平成11年11月11日のゾロ目きっぷ

今から13年前の平成11年、11,11,11のきっぷを買ってきた。
当時は札幌駅でも硬券入場券が健在だった。

image2.jpg

観光記念入場券
image3.jpg

これは様似駅で偶然GETした硬券入場券。
image4.jpg

裏側の番号がなんとゾロ目。
image5.jpg
posted by pupupukaya at 13/04/07 | 北海道の駅

北海道の駅_美々駅

千歳線 美々駅

【開業】大正15年8月21日
【所在地】千歳市美々1292番地5
【駅名の起源】アイヌ語の「ペッ・ペッ」(川・川)より。ここは小川が多く集まっているため。

DSCN0015.JPG
美々駅の駅舎。

DSCN0016.JPG
昭和50年代に一斉に建て替えられた当時標準の駅舎。

DSCN0018.JPG
建物財産票。

DSCN0017.JPG
簡易Kitaca改札機も一応ある。
使う人はどれだけいるのだろう。

DSCN0041.JPG
きっぷ受箱。無人駅なので車掌が集札するが、しなかった場合は自分でこの箱に入れる。


DSCN0015.JPG
待合室。

DSCN0044.JPG
待合室の時刻表。

DSCN0042.JPG
待合室に掲示の張り紙。

DSCN0022.JPG
待合室に掲示の張り紙(その2)。

DSCN0021.JPG
タクシー会社の電話番号一覧。
新千歳空港と間違えてこの駅で降りる人がいたようで、それ用に掲示してあるらしい。さすがに今はいないだろうが。

DSCN0020.JPG待合室の落書き(その1)
この手の駅によく置いてある「駅ノート」はなかった。そのせいか待合室の壁は落書きでびっしり。
落書きの内容に対するツッコミの落書きもあって壁は賑やかだ。


DSCN0025.JPG
待合室の落書き(その2)

DSCN0027.JPG
待合室の落書き(その3)

DSCN0024.JPG
待合室の落書き(その4)

DSCN0040.JPG
ホーム側から見た駅舎。

DSCN0034.JPG
草の生えたホーム。一応6両編成対応。

DSCN0037.JPG
美々の駅名標。
「びびび」ときて「びびび婚」したのは某大物女性歌手。全然関係ないが。

DSCN0035.JPG
ホームは2面3線。普通列車や貨物列車の退避も行われる。

DSCN0036.JPG
札幌方には保線車庫もある。

DSCN0029.JPG
スーパー北斗が通過。

DSCN0046.JPG
トイレは汲み取り式。男女兼用。

DSCN0050.JPG
全く人家の無い駅前。

一部のファンからは秘境駅とされている美々駅。列車本数、駅へのアクセスなどは秘境を感じさせるものは無いが、駅周辺は千歳市の衛生施設があるほかは人家が見当たらない。普段は誰が利用しているのだろうと思わせるところがやはり秘境なのだろう。

しかし、列車の運転上は中線を使った列車の退避が頻繁に行われ、保線車両の車庫としての機能もあるようで、ひと気は全くないがそれなりに役割のある駅のようだ。

(2013年6月30日)
posted by pupupukaya at 13/06/30 | Comment(0) | 北海道の駅

北海道の駅_勇払駅

日高本線 勇払駅

【開業】大正2年10月1日
【所在地】苫小牧市字勇払142番地26
【駅名の起源】アイヌ語の「イ・プッ」(それの口)のがなまったもの。古くからアイヌとの交易場所である「勇払会所」があった。

DSCN0064.JPG
広場にポツンと建つ2階建ての駅舎。
昭和37年に苫小牧港建設に伴い、従来海岸沿いにあった線路を現在の掘り込み港を大きく迂回する現在線に付け替えられた。現在の駅はそのとき移転・新築されたものである。

