2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記1

「出雲大社に来る人はね、みんな神様に呼ばれて来た人なのよ」
〜出雲で泊まった旅館の女将に言われた言葉。

ことしの夏休みは10月の下旬になってしまった。
さてどこへ行こうかと考えたが、さっぱりまとまらない。
道内を車で回ろうかとも考えたが、車中泊できるのは9月までで、10月の車中泊は寒くて無理だ。日も短いし。

今年はGWにインドへ行ったので、さすがに海外へ行こうとは思わなかった。
9月からLCCのピーチが札幌〜台北の便を就航し、2万円くらいで往復できるのでちょっと考えたが、いまいちそそるものがない。
いずれは行くのかもしれないが、行きたくなった時に行くのが一番いい。今回はパス。

夜行列車でもあればなあ。
突然思い立って、北斗星で東京まで往復したこともあったっけ。

2006年寝台特急北斗星旅行記

急行『はまなす』も廃止になってから、東北もずいぶんと遠のいた。

うちでのんびりと過ごすのもいいかなと思ったころ、それは突然ひらめいた。
そうだ、夜行列車はまだあるじゃないか。

それは、寝台特急 サンライズ瀬戸・出雲

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 サンライズ出雲の登場。

ということで行先は決まった。

『サンライズ出雲』は東京と出雲市を結ぶ列車で、日本国内では唯一の定期夜行列車である。『サンライズ瀬戸』も併結していて、そちらは東京〜高松間を結んでいる。

私の住む札幌からこの列車に乗るためには、東京と出雲市まで出向く必要がある。
問題はそこで、最初はピーチかなんかで関西空港まで行ってそこから出雲市までなどと検討していた。

そういえば去年は北欧へ行ったな、今年はインドへ行った。どちらもJALだったので、マイレージがどれくらいあったかなとJALのHPを見てみると7900マイルばかり貯まっていた。
これ使えないかと調べてみると、新千歳から福岡までの直行便がなんと7500マイルで乗れるじゃないか。

マイレージは発生してから3年たつと消滅するので、貯まったらさっさと使ってしまうのがよい。いつまでも大事に取っておくものではない。

福岡から山陰本線経由で出雲市まで行き、そこから『サンライズ出雲』に乗る計画を立てた。
まずはサンライズ出雲の寝台券である。人気列車なので、まずは寝台券を確保しなければならない。
それほど混んでいる時期ではないだろうし、平日なので発売当日から満席ということはないだろうが、発売日の1か月前に買いに行く。
どうせ乗るなら、一番上等のA個室『シングルデラックス』にしたかった。

1か月前の発売日、この日は仕事は外回りにしておいた。完璧( ̄ー ̄)

10時になるのを見計らって苗穂駅へ。この駅はいつも暇そうだ。
窓口には先客はいない。列車名と日時はあらかじめ紙に書いてきた。早速差し出す。

みどりの窓口氏は機械に入力するが首を傾げ、棚からマニュアルらしきファイルをめくり始めた。

オイッ(#^ω^)ピキピキ

シングルデラックスって特別な操作がいるのか?
奥から人を呼んできてあーでもないこーでもないと始まった。
やっているうちに操作に成功したようで、

お客さん、シングルデラックスは満席なんですが( ・∀・)ノ

お前がモタモタやってたからだろ(# ゚Д゚)凸

と言いたいのをぐっと堪えて、
「ほかに空いてる日はありませんか?」

みどりの窓口氏はまた機械の操作を始めて、

「あ、喫煙席なら空いてました」

禁煙席で検索してたのかい。

「喫煙でもいいよ」

シングルデラックスの寝台券ゲットォー(゚∀゚)

喫煙部屋というのが気にかかる。ひと晩中たばこ臭い部屋で過ごすとなるとうんざりだ。
個室なので大丈夫とは思うが。
それでも一番のネックはクリアしたことになる。

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 サンライズ出雲シングルデラックスの寝台券。

次は飛行機の予約である。
着いた日は福岡で1泊し、途中のどこかで1泊、そしてサンライズ出雲へと考えた。
ネットで飛行機の検索をすると、これが意外と混んでいて10/23発の便しか取れなかった。
もう1泊増えてしまうが、せっかくなのでのんびりと山陰旅行をすることにした。

東京から札幌までの帰りの飛行機は成田からジェットスターにする。
ええ、貧乏人御用達のLCC。値段は片道で7370円。

スカイマークならば羽田から1万1千いくらだったが、東京から成田空港までの交通費を考えるとあまり差額はなくなってしまうが、今回は福岡市内発のJR乗車券が成田空港まで通しで買えるので成田まで行くことにした。

宿の予約は、じゃらんと楽天を使う。どちらもポイントを使って宿代を安く抑えた。
というわけで、10月のあたまには旅行の行程が確定した。

宿泊地は福岡、萩、出雲。
萩で明治維新の志士を拝んで、出雲では出雲大社にお参りするという目的もできた。

あとの細かい予定については追い追い決めることにしよう。
旅行の行程は大まかに以下のようになります。

1日目 札幌 【JAL】福岡(泊)
2日目 博多【列車】東萩(泊)
3日目 東萩【列車】出雲市〜雲州平田(泊)
4日目 雲州平田〜出雲大社〜出雲市(サンライズ出雲)
5日目 東京〜成田【ジェットスター】札幌

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 2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記のルート。






◆1日目
 新千歳空港 11:20【JAL3510】13:55福岡空港

まさか台風が来るとはおもわなかった。
大型台風21号。出発日前日には九州地方、今日は東北・北海道地方に接近する。

秋に国内旅行をすると、なぜか台風に遭遇する。おととしの三陸旅行では台風で気仙沼で足止めされたし、12年前に青春18きっぷ旅行の時は岡山で電車がすべて止まって予定が狂った。
秋の旅行はよほど台風に縁があるらしい。とはいっても10月下旬、もうシーズンも終わっているはずなのだが。

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 台風21号がやってきた。

当日の朝、台風21号はちょうど東京を通過中。これから東北を北上するようだ。JALのHPを見ると、午前中の東北行きの便は軒並み欠航。関東方面も欠航が多い。
関西や九州の便には欠航の表示はなかったので大丈夫のようだ。これもまだわからないが。

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 紅葉の中島公園は冷たい雨。

台風だけど、吹き込む北風の影響で気温は低い。札幌はもう12月のような寒さ。
風はまだそれほどでもないが、激しく冷たい雨が降る。

いつもは札幌駅まで行き、快速エアポートに乗るが、今回は中島公園からバスで行くことにした。時間はかかるが、乗り場までは自宅から歩いて7〜8分。

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 中島公園の空港バス乗り場。

バスは中島公園始発だし、がら空きだと思っていた。
ところが次から次へと乗客が集まってきた。ほとんどが中国人。つぎのすすきのでもたくさん乗ってくる。車内は満席になる。話し声は中国語ばかり。中島公園やすすきのにあるホテルから空港へ直行できるので人気なのだろう。

発車した頃は雨だったが、だんだんみぞれになる。
途中の北広島市あたりでは雪が積もって真っ白になっていた。

新千歳空港までは1時間半近くかかった。ここまでで何だか疲れてしまった。

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 ホワイトボードに書き出された欠航便。

新千歳空港の出発案内は欠航の表示が目立つ。東北方面の便は午前中は軒並み欠航のようだ。東京行きも欠航がある。
カウンターはどこも長蛇の列。

私のほうは、自動チェックイン機にバーコードをかざして終わり。預け荷物もない。

今回の荷物はバックパック1つ。
インドに行った時のバカでかいバックパックではない。あれは帰国してから売ってしまった。
いま背負ってるのは、あれから買いなおした新品である。機内持ち込みサイズなので、背負ったまま飛行機に乗る。

帰りのジェットスターは預け荷物があると2600円も追加料金が発生するので荷物は最小限しか持ってきていない。おみやげもあまり買えないな(買わないけど)。

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 欠航が多いためか閑散とした搭乗待合室。

セキュリティーゲートでは前の女性が何度も引っかかっていたが、こちらは1回でパス。
これからはこのバックパックスタイルで行くか。

中に入ると搭乗待合室は見事に閑散としていた。関西空港行のところだけ人だかりがしている。制服の高校生が多い。修学旅行か。

福岡行3510便は、揺れのため機内サービスが行われないかもなどという放送が流れた。
台風だろうと飛行機が飛ぶ以上は行かなければならない。もう予定を組んで予約もしてあるし、台風だからやーめたというわけにはいかない。

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 福岡行JAL3510便の搭乗口。

機内のアナウンスによると、この便は満席とのこと。
私の席は窓側。

最初予約したときは、真ん中の席がいくつか空いているだけだった。
何回もHPの座席指定をみたが、席は埋まる一方で窓側も通路側も空きがでない。

もうこれは真ん中の席でいくしかないのかとあきらめかけたが、2日前に確認すると窓側の席に2つほど空席ができていた。

窓側ゲットォー(゚∀゚)ー

さては台風でキャンセルが出たか。
この台風、自分には思わぬ幸運をもたらしたようだ。

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 激しい雨が叩きつける新千歳空港。

出発時刻になったが飛行機は動かない。
「ただいま管制塔から出発の許可を待っております」とアナウンス。

外は激しい雨。風も出てきたのか、雨風が地面に激しく叩きつけるようになった。
大丈夫なんだろうか。まあこちらは今日中に着ければいいけど。

台風は刻一刻と近づいてくる。早く出してほしいんだけど。
20分くらいしてから動き出した。

離陸してからすぐに雲の中へと突っ込む。雲の上へ出たらあとは退屈な眺め。

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 ずっと雲の上を飛ぶ。

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 新千歳空港〜福岡空港間の飛行ルート。

機内誌SKYWARDには出雲大社の記事が出ていた。気のせいかわからないが、飛行機の機内誌にはなぜか自分の行くところの記事が載っているきがするんだけど。
インドに行ったときはインドの記事が、北欧に行ったときは北欧の記事があったような。偶然かな。

機内サービスのコーヒーを飲みながら、イヤホンからはJAL名人会。フルサービスキャリア(FSC)はいいねえ。
しかもマイレージでタダだからね。
しばしリッチでプレシャスな空の旅を味わう。

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 機内誌には出雲大社の記事が載っていた。

中国地方の上空あたりから雲の隙間から下界が見え隠れするようになった。

飛行機は海岸線の上空を進む。カメラで外を撮りまくる。
後ろの人に、この人飛行機に乗るの初めてなのかねなんて思われてるかもしれない。
なんて思われたって構わない。メモリはたっぷりとあるし。

画像は山陰あたりかと思っていたが、帰ってから調べたら既に九州の上空だった。

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 九州の上空は雲が切れて下界が見えた。

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 海の中道と博多湾。

飛行機は福岡市内の上空を旋回する。なかなか気持ちが良い。
窓からは博多駅が見えた。

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 福岡市内を空中遊泳。

福岡空港着は14:03。定刻より8分遅れ。機内アナウンスではしきりに謝っていた。日本だなあ。
天気は曇り空だが、青空も見えている。
週間天気予報でも雨マークは無し。今回の旅行天気に恵まれそうだ。

俺は晴れ男だ、必ず晴れる。

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 福岡空港に到着。

空港ビルの外に出ると、見覚えのある看板が並んでいる。
考えたら2年半くらい前に福岡にきていたんだっけな。
あのときは特急のグリーン車で九州を1周してきたっけ。

2015年ハッピーバースデイ九州の旅

もうしばらくは九州に来ることは無いと思っていたが、また来てしまったよ。

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 福岡は2年半ぶり。また来るとは思わなかった。

まずは地下鉄で博多駅へ向かう。
今日の宿は博多駅近くのビジネスホテル。チェックインして、まず荷物を置いてしまおう。

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 地下鉄で博多駅へ向かう。

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 1泊する博多駅から近いビジネスホテル。

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 きれいだけどちょっと狭い。値段相応といったところ。

ホテルは博多駅から線路伝いに歩たところ。明日は朝早いのでとにかく駅から近いホテルを探したらいい所を見つけた。
チェックインして荷物を置いたらまたすぐ外に出た。

〜2へつづく

2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記2

さて、2年半ぶりの博多。時刻はまだ3時前。
どこに行こうかと出発前にあれこれ検討したが、とくに行きたいところもなく、新幹線に乗ってみることにした。

博多駅からわずか1駅、8分間で着いてしまうが、格安で新幹線に乗れる区間がある。
博多から博多南まで片道300円。
もとは新幹線の車両基地に駅を併設して、回送列車を客扱いにしたものだった。

