2018年 釧路湿原ノロッコ号1

 ◆ 出発まで

9月、敬老の日の連休は天気も良く暖かくなったので、久しぶりにどこかへ行きたくなった。

7月の台風、お盆はずっと雨、9月に入ってからはまた台風、それに地震と立て続けにあり、一体どういう年なんだろうね今年は。
そんな出来事も忘れるほど、9月の穏やかな日差しに包まれた札幌。私じゃなくてもどこかへ出かけたくなるだろう。

車で遠出をするのは今年2月の流氷見物以来だ。泊まりの旅行は去年(2017年)10月の山陰旅行以来。それほど旅行から遠ざかっていたなあ。

どこかへ行きたいなあと思えども、これと言って行きたいところも思い浮かばなかった。

何か鉄ネタでもないかとJR北海道のホームページなどを見ていたら、くしろ湿原ノロッコ号がまだ運転されていた。
ノロッコ号は6年前に流氷ノロッコ号は乗ったことはあるが、くしろ湿原のほうはまだ乗ったことはなく、あるうちに乗っておかなきゃなあということで、行先は釧路に決定した。

norokko.jpg
 2018年のくしろ湿原ノロッコ号のチラシ。

ただ単純に釧路往復というのもつまらないので、行きは石北峠、北見経由で美幌峠の道の駅で車中泊。翌朝に釧路まで行き、くしろ湿原ノロッコ号で塘路まで往復してから札幌へ戻るというものである。


 ◆ 序章は美幌峠へ

というわけで、9月16日の日曜日、札幌を朝出発する。
ひたすら下道経由、途中の比布〜上川間は旭川紋別自動車道を通ったが、上川からは国道39号石北峠経由で北見まで行った。

北見では買い物。
そういえば、車で北見へ来るのはこれが初めてだった。
北見自体、2006年2月のふるさと銀河線乗車以来ではなかったかな。
10年くらい前に仕事で来たことはあったが、プライベートでは12年ぶりということになる。網走に行くときは北見は通らないしねえ。

美幌でガソリンを満タンにして美幌峠に向かう。
ここは屈斜路湖を見下ろす景色の良いところで、道の駅もあって車中泊には最適だ。
前回利用したときは、夜は星が綺麗で、朝方は屈斜路湖を覆う雲海が見られたものだった。今回もそれを期待しての車中泊となる。

美幌峠についたのは薄暗くなった夕方5時過ぎ。
道の駅ぐるっとパノラマ美幌峠はまだ営業していて、立ち寄る車も多く、あげいもなんかがよく売れている。
私は今日はここが終点。車の窓に目隠しをして車中泊の準備を始める。

展望台はこの間の台風のせいなのか、立ち入り禁止になっていたのは残念。
それでも、道路や道の駅の展望台からは屈斜路湖が見えていた。

6時を過ぎて暗くなると同時に、峠の道の駅は深い霧の中となった。
駐車場の照明が、霧の周りをぼんやりと黄色く照らす。

車を降りた子供が「すごーい、夢の中みたい!」と叫んで自分の車の脇を走って行った。

子供は喜んでも、これじゃ美幌峠で車中泊する意味がなかった orz・・・


 ◆ 美幌峠から釧路湿原へ

DSCN7181.JPG
 ずっと霧の中だった美幌峠。

翌日、朝になれば霧が晴れるかと思っていたが、相変わらず霧の中。
6時過ぎ、こんな所にいてもしょうがないと車を走らせる。

山を下ると、霧は晴れたが曇り空。それでも、日が高くなるにつれて青空も見え始めてきた。

ノロッコ2号の釧路発時刻は11:06、釧路駅には10時半くらいに着けばよい。
あちこち寄り道しながら行くことにしよう。
車はこういう時に便利だね。

まずは釧路湿原。
あとで列車で来ることになるのだが、それはただ列車に乗って往復するだけ。釧路湿原見物は先にやっておく。

標茶のコンビニに寄って朝食をとってから標茶駅に寄る。
釧網線の数少ない駅員配置駅。

駅に入るとホワイトボードに
『9/15より当分の間 釧路〜摩周間の運転となります』
と書いてあった。
先日の地震による停電からまだ完全復旧していないのだった。

駅員に、列車は時刻表通りに動いているのか尋ねたら、釧路〜摩周間は全列車ダイヤ通りとのことだった。ノロッコ号も通常運行とのこと。
花咲線の厚岸〜根室間も同様に運休中。

