2004年道東鉄道旅行記1

■ 夜行特急オホーツク 札幌→網走

2004年7月の金曜日、夜に札幌を発ち、週末に、釧網本線・花咲線・ふるさと銀河線と、道東を鉄道でぐるりと一周してきました。
ようやく訪れた初夏のさわやかな風を切って走るローカル線の旅は、都会生活をしばし忘れさせてくれました。 

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 使用した まるごと道東フリーきっぷ

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 夜遅くまで帰宅客で混雑する札幌駅。

金曜日の夜、夜行オホーツク9号で出発する。さすがに週末で、自由席は満席。この指定席も半分くらいの席がふさがっている。

夜行列車とはいえ、札幌からの最終列車も兼ねているので、岩見沢、滝川と停まるたびにたくさん下車してゆく。
指定席の客もほとんど旭川で降りてしまい、車内に残ったのはたった5人のみ。前の座席を向かい合わせにしてボックス席にして横になる。旭川発車後、車内は減光となった。

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 深夜の旭川駅に到着。

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 道内第二の都市、旭川で降りる人は多い。実質旭川までの帰宅列車だ。

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 旭川では25分停車。10年くらい前は駅弁の立売があったのだが。

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 オホーツクの次は稚内行『利尻』が入ってくる。未明の旭川駅は休むことがない。

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 減光された車内。小電球だけが灯る。

翌朝、北見の手前で目が覚めた。さわやかな快晴だが、寒い。北見では3人降りて、車内は2人のみとなってしまった。

左窓に網走湖を見て、6:15終点網走駅2番線についた。
ホームには、各車両から数人がパラパラと降りるだけで、なんとなく寂しい終点だ。
隣の1番線には、立ち食いそばが開店し、札幌行きの始発オホーツクが待機しているが、ほとんど誰も乗っていなかった。

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 網走手前では網走湖が見える。

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 網走駅の3番ホームに到着。右の1番ホームは札幌行オホーツク2号。

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 特急「オホーツク」終点網走駅。「モヨロ人漁猟の像」が出迎える。

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 網走駅改札口。


■■釧網本線 網走→釧路

網走からは6:41発釧路行に乗る。気動車キハ54の1両のみ。車内の座席は特急の中古リクライニングシートになっている。
夜行オホーツクから乗り継いだ15人ほどを乗せ、網走駅を発車する。市内を通り抜け、トンネルを抜けると、オホーツク海が広がる。

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 左が釧路行の列車。網走駅の跨線橋から。

そういえば、オホーツクの車内に時刻表を置き忘れてきたことに気づいた。
時刻表といっても、いつも持ち歩くのは駅の窓口でタダでくれる小冊子の物なのだが、先の行程は大体覚えているので、なくても支障はないのだが。

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 オホーツク海に一番近い北浜駅。

北浜から浜小清水までは原生花園の中を走る。黄色いエゾカンゾウの花が所々に咲いていたが、時期が少しずれていたようで満開とはいかなかった。
浜小清水からは、土曜だが斜里へ通う高校生が乗ってくる。

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 原生花園駅付近では花を眺めながら行く。

知床斜里で半分くらい降り、代わりに高校生が数人乗ってくる。ここからはオホーツク海と別れ、内陸部を行く。清里町で高校生が降り、車内には釧路へ行く7人連れとほか3人。釧路に用事で行くらしい7人連れはにぎやかだ。

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 知床斜里駅は乗降が多い。

緑では下り列車交換待ちで5分停車。停車中にちょっと降りてみたが、無人駅でたいしたものは無かった。
緑からは峠越えにかかる。さすがにキハ54の性能はたいしたもので、峠付近の急勾配も時速60キロ前後でぐんぐん登る。

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 5分停車の緑駅。

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 峠道は並行する道路も無く、行けども行けども緑一色。

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 キハ54の前後は展望にもってこい。

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 のどかな釧網本線の車内。

川湯温泉では、温泉帰りらしい10人ほどが乗ってきた。川湯温泉を発車すると右手に荒々しい硫黄山が見えた。
摩周、標茶とさらに乗ってきて、標茶からは立ち客も出るほどで、かなり賑やかになってくる。

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 木彫りの熊が出迎える川湯温泉駅。

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 車窓から見た硫黄山。川湯温泉駅付近。

五十石のあたりから右窓に有名な釧路湿原が見えてくる。

塘路では列車交換で9分停車。ずいぶんとのんびりしている。車内は禁煙なので、こういう停車時間は格好の喫煙タイムとなる。私はタバコは吸わないが、ちょっと降りてみる。駅舎はここも喫茶店になっていた。駅前は近くを国道が通っているせいか、ちょっとした観光拠点のような感じに見える。

駅の横にソフトクリーム屋があり、列車を降りた人が買って車内に戻ってゆく。結構売れていて、私もつられてソフトクリームを買ってしまった。一口含むと濃厚な味が広がる、かなり脂肪分が濃いようだ。
発車時刻になったので、ソフトクリームを持って車内に戻る。

