地下鉄さっぽろ駅も改修工事

あけましておめでとうございます。

今年は平成30年。元号が1年間続く年としては今年が最後。来年の5月からは新しい元号となるようです。

 降る雪や明治は遠くなりにけり

とは明治生まれの俳人、中村草田男が昭和6年に詠んだ句である。

もし今年が昭和30年だったならば、私など明治生まれというわけで、歳を取ったものであります。

西暦だけの国と違って、日本は『元号』という区切りがあるから、日本人は特に時代の移り変わりについて敏感になるのかもしれませんね。
昭和、平成、そして新しい元号。私も来年には3つの元号を生きることになります。


それはともかく、きのう(1月2日)地下鉄さっぽろ駅を通ったら、コンコースでは工事が行われていた。
床材と柱の化粧板がはがされてブルーシートがかけられている。

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何の工事かは大体察しがついた。
コンコースの内装をリニューアルして、地下歩行空間と一体化したデザインにするのだろう。
何年か前に、大通駅コンコースでも同じような工事をやっていた。

帰ってから調べたらやっぱりそうだった。


「札幌駅前通公共地下歩道及び地下鉄さっぽろ駅東豊線連絡通路改修事業について」(PDF:908KB)
うち、詳細整備内容の一部を引用
○歩行空間整備
 ・床、柱、壁を、チカホ整備に伴い拡張した部分と同様の整備内容により統一的に整備
○案内サイン整備(駅構内全体)
 ・外国語対応など
○(仮称)やすらぎ広場整備
 ・豊かな時間を過ごすことのできるような滞留空間を整備

JR札幌駅から大通やすすきのまで続く地下道の入り口部分だから、札幌の玄関口であり顔というわけで、それにふさわしい空間になることは良いことだ。
たしかに、コンコースの内装は地下鉄の開業時から基本そのままで、くたびれた感はあった。

新しくなるのはうれしいことだけど、また昭和が消えるな、などと思ってしまった。



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床の細かい目地付きのタイルと銀色の化粧板で巻いた柱。
大通駅も改修前はこんな感じだった。

意外と複雑な並びの目地付きタイルは、この当時は職人さんたちが1枚1枚手張りしたんだろうな。

地下鉄南北線が開業したのが昭和46年12月、先代の札幌駅も同じくしてリニューアルしている。
地平時代のJR札幌駅の内装もこんなだった。

ピカピカしたこのステンレス製(かどうかわからないが)の化粧板を何ていうのか知らないが、昭和40年代の流行だったのだろうか。

ステンレスの柱も目地付きタイルも、東西線では全く採用されていない。

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上は北改札口。この辺りは工事もまだ入っておらず、開業当時からのデザインが残る。
下は南改札口。こちらは東豊線開業時に床だけリニューアルされている。

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こういったデザインはむかしはもっとあちこちで見たような気がする。
国鉄時代の東海道新幹線の駅もこんな感じだったような(写真でしか見たことはないけど)。

駅でいえば内装のリニューアルだとか、駅自体の高架化や橋上駅化で新しくなり、もうすっかり消えてしまったようだ。

特にこのステンレスでピカピカの柱。こうして見るとインパクトあるなあ。
何だか昭和のオジサンという感じ。
タバコ、ポマード、仁丹。当時コンコースに漂っていただろう、昭和のオジサンたちの匂いが漂ってきそう。

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しかしこの化粧板、地下鉄南北線でも使われているのはここさっぽろと大通、すすきの、北24条だけ。
先代札幌駅の内装でも、吹き抜けの中央コンコースだけだった。

目に付くところにしか使われてないわけで、案外と高価な物だったのかも。

下は2006年だから12年前の地下鉄さっぽろ駅の画像。天井にある茶色の時計もいつの間にか見なくなった。

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次の時代まであと1年半ちかく。
そのころにはすっかり新しくなった地下鉄さっぽろ駅コンコースを歩いていることだろう。

思えば昭和時代から30年近く。平成年間で世の中も変わったし、暮らしぶりも変わった。
良くなったこともあれば失ったものもある。
一つ言えることは、私たちは変化にただ身をゆだねることしかできない。

 降る雪や昭和は遠くなりにけり


 〜最後までお読みいただきありがとうございました。

P.S. どうでもいいけど、西武百貨店の跡地は早く何とかならないのかね。

posted by pupupukaya at 18/01/03 | Comment(0) | 北海道の駅

キヨスクは絶滅危惧種なのか

キヨスクの閉店が止まらない。

*2018/1/25 どうしん電子版(北海道新聞)*
”JR函館線の森、八雲、五稜郭の3駅の構内で営業する「キヨスク」が2〜3月で閉店することが24日分かった。3店舗のうち、五稜郭の店舗は道南いさりび鉄道(函館、いさ鉄)が営業を引き継ぐ。いずれも売り上げ減少による不採算が理由。”
 (2017/1/25どうしん電子版より引用)

