小別沢トンネル

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札幌市中央区宮の森と西区小別沢を結ぶ「小別沢トンネル」は、いまは立派なトンネルになったが、まえは車一台がやっと通れるほどの狭いトンネルだった。
元は岩剥き出しの素掘りのトンネルだったが、のちにコンクリートを吹き付けて滑らかな凸凹をした陰湿な壁面になった。

トンネル上部から水がポタリポタリとたれていることから、別名「冷水トンネル」とも呼ばれていた。



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心霊スポットとして有名で、戦時中トンネル工事で亡くなった人柱が埋め込まれているなどの噂が立った。
妖しげな坑道のような凹凸を車のヘッドライトが照らして、人柱のような幻想に浮かんで見えたのか、幽霊の出る心霊スポットとなったようだ。

実は昭和初期に小別沢の人たちが掘ったもので、農作物を円山朝市へ運ぶのにたいそう楽になったそうだ。

タクシー運転手がこのルートを嫌ったことから、それが心霊噂話につながったという説もある。

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福井地区の住民が都心方面への抜け道として使っているルートになっているので、朝などは結構な交通量だ。


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posted by pupupukaya at 13/01/05 | 気になる物件

新世界今昔


十年一昔というが、ここ数年でここまで様変わりした街も珍しいのではなかろうか。
大阪は新世界である。

私が新世界という街に足を踏み入れたのは2004年のことだ。
昭和の雰囲気そのままのレトロな街は、ここだけ時が止まったかのような古びたところだった。怪しげなおっさんがいて、道端には座り込んで朝から酒を飲んでるおっさんなど、とにかくデンジャラスな雰囲気だった。

あれから8年後、再び新世界を訪れて驚いた。道は観光客で溢れかえり、廉価な店や居酒屋が並んでいたところは派手な看板を掲げた串かつ屋ばかりになった。

しかし昔ながらの遊び場や映画館など、変わらないものもある。やはりここは大阪で、地元の人たちも観光客と一緒になって楽しんでいるふうもある。


通天閣南本通2004年。
そびえる通天閣を望む通りで、「づぼらや」の張り子がランドマークだった。
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同じく通天閣南本通2004年。づぼらやの前から。
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上の写真とほぼ同じ場所から2013年。
串かつ屋だらけになった。
「半田屋酒店」、派手な看板のかげになったが「喫茶スター」は現在も健在。
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新世界公園本通2004年。「百均食堂」の看板が見える。衣服、散髪、食事どれもが廉価な労働者の街だったようだ。
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上と同じ場所2013年。サンパツ屋は700円に値下げしたようだ。
「づぼらや」の張り子も派手な看板に埋もれて目立たなくなった。
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角地で渋いオーラを漂わせていた「日吉食堂」2004年。
現在は派手な串かつ屋になっている。
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リヤカーに見事に積み上げた段ボール2004年。
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ここのドラッグストアーは今も健在。2004年。
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新世界国際劇場。2004年。
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朝日劇場2004年。
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朝日劇場2013年。ここは変わっていない。
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タグ:大阪
posted by pupupukaya at 13/01/06 | Comment(0) | 気になる物件

なんぽくせん(南北線)を探しに

たまに利用する地下鉄南北線。
何て読むのかは当然「なんぼくせん」。

しかし開業からしばらくは「なんぽくせん」と呼ぶのが正式だったそうな。

それを知ってからは地下鉄に乗るたび、駅の案内表示をみて「Nan-Poku」の文字を探したが、ことごとく看板はかけ替えられて「Nanboku」の文字しか見当たらない。

ガセネタだったのかなと思いかけると思わぬところに「Nan-Poku」の文字が・・・

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札幌市交通資料館の地下鉄1000系展示車両の説明看板に「Nan-Poku」の表示があった。
タグ:札幌 鉄道
posted by pupupukaya at 13/01/25 | Comment(0) | 気になる物件

2013年10月千歳インディアン水車と謎の線路

千歳のインディアン水車は千歳駅からも近いところにあって、道の駅も併設されている。
水車自体はサケの増殖用の捕獲施設ということになっていて観光施設ではないが、毎年秋になると大勢の見物人が訪れる。