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 『ノロッコ号』が発着する塘路駅。

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 駅前で買ったソフトクリーム。

列車は右手に釧路湿原を見ながら走る。
東釧路を過ぎ、釧路川の鉄橋を渡るとビル街が見えてきて、10:07終点釧路に到着した。網走から各駅停車で3時間26分、釧路がなんとなく大都会に思える。

釧路から根室行きに乗り換えるわけだが、1時間近く乗り換え時間があるので、一旦改札を出る。

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 釧路駅に到着。人里に来た感じがする。


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 国鉄時代からの古い駅名標。

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 釧路駅は自動改札。

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 釧路駅正面。

最近は景気が上向きと聞くが、地方は相変わらず不況なようで、この釧路もあまり活気は感じられず、すっかり沈んでしまったかのようだ。駅前の通りにも人影は少なく、駅地下のステーションデパートはいつの間にか廃業していた。

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 釧路駅構内のはずれに古びた電信柱が立つ。

→2へつづく
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2004年道東鉄道旅行記2

■花咲線 釧路→根室

根室本線の釧路・根室間は花咲線の愛称がついている。根室までは札幌からの直通列車は1本もなく、特急スーパーおおぞらに接続するこの快速ノサップが花咲線の唯一の看板列車ということになる。

この車両は花咲線専用のようで、車体には花咲線のロゴが入り、車内もリニューアルされ、座席はフクロウやタンチョウなどのイラストも入り派手な内装となった。

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 1両の根室行快速「ノサップ」。

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  花咲線は専用車両になっている。

10:52に札幌からのスーパーおおぞらが到着すると、6〜7人が乗り継いでくる。
11:03になり、30人ほどの客を乗せ、釧路を発車する。

東釧路で釧網本線と別れるとすぐに武佐で、数人が下車する。ここで人家は途切れ、山間に分け入って行く。

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 上尾幌駅に停車。

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 海が見えてくると、まもなく厚岸。

花咲線の車窓は、何回乗っても日本離れしていると思う。駅間には人家はほとんど無く、森や湿原の中を延々と走り、突然人家が現れたところで駅に停まる。前に旅したサハリンの北部の光景によく似ている。列車の中から車窓を眺めていると、何かシベリアあたりの鉄道に乗っているような錯覚を覚える。

右窓に厚岸湾を見て厚岸に着く。ここで半分くらい降りて、だいぶ落ち着いてくる。厚岸からは湿原地帯を走る。線路際まで湿地や沼がせまり、まさしく北方の風景が広がる。

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 厚岸・門静間は沼や湿原が続く。

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 開けた窓から心地よい風、それにレールの継ぎ目を刻む響きが入ってくる。

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 花咲線のキハ54はリニューアルされていた。

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 座席モケットの柄。北海道の鳥が織り込まれている。

茶内・浜中でも数人ずつ下車し、車内はかなり寂しくなった。
かつて標津線が分岐していた厚床を過ぎ、落石の手前では太平洋岸の高台の上へ出る。一瞬だが雄大な景色が広がる。

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 落石の手前で雄大な太平洋が広がる。

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 日本離れした風景の草原地帯。

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 落石駅で上り列車と交換。

釧路から約2時間、13:09に終点根室駅に着いた。ホームに降り立ったのは10人たらずだった。改札口を抜け、だだっ広い駅前に降り立つ。
根室駅は日本最東端の駅と言いたいが、実は隣の東根室駅が最東端の駅となっている。しかも根室本線の線路の終端は西を向いているというのも意外だ。

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 やっと根室に到着。お疲れ様。

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 日本で2番目に東にある根室駅。じゃあ1番目は?

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 西向きに建つ「根室本線終点」。


■■根室名物エスカロップ・タイエー・納沙布岬

さて、今回根室に来た第一の目的は、エスカロップなるものを食べるということである。

エスカロップとは何だか健康ドリンクの名前みたいだが、根室市内のみで食されているという洋食である。フランスで修行した根室市内の洋食屋さんが考案したそうで、その後根室市内で爆発的に広まるが、根室以外には広まらないまま現在に至るというものである。

根室の中心は駅から離れたところにあり、歩いて10分ほどの中心部に近い「どりあん」という店に入る。

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 エスカロップで有名な店『どりあん』。

早速エスカロップを注文すると、「エスカ ワン」と奥に伝えた。あとから入ってきた地元の兄さんも「エスカ」と言って注文していたので、地元の人はエスカと略すようだ。

しばらくして待望のエスカロップが出来上がる。揚げたてのトンカツにデミグラスソースがかかっており、タケノコ入りバターライスの上にのっている。付け合せに生野菜がついている。カツとデミグラスソースの組み合わせは、相当にコッテリしている。バターライスとも相まってボリュームはかなりのものだ。

最果ての町になぜこんなものが・・・と思うようななかなか洗練された味だった。
店内のメニューには、オリエンタルライスというのもあり、これも根室限定という。次回来たときにぜひ食べることにしよう。根室に行く用事がまた出来た。 

