ついに道内ローカル線の動きが始まった

13区間「単独維持困難」 JR北海道 上下分離、軸に協議へ 3区間廃止検討
北海道新聞 2016年10月26日(水)

今朝の道新朝刊1面トップ記事である。

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JR北海道が抜本的な事業の見直しの対象とする「単独では維持困難な路線」に10路線13区間を選んでいることが25日、関係者への取材で分かった。
うち札沼線の北海道医療大学―新十津川間、根室線富良野―新得間、留萌線深川―留萌間の3路線3区間は廃止を伴うバス転換などで協議する。
(同記事より文と画像を引用)

「札幌まで新幹線が来るころには北海道の鉄道は旭川までになっているかもねえ」などと会話で冗談を言っていたものだが、どうやらその冗談が本当になるかもしれない。

記事の内容はJR北海道の正式な発表ではなく、関係者への取材で判明したものである。まだ廃止候補となったわけではない。現段階ではJR北海道単独では今後維持管理が難しいとして、今後の経営方針を自治体と協議したいということだ。

要は上図でオレンジ色になっている9区間については、うち(JR北)では維持しきれないので、『上下分離方式』という形態で線路を維持してもらえんべか、ということである。

『上下分離方式』とは何かというと、道路とバスの関係に例えると話がわかりやすい。
バス会社は道路上で営業しているが、道路に関する費用を直接負担する必要が無い。道路は国や自治体の所有なので、社会インフラとして税金で維持管理されているからだ。
バスが「上」、道路が「下」、それぞれの会計が別ということ。

一方で鉄道は、列車を走らせるのも自前だが、線路も自前で所有して、維持管理の費用も全て自前で出しているのが現状である。

線路については道路のように自治体で所有・維持管理してもらって、列車の運行に関する費用だけ負担して営業する形態にすれば、JR北海道の負担もかなり軽くなる。

記事では『自治体に所有してもらう』とあるが、自治体とは間違いなく『北海道』になると思われる。沿線市町村にそんな体力があるとは思えない。
国の所有にするとしたら、それは協議では収まらず、確実に政治の話になる。
もっとも個人的には、また国鉄に戻してしまえとも思っているが・・。

道が線路の所有に対してどれだけ乗り気になるのだろうか。
道の回答いかんによって、これらローカル線の運命が左右される。


話はまた上図に戻るが、1区間だけあれっ?と思った箇所があった。

それは函館本線 長万部〜小樽(あるいは長万部〜倶知安)間である。
いわゆる『山線』と呼ばれる区間で、この区間の輸送量も今回対象になった根室本線 滝川〜新得間と似たようなはずである。
なぜ今回の検討対象路線から外されたのか。

それは、新幹線が札幌開業となれば、この区間は自動的に三セク化か廃止になるからだ。
こういう所は抜かりないというかセコい。
posted by pupupukaya at 16/10/26 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 1

日高本線は2015年1月から列車が運休し、バス代行が続いている。
たまに新聞やニュースで日高線の状況が報じられることもあるが、今どういう状況にあるのだろう。

私も鉄道に詳しい人として、「日高本線は廃止になったの?」とかたまに聞かれるが、今の状態はなんとも説明しがたい。
廃止ではないが、バスで何年間も列車の代行輸送している状態というのは、理解し難いところであろう。
私も実はそれほど詳しいわけではなかった。

この間に留萌本線の一部廃止や、夕張市のバス転換合意など、ローカル線について少しずつ動きがみられるようになってきた。
日高本線についてはどうなっているのだろう。

色々興味がわいてきたので、調べて、また現地を見てくることにした。


まずは日高本線をめぐる状況から追うことにする。


日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。

当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。

2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。



上記は拙ブログの文章です。
被災関連の説明は面倒なのでコピペで済ませます。

以来ずっと運休状態で、バスによる列車代行が続いていたが、一昨年(2016年)にJR北海道から日高本線の鵡川〜様似間の事実上の復旧を断念したとの発表があった。


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 日高線沿線の概況(2016/12/21 JR北海道プレリリースより引用)

要は、鉄道を廃止しバス転換するにあたって、沿線自治体と協議を始めたいということである。

理由として、復旧費の総額が100億円を超える規模になるということ、鉄道の利用者数がJR発足時の1987年に比べて1/3にまで落ち込み、年間で約11億円もの赤字となっているということが挙げられている。
転換時期に関してまでは言及はなく、結局JR北海道から沿線自治体への一方的な通告という形で終わったようだ。

一方で、線路被害の無かった鵡川〜日高門別間を復旧させるという動きもあるが、これも復旧や維持費を自治体が負担する条件付きでのようである。

あれから1年と少しが経つが、あれから目立った動きはない。JRと沿線自治体との正式な協議もいまのところ行なわれてないようだ。

いまのところ、JRとしては鉄道を廃止したい、沿線自治体は廃止は受け入れがたいというまま、宙ぶらりんのような状態ということになる。

一方で、鉄路と道路を走れるデュアル・モード・ビークル(DMV)の導入を検討している動きもある。
被災区間の日高門別〜静内間を国道を走ることで、全線復旧を目指すというものだ。

  *2017/3/27 苫小牧民報*

DMVは、徳島県の阿佐海岸鉄道が2020年までに実用化し、営業運転を始める予定になっている。
もともとはJR北海道がローカル線対策として開発を進めていたもので、日高本線でも試運転が行われていた。
ただし、現在は経営危機により開発を断念し、DMVの事業からは撤退している。

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 【参考】2007年、釧網本線を走行するDMV。(筆者撮影)

JR抜きの沿線自治体の協議会では、DMVにするか、BRTにするか、バスにするかというところまでは話が進んでいて、今後JRとの協議を行いたいようだ。

ただ、DMVは温暖な四国だからこそ営業予定に至ったもので、北海道では試作車が走った段階でストップしている。
北国での走行に耐えうるような仕様車を開発する必要がある。

日高本線にDMVを導入した場合、運行開始までに少なくとも47億円の初期投資と14年の期間はかかるという試算もある。
いくら設備投資をしても赤字必至のローカル線である。少なくとも当のJR北海道には投資する体力はない。

  *2017/11/21 日本経済新聞 電子版*

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 JR日高線の代替手段の比較(2017/11/21 日本経済新聞電子版より引用)

