1万2000円で往復できるのはありがたい。

桑園駅からは普通列車をひと駅乗って札幌駅へ。

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 稚内までのRきっぷ。


 ◆ 札幌 23:05 【はなたび利尻】 5:46 稚内 

改札内コンコースで唯一開いているキヨスクでビールとおつまみを買いこんでホームに上がる。
さすがに観光シーズンも終わった土曜はホームの人影もまばら。

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 『臨時特急はなたび利尻』のホーム表示。

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 『はなたび利尻』となったがヘッドマークは『利尻』のもの。

22:55に5番線に『利尻』のヘッドマークをつけた列車が入ってくる。

発車間際になっても車内はがら空きである。

この列車は23:05発だが、旭川行き最終スーパーホワイトアロー33号が2分前の23:03に発車するので、当然ながら旭川までの人はこちらには乗ってこない。

向かいの6番線ホームは釧路行き特急『まりも』だが、あちらもがら空き。

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 利尻の指定席はリニューアルされて足元もひろびろ。しかもコンセント付き。

はなたび利尻の車両は昼間の特急サロベツと同じ車両で、指定席車両の車内はリニューアルされて座席の間隔も広げられたので居心地は大変良い。
窓側の足元にコンセントが設けられたのは大変ありがたい。

この車両は稚内まで行き、寝台車を外して特急サロベツとなって札幌に戻ってくるのである。

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 観光シーズンはとうに過ぎた車内はすいている。

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 ビールとおつまみをテーブルに並べてみる。

キヨスクで買ってきたビールとおつまみをテーブルに並べてまずは乾杯。
普段缶ビールなどあまり飲まないし、おつまみ系も食べることはないのだが夜行列車に乗るとこういうものが欲しくなる。

ビールを飲みながら、流れる夜景と窓ガラスに映し出される車内などを眺めて考え事をしたり、読書をしたりするのが夜行列車の醍醐味だと思っている。

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 岩見沢到着。下車客はいないようだった。

定期列車だったころは、旭川方面のL特急の最終列車として、停車駅ごとに自由席からは大勢の下車があったものだが、そちらの役割は定期列車のスーパーホワイトアローに移ったことになる。

こちらは停車してもたまに乗ってくる人がいるくらいで、静かなものだ。

もう乗ってくる人もほとんど無いだろうし、前の座席を回転させてボックス席にする。

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 座席を向かい合わせにすればさらに広々。

滝川を発車したあたりで車内は減光となる。白熱灯だけ点灯なので真っ暗ではないが本はもう読めない(目を凝らせば読めなくはないが)。

今まで窓ガラスは反射した明るい車内が映っていたが、暗くなった車内からは夜景が見えるようになった。

しばらくワンカップを飲みながら夜景を眺める。

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 車内は減光。白熱灯だけが車内を照らす。

1本飲み干したところで、ひじ掛けを枕にして横になる。

体をL字型に曲げたエビ寝スタイル。
お酒のせいもあるが、これでも結構眠れる。

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 流れる夜景を見ながらまた一杯。

横になるといつの間にか眠りに落ちていた。

2007年9月23日

目が覚めると5時。ようやく明るくなってきたところ。デッキに出ると、空気がひんやりとしている。
列車は終点稚内へ向けて走り続けている。すっかり亜寒帯の空気。荒涼とした風景は何か悲しくわびしい気分にさせられる。

夜行利尻で夜明けを迎えると、最果てに来た気分になる。

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 朝5時過ぎ、旅先の夜明け。

この宗谷地方の景色は日本離れしていて、北方の荒涼とした大地がどこまでも続いている。
札幌も旭川もはるか遠く、ここはもうロシアを思わせる。

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 抜海駅で上り回送列車と交換のため9分停車。

抜海駅に5:11に停車する。運転停車なのでドアは開かない。5:20に2両編成の回送列車が通過したあとこちらも発車する。 

笹だらけの丘陵地帯は人家も無く、荒涼とした風景がしばらく続いたあと、利尻島と礼文島が海のかなたに見える場所を通る。
列車は親切に徐行してくれる。この日は利尻、礼文の両島がはっきりと姿を見せていた。

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 木製の防風柵が続く。

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 日本海のかなたに利尻岳が浮かぶ。

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 日本海と稚内半島。

再び笹の丘陵地帯へと分け入って行く。長らくの寒い風景から一変して、オアシスのように突然稚内の住宅地が現れる。南稚内着は5:38、ずいぶん早く到着した。

ここで地元の人らしい数人が下車する。この時間は無人駅らしく、車掌が集札する。

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 南稚内に到着。車掌が集札する。

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 稚内駅の手前で港と朝日が一瞬姿を現す。

5:41に南稚内を発車。高架橋の上を通ってすぐに5:46、終点稚内に到着する。

下車して改札口に向かう人もまばら。さびしい終着駅であった。

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 稚内駅に到着。

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 改札口に向かう。

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 稚内駅北側にある最北端の線路。

2へつづく

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2007年 はなたび利尻で稚内へ2


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 朝日に照らされる稚内駅前の町。

稚内駅の待合室には立ち食いそば屋があって、利尻到着前からすでにお客が何人か居た。列車が着いてからしばらく繁盛している。

『スープカレーそば始めました』という張り紙があったので、スープカレーそばを食べてみる。
とろみがあってカレー南蛮に近い。でもおいしい。

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 そば処宗谷。利尻到着時から開いている。

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 そば処宗谷の品書き。

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 なるととゆで卵がのるスープカレーそば。

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 札幌行スーパー宗谷2号の改札が始まる。

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 スーパー宗谷2号の客は団体さんが目立った。

駅にいてもしょうがないので、駅近くの北門神社や北防波堤ドームを散策するしたあと、ず〜っと海沿いに北へ向かってノシャップ岬まで歩いてみる。

途中で海藻拾いをしている人たちを多く見かけた。

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 稚内駅南側の踏切から。

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 稚内駅北側から。利尻が客車列車だった頃はここまで線路があった。

