石勝線夕張支線の普通列車に乗ってみた 3

2往復の最後は新夕張9:05発2629Dに乗車となる。
こんどは乗車券を持っているので改札を出ずにそのまま乗り換えることにした。

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 新夕張で並んだ2626D(左)と2629D(右)。この時点でどちらも乗客ゼロ。


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 新夕張〜夕張のみを往復する区間列車。

2629Dは先に向かいの4番線に入線している。この列車はどこから来たのだろうか。先の列車はすべて1両だけで発車しており、併結されてきたものではない。
あとで調べたら、どうやら7:46千歳発追分行2625Dが回2627Dとして追分から回送されてきたらしい(鉄道ダイヤ情報2006年7月号より)。回送するくらいなら客扱いすれば良さそうなものだが。

この列車は2016年3月ダイヤ改正での「ご利用の少ない列車見直し」の対象となっている。
通勤通学時間帯の終わった新夕張始発とあっては、車内の乗客はゼロ。この列車に限っては、削減も仕方がないのかなと思った。

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 帯広行「スーパーとかち1号」が停車。すぐに発車して行く。

発車間際になって2人乗車があった。「スーパーとかち1号」からの乗継客のようだ。列車はすぐに発車する。1人は確実にファン、もう一人も旅行者のように見える。少なくともビジネスや用務ではないようだ。
新夕張発車時点で乗客は3人、全員日常的に利用する乗客ではないことは確かだ。

この列車は新夕張始発で夕張に行き、2628Dとして再び新夕張まで折り返す。通勤通学時間帯も過ぎ、利用対象は通院か買い物客といったところだがそのどちらの需要もなさそうだ。

沼ノ沢で乗車が1人あった。南清水沢で乗車した2人は結構若い人だ。沼ノ沢の人は清水沢で下車、南清水沢の人は夕張で下車して行った。終点夕張まで地元の利用者は3人だけであった。

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 閑散とした車内。

鹿ノ谷で1人下車するがこれはファンの乗客らしい。おそらく夕張折り返しの列車で新夕張へ戻るものと思われる。
終点夕張まで乗車したのは新夕張から乗った私と特急乗継の1人、南清水沢から乗った2人、計4人となった。

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 終点夕張着。これで2往復した夕張支線の乗車はおしまい。

着いた列車は9分後に9:41発新夕張行2628Dとなる。発車を見届けようとホームにいると、乗客が1人また1人とやって来て列車に乗車して行く。どの人もおなじみの手提げ袋を提げているので、ホテルからの通勤帰宅客ということなのだろう。発車までに3人が車内に納まった。

この2628Dもやはり3月での見直し対象となっている。乗客の数は少なくても、利用者にとっては大事な列車に違いない。
もし廃止になれば今日この列車に乗って帰宅する人たちはバス利用になるのだろうか。

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 僅か3人の乗客を乗せて夕張駅を発車して行く2628D。

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 発車前に運転士がホームのボタンを押す。

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 出発反応標識が点灯して発車。同時にこの先の踏切も作動する。

3人の乗客を乗せた2628Dを見送って今回の旅は終了となりました。



■おまけ_夕張支線の現状について考える

ここでは今回乗車してみた現状をふまえて、石勝線夕張支線について考えてみたいと思います。

新夕張〜夕張間時刻表(下り)
 2621D2623D2629D2635D2637D2639D2641D2643D2647D
始発 追分   千歳糸井千歳追分
新夕張 着 
7:41
   15:5317:2218:5221:26
新夕張 発6:307:489:0511:5612:5615:5317:2418:5421:27
沼ノ沢  〃6:357:539:0912:0013:0015:5817:2818:5821:31
南清水沢〃6:407:599:1512:0513:0516:0317:3419:0321:36
清水沢  〃6:438:029:1812:0813:0816:0617:3719:0621:39
鹿ノ谷  〃6:558:149:2912:2013:2016:1717:4919:1821:51
夕張   着6:588:179:3212:2313:2316:2017:5219:2021:54
(上り)
列車番号2624D2626D2628D2632D2634D2636D2640D2642D2644D
夕張   発7:088:309:4112:3113:3116:2818:1519:2822:02
鹿ノ谷  〃7:118:339:4412:3413:3416:3118:1819:3122:05
清水沢  〃7:198:429:5212:4213:4216:4018:2619:4022:13
南清水沢〃7:228:459:5512:4513:4516:4318:2919:4322:16
沼ノ沢  〃7:278:5010:0012:5013:5016:4718:3419:4722:21
新夕張  着7:318:5410:0512:5413:5416:5118:3919:5122:24
新夕張  発7:329:04 13:0613:5416:5718:4019:5222:25
終着千歳追分 千歳追分千歳追分追分追分
※赤色は2016/3で廃止対象の列車

夕張支線の列車は全て普通列車で、1両の気動車が1日9往復している。これは国鉄時代から30年来変わっていない。日中は3時間近く間隔の開く時間帯もあるが、特定の時間に偏るということはなく、一応一般客の利用も考慮したダイヤといえる。
かつては楓発着の列車もあったが、利用客の減少から2004年3月で楓駅とともに廃止されている。

今回乗車して利用者の大まかな傾向を見ると次のようであった。
メインは南清水沢への通学利用で、上下合わせて22人の利用があった。次いで多いのは夕張への通勤利用、あとは僅かながら通院や用務などといったところである。箇条書きにすると以下の通り。

1,沼ノ沢、南清水沢、清水沢から夕張への通勤。
2,鹿ノ谷から南清水沢への高校生。
3,滝ノ上および新夕張、沼ノ沢から南清水沢への高校生。

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 レースイリゾート前(夕張駅前)の夕鉄バス時刻表。

閉校する道路は新夕張〜清水沢間は国道453号線が、清水沢〜夕張間は道道夕張岩見沢線が並行している。全線にわたり夕鉄バスの路線がカバーしている。

夕鉄バス市内バスのメインは社光を出発して清水沢地区を1周してまた社光に戻る循環便で、ほぼ1時間に1本の運行となっている。そのほかは南部、登川、滝ノ上からの便があるが、かつて社光まで運行されていた路線も2010、2011年と市内の小中学校を1校に統合した際に、スクールバスとしての運行とするべく清水沢地区発着に短縮されている。

