2015年東北・南三陸旅行記1

今年の「夏休み」は東北旅行をすることにしました。

東北へは、フェリーに車を積んで行くということも検討しましたが、今回は鉄道にしました。

鉄道で東北に行くことにした理由は、来年(2016年)3月には北海道新幹線が開業しますが、そうなると札幌と青森を夜行で結んでいた急行「はまなす」は廃止になります。最後の急行「はまなす」にもう一度乗っておきたい。
2011年の東日本大震災から4年、とくに甚大な被害だった三陸はどうなったのだろう。また、仮復旧したBRTにも乗ってみたいということで今回の旅行を考え付いた。

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札幌から急行「はまなす」で東北に行く場合にうってつけのきっぷがあって、それは「北海道&東日本パス」というもの。
春・夏・秋と三シーズンの発売で、普通列車が乗り放題という「青春18きっぷ」と似たような効力だが、18きっぷと違うところはJR北海道と東日本内のみ有効というところだ。
ほかに18きっぷと違うところは

・連続した7日間有効(18きっぷは5回(日)分)
・値段が10,290円(18きっぷは11,850円)
・急行券を買えば急行「はまなす」に乗れる
・特急券を買えば青森〜函館間の特急に乗れる
・第三セクターの青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道他2社にも乗れる
・18きっぷより発売・利用期間が長め

というところで、これだけ見れば18きっぷよりはるかにお得ということになるが、5回分を1人でも複数人でも任意で使える18きっぷと違い1人1枚で使わなければならないということ、JR北海道と東日本以外では乗ることができないので、使用形態によっては18きっぷの方が得かもしれない。

そんなわけで今回の計画は、急行はまなすで札幌を出発し、翌日は普通列車を乗り継いで仙台まで行き仙台で泊まる。
その翌日は仙台から列車とBRTを乗り継いで気仙沼へ、気仙沼で泊まる。
最後は気仙沼からまたBRTと普通列車を乗り継いで青森へ、再び急行はまなすで札幌へ戻るという計画を立てた。
2泊5日の行程になる。

出発する週になって、どうも台風が接近しているらしい。今週中に日本列島に上陸するという。
はまなすの寝台券も手に入って、ホテルも予約したのに何てことだ。
旅行を取りやめようかとも思ったが、今からではキャンセル料も馬鹿にならないし、やはり行くことにした。

9月8日
●札幌 22:00発 − 青森6:39着 急行はまなす

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21時を過ぎて、帰宅客が次々と改札口へ向かう札幌駅西コンコースへやってきた。
まだ発車まで40分以上あって、ホームへ行くにはまだ早い。自由席ならば早めに行って並ぶところだが、今回は奮発して寝台券を買っていた。

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西改札口の電光掲示板。普通電車に混じって『はまなす』の表示も。

書店や改札横の売店などをぶらぶら見ていたが、ほかにすることも無くなったのでホームへ行く。まだ21時半で発車30分前だが、自由席のところは行列ができていた。
学校の夏休みは終わったが、9月になってもはまなすは混んでいるようで、JRサイバーステーションを見ても指定席と寝台は連日△か×印になっている。

普段のはまなすであれば、シーズン時以外はがら空きだった記憶しか無いが、新幹線開業と引き換えに廃止と見られているために名残乗車の人が増えているのだろう。

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自由席車の乗車位置は早くも行列ができていた。

はまなすに乗るのは何回目かな。過去を思い出して数えてみたら今回が9回目だった。特に多いというわけではなく、少ないとも思えないが、本州方面へは「北斗星」や快速「ミッドナイト」などもあったので、自分的にはなんとなく「はまなす」の影は薄かった。

影は薄いが便利な列車ではあった。たとえば札幌を22:00発の「はまなす」で出発すると青森・新青森と2回の乗り換えがあるにしろ東京には翌朝9:23に着けるのである。これが飛行機ならば新千歳空港7:30発の便に乗れば羽田空港着が9:05になる。そこから乗り換えて品川にしろ浜松町にしろ到着は9:30を過ぎてしまうわけで、はまなすとはやぶさの乗継が札幌から東京へ一番早い時間に着く方法だった。新千歳7:30発の飛行機に乗るには自宅を朝何時に出れば良いのだろう。

値段も「東京往復割引切符」を買えば「はまなす」自由席利用なら札幌〜東京往復で27,020円になり、LCCほどではないがかなり安くなる。
私も何回か利用したことがあるが、夜行と乗換を厭わなければ十分アリなルートだと思った。

来年3月に新幹線が新函館北斗駅まで開業するが、仮に札幌〜新函館間に夜行列車が設定されても東京着は10時以降になるのは確実だし、新幹線が札幌まで伸びても朝9時台に東京に着くことはできない。

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はまなすが入線する。

21:38に青いディーゼル機関車に牽かれたはまなすが入線する。今日は増結なしの7両編成。ただし機関車と1号車の間に函館までの回送車が連結されていた。ドアも開かず、窓のカーテンも全て閉じられていて乗ることはできない。

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入線するとカメラを持ったファンたちが集まってくるが、まだ少ない方。そのうちホームにロープが張られ、警備員が立つようになるのだろう。

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ホームにいた乗客はそれぞれの車内に収まってしばしの発車待ち。

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自由席は帰宅列車の雰囲気。

入線した直後はカメラを持ったファンらしき人々がウロウロしていた(私もそうだけど)。
あらためて車両を見ると、ブルーの車体は黒ずんだり、塗装の割れ目から錆が浮き出たりしてお世辞にも綺麗とはいえない。特に座席車の車両は1972年製造と43年間も使用され、限界を通り越してだましだまし走らせているといった感じに見える。

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テールライトとテールマークが輝く最後部。北斗星やカシオペアが女王ならばこちらはその妹君というところ。

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急行はまなすの方向幕。

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この日は1号車の前に函館までの回送車が増結されていた。

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消灯されカーテンの閉じられた客車は幽霊列車のようだ。

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スハフ14 509は五稜郭車両所に臨時入場のため。

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B寝台車の入口。座席車とは違って上等クラスの感じになっている。

さてきっぷに指定された寝台車は1号車。車両はスハネフ14 551。
床下では客車に電気を供給する発電機のディーゼルエンジンが唸っているという少々残念な車両。
元々は24系25型として製造されたが、渡道した際に発電エンジンを取り付けて14系客車に改造されたという運命を持つ。1980年製ということもあって、車体の傷みは座席車ほど酷くはない。

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寝台車の座席番号。

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寝台車の通路。元が24系客車のため、車内もそのような造りになっている。寝台側窓の天地寸法が短いのが一番の特徴。

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B寝台の座席兼ベッド。座席として使用されることはないけれど。

きょうのB寝台はサイバーステーションでは△となっていた。満席ではないが混んでいるようだ。
ところが発車近くになっても、ざっと見半分くらいしか寝台は埋まっていない。私の向かいの上下段も空いたままだ。途中から乗ってくるのだろうか。

ハシゴの後ろにあるテーブルに買ってきたお酒とつまみを並べてみると夜汽車らしい哀愁漂う感じになった。

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備え付けの枕、毛布、シーツそれに浴衣。

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ベットメーキングは自分でする。狭いので意外と面倒くさい。

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上段へ上がるハシゴ。

寝台のベッドメーキングをしていたら列車はいつの間にか動き出していた。
寝台に腰かけて駅のキヨスクで買ったお酒を飲む。「千歳鶴」と金滴酒造の「北海道新幹線開業」のカップ酒。

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乗る前にコンコースのキヨスクで買ってきたお酒で晩酌。

B寝台車は日本酒が合う。それも駅の売店で売っているようなワンカップとかが良い。薄暗い車内で流れる夜景を見ながらしんみりと呑むのが良い。

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流れる夜景と鉄輪の響きは最高の肴。

ここにいると乗ってきた人の邪魔になるので通路の小さい腰掛に移った。
新札幌と南千歳から乗車する人もあって、寝台はほぼ埋まったようだった。

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枕元の灯り。

お酒を2本空けて横になるとすぐに眠くなった。寝台車は適度な揺れがあって心地よく眠れる。

目が覚めると列車はトンネルの中を走行しているようだった。時刻は午前5時前、青函トンネル通過中だった。

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青函トンネル通過中。新幹線と在来線の共用区間のためレールが3本見える。

青函トンネルを抜けて蟹田を過ぎるとしばらく陸奥湾沿いを走る。晴れていれば気持ちの良い朝を迎えるところだが、残念ながら雨降りだった。なんとも暗い1日のスタートになった。
スマホで天気予報を見ると東北地方はほとんど雨マークになっている。台風も接近しているし、前途多難な旅行になりそうだ。