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 クラシックな店内。

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 これが根室名物 エスカロップ。

腹ごなしに根室の港まで歩いてみる。港は停泊する船も無く、とても静かだ。そういえば街中でもロシア人の姿は見かけなかった。ロシアとの貿易もあまりうまくいっていないのだろうか。根室港よりも、むしろ花咲港のほうが活気があるような気がする。

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 港への途中に古い倉庫もある。

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 根室港の対岸に見える弁天島。

夕方の帰りの列車までまだまだ時間があり、ほかに行くところも無いので、バスでノサップ岬まで行くことにした。

駅横のバスターミナルから納沙布行のバスに乗る。バスは広々とした草原を通り、高くそびえる平和の塔が見えてきて納沙布岬に着く。

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 納沙布岬まで往復のバス乗車券。

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 バスの車内。

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 納沙布岬までは草原や湿地がつづく。

岬には数軒の土産屋と食堂があるが、夕方なので店じまいを始めていた。納沙布岬の標柱があちこちに建っているが、本当の岬は灯台の裏になる。
標柱には少々苦しく「本土最東端」と書いてある。本当の最東端は東京都の南鳥島なので日本最東端とは名乗れないのだろう。

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 『本土最東端』の納沙布岬。

天気がいいので、貝殻島の灯台や、その先の歯舞諸島まではっきりと見える。しかし自由に行き来することは出来ない。
北方領土問題は、両国が東京とモスクワでお互いに意地を張っているとしか思えない。せめて自由に行き来することは出来ないものか。

納沙布岬に40分ほど滞在し、再びバスで根室に戻る。

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 納沙布岬で座礁した漁船。

列車の時刻まで1時間ほどあるので、市内のスーパーをのぞいてみる。生うにが880円で売っていて、しかも半額になっているのを見つけ、思わず買ってしまった。
あと、お土産のオランダせんべいも買う。
オランダせんべいとは、マンホールのフタのような形をした根室のお菓子で、アイスモナカの皮を大きくしたような味だ。はじめはシケっているような感じがしたが、不思議とだんだん病みつきになる。

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 根室のコンビニは『タイエー』。

駅に向かう途中で、タイエーに入る。タイエーとは根室市内にのみ数店舗展開する24時間営業のコンビニで、ここの名物はやきとり弁当である。やきとり弁当は小・中・大とあり、注文してから焼き始める。ほかには おでんやうどんそばのセルフサービスコーナーもあった。エスカロップ弁当もある。

5分くらいで出来上がり、やきとり弁当と根室の地酒北の勝の小ビンを買い、根室駅へ行く。


■■■花咲線 根室→釧路

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 根室駅の待合室。

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 根室駅の改札口。

18:53発釧路行の列車は、乗客のほとんどが高校生。しかしがら空きだった。

車内は空いているので、一杯やるには都合がいい。根室を発車してから早速やきとり弁当を開く。ゴハンの上に海苔が敷き詰めてその上に豚串がのっている。函館の某ストアと同じだ。続いてウニの折りも開ける。醤油もかっておいた。ウニをつまみながら北の勝を飲んで、極上の気分になる。

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 『やきとり弁当』のフタ。はてどこかで見たような。

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 タイエー名物 やきとり弁当(小)。

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 スーパーで半額で買った生うに。

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 根室の地酒 北の勝とともに。

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 根室のお菓子 オランダせんべい ひょうたんぱん。

高校生は厚床までに全員降りてしまい、車内はたった3人のみとなった。車外は真っ暗な闇がどこまでも続き、釧路に着いたときは少しほっとした。

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 暗闇の中を走り続けること2時間。釧路に到着。

釧路では駅から歩いて10分のところにあるカプセルホテルに泊まる。大浴場と朝食付きでなんと2500円。疲れていて風呂に入らずそのまま寝てしまった。

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2004年道東鉄道旅行記3

■釧路→釧路湿原→釧路

昨夜は早く寝たので、朝5時半に目が覚めた。平日はこんなに早く起きることはないのだが、旅に出ると早く目が覚める。
今日は7:39発のスーパーおおぞら2号で池田まで行き、ふるさと銀河線に乗る予定である。

せっかくなので、釧路湿原を見てくることにした。急いで支度をして、5:40にホテルを出る。もう昼間のように明るい。ひとけの無い早朝の道を釧路駅まで歩いていくと、ちょうど札幌からの夜行まりもが到着したところだった。

改札を抜けて、網走行の一番列車に乗る。車内はまりもから乗り継いだらしい10人ほどが乗っている。5:59に釧路を発車し3駅目で釧路湿原駅に着く。早朝なので降りるのは自分ひとりと思っていたが、ほかに旅行者らしい5人も降りる。 

