札幌駅周辺再開発のまとめと新幹線アクセスを考える

2030年度末(2031年3月)開業を目指す北海道新幹線札幌延伸工事。
札幌駅でも去年(2022年)から本格的に工事がスタートしました。

新幹線だけではなく、札幌駅周辺では再開発計画が目白押しです。
エスタとレールパークとなっている西1・2丁目は新幹線札幌駅直結の再開発ビルが、ヨドバシカメラが取得した西武百貨店跡地には高層ビルが建つことは、メディアでも報道されて多くの人が知るところです。

しかし、報道で伝わってくるのはそれぞれ別々で、断片的なものになっていて、全体像が見えてきません。
筆者もいまだに鉄道に疎い人から「新幹線の札幌駅ってどこにできるの?」と聞かれる始末。
長らく無かったものなので、札幌市民からすれば新幹線てのは関心が薄いものなのかも知れませんね。

そんな関心の薄い札幌市民に知らしむべく、各種資料から総合して新幹線開業時の札幌駅周辺想定図を作成してみました。

↓ ↓ ↓ それがこちらの画像。

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 新幹線開業時(2030年度末)の札幌駅周辺想定図。
 -地理院地図より筆者作成-

画像をクリックすると拡大します。
筆者が丸1日かけて作成した力作なので、じっくりと見てやってください。

それはともかく、これで札幌駅周辺の全体図が見えたので、それを踏まえての話になります。
まずは周辺の再開発事業を個別に見てみましょう。


 ◆ 新幹線札幌駅直結の再開発ビル(北5西1・西2地区市街地再開発事業)

新幹線札幌駅開業関連の再開発事業としては筆頭といえるでしょう。
新幹線駅に直結して、1階はバスターミナル、中層階は商業施設、高層階はオフィスとホテルが入居予定。
札幌駅周辺の再開発事業としては肝と言える事業です。

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 エスタ2階から新幹線札幌駅予定地を見る。

その現在はというと、北5西1側の1区画は駐車場のレールパークと駐輪場として使われています。
札幌駅高架前は日通の倉庫やJR北海道バスの営業所があった場所ですが、高架化後は移転して長らく遊休地のようになっていました。
何とも勿体ない使い方でしたが、この土地があったおかげで新幹線駅や再開発ビルの建設ができたわけで。

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 再開発ビルに建替えのため解体されるエスタ。

長らく札幌駅南口の顔だったエスタですが、こちらは今年(2023年)の解体が決まっています。
キーテナントのビッグカメラは東急百貨店内に移転予定。
そのほかのテナントも各所に移転するか休業ということになるのでしょう。

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 新幹線札幌駅直結の再開発ビル。
 -JR北海道_【社長会見】札幌駅直結「(仮称)北5西1・西2地区市街地再開発事業」〜都市計画決定に向けた手続きを開始〜-より画像引用

その再開発ビルの完成予想図が上の画像。
西2丁目通を跨ぐ形で建設され、高層棟は地上43階建て、高さ245mというもの。
現在の南口駅ビルに匹敵する巨大ビルとなります。

札幌市の人口は200万人直前を迎えて頭打ち。少子高齢化の影響でこれから減少が予想されていますが、果たしてこんな巨大ビルを建設して採算が取れるのでしょうか。
まあそこは素人が心配してもしょうがないし、新幹線効果を期待するしかありませんね。

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 主に北4条通に点在する路上のバス発着場。

再開発ビルの1階にはバスターミナルも併設され、西3丁目側が路線バスの、西2丁目側が都市間バスのターミナルとなります。
現在のエスタ1階発着の路線のほか、駅周辺に点在する路上のバス発着場(東急前、旧西武前)もこちらに集約されるようです。


 ◆ 旧西武百貨店跡地(北4西3地区)

こちらは南口側の再開発。
旧西武百貨店(さらに昔は五番舘百貨店)跡地。
2009年に閉店となり、その跡地はヨドバシカメラが取得して建物は解体。長らく空き地になっていた場所です。
そこに、新幹線札幌開業に合わせて高層ビルを主体とした複合ビルを建設しようというもの。

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 南口広場から駅前通を見る。この風景も一変する。

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 西武跡地にできる高層ビル。
 札幌市HP/事業地区一覧/北4西3地区-より画像引用

西武百貨店跡地に建設されるものと思っていましたが、北4西3の一区画が再開発ビルとなるようです。
現在この区画に建つオフィスビルや雑居ビルも取り壊しになるんですね。
これと並行して、北5条通地下を南北線北改札口付近から東急百貨店への通路とを直結する地下道が新設されるようです。

