定山渓鉄道跡を歩く2015年 4回目

さて、澄川駅を後にしてどんどん歩いて行きます。

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定山渓鉄道の廃線跡地図 澄川・緑ヶ丘間その1(地理院地図から作成)

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澄川駅から福住桑園通までの区間も高架下歩道になっている。(1から南方向)

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「札幌新陽高等学校」の看板が立つ交差点。ここは慈恵学園停留場があったところ。(2から南方向)
左側に並んでる澄川児童会館と南消防署澄川出張所がちょうど駅の場所だった。

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自衛隊前駅の北側にある東光ストア。ここは元々定鉄バスの澄川営業所があった。(3から南側)

じょうてつバスといえば、南北線の中の島から南側はじょうてつバスの縄張りとなっているが、元は札幌市営バスの路線だったことは記憶に新しい。しかし、元々は定鉄のバス路線だった。

昭和30年代に入ると札幌市の人口は急速に増加してくる。今まで郊外の農村だったこの地区も急速に宅地化が進むことになる。増える住民の輸送を担ったのは電車ではなくバスであった。札幌駅を起点に定鉄電車沿線の平岸、澄川、真駒内地区に自社バス路線を拡充させることになる。元々東札幌にあった定鉄バスの営業所は手狭になったことで澄川営業所として移転することになった。

ところが皮肉なことに、これが電車の衰退を招く。路線拡充や増発がなされるにつれてますます電車の乗客が減るという悪循環になっていった。
乗客の主力だった郊外や定山渓温泉のお客も、この頃には国道の整備とともに車やバスに移っていった。

沿線に誘致した慈恵学園や藤の沢女子高への通学客は増えていたが、いかんせん割引率の高い通学定期の客ばかりでは経営改善の役には立たなかったようだ。
電車が廃止になる直前の昭和44年9月の営業収入は、電車が811万円、バスが9,383万円と10倍以上の開きで、電車の赤字がバスの黒字を食う状態だった。これでは都市型輸送に向けた設備投資やダイヤの増発などできるはずも無く、沿線が都市化されるにつれて邪魔者扱いされた電車の廃止は時間の問題となっていた。

そこに降って湧いたのが札幌オリンピック輸送のための地下鉄建設であった。南北線の北24条から真駒内までの路線が決まると札幌市から路線の買収を持ちかけられる。瀕死寸前の定鉄にとっては渡りに船だったに違いない。道警が危険な踏切が多いことを理由に廃止勧告を出したことも理由の一つにあり、定鉄電車は昭和44年10月31日を最後に廃止されることになる。

ところが今度は、これまで好調だったバス事業が地下鉄に乗客を奪われて経営悪化に陥ることになる。これも札幌市から申し入れがあり、地下鉄と並行するバス路線は全て札幌市へ車両や人員ごと移譲されることになった。地下鉄開業翌年の昭和47年のことだった。定鉄の沿線だった平岸、澄川、真駒内地区から、電車廃止から3年後に定鉄バスも撤退することになる。
この地区の発展の礎だった澄川営業所も真駒内営業所(のちに移転して川沿営業所となる)統合になり廃止された。
また、その翌年には称号を「定山渓鐡道株式会社」から現在の「株式会社じょうてつ」に改めている。

その後は残った郊外路線の拡充や、合理化を進めてバス事業は立ち直るようになる。
時代は変わり平成になると、今度は札幌市交通局の経営悪化から市営バスに委譲した路線は再びじょうてつバスの路線に戻ることになった。

話が脱線したが、また線路跡に戻ります。

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地下鉄自衛隊前駅裏にある階段。(4から西方向)
ホームから直接地上に通じていて、雪祭り真駒内会場があった頃に臨時の降車専用口として使用されていた。おそらくもう使用されることはないだろう。

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定山渓鉄道の廃線跡地図 澄川・緑ヶ丘間その2(地理院地図から作成)

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精進川を渡る。(5から南東方向)
定鉄時代は川は直角に交わり鉄橋が架かっていたいたようだが、大規模な改修工事が行われて今は斜めに交差する。定鉄時代の遺構などあるはずもない。

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高架下を利用した交通資料館。(6から南東方向)かつて走っていた市電の車両が展示されている。ただし10月から4月までは冬期休館中。

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自衛隊前駅で車両基地への線が分岐し、シェルターもここで分かれる。(7から南方向)

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定鉄時代の真駒内駅はこの付近にあった。(8から南方向)
通り向かいのタイヤショップは元々日通の建物で、この建物の真向いに駅舎があった。駅のあった高架下は何も無いが、この建物が真駒内駅があった唯一の名残。

この駅ができた頃は、真駒内の集落は今の真駒内本町で、そこから駅まで道が通じていた。
終戦後は進駐軍の物資輸送のために専用線ができて米軍で栄えた。米軍撤収後は自衛隊駐屯地になったが、本町へ通じていた道も無くなり、自衛隊と裏山に挟まれた辺鄙な場所になってしまった。
地下鉄ができてもここに駅が設けられなかったのも当然といえよう。