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 博多駅博多口とJR博多シティ。

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 博多駅の新幹線コンコース。

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 博多駅新幹線ホームとひかりレールスター700系。

コンコースには博多南行の表示はなくて迷ったが、ホームの階段のところに表示を見つけた。
14番線の博多南行は700系ひかりレールスターだった。

車内はがら空き。指定席車両も自由席として開放されている。
指定席車両はサルーンシートと宣伝している2列+2列シート。グリーン車のようにゆったりしている。

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 博多→博多南の乗車券と特急券。

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 指定席者は2列+2列のサルーンシート。

発車時刻になり、静かに走り出す。乗り心地は新幹線。いい気分だ。
鹿児島中央に向かう本線と別れると、あっという間に博多南に着いた。

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 博多南に到着。

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 博多南駅の入口。

新幹線で着いたと言っても何があるわけじゃない。
駅前はベストリアンデッキになっていて、横にビルがある。
前にこのビルの屋上から新幹線基地が一望できると聞いたことがあって、ビルに入ったら全館工事中だった。

どこにでもある通勤駅といった感じ。
折り返しに33分の時間があるがどこにも行きようがない。

階段を降りたところに文具屋があったので、忘れてきたミニノートとボールペンを買った。
そのあとは隣りにあったドラッグストアをブラブラと見て駅に戻る。

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 博多南駅の改札口。

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 博多南駅のホーム。

ホームにはさっき乗ったひかりレールスターが停まっていた。
行き先は『こだま 岡山』とあった。
また博多に戻る。

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 ホームと反対側は新幹線の車両基地。

博多駅に戻ってきたのは4時近く、札幌ならばそろそろ薄暗くなってくる時刻だが、九州はまだ明るい。
どこかで1杯やってからホテルに戻るつもりでいたが、1杯やるにはまだ早い。
100円バスで天神の方へ行ってみようかとも思ったが、戻るのが面倒だ。

そういえば思い出した。JR博多シティの屋上にトレインビュースポットがあるらしい。
さっそく行ってみる。一番上の階がレストラン街になっていて、そこからさらにエスカレーターで屋上へ上がると『つばめの杜ひろば』という屋上庭園になっていた。

鉄道神社があったり、常設のミニSL(つばめ電車)も走っていて、なかなか楽しい。

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 JR博多シティ屋上の展望テラスから。

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 つばめ電車が走る。1人で乗る勇気はないな。

トレインビュースポットはどこにあるんだろうと思ってウロウロしていたら、もしやと思った通路を行くと奥に窓があった。
L字状になっていて分かりづらい。けど、あまり人が来ないのでゆっくりと見ることができる。

カメラを構えだまま20分くらいずっと立っていた。あまり頻繁に列車が出入りするわけではないが、ここは楽しいね。
こういうところは1日中でも居たい。

たまに人が現れて、こんな所あったんだーみたいにして去って行く。
意外と女性が多かった(^-^)

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 列車展望スペースは知る人ぞ知る?

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 博多駅真上60mからの列車展望スペース。

さて今度は博多駅に戻る。明日から使う乗車券を買わなければならない。
サンライズ出雲に乗るため、山陰本線と伯備線経由で成田空港まで。
窓口で説明するのが面倒なので、紙にルートを絵で書いて「これで成田空港まで」と言って差し出した。

値段は1万5810円、距離にして1404.5kmになる。JRの運賃は距離が600kmを超えた分の賃率が安くなるので、乗車券はできるだけ1枚になるようにしたほうが得だ。
これが出雲市〜成田空港間だと1032.8kmで1万2640円になる。
博多発と出雲市発の差額はわずか3000円ちょっと。2日かけて出雲市まで行くわけだから、青春18きっぷより安いね。

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 博多駅のきっぷうりば。

手にした乗車券の券面にある経由線を見ると
『経由:鹿児島線・山陽・山陰・伯備・山陽・東海道・総武・酒井』
となっていた。

最後の『酒井』って何だろう。酒井線?
成田空港支線って実は酒井線だった?

しかも乗車券のサイズは横長タイプ。自動改札機が通れないのはともかく、折らないと財布に入らない。
乗車券でこのサイズのを見るのは初めてだ。経由線が多いからか?

何だか謎だらけの乗車券だ。

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 福岡市内から成田空港までの乗車券。

無事乗車券も手に入ったので1杯やることにしよう。

出発前に九州出身の人に、福岡で何を食べたらいいか聞いてみた。
即「ラーメン」と返ってきたが「いや、ラーメン以外でさ」
そうしたら「もつ鍋」とのことだった。

ほかにも博多名物はいっぱいあるが、ここは言われたことに従うことにした。迷い始めたらキリがないというのもあるが。

スマホでもつ鍋の店を調べたら店はいっぱい出てくるが、さすがに鍋料理は2人前からしか無いようだ。
1人で鍋をつつくのもいないか、と思っていたら、1人前でもやっている店があった。

博多駅の横にあるKITTE博多の地下にある店。
店の前には赤提灯に『一人鍋』とあった。これはいい。

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 KITTE博多地下1Fの博多もつ鍋おおやま。

まだ5時前で、いつもならまだ仕事している時間だが、旅行中なので勘弁してもらおう。

店に入ると客は2人いるだけだった。
テーブルには衝立があって、なるほど一人鍋用だね。

もつ鍋と一品料理がセットになった『どんたくセット』というのにする。初心者には無難なところだろう。博多でもつ鍋を食べるのは初めてなのである。

鍋の味は味噌、醤油、水炊き風とどれにするか聞かれた。おすすめはと聞くと味噌味だというのでそれにした。
鍋の締めはちゃんぽん麺にするかご飯にするかと聞かれ、これもおすすめはと聞くと「私ならばちゃんぽん麺」と言うのでそれにした。
人に従ってばかりだが、わからないことはわかる人に尋ねるのが一番良い。

まずはプレモルの中ジョッキから。お通しに明太子が出た。

次に酢モツと辛子高菜。
酢モツはさっぱりしている。あんまり酸っぱくないね。

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 牛酢モツと辛子高菜、明太子はお通し。

そうしてメインの鍋が出てきた。ニラに火が通ってから召し上がってくださいとのこと。

具材はほかにキャベツと豆腐。
しばらく煮たててから小どんぶりによそう。
モツはトロッとするほど柔らかい。噛むと油が染み出してくる。スープもかなり濃厚だった。
うまいよ、これは。
人に言われたとおりにして良かった。

臭みも全くないし、モツが苦手な人でもいける。
モツだと知っていなければ脂身のようにも思える。
でもモツ嫌いの人って頑としてモツを食べるのを拒むからね。勿体ないね。

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 もつ鍋(味噌味)の登場。

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 牛もつはこんな感じ。

できるだけチビチビ飲んでいたビールだが、空になってしまった。
おかわりしようかと思ったが、焼酎にした。

このモツの濃厚さには焼酎の出番だろう。

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 追加の焼酎黒霧島ロック。

あー焼酎うまい。

鍋が汁だけになったころを見計らって、店員がちゃんぽんの麺を持ってきた。
麺を投入して煮込む。

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 〆めのちゃんぽん麺を投入。

このちゃんぽんがまた良かった。濃厚なスープとモツの油が絡んでうまーい。

焼酎も飲み干してフィニッシュ。
お会計はお通し込みで3466円。

博多でもつ鍋が食べられた。今回の旅行は幸先の良い出だしだな。
地元のの人に言わせればもつ鍋についていろいろ意見もあるだろうが、初心者なのでこれで満足だ。

私もジンギスカンについてだったら一家言くらい持っていますぜ。

ホテルに戻る前に駅の中にあるスーパーで酒と明日の朝食を買う。
ここからは節約旅行になる。

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 博多駅にあるスーパー。

駅の外に出ると夜景がきれいに見えた。酔った目では何でもきれいに見える。

駅前の夜景をいくつか撮影する。
夜景の撮影って意外と難しいのよ、これが。

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 博多駅の夜景その1。

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 博多駅の夜景その2。

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 博多駅の夜景その3。

しかし、人がい多いというか活気があるねえ。北海道とはえらい違う。
私なんかはこの人の多さにちょっと疲れてしまうんだけどね。

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 サンライズ出雲の寝台券(下)と明日から使う乗車券(上)。

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 また部屋で一杯やる。

ホテルの部屋に戻って、ちびちびと焼酎を飲んでいた。
おつまみにめんたいちくわを買ったけど要らなかったな。でも持って歩きたくないので食べてしまう。

明日は7:28発の快速列車から始まるので、7時過ぎにはホテルを出たい。
焼酎を1本開けたら横になった。


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記3

◆2日目 博多〜小倉〜門司港〜下関〜長門市〜東萩

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 博多〜東萩間のルート。(地理院地図より作成)

旅先の朝は早い。今日は6時前に起きた。

7:28発の快速に乗る予定なので、7時過ぎにはホテルを出たい。
8時半過ぎの列車でも山陰本線の列車には乗り継げるのだが、門司港へ寄ってみたいので1時間以上も早く出るのだった。

昨日、博多駅のスーパーで買っておいたパンといなりを朝食にする。

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 朝食の九州風味いなりとロングホイップ。

ホテルをチェックアウトして博多駅へ。

改札口に着いたのは7:16だった。
改札口上の発車案内を見ると、小倉行快速は7:18発とあった。時間を間違えた?

あとで時刻表を見たら乗る予定にしていた7:28発の快速は『土曜・休日運転』とあった。

最初からこれで大丈夫なのかオイ ヾ(--;)

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 成田空港までの長旅は博多駅北改札口からスタート。

気付いたときに走れば間に合ったかも。

まあいい、7:31発の特急にちりんシーガイア7号があるので、それで小倉まで行く。
改札口横にあったみどりの窓口で小倉までの特急券を買った。510円。
余計な出費になったが、小倉には予定より早く着くので門司港での滞在時間が増える。

時は金なり。


◆ 博多 7:31【にちりんシーガイア7号】8:31 小倉

ホームに行くと、特急の乗車口はどこも長蛇の列ができている。この列車の小倉着は8:31、時間からして通勤特急といったところ。並ぶ人もいかにも通勤という人ばかりだった。

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 にちりんシーガイアの自由席は長蛇の列。

列の最後につく。小倉までは1時間。立ちっぱなしも覚悟したが、窓側の席に座れた。
発車間際に続々と乗ってきた。
吉塚、香椎と停まるごとに大勢乗ってきて満席になった。デッキには立つ人も見える。

赤間を発車したあたりで車掌が車内改札に来た。
特急の定期券を持っている人がほとんどで、隣の人も定期券を見せていた。

停車駅の多い特急なので、案の定特急券を持たずに乗っている人が多い。
その度に車掌さんは行先を聞いて端末を操作して特急券を売る。次の駅が迫っているので車掌さんもやきもきだろうな。

折尾で降りる人が多いが、乗ってくる人も多い。隣の人も入れ替わった。
次の黒崎も降りる人が多い。小倉まで乗り通す人は意外と少数派だった。
考えたらこの区間は新幹線なら僅か16分。こちらは1時間かかる。博多から小倉までなら断然新幹線だろう。

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 小倉に到着。


◆ 小倉 8:36【1150M】8:52 門司港

小倉では門司港行普通列車に乗り換える。
こちらはラッシュも終わったのか、乗客は数えるほどしかいなかった。

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 門司港行はがら空きだった。

門司から門司港までは、時刻表の路線図で見ると支線のように見えるが、こちらがれっきとした鹿児島本線である。

門司で分かれる関門トンネルが開通したのは1942(昭和17)年。それまでは関門連絡船が本州側の下関と九州側の門司を結んでいた。門司とは今の門司港駅のことである。トンネル開通とともに今の駅名に改められ、それまで大里駅であった駅が九州側の新たな玄関口として門司と改められた。

このように由緒ある路線なのだが、車内も車外もなんだか錆びついてしまったような印象を持った。
北海道ならば室蘭に似ているなとも思った。

小倉から16分で終点門司港に着く。車内の乗客は私一人になっていた。

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 門司港に到着。


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 門司港駅の頭端式ホームと0哩標。

門司港駅は終着駅らしく頭端式のホーム。
ルネッサンス風の木造駅舎は1914年(大正3年)に現在の駅舎に建て替えられたときのまま使われている。

私の持っている乗車券では門司〜門司港間が区間外乗車になるので、改札口で210円を払って出る。

駅の外に出ると、木造駅舎は工事のために完全に覆われていた。
駅舎は2019年まで保存修理工事中なんだとか。

残念(´・ω・`)

