定山渓鉄道跡を歩く2015年 3回目

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定山渓鉄道の廃線跡地図 豊平・澄川間その3(地理院地図から作成)

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南平岸〜真駒内付近(昭和43年発行国土地理院2.5万分の一地形図)

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南平岸駅を過ぎると逆S字カーブで進む。

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高架下は南平岸駅の駐輪場として使用されている。

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高架下のアーチ。ここから高架下は歩行者道になっている。(8から南方向)

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高架下はいかにも線路縁という雰囲気。(8と9の間)

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高架下歩行者道は80mほどで終わり。(9から南方向)

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高架下に設けられた平岸シェルター公園。(10付近)

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半分道路上にせり出した地下鉄の高架。もとが単線だったところに複線の高架を作った苦しさが感じられる。(10付近から南西方向)

地下鉄のシェルターが設置された当初、アーチ状の屋根には雪が積もらないとされていた。ところが最初の冬を迎えてみると、屋根に積もった雪が落雪するは溶けた雪がすが漏りするはで急遽雪よけが増設されることになった。
またシェルターにさえぎられてテレビの電波が受信できなくなった保障で、沿線の住宅にはテレビ用のケーブルが引き込まれた。

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住宅脇をかすめる地下鉄の高架。(10から南方向)


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左カーブで平岸通をかすめる地下鉄の高架。(11から南方向)

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逆S字カーブ付近は20‰の急勾配を登ってきたところ。(11から北方向)

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澄川駅手前で斜めに交差する道路。定鉄があった頃もやはり斜めに交差する踏切だった。(12から南方向)

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地下鉄の変電所はかつて定鉄の北茨木変電所だったところ。

豊平駅を出て3.7km、澄川駅に着く。ここは定鉄の澄川駅があったところ。唯一定鉄と同一箇所に設けられた駅でもある。
この駅はもと用地を提供された茨城与八郎氏の名から北茨木と称していた。当初は停留所として発足したが昭和24年に交換設備が設けられ駅に昇格した。昭和32年には土地の名に合わせて澄川駅に改称された。

このあたりが温泉客輸送のほか豊羽鉱山の鉱石輸送で賑わったピークで、以降はバスや自動車に客を取られて凋落の一途をたどることになる。鉱石輸送がトラック輸送に置き換わった昭和38年に澄川駅の交換設備が撤去されて停留場に格下げされた。



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高架下のタクシー乗り場。駅前広場が設けられなかった澄川駅は高架下を有効活用している。

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澄川駅脇は横丁のような佇まい。

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地下鉄というより私鉄の駅前という感じの澄川駅前。(13から東方向)

4回目へつづく
posted by pupupukaya at 15/04/19 | Comment(0) | 廃線跡を行く
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