2006年ロシア極東旅行記13 帰国の日

 8日目 2006年7月16日

 ◆ ハバロフスク日曜の朝

一週間のロシア旅行も今日が最終日。飛行機の時刻は14時なので、昼近くまではゆっくりできる。

8時半ごろレストランに行って朝食。メニューは相変わらず4種類の中から選ぶ。めずらしく焼ニシンというのがあったので、それを指差して注文する。

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 朝食のテーブル。

出てきたものは、ナスとトマトの炒め物、スープ、そしてニシンである。

焼ニシンといってもソテーにしたもので、日本のような焼き魚ではなかった。
ロシアでは、魚を焼くと死体を焼く匂いがすると言って、大変嫌がるそうだ。

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 パン2種。バターとジャムが付く。

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 ナスとトマトの炒め物。

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 スープ。

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 ニシンのソテーとライス。醤油をかけたくなった。

一匹丸ごとのソテーをナイフとフォークで食べる。昔、家庭科の教科書に魚のナイフとフォークでの食べ方が載っていたっけ。
半身を食べ終わると、ペリペリと骨を剥がしてから反対側を食べる。

皿にはライスも添えてあって、これが今回旅行中で食べた中で一番まともなライスだった。

後ろのテーブルには、日本人の団体旅行のおっさん連中が座っていて、大声でしゃべりあっている。
団体旅行の添乗員が来て「今日は10時に出発しますのでそれまでは自由にお過ごしください」と説明していた。自由にしろと言われてもどこへも行きようがないので、食後もずっとテーブルでしゃべっているようだった。

部屋に戻って、帰る準備をする。荷物などは昨日のうちに整理して置いたので、今日はとくにすることもない。
11時ごろホテルを出ることにして、ホテル周辺を散策することにした。

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 ウチョース展望台とムラヴィヨフ・アムールの立像。

青空が広がって、日差しが照りつける。今日は暑くなりそうな感じだ。今までの中で一番良い天気である。

アムール川沿いの公園もこの時間はまだ人影は少なく、清掃員の姿をちらほらと見かけるだけ。
崖の上の展望台に立つと、海のように水をたたえたアムール川が眼下に広がり、その向こうには、建物ひとつない緑一色の平原が遥か彼方まで広がっている。

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 木材を積んだ貨物船が行く。

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 ウスペーニャ大聖堂。

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 トロリーバス。

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 広告車体のトロリーバスとレンガ積み建物が妙に似合う。

ムラヴィヨフアムールスキー通りもこの時間はまだ人通りが少ないので、明るく広々として見える。
通りの露店はどの店も開店の準備をしていた。

クワス売りが出ていたので、また1杯買い求める。冷たくて甘酸っぱくておいしい。

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 広々としたムラヴィヨフアムールスキー通り。

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 通りのキオスク。コーラの冷蔵庫は客が自由に取り出せる。

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 こんなキオスクがあちこちにある。

だんだん人通りが多くなってきた。日曜で天気なので、行楽でアムール川へ向かう人が多い。10時頃ホテルに戻る。


 ◆ ホテルチェックアウト、空港へ

10:45に8階のデジュールナヤにキーを渡してチェックアウトする。
係の女性は日本語で「さようなら」と言って笑った。一瞬おどろいたが「さようなら」と答えた。

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 3泊したホテル・インツーリスト。

バス停まで歩く。重たいバッグをかついで歩いていると日差しもきついので汗が吹き出てくる。バス停で待っていると、バスに乗る人が次々と集まってくる。

10分ほど待って、空港行き1番のトロリーバスが来た。
混んでいるので、一番後ろの所に立つ。立ちっぱなしだが、後方からの景色がよく見えるので特等席だ。

途中からも続々と乗り込んできて車内は大混雑してくる。

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 トロリーバスの後方から。

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 エヌケイシティの前を通る。

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 ハバロフスク空港。

トロリーバスは35分ほどで空港に着いた。バスが着いたところは国内線ターミナルの前なので、国際線ターミナルまで少し歩くことになる。


 ◆ ハバロフスク空港 14:10【H8307便】14:10 青森空港

国際線ターミナルに入ってすぐの所に手荷物検査があって、とりあえずそこを通る。
あまり広くないホールはたくさんの人がいて混雑している。チェックインやら、どこで行うのかさっぱり分からない。

出国ゲートの所に立っていた係の人に「アオモリ?」とチケットを見せながら言うと、腕時計を指差して何やら言う。まだと言うことらしい。インフォメーションの窓口に850Рと表示してあったので、空港税をここで払う。

なんだか不安なまま、時間だけが過ぎてゆく。

12:20頃放送があり、ハバロフスク・アオモリ…と聞き取れたので、青森行のチェックイン開始に間違いない。周りの人もゾロゾロと動き始めた。

入口のさっきの係の人にチケットとパスポートを見せると、「移民検査」と漢字で書かれた窓口へ行けと指差す。
そこで「税関申告書はありますか」と日本語で聞かれ、「ありません」と言うとそのまま通してくれる。

飛行機のチェックインをせずに中に入ってしまって良いのだろうか。そして荷物のX線検査、出国イミグレーションと流れ作業のように続く。

その次、ここでやっと飛行機のチェックインとなった。手荷物もここで預ける。日本とは逆だが、出国手続きが終わらないことには飛行機に乗れないわけで、理にはかなっている。

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 ダリアビア航空青森行のボーディングパス。

次が搭乗の手荷物検査。通ろうとすると「シューズ」と言われる。靴も脱いでX線に通す。金属探知のゲートをくぐって、ボディチェック。テロ対策なのか、厳重だ。

やっと終了で、広い待合室に放たれる。

待合室には、カフェや免税店もある。乗客はほとんどロシア人で、日本人の姿は見えない。
念願の日本旅行の出発ではしゃいでいる様子だった。カフェでは、さっそくビールを飲んでいる人たちもいる。広い待合室は大変な喧騒である。

免税店があったので、余ったルーブルとドルでウオッカを買った。

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 搭乗待合室はロシア人旅行者で賑わう。

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 国際線なので免税店もある。

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 どの飛行機に乗るのだろう。

13:30になって、バスが待合室の出口に横付けになると、待合室の人がバスに乗る。バスはすぐに満員になり発車する。
しばらくしてまた戻ってきた。空港では撮影禁止なので、カメラはもう出さない。

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 飛行機へ向かうバス。

飛行機の前でバスを降りる。係の人がチケットをもぎり、タラップの階段を登って機内へ。
座席はうれしいことに窓側、隣は日本人の男性だった。

機内の席は8割方が埋まった状態である。
ロシア人の乗客は、飛行機に乗ってもまだ賑やかだ。

乗る飛行機はTu-214というロシア製のジェット機である。
シートのモケットが破けたままになっていたり、やはりロシアである。

機内の放送はロシア語と日本語の2本立て。棒読みのような日本語がなんとなく可笑しい。

飛行機は定刻の14:10にハバロフスク空港を離陸した。
眼下には広大な緑色のツンドラ地帯やいっぱいに広がって網の目のようなアムール川が見える。
離陸してしばらくすると、雲がおおってしまって陸地は見えなくなった。

青森までの飛行時間は2時間。時差が2時間あるので、出発時刻と到着時刻が同じということになる。

水平飛行になると、ドリンクサービスになる。ジュースのほかにビールやワインもある。缶ビールを1つもらう。
ロシアのバルチカあたりが出るのかと思ったら、エフェスという缶ビールだった。あとで調べたらトルコのビールだった。

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 ビールはトルコのエフェスだった。

この便に乗っている日本人は、どうやらここの2人だけらしい。隣の人は山梨県から来たという。彼もやはり1人でロシアへ。ハバロフスクからさらに飛行機でヤクーツクという所まで行ってきたそうだ。

「何もない所でしたよ」と言っていたが、彼は彼なりに楽しんできたようだった。

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 出てきた機内食。

しばらくして機内食が配られる。「チキン?フィッシュ?」と聞かれ、「チキン」と答える。

渡されたのは、パンやサラダの入ったパックと、チキンとライスの入ったアルミ容器。ライスと骨付きローストチキンは熱かった。
隣の彼によると、機内食は前に乗った新潟便よりも青森便の方が良いとのこと。

