2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記20 旅のまとめ、決算

2014年の9月5日から9月12日までの8日間アメリカ合衆国を旅行してきました。
本文中に書ききれなかった旅行中気づいたことや旅行後に思ったことなど記したいと思います。


ホテルについて
アメリカではシカゴに2泊、サンフランシスコに2泊、どちらも出発前にネットのホテル予約サイトで予約して行きました。最初に旅行のプランニングをしているとき驚いたのがホテル代の高さでした。
自分は車移動ではないのでホテルの場所は交通の便の良いダウンタウン(中心部)に限定して探しましたが、シカゴやサンフランシスコでは最低でも1泊100ドル以上の所ばかりです。日本で中流以上のホテルにしたいとなると200ドル以上はします。本文中に出てくるホテルは別におすすめでも何でもなく、普通のホテルで交通の便が良く、一番安かったから選択しただけです。
日本やドイツのような駅前にあるリーズナブルなビジネスホテルというものはアメリカには無いようでした。
郊外ならばもう少し安いホテルもありましたが、移動の手間や、限られた時間での移動のロスを考えると、高くてもダウンタウンのホテルにせざるを得ませんでした。

物価について
アメリカの物価は物によっても違いますがおおむね日本より高い印象でした。1ドル何円かによっても変わってきますが、1ドル100円として考えても日本と同等か若干高めだと思います。参考にシカゴのスーパーのレシートの金額を以下に記します。

ウイスキー(EVAN WILLIAMS)・・・・・
ポテトチップス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ビール350ml缶・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ミネラルウォーター・・・・・・・・・・・・・・・・・
ビーフジャーキー・・・・・・・・・・・・・・・・・・
サンドイッチ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
$15.49
$1.09
$1.59
$1.54
$6.99
$3.49

上記のほかに11.5%の税金が外税で上乗せされます。
あと市内のバスや地下鉄は2.25ドル。たとえばシカゴ空港からダウンタウンまで約30kmも市内均一料金で行けることを考えたら交通費はかなり安いともいえます。


役に立たない英会話
スーパーなどのレジで
バッグ?・・・・袋は要るか?(Yes・No)
IDプリーズ・・・・身分証を見せろ(酒や煙草を買うとき)


旅の決算
2年前にチェコに行ったときは空前の円高だったのだが、アベノミクスのせいか今回は円安ドル高、思いのほか高くついた海外旅行でした。

今回のレートは、
旅行前支払103.073円 成田空港での両替 107.63円 旅行中クレジットカード払いとATM 107.4〜108.9
となりました。
旅行前は103円前後だったものが9月に入ってから急速に円安が進み、12月には1ドル121円にもなったので、考えようでは良い時期に旅行したのかもしれません。

今回の旅行費用の詳細は以下の通りです。ただし、日本国内での飲食や交通費は省いています。

往復飛行機代・・・・・・・・・・・126,380円
ESTA申請料・・・・・・・・・・・・1,443円
カリフォルニアゼファー号・・92,662円
宿泊代・・・・・・・・・・・・・・・・・47,270円
現地交通費・・・・・・・・・・・・・11,480円
その他費用・・・・・・・・・・・・・35,079円
合計・・・・・・・・・・・・・・・・・・・314,314円

日付 費目ドル 摘要
事前
支払
ESTA申請
ANA 札幌発航空券
Amtrak シカゴ〜SFC
シカゴ チャイナタウンホテル
-
126,380
-
21,938
14.00
-
899.00
-

サーチャージ他諸費用込
運賃、寝台料金
2泊、予約時に支払
9/5
成田空港 水
シカゴ1dayチケット
ウィリスタワー
昼食ピザセット
セブンイレブン 水
その他食費・酒など
360
-
-
-
-
-
-
10.00
19.00
8.85
1.65
41.55





CVSファーマシー
9/6
シカゴ・メトラ チケット
Amtrak
マクドナルド
ミルウォーキー バス
その他食費・酒
ホテルチップ
-
-
-
-
-
-
23.00
48.00
3.50
4.50
29.33
2.00
お釣り出れば6$
ハイワサ号往復




9/7
シカゴ駅 食品と絵葉書
車内チップ
売店ビール×2
-
-
-
25.60
6.00
10.00
 
9/8
車内チップ
売店ビール×3
-
-
6.00
15.00
朝、昼、夜 食堂車

9/9
車内チップ
売店ビール
SFC アイーダホテル
-
-
-
4.00
5.00
232.50


2泊、チェックイン時に支払
9/10
チップ
ミュニ1dayパスポート
ケーブルカー博物館 土産
ボーディン 昼食
ウォルグリーン ワイン、土産
ブリストルファーム 惣菜など
その他食費
-
-
-
-
-
-
-
1.00
15.00
10.85
14.24
10.40
17.93
9.48
 
9/11
ウォルグリーン 水、バナナ
SFC国際空港までバート
免税店 土産ワイン2本
免税店 チョコや菓子など
-
-
-
-
1.51
8.65
49.10
26.27
 
9/12     
合計 148,6781572.91 












































それにしてもホテル代と寝台料金が高い・・・

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記 もくじ

posted by pupupukaya at 15/03/08 | Comment(2) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記19 フィナーレ・帰国まで

【旅程】
シビックセンターからバート(BART)で空港へ
サンフランシスコ国際空港 12:20−ANA NH7便−翌15:20 成田空港
成田空港 18:50−ANA NH2155便−20:35 新千歳空港 

アメリカへ来て7日目、今日は帰国する日になる。
空は低い雲がたちこめて、高いビルの上の方は雲に隠れていた。気温も低そうだ。

今日の飛行機はサンフランシスコ国際空港の出発時刻が12:20だから、9時半にはホテルを出ることにする。空港までは郊外電車のバートで30分くらいかかる。

荷物も昨夜のうちにまとめておいたし、今日はただ出発するだけだ。といっても荷物はあまり持ってきていないし、今回は土産物もほとんど買っていなかったが。

ゆっくりするのも悪くはないが、あまり長く居たい部屋でもないし、外に出て散歩してくることにした。

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シャッターの落書き。それともアートなのか?

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ユニオンスクエア近くのケーブルカーの電車道。高いビルは雲をかぶっている。

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ダウンタウンの中心地となるユニオンスクエア。ただの小公園だが。

ユニオンスクエアの辺りを1時間ほど歩いてまたホテルに戻る。ホテルの隣はドラッグストアがあった。営業時間を見ると9時までと貼ってあったので一昨日着いた時にはもう閉店していたようだが。

ここでバナナと水を買ってホテルに戻る。ロビーに置いてある朝食のドーナツとコーヒーを部屋に持ち帰った。

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ホテルの隣にあったドラッグストア『CVSファーマシー』。シカゴにもあった。

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朝食のバナナとドーナツ。うーんアメリカらしい(汗)

バートの時刻は調べてきていて、シビックセンター発9:29の電車に乗る予定でいたが、出がけにモタモタしてしまい間に合わなかった。15分間隔であるので次の電車に乗ればよい。

9時半にホテルをチェックアウトして駅に向かう。

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バートの改札口。

まず空港までのチケットを買おうと券売機の前に立った。
これがまた難解な機械で、どのボタンを押せばいいのかしばらく立ちつくす。日本と同じく先にお金をいれるのかと思って1ドル札を入れると飲み込まれていった。
そのあとどうやって操作したのか忘れたが、無事チケットを手にして改札口を通った。次の電車には間に合った。

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バートの券売機。かなり難解な操作方法で、これを作った人は一体何考えてるんだ。

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バートのホームはミュニメトロのホームのさらに下にある。

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バートのホーム。空港へ行く電車は表示機に「AIRPORT」の表示が出る。