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 門司港駅の木造駅舎は残念ながら工事中。

2019年完成したら、大正時代の姿が復元されるそうだ。
また次回ね。

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 旧駅の面影を残す駅入口。

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 関門連絡船通路跡。

駅舎は見ることができなかったが、駅前は古いビルが健在で、大正ロマンを感じるような街並みになっている。
駅から歩いて一回りしてきた。

通りは人も車も少なくて静か。
ここは九州の玄関口としてすべての拠点だったところ。
戦時中に関門トンネルが開通してから拠点は小倉へ、博多へと行ってしまい、すっかり錆びついてしまったかのようだ。
そのおかげで、今になって門司港レトロという観光地となった。

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 レトロな建物が並ぶ門司港駅前。

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 大正ロマンを醸し出す街角。

昭和戦前から時が止まったような一角が現れて立ち止まると、ふと昔の白黒映画の中を歩いているような気持になった。

人を見ないのになぜか人懐っこい。門司港はそんな不思議な空間だった。
門司港は次回来ることがあればもっとじっくりと歩きたいと思った。

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 関門海峡と関門橋。

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 バナナマンの人形。門司はバナナの叩き売り発祥の地なんだとか。

30分ほどでひと回りして駅に戻って来た。
駅近くには九州鉄道記念館や門司港レトロ観光列車の乗り場があるのだが、今回は時間が無くて行けなかった。
次回来た時に。


◆ 門司港 9:40【2335M】9:47 門司港

こんどは門司まで戻り、そこから下関まで行く。
久留米行4両編成の列車はオールロングシート。この車内はすいていた。
バックパックを背負ったまま腰掛け、わずか2駅。

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 門司港から出発する。



◆ 門司 9:53【5144M】10:00 下関

門司で乗り換える。ここから下関までの1駅は山陽本線になる。

ホームに入って来た下関行の電車は、なんと国鉄形の415系電車。九州電化の際から走っている交直両用電車である。
北海道の711系電車ですら既に廃車になっているのに、こんなところで国鉄形電車に出会うとは思わなかった。

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 門司からは415系電車で関門トンネルをくぐる。

乗るのは1駅7分間だけだが、ボックス席が空いていたのでそこに座る。
走りだすと音といい振動といい、うーん国鉄形。あまりにも堂々とした走りっぷりに感動してしまった。

考えたら九州は交流電化、関門トンネルと本州側は直流電化で、その交直セクションが門司駅の手前にあるためにこの区間は交直両用電車である必要がある。
高価な交直両用電車などあまり新製したがらないのだろう。

同じように駅間にセクションのある羽越本線村上〜酒田間では電化区間だが普通列車はすべて気動車である。
この次来るときは関門トンネルの列車は気動車に置き換わっていたりして。

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 下関に到着。

下関からは山陰本線になる。
向かいのホームには岩国行の2両編成が停まっていて、この電車から乗り換える人が多かった。
妙に鮮やかな黄色一色。この黄色い電車は115系でこれも国鉄形だ。

黄色い岩国行2両編成に立ち客を乗せて発車していった。ずいぶんとケチくさい電車を走らせること。

下関の乗り換え時間は35分、外に出ようと思ったが、大したものもなさそうなのでホームで待つことにした。
地下道のところにセブンイレブンがあったので何か買っておこうと入る。
『とらふくひれ酒』というのがあって下関らしいので1つ買った。515円。

山陰本線のホームは9番。まだ30分も前なので、ホームには3人くらいしかいない。
ホームでぼんやりと列車が来るのを待つ。

昔、ブルートレインのさくら号に乗って長崎へ行ったときに、下関で機関車交換の停車中にホームの売店で駅弁を買ったっけなあ。そのホームの売店は今は無く、駅弁すら無くなってしまった。

ホームは少しずつ人が集まって来た。ホームの乗車口のところに立っていると、自分の後ろに何人かの列ができた。



◆ 下関 10:35【828D】12:31 長門市

10:25に仙崎行の列車が入って来た。

1両だけって(-_-;)

車両はキハ40のワンマン列車。昔ながらのボックスシートだった。
それでも車両はリニューアルされていて、冷房が付けられたほか、窓のサッシが新しくなっていて、上段は開くが下段が固定窓になっている。

しかしこの車両、一番新しいものでも製造から軽く30年以上も経っている。
JR北海道ですら、そろそろ取り換えの話が出てきている。

JR西日本はまだまだ使うつもりなのかね(^^;)

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 下関からの仙崎行828Dはキハ40単行だった。

車内はすべてのボックスと車端のロングシートに何人かというほどの乗車率。
次の幡生で結構乗って来た。ジャージ姿の中学生が多い。

幡生からは山陰本線になる。単線でローカル線といった雰囲気。『本線』と言っても、幡生から益田までの区間約160kmは普通列車しか走らず、実質ローカル線でしかない。

2003年に今回と全く同じルートで博多から東京まで移動したことがあって、その当時は小倉から米子まで特急『いそかぜ』に乗ったのだが、その特急もいつの間にか無くなっている。

停まる駅ごとにジャージ姿の中学生(それも男子ばかり)が乗り込んでくる。部活動なのかわからないが、車内は賑やかになってきた。
彼らは相席を嫌って、通路に立ったままボックス席には座ろうとしない。ひじ掛けに腰掛けたりするくらいなら座ればいいのに。それにしてもうるさいこと。

そんな彼らも吉見で全員降りた。車内は静かになる。
ここから先は降りる人ばかりで、車内はだんだん寂しくなっていった。

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 駅ごとに乗客が減って行く。小串駅。

小串を過ぎたあたりから海岸沿いを走るようになる。
昨日までの台風の影響か波が高い。空も雲が覆っていて、冬のような風景だ。

それでも手付かずの自然の海岸は美しい。
山陰本線はずいぶんと良い所に線路を敷いたものだ。

それに海の見え方が良い。

山の中を走っていて、突然オーシャンビューが開けるのが憎い演出だねえ。

日本海はオーシャン(大洋)ではないけどね(^^)

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 オーシャンビューその1 小串〜湯玉間。

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 オーシャンビューその2 阿川〜長門粟野間。曇り空なので色彩はいまいち。

手付かずの海岸線が多いということはそれだけ人口が少なく過疎ということで、鉄道の経営的には厳しいところなのだが。
これだけの景色がありながら特急列車も無く、観光列車も走らせず、遅くて不便な普通列車ばかりというのは勿体ないなあ。

TWILIGHT EXPRESS 瑞風(トワイライトエクスプレスみずかぜ)はこの路線を走るが、普通の人が乗れねーじゃん。

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 1両なのでこれが全ての乗客。

混んでる列車には乗りたくないが、あんまり空いているのもちょっと寂しい。
空きボックスばかりが目立つ1両だけの列車は長門市に着いた。
この列車は仙崎行で、長門市から1駅だけの支線に乗り入れる。仙崎まで往復してきても良かったのだが、何となく長門市で降りてしまった。

長門市からは東萩行の臨時列車があるので、それに乗り換える。

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 長門市に到着。

改札口で乗車券を見せると、駅員は券面の経由地を指でなぞって確認した。

駅員「すごい切符ですね」
私「ええ、サンライズ出雲に乗ってみたくて」

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 長門市駅の駅舎。

長門市駅からは美祢線と仙崎支線が分岐する。
ジャンクションとなるので、それなりに大きな駅かと思っていたが、意外と小じんまりした駅で、待合室にはベンチがいくつかと売店があるだけ。
駅前も何も無いところだった。

今日はたまたま臨時列車がある日だったが、そうでなければこの駅で2時間も過ごすことになっていた。

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 長門市駅の待合室。


◆ 長門市 12:57【8594D】13:34 東萩

腹が減って来たので、売店でお茶と『バナナン』というお菓子を買って改札を通る。
12:57発の列車は改札口上の発車案内では益田行と表示されていた。

今度の列車はキハ47のワンマン2両編成。
列車の行先表示は、ここも益田と表示されている。東萩行じゃなかったのかこれは。

もしかして東萩から先は時刻表に載っていない臨時列車か。

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 益田行き臨時列車8594Dはキハ47の2両編成。

長門市と益田の間は、山陰本線の中で一番の閑散区間である。

長門市から東萩まで行くのに、1日に普通列車が8本しか運転されていない。
しかも長門市発の上り列車は9:10発の次が14:34である。

北海道のローカル線もびっくりの閑散ダイヤ。

当初乗り継ぎの計画を立てていた時は長門市で2時間もどうしていようかと思っていたのだが、新しい時刻表を見たらちょうど旅行日の日にだけこの臨時列車が運転されていた。

2017年10月の運転日は、10/10〜15・21・23〜26となっている。平日だったり休日だったり、どういう人を対象にしているかよくわからない列車だ。

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 車内はこのとおり。

2両編成の車内は悲しいほどにガラ空き(ノ_・、)

1両目は数人乗っているが、2両目は私一人だけ。まるで貸し切り列車だね。

折角だからビールでも飲みながら駅弁を食べたいところだが、そんなものは売っていないし。
山陰本線は、この先出雲市まで駅弁を売っている駅は無い。

売店で買ってきたバナナンはバナナの香りがする饅頭だった。
初めて見たので買ってみた。このあたりで作っているのかと裏をみたら、住所は大阪府門真市とあった。

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 長門市駅の売店で買ったお茶とバナナン。

さっき下関駅で買った、とらふくのひれ酒を飲んじゃおうかなとも思ったが、さすがに平日の昼間だし、それに萩では歩いてあちこち回るのでやめておく。

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 オーシャンビューその3 飯井〜三見間。青空が出てきた。

長門市からの車窓は、またまたオーシャンビュー。
1両貸切列車からの風景なのである。

ある意味トワイライトエクスプレス瑞風よりも贅沢かもしれない。

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 オーシャンビューその4 玉江〜萩間。

東萩の1つ手前の萩駅は立派な木造駅舎。
駅舎が登録有形文化財に指定され、中は鉄道の父・井上勝記念室となっているので鉄道旅行ならば立ち寄りたいところだが、今回は時間が無いのでパス。次回は必ず・・・

次回ばっかりだな(^^;)

東萩に到着。萩市の代表駅はこちらの東萩になる。
東萩駅のホームにはそこそこ乗客が立っていて、私と入れ替わりに乗り込んで行った。

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 東萩に到着。

改札口で乗車券を見せる。今度はなにも言われなかったが、駅員に頼んで下車印を押してもらった。

さて、東萩から先は時刻表に無い臨時列車のはずなのだが、と思って待合室にあった時刻表を見ると13:54発益田行とあった。
この列車は東萩が終点とばかり思っていたが、東萩からは列車番号を1568Dと変えて、そのまま定期列車になるのだった。



2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記4

◆ 2日目 萩を歩く

JRの駅は東萩が代表駅だが、ここは山口県萩市である。
いまは人口約4.7万人の日本海に面した地方都市だが、江戸時代は毛利氏が治める長州藩の城下町だった。

待合室の奥に観光案内所があって、開いてはいるが中には誰もいない。
地図の載ったパンフレットだけ取って来た。これを見ながら町をあるいてこよう。

当初の旅行計画では萩は素通りするつもりでいた。
博多から出雲市までは、新幹線と特急『スーパーおき』を乗り継げば、半日で着くのである。

それが萩に泊まることになったのは、飛行機が希望日の便が取れなかったことによる。
しかしそのおかげでこうして萩の町に寄ることができたのだった。

旅行の出発前に萩の歴史などを調べていた。
そうしたら歴史の教科書に出てきた伊藤博文、木戸孝允、山形有朋、高杉晋作など明治維新や新政府のメンバーの多くが長州藩のお城が置かれていた萩出身なのだった。
それに気づいたら、何だかすごい所に行く気がしていた。


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 松陰神社は幕末の思想家だった吉田松陰を祀った神社。

まずは松陰神社へ向かう。
ここは幕末の思想家であり教育者であった吉田松陰を祀った神社である。

日本の幕末から明治維新にかけて活躍した長州出身の人物に大きな影響を与えたのが吉田松陰であった。
駅から松陰神社までは歩いて行ける距離。沿道はドラッグストアやコンビニが目立つ。
15分ほどで着いた。広場の駐車場には観光バスが何台か停まっていた。

境内は修学旅行だろうか、小学生が大勢ぞろぞろと歩いている。
彼らが通り過ぎると静かになった。

吉田松陰歴史館もあったが今回は時間が無いのでパス。

また次回(^^)ノ~~

松下村塾だけはしっかり見ておくことにした。

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 国指定史跡の松下村塾(しょうかそんじゅく)。

この松下村塾で、高杉晋作や初代総理大臣の伊藤博文など多くの倒幕・明治維新にかけて活躍した人材が学んだ。
その師が吉田松陰なのである。
しかし、松陰がここで教育したのはわずか1年間だけ。