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 ロシア製の機内食の中身。

ライス付きローストチキンのほかは、ミニトマトとスライスしたサラミだけ。
パン2個にケーキまであるので食べ応えはある。食べ終わると紅茶が出された。

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 外はずっと雲ばかりだった。

雲が途切れ、日本海の向こうに陸地が見える。

飛行機は高度を下げ、雲の中に突っ込む。
無線で誘導されているので視界ゼロでも安全だと分かっているが、ロシア機なので何となく恐怖感を感じる。

14:10、無事定刻に着陸する。機内は拍車の渦が巻き起こった。外は薄暗く、雨が降っている。

空港の入国審査はロシア人で大混雑。列はさっぱり進まない。
バスの発車時刻がせまってきて少し焦るが、14:30には到着ゲートを出ることが出来た。

出口の所に観光キャンペーンなのかミス青森が立っていて、りんごジュースを配っている。

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 青森空港ではミス青森が出迎え。

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 雨の青森空港。

青森駅行きのバスにはなんとか間に合う。バスの乗客は自分の他は、地元の見送りに来たらしい人が2人だけだった。

15:22発の函館行「白鳥15号」になんとか乗れそうだ。
青森駅でバスを降りると、大急ぎで駅に向かった。

< ロシア極東旅行記 完 >


 ◆ リメイク版あとがき

この旅行記は、元は閉鎖したホームページ版でアップしていましたが、このたびブログにて復活したものです。

画像は大型化し、文章は若干修正・加筆していますが、文章中に出て来るものは、すべて当時の名称や状況のままです。
この旅行記を参考にされる方は、最新ではないことにご注意ください。


このリメイク版を作成しながら当時の画像や文章を読むと、12年も前になる旅行の記憶が、つい先月のことのようによみがえってきました。
2010年にサハリンに行って以来、ずっと遠ざかっていたロシア語も、普通に覚えていたのも意外でした。
PCの中の当時のオリジナル画像を探し、文章をコピペしているうちに、また旅行の道中にいる気分になってしまいました。

この時の旅行で一番印象的だったのは、以前にサハリンに行ったときと比較して、市内が見違えるほどきれいになっていたこと。
この頃のロシアは、民主化前後の混乱期も終わって経済も安定しつつあった時期で、ようやく暮らしに余裕もできて社会主義からの脱却を図ろうとする風潮も出てきた頃だったのだと思います。
今はさらにきれいになって、モノも溢れるようになったことでしょう。

私は海外へは、今は基本ネットで全部自分で手配して行くようになりましたが、この当時はまだ、旅行会社のパックを利用していました。
ロシアに入国するには、個人で取得するにはあまりにも面倒なビザが要るというのが一番の理由でしたが、この状況は当時も今も大きく変わっていません。

ロシアもまた行きたいし、シベリア鉄道も乗ってみたいけれど、この面倒なビザさえなければねえ。
あと警官 (^^;

 最後までお読みいただきましてありがとうございました。


2006年ロシア極東旅行記12 ハバロフスクとアムール川

 ◆ 明るいアムール河畔

1時間ほど部屋で休んで、4時ごろにまた外に出る。

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 ホテル8階の部屋からの眺め。

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 部屋の窓からアムール川が見える。

ハバロフスクに着いてからずっとトラムにばかり乗っていて、観光らしいことはしていなかった。
せっかく天気も良くなったのだから、アムール河畔を散歩しよう。

インツーリストホテルは駅から遠いのが難点だが、場所はアムール河畔に近く、繁華街のムラヴィヨフアムールスキー通りも歩いて行ける。
ハバロフスクの観光施設はこのあたりに集中しているので、観光滞在には具合が良い。

ホテルを出て、5分くらい歩くとコムソモリスカヤ広場に出る。
ロシア風の教会があって、これがウスペーニャ大聖堂。

ここから河畔に下る階段があり、下りたところから見上げた大聖堂は絵になる風景だ

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 河畔に下る階段。

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 ウスペーニャ大聖堂から河畔へ下る階段。

河畔は文化と憩いの公園となっていて、多くの人でにぎわっている。
そういえば今日は土曜日だった。

市民の憩いの場といった感じ。
河原は砂浜になっていて、水着姿になって日光浴や水遊びをする人も多い。

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 文化と憩いの公園の賑わい。

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 遊覧船のりば。

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 アムール川を行く遊覧船。

アムール川の河畔に立つと、あまりにも大きいので川というよりも湖のように見える。
対岸までは1.5km。その向こうは無人の氾濫原が広がる。

貨物船や遊覧船が通ると、川岸に小さな波が立つ。

右側が下流。河口はここからまだ900kmも先にある。
左側の上流に20数kmもさかのぼれば、中国との国境である。

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 河原は水浴びや日光浴の人も見られる。

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 公園や通り名の由来となったムラヴィヨフ・アムールスキーの像。

公園の高台にはアムール川を見下ろすようにムラヴィヨフ・アムールスキーの像が立っている。この像はソ連時代後に復活したもので、以前はレーニンの像だったということである。
隣には展望台があって、そこへ登るとアムール川が一望できる。

とにかく広い。地平線の向こうにはうっすらとシベリアの山々が見える。
あらためて大陸だと思う。

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 ウチョース(絶壁)展望台。

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 展望台からの眺め。

遊覧船は乗らなかったし、博物館の類も入らなかったが、これで満足だ。

結局ほとんどトラムやバスに乗ってばかりだったが、ハバロフスクやロシアの生活や街の様子がわかって面白く、1日はあっという間だった。

2時間ほどぶらついて、またトロリーバスに乗ってエヌ・ケイ・シティで買い物をしてからホテルへ戻る。

おみやげにマトリョーシカが欲しかったのだが、街中では見当たらなかった。
ホテル1階の土産物屋に置いていたのでいくつか買った。

街中で買うよりだいぶ高そうだったが、ルーブルも使い切ってしまわなければならない。
店の人も日本語が若干話せるので、いくつか選んでもらう。

「ありがとう」とこちらが言うと、店の人が「おおきに、マタドーゾ」と言った。

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 ホテルのみやげ屋で買ったマトリョーシカたち。

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 ホテル8階のテラスから見るアムール川。

ホテルに戻って、シャワーを浴びる。なんだかここはロシアということを忘れそうだ。

昨日の残り物を冷蔵庫から出して、ビールを飲みながら夕食。
もう8時を過ぎているが、ようやく日が傾いてきたなというところで、まだ昼間のように明るい。

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 ロシアのビール。

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 今日の夕食。昨日の残り物ばかり。

そのあとは言葉のわからないテレビ番組を見ながらウオッカをチビチビ飲んでいた。
明日は帰国の日だが、11時ごろにホテルを出ればよいのでゆっくりできる。

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 ロシアで買ったもの。


 ◆ 夕暮れのアムール河畔

ふと外を見ると、外がまだ明るいことに気が付いた。
もう夜9時半である。

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 夕日に照らされた街並み。

部屋を出て、ロビーへ行ってみると、窓からアムール川に沈みかけた夕陽が美しく見えた。
なんだか部屋にいるのがもったいなく、外に出たくなった。

本当は夜の1人歩きはするべきではないが、まだ明るいし大丈夫だろう。

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 貨物船が行き交うアムール川と夕日。

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 夕暮れのアムール河畔。

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 夜10時になってもこの明るさ。

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 夕暮れのアムール川を行く遊覧船。

10時を過ぎても、まだまだ夕焼け空が明るい。公園は、まだ昼間のように人が歩いている。
あちこちにビアガーデンがあり、野外コンサートもやっていて大変にぎやかだ。

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 公園の門。

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 にぎやかな公園のビアガーデン。

遅すぎる夕暮れの街は、長い間冬に閉ざされていた人々の、短い夏をせいいっぱい謳歌してやろうという熱気で満ち溢れていた。

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 暗くなっても賑わいは続きそう。

少しずつ暗くなってはきたが、空はまだまだ明るい。
風も冷たくなってきたので、ホテルへ戻る。 

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 インツーリストホテル。

ホテルに戻ると、1階の朝食レストランから、バンド演奏と歓声が聞こえてくる。
ちょっと覗いてみると、朝とはちがってバーのようになっていた。

テーブルにはウオッカのビンが並び、演奏に合わせて踊る人もいて楽しそう。

ホテルの宿泊客ではなさそう。
ホテルのレストランも、夜には街の人のパブタイムとなっているようだった。

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 1階のレストランはバンド演奏もあって賑やかだった。


2006年ロシア極東旅行記11 ハバロフスクの街

 7日目 2006年7月15日

 ◆ ハバロフスクのトラム(市電)を完乗

8時過ぎ、1階のレストランに朝食へ。日本人の男性と相席になる。
ビジネスか、私のような1人旅かのように見えたが、彼はロシア人の彼女がいて、その両親に会うために昨日やってきた、と話した。
ハバロフスクは今回が2回目で、彼女が日本語を話すので自分はロシア語は分からないという。