9月の一番いい時期に襲った台風と地震、観光の最後の書き入れ時と思われる時期だが、とにかく大変だ。

DSCN7195.JPG
 標茶駅の駅舎。

標茶を後に、釧路湿原へ。
釧路湿原で自分としてはオススメなのがコッタロ湿原展望台。

国道391号線の塘路駅から1.5kmほど北側くらいの場所から入って行く道があって、湿原の中を通ってコッタロ湿原へ通じている。
一応、道道クチョロ原野塘路線という路線名はついているが、展望台入口がある約5kmまでの区間は舗装されていない砂利道が続く。

舗装しないのは釧路湿原の生態系を保護するためとかで、湿原が増水すると道路も冠水し、通行止めになるようである。
(道道入口にある看板より)

DSCN7254.JPG
 道道クチョロ原野塘路線のダート入口。

DSCN7246.JPG
 湿原の中を行くダート道。

2車線の幅があるダート道を突っ走っていると、もうここは日本じゃないような気分になってくる。
サハリン(樺太)など、こんな道ばかりだった。

途中に釧路川の河畔に面したところがあって、『スガワラ』と書いた標柱が立っている。
地名なのか人名なのか知らないが、カヌーを川に下ろす場所になっているようだ。

この道道は標茶町営軌道の線路跡だったようで、久著呂線という路線が塘路駅から上久著呂までの28.7kmを結んでいた。
この辺りにその軌道の二本松という駅(停留所?)があったようで、国土地理院の空中写真閲覧サービスで米軍撮影の空中写真を見ると駅舎らしい建物が見える。
なんでこんなところに駅を、と思うほど当時も人家も何もない場所だが、ここから釧路川での水運でもあったのかもしれない。

DSCN7243.JPG
 原始のままの釧路川河畔。スガワラから。

DSCN7249.JPG
 ダート道から見る湿原。

駐車場とトイレがあるコッタロ湿原展望台の入口でダート区間は終わり。

国道391号線からここまで車ならば7〜8分とかからないが、塘路駅から歩けば1時間以上かかるし、車が通るたびに猛烈な砂ぼこりを浴びせられることになる。
車でなければ行くのが難しい、穴場的なスポットということになる。

駐車場からは急な階段が上まで続いている。スロープなどあるはずもなく、足腰が丈夫でなければ展望台へ行くことはできない。
しかし登り切った上からの展望はまた格別である。

DSCN7235.JPG
 駐車場から200mほど登った所にあるコッタロ湿原展望台。

DSCN7224.JPG
 展望台の柵にはリスがいた。

大型バスが入れないので団体客の姿も無く、ここはいつも静かだ。
画像ではお伝えするのが難しいのが残念だが、とにかく広大な眺め。

眼下に見える沼や湿地帯には、エゾシカや丹頂鶴の姿も見えた。

DSCN7233.JPG
 コッタロ湿原展望台から見下ろす広い釧路湿原。

DSCN7231.JPG
 沼には丹頂鶴の姿も見えた。


 ◆ 釧路まで

次は今回旅行の目的地釧路へと向かう。
釧路と言えばやっぱりこれ  

DSCN7260.JPG
 太平洋石炭販売輸送臨港線の石炭輸送列車。春採駅。

釧路にある太平洋石炭販売輸送の臨港線は、第三セクターを除けば道内にただ一つ残る私鉄である。
今は石炭輸送のみだが、1963(昭和38)年までは旅客輸送も行っていた。

釧路コールマイン(昔の太平洋炭鉱)炭鉱のある春採駅から、釧路港近くの知人駅までの4.0kmを結ぶ鉄道で、石炭輸送を行う鉄道も今では全国でもここだけになっている。

DSCN7274.JPG
 春採駅構内の踏切と奥にあるデポ。

DSCN7283.JPG
 一番奥にある石炭積み込み施設。

DSCN7298.JPG
 さっきの列車の先頭側。貨車を前後の機関車で挟むプッシュプル方式。

24両ものセキ(石炭車)を連ね、両端にディーゼル機関車を連結するプッシュプル方式で運転されている。
編成長は200m以上はあるだろうか。炭鉱がまだ道内あちこちで稼働していたころの石炭列車を彷彿するほど堂々とした編成である。
しかし、機関車のエンジンは止まっていて、貨車もカラのようだ。