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 北門鎮護の守護神、北門神社の境内。鳥居は南向きに建つ。

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 神社境内から宗谷海峡を隔ててサハリンの島影がうっすらと見える。

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 去年(2006年)廃止された稚内公園ロープウェイ。復活することは無いのだろう。

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 北防波堤ドーム。樺太と結んでいた稚泊連絡船時代の遺物。


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 遠くにノシャップ岬の灯台が見える。

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 海藻拾いの人々。

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 稚内駅の北側からノシャップ岬まで海沿いの道が続いている。

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 利尻岳とノシャップ岬。

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 ノシャップ岬にある稚内灯台は日本で2番目に高い(約43m)。

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 ノシャップ岬は市内バスの終点。

ノシャップ岬からは市内バスで稚内駅まで戻る。

駅前にある寿商店は酒屋兼土産物屋であるが、ここでレンタサイクルを借りられる。
9時から18時までで、1日500円。

9時になったので早速借りる。
稚内TMOという所でやっている事業で、市内いくつかの店に委託されている。

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 駅前にある寿商店。

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 レンタサイクル。

13時頃までこの自転車で稚内市内見物をしてくる。


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2007年 はなたび利尻で稚内へ3

自転車があるので行動範囲がぐんと広がった。

これで宗谷岬まで行こうと思えば行けるが、稚内駅から30kmも離れてる。片道2時間はかかる。
市内を通り抜けて、富岡の先にある市内東側の丘までいくことにした。

稚内の町は南北に細長い、いわゆるフンドシ町というやつ。
町中を通ると、人口の割に妙に広い町に感じるのはこのせいだ。

住宅地は南に広がる一方で、従来からの中心部だった稚内駅前はすっかり寂れてしまった。

市内南側郊外のかつては原野だったところに大型店舗が次々と出店し、商業の中心はそっちに移ってしまった。
町はずれだと思っていたところがすっかり様変わりしていた。

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 南稚内駅手前の踏切り。道路標識ではSLが走っている。

街中は看板や標識などあちこちにロシア語が併記してある。「Магазин」ならば「マガジーン」と読み、店のこと。
自分はロシア語を勉強しているので、ついつい読んでしまう。

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 市内いろいろなところで見かけるロシア語の表記。

そんな市内を通り抜けて市内東側にある丘に登る。

丘には風力発電の風車が何台も立っている。ゆっくりと回っているように見えるプロペラは、近くに行くとブンブンと力強く回っている。
稚内は西に日本海、東にオホーツク海をあわせ持って、風の吹き抜ける町でもある。

冬など泣きたくなるような強風が吹き荒れる稚内だが、この風も今では立派な資源になっているようだ。。

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 丘の上から一望する景色。観光スポットではない穴場。

東側の丘からは、幕別平野と大沼が俯瞰でき、宗谷海峡の向こうにはサハリンの島影が見えた。
観光名所ではないが、なかなか穴場的な名所である。

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 宗谷海峡の水平線には、うっすらとサハリンの島影が見えた。

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 富岡の住宅地と利尻富士。

富岡にあるスーパーで最近売り始めたというロシア産ビールを買って、再び稚内駅前まで戻る。

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 稚内で買ったロシアビール。

稚内の隠れた名物(?)に激辛カレーというのがあって、日本一辛いと宣伝している。
自分は実は激辛マニアで、どんなものか一度挑戦してみたかった。
それが今回の旅行目的のひとつでもあった。

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 ヴァンのとなり。文字通りヴァンというレストランの隣にある。

駅近くの「ヴァンのとなり」という食堂でその激辛カレーを食べる。別に激辛の店ではないラーメンや定食もある普通の食堂である。普通のカレーライスのほかに1つだけ激辛カレーがある。そのカレーの辛さたるや、恐るべし・・・

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 日本一辛いという激辛カレー。

激辛マニアも納得させる看板に偽りなしの激辛カレーは辛い中にも深い味わいがあって、札幌あたりであのカレーをだせばきっと激辛マニアで大繁盛するのではないかというほどのものだった。

また何回でも食べたい。

でも、一般人や真性激辛マニアでない人はやめておいたほうが無難である。

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 見た目は普通のカレーだが、その辛さたるや・・・

稚内副港市場というのがこれも新しくできていた。地元のお客でにぎわっている。
中に入ると、昔の町を再現したコーナーや、昔の稚内の写真や地図を展示したコーナーがあって面白い。

すっかりさびれてしまったイメージだった稚内旧中心部も最近は再開発されて以前とは変わってきているようだった。

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 新しくできた稚内副港市場。

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 開業時の稚内港駅(現在の稚内駅)を模した一角。

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 昔の懐かしい町並みを再現したみなとギャラリー。

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 昭和45年の稚内駅周辺の住宅地図。(副港市場の展示物)

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 昭和42年の稚内駅前通り。奥はまだ木造駅舎の稚内駅。副港市場の展示物)