今日はハバロフスク市内見物するのでどこか見所はないかと聞くと、市内に見るべきものなんか無いという。
はっきり言って同じ行くなら、ヨーロッパやディズニーランドへ行った方が良いと語った。

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 ホテルの朝食レストラン。

10時ごろホテルを出て、アムール川公園沿いの道を歩いてアムールスキー通りを中心部まで行こうと歩き出す。

しばらく行くと先の方に警官が見えた。三度の職質ですっかり警官恐怖症となってしまったので、やっぱりバスに乗ることにした。

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 ウスペーニャ大聖堂とコムソモリスカヤ広場。

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 坂道のシェフチェンコ通り。

1番の表示をつけたアフトーブス(バス)がきて、車掌が「ナバクザール(駅に行きます)」と言っていたので、乗る。
バスはセールィシェヴァ通りを走り、駅に着いた。

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 電車が待機するハバロフスク駅前。

今日は昨日乗り残した路線に乗ることにする。6番の電車の乗り場は他の系統の乗り場とは別の所にある。ホームがあるわけでもなく、電柱に系統番号と運転時間を表示した標識があるだけで、年配の乗客らしいひとが2人立っている。
表示は10分間隔となっているが、電車はなかなかやって来ない。20分くらい待ってやっと電車が来た。車内はがら空き。

発車してからしばらく専用軌道を走って道路の中央に出る。専用軌道から道路に出るところには信号も何もないのだが、電車が交差点に差しかかると車はすべて停止する。電車優先が徹底している。

道路の中央に出たとたん、歩いても変わらないくらいのスピードなのだが、脱線しそうなほど揺れるようになった。
反対側の線路を見ていると、レールは変形していたり、磨り減って異様に凹んでいたり、継ぎ目は大きくずれていたりで、よく脱線しないと感心するほどにガタガタのレールの上をソロソロと進む。
また道路も舗装されているが、ツギハギ穴ぼこだらけのデコボコ道で、渋滞している。


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 6番のトラム終点。何もない所にループ線だけがある。

シベリア鉄道の線路の下をくぐって、専用軌道になると電車はまたもとのスピードを取り戻した。終点は線路に沿った幹線道路の途中にあって何もない所。電車はぐるりとループ線を回って引き返していった。

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 ロシアっぽい街並み。

道路の方は車の通行も多く、バスが頻繁に走っている。次の電車はなかなか来ない。20分くらいして、やっと電車が来た。戻る電車もがら空きで、閑散路線のようである。

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 空いた車内。

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 5番のトラムが分岐する。

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 トラムのポイント。

次は駅前から5番の電車で北に向かう。車内は混んでいる。5番の路線は坂が多く、線路はアップダウンを繰り返す。
下り坂はブレーキをかけながらゆっくりと走り、上り坂は助走をつけて一気に登る感じ。
途中停留所では降りる人が多いが、乗ってくる人も多くて車内はなかなか空かない。

だいぶ郊外まできたあたりで、アムール川や鉄橋も見えた。
このあたりまでくると、車内もかなり空いてきた。駅から乗ること40分で終点に到着する。

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 5番のトラムの終点。

終点は、アパートが建ち並ぶ普通の住宅地で、停留所周辺を少し歩いてみたがここも特に何も無く、また中心部の方に戻る。一応これでハバロフスク市電は全て乗ったことになる。

駅に戻る電車の運転手はめずらしく男性だった。
電車の中では居眠りしてしまい、目が覚めるといつの間にか車内は大混雑。5番は市電の混雑路線らしい。

中央市場(ツェントラリヌィー・ルウィナク)停留所で降りる。
乗客もここで降りる人が多い。

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 中央市場前で電車を降りる。


 ◆ トラム乗り場とキオスク

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 キオスクが並ぶ中央市場前の停留所。

停留所のキオスク横にタンクのクワス売りが出ていたので、一杯買い求める。
冷たくて甘酸っぱくておいしい。
店によって味が異なるのがまた面白いところだ。

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 クワス売りに人が集まる。

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 炭酸入りでシュワシュワ泡立ったクワス。

中央市場からハバロフスク駅前まで歩く。
これは、電車の写真を撮りたかったから。

駅前から延びる通りはアムールスキー並木通りという幅広の道路になっている。中央は緑地帯というか、公園のようになっていて、トラムの線路はその中を通っている。

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 アムールスキー並木通りの緑の中を走る電車。

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 歩いていると電車が頻繁に行き交う。

またハバロフスク駅前に戻って来た。
トラムの系統はここ駅前を中心としているので、何となく駅前に着いてしまう。

駅前の市電乗り場には、キオスクが建ち並んでいて、その中の1軒の店に、肉を棒のように巻きつけて焼いたものを削って、千切りキャベツと混ぜてクレープに包んだものを売っていた。

「シャーウルマ」と言い、1個60Р。注文を受けてから作り始める。結構売れている。
市内あちこちでこの「シャーウルマ」を売っているのを見たので流行っているのだろうか。

どんなものかと1つ買ってみる。受け取ると結構デカイ。近くのタンク売りのクワスも買って、隅に座って食べる。

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 キオスクで買ったシャーウルマ。デカい!

中身の味付けはマヨネーズとソース、クレープ状の皮は硬くて、かじると中身がはみ出して食べづらい。
家に持って帰って食べるものなのかも知れない。味は、ロシア版お好み焼きのような感じがした。

駅前広場には妖しげな格好をした母子が数組いて、音楽をかけて踊っている。
その中の子供が、周りの人に金をせびっているが、相手にしていないようだ。自分の所にも物乞いの子供が来たが、追い払う。
1人に金を渡すと、全員が集まってきそうだったからだ。

もしかしたらあれはジプシーだったのだろうか。


 ◆ ムラヴィヨフ・アムールスキー通り

もうトラムに用はないので、一旦ホテルに戻ろうと、駅前のバス乗り場から4番のアフトーブス(バス)に乗る。

ところがしばらく行ってから反対方向だと気付いてあわてて降りる。仕方なく反対方向のバス停で待つが、4番のバスはなかなか来ない。
アムールスキー通りを走っていた見覚えのある21番のバスが来たのでこれに乗ると、なんとかレーニン広場まで戻ってこられた。
ここからムラヴィヨフ・アムールスキー通りをホテルまで歩く。

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 レーニン広場前の歩道橋。

ムラヴィヨフ・アムールスキー通りは、レーニン広場からアムール川手前のコムソモリスカヤ広場までの道路になる。
この通りの主役はトロリーバス。
日本では過去の乗り物だが、ここハバロフスクでは現役である。

またここは市内一の繁華街になっていて、人通りも多く市内で一番賑やかなところだ。。
整備された幅広の歩道や、新しい建物もすべて中世ヨーロッパ調で統一された通りは、明るく清楚な雰囲気となっている。

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 人出でにぎわうムラヴィヨフ・アムールスキー通り。

歩道の脇には、ホットドッグやクワス、マロージナエなどの露店が出ている。
マロージナエをかじりながら歩いている人も多い。

露店でホットドッグを1本買う。1本17Р。
ホットドッグを食べながらブラブラと歩く。

デパートや本屋などにも入ってみる。
今度はまた露店でマロージナエを買ってみた。バナナ味というのを指差してコーンに盛ってもらう。1個24Р。
しかしよく食うなあ。

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 道端のあちこちに出ているホットドッグ屋。

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 露店で買ったホットドッグ。ケチャップがたっぷりと。

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 市内の通りはアップダウンが激しい。

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 赤レンガ造りの建物。

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 マロージナエ(アイス)売りの露店も多い。

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 バナナ味のマロージナエ(アイス)。甘さも控えめでおいしい。