現在は市内バス路線は清水沢で南北に分断されている状況なので鉄道と完全に競合しているとはいえない。また、夕鉄バスの運賃が距離が延びるほど割高になることもあって、JRとバスの利用者はそれぞれの状況によって棲み分けられているようだ。
といっても、もっとも乗客の多かった2623Dの沼ノ沢〜南清水沢間でも23人とマイクロバス1台に収まってしまうほどの乗客数である。

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 2010年度の夕張支線の輸送状況
 夕張市地域公共交通協議会 資料6【ネットワーク計画の基本的な考え方(PDF:408KB)より抜粋

夕張市内から千歳、札幌方面への直通利用はあまりない。これは新夕張での特急接続が良くないこと、夕張から札幌へはバスの方が距離が短く、所要時間でも勝っていることが理由である。
2010年度の普通列車の区間輸送人員を見ると、新夕張から沼ノ沢へは1日当たり119人の利用客に対し、新夕張から十三里方向への利用客は26人と段違いに少ない。これは夕張支線の利用動向が夕張市内の移動がほとんどで、市外への利用客が非常に少ないということである。

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JR北海道が発表した ご利用の少ない列車見直しのご説明状況について【PDF/753KB】(2015.11.27)では夕張発着の現在9往復のうち4往復が廃止したい列車として挙げられている。
減便後も一応通学需要のある列車は存続されるので、通学利用客は通学定期の安い鉄道利用にとどまるだろうが、通勤その他利用客は今まで利用していた列車がなくなればバスへ移行するものと思われる。


■夕張支線の今後

鉄道が存続するとすればどのような形で運営されていくのであろうか。
他のローカル線より通勤輸送の割合が多いとはいえ、1日当たりわずか百十数人の輸送量であり、しかも今後ますます減少することは確実である。

夕張市地域公共交通協議会によると、夕張市やJRは当時開発途中であったDMV導入による活性化を検討していたこともあったようだ。

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 平成25年度第3回夕張市地域公共交通協議会 資料2【DMV導入計画(案)】(PDF:7367KB)より抜粋。

これによると、終点夕張から道路を走行し、本町や市立診療所や石炭の歴史村公園のある社光への乗り入れを想定していたようである。また、若菜地区への新駅設置も盛り込まれている。
しかしこれはJR北海道がDMVの実用化を断念したことにより棚上げとなったようだ。

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 釧網本線を試運転するDMV(参考)。

このような輸送の現状で活性化させるとすれば外部から乗客を呼び込むしかない。かつて夕張市が力を入れていたのが観光客の誘致であった。

しかし情勢は大きく変わり、2007年夕張市は深刻な財政難から財政再建団体となった。実質的な財政破綻である。また、同時期に夕張市の第三セクターであり観光の要であった石炭の歴史村観光が自己破産するなど、成功したかのように見えた観光開発は大きく揺らぐことになった。

夕張市の観光入込客数は1990年代は年間200万人で推移していたが、観光施設の閉鎖やスキー客の減少などが原因で大きく落ち込み、2012年度は半分以下の年間62万人となっている。
前述の夕張駅移転は、マウントレースイへの観光客利用を当て込んでのものである。スキーシーズンにはリゾート列車乗り入れも構想にあっただろう。

しかし当初当て込んでいた鉄道によるスキー客の入込みはほとんど無かったようだ。札幌から往復特急利用とリフト・ゴンドラ1日券がセットになった「スキップ」が発売されていたこともある。駅の真向いという立地の良さも札幌からでは新夕張での乗換を強いられること、また接続も良いとはいえずあまり売りにはならなかったようだ。札幌から夕張へはバスの方が早いし便利なこともある。

その「スキップ」も利用者減少から2014年度を最後に発売終了となった。また現在夕張市所有のマウントレースイは現在管理している加森観光グループとの契約満了を迎える2016年度をめどに売却(夕張市HPより)する方針を固めている。

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 ホテルマウントレースイは夕張観光の柱のひとつ。

売却先の経営方針いかんによっては駅に近い立地に目をつけ、札幌や新千歳空港からリゾート列車を乗り入れるという可能性は無くは無いが、根本的な問題がある。
石勝線(旧夕張線)利用は、もっとも人の流れが多い札幌へは遠回りのルートとなることだ。古くは夕張鉄道が栗山経由で野幌まで結んでいたし、現在も札幌へのバス路線はすべて栗山経由となっている。このことは所要時間や運賃において大きなハンデである。

これは現状のダイヤにも反映されていて、石勝線普通列車のダイヤが追分や新夕張で分断されているのは、利用者の流れが1つは追分から千歳方面へ、もう1つが夕張市内相互内であり、普通列車での夕張市内から千歳方面への直通客がほとんど無いということだ。

同時に施設の老朽化対策も考える必要がある深刻な問題である。JR北海道によると、経年97年になる「稚南部トンネル」と「第8志幌加別川橋梁」の老朽化による変状が顕著で、これらの対策工事のため7億円が必要との試算結果を出している。
そのほかにも100年近い経年を迎える橋梁が13か所あって、いずれ老朽更新が発生することが見込まれている。

同様の話は留萌本線留萌〜増毛間であり、この区間も運行継続のためには数十億円に及ぶ防災工事費が必要ということが廃止理由のひとつであった。

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 9/30をもって無人化された清水沢駅の定期券取次の張り紙。通勤定期客が少なからずいることが覗える。

留萌線と違うのは、僅かではあるが通勤・通学輸送があり、公共交通機関という「公共の福祉」の一端を担っているということだ。
しかし、人口1万人に満たない地域の交通の、しかも1日百十数人の利用客のために多額の費用を投資できるのか。これを一鉄道事業者の負担とするのは不可能であろう。
結局、沿線の自治体が投資に値すると判断するかどうかが存廃の分かれ目になると思われる。
夕張支線に限ったことではないが、今後ローカル線の存続を考えるうえで避けて通れない問題である。