そういえば、札幌市営地下鉄の駅の売店はキヨスクだったが、気付けば地下鉄駅でもキヨスクを見かけなくなった。
JR駅でも、ここ数年前からキヨスクの閉店が相次いでいる。

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そんなわけで、今回は北海道内のキヨスクについて取り上げたいと思います。

ここ数年でキヨスクがどれだけ減ったのだろうか。
ネット上に年末年始の営業時間のご案内 - 北海道キヨスクというのを見つけたので店舗数を数えてみる。
この案内に年度の記載はないが、曜日からすると2013年度のものである。

その中から、キヨスクの名で営業している店舗を数えると、95店舗あった。うち地下鉄の店舗が33店舗。

2018年2月4日現在の同じくキヨスクの名で営業している店舗を北海道キヨスクの店舗情報で数えると24店舗。うち地下鉄の店舗が5店舗だった。

 ◆ 道内キヨスク店舗数
2014年1月 → 95店(うち地下鉄33店)
2018年2月 → 24店(うち地下鉄5店)

こうして比べると4年間で、4分の1近くまで減ったことがわかる。
とくに地下鉄の店舗の減少が著しい。
地下鉄の売店がローソンになっていたり、野菜を売っていたりするのを見かけるが、もとはキヨスクだった場所である。

中にはセブンイレブンに転換した店や、土産物が中心の北海道四季彩館になった店舗もあるが、ほとんどが営業自体がなくなってしまった。

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 2018年1月、キヨスク部分が撤去されたホームの店舗。

いつからだろう、札幌駅のホーム上からもキヨスクがすべてなくなっていた。
ここのキヨスクは、駅弁の売店と立ち食いそば店が一体化した小屋になっていて、1番から10番まであるホームのすべてに同じような格好であった。

キヨスクだった部分は取り壊されて、ホームの床面が黒くなっているのが跡である。

各ホームに計5店舗あった立ち食いそばも、いまは減って2店舗のみ。これもこれからどうなるんだろう。

かつては特急や夜行列車に乗る前に、キヨスクで飲み物やお菓子を買うのが汽車旅の儀式のようなものであった。

気が付けば車内販売も今ではスーパー北斗のうち日中の列車だけになってしまった。これも今の流れではいつ無くなってもおかしくはない。

そのうちに、駅に行く前にコンビニなどで買い物を済まさなければ、飲まず食わずの旅になる時代になるのだろう。

不便さもさることながら、寂しい。

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 2007年6月の札幌駅ホーム。キヨスク、駅弁売店、立ち食いそば店が一体化した店舗だった。

キヨスクの相次ぐ閉店は、駅構内という限られたニーズの中での営業とあって採算が合わなくなってきたことと、新たな店員の確保が難しくなってきたことなどが理由のようである。

コンビニ全盛の今とあっては、対面販売でのやり取りは、客の側からしてみても少々面倒というのも、客離れに拍車をかけている。

かつてキヨスクでの売れる3大商品と言えば、新聞、雑誌、たばこであった。
この3つともが2000年代に入ってからは売れなくなってしまった。

車内で新聞読んでる人いなくなったなあ。みんなスマホだもんなあ。たばこ吸う人も気づけば今では少数派になった。

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 地下鉄でもすっかり少数派になったキヨスク。2018年1月大谷地駅。

かつてはちょっとした駅であれば、大抵の駅の待合室にはキヨスクがあった。
それが当たり前だと思っていた。

90年代の初頭、宗谷本線ならば私の記憶ではキヨスクがあった駅は次の通り。
士別、名寄、美深、音威子府、天塩中川、幌延、豊富、南稚内、稚内。
ほぼ急行停車駅にはキヨスクがあったことになる。

『汽車』に乗る前にちょっとしたお菓子や飲み物を買ったり、通勤途中に新聞やたばこを買うのがキヨスクだった。

地方の駅では、キヨスクが今で言うコンビニ代わりとなっていて、列車が来ない時間でも、町の人がやってきて買い物をする光景が見られた。

コンビニが無かった時代は、田舎の町で新聞や雑誌を買えるのは駅のキヨスクだったのである。
それに昔は駅前の商店街は日曜日はどこも休みになった。そんな中でも年中無休のキヨスクは町の人々にとっても便利な存在だっただろう。