今日は敬老の日の祝日。炭鉱も日祝は世間並みに休日になるのか、列車も今日はお休みなのだろうか。
うーん、それとも先日の地震による停電の影響なのか。
春採駅の出発信号機も消灯している。

走っている列車を見たければ、また後日、しかも平日に来る必要がありそうだ。

DSCN7306.JPG
 海霧(ガス)がかかる弁天ケ浜に伸びる線路。

次がいよいよノロッコ号。釧路駅へと向かう。

途中で弁天ケ浜の海岸線を通る線路を見る。
レールが錆びている。やはり地震以降運行していないのだろうか。

海のほうから海霧(ガス)が立ち込めてきた。
釧路は霧の街。釧路らしい旅情があるといえば聞こえがいいが、今日は勘弁してくれと言いたくなる。

中心部のほうへ車を走らせると、思わずチッと舌打ちが出た。
やっちまった、幣舞ロータリーだ。
釧路市南部や南東方面から中心部へと向かうと、かなりの高確率で遭遇する場所である。

旭川市にも同じようなロータリーがあり、そっちはローカルルールがあって、それさえ頭に入れておけば何とか通過できるのだが、釧路の幣舞ロータリーの通行方法は何回通っても謎だ。

休日で車が少ないせいか、幣舞ロータリーは訳のわからないまま難なく抜けて中心部へと来た。
相変わらず人も少なく、寂しい中心部だ。

駅前から幣舞橋まで伸びる北大通は釧路市のメインストリートだが、商業施設はほとんどが撤退し、オフィスビルとビジネスホテルばかりが立ち並ぶ。

この辺りが賑わっていたのも90年代初頭くらいまでだろうか。
その後は郊外に大型店舗が進出し、中心部の核テナントだった丸井今井が撤退してからは市民が休日に出て来るようなところではなくなったようだ。

DSCN7314.JPG
 寂しい釧路の中心部。

まずは車をどこかに置かなければならない。

道行く人はほとんど見かけないが、有料駐車場や月極駐車場だけはやたらとある。

これは釧路に限ったことじゃないが、これだけ土地が空いてるんなら無料の駐車場くらい整備しとけよと思う。
これが中心部から人を遠ざけている一因でもあるのだが。
(釧路だけでなく、函館、苫小牧、岩見沢あたりの商店街や行政の人、聞いてる?)

3時間くらいで戻ってくるので有料駐車場でも良かったのだが、駅から少し離れた所に広い駐車場のあるショッピングセンターがあったのでそこに置かせてもらう。

戻ってきたら買い物するから勘弁してね (^^;

DSCN7321.JPG
 道東の中心といった貫禄がある釧路駅。

というわけで釧路駅。

釧路駅は国鉄時代からの4階建ての駅ビルが建つ。
この駅舎からメインストリートの北大通りが伸びて、市内バス路線も駅前がターミナルになっている、名実ともに釧路市の中心の顔である。

もともとは民衆駅といって、国鉄と民間が建設費用を出し合って建設した駅で、地上階がJR(当時は国鉄)、地下が出資した民間の施設とされた。
地下は釧路ステーションデパートとして営業していたが、もうだいぶ前に閉店している。

民衆駅は道内では札幌駅、旭川駅、帯広駅があったが、3駅とも高架化で新しい駅に建て替わっている。
この釧路駅が、道内で最後に残った民衆駅の駅舎ということになる。

釧路駅を高架化するという都市計画もあるようだが、今のところは目立った動きは無いようだ。
しばらくは昔ながらの駅舎が使われることになるのだろう。

ていうか、高架化以前に線路の存続の方が危ぶまれているのが現状だ。
もしかしたら、あと数年後には終端駅になっている可能性が・・・

暗い話はやめにして、本題のノロッコ号である。

DSCN7333.JPG
 釧路駅の改札口。

街の中と違って、駅の中はテナントがいくつもあって活気がある。
道東の中心駅として、また特急の始発駅としての面目は保っているといえる。

広いけどガランとした印象の帯広駅や旭川駅より、釧路駅のほうが活気がある印象だった。
これも、駅の外が何もないから、みんな駅の中で用事を済ますからなのかも知れないが。