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バートの車内。

途中の駅で柄の悪い黒人が乗って来て、乗客に絡んだりしている。こっちに来ないかと冷や冷やしたが、屈強そうなおじさんが注意をするとおとなしくなった。

地下区間から上に出て地上を走る。片側6車線もあるハイウェイが平行して車がたくさん走っているのを見ると、やっぱりアメリカは車社会なんだなと思う。

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サンフランシスコ・インターナショナル・エアポート駅。

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空港駅の出口。

30分でサンフランシスコ空港駅に着いた。
賑やかなところを想像していたが、コンコースは見事なまでに閑散としていて逆に驚かされる。

帰りもANAの直行便で成田空港に着く。チェックインは出発前にネット上で済んでいるので、荷物だけ預かってもらう。前回は荷物は2個まで無料だったのだが、今回は2個目から有料になる。土産物もほとんど買っていなかったのもそんなわけだったからだ。もっとも、アメリカで買えるものは日本でも買えるような気がして、重たい荷物引きずってまで持って行く気がしなかったのもあるが・・・

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サンフランシスコ空港の外観。意外とこじんまりしている。

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ずいぶんと閑散としているコンコース。

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ANAのカウンター。日本人スタッフの対応なので安心。

ANAのカウンターを見つけ、荷物を預けてボーディングパスを受け取る。
まだだいぶ時間があるし、もっと空港の中を見て回ろうと思ったのだが、この通り閑散としていて店もコンビニのようなのがあるだけ。

中の免税店でも覗いている方がいいかと思い、保安検査場に行った。

やっぱりアメリカで検査は厳しい。厳しいというか非常に面倒くさい。
上着や靴を脱いでベルトも外して検査機を通さなければならないしポケットの中身も全部出す。

服の下に貴重品を入れている袋を下げていて、これが引っ掛かった。ボディチェックを受けて、外せという。ところが服の下に斜め掛けをしていたので服を脱がなければ外せない。中身を全部出せと言われる。予備のクレジットカード、日本円それにアメリカで使わない免許証など。
特に怪しいものも無く放免になる。

次が出国審査で、パスポートと搭乗券を差し出す。ここはあっという間だった。
考えてみればパスポートが一番活躍したのは酒を買う時だったなあ。

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免税店が並ぶエリア。

免税店はいくつかあって、あちこち見て回るがこれといったものは無いようだった。チョコレートとスナック菓子を買う。

とある店でカリフォルニアワインでも買って行こうかと棚のワインを見ていると、店のおばちゃんが声をかけてきた。
「カリフォルニアワインをお探しですか?」
日本人なのだろうか、普通に日本語でやり取りしてワインを2本買った。
財布からドル札を出すと、「小銭は要らないでしょ、ここで使っちゃいなさいよ」といわれたので全部受け取ってもらった。足りない分はクレジットカードで払う。
これで米ドルはきれいに使い切った。

搭乗口のまわりは日本人ばかり、なんだかもう日本に帰ってきたような気分だ。

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これから乗る飛行機。

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成田行きの搭乗口。もうここは日本人ばかり。

帰りの飛行機は窓側の席が取れていた。しかも嬉しいことに隣の席は空席。成田までの11時間はゆったりと過ごせる。

離陸してしばらくすると窓からサンフランシスコの街が一望できた。
さようならサンフランシスコ!さようならアメリカ!


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サンフランシスコとサンフランシスコ湾。

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ダウンタウンの高層ビル。だんだん遠ざかる。

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機内食は和食にした。カレーライスと日本そばの組合わせ。

機内食が片づけられてしばらくすると窓のシェードを閉めるように言われる。もう寝ろということだが、外を見てもずっと海ばかりで島ひとつ見えないので別に残念ではない。
あとはずっとモニターでゲームをしたり映画を見たりして過ごす。

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フライトマップ。サンフランシスコからはずっと太平洋上を飛ぶ。

20:30頃に機内の照明が点いて明るくなる。もうここから日本時間にしたほうがいいのだろうか。なぜか機内には時計がないのでどっちの時間にした方がいいのか迷う。

ここから時計を16時間進めて日本時間にする。20:30は翌日の12:30になる。

13時頃2回目の機内食が配られる。

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2回目の機内食は洋食にした。ペンネのトマトソースかけ。

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相変わらず太平洋の上を飛び続ける。

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日本の町が見えてきた。

成田空港に着陸してベルト着用サインが消えたのが15:15だったので、ほぼ定刻通りに着いた。
行きは新千歳からシカゴまで荷物は直行だったが、今度は税関検査があるので一旦荷物を受け取る。

税関では二言三言質問されたが、キャリーバッグを開けられることはなかった。
到着ロビーに出たのは15:48だった。ここからは正真正銘の日本だ。

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出迎えの人や着いたばかりで右往左往する人で混み合う到着ロビー。

東京の人ならばここから電車かリムジンバスに乗れば旅行は終わりなのだろうが、私は札幌の人なのでさらに国内線に乗り継ぐ必要がある。
前回チェコからの帰りはバスで羽田空港まで移動したが、今回は成田発の便が取れていたので移動することは無い。ただ、乗り継ぎの飛行機の時刻が18:50なので3時間近く時間をつぶすことになる。

国内線のカウンターへ行き、再び荷物を預ける。サンフランシスコで買ったワインも重たいので預けようと思ったが、追加の料金が3000円だかかかると言われたので諦める。後でキャリーバッグの中にしまえばよかったんじゃ・・・と気づいた。

さっき機内食を食べたばかりだが、空港内にラーメン屋を見つけたので入った。海外から日本に戻るとなぜかラーメンが食べたくなる。

そのあとは空港内の土産物屋などを覗いて回ったり、屋上で飛行機を見たりしていた。

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コンコースの隅の方に国内線出発口がある。

成田からの飛行機はゲートを離れるとしばらく停止したままになった。アナウンスで滑走路が混んでるため空くまで待ちますという意味のことを言った。国内線は後回しになるのだろうか。

ずいぶん長いこと停まっていて、再び動き出したのは19:40だった。もう帰って寝るだけなので急ぐわけではないが、ここまで来たら1分でも早く家に着きたい。

新千歳空港に着いたのは21:00。所定時刻ならば1時間45分のフライトだが、飛行機のダイヤというのは余程余裕があるのか1時間20分のフライトで着いた。
ここからは快速エアポートに乗って自宅を目指すのみだ。

6泊8日のアメリカ旅行もこれで終わり。向こうにいるときは緊張して、夢中で、長かったけれど終わってみればあっという間だった。

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快速エアポート車内から。

新札幌に近づくといつもの札幌市内の街並みになる。金曜日の夜とあってかこの時間でもホームには通勤通学客が立っている。
また、長い夢を見ていたんだなあと思った。
幸いなことに明日からは9月の連休になる。3日間ゆっくり休むとしよう。それまでには時差ボケも治るだろう。

また長々とした旅行記になってしまいましたが、以上お付き合いくださってありがとうございました。
ではまたお会いしましよう。

サヨナラ
  サヨナラ
    サヨナラ(なぜか淀川長治が降りてきた)
posted by pupupukaya at 15/02/08 | Comment(4) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記18 マーケットストリートとミュニメトロ

28番のバスが来た。乗り込む観光客が多いので間違いないだろうと続いて乗った。

ところが、なんか行きと景色が違う。どうも反対方向のバスに乗ったようだ。
普通の街中の停留所に停まって、その度に客が乗ってくる。車内が大分混んできた。
一体どこへ向かっているんだろうと路線図を見ると、ゴールデンゲートブリッジから真っ直ぐ南へ向かっているようだ。

このまま乗っていればミュニメトロのNラインの路線と交差するので、そこで乗り換えればマーケットストリートまで戻れると分かった。

19th&ジュダストリートというバス停で降りると路面電車の停留所があった。これで戻ることができる、やれやれだ。

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ミュニメトロNラインの電車。

ミュニメトロは元々昔ながらの路面電車だった路線がライトレールとして生まれ変わったもので、中心部のメインストリートであるマーケットストリートでは地下を走行する。

路面電車ながら堂々とした4両編成の電車で、道路上を走る。停留所も日本と同じように道路上に設けられている。地下鉄と違って景色も見えるし、目線も低いので楽しい。

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郊外は路面電車として走っている。

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路面の停留所に停車。


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マーケットストリートでは地下に潜って地下鉄のようになる。シビックセンター駅で降りる。

ホテル近くのシビックセンター駅まで25分くらい。ここで降りて地上に出る。

マーケットストリートの地上部分はFラインの1系統だけ路面電車が残されていて、昔ながらの電車が走っている。そのほかにトロリーバスも走っているのでサンフランシスコは“鉄”的には結構楽しいところだ。