国鉄末期には地方の駅が軒並み無人化されたが、無人駅化されて駅員が引き揚げてもキヨスクはそのまま営業している駅もあった。そんな駅では、キヨスクで切符を売っていた。
列車の利用者よりも、町の人たちに支えられていたといえよう。

90年代も後半になると、コンビニが地方へも進出しはじめる。
コンビニができるとキヨスクの役割は終わってしまったようで、とても列車の利用者だけが相手では営業を続けるのが難しくなったことだろう。

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 標津線があった時代の厚床駅。この駅にもキヨスクがあった。

キヨスクのうち、採算を見込める店舗については、コンビニへの転換を進めているようで、セブンイレブンとなって駅ナカのコンビニとしてオープンしている所もある。

それでも、コンビニ化されるのはごく少数で、キヨスクが閉店したあとの待合室やコンコースはがらんとした空間になり、火が消えたような寂しさがただよう。

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 キヨスクが閉店した苗穂駅。2018年1月。

冒頭にあるように、今年度中に道南の3店舗が姿を消す。
キヨスク閉店の流れは止まらない。

特急の始発駅である網走駅からもキヨスクが閉店。名寄駅のキヨスクは稚内駅のが閉店してからは最北端のキヨスクということになっていたが、こちらも閉店し、現在の最北端キヨスクは旭川駅になる。道東方面はすでに全滅している。

札幌市内のJR駅でも、キヨスクの名で営業しているのは札幌駅、手稲駅、新札幌駅の3駅のみ。
ホームで営業しているキヨスクは、旭川駅と新幹線の新函館北斗駅だけになる。

北海道内に限らず、あと数年もすればキヨスクという名前自体が無くなっているかもしれない。
不採算店舗の閉店のほかは、コンビニへの転換である。

実際コンビニ化したところ、売り上げは増えているようだし、利用者からも歓迎されるところだろう。
昔ながらの光景が消えるのは寂しいが、致し方ないところではある。

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 壁面に商品を陳列した形態の店。セブン-イレブン北海道ST大通B2店。

ところでキヨスクキオスクは違うのか?
看板の表記は『Kiosk』である。これは英語で「キオスク」で、駅や公園などの売店の意味である。

1973(昭和48)年に、それまで弘済会売店という名前だった鉄道弘済会の売店の名称を『キヨスク』と改める。
本来は「キオスク」と読むべきところを「キヨスク」としたのは、「清い」や「気安い」という意味も込めてということである。


次では、道内の閉店した懐かしのキヨスクを紹介します。


posted by pupupukaya at 18/02/04 | Comment(0) | 北海道の駅

昔ここにはキヨスクがあった

北海道内のキヨスク(KIOSK)がここのところ急速に消滅しています。
そこのところの事情は拙ブログ


に書きましたが、ここからはかつてあった北海道内のキヨスクを見てみましょう。

北の方から順番にいきます。


稚内駅(2010年9月撮影) 2012年4月2日閉店

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日本最北端のキヨスクだった。90年代くらいまでは朝6時の急行利尻到着時から、22時近くの同列車発車までずっと開いていた。

まだ市内にセイコーマートがなかったころ、町の人が結構買い物に来ていたのを思い出す。
道の駅と一緒になった新しい駅舎には土産物屋やセイコーマートが入居しているので、買い物の点は以前より便利になった。


南稚内駅(2005年7月撮影) 2012年3月31日閉店

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ここも90年代初頭は急行利尻発車時までやっていたなあ。
地元の人の利用は、稚内よりもこちらの南稚内の方が多い。

雑誌や文庫本が目立つのは、特急の長時間乗車のためか。
旭川までは3時間半、札幌までは5時間の長旅だ。


名寄駅(2004年11月撮影) 2016年12月20日閉店

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稚内駅のキヨスク閉店後はここが最北端のキヨスクになった。
待合室とホームの両側に面したところに、角館商会のそばと駅弁の売店があった。

急行時代は名寄で車両連結のため、3〜5分の停車時間があり、ホーム側の売店に人が群がったものだった。
その売店は2009年に一足先に閉店。名寄駅も寂しくなった。


網走駅(2014年2月撮影) 2016年3月16日閉店

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特急オホーツクと大雪の始発駅の網走駅。
ここのキヨスクは閉店の10年以上前からワンオペで切り盛りしていた。休みは日曜だけで、祝日も年末年始も店に立っていたという。

画像の日は吹雪のため全列車運休だった。そんな日でも営業していた。
キヨスクなき後、待合室では駅弁のモリヤ商店ががんばっている。
駅横にあったローソンは閉店してしまった。駅弁も閉店になれば、特急の利用者は買い物難民になってしまう。

