2018年1月 日高本線はいま 1

日高本線は2015年1月から列車が運休し、バス代行が続いている。
たまに新聞やニュースで日高線の状況が報じられることもあるが、今どういう状況にあるのだろう。

私も鉄道に詳しい人として、「日高本線は廃止になったの?」とかたまに聞かれるが、今の状態はなんとも説明しがたい。
廃止ではないが、バスで何年間も列車の代行輸送している状態というのは、理解し難いところであろう。
私も実はそれほど詳しいわけではなかった。

この間に留萌本線の一部廃止や、夕張市のバス転換合意など、ローカル線について少しずつ動きがみられるようになってきた。
日高本線についてはどうなっているのだろう。

色々興味がわいてきたので、調べて、また現地を見てくることにした。


まずは日高本線をめぐる状況から追うことにする。


日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。

当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。



上記は拙ブログの文章です。
被災関連の説明は面倒なのでコピペで済ませます。

以来ずっと運休状態で、バスによる列車代行が続いていたが、一昨年(2016年)にJR北海道から日高本線の鵡川〜様似間の事実上の復旧を断念したとの発表があった。

(2016/12/21 JR北海道プレリリース)
日高線(鵡川・様似間)の復旧断念、並びにバス等への転換に向けた沿線自治体との協議開始のお願いについて
【PDF/287KB】

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 日高線沿線の概況(2016/12/21 JR北海道プレリリースより引用)

要は、鉄道を廃止しバス転換するにあたって、沿線自治体と協議を始めたいということである。

理由として、復旧費の総額が100億円を超える規模になるということ、鉄道の利用者数がJR発足時の1987年に比べて1/3にまで落ち込み、年間で約11億円もの赤字となっているということが挙げられている。
転換時期に関してまでは言及はなく、結局JR北海道から沿線自治体への一方的な通告という形で終わったようだ。

一方で、線路被害の無かった鵡川〜日高門別間を復旧させるという動きもあるが、これも復旧や維持費を自治体が負担する条件付きでのようである。

あれから1年と少しが経つが、あれから目立った動きはない。JRと沿線自治体との正式な協議もいまのところ行なわれてないようだ。

いまのところ、JRとしては鉄道を廃止したい、沿線自治体は廃止は受け入れがたいというまま、宙ぶらりんのような状態ということになる。

一方で、鉄路と道路を走れるデュアル・モード・ビークル(DMV)の導入を検討している動きもある。
被災区間の日高門別〜静内間を国道を走ることで、全線復旧を目指すというものだ。

(2017/3/27 苫小牧民報)
日高線沿線自治体協議会 DMV検討組織設置へ

DMVは、徳島県の阿佐海岸鉄道が2020年までに実用化し、営業運転を始める予定になっている。
もともとはJR北海道がローカル線対策として開発を進めていたもので、日高本線でも試運転が行われていた。
ただし、現在は経営危機により開発を断念し、DMVの事業からは撤退している。

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 【参考】2007年、釧網本線を走行するDMV。(筆者撮影)

JR抜きの沿線自治体の協議会では、DMVにするか、BRTにするか、バスにするかというところまでは話が進んでいて、今後JRとの協議を行いたいようだ。

ただ、DMVは温暖な四国だからこそ営業予定に至ったもので、北海道では試作車が走った段階でストップしている。
北国での走行に耐えうるような仕様車を開発する必要がある。

日高本線にDMVを導入した場合、運行開始までに少なくとも47億円の初期投資と14年の期間はかかるという試算もある。
いくら設備投資をしても赤字必至のローカル線である。少なくとも当のJR北海道には投資する体力はない。

(2017/11/21 日本経済新聞 電子版)
線路・道路両用車も検討、JR日高線の代替案比較

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 JR日高線の代替手段の比較(2017/11/21 日本経済新聞電子版より引用)

仮にDMV導入についての具体的な協議が始まったとしても、どこが費用負担をするかということになると暗礁に乗り上げるような気がする。

DMV試運転の夢よ再びというわけではなかろうが、その道のりは果てしなく遠い



机上での調べ事は以上にして、2018年1月のとある土曜日、日高本線がどうなっているのか実際見て来ることにしました。

車で出発して、国道36号線経由で、苫小牧東ICから日高門別ICまでは日高自動車道の無料区間、そこから静内までは国道235号とひたすら下道経由。
札幌市の自宅から静内駅まで休みなしで、所要約2時間40分

昔あった急行『えりも』が、札幌〜静内間を最速2時間40分で結んでいた。
急行は国鉄最後のダイヤ改正で消えてしまったが、すでに鉄道の出る幕ではないようだ。
同じ区間を道南バスの高速ペガサス号がこれも2時間40分で結ぶ。