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トロリーバスと路面電車が一緒に走るマーケットストリート。

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Fライン1系統だけは路面電車として残されている。

こんどはFラインのミュニメトロに乗ってみる。料金はバスと同じで2ドル25セント、これもバスと同じく乗車時に料金箱に入れる。
もっとも私はミュニパスポートを持っているので運転手に見せるだけだが。

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電車の料金箱。バスと同じで乗車時に投入する。

Fラインは昔ながらの路面電車のまま残されている路線で、マーケットストリートからフェリービルディングを通ってフィッシャーマンズワーフまで結んでいる。観光路線だが、地元の人の利用も多い。

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路面電車の車内。バスと同じく前向きの座席が並ぶ。

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窓の開閉は上にあるハンドルを回す。

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窓には格子がはめられていて妙な雰囲気。

終点のジョーンズ&ビーチストリートまで行った。ここはフィッシャーマンズワーフの中にあって、建ち並ぶ土産物店やショップなどを覗いて回る。

ドラッグストアがあって、入ってみるとなんと酒が置いてある。ウォルグリーンという店で、シカゴにも同じ店があった。
サンフランシスコはお酒に対して厳しいのか、ダウンタウンのドラッグストアやコンビニにはお酒が置いていない。シカゴでは置いていたのだが。

部屋で飲もうとカリフォルニアワインの安いのを1本買う。
お土産のチョコレートと絵ハガキも置いていたのでここで一緒に買った。食品から土産物まで揃っているドラッグストアは本当に便利だ。

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時計塔がそびえるサンフランシスコ・フェリービルディングは1898年に建てられた。

また電車に乗ってフェリービルディングで降りる。

フェリービルディングは時計塔がそびえ立つ堂々とした建物だ。1898年にフェリーの旅客ターミナルとして建設され、1930年代にベイブリッジやゴールデンゲートブリッジが開通するまでベイエリアのフェリー発着所として繁盛した。
今はフェリービルディングマーケットプレイスという観光スポットになって、テナントが入っている。カリフォルニアのワインやオリーブオイルの専門店などがあって、見ていて楽しかった。

今でもベイエリア各地へのフェリーの発着所になっているようで、通路にはフェリーの出発時刻の表示器が掲げられていた。

戦前は横浜からサンフランシスコまでホノルル経由の航路があって、戦時中に沈没したが浅間丸という豪華客船が片道12日かけて運航していた。当時は『桑港』と書いていたが、その当時の日本の船もフェリービルディングに着いたんだろうか。

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黄色い路面電車とベイブリッジ。

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対岸のオークランドとを結ぶサンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジ。3141mの吊り橋は1936年に開通した。

隣はアムトラックの事務所になっていて、エメリービルからの列車に乗る場合はここから接続バスに乗るようだ。
事務所はチケット売り場になっていて、パンフレットの置き場にアムトラックの全国時刻表が置いてあったので1冊もらった。

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フェリービルディングからFラインの路面電車に乗る。

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電車最前部からの眺め。

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マーケットストリートを行く。

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マーケットストリートは人通りが多くて賑やかだ。

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パウエル通りのケーブルカー乗り場は長蛇の列。

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パウエル通りの交差点はケーブルカー乗り場やショッピングセンターがあって、マーケットストリートの中心。

ユニオンスクエアの近くまで戻ってきた。夕食はどうしようか。何か買ってホテルで食べようとも思ったが、あのクサい部屋で食べるのはいやだ。

ケーブルカー乗り場の向かいに大きなショッピングセンターがあって、地下は大フードコートになっていた。ピザ、すし、韓国系などなんでもそろっている。
言葉が面倒だなと思いつつ各店を眺めながら歩くと、スーパーがあった。

惣菜コーナーがあって、たくさんの料理が並んでいる。
シカゴのスーパーと同じで、決まってる大きさのボックスに詰め放題だ。これはいい、これにしようとボックスに惣菜を詰めこむ。一緒に水とビーフジャーキーもカゴに入れた。

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ウエストフィールド・サンフランシスコセンター地下のフードコート。

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地下フードコートに面したスーパー『ブリストルファーム』で買った惣菜。8ドル75セント。

フードコートの空いているテーブルでボックスを開いた。
今回の旅行はあまり食事には恵まれなかった気がする。もっと積極的にレストランなんかに入れば良かったかな。
しかし、スーパーの惣菜は典型的な家庭の味のはずで、これはこれでアメリカらしくて悪くないんじゃないかとも思った。半分負け惜しみだが。

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ホテルに戻ってきた。

7時過ぎにホテルに戻る。暗くなったらあまり出歩きたい所ではないので、今日はこれでおしまい。


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フィッシャーマンズワーフのドラッグストアで買ってきたカリフォルニアワイン。

これでアメリカ旅行も最後になる。
旅行もこれで終わりかという寂しさと、やっと日本に帰れるという安堵感が一緒になった、海外一人旅独特の感情が湧いてくる。

クラシカルな窓辺で外を眺めながらカリフォルニアワインを飲んでいると、だんだん日が暮れてきた。


posted by pupupukaya at 15/02/08 | Comment(0) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記17 フィッシャーマンズワーフと金門橋

ケーブルカー博物館から電車道を歩いて20分、フィッシャーマンズワーフに着いた。
海を見ながら坂道を下っていると、何となく函館に似ているなと思った。

フィッシャーマンズワーフ(Fisherman's Wharf)とは訳すと「漁師の波止場」で、昔はイタリア人漁師の船着き場だったところ。
それが有名観光地になって、お土産屋やレストランなどがたくさん並んだエリアになっている。

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カニの看板が目印のフィッシャーマンズワーフ。

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名物のシーフード屋台がある建物。

昨日エメリービルからバスで着いたサンフランシスコだが、着いてからまともな食事をしていなかった。
ここではぜひ名物のクラムチャウダーを食べたい。

テイクアウトの屋台が並んでいる一角があって、そこでもカップに入ったシーフードを売っている。シーフードといってもカニやエビ、イカばかりだが。
まずはクラムチャウダーを食べて、足りなかったらここで何か買ってみようか。

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テイクアウトの店が並んで市場みたいだ。

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ケースの中にシーフード料理が並ぶ。

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カニのほかイカやエビが多い。

そこで入ったのが『ボーディン』という店。サンフランシスコでクラムチャウダーと言えばこの店というくらい一番の有名店だ。
サワードウという乳酸菌で発酵させた酸味のあるパンが名物の老舗パン店。

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ボーディン・サワードゥ・ベーカリ&カフェ。サワーブレッドが名物の老舗パン屋。

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ボーディン店内のカフェ。

一番の有名店なので混んでいるかと思ったが、店内に入るとそうでもなかった。1Fはベーカリーで2Fはレストランになっている。1Fはイートインコーナーがあるので1人でも気軽に食事ができる。

さっそくトレーを持ってカウンターの列に並ぶ。横の棚には嬉しいことにビールが並んでいて、1本取った。

自分の番がきて、なんて言おうかと考えると店員が「クラムチャウダー?」と言った。「イエス」と答える。さすが有名観光地で、外国人観光客の扱いも慣れてるようだ。
店内にテーブルがあるが、外にもオープンテラスがあったのでそっちに座った。

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名物クラムチャウダー。サワーブレッドをくりぬいた中に入っている。地ビールもある。

大きく丸いサワードゥー・ブレッドをくりぬいてクラムチャウダーが入っている。クラムという貝を使っているのでクラムチャウダーというそうだ。ジャガイモやタマネギが入ったクリームシチューだ。
温かい食事は昨日のカリフォルニアゼファー号の昼食以来。そのせいかとてもおいしい。ビールも地ビールのようで、コクも風味もあっておいしい。

周りのテーブルでも昼からビールやワインを飲んでいて、ここはヨーロッパのようだ。

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オープンテラスではビールやワインを飲む人たちも。

アメリカらしくボリュームはたっぷりとある。さすがにパンまでは食べきれなかった。
みんな同じようで、食後にトレイを下げに行くと、くず入れの中は食べ残しのパンがたくさん捨ててあった。何かもったいないなあ。