海産物がメインの市場や食堂もたくさんあって、なかなか面白い所ができたものだ。
30分くらい居て、そろそろ13時になるので稚内駅へ戻る。

レンタサイクルは返却して駅へ。

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 建て替えが予定されている稚内駅。

まだ少し時間があるので、駅前の食品館相沢を覗いてみる。
今の建物は昔の高林デパートだったところ。稚内の老舗百貨店だったが1992年に倒産。
その後空き家状態だったが、隣にあった相沢市場がこちらに移って来た。


 ◆ 稚内 13:45 【サロベツ】 19:08 札幌

稚内から帰りの列車は、特急サロベツ。
はなたび利尻と同じ車両である。

所要時間は5時間23分でスーパー宗谷より20〜30分余計にかかるし、車内販売も無い。
スーパー宗谷と比べるとかなり遜色特急だが、座席だけはリニューアルされたサロベツのほうが良くなっている。

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 稚内駅ホームの特急サロベツ。この日は1両増結の4両編成。

キヨスクに駅弁が置いてあるのを発見。稚内駅から無くなった駅弁がまた復活したらしい。 

以前は、白い帽子に白衣のおじさんが駅弁の販売をしていた。1日3回、札幌行急行列車の改札が始まると、籠を持ってホームに現れていた。

消費税ぶん値段をまけてくれたり、お茶をサービスで付けてくれたり、買いに行くと空の籠を前に「すいません売り切れました」と謝って、でも発車までホームに立っていたりしたのを思い出す。
人情味の人だったが、残念なことに数年前に亡くなったそうだ。

前の業者『サンエイ商事』から受け継いだようで、駅弁のデザインは変わらない。 

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 右側はサロベツ、左側は札幌から着いたスーパー宗谷。稚内駅ホーム。

車内は数えるほどしか乗客はいないまま13:45、稚内を発車する。次の南稚内でこの車両にも10人ほど乗ってきたがまだ空いている。

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 復活した稚内の駅弁『さいほくかにめし』。 

キヨスクで買った『さいほくかにめし』を開ける。

箱のデザインやカニをかたどった容器は以前のものと変わらない。白いご飯の上に味付けのカニが載っているのも変わらない。でも味は以前の駅弁屋のおじさんが作っていた酒の風味が漂う素朴なかにめしとは別のものだった。

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 ホロッピーが出迎える幌延駅。

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 名寄で距離も時間もほぼ半分。

名寄、士別と過ぎても車内は空いたまま。車内販売も無いので車内は静か。

乗り物は空いていたほうが居住性は良い。しかし、あまり空いていると、この列車の行く末が気にかかる。 

17:33に旭川に到着。ホームの前2両の自由席部分は長蛇の列。こちら指定席車にもずいぶん乗ってきて、車内は満席近くなった。

30分おきに出るスーパーホワイトアローとライラックだが、なぜか17時台だけは30分発のライラックが無く、17:34発のサロベツが代わりにその役割を担っている。

旭川からすっかり車内は賑やかになって19:08、終点札幌についた。

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 終点札幌に到着。
〜おわり


 ◆ リメイク版あとがき

2006年3月から季節列車に格下げされた特急利尻は、夏季の週末に限って『はなたび利尻』と名前を変えて運転されていました。
2007年は『はなたび利尻』としては2シーズン目ということになります。

その翌年、夏にはまた走りだすと思った矢先の2008年4月、道内夜行特急の全廃が発表されることになります。
これにより、はなたび利尻は2007年9月の運転が事実上の最後ということになりました。

当時は夜行の座席車など退屈だし、貧乏旅行だと思っていましたが、実に貴重な時間だったような気がします。
頬杖をつきながら、夜汽車に身をゆだねて、流れる夜景をぼんやりと眺めるなんて、当時は普通だと思っていましたが、今はもう過去のことです。

夜行バスじゃ、こうはいかないでしょうしね。

あれから10年半が経って、このリメイク版を作成していると、無くなってしまったものが随分あることに気づきました。
夜行列車もそうですが、稚内旧駅舎、待合室の立ち食いそば、キヨスク、ヴァンのとなり、レンタサイクルなど。

サロベツも特急宗谷と同じ261系に統一され、運転区間も旭川〜稚内に短縮されました。
名寄駅2・3番線ホームの上屋も撤去されて今はありません。

あと、幌延のホロッピー。
あれを今ググっても過去の画像しか出てこないんですけど。
一体どうしちゃったんだろう (^^;

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 18/03/24 | Comment(0) | 2007年の旅行記(リメイク版)

2007年急行はまなすと東北新幹線旅行記1

◆ この旅行記は新型コロナウイルスによる外出・旅行自粛のため、筆者が家で旅行気分になるために作成しました。
今は2020年ですが、当時の画像と記憶をもとに、2007年当時の視点で書き起こしたものです。記憶違いなどがあるかもしれませんがご容赦ください。



12月22(土)、23(日)、24(月)の3日間は天皇誕生日の振り替え休日があって3連休だった。
今年はどういうわけかあまり旅行しておらず、お金も少し貯まっていた。だからというわけではないが、この年最後の連休でどこかへ行きたくなった。

