2013年 余市へ

2013年2月の日曜日は余市まで行ってきました。
余市駅前にある海鮮工房柿崎でホッケが食べたくなったので、札幌駅から普通列車に乗りました。

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小樽駅で途中下車。じつは札幌―余市間はJRだと小樽でいったん降りて切符を買いなおすと直接余市まで買うよりも片道70円安くなる。

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屋根の駅名まで雪に埋もれた小樽駅。

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たった1両の13:50発倶知安行列車に乗る。この列車は13:30に着いた折り返しなので前面はこびりついた雪で真っ白。

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発車すると後部運転台の窓は巻き上げる雪でみるみる白くなった。

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海鮮工房柿崎2階の広い店内。休日ならば満席になるほど混むことが多いが、この日は空いていた。

入口のレジで食券を買い、テーブルに座る。まだ2時過ぎだけどずいぶん空いてるね。
混んでるときは相席になって落ち着かないが、今日はゆったりと過ごせそうだ。

それにしてもホッケ定食は数年前は450円だったのに700円に値上がりしていた。大根おろしも別料金ときたもんだ。まあ諸事情でそうなったんだろうし、それでも余所よりは安いので仕方ないが、B級グルメ的なものではなくなってきたな。

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ホッケ定食の食券。

ところがいくら待っても出てこない。忘れているんじゃないかと店員に催促してみるが、今焼いてますから…とつれない返事。

ようやく運ばれてきたのは席について30分近く経ってからだった。冷凍していたのを焼いたのでこんなに時間がかかったのだろうか?
空いているときは逆に焼き物は時間がかかることを覚悟して行く必要がありそうだ。

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ホッケ定食はホッケのほかには味噌汁とおしんこのみでシンプル。ホッケは大ぶりで身が厚いのでこれだけでじゅうぶん。

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油がのって旨いホッケ。

私はホッケの開きは皮も骨も頭も全部残さず食べる人なので、皿の上には何も残らず完食する。
店の人にずいぶん意地汚い食べ方する客だねと思われるかも知れないが、ここは食器をセルフで下げるのでそういうことは気にしなくても良い(誰も思わないだろうけど)。

折り返し余市発の列車が14:58発なのであまりゆっくりもしていられない。いつもならば1階の市場を覗いて買い物するところだが、今日は食べ終わるとすぐに駅へと急いだ。

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小樽行列車が到着。余市駅は休日の昼間でも乗客が多い。




posted by pupupukaya at 13/02/24 | Comment(0) | 2013年その他旅行記

初夏の積丹へ1


2013年の6月最後の土曜日、晴天の週末はひさびさだったので早起きして車で出かけました。

札幌の自宅を朝6時過ぎに出発し、早朝の国道を走ること約2時間近く、積丹までやってきました。

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島武意海岸への入口

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道道913号野塚婦美線から脇道を登って行ったところに駐車場がある。

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駐車場からは狭い人道トンネルで海岸へ通じている。

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明かりもない狭くて暗いトンネルを抜けると・・・

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積丹ブルーの島武意海岸が目の前に広がる。

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トンネルを抜けると、さらに崖下の海岸へ下る遊歩道がある。けっこう急坂なので下まで行ってしまうと戻るのが大変だ。

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積丹ブルーの海。

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左側の大きな岩は屏風岩という。

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崖下まで下りてきた。誰もいない海岸を独り占め。

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崖を見上げる。

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海岸にはニシン漁で栄えたころの石垣があちこちに残っている。昔は番屋が何軒もあったようだ。

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石垣だけが残る番屋跡。丹波哲郎と高倉健が演じる映画『ジャコ萬と鉄』(昭和39年)の舞台はここ島武意海岸だったらしい。

タグ:北海道旅行
posted by pupupukaya at 13/07/03 | Comment(0) | 2013年その他旅行記

初夏の積丹へ2

2013年の6月最後の土曜日、晴天の週末はひさびさだったので早起きして車で出かけました。

島武意からの道道から野塚で再び国道229号に合流し、神威岬まで来ました。

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神威岬への入口。

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女人禁制の門。

「蝦夷地海路の お神威様はネー なぜに女の 足止める」

陸路は無く海路が唯一だった江戸時代末期までは、和人の女を乗せた船が岬を通ると海が荒れて転覆するとして積丹半島神威岬より奥地への女人の通行を禁止していた。

それは伝説では日高の酋長の娘「チャレンカ」が蝦夷地へ逃げてきた義経を慕うが及ばす、神威岬から投身して神威岩に化身した娘が呪いをかけたこととされている。

実際は女性を奥地に通すと定住する和人が現れるため、アイヌとの独占交易が収入源であった松前藩がこれを嫌ってとった政策だったといわれている。

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岬まで馬の背に伸びる遊歩道。

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神威岬までの道中、ところどころにエゾカンゾウが咲き乱れていた。