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翌朝、陸奥湾が見えた。雨降りで暗かった。

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朝を迎えた寝台車。青森着が40分遅くなったのでいつもよりのんびりしている。

はまなすの青森着時刻は普段ならば5:39だが、今は新幹線工事のため時刻が40分繰り下げられて6:19着になっている。
今まで接続していた特急つがる2号や新幹線はやぶさ4号は先に発車してしまうので、乗り継ぎの人は不便だが、寝台車の客にとっては余計に寝ていられるのでかえってサービスかもしれない。

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出入り口上の車番と号車番号のプレート。

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終点青森に到着。スーツケースや旅行鞄を持った人が一斉に階段へ向かう。

さて、青森に着いた。
ここから青い森鉄道の八戸行に乗って乗り継いで行けば仙台には14:23に着く。仙台市内を観光するつもりでいたが天気予報は雨になっている。雨の中歩くのは気が進まないし、予定を変えて奥羽線、花輪線経由の遠回りで行くことにした。

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青函連絡船はとうの昔に無くなったが、はまなす到着時は連絡船時代から変わらない情景がよみがえる。

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青い森鉄道の電車と並んだはまなす。

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青森車両センターへ回送の為、赤いDE10が近づいてくる。


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連結作業。

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青森車両センターへ向けて発車を待つ機関車。運転士時刻表を覗くと青森発は6:39とあった。

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赤いディーゼル機関車が付くとなぜか急にローカルっぽく見える。急行「天北」を思い出す。

2へつづく
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2015年東北・南三陸旅行記2

9月9日

早朝の青森駅に着くとホームのそば屋が開いていたのも昔の話で、いまはそばも売店も無くなってしまった。
駅舎の外に出たところに立ち食いそば屋があったはずで、改札口を通って駅の外に出ると既に営業していた。
「そば処八甲田」とあって、店名はホームにあった頃と同じだ。そこでたまごそばを食べた。

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青森駅の改札口を一旦出る。

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外に出たところにある駅そば屋。

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たまごそば(350円)。なぜか「月見」ではない。


青森 6:52発 − 大館8:38着 636M

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青森からはロングシート701系電車の旅となる。

青森からは奥羽線の電車で大館を目指す。701系オールロングシートで旅情もヘッタクレもない。
青森発車時は空席がたくさんあったが、平日なので弘前に近づくにつれて高校生で車内は混んできた。といっても電車は6両もあるので余裕がある。

弘前着が7:44なので時間からしてちょうど通学列車だ。弘前の次の石川でまた高校生が大勢降りて、そこから先はがら空きのまま大館に着いた。
大館駅は自動改札化されていない。昔ながらの改札口があって駅員が立っている格好は今では珍しくなった。次は花輪線だが、乗り継ぎ時間が長いのできっぷを見せて改札を出る。

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大館駅に到着。このあたりはまだ自動改札にはなっていない。

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花輪線の乗換駅になる大館駅。鶏めしでも有名。

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大館は『忠犬ハチ公』のふるさと。駅前に銅像もある。

大館での乗り継ぎ時間は39分。駅前の雨は上がっていたが特に見るものも無さげで、待合室に座って時間をつぶす。こういうときの時間は長く感じる。
待合室の奥に、大館の物産コーナーがあって土産物などを売っている。駅舎の反対側にJR東日本のコンビニNEWDAYSがあって、レジの横に大館名物の鶏めしが置いてあった。買おうかどうしようか迷ったが結局買わなかった。

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大館駅の待合室。


大館 9:17発 − 盛岡12:15着 1928D

発車時刻の10分前になって花輪線の改札が始まった。
跨線橋を渡ると2両編成の列車がホームに停まっていた。乗り込んだのはわずか数人だけ。

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花輪線盛岡行きの改札が始まる。


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花輪線はキハ110系の2両編成。

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車内はこの通り閑古鳥。

花輪線に乗るのは初めてで、少しワクワクする。雨も上がったようで、曇り空ながら明るくなってきた。
乗客は2両合わせても10人もいないだろう。私の乗っている車両の乗客は2人だけ。1両で十分な乗車率で2両編成、しかも車掌も乗務しているとは贅沢な列車だ。

大館を発車してから途中駅で1人、2人と乗ってくるが、また途中で降りる人ばかりでずっと空いたままだった。

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大滝温泉で下り大館行と交換。あっちもがら空きだった。

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十和田南駅はスイッチバック駅。ここから進行方向が変わる。同じような駅は石北本線の遠軽など。

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ホームの向こうは行止まり。



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八幡平から山が迫ってきて、山岳路線らしくなる。

途中駅で乗客もあったが、途中で降りる人ばかりで車内はずっと空いたまま。1両のワンマンカーで十分なほどの乗客数だった。大館で鶏めしを買っていれば車内で食べれたのにと少し後悔した。

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IGRとJR両方の表示がある駅名標。

大館から2時間27分かかって好摩に到着する。ここからIGRいわて銀河鉄道線になるがこのまま盛岡まで直通する。車掌はここで降りるのかと思ったら、終点の盛岡まで乗務していた。

好摩からは複線電化のIGR線を行く。元々が東北本線なので乗り心地も良くスピードも上がった。停車駅ごとに乗客も増えてきて、都市近郊電車らしい車内になってきた。

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盛岡に到着。JRからの直通だが、IGRいわて銀河鉄道線のホームに着く。

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IGRの改札口。青春18きっぷ所持者にはある意味関所。

盛岡駅はJRとIGRいわて銀河鉄道のホームと改札口はきっちりと別れている。青森駅や八戸駅ではJRと共同となっているのとは対照的だ。
青春18きっぷで青森から三セク経由で乗り通してくるとここで青森からの運賃を払うことになる。

一体いくらになるのか調べたらなんと5,480円。目時で運賃が別々になっていることを考えても随分と高くなったものだ。
ちなみに新青森〜盛岡間を新幹線の自由席(特定特急券)ならば5,610円なので、130円しか違わないことになる。

もっとも私は北東パスなので見せるだけで改札を通れる。
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盛岡駅正面。駅の中は人が多くて活気があった。

ちょうど昼時なので駅で食事をしておこうと地下のレストラン街を歩いていると「盛岡冷麺」の看板を見つけた。そういえば盛岡冷麺が名物だったなと思いだし、そこに入ることにした。

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駅の地下にあった盛岡冷麺の店。

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盛岡冷麺(1026円)。真っ赤なスープと強いコシの麺が特徴。

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特辛にしたが思ったほど辛くはなく。

冷麺はわんこそばとじゃじゃ麺と並んで盛岡三大麺とも呼ばれるらしい。
盛岡の人には悪いが、どこか物足りないというか、いい値段の割に特にどうということもなかった。さっぱりした口当たりは焼肉のシメには良いかもしれない。
だけど、盛岡に来て盛岡名物を食べれたので不満は無いし、話のタネにはなろう。


盛岡 13:08発 − 一ノ関14:35着 1540M

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今度はJR東日本の改札口を通る。

今度はまたJRの701系電車の旅になる。

こんどの電車は2両ワンマンカー。
奥羽本線の6両編成や花輪線の2両編成は過剰とも思えたが、こっちは2両ワンマンとずいぶんとケチくさい電車を走らせる。

車内は満席どころか立ち客多数、ローカル列車としては満員御礼といったところ。盛岡〜一ノ関間はいつ乗っても混んでいて、立ちっぱなしの印象しかない。
そのうち席も空くだろうし、しばらく辛抱することにする。


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一ノ関行は701系2両編成。

乗客は駅ごとに降りてだんだん余裕が出てきたがそれでも混んでいる。花巻では降りる人が多いが乗る人も多かった。
結局立ちっぱなしのまま一ノ関に着いた。ここで全ての列車は乗り換えになる。

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やれやれ一ノ関に着いた。


一ノ関 14:41発 − 小牛田15:28着 538M

こんどの電車もまた2両の701系ワンマン電車だった。さっきの電車ほどではなく余裕で座れた。

一ノ関を出てしばらく、花泉のあたりから雨になった。小牛田に近づくにつれて降り方が激しくなって、雨粒が車体にたたきつけるほどになった。台風18号が接近しているのでその影響だろう。

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仙台色の701系電車2両編成。

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小牛田近くなると雨が激しくなってきた。


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小牛田に到着。


小牛田 15:42発 − 仙台16:30着 2554M

小牛田からは仙台都市圏の電車になる。4両編成で後ろ2両はE721系、前2両は701系電車。E721系はセミクロスシートになっている。クロスシート部分はすべて先客がいるので、先頭の701系電車に乗った。こちらはオールロングシートだが余裕で座れた。