”この短い期間に、この粗末な教室から若い松下村塾グループが育ち、安政の大獄で刑死した師の志を継いで尊攘倒幕に挺身し明治維新の原動力になった。“とは看板より。

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 粗末な小屋だが、ここから明治新政府の要人が育った。

吉田松陰とは名前は知っていたが、どのような人物かまではこれまでよく知らなかった。
ネットでいろいろ調べてみたのだが、満29歳で亡くなるまで波乱というかクレイジーな生涯を送った人物だったようだ。

松陰の思想や言葉はググればいくらでも出てくる。そのどれもが現代に通用する、いやこの先どうなるかもうだれも予想がつかない現代にこそ必要なことかもしれない。

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諸君、狂いたまえ。by吉田松陰

松陰神社を後にして、今度は町のほうへ歩く。

別にどうということは無い普通の街並み。
だけど、歩いているとそんな中にも一瞬現れるんだよね。これはっていう被写体が。だから町なかは歩くのが一番好き。

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 水路と日本家屋。歩いていればこそ見つかる風景。

パンフレットの地図に『井上勝旧宅跡』というのがあったので寄ってみる。
井上勝は明治維新以来、日本の鉄道発展につくした人物。
鉄道好きとして寄ってみました。奥は普通の民家のようだったが。

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 鉄道の父、井上勝旧宅跡。

松陰神社から松本大橋を渡ってまっすぐ行った突き当りにあるのが唐樋札場跡。
江戸時代はお触書などが掲げられた場所。いまは萩市民憲章が掲げてあった。

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 唐樋札場跡。

この札場の向いにある荒川蒲鉾店に寄る。

旅行前に萩の名物というか、B級グルメ的なものを探していたら魚ロッケ(ギョロッケ)なるものに出会った。
萩市内の魚ロッケといえばこの店が有名らしい。

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 ショーケースに蒲鉾が並ぶ荒川蒲鉾店。

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 荒川商店の『魚(ギョ)ロッケ』は1個65円。

ショーケースに並んでいた魚ロッケ2個と、ごぼう巻きを買う。
歩きながら食べるのも何なので、包んでもらった。旅館で酒の肴にするとしよう。
あとでスーパーの練り物コーナーにも並んでいたので、この辺りではメジャーな食品なのだろう。

ここからはアーケード街になる。
シャッター街というほどではないが、人影は無くひっそりとしている。
この辺が萩市の中心部ということになるのだろうが、これといったものは見つからなかった。

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 『ジョイフルたまち』というアーケード商店街。

アーケードが終わったあたりから、萩城城下町ということになる。
長州藩時代からの旧家や武家屋敷が立ち並ぶ一角。

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 旧商家が並ぶ萩城城下町の旧町人地あたり。

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 呉服商・酒造業を営んでいた旧久保田家住宅の玄関。

このあたりも人通りは無い。平日だからこんなものなのか。
しかしそのおかげでとても静かで落ち着いている。

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 木戸孝允旧宅などがある旧江戸屋横丁。

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 日本の道百選の1つになっている菊屋横丁。

たまに観光タクシーが通りかかって、無粋だなあと思うが、これは私の足腰が丈夫だからで、あと40年もしたらああいうタクシーの世話になっているかもしれない。
・・ヨレヨレのじじいになってもまだ旅行してるんかい(^^;)

つぎは萩博物館へ行く。

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 萩博物館は武家屋敷風の建物。

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 入場無料の別棟にあった『昭和のくらし展』で再現された茶の間。

券売機で入場券を買って受付に見せる。
中に入ってから、バックパックを背負ったままなのに気付いた。戻って受付のおばちゃんに荷物を預かってくれないかというと、入口横のロッカーに入れてくださいと言われた。100円玉は出すときに戻ってくるとのこと。

おばちゃん曰く
「軽そうだから声をかけなかったんですが」

・・・いや結構重たいのよ、これ。

ひと回りしてきて、中にあったレストランに入った。客は私一人。
外に看板が出ていた夏みかんソフトを食べた。
ずっと歩き続けだったので、ここで小休止。

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 萩博物館のレストランで食べた夏みかんソフトクリーム。

さて、時刻は15:20.
ここからさらに歩いて、旧武家屋敷の並ぶ堀内地区重要伝統的建造物群保存地区を通って、萩城跡がある指月公園まで行ってみることにした。
堀内地区の街並みは、白い土壁の塀がずっと続く、町人地とは違った道だった。

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 旧上級武家地の道は白い土壁の塀が続く。

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 クランク状の石垣に囲まれた萩城への道。

萩城があった場所は指月公園となっている。萩城は明治7年に廃城令により解体され、いまは堀と土台の石垣が残るだけとなっている。
入口には料金所があって、中に入るには入場料がいるようだった。

もう4時近かったし、途中で買い物をして明るいうちには旅館に着きたい。
写真だけ撮って、引き返すことにした。

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 慶長9年(1604)に毛利輝元が築いた萩城。いまは土台の石垣が残るのみ。

さっき来た道をまた歩く。
同じ道をただ引き返すとは芸がないが、2回通っても良い道だった。

さっき歩いた城下町地区では、下校の小学生が歩いていた。
ここは観光地というだけでなく、地元の人々が暮らす町なんだな。
そう思うと、萩の町も人も懐が深い所に思えてくる。

有名になったはいいが、観光客相手のお土産屋やカフェばかりになって、反面地元の人が寄り付かなくなったような観光地よりここはずっと良い。

途中でスーパーに寄る。
ここで、今晩の酒と肴を仕入れる。今日の宿は素泊まりだ。

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 旅館近くの水路。

今日の宿は、じゃらんでネット予約してある。
昨日の宿はビジネスホテルだったが、今日と明日の宿は旅館にした。

私はプライベートでも出張でも自分1人で泊まるときは断然和室派である。
和室は立っても座っても寝っ転がっても自由に過ごせるからね。
風呂トイレ共同なのも全然気にならないし。

それにビジネスホテルはあまり好きではない。
狭い部屋にベッドが占領して、寝てるか狭いテーブルの向こうにある鏡の自分と差し向いに過ごすしかないではないか。
たっぷりと部屋に余裕のあるシティホテルクラスならば満足だが、少ない予算でそんなところに泊まれるわけはなし。

で、駅から近くて安い旅館ということで探していたら良い宿が見つかった。1泊4,500円、ちょうど千円分のクーポンがあったので3,500円となった。オンラインでクレジット決済済みである。

いやあ、便利な世の中になったね。
反面、町なかの旅行代理店など、あと10年もしたらほとんど無くなっているかもしれないね (^^;)

というわけで旅館の前までやってきた。

うおおお、古い。
ゾクゾクしてくるほど年季がはいった佇まい。

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 旅館芳和荘。建物は遊郭だったもので建築は大正初期。萩市景観重要建造物にも指定されている名建築。

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 古い佇まいの玄関。

本当にやっているのか?と思いたくなる玄関だが、おそるおそる戸を開けて中に入る。
誰もいない。

靴を脱いで上がったところに帳場があって、インターホンがあったので押してみる。
その隣には板と棒があって、これを鳴らしてくださいみたいなことが書いてある。どうしたらいいんだ、こりゃ。
板をカンカンとたたいて見たら、奥から『芳和荘』と書いた羽織姿の番頭さん?ご主人らしい人が現れた。

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 玄関から。セットじゃないよ本物だよ。

宿帳を書くと、羽織の主人が部屋まで案内してくれた。
部屋は2階になる。階段を登ると中庭があって、ぐるりと囲むように回廊がある。

その回廊に面した1つの部屋に案内してくれた。
部屋は畳の和室6畳。窓も手すりも木製。くすんだ色彩に100年の歴史を感じる。
床の間に置かれたテレビと窓の上のエアコンがむしろ異彩を放つ。

いいねえ、いいねえ(・∀・)

ここで歴史を感じながら1杯やるか。

主人「お風呂は何時に入りますか?」と聞かれ、
じゃあすぐに入るかなと答えた。

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 大正、昭和そして平成と百年間変わらない部屋。

主人が去ってからカメラを持って部屋を飛び出す。
もう軽く興奮していた。
いや〜、国内旅行でこんなにテンション上がるのはいつ以来だろう。

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 中庭と回廊。

中庭をぐるりと囲んだ木の廊下に木の手すり。手すりには文字が彫られた板がはめ込まれている。
床も、手すりも柱も綺麗に磨き上げられて、古さはあるが煤けた感じは全くない。

この建物は大正時代初期に遊郭として建てられた、当時としては大型の木造建築物である。
遊郭は、戦後のある時期までは全国各地に存在したが、現存する建物は今ではほとんどないそうである。
しかも、当時の姿のまま残っているのは全国でもここだけ。

歴史的な建物を保存して、観光化しているところは全国にいくらでもあるが、ここは現役の旅館。
しかも私のような貧乏人が泊まれる安宿 (^^;)

廊下から中庭を見下ろしていると、昭和も戦前、いや大正時代にいるような気分になってくる。
いや、伊藤博文や木戸孝允が向こうから姿を現しても違和感がない気がする。
なんだか軽いめまいがしてきた。

文章ではこれ以上言い表せないので、興味ある方は泊まってみては。

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 狭いけど趣のある風呂。『武者風呂』と呼ばれているそうだ。

風呂もずいぶんと手の込んだ造りになっていた。
安宿にしとくにはもったいない。

すっかり温まって風呂場から出ると主人が出てきて、お風呂の間にお布団を敷いておきましたからとのこと。
上げ膳据え膳だねえ。

さてと、部屋のテーブルにスーパーで買ってきた酒と惣菜を並べて宴会するか。

 〜本日の献立〜
魚ロッケとゴボウ巻き(荒川蒲鉾店製)
萩市沖産 ヤズ刺身
鯨カツ

 〜お飲み物〜
エビスビール1缶
長門峡 上撰 4合瓶


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 スーパーで買ってきた酒と惣菜。

エビスビールから。さんざん歩いてきて一風呂浴びてきたからビールうまい。
まずは魚ロッケから。魚のすり身にパン粉をつけて揚げたもの。コロッケならぬギョロッケ。
軽く塩味があるので、酒の肴ならばこのままいける。おかずにするならソースか醤油をかけたい。

ヤズは珍しい魚かなと思って買った。30%引きだったし。
どういう魚かと調べたらブリの出世魚名だった。

今回のスーパー惣菜で一番のヒットは鯨カツ。札幌あたりでは目にすることがないので買ってみた。
鯨の刺身は何回か食べたことがあるが、正直あまりうまいとは思ってなかった。
肉は叩いて薄くしてあるようだが、これが柔らかいし、感覚としては魚っぽい牛肉(?)というところ。
これがめちゃ旨かった。ビールより日本酒に合うな。

と思って日本酒も買っておきました。
部屋にあった湯飲み茶わんで飲む。

日本酒は、ぐい吞みでもグラスでもなく湯飲みで飲むのがツウの飲み方なのである(嘘)。

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 萩の地酒『長門峡』を友に。

買ってきた惣菜は多かったかなと思ったが、全部食べてしまった。
あとは古き良き時代に思いを馳せながらチビチビやってようか。

あー、くたびれたーと布団にちょっと横になる。

ZZZ・・・

目が覚めたら10時過ぎ。
電気つけっぱなしで寝ていた。最近寝オチが多いよヾ (^^;)

あーおしっこしたい。

外に出ると中庭はライトアップされて、これが昼間とは違う幻想的な光景だった。
トイレから部屋に戻って、カメラを持ってまた廊下に出る。

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 回廊と中庭の夜景。今自分はいつの時代にいるのだろう。

夜景を撮るのはお手の物だ。持っているカメラはニコンのコンデジ。レンズの口径比は広角側で1:1.8。手持ちでもバシッと決まる。
でももう売ってないんだよね、このカメラ。

廊下でカメラをもってウロウロしてると、羽織の主人が階段を登ってきた。

やべっΣ( ̄▽ ̄)、見つかった?