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 路上にテントを張ったカフェテラス。

すっかりハバロフスクっ子になった気分だ。
ツアー旅行ではこうはいくまい。

ホテルに戻り、ロビーの両替所で50ドル分をルーブルに換える。
土産物も買わねばならない。しばらく部屋で休んで、また外に出ることにする。


2006年ロシア極東旅行記10 ハバロフスクのトラム

 ◆ トラム(市電)に乗車

ハバロフスク駅前からトラムに乗って、車内から町見物をしてこよう。

駅前はトラムの線路がループ状に敷かれていて、このループ線をぐるっとまわって電車は折り返して行く。電車の運転台はバスと同じく片側にしかついていない。

停留所の所はキオスクが並んでいて、電車を待つ人たちの人だかりが常にできている。

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 ループ線になっているトラムの線路。奥が停留所。

トラムの路線番号は、駅を中心に1〜6番まである。終点まで乗っても10Р均一。
乗って、車掌らしい人がまわってくれば10Р札をかざしていると引き換えに切符をくれる。
たまに検札があるので、切符は降りるまで持っていること。

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 トラムのチケット

系統をおぼえてしまえば、言葉の分からない観光者でも便利な足となる。
もっともトラム沿線に観光するようなところはあまり無いが・・・

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 駅前のトラム乗り場。キオスクが並ぶ。

まず、一番路線の長い1番の電車に乗る。車内は立ち客大勢で混雑している。
乗ると、人をかき分けて女性の車掌が切符を売りにくる。10Рを渡して切符を受け取る。

駅前からしばらくはアムールスキー並木通りの専用軌道を走る。軌道の状態が悪いのか電車はノロノロと進む。下から伝わってくる振動がすごい。
シェロノヴァ通りに入ると路面電車らしく道路の真ん中を走る。渋滞している車の列の横を電車は進んで、繁華街のムラヴィヨフ・アムールスキー通りの停留所で大勢の乗降がある。

道路は電車優先が徹底されていて、電車が信号のない交差点に差しかかると、どの車もぴたりと停まるのはさすが。

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 あちこちに露店がある。トラム車内から。

しばらく行くとまた専用軌道になる。
線路は芝生の中に敷かれているように見えるが、よく見ると線路の中に雑草が生え放題になっているだけだった。

線路の幅(軌間)は、ロシア鉄道と同じ広軌となっているが、周りの風景もワイルドなのでごく普通に見える。
揺れながらガタン・ゴトンと走る乗り心地は、東京都電に似ている気がした。

ハバロフスク駅から終点のヒムファルムザヴォド停留所までは1時間近くかかった。

終点はバスターミナルになっていて、キオスクが並んでいる。アイス売りのおばちゃんからアイスを買って食べる。

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 1番の終点。ヒムファルムザヴォド停留所。


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 ボロボロの車体。

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 ハバロフスク南部のターミナルになっている。

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 アイス売りから買ったアイス。脂肪分が少ないシャーベットという感じ。

終点の少し手前に複線の線路がひとつにまとまったガントレットがあって、これが見たいがために隣の停留所まで歩く。
川を渡る橋の部分を単線にしたが、ポイントによる切り替えの面倒がないのでこうなったのだろう。

じつはこれを見るがために1番の終点まで乗って来たのだった。

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 ガントレットになった単線区間。

終点の1つ手前がクラスナヤ・リェーチカ停留所。
ここの線路が水はけが悪いのか水浸し。レールだけ顔をのぞかせている状態だった。

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 一面水たまりになった線路。クラスナヤ・リェーチカ停留所。

今度は3番の電車に乗る。
この電車は中心部方向へは行かないのでがら空き。途中で分岐して電車はアパートの建ち並ぶ住宅地を縫うように進み、終点に着く。

その先には跨線橋があって、シベリア鉄道の通勤駅がある。この終点はあれた感じでゴミだらけだった。

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 トラムの車内。

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 終点ではぐるりループ線をまわって引き返す。

次の電車を待つが、臭いし小バエがやたらと多い。電車が来るまで線路に沿って歩くことにする。

停留所2つ分歩いたところで、2番の電車が向こうからやって来たので、団地の中の停留所で待つとやがて駅まで行く2番の電車が来た。

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 団地の停留所。ネコが・・・

再び都心までもどってくる。トロリーバスの路線と交差するムラヴィヨフ・アムールスキー通りで電車を降りる。

もうそろそろホテルに戻ろう。

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 繁華街に近いムラヴィヨフ・アムールスキー停留所。

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 帰宅ラッシュの電車


 ◆ 夕食の買い物

夕食はどうしたものかと考えるが、一人でレストランに入ってもつまらないし、ロシアではまだまだ一般の人が外食する習慣があまりないので、気軽に入れるような店は少ない。

レストランを探すのはやめて、「地球の歩き方」に載っていたショッピングセンター「エヌ・ケイ・シティ」で夕食の買い物をすることにした。

レーニン広場を通ってスーパーまで歩く。

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 広いレーニン広場。

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 レーニン広場前を行くトロリーバスその1。

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 レーニン広場前を行くトロリーバスその2。

エヌ・ケイ・シティは最近できたようで新しい。1階にスーパーを見つける。ここもセルフ方式になっていた。
広くて充実している。ここのスーパーは市内最大ということだった。

サバの燻製やチーズ、それにパンとウオッカを買って買い物袋を下げる。

近くにあるバス停からホテルまではトロリーバスにした。
帰宅ラッシュらしく、バス停には大勢の乗客がいたが、やってきたトロリーバスに乗る人は少なかった。

行先のコムソモリスカヤ広場は、都心近くである。
バス停の人たちはきっと郊外に帰る人たちなのだろう。

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 エヌケーシティ近くのレニングラードスカヤ通り停留所。

トロリーバスの車内で、運転台を覗いてみると、ハンドルの横に運行ダイヤが置いてある。
停留所には○分毎と表示されているだけなので、結構アバウトな感じがしたが、発車時刻はちゃんと決まっているようだ。
見ると、この1番のバスは、コムソモリスカヤ通り・空港間を1時間20分で往復していると分かる。

市電やトロリーバスに乗って市内の様子を眺めるのは思いのほか楽しく、明日もまた乗り物で市内あちこちを回ろう。
あと、市内の観光地も少しは見てこようと思う。

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 仕切られたトロリーバスの運転台。

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 買ってきたパンや食料それに酒。

ハバロフスク2日目も無事に終わってやれやれだ。
ホテルの自室で1杯やるとホッとする。外にいるときはずっと緊張しっぱなしだった。

ロシアらしい食材をいろいろ買ってみた。
キャビア、サバの燻製の酢漬け、チーズ、黒パンなど。

まずはビール、バルチカ3。これは部屋に戻ってシャワーを浴びている間に冷蔵庫で冷やしておいた。

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 切って並べる。紙皿は日本から持ってきたもの。

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 「トムとジェリー」に出てくるような穴の開いたチーズ。

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 キャビア(もどき)はパンに乗せて。

ビールの次はウオッカ。
チーズにしてもキャビアにしてもサバの酢漬けにしても、みんなウオッカ向けだなあ、とあらためて思うのであった。
あと黒パン。これもウオッカのつまみに最高。

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 深夜0時の夜景。部屋の窓から。


2006年ロシア極東旅行記9 インツーリストホテルとハバロフスク

 6日目 2006年7月14日

 ◆ パスポートが返ってこない

8時過ぎ、朝食券を持ってエレベーターで1階に降りる。

1階は、エントランスやフロントのある階だが、日本式の言い方で、ここでは0(ゼロ)階になる。
エレベーターで1階のボタンを押すと変なところに着いてしまうことになる。

0階と1階の間にはA(アー)階とП(ペー)階とがあり、A階はホテルの従業員用の階らしい。П階は結局分からなかった。

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 最初は戸惑うエレベーターのボタン。日本語の案内も見られる。