新車の方がクロスシートで古い方がロングシートとは、最近は車内をクロスシートにする傾向になってきたのだろうか。

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新型のE721系電車。

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701系ロングシートもこのくらいの乗車率ならば快適。

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仙台着。今日の移動はここまで。

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仙台駅の中央改札口と大時計。

今日の移動はこれでおしまい。仙台では「ホテルパーク仙台I」を予約していた。1泊4,400円。
仙台駅からホテルまでは歩いて10分くらい、早足なら7分くらいか。

駅から外に出ると雨は上がっていた。今日はまだ1度も雨には当たっていなくて、持ってきた折り畳み傘も使っていない。ずいぶんと運のいいことだ。

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ちょっと狭いが、駅近くでこの値段なら良しだろう。

ホテルにチェックインして荷物を置いたら街中を歩いてくることにした。


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駅前から続いているアーケード商店街。

仙台では牛タンを食べようと思っていた。仙台駅の中に『牛タン通り』という牛タンを出す店が並んでいるところがあって、1人だしそこへ行けば間違いはないと思って、また駅を目指した。

ところが牛タン通りにある牛タン屋はどこも行列ができている。並ぶのはいやだし、他の店を探すのも面倒になってきた。駅の地下食品売り場で牛タンの弁当を見つけたのでそれを買ってホテルで食べることにした。

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仙台駅のデパートで買ってきた牛タン重とずんだ餅カップ。

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台風18号を報じるニュース番組。

出発前から台風直撃を心配していたが、被害は東海地方のようで、東北はさほど影響は無くひとまず安心だ。だけど、明日の天気予報は宮城県も岩手県もひたすら雨マーク。

明日は新しく開通した仙石東北ラインで出発し、気仙沼まで行って1泊する予定でホテルも予約していたが、交通不便な場所だけに台風直撃を食らうと身動きが取れなくなってしまう。キャンセルも考えていたが、台風さえ去ってしまえば問題は無い。このまま予定通り旅行を進めることにした。

明日は1日雨予報だが、予報など朝になれば変わるかもしれないし、実際今日1日雨に当たっていないこともあるし、何とかなるさと思った。

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2015年東北・南三陸旅行記3

9月10日
仙台 8:18発 − 石巻9:23着 5525D


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台風が去って晴れるかもしれないという期待もむなしく、今日は朝から雨だった。ホテルから傘をさして駅まで歩く。

今日はまず石巻へ向かう。仙台から石巻までは仙石線が結んでいたが、震災の津波以来ずっと不通となっていた。それが今年(2015年)の5月にようやく全線復旧したのだった。同時に東北本線から仙石線に乗り入れる『仙石東北ライン』も運行開始となった。

今回乗るのはその新しく開通した仙石東北ラインの列車。東北本線は交流、仙石線は直流と電化方式が違うので、両線をまたぐこの路線はハイブリッド気動車が導入された。

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仙台駅に入線する4両のハイブリッド気動車。

到着した列車は通勤客を大勢降ろして折り返しの快速列車になる。
車内に入って印象的だったのはクロスシート。片側がロングシートという中途半端なつくりではなく、本格的なセミクロスシートになっている。

新車はセミクロスシートという流れになったのか、観光路線ということで特別な作りにしたのかは分からないが、とにかく景色が見える席になったのは良いことだ。

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車内はセミクロスシート。

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観光路線を意識してかボトル用のテーブルもあった。

ラッシュと反対方向だからか、車内は空席が目立つ。仙台を発車した時点では1ボックスを占領できるほどの乗車だった。途中の塩釜からは相席になった。

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高城町の駅名が追加された塩釜駅の駅名標。

塩釜を過ぎると右手に松島の海岸が見えてくるが、この雨ではいまいち冴えない風景だ。晴れていれば綺麗なのだろうけど。
単線の線路が並行したり離れて行ったりするのが仙石線で、松島海岸の海と山が迫る狭い海岸沿いを絡み合うようにして線路は敷かれている。

東北本線と仙石線が並行しているのは、仙石線がもとは宮城電気鉄道という私鉄だったためで、戦時中に国有化されたが、戦後も長らく東北本線は汽車、仙石線は電車というような棲み分けができていた。

これだけ線路が近いのだから、線路をつなげて直通運転をするという構想は古くからあったようだ。両線の電化方式の違いなどから一向に実現しなかったが、今回震災復興の目的もあってハイブリッド気動車によって実現した。

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東北本線松島駅手前の、両線が並行している部分に連絡線が新設されて、そこを通って仙石線に入る。

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高城町で登りの仙石東北ラインの列車と交換。

海岸沿いや低地を走る高城町から陸前小野までは津波被害が特に大きく、最後に復旧したのがこの区間だった。
全線で線路がかさ上げされたほか、陸前大塚〜陸前小野間では山側の新線にルートが変更された。

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海沿いの区間にも防波堤が新設されている。

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津波の被害が大きかった陸前大塚〜陸前小野間は山側の新ルートに切り替えられた。

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石巻駅に到着。

停車駅ごとに降りる人ばかりで、終点石巻に着くころには空席ばかりになった。雨は止むどころかますます降りが強くなっている。
石巻からはこれも今年3月に全線復旧した石巻線の女川まで往復することにしている。

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左側は仙石線あおば通行205系電車、右は仙石東北ラインのハイブリッド気動車。

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改札口と仙石線ホームを結ぶ通路。

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改札口横で出迎える仮面ライダーとサイボーグ009。

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三角屋根の石巻駅舎。

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駅の入口に表示してあった浸水位置。ここも津波被害があったところ。

石巻 9:33発 − 石巻10:02着 1629D

石巻から女川までは石巻線となる。石巻線は小牛田が起点の路線のため、女川までの列車のほとんどは小牛田〜女川間の運転になっている。
ホームに入ってきたのはキハ110のワンマン2両編成。

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女川行が到着。

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石巻で乗客は入れ替わるようだ。

石巻から乗った女川行はクロスシート部分がさらりと埋まる程度の乗り具合だった。それでも午前中の下り列車としては繁盛しているほうかもしれない。地元の人ばかりのようだった。女川の人たちには無くてはならない路線だと見受けられた。

窓ガラスの雨粒が邪魔をして外は良く見えない。列車に乗っている限り雨に濡れることは無いけど、やっぱり晴れていてほしい。

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キハ110の車内。窓ガラスが曇って外は良く見えない。

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新しく高台に移転した女川駅。

石巻から女川までは16.8km、わずか29分で着いた。
女川駅は2011年の大津波で駅もホームもすべて消失したが、元の場所から200mほど山側へ新築移転という形で再開した。

私が女川に来たのは今回が2度目で、前回は震災前の2007年だった。ホームから階段を降りたところに駅舎があって、階段のところにチリ津波の浸水を示す印があったのが印象的だった。
当時の駅舎やホームは写真に撮って、PCにも画像が残っているが、歩いたはずの駅前の町の画像は無く、町の様子も記憶になかった。おそらくどこにでもある地方の町という印象しか持たなかったのだろう。

新しい駅舎は町営の温泉施設に併設されていて、小さな窓口と券売機、それに待合室が設けられている。駅員が1人いて列車到着時だけ出てきて集札を行うようだ。

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無人駅ではなく駅員が1人いて集札を行っていた。

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新しい駅舎は女川温泉ゆぽっぽが同居している。

女川は市街地どころか山間の集落までもが全壊という、2011年の東日本大震災では特に甚大な被害だった町のひとつである。奥に行くほどV字型に狭まるリアス式海岸特有の地形に位置する女川の市街地に、湾口に入って高さを増した大津波は、20m近くもの高さとなって襲いかかった。
あれから4年、どのように変わったのだろうか。

あいにくとこの雨、傘をさしていても歩いているとズブ濡れになりそうだ。特に行くあても無いし、すぐの折り返し列車で石巻に戻ることにする。

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駅前広場の正面は新築工事中。復興もようやく始まった感じだ。

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2015年東北・南三陸旅行記4

女川 10:09発 − 石巻10:37着 1630D

土砂降りの雨ではどこへ行くのもためらい、また長居できる駅でもなかったので折り返しの列車で引き返す。
温泉併設なのでひとっ風呂浴びてきてもよかったんだろうけど。

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再び女川駅。

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雨の中まだ護岸工事が続けられていた。

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強い雨は降り続いている。石巻駅前。

女川発の列車は小牛田まで直通する。途中の前谷地で気仙沼線に乗り換える予定なのでこのまま乗っていれば1本早い列車に乗り継げるが、石巻で一旦降りる。

また石巻駅に戻ってきた。
次の小牛田行列車は11:51発で1時間少々時間がある、石巻に来たので石巻焼きそばをと思っていたのだが、雨は一段と強まったようで、やっぱり駅から出たくない。