仮にDMV導入についての具体的な協議が始まったとしても、どこが費用負担をするかということになると暗礁に乗り上げるような気がする。

DMV試運転の夢よ再びというわけではなかろうが、その道のりは果てしなく遠い



机上での調べ事は以上にして、2018年1月のとある土曜日、日高本線がどうなっているのか実際見て来ることにしました。

車で出発して、国道36号線経由で、苫小牧東ICから日高門別ICまでは日高自動車道の無料区間、そこから静内までは国道235号とひたすら下道経由。
札幌市の自宅から静内駅まで休みなしで、所要約2時間40分

昔あった急行『えりも』が、札幌〜静内間を最速2時間40分で結んでいた。
急行は国鉄最後のダイヤ改正で消えてしまったが、すでに鉄道の出る幕ではないようだ。
同じ区間を道南バスの高速ペガサス号がこれも2時間40分で結ぶ。

現在日高門別までの日高道も、今年度中には日高厚賀まで延伸されるし、その先も静内まで延伸する工事が行われている。
そうなると車での所要時間はもっと短くなるだろう。

途中で列車代行バスとすれ違ったが、ざっくりとだが車内の乗客は5本の指で数えられるほどの乗車率だった。

というわけで静内駅までやって来た。
日高本線巡りはここから鵡川までやっていこうと思います。

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 静内駅の駅舎正面。

列車の来なくなった静内駅。
列車代行バスは駅前に発着しているので、みどりの窓口も営業しているし普通に駅員もいる。

待合室には新ひだか町の観光案内所と特産品や土産物の売店、立ち食いそば店も営業している。
札幌への高速バスもここに発着しているので、駅というより交通ターミナルといったところ。

隣に広い駐車場もあるし、下手な道の駅よりも整っている。ていうか、国土交通省に登録すればこのまま道の駅にできるだろう。

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 新ひだか町観光案内所”ぽっぽ”の売店。

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 改札口とみどりの窓口。

改札口に『ホームに入るときは入場券をお買い求め下さい』との張り紙があったので、みどりの窓口で入場券を買う。
中に入りたいと言うと、窓口の人が改札口のドアを開けてくれた。

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 みどりの窓口で買った入場券。

ホームに出ると、現役時代から変わっていない。
線路が錆びて赤茶けているくらい。手入れしないとホコリやゴミが積もり、隙間から雑草が生えてくるものだが、きれいなものだ。

当然ながら誰かが手入れしているわけで、列車が走らなくとも、ただ線路施設として維持するだけでもコストはかかるのだと想像できる。

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 静内駅のホーム。苫小牧方を望む。

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 静内駅のホーム。様似方を望む。

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 構内踏切。

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 上と同じ静内駅の構内踏切。2011年10月、まだ列車があった頃の画像。

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 静内駅に掲示された列車代行バスの貼り紙。

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 2台並んだ列車代行バス。左が鵡川行、右が様似から到着したところ。静内駅前。

静内駅をあとにして次は新冠駅に向かう。

静内〜新冠間は鉄道と国道がほぼ並行して走る。鉄道が海側なので、鉄道の方が眺めは良かったことになる。

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 新冠駅のホーム。

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 自販機も設置された新冠駅の駅舎内。

新冠駅の駅舎もきれいだった。
無人駅だが、中に入ると暖房が入っていて暖かい。自販機も設置してある。
代行バスは駅前広場まで入るので、一応待合室としての役割はあるといえる。


posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 2

次に向かうは大狩部駅

国道を車で走っていると、国道からの脇道が駅の入口に見えるが、本当の入口は国道に並行して下を通る町道側になる。
国道の下に歩行者用の小さなトンネルがあり、大狩部駅につながっている。

列車からだと人家も無く、海岸沿いの秘境駅のような印象であるが、トンネルの反対側は普通に人家が何軒もあって、秘境というわけではない。

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 町道にある大狩部駅の入口と代行バスのバス停。

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 トンネルを抜けると大狩部駅。

大狩部駅はホームとブロック積みの待合所があるだけの無人駅。
線路の向こうはすぐに海となっている。

妙に新しい駅名標が印象的だった。列車があったころに車窓から見たものは錆びだらけでボロボロだったのだが、いつの間にか新しく立てられたらしい。

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 大狩部駅の駅名標と待合所。

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 待合所の内部。一応代行バス関連の掲示物がある。

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 駅名標は新しく立て替えられたもの。前はボロボロだった。

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 線路から見た大狩部駅。

大狩部駅の前後の線路は路盤が流出して、線路が宙ぶらりになっているところがある。
いずれも高波により護岸の擁壁が崩れたため、土砂が流出したものである。

2015年1月の高波で厚賀〜大狩部で発生した土砂流出で運休になっていた日高本線だが、その追い打ちをかけるように2015年9月の台風17号で豊郷〜清畠間で大規模な路盤流出が発生している。

この頃までは、復旧に向けた準備工事を行っていたことは2015年度のJR北海道のプレリリースを見るとわかる。
ところが、2016年度以降になると、日高線被災関連のプレリリースは無くなってしまった。
この頃には日高本線復旧はもう諦めムードになっていたのか。

この被災箇所も、2016年以降に発生したものだろう。
応急手当もなく、荒れるがままという感じだった。

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 大狩部駅から約150m静内寄りの箇所。

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 路盤が流されて線路が宙ぶらりになっている。

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 宙ぶらりになった線路と剥き出しになった通信ケーブル。

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 大狩部駅から約100m苫小牧寄り。ここも路盤が流出。

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 崩壊している上記箇所の擁壁。

大狩部駅から見える場所だけでこれである。海岸沿いは波による路盤流出が思った以上に進行しているようだ。

復旧のためには、護岸擁壁を修復して路盤を築けば済む話ではない。老朽化した擁壁の対策や、今後も発生するだろう海岸浸食対策や、場合によっては線路の付け替えも検討しなくてはならない。

これらを海岸沿いの全区間で行わなければ、また同じような災害が起こりうる。
これ全部やったら100億円ですむのだろうか。

海岸の保全事業は本来は国(国土交通省)の事業のはずだが、そういう対応はできなかったのだろうか。

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 別な日に撮影した上記箇所の高波。現状回復だけではなく災害対策工事も必要となる。