DSCN0065.JPG
ブロック造りの駅舎は最近リニューアルされた。といっても使用していない事務所部分の窓に打ち付けた板が新しい鉄板になっただけだが。

DSCN0091.JPG
駅前は日本製紙の社宅、工場の煙突が離れたところに見えるが何もない。海外のどこかの駅だと言われればそんな気もしてくる。

DSCN0066.JPG
広い待合室。壁際に木製のベンチが並ぶ。

DSCN0067.JPG
駅旧事務室側の壁。

DSCN0068.JPG
昔は製紙工場への貨物列車の扱いがあったが、現在は無人駅で苫小牧市中心部への通勤通学駅である。
「防犯カメラ設置」の張り紙があちこちにある。待合室の壁が一部焦げていたりイタズラが多いようだ。

DSCN0069.JPG
日本が高度成長へ向かっていた当時、苫小牧港開発による貨物需要増大をあてこんでか構内はやたらと広く、駅舎とホームの間に側線が3〜4本くらい並べられそうだ。

DSCN0084.JPG
ホーム側からの駅舎。まるで廃墟のよう。

DSCN0086.JPG
窓をふさぐ鉄板だけが妙に新しい。

DSCN0071.JPG
もともとは駅舎とホームは長い跨線橋で結ばれていた。今は撤去されている。

DSCN0072.JPG
3両編成対応の立派なホーム。急行「えりも」3往復が停車していたこともある。

DSCN0075.JPG
勇払の駅名標。

DSCN0077.JPG
ホーム端。側線は保守車両によるバラストの積み降ろしに使っているのだろうか。


駅だけ見ると廃墟のような駅舎やひと気のない駅前で秘境駅のような佇まいだが、苫小牧市勇払地区は日本製紙勇払工場があって普通の住宅地になっており、駅の利用者もしっかりといるのである。

市中心部まで路線バスならば小1時間かかるが列車ならば苫小牧駅まで1駅わずか11分である。住民にとっては貴重な足だ。

しかし、苫小牧市中心部も大型店舗の相次ぐ撤退により求心力が大きく低下しており、それにつれて町はずれにあるこの無人駅の存在も町の人から遠い存在になりつつあるそんな気がする。

(2013年6月30日)
posted by pupupukaya at 13/06/30 | Comment(0) | 北海道の駅

北海道の駅_下徳富駅

札沼線 下徳富(しもとっぷ)駅

【開業】昭和9年10月10日(昭和18年10月1日休止、昭和28年11月3日再開)
【所在地】樺戸郡新十津川町字花月205番地2
【駅名の起源】徳富とはアイヌ語の「ト」(小山)から出たもの。徳富川の下流にあたるため「下」つけたもの。