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桟橋からの風景。浮かんでる島は脱走不可能といわれる刑務所があったアルカトラズ島。

さて、このあとはゴールデンゲートブリッジに行こう。
日本では金門橋と言われていて、ケーブルカーと並んでサンフランシスコのシンボルになっている橋だ。

ミュニバスだと28番のバスが橋まで行くのだが、ダウンタウンを通らない系統のため少々不便だ。
フィッシャーマンズワーフから近い乗り場は、マリーナ&ラグーナストリートというバス停。
ここから西へ向かって遊歩道を歩いて20分くらいかかる。

途中ビーチや元海軍基地だったフォートメイソンなどを通り抜けるので良い散歩道だ。

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西へ遊歩道が続いていて、ビーチになっている。

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フォートメイソンの高台からゴールデンゲートブリッジが見えた。

小高い公園を抜けたところにバス停を見つけた。ここが始発なので28番のバスが停まっている。
運転手に「ゴールデンゲートブリッジ?」と聞くと「イエス」と答えた。
ミュニパスポートを見せてバスに乗る。

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マリーナ&ラグーナストリートから28番のバスに乗る。

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バスの車内。

ほかにも観光客らしき人が何組か乗って来てバスは発車した。
15分ほどでゴールデンゲートブリッジという停留所に着く。他の観光客とともにバスを降りた。

遊歩道を歩いて行くと朱色のゴールデンゲートブリッジが見えてきた。
インターナショナルオレンジという色で、霧が多いこの辺りでは目立つようにこの色が採用されたという。

雲ひとつない青空に朱色にそびえ立つ橋を見ると、世界で一番美しい橋と言われているのもわかる。

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全長2737mのゴールデンゲートブリッジ。うーん絵になる。

橋の全長は2737m、主塔の高さは227m、1937年に完成した。完成当時は世界一の橋だった。
橋の両側には歩道があって、歩いて渡ることもできる。

歩道は大勢の人が歩いている。みんな対岸まで行くんだろうか。
私は時間があまりないのと、そこまでの元気は無いので主塔の下まで行って引き返すことにする。

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高さ227mの主塔。どこかクラシカルな風格がある。

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橋の下はゴールデンゲート海峡。海流が早くて自殺の名所にもなっている。

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橋からの眺め。ダウンタウンの高層ビルが遠くに見える。

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歩道は観光客や自転車でにぎわう。車道は6車線あって通過する車も多い。

引き返す途中で突然呼び止められた。見るとカリフォルニアゼファーの食堂車で一緒だった夫婦だった。握手して再会を喜んだ。

また28番のバスで引き返すことにする。バスの時間があったので、パビリオンの中に入ったりして時間をつぶした。

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ゴールデンゲートブリッジの模型。吊り橋の仕組みがわかる。


posted by pupupukaya at 15/02/08 | Comment(0) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記16 サンフランシスコ ケーブルカーなど

夜中に廊下の方でドタバタ音がして目が覚める。喧嘩が始まったのか知らないが大声で怒鳴っているのが響く。
恐怖は感じないが目が覚めてしまった。まだ真っ暗だ。それから眠ったんだか眠ってないんだかという状態で朝を迎えた。

サンフランシスコ周辺の地図

いつしか明るくなっていたので、カーテンを開けると雲ひとつない快晴だった。しかし、すっきりとしない目覚めだ。揺れている寝台車のほうがぐっすりと眠れた。

今日はアメリカ旅行の中日としては最後の日となる。

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上下にあけ閉めするレトロな窓。

ボロホテルだが朝食サービスがあって、7時に1階のロビーに行く。
エレベーターの1階ボタンを押したら普通の客室階に着いた。昨夜と違うエレベーターに乗ったかなと思ったが、欧米の1階とは日本で言う2階だった。
階段で下に降りると昨日のレセプションがあって、横のテーブルにタッパーに入ったドーナツが置いてあった。コーヒーポットもあって、ドーナツを頬張りながらブラックコーヒーを飲む。ほかに人は来なかったがあまり落ちつく場所ではない。
ドーナツを1個食べてまた部屋に戻る。

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タッパーのドーナツは朝食サービス。

サンフランシスコは観光名所がたくさんあって、あれこれ行きたいところもあったが、観光できるのは今日1日だけなので行きたいところは3つにしぼった。

・ケーブルカー
・フィッシャーマンズワーフ
・ゴールデンブリッジ

まずはケーブルカーに乗りにホテルを出発した。朝8時。
ホテルはマーケットストリートに面していて、中心部のユニオンスクエアへは歩いて600mくらい。マーケットストリートは市内電車のミュニメトロや郊外電車のバートの路線が地下を走っているので、交通は便利な場所だ。


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サンフランシスコで2泊したホテル。

ホテルからケーブルカー乗り場のあるユニオンスクエアまで歩く。昨日アムトラックのバスを降りてからホテルまで歩いた道だが、今朝は平日の朝らしく通勤の人たちが足早に行き交う。
シャッターはスプレーの落書きだらけ、ビルの隙間にはすえた臭いが漂っている。あまり柄の良いところではないようだ。

歩いていると寒い。ジャケットを取りに部屋に戻ろうかと思ったが、この天気では日中は気温が上がると思われ、そうすると邪魔になるので我慢することにした。
歩いている人を見ると、上着にマフラー姿の人もいる。カリフォルニアなので暖かい印象だったが、霧が多いサンフランシスコの朝晩は冷え込むのだろう。

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朝のマーケットストリート。

路面電車やトロリーバスが頻繁に走っている。


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マーケットストリートを走る路面電車。

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トロリーバスも走っている。たまに外れるらしく運転手が降りてポールを掛け直す。

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ケーブルカー乗り場そばのチケット売り場。

パウエル通りにあるケーブルカー乗り場は既に20人くらいの行列ができていた。ほとんど観光客だ。
乗り場の横にはチケット売り場があって、ケーブルカーのほかミュニメトロやバスが乗り放題になるミュニパスポートを買った。
15ドルとバスや電車だけの利用ならば割高だが、ケーブルカー乗車は1回6ドルなので3回乗れば元が取れる。

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1-Dayパスポート。日付の部分を自分で削って使う。15ドル。

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朝から観光客の行列ができるケーブルカー乗り場。パウエル&マーケット停留所。

行列の後ろにつく。1台目に乗れなかったら結構待つのだろうか。
しばらくしてレトロな格好のケーブルカーが着いた。写真で見たのでわかっているが、実際現地で実物を目にすると感激する。

客を降ろした車両は、ターンテーブルで向きを変える。ターンテーブルは手動で、運転手と車掌の2人がかりで車両を押して回転させる。

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ターンテーブルに載せて進行方向を変える。

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ターンテーブルは人力で回す。

車両は後ろ半分が客室、前半分がオープンデッキになっている。
列の前の人が乗って自分の乗る番になったが、すでに満員状態。どうしたもんかと思っていたら、車掌がステップに乗るよう指図した。

ステップに鈴なりにぶら下がる人を乗せて坂を登り下りするケーブルカーはサンフランシスコのシンボルのひとつだ。
ケーブルカーに乗るならばやはりステップが特等席だろう。

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ケーブルカーはステップが特等席。

ステップにぶら下がると風を切るようで気分が良い。坂を下るときやカーブを曲がるときなどスリルがある。

観光客ばかりなので全員が終点まで行くのかと思ったが、途中の停留所で乗客が頻繁に入れ替わる。
後ろのデッキには車掌もいて、途中から乗った人から料金を徴収する。

発車合図も車掌の役目で、発車するときはチンチンと合図の鐘を鳴らす。

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ステップは片足を乗せるくらいの幅しかない。握り棒をしっかりと掴んで乗車する。

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車の横をすり抜けるのはスリルがある。

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海に向かって坂を下る。


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終点のハイド&ビーチストリート停留所。

20分で終点のハイド&ビーチストリートに着いた。
ここはフィッシャーマンズワーフが近いが、この時間では閑散としている。折り返しの車両が停まっていたのでまたそれに乗った。すいていて、今度は座って行く。