がんばれモリヤ。


遠軽駅(2007年8月撮影) 2015年11月30日閉店

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名寄駅と同じく大型の木造駅舎が健在。
名寄駅の方は、JR化後にかなり改造されているが、遠軽駅はほぼ国鉄時代のまま。
真ん中のストーブとキヨスクが温もりのある待合室という感じ。
おかむら駅弁屋による駅弁の立売りもあったが、こちらは2015年に廃業となった。

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1番ホーム側の窓からも買い物ができた。上記遠軽駅
特急の車内販売が無くなってから、3〜4分の停車時間で買い物ができる唯一の場所だった。


旭川駅、地平時代の2・3番ホーム(2008年6月撮影) 現在も高架駅で営業中

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ここは厳寒の地。冬はガラス戸が閉まっていて、客は自分で戸を開けて買い物をしていた。
1番ホームにも同様にあった。
高架駅になった現在でも3・4番ホームで営業が継続している。

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旭川立売の売店。こちらは同じく地平時代の2・3番ホームにあった(2008年6月撮影)

ホーム上にキヨスクとは別に駅弁業者が売店を構えている駅もあった。
旭川のほかは、地平時代の札幌駅、岩見沢駅もそうだった。
国鉄時代は駅構内の営業はキヨスクの専売だったの新聞・雑誌などは置いていない。扱う商品は限られていたようだった。


富良野駅(2006年10月撮影) 2016年10月31日閉店

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いまや大観光地の富良野だが、観光客の鉄道利用は少ない。
旭川立売製の駅弁を置いていたこともあった。
待合室の立ち食いそばは今でもまだあるようだ。


留萌駅(2007年8月撮影) 2008年10月1日閉店

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この画像の数年前、NHK朝の連ドラにあやかってSLすずらん号が運転された時は一時的に賑わったのだが、長くは続かなかった。
待合室には立ち食いそば屋がある。


根室駅(2013年9月撮影) 2015年9月30日閉店

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日本最東端のキヨスクだった。釧路や札幌までの長距離客が多かったのだが。
駅舎隣の食堂はまだあるようだ。向かいの観光インフォメーションセンターで土産物の調達はできそうだが。


厚岸駅(2013年9月撮影) 2015年8月31日閉店。

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いまや全国区になった駅弁『かきめし』を置いていたこともあった。
駅弁屋は駅前にあって、90年代初頭くらいまではホームでの立売りをしていたのを思い出す。


岩見沢駅(2006年10月撮影) 現在も駅舎1階にて営業中。

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もとは大型の木造駅舎だったが2001年に焼失した。上はプレハブの仮駅舎時代のもの。
JR化後しばらくまではホームにもキヨスクがあって、ホームには岩見沢構内立売商会による売店と立ち食いそば屋の3店舗もあったことになる。それ以外に、駅弁の立売りがあって、列車が着くと「え〜べんと〜」と声を張り上げてホームを往復していた。
岩見沢は鉄道の要衝であり、鉄道の町だった。


追分駅(2009年5月撮影) 2010年頃閉店?

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町の規模の割には大きな駅舎が鉄道の町だった証。
普通列車の旅では、ここ追分で長時間待ち合わせとなることもしばしば。
駅近くには店がなく、ここのキヨスクは重宝ものだった。


札幌駅ホーム 番線不詳(2012年9月撮影) 2015年閉店?

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かつては全部のホームにあったが、端のほうのホームから順次閉店し、いまはホーム上からキヨスクがなくなった。

2000年代は、1つのホームに3店舗もあったなあ。西側のエスカレーターを上ったところ、中央のそば店と同じ小屋、東側の階段を上ったところ。それが次々と閉店・撤去されてしまった。

こうして見ると、売店は店の中も吹きっさらし。しかもずっと立ち仕事。最低気温-10度以下になることがある札幌。冬は寒かったろうな。暖は足元のヒーターだけだったろう。
しかも、ディーゼル特急の容赦なく響く轟音の中で客の注文を聞かなきゃならない。

その苦労話をどこかで聞かせてほしい。


苗穂駅(2013年10月撮影) 2017年3月10日閉店

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昔は工場地帯の通勤駅。いまは駅周辺にマンションも増えた。
木造駅舎だが2018年度中には新築移転し、橋上駅になる予定。新駅舎の計画図にはキヨスクらしきスペースがあるのだが、どうなるのか。


稲積公園駅(2007年5月撮影) 2012年頃閉店?