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 釧路湿原駅で下車する。

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 広大な釧路湿原を望む。

釧路湿原駅はログハウスのような駅舎が建っているが、無人駅。もちろん駅周辺に人家は無い。細岡展望台まで460mとの看板があったので、その方角にあるいて行く。
10分近く坂道を登って細岡展望台に出ると、遥か向こうまで草原の広がる釧路湿原が見渡せる。駅からここまでは売店も何も無い。何も無いのが良く、静かさと雄大な眺めだけで千金の価値がある。

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 釧路湿原駅は森の中にひっそりと。


■■釧路→(スーパーおおぞら)→池田

再び釧路に戻り、札幌行スーパーおおぞら2号の自由席に乗る。基本の編成は6両だが、今日は9両。スーパーおおぞらは人気があり、常に2〜3両増結して走っている。釧路発車時はすいていたが、多分帯広からたくさん乗ってくるのだろう。

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 タンチョウの舞う釧路駅コンコース。

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 根室本線のエース、スーパーおおぞら。

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 貫録のある1番ホーム。特急にふさわしい。

ホームの売店で買った貝の釜飯の駅弁を開く。茶飯の上にアサリとホタテとツブがのっている。

車内販売が来たので、コーヒーを買う。車内販売があるときは、何か買うようにしている。何も買うものがないときはコーヒーを買う。ポットから紙コップに注ぐだけのものなのだが、車内で手渡ししてくれるところが良い。まったく同じものでも、自販機のものは買う気がしない。
コーヒーの紙コップもうまく出来ていて、滑り落ちないようにゴムの膜がコーティングしてある。

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 釧路駅弁 貝の釜めし。

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 ホタテ、ツブ、アサリなど具だくさん。釧路の駅弁ではこれが一番好き。

8:50池田に着く。今回の旅のもうひとつの目的である ふるさと銀河線は、ここ池田で乗換えだ。

北見行の発車まで1時間以上あるので、いったん外に出る。ワインの町らしく、駅前にはワイン樽の噴水もあるが、駅舎は意外にも建てかえられずに昔のままの姿で残っている。

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 池田駅改札口。

池田駅前のレストランよねくらの売店でステーキ弁当を注文する。この弁当はかつては駅弁だったのだが、現在は店でのみ販売している。電話で注文すればホームまで届けてくれるらしい。
出来上がるまで20分くらいかかるというので、その間駅で撮影などをして過ごす。

よねくらでアツアツの弁当を受け取り、ついでにバナナ饅頭を1箱買う。バナナ饅頭とはバナナの形をした白餡の饅頭にバナナの香りをつけたもので、池田の名物となっている。いまどきバナナなど珍しくもないが、まだ高価だった時代にせめてバナナの風味だけでも、ということで考案したらしい。パッケージされた箱からバナナの香りがしてくる。

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 十勝ワインの町らしく、池田駅前にはワイン樽の噴水。


■■■池田→(ふるさと銀河線)→北見 その1

ふるさと銀河線は正式には『北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線』といい、池田から北見まで140キロを結ぶ第3セクターのローカル線である。1989年6月まではJR池北線であった。
昭和初期まで、石北本線が全通するまでは網走本線呼ばれ、道央から北見・網走を結ぶ幹線だったこともあった。

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 ふるさと銀河線の乗車券。池田駅の窓口で買ったもの。

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 池田駅で発車を待つふるさと銀河線北見行。

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 池田駅ホームにあるのりば案内。

ふるさと銀河線沿線は北見以外は町村のみ、観光地もほとんど無く、利用者も減るばかりだ。残念ながら将来的に廃止の方向で進んでいるようである。
何とか存続できないものかと願うが、よそ者の旅行者にはどうにもならない。せめて鉄道があるうちに何度も乗っておこうと思う。

この鉄道に乗るのは、JR池北線時代に2回、ふるさと銀河線になってからも2回あり、今回で5回目になるが、何回乗っても、どうも印象もうすく地味な路線である。 

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 ふるさと銀河線用のCR70型気動車。

池田から乗ったふるさと銀河線の車内の客はたった5人。うち4人はファンや旅行者のようである(自分含む)。
9:55、池田駅3番線を発車する。右手に根室本線が別れ、畑や牧草地の中を一直線に進む。

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 車内の様子。休日のせいかガラ空き。

車内でステーキ弁当を開く。ビールも買ってしまった。
フタを開けるとミディアムで焼いたステーキとスパゲティそれに生野菜が入っていた。
ステーキソースは小瓶に入っていて、肉にふりかける。余ったらゴハンにもかけると良い。

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 池田駅弁 ワイン味付けステーキ弁当。

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 別添のステーキソースをかけて食べる。サラダも付いている。

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 お肉は柔らかくてジューシー。下に敷いてあるナポリタンも昔風で良い。

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 池田名物バナナ饅頭。

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 今は無人駅の高島駅。

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 高島駅に停まる保線用車両。

時々運転士が放送で観光案内を始める。本別の手前あたりで「正面に雌阿寒岳が見えております」と放送があった。沿線は畑作地帯がどこまでも続き、最初の町である本別駅に着く。 