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ハマナスの花。

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積丹岬方向。

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念仏トンネルが見える。現在は通行不可。

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狭くてアップダウンの激しい遊歩道。でも景色は抜群。

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白黒ツートンカラーの神威岬灯台。明治21年道内5番目の灯台として初点灯した。現在の建物は昭和35年建築の3代目。

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神威岬先端。

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岬に身を投げた「チャレンカ」の化身、神威岩。

幕末に宗谷詰めになった役人が女人を連れて鉄砲を打って女人禁制の呪いを解いたら、海鳥までもが平気で糞をかけ、鰊もとれなくなってしまったとか。

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神威岬の積丹ブルー。

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うに漁りの小舟。

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神威岬からの戻り道。

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レストハウスがある神威岬の駐車場遠景。




posted by pupupukaya at 13/07/03 | Comment(0) | 2013年その他旅行記

初夏の積丹へ3

2013年の6月最後の土曜日、晴天の週末はひさびさだったので早起きして車で出かけました。

札幌の自宅を朝6時20分に出て神威岬突端まで来ましたがここで引き返すことにします。
せっかく積丹まで来たのだから今が旬のうにが食べたい。

実は積丹へ来た目的の半分はうにを食べることで、積丹で一番人気(?)の店へ寄りました。

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日司町にある「みさき」。寄ったのは朝10時過ぎだが、店の前は車が一杯停まっていた。昼時は1時間待ちも覚悟という人気店らしい。幸いテーブルは空いていたので待たずに入れた。

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この時期目玉の「赤ばふんうに丼」(3200円)はすでに完売とのこと。仕方ないので普通の「生うに丼」にする。

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生うに丼(2350円)

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ご飯の上にうにがびっしり。

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まずはそのまま一口。うには程よく塩気があって醤油をかけなくても十分いける。ぷりぷりして舌ざわりも良く甘い。

赤ばふんうにでないのは残念だが、普通のうに丼もなかなか良かった。


積丹での目的も果たし、札幌へ向けて車を走らせる。

国道229号を走って美国、古平の町を抜けたあたりで警察の取り締まりをやっていた。通り過ぎると後ろから白バイが出てきてびっくりしたが、どうやらただのパトロールのようだ。

このあたりはずっと50km/h制限、後ろから白バイについてこられては落ち着かない。
途中でローソク岩駐車場というのがあったので左折すると白バイはそのまま直進していった。

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ワッカケトンネル付け替えで発生した旧道を利用して、奇岩ローソク岩の眺望スポットになった。

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“この岩を「カムイ・イカシ」(男神)として崇め、女性が岩へ上がると不漁になると信じられていた”(wikipediaより)
そういわれてみると、何となくチン… いや、何でもない。

おわり


posted by pupupukaya at 13/07/03 | Comment(0) | 2013年その他旅行記

北海道旅行記 車編index

posted by pupupukaya at 13/07/10 | 2013年その他旅行記

2013年道北・宗谷岬へ1

札幌 〜 旭川 〜 道の駅とうま

2013年7月の連休に道北方面の各地を回ってきました。
2泊3日の旅行でしたが、宿泊は全て車の中の「車中泊」です。

金曜の仕事が早めに上がれたので午後に札幌の自宅を出発した。

275号線を北上、滝川から12号線へのコースでまずは旭川まで。
札幌市役所前を15:50に通って、途中浦臼町の道の駅「つるぬま」で10分ほど休憩、旭川のイオンに着いたのが18:44だったので旭川までは約3時間近くかかったことになる。

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滝川市から国道12号線に入る。札幌を出発して約2時間。

12号線から旭川市内に入り、函館本線の高架下をくぐったところの交差点で左折専用レーンに入ってしまったので左折してそのまま行ってしまった。こっち方向はたしかイオンモールがあったはずで、しばらく行くとあった。

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とりあえず休憩と夕食のために寄った旭川のイオンモール。

もう7時だし、少しずつ薄暗くなってきたのでここで夕食にする。
フードコートには旭川ラーメンの店もあったが、長崎ちゃんぽんの「リンガーハット」があったのでそこでちゃんぽんを食べた。
長崎ちゃんぽんは2009年に長崎を旅行した時以来で懐かしい。
この店は何年か前に札幌にも進出していたが、行こうと思っていたが行けていなかったのでいい機会だった。

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フードコートにあったリンガーハットのちゃんぽん。野菜たっぷりは旅行者に優しい。