P8220396.JPG
広い駅前広場。

P8220394.JPG
木造モルタル建ての駅舎。いまは無人駅だが、昔は駅員もいて貨物も取り扱っていた。
駅舎よりも大きく育った松に年代を感じる。

P8220439.JPG
駅看板。

P8220401.JPG
駅前の倉庫街になっている。昔は農作物の集散地でこの駅から貨物列車で出荷していたのだろう。この辺りは道内有数の米どころ。

P8220415.JPG
駅周辺は倉庫のほか集落もある。しかし町の中心は国道のほうにある。

P8220438.JPG
駅舎内。旧出札口と荷物窓口は板で塞がれ、ポスター掲示板となっている。

P8220393.JPG
旧改札口上の時刻表。発着する列車は1日3往復のみ。

P8220449.JPG
壁に黒板がぶら下がっていた。昔は伝言板にでも使われていたのだろうか。

P8220436.JPG
外観の割には駅舎内はきれいになっている。

P8220392.JPG
古びたベンチの上には。

P8220391.JPG
駅ノート。

P8220451.JPG
出札窓口の遺構。

P8220452.JPG
窓口の台を支える時代かかった金具。

P8220454.JPG
ホームは駅舎より一段高いところにある。
札沼線北部はこの手の構造の駅が多い。

P8220466.jpg
朝顔の鉢植え。

P8220460.JPG
旧事務室側は、信号扱いを行っていた名残がそのまま。

P8220464.JPG
ホーム側に張り出した屋根。駅舎の周りはくもの巣がいっぱい。この駅の主は“くも”らしかった。

P8220472.JPG
ホーム側から見た駅名標と駅舎。

P8220470.JPG
ホームも線路も草ぼうぼう。

P8220431.JPG
草むらに埋もれた旧貨物ホーム。

P8220428.JPG
すでに廃駅のような佇まい。

P8220405.JPG
懐かしい日本の風景。

P8220417.JPG
札沼線末端区間では昔ながらの木の電柱が今でも現役で残っている。
アームに碍子をたくさんつけた独特の形状から「ハエタタキ」とも呼ばれた。

P8220441.JPG
宮沢賢治の「月夜のでんしんばしら」ではないが、夜な夜な電柱たちが凸凹の行進をはじめそうだ。

P8220486.JPG
草ぼうぼうの線路の向こうから新十津川駅を発車した上り列車がゆっくり近づいてきた。

P8220488.JPG
1日3本のみの貴重な列車だ。

P8220380.jpg
時代から取り残されたような空間に憑かれたようにいつまでもこの駅に残りたいと思った。しかし私はこの汽車で帰らねばならない。

(2010年8月22日)
posted by pupupukaya at 13/07/02 | Comment(0) | 北海道の駅

知内駅訪問記

木古内 8:47発 (スーパー白鳥22号)→ 知内 8:55着
知内 9:38発 (白鳥93号)→ 木古内 9:46着

2015年度開業を目指して工事中の北海道新幹線ですが、新幹線開業の陰でひっそりと姿を消す駅があります。
その1つが知内駅。1日2往復しか列車が停まらず、しかも全列車が特急列車という珍しい駅。

新幹線駅の設置予定は無く、2014年3月のダイヤ改正で廃止が決定しました。
廃止になる前に行ってみようと2013年10月の日曜日に木古内から列車で訪問しました。

DSCN0185-001.JPG
木古内駅改札口。知内までは一駅で片道260円。
木古内―蟹田間は普通列車が無いので、この区間のみは特例として乗車券のみで特急に乗れる。

DSCN0318-001.JPG
木古内駅の時刻表。赤色の特急列車が目立つ。

DSCN0189-001.JPG
木古内駅ホームで新青森行スーパー白鳥を待つ。どこもかしこも新幹線開業の表示が目立つ。

DSCN0194.JPG
木古内駅構内。新幹線の新駅舎の形ができつつある。

DSCN0198-001.JPG
スーパー白鳥22号が入線。

DSCN0199-001.JPG
先頭は785系改造の増結車。所定6両のところ今日は2両増結の8両編成。

DSCN0203-001.JPG
木古内―知内の往復乗車券。木古内駅窓口で発売している青色の常備券。

DSCN0207-001.JPG
木古内からわずか8分で知内に着く。

DSCN0210-001.JPG
8両編成は後ろ1両がホームにかからない。

DSCN0211-001.JPG
スーパー白鳥は新青森へ向けて発車して行った。降車客は全員鉄道ファン(多分)。

DSCN0214-001.JPG
知内駅の全景。新幹線工事中のため資材などが置かれて雑然としている。

DSCN0216-001.JPG
新幹線と共用の3線用枕木。在来線の狭軌と新幹線の広軌のレールが3本にされる。

DSCN0270.JPG
新幹線と在来線の併用区間とするため、在来線貨物列車用の待避線の増設が行われている。
駅は廃止されるが、新幹線開業後は退避用の信号場として存続する。