急行はまなすで札幌を22:00に出発すれば、青森と八戸で乗り換え、東北新幹線『はやて』に乗り継げば東京には午前中に着ける。
東北新幹線は2002年に八戸まで延伸開業し、同時に『はやて』号が登場した。途中盛岡、仙台のみ停車の最速の列車が朝一番の2号に充てられたため、何と午前10時前の9:51東京に着くのだった。
新幹線が盛岡までだった頃は、『はまなす』で出発しても東京着は11時を過ぎていたので、八戸延伸と『はやて』の効果は大きい。

もう1つは『札幌・東京フリーきっぷ29,500円の存在。これは特急と東北新幹線の乗継か、北斗星等のB寝台を選択できる。飛行機の早割などと比べると安くはないだろうが、飛行機ならばかなり前に購入する必要があるのに対し、こちらは直前でも値段は変わらない。

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『北斗星』でとも考えたが、もう年末にさしかかっているし、あまり混んでいる列車に長時間乗るのもつらい。それに、新しくできた東北新幹線の盛岡〜八戸間と『はやて』乗って見たいというのもあって、往復『はまなす』としたのだった。

東京では、今年の秋に埼玉にできた鉄道博物館に行きたい。せっかくなので、あれこれ行きたいところもあるので、東京で1泊し、24日の夕方初の『はやて』で向こうを出て再び『はまなす』で札幌に戻ることにした。連休明けの25日早朝に札幌着となるので、そのまま出社ということになる。

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というわけで22日土曜日の夜、札幌駅へ。きっぷは昼のうちに買っておいた。必要な指定券もまとめて揃えておいた。
札幌から東京までの乗継ぎスケジュールは以下のようになる。

12/22 札幌 22:00【はまなす】5:35 青森
12/23 青森 5:52【つがる2号】6:48 八戸
 〃  八戸 6:55【はやて2号】9:51 東京

急行はまなすは指定席ドリームカー、『つがる』と『はやて』は普通車指定席の利用となる。
帰りのはまなすはカーペットカーにした。これについては後述します。

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昨日の夜ならば忘年会シーズンでこの時間でも人がたくさんいるのだろうが、土曜日の夜とあっては人も少ない。
はまなすの自由席を待つ人の列もそれほど多くない。まだ帰省シーズンには早いのと、苫小牧や室蘭方面の客は21:34発の特急すずらん10号利用のためだろう。

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21時40分頃『はまなす』入線。凸型のDD51機関車が先頭にやってくる。
多客期はこれ単機で12両もの客車をけん引するのだから頼もしい。

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14系客車の青に白線の車体、ホームに響くディーゼルエンジンの唸り、急行の文字がこれから乗る夜行列車の旅情をかきたてる。

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この日の編成は、B寝台車が1両増結の8両編成だった。

この急行はまなすが登場した当初は座席車の指定席と自由席だけの編成だった。
それが寝台車がつくようになり、指定席車はドリームカーとなり、カーペットカーがつくようになり、JR化後に登場した急行列車でこれだけ出世した列車もほかにないのではなかろうか。

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5号車と6号車の指定席『ドリームカー』には談話室も設けられている。

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ドリームカーのシートは特急183系のグリーン車からの発生品が並ぶ。
元々は急行『まりも』で使用されていた客車。同列車の特急格上げ、気動車化に伴って『はまなす』に回ってきた。
また、かつては昼間の運用間合いで、快速『海峡』の一部の列車で使用されていたこともある。

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元々グリーン車の座席だけあって座り心地は抜群。背ずりも145度まで傾斜する。

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ひっくり返すとじゅうたんが張ってある足置き。

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車内は5割に満たないほどの乗車率。
混んでいるわけでもなく、ガラガラというほどでもなく、程よいくらいの乗り。

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旅のお供に乗る前に買ってきたビールとつまみで1杯やる。
夜行列車では寝る前のこのひとときが楽しい。

流れる夜景を見ながらお酒をチビチビやっているとトロ〜ンとなってくる。
外の世界のことも、昼間の嫌な出来事もここでは関係ない。ここは夜行列車に身をまかせる異次元空間なのだ。


2007年12月24日

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翌朝青森到着。朝5:35着は寝台車ならばもう少し寝ていたいところだが、座席車の客ならばやれやれやっと着いたかといったところ。

青森では、接続する東北線特急と奥羽線特急も朝早い
これは青函連絡船の深夜便が函館を午前0時過ぎに出港し、青森に4時台に着いて上野行特急『はつかり』『みちのく』、大阪行特急『白鳥』に接続していた頃の名残りなのである。
その連絡船の深夜便に函館側で接続していたのが『おおぞら』『北海』といった特急だった。

急行『はまなす』は、その由緒あるスジを今に受け継ぐ列車なのだった。

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早朝の乗り換えは煩わしいが、それだけ早く目的地に着けるということでもある。
帰省シーズンともなれば跨線橋は各列車に乗り継ぐ人たちであふれる。

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青森からは特急つがる2号に乗り継ぐ。
最高速度130km/hで、当初は盛岡〜青森間『スーパーはつかり』として運転を開始した車両。新幹線八戸延伸に先立って登場した。

新幹線八戸開業時にそれまで『はつかり』だった列車名を八戸〜青森・弘前系統を『つがる』、函館行の系統は『白鳥』『スーパー白鳥』と分けている。

もともと『津軽』は上野〜青森間を奥羽本線経由で結ぶ夜行急行の列車名だった。由緒ある名前が本来の地で復活したことになる。

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急行はまなすを受けて最速のはやて号に接続する特急だが、車内はがら空きだった。
八戸までの所要時間は56分。6両編成のうち3両が自由席。完全に新幹線のシャトル列車といった位置づけだ。