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イオンの駐車場で見た夕焼け。

ちゃんぽんを食べて駐車場に戻ると西の空は真っ赤な夕焼け雲がひろがってた。

このあとは「道の駅とうま」まで行き、そこで車中泊する。
道の駅へ行く前に一風呂浴びようと40号線を走らせて「旭川健康ランド」に行こうとしたが行けども見つからない。行き過ぎたので引き返してみると煌々と照明の灯るスーパーの隣に目立たなくあった。
看板の照明も消えているので閉店したのかと思ったが、営業していた。

ここは24時間営業のいわゆる「健康ランド」で、ここで泊って行こうとも考えたが、深夜料金が結構高いので風呂だけ入っていくことにした。

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節電のためか暗い旭川健康ランド。

隣のスーパーでビールと食料を買って車に戻り、トランクでベッドメーキングをしておく。後部座席を倒してフラットにし、シュラフを敷くだけだが。

39号線は永山駅あたりを過ぎると市街地も終わって、車の通行量も激減して真っ暗。
当麻町に入ってすぐのところに道の駅はあった。

「道の駅とうま」に着いたときは夜10時近くになっていた。車中泊らしい車が既にたくさん駐車していた。

国道を挟んだ向かいは24時間営業のコンビニがあって車中泊には便利だ。
ただ夜中じゅう絶えず車が出入りするので少々落ち着かないところではあった。

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多くの車が休む「道の駅とうま」。

昔道内に夜行列車があったころは金曜の夜出発して道内各地へ出かけていたが、あのころは乗っていたのはもっぱら普通車の座席で、向かい合わせの席をベッド代わりにして”く”の字になって横になっていた。
それから比べると車中泊とはいえ体を伸ばして横になれるだけこちらのほうがありがたい。


缶ビール2本飲んでシュラフで横になったらすぐに眠ってしまった。



posted by pupupukaya at 13/07/25 | Comment(0) | 2013年その他旅行記

2013年道北・宗谷岬へ2

道の駅とうま 〜 名寄 〜 咲来 〜 音威子府


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4時ごろ明るくなって目が覚める。
道の駅の一般車の駐車スペースは同じ車中泊らしい車がびっしりと駐車している。

ここは旭川から近いし、ここを朝出発すれば道東へも道北へも便利なので人気の車中泊スポットのようだった。

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車中泊をした道の駅とうま。同じく夜を明かした車がたくさん停まっていた。

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気温が下がってフロントガラスは外側も内側も真っ白に曇った。

目が覚めてしまえばエンジンさえかければいつでも出発できる。
4時半過ぎに道の駅とうまを出発した。駐車場のほとんどの車は静かで、主はまだ眠っているようだった。

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早朝の国道40号を北上する。

車もほとんど見かけない早朝の国道は天気も良くて走っていて気持ちが良い。雲の切れ間から朝日が差し込んできた。

それにしても早朝の国道は長距離トラックが多い。土日だろうと経済活動がある以上は物流も必ず発生するわけで、日本の経済活動は道路とトラックが支えている。
並行する宗谷本線の貨物輸送はもうだいぶ前に廃止されてしまった。

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峠にある塩狩駅。

特に目的があるわけでも急いでもいないので駅などに寄り道しながら行くことにした。


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名寄駅は道内主要駅の中では数少ない木造駅舎が使われている。

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ホーム側。

名寄駅は早朝のこの時間はまだ無人駅だった。ホームに出ると構内は広いがたくさんあった側線はほとんど撤去されて、2,3番ホームの上屋も撤去されていて、ただの途中駅のようになってしまっていた。

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駅舎から堂々と張り出した上屋は鉄道の要衝だったころを思わせる。
かつてはここから名寄本線と深名線が分岐し、朱鞠内や紋別へと向かう列車が発着していた。

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名寄からさらに40号線を北へ。8時を過ぎると交通量も増えてきた。

名寄から美深までは高規格道路の「名寄バイパス」を走る。札幌にいるときはこんなところに無駄な道路を作るもんだと思っていたが、走ってみるとやっぱり快適だ。

バイパスは地図上は美深の町の手前までになっているが、実際は町を通り越して美深北ICまで延伸されていた。
インターネット上ではどこの地図ではまだ美深IC止まりになっているが、ただ1つ国土地理院の「電子国土ポータル」の地形図では美深北ICまでちゃんと直っていた(2013年7月現在)。

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音威子府の一つ手前にある咲来駅。

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国道から脇道に入り市街地を抜けたところにひっそりとある。

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咲来駅の駅ノート。

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駅前に昔から変わらずある日通営業所の黄色い建物。今はライダーハウスとなっているようだ。