DSCN0258-001.JPG
「金太郎」の愛称を持つEH500牽引の貨物列車が通過。海峡線の準主役といったところ。

DSCN0220-001.JPG
跨線橋内ののりば案内。

DSCN0221-001.JPG
跨線橋からホームに下りる階段。

DSCN0225-001.JPG
出口への通路。板張りの壁が仮設駅のようだ。

DSCN0229-001.JPG
一応駅なので通路に時刻表や運賃表が張ってある。

DSCN0230-001.JPG
知内駅の運賃表と時刻表。木古内駅や蟹田駅以降まで乗る場合は特急料金も必要なのだが、それについては書かれていない。

DSCN0232-001.JPG
乗車券販売をやめたので上からガムテープでふさいだ看板。

DSCN0233-001.JPG
通路にベンチが並べられて待合室がわりになっている。

DSCN0255-001.JPG
通路の突き当りは道の駅の物産館へと続いている。

DSCN0256-001.JPG
物産館は駅とは対照的に観光バスのお客さんで賑わう。知内の特産品やお土産などが買える。

DSCN0250-001.JPG
知内駅の駅舎正面。大きな看板があって駅の体裁はある。

DSCN0235-001.JPG
しかし駅の入口は道の駅物産館の建物の裏側にあって、表側からは完全に死角の場所になる。

DSCN0242-001.JPG
道の駅しりうち全景。日曜日とあって、観光バスや車が次々と立ち寄っていたが、ここに駅があることを知る人はいないようだ。

DSCN0245-001.JPG
国道にある函館バス「知内駅前」バス停。

DSCN0244-001.JPG
知内駅前のバス時刻表。行先は消えかかっているが全て木古内駅まで行く。

DSCN0263-001.JPG
オレンジ色の乗車駅証明書発行機。

DSCN0266-001.JPG
ボタンを押すとレシートのような紙に駅名と日時が印字されて出てくる。これを持って車内や着駅で精算する仕組み。

DSCN0279-001.JPG
知内駅の駅名標。隣駅の吉岡海底駅は2006年から営業休止中。知内駅と同じく2014年3月で廃止となる。

DSCN0275-001.JPG
ホームの「旅貨・停」と書かれた標識。他で見たことは無いが、どういう意味なのだろう?

DSCN0287-001.JPG
出発反応標識。海峡線は、新幹線と同じ自動列車制御装置(ATC)のため在来線のような信号機は無い。
車掌はこの標識の点灯を確認して発車合図を送る。

DSCN0287-001.JPG
赤い消火栓は、車両火災があった場合ここまで引き上げることを想定して設置されたもの。

DSCN0302-001.JPG
下り線ホームから道の駅しりうちを見る。観光バスが次々とやってきていた。

DSCN0308-001.JPG
白鳥93号が到着。485系電車6両編成。

DSCN0312-001.JPG
自由席はホームの一番端に停まるので移動が大変だ。乗車客はさっき着いた鉄道ファンたちと地元の人らしい3人。

DSCN0287-001.JPG
1日2往復のみ停車の列車に乗る。

DSCN0318-001.JPG
車内からも新幹線の工事が見える。

DSCN0320-001.JPG
知内から8分で木古内まで戻ってきた。隣は貨物列車が停車中。

DSCN0322-001.JPG
新幹線開業後は特急列車はすべて新幹線に移行するが、貨物列車は今まで通り存続する。

DSCN0337-001.JPG
木古内駅駅舎。駅前も新幹線開業に向けた再開発工事が始まっている。


DSCN0044-001.JPG
夜の知内駅。

DSCN0039-001.JPG
ライトに照らされた知内駅ホーム。この駅の最終列車は20:02発函館行スーパー白鳥31号で、発車した後はホームの照明はすべて消灯される。