DSCN7605.JPG
 改札口向かいにある売店。

DSCN7338.JPG
 四季彩館の冷蔵ケースに並ぶ駅弁。

改札口向かいにある四季彩館の売店に駅弁が並んでいる。
普通列車とはいえ、列車に乗るのも久しぶりだから奮発して駅弁を買うことにした。

釧路駅の駅弁と言えば釧祥館の駅弁で、今は旭川駅立売株式会社の子会社となっているが、前は釧正館という名前だった。
駅弁の種類は釧正館時代からのを引き継いでいて、昔ながらの駅弁が並んでいる。

四季彩館の隣は釧路市水産加工業協同組合の直売店になっていて、そっちには『いわしのほっかぶり寿司』が置いてある。
これはまだ食べたことがなかったので、こちらにした。

みどりの窓口に並んで、塘路までの往復乗車券を買う。
券売機を使わないのはクレジットカードを使いたいから。
実はあまり現金を持ってきていなかったので、できるだけ買い物はカードや電子マネーを使いたかった。


 ◆ くしろ湿原ノロッコ号

往復乗車券と駅弁を持って改札を通る。

DSCN7344.JPG
 釧路駅の地下道と発車時刻案内。

10:45、ホームに行くとノロッコ号はすでに入線している。
発車まであと20分ほどあってか、車内はまだ閑散としている。
団体客がまだ着いていないのと、札幌からの特急スーパーおおぞら1号からの乗り継ぎ客がまだいないからだろう。

その間に車内の探索と撮影を済ます。

ノロッコ号は客車4両編成、ディーゼル機関車のDE10が先頭について、4両の客車を牽引する。
客車の4号車後部にも運転台があって、戻りはここで運転し、機関車は後押しする格好になる。

DSCN7355.JPG
 くしろ湿原ノロッコ号。先頭はディーゼル機関車のDE10が務めます。

DSCN7346.JPG
 客車の後部。塘路発はこちらが先頭になる。

DSCN7345.JPG
 ノロッコ号の客車と時代がかったホーム上屋と駅名標。

編成の2〜4号車は木製のボックスシートとベンチシートが並ぶ、床面を18cm嵩上げした展望席の指定席。
窓が大きく開放的な造りの客車は釧路湿原を車窓から眺めるのに相応しく、この列車の売りでもある。

残り1両は昔ながらのボックスシートが並ぶ自由席車となる。

DSCN7350.JPG
 ノロッコ号の客車の車内。

DSCN7353.JPG
 釧路湿原側は木製のボックスシート、山側はベンチシートが並ぶ。

DSCN7352.JPG
 2号車の販売カウンターは準備中。弁当や飲み物類を販売している。

DSCN7464.JPG
 デッキに貼ってあった販売カウンターのメニュー。酒類は置いてなかった。

DSCN7363.JPG
 1号車の自由席は普通のボックスシート。

しかし、鉄道マニアの私にとっては指定席の展望車両よりも自由席のボックスシートに惹かれる。
じつは今回ノロッコ号に乗りに来たのは、この自由席車両に乗るのが1番の理由であった。

このノロッコ号の車両、かつては道内各地で走っていた普通列車の客車であった50系51形客車の改造車なのだが、1両の自由席車だけは塗装こそノロッコ号仕様だが、内装は現役時代そのままで残っているのだ。

DSCN7354.JPG
 1号車車内は昔ながらのボックスシート。50系客車のほぼ原形を留める。

車内に入ると懐かしさがこみ上げる。
90年代初めまでは札幌近郊の通勤列車でも頻繁に走っていた。
もう40代以上の人であれば、この車両で通勤や通学をしていた人も多いだろう。

この50系客車は、国鉄時代の1970〜80年代にかけて、老朽化した旧型客車の置き換えとして新製された客車である。
内装が一部ロングシートの近郊型仕様となったのは、通勤通学ラッシュの使用を主眼に置かれたものだからだ。

当時ですら時代は電車や気動車が主流になっていた。旧客の置き換えとはいえ、そんな中なぜ国鉄は大量の客車を新製したのか。

朝夕ラッシュ時は一時的に車両がたくさん必要となる。
ただそのためだけに高価な電車や気動車を増備して、その多くは昼間や夜間は基地で過ごすのは無駄になる。
反面、客車は動力を持たないトレーラーなので、安価で製造することができた。