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 一直線に延びる線路。正面に雌阿寒岳が見える。

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 ふるさと銀河線の座席。

本別では9分停車する。駅舎は新しい建物になっており、町のコミュニティーセンターも兼ねているようで、ホールや郵便局もある。駅としては、日曜は無人となるようで、切符売り場はシャッターが閉じていた。本別駅の駅舎は新しくなったが、跨線橋や反対側の2番ホームは古いまま残っている。

停車中に列車を降りて、ホームで撮影する。

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 9分停車の本別駅。

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立派な跨線橋は網走本線時代の名残だろうか。本別駅。

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 跨線橋からの風景。

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 古びたホーム側とは対照的な新しい本別駅舎。

上り列車も来ないまま本別駅を発車する。時間調整のための9分停車だったのだろうか。

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 運転士も車内から出てきて小休止。

本別をでて2つ目が足寄駅。足寄は日本一面積の広い町として知られる。足寄では上り列車交換のため8分停車。足寄の駅もまたコミュニティーセンターに変わっていた。駅の一角には松山千春の展示室もあった。

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 足寄駅に入線する帯広行快速『銀河』。

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2004年道東鉄道旅行記4

■池田→(ふるさと銀河線)→北見 その2

足寄の次の駅は愛冠。その名の通り冠の形をした小さい駅舎がある。カップルに人気があり、駅で結婚式もあったとか。しかし語源の「アイカップ」とはアイヌ語で、矢を放っても届かないという意味である。

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 冠をかたどった愛冠駅駅舎。

愛冠のあたりから次第に山間部に入って行く。平地が少なくなって、自然のままの利別川を何度も渡る。
陸別のひとつ手前の薫別は木造ホームだけの無人駅。ここがふるさと銀河線のほぼ中間点となる。

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 ログハウス風の上利別駅。

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 ホームから離れて建つ大誉地駅。

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 木造ホームだけの小駅。薫別。

足寄からは乗降のないまま、列車は陸別に着く。昔は機関区のあった名残で、駅構内は広い。陸別駅も新しく新築されていた。陸別にはバスが無いため、鉄道存続にはひときわ熱心だそうだ。

陸別で6人乗ってきた。意外だが、陸別から北見へ行く人が結構いるらしい。まだ十勝支庁だが、このあたりまでくると帯広よりも北見のほうが近い。

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 駅舎は新しくなっても、ここも古い跨線橋が残る陸別駅。

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 保線基地のある広い陸別駅構内。

川上は大正時代の木造駅舎が残るが、駅周辺には人家は無い。次が小利別。幌加内町の朱鞠内とともに日本一寒いところとして知られる。ここも昔は1000人以上住んでいたそうだが、現在はたった7軒のみと運転士が教えてくれた。

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 川上駅は木造駅舎が残るが駅周辺は無人。

小利別から勾配がきつくなり、釧北峠越えが始まる。小利別から人家のまったく無い森の中を延々と走り、置戸に着く。

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 昔の電信柱(ハエタタキ)も残っている。

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 釧北峠を越える。ここは昔、釧北信号場があった。

置戸駅近くでは人間ばんばの祭りが開催されていた。広い駐車場にはどこから集まったのか車がビッチリと停まっていた。
置戸で7人が降り、ばんば祭りの帰りらしい15人ほどが乗ってきて、車内は少しにぎやかになる。 

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 境野駅も無人駅ながら木造駅舎が残っている。

境野あたりから平地になり、列車は玉ネギ畑や麦畑の中を進む。所々には水田も見られ、里に下りてきたという感じがする。
訓子府でさらに15人乗ってくる。途中の駅でも1人2人と乗降があって、車内は北見近郊の郊外電車のような雰囲気になってきた。

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 置戸からは近郊列車の雰囲気になってきた。

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 木造ホームと物置小屋のような待合室。広郷駅。

北光社からは住宅地になり、12:54北見駅の切欠ホーム3番線に到着した。

終点でも、運賃や切符は降りるときに運賃箱に入れるので、時間がかかる。降りるときに精算済みの証明書をもらい、駅の改札で渡す。
池田から北見まで乗り通したのは2人だけだった。

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 ずらりと表示の並んだ運賃表。

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 バスと同じ後乗り前降り後払い方式。

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 北見駅は3番線に到着。
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 3番線はふるさと銀河線専用の切欠きホーム。4番線の列車は置戸行。

北見は北見盆地に開けたオホーツク海側の中心都市で、駅前にはビルが立ち並んでいる。 
三角屋根の駅舎の隣にはちほく高原鉄道の本社がある。駅の横にはデパートも建っていて、札幌駅前をうんと小さくした感じだ。

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 デパートのそびえる北見駅。

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 昼さがりの北見市内の様子。


■■北見→(特急オホーツク)→札幌

金曜の夜札幌を発ち、釧網本線・花咲線・ふるさと銀河線と回ってきたが、とうとう最終ランナーで、オホーツク6号で札幌に戻る。

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 駅そばのある北見駅の待合室。

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 特急オホーツクの改札が始まる。

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 2番ホームには池田行の「銀河鉄道999」の列車が発車を待つ。