大狩部は被災した線路と殺風景な景色が相まって、なんとも悲惨な光景だった。

実は、この駅は去年の秋にも訪れたことがあって、そのときは護岸には釣り人の姿が何人かあった。
釣り場としてはそれなりのスポットであるらしい。


次いで向かったのは厚賀駅

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 うっすらと雪が積もる厚賀駅のホーム。

大狩部と違って厚賀駅はいたって平和だった。
うっすらと雪が積もったホームに立つと、いつ列車を走らせてもおかしくないほど整っている。

しかし、この駅の前後の線路は徹底的に破壊されているために、この駅にDMVも含め再び列車が来ることは100%ないだろう。
待合室も解放されていて、時刻表や運賃表が掲示されている。

ただ、代行バスは狭い駅前広場には乗り入れず、50mほど離れた道道沿いに乗り場がある。

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 厚賀駅の駅舎内。奥のシャッターはかつてキヨスクだった。

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 厚賀駅に掲示の時刻表と運賃表。

次は清畠へ向けて出発する。

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 厚賀駅の340m苫小牧寄りにある運休後に新設されたコマチップ踏切。

日高本線の静内までの区間は、軌間762mmの軽便鉄道による開業であった。大正時代のことである。
昭和に入ると国有化され、軌間も現在の1067mmに改められる。

そもそもが軽便鉄道として建設され資本も最小限としたために、海岸段丘と海岸の間のわずかな浜辺に敷かれた線路である。
軽便鉄道当時から海岸の浸食もひどく、国有化後は護岸壁や消波ブロックで対処していた。

それでも、数々の高波被害に耐えきれず、1か所だけ線路を山側に付け替えた区間がある。
清畠〜厚賀間がそれで、もともとは海岸沿いにあった線路が山側へ移設されている。

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 清畠〜厚賀間の線路付け替え箇所。(地理院地図より作成)

付け替えは1960(昭和35)年のことで、よほど大きな線路被害だったのだろう。
当時は鉄道が重要な交通手段だった時代。そうまでしても鉄道を復旧させたのである。

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 第2賀張跨線橋から様似方を望む。

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 かつてはこの海岸沿いに線路があった。

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 ここから線路が山側に付け替えられた。第2賀張跨線橋から。

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 跨線橋下の線路。ここも路盤が流出し、線路が宙ぶらり。

線路は第2賀張跨線橋で国道の下を通り山側へ出る。
この跨線橋の下の線路も路盤が流出して線路が宙釣りになっていた。

その先では線路わきの山肌を削って治山工事の最中だった。
2016年8月の台風で、線路の山側の斜面に起こった土砂崩れの復興工事である。国か道かはわからないが、とにかく公共事業として行われている。

海側はJRの負担ができずに放置状態なのに対し、山側の土砂崩れは公共事業として税金が使われるとは皮肉なことだ。

線路は国道の山側をしばらく並行する。
高台にある賀張橋からは、海岸沿いに残る旧線跡の橋台を望むことができる。

第1賀張跨線橋の下をくぐって、線路は再び海側へ移る。
ここの駐車帯に車を停めて線路を見に行くと、ここもひどい状態だった。

防波堤を超えて押し寄せた高波で流されたのか、線路がねじ曲げられてぐにゃぐにゃになっていた。
これは2016年8月30日の台風10号による被害であろう。

であろう”というのは、この頃にはJR北海道も詳細な被害をリリースしなくなったので、推測によるものである。
しかし、線路と並行する国道235号の同区間も同時期に越波のおそれとして通行止めになっているので、おそらく間違いない。

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 清畠駅から約500m静内寄りの線路流出箇所。

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 路盤こそ無事とはいえ、線路が流されるとはどれだけの高波だったのだろう。

2015年中の被災箇所についてはJR北海道が応急処置を行っていたと前述した。
ところが2016年以降の被災箇所については処置を行わずそのまま放置となっている。この頃にはすでに復旧断念という方針になっていたのかもしれない。


posted by pupupukaya at 18/01/21 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

2018年1月 日高本線はいま 3

次に向かったのは清畠駅から約800m鵡川寄りにある慶能舞川(けのまいがわ)橋梁である。
ここは2016年8月に襲った台風10号の高波で橋桁が流された。

2015年の1月以来連続して発生した日高本線の被災箇所のうち、唯一国道からはっきり見える場所でもある。

国道を行きかう車からは、誰の目からも既に廃線跡のように見えるだろう。桁を失った橋脚がむなしく並ぶ。

国道から砂浜へ下る脇道があって、そこへ車を停める。
秋にここを通ったときは、釣り人の車が並んでいた。ここも釣りのスポットであるらしい。

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 落ちた橋桁が放置されたままの慶能舞川橋梁。

橋脚は低く、地面から1mも無いような高さである。
一番高さのある部分でも、下を通るには身をかがめなければならないほど低い。

この慶能舞川橋梁は、プレートガーダーと呼ばれる形式で、橋台の上に鋼板製の桁を乗せて線路を支える構造になっている。
このため、桁下の空間がほとんど無い状態で、これでは高波や鉄砲水に襲われたらひとたまりもない。

隣にある国道の橋は堤防の高さまで合わせて高い位置にある。

この箇所を復旧させるとしたら、橋梁の前後を盛土して、新たに高い位置に橋を作り直す必要があるだろう。

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 砂浜に橋脚だけが立っている状態。

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 鋼板を組み合わせたデッキ・プレートガーダー。腐食も進んでいる。

次に向かうのが、豊郷〜清畠間の路盤流出箇所

慶能舞川橋梁から約1500m鵡川寄りに駐車帯があって、大型の土のうがびっしりと並べられている。
ここも路盤流出があった箇所で、2015年9月に台風17号による高波によるものである。

被災前から海岸の浸食がひどい箇所で、波打ち際に埋められた鋼矢板で線路への浸食を防いでいた。
この鋼矢板が倒れたことで路盤が流出したということである。

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 豊郷〜清畠間の路盤流出箇所。

線路があった場所は、路盤も跡形もなく砂浜が広がっている。
かつて波打ち際で線路を守っていたであろう鋼矢板だけが残っていた。


  *2016.01.14 JR北海道2015年度のプレスリリース*
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 豊郷〜清畠間58k925付近の災害箇所。