でも何も悪いことしてないよ。

主人「いい写真を撮れましたか」

「ここ、昔は遊郭だったんですってね」
から始まって、ご主人との話が止まらなくなった。

「古いままだから、あまり女性向ではないですかね」
と言うと、意外や意外、女性のファンが多いという。

この建物のこと、萩のこと、札幌のこと、話は明治維新の志士のことまでに及んだ。

私も寝起きとはいえ酒がまだ残っていたので結構饒舌だった。
なんだかんだ知ったかぶったつもりで、倒幕から明治維新の話をしたような気がする。

「松下村塾から始まって萩から明治新政府の要人がたくさんいたのに、萩の町はどうして小さな町のままになってしまったんですか?」

今にして思えば愚問だったかも知れないが、ご主人はたぶんご自分の言葉で答えてくれた。

「うーん、あの頃の人たちは、新しい日本を作る信念があったので、萩だけを発展させるということは頭になかったのでしょうね」

小1時間くらいずっと廊下で立ち話していた。
まだ半分酔っぱらっている自分の話を、物静かに受け答えするご主人はとても優しかった。

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 すべてが本物。

築100年にもなる古い建物を維持するのは大変なことだろうと思う。お金だってかかるだろうし。
ただ1泊の客である私にとやかく言う権利はないが、いつまでも今の形で残っていれば良い。
そして、また萩を訪れることがあればこの宿に泊まりたい。

今日1日を振り返ると、萩に来て本当に良かったと思った。

吉田松陰、萩城下町、そしてこの芳和荘

もしかしたら
「素通りは無いだろ、ちょっと寄ってけよ」
と、萩の町に呼ばれたのかもしれない。

飲みかけだったお酒をまた飲んだ。4合瓶が1本空いたところで、こんどは電気を消してちゃんと寝ることにした。


ところで 松下村塾 のことを私めは まつしたそんじゅく とずっと言っていました。
 ( ̄∇ ̄;)

それに気が付いたのは札幌に戻ってからだった orz


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記5

◆ 3日目 東萩〜益田〜浜田〜出雲市〜雲州平田

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 東萩〜出雲市〜雲州平田間のルート。(地理院地図より作成)

窓のカーテンを開けっぱなしで寝ていたので明るくなって目が覚める。6時。
10月も下旬になるとまだ日の出前。空はまだ茜色をしている。

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 6時過ぎ、まだ日の出前。空が茜色に染まる。

昨日スーパーで買ってあったアンパンを食べる。
荷造りと身支度をすればあとは特にすることもなく。
朝食付きにしても良かったかな。

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 風情ある純和風の階段と玄関。

そろそろ出発しようと1階に下りて玄関へ。やっぱり誰もいない。
帳場のインターホンを押して板を叩くと奥から昨日の羽織姿のご主人が現れた。
ほかに宿の人らしい人は昨日から見ていない。一人でやっているのだろうか。

もう行きますと言ってカギを返す。
ご主人は玄関の外まで見送ってくれた。

芳和荘は大正時代に建てられた元遊郭建築。近代的な手はほとんど加えられていない、当時の原型を残したままの旅館である。
もちろん古いが故の不便さもあるのは仕方がない。
そんな不便さもひっくるめて、昔の人の生活や思いを馳せながら一夜を過ごすことができたのは、貴重な経験ではなかろうか。

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 裏から見た旅館。どこから見ても風情がある。

7:25に旅館を出発。このまま東萩発7:44発の益田行に乗れば接続も良く、午前中には出雲市に着くのだが、そんなに先を急ぐ旅でもなく、あちこち途中下車しながら行きたい。

早く出たのは、世界遺産の萩反射炉をみるためだった。

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 雁島橋から見た阿武川。

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 山陰本線の列車。

旅館から歩くこと20分。セブンイレブンの駐車場わきに萩反射炉の入口があった。

階段を登ると、石積みの煙突が見えた。
ただの広場というか公園というか。もう少し観光地っぽくなってるのかと思ったが。

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 史跡萩反射炉の入口。

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 石積みの萩反射炉。

萩反射炉は萩藩が海防強化のため鉄製大砲を鋳造するために作った金属溶解炉である。
反射炉では、燃焼室で焚いた燃料の炎や熱を天井に反射させて金属を溶解させた。
現在残るのはその煙突のみ。
しかしこの反射炉は、技術的にも資金的にも難しくなって、試作で終わってしまった。

‟幕末に、萩藩が自力で産業の近代化を目指す中での、トライアル&エラー(試行錯誤)を証明する貴重な遺産です。“
(看板より)

また20分歩いてこんどは東萩駅へ。
列車の発車時刻までまだ30分もある。もう少し遅く出ても良かったかな。

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 東萩駅前にある萩城天守閣1/6の模型。


◆ 東萩 8:41【820D】9:54 益田

8:30に列車が入って来た。またもや1両だけ、キハ40のワンマン列車。
東萩で交換する列車はないのに、なぜか10分間も停車時間がある。

海側のボックスシートは余裕で座れた。

きったねえ窓だな(#^ω^)

窓はホコリや泥で茶色くなっている。
この改造キハ40の窓は、下段ははめ殺しだが上段は上に開く。窓を開けて手を突っ込んでティッシュで窓の外側を拭いたらきれいになった。

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 単行のキハ40が来た。

東萩発の上り列車は、この8:41発の益田行の次は13:54発ということになり、乗り遅れたら5時間以上待たなければならない。
山陰本線ということになっているが、本線とは名ばかりの超ローカル線である。なんでこんなことになっちゃったんだろう。
そんな貴重な列車だが、東萩からの乗客は観光客が数人と、地元客が数人だけ。空きボックスも目立つ。
列車本数が減った理由は、結局利用客が減ったからということに尽きるのだろうが。

利用者が減ったから列車本数を減らす→本数が減って不便になりさらに利用者が減る、の典型のようだった。
鉄道で萩に行きたい観光客がいても、これでは利用のしようがない。

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 日の当たる山側の席は空きボックスが目立つ。

東萩を発車してしばらくすると、さっき行った萩反射炉が一瞬見える。
車内から見るだけで良かったかな、とも思うが、今度萩に来るのはいつかわからないし行っておいてよかったということにしておいた。

しばらく山の中を通っていたが、海際に出る。
昨日とは違って、青空が広がって海面も静か。窓に張り付くようにして日本海を眺める。

停車駅ごとに地元客が1人、2人と降りて、車内はますます閑散としてきた。

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 オーシャンビューその1、長門大井〜奈古間。萩大島が見える。

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 オーシャンビューその2、宇田郷〜須佐間。

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 オーシャンビューその3、宇田郷〜須佐間。入り組んだ須佐湾。

須佐、江崎と地元の人が乗ってきて、車内はだんだん賑やかになる。
益田に向かう列車は、この列車を逃すと次は5時間以上あとになるのだから、この人たちにとっては貴重な列車だ。

車内はおかあさんたちの世間話や、おとうさんたちの経済談義などで賑やか。

ローカル線の旅は楽しいね(^^)

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 飯浦駅。ここから島根県になる。

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 オーシャンビューその4、飯浦〜戸田小浜間。

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 益田に近づくにつれ、車内は賑やかになって来た。

車内はいかにもローカル線の午前中の上り列車の雰囲気で益田に着いた。

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 益田駅に到着。

益田では乗り継ぎ時間が1時間ある。
一旦改札を出て待合室へ。

益田は島根県西部の都市で、人口は4.7万人。
益田駅は新山口からの山口線が合流する。
特急『スーパーおき』や『スーパーまつかぜ』も発着して、今まで超ローカル線だった山陰本線もここからは本線らしい面目になる。

待合室は10:31発の米子行スーパーおき2号の乗客で賑やかだ。
座り心地の良いベンチが並んで、売店もあって、いかにも昔ながらの駅といったところ。

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 都会では見なくなった有人の改札口。

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 益田駅の待合室。

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 2階建ての、いかにも国鉄といった感じの駅舎。

駅の外に出てしばらく歩いてみたが、これといったものもなく、また駅に戻る。

1番ホームはスーパーおき2号の乗客が長蛇の列。スーツ姿のビジネス客が多い。
みんなどこまで行くんだろう。県庁の松江までか。

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 米子行特急スーパーおき2号が到着。特急は人気。

たった2両の特急は結構な乗車率で発車していった。
また静かな駅になる。


◆ 益田 10:54【348D】11:40 浜田

こんどの列車は益田発浜田行の普通列車。特急とは反対にこちらはホームも車内もひっそりしている。

車両は変わって。ステンレス車体のキハ126の2両編成。
2000年から新車で導入された車両である。

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 益田からのキハ126系気動車。

どうも、ローカル線の新車というものにはあまり期待していない、というかガッカリさせられることが多い。
というのは、最近の車両はロングシート主体で、クロスシートも申し訳程度にしか設けられない残念な車両が多いからだ。

ところが、車内に入るとびっくり。オールクロスシートではないか。
車端部の優先座席だけロングシートになっているが、あとは4人掛けのボックス席。

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 キハ126のクロスシートが並ぶ車内。

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 車端部は優先座席のロングシート。

これは世が世ならば急行用車両としても通用する。
通路幅が広く取られてつり革が並ぶところが一般形ということなのだろう。

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 シートピッチも余裕がある。

ボックスシートに座ると、シートピッチも十分な広さがある。向き合って座っても余裕がありそうだ。
JR西日本さんも随分と粋な車両を作ったものだ。どこかのJR(西日本以外全部)にも見習ってほしい。

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 キハ126の運転台。

車内は悲しいほどにガラ空きのまま発車した。2両合わせて数人というほどの乗車率。

この車両、車内や座席はいいのだが、窓が汚いのは残念。せっかく景色が良いのに、カメラを向けても色あせてしまう。
拭けばきれいになるのだろうが、窓が開かないのではどうしようもない。

ワンマン列車なので後部の運転台は無人になっている。
しばらく立って後ろに流れる後面展望を眺めることにした。さすがに運転台のフロントガラスはきれいだ。

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 後部展望その1、益田〜石見津田間。

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 後面展望その2、鎌手〜岡見間。なかなかスリリングに見える。

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 後面展望その3、折居〜周布間。

トンネルに入って、海を見て、山中に入っての繰り返し。やはり海沿いの区間は素晴らしい。
もう少しゆっくり走ってほしいところだが、特急スーパーおき、スーパーまつかぜが高速化された区間。普通列車ながらも容赦なく突っ走る。

各駅停車ながら、快速アクアライナーと大して変わらない46分で浜田に着いた。

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 浜田に到着。

浜田では迷うところがあって、着いたホームの向かいに1両の列車が停まっている。
この列車は三江線の浜原まで行く列車である。車内は空いているボックスシートもあった。
三江線と言えば、来年(2018年)の3月末で廃止が決定している。

これに乗れば、全線は乗れないが途中の因原までなら往復してこられる。江津から特急に乗れば出雲市着は16:12となる。
江津から因原までの往復と特急料金は別にかかるが。

でも、雲州平田に着くころには暗くなってるな。できれば明るいうちに宿に着きたい。

ここは涙を呑んであきらめることにした。
階段を登って改札口を出る。


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記6

浜田着。ちょうど昼時だし、途中下車した。

べつに浜田に用はないが ヾ(-_-;) オイオイ...
(浜田の人すんません)

浜田市は島根県西部の中心都市で人口は5.6万人。
かつては2往復あった寝台特急『出雲』のうち1往復がこの浜田を始終着駅としていたので知っている。

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 新しい橋上駅の浜田駅。

旅行前に島根県の名物料理はないかと探していたら、見つけたのが浜田の『海鮮うずめ飯』だった。
浜田で途中下車するか、三江線を途中まで往復してくるか迷ったが、現地で決めようということにしていた。

結局、食欲に負けて浜田で途中下車することになったのである。

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 神楽めしのポスター。

向かったのは駅前のビジネスホテル、ここの最上階のレストラン。
外見は安ホテルといった感じだが、

昼時だが店内は空いていた。リッチそうな奥様方が数組。

メニューには海鮮うずめ飯が800円のほか、『えびす丼』というのもあって、こっちは海鮮がたっぷりとあって1400円(税抜き)。
せっかくだから贅沢しようとえびす丼にした。
そういや一昨日のもつ鍋からまともな食事をしていない。

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 海鮮がたっぷり載った『えびす丼』。税込み1,512円也。

出てきた丼はでかい。
「えびす丼は初めてですか?」と聞かれ、食べ方の説明をされる。そのまま食べても良いし、お茶碗によそって食べてもいいとのこと。別に説明を受けるほどのことではない。
店内のコーヒーメーカーは自由に飲んでいいらしい。

さすがに1500円だけあって豪華だ。
目立つのはウチワエビとアナゴの天ぷら。あと鯛、イカ、ホタテ、サザエ、イクラなど。

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 お茶碗によそっていただく。

ただ食べるだけではもったいなく、昼から一杯やりたくなってきた。
ビールでも頼もうか。
しかし、休暇中とはいえ平日の昼間なんだよな。
労働者の皆様に申し訳ないのでやめておく。