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 銀河線メーテルと下りオホーツク号。

道内各地へ向かう特急が高速化され、新車両が投入されているが、オホーツク系統はいまだに高速化されずに古い車両のままだ。
それでも石北本線では5往復のオホーツクが唯一道央と結ぶ列車であり、沿線の看板列車でもある。

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 特急オホーツクが北見駅に到着。

さすがに特急は北見から乗る人は多いようで、ホームの乗車口の前には行列が出来る。指定券を持っているので別に並ぶ必要は無いのだが、ほかに立っているところもなく、なんとなく並んでしまう。14:20、網走からきたオホーツク6号が到着する。
今日は1両増結して5両編成。どの車両もがら空きだ。
北見はわずか1分停車、荷物を網棚にのせたりしているうちに慌ただしく発車する。


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 北見からは大勢乗り込む。

留辺蕊・生田原と停まり、遠軽に着く。ここからもたくさん乗ってきて、車内は満席に近くなる。遠軽駅はスイッチバックになっていて、列車の進行方向が変わるので座席も反対向きに転換しなければならない。空いているときは、長い道中で気分転換になるのだが、今日のように混んでいると少々やっかいだ。後ろの人が座席を転換しないとこちらも転換できないので、前のほうから順繰りに座席を転換して行く。方向が変わることを知らない人も多く、後ろの人と交渉もせねばならず時間がかかる。
  
無事座席も進行方向に転換して落ち着いたところで車内販売が回ってきた。呼び止めて遠軽駅弁のかにめしを買う。道内にはいくつもの駅でかにめしを売っているが、遠軽のは初めてだ。ゴハンが経木の箱に詰まっているのが良い。列車に合わせて作っているのか、まだ温かかった。

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 車内で買った遠軽のかにめし。

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 紅ショウガは彩りはいいが、個人的にちょっと苦手。

かにめしのカニの身は、味付けしたソボロになっているのがほとんどだが、ここのカニはちょっと変わっていて、カニサラダの身のような味だ。刻み海苔といり卵ものっていて、お好み焼きの風味がする。紅ショウガをまんべんなく散らしているのは、どうかと思う。

列車はいつの間にか北見峠越えに差しかかって、時速も40キロくらいまで落ちる。このあたりは携帯電話も圏外だ。
長い石北トンネルを抜けると下り坂になる。ここから上川までの間に、中越・天幕の駅があったが、無人地帯のため廃止になってしまった。上川からは水田の中を走り、旭川に到着する

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 意外と盛況なオホーツク車内の様子。

古くて遅い特急オホーツクだが、旭川・札幌間の電化区間での走りっぷりは見事だ。今までの鈍足ぶりとはうって変わり、エンジン全開、フルスピードで飛ばす。とはいっても、同じ区間を走るスーパーホワイトアローやスーパー宗谷には速さでは全然かなわない。石北本線も早く新車が導入されることを祈るばかりである。

札幌の定時到着は18:43だが、5分ほど遅れて到着した。

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 札幌駅に到着。

最後までお読みいただきましてありがとうございました。

〜おわり〜

旅行日:2004年7月3〜5日
posted by pupupukaya at 16/12/03 | Comment(0) | 2004年の旅行記(リメイク版)

2004年 トワイライトエクスプレス旅行記1

 ◆ 2004年5月5日

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 トワイライトエクスプレスの特急券・B寝台券。

11:20頃、大阪駅10番線ホームに立つ。発車は12:00なので、少々早すぎるのではないかと思われるだろうが、トワイライトエクスプレスの大阪駅入線は、発車33分前の11:27となっている。

豪華列車の乗客をホームで待たせてはいけないとの配慮なのだろう。大阪駅を正午ジャストに発車するのも長距離列車らしい貫禄である。

早めに来た人たちも、列車をバックに記念撮影したり、車内をのぞきこんだりしている。

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 トワイライト、札幌の表示も誇らしげ。

トワイライトエクスプレスは、大阪・札幌間を日本海沿いに結ぶ列車で、所要時間は約21時間。運転距離・所要時間どちらも日本最長である。話の種に・・・あるいは一度乗ってみたかった、という理由で乗車する人がほとんどなのだろうが、一方で鉄道ファンに限らず、何回も利用するというリピーターも多い。 

テレビも新聞も無く、世間との交流を一切絶って旅情を楽しむ。列車の旅は車や飛行機と違い、そういうところがあるようだ。忙しい現代に置いては非常に贅沢な時間である。忙しい俗世間から逃げ出して、長距離列車で異次元の世界を堪能したい人が増えているのだろう。そういう人にはうってつけの列車である。