駅近くでどこか店は無いのかとスマホで調べたら、駅向かいが市役所になっていて、その中に食堂があるようだ。市役所の食堂ならば安いし、まだ12時前なので空いているだろうと傘をさして市役所へ行く。
駅向かいの市役所だが、元はショッピングセンターだったようで、1Fはスーパーになっていた。そこにあった「いしのまキッチン」という店に入った。

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石巻市役所1Fにある『いしのま☆キッチン』。

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石巻焼きそば(500円)。二度蒸しした褐色の麺と上に載った目玉焼きが特徴。薄味で、別添えのソースをかけて好みの濃さに味付けする。

食べ終わって、市役所1階のスーパーを覗いてみる。麺コーナーに石巻焼きそばの麺が並んでいた。やはり麺は茶褐色をしている。今日が最終日ならば買って行くところだが、まだ先が長いので見るだけにしておいた。


石巻 11:51発 − 前谷地12:13着 1632D

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石巻からは石巻線で前谷地へ向かう。

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石巻線の多くは小牛田まで直通する。

今度の列車もキハ110型の2両ワンマン。早上がりの高校生も何人か乗っているが、1両で足りるほどの乗車率だ。
発車するとしばらくして隣の線路を仙石東北ラインのハイブリッド気動車が並走して追い抜いて行った。

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並走する仙石東北ラインの列車。

前谷地で数人の高校生と共に下車する。無人駅かと思っていたが、駅員が1人改札口に立って集札していた。
ここは気仙沼線が分岐する駅で、ホームは幹線の駅のように立派だが、駅舎は木造でこじんまりと建っている。ここで47分の待ち時間があるが、待合室も狭くて固いベンチが少しあるだけ。
幸いなことに雨は上がっているので駅前を少し歩いてくる。

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気仙沼線が分岐する駅としてはこじんまりとした駅舎の前谷地駅。

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前谷地の駅前。奥が駅。

駅前は6月に延伸されたBRTの新しいターミナルが目立つくらい。商店が数軒並ぶが、寂しい駅前だ。

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6月に気仙沼線のBRTが前谷地まで延伸された。

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前谷地駅前のBRTのりば。

駅員がいるので列車別改札かと思っていたら、窓口にはカーテンが張られ、昼休みの旨の掲示があった。柳津行きの列車はホームに入っていて、車内には人影も見える。車内に乗っていて良いようだ。

柳津行きの列車は1両のキハ110ワンマンカー。車内は自分入れて3人だけ。

気仙沼線は東日本大震災による被災のため柳津〜気仙沼間が現在でも不通になっている。震災の翌年から不通区間をBRT(バス・ラピッド・トランジット)が運行になっている。
これは線路の敷地を専用道路としてバスを走らせるというもので、鉄道の復旧はあまりにも時間がかかるために仮復旧という扱いで運行が始まった。
バスとはいえ鉄道代行なので、時刻表には鉄道路線として載っているし、JRの各種フリーパスでもそのまま乗車できる。

ただ、鉄道の本復旧についてはあまりにも多額の費用がかかることと、復旧しても元々利用者が少ないローカル線なので赤字必須ということではJR東日本も難色を示していて、BRTをもって本復旧とすることになりそうだ。


前谷地 13:00発 − 柳津 13:22着 929D

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前谷地〜柳津間を往復しているのはキハ110の単行。


12:58に小牛田発石巻行の列車が到着したが、この列車に乗り継いだのは1人だけだった。

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がら空きの車内。

気仙沼線は、震災前は指定席もあって仙台まで直通する快速「南三陸」があったが、現在は小牛田発着便もあるが、前谷地〜柳津間を気動車が往復するだけになってしまった。
終点の柳津でBRTに接続していた頃はともかく、BRTが前谷地まで延伸されたので短いローカル線になってしまった。鉄道の復旧を断念、BRTが本復旧ということが決定すれば、この路線も廃止になるかもしれない。あるいは専用道にしてこっちにBRTが走るか。

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列車の最後部から。

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北上川の鉄橋を渡る。

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鉄道としては終点になった柳津駅。駅名標の陸前横山側は消されていた。

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駅構内から先は草に埋もれてしまった線路。

BRTが接続する柳津駅は島式ホームで、駅の両側からは跨線橋が結んでいる。
ホームから階段を登ったところに「BRTのりば」と張り紙があった。
駅前広場に赤いBRTのバス停と小さい待合所があった。気仙沼駅や盛駅ではホームにバスが直接乗り入れる格好になっているが、ここは階段を登り下りする必要があり、お年寄りなど大変だ。


柳津 13:39発 − 気仙沼15:35着 BRT

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町はずれのようなところにある柳津駅。

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BRTの運行情報表示機。バスの位置が遂次表示される。

バス停で待つのは地元の人らしいおばちゃんとフリーパス所持の3人。
やがて赤色のバスがやってきた。BRTといってもバス自体はワンステップながら普通の路線バスの車両である。

前谷地を13:04に発車したバスで、前谷地からこれに乗っていても良かったのだが、僅かに残る気仙沼線にも乗っておきたいというのもあった。

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柳津始発のバスが来た。

柳津を発車するとまた雨が降り出した。バスはずっと一般の道路を走る。線路だった専用道を行くのかと思っていたがそうでもないようだった。
バスの走る国道45号線は2車線ながらも狭い道でカーブも多く、路線バスの車両では快適とは言い難い。

次の陸前横山は乗り降り無し。降車ボタンが押されず、バス停に乗客もいなければ通過する。

2つ目の陸前戸倉からはやっと専用道になる。ここからさぞや快調に走るのかと思ったがそうでもなく、数百mごとに設けられた待避所で一時停止、踏切だった一般道との交差箇所も一時停止となるので走ったり止まったりを繰り返す。
スピードメーターを見ると60km/hを差していた。スピードも一般道路と同じようだった。
交通量の多い道路では信号機があって、青に変わるまで待たなければいけない。遮断機が専用道側に設置されているのは、一般車の進入を防ぐためだろう。

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しばらくは国道45号線を走る。

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陸前戸倉駅からはBRT専用道になる。

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数百メートルごとにある待避所。見通しの悪い個所は信号機が設置されている。

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センサーで検知して対向車がいなければ信号が青になって発車。

志津川の手前でまた国道に戻るのだが、専用道の出口にあった遮断機の誤作動で遮断棒がバスに接触した。大したことではなかったのだが、運転手が会社に連絡したりで数分遅れることになった。

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運賃表示機。

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かつて志津川駅だった場所を通る。BRTの志津川駅は高台に移設されたためバスは停まらない。

南三陸町の中心部、志津川も津波被害が大きかったところである。高さ15.5mの大津波は町をすべて消し去ってしまった。
震災前は町だった場所をバスは通る。盛土工事が行われていてダンプカーがせわしなく走り回っている。
BRTの駅は高台に新設されていて、バスはそこに着いた。待合所の中には人影が多く見えたのだが、少ししか乗ってこなかった。

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鉄骨だけの南三陸防災庁舎が見えた。とりあえず保存が決まったそうだ。

BRTの志津川駅からまた国道45号線へ戻り、仮設の役場があるベイサイドアリーナ駅へ寄ったりと、志津川あたりの経路は複雑である。利用者の多い場所を経由できるのはバスならではだが、直通客にとっては何ともまどろっこしい。

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ときどき気仙沼線の線路跡が現れる。被害が大きかった区間は専用道化されなかった。

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『全世界のみなさんありがとう』歌津駅のあたり。

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本吉で運転手が交代する。通常ダイヤでは3分停車だが遅れているためすぐに発車したかったのだろうがトイレ希望の乗客がいたためさらに遅れての発車になった。

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再び専用道を走る。

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待避所ですれ違うバス。

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国道から専用道へ行くために細い道へも入って行く。

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気仙沼の市街地に入る。南気仙沼駅は国道上に移設された。このあたりが一番栄えているようだ。

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不動の沢から再び専用道へ。左側に大船渡線の線路と並行する。

気仙沼着は6分遅れの15:41になった。バスならばほぼ定時運行だが、鉄道ならば遅れたお詫び放送があるところだ。
それにしても路線バス車両で2時間もの乗車は乗りでがあった。