当初のJR北海道のプレリリースでは、この箇所の路盤流出と道床流出の区間は181mということだったが、あれからさらに被害が拡大したようで、現在の路盤消失区間は500m以上(Google Earthで計測したら)にも及ぶようだ。

  *2015.09.14 JR北海道2015年度のプレスリリース*

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 砂地に砂利を敷いた路盤。線路は切断され撤去された。

鵡川方向に歩いて行くと、線路はまた元どおりのまま続いていた。
道床が崩れた箇所を見ると、上の方は砂利が敷き詰められているが、その下は砂である。このあたりは砂地に砂利を敷き詰めて路盤としていたことがわかる。
砂利と言っても、丸っこい玉石。川砂利をふるいにかけて粒をそろえたものだ。

線路は表面上は50kgレールが使われて道床も砕石が敷き詰められているが、軽便鉄道時代からの弱い路盤のままで根本的な改良はされていなかったようだ。

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 苫小牧寄りの線路から流出箇所を見る。

そもそもが脆弱な路盤のために、高波に対抗することはできなかった。
路盤が完全に洗い流された跡は、すっかり砂地に戻っている。

その向こうでは重機が動いていて、工事が行われている。
真新しい消波ブロックが並んでいるのが見えるので、海岸保全工事である。
あのあたりは人家もあるので、国による事業で行われているのだろう。

JR所有の護岸は基本的にJRが維持管理することになる。
破壊した護岸の復旧工事もJRの負担で行うことになる。
この工事自体が資金的に無理な為に復旧断念となったのである。

ところでこの破壊した護岸から、今でも土砂の流出が止まらないという。
海域が濁り、昆布漁やタコ漁への影響が出たために、日高町村会と日高総合開発期成会は、大狩部−厚賀間の復旧工事を求める要望書をJR北海道に提出した。

  *2017年8月6日JR日高線 - 毎日新聞*

それに対してJRは、これ以上の抜本的な工事は厳しいとのことであった。

海岸の保全という面からだけ見れば、日高本線は早々に廃止し、線路跡を国に買い上げてもらうのが最善策になる。
それから国(北海道開発局)の事業として保全工事を行えば良いのだ。

以下にこの区間の空中写真を時系列で並べてみる。
私には、国の海岸保全事業の無策から招いた災害と思えた。

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 1975年頃(地理院地図の空中写真より引用)
線路と海岸の間に採砂場らしきものが見える。右端の建物のあたりには消波ブロックが設置されている。

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 2004年頃(地理院地図の空中写真より引用)
消波ブロックが延長されている。延長の終端あたりの浸食が始まっている。

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 2010年(Google Earthより引用)
砂浜が著しく浸食しているが、消波ブロックの延長はされていない。


こんどは日高門別へ向かう。

現在日高本線の列車は、苫小牧〜鵡川間となっているが、これは苫小牧方向からの列車が折り返しのできるのが鵡川駅だったからだ。

日高町は鵡川〜日高門別間20.8kmの先行復旧の要望JR北海道に求めている。
一連の災害でも被害がなかったこの区間は、日高門別駅に折り返しに必要な信号などを整備すれば可能ということである。
費用は約1億円。地元負担になる。

  *2016年08月05日 どうしんウェブ*

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 道道正和門別停車場線の山門別踏切。踏切の遮断竿は撤去されている。

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 日高門別駅の駅舎。

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 日高門別駅の待合室。2010年までは画像右奥にキヨスクもあった。

日高門別駅の駅舎もホームもきれいだった。

去年の夏ごろの平日に、この駅に寄ってみたことがあった。
その時は車で巡回するJRの保線職員の姿を見かけた。

やはりここは廃線跡ではない。列車は運行休止中でも、JR北海道の手によって維持管理する必要があるのだ。
列車が走らなくとも経費はかかるのである。しかも復旧の見込みゼロの路線である。

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 日高門別駅のホーム。鵡川方を見る。

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 日高門別駅構内の鵡川方。信号の回路を変更すればここで折り返し運転ができそうだが。

さて、鵡川〜日高門別間の復旧について考えてみる。
この区間は災害がなかったとされているが、全くなかったのか。

いまは便利な時代になったもので、家にいながらにして衛星からの空中写真を見ることができる。

グーグルアースでこの区間の線路を追ってみると、汐見〜富川間の海岸沿い区間に路盤の流出箇所がいくつか見つかった。
まずこの復旧工事と護岸強化工事が必要になる。

日高門別駅の列車折り返し設備に1億円という記事があったが、これは同駅を棒線駅とすれば鵡川駅の信号回路の変更だけで済む気がする。
鵡川〜日高門別間の所要時間は23分。往復でも1時間である。将来的に全線復旧させる前提ならば、日高門別駅構内を複線とする必要があるが、無いのならば単線のままで十分だ。

仮に地元負担で復旧させたとしても、この区間にどれだけの需要があるのかは疑問だ。

現在のところ苫小牧〜鵡川間だと、1日当たり乗車人員は459人で、鵡川駅7:12発の2224Dの鵡川始発時の乗車人員が約150人となっている。
通勤通学列車であるこの列車の利用客のほとんどが定期客とすると、鵡川からの乗客は約100人ということになる。残りの50人は鵡川以遠からの入り込みであろう。

  *線区データ 当社単独では維持することが困難な線区*

しかし、それ以外の需要は無いに等しい。
ピーク時の50人というのも、バス1台で事足りる人数である。

現在運行している苫小牧〜鵡川間でさえも、輸送密度200人未満の線区として『当社単独では維持することが困難な線区』となっている現状を考えると、かなり難しいといえる。

復旧に関する費用と、復旧後の赤字額を地元自治体で負担するというのならば復旧可能だが、そこまでして鉄道の維持にこだわる必要があるのかどうかは甚だ疑問だ。

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 富川駅のホーム。ここも線路が錆びていることだけが運休を思わせる。

続いては富川駅
富川は日高富川高校があり、また国道沿いには中型の商業施設が立ち並ぶ、日高地方北部の商業の中心となっていて、町役場のある日高門別よりも、こちらが日高町の実質中心である。

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 汐見駅と踏切。

汐見駅は国道から約2.8km離れた所にある。
無人の待合所だけが建つ駅だけを見ていると秘境駅のように見えるが、近くには鵡川漁港があってまとまった集落がある。

JRだけが唯一の交通機関のように見えるが、むかわ町営バスがカバーしているので、日高本線廃止後は町営バスが代替交通機関となるだろう。

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 汐見駅の待合所。ソファーが置かれ応接間のよう。

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 汐見駅踏切から鵡川方を見る。運行休止から2年以上経つとは思えないほど線路の状態は良い。