かく言う私もこの列車に乗るのは3回目になる。

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 トワイライトエクスプレスが入線。 

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 最後尾では記念撮影する人が多い。

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 客車後部は最上級の個室であるスイートになっている。


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 大阪駅の乗車口案内札。

車内の入り口にはトワイライトエクスプレスのマークの入ったマットが敷かれ、通路もすべてじゅうたんが敷いてあり、ホテルのようだ。

車内は壁も床もピカピカに掃除が行き届いており、登場から15年経つが車両の古さは微塵も感じられない。
北斗星などはさすがに古さを隠せない状態となっているが、JR西日本のこの列車に対する意気込みが伝わってくる。

さて今回用意した寝台券はB個室「シングルツイン」である。通路を通り指定された部屋に入る。

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 入口にはマットも敷かれホテルのよう。 

部屋に入り、第一印象は狭いの一言に尽きる。上段に補助ベッドが固定してあり、これが圧迫感を与えるようだ。
しかし扉を閉めて椅子に座ってしまえば、終点札幌までの21時間は自分の城となる。

この部屋は1人使用が原則だが、追加料金を払えば補助ベッド使用で2人でも利用できる。寝具は2人分置いてあった。

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 B個室のシングルツイン。

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 テーブルにあった営業案内。

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 個室らしくオーディオや室内灯のボタンが並ぶ。

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 サロンカーはフリースペース。

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 サロンカーにある自動販売機。

12時ジャスト、列車は動き出した。

京都を過ぎてから食堂車のクルーが各部屋までディナータイムの予約の確認と明日の朝食のオーダーをとりに来た。
ディナーは乗車前にクーポン券が必要だが、朝食はこのとき予約する。

ディナーの予約はしていない人は、食堂車の弁当の予約が出来る。食事の用意はしてこなかったので、1つ注文することにした。1500円である。

食堂車はダイナープレヤデスと言い、1万2000円のフランス料理コースディナーが目玉である。
日本海に沈む夕日を眺めながらのディナーには心を惹かれるが、1万2000はちょっと手が出ない。
それ以上に、気ままな一人旅なので、一人で食べてもあまり楽しくなさそうだ。こういうときは連れがいれば良いと思う。

13時から16時まで食堂車ではランチタイムの営業となる。敦賀を過ぎたあたりで食堂車に行く。
ビーフシチューセットの「プレヤデスランチ」はすでに売切れだそうで数に限りがあるようだ。

ビーフカレーを注文する。メニューはほかにスパゲティとサンドイッチがあった。
カレーは辛口と甘口が選べ、辛口を食べたら辛かった。(あたりまえか)

昔は特急や新幹線にはほとんど食堂車が連結されていたが、現在日本国内で、ランチタイムに営業している食堂車は、この下りトワイライトエクスプレスが唯一となってしまった。

カレーひと皿で引き上げるのは惜しいが、自分の部屋へ戻る。

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 富山では売店に人だかりが。

16:22、富山到着。ここで8分停車する。
ホームにはキヨスクと駅弁の売店、立食そばがトワイライトエクスプレスを待っていたかのように店を開いている。

大阪から4時間以上、ちょうど良い気分転換にもなるのだろう、ホームの各売店には人だかりが出来る。
また、夕食の用意をしていない人は、ここ富山で駅弁を買っておかないと終点まで食事にありつけないので大変だ。

私も思わずつられて、売店で駅弁とお酒を買ってしまった。
夕食は車内の弁当を予約してあったので、この駅弁はどうなるのだろう・・・。

あっという間に発車時刻がせまり、急いで車内に戻る。


posted by pupupukaya at 18/04/07 | Comment(0) | 2004年の旅行記(リメイク版)

2004年 トワイライトエクスプレス旅行記2

富山を発車してすぐ、食堂車のクルーが弁当とお茶を届けに来た。受取った弁当箱は風呂敷に包まれて重厚な感じがする。
まだ5時前だが、早めの夕食にすることにした。

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 食堂車特製 プレヤデス弁当。

プレヤデス弁当の包みを解いてフタを開けると純和風のおかずが並ぶ。

鶏の照焼、天ぷら(アナゴ・イカ・レンコン・ナス・シシトウ)、煮物(タケノコ・フキ・人参・さつま芋・イカ・昆布)、きんぴらごぼう、塩鮭、卵焼、煮豆、ナマス、オレンジが入っている。

どの品も関西風に味付けしてある。天ぷらには塩とレモンが添えてあった。

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 プレヤデス弁当は幕の内弁当風。

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 天ぷらは揚げたてのようで温かい。レモンと塩が添付。

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 これは鶏の照り焼き。

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 鮭、きんぴらなどのおかず。この辺りは作り置きっぽい。

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 個室で1人宴会。

18時過ぎ、直江津を出てしばらくすると列車は海岸沿いを走る。
実はこのトワイライトエクスプレスで海の見える区間は意外と少ない。富山県と新潟県で数ヵ所海が見えるほかは、ほとんど内陸を走るのだ。