八戸には2分遅れての到着となった。
たった2分と思われるだろうが、八戸でのはやて2号への乗り継ぎ時間が定刻でも7分しかなく、新幹線を遅らせると盛岡での『こまち』との併結にも影響が出るし、仙台や福島からは『やまびこ』や『つばさ』といった列車と抜きつ抜かれつとなり、大宮からは上越新幹線や長野新幹線と合流、東京駅ではそれらの列車を2面4線で折り返し発車させなければならず、この先はもうギチギチのダイヤなのだ。

八戸駅の乗り換え改札の自動改札機はすべて解放され、フリーで通れるようにされていた。これで少しでも新幹線の遅れを食い止めようというものだ。それでも通りかかった売店で駅弁を買う余裕はあった。

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階段を下りると指定された10号車はホームの一番端。それでも何とか乗り込んで、ほぼ定時刻の発車となった。
車内はこれも空いていた。

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青森からずっと慌ただしかった気がするが、ようやく八戸駅で買った駅弁で朝食とする。
イクラと蒸しウニ、まぐろのタタキが乗った『青森ぜいたく三昧』は朝から1杯やりたくなるほど豪勢だった。
しかし今日はお茶にしておく。

八戸から盛岡までは初乗車の区間となる。
しかしずっとトンネルばかり。窓の外を眺めていても楽しいものではない。
ようやく視界が開けてきたかと思ったらもうすぐ盛岡だった。

ここでは6分停車となる。秋田から来る『こまち』と連結するためだ。
ホームへ出て、連結作業を見ることにした。

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やがて『こまち』がゆっくり同じホームに進入してきて一旦停止。駅員がトランシーバーで誘導しながらゆっくりと進んでドッキング。これでおわり。

盛岡ではこっちの『はやて』も後ろの『こまち』も乗る人は少なかった。

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盛岡からはトンネル区間も少なくなり、車窓を眺めることができるようになる。
空は曇っていて薄暗く、寒々とした感じ。
ここからは最高275km/hとなり、線路や高架橋だけはものすごい勢いですっ飛んで行く。
眺めていると何だか疲れてくる。

次の仙台では、ホームにこれでもかというほど長蛇の列ができていた。
東京まで『やまびこ』ならば2時間以上、こちら『はやて』ならば1時間36分で着くのでは、そりゃこっちの方が人気だろうなあ。
東北新幹線は東京〜仙台間の旅客で持っているということになる。

仙台で乗ってきた人で車内の座席はほぼ埋まったが、隣の席は空いたままだった。

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仙台を発車すると次は東京。大宮も上野も通過するのは何となく気持ちが良い。
やがて通勤電車と並行するようになると東京に来たなと感じる。

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東京9:51着。

八戸から2時間56分。札幌を昨日の夜に発って、午前10時前に東京駅のホームに立っているのである。
早くなったもんだなあと実感したのだった。

飛行機ならば新千歳を7:50に出発し羽田に9:20に着くANA便が朝イチの飛行機だ。
しかし羽田からまた移動ということを考えると、どこが目的地かによっても異なるが、朝の到着時刻で競うならば『はまなす』と新幹線の乗継でも互角といえる。

朝イチの飛行機に乗るために朝イチの快速エアポートに乗り、そのために家を何時にでなければ、何時に起きなければと考えると、東京へ行くのに『はまなす』で出発するというのも、十分にアリではなかろうか。


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2007年急行はまなすと東北新幹線旅行記2

昨日の夜に札幌を出発して午前中に東京駅に着いた。
まずは今回一番の目的だった鉄道博物館へと向かう。

札幌からのきっぷは、首都圏内のJR線が乗り放題となる東京フリーきっぷが付いており、大抵の所はタダで移動できるので、それを考えたら結構お得なきっぷでもある。

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東京駅丸の内駅舎の工事がはじまり、今の形の駅舎がなくなるというので見に行った。もうすでに工事の板で囲われていた。
戦時中に空襲で焼けたのを復興したのが現在の建物で、それを戦前の本来の姿に復元する工事だという。
個人的には今の形状も悪くは無いと思っていたが、これが完成したら、また見に来なきゃならないな。

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東京から大宮にある鉄道博物館まで京浜東北線とニューシャトルを乗り継いで行く。

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ニューシャトルの鉄道博物館駅直結。

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鉄道博物館の入場口は自動改札機が並んでいる。ICカード専用で、スイカを持っている人はそのままタッチして通れる。
私は持っていないので券売機で入館カードを買う。大人1枚1,000円。

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吹き抜けの2階からターンテーブルと展示車両を見下ろす。
今年(2007年)の10月にオープンしたばかりの連休とあって混んでいる。
この手の施設はどこもそうだが、子供連れが多い。

もともとは万世橋にあった交通博物館を2006に閉館、それを移転する格好で鉄道博物館としてオープンしたものだ。
交通博物館時代にも1度行ったことがあるが、写真も撮らなかったこともあってそっちのことは覚えていない。

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どこもかしこも人だらけだが、ターンテーブルが回転する時間というのがあって、その時間になると人がそっちに集まる。
その隙に展示車両に乗って写真を撮る。

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館内はどこも薄暗いのでどの画像もピンボケだったりブレていたり、イライラするものばかり。
持っているのはそんなに高くないコンパクトデジカメなのでこんなものか。