気仙沼駅ではバスがホームに直接乗り入れる。1・2番線の線路敷きだったところを嵩上げと舗装をしてバス専用ホームにしてあって、向かい側の3番線は線路があって大船渡線がそのまま使用している。
便利だけど将来鉄道が復旧するとしたら元に戻すのがやっかいだろうな。

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気仙沼に到着。駅前ではなくホームに直接乗り入れる。

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バスが通るのは線路敷きだった場所で、かつては列車が発着していた。

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気仙沼駅の改札口。BRTは降車時に運賃を払うのでそのまま通る。

BRTの駅はどこも新設された小さな待合所になってしまったが、気仙沼駅は元からの駅舎がそのままになっている。ここはBRTだけでなく大船渡線の列車が発着するので正真正銘鉄道の駅になる。

今日の移動はこれで終わり、気仙沼で泊まることになる。ホテルは予約していたが、駅から15分ほど歩くことになる。雨なのでタクシーにしようかと思ったが、降り方は弱まっているし、途中でコンビニでもあれば買い物していこうかとホテルまで歩いて行くことにした。ところがこれが失敗だった。

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気仙沼駅の駅舎。

傘を差して歩き出したが、風があって舞い上がった雨粒が横から当たる。ホテルに着くころにはずぶ濡れになってしまった。途中にコンビニも無かった。ホテルは素泊まりにしていたので、食事や買い物はまた改めて出かけなければならない。

チェックインして部屋に入ると立派な部屋に驚いた。10畳の5〜6人は収容できそうな和室は1人で使うには勿体ない。それでも1晩贅沢な気分で過ごせると思うとうれしくなった。

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今日の宿は高台の上に建つ『気仙沼プラザホテル』。

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素泊まりだが1泊8640円の部屋。1人で泊まるのがもったいないほど広かった。

雨が降っていなければ町や港を散策してくるつもりでいたが、この雨ではどこへも行きたくない。
ホテルの隣に気仙沼お魚いちばがあったのでそこへ行ってみる。ホテルは高台の上にあるが、高台の下とはエレベーターで行き来できるのは楽だ。

お魚いちばだけあって、新鮮な魚や珍味などが並んでいる。数少ないがお刺身のパックや惣菜もあったのでそれを買った。刺身は「モーカの星」といって、サメの心臓とのこと。酢味噌で食べるとおいしいと言われた。
お酒も買って、今夜はゴージャスな部屋で一人呑みとするか。

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ホテルの隣にあった『気仙沼お魚いちば』で買ってきたお酒とかつおの角煮、それにモーカの星。

酒と肴が手に入ったので風呂へ行く。ちょうど空いていて、貸切状態だった。露天風呂からは港が一望できた。いい宿がとれたので気分がいい。

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これが気仙沼名物モーカの星。サメの心臓の刺身で、酢味噌で食べる。

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1人じゃ寂しいね。

テレビのニュースでは鬼怒川決壊の大洪水を報じていた。台風18号から変わった低気圧が関東地方に50年に1度という大雨をふらせたという。
その雨雲は北上していて、宮城県も「あす朝にかけて非常に激しい雨のおそれ」ということだった。仙台駅からの中継もやっていて、列車の運休も出始めていた。
夜のうちに雨雲が通りすぎて行けば良いのだが。


女川〜気仙沼のルート

posted by pupupukaya at 15/10/18 | Comment(2) | 2015年東北・南三陸旅行記

2015年東北・南三陸旅行記5

9月11日

旅行中の朝は早い。
今日は気仙沼7:36発のBRTで出発し、青森まで行くことになる。7時にはホテルを出る予定でいたのだが、5時に目が覚めた。いやな予感がしてテレビをつけると宮城県全域に大雨特別警報が出ていた。夜中の大雨で仙台駅前も冠水したようだ。

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宮城県全域に大雨特別警報が出されていた。

JR東日本の運行情報を見ると宮城県と岩手県のほとんどの路線が運転見合わせとなっている。さすがにBRTは平常運転となっていた。
ただ、BRTで盛や前谷地まで行っても、そこから先が不通ではどうにもならない。

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スマホで見たJR東日本の運行情報。

今日中に気仙沼から脱出できるのか、というような状況だ。少なくとも午前中はすべて運休が決定している。
さてこれからどうするか。

1,気仙沼でもう1泊する
2,とりあえず動いているBRTで盛へ行く
3,何とかなりそうな仙台へ戻る

こういうときの決断は早い。迷わず1番の気仙沼でもう1泊するにした。
スマホで予約サイトから次のホテルを予約してしまった。
フロントに言ってこのホテルに連泊しようとも考えたが、駅から近い方がいいのと予想外の出費になるために少しでも安い方がいいこともあった。

思わぬ災害に遭うのはもう何回も経験している。こういう時は無理に進むよりも、安全になってから改めて進める方が良いと経験上わかっている。この先で予約している所がないのと、旅行が1日延びても帰着が日曜日のために仕事に影響しないということもあった。

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被害の出ている仙台方面とは裏腹に気仙沼は静かなもの。

今日は1日気仙沼にいると決まったので、港の魚市場を見学してきた。
風もなく雨は小降りになっている。とても大雨特別警報が出ているとは思えないほど、ここ気仙沼は平和だ。

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気仙沼海の市、ここの2階から魚市場の見学者デッキにつながっている。

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見学者デッキ入口。


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7時過ぎではもうセリは終わっていた。

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並べられて値札が付いたマグロ。

市場からホテルに戻る途中にローソンがあった。そこで朝食のおにぎりを買う。

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買ってきたおにぎり。三陸産わかめ使用の表示につられて。

ホテルのチェックアウトは10時までなので、それまでホテルで過ごした。
10時近くなり、雨も弱まったようなのでチェックアウトする。これから夕方までどう過ごそうか。

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一晩世話になった気仙沼プラザホテルを後にする。

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駅に向かう途中改めて街中を見るとあちこちに津波の爪痕が残る。

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大津波からそのままになっている店もあった。

どこへ行くあても無く、とりあえず気仙沼駅へ来てしまった。

大船渡線は午前中は運休、12:22発一ノ関行から運転再開予定となっていた。
待合室には一ノ関から新幹線に乗り換えるはずだった乗客がたくさんいて、払い戻しなのか窓口に列をなしている。

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大船渡線は午前中は運休、BRTは通常通り動いていた。

駅員は大船渡線の乗客に、一ノ関行のバスは運行していますので急ぎの方はそれに乗ってくださいと案内していた。
ああその手があったか。鉄道の運行ばかり頭にあったが、バスもあったのだ。
今からバスで一ノ関まで行けば、今日の青森発急行はまなすに十分間に合うが、もう今日のホテルを予約しているし、不安な気分のまま旅行するのは嫌だ。

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待合室にあった気仙沼駅のジオラマ。

これからどうしたものか。昨日バスから見えたショッピングセンターを思い出した。バスの窓からだが、南気仙沼の方が栄えているなという印象だった。地図で見ると南気仙沼で降りたら歩いて行けるようだ。天気予報では午後には雨が上がるようで、それまでそこで過ごせるだろう。
BRTで南気仙沼に行くことにした。

待合室のベンチに座っていると、駅員が「お客さんどこまで行きますか?」と声をかけてきた。
「いや、ぼくはBRTで・・・」
BRTは通常通り運行している。

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とりあえず前谷地行のBRTに乗る。乗客は自分ともう1人だけだった。

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2つ目の南気仙沼で下車。入れ替わりに数人の高校生が乗車して行った。

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ここで雨が上がるまで時間をつぶす。

イオンは南気仙沼から7〜8分ほど歩いたところにあった。中にあった書店で本を買って、ミスドで過ごした。
昼を過ぎても一行に雨は止まない。仙台方面は豪雨のようだが、こちらはしつこい雨だなという感じ。

大雨特別警報が解除され、ようやく雨が上がったのは2時近くだった。もうホテルにチェックインできる時間だが、港の方を歩いて回って行くことにした。
午後からは大船渡線、釜石線なども運転を再開したようだ。

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気仙沼線の線路跡と交差する。

BRTの南気仙沼駅は気仙沼市立病院近くの県道にあるが、もともとは大川を渡った港よりの場所にあった。このあたりは特に津波被害の大きかったところで、南気仙沼駅や橋梁も流されるなどしている。
ここも盛土の造成工事が行われている。新しい道路もだいぶ完成していて、新しい建物も建ちはじめている。復興の町づくりは進んでいるようだった。

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南気仙沼駅があったと思われる場所。

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震災復興工事の看板。盛土の上に新たな町を作ろうというものだ。