工事開始は2024年度。完成予定は2028年度となります。
この空き地で工事が始まったので、いよいよビルが建つんだなと思っていたら、できたのは平面の時間貸駐車場。
区画内のビルを取り壊して建設開始となるまで、とりあえず駐車場にしておこうということだったようです。


 ◆ さつきた8・1

ここは元は木造の住宅やアパートが立ち並んでいた区画。
札幌市の再開発事業となって、地上48階建て、高さ175mのタワマンがメイン。
低層棟は商業施設や劇場が入居、別棟の14階建てビルはホテルになるんだとか。

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 姿を現した48階建ての『さつきた8・1』。

完成は来年(2024年)度ですが、建設が進んで全容が見えてきました。
これに並行して、地下鉄東豊線さっぽろ駅17番出口から直結する地下道も建設中です。


 ◆ 地下鉄南北線さっぽろ駅

南北線さっぽろ駅のホームは島式ホーム。
他の都心駅は対向式ホームとなっています。

島式ホームの長所は上り線と下り線が同一ホームを使用するためにエスカレーターやエレベーターを共有できるところ。
ですが、乗降客の多い駅では逆に仇となって、1つしかない階段やエスカレーターに降車客が集中しやすいことになります。

実際南北線さっぽろ駅ではラッシュ時など昇る階段が渋滞するほどの大混雑になります。
さらにJR札幌駅や商業施設が近い北側の階段に多くの乗客が集中します。
逆に乗車客の多くも北側の階段に近い場所に集中するので、駅員が何人も立って、奥の南側へ誘導する場面も見られます。

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 壁側に真駒内方面ホームが新設される南北線さっぽろ駅。

こうしたホームの混雑を解消しようという事業で、今は壁となっている1番ホームの反対側にホームを新設し、真駒内方面専用のホームとするものです。
現在のホームは麻生方面専用ホームとなります。

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 南北線さっぽろ駅ホーム増設の概要。
 -札幌市/令和元年度(2019年度)交通部会の開催状況/南北線さっぽろ駅改良事業について-より引用

同様の構造は山手線の渋谷駅、大阪市営地下鉄御堂筋線の駅に見られます。
それぞれのホームを分けることで動線もスッキリし、安全にもつながるのではないでしょうか。

札幌駅周辺のプロジェクトを表にまとめてみると以下のようになります。

札幌駅周辺のプロジェクトと完成予定年
事業名場所概要完成予定
『さつきた8・1』北8東148階、ホテル、住宅、劇場等2024年春
北6東3周辺地区旧卸センター跡公園、ホテル、住宅、医療等2025年
旧パセオ営業再開札幌駅高架下高架下テナント2025年以降
南北線さっぽろ駅改良 真駒内方面ホーム増設2027年度
北4西3地区
旧西武百貨店跡
35階、ヨドバシ、テナント、オフィス、ホテル2028年度
北5西1・2地区市街地再開発現エスタ・レールパーク43階、テナント、オフィス、ホテル2028年度
北海道新幹線札幌駅 乗換跨線橋、新幹線橋上駅舎、新幹線東改札2030年度末

去年あたりから本格的に始まった再開発工事。
来年くらいから次第に完成するところが出てきます。

この先毎年のように新たにできますね。
新幹線開業が一応の着地点として、毎年毎年オープンラッシュとなりそうです。


 ◆ アクセスその1、南北線さっぽろ駅から新幹線改札口まで

次に、新幹線札幌駅アクセスについて考えます。

札幌駅の新幹線アクセスといえば各種報道にもある通り、在来線ホームから跨線橋で新幹線コンコースへ連絡するというもの。
これはJR北海道のHPにも概要が公表されています。

ただこの跨線橋は新幹線と在来線を乗り継ぐ乗客のためにあるもので、市内各所から札幌駅へ行き、そこから新幹線に乗る乗客が利用するものではありません。

例えば筆者が現在の住居から新幹線に乗るとすれば、地下鉄南北線に乗ってさっぽろ駅へ向かうことになります。

一方で、地下鉄東西線沿線からのアクセスを考えても、大通駅での東豊線乗換は相当な距離を歩きますし、やはり南北線さっぽろ駅からのアクセスとなるのではないでしょうか。

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 南北線北改札口から新幹線改札口までのルート図。
 -地理院地図より筆者作成-