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インディアン水車では毎年恒例サケの捕獲作業が行われていた。

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水車のカゴが遡上するサケを捕獲して生け簀へ落とされる仕組みになっている。

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生け簀から網でサケが水揚げされる。よくまあ次から次と大量に揚がるものだと感心する。
見物人の中には、見世物だからどうせ中で循環してるんじゃね。と悪口を言う人もいたが。

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水揚げされたサケは職員の手で素早くオスメスに仕分けられる。

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仕分けたサケはまた網ですくわれてトラックの生け簀に積まれる。

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トラックに乗ったサケはどこかへ運ばれていった。


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一方水車とは反対側に線路があって何に使うのか不思議に思っていた。

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路面電車の線路のように舗装面に埋め込まれている。

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ポイントもあってちゃんと動くようだ。

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ポイント分岐の一方はすぐに途切れている。

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線路は坂を登ったところの小屋に入って行って終わる。
タグ:鉄道 千歳
posted by pupupukaya at 13/10/30 | Comment(0) | 気になる物件

函館名物ハセガワストアについて

ハセガワストアといえば『やきとり弁当』で、すっかり函館名物にもなった。
私も大好きで、函館の方に行くと必ずといっていいほど立ち寄るのだった。

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表から見たハセガワストア。

一歩店内に入ると、焼き鳥の匂いが充満している。
やきとりを焼いているカウンターがあるので、そこに置いてある注文用紙に書き込んで中の店員さんに渡す。注文を受けてから焼き始めるシステムだ。ほかに客がいなくても予約の分を先にやっていたりするのでかなり待たされることも多い。

注文を受けると番号の紙が渡される。待っている間にほかに買いたいものを探したり、雑誌でも立ち読みしていればよい。惣菜コーナーの品数も豊富で、見ているだけでも楽しい。

程なく、レジから自分の番号で呼ばれる。そのときにほかの商品も一緒にレジへ持って行き、やきとり弁当と合わせて代金を支払う。
紅生姜はいるか?と尋ねられるが無料なので嫌いでなければもらっておけばよい。

店内にイートインコーナーがあったりもするが、私は車の中に持ち帰って車内で食べる。

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やきとり弁当中 565円。

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フタのデザイン。ブタさんがウチワをもってやきとりを焼いているイラスト。公式HPによると『豚ちゃん』というようだ。

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こちらは根室のタイエーのもの。どこが違うでしょうか。

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中は串3本と野菜串が1本入っている。味付はたれ、塩だれ、塩があってこれはたれ。

このやきとり弁当、実は食べ方があって、きちんと作法に乗っ取って食べなければならない。

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弁当箱の縁にくぼみがあるので、そこへ串を乗せる。

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フタをかぶせて押さえながら串を引き抜く。串を回転させながら引き抜くのがコツ。

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バラバラにほぐれて食べやすくなった。

やきとり弁当を食べていると何か物足りない。そう、ビールが飲みたくなるのだ。
いつも車で行って、車の中で食べることばかりなのでビールが飲めない。

函館市内のホテルに宿泊するときも、ハセガワストアはわりと郊外にあって、残念ながら手に入らない。ホテルに着いてから車でわざわざ買い出しに行く気にもならないし。

こんど新幹線の新函館北斗駅が開業するが、新しい駅の中にハセガワストアが出店すればいいのにと思う。
新幹線開業後の時刻表を見たが、『はこだてライナー』や特急『北斗』との接続は良いとは言えず、乗り継ぎ時間でやきとり弁当を作ってもらう時間はありそうだ。

新しい新幹線でやきとり弁当を食べながらビールを飲むなんて、しゃれてるね。
もっともそうなると皆がやきとり弁当を新幹線に持ち込んで、車内が焼き鳥屋みたいな匂いが充満したりして。

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2016年3月26日に開業する新函館北斗駅。
posted by pupupukaya at 16/03/05 | Comment(2) | 気になる物件