国道40号線を走っていると気が付かないが、宗谷本線の音威子府駅のひとつ手前に咲来という駅がある。
ここは昔、音威子府村の前身である常盤村の役場が置かれていたところだ。

明治37年に咲来駅逓所が置かれ、奥地の開拓地やオホーツク沿岸への中継地として交通の要衝となった。
大正期になり鉄道が開通すると現在の音威子府に役場が移転し、昭和38年には村名も常盤村から音威子府村に改められた。

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咲来の市街地。幅広の道路はかつての国道40号線で「咲来大通」とも呼ばれた。
過去にのちの音威子府村となる常盤村の中心部だったこともあるが、過疎化が進み今はひっそりと眠ったように静かな村。

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音威子府駅はバスターミナルと合築した交通ターミナルになっている。

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ウッディな作りの改札口。この時間はまだ無人だった。

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発車を待つ幌延始発の旭川行普通列車。

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土曜の朝なので車内は無人状態と思っていたら、そこそこの乗客が乗っていて意外だった。制服姿の通学生も何人か見かけた。

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藪を漕いできたのか葉っぱをいっぱい引っかけてきた車体。

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音威子府駅前の町並み。




posted by pupupukaya at 13/07/28 | Comment(0) | 2013年その他旅行記

2013年道北・宗谷岬へ3

音威子府 〜 中頓別 〜 浜頓別


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せっかく音威子府まで来たからには名物の黒いソバを食べたかったが、まだ朝8時前ではどこの店もやっていない。
音威子府から国道は二手に分かれ、1つは天塩川沿いを行く40号ともう一つはオホーツク海側へ抜ける275号があるのだが、もう20年近く行ってなかったオホーツク海側のほうへ行くことにした。

このルートは1989年に廃止になった旧天北線のルートでもある。所どころ廃線跡を巡りながら進む。

いま走っている国道は275号なのだが、昨日札幌から新十津川まで走ってきた国道も275号だった。
いったいどこまで行く国道なのだろうと思って調べたら、起点は札幌で終点は浜頓別となっていた。ずいぶんと長い路線だ。てっきり終点は美深あたりだと思っていた。
起点から終点まで走り通す人はたぶんいないだろうな。

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道の駅ピンネシリ。旧天北線敏音知駅があったところ。線内唯一の急行「天北」は通過していた。

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旧天北線「敏音知駅」の看板が掲げられているのが駅の名残り。

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中頓別駅跡はバスターミナルになっている。

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青く塗装された1台の気動車と腕木式信号機が保存されている。

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バスターミナル正面は駅前の面影がよく残っている。

中頓別駅の跡に寄る途中「中頓別鍾乳洞」と書かれた看板を見つけてちょっと気になった。

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「中頓別鍾乳洞」の看板を見つけたので寄ってみる。
看板の通り山道に入っていくとログハウス風の建物があった。入口の張り紙があったのでここに車を止めた。

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鍾乳洞公園の管理棟。展示品などがある。

鍾乳洞のほうへ行こうとすると管理人に呼び止められて、今は第1洞しか行けない、照明が故障しているので入口に懐中電灯が置いてあるのでそれを持って入るように言われた。

脇の机にはクマよけの鈴がいくつも置いてあるのが物々しい。

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クマよけの鈴がおいてあった。

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形が軍艦そっくりの「軍艦岩」。石灰岩が浸食を受けて段差がつき、こんな形になったという。

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現在唯一公開されている「第1洞」の入口。

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第1洞の案内板。

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ライトアップされた洞窟。一人だとちょっと不気味で怖い。

言われた通りの第1洞まで来たらなるほど懐中電灯が何本か置いてあった。


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懐中電灯が唯一の明かりで奥へ進む。中は寒い。


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洞窟は意外と奥まで入り組んでいて日の光は全く入らない。身をかがめて一人がやっと通れるくらい狭いところがあったり、何せ手にしている懐中電灯の明かり以外全くないのでまるで暗闇のダンジョンだ。

水曜スペシャル探検隊 中頓別地底大洞窟に暗闇を見た!!
「隊長!地底人発見!」

懐中電灯を消すと、地底に閉じ込められたような暗闇と静寂である。洞窟探検みたいなテンションで進んできたが、明かりを消して耳を澄ますと時々洞窟内にこだまする水滴の落ちる音を聞こえる。

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一番奥らしいところは少し広くなっていた。といっても真っ暗闇でよくわからないが。
音は全くしない。もっとも変な音がしたらそれは不気味だが。

ちょっと貴重な体験をした。


posted by pupupukaya at 13/07/28 | Comment(0) | 2013年その他旅行記
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