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 朝食の世話になる1Fのレストラン。

0階のレストランに入ってウエイトレスに朝食券を見せると、メニューを持ってきた。分かるかな、と思いつつメニューを見ると、なんと日本語も併記してある。
メニューは4種類の中から選べ、1番目を指差してウエイトレスに見せる。

メニューに限らず、このインツーリストホテル内のあちこちに日本語の表示がある。日本語の分かる従業員も多い。

出てきたのはマヨネーズたっぷりのサラダと蒸した鶏肉の料理、食べている途中でブリヌイ(ロシア風クレープ)も出てきたので、朝から食べ応えがある。

さすがにパン食の国だけあってパンはおいしい。

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 この日の朝食。

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 後から出たブリヌイ。バターたっぷりでおいしい。

食事を終えてレストランを出ると、ロビーには日本人の団体さんが出発を待っていた。

部屋にもどり、市内見物に出かけようと8階のフロントに鍵を預けて0階のフロントに行く。まずパスポートを返してもらわねばならない。
ところが12時にならないとパスポートは返せないと言う。

仕方ない、12時までこのホテルにいるしかない。パスポートを携帯せずに職質なんか受けた日にはどえらいことになる。
売店が開いていたので、水を買って部屋にもどる。

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 インツーリストホテルのシングル部屋。

部屋の窓からは、ロシア正教会やレンガ積みの美術館なんかが見える。その向こうは広大なアムール川。

お茶でも飲みたいがお湯が無い。さっき買った水を飲みながら、テレビを見たりして時間をつぶす。テレビは日本のNHK衛星放送も放映している。他に韓国や中国の放送も映った。

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 ホテルの部屋からの眺め。

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 ハバロフスクも日本車ばかりだった。

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 広大なアムール川を望む。

11時頃になって、部屋の電話が鳴った。日本語で「クリーニングいいですか」と聞かれる。部屋の掃除をしたいらしい。お願いすることにして部屋を出る。12時までホテルの中を見物しよう。

8Fのカウンターに鍵を預ける。
部屋の鍵はのやり取りは各階にあるカウンターで行うことになる。
これはソ連時代からの方式で、「デジュールナヤ」と呼ばれる係の人が詰めている。

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 重厚な客室の廊下。

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 8Fのロビーとデジュールナヤのカウンター。

エレベーターで下りて、ホテルの中を見て回る。
ホテルの0階にあるのは、レストランとさっき水を買った売店の他、本屋と土産屋、両替所、インツーリストのカウンター。0階からさらに降りる階段もあって、地階には薬局と宝石を売っている店もあった。

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 1Fにある売店。

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 1Fのフロント。

12時になったので、フロントに行くとパスポートを返してもらえた。やっと外に出られる。

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 インツーリストホテル。


 ◆ ハバロフスク駅へ

ホテルを出てトロリーバスのバス停まで歩く。

「コムソモリスカヤ広場」というバス停があって、空港行の1番が8分間隔、3番が16分間隔と表示してある。

まず、ハバロフスク駅(ヴァクザール)が見たい。
3番のトロリーバスが来たので乗ってみる。発車すると車掌がまわってくるので、切符を買う。料金は10Р。

トロリーバスとは電気でモーターを回して走るバスのことで、昔は日本でも走っていた。
車体の屋根から2本のサオのようなポールを伸ばして道路上の架線をなぞりながら走っているので、すぐにトロリーバスとわかる。

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 ホテル近くを走るトロリーバス。2本のポールが特徴。

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 トロリーバスの表示と時刻表。

電気なので静かに走る。結構スピードも出していて、他の車と同じくらいの速さで走る。運転手は女性。この後乗ったトロリーバスの運転手はすべて女性だった。

架線の真下しか走れないのかと思っていたが、片側2車線の道路の、左右両方車線を走れるくらいの自由度はあるようで、車線変更しても2本のポールが架線に器用に追従する。カーブに差しかかると、ポールが外れないようにスピードを落としてゆっくりと進む。

バスはムラヴィヨフアムールスキー通りを駅方向に走る。通りの両側にはヨーロッパ風のビルが建ち並ぶ。歩道にはたくさんの人が歩いていて、このあたりが繁華街になっている。停まる停留所ごとに客が乗ってきて、車内は混んでくる。

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 トロリーバスの車内。女性の車掌も乗っている。

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 トラムの路線を横切る。

レーニン広場の前から、カールマルクス通りをまっすぐ行って、線路を陸橋で越える。
1番が空港行きなので3番は駅に行くものだと思いこんでいたが違うようだ。どんどん駅とは反対の変な方角に向かっている。

このまま終点まで乗って行っても良かったのだが、まず駅に行きたかったので、途中の停留所で降りる。
どこだかさっぱり分からないところだが、来た方と反対方向のバスに乗れば元の場所にはもどれるのであわてることはない。

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 どこだか分からない所にきてしまった。

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 車内に貼ってあるトラムとトロリーバスの路線図

反対側のバス停からまた3番のバスに乗り、カールマルクス通りのバス停からヴァクザール(駅)まで歩く。

昨日着いたときは、駅舎を見る余裕もなかったが、改めて駅舎を眺める。

ハバロフスクのヴァクザールは西欧風の新しい駅舎で、ハバロフスクの名の由来になっている「エロフェイ・ハバロフ」の像が駅舎に向かい合って立っている。

像の周辺はちょっとした植え込みがあって、その向こう側が、市電のりばになっている。駅前広場の両脇は、路線バスのターミナルになっていて、キオスクがたくさん並んでいる。

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 市内の交通の中心となっているハバロフスク駅前。

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 数年前に立て替えられたというハバロフスク駅舎。

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 駅に向かって立つ「エロフェイ・ハバロフ」の像。

正面入口から駅の中に入ると、コンコースになっていて、左右に出札所がある。

電光掲示の時刻表を見ていると、通りかかった警官に目を付けられる。
またパスポートを見せろと職質される。今度はハバロフスクの滞在証明があるのですぐに放免となった。

もう鉄道駅へは近づかないことにする。


2006年ロシア極東旅行記8 351列車ハバロフスクまで

 ◆ シベリアの車窓

寝台車にもどってくると、部屋は家族全員お休みのようなので、通路の折りたたみ椅子に腰かける。

列車はラズイェースト21という駅に停まっている。なかなか動き出さない。どうやら列車交換のためしばらく停車するようだ。

青色の駅舎と駅前には数軒のダーチャ(別荘)があるだけ。
駅名は訳すと「21番目の待避線」となり、日本で言う信号場のような所である。風が入らないので暑い。

車内の温度計を見ると30℃を差していた。

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 ラズイェースト21駅に停車中。暑い!

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 のんびりとした駅。

外からは虫の声が聞こえてくるほかは静か。30分位して通路と反対側の線路に貨物列車が入ってきてこちらも発車する。やっと風が入ってくる。

このあたりから、駅間距離も長くなってきた。すでに平行する道路は無い。ずっと林が続き、林が途切れば果てしなく続く大草原という大陸の風景。

草原といっても、木もまともに育たないような不毛なツンドラ地。
沼地に差しかかると、これも地平線の先まで見渡す広大な沼地が続く。線路に平行する電柱以外は人工物は何一つ見えない。シベリアの大地に線路のみが孤独に存在している。

たまに思い出したように駅に停車する。駅といっても無人の信号場で、まわりにはダーチャが数軒ある。夏休みをダーチャで過ごすらしい人が2〜3人降りて行く。

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 カーブでは機関車や客車編成が姿を現す。

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 広大な沼地が続く。

通路に立っていると時々車内販売がやってくる。カップ麺やパン・菓子・ビールなどを積んだワゴンを押して「ラプシャー(ラーメン)、ピーヴァ(ビール)・・・」などと繰り返しながら、車内販売係のおばさんが車内を往復している。