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大きいグリップレバー。これを操作して地下のケーブルを掴んだり放したりする。

ところでなぜケーブルカーと呼ばれているかというと、レールとレールの間の溝の下には動くケーブルが走っていて、ケーブルカーはそのケーブルを掴むことによって走行するためだ。
車両の真ん中にある大きなグリップレバーを操作してケーブルを掴んで走行し、停止するときは離してブレーキをかけて止まる。

運転手は大きなレバーを操作する姿からか『グリップマン』と呼ばれている。力仕事でもあるほか、停止するときだけではなくケーブルが交差する個所やポイントなどでもタイミングよくケーブルを離したり掴んだりする必要があり、非常に経験が必要とされる職業である。

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構造は簡単そうだが、操作は熟練した技能が必要。

行きに見晴らしの良い高台のようなところを通ったので、そこで降りてみた。
ロンバードストリートという停留所で、その名の通り曲がりくねった坂道で有名なロンバードストリートの坂上にある。

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ロンバートストリートの坂上から見下ろす。

グネグネの坂道を車で下るのがドライブの旅行者に人気なんだとか。
横に歩道もあって、そっちは階段になっている。

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”世界一曲がりくねった坂道”という別名があるようだが・・・

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上から運転してきたら怖いかもしれない。下から見ると花壇のきれいな坂道。

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ケーブルカー前方の窓から。線路は単線になったり分岐したりと複雑。

またケーブルカーに乗って、こんどはケーブルカー博物館の前で降りる。
ところが10時開館のようでまだ閉まっていた。

仕方ないので歩いてケーブルカーの撮影をしてみた。
海を後ろに控えて坂を登るケーブルカーは本当に絵になる風景だ。

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鈴なりの観光客を乗せて走るケーブルカー。

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急坂を下る。

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脱出不可能といわれた刑務所があったアルカトラズ島をバックに。

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坂を登ってきたケーブルカー。

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路上駐車もサンフランシスコ名物?坂道でもお構いなし。

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坂道駐車ではハンドルを切ってタイヤを斜めにおく決まりになっている。

さて、開館したケーブルカー博物館へ。めずらしく入場無料だった。
レンガ造りの古い建物だが、ここはケーブルカーの車庫と、ケーブルの動力基地でもある。

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ケーブルカー博物館。

世界初のケーブルカーがサンフランシスコに誕生したのは1873年。それまでは急な坂を馬車で乗客を運んでいたという。
最盛期は総延長177km、600両のケーブルカーが走っていたが、第二次大戦後は縮小されて現在は3路線を残すのみになった。

ケーブルは、ここケーブルカー博物館にある動力室に通じていて、そこの大型モーターによって時速約15kmで循環している。
道路上なのでケーブルは地下に埋設されているので見ることはできないが、線路に立つと、ゴーーーーという音がずっと響いている。

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ここから巨大な駆動輪によって各方面にケーブルが送り出される。

館内にはミュージアムショップがあって、ケーブルカーの置物を1つ買った。

博物館を出て、こんどは歩いてフィッシャーマンズワーフへ向かう。ケーブルカーの線路に沿って坂道を下って行くと大きいカニの看板があった。

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フィッシャーマンズワーフに近いテイラー&ベイストリート停留所。

posted by pupupukaya at 15/02/07 | Comment(0) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記15 カリフォルニアゼファー号3日目その2

ドナー峠を過ぎてからずっと森の中を走り続ける。標高が下がるにつれて森の中に人家が点在するようになり、集落や村も現れるようになった。

昨日からずっと無人の荒野みたいな所ばかりだったので、ようやく人里まで下りてきた感じがする。反面、景色は今までのような絶景は見られなくなった。

退屈してきたのでまたラウンジカーへ行った。賑やかだったラウンジカーもこの辺りまで来ると空席も目立って落ち着いている。
階下の売店でビールを買って飲んだ。
冷蔵庫から出したばかりのビールはキンキンに冷えていて、車内も冷房がガンガン効いているので飲んでるうちに寒気がしてきた。


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ビールを飲みに行ったラウンジカー1Fのカフェ。さすがにもうがら空きだった。



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1階席からの眺め。線路スレスレでやっぱり低い。

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ローズビル近くになると都会らしさも見えてきた。

カリフォルニアゼファー号は通過するが、町ごとに駅が現れるようになった。

ローズビルには16:33に着いた。定時刻では12:57分なので約3時間半遅れとなる。少しずつ遅れも回復しつつあるようだ。


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ローズビル駅。ここからは下車客がメインになる。

もう山岳区間は終わり。ここからはサクラメント平野を行く。
ここからはずっと郊外の住宅地が続く。一昨日のシカゴ以来の都会的な風景だ。

また、すれ違う列車も多くなった。と言ってもほとんどが貨物列車だが。
線路も直線になったようで、最高速度の130km/hで飛ばす。


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サクラメント駅に到着。ここはカリフォルニア州の州都。

ローズビルを出て30分ほどでサクラメントに着いた。次第に停車する駅が増えてきた。

サクラメントは人口約40万人。カリフォルニア州の州都である。
日本のサクラとは何も関係ないが、漢字で書くと『桜府』と当て字される。

ここでまた10分停車となって、最後の気分転換タイムになる。

ここからオークランドやサンノゼまで『キャピタル・コリドー』号が4往復設定されている。
向かいのホームには列車を待つ人が大勢立っていた。ここもシカゴ以来の活気ある駅だった。

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旅客用カートが走るサクラメント駅のホーム。


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ホームで列車を待つ人々。サクラメントからは列車本数も増える。

サクラメントを過ぎるとまた畑作地帯となる。
カリフォルニア米の90%はここサクラメント平野で作付されているという。そのせいか、車窓もどことなく日本の平野の風景に似てきた。

遠くにサンフランシスコ湾の湾岸地域の工場や停泊する船が見えてくる。

おそらく最後の見どころカークィネス海峡を鉄橋で渡る。鉄橋は海面からずいぶん高いところを通るが、これは下を船が通るためだろう。

鉄橋を渡ってマーティネズ駅に着いた。18:16着、定時刻は15:26なので2時間50分遅れ。昨日の一番遅れていた時で4時間半近く遅れていたからずいぶんと回復した。もっとも、運行ダイヤは遅れを取り戻せるように、終点近くでかなり余裕を持って設定されているらしいが。

そろそろ部屋の荷物をまとめて下車できるように準備を始める。

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カークィネス海峡の鉄橋が見えてきた。長さ約1700m。


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サンフランシスコ湾を望む。隣はハイウェイの橋。

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マーティネズ駅はベーカーズフィールドへの路線が分岐する。

マーティネズからはサンフランシスコ湾を右手に望む風光明媚な海岸沿いを行く。

今気づいたが、今までずっと右側通行だった複線の線路の、左側を列車は走っている。いつの間にか左側通行になったのだろうか。
道路は右側通行でも歴史的な経緯で鉄道は左側通行になっている国はいくつかあるが、サンフランシスコ近郊もそうなのだろうか。

海の向こうに傾いた西日が車内に差し込んできた。

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マーティネズからはサンフランシスコ湾沿いを行く。

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海の向こうに日が傾いてきた。

西日を浴びながら走る列車はカリフォルニアゼファーならぬカリフォルニアサンセット号といったところだ。
ちなみに『カリフォルニアゼファー』を訳すとカリフォルニアのそよ風という意味になる。

18:58に最後の停車駅リッチモンド駅に着いた。駅横には『バート』と呼ばれるサンフランシスコ近郊電車が見えた。ここからますます都会っぽくなる。

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終点の1つ手前のリッチモンド駅。サンフランシスコ近郊路線であるバートの電車も見える。

リッチモンドから終点エメリービルまでは11分の距離。明るいうちに着けてやれやれだと思ったら、どこかの踏切手前で停止してしまった。
何だろうかと思っているとパトカーがやって来た。

踏切事故か?勘弁してくれよと思っているとしばらくしてまた動き出した。20分ほど停まっていたことになる。何だったんだろうか?