DSCN9980.JPG
道の駅しりうちの物産館で買った北のサブちゃん漬け。わさび味の松前漬けでおいしかった。

posted by pupupukaya at 14/02/09 | Comment(0) | 北海道の駅

2006年3月17日 夜行特急オホーツクと利尻の最終日

2006年3月18日JR北海道ダイヤ改正の前夜、網走行きの特急オホーツク9号と稚内行特急利尻2本の夜行列車が定期列車としての運行を終えた。

特急利尻は夏季シーズンに「はなたび利尻」号として、夜行オホーツクは流氷シーズンにそれぞれ臨時列車として運転されるが、日常の列車としては最後の運転になる。

そんな2列車の最終日の光景を撮影してきたものです。

DSC02998.JPG
21:30地下鉄さっぽろ駅コンコース。地下街もシャッターが下りて1日が終わろうとしている。

DSC03029.JPG
札幌駅西改札口。この時間は帰宅を急ぐ人々ばかりが足早に通り過ぎる。

DSC03039.JPG
改札口の特急オホーツク9号の表示。

DSC03063.JPG
改札内のコンコース。あちこちにダイヤ改正のポスターはあるが、夜行オホーツクと利尻の最終運転と書かれたものは見当たらなかった。

DSC03058.JPG
コンコースの駅弁売店。夜行列車のお客さんのために店を開けている。

DSC03060.JPG
ロッテリアも営業中。

DSC03142.JPG
コンコースのキヨスクも営業中。お酒やおつまみを買って行く人が多い。

DSC03161.JPG
コンコースの待合スペースにはストーブが灯る。

DSC03083.JPG
8番線は先行する岩見沢行普通列車が停車中。

DSC03066.JPG
ホームの売店やそば店は既に閉店していた。

DSC03089.JPG
岩見沢行普通が発車して、今度の発車は特急オホーツク9号となる。

DSC03095.JPG
オホーツク乗車口は長蛇の列。しかし最終日の名残乗車の人や旅行者ではなく、ほとんどが旭川までに降りてしまう帰宅客である。

DSC03097.JPG
指定席も行列ができる。Sきっぷでも自由席との差額で利用できるようになってから指定席の利用者も増えた。
金曜日のため、いつもより乗客が多いようだった。

DSC03107.JPG
オホーツク9号が入線。

DSC03112.JPG
21号車を1両増結した6両編成。

DSC03120.JPG
最終運転日とあってカメラを持ったファンの姿もいつもより多い。

DSC03137.JPG
もう少しファンがたくさんいるのかと思っていたが、カメラを向けているのは数人だけ。
遅い時間ということもあるのだろうが少々拍子抜けした。

DSC03129.JPG
隣のホームでは三脚を立てている人も。最終運転日とあってホームの駅員も配置されているが、今日のファンの人数では駅員も手持無沙汰に見える。

DSC03134.JPG
オホーツク号のヘッドマーク。昼間のオホーツク号は明日からも走るので、このマークが無くなるわけではない。

夜行オホーツクを見送り、1階コンコースのストーブで暖をとってからまたホームに向かいました。

DSC03168.JPG
特急利尻は旭川方面へ今日の最終特急列車になる。

DSC03171.JPG
7番線には苫小牧行普通列車が停車中。道内夜行列車も通勤電車の間合いに発着するようになって、発車前の旅情も無くなってしまった。

DSC03176.JPG
特急利尻の乗車口札。利尻富士がイラストされている。

DSC03190.JPG
オホーツクの時とは違って、ファンらしい姿も多くなってきた。

DSC03194.JPG
7番線の苫小牧行が発車する。

DSC03196.JPG
最終運転の特急利尻を一目見に来ました、帰宅途中に遠回りして立ち寄りましたという感じの人が多い。

DSC03203.JPG
22:55に苗穂方から利尻が入線。

DSC03207.JPG
皆いっせいにカメラを向ける。

DSC03208.JPG
利尻の車両は夜行専用ではないが、夜汽車は青色が良く似合う。奥に停車中の寝台車は釧路行特急まりも。

DSC03212.JPG
利尻のヘッドマークはこの日で見納め。

DSC03216.JPG
乗客が車内に納まってしまうとホームも閑散とする。
最終日セレモニーどころか横断幕も張り紙すらなく、さびしい最終日だ。

DSC03215.JPG
1両ついているB寝台車。横になっていけるので高いけど意外と人気があった。

DSC03222.JPG
時間が遅いせいか先に発車したオホーツクより空いている。指定席は見事にがら空きだった。それでもほとんどの乗客は旭川までに降りる。
翌日から同時間の特急はスーパーホワイトアロー号になり、大幅にスピードアップされ便利になる。