現在9往復ある夕張支線の列車だが、2016年3月のダイヤ改正では4往復が削減され、1日5往復の運転になる。夕鉄バスの路線がほぼカバーしているので、削減された列車の利用客はバスへ移行すると思われる。

本数削減により、ただでさえ低い輸送密度が、さらに低くなるのは必至だ。これによる利用減が廃止の口実とならなければよいのだが。

それでは最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。

〜おわり〜

posted by pupupukaya at 16/01/09 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

学園都市線の終点 新十津川へ乗車記

学園都市線の末端区間である浦臼〜新十津川間は現在3往復という超閑散路線となっている。2016年3月26日ダイヤ改正からはうち2往復が浦臼止まりに変更される。これにより終点の新十津川まで行く列車は午前中の1往復だけになり、札幌から気軽に乗りに行ける路線ではなくなってしまうだろう。
そんな学園都市線に終点の新十津川まで往復乗車してみました。

使用したきっぷは、札幌駅みどりの窓口で買った札幌〜新十津川間の往復乗車券。フリー券と違い乗車人員にカウントはされるだろう。『1日散歩きっぷ』が現在休止中なのでほかに適当なきっぷが無かったのもあるが。


●札幌16:20発 − 石狩当別17:06着 595M

学園都市線は札幌〜新十津川の路線だが、北海道医療大学までは電化されて札幌の通勤路線として電車が頻繁に運転されているが、そこから先は1両のワンマン気動車が下り8本、上り7本だけというローカル線になる。札幌からの列車はすべて北海道医療大学までしか行かないので、そこから先は石狩当別で乗換える必要がある。

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札幌16:20発595Mが入線。通勤路線らしくロングシート車が多い。


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石狩太美駅手前から。電化されてすっかり幹線らしい線路になった。

●石狩当別17:27発 − 新十津川18:56着 5433D

石狩当別に着くとほとんどの乗客は下車する。向かいの3番ホームには既に新十津川行が入線していてドアが開いていた。車内には誰もいない。乗り継いだのは私一人だった。
次の札幌16:40発597Mでも乗り継げるのだが、接続時間が4分しかないので1本前の列車で来たのだった。

ホームで写真を撮っていると、女性客が1人階段を降りてきて列車に乗り込んだ。

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石狩当別駅3番ホームには既に新十津川行5433Dが入線していた。

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車両はキハ40 401の1両ワンマン。400番台は学園都市線専用車両になる。

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車両前面の表示。もともとここは「普通」「快速」など列車種別を表示する場所だったが今は行先表示に使用されている。

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札幌16:40発の597Mが到着した。

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結構な人数が下車するが、こちら5433Dに乗り継いだ人は1名だけだった。

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札幌駅で買った新十津川までの往復乗車券。窓口の手違いで片道券2枚になってしまったが。

車内の乗客は石狩当別からの1人、乗り継ぎの1人でいずれも女性客、それに私と3人だけ。既に学校は春休みなのかも知れないが、平日の夕方でこの程度の乗車率とは、なんだか悲しくなってきた。

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私含めて乗客3名で石狩当別を発車する。

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17:32発 北海道医療大学駅、乗降ゼロ。

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石狩当別を発車すると石狩平野の水田地帯になるが、この時期はまだ一面の雪原。

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列車後方から。北海道医療大学−石狩金沢間。

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17:36発 石狩金沢駅、乗降ゼロ。

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駅を発車すると60km/hくらいまで加速、あとは惰行で次の駅までという走り方だった。

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17:42発 本中小屋、1名乗車、1名下車。

石狩当別からのおばさんは本中小屋で降りて行った。かわりに私服の高校生らしい1人が乗ってきた。ホームには2人いたがもう1人は見送りだった。

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17:47発 中小屋、2名乗車。
わりと年配の女性なのだが通勤客?

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17:52発 月ヶ岡駅、乗降ゼロ。

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日も沈み、この辺りからだんだん暗くなってきた。

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17:56発 知来乙、乗降ゼロ。

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17:59着 石狩月形、3人下車。ここで車内の乗客が、私以外全員入れ替わった。

石狩月形では向かいのホームに石狩当別行5432Dが停まっていた。ここでは9分停車するのでホームに降りてみる。
私以外の乗客3人は全員ここで下車、車内はしばらく無人になる。
となりの5432Dの車内は高校生が1人だけだった。

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石狩月形駅の駅舎。古い駅舎が使われている。

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停車中に高校生が乗り込んで行く。

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ホームの方面案内板。ローカル線らしい旅情のある駅だ。

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再び車内に戻る。石狩月形からは新たに4名の乗車があった。うち地元客は高校生2人と年配の女性客1人。あとの1人は鉄道ファンのよう。

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18:08石狩月形発車。駅員がカンテラを振って発車合図を出す。ここからはスタフ閉塞といって、手動の信号方式となるため。

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18:15発 豊ヶ岡、乗降ゼロ。

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18:19発 札比内、1名下車。月形からの高校生。

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18:25発 晩生内、乗降ゼロ。

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18:30発 札的、乗降ゼロ。

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18:34発 浦臼、2名下車。これで地元客はゼロになった。

3月26日ダイヤ改正からは浦臼から先に行く列車は1日1往復のみになる。しかし、夕方の下り列車で実質的な乗客ゼロでは仕方ないのかもしれない。

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外は完全に暗くなった。窓ガラスに車内が映る。

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18:39発 鶴沼、乗降ゼロ。

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18:42 於札内、乗降ゼロ。

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18:45発 南下徳富、乗降ゼロ。

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遠くに石狩川対岸の街灯りがポツポツと見える。

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18:49発 下徳富、乗降ゼロ。

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石狩当別からの運賃表示機。

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18:56着 新十津川、2名下車、ただし私を含めファン客のみ。

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終点新十津川駅は無人の駅舎があるのみ。蛍光灯が寂しく照らす。

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新十津川駅の正面。駅前は街灯も無く真っ暗闇。

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真っ暗な駅前広場。数台の車は、廃止になる夜の列車を撮影しにきた人たちのらしい。

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新十津川駅発車時刻表。3月26日から1往復のみとなる。

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待合室はきれいに管理も行き届いている。ただ、ストーブは無いので寒い。