南北線さっぽろ駅北改札口から新たに設けられる新幹線改札口までの距離を測定すると約480m
なかなか遠いですね。

ちなみに南北線さっぽろ駅南改札口から地下歩行空間方向へ歩くと、480mは大通駅構内手前まで行ってしまいます。
ほぼひと駅分の距離を移動するわけですから、これは大変です。
いくらアクセスを考慮しても、この距離だけはどうにもなりませんね。
せめて最短距離で行ける通路設計としてもらいたいところです。

この距離を歩いて移動するとなるとどうなるのでしょうか。
南北線さっぽろ駅から新幹線改札口へ向かうルートをシミュレーションしてみます。

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 南北線さっぽろ駅北改札口。

南北線北改札口からスタートします。

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 南北線北改札口前の階段(札幌駅前広場2号地下歩道)。

最初のハードルは9段の階段。
アピアから旧パセオの札幌駅地下まではフラットになっているのに、ここだけはどうにもなりませんでした。

重たいスーツケースを持っていたり、足の悪い人などは難儀しそう。
一応脇にエレベーターがあり、バリアフリー対応にはなっています。

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 アピアの通路(札幌駅前広場6号地下歩道)。

札幌駅に向かう通路からアピアの横の通路を通ります。
中央に柱があって、アピアの買い物客や通り抜けの人で混雑する通路です。

一応3本通路が並行しているので、再開発ビルの通路の配置によっては人の流れが分散しそうですが、後述するアトリウムの構造によってはここがメインの通路となりそう。

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 エスタ前の通路(札幌駅前広場3号地下歩道)。

アピアの通路の突き当りがエスタの入口になります。
現在はエスタですが、この先は再開発ビルの商業施設内となります。

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 東豊線北改札口。

一方でこちらは東豊線北改札口。
南北線よりもかなり近い位置にあるものの、東豊線沿線だけでなく大通地区から新幹線駅への移動はこちらが便利そうです。

ただ、こちらの位置は地下3階。
ここから地上4階にある新幹線改札口へは6階分もの上下間の移動が必要となります。

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 16・17番出口に続く地下道。さつきた8・1にも直結する。

東豊線の通路は北7条通を越えたところまで伸びています。
ひと気も少なく、防犯のために夜は22時30分で閉鎖になる通路。
この通路の途中から再開発ビル内に出る出入口が新設されるのでしょうか。

ちょっと東豊線に寄り道しましたが、元に戻ります。

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 再開発ビル内の商業施設。
 -JR北海道20220518_「(仮称)北5西1・西2地区市街地再開発事業」〜都市計画決定に向けた手続きを開始〜
 -より画像引用

アピア突き当りからは、再開発ビル内の商業施設の通路を通ることになります。
上記画像の内観イメージのような通路となるのでしょうか。
中央が吹き抜けになった二層の通路は、イオンショッピングセンターの通路に似ています。

色んなショップや飲食店が立ち並ぶのでしょうか。
こんなところを歩けば楽しそうですね。

しかし目指す新幹線改札口はまだまだ先。
ここでようやく半分といったところでしょうか。

ず〜っと進むと広大な新幹線アトリウムに出ます。
ここは2階から6階までの吹き抜けとなった空間、正面の窓には停車中の新幹線も見えます。
ずっと通路を歩いてきたので、目を見張ることでしょう。

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 2F〜6Fが吹抜けになる新幹線アトリウム。
 -JR北海道20220316_新幹線札幌駅の概要について-より画像引用

ここで終わりではありません。
着いたのはアトリウムの2階なので、新幹線改札口のある4階まで登る必要があります。
上記画像によると、改札口まではエスカレーターを3階で乗り継ぐようです。
さらに、南北線改札口〜アピアまでは地下1階、アトリウムまではどこかで地上2階まで登っていなければなりません。
ここまでの距離もさることながら、上下の移動だけでもなかなか大変ですね。

移動を想像するだけでヘトヘトになりそう・・・


 ◆ アクセスその2、在来線改札口から新幹線コンコースまで

さてもう一つのルートはというと、既存の在来線改札口から入場して、在来線ホームを通り南北乗換跨線橋を経由して新幹線コンコースに到達するというもの。
地下鉄南北線方面からだと遠回りになりますが、北口広場方向からだとこちらのルートが有利になることでしょう。

在来線改札口は西と東がありますが、ここは西改札口スタートとしてみます。

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 在来線西改札口から新幹線コンコースまでのルート図。
 -地理院地図より筆者作成-