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復興工事の中にポツンとあった一景島神社。

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気仙沼の台所、気仙沼市魚市場。ここは今朝来たところ。


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気仙沼海の市とシャークミュージアム。

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津波浸水高を示したプレート。

気仙沼海の市は今朝魚市場を見学したときに通ったが、あらためて中に入ってみる。1階は地元のレストランやお土産物屋などが入居している。観光施設で、普段は観光バスなんかが立ち寄るのだろうけど、今日は閑散としている。
せっかくなのでレストランで気仙沼名物のフカヒレなどを食べてみようかと思ったが、店先のメニューを見てあまりの高さにあきらめた。思わぬ宿代が出費となったので、この先は節約しなければならない。

テイクアウトの軽食の店に「フカヒレソフト」なるものを見つけ、食べてみる。甘いシロップ漬けのフカヒレというのも妙なものだった。まあ話のタネということで。

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海の市にあるリアスキッチンDELI。

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フカヒレソフト(500円)

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飴色の繊維状のがシロップ漬けのフカヒレらしい。


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復興屋台村。あちこちにプレハブの市場や屋台村を見かけた。

イオンから港をまわってずっと歩いてきて、また気仙沼駅前へ戻ってきた。今日のホテルは駅の正面にあるので便利だ。一人旅のときは朝早いので駅に近いのが何よりだ。当初、本当はこっちのホテルにしたかったのだが、満室なので気仙沼プラザホテルにしたという経緯ではあった。きっとこの大雨でキャンセルが出たのだろう。

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今日の宿は気仙沼駅正面にあるホテルパールシティ。

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部屋はビジネスホテルの標準タイプ。

今日の夕食はどうしようか。外に食べに出てもいいが、お酒を飲むと高くつく。
というか1人で外食に出るのって面倒くさいんだよなー。
あまり気仙沼でお金を使わなくて申し訳ないが、駅近くにスーパーがあったので、そこで何か買ってくることにした。


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駅近くのスーパー片浜屋。ここで惣菜を仕入れた。

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片浜屋で買ってきた食料。めかじきとカツオの刺身、それに寿司と酒。

テレビのニュースを見ながら酒を呑んだ。
こんどは宮城県大崎市で洪水があったと報じている。仙台近辺のJRはまだ再開になっていないようだし、昨日今日仙台あたりにいたら大変だったな。ここ気仙沼はいたって平和なものだったが。

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宮城県大崎市でも大変な水害があった。

明日の天気は晴れになっている。1日遅れになったが、当初の予定通りスタートできるようだ。

posted by pupupukaya at 15/10/18 | Comment(0) | 2015年東北・南三陸旅行記

2015年東北・南三陸旅行記6

9月12日

やっぱり気仙沼でもう1泊して正解だった。朝は眩しいほど太陽が照らしている。まさに台風一過の天気だ。

今日はBRTの大船渡線で盛まで行き、三陸鉄道南リアス線で釜石へ、そこから釜石線で花巻へ出て青森まで行き、急行「はまなす」に乗り継いで札幌へ帰ることになる。運行情報を見てもすべて通常通り運行していて、予定通りの経路で札幌へ帰れそうだ。

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天気になった気仙沼駅。


気仙沼 7:36発 − 奇跡の一本松 8:02着 BRT

まずは盛行のバスで陸前高田へと向かう。乗客は数人で旅行者は私ともう一人、あとは地元の人のようだ。

気仙沼駅を発車するとつぎの鹿折唐桑までは専用道を走り、そこからは一般道に出る。鹿折唐桑のあたりも津波被害が激しかったところで、ここでも造成工事が行われていた。

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盛行BRTはノンステップのハイブリッドカー。

気仙沼から陸前高田へのルートは鉄道が山側を迂回していたのに対し、国道45号線は広田湾の海岸沿いを通っている。BRTは海岸沿いの国道を行く。景色が良いところを通るのはうれしいが、この区間の線路は専用道にしないのだろうか。

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BRTからは美しい三陸のリアス式海岸がよく見えた。

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BRTの運賃表示機。

気仙沼から3つ目、陸前高田の1つ手前に奇跡の一本松駅があって、そこで降りる。
陸前高田の海岸沿いは、高田松原と呼ばれる松林が広がっていた。2011年の大津波は町を壊滅させ、7万本あった松林も消し去ってしまったのである。
その中の1本だけが津波が去った後も奇跡的に生き残って、「奇跡の一本松」と呼ばれるようになった。

BRTは当初この場所を通過するだけだったが、現在は駅が設けられたのでここから歩いて10分くらいで行けるようになった。

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奇跡の一本松駅はバス停ポールだけの駅。

バスを降りるとベルトコンベアの高架と人工的な山がやたらと目につく。
津波被害地の土地を人工的に嵩上げして造成する工事は、三陸海岸を通ってきたらあちこちで見たのだが、ここ陸前高田市が一番大規模に行っているようだ。
山を崩した土砂をベルトコンベアで運ぶことで、ダンプカーで運べば9年かかる工事が2年に短縮できるという。街全体を12mも嵩上げするというから壮大な復興事業だ。

今日は土曜日だが工事は休みではないようで、空中のベルトコンベアがガラガラと回転する音が響いている。
工事現場というか、鉱山のプラントにでも迷い込んだ感じがする。

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工事現場の仮設通路のような場所を歩いて行く。

奇跡の一本松までは仮設のような通路が通じているのだが意外と遠い。国道からは徒歩でしか行けないので、車で来ても同じように歩くことになる。工事現場のようなところをしばらく歩いてベルトコンベアの下を抜けると一本松が見えてきた。

よくぞ1本だけ耐え抜いたという姿だが今は枯れていて、幹を防腐処理して芯棒を入れ、葉は複製というモニュメントである。
後ろの崩壊しかかった建物は旧陸前高田ユースホステルで、一本松ともども震災遺構として保存される方針だとか。

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あれが奇跡の一本松。

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下から見上げる。

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一本松の足元にあったモニュメント『ヒョロ松君』は、やなせたかし氏の作。

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上の絵と同じアングルで撮ってみる。

一本松の高さは27mもあって、近くに行くと見上げるほど高くそびえ立っていた。アングルを工夫しないと1枚の写真には納まらないほど大きかった。遠くからみるとひょろっとしているが、近くで見ると幹も太くて頼もしい。
この木が枯れたとき、保存するかについては賛否両論あったそうだが、やっぱり残されて良かったなと思った。

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空中に張り巡らされているベルトコンベア。

また歩いて国道へと戻る。奇跡の一本松駅からは往復で20分くらい、足の遅い人でも30分くらいだろうか。BRTは1時間に1本程度の本数なので、途中下車して一本松まで往復しても次の便に十分間に合う。

さっき降りた便は8:02着だったが、次の便は9:24発。まだ50分近く待たなければならない。
さっきバスを降りた交差点の角に一本松茶屋というのがあったが、この時間ではまだ開いていなかった。
ほかに何もない場所で、こんなところでじっとしていてもつまらないし、次の陸前高田駅まで歩くことにした。BRTの陸前高田駅は元の鉄道駅ではなく、ここから3kmほどの所にある仮設の市役所が建つ高台に設けられた。時刻表を見るとバスならば5分だが、歩けば30分くらいかかる。

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奇跡の一本松駅そばにある一本松茶屋。

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鉱山のプラントのような風景。

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奇跡の一本松駅からBRTの陸前高田駅までの国道340号線。

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県立陸前高田病院があったあたり。ここにかつて町があった。

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あの盛土の上に新しい町ができるらしい。

直射日光が照らす道を歩いているとだんだん暑くなってきた。
人家も人通りも無い道は思いのほか長く感じる。町の人はどこへ行ったのだろう。ベルトコンベアのおかげで工期が短縮なったとはいえ、この盛土工事はまだまだかかりそうだ。

嵩上げ工事の看板を見ると工期は平成30年までとあった。新しい町が盛土の上に出来上がるのはまだまだ先のようだ。

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奈々切跨線橋から見た大船渡線の線路跡。カーブの向こうに陸前高田駅があった。

道は途中から上り坂になる。だんだん人家が現れるとなんだか安心した。

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旧市街地だったところから大分登ってきた。

坂を登りつめたところにプレハブの陸前高田市役所があった。新築の消防庁舎やセブンイレブンも目立って、ここが新しい中心部といったところだ。
バス停はあったがBRTのものではない。BRTの駅が見当たらないのでもしかして場所を間違えたかなと地図を見るがここで間違いない。
もう少し行くとセブンイレブンの裏にBRTの新しい駅が見えた。