最後は鵡川駅

鵡川駅の約300m静内寄りにある鵡川大踏切まで来た。
この踏切も遮断竿が撤去されて、踏切としての役目は休止されている。

踏切の鵡川駅構内側には場内信号機が立ち、赤色を点灯している。
踏切の手前の線路には枕木が置かれ、仮設の車止めとなっている。

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 鵡川駅構内の終端。場内信号機が灯る。

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 レールの上に車止め代わりの枕木が設置されている。

鵡川からは胆振振興局となり、苫小牧との結びつきが強くなる。
高校の通学区域も胆振東学区となり、苫小牧への通学需要も多い。

一方、ひだか町門別地区は日高学区となり、通学生の需要は少ない。
このあたり、日高本線の列車が鵡川止まりになった事情がわかる。

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 鵡川駅の駅舎と列車代行バスの案内看板。

鵡川駅は旅客営業的には無人駅だが、室蘭保線所鵡川保線管理室が置かれ、日高本線の拠点駅になっている。

新しい駅舎は、この駅から分岐していた富内線の廃止による転換交付金によって建て替えられたものである。
1998年から2006年までは駅員の配置を復活し、有人駅であった。
その後は駅舎内にあったキヨスクで乗車券の販売をしていたが、これも2009年に閉店となったようである。

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 駅員が配置され、窓口の上には道内各駅までの運賃表が掲げられている。2006年5月筆者撮影。

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 2018年1月、完全無人化された鵡川駅の掲示。

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 折り返し列車が入る2番線の線路だけが光る。


1980年10月、国鉄再建法が成立すると、輸送密度が4,000人/日未満である路線はバスによる輸送を行うことが適当であるとして特定地方交通線に指定し、廃止対象となる。

これでいけば、日高本線も富内線同様廃止線区となるはずであった。
しかし、これには条件を満たせば除外された。
その条件の一つに、平均乗車キロが30kmを超え、輸送密度が1,000人/日以上という項目があって、その条件を満たすということで廃止を免れたのである。

ただしこれは、1977〜79年度の数値である。当時は急行えりもが札幌から様似まで3往復あって、乗客も多かったことだろう。
しかし、1986年11月をもって急行は廃止される。

同時期から道南バスによる札幌〜浦河間で、特急ペガサス号の運行が始まる。
鉄道よりも廉価で、札幌まで直通とあっては、この頃から日高本線相互内の需要しか無くなってしまった。

この時に廃止を選択していれば、国から営業キロ1kmあたり3,000万円を上限とする転換交付金(補助金)を地元市町村に交付されていたし、転換後5年間は赤字額の全額を代替事業者に対して補填されていたのである。

いま鉄道を廃止しても国からは1円の交付金も無い。
日高本線に限ったことではないが、JR北海道の多くの線区が『当社単独では維持することが困難な線区』として挙げられている。
これらの線区がすべて廃止になるとは思えないが、バス転換を含めた総合的な交通体系を考えると、むしろこの当時に廃止していたほうが良かったのではないかと思えてしまう。

JR北海道は日高本線の復旧断念、『沿線自治体の皆様のご意見を充分に反映し』としてバス等への転換の協議開始を求めている。
それに対し、沿線自治体は鉄道としての完全復旧こそ断念したものの、頑なまでにJRによる存続を要望している。

今のところ、JR北海道としては沿線自治体の同意なくしては廃止したくない意向だが、いざとなるとそれを待たずに廃止する可能性もある。
路線の廃止に対して、地元自治体の合意を必要とする法的根拠は無い。

hidaka.jpg


JR北海道の経営状態を鑑みると、どういう形態であれ、日高本線の存続は無理と思われる。
いま必要なことは、鉄道廃止後の沿線の交通体系をどうするかということになるだろう。

国や道による、税金を投入した上下分離方式であるが、都市間輸送や貨物輸送のある線区では検討すべきところだが、バス輸送で十分なローカル輸送まで適応するのは難しいところだろう。

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 静内駅に停車する列車。2007年5月筆者撮影。

以上、沿線住民でもないし、全くのド素人による私見である。
私自身札幌に住んでいて、すでに車社会の住人である。
だから、交通弱者の側から見れば、正反対の意見も出るだろう。

しかし、日高本線の問題に関しては、沿線自治体が現実に直面せず、夢物語を語っているだけというようにしか見えない。
一番の当事者はJR北海道なのである。
運休中の路線を維持するのにもコストがかかっている。

沿線自治体は路線としての存続を主張しているが、復旧しても僅かな利用者だけ、しかも赤字必至である。

筆者の私見として言わせてもらえば、日高本線の鵡川〜様似間については、早々に鉄道以外の正式な代替交通機関に置き換えるのが妥当であると思われた。

最後までお読みくださいましてありがとうございました。


posted by pupupukaya at 18/01/28 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

日高本線全線復旧が難しい裏事情

日高本線は2015(平成27)年1月に発生した高波による路盤流出のため鵡川〜様似間でずっと運休が続いている。


この間に、高波に洗われた海岸沿いの被災地では、路盤を失った線路が宙づりになったままで危険だし、破損した護岸がさらに波に洗われて土砂が流れ出し、漁業被害という事態にもなっている。
本来ならばそのような個所は線路を撤去したり、護岸工事を行うべきなのだが、JR北海道の資産となっている以上、費用はJR北海道の負担となる。
しかし同社の財政状況を考えると、とてもそんな費用は捻出できないだろう。
ましてや、運行再開する見込みの極めて低い路線である。

JR北海道はこの区間を廃止したがっているのだが、沿線自治体は全線復旧を主張を続け両者はずっと平行線のままの状態が続き、被災区間を含め線路は撤去もできず放置されているのが現状だ。すでに運休から4年以上も経過している。

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 列車が来なくなって4年も経ってしまった絵笛駅。

この日高本線にも、ようやく動きが出始めたようだ。

2019年9月24日に開かれた日高管内7町長による会議で、運行休止状態になっている日高線の鵡川〜様似間について、平取、新冠、新ひだか、様似、えりもの5町長は全線バス転換を容認した。
残り2町のうち日高町は日高門別まで復旧を主張、浦河町は全面復旧を主張したそうである。