●新十津川19:22発 − 石狩当別20:53着 5434D

待合室はきれいに管理も行き届いている。ただ、ストーブは無いので寒い。
新十津川での折り返し時間は26分となっている。この間に国道275号線沿いのコンビニまで往復して買い物してくる。コンビニまでは歩いて3~4分の距離、折り返し停車時間でも十分余裕がある。着いたときは小降りの雪だったが歩いているうちに降り方が激しくなってきた。

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さっき着いた列車は折り返し石狩当別行5434Dとなる。

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新十津川駅の発着列車は、3月26日からは午前中の1往復のみとなり、夜間の発着列車は無くなる。こんな光景もあとわずか。

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降り出した雪はうっすらとホームに積もりはじめた。

折返しの5434Dは着いたときの私ともう1人のファン客のみ。ダイヤ上で判断すると実質石狩当別へ戻る回送列車とも見て取れるので、このまま発車すると思っていたが、発車間際に女性客が息を切らせて乗ってきた。年齢や恰好からすると地元客のようだが。

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19:22新十津川発車。数人の撮り鉄たちに送られて。

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駅から歩いて3~4分のコンビニで買ってきたおにぎりと酒。がら空きの列車内で夜汽車気分ということで。

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ほろ酔いで月明かりに照らされた雪景色を見ていると夜汽車気分。

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19:44発 浦臼、新十津川からの女性客が下車。

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20:10着 石狩月形、1名下車。
交換する列車は浦臼行5435D、車内に乗客の姿は見えなかった。この列車も3月改正後は石狩月形止まりになる。

石狩月形では10分停車になるのでまたホームへ降りて写真を撮る。
駅舎は基本昔のままの姿で使われている。古い駅舎でも駅員のいる駅は大抵今風にリフォームされているが、ここは国鉄時代からほぼ変わらない姿で営業している。
待合室のストーブやガラスで仕切られた出札窓口、改札口の案内板など、昭和の時代の雰囲気に戻ることができる貴重な駅だ。

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改札口上の駅名表示。

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待合室にはストーブも灯って暖かい。

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昔ながらのきっぷ売り場。駅員1人でやっているので列車発着時は不在になる。

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改札案内の札が掛かる。

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5435Dは20:11、先に発車するが、こちらは20:20発車、しばらく無人のホームに停まり続ける。

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石狩月形からはついに乗客は自分だけの貸切になった。

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20:53 石狩当別着、1名下車。1名とはつまり私。


石狩当別21:13発 − 札幌21:53着 642M

石狩当別では乗継時間が20分あったので、一旦改札を出て待合室に入らせてもらう。オープンカウンターのみどりの窓口があり、自動改札機もあって、ここからは札幌都市圏なのだということを感じる。
ただ、待合室にあったキヨスクはシャッターが閉じて閉店の旨の張り紙があった。対面販売のキヨスクはコンビニ化するか閉店かと二極化が進んでいる。

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石狩当別21:13発642Mに乗り継ぐ。前3両は721系、後ろ3両は731系の6両編成。

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転換クロスシートの721系電車。まだ非電化だった頃、まさか学園都市線に721系電車が走るなど思いもしなかった。
石狩当別からはさすがに札幌都市圏内で、停車駅ごとに乗客があった。

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札幌に着くと冬に逆戻りしたような天気だった。

あと数日後に控える3月26日ダイヤ改正では、北海道新幹線が華々しく開業する。その一方で、ローカル輸送の列車は大幅に減便となる
きびしいダイヤ改正となる。同時に、利用の少ない8駅が廃止になるなど、ローカル線やローカル列車の大幅な見直しが行われる厳しいダイヤ改正でもある。

今後も路線の廃止や減便は続くと思われる。今回は小さな旅でしたが、これもあるうちに乗っておこうと思い、今回新十津川まで往復してきました。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

〜おわり〜
乗車日:2016,3,23
posted by pupupukaya at 16/03/25 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

留萌本線の最終列車

駅STATIONは1981年に製作された映画で、銭函、札幌、雄冬そして増毛などを舞台として人間模様を描いた作品である。
その劇中に登場する留萌から増毛まで、増毛発の深川行最終列車、今でも残っている列車に乗ってみた。

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 留萌本線最終列車の時刻(『JR時刻表』平成28年4月号より切抜き引用)

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 夜9時近く、駅前広場は列車到着に合わせてタクシーが集まる。

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 窓口も改札もすでに今日の営業は終了している。
 最終列車は休日運休。日祝は一足早く仕舞いとなる。

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 夜は無人の改札口。

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 深川発増毛行最終列車を迎えるホーム。

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 【駅 STATION】
 留萌駅ですず子の尾行をする刑事の三上英二(高倉健)

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【駅 STATION】
 跨線橋の階段をすず子(烏丸せつこ)が登るシーン。
 『のりば案内』に表示された列車は、19:54急行はぼろ幌延行、20:01普通増毛行、19:57急行るもい4号旭川行といったところ。

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 跨線橋の階段。『のりば案内』が下がるがこの時間は消灯している。

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 増毛行4395Dが到着。下車した乗客はたった1人だった。

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 助役が運転士にタブレットを手渡す。

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 助役に見送られ留萌駅を発車。

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 留萌〜増毛間の往復乗車券。これは昼間のうちに買っておいたもの。

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 車内の乗客は自分含めて5人。うち1組は増毛へ帰るらしい母子連れ3人。

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 瀬越駅ホーム。留萌市内の住宅地だが乗り降りゼロ。

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 礼受駅。人はいなくとも明かりが灯されている。

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 阿分駅。列車の後ろ半分はホームにかからない。

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 舎熊駅。乗降客がいなくても一つ一つの駅に停まって行く。

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 小さな待合所でも明かりが灯る。箸別駅。

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 終点増毛駅に到着。

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 最終列車を迎えた夜の増毛駅。

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 すっかり静まり返った夜の町。

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 待合所では宴会になっていた。駅というより居酒屋のような感じになっていた。

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 【駅 STATION】
 深川行最終列車で1人札幌に戻る三上。あとからすず子が駆け込んできた。札幌で働くことになったという。