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仮設の陸前高田市役所。

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市役所向かいのセブンイレブン。

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新しい陸前高田駅の駅舎。

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駅なので一応みどりの窓口もある。ただし営業は日・月・水・金だけ。


陸前高田 9:29発 − 盛 10:20着 BRT

陸前高田からはまたBRTで盛へと向かう。ここから乗ったのは私と地元の高校生らしい1人だけ。バスの乗客は8人となって発車する。半分は観光客風だった。

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盛行のバスが到着。

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こんどのバスは観光や旅行者も乗っていた。

バスはさっき歩いてきた国道の坂を下って、途中で旧市街地だったところを通る。路面にうっすらと横断歩道のペイントが残っているので、ここが町だったことがわかる。今は無人でほとんど工事中となっているので駅は無くバスは通過するだけ。今走っている道路もいずれ盛土の下に埋まるのだろう。

高田高校前、高田病院とBRTになってから設けられた駅に停まり、地元の客が乗り降りする。

途中で仮設住宅も多く見かけた。震災から4年、大規模すぎる復興工事が完了するまで仮設暮らしをせねばならないのか。千年に一度の大津波と言われた災害だが、人工的に盛った地盤が次の千年まで持ちこたえるのか・・・おっと、これは旅人のいらぬお節介。

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バスはちょうど町の中心部だったあたりを通る。

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高田高校前を過ぎると水田があって稲穂が実っていた。この辺りの復興は進んでいるようだった。



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高田病院前駅。市内各地で乗客をこまめに拾えるのはバスならでは。

新しくできた駅に寄るためあっちこっちの脇道に入りこんで行くような走り方だったが、小友の手前からはほぼ専用道区間になってBRTらしくなった。

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小友から大船渡までほぼ専用道となる。

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線路跡というより国道の狭隘区間のようだ。

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車窓からはきれいな入り江も見えた。

大船渡駅周辺は、ここも津波被害があったところで、盛土工事が行われている。しかし、新しい建物が建ちはじめていて、復興は進んでいるようだった。
大船渡の次が終点の盛になる。

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大船渡線の終点は盛駅に着いた。ここから三陸鉄道南リアス線に乗換となる。


気仙沼〜釜石間のルート

タグ:鉄道旅行
posted by pupupukaya at 15/10/24 | Comment(0) | 2015年東北・南三陸旅行記

2015年東北・南三陸旅行記7

盛 11:00発 − 釜石 11:51着 BRT

柳津からずっとBRTによるバスの旅だったが、ここから鉄道が復活する。
乗るのは三陸鉄道南リアス線。この路線も津波被害を受け長らく運休していたが、2014年に全線で運転を再開した。三陸復興の象徴として報道されたことも記憶に新しい。

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右がJR盛駅、左が三陸鉄道の盛駅の駅舎。

盛駅前ではバザールが開かれていて地元のおばちゃんたちが集っていた。
JRの盛駅と三陸鉄道の盛駅は別々の駅舎になっている。三陸鉄道の駅舎内でもバザールがあってにぎやかだ。
様々なグッズが並ぶきっぷうりばで釜石までの乗車券と盛駅の入場券を買った。嬉しいことに硬券で、入場券は台紙に入れてくれた。

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駅前ではバザールが開かれていて地元のおばちゃんたちが集う。

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盛駅のきっぷうりば。きっぷだけでなく、様々なグッズも売っている。

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盛駅で買ったきっぷ。

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ちょうど気仙沼行きのBRTが着いたところ。

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三陸鉄道の車庫。

盛駅はJRのBRT、三陸鉄道南リアス線のほか岩手開発鉄道も接続している。岩手開発鉄道は大船渡鉱山で産出される石灰石を輸送する貨物専用の鉄道だが、1992年までは旅客輸送もしていた。
ホームで釜石行の列車を待っていると、岩手開発鉄道の貨物列車が通過して行った。

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岩手開発鉄道の貨物列車。

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三陸鉄道の36(さんりく)型気動車。

やってきた車両は36-105。この車両は震災時にトンネル内で緊急停止したため、被災を免れた車両だ。緊急停止しなければトンネル出口側で発生した落橋により転落するところであったという。被害を受けずに済んだこの車両は「奇跡の車両」と呼ばれることにとなった。
いまはWAONのラッピングトレインになっている。

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すわり心地の良いクロスシートが並ぶ車内。

朝の出発が早かったのでまだ何も食べていない。盛駅の駅舎内でおいしそうなお弁当を売っていたので買っていた。車内のボックス席に座ると早速昼食にした。

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駅でおばちゃんから買ったお弁当(500円)。おかずも豊富で手作り感が良かった。

発車間際になると商品を積んだワゴンが乗ってきた。車内販売があるようだ。
発車後ワゴンが回ってきた。呼び止めて「三鉄サイダー」を買った。

飲むと普通のサイダーのようだが、ガラス瓶から飲むとペットボトルとは違う温もりが感じられた。

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車内販売で買った『さんてつサイダー』(205円)。

三陸鉄道は旧国鉄から引き継いだ第三セクターの路線だが、1970年代以降に開通した比較的新しい路線のためトンネルが多い。それでもトンネルの合間合間には美しい三陸海岸の入り江が見えた。

途中の恋し浜では3分停まりますと放送がある。ここはもと小石浜駅であったが、2009年にこの地区名産の帆立ブランドに合わせて恋し浜と改称された。
小さい待合室を覗くと、願い事が書かれた帆立貝が絵馬よろしくびっしりと吊るされていた。

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3分間停車があった恋し浜駅。

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もともとは『小石浜』だったが、2009年にホタテブランドに合わせて『恋し浜』に改名した駅。

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築堤の上にある甫嶺駅に停車中。

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三陸駅で盛行と交換する。

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三陸の海岸はどこも景色が良い。

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山の上に立つのは釜石大観音。

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釜石着、ここからはJR釜石線に乗り換えになる。

4年前に大津波があったことがウソのような平和な三陸海岸だった。列車は終点釜石に着く。
ここからはJR釜石線に乗り換えになる。
北の宮古に通じる山田線は現在も津波被害で不通になっている。JRによる代行輸送は行われておらず、この区間は路線バスによる運行になっている。本当は宮古まで行き、北リアス線に乗り継ぎたかったが、直通バスは無く、乗り換えも面倒なので、ここから釜石線で花巻まで出ることにした。

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三陸鉄道釜石駅の駅舎。

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きっぷうりば。ここも三鉄グッズを売っている。

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きっぷうりばで売っている三陸鉄道グッズなど。

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三陸鉄道の地下道。


釜石 12:05発 − 花巻 14:06着 660D

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こちらはJR釜石駅、三陸鉄道とは分かれている。

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釜石発花巻行普通列車はキハ100の2両編成。

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キハ100の車内。車体長が17mと小ぶりの車両のため、車内も小じんまりとした感じ。

釜石線に乗るのは今回が2度目になる。前回は盛岡から山田線を宮古経由で、釜石からは快速「はまゆり」で花巻まで行った。
この路線の一番の見どころは陸中大橋〜上有住間のΩ(オメガ)カーブだろうか。仙人峠とよばれる険しい峠越えのこの区間は、戦前までは国鉄唯一の索道で結んでいた。鉄道の釜石線として開通するのは戦後の昭和25年であった。


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陸中大橋駅の手前ではこれから通る鉄橋が山の上に見える。通称Ω(オメガ)カーブと呼ばれる所。

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陸中大橋駅を過ぎると今度は逆にさっき山の上に見えた鉄橋から通ってきた線路を見下ろす。

仙人峠を過ぎ山岳地帯を抜けると、田んぼが広がる風景となる。ここは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の舞台となったところだが、平和な景色だがいささか退屈でもある。

遠野では大勢の乗客がホームを埋め尽くしていた。何事かと思ったが、どうやら臨時で運行されている『SL銀河』の折り返し乗客らしい。
向かい側のホームにはSLと再び客車に改造されたキハ143が見えた。

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遠野駅で乗り込んできた乗客。

遠野からはほぼ満席状態になった。観光客ばかりなので車内は明るいムード。
新幹線接続の新花巻で半分近くが降りて行った。首都圏から新幹線で来たのだろうか。SL運転でこれだけの集客力を得る新幹線パワーはすごいと思った。

4人掛けボックス席で満席は窮屈だったが、車内は大分余裕ができた。終点花巻に到着する。

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終点花巻駅に到着。


花巻 14:12発 − 盛岡 14:52着 1539M

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東北本線の701系電車。また2両だけで、花巻から乗る人も多く混んでいた。