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事故?終点を目前に踏切の手前で止まってしまった。

しばらく行くと終点のエメリービル駅のホームにゆっくりと進入した。

シカゴから2晩3日、3924kmもの距離を走破してアメリカ大陸を横断してきたので感動も覚えるが、終点のエメリービル駅は簡素な造りでいささか拍子抜けがする。

しかも、サンフランシスコまでは接続バスでのアクセスとなるので、地方空港に着いたような気分だった。

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終点エメリービルに到着。堂々たる車体に狭いホーム。

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エメリービルの駅名標。駅名の下に”サンフランシスコ接続”と書いてある。

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終点で初めて対面した機関車。重連でシカゴから牽引してきた。

もともとカリフォルニアゼファー号はオークランド駅に発着していたが、1989年のサンフランシスコ地震で駅が崩壊したために、こちらのエメリービルに新しい駅が設けられた。
以降、このエメリービル駅がサンフランシスコ側のアムトラックのターミナル駅となった。

サンフランシスコ市内とは『サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジ』を通る接続バスで連絡している。

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エメリービルの駅舎。


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エメリービル駅コンコース。シカゴ行カリフォルニアゼファー号の始発駅でもある。

終着駅の気分に浸る間もなくバスに乗り換えとなるので慌ただしい。
駅舎の外に出ると数台のバスが待機していた。

荷物は客席下のトランクに預けることになる。チケットを見せて荷物をキャリーバッグを預けてバスに乗り込む。

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サンフランシスコへの接続バス。荷物はトランクへ預ける。

バスが発車すると外は次第に暗くなった。
バスは『サンフランシスコ・オークランド・ベイブリッジ』を渡る。橋からはサンフランシスコの夜景がとてもきれいだった。

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バスの車内。コーチ・寝台客の区別は無いようだ。

橋を渡ると、サンフランシスコ市内へと入る。フェリービルディングやフィッシャマンズワーフと停留所に停まって、乗客を降ろして行く。

今日泊まるホテルの最寄にあるショッピングセンターという停留所に着いたときはすでに夜の9時近くになっていた。
カリフォルニアゼファー号の車内で一緒だったSさんと、今朝の食堂車で一緒になった熊本の夫婦とここで別れる。

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サンフランシスコ・ショッピングセンターバス停に到着。ダウンタウン中心部はここ。

降りたバス停から予約しているホテルまでは歩いて7〜8分のところだが、これがまたとんでもなくデンジャラスなところだった。

通りに面した店は全てシャッターが下りていて、道端には黒人たちがあちこちたむろしている。別に偏見は無いが、怖いものは怖い。

コンビニかドラッグストアくらいあるだろうと思っていたが、そんなものは見当たらない。
ひたすら早足で歩いてホテルの前に着いたら、ホームレスが毛布にくるまって横になっていた。

なんちゅー所なんだよ。

それでも無事ホテルに着いて、レセプションにいたおっさんに声をかけた。
インターネットで予約したときに印刷した紙を見せようとすると、時計を指差して何やら叫んだ。

予約時間に来なかったから今日は泊まれないとか、営業時間は終わったとか言うんじゃないだろうな。冗談じゃないぞ。

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60年代アメリカ風のレトロなロビーだが・・・

おっさんは背を向けると食事を始めた。
またスーツケースを持った客が来て、おっさんは同じようにあしらって、引き返す人もいた。

ここで泊まれなかったら、表のホームレスと同じように野宿だよ。参ったな。

どうしたもんかと思っているとしばらくしておっさんに呼ばれた。宿帳を出してこれに書けと言う。
やれやれ、休憩で食事中だからしばらく待てと言っていたのか。

クレジットカードで支払いを済ませると部屋のキーをくれた。なんとか無事に泊まれるようだ。
これで宿泊代は2泊で232.5ドル。シカゴもそうだったが、ホテル代が思いのほか高い。

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部屋も何となく60年代レトロ風。

1階のロビーは60年代の古き良き時代のレトロ風になっていたが、部屋のつくりもクラシカルだった。
クラシカルというより、ただボロいだけという感じがする。
初めての海外旅行だったらある意味面白がって泊まったかも知れない。

部屋は何だかわからないが、長年の体臭や色んなものが染み付いたようでクサい。

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真ん中に鎮座するベッド。これもアメリカ風?

この時間でも営業している店は探せばあるかもしれないが、外に出てまたデンジャラスな通りを歩く気にはなれなかった。

この日の夕食はシカゴで買ったビーフジャーキーとスティックチーズ、それにナッツとスナック菓子のみ。乾物ばかりだ。
飲み物はウイスキーが底に少し残っている。あとは缶ビール1缶と、カリフォルニアゼファーのミネラルウォーター。

三食付き豪華寝台列車の旅はどこへやら、一転してひもじい夜になった。

posted by pupupukaya at 15/02/01 | Comment(0) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記14 カリフォルニアゼファー号3日目その1

朝6時少し前に目が覚めた。2泊3日目の朝だ。
ユタ州は夜中に通り過ぎて、ここはネバダ州になる。

昨日は山岳部時間帯だったが、今日からは太平洋時間帯となり日本との時差は16時間となる。
時計を1時間遅らせた分、長く寝ていられるというわけだ。
反対にシカゴ行列車だと毎日1時間ずつ進めるので、その分睡眠時間が短くなる。

1列車で2回も時差を迎えるのも初めての経験だ。

昨日もそうだったが、朝は荒涼とした風景の中を走っている。空は昨日とは違って雲が覆っていた。

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カリフォルニアゼファー2回目の日の出。

6:20、地平線の向こうから朝日が少しずつ顔を出してきた。
このあたりはロッキー山脈とシエラネバダ山脈の間にある巨大な盆地で乾燥地帯になっている。標高も高くて、1000m以上の高地になっていて『グレート・べースン』(大盆地)と呼ばれている。

トイレとモーニングコーヒーのために部屋を出ると、向かいの部屋のおっさんがいつの間にかいなくなっていた。昨夜は居たようなのでソルトレークシティで降りたのだろうか。
ソルトレークシティは定時ならば23:05着だが、この列車では真夜中の3時ごろに着いているはずなので降りたらどうしたのだろうか。

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ベッドで2回目のモーニングコーヒー。

7時過ぎに食堂車に行く。
同席となったのは熊本からきたという日本人の夫婦だった。ほかに日本人が乗っているとは全然気づかなかった。座席車の向こう側の寝台車に乗っていたとのこと。

Sさんも同じテーブルに来て、久々に日本語での会話になった。

今日の朝食はパンケーキにした。ベーコンかソーセージか訊かれ、ベーコンにした。

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バターミルクパンケーキ。付け合せはベーコン。

パンケーキは日本で言うホットケーキで、バターとメイプルシロップで食べる。ベーコンはカリカリに焼いてある。甘いホットケーキと塩辛いベーコンとの組み合わせが妙だった。

また部屋に戻ってコーヒーを飲みながら車窓を眺める。

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並走するトラックとセスナ機。

10:30ごろ食堂車からブレックファースト終了とのアナウンスがあった。

乾燥地帯のためか砂地に低木がチョボチョボと生えるステップ気候の景色は昨日とはまた違っていた。

行けども行けども同じ景色ばかりで、普通の人なら飽きてくると思うけど、ずっと飽きずに車窓を眺めていた。
こんなすごい景色日本じゃ絶対体験できないから。

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ウィネマッカ駅。

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ずっとステップが続く。砂地に低木がチョボチョボと生えている。

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草木も無い砂漠。


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昔は湖で干上がったのだろうか。白くて平らな塩の砂漠。

いくつもの砂漠を越えてリノに到着した。ここで10分停車となる。

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リノ駅に到着。リノはギャンブル好き憧れのカジノシティ。

リノは言わずと知れた人口23万人のカジノシティ。カジノの規模はラスベガスに次ぐ。
しかしホームはコンクリートの壁に囲まれた半地下のようなところにあって、街を見ることはできない。

駅はホームから入った地下にあって、待合室にはベンチがたくさん並んでいるがガランとしている。
この駅も発着する列車はカリフォルニアゼファー号1往復だけだ。

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リノ駅で10分停車だが半地下のようなホームでは開放感に欠ける。

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ガランとした待合室。ここも発着する列車はカリフォルニアゼファー号のみ。