南北線さっぽろ駅からは最短で、現在では利用者が一番多い西改札口。
新幹線開業後も、ここは大きく変わることはないと思われます。

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 札幌駅西改札口。

西改札口から入場して、まず目指すは南北乗換跨線橋。
そのためには任意のホームを通る必要があります。

どのホームでも新幹線駅に通じているのですが、この場合3・4番ホームを通り抜けるのが一番近いようです。
というわけで、3・4番ホームに上がります。

手段は階段、エスカレーター、エレベーターとありますが、楽なエスカレーターだと一旦逆方向に向かってしまいます。
東向きの階段だと近道ですが、登るのはちょっとしんどい・・・

とりあえずホームに出ました(画像だと5・6番ホームのものですが)。

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 札幌駅ホーム。

ここからホームを歩いて乗換跨線橋へ向かいます。
乗車口に列ができていたり、列車到着時は出口に向かう人波があったり、ホームを通路として使うには大変そうです。
階段の下り口からホーム端までは80mといったところでしょうか。

昔の青森駅から青函連絡船に乗るには、改札口から跨線橋を渡ってホームに下り、そこからホームの端から端まで250m歩いて今度は連絡船の跨線橋の階段を登って桟橋まで行ったものですが、それに比べたらまだマシですね。

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 札幌駅ホーム東端。この先に南北乗換跨線橋が建設される。

ホームの端まで歩けば、この先には乗換跨線橋があるはずです。
上へ行くにはエスカレーターかエレベーター。階段は設けられないようです。

ここからは在来線列車から新幹線に乗り継ぐ乗客と同じ流れになります。

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 新在ホームを結ぶ南北乗換跨線橋。
  -JR北海道20220316_新幹線札幌駅の概要について-より画像引用

エスカレーターで跨線橋へ。
ガラス張りで明るい跨線橋。眺めは良さそうですね。
東は新幹線駅や苗穂駅、西は手稲山まで見えるのでしょうか。

ここから乗換改札口を通って新幹線ホームに下るエスカレーターまでの距離は130m。
途中には動く歩道も設置されます。


 ◆ アクセスその3、新幹線東改札口と交通広場

ここまでは地下鉄から乗り換えての新幹線札幌駅へのアクセスを想定してみました。
では、自家用車やタクシー等で直接アクセスするとなると、どのようになるのでしょう。

自家用車ならば北口に乗降レーンがあります。
しかし、地下鉄からのアクセス同様に、相当な距離を歩くことになります。

西2丁目通や創成川通は新幹線駅の近くを通りますが、この2つの通りからは車の乗り降りは難しいようです。
ではどうするのかというと、東2丁目通側に新幹線東改札口が設けられ、ここが新幹線に直接アクセスできる出入口という位置づけになるようです。

出入口に面して交通広場が設けられ、タクシー、自家用車、新たな公共交通システム等との接続が想定されています。
新幹線を降りてタクシー利用ならば新幹線東改札へ出る。
あるいは街側からタクシーで着くならば、新幹線東改札へ着ければ新幹線までは一番近いので便利そうですね。

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 新幹線東改札口から出口方向。
  -JR北海道20220316_新幹線札幌駅の概要について-より画像引用

もう一つが新たな公共交通システムというもの。
既存の交通機関と新幹線駅は、あまりに離れすぎているために街側と新幹線駅をダイレクトに接続する交通機関というものが必要となってくるわけです。

上画像には、改札口を出たところに停車する札幌市電らしき車両が停車中。
札幌市電は2015年に西4丁目〜すすきの間を延伸してループ運転となったわけですが、その後も新たな延伸構想がありました。
構想はいろいろあったようですが、第一は札幌駅へというものでしょう。

ずっと延伸に向けた調査や検討は続いていたようですが、去年(2022年)札幌市は事実上断念する方向を固めました。

市電延伸論が復活する可能性もないわけではありませんが、新幹線開業まであと8年。
新幹線開業時に市電が乗り入れている可能性は極めて低いでしょう。

 * 札幌 路面電車「延伸は極めて困難」 デマンド交通など検討へ

いろいろ検討に検討を重ねての結論だと思うので、それについてとやかく言うつもりはありません。



 ◆ 新幹線札幌駅を生かすためには

報道発表を聞いて気になったのは、市電延伸に代わる案として市が発表した交通機関にある『デマンド交通』だの『AI知能』だの『水素』だのといったフレーズ。

なんだか近未来的な夢の交通機関を並べたような格好ですが、デマンド交通って過疎地で路線バスの運行も難しい地域で行われる予約制交通機関のこと。
都会の都心部でそんなことやりますか?