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食堂車のメニューを再現したとかで話題になった食堂。ここも食券売り場は大行列だった。
弁当の売店も土産物売り場も行列、どこもかしこも行列だった。
みんな忍耐強いのかなあ、こっちに来て思うのは、とにかく並んで長時間待つことに慣れている人が多いということ。
私は並ぶことに慣れていないので、ここでの食事はあきらめた。

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メニューのサンプルだけ撮影しておく。

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巨大なジオラマもある。線路や電車だけでなく、町も細部まで精巧に作ってある。
好きだなあこういうの。いつまでも眺めていたい。
ここも子供ばかりだったが。

午前中に着いて、あちこち全部見て回ったら5時間も経っていた。もうそろそろ引き上げることにする。

この日はどこで泊まったのか覚えていない。たぶん新宿のカプセルホテルに泊まったのだろう。


2007年12月24日(月)

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朝、山手線の原宿で降り、明治神宮へ。
朝靄の参道を歩いて参拝してきた。朝早いので人もほとんどいないのが気持ちよい。昨日と違って今日は天気になりそうだ。

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原宿駅と山手線の電車。

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原宿からは品川へ行く。
京浜急行電車に乗って見たかったからだ。

快特を1本見送って、一番前の展望席に座る。ここで終点の三崎口まで行く。
噂には聞いていたが、横浜までの120km/h運転はなかなかスリリングだった。

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ウテシの肩越しだが、前面展望を楽しむ。
JRばかりでなく、私鉄電車に乗るのも結構好きだ。

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終点の三崎口駅。駅前にあった立ち食いそば屋で食べてからまた引き返す。
帰りは普通の席で。京急はロングシートではなく転換クロスシートなので車窓が楽しめる。

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東京フリーきっぷを持っているので、久里浜からJR横須賀線に乗れば電車賃を節約できるのだが、終点の品川まで乗り通した。
横浜からJR東海道線電車との並走を期待したが、残念ながら見られなかった。

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品川からどこを通って行ったかは忘れたが、最後は上野へ行った。
新宿や渋谷のような若者が多い街はどうも馴染めず、結局なぜか上野へ行ってしまう。

着飾ったおしゃれな所よりも、こうした飾り気のない所の方が性に合うのだった。

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ガード下で昼間からやってる居酒屋で1杯やって、アメ横をブラブラ歩く。

90年代初め頃、周遊券で旅行して札幌に戻るため、急行『八甲田』に何度か乗ったことがある。時間つぶしのためこの辺りをブラブラしていた。
上野駅は見違えるように綺麗になったが、駅前のガード下あたりの雰囲気はほとんど変わっていない。

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パインの串刺しも相変わらず。

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チョコレートのたたき売り。
「ハイ!おまけおまけ〜!」と言いながら売り子のおっちゃんがいくつもの菓子袋を重ねる。

急行八甲田は上野発21時45分だった。夕方くらいに上野駅に着いて、8時過ぎくらいまでずっと駅周辺をウロウロしていた。
あのころはなぜかイラン人が駅の入口に立っていて怖かったなあ。偽造テレカを売っているとかいう話を聞いたが、今はすっかり見なくなった。あの人たちは一体なんだったんだろう。

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上野駅は外観こそ昔のままだが、中はテナントビルになってしまった。
新幹線は東京始発となって久しく、上野駅始発の長距離列車も年々減って、すっかり電車駅という格好になった。
新幹線は上野から乗ってもいいのだが、どうせなら始発から乗りたいので東京駅へ戻る。


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posted by pupupukaya at 20/05/02 | Comment(0) | 2007年の旅行記(リメイク版)

2007年急行はまなすと東北新幹線旅行記3

丸2日間の鉄博や京急乗車を楽しんで、今度は帰り行程になる。

12/24 東京 17:56【はやて29号】20:59 八戸
 〃  八戸 21:18【つがる29号】22:18 青森
 〃  青森 22:45【はまなす】翌6:07 札幌

2002年の東北新幹線八戸開業時に、はまなす乗り継ぎダイヤは上りは劇的に改善したが、下りのダイヤはほとんど恩恵を受けなかった。東京発が17:56というのは盛岡時代から変わっていない。青森到着が早まったことで、『はまなす』の青森発時刻が繰り上がったため、札幌着が6:18→6:07になったくらい。
次のはやて31号に接続となると青森発を23:40以降にせねばならず、それは見送られたのだろう。

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丸の内駅舎はどこも工事が始まっていた。新幹線東京延伸からホーム増設工事、こんどは駅舎復元工事である。
いつも工事ばかりやっている印象の駅だが、これが完成したら落ち着くんだろうか。
丸の内側だけでなく八重洲側も絶賛工事中で、前に来た時とは様変わりしていた。

しかしいくら改造工事をしたところで丸の内←→八重洲の行き来が不便なのは変わらないんだろうな。

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17時台の東北新幹線ホームは発車ラッシュ。東北・上越・長野新幹線の臨時列車も入れれば17時台だけで11本もの列車が東京駅を発車する。
どの列車も折り返し時間は12分。乗客を降ろし、車内清掃をして、新たな乗客を乗せ発車。これを12分でやるのだから大変だ。

しかも折り返し列車も、はやて号が到着したら再びはやて号として折り返すのでもないようで、複雑な運用になっているみたいだ。複雑なダイヤを読み解くのは趣味的には面白いのだろうが、旅立ち前のワクワク感とか旅情とかをここで感じるのは難しい。

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早めにホームに来ていたので、1本前のやまびこ63号が停車していた。
慣れない人が東京駅に来たら間違えて乗りそうだな。車両もはやてと同じだし。

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到着して車内清掃が終わり乗車開始となったのは発車3分くらい前だった。全く慌ただしい。

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連休最終日の下り列車ということもあってか、指定された席は3人掛けの通路側だった。隣と窓側の人はいない。
全車指定席のはずだが、発車してもデッキに立っている人は何だろう。
次の上野でも結構乗ってきて、窓側の席にも人がやってきた。
デッキの人たちは大宮で降りて行った。自由席の客だったのか?