被害が軽微な日高門別までの復旧は余程好条件がそろえばあるかもしれないが、全線の復旧は沿線の被災状況と復旧の費用を考えれば99%無理というのは誰にでもわかる。

JR北海道は全線復旧の条件として沿線自治体に復旧費として86億円、運行経費として年間13億4000万円の負担を提示していて、とてもそんな費用は沿線自治体だけの負担は無理だ。

結局その会議では多数決で全線バス転換に決まったそうだ。
10月に再度会議を行い、これで正式に決定をすることになる。
早ければ2020年度中には鵡川〜様似間が正式に廃止となりそうだ。

もっとも、現在でもすでに事実上廃止状態だし、お別れ列車やラストランがあるわけではない。
現在の列車代行バスが、廃止後に引き継ぐ事業者にバトンタッチするだけだ。

そんな日高本線だが、実際どのような利用状況なのだろうか。

特に浦河町は、多数決で決定後も全線復旧を強く主張しているので、さぞや鉄道への依存傾向が強い町なのだと各種報道からは思わせられる。

かつて北海道ちほく高原鉄道が廃止されるとき、最後まで反対したのが陸別町だった。
これは同町内に乗り入れている既存の路線バスを持たず、公共交通を鉄道に依存していたことによる。

JR北海道のホームページには『地域交通を持続的に維持するために』の中に線区別データというのを掲載するようになった。
各駅や列車ごとの乗客数の詳細が記された統計データだ。

浦河町が、よほど全線復旧にこだわる事情が何なのか、また難しいとすればどのような障害によるものか、このデータをもとに考察したいと思います

JR北海道のホームページに、『2019.10.18線区データの一部項目の更新について』とニュースリリース欄に掲載されていた。
こうした線区別の詳細データがJR北海道から公表されるようになったのは、ローカル線の動向を探るアマチュアにとってはありがたいことだ。

このデータを基に日高線の浦河町を中心とする利用実態を見てみることにする


 *地域交通を持続的に維持するために (JR北海道ホームページ)

上のリンク先にある線区別データ日高線(鵡川・様似間)から抜き出して作成したデータがこちら。
平成29〜30年の2年平均における代行バスの乗車実績と、比較として被災前の平成26年列車乗車実績からの数字になる。

静内〜様似間の駅別乗車人員
  H29-30 H26
静内145.5 219
東静内9.519
春立3.58
日高東別33
日高三石35.538
蓬栄10.514
本桐32.538
荻伏15.537
絵笛11
浦河87
東町44.564
日高幌別02
鵜苫1.52
西様似11
様似5.58
単位(人)

被災前でまだ列車が乗り入れていた年のデータと、代行バスで営業している現在の数字を比較しても、静内駅の利用者が格段減っているが、それ以外の駅は特に目立った減少はないように見受けられる。

荻伏と東町が20人ほど減っているが、これは代行バスとなったのを機に同区間の利用客が既存のバス路線のほうにシフトしたせいではないかと察する。

ある程度まとまった乗客がある駅は、日高地方の実質中心である静内、かつては三石町の役場があった日高三石、それに浦河高校や日赤病院が近い東町といったところ。
あとは駅前に市街地を形成している東静内、本桐、荻伏となる。

このうち、浦河方面に向かう乗客の動向を探ってみることにする。

浦河町内の駅のうち、定期券発売枚数内訳で発着の実績がある駅は東町と荻伏のみである。
東町は浦河高校の最寄り駅。各駅からの定期券利用客は東町駅が目的地の乗客ということになる。

この東町発着の定期券月平均発売枚数の表を見ると、41.5枚となっているので、1日当たりの同駅の乗車人員44.5人と比較すると、この駅の利用者は3人を除いて、あとは全員下の表にある駅から浦河高校への通学生ということになる。

東町駅発着の月平均定期券発売枚数内訳
 駅 枚数
静内1
日高東別0.8
日高三石13.7
蓬栄3.6
本桐11.3
荻伏11.2
合計41.5
単位(枚)

詳しくはJR北海道の表をご覧いただくとして、他の駅の乗車人員も定期券発売枚数は同じくらいとなっている。
通勤定期客は静内〜東静内間に1人だけ。
この数字からわかることは、静内〜様似間の利用者は通学定期利用者以外の利用はほとんどないということだ。

あとはこの数字には表れないフリー切符等での入り込みということになる。
フリー切符所持者はほとんどは浦河を素通りして終点の様似まで乗り通す客だろう。当然ながら日高線の収入にもならない。

東町〜様似間の利用客があまりに少ないことがもう1つ気になった。。
東町から先の乗客数は合計でもわずか8人のみ。列車が走っていた平成26年度でも13人となっている。

浦河町は人口約1万2000人、様似町の人口は約4200人となっていて、それなりに人の行き来もありそうなものだが、この数字は鉄道としては末期状態といえる。

実は浦河と様似の間はジェイ・アール北海道バスの路線が並行しており、平日ダイヤでは上り11本、下り14本が運行している。
日中は1~2時間に1本の間隔となっており、上り6本、下り7本の鉄道よりは若干便利だ。

様似高校は2012(平成24)年度から募集停止2014年3月をもって閉校しているので、様似町に住む中学生の多くは浦河高校へ進学することになるのだが、その学生は鉄道ではなくバスで通学していることになる。

通学に鉄道を使わない一番の理由は、登校時刻とダイヤが合わないということだろう。
唯一通学に利用できる上り列車(代行バス)の東町着が6時台では早すぎる。

様似から浦河高校のある東町までの運賃は、鉄道ならば340円、バスは同じく様似〜浦河高校間で510円。1か月通学定期ならば鉄道が高校生用通学定期運賃で9040円(2019年10月の値上げ前は6900円)、バスは1万8360円と倍以上もの差がある。

毎月の出費だし通勤費と違って通学費は家庭の負担となるので、生徒は大変だが少々早くても鉄道で通学をという人がいてもいいような気がするが、東町〜様似間の通学定期券販売実績は0(ゼロ)となっている。

これは様似町が行っている『高等学校生徒遠距離通学費補助』という制度があって、生徒最寄りの駅やバス停から浦河高校までの通学費(通学定期券)から1万円を引いた額を補助するというものがあるためだ。