DSC03218.JPG
明かり灯る車内では家路を急ぐ乗客が発車を待つ。

DSC03220.JPG
最後の特急利尻は23時03分、十数人の鉄道ファンに見送られて稚内へ向け発車して行った。

DSC03185.JPG
夜汽車が去ったホームの果て。
翌朝に稚内と網走から来る上り列車が到着すると本当の最終列車となる。


★その後

2006年6月から稚内行の夜行列車は特急「はなたび利尻」号として運転されるようになった。
しかし、利用者低迷から2007年9月30日の運転を最後に廃止された。
また、夜行オホーツクも流氷シーズンのみ運転の臨時列車として運転していたが、こちらも2008年3月15日オホーツク81号として運転されたのを最後に廃止となった。

一方、釧路行夜行特急「まりも」はこのダイヤ改正でも存続したが、2007年10月1日に臨時列車に格下げ、2008年8月31日の運転を最後に廃止となった。
これにより、北海道内のみ運行する夜行列車はすべて姿を消した。

posted by pupupukaya at 14/02/11 | Comment(0) | 北海道の駅

札幌駅の発車メロディー??

本州のJRでは導入されているがJR北海道では一向に導入される気配の無いものの一つに発車メロディがある。

じつは一時期私は首都圏の鉄道にかぶれて、札幌駅にも発車メロディがあればと思っていたことがあって、じゃあどんな音楽がいいのか考えていた。

・北への旅立ちを彷彿させる曲である
・ディーゼルエンジンの騒音が絶えないホームでも良く通る音である

上の2つを満たすようなメロディがないものかなあと思っていたのだが、意外や意外、同じ札幌駅の地下で流れていた音楽があった。


※2005年12月PASEO地下にて、デジカメの動画録画機能で録ったものなので映像は余計ですが。

動画はPASEOで毎正時に時報として流れていたもので、個人的にはホームで寝台特急の発車時に流れていれば悪くないなと勝手にイメージしていた。

P4280027.JPG
※画像はイメージです。

発車メロディとすればなかなかいい曲でしょ?
いろいろな列車発車シーンを妄想してみたものだった。
ただ、演奏時間が60秒なので発車メロディとしては長すぎるかも。

残念ながらこの時報は、録画後しばらく経ってやめてしまったようで過去のものになった。

PICT0005.JPG

当時(2005年頃)気になっていたこの曲についてPASEOに問い合わせしたことがあった。

回答は、この曲はパセオのオープン当初作ったのは音楽制作会社で曲名は特に無いとのこと。またこの会社は既に解散して存在しないということだった。

posted by pupupukaya at 14/05/15 | Comment(0) | 北海道の駅

地平時代の旧旭川駅1 駅舎・ステーションデパート

2010年10月10日に旭川駅が高架駅としてオープンしました。以来駅周辺の再開発も着々と進み、旭川の新しい顔ができつつあります。

しかし、広すぎて寒々としたコンコースや街から遠ざかってしまった駅入口などを見ると、なにか失ってしまったような気がするのは私だけでしょうか。

P2130011.JPG
現在の旭川駅コンコース。

先代の3代目旭川駅は1960(昭和35)年に、地上2階地下1階建てで、地下の民間のテナント部分は民間が出資する「民衆駅」という形で竣工しました。
その前の2代目駅舎は大正時代建築の木造駅舎だったので当時としては鉄筋コンクリートの新駅舎はとても斬新だったと思われます。