土曜日の午後だが、花巻駅ホームの電車乗車口は行列ができている。行きに乗った上り電車も混んでいたが、この区間の混雑は慢性的なようだ。盛岡までの40分間はつり革につかまっての立ちっぱなしだった。

盛岡 15:15発 − 八戸 17:03着 IGR→青い森鉄道 4535M

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IGRいわて銀河鉄道の乗り場。

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盛岡駅0番線に停車中のIGR7000系電車。基本はJRの701系電車と同じ。

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盛岡〜青森直通の電車は無く、八戸で乗り換えになる。八戸からは青い森鉄道の車両。


八戸 17:13発 − 浅虫温泉 18:30着 青い森鉄道 585M

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IGRとは対照的に青い森鉄道のホームはJRとの共用になっている。

盛岡から青森までは新幹線並行ということで第三セクターになった区間だ。第三セクターというと国鉄やJRから引き継いだローカル線を細々と運営しているイメージだが、ここはもと東北本線。北東北や北海道を結ぶ貨物列車が頻繁に通り、重軌条の線路は東北本線時代から変わりない。線路だけ見ているとそうは思えないが、ここも赤字路線である。物流の骨格をなす路線を地方自治体による負担だけで支えるというのはいかがなものだろうか。旅人のお節介ながらそう思った。

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第三セクターとはいえ北海道への貨物列車が通るし、電車は110km/hで飛ばす。

このまま真っ直ぐ行っても青森着は18:55で、「はまなす」の乗継には時間があり過ぎる。
浅虫温泉でひとっ風呂浴びてこようと途中下車した。
駅前にある道の駅には安く入れる温泉があるので、はまなす乗換の時間つぶしにはちょうど良い。

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浅虫温泉駅で降りる。

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新幹線開業後は特急も来なくなり、寂しげな雰囲気。

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駅前にある道の駅『ゆ〜さ浅虫』。最上階が温泉になっている。

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温泉の入口。

ゆっくりしていこうと思った温泉だが、浴場は思いのほか狭く、また大学生の一団が入浴していて落ちつかなかった。
早々に上がる。
風呂上りにビールでもと思っていたが、館内のレストランは19:00で終わりだった。仕方なくまた駅へ戻る。

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駅窓口の営業時間は終わっていて無人駅になっていた。

駅の窓口も売店も閉まっている無人の待合室でひとときを過ごす。青森行の列車時刻となる頃には待合室に何人か集まってきた。


浅虫温泉 19:33発 − 青森 19:57着 青い森鉄道快速 505M

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快速電車は新型の703系電車がやって来た。

上野駅を5:43に出れば乗り継いで来れる列車なので北東パス所持で「はまなす」に乗り継ぐ人たちだろうか。2両の車内は旅行者らしい乗客で満席だった。
ただ立っているだけではつまらないので、最前部の窓から外を眺める。ライトに照らされた前面の線路が意外とよく見えた。

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703系電車の車内はセミクロスシート。

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青森に到着。1・2番線は青い森鉄道の駅名標。

終点青森に到着。台風に見舞われ、1泊を余儀なくされて一時はどうなることかと思った旅行だが、ここまでくればあとは札幌まで一直線。
がんばってくれよ急行「はまなす」。

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posted by pupupukaya at 15/10/24 | Comment(0) | 2015年東北・南三陸旅行記

2015年東北・南三陸旅行記8

青森駅では「はまなす」乗り継ぎのため2時間21分もの待ち合わせがある。
駅弁を買ってはまなすの車内で食べてもいいのだが、売店の駅弁コーナーを覗くとすでに売り切れだった。

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青森駅の改札口。

どこかで食事してこよう。浅虫温泉で風呂に入ってから何も口にしていないのでビールが飲みたい。
駅の中にある「つがる路」という店がまだ営業していた。そこに入る。

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21時まで営業している「つがる路」。

定食屋兼居酒屋という感じの店で、食事だけの客のほか、奥の席では酒席が盛り上がっていた。
まずは冷たいビールが飲みたい。席に着くとまず生ビールを注文する。食事は「牛バラ焼定食」にした。

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お通しと生ビール。

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牛バラ焼定食(1000円)

牛バラ焼定食とは十和田市など南部地方のB級グルメで、牛バラ肉と玉ねぎを炒めて甘辛いタレでからめたものだ。
ご飯にもビールにもピッタリだ。ビールをもう一杯注文して長居しようかと思ったが、節約旅行になったため我慢する。

客は次から次へとやってくる。はまなす乗継の一人旅風の人が多い。これも青森名物の味噌カレー牛乳ラーメンの客が多かった。

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夜の青森駅。多く発着していた夜行列車も「はまなす」だけになった。


●青森 22:18発 − 札幌6:07着 急行はまなす

最終ランナーは急行はまなす。
みどりの窓口で急行券を買う。前の人はカーペットカーを希望していたが係りの人に「満席です」と即答されていた。

まだ発車まで1時間もあるが、コンコースにいても居場所がないのでホームへ行く。青森駅の「はまなす」の入線時刻は21:36となっていて、発車42分前には乗車できる。青森駅からの乗客にとっては一番のサービスだ。

3番ホームの自由席の乗車口はすでに数人の列ができていた。青森発の「はまなす」は普段ならばがら空きの印象しかなかったので少々戸惑った。
来年3月の廃止はほぼ間違いないところなので、名残乗車客が増えているようだ。

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柱の電光掲示板。

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青森駅の跨線橋。長距離列車が発着していた頃の面影を残す。

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自由席車の行列。

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DE10に牽かれて入線。

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廃止がほぼ確定のはまなすに向け多くの人がカメラを向ける。

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ブルーの車体は夜行列車の夢を誘う。こんな光景もあとわずか。

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はまなす札幌行の方向幕。

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ホームでしばし発車待ち。夜行列車特有の発電用ディーゼルエンジンが響く。

はまなすの自由席に乗るのもずいぶんと久しぶりだ。
座席は簡易リクライニングシート。良く見ると座面には横縞の縫い目があって、肘掛が灰皿付きになっているなど、これは183系特急で使用されていたものに交換されている。モケットは同じ色のものに交換されているので区別はつきにくいが、14系オリジナルの座席よりこちらの方が若干すわり心地が良い。

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簡易リクライニングシートの自由席。キハ183系特急の中古に交換された座席。

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スハフ14 501の車番。北海道向け客車は500番台を付すのが国鉄時代の慣例だった。

乗車した時は半分ほどの列がふさがる程度だった車内も、接続の列車が到着するたびに乗ってきて、発車する頃には全ての列がふさがったようだ。乗車率にして50%といったところ。
座席を向い合せにして4人分占拠すれば指定席のドリームカーより快適だったのだが、今日はそうはいかない。
車内放送は寝台も指定席も満席と伝えていた。

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青森駅の売店で買ったお酒とおつまみ。

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シートの背面。

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無骨な空調とパイプの網棚が国鉄車両というかんじがする。

青森駅でかった「じょっぱり」のカップ酒を呑みながら、最後の14系客車、最後の夜汽車の乗り心地を味わった。
「利尻」「大雪」「まりも」「八甲田」よく乗ったなあ。14系時代の道内夜行を知っているというと齢がばれるけど。
廃止日が近づくにつれて「はまなす」もますます混みだすだろう。今年の遠出もこれが最後だろうし、廃止前の騒ぎに身を置く気にはならないので、これが最後の乗車になる。

北海道新幹線開業と引き換えに「はまなす」をはじめ、本州と北海道を結ぶ在来線の旅客列車はすべて廃止される。
そうなったら私のような貧乏人はもう東北に行けなくなる。
北海道新幹線が開業してもたぶんすぐには乗りにいかない。
東北はさらに遠いところになりそうだ。

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青函トンネル通過中。独特の轟音が響く。

9月13日

座席車だから眠れないかと思ったが、気がついたら千歳を発車したところだった。
既に明るいが、外は雨が降っている。寒そうだ。

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雨降りの札幌。新札幌の手前にて。

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終点札幌に到着。

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函館から牽引してきたDD51型機関車。新幹線開業後は役目を終え廃車になるのだろう。

青森からの急行「はまなす」はトラブルも無く札幌には定刻に着いた。
機関車が停まっているところは横なぐりの雨が吹き込んで濡れている。機関車の写真を撮っている人たちも、撮り終わると小走りで屋根の所まで戻って行った。

最後までお付き合いくださいましてありがとうございました。
〜おわり〜



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posted by pupupukaya at 15/10/25 | Comment(0) | 2015年東北・南三陸旅行記
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