最後にデザートのオレンジが出てきた。
ほかに行くところも無いので、コーヒーを飲みながらゆっくりする。

けっこういい値段だが、定食にコーヒーを付けたと思えば悪くない。

レジで会計をして、エレベーターホールにあった写真を見たら、天皇陛下・皇后陛下御宿泊記念とあった。
ただのビジネスホテルかと思っていたが、由緒あるホテルのようだ。

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 駅前広場の神楽時計。ちょうど1時の演奏中。


◆ 浜田 13:16【快速アクアライナー】14:46 出雲市

また駅に戻る。
浜田駅は橋上駅。建物の大きさの割に小じんまりとしたコンコースはベンチがいくつか並んでいる。
都市近郊駅といった風。かつて寝台特急出雲が発着していた貫禄はどこにもない。

浜田からは快速『アクアライナー』。益田〜米子間を5往復する山陰本線の乗り得列車である。またオールクロスシートのキハ126。
益田始発なので、少しは混んでるかと思ったが、これも空いていた。半分くらいのボックスがふさがった程度の乗車率。

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 浜田からの快速アクアライナー。またキハ126。

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 快速アクアライナーの車内。

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 江津駅のホームに入る三江線の列車。

この列車の窓も煤だらけ。
東萩から乗ったキハ40は窓を開けて外側の窓を拭けたが、固定窓のこちらは汚れたまま我慢するしかない。

ここからも景色が良い。青い空、静かな海、遠くの島影。
汚れた窓がつくづく残念。

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 窓が汚れているので冴えない色彩の海岸線。田儀〜小田間。

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 出雲市に到着。

出雲市駅は全国どこにでもあるような高架駅。ここからは電化区間になる。門司港駅以来の自動改札もあった。
下関以来1日ぶりの都会らしい駅だった。

私の切符では自動改札を通れないので窓口で切符を見せる。
どうぞと通してくれたが、下車印を押してくれるよう頼む。
博多駅の改札印から始まって、下車印が長門市、東萩、益田、浜田、出雲市と、券面は賑やかになってきた。

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 出雲市駅の改札口。門司港駅以来の自動改札。

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 駅正面は出雲大社を模った三角屋根がある。



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 JR駅の脇にある電鉄出雲市駅の入口。

出雲市着は14:46。一畑電車はすぐの14:55発があるが、あまり早く着いてもしょうがないし、駅前を歩いてみようと次の15:39発の電車にした。

駅前を歩いてみたが、飲み屋街があるくらいで何もない。市の中心部は駅から離れたところにあるのだろうか。
駅の続いてある高架下のショッピングセンターをぶらぶらして時間をつぶす。


◆ 電鉄出雲市 15:39【一畑電車】15:59 雲州平田

一畑電車が発着するのは駅の隣にある電鉄出雲市駅。
JR駅と同じくして高架駅になったはずなのだが、こちらは昭和の雰囲気が色濃い。

券売機で雲州平田までの乗車券を買う。
窓口に『入場券をどうぞ』と張り紙があったので1枚買う。嬉しいことに地紋の入った硬券入場券。

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 電鉄出雲市駅のきっぷ売り場。

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 電鉄出雲市駅の硬券入場券と券売機で買った乗車券。

発車10分前になって改札が始まる。
ホームに上がると、入っていた電車は新車だった。
地方の私鉄といえば、中古の車両で細々と運営しているという印象だったが、高架の堂々たるホームと新しい電車は、都会の郊外電車という風に見えた。

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 電鉄出雲市駅に停車中、新車の7000形2両編成。

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 7000形の車内はセミクロスシート。

一畑電車は、出雲市と松江を結ぶ私鉄である。
同じ区間をJR山陰本線が結んでいて、宍道湖を挟んでJRは南側、一畑電車は北側を経由している。
90年代には廃止の噂もあったが、いまは見違えるようになった。

しかし電車は空いていた。いくつかあるボックスシートが埋まったくらいの乗車率。
次の出雲科学館パークタウン前で1人乗ってきただけ。
地方は完全に車社会だと実感する。1時間に1〜2本の電車を待つか車で行くかと考えたら、自分でも間違いなく後者だろう。

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 川跡駅からは大勢乗って来た。

大社線の乗り換え駅の川跡駅では向かいのホームにぎっしりと人が立っていた。
どうやら大社線からの乗り継ぎ客らしい。川跡からは席がだいぶ埋まった。

川跡からの乗客は観光客風。出雲大社の参拝で、松江温泉に泊まるのだろうか。
車内は賑やかになって一安心といったところ。
あんまり空いていると、路線の行く先が心配になる。

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 車両基地がある雲州平田駅。

雲州平田駅着。ワンマン電車だが、ここは全部のドアが開く。
出雲市からの乗客が数人下車する。私もここで降りる。
他の乗客はやはり松江温泉まで行くようだ。

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 雲州平田駅の改札口。

雲州平田駅は2005年までは『平田市』という駅だった。その名の通り平田市という市で、合併時の人口は約2.9万人だった。
平成の大合併で出雲市に編入となり、同時に駅名も雲州平田と改められた。

一畑電車の主要駅のひとつで、一畑電車の本社や車両基地もここに置かれている。
松竹映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の舞台にもなったところ。

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 雲州平田駅の駅舎。2005年の出雲市との合併以前は平田市という駅名だった。

駅から今日の宿までは歩いて5分。立地から言ってビジネス旅館といったところだろう。

今日の宿も素泊まりなので、夕食を仕入れにスーパーに寄る。
スーパーのある所は駅から少し離れていて、歩いて10分くらい。

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 買い物をしたスーパー。

スーパーで惣菜と酒を買う。あれこれ地元の食材を探したり、迷ったりしていたら30分くらい過ごしていた。
スーパーは楽しい(^◇^)

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 日が傾いてきた。


◆ 持田屋旅館

もう17時近く。山の向こうに沈みかけた夕日が見えた。急がないと暗くなる。

スマホの地図を見ながら歩くと今日の宿が見えてきた。
下見板張りのこれも純日本風旅館。

当初は出雲市駅前のビジネスホテルにしようかと思っていたが、それでは何だかつまらないし、ビジネスはあまり好みではない。
和室で安いところを探していたて見つけたのがこの旅館だった。
それに翌朝の出雲大社行を考えたら、出雲市からでも雲州平田からでも大して変わりはない。

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 持田屋旅館。ここも渋いねえ。

玄関の戸を開けて中に入るが誰もいない。
「こんにちは〜」と叫ぶとおかみさんが出てきた。

ここも純和風のインテリア。最近はこうした古さと和風を強調した宿が増えている。
日本好きの外国人が来たら大感激かもしれない。

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 純和風のインテリア。

2階の和室に案内される。
おかみさんに「お仕事ですか、観光ですか?」と聞かれ、
私「観光です」

お「予約のFAXが来た時、札幌からというから、随分と遠くからこの旅館を選んでくれてとびっくりしてね」
お「ところでどうしてこの旅館へ?」
私「出雲大社とあと一畑電車ですかね」
お「電車にのるためにこの旅館に来る人も多いんですよ」

鉄っちゃんなのがバレバレ(^^;)

部屋で宿代を渡す。3,300円。すばらしいね。
おかみさんはお釣りと領収書を取りに下へ行った。

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 和室の部屋。

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 昭和というより時代劇に出てきそうな雰囲気。

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 隣の部屋。こっちは広い。

おかみさんが戻ってくると、出雲大社の観光マップも持ってきた。

お「出雲大社参拝でここに泊まる人も多いんですよ」
から始まって、出雲大社のレクチャーが始まった。

お「出雲大社はほかの神社とは違って2礼4拍1礼」
私「ほうほう」
お「出雲の神様は耳が遠いの、だから大きく響くように手をたたかなきゃいけない」
私「へえ」

おかみさんはあっちも行って、こっちも行った方がいいと勧めるが、それ全部行ったら丸1日かかちゃうよ(^^;)

ほかにも色々と教えてもらった。
明日出雲大社に行ったら実践してみよう。

「出雲大社に来る人はね、みんな神様に呼ばれて来た人なのよ」(←冒頭のセリフ)
私「そういえば、今年はなんで突然出雲に行くのか思い立ったのか、そう言われれば出雲の神様に呼ばれたのかもしれない」
と調子の良いことを答えたが。

とはいえ、今回の旅行はなぜ山陰にしたのかいまいちはっきりしなかった。山陰地方に特に好印象を持っていたわけではない。

旅行先をどこに決めるか。
多くの人は好きな所へと答えるだろう。

私は旅行好きで国内・海外問わず長年いろんなところに旅行したが、はっきりとこれだけは言える。

好きな所だから行くよりも、行ってからそこを好きになる方が圧倒的に多い。

ここ山陰も今回の旅行ですっかり好きになった。
まあ、旅先の印象なんて天気や乗り物の混み具合などでどうにでも変わるものだが。

今回はどこも空いていて、天気も良く、一番いい時に来たような気がする。

それで行くと、本当に神様に呼ばれたのかもしれない。

お「出雲大社の次はどうするの?」
私「一畑電車で松江に出て、そこから境港に行こうかと」
「ゲゲゲかい」(;--)/
「そうそう」(^^;)

いや〜楽しいおかみさんだね(^^)

お「お風呂はどうします?歩いてすぐの温泉の割引券をお渡ししますが」
私「いや、ここで入るよ、もうさんざん歩いたし」

これから沸かしますとのこと。

しばらくして下から「お風呂が沸きましたよ〜」と聞こえてきた。

部屋といい雰囲気といい、なんだか寅さんにでもなったような気分だ。

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 旅館の風呂。

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 1階にある共同洗面所。

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 スーパーで買った惣菜。

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 お酒は出雲市平田の地酒『ヤマサン正宗』。

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 天井の節目。

日本酒は効くねえ。1本開けたらまた寝落ちしていた。

またかよ ヾ( ̄o ̄;)

夜中の1時。布団を敷いてまた寝なおす。


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記7

◆ 4日目 雲州平田〜出雲大社前〜境港〜出雲市〜サンライズ出雲

◆ 雲州平田 7:32【一畑電車】7:41 川跡

今日は出雲大社にお参りに行って、そのあと一畑電車で松江へ行き、そこからバスで境港へ行く予定でいる。
境港からはJRの境港線で米子へ出て、また出雲市へ戻って来ることになる。

出雲大社とその周辺だけでも良かったんだけど、せっかくなので境港線にも乗ってみることにしたのだった。

ということで今日も朝は早い。7:20には旅館を出発する。

旅館の1階に下りるが、誰もいない。呼ぶと昨日の女将さんが出てきた。

女将さんは火打石を打って見送ってくれた。まるで時代劇 (^^♪
昔ながらの人情味ある旅館だった。

「それじゃお世話になりました」
「お気をつけていってらっしゃい」

振り返ると女将さんがまだ立っていた。
「さようなら〜」とまた手を振る (^ー^)ノ~~

昨日と違ってこんどはまっすぐ駅へ向かう。旅館から5分とかからずに着いた。

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 今日のスタートは雲州平田駅から。

ちょうど通勤通学の時間帯だけあって、ホームは大勢の客がいる。といっても、都会から比べるとのんびりとしたものだが。

改札を通ってホームに出ると向かいの2番ホームにちょうど電車が入ってきた。
この駅で上下列車が交換するのだろう。しばらく停車したままだ。

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 雲州平田駅のホーム。それなりに朝ラッシュ。

またしばらくしてこちらの1番ホームにも電車が入ってくる。
2番ホームの電車の行先を見ると『電鉄出雲市』とあった。

あ〜、あの電車に乗るんだ ( ̄Д ̄;;

1番ホームは松江方面の乗り場だった。完璧に勘違い。
階段を下りて地下道を走る。間一髪間に合った。

車内はラッシュなので混んでいる。
高校生ばかり。ローカル線やローカル私鉄の主役は彼らだ。

結構揺れるので掴まってないと立っているのが大変だ。
わずか9分で川跡に着く。


◆ 川跡 7:49【一畑電車急行】7:59 出雲大社前

川跡で降りる高校生が多かった。
大社線に乗り換えるのかと思ったら、ほとんどは改札を出て行った。

大社線のホームに立つのは高校生が3人、観光客風1人、それに私と計5人。

ここ川跡駅は出雲市方面と松江しんじ湖温泉方面、それに出雲大社前方面の3方向が集まるようになっている。
ダイヤはここ川跡で双方向に乗り換えができるようになっているので、3方向の電車が同時にこの駅に停車することになる。