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もとは駅舎内の待合室にあったが、いつの頃からか駅を出て『コンビニキヨスク』の名でコンビニ形態の営業となった。

キヨスクも対面販売からコンビニ形式にリニューアルされた店をコンビニキヨスクと称していたが、いまはどちらもキヨスクの名に統一されたようである。


銭函駅(2004年11月撮影) 2015年9月27日閉店

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数少なった木造駅舎が現役。
道内の最初の駅立売りだったといわれる『酒まんぢう』を芦別市の菓子店が復元。ここのキヨスクに置いていた。
夏休み中は海水浴客でにぎわうが、普段は札幌近郊の通勤通学駅である。


長万部駅(2013年7月撮影) 2017年8月23日閉店

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長万部といえばかにめし。少し前まではホームでの立売りもあったような気がするが、いつの間にか無くなっていた。
特急ならば車内販売での積み込みがあるが、駅で買うときはキヨスクで取り寄せ販売となっていた。
普通列車はすべて長万部で乗換となる。接続も悪く、この駅で長時間待ち合わせになることも多かった。


八雲駅(2013年10月撮影) 2018年2月14日閉店予定

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意外と知られてないが、JR北海道の最西駅はここ八雲。道内で一番西にあるキヨスクでもある。
瓶入りの元山牧場牛乳が人気。駅で飲んで瓶を返せば40円引きになる。


森駅(2005年9月撮影) 2018年3月7日閉店予定

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森駅名物のいかめしを置いていた。
いかめし自体は真空パックや冷凍なども含めると色んなところから出ているが、駅弁のいかめし阿部商店のが元祖である。
すっかりデパートなどの催事ではおなじみになって久しいが、キヨスクに置いていて、一応駅でも買うことができた。


五稜郭駅(2017年4月撮影) 2018年3月18日閉店予定(道南いさりび鉄道が引継ぐ)

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いまは特急北斗が全部停車するようになり、ダイヤ上は函館市内第2の駅となったが、ここも不採算店舗として閉店することになった。

キヨスクとしては閉店するが、道南いさりび鉄道が店名を変更して営業は継続する。
待合室内には『駅そば みかど』があったが、こちらは2016年に閉店している。


函館駅5・6番ホーム(2015年8月撮影) 2015年9月27日閉店

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函館駅は特急北斗のほか、青函トンネルを通って本州へ向かう特急白鳥の始発駅だった。そのため結構繁盛していた。
ホームの売店だが、函館のはコンビニ形式になっていた。

キヨスクがあったのはおもに特急が発着する5・6番線と7・8番線の2店舗だった。
特急の始発駅だし、ホームは無理でも、せめてホーム入口の通路あたりに1店舗あれば・・・。


函館駅旧駅(2000年頃撮影) 現在セブン-イレブン北海道ST函館店として営業

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函館駅が今の新しい駅舎になったのは2003年のこと。以来キヨスクはコンビニ形式の新店舗として営業していたが、2015年にセブンイレブンとなった。

旧駅舎時代は、改札口と待合所の間に対面式の店があった。
函館駅は深夜・早朝でも夜行列車が発着するため、24時間開放していた。これは旭川駅も同様だった。
その利用者のためにキヨスクもなんと24時間営業だった。90年代前半ころまでの話である。
いつしか治安や管理上の問題から、深夜の1時間ほど駅を閉めるようになり、キヨスクの24時間営業も無くなったようだ。


木古内駅(2013年10月撮影) 2015年3月14日閉店

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JR北海道の木古内駅は新幹線の駅ということになる。それまでの木古内駅は道南いさりび鉄道の駅となり、同時に無人駅となった。

新幹線の新函館北斗駅にはキヨスクが数店オープンしたが、木古内駅の方は売店の類は一切置かれていない。
想定の利用者数では商売にならないとの判断からだろう。

新幹線開業を待たずして閉店した木古内駅のキヨスクだが、しばらくして木古内公益振興社がキーコショップをオープンした。
これも2016年3月末で閉店している。不採算ではなく、当初から期限付きの営業だったようだ。

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木古内駅キヨスクの跡にオープンしたキーコショップ。2016年3月31をもって閉店した。



いかがだったでしょうか。

駅に行けばキヨスクがあり、旅立ちの汽車に乗る前、あるいは通勤通学途中に何げなく立ち寄って買い物をしたキヨスク。
こんなキヨスクも気が付けば過去の遺物になりつつあります。

あと何年かすれば対面販売のキヨスクは・・・

私からは言いません。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。

posted by pupupukaya at 18/02/11 | Comment(2) | 北海道の駅
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