その後建物自体は幾度も改築されてその時の現代風になってましたが所々に昭和30年代の、鉄道の要衝であった古き良き時代の面影が残っていました。

今日はそんな旧旭川駅にちょっとタイムスリップしてみましょうか。それほど昔ではなく、2000年台前半頃のイメージで。

※画像は過去に写した寄せ集めのものなので、撮影時期はバラバラです。画像横に撮影年月を記しています。


◆ 駅舎入口から

IMG_20140517_0012.jpg
2003年4月
『旭川駅』と大きく高く掲げられていた表示は旭川のメインストリート平和通買物公園からも目立つ存在だった。

54.jpg
2000年8月
平和通買物公園の賑わいと旭川駅。街と駅は近かった。

IMG_20140517_0009.jpg
1985年10月?
これは国鉄時代の旭川駅。駅舎は格好のメディアとばかりに広告の大看板が掲げられ始めた頃。
正面のデジタル時計はおそらく初代のものだろう。

27.jpg
2002年1月
ステーションデパートの看板も見える駅正面入口。

IMG_20140517_0013.jpg
2001年10月
旭川駅夜景。「旭川駅」のネオンは結構目立って、買物公園からも良く見えた。

PICT0348.JPG
2004年11月
2004年頃からネオンと電光掲示時計は撤去され、イルミネーション風の三角塔と丸時計が設置された。高架移転まで旭川駅の顔はこのスタイルとなる。

PICT0036.JPG
2004年11月
駅前の一般車乗降場。歩道の幅は狭いが、屋根付きで車寄せのように利用できた。

35.jpg
2003年4月
駅前広場東側にあった鉄道弘済会の建物。

PICT0041.JPG
2004年11月
風雪に耐えつつ駅前を見守ってきた夫婦のニポポ人形。新駅移転後行方不明だったが、現在は旭川市内某所に引き取られ保存・公開されているとか。

PICT0085.JPG
2004年11月
旧駅舎とこれも今は無いアサヒビル(右)。


◆ コンコース・改札口

asahikawasta.bmp
JR北海道ホームページに2003年頃掲載していた旭川駅構内図。

IMG_20140517_0003.jpg
2001年10月
改札口前のコンコース。奥はみどりの窓口。

IMG_20140517_0004.jpg
2001年10月
駅舎内はJR化以降様々なテナントが入居してごちゃごちゃした印象だった。

IMG_20140517_0014.jpg
2003年10月
柱が等間隔で並んだコンコース。奥は改札口横にあったキヨスク。

IMG_20140517_0002.jpg
2003年4月
駅に入ってすぐのところにステーションデパートの入口階段があった。2か所あってこちらは西側の入口(西階段)。

IMG_20140517_0022.jpg
2003年4月
東側の入口(中央階段)。こちらは改札口や正面入口からは反対方向になるので閑散としていた。

28.jpg
2002年1月
待合室。昔はもっと広かった気がするけど、増えるテナントに場所を取られてこの形になったのだろう。
奥の立ち食いそば屋は隣のサンレストと厨房は共通で、値段も隣で座って食べるのと変わらなかった。

PICT0066.JPG
2004年11月
待合室の出入り口。

PICT0070.JPG
2004年11月
日観連宿泊案内所。昔ここでビジネスホテルを紹介してもらったが、あまりの安さに驚いた記憶がある。

PICT0074.JPG
2004年11月
旭川駅内郵便局。これもできたのは国鉄からJRになった頃だと思う。当時駅構内に郵便局があるのは珍しかった。旅先のお金は郵貯の預金を現地で引き出していたが、ATMは郵便局にしか無かった時代は駅内に郵便局があるのは大変重宝だった。

PICT0073.JPG
2004年11月
もとは「にっしょく北海道」といって、駅の食堂らしく年中無休で、メニューも定食から丼物、麺類まで幅広くやっていた便利な食堂だった。