途中駅から乗ってきたらしい、モグリの車内販売もあって、こちらは、ばあさんが沿線で採った山菜なんかを売っていて、よく売れているみたいだ。

行けども行けども地平線の果てまでツンドラ地が続くシベリアの風景。ずっと通路に立って飽きずに外を眺めていた。

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 ずっと続く湿原地帯。

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 湿原が終わると草原地帯になる。

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 地平線の向こうまで広がる草原。

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 駅に停車中。

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 山越えもある。

立ちっぱなしで疲れてきたので、上の寝台で少し横にならせてもらう。
お母さんはノースリーブにハーフパンツ姿で寝ていた。お父さんは2人の子供相手でいっぱいという感じ。

それにしても部屋の中は暑い。汗が噴き出してくる。ロシア人の乗客はみんな汗もかかず涼しい顔をしている。

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 雨が降って暗い車窓。


 ◆ 小駅のお祭りさわぎ

16時過ぎ外を見ると、どんよりと暗い雲が空をおおっている。しだいに雨が降ってきて、外も車内も薄暗くなる。

18時半ごろ再び起きる。窓の外を見ると、相変わらずの湿地帯だが、遠くの方に送電線の鉄塔が見え、ようやく人里に近づいてきた。
雨もいつしか晴れている。

19時ごろ、アムール川の支流、ツングスカ川の鉄橋を徐行して渡る。石狩川くらいの川幅で、茶色く濁った水が満々と流れている。
鉄橋を渡り終わったところに監視小屋が見え、兵士が立っていた。そのあとも氾濫原の湿地帯が延々と続く。

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 また湿地帯。

19:14、ヴォロチャーエフカ・フタラーヤ(ヴォロチャーエフカ2)駅に到着するのだが、ホームには列車に向かって露店がぎっしりと並んでいた。
ピロシキなど手作りの惣菜を並べて、列車を待ちうけているのだ。この列車のために村中の人が商売しに来たのではないかと思うほどだ。

停車時間は30分もあり、ちょうど夕食時でもあるので、ホームは買物に降りた人でごった返す。惣菜のほか、手作りのピクルス、山菜、ハーブ、野いちご、ビールも氷水で冷やして売っている。


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 ヴォロチャーエフカ駅では30分停車。ホームは大賑わい。

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 ホームに惣菜を並べて列車の客を待っている。

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 大勢の乗客がホームにあふれて、お祭り騒ぎのようだ。

露店の1つでピロシキ2個を買う。
1個7Рだが、こまかい札がなかったので、おばさんに50Р札を出すと「オツリ無い」と30Рしか釣銭をくれなかった。別の店で、空きペットボトルに詰めてクワスを売っているのでそれも買う。1本10Р。

列車にもどって食べる。まだ温かいピロシキの中身はつぶしたジャガイモで、塩味がちょうどよく、おいしい。
クワスは、氷が入れてあるので冷たい。炭酸が入った甘酸っぱい味。
このクワスがこの旅行中に飲んだクワスのなかで一番おいしかったと記憶している。

惣菜にしても、クワスにしても、この列車のためにダーチャで作ってきたのだろう。レストランなんかよりこうした家庭料理こそが本当のロシア料理だと思う。

お祭り騒ぎのような光景がこんな小さな駅で毎日繰り返されているんだね。何だか可笑しくなってきた。

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 ホームの露店で買ってきたピロシキとクワス。

30分の停車時間もあっという間に過ぎ、発車時刻が近づくとホームを歩いていた乗客も次々と列車に乗りこむ。

客がいなくなると、どの店商品を片付けて、車や自転車で駅を去って行く。折畳みテーブルを手押しワゴンに手早く片付けてゆく様は見ていて面白い。
売れ残ったものはどうするのだろうか。


 ◆ ハバロフスク着

ヴォロチャーエフカ2駅を出てしばらくすると、右手に複線電化のシベリア鉄道が現れ、操車場のような所まで貨物列車としばし並走する。

シベリア鉄道に入るとスピードがぐんぐん上がる。小さい駅は通過し、ハバロフスクまでのラストスパートという感じで流れるように走る。乗り心地も良くなった。

シベリア鉄道はウラジオストクからモスクワまでを結ぶロシア鉄道の大幹線で、全線乗り通すと7日間かかる。いずれ乗って見たいと思う。

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 シベリア鉄道の線路と合流。

ハバロフスク近くになると、近郊の通勤駅のような駅を通過する。どの駅も高床式のホームがあり、ホームには上屋もあって駅舎と跨線橋で結ばれている。まるでJRの都市近郊駅と変わらない立派な作りになってる。

20:20、いよいよアムール川の鉄橋を渡る。鉄橋の長さは約2600mで上が道路橋、下が鉄道橋になっている。

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 アムール川を渡る。

橋を渡り終えるとすぐにハバロフスクの市内に入る。突然ピカッと光ったので何事かと思うと、何度も稲光が走るのが車内から見える。同時に夕暮れのように暗くなり、猛烈な夕立になった。

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 ハバロフスクの近郊駅を通過する。

主人と子供たちは通路で外を見ている。奥さんと2人で部屋に座り、ハバロフスクに着くのを待っていると、彼女が話しかけてきた。何しにハバロフスクに行くのかと尋ねたようだが、それに答えようとするが言葉が出てこない。知っているはずの簡単な単語さえ出てこなかった。それでも、ワニノから乗ってきた、ビジネスではない、日本に帰る、ということは分かってもらえたようだ。

20:36、列車は定時刻にハバロフスク駅のホームにゆっくりと進入した。同室でもほとんど言葉を交わすことはなかった家族と「ダスビダーニャ(さようなら)」と言って別れる。

ホームに降り立つと、まるで滝のような猛烈な雨が降っている。そんな吹きさらしのホームは列車から降りた人、乗る人、出迎えの人などでごった返している。どっちに進めばいいのかも分からない。

ホームの向こうに屋根が見えたのでそっちの方に大急ぎで歩く。屋根のところには階段があって、列車を降りた人が殺到している。狭い地下道の通路で出口に向かって押し合ってると、いつの間にか駅舎の外に押し出されていた。

滝のような激しい雨。出口のところには客待ちのタクシーがたくさん並んでいる。

適当なタクシーのドアを開け「ガスチーニツッア イントゥーリスト」と言うと、運ちゃんはコクっとうなずいた。値段を聞くと「トゥリースタ(300Р)」だという、随分と高い。
ロシアのタクシーはメーターがなく交渉制で、旅行者と見ると高くふっかけられるとガイドブックには書いてあった。ユジノサハリンスクでタクシーを呼ぶと120Рだと聞いたので随分と高い。ためしに「ドゥベースチ(200)」と値切ってみたが、運ちゃんは「300!」と怒鳴る。
雨は止む気配もないし、早くホテルに着きたい。

いい、もうなんでもいいから早くやってくれ!「300ハラショー!」と言うと車は走り出した。市内の道路は川のように雨水が流れている。市電の線路に沿ってしばらく走ったところで運ちゃんが言った。

「ダローガ、ズナーイェシ(道を知ってるか)」

オイオイ、タクシーのくせにインツーリストまでの道も知らないのか。幸いワニノで買ったハバロフスク市内の詳細な地図があったのでここだと指差すと、分かったのか知らないが、うなずいた。

しばらく走ってキオスクの前で車を停める。店の前に群がっていた一人に道を聞きに行き、また車を出す。あちこち走り回って、また通行人に何度も道を聞いたりしてしばらく行くと、ようやくインツーリストの建物が見えてきた。しかし、この運ちゃんはよっぽどの方向オンチなのか、ホテルの裏に出たり、また変な方向に走り出したりとウロウロする。

ようやくまっすぐ行くとホテルに着くという道を走っていたところで、突然行き止まりの道に入って停まる。運ちゃんも面倒になったのか、
「イントゥーリスト、ズジェーシ(ここがインツーリストだ)」と言い出した。
そんなハズあるかい!
「ニェーット!イントゥーリスト、トゥダー!(違う、インツーリストはあっちだ)」と指を差して怒鳴る。

渋々とまた車を走らせてしばらく行くとインツーリストホテルの正面に出た。300P払ってホテルへと向かう。やさしく話しかけられたときは言葉が詰まって、簡単な単語すら忘れてしまって、さっぱり会話にならなかったが。こういうときは火事場の馬鹿力というか、ロシア語能力全開となる。