だから、負担する月額の通学定期代は実質1万円が上限となり、保護者にとってはまことにありがたい制度だし、生徒も無駄な早起きをせずにすむことになる。

ただし、1か月あたりの通学費が1万円以下の場合は対象外となる。
鉄道利用だと様似〜東町の1か月の定期運賃9040円であり補助の対象外となる。
鉄道は登校時間と全く合わないダイヤ、少ない差額ならば誰だってバスを利用するだろう。

同様の補助制度は浦河町も行っていて、これも様似町同様に1か月の通学費が1万円を超える人のみが対象となる。

この制度、特にバスに限るとは謳っていないが、鉄道では両町内から浦河高校最寄の東町駅まで高校生定期が1か月1万円を超える区間がないので、実質バスにしか使えない制度となっている。


【まとめ】

浦河町を発着するJR北海道の利用者の大まかな利用実態は以下のようになる。

1,新ひだか町域および荻伏の各駅から東町への浦河高校の通学生が40数人。
2,各駅から1日当たり浦河駅へ8人、様似駅へ5.5人、あとは希少という僅かな定期外客。
3,通学費補助制度があるため、通学生は並行バス路線がある区間はバスの方を選択する。

町の代表駅である浦河駅に降りても、役場はあるもののそれ以外はどこへも行きようがない場所である。
郊外ショッピングセンター近くに線路は通るが、ここへ新駅を設置するということもなかった。
浦河町の利用の中心である東町は、浦河高校と日赤病院利用に特化した駅である。

要するに、それ以外の目的(買い物等)で浦河町へ出向く人がいても、鉄道は利用しようがなかったということになる。

わずか数人の定期券外客は、苫小牧や札幌までの直通客ということも考えられるが、それでも10人に満たない数である。
道南バスの『高速ペガサス号』が数往復あるので、少なくとも札幌までの乗客があるとは考えにくい。

全線復旧にもっとも熱心な浦河町は、被災前から鉄道利用を促進するわけでもない、利用しやすいような制度や町づくりをしてきたわけでもない、その結果がJR北海道の線区別データ、それに背景からも読み取れる。

このような状況を浦河町の関係者が把握していないはずはなく、その上で町長が日高本線の全線復旧を強く主張しているのは滑稽だ。
もし正気で全線復旧を主張しているのならば、裏に別の思惑でもあるのではと思いたくなるほどだ。

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 新ひだか町観光情報センターに併設の静内駅。

隣の新ひだか町を見てみると、こちらも『新ひだか町高等学校通学定期券給付事業』というのがあり、こちらは通学のため北海道旅客鉄道株式会社を利用している方が対象で、通学定期代は全額町が給付するというもの。

同じ通学補助事業でも新ひだか町のほうが、鉄道を存続させたいという意思は感じられる。
しかし、新ひだか町は全線復旧断念、バス転換をすでに容認している。

駅前を見ても、新ひだか町の中心になる静内駅と、浦河町の浦河駅もひどく対照的だ。

静内駅は広い駅前広場があり、駅舎内は『新ひだか町観光情報センター』が併設され、特産品展示販売コーナーやそば店が入居し、ヘタな特急停車駅よりも立派だ。
駅前広場横には駐車場もあるし、トイレを24時間開放とすればそのまま道の駅にもできるような施設だ。

札幌行の高速バスもここに発着しており、日高本線廃止後も交通結点として機能しそうだ。

DSCN6242.JPG
 浦河駅と駅前広場。

DSCN6321.JPG
 駅と反対側の国道に設けられた代行バスの浦河駅。

一方の浦河駅。

この駅で降りた人は一体どこへ行くのだろう。
駅裏の国道を隔てた場所に役場はあるが、それ以外には何もない場所だ。
駅自体が国道から踏切を渡ってわざわざ行かなければならない場所にあり、列車があった当時でも乗車客は1日僅か7人。

浦河も他の多くの町と同様、商業施設が郊外に移転してしまった町だ。
隣の東町駅には高校と日赤病院があるが、逆に言うと浦河駅から遠いために設けられた駅である。

浦河駅は、現在では列車代行バスですらも立ち寄らず、駅裏にある国道の既存バス停に間借りする格好だ。
駅施設は列車も代行バスも発着することが無くなっても、週2回静内駅から派遣されてくる駅員によって手入れがされているが、普段はひと気もなく町民からも見捨てられたような場所になってしまった。

DSCN6323.JPG
 国道側から見た浦河駅。

もし残念ながら日高本線廃止ということになってしまったら、旧増毛駅のように昔の姿に復元してレトロ駅舎として活用すれば、それなりの観光拠点として賑わうんじゃないだろうか。

線路を撤去すれば国道から出入りできる駐車場も整備できる。売店や屋台も出せば、国道を行く車が結構立ち寄るだろう。

仮に廃止後に賑わうということになれば、それは皮肉もいいところだが

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。

つづきを読む
posted by pupupukaya at 19/10/22 | Comment(0) | 北海道ローカル線考

列車は来ない跨線橋と廃止日が決まった日高線について

日高本線の鵡川〜様似間が災害で不通になってから早や5年。
ご存じの通り、今年(2020年)の10月にJR北海道と沿線自治体の協議がまとまり、同区間の来年11月1日の廃止が決定しました。

さらに12月28日には廃止日を繰り上げることが国土交通大臣より認可され、これにより鉄道事業廃止は2021年4月1日(最終日3月31日)となることがほぼ確定のようです。

【ソース】
 * ●鉄道事業の一部廃止届に係る廃止の日の繰上げの是非の通知について
 (2020-12-28 北海道運輸局ホームページ プレス情報)

鵡川〜様似間が廃止になるのは残念なことですが、これによってJR北海道と沿線自治体の平行線状態が解消し、ひとまず区切りがついたことになります。
一方で、日高地方に相応しい交通体系を再構築する節目にはなるのではないでしょうか。

  ★  ★

それはそれとして、日高本線といえば今年の5月に仕事で静内へ行った際に見つけ、そのままにしていたものを思い出したのでご紹介します。

それは下を列車は通ることがないだろうという跨線橋

場所は静内駅から西側へ約300m、新たに開通した本町通りから静内駅裏側の海岸町を結ぶ道路として建設されたようです。
その道路にT字路で接続した、新たな跨線橋が出現していました。