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 【駅 STATION】
 夢を失い、また元の暮らしに戻る三上。町を出て新たな暮らしを始めるすず子。

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 赤いテールランプが灯された最終列車。

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 終着駅でも、列車はまた始発駅として出発する。

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 留萌行最終の乗客は自分含め3人。2人は大学生のような感じだった。

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 停車駅は舎熊、礼受の2駅だけ。箸別駅を通過する。

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 終点留萌駅に到着。(この画像は1本前の4936Dのものですが)

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 乗客を降ろすとすぐに発車、そのあと構内の端で停止したままだった。

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 1本前の4933Dとして留萌に到着していた車両。このまま夜を明かすのだろう。

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 多くの人を迎えてきた改札口。

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 列車が終わった夜の駅前。タクシーもすでにいなかった。

留萌本線、留萌〜増毛間は廃止が決定している。2016年12月4日が本当の最終列車になる。かつて健さんが演じた舞台が過去のものになる。

“暗闇の彼方に光る一点を今駅舎(えき)の灯と信じつつ行く”
 辞世 吉松五郎

訪問日:2016年10月1日
posted by pupupukaya at 16/10/22 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

学園都市線浦臼〜新十津川間の最終列車

2016年のダイヤ改正でそれまでの1日3往復から1往復に減便された学園都市線こと札沼線の末端区間。
ここ浦臼から新十津川までは午前中の1往復しか列車が走らない。始発列車でもあり最終列車でもある、そんな列車に乗ってみました。

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 浦臼駅の駅舎。浦臼町歯科診療所が併設となっている。

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 待合室は『ふれあいステーション』という名前が付けられている。
 かつては駅前からJRバスが滝川駅や奈井江駅まで発着していた。

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 浦臼駅に掲示の時刻表。新十津川方面は9:06発1本のみ。

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 浦臼駅のホーム。

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 意外と長いホーム。昔は向かい側にもホームがあったが面影は全くない。

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 5425Dが到着。浦臼発下り始発列車でもあり最終列車でもある。

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 がら空きかと思っていたら、車内は大盛況。デッキに立っていることにした。

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 運転士時刻表。

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 あまり良くない前面展望。於札内駅のあたり。

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 こまめに駅に停まるがどの駅も乗降は無い。南下徳富駅。

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 下徳富で乗客があった。

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 利用者にとっては1日1往復だけの貴重な列車。

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 ワンマン運転なのでバスと同じような運賃表示機がある。

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 浦臼〜新十津川間13.8kmの運賃は260円。JRの運賃が安すぎるのも経営悪化の一因かも。
 同じ距離をじょうてつバスなら470円(笑)

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 終点新十津川駅に到着。

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 新十津川駅はすごい人出だった。

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 新十津川駅でこんなに大勢の人出を見るのは初めてだった。

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 新十津川駅に掲示された1日1往復だけの時刻表。

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 林の中にポツンとあるような駅舎。

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 ホームの脇はコスモスの花で埋め尽くされていた。

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 駅名標と名所案内。

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 駅前の病院にある院内保育所の園児たちに見送られて発車。

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 折返し5426Dの車内はさっきの半分ほどの乗車率。あとの人たちは滝川方面へ抜けてしまったのか。

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 懐かしさ漂う青いボックスシートの車内。

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 新十津川駅で園児たちに貰ったポストカード。

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 木造駅舎が残る下徳富駅。こんどは乗客はいなかった。

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 稲穂が揺れる田園風景。豊葦原の瑞穂の国を行く。

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 浦臼駅が近づく。

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 浦臼駅で新たな乗客1人を乗せて発車して行った。

この列車に乗って1週間後、この路線が道新朝刊の一面トップ記事に出た。


“JR北海道が札沼線(北海道医療大学―新十津川)沿線の空知管内新十津川、浦臼両町に、路線廃止を前提にバス転換を打診していたことが分かった。”

というもの。
今さらながらという気もしなくはないが、今後は廃止の方向で動き出すのだろう。
せめて残っているうちに乗っておくしかない。

訪問日:2016/10/2
posted by pupupukaya at 16/10/23 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

ついに道内ローカル線の動きが始まった

北海道新聞 2016年10月26日(水)

今朝の道新朝刊1面トップ記事である。

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JR北海道が抜本的な事業の見直しの対象とする「単独では維持困難な路線」に10路線13区間を選んでいることが25日、関係者への取材で分かった。
うち札沼線の北海道医療大学―新十津川間、根室線富良野―新得間、留萌線深川―留萌間の3路線3区間は廃止を伴うバス転換などで協議する。
(同記事より文と画像を引用)

「札幌まで新幹線が来るころには北海道の鉄道は旭川までになっているかもねえ」などと会話で冗談を言っていたものだが、どうやらその冗談が本当になるかもしれない。

記事の内容はJR北海道の正式な発表ではなく、関係者への取材で判明したものである。まだ廃止候補となったわけではない。現段階ではJR北海道単独では今後維持管理が難しいとして、今後の経営方針を自治体と協議したいということだ。

要は上図でオレンジ色になっている9区間については、うち(JR北)では維持しきれないので、『上下分離方式』という形態で線路を維持してもらえんべか、ということである。

『上下分離方式』とは何かというと、道路とバスの関係に例えると話がわかりやすい。
バス会社は道路上で営業しているが、道路に関する費用を直接負担する必要が無い。道路は国や自治体の所有なので、社会インフラとして税金で維持管理されているからだ。
バスが「上」、道路が「下」、それぞれの会計が別ということ。

一方で鉄道は、列車を走らせるのも自前だが、線路も自前で所有して、維持管理の費用も全て自前で出しているのが現状である。

線路については道路のように自治体で所有・維持管理してもらって、列車の運行に関する費用だけ負担して営業する形態にすれば、JR北海道の負担もかなり軽くなる。

記事では『自治体に所有してもらう』とあるが、自治体とは間違いなく『北海道』になると思われる。沿線市町村にそんな体力があるとは思えない。
国の所有にするとしたら、それは協議では収まらず、確実に政治の話になる。
もっとも個人的には、また国鉄に戻してしまえとも思っているが・・。