当時は夜行列車や貨物列車、荷物輸送兼用の長距離鈍行列車があって、機関車は1日中フル稼働していた。
その機関車を朝夕のラッシュ時に通勤列車の牽引に充てれば、安価な投資で通勤用車両を確保できるというわけだ。

DSCN7364.JPG
 1号車の入口。塗装は変われど車体は原形のまま。

ところが、それから数年して国鉄を取り巻く状況が大きく変わる。
まず、貨物列車が大幅に削減されることになる。これによって機関車が大量に余剰となり、運用が限定的となった。

次いで電車や気動車の短編成化による列車本数の増発。
客車列車はどんなに量数を減らしても必ず電車以上に高価な機関車が1台必要となる。

ラッシュ時の経済性を重視して配置された50系客車も、この頃からお荷物扱いとなり始める。

極めつけは、1987年の分割民営化だった。
これで旅客会社と貨物会社は別会社となり、貨物列車と旅客列車の機関車が共用されることはなくなった。
これが、JRにおける客車列車の運命を決めることになった。

ところが札幌圏だけが異なり、国鉄末期の普通列車大増発に際して、それまで朝夕ラッシュと長距離普通列車に限定されていた客車列車が日中も活躍することになった。

増発に当たって、当時すでに旅客列車限定となっていた電気機関車ED76と、地方線区で使われなくなって余剰になっていた50系客車に白羽の矢が立てられ、711系電車に交じって札幌近郊列車の役に就くことになったのである。

これが私を含め札幌周辺の人がこの客車が懐かしく思う所以である。

〜2へつづく

つづきを読む
posted by pupupukaya at 18/09/18 | Comment(0) | 2018年その他旅行記

2018年 釧路湿原ノロッコ号2

 ◆ 釧路 11:06【くしろ湿原ノロッコ2号】11:54 塘路

前回の続き、くしろ湿原ノロッコ号の自由席車である。

さっきコンコースの売店で買ってきた駅弁をいまのうちに食べることにした。
発車8分前だが、こちらにもまだ人が乗ってきそうだ。

本当は発車してから車窓を眺めながらの方がいいのだけれど、1人なので周囲に人がいると落ち着いて食べられない。
4人掛けボックス席ならばなおさらだ。

DSCN7373.JPG
 釧路駅で買った駅弁『いわしのほっかぶり』と往復乗車券。

DSCN7375.JPG
 握り寿司が8カン入り。

いわしのほっかぶり寿司は酢で締めたイワシの身と、これも酢締めの大根の薄切りがのる握り寿司だ。
脂がのったイワシに、さっぱりとした酢締め大根が絶妙な相性。

1080円はチト高いが、値段さえ気にしなければ食べて損はない。

釧路の地酒、福司(ふくつかさ)が飲みたくなった。
脂があるがさっぱりとした寿司に、福司が合いそう。
しかし、帰りは車を運転するので飲むわけにはいかない。

こんどは釧路で泊まるか、特急スーパーおおぞらで来た時だね、残念 (´・ω・`)

DSCN7384.JPG
 薬味はワサビではなくショウガ。

発車時刻の11:06になったが、この列車に接続するスーパーおおぞら1号が、地震の徐行箇所があるために遅れているとのこと。
「到着して、お客様が全員乗り換えたことを確認してからの発車となります」とのアナウンスがあった。

DSCN7358.JPG
 地震による運休で厚岸始発になったルパン列車が入ってきた。

11:12頃に1番線に札幌からのスーパーおおぞら1号が入線。
こちらに乗り継ぐ人が少なからずある。この自由席車にも数人が乗ってきた。

それでも湿原側のボックス席はすべてふさがったが、山側のほうはまだ空いているボックスがある程度の乗車率。
全員乗り継いだのを確認し終わり、発車は11:15となった。

DSCN7387.jpg
 釧路駅を発車する。

ピーーー、っと汽笛が鳴って動き出す。

う〜ん、動き出し方といい、重厚な振動や音といい、これぞ客車列車といった感じがする。
紛れもなく汽車だなあ。JRの列車を汽車と呼んでいたころを思い出す。

一般の方であれば、展望車や車窓の釧路湿原が一番見たいところでしょうが、こちらは鉄道マニアなのでこういうところに感激してしまう。

マニアとかオタクってのはヘタすると変人に見られがちだが、こんなことで感激、脳内麻薬アドレナリンが出てくるのなら安いものだと思うのだが、どうだろう。
金のかかる車とかギャンブルとかより、はるかに健康的と思うけどねえ。