現在日高門別までの日高道も、今年度中には日高厚賀まで延伸されるし、その先も静内まで延伸する工事が行われている。
そうなると車での所要時間はもっと短くなるだろう。

途中で列車代行バスとすれ違ったが、ざっくりとだが車内の乗客は5本の指で数えられるほどの乗車率だった。

というわけで静内駅までやって来た。
日高本線巡りはここから鵡川までやっていこうと思います。

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 静内駅の駅舎正面。

列車の来なくなった静内駅。
列車代行バスは駅前に発着しているので、みどりの窓口も営業しているし普通に駅員もいる。

待合室には新ひだか町の観光案内所と特産品や土産物の売店、立ち食いそば店も営業している。
札幌への高速バスもここに発着しているので、駅というより交通ターミナルといったところ。

隣に広い駐車場もあるし、下手な道の駅よりも整っている。ていうか、国土交通省に登録すればこのまま道の駅にできるだろう。

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 新ひだか町観光案内所”ぽっぽ”の売店。

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 改札口とみどりの窓口。

改札口に『ホームに入るときは入場券をお買い求め下さい』との張り紙があったので、みどりの窓口で入場券を買う。
中に入りたいと言うと、窓口の人が改札口のドアを開けてくれた。

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 みどりの窓口で買った入場券。

ホームに出ると、現役時代から変わっていない。
線路が錆びて赤茶けているくらい。手入れしないとホコリやゴミが積もり、隙間から雑草が生えてくるものだが、きれいなものだ。

当然ながら誰かが手入れしているわけで、列車が走らなくとも、ただ線路施設として維持するだけでもコストはかかるのだと想像できる。

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 静内駅のホーム。苫小牧方を望む。

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 静内駅のホーム。様似方を望む。

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 構内踏切。

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 上と同じ静内駅の構内踏切。2011年10月、まだ列車があった頃の画像。

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 静内駅に掲示された列車代行バスの貼り紙。

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 2台並んだ列車代行バス。左が鵡川行、右が様似から到着したところ。静内駅前。

静内駅をあとにして次は新冠駅に向かう。

静内〜新冠間は鉄道と国道がほぼ並行して走る。鉄道が海側なので、鉄道の方が眺めは良かったことになる。

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 新冠駅のホーム。

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 自販機も設置された新冠駅の駅舎内。

新冠駅の駅舎もきれいだった。
無人駅だが、中に入ると暖房が入っていて暖かい。自販機も設置してある。
代行バスは駅前広場まで入るので、一応待合室としての役割はあるといえる。

〜2へつづく

posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 2

次に向かうは大狩部駅

国道を車で走っていると、国道からの脇道が駅の入口に見えるが、本当の入口は国道に並行して下を通る町道側になる。
国道の下に歩行者用の小さなトンネルがあり、大狩部駅につながっている。

列車からだと人家も無く、海岸沿いの秘境駅のような印象であるが、トンネルの反対側は普通に人家が何軒もあって、秘境というわけではない。

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 町道にある大狩部駅の入口と代行バスのバス停。

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 トンネルを抜けると大狩部駅。

大狩部駅はホームとブロック積みの待合所があるだけの無人駅。
線路の向こうはすぐに海となっている。

妙に新しい駅名標が印象的だった。列車があったころに車窓から見たものは錆びだらけでボロボロだったのだが、いつの間にか新しく立てられたらしい。

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 大狩部駅の駅名標と待合所。

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 待合所の内部。一応代行バス関連の掲示物がある。

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 駅名標は新しく立て替えられたもの。前はボロボロだった。

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 線路から見た大狩部駅。

大狩部駅の前後の線路は路盤が流出して、線路が宙ぶらりになっているところがある。
いずれも高波により護岸の擁壁が崩れたため、土砂が流出したものである。

2015年1月の高波で厚賀〜大狩部で発生した土砂流出で運休になっていた日高本線だが、その追い打ちをかけるように2015年9月の台風17号で豊郷〜清畠間で大規模な路盤流出が発生している。

この頃までは、復旧に向けた準備工事を行っていたことは2015年度のJR北海道のプレリリースを見るとわかる。
ところが、2016年度以降になると、日高線被災関連のプレリリースは無くなってしまった。
この頃には日高本線復旧はもう諦めムードになっていたのか。

この被災箇所も、2016年以降に発生したものだろう。
応急手当もなく、荒れるがままという感じだった。

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 大狩部駅から約150m静内寄りの箇所。

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 路盤が流されて線路が宙ぶらりになっている。

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 宙ぶらりになった線路と剥き出しになった通信ケーブル。

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 大狩部駅から約100m苫小牧寄り。ここも路盤が流出。

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 崩壊している上記箇所の擁壁。

大狩部駅から見える場所だけでこれである。海岸沿いは波による路盤流出が思った以上に進行しているようだ。

復旧のためには、護岸擁壁を修復して路盤を築けば済む話ではない。老朽化した擁壁の対策や、今後も発生するだろう海岸浸食対策や、場合によっては線路の付け替えも検討しなくてはならない。