道が線路の所有に対してどれだけ乗り気になるのだろうか。
道の回答いかんによって、これらローカル線の運命が左右される。


話はまた上図に戻るが、1区間だけあれっ?と思った箇所があった。

それは函館本線 長万部〜小樽(あるいは長万部〜倶知安)間である。
いわゆる『山線』と呼ばれる区間で、この区間の輸送量も今回対象になった根室本線 滝川〜新得間と似たようなはずである。
なぜ今回の検討対象路線から外されたのか。

それは、新幹線が札幌開業となれば、この区間は自動的に三セク化か廃止になるからだ。
こういう所は抜かりないというかセコい。
posted by pupupukaya at 16/10/26 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

列車の走らない日高本線と珍踏切

日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。
当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。

ところで、この日高本線の不通区間に新しい踏切ができていた。場所は厚賀駅から数百メートル苫小牧寄り。

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 清畠〜厚賀間に新設された踏切。


未成線という路線がある。これは予定はあったが建設されなかった鉄道路線、あるいは建設されたが途中で建設が中止されて実現しなかった鉄道を指す。
それで言うと、ここは未成踏切とでも呼んだらいいのだろうか。

もともとここは町営住宅と海側の町を結ぶ第4種踏切(遮断機も警報機も無い踏切)があったところ。現在の法律では、踏切の新設は原則としてできない。
前の踏切の改良工事として行われたのだろう。

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 2車線の立派な道路は、国道235号線と道道208号比宇厚賀停車場線沿いの厚賀市街を結ぶために新設された町道。

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 道道の厚賀市街側から見た踏切。

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 工事名と完成日を記した柱。
 着工は2015(平成27)年10月14日。日高本線の運休は同年の2月から。
 完成は2016(平成28)年3月22日。JR北海道が鵡川〜様似間の廃止を表明したのは同年の12月だった。
 なんという行き違いと言うべきか。

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 錆びた線路と真新しい踏切。新たに鉄道が開業するような感じにも見える。

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 錆びついた線路と色あせた枕木は廃線跡そのもの。

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 警報灯と遮断機には黄色いカバーがかけられている。遮断棹の取り付けは無し。

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 立派な踏切名称も付けられた。その名も『コマチップ踏切』。
 列車が来るのを小待ちっぷ・・・
 つまらないシャレであったな。

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 除雪車用に立てられた新しい雪かき車警標(フランジャ禁止解除)

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 踏切から厚賀駅方向。草も生えずに意外ときれいな線路。

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 踏切注意の新しい標識がむなしい。

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 さらにむなしい『踏切注意』と『JR北海道』の表記。

日本各地にある『珍踏切』。ここは設置されてから一度も列車が通ることなく消えてしまう踏切である。
まだ100%確定したわけではないが、たぶんそうなる。

唯一の小さな望みとして、デュアル・モード・ビークル (DMV)の導入による復旧という提案も沿線の自治体から出ているようだが、厚賀駅の両方向が路盤流出、橋梁流出という状態では、どう考えてもコマチップ踏切にDMVが通ることはありえない。

それにしても何もない所にずいぶんと立派な道路を作ったものだ。列車は通らないが、この道路を通る車すら見なかった。


厚賀駅と日高門別駅にも寄ってみた。

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 厚賀駅の駅舎。代行バスのバス停は駅前の道道にある。

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 厚賀駅の待合室。

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 バス停は少し離れているが、代行バスの時刻表が掲げられていた。

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 厚賀駅のホーム側。列車が来なくなって2年以上になるが、それほど荒れていない。

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 日高門別駅と日高線代行バス。
 駅前広場はもともと大型バスの乗り入れは考慮されていないためか、大型バスの転回は大変そうだった。


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 余裕のあるダイヤなのか数分間停まっていた。車内の乗客はたった2人。

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 代行バス待合所として使われている日高門別駅舎。

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 島式ホームと駅名標。

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 草が侵入してきた駅構内。信号は消灯している。


日高門別駅のある日高町はJR北海道に対し、大きな被害のなかった鵡川〜日高門別間の再開を主張している。

鉄道や時刻表しか見ていないと鵡川駅が拠点のように思えるが、このあたりの中心は富川駅のある日高町富川である。商業施設の多くは富川に存在し、駅からも近い。
旧日高町や平取町からの国道237号線は富川で国道235号に合流するという地の利だからだろう。

一方、門別には日高町役場と大病院の門別国民健康保険病院がある。
被災当初の日高本線の運行区間を鵡川でなく日高門別までとしていればと悔やまれる。

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 北海道のローカル線を維持するためには、これがひとつの答えかも知れない。

posted by pupupukaya at 17/07/12 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 1

日高本線は2015年1月から列車が運休し、バス代行が続いている。
たまに新聞やニュースで日高線の状況が報じられることもあるが、今どういう状況にあるのだろう。

私も鉄道に詳しい人として、「日高本線は廃止になったの?」とかたまに聞かれるが、今の状態はなんとも説明しがたい。
廃止ではないが、バスで何年間も列車の代行輸送している状態というのは、理解し難いところであろう。
私も実はそれほど詳しいわけではなかった。

この間に留萌本線の一部廃止や、夕張市のバス転換合意など、ローカル線について少しずつ動きがみられるようになってきた。
日高本線についてはどうなっているのだろう。

色々興味がわいてきたので、調べて、また現地を見てくることにした。


まずは日高本線をめぐる状況から追うことにする。


日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。

当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。



上記は拙ブログの文章です。
被災関連の説明は面倒なのでコピペで済ませます。

以来ずっと運休状態で、バスによる列車代行が続いていたが、一昨年(2016年)にJR北海道から日高本線の鵡川〜様似間の事実上の復旧を断念したとの発表があった。


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 日高線沿線の概況(2016/12/21 JR北海道プレリリースより引用)

要は、鉄道を廃止しバス転換するにあたって、沿線自治体と協議を始めたいということである。

理由として、復旧費の総額が100億円を超える規模になるということ、鉄道の利用者数がJR発足時の1987年に比べて1/3にまで落ち込み、年間で約11億円もの赤字となっているということが挙げられている。
転換時期に関してまでは言及はなく、結局JR北海道から沿線自治体への一方的な通告という形で終わったようだ。