39.jpg
2001年10月
自動改札機がずらりと並んだ改札口。当時こんなところにまで自動改札化が進むとは思わなかった。

IMG_20140517_0005.jpg
2003年4月
改札口の向こうにスーパーホワイトアロー号が停車している。1番ホーム発着の列車に限って言えば、地平駅は便利な駅であった。
電光掲示案内の下に『富良野線ホームまでは3分以上かかります』の表示が下がっている。

4.jpg
1988年3月
自動改札導入前の改札口。


◆ ステーションデパート

地下1階はステーションデパートが営業していました。しかし、JR化後はコンコースにも数々のテナントが入居するようになって、すっかり影が薄くなってしまったようです。

地下改札口があって、このあたりが21世紀になっても昭和の香り漂う一角でした。改札口だけできっぷは売っていなかったが、既にきっぷを持ったお客さんが地下改札口の前に並んでいたので結構混雑していた。

そんな光景も、ホームにエスカレーターが付いたことや、自動改札化で常時改札が行われるようになると地下改札口の利用者も少なくなっていったようです。

せめてエスタと地下で直結していればもう少し人の流れもできていたのかも知れないが、お客の減少に歯止めがかからず、新駅舎移転より一足先の2004年4月を以て閉店となりました。

image0 (2).jpg
2001年頃
駅で配布していた『旭川ステーションデパートお買い物マップ』。

IMG_20140517_00251.jpg
2000年8月
ステーションデパート入口の階段。

9.jpg
2001年11月
地下ステーションデパートの店内。地上階の喧噪とは正反対に静かで人影もまばらだった。
駅という場所柄で土産物を扱う店が多かったが、観光客や旅行者の姿を見ることは稀だった。

3.jpg
2002年1月
「デパート」といっても各店はショーケースや陳列棚を並べた売店程度の規模で、観光地の土産物屋のような雰囲気だった。

1.jpg
2002年1月
柱に貼ってあったステーションデパートの案内図。昔は「まごころタウン」の名前がついていたが、この頃はまた「ステーションデパート」の名称に戻っていたようだ。
(店員はあまり「まごころ」は感じなかった記憶はあるが・・・)

IMG_20140517_00061.jpg
2001年11月
ステーションデパート東側の飲食街。改札口から遠いせいかさらに閑散とした一角だった。緑色した暖簾の店は蜂屋ステーション店。当時から有名店で(今ほどではないが)旭川に行く度によく食べたものだった。

IMG_20140518_00021.jpg
2003年8月
ステーションデパートから直接地下道に通じる地下改札口。地上は自動改札化されたが、ここのは最後まで有人の改札口だった。
列車別改札が行われていた昔は奥の改札口からここらあたりまで行列ができていたものだが、自動改札化後は常時改札となり過去のものになった。

101.jpg
2002年1月
地上のような電光掲示板は最後まで設置されず、改札係の人が列車の行先を書いた札を掛けたり外したりしていた。

IMG_20140517_00301.jpg
2003年4月
『只今の改札』という時代がかった表現もこの頃は珍しくなっていた。

IMG_20140517_00071.jpg
2002年1月
改札口横にあった縦書き漢数字の発車時刻表。最後までこのスタイルで、ステーションデパート営業中の9:00〜20:00までの表記だった。

53.jpg
2002年1月
この頃は経費節約のためかダイヤ改正の度に上から紙を貼って時刻修正した箇所が増えて行った。

102.jpg
2002年1月
函館本線、宗谷本線、石北本線、富良野線と4方向の時刻表が並ぶ。

駅舎内は大体見て回ったので、今度は切符を買って改札口の中に入ってみましょうか。

IMG_20140518_0005.jpg




posted by pupupukaya at 14/05/18 | Comment(1) | 北海道の駅
Powered by さくらのブログ