これらを海岸沿いの全区間で行わなければ、また同じような災害が起こりうる。
これ全部やったら100億円ですむのだろうか。

海岸の保全事業は本来は国(国土交通省)の事業のはずだが、そういう対応はできなかったのだろうか。

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 別な日に撮影した上記箇所の高波。現状回復だけではなく災害対策工事も必要となる。

大狩部は被災した線路と殺風景な景色が相まって、なんとも悲惨な光景だった。

実は、この駅は去年の秋にも訪れたことがあって、そのときは護岸には釣り人の姿が何人かあった。
釣り場としてはそれなりのスポットであるらしい。


次いで向かったのは厚賀駅

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 うっすらと雪が積もる厚賀駅のホーム。

大狩部と違って厚賀駅はいたって平和だった。
うっすらと雪が積もったホームに立つと、いつ列車を走らせてもおかしくないほど整っている。

しかし、この駅の前後の線路は徹底的に破壊されているために、この駅にDMVも含め再び列車が来ることは100%ないだろう。
待合室も解放されていて、時刻表や運賃表が掲示されている。

ただ、代行バスは狭い駅前広場には乗り入れず、50mほど離れた道道沿いに乗り場がある。

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 厚賀駅の駅舎内。奥のシャッターはかつてキヨスクだった。

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 厚賀駅に掲示の時刻表と運賃表。

次は清畠へ向けて出発する。

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 厚賀駅の340m苫小牧寄りにある運休後に新設されたコマチップ踏切。

日高本線の静内までの区間は、軌間762mmの軽便鉄道による開業であった。大正時代のことである。
昭和に入ると国有化され、軌間も現在の1067mmに改められる。

そもそもが軽便鉄道として建設され資本も最小限としたために、海岸段丘と海岸の間のわずかな浜辺に敷かれた線路である。
軽便鉄道当時から海岸の浸食もひどく、国有化後は護岸壁や消波ブロックで対処していた。

それでも、数々の高波被害に耐えきれず、1か所だけ線路を山側に付け替えた区間がある。
清畠〜厚賀間がそれで、もともとは海岸沿いにあった線路が山側へ移設されている。

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 清畠〜厚賀間の線路付け替え箇所。(地理院地図より作成)

付け替えは1960(昭和35)年のことで、よほど大きな線路被害だったのだろう。
当時は鉄道が重要な交通手段だった時代。そうまでしても鉄道を復旧させたのである。

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 第2賀張跨線橋から様似方を望む。

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 かつてはこの海岸沿いに線路があった。

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 ここから線路が山側に付け替えられた。第2賀張跨線橋から。

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 跨線橋下の線路。ここも路盤が流出し、線路が宙ぶらり。

線路は第2賀張跨線橋で国道の下を通り山側へ出る。
この跨線橋の下の線路も路盤が流出して線路が宙釣りになっていた。

その先では線路わきの山肌を削って治山工事の最中だった。
2016年8月の台風で、線路の山側の斜面に起こった土砂崩れの復興工事である。国か道かはわからないが、とにかく公共事業として行われている。

海側はJRの負担ができずに放置状態なのに対し、山側の土砂崩れは公共事業として税金が使われるとは皮肉なことだ。

線路は国道の山側をしばらく並行する。
高台にある賀張橋からは、海岸沿いに残る旧線跡の橋台を望むことができる。

第1賀張跨線橋の下をくぐって、線路は再び海側へ移る。
ここの駐車帯に車を停めて線路を見に行くと、ここもひどい状態だった。

防波堤を超えて押し寄せた高波で流されたのか、線路がねじ曲げられてぐにゃぐにゃになっていた。
これは2016年8月30日の台風10号による被害であろう。

であろう”というのは、この頃にはJR北海道も詳細な被害をリリースしなくなったので、推測によるものである。
しかし、線路と並行する国道235号の同区間も同時期に越波のおそれとして通行止めになっているので、おそらく間違いない。

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 清畠駅から約500m静内寄りの線路流出箇所。

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 路盤こそ無事とはいえ、線路が流されるとはどれだけの高波だったのだろう。

2015年中の被災箇所についてはJR北海道が応急処置を行っていたと前述した。
ところが2016年以降の被災箇所については処置を行わずそのまま放置となっている。この頃にはすでに復旧断念という方針になっていたのかもしれない。

〜3へつづく

posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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