ちょっと昔の札幌を振り返る

只今新型コロナウイルス自粛引きこもり中につき、家にいて昔撮影した写真のスキャン画像を見つけたのでアップしたいと思います。
画像の下は撮影場所と撮影年月、その下は筆者が思うことを書いてみました。
撮影年月は記録に残っているものではないので必ずしも正確ではありません。『?』が付いているのは、前後の写真からの推定となります。

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 中央区南10条西6丁目(1995年8月)

8500形と同じ旧塗装の札幌市電が走る。その向こうには『新通市場』のアーチが立っている。 
電車通りから西8丁目までの1丁が商店街となっていた。今は所々に店が残るのみ。角の八百屋は今でも昔ながらの対面販売を続けている。
このあたりの風景はこの当時とあまり変わっていない気がするが、西7丁目通りの拡幅工事が南9条まできており、近くない将来この辺りの風景も一変するだろう。


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 中央区南7条西7丁目(2001年12月)

電車通りは古い建物が立ち並んでいたが、毎年少しずつ行われた道路拡幅計画の立ち退きにより新しい建物ばかりになった。
用地買収が完了しても舗装されるだけで、ずっと幅広の歩道ということになっていた。
ここ数年前から拡幅工事が進展して、工事が完了したところは電線も地中化され見通しも良くなり、見違えるようになった。


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 中央区南14条西6丁目(1995年8月)

米里行啓通に面した民家。
『アイデアル酢』『アイデアルソース』の珍しい看板についカメラを向けてしまった。『真田ソース株式会社』の文字も見える。
この当時はもう営業していなかったようである。筆者の母親に聞いたら「そういえばそんなソースあったねえ」とのこと。
ググってみたらソースの方は情報なし。『アイデアル酢』は苫小牧の某社で販売しているようだ。何か関係あるのだろうか。
現在この場所はマンションがドンと建つ。


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 中央区南1条西24丁目(1995年8月)

長屋スタイルの商店。並んでる店の中に貸本店があった。
この当時でも、今どき貸本屋なんて客がくるのかと思ったが、地元テレビの情報番組に取り上げられたことがあって、それによると結構ファンも多かったとか。
ここも現在はマンションになった。


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 中央区北1条西24丁目(1995年12月)

北1条第一鳥居前といえばそびえ立つ大鳥居とスクランブル交差点、それにこの金物屋の看板だった。
この当時、時代がかった派手な看板が、JRバスでここを通るたびに気になっていたものだった。バス停も他は条丁目だが、ここは昔から円山第一鳥居前だった。
スクランブル交差点もこの当時札幌にはここと三越前交差点くらいだったような気がする。何だかいろいろランドマークだらけでインパクトある町だった。
この場所は北1条通りの拡幅と再開発で立ち退きとなり、この店が最後まで残っていた店だと思う。近くに新築移転して営業していたが、今は閉店したようである。
この跡地は丸井今井が始めたスーパーマーケット事業のマルイストアとなり、同社が同事業から撤退すると東急ストアとなった。今は東光ストアと名を変えている。
スクランブル交差点も今では珍しくもなくなり、大鳥居は林立する高層マンションで目立たなくなってしまい、平凡な町になってしまった。

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 中央区北1条西18丁目(2001年10月?)

北1条は、今でこそ片側2車線の立派な道路になっているが、拡幅工事が完了したのは2000年代中頃ではなかっただろうか。それまでは車道の幅員12m、真ん中に白い中央線だけが1本引かれていた。
道交法によると、黄色の線との違いは、追い越し禁止かはみ出し禁止。片側2車線にするには幅員が足りないが交通量の多い道路はよくこうなっていた。この場合2列で並走するのが慣わしである。
北海道独特のような気がするが、こういった道は拡幅により解消されている。
現在でも千歳市内や恵庭市内では残っている。
画像左に写っている『自動車進入禁止』の標識は、北1条西25丁目から同8丁目までの都心方向はバス専用レーンとなるため平日の7:30から9:00まで普通自動車は通行禁止となっていた。今ではちょっと信じられないが。

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 中央区南1条西24丁目(2002年5月?)