ホテルに一歩入ると、きらびやかな、何か別の世界に来たような感じになった。フロントはどこだろう。フロントらしいところで「フロント?」と聞くと、制服を来た女性の係はいきなり日本語で「○○さんですねおまちしてました」と言った。なんか涙が出そうになった。

パスポートとバウチャーを出し、805号室の部屋カードと3日分の朝食券をもらう。エレベーターで8階へ上がり、部屋カードと引き換えにルームキーを受け取る。自分の格好が場違いに思えるほど重厚なつくりの廊下を歩いて、部屋に入る。

21時過ぎ、ようやくホテルの自室に入ってホッとした。
窓のカーテンを開けるとまだ外は明るい。いつの間にか雨も上がって青空も出ていた。

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 9:15、ホテルの窓から。まだ明るい。

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 バスは清潔でお湯もちゃんと出た。

バスタブにお湯を張ってつかると、今までの緊張感も解けて、日本に帰ってきたような気分であった。明日あさってはハバロフスクで2日間フリーだが、とりあえず明日はハバロフスク市内を見物する予定でいる。


2006年ロシア極東旅行記7 各駅停車351列車

 5日目 2006年7月13日

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 351列車 ワニノ〜ハバロフスクのルート。(地理院地図より作成)


 ◆ コムソモリスク・ナ・アムーレ駅

途中で目覚めることなく、ぐっすりと眠った。揺れる車内と窮屈な上段寝台で、体中がイタイ。時計を見ると7時。隣の上段寝台では主人が上半身ハダカで寝ていた。もう少し寝ることにする。

起きて通路に出ると、どこかの駅に停まっている。随分とたくさんの人が降りて行く。女学生も途中で降りていったらしく、すでに居なかった。

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  目覚めると小さい駅に停まっていた。

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 コンパートメントのドアが並ぶ寝台車内の通路。1つおきに窓が開く。

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 コンパートメントに備え付けの大きなテーブル。

アムール川を鉄橋で渡ると、ハバロフスクからの支線と合流する。ここからは複線になる。
9:30、コムソモリスク・ナ・アムーレに到着する。一晩一緒だった夫婦もここで降りてしまい、この部屋は自分一人となった。

コムソモリスクナアムーレは、人口29万人、アムール河とバム鉄道が交わる交通の要所である。
またここから、バム鉄道とシベリア鉄道のハバロフスクとを結ぶ支線が分岐している。
ソ連時代は、外国人は立ち入り禁止の都市だった。

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 コムソモリスク・ナ・アムーレに到着。

列車はここで1時間停車するのでホームに出てみる。

幅広のホームにはキオスクが数店あるだけで、露店もなく寂しい。降りる人は多いが、乗ってくる人はほとんどない。

ホームの端の方には、市電乗り場があって、カラフルな車体広告電車が次々と発着している。
市電乗り場と言っても、草地の中に線路だけ敷いてあるような所なのだが。

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 コムソモリスク・ナ・アムーレの駅舎。

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 351列車、停車中の風景。

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 行先票。ウラジオストク〜ソフガバニと表示してある。

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 編成の途中には『РЕСТОРАН』と表示された食堂車も連結されていた。

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 コムソモリスクの路面電車。駅前のループ線。

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 色とりどりの広告電車。

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 駅前付近は専用軌道になっている。

買物もとくに無く、ホームを歩いていると警官に呼びとめられる。
パスポルト(パスポート)を見せろという。パスポートを見せると「ジャパン」と言う。あとは何を言っているのかさっぱりわからない。

こっちにこいと、駅舎の警察の中まで連れて行かれる。座らされて、あれこれ聞かれるが、ロシア語なので分からん。分かったとしても、こういうときは分からないフリをするに限る。

出入国カードのスタンプを見て、サハリンから来たやつが何でこんな所にいるのか納得いかない様だ。ホルムスクから船でワニノに渡ったと紙に図を書いて説明したが、そんなはずは無いと言いたい様子だ。

ビザを見てどこかへ電話で問い合わせてやっと分かってくれたようだ。無事釈放となる。

まだ発車時刻まで30分近くあるが、駅は警官がやたらとチョロチョロしているので車内に戻る。

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 私を拘束した警官たち。

発車時刻近くなると、乗客が1人2人とホームにきて、後ろのほうの車両に乗ってゆく。旅行者というより、近郊のダーチャ(別荘)へ行くような感じの人ばかりである。

コムソモリスクからハバロフスクまではバスならば6時間半で、列車ならば各駅停車で11時間。
バスの方が早く着くし本数も多いので、ハバロフスク方面へ行く人はバスを利用するのだろう。


 ◆ 再び351列車

10:45になって列車は動き出した。この部屋に乗ってくる人もいなく、一人で貸切になる。しばらくはコムソモリスクの市街地を走り、さっき通ってきたワニノからの線路が左に別れて行くと単線になる。車窓はだんだんと白樺林や湿原が多くなる。

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 コムソモリスク駅を発車。

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 くすんだ町のコムソモリスク。

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 座席下の荷物入れ。

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 通路側のドア。鏡がある。両脇には折りたたみのハシゴ。

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 黒ずんだ木製の窓。下に半分くらい開く。

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 デッキにあるサモワール。お湯は自由に使える。

普通列車なので、駅を発車すると10分くらい走って町が現れたら次の駅に停まるという感じ。

2駅くらいごとに貨物列車とすれ違う。タンク車が多い。どす黒く油で汚れた巨大タンク車が何十両も連なる姿は、大迫力。

ロシアの鉄道のレール幅は1524ミリで、新幹線よりも広い。貨車も機関車も線路幅に合わせて大型なので、線路幅がとくに広いという感じはしない。日本のJRの列車をここに置いたら、間違いなくオモチャのように見えるだろう。

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 汚れた車窓からの風景。湿地帯が多い。

個室側の窓ガラスは汚れがこびり付いて茶色くなっているので、外の風景も茶色く見える。通路側の窓はきれいだし窓も開くので、通路に立って外を眺める。

気持ち良く窓から入ってくる風に吹かれながら流れゆくシベリアの風景を眺めていたら、警官が通りかかって、パスポートを見せろと言う。

また職質だ。パスポートを見せると警官は「サハリーン」と言う。またサハリンへ来たやつが何でこの列車に乗っているのかというようなことになった。

部屋に置いてあるバッグから、ホルムスク・ワニノ間の乗船券を見せると分かったらしく、パスポートを返して立ち去っていった。疲れてまた部屋に引っ込む。

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 小さな駅に停車する。

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 信号場のような駅にも停車する。

コムソモリスクを出てから2時間。ズリバーンという駅から夫婦と小さい子供2人の家族連れが乗って同室となる。
夫婦は車掌からシーツをもらうとベッドメーキングを始めた。この家族はウラジオストクまで行くらしい。

奥さんに「ハバロフスク?」と聞かれ「ダー(はい)」と答える。
寝台の個室に大人3人と子供2人入ると少々窮屈で、部屋も暑くなった。


 ◆ 351列車の食堂車

そういえばこの列車には食堂車がついていたのを思い出し、行ってみることにする。自分の乗っている車両から2両目が食堂車になっている。

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 351列車は普通列車ながら食堂車がつく。

食堂車に入ると、昼過ぎで昼食時を過ぎているためか、客は誰もいない。
席に着くと、係の女性がメニューを持ってきた。
メニューは当然すべてロシア語なのでどれがどんなものなのかは分からない。

メニューの表示を指差して「スープ?」とか言ってみる。ウエイトレスが肉料理やスープなどが載ったところを開いて見せてくれる。
何がなんだか分からないので、それぞれの一番上に書いてあるものを指差して注文した。最後に紅茶をつける。いったい何が出てくるのだろうか。

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 食堂車の様子。中央のおばちゃんが配膳係。

紫色のテーブルクロスが張られ、その上にグラスや皿やナプキンが並べられているので、高級レストランのように見える。窓のカーテンも紫なので、車内は紫一色。ローカル線の普通列車にしては豪華に飾られている。