リノは12:27に発車した。定時刻は8:36なので若干回復したようだが、依然として4時間近く遅れている。
エメリービルからバスに乗り継いでサンフランシスコに着くのが17:35の予定だから、着くのは夜10時近くになってしまう。
ダウンタウンのバス降り場近くのホテルを予約しておいて良かった。

リノを発車してすぐにランチタイムの放送があったので食堂車に行く。

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ランチの食堂車。

このランチがカリフォルニアゼファー号での最後の食事になる。
相席になったのはドイツ人らしい2人連れ。なぜわかったかと言うと話声がドイツ語っぽかったから。もう一人も英語圏の人ではなくヨーロッパのどっかから来たようだ。

言葉もバラバラなので軽く挨拶した以外は特に話も無く、気が楽。

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すでにナイフやフォークが並べられたテーブル。ドリンクはアイスティー。

昨日食堂車のランチで同席の人たちが食べていたのがおいしそうだったので今日はハンバーガーにした。
メニューの表記は『アンガス・ステーキバーガー』。これもピクルスと揚げたてのポテトチップが添えられている。

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上にチェダーチーズが載ったアンガスステーキバーガー。

上に溶けたチェダーチーズが載っていて結構ボリュームがある。味付けは無いので籠にあるケチャップをかけてパンズで挟んでかぶりつく。
おいしいが包み紙が無いので手が汚れるのが珠にきず。

食堂車から戻ると、トラッキー駅に停まった。ここからはカリフォルニア州になる。
そろそろサンフランシスコも近いと思われるだろうが、これからシエラネバダ山脈の2000m級の峠を越えなければならないので、ここからまだ6時間以上かかる。西海岸はまだまだ遠い。

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トラッキー駅からシエラネバダ山脈越えになる。駅前は開拓時代の面影が・・・

トラッキーを発車すると本格的な山越えだ。スピードが落ちて、シエラネバダ山脈の山中へと入って行く。
昨日のロッキー山脈越えのような絶景は無いようだが。

右側に湖が見えてきた、これがドナー湖だ。

向かいの部屋は、おっさんがいなくなって空き部屋となっていたので、勝手に入って景色を眺めさせてもらう。まさかもう乗ってくる人もあるまい。

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ドナー湖を下に見ながら列車は山を登って行く。

静かな湖面と美しい湖畔が列車からも見える。
ここは昔、ドナー峠事件の舞台となったところで、1846年の冬にカリフォルニアに向かう開拓民の幌馬車の一行が雪の中で遭難したという事件だ。87人のうち生き残ったのは47人だけだった。

あまりの悲劇というか悲惨な実話なので詳細は記さないが、興味のある人はドナー事件やドナー隊の悲劇で検索してみるとよいです。

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ドナー湖の対岸に見えるハイウェイ。


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また”世界の車窓から”のような車窓。

標高2100mのドナー峠をユダトンネルで一気に抜けると、ここから西海岸まで山道をずっと下って行く。

ここもトンネル開通前の旧線は崖っぷちをいくつものトンネルや覆道で越えていて難所だったところだ。

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ドナー湖の反対側を越えてきたハイウェイ。


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峠を越えて太平洋岸へ向かってを下って行く。

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山を下ると、峠で開けたペットボトルが気圧差でひしゃげてしまった。

posted by pupupukaya at 15/02/01 | Comment(0) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記

2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記13 カリフォルニアゼファー号2日目その2

デンバーの停車時間は定時運転ならば50分だが、2時間半にも及ぶ停車時間になった。当初の時刻変更からさらに遅れを増してしまったが、おかげでデンバーの街を歩いてくることができた。

11時半ごろ車内に戻る。ホームには団体旅行の一行など大型スーツケースを持った人が行き交う。デンバーからこのカリフォルニアゼファーに乗る人も多い。

デンバーは駅に掲示のあった通り11:45に発車した。定時ならば8:05発なので、この時点で3時間40分遅れになる。

デンバーからはカリフォルニアゼファー号の一番の見どころであるロッキー山脈越えが始まる。

ルーメットの自室にいたのでは片側しか景色が見えないので眺めの良いラウンジカーへ行った。

ラウンジカーは見事に満席。そりゃそうだ、これから一番の絶景区間とあってはみんな早くから陣取っていただろう。

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ロッキー山脈越えを控えてラウンジカーは大盛況。


また部屋へ戻るかどうしようかと思っていると食堂車のランチタイムの放送があった。乗客のみんなは絶景に釘づけだろうし今だったら食堂車も空いてるだろうと思って先にランチにすることにした。

テーブルはいくつも空いているが、クルーは相席になる様に席を指示する。
今回のテーブルは向かいに母娘2人連れ、隣は自室のルーメットの通路挟んだ向かいの部屋のおっさんだ。

私はスペシャルサンドイッチ、他の3人はハンバーガーを注文する。
おっさんも母娘もあまり観光旅行というなりではない。飛行機嫌いか、何か事情があって列車移動というところか。

そんなわけで会話はほとんど無く、逆に居心地が良かった。おっさんも寡黙な人で”幸福の黄色いハンカチ”で演ずる健さんみたいだ。


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昼食のホットドッグ。付け合せはポテトチップス。

『スペシャルサンドイッチ』はホットドッグだった。付け合せのポテトチップは車内で揚げたようで暖かい。
レタスやトマトがどっさり載っていて食べずらいが、ケチャップをかけてかぶりつく。

草原の大カーブを列車は走っていて、先頭の車両が車窓に現れたり、草原の下に今通ってきた線路が見える。
リトル・テン・カーブ、ビッグ・テン・カーブと呼ばれている登坂のための急なS字カーブだ。その向こうには高層ビルが建ち並ぶデンバーの摩天楼がうっすらと見えている。
S字カーブを通る度に摩天楼は車窓の右へ行ったり左に行ったりする。

幾度ものカーブと坂で標高が高くなると、グレートプレーンズと呼ばれる大平原の雄大な景色が広がった。

残念ながら、一番絶景の見どころは食堂車にいたので画像はありません。

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デンバーと大平原を一望する。プレインビューと呼ばれている。

ランチは早々に食べ終えて、またラウンジカーへ行った。相変わらず満席で大盛況だ。食堂車と違って缶ビール片手の人も目立つ。
車両中央に今は使用していないバーみたいな場所があって空いていたので、そこに立って景色を眺める。

ラウンジは2階にあって、窓が天井まで回り込んでいるので明るく開放感があって、景色を見るには良い。
座席も景色を見るために窓側に向けて並んでいる。奥の方は食堂車のようにテーブル席もあった。

大平原の地平線はだんだん遠ざかって行って、崖っぷちやトンネルが多くなり、ロッキー山中の渓谷へと入って行く。

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ロッキーの渓谷を行く。”世界の車窓から”のような眺め。

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だんだん小さくなって行く大平原。

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けわしいロッキー山脈の峠道を登る。 

30分ほど立って景色を眺めていたが、席も空かないし疲れてきたので部屋に戻ることにした。1階の売店で缶ビールを買ってきて部屋で飲んだ。

スマホのGPSで測定すると高度2700m、時速は47km/h。デンバーから約1時間で1000m以上登ってきたことになる。

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ラウンジカーは天井まで窓があって開放的。

14時頃、長いトンネルに入る。
モファットトンネルという名前でロッキー山脈の尾根を貫いている。長さ約10kmで1928年に開通した。
ここが大陸分水嶺となって、大西洋に注ぐ川と東側の太平洋に注ぐ川とに分かれる。

トンネルが開通する前は、急勾配のループ線やスイッチバックが連続する旧線で、標高3500mのロリンズ峠まで登って尾根を越えていた。
険しくアツいルートの廃線跡は道路として残っているので、グーグルアースなどで確認することができる。


トンネルを抜けたところがウインターパークというリゾート地になっていて、リゾートマンションや別荘が立ち並ぶ。スキー場もあって、冬は賑わうのだろうが今はひっそりとしている。
上越新幹線の越後湯沢みたいな所だ。

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長いトンネルを抜けるとスキーリゾート地ウィンターパークがある。