こんどは電鉄出雲市発松江しんじ湖温泉行が入ってきた。
こちらの出雲大社前行の電車はなかなかやってこない。

また踏切の音が聞こえてきて、次が出雲大社前行かと待っていると、3番ホームの出雲市行が発車していった。
入れ替わりのように出雲大社前始発の電車が入線してくる。
出雲市行の電車はキーッと音を立てて急停止した。

やっちまったね ( ̄ー ̄)

余程の遅れでない限り、接続待ちをしなければならないんだよね。

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 大社線の電車とフライングの電鉄出雲市行。川跡駅。

出雲大社前行の電車は新車だが1両だった。乗った乗客は高校生が7人、2人は観光客(自分含む)。
停止したままの出雲市行を横目で見ながら、こちらが先に発車する。
あっちはおそらくバックでホームに戻るんだろう。大社線からの乗り継ぎ客も多いだろうし。

この電車は急行ということになっていて、途中2駅のみ通過する。
出雲大社観光には早すぎる時間だし、急行というより利用者のいない駅を通過としただけのように見える。

次の浜山公園北口で高校生は全員降りて行った。車内に残ったのは2人だけとなった。

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 出雲大社前に到着。

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 ウッディーな改札口。

改札を出たところにコインロッカーがあって、背負っていたバックパックを預けることにした。

出雲大社前駅の駅舎は小さいながら西洋風建築の駅舎になっている。建築は昭和5年。いかにも昭和初期の建築といったデザインでもある。

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 ステンドグラスの明り取り窓。
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 出雲大社前駅の駅舎。

ここから少し離れたところに、旧JR大社線の旧大社駅があって、大正時代建築の和風木造駅舎が保存されている。
そっちも行ってみたいが時間があるかな。

まずは出雲の神様と、出雲大社に向けて歩き出す。
松の並木道の両側には、そば、ぜんざい、土産物などの店が並ぶ、いかにも門前町という感じ。朝早いのでまだどこも閉まっているが。

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 出雲大社へつづく神門通り。


◆ 出雲大社

早く来たおかげで静かだ。
天気は神々しいばかりの快晴。やっぱり神様に呼ばれて来たのかもしれない。

まずは第一の鳥居である勢溜の鳥居までやって来た。
いやここは二の鳥居で、駅の向こうにある宇迦橋の大鳥居が一の鳥居ということになり、正式にお参りするんならあっちから順番にということになるのだろうが、今回は二の鳥居からスタートということで勘弁してもらおう。

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 出雲大社勢溜の鳥居。

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 勢溜鳥居から神門通りを見る。遠くに宇迦橋の大鳥居が見える。

さて始めますか。
出雲大社の参拝方法はちゃんとネットで調べてきていた。旅館の女将さんにも色々教えていただいたので、順番にやって行こう。
まずは一礼して鳥居をくぐる。

この鳥居は木の鳥居だった。

出雲大社ともなると、なんだか格が違うような風に見える。

勢溜の鳥居から緩やかな下り坂が続く。
この下り参道は全国でも珍しく、本殿に向かって吸い込まれて行くような感覚とどこかにあったが、そんな感じはある。

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 鳥居からの下り参道。

この下り参道の途中に小さな社があって、気を付けていないと通り過ぎるほど目立たない存在だが、『祓の社(はらえのやしろ)』という重要ポイントである。

まず最初にここでお参りすることで、世間で身に付いてしまった厄や心身のけがれを祓い清めることができるという。
心を清めてから神前に立ちたいものだ。

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 まず最初のお参りは祓社から。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく響くようにと昨夜女将さんに言われていたので、そのとおり手が痛くなるほど強く叩いた。礼は深々と。

結構恥ずかしいな。今は周りに人がいないからいいけど。
混んできたら、このくらいやらないと神様は気付いてくれないのかもしれない。

進むと橋があってその先にあまり大きくない鳥居がある。
これが三の鳥居である『松の参道の鳥居』。

鉄の鳥居である。

この松の参道は真ん中を通れるのは殿様や貴族だけ。普通の人は道の脇を歩かなければならない。
真ん中は通れないように通せんぼがしてあるのは松の根を保護するためだとか。

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 松の参道の鳥居。

次に向かうのは手水舎。ここで両手と口を清める。
ここでも作法があって、柄杓を右手に持って水を汲み左手を清め、左手に持ち替えて右手を清め、最後に右手で受けた水で口を清めるというもの。

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 銅の鳥居前の手水舎。

手水舎で手と口を清めてから、四の鳥居である銅鳥居をくぐる。おっと1礼を忘れないように。

ここは銅の鳥居である。

おっ、次ははがねの鳥居
と思ったあなたはドラクエのやりすぎです。

銅の鳥居は触れると金運が上がると言われている。1礼のあと軽く触れる。
銅なので青サビが浮いているが、この手で触れられるところだけはピカピカだ。

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 最後の鳥居が銅鳥居。

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 銅鳥居に触れると金運がアップするんだとか。

さて心も体も清めたらいよいよお参りである。

賽銭は10円は遠縁(とおえん)に通じるのでNG。5円(ご縁)とか11円(良い)とか41円(良い縁)などがおすすめとか。
賽銭は投げてはいけなく、箱にそっと落とすように入れる。

参拝所の上には大きな注連縄(しめなわ)が下がっている。
賽銭を投げて、この注連縄に刺さると幸運になるという人がいるが、それは大変罰当たりな行為なのでやめましょう。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

手がヒリヒリしてきた。

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 大きい注連縄が下がる拝殿。

拝殿の次は御本殿のお参りとなる。
ここが出雲大社詣での本番といったところだろうか。

昨夜の女将さんが言っていた。
「本殿の横に手水舎があってね、本当はお参りの前にもう一度ここで清めなきゃならない」
「これはどの本にもネットにも書いていないからね」

はいここテストに出るからね。
 何のテスト (^^;

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 八足門の脇にある手水舎。

なるほど参拝所の脇に小さな手水舎があった。
ここでもう一度手と口を清める。

本殿の手前に門があり『八足門(やつあしもん)』と呼ばれている。ここから先は一般人は入れず、この門から本殿を拝むことになる。

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 八足門と参拝所。この奥に御本殿があるが一般人はここまで。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

だんだん板についてきた。人の目も気にならなくなった。別に気にしている人もいないだろうけど。

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 八足門から本殿を拝む。

ラスボス 大国主大神様にお参りして、これで出雲大社はクリアしたことになる。

が、ここで引き返してはいけない。
ここからクリア後の世界があるのだ。

八足門から右手に道が続いている。御本殿を中心に反時計回りで進んで行くことになる。

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 奥の建物は十九社、さらに参道は続く。

『十九社(じゅうくしゃ)』と呼ばれる細長い建物があり、ここは神無月に全国の神様が集まられた際に神様が宿泊される場所となる。

十九社から御本殿の東側を奥まで続く参道、ここは境内でも特にパワースポットなのだそうだ。
出雲大社の後ろに控える八雲山という山があって、この山が出雲大社のご神体となっていて、その強いパワーがこの参道を通り抜けているのだそう。(うろ覚えなので間違っているかもしれないが)

確かに、だれもいないとゾクッとしてきそうな場所ではある。
パワーを感じながら、おそるおそる歩く。

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 御本殿を反時計回りに進んで行く。

御本殿を正面から見たらちょうど裏側の場所に小さな社がある。
ここが『素鵞社(そがのやしろ)』。

これこそが出雲大社一番の超パワースポットなのである。

建物は小さいが、ここに祀られている神様は素戔嗚尊(スサノオノミコト)といい、出雲大社祭神の大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)の義父神、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の弟神に当たる。

出雲大社のご神体である八雲山を背にして、娘婿である大国主大神様に睨みを利かせているのである。

ドラクエで例えれば、御本殿に祀られている大国主がラスボスならば、こちらはまるで裏ボスだね。

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 ここが一番のパワースポットという素鵞社(そがのやしろ)。

能書きはこれくらいにして、お参りをする。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。


スサノオのパワーと後ろの八雲山のパワー、ここはダブルパワーだ。

スサノオといえばヤマタノオロチを退治してクシナダヒメという女神を助け出し結婚した神様である。
その後、スサノオとクシナダはこの出雲の八雲山にて新婚生活を送ることになる。

スサノオがこの地で詠んだ有名な和歌。
スサノオがクシナダと新居を求めたときに、雲が立ち上がるのを見てこの歌を詠んだとされる。

 ”八雲立つ出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を”

スサノオとクシナダ。その後八雲山の新居にてどう暮らしたのだろうか。
古事記にはその新婚生活についても記録があった。

原文:”故、其櫛名田比賣以、久美度邇起而”

訳:彼はクシナダヒメを以て、久美度(くみど)を起こし・・・

 要は ラブラブ ってことよ 。

そんなスサノオを祀った素鵞社、恐るべし
ここは出雲大社に行ったら絶対外せないポイントね。

昨日、最初に稲佐の浜に行って砂を持ってきて、ここ素鵞社の砂と入れ替えて持ち替えればお守りになると言われたが、ちょっとそこまでの時間はなかったな。砂の入れ物も無いし。残念。


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 御神座の正面に当たる場所にある参拝所。

最後に忘れてはいけないのが、御本殿の西側に設けられた小さな参拝所。

御本殿におわす大国主様のご神体は正面ではなく横向きに鎮座されている。
横向きの正面がこの場所ということになる。

八足門の参拝所お参りすると、横からお参りするということになるが、ここで改めて正面からお参りするということで、より一層願い事を聞き入れてもらえるということ。

2礼4拍手1礼。拍手は大きく、礼は深く。

これで参拝は大体終わり。
あとはおみくじを引いて、お守りでも買うことにしよう。

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 神楽殿と日本最大級の大注連縄(おおしめなわ)。

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 下から見上げると迫力がある。

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 だんだん人が多くなってきた。

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 境内のあちこちにある白ウサギの像。

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 ここにも白ウサギ。

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 神楽殿の前にある日本一大きい日の丸国旗。

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 ムスビの御神像。大国主大神が幸魂奇魂(さきみたまくしみたま)を授けられた一場面を再現したもの。

朝に勢溜の鳥居に来たのが8:08で、境内を回って再び戻って来たのが9:03だった。1時間ほどでほぼお参りできたことになる。

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 勢溜の鳥居まで戻ってきた。

次の電車は10:22発。こんどは松江へと向かう。
まだ1時間以上あるので、せっかくだから出雲そばを食べることにした。

これも昨日出雲そばの美味しい店をいくつか教えてもらったが、その中の1つが9時からやっているので行ってみる。


2017年 山陰本線とサンライズ出雲旅行記8

出雲大社の勢溜の大鳥居から神迎の道という道路を歩いて行く。

神迎の道(かみむかえのみち)とは、全国の神々が出雲に集まるときは稲佐の浜からこの道を通って出雲大社にお入りになるとのこと。
知っていなけらばわからないほど普通の住宅地の道である。

交差点の角にその出雲そばの店があった。『かねや』という店。
入ってみるとまだ準備中だった。「10分くらいで準備できますから待ってますか」と言われたが、それまでその辺をぶらぶらすることにした。

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 朝からやっていた出雲そばの店。

道をさらに進むと浜に出る。
突き当りに灯篭が2本立っていて、ここが稲佐の浜かと思うが、あたりは防波堤が続いていて殺風景な場所。
地図で見たら、稲佐の浜はもっと北側だった。

ここからまた引き返す。
9時半。こんどはそば屋は開いていて、入ると先客が2組いた。

出雲そばは初めて食べる。
写真とかテレビとかでは見たことはあるが、味だけは食べてみなければわからない。

注文したのは750円の『割子そば』。
ほかに、『おろし割子』とか『三色割子』とかあったけど、結構いい値段ね (^^;

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 割子そば(750円)。

割子そばは3段になっていて、つゆは直接そばにかける。

そばは黒目で、もそっとした食感なのは、そばの殻も挽いているため。香りも強い。
つゆもそばに負けじと甘辛い濃いつゆになっている。かなりしょっぱい。
赤い薬味はもみじおろしで、これが結構辛い。この辛味が出雲そばの一番のポイントと言えそうだ。