DSCN7537.JPG
 釧路川を渡る。

発車すると車内放送が始まって、同時に車掌が車内を回って車内改札を行う。
4両編成ながら車掌が2人も乗務するとは何とも贅沢な列車だ。

塘路まで指定席料金込みで片道1,060円。
この列車も赤字なんだろうな・・・

全く余計なお世話ながら、そう考えてしまった。

自分の番がきて、塘路までの乗車券を見せると、裏がスタンプ台紙になった乗車証明書というのをくれた。2号車にスタンプがあるのでどうぞとのこと。

車内を見ていると、意外と乗車券を持たない客が多い。
だから車掌が2人も乗っているのかわからないが、結構大変そうだ。

釧路川を渡って東釧路に到着。
ここで2人乗ってくる。

DSCN7390.JPG
 東釧路駅は立派な駅舎があるが無人駅。

ノロッコ号だが、遠矢あたりまでは普通に走る。
ときどきドンという前後の衝撃があるのが客車列車というか汽車という感じ。
規則正しく刻むジョイントの音も心地よい。

東釧路〜遠矢間では国道391号線と並行するが、走っている車をスイスイと追い抜いて行くのは気持ちが良い。
スマホのGPSアプリで測ったら、最高速度は70km/hくらいのようだ。

しばらくは釧路の市街地が続くが、遠矢駅を通過したあたりから人家は途切れて釧路湿原が見えるようになる。

遠矢と釧路湿原の間で徐行箇所があり、岩保木(いわぼっき)水門が見えた。

観光列車なので、車掌の観光案内放送もある。
「岩保木水門は現在の塔があるものは1990年に完成、奥に見える木造の建物が初代の水門で1931年完成のものでございます」
「完成から一度も開けられたことがなく、開かずの水門とも呼ばれております」

DSCN7398.JPG
 最初の徐行箇所から見る岩保木水門。

岩保木の徐行が終わるとまたスピードを上げ、釧路湿原駅に着く。
ここから乗ってくる人も多く、ボックス席はすべて埋まった。

この列車の釧路湿原発車時刻は11:30で、前の列車は上りも下りも9時台のしかない。
2時間もここで過ごすにしては軽装な人ばかり。
駅の近くに細岡展望台があって、その駐車場もあるから、車で来たのかもしれない。

DSCN7402.JPG
 釧路湿原駅ではまとまった乗車があり。

DSCN7412.JPG
 指定席車両はやはり人気。

DSCN7413.JPG
 自由席もそれなりの乗車率。

釧路湿原駅からは指定席の展望車にも乗車があり、車内はそこそこ盛況になった。
車掌が釧路湿原駅から乗った人に乗車券を売って回る。

普段は女性なんかは髪が乱れるので窓を開けたがらない人も多いが、このノロッコ号はここぞとばかりに窓を開ける人が多い。
今日は晴れていて暖かく、吹き込む風はむしろ心地よい。窓を全開にして、釧路湿原の空気を思い切り吸い込みたい。

北海道内ならば、窓が開く非冷房の車両がまだまだ現役だが、本州のほうでは今どきこんな車両は無いだろう。

DSCN7405.JPG
 車窓の釧路湿原。

次の細岡駅は待合室があるだけの無人駅。
ここでも数人の乗り降りがある。

駅前は何もなく、観光地や観光客が嫌いな人は、ここ細岡駅で降りて散策するのもアリだろう。

昔はあったのだろうが、今は駅付近に人家は全く無い。JR北海道としては廃止したがっているようである。

DSCN7410.JPG
 細岡駅に停車。ここも数人の乗降がある。

次は終点の塘路。
細岡〜塘路間は他の列車ならば9分で走るが、この列車は18分もかけて走るので、ノロッコ号の本領発揮(?)する区間になる。

途中に釧路川が見える箇所があって、列車はここも徐行して進む。

「皆さん、どうぞカヌーに向かって手を振ってください」

車内の人は皆大きく手を振る。
カヌーの人も一所懸命手を振っていた。

DSCN7423.JPG
 釧路川のカヌーが手を振っていた。車内からも手を振る。

地図で見ると線路は湿原に沿っているように見えるが、実際は線路際は林が多く、展望はあまりよろしくない。

釧路湿原が見える区間で一番景色がすばらしいのは塘路〜茅沼間だと思うが、残念ながらノロッコ号は塘路で折り返してしまう。
塘路の次だと、標茶まで行かなくては折り返せないので仕方がないところではある。

