初夏の積丹へ2

2013年の6月最後の土曜日、晴天の週末はひさびさだったので早起きして車で出かけました。

島武意からの道道から野塚で再び国道229号に合流し、神威岬まで来ました。

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神威岬への入口。

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女人禁制の門。

「蝦夷地海路の お神威様はネー なぜに女の 足止める」

陸路は無く海路が唯一だった江戸時代末期までは、和人の女を乗せた船が岬を通ると海が荒れて転覆するとして積丹半島神威岬より奥地への女人の通行を禁止していた。

それは伝説では日高の酋長の娘「チャレンカ」が蝦夷地へ逃げてきた義経を慕うが及ばす、神威岬から投身して神威岩に化身した娘が呪いをかけたこととされている。

実際は女性を奥地に通すと定住する和人が現れるため、アイヌとの独占交易が収入源であった松前藩がこれを嫌ってとった政策だったといわれている。

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岬まで馬の背に伸びる遊歩道。

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神威岬までの道中、ところどころにエゾカンゾウが咲き乱れていた。

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ハマナスの花。

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積丹岬方向。

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念仏トンネルが見える。現在は通行不可。

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狭くてアップダウンの激しい遊歩道。でも景色は抜群。

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白黒ツートンカラーの神威岬灯台。明治21年道内5番目の灯台として初点灯した。現在の建物は昭和35年建築の3代目。

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神威岬先端。

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岬に身を投げた「チャレンカ」の化身、神威岩。

幕末に宗谷詰めになった役人が女人を連れて鉄砲を打って女人禁制の呪いを解いたら、海鳥までもが平気で糞をかけ、鰊もとれなくなってしまったとか。

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神威岬の積丹ブルー。

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うに漁りの小舟。

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神威岬からの戻り道。

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レストハウスがある神威岬の駐車場遠景。


3へつづく


posted by pupupukaya at 13/07/03 | Comment(0) | 2013年その他旅行記
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