料理はなかなか出てこないが、別に急ぐわけではないし、日本ではほぼ絶滅となった昼間の食堂車の雰囲気を満喫するのも悪くはない。

制服を着た車掌が2人入ってきてテーブルに着いた。
見ていると、肉料理の皿とスープとパンが載ったトレーが運ばれてきて、それを食べている。列車の乗務員用の賄い料理のようで、このあとも車掌が交代で食事に来るのか、次々と入れ替わりで席に着いて同じ物を食べていた。


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 紫一色でまとめられていい感じ。

一般客より賄い料理優先なのはいかにもロシアらしい。もっともロシアでこんなことで怒っていたらキリがないので、あれもおいしそうだなあなどと思っていると、最初のサラダが出てきた。

サラダ:キュウリとハムを刻んだものにマヨネーズをかけ、その上に刻んだゴーダチーズがのっている。
スープ:壷に入った鶏肉と野菜のスープ。
メイン:鶏肉にチーズをのせて焼いたもの。それにバターライス。
パン:ボロボロとこぼれるロシアの黒パン。塩をふって食べるのがロシア流。

どの料理にもディルの葉がのっている。ロシア人はディルが好きだなあ。

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 キュウリとハムのサラダ。

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 壷に入ったスープ。壷が深くて食べにくかった。

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 メインの鶏肉料理。

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 最後は紅茶(チャーイ)。

どの料理も車内で調理している割りには手がこんでいる。メインの鶏肉のグリルとバターライスは大変コッテリした一皿だった。

最後に紅茶を飲んでいると、ロシア人の2人連れが席に着いて、ビールを飲みはじめた。食堂は売店も兼ねていて、客がポツポツとやってきて何か買ってゆく。

テーブルでお勘定をすると、410Р。日本円ならば1640円だが、ロシア人から見れば目の玉が飛び出るような値段だ。列車に乗る人はほとんどの人が乗る前に食べ物を用意しているか、停車駅で売っているピロシキなんかを買う。

こんなローカル列車になんで食堂車がついているのか不思議に思う。1車両に車掌は2人乗っているから16両編成ならば30人以上になる。彼らの食事のためにあるのだろうか。
船でも船員の食事のためにコックが乗っているし。


2006年ロシア極東旅行記6 ワニノから351列車へ

 ◆ワニノ駅

5時ごろ、また町に出る。今度は買物をしてきて、預かり所で荷物を引出したあとはずっと駅にいるつもりだ。外に出ると雨が降り出してきた。

まず本屋でハバロフスクの地図を買う。次はアケアンで水とビール、それに食料を色々買いこむ。店を出ると雨はさらに激しくなっていて、道路の坂道は川のように水が流れている。急いで駅に戻るが、すっかり濡れてしまった。
手荷物預かり所で荷物を引き出して、待合室のベンチに座る。

駅のホームには18:00発のハバロフスク行の列車が停まっている。この列車は途中のコムソモリスクで、21:05に出る351列車に追い抜かれる。

激しい雨の中を列車は発車していった。待合室には21:05発の列車を待つ人が残る。
朝にホルムスクからの連絡船で着いた人も何人か見かけた。彼らはずっと駅の待合室にいたのだろうか。

最初ワニノに着いたときは、こんなところで丸1日どうすればいいのだろうかと思っていたが、それなりに時間はつぶせた。

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 激しい雨で道路はたちまち川のように。

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 駅には列車が停まっていた。

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 激しい雨の中発車を待つ先行のハバロフスク行。

さっき買ったイカ味チップスを食べながらビールを飲む。
ガランとした広い待合室に人々の話し声がこだまする。雨は時おり強くなったりして止む気配はない。

警官が時折見回りに現れる。もうあまりウロウロしないほうがいいだろう。
とにかく警官とは関わりたくない。

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 広いホールの待合室。

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 イカ味チップスと缶ビール。


 ◆ ワニノ 21:05【351列車】20:36 ハバロフスク

20時を過ぎたあたりから列車に乗る人が駅に少しずつ集まってくる。
20:40、放送があり、待合室にいた人が動き出したので、一緒にホームに出る。いつしか雨は上がっているが、霧に包まれている。

ホームから、ワニノの町と灯台が霞んで見える。こんな小さい港町のどこからやってきたのか、広いホームは人がいっぱい溢れる。

切符に指定された車両は11号車。何号車がどの辺から乗るのかは全く分からないので、大体この辺かなと見当をつけた場所で列車を待つ。ホームは高床式になっているので、どこか北海道のローカル線の駅の雰囲気そっくり。

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 列車に乗る人や見送りの人がホームに出る。

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 霧でホームから灯台が霞んでみえる。

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 351列車が入線する。

やがてディーゼル機関車に引かれた列車が入線して来た。なんと16両編成!食堂車も連結されている。
機関車の後ろが16号車で、11号車は目の前を通り過ぎてはるか前の方に行ってしまった。人ごみの中11号車の方へ急いで歩く。

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 351列車に乗る人でホームは賑わう。

351列車はバイカル・アムール鉄道、通称バム鉄道の東側終点であるソビエツカヤ・ガバニからハバロフスク経由でウラジオストクまで行く列車で、ハバロフスク着は翌日、ウラジオストクは翌々日の15:09着と2晩かけて走る。
私が乗車するのはそのうちのワニノ〜ハバロフスク間、距離にして807kmとなる。

編成はざっくりとだが、1〜8号車が寝台車、9号車は食堂車、11〜15号車が寝台車、16号車が座席車のようだった。

351列車の時刻表
駅名着時刻発時刻
ソビエツカヤ・ガバニ 20:35
ワニノ20:5421:05
コムソモリスク・ナ・アムーレ9:3510:35
ヴォロチャーエフカ219:0819:40
ハバロフスク120:3621:20
ウラジオストク15:09 

客車の入口で車掌に切符とパスポートを見せて車内に入る。指定された寝台は8番。車内はすべて4人部屋の個室になっている。室内には先客がいて、夫婦と学生らしい女性である。

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 351列車、ワニノ〜ハバロフスクの切符。モスクワ時間で表示されている。

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 入口の乗車風景。車掌にパスポートと切符を見せる。

何やら怪訝そうな目つきで見られる。夕方雨に濡れた身体がまだ乾いていなくて、みすぼらしいな外国人旅行者と思われたかもしれない。とりあえず寝台の隅に腰かけていると、車掌がシーツ代の集金に来る。50р払ってシーツをもらう。

21:05定刻にワニノを発車する。スルスルといつの間にか動いていたと言うような静かな発車である。すぐに次の駅に着いて、ここからも結構乗ってくる。列車は間宮海峡の海岸沿いを走る。

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 車窓に間宮海峡を望む。

個室にいると窮屈なので、通路の窓辺に立ってずっと外を眺めている。
ソビエツカヤ・ガバニからコムソモリスク・ナ・アムーレまでは、バム鉄道の一部として1945年に開通した区間となる。

この321列車は寝台列車だが、各駅停車。駅周辺に人家の無い小駅にも停車して行く。
ワニノからハバロフスクまでの路線距離は807km。23時間31分もの時間をかけて走る。
ずいぶんと時間がかかるのだと思っていたら、各駅停車だったというわけだ。

海が見えなくなると山の風景になる。トゥムニン川に沿ってシホテ・アリニ山脈の山ふところにだんだんと入って行く。天気もだんだん回復してくる。10時を過ぎてようやく暗くなり始める。列車の進行方向には夕焼けも見えた。

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 カーブでは長大な客車が姿を見せる。

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 10時頃、川の向こうに日が沈む。

すっかり暗くなってどこかの駅に停車すると、開けた窓から蚊の大群が入ってきた。また寝ている間に蚊に食われるのかとウンザリする。

寝台の個室では、夫婦がパンとベーコンとサラミをナイフで刻んで広げて夕食を食べていた。
主人が、中に入ってすわれとジャスチャーする。パンとソーセージをお前も食べろと言う。
「スパシーバ」と言ってありがたくいただく。
ビールも飲むか?と言われ、ビールももらった。主人がもっと食べろとすすめてくれる。

女学生がクスクス笑いながら「フクースナ(おいしい)?」と言うので「フクースナ」と答えた。何か情けない気持ちになった。

11時ごろ上段の寝台に登って寝る。
連絡船での寝不足と、ワニノでの歩き疲れで、横になったらすぐに眠ってしまった。


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