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大宮でも隣の真ん中席は空いたままだったので、駅弁とビールを取り出して夕食にする。
ホームの売店で買ってきたのはチキン弁当。ビールは奮発してプレモル。

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鶏のから揚げとケチャップ味のチキンライスというシンプルな弁当。
天皇陛下も好物とされているようで、新幹線に乗るときはこれを召し上がることもあるのだとか。

このチキン弁当、見た目は子供向けのようだが、これがビールと合うのだ。
隣は空席だし、次は仙台まで停まらない。しばし晩酌タイムとさせてもらう。

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仙台あたりでだいぶ席が空くのかと思ったが、意外と八戸まで行く人が多かった。
連休を東京で過ごした人たちなのだろう。自分もこの中の1人だが。

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八戸からは在来線、つがる29号に乗り継ぎとなる。
新幹線から乗り継ぐ人も多かった。青森の人ならば新幹線の延伸開業が待ち遠しいところだろう。

コンコースの売店が開いていたので、また駅弁とお酒をかってきた。

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さっきチキン弁当を食べたので軽いものをと選んだのがいかめし。
青森まで1時間で着くので、発車前からワンカップで1杯やっていたら、隣の通路側席に客がやってきた。
わずか1時間の特急で指定席の客など少ないと思っていたが、指定席も意外と混んでいた。
だいぶ窮屈になったが仕方がない。これも隣人とて同じことだ。

ところが隣人は次の三沢で降りて行った。
たった1駅24分で指定席にするか?と思ったが、同じ車両からも三沢で降りる人が何人かいた。
きっと東京までの企画乗車券の所持者だろうな。東京まで指定席で往復でというものだろう。

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青森着。ここからは急行はまなすの客となる。
跨線橋から見ると『はまなす』はすでに入線していた。
青い客車を連ねて静かに乗客を待つ姿はどことなく貫禄があり、頼もしさも感じる。旅というものはこうでなくては。

東京からここまではドタバタして、通勤電車の延長でしかないように感じた。

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ホームに下りるとはまなすの車内は空席だらけ。
つがる29号の乗客の大部分が青森までで、『はまなす』のホームは今着いた人たちがパラパラとホームに下りてくるだけ。
寂しい発車前のホームだ。

新潟からの特急いなほ7号も到着済みだし、これが今夜の『はまなす』の客のすべてということになる。
道理でいつもは人気で満席のことが多いカーペットカーの指定券が取れたはずだ。

いつも青森駅を通り過ぎるときに感じていたが、八戸から函館方面へ直通する列車でも、乗客の大部分は青森で入れ替わる。
ここ青森を境に人の流れが変わるということで、1つは東京へ、もう1つは札幌へとの流れだ。帰省ラッシュも基本的にこの流れとなる。これは青函連絡船時代から言われていたことだ。
青函トンネルで陸続きになって久しいが、津軽海峡には相変わらず見えない壁が立ちはだかっている。

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『はまなす』の客のためにホームの売店も営業中。

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正式には『のびのびカーペットカー』と呼ぶ。
もともとは座席車のオハ14を改造した車両。

カーペットカーは快速『ミッドナイト』で2回ほど利用したことがある。お酒が飲みずらいというのはあったが、やはり横になるのと座席で行くのとは疲れ方が全然違うものだった。
夜行ではないが、快速『海峡』にも1両連結されていて、『ミッドナイト』のボックスシートで1晩過ごしてから函館で乗り継いだ『海峡』のカーペットカーで横になり、青森まで体を伸ばして眠ったものだった。

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2段になっているカーペットカー。1階席は枕木方向に、2階席はレール方向に横になる構造。

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2階席は半個室のような構造になっている。
しかし、階段を挟んで2席が向かい合っている格好なので、横になっていればともかく、起きていると隣の客と向かい合わせということになる。

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1席ずつ電気カーペットが備わっていた。床にじかに寝ていると相当冷えるのだろうか。

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一応仕切りカーテンはあるが、身体の半分くらいまでが隠れる格好。座ってみると、隣人の足元は丸見え。
それでも横になれるのはありがたい。座席車ならば、前の席と向かい合わせにしても身体をくの字に曲げて横になるのが精いっぱいだ。
これが指定席料金の510円で利用できるのだから大サービスといえる。これが同じ列車に付いているB寝台車だと6,300円。完全に隠れるカーテンと浴衣付きの違いはあるものの、横になることには変わりない。

このカーペットカーも、床からの振動が気になるとかで嫌う人もいるようで、夜行だから横になりたいという人ばかりでもないようだ。

このカーペットカーは、定員が25人とB寝台車よりも少ない(B寝台は32人)。それで追加料金が510円しか取れないのだから不経済この上ない車両ということになる。寝台車に代わる車両となることは無いだろうな。