南1条の西20丁目から先は裏参道と呼ばれ、道路も狭くなり昔ながらの商店街となっていた。80年代初め頃まではファッション系の店が進出して若者が訪れてくるような所だったようだが、バブル期の地上げによる土地買収で貸し駐車場だらけになってしまった。
駐車場の中に点々と残った店がある商店街というのが90年代の裏参道の印象だった。その後2000年代にもなると雨後の筍のように新築マンションが林立することになる。円山や裏参道といったネーミングの良さもブランドとなってマンション建設が進んだようだ。
マンションラッシュもひと段落したころから、道路の拡幅工事が始まった。老朽化した建物を取り壊し幅員18mまで広げられた道路は歩道も広くなり電柱もなくなり見違えるように明るくきれいになった。
そのせいか、人通りも戻ってきたようである。

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 中央区南1条西19丁目(1995年8月)

南1条通りの小路。この少し斜めになった道は両側が商店街になっていた。
『ショッピングメイト19』の看板のマンションはファッション系ではなく1階が市場になっていた。
画像のマンションは建替えられたが、1階にテナントが設けられることはなかった。
手前のゆりや食堂は場所を移転して営業中。

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北1条西5丁目(1996年3月)

画像は解体される前の中央警察署の旧庁舎。1934(昭和9)年の建築だった。現在の庁舎もこの旧庁舎をイメージして建てられたためあまり変わってない。
北1条通りは西4丁目から8丁目までは駅前通りと同じ幅36mにアカシア並木が続き隣の旧道立図書館の建物と合わせて北国の街らしい雰囲気があった。北原白秋作詞の『この道』のイメージが残っていた。
この頃から地下駐車場の工事が始まり、並木は撤去。完成後は車道も歩道も広くなり綺麗になったし車道も幹線道路らしく整備され車も走りやすくなったのだが、札幌らしい風景が消えたなとも思う。

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 中央区南1条西2丁目(2002年2月)

丸井今井1条館の横から撮影したもの。
正面のビルはビッグオフ札幌店。札幌市内の大型ディスカウント店の走りであろう。
長崎屋の経営危機により2002年2月に閉店している。画像は閉店セール中のもの。
現在はMARUZEN&ジュンク堂書店がキーテナントとなっている。この書店に行くと地下2階のこの辺に焼きそばやがあったなとか、地下1階のこの辺に珍味屋があったななどと思い出すのは私だけではあるまい。
そのセール中に1階のカメラ屋を覗いていたら、店主らしい親父が「これ望遠レンズとセットで3万円でいいよ」とまけてくれたのが展示品らしいキャノンの一眼レフだった。世の中はすでにデジカメが主流になりつつあったのだが、3万円の言葉に負けて即買いしてしまった。遅いフィルムの一眼レフデビューだった。上の写真はそのカメラで撮った1枚目であろう。
ちなみに筆者がデジカメデビューしたのは2004年である。

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 中央区南3条西4丁目(2002年2月)

駅前通りに並ぶサンデパートビル、狸小路入口、札幌千秋庵本店ビル。『YES』『そうご電器』は2002年の経営破綻で閉店、その後はドン・キホーテ札幌店となった。
YES時代は5階がゲーム売り場になっていて、中古ソフトコーナーでよく中古のファミコンソフトを物色していたのが思い出。
知る人ぞ知る名作『ジャストブリード』(号泣)もここで買ったっけ。
真ん中の時計塔が目立つ瀟洒な建物は千秋庵の店舗だった。
現在はYESの1区画は再開発ビルの工事中、千秋庵もホテルとテナントが入ったビルに建て替わった。
あの頃はここに市電が通るなんて夢にも思わなかった。路駐や客待ちタクシーが一掃され、駅前通りもずいぶんとすっきりしたものだ。


まだまだ紙の写真はたくさんありますが、スキャンしてあった画像のうち札幌市中央区のものをアップしました。
こうして改めて見ると変わったな〜と改めて思うものです。
現在はどうなっているんだろうと気になる場所もあるかと思われますが、確認はグーグルストリートビューなどでどうぞ。

〜以上


posted by pupupukaya at 20/05/04 | Comment(0) | 気になる物件
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