車掌の車内放送があって、次のフレーザー・ウィンターパーク駅では5分停車すると言った。と言っても、「ファイブ ミニッツ」と聞こえたので5分停車だろうと思っただけだが、停車すると車内の乗客たちがぞろぞろとホームに降りたので間違いないだろう。

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フレーザー・ウインターパーク駅でしばらく停車。

5分間停車とはいえ、ずっと乗りっぱなしにとっては貴重な気分転換のタイムで、乗客もクルーも降りて外の空気を吸う。
車内は全車禁煙なので、スモーカーにとっても貴重な喫煙タイムになる。

標高2600mの高所なので寒いかと思ったら意外と暖かい。車内の気温とそう変わらない。もっとも車内は冷房がガンガン効いていて寒いくらいだったが。

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5分間停車のホームは外に出た乗客でしばし賑わう。

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ホームと三角屋根の上屋だけの無人駅。

空気は澄んでいて、周りの景色や町も高原の雰囲気。そのかわり日差しがこれでもかというほどきつい。

発車時刻になると車掌が掛け声を叫んで合図した。

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発車時刻が近づくと車掌が乗車するように叫ぶ。「All aboard!」

発車してから最後部の車両に行ってみた。貫通路には小さな窓があるが、この窓は黒い油のシミがだらけであまり良く見えなかった。汚れの少ない部分にデジカメのレンズを押し当てると、サマになる写真が撮れた。

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フレーザー川に沿って走る。最後部の窓から。

グランビーからはコロラド川がしばらく車窓の友となる。
コロラド川はロッキーマウンテン国立公園に流れを発し、メキシコのカリフォルニア湾に注ぐ2300kmもの長い川だ。

この川の水はアリゾナ州であの有名なグランドキャニオンを形成するが、ここはそのずっと上流に位置する。

グランドキャニオンほどではないが険しい渓谷もいくつかあって、絶景が続く。
ずっと飽きることなく車窓を眺めていた。この区間は進行左側の部屋がオススメだ。

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渓谷沿いを行く。カーブの向こうに姿を現した車両。





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貨物列車とすれ違う。

渓谷はさらに険しくなって、カーブでは車輪をキーキーと軋ませながら走る。
ゴア・キャニオンと呼ばれる。

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ゴア・キャニオンと呼ばれるコロラド川の渓谷沿いを行く。

垂直に近い崖は、岩肌むき出しで切り立っている。よく崩れないものだと思う。日本と違って地盤が安定しているからこれで十分なのだろうか。
それにしても列車が通過中に崩れたらひとたまりもないな。


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垂直の崖とトンネルが続く。


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垂直に切り立った岩肌の下を行く。崩れないんだろうか。


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谷間が広くなって開けてくる。

進むにつれて雲が厚くなって薄暗くなってきたが、途中で雨が降り出した。

6時頃、食堂車のクルーがディナーの予約を取りに来た。昨日と同じ18:45からのファースト(1番)に入れる。

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本格的に降り出した。雨に煙るコロラド川。

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列車最後部から。

険しいコロラド川沿いを延々と走って、グレンウッド・スプリングス駅に到着。ここで10分停車になるのでまたホームに降りた。
スモーカーたちは待ってましたとばかりに煙をくゆらせる。スモーキングストップとでも言うところか。

シカゴからの距離は1968km、ここが距離的にはカリフォルニアゼファー号のほぼ中間点になる。

ここはスプリングスの名前の通り、世界最大の天然ミネラル温泉があるリゾート地で下車客も多い。
また石造りの立派な駅舎もあって、デンバー以来の有人駅でもある。

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グレンウッド・スプリングス駅、ここで10分間停車。

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石造りの歴史ある駅舎があって、デンバーを出て以来の町らしいところだった。

グレンウッド・スプリングスを出ると山岳区間も終わって次第に開けてきた。
さっきまで雨が降っていたのか、進行方向と反対側には虹が出ていた。何となくメルヘンチックな風景だ。

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雨が上がりの虹が追いかけてくる。

18:45になって車内放送でディナーの案内があったので食堂車へ行く。
クルーに予約券を渡して席に案内してもらう。

また大学生のSさんと同席になった。向かいはカナダから来たという夫婦で、すでに仕事はリタイアして旅行を楽しんでいるとのこと。

席に着いて程なくサラダとパン、それに注文票がやってきた。
テーブルの上にはバターの籠とドレッシングの籠が置いてあって1つずつ取る。

2回目のディナーなのでこちらも余裕がある。

昨日はステーキだったので今日はシーフードにしてみた。Sさんはローストチキンにしたようだ。

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2日目のディナー。最初に出てくるサラダとパン。

メインディッシュが来るまでは会話タイムとなる。

私は人見知りが強くて、どうもこういう場は苦手でしかも英会話もさっぱりなのだが、英会話のほうはSさんがカナダ人夫婦の相手をしてくれるので気が楽だ。
たまにこちらにも話を振られるが、ニコニコしながら一言二言返答する。

メインディッシュが運ばれてくるまで約1時間。よくもまあ話が続くものだと感心する。コミュニケーションの力がある人はさすがだね。

さて、シーフードだが、白身魚(タラかな?)のソテーが2枚と付け合せはインゲンとライスだった。

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シーフードのメインは白身魚のソテー。付け合せはライスだった。

向かいの夫婦はステーキだった。となりのSさんのローストチキンのデカいこと。そっちにすれば良かったかな?

白身魚もライスもバターが多用されているようで意外とこってりしている。塩味だけなのか何か物足りない。醤油をひと回しかけたくなったが、まさか持参するわけにもいくまい。

デザートはストロベリーソースのかかったアイスクリーム。これはさっぱりして美味しかった。これでフィニッシュ。
向かいのカナダ人夫婦が先に席を立った。

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デザートのアイスクリーム&ストロベリーソース。

突然、Sさんが大きくため息をついて「疲れました」と言った。

彼は英語が堪能だと思っていたが、大学生の彼にとってはずっとプレッシャーだったらしい。
ここ(食堂車)の人たちは親切で分かりやすく話してくれるが、町の人たちの英語は難しくて早口で聞き取れない。ホステルの相部屋でも難しい英会話で大変だったとこぼした。

私がろくに英語もわからず一人で旅行していると知ると、「よく一人で来れましたね」と言った。

そろそろ戻りましょうかということになって、またチップの話になる。
今朝と昼に食堂車に来たが、他の客を見ていると大体1ドル札2枚くらい置いていた。チップを置かない人もいたようだ。
だから2ドルでいいんじゃないかと彼に話した。

他のサービスのチップについては諸説あるようだが、ケチだと思われたくないのと言葉がわからないのでせめて気前よく渡したい。

部屋に戻ったのが20:25だった。

窓の外は真っ暗。グランドジャンクション駅はいつの間にか過ぎていてこの辺りからユタ州のはずだ。定時運転ならばまだ明るい時刻に走っていた場所だ。
また部屋を出てラウンジカーへ行った。1階の売店でビールを買って2階のラウンジで過ごす。

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また夜のラウンジカーへ。

薄暗いが手元は見えるし本くらいは読める。
ビールを飲みながら今日の出来事などをメモ帳に書く。その内容は後に旅行記ブログの文になるのだが・・・

夜のラウンジカーは座席車の人が多い。マナー違反なのかさすがに寝ている人はいない。
寝台車の人たちは格好こそカジュアルだが、やっぱりハイソサエティ―な感じの人が多くて何となく性に合わない。座席車の人たちのミドルクラスな感じの方が性に合っている。
だから、食堂車よりこちらのラウンジカーの方が気に入っていた。

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ヘルパー駅に停車。街灯りが見えるとなぜかほっとする。

部屋に戻るとベットがセットされていた。

これで寝台車の旅も最後だなと思いつつ、夜汽車の旅情に浸りながらウイスキーを飲んだ。

寝る前に腕時計を1時間遅らせる。明日からはまた時差が−1時間となって、太平洋時間帯になる。

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ルーメットの寝台でくつろぐ。

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月夜の下を並走するトラック。

posted by pupupukaya at 15/02/01 | Comment(0) | 2014年アメリカ大陸横断鉄道旅行記
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