釧路川の場所を少し過ぎた所に、草原の中に1軒の廃屋が見える。
周りには道らしい道も無いところだ。ここで牛を飼って生活していたのだろうか。

DSCN7426.JPG
 草原と廃屋。ここも開拓の物語があったんだろうな (´;ω;`)

あとはずっと林の中を走り、終点の塘路に着く。
4両の乗客が全員下車するので、ホームはラッシュのように人が溢れた。

ホームの出口では車掌が集札する。
集札する係の人は3人いて、もう1人は機関士?

DSCN7433.JPG
 終点の塘路駅に到着。

DSCN7435.JPG
 3名の車掌さんが集札する。

塘路駅前はノロッコ号の折り返しの20分間、しばしの賑わいになる。
折り返しの列車で戻る人はどこへ行くところもなく、駅前で過ごすしかない。

駅前はソフトクリームやいももちなどを提供する軽食店が3店舗、駅の中にカフェもあって、この間に軽く飲み食いすることはできる。

DSCN7437.JPG
 ノロッコ号の乗客でにぎわう塘路駅前。

DSCN7451.JPG
 駅横にある売店はソフトクリームが人気のようだった。

DSCN7466.JPG
 塘路駅では、1号車の半分と機関車はホームから外れる。


 ◆ 塘路 12:17【くしろ湿原ノロッコ1号】13:05 釧路

折り返しの列車は特に改札はしておらず、勝手に乗っていいようだ。

発車10分前だが、着いた時と違ってどの車両もがら空きだった。
指定席車両のメインだった中国人観光客はバスに乗り移ったのか姿を消している。
あとは、次の13:01発快速しれとこ摩周号があるので、そっちで戻るのかもしれない。それなら、塘路湖あたりまで散策してこられるだろう。

せっかくなので人がいないうちに車内の写真を撮らせてもらう。

DSCN7463.JPG
 指定席のノロッコ車両。折り返しの列車は余裕があった。

以下、懐かしの50系51形客車の車内の画像。

DSCN7483-001.JPG
 青いボックスシートが並ぶ1号車の自由席。

DSCN7479.JPG
 5人掛けロングシートとつり革。この辺りが一般型ということになる。

DSCN7484.JPG
 トイレが張り出した側のロングシート。

DSCN7491.JPG
 天井に並ぶ、JNRマーク入りの扇風機。

DSCN7385.JPG
 足元の暖房ダクトは撤去されていた。

DSCN7492-001.JPG
 旧型客車と同じ形の窓が汽車らしい雰囲気を出している。

この客車の内装は50系客車の原形と説明したが、正確には若干改造されている。
片側の出入り口はふさがれていて、電源供給用の発電機が置かれている。だから停車中は客車のような静寂というわけではなく、発電機のエンジンの唸る音が小さいが響いている。

またノロッコ号用に改造されてから、形式もオハフ51からオハ510に改められている。

それでも、この青いモケットのボックスシートのつくりは国鉄時代からそのまま変わらない。

50系客車自体は全国でも希少となっているが、残っていることは残っている。
しかし、国鉄時代からの原形となれば、全国で唯一だろう。

このノロッコ号の車両も、車齢を考えるとそう長くはないということは想像がつく。
客車以上に老朽化が進んでいるのは実は機関車だが、先に機関車が老朽廃車のためにノロッコ号が廃止になることも十分考えられる。
実際、網走〜斜里間の流氷ノロッコ号は、冬季間の機関車の確保が出来なくなったことで廃止されている。

もし廃止されることになったら、この『オハ510-1』だけはどこかでちゃんと保存してくれないだろうか。
できれば改造前の赤い塗装に戻して。

おそらく全国でただ1両だけだろう、国鉄の50系客車の生き残りは。解体してしまうのはあまりにも残念だ。

DSCN7486-001.JPG
 オハ510の車番。

私が創作した小話をひとつ。

JR北海道、JR東日本、JR西日本、JR九州、いすみ鉄道の各社長が最後の50系客車をどうするかについて話し合った。

JR北海道社長:まだ走れるけど保存するお金も無いので海外譲渡しよう。
JR東日本社長:SLに牽かせて東北の路線に走らせ、新幹線でお客を連れてこよう。
JR西日本社長:朱色に塗装してラッシュ時の気動車の増結用として使おう。
JR九州社長:クラシカルな展望車に改造し、観光特急として走らせよう。
いすみ鉄道社長:昭和の国鉄客車列車を再現して鉄道ファンを呼び寄せよう。