一方で、線路被害の無かった鵡川〜日高門別間を復旧させるという動きもあるが、これも復旧や維持費を自治体が負担する条件付きでのようである。

あれから1年と少しが経つが、あれから目立った動きはない。JRと沿線自治体との正式な協議もいまのところ行なわれてないようだ。

いまのところ、JRとしては鉄道を廃止したい、沿線自治体は廃止は受け入れがたいというまま、宙ぶらりんのような状態ということになる。

一方で、鉄路と道路を走れるデュアル・モード・ビークル(DMV)の導入を検討している動きもある。
被災区間の日高門別〜静内間を国道を走ることで、全線復旧を目指すというものだ。

  *2017/3/27 苫小牧民報*

DMVは、徳島県の阿佐海岸鉄道が2020年までに実用化し、営業運転を始める予定になっている。
もともとはJR北海道がローカル線対策として開発を進めていたもので、日高本線でも試運転が行われていた。
ただし、現在は経営危機により開発を断念し、DMVの事業からは撤退している。

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 【参考】2007年、釧網本線を走行するDMV。(筆者撮影)

JR抜きの沿線自治体の協議会では、DMVにするか、BRTにするか、バスにするかというところまでは話が進んでいて、今後JRとの協議を行いたいようだ。

ただ、DMVは温暖な四国だからこそ営業予定に至ったもので、北海道では試作車が走った段階でストップしている。
北国での走行に耐えうるような仕様車を開発する必要がある。

日高本線にDMVを導入した場合、運行開始までに少なくとも47億円の初期投資と14年の期間はかかるという試算もある。
いくら設備投資をしても赤字必至のローカル線である。少なくとも当のJR北海道には投資する体力はない。

  *2017/11/21 日本経済新聞 電子版*

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 JR日高線の代替手段の比較(2017/11/21 日本経済新聞電子版より引用)

仮にDMV導入についての具体的な協議が始まったとしても、どこが費用負担をするかということになると暗礁に乗り上げるような気がする。

DMV試運転の夢よ再びというわけではなかろうが、その道のりは果てしなく遠い



机上での調べ事は以上にして、2018年1月のとある土曜日、日高本線がどうなっているのか実際見て来ることにしました。

車で出発して、国道36号線経由で、苫小牧東ICから日高門別ICまでは日高自動車道の無料区間、そこから静内までは国道235号とひたすら下道経由。
札幌市の自宅から静内駅まで休みなしで、所要約2時間40分

昔あった急行『えりも』が、札幌〜静内間を最速2時間40分で結んでいた。
急行は国鉄最後のダイヤ改正で消えてしまったが、すでに鉄道の出る幕ではないようだ。
同じ区間を道南バスの高速ペガサス号がこれも2時間40分で結ぶ。

現在日高門別までの日高道も、今年度中には日高厚賀まで延伸されるし、その先も静内まで延伸する工事が行われている。
そうなると車での所要時間はもっと短くなるだろう。

途中で列車代行バスとすれ違ったが、ざっくりとだが車内の乗客は5本の指で数えられるほどの乗車率だった。

というわけで静内駅までやって来た。
日高本線巡りはここから鵡川までやっていこうと思います。

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 静内駅の駅舎正面。

列車の来なくなった静内駅。
列車代行バスは駅前に発着しているので、みどりの窓口も営業しているし普通に駅員もいる。

待合室には新ひだか町の観光案内所と特産品や土産物の売店、立ち食いそば店も営業している。
札幌への高速バスもここに発着しているので、駅というより交通ターミナルといったところ。

隣に広い駐車場もあるし、下手な道の駅よりも整っている。ていうか、国土交通省に登録すればこのまま道の駅にできるだろう。

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 新ひだか町観光案内所”ぽっぽ”の売店。

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 改札口とみどりの窓口。

改札口に『ホームに入るときは入場券をお買い求め下さい』との張り紙があったので、みどりの窓口で入場券を買う。
中に入りたいと言うと、窓口の人が改札口のドアを開けてくれた。

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 みどりの窓口で買った入場券。

ホームに出ると、現役時代から変わっていない。
線路が錆びて赤茶けているくらい。手入れしないとホコリやゴミが積もり、隙間から雑草が生えてくるものだが、きれいなものだ。

当然ながら誰かが手入れしているわけで、列車が走らなくとも、ただ線路施設として維持するだけでもコストはかかるのだと想像できる。

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 静内駅のホーム。苫小牧方を望む。

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 静内駅のホーム。様似方を望む。

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 構内踏切。

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 上と同じ静内駅の構内踏切。2011年10月、まだ列車があった頃の画像。

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 静内駅に掲示された列車代行バスの貼り紙。

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 2台並んだ列車代行バス。左が鵡川行、右が様似から到着したところ。静内駅前。

静内駅をあとにして次は新冠駅に向かう。

静内〜新冠間は鉄道と国道がほぼ並行して走る。鉄道が海側なので、鉄道の方が眺めは良かったことになる。

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 新冠駅のホーム。

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 自販機も設置された新冠駅の駅舎内。

新冠駅の駅舎もきれいだった。
無人駅だが、中に入ると暖房が入っていて暖かい。自販機も設置してある。
代行バスは駅前広場まで入るので、一応待合室としての役割はあるといえる。


posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 2

次に向かうは大狩部駅

国道を車で走っていると、国道からの脇道が駅の入口に見えるが、本当の入口は国道に並行して下を通る町道側になる。
国道の下に歩行者用の小さなトンネルがあり、大狩部駅につながっている。

列車からだと人家も無く、海岸沿いの秘境駅のような印象であるが、トンネルの反対側は普通に人家が何軒もあって、秘境というわけではない。

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 町道にある大狩部駅の入口と代行バスのバス停。

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 トンネルを抜けると大狩部駅。

大狩部駅はホームとブロック積みの待合所があるだけの無人駅。
線路の向こうはすぐに海となっている。

妙に新しい駅名標が印象的だった。列車があったころに車窓から見たものは錆びだらけでボロボロだったのだが、いつの間にか新しく立てられたらしい。

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 大狩部駅の駅名標と待合所。

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 待合所の内部。一応代行バス関連の掲示物がある。

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 駅名標は新しく立て替えられたもの。前はボロボロだった。