北陸地方はずっと曇っていて所々で雨も降っており、夕日は見られないとあきらめていたのだが、ちょうど水平線の部分だけ雲が無く、夕日が差し込んでくる。

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 しばらく日本海を見ながら北上する。

サロンカーへ行ってみたがどういうわけかガラ空き。貸切状態のサロンカーの大きな窓で日本海に沈みかけた夕日を堪能する。


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 水平線の向こうに大分傾いた太陽が見えた。

まさに「トワイライト」がふさわしい。食堂車ではフランス料理ディナータイムの真っ最中で、あちらでもフルコースを食べながら夕日を見ているのだろう。 

柏崎でふたたび内陸へ。わずか十数分のすばらしいトワイライトシーンは終わったのだった。

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 サロンカーから見た日本海に沈む夕日。

19:40、本州最後の停車駅、新津を発車する。

外は、日はすでに沈み、真っ暗だ。室内の明かりを消してみた。
今まで窓ガラスに室内の明かりが反射していて何も見えなかったが、それらが消えて車窓には夜景が広がる。過ぎ去る駅や町の灯かり、山の稜線まではっきりと見える。

部屋の明るさも自由に出来るので、車窓から夜景を楽しむのも個室寝台の旅ならではの楽しみである。

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 夜のサロンカー。

21時からは食堂車ではパブタイムの営業開始との案内があった。なんとなく小腹がすいてきたし、パブタイムも体験しておきたかったが、富山で買った駅弁があった。

だいぶぬるくなってしまった缶ビールを開ける。駅弁は山菜ごはんにエビフライや煮物がついている。生ぬるい缶ビールはまたたく間に飲んでしまい、次は富山で買ったお酒、立山の封を開ける。

食堂車ではパブタイムでグラスを傾けている頃だろう。しかし、こっちだってそう悪くは無い。

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 富山駅で買った「佐々成政弁当・黄金伝説」。

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 駅弁とビールでひとり酒宴。

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 上段寝台は気持ち跳ね上がる。

眠くなってきたので、そろそろ寝台をセットすることにする。

向かい合っている両方の座席を引き出せば、背もたれが水平になりベッドとなる。
狭い部屋で結構面倒な作業だ。

下の椅子はそのままにして、上段のベッドで寝るという手もある。上段は昔の3段式寝台並みに狭くて圧迫感がある。
やはり下で寝ることにした。散らかったテーブルを片付けるのもまた一苦労だったりする。

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 シングルツインの説明書き。

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 上から見た座席の状態。

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 座席の状態。

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 座面を前に出すと、背もたれも倒れてフラットになる。


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 向かいの席も同じように倒すとベッドになる。

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 寝台にして寝具をセットした状態。

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 上段はかなり窮屈。

お酒もだいぶ飲んだのでぐっすりと眠った。


 ◆2005年5月6日

目が覚めると青函トンネルを既に抜けて五稜郭駅に停車していた。
5時前だがすっかり明るくなっている。

札幌まであと4時間半もかかるが、長旅を終えて家の近くまで来たような気分になる。

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 五稜郭で機関車交換のため停車。

木々も新芽が出たばかりで、すっかり冬に戻ってしまったかのように見えた。

6:43、北海道内最初の停車駅である洞爺にとまる。有名観光地だが、温泉街なのでこんな早朝に降りる人はいないと思うが、なぜか停まる。

食堂車でモーニングタイムが始まっている。昨日予約しておかなかったので朝食は無しだ。朝は終点札幌まで何も売りに来ないので、用意していなければ前日に予約しておいたほうが良い。私は札幌に着けば自宅に戻るだけなので朝食は特に必要ない。


東室蘭、苫小牧と過ぎるが、町付近以外はどこも似たような風景が続く。これが北海道なのだと改めて認識してしまった。

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 おかえりなさい北海道へ。

南千歳を発車すると、札幌の通勤圏に入る。
駅前こそ団地や大型スーパーが建って本州と変わらないが、駅間は北海道の風景が延々と続く。

山間部を抜けると突然市街地になり、札幌市内に入る。豊平川を渡ると数分で終点だ。

〜おわり


 ◆ リメイク版あとがき

この旅行記は2004年のゴールデンウィークに、周遊きっぷを使用した四国旅行の帰りに利用したトワイライトエクスプレスの乗車記です。

このトワイライトエクスプレスは2015年3月、北陸新幹線開業で、金沢〜直江津間が3つの第三セクター鉄道に分断されたことや、青函トンネルの新幹線工事などを理由に廃止されています。

現在は、夜行列車は東京発のサンライズ1往復と多客期の臨時列車であるムーンライトだけを残して、あとはきれいさっぱり無くなりました。

一方で、寝台列車はあちこちでクルーズトレインとして復活しています。
トワイライトエクスプレスも新車になり「トワイライトエクスプレス瑞風」として復活しました。

料金は2泊3日で30万円以上。
まあ乗ることはないでしょうね (^^;

 〜最後までお読みいただきましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 18/04/07 | Comment(0) | 2004年の旅行記(リメイク版)
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