いすみ鉄道社長さ〜ん (^^)/


折り返しのノロッコ1号は、行きの2号の半分以下の乗車率で塘路を発車した。
片道だけ乗車するのならば釧路発よりも塘路発を選んだほうが良いだろう。

1号車の自由席も私を入れて5人だけ。
落ち着けるのはいいが、少々寂しい気もする。

帰りの2号も行きの1号と同じ場所で徐行し、同じ観光案内がある。
写真ならばもうさんざん撮ったので、今度は客車の乗り心地を堪能する。

このノロッコ号、乗るのはこれが最後のような気がしてならない。

流氷ノロッコ号は2016年冬を最後に廃止され、翌年からは既存の気動車による『流氷物語号』として運行されることになった。
釧網本線の看板列車であり、観光列車とはいえ、短い区間を走る普通列車では収入も知れている。
そのための専用車両を用意することなど、いまのJR北海道には不可能だ。

快速しれとこ摩周号に指定席を試験導入するというのも、ノロッコ号の今後を見据えてのことか。ま、考え過ぎかもしれないが。

DSCN7652.JPG
 くしろ湿原ノロッコ号の乗車証明書とスタンプ。

1号車自由席の客は、細岡、釧路湿原と停車駅ごとに下車してしまった。
かわりに釧路湿原で数人の乗車があった。

それでも車内は閑散としたまま、終点の釧路に到着した。

DSCN7539.JPG
 釧路駅に到着。

地震の影響で、観光客のキャンセルが相次いだというニュースを聞いて、このノロッコ号もがら空きかと思われたが、連休で天気も良かったせいか盛況でまずまずといったところ。

DSCN7552.JPG
 反対側の4番ホームからノロッコ号を撮影。

ちょうど札幌からのスーパーおおぞら3号が着くところで、コンコースは出迎えの人や折り返しの8号に乗る人で賑わっている。
釧路駅は旭川駅や帯広駅よりも乗降客数は少ないが、なぜか釧路駅のほうが駅内の活気があるように見える。
そう考えると、駅のコンコースもあまり広すぎるのは考え物ではなかろうか。


 ◆ 終章、札幌まで

釧路駅を後にして車に戻る。

先にここのスーパーで買い物をする。
秋刀魚が1尾55円なのはさすが釧路。
いくら安くても、釧路からじゃさすがに持ち帰れないしね。

さてと、札幌へ向かって出発。長いぞー。

道東道の無料区間を本別ICで降り、あとはひたすら下道を行く。
池田、幕別、帯広、芽室、清水、日高、夕張、由仁、長沼、北広島・・・

前回道東に行ったときは、国道274号線が不通のため、道東自動車道が占冠〜十勝清水間に限って無料措置となっていたが、開通した今はそんなものは無い。

274号の日勝峠はあまり通りたくないところである。

十勝清水〜夕張間で千円ちょっと位だったら高速に乗るかな、と思って料金を調べたら1,630円。
う〜ん、やっぱり国道で行く。

DSCN7640.JPG
 おまけ:夕日に照らされた十勝平野。日勝峠展望台から。

日勝峠を越えたあたりで日没となる。

黄昏ゆく空の下を、考え事でもしながら走っていられるのならば高尚な一人時間となるのだが、そうは問屋が卸さないのが石勝樹海ロードと呼ばれるこの1本道。

普通に走っていてもトラックに追いついちゃうんだよね。
ストレスたまる国道なんだよね。
(文句あるんなら高速使えってか・・・)

道央と道東の貨物輸送はすべて鉄道にシフトする法案でも作ってよ。
ね、偉い政治家の人。

札幌の自宅に着いたのは夜8時過ぎ。釧路から6時間かかったことになる。
まあ、事故もなく、捕まることもなく、無事帰ってこられて良かった。

最後までお読みくださいましてありがとうございました。

〜おわり〜

posted by pupupukaya at 18/09/22 | Comment(2) | 2018年その他旅行記
Powered by さくらのブログ