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 線路から見た大狩部駅。

大狩部駅の前後の線路は路盤が流出して、線路が宙ぶらりになっているところがある。
いずれも高波により護岸の擁壁が崩れたため、土砂が流出したものである。

2015年1月の高波で厚賀〜大狩部で発生した土砂流出で運休になっていた日高本線だが、その追い打ちをかけるように2015年9月の台風17号で豊郷〜清畠間で大規模な路盤流出が発生している。

この頃までは、復旧に向けた準備工事を行っていたことは2015年度のJR北海道のプレリリースを見るとわかる。
ところが、2016年度以降になると、日高線被災関連のプレリリースは無くなってしまった。
この頃には日高本線復旧はもう諦めムードになっていたのか。

この被災箇所も、2016年以降に発生したものだろう。
応急手当もなく、荒れるがままという感じだった。

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 大狩部駅から約150m静内寄りの箇所。

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 路盤が流されて線路が宙ぶらりになっている。

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 宙ぶらりになった線路と剥き出しになった通信ケーブル。

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 大狩部駅から約100m苫小牧寄り。ここも路盤が流出。

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 崩壊している上記箇所の擁壁。

大狩部駅から見える場所だけでこれである。海岸沿いは波による路盤流出が思った以上に進行しているようだ。

復旧のためには、護岸擁壁を修復して路盤を築けば済む話ではない。老朽化した擁壁の対策や、今後も発生するだろう海岸浸食対策や、場合によっては線路の付け替えも検討しなくてはならない。

これらを海岸沿いの全区間で行わなければ、また同じような災害が起こりうる。
これ全部やったら100億円ですむのだろうか。

海岸の保全事業は本来は国(国土交通省)の事業のはずだが、そういう対応はできなかったのだろうか。

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 別な日に撮影した上記箇所の高波。現状回復だけではなく災害対策工事も必要となる。

大狩部は被災した線路と殺風景な景色が相まって、なんとも悲惨な光景だった。

実は、この駅は去年の秋にも訪れたことがあって、そのときは護岸には釣り人の姿が何人かあった。
釣り場としてはそれなりのスポットであるらしい。


次いで向かったのは厚賀駅

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 うっすらと雪が積もる厚賀駅のホーム。

大狩部と違って厚賀駅はいたって平和だった。
うっすらと雪が積もったホームに立つと、いつ列車を走らせてもおかしくないほど整っている。

しかし、この駅の前後の線路は徹底的に破壊されているために、この駅にDMVも含め再び列車が来ることは100%ないだろう。
待合室も解放されていて、時刻表や運賃表が掲示されている。

ただ、代行バスは狭い駅前広場には乗り入れず、50mほど離れた道道沿いに乗り場がある。

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 厚賀駅の駅舎内。奥のシャッターはかつてキヨスクだった。

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 厚賀駅に掲示の時刻表と運賃表。

次は清畠へ向けて出発する。

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 厚賀駅の340m苫小牧寄りにある運休後に新設されたコマチップ踏切。

日高本線の静内までの区間は、軌間762mmの軽便鉄道による開業であった。大正時代のことである。
昭和に入ると国有化され、軌間も現在の1067mmに改められる。

そもそもが軽便鉄道として建設され資本も最小限としたために、海岸段丘と海岸の間のわずかな浜辺に敷かれた線路である。
軽便鉄道当時から海岸の浸食もひどく、国有化後は護岸壁や消波ブロックで対処していた。

それでも、数々の高波被害に耐えきれず、1か所だけ線路を山側に付け替えた区間がある。
清畠〜厚賀間がそれで、もともとは海岸沿いにあった線路が山側へ移設されている。

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 清畠〜厚賀間の線路付け替え箇所。(地理院地図より作成)

付け替えは1960(昭和35)年のことで、よほど大きな線路被害だったのだろう。
当時は鉄道が重要な交通手段だった時代。そうまでしても鉄道を復旧させたのである。

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 第2賀張跨線橋から様似方を望む。

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 かつてはこの海岸沿いに線路があった。

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 ここから線路が山側に付け替えられた。第2賀張跨線橋から。

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 跨線橋下の線路。ここも路盤が流出し、線路が宙ぶらり。

線路は第2賀張跨線橋で国道の下を通り山側へ出る。
この跨線橋の下の線路も路盤が流出して線路が宙釣りになっていた。

その先では線路わきの山肌を削って治山工事の最中だった。
2016年8月の台風で、線路の山側の斜面に起こった土砂崩れの復興工事である。国か道かはわからないが、とにかく公共事業として行われている。

海側はJRの負担ができずに放置状態なのに対し、山側の土砂崩れは公共事業として税金が使われるとは皮肉なことだ。

線路は国道の山側をしばらく並行する。
高台にある賀張橋からは、海岸沿いに残る旧線跡の橋台を望むことができる。

第1賀張跨線橋の下をくぐって、線路は再び海側へ移る。
ここの駐車帯に車を停めて線路を見に行くと、ここもひどい状態だった。

防波堤を超えて押し寄せた高波で流されたのか、線路がねじ曲げられてぐにゃぐにゃになっていた。
これは2016年8月30日の台風10号による被害であろう。

であろう”というのは、この頃にはJR北海道も詳細な被害をリリースしなくなったので、推測によるものである。
しかし、線路と並行する国道235号の同区間も同時期に越波のおそれとして通行止めになっているので、おそらく間違いない。

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 清畠駅から約500m静内寄りの線路流出箇所。

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 路盤こそ無事とはいえ、線路が流されるとはどれだけの高波だったのだろう。

2015年中の被災箇所についてはJR北海道が応急処置を行っていたと前述した。
ところが2016年以降の被災箇所については処置を行わずそのまま放置となっている。この頃にはすでに復旧断念という方針になっていたのかもしれない。


posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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