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旧真駒内駅付近の重ね図(国土地理院昭和36年空中写真と現在地形図)

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桜山からの眺め。ちょうど定鉄真駒内駅の裏側にある山で、春は桜秋は紅葉とたくさんの客が訪れたという。

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地下鉄南北線の一大基地である南車両基地。(10から東方向)

南北線の自衛隊前駅と真駒内駅の間は1.7kmあって、地下鉄では駅間距離が一番長い。この間の五輪通りと交差するあたりに新駅ができるという噂も立ったり消えたりしている。
実際ここに駅があれば、オリンピック会場だった競技場やアイスアリーナの最寄りになるし、西岡・川沿方面の交通の便が良い。澄川・真駒内間は自衛隊前駅が中途半端な場所にできたが、定鉄の慈恵学園、真駒内(五輪通)、現在の真駒内と2駅設けていればはるかに便利だったと思うのは私だけだろうか。
もっとも今さらどうにもならない問題だが。

また話が脱線した。

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五輪通を過ぎると地下鉄の高架は山際を進む。(11から南方向)
夏になると地下鉄の窓からも木々の緑を身近で見ることができる。右側はオリンピック選手村だった五輪団地。

左に山を見て、右に団地を見ればもうすぐ地下鉄の終点真駒内駅である。

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定山渓鉄道の廃線跡地図 澄川・緑ヶ丘間その3(地理院地図から作成)

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地下鉄南北線の終点真駒内駅。(12から東方向)
石山・藤野方面、常盤方面、川沿・北の沢方面へのバスが発着する南区のターミナルである。
しかし、定鉄時代はこの場所に駅は無かった。

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地下鉄真駒内駅の南端、シェルターはここで終わり、半地下の引込線が伸びている。(13から北方向)

地下鉄の駅の設置場所はいろいろ必然性があって今の場所に決定したのだろうが、定鉄と同じ場所に設けられた駅は澄川駅だけだった。慈恵学園、真駒内、緑ヶ丘の三駅は廃止後地下鉄の駅として復活することは無かった。定鉄廃止後、沿線は地下鉄路線として発展してゆくことになった。

さて、真駒内の次が緑ヶ丘駅である。といってもここで便宜上駅と呼んでいるだけで、正式には停留所(ホームだけで駅員無配置)であった。
その緑ヶ丘駅、一体どこにあったのだろうかと長らく疑問に思っていた。「さっぽろ文庫11 札幌の駅」によると「現地下鉄真駒内駅構内南端付近」とあるのみ。真駒内駅南端に引き込み線を乗り越えて自然歩道へ通じる階段があるし、交差点でもあるのでそこに緑ヶ丘駅があるものだと思っていた。
ところが便利な時代になったもので、インターネット上で昔の空中写真が見られるようになった。1961年撮影の国土地理院の高解像度空中写真には緑ヶ丘駅ホームがしっかりと確認できる。
駅は自然歩道入口の交差点から80mほど南にあったことがわかった。

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緑ヶ丘駅の空中写真。まだ平岸通もなく、駅前は真駒内種畜場の牧草地が広がるばかり。
空中写真に現在の地形図を重ねると位置がわかる。

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緑ヶ丘停留所付近の重ね図(国土地理院昭和36年空中写真と現在地形図)

緑ヶ丘駅は昭和36年開業と定鉄の駅の中では最も新しい。廃止は44年なので、僅か8年間だけという儚い駅だった。
開業当初から長さ2両分板張りのホームがあるだけの停留所だった。
真駒内種畜場の跡地に道営住宅が建設されることになり、その通勤輸送を見込んで設けられたのだろうが、そのころには自社バス路線も札幌駅まで走っていたので電車の乗客は僅かな通学生だけだったと思われる。

この駅がどれだけ影が薄かったかというと、昭和42年発行の住宅地図にも駅が載っていないくらいで、林の陰にひっそりと存在する短いホームなど当時新しく入居した住人達は知る由もなかったかもしれない。

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地下鉄の引込線の上から。この先に緑ヶ丘停留所があった。(14から南方向)

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緑ヶ丘停留所があった場所。駅があったことを窺わせるものは何もない。(15から北方向)

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緑ヶ丘停留所があった場所。(15から南方向)
半地下の地下鉄引込線は、知らない人が見たら何やら謎めいた施設のように見えるかも。

平岸通りに沿って続く擁壁に階段の跡でもあるかと見たが、それすらも無かった。
インターネット発達のおかげで長年の疑問だった緑ヶ丘駅の場所が判明したが、こうして現地へ来るとそれがどうしたと言われんばかりに何もない。不用意にウロウロしていると不審者扱いされかねない。早々に次へ進むことにする。

posted by pupupukaya at 19:55 | Comment(3) | 廃線跡を行く