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 ※上画像は札幌駅に到着後に撮影したもの。

明日札幌に着いたらそのまま出社なので、お酒もそこそこに横になる。
旅の疲れもあるのか、横になったら終点札幌までぐっすり眠れた。


2007年12月25日(火)

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終点札幌に到着。
一旦自宅に戻ってからまた出勤となる。
大変だが、さほどお金もかからずに行ってみたかった鉄道博物館に行けたので満足だ。
嫌なこともだいぶ吹っ切れた気がする。

道内夜行は残念なことに無くなってしまったが、本州方面の夜行は健在だ。
また突然どこかへ行きたくなったら『はまなす』や『北斗星』の世話になることにしよう。

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 おまけ・・・チキン弁当に付いていた雪だるまチョコレート。

おわり

posted by pupupukaya at 20/05/02 | Comment(0) | 2007年の旅行記(リメイク版)

2007年冬札沼線乗車記

札沼線の北海道医療大学〜新十津川間の営業は正式には今日(2020年5月6日)までということになります。
実際は4月17日の運行が最後になったのはご存じの通り。以降は運休という扱いでした。
新十津川〜滝川間が近いので、札幌からだとぐるっと回ってこられるルートとあって、暇な時は一日散歩きっぷを持ってよく乗りに行ったものです。一日散歩きっぷ発売以前は普通乗車券で乗りに行ってたものでした。

このブログ記事でも札沼線は色々な形で取り上げています。
札沼線関連記事は『札沼線』のタグをつけましたのでご興味あればどうぞ。

  札沼線

そんなわけで、わりと愛着のある路線だったので、廃止になることは個人的にも残念なことです。もう1度くらい乗りに行きたかったのですが、それが果たせないままラストランとなってしまいました。

線路と駅巡りでもと思うのですが、現在新型コロナウイルスにより外出自粛中とあってはそれもできませんね。せめて過去の画像を引っ張り出してきて葬式鉄とします。

2007年1月、やはり暇だったんでしょうかね、一日散歩きっぷで札幌〜滝川〜新十津川〜札幌のルートで乗りに行ってたようです。今回はその時の記録となります。


2007年1月28日(日)

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岩見沢から乗った711系電車。
札幌から721系や731系電車から乗り継ぐとローカルっぽく見えたものだった。
18きっぷシーズンの旭川行などはそれなりに乗っていたが、いつもガラガラで走っていた。当時は特急スーパーカムイが30分間隔で運行していたし、普通列車は特急の停まらない駅の利用者を乗せて細々と運行しているに過ぎなかった。

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この時は天井とか座席とか変な物ばかり撮影していた。
日帰りで札沼線乗車は旅行記ネタにはならないと思っていたのだろう。

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滝川駅到着。
ここから新十津川までは徒歩かバスかということになる。
徒歩ならば1時間弱、バスならば20分程度。
このときは歩いたのかバスに乗ったのか覚えていない。冬なのでおそらくバスに乗ったのだろう。

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滝川駅にあった立ち食いそば屋。
ここで腹ごしらえしてから出発する。
このそば屋は昔はホームにあって、ツユは大きなやかんに入っていてそこから丼に注いでいた記憶がある。倶知安駅ホームのそば屋もそうだったな。

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天ぷらそば(300円)と茶わんカレー(200円)の組み合わせはワンコインとリーズナブルだった。

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新十津川駅への道。
この先に駅があるとは思えないほど殺風景な場所だった。
倉庫が多いのは、昔は農作物輸送で賑わったこともあるのだろう。

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新十津川駅。車が停まっているが、列車の客というわけではなさそうだった。
1986年のダイヤ改正で1日3往復になってから通学生の利用も無くなった。
少なくとも浦臼〜新十津川間は長いこと無いなと思っていたのだが、あれから20年以上も経つのだった。

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駅舎を出ると線路の先に何か停まっている。

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新十津川駅のホーム終端から200mほど先で線路が終わっているのだが、その一番奥に除雪モーターカーが停まっていた。
始発列車前に除雪をして、最終列車の後にまた戻るのだろうか。石狩月形から新十津川まではずっと単線なのでそうするしかない。乗務員はどうするのだろうと思ったが、何のことはない、車で拠点まで戻っているのだろう。

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1列車しか入れない線路に2列車がいるのは珍しい。モーターカーは保線用ということで列車扱いではないのかもしれない。
石狩月形駅の側線に停まっているのはよく見たが、ここに停まっているのは初めて見た。

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上り列車で札幌に戻る。車内の客は自分ともう3〜4人くらいだったような気がする。
うち1人は下徳富で降りて行った。地元の人のようだった。
新十津川から浦臼までは水田地帯。今は一面雪原となった風景。

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ブルーのボックスシートが並ぶ車内。
走りだすと細かい振動がひどく、窓がやたらとガタガタ音を立てる。
これでも空気バネのキハ40になってから相当マシになっていて、以前のキハ53時代の冬の乗り心地は相当なものだったと記憶している。

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トタンの待合小屋がある於札内駅。もとは仮乗降場で全国版時刻表には掲載されず、営業キロももたないためにきっぷは1つ先の駅まで買う必要があった。
隣の鶴沼駅も同じような駅だが、こちらは正式な駅とされたのは何が違うのだろう。

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石狩月形駅は列車の行き違いができる駅。駅員も常駐していてきっぷも売っている。
新十津川から列車で来ると、ここで人里まで下りてきた気分になる。

〜おわり

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posted by pupupukaya at 20/05/06 | Comment(0) | 2007年の旅行記(リメイク版)
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