DSCN7120.JPG
静内駅の西側に作りかけの道路があったのは知っていましたが、いつの間にか開通していた模様。
本町通りと言って、静内駅から木場町のショッピングモールやその先のイオンへの近道ができたことになります。

静内駅から、その新しい本町通りの坂道を登った先にその跨線橋はありました。

DSCN7122.JPG
橋の長さは複線分の空間を確保。なかなか立派なものですね。
奥側の引き込み線は跨線橋の手前までしか使われていなかったようですが。

DSCN7152.JPG
橋はできてもまだ通行止め。
地元の人は歩いて通っていたけど。

DSCN7136.JPG
反対側の道が整備されてから正式に開通するようですね。

DSCN7142.JPG
下を列車が通ることがない跨線橋。その名は『汐見跨線橋』。

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『JR日高線』のネームプレートも誇らしげ。

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橋の上からは静内駅構内を一望できる。
右側の引き込み線には、毎日昼頃に本線から退避したキハ40が留置されていたのを思い出しますな。

DSCN7127.JPG
昔は苫小牧機関区の支区が置かれ、コンテナ基地も併設されていたこともあって広い構内を持つ。

ここから列車の走る姿を撮影するには良いスポットですね。
わたしゃ撮り鉄ではないけど。

DSCN7124.JPG
こちらは静内駅とは反対の新冠駅方向。
画像中央に営林署踏切が見える。この跨線橋が正式に開通したらあの踏切は廃止(?)されるのでしょうか。

現地に行ったのは5月のことだったので、まだ廃止決定ではないものの、廃止間違いなしということは誰の目にも明らかでした。

無駄なものを作るなと思うところでしょうが、こういうのは都市計画の一環として何年も前から計画されていた事業で、たまたま日高線の被災と廃止という憂き目が重なったことになるわけで、まあ残念といったところでしょうね。

以上が列車の通らない新跨線橋、汐見跨線橋でした。

   ★ ★

静内駅まで来たので、ついでに駅の画像を少し。

DSCN7159.JPG
静内駅の駅舎は2001年に新築のもの。観光情報センターと道南バスターミナルも併設する。
手前のJRバスは様似から来た列車代行バス。

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駅舎の脇から見た汐見跨線橋。
残念ながら本来の跨線橋としての役目を果たすことは無いでしょうねえ(5月時点の感想)。

DSCN7163.JPG
使われていないのに不思議と草1つ生えないホーム。
2番ホームの上屋の屋根はいつの間にか撤去されていました。

DSCN7171.JPG
こちらは駅の入口。
中はバスターミナルと一緒になっているんですが外見は別っぽくなっている。

DSCN7165.JPG
駅なので改札口とみどりの窓口もありますよ。
ちなみに入場券を買うと改札口からホームに入れてもらえます。

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自動券売機もあるが、こちらは発売停止中。

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近距離きっぷ運賃表。
苫小牧まで鵡川乗り換えで2,100円。1日3往復の道南バスだと直通で1,500円。
鉄道廃止後は道南バス路線の強化となるんでしょうかね。現在の路線も勇払以外は日高線と並行しているし。

DSCN7166.JPG
木造駅舎時代から続いている立ち食いそば屋(駅そば)にしや。

DSCN7172.JPG
列車代行バスのバス停。
これが見られるのも来年3月いっぱいまで。

(上記画像は全て2020年5月某日筆者撮影)


 ◆ 日高本線 鵡川〜様似間の鎮魂歌

日高線鵡川〜様似間の廃止まであと3か月とちょっと。
とは言っても、5年も前から列車は来なくなって、線路は事実上廃線跡状態なので、廃止と言っても書類上だけのもの。

廃止日が近づいても、当然お別れ列車も無し。
変わることと言えば代替バス路線が再編成されることと、青春18や1日散歩などのフリーきっぷで来られなくなるくらい。

汐見跨線橋に話を戻しますが、廃止後に本来の跨線橋の役目を与えるたった1つの方法を思いついたんですが、静内と新冠の間の線路を観光用のトロッコ鉄道にするというもの。

海沿いなので景色も良いし、国道235号線が並行しているので管理もしやすいんじゃないかと思うんですがどうでしょうか。

自治体主体の運営とすると、線路が新ひだか町と新冠町に跨るとかという問題は出てきますが。
ま、あくまでひとつの例えではありますが。

  ★  ★

日高本線に限ったことではありませんが、鉄道の廃止となると決まって出てくるのが、交通弱者ガ〜とか、観光客が減るとか、路線図から町名が消えるとか、往生際の悪いネガティブキャンペーンの反対運動。

もうひとつは、役目を終えた過去の遺物とか、赤字垂れ流しで維持するのはけしからんといった論調で、ローカル線は積極的に廃止すべき、廃止は当然といった論理を展開するだけの人。

どっちにしてもネガティブな主張でしかなく、もういい加減にしてほしい。
誰も鉄道が廃止になることを望んではいませんよ!

どこも存続できるものならば存続させたいと模索してるんです。

その上で為す術もなく、廃止やむなしとなってしまうのは、もう仕方のないこと。

そんなことより、廃止後は駅などの資産を譲り受けて鉄道遺産として保存しようとか、跡地を整備して観光拠点にしようとか、新たな交通拠点として整備しようとか、前向きな意見を言う人の方がわたしゃ好きですね。

それで言うと増毛町の旧増毛駅なんて成功した例でしょうね。
廃止後にJRから駅舎の無償譲渡を受けて開業当時の姿に復元。
現在は増毛町観光の拠点として、現役当時より賑わってますものね。

ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の旧足寄駅や旧本別駅、旧陸別駅は道の駅として生まれ変わり、また陸別町は観光鉄道として残すなんてこともやって頑張ってますよね。

それとは反対に、江差町の旧江差駅は撤去後に町営団地として整備され、旧駅前広場とモニュメントだけが駅があったことを伝えるだけとなっていますが、新たな町づくりの結果とすれば、それはそれでありだとは思います。

鉄道廃止イコール終わったと考えるか、これを節目として新たな再スタートとするか、その結果は数年後に期待したいと思います。

以上日高線鵡川〜様似間廃止日決定を知って思うことでした。

〜最後までお読みいただきましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 20/12/30 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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