基本薬味しか乗っていないので物足りないが、そばそのものを味わえたので良しとする。

そばを食べながらこれは酒に合うと個人的には思った。それも甘口で濃厚な日本酒ね。
あと濃厚なそばつゆ。あれ音威子府のそばにかけてみたい。

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  つゆは直接うつわに注ぐ。

食べているうちに客がだんだん増えてきた。昼時は結構混みそうだ。
食べ終わったら早々に店を出る。

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 出雲そばの店が並ぶ。

朝着いたときは閑散としていた神門通りも、商店街の店も開いていて賑やかになってきた。
電車の発車時刻が迫って来たので駅へ急ぐ。


◆ 出雲大社前 10:22【一畑電車】10:33 川跡

窓口に行くが誰もいない。
改札口の駅員さんが「何か御用ですか」というので入場券を買いたいと言うと、その駅員さんが窓口の向こうにやって来た。
ワンオペですか (^^;

朝乗った電車に、車内乗車券を発売していますという張り紙があったので聞いてみると、ありますよとのこと。
入場券と松江しんじ湖温泉駅までの乗車券を車内乗車券で買った。

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 出雲大社前駅の窓口で買った車内補充券の乗車券と硬券の入場券。

車内乗車券とは、ワンマン化以前の車掌乗務時代に車掌が車内で販売していた乗車券である。
ローカル線では発駅着駅と金額を印刷してあって、そこにパンチで穴をあける方式になっている。
JRでも昔はローカル線にあった。無人駅から乗ると、車掌さんがパンチで穴をあけて発券していた。
残っているのは全国でもここだけじゃないかな。

出雲大社前駅だけではなく、主要駅にもあるので記念に買うといいですよ (^^)

そうだロッカーから荷物を出さなきゃ。
このロッカーは改札外ということになっているが、駅員さんは柵のある改札口ではなく、どういうわけか駅舎の出入り口のところに立っているので、改札内のロッカーのようになっている。

とにかくロッカーから荷物を出して、出入口で切符にパンチを入れてもらう。入場券にも入れてもらった。

パンチか。正式名は改札鋏といい、昔は改札口でパチンパチンと切符を刻む音が聞こえたものだ。
すでに昔のものとなってしまったパンチだが、これはローカル私鉄では意外とまだ残っていたりする。

来た時と同じ1両の電車で川跡へ。そこでこんどは松江しんじ湖温泉行の電車に乗り換える。


◆ 川跡 10:35【一畑電車】11:22 松江しんじ湖温泉

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 川跡で松江温泉しんじ湖行に乗換。

2両編成の電車は京王電鉄で使われていた中古。
今や地方の私鉄は、大手私鉄の中古車両ばかりになってしまった。

何だか味気ないが、大手の中古譲り受けることで何とか鉄道が残ってこれた面もあるので仕方がない。

空いているのでロングシートに横向きに座って外を眺める。
平凡な田園風景が続くが、途中から宍道湖が見えるようになる。

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 2100形は元は京王電鉄の車両。

途中の一畑口で電車は方向転換する。いわゆるスイッチバックというやつ。
遠軽駅なんかが有名ね。座席の方向転換をするのに一仕事だからね。

こちらはロングシートなので宍道湖の見える方向が変わるくらい。
向かい側の席に座り直す。

一畑口からはずっと宍道湖を見ながら走る。
この辺りから停車する駅ごとに1人2人と乗客が現れるようになった。

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 路線のほぼ半分の区間は宍道湖に沿っている。

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 松江しんじ湖温泉駅に到着。

出雲大社前駅で買った車内乗車券は、改札口で記念にほしいと言うとそのまま通してくれた。

松江しんじ湖温泉駅は松江温泉駅だったのを温泉街が松江しんじ湖温泉と改称したのに合わせて駅名も改称したもの。
確かに温泉もあるし宍道湖も近いんだけど。

困ったことに観光駅の駅名は長くしたがる傾向にある。色々盛り込みたい気持ちはわからんでもないが。
まあ、一介の旅人がとやかく言う問題ではない。

ただ、パソコンで変換できないのよ (^^;

松江しんじ湖温泉からはバスで境港へ向かう。JRもあるが、松江からは一畑バスの『松江境港直行バス』というのがあって、そちらの方が早い。
駅前はバスターミナルになっていて、直行バスのバス停もそこにある。

バスの乗り継ぎ時間は38分ある。
駅の待合室にいるには長すぎるし、かといってどこか観光できるような時間でもない。

宍道湖が近いので、湖畔をぶらぶらして時間をつぶした。

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 駅近くの宍道湖の湖畔から松江の街を見る。


◆ 松江しんじ湖温泉 12:00【松江境港直行バス】12:56 JR境港駅

発車時刻の12時が近くなっても、バス停には私以外だれもいない。バスもなかなかやってこない。
乗り場は本当にここで合っているのかと思いかけたころ、バスがやってきた。

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 松江しんじ湖駅始発の境港直行バス。

私1人を乗せて発車する。
このまま境港に直行するのではなく、次の松江城で2人、松江駅では10人ほど乗ってきた。
松江駅からの客は中国人やインド人もいて国際色豊か。

地図で見ると松江と境港の間には中海という湖があって、バスは湖沿いに行くように見えるが、この直行バスは橋を渡って中海にある2つの島を経由して行くという面白いルートを走る。

大根島、江島と2つの島を通り、江島大橋を渡って再び本土(?)に戻る。

江島大橋は境港と江島を結ぶ橋で、開通は2004年と新しい。
この橋は、下を大型船が通るのに支障がないように中央部分が高くなっている。
しかも中央部分の高さは45mもある。

下から見ると見上げるような登り坂で、その名も ベタ踏み坂

もともとは某軽自動車のCMのセリフ

「業界ではここではベタ踏み坂と言うんだ」
「どうだ、アクセルベタ踏みだろ」

から発しているらしい。

まあ本当にここでベタ踏みし続けたら、頂上部分から空に飛んでしまうよ (^^;

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 高さ45mまで登る江島大橋。どうだ、アクセルベタ踏みだろ?

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 江島大橋の頂上からの眺め。

45mの橋上からは眺めが良い。
今日は快晴、遠くには大山の山影も見えた。
この橋は自動車専用ではなく歩道もあって、歩いている人も見かけた。

江島大橋からは鳥取県になる。

バスは定刻通りに境港駅に着いた。


◆ 境港と水木しげるロード

境港は鳥取県の西部にあり、日本海側の港町として栄えてきたところ。
水木しげるの出身地にちなんで、ゲゲゲの鬼太郎の町として有名になった。

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 駅前にある水木しげる先生と妖怪たちの像。

駅前からの商店街は水木しげるロードと名付けられ、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる妖怪の銅像が道端に並んでいる。
妖怪にちなんだ土産物屋も並んでいて、今じゃすっかり観光地になった。

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 境港の水木しげるロードは工事中だった。

肝心の水木しげるロードはあちこちで工事中だった。リニューアル工事とのこと。
今は古ぼけた商店街のようだが、完成すれば完全に観光地になるのだろう。

ゲゲゲの鬼太郎は私が小さいころからアニメで見ていた。しょっちゅう再放送もしていたしね。
国民的人気もあるだろうが、やっぱり町をあげての商売の上手さだろうなあ。

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 ねずみ男の像。ここは人だかりが多く一番人気だった。

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 どこも妖怪だらけの水木しげるロード。

工事中の水木しげるロードを妖怪の銅像を見ながら歩く。
途中からアーケード街になった。

妖怪食品研究所という看板があって、店先のショーケースに目玉の形をした和菓子が並んでいた。
その名も妖菓 目玉おやじ

目玉おやじのスペアの目玉なのかね。
 アンパンマンかヾ(--;)

面白いので1箱買ってしまった。
2個入りで700円と結構高いが、これは誰かのお土産にしよう。

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 妖菓目玉おやじ。その名の通り目玉そっくりの和菓子。

水木しげる記念館の前まで行って、また引き返す。
途中で港に寄ったりして駅に戻った。

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 境港はその名の通り港町。水木しげるロードに並行して港がある。

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 灯台のような形の境港駅。


◆ 境港 14:16【1652D】15:13 米子

駅前の酒店で鬼太郎純吟ワンカップと焙りほたるいかを買った。昼食がわりに車内で飲もうか。

券売機で出雲市までの乗車券を買って改札へ。
ホームにはまだ列車は入っていないが、しばらくすると米子発の列車が入ってきた。折り返しで米子行となる。

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 境線の鬼太郎列車と境港の駅名標。

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 境港駅は鬼太郎駅の愛称もある。

列車はキハ40の単行。境線の車両は鬼太郎列車になっている。
車内外を鬼太郎のキャラクターをデザインした車両になっている。その車両によってキャラクターが違っていて、この車両は目玉おやじ号になる。

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 座席には目玉おやじがたくさん。

さっき歩いた町中でも、目玉おやじ率が高かったような気がする。
シンプルに目玉だけという容貌と憎めないキャラということから、鬼太郎の妖怪のなかで一番人気だったりして。

さっき買ったお酒はやっぱり飲めないな。日曜日ならばともかく、平日の昼間でしかも普通列車だ。
今夜のサンライズ出雲のお供にしよう。

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 車窓からは大山(だいせん)が見えた。

境線に乗るのは初めてである。
しかし、車窓は平凡で、住宅街や田畑が続く。印象に残ったところと言えば、大山がくっきりと見えたことくらい。

それでも乗車路線が増えたのはうれしい。
別に全路線完乗を目指しているわけではないが。

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 米子駅の広い構内が見えてきた。

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 米子駅に到着。

米子駅は山陰本線と伯備線、それに境線が分岐する駅で、国鉄時代からの駅ビルと広い構内がそのまま使われている。
昔からの鉄道のジャンクションという貫禄がある。

米子では35分の乗り継ぎ時間があるが、持っている乗車券では途中下車はできない。

1番ホームに駅弁の売店兼立ち食いそば屋があったので、そばでも食べようと値段を見たら中のテーブルに座って食べるのと値段は一緒だった。

駅弁を1個買って、向かいのホームに行ってベンチで食べよう。

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 米子駅の改札口と売店。

駅弁は吾左衛門鮓(ござえもんずし)5貫入りで1100円。
最近の駅弁ブームで新作したものではなく、昔からあるものだ。

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 吾左衛門鮓 鯖 五貫入(1100円)。

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 しめ鯖と寿司飯を昆布で巻いてある。中身の半分が鯖。

値段は結構張るが、一度食べてみたかった駅弁だったので、いい機会だ。

寿しは押しずしで、しめ鯖と寿司飯を昆布で巻いてある。
私は鯖寿しが好きでねえ、脂も乗って身の厚いしめ鯖もたまらん。

おっさんが1人ホームのベンチで駅弁を食べる姿はさえないね (´・ω・`)

何を言うか。
駅弁は列車の中ではなく、ホームのベンチで食べるのが本当の通なのである(大嘘)

鯖を食べていたら一杯やりたくなってきた。
境港で買ったお酒を飲もうかと思ったが、こんなところでワンカップ酒なんか飲んだ日にゃ、完璧にアル中だ。

食べていると出雲市行の特急やくも13号が到着した。
これに乗って車内で食べるという手もあったな。
しかし、特急料金払ってまで早く着いても仕方がないし、これで良かったんじゃないか。


◆ 米子 15:48【141D】17:11 出雲市

こんどの列車は出雲市行普通。たらこ色のキハ47の2両編成。

出雲市までは電化されているが、この区間の普通列車のほとんどは気動車になっている。電車は下り列車でいえば24本中6本だけとなっている。

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 米子からはまたもキハ47の2両編成。

米子市、松江市、出雲市と中規模の都市が並んでいて、京都口は別とすれば山陰本線の中でも最も元気な区間だろう。
岡山からの特急やくもが1時間に1本、鳥取からのスーパーまつかぜやスーパーおきも走っていて、特急街道でもある。
今までなかった複線区間もあった。

松江では帰宅時間にかかるので結構乗客があった。
車内や乗客の顔ぶれを見ていると今までローカル線ばかり乗って来たので、都会的に感じる。

宍道湖が見えてくるころには日がすっかり傾いていた。
一人旅で一番寂しいのはこの夕暮れ時だね。

海外旅行で、まだホテルに着かないのに夕暮れ時を迎えた時の、あの消えてしまいそうな心細さって経験者しかわからないだろうな。

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 宍道湖の向こうに日が沈む。

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 再び出雲市に到着。

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 381系特急やくもの車体に夕日が反射する。

出雲市駅のホームから地平線に沈みかけた夕日が見えた。
秋の日はつるべ落とし。もうじき暗くなる。

これで山陰本線の旅は終わり。
ここからは伯備線経由のサンライズ出雲で一気に東京まで行く。

山陰本線はまだ米子から京都まで続いているが、そっちの方はまたいずれの機会に。

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