AI知能とは自動運転のことだと思われます。水素ガスも環境にやさしいエネルギーとして注目されています。
だけど勘違いしちゃいけません。

交通機関の利用者からすれば、大事なのは運行経路が分かりやすいこと待たずに乗れることダイヤが正確なことであって、駆動機関が水素だろうと電気だろうとディーゼルだろうと、関係ないわけですよ。
自動運転だろうと動力が何だろうと、そんなものは運行側の事情でしかないわけで。

だから、新幹線駅と街側を連絡する交通機関を設けるならば、普通のバスでいいんじゃないですかね。
新幹線東口と大通・すすきのを結ぶシャトルバスとして、地下鉄や市電・バスに乗り継ぐのならば運賃は無料とするとか。
市電が無理なら、そういったソフト面で対応する方法があるのではないでしょうか。

すったもんだの議論の上で大東案に決着した新幹線札幌駅。

こうしていろいろシミュレーションしてみると、アクセスの面で難がある駅のようです。
街側とのアクセスを、ソフトの面で改善する必要があるのではないかということで、締めとさせていただきます。

 〜最後までお読みいただきましてありがとうございました。  

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posted by pupupukaya at 23/01/08 | Comment(0) | 北海道の駅鉄

改修工事が始まった地下鉄すすきの駅

あけましておめでとうございます。
今年は2023年、早いもので令和も5年を迎えます。

年が明け、久しぶりに地下鉄すすきの駅に行ったら、あちこちに工事のための囲いができていました。
工事看板にある工事名は『すすきの駅リフレッシュ改修ほか工事』。

調べたら、これは南北線すすきの駅のホームやコンコースの壁と床を美装化する工事で、工期は2023年3月15日までとなっていました。

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 地下鉄南北線開業時からほぼ変わらないコンコース。

南北線のさっぽろ駅、大通駅、すすきの駅のコンコースはタイルの床に銀色の柱というのが共通したデザインでしたが、さっぽろ駅と大通駅のコンコースは大規模な改修工事が行われたので今は新しくなってます。

大通から地下街ポールタウンを歩いてすすきの駅に着くと、現れるのは時代が昭和に戻ったかのような空間。
開業当初から大きく変わらない姿のコンコースに古びた印象は否めません。
天井はあちこち雨漏りの補修だらけと老朽化も進んでいるようです。

2020年にススキノラフィラが閉店してからは行き止まりのイメージが強くなりました。

それでもラフィラ跡地では『(仮称)札幌すすきの駅前複合開発計画』の建築工事が進んでいて、こちらは今年(2023年)の秋オープン予定。

新しく開業する複合商業ビルは駅直結。
すすきの駅も、それにふさわしいデザインに改修されることでしょう。

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 どこか昭和時代を思い出すコンコース。

ところで、個人的には地下鉄南北線のイメージというと、タイル貼りの床に銀色の柱というイメージを持っています。
柱をステンレス製の化粧板で覆うのは1960年代から70年代にかけての流行だったんでしょうか。

あの当時からすれば、これが近未来的な建築だったんでしょうね。

しかしこの南北線の駅は造りがしっかりしているのか、50年以上たっても朽ちた感じはなく、清潔感を保っているように見えます。
むしろ後にできた東西線のコンコースのほうがどこかくたびれた感じに見えるのはどうしたことか。

最後まで残った、すすきの駅の開業当初からのコンコースがなくなるのは少々残念な気もしますが、もう50年以上も使われて老朽化も隠せない状態では、このまま使い続けるわけにもいかないのでしょう。

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 今の旧ラフィラ前。

上の画像は改札口からポールタウン方向を撮影したもの。
左側の壁はかつてのラフィラの入口で、閉店になってからはその出入口は閉鎖されました。

ラフィラの閉店と新型コロナウイルスによる行動制限から人通りも減ってしまい、今では少々寂しい場所になってしまいました。

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 ラフィラがあった頃(2020年5月撮影)

こちらがススキノラフィラがあった頃。
閉店が2020年5月だったから、早いものでもう3年前になるんですね。

新しい複合ビルがオープンすれば、再びここが出入口になると思われます。

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 ススキノラフィラ地下入口(2020年5月撮影)

ラフィラは地下出入口から入ると正面がエレベーターホールでした。
このエレベーターは外から見ると4基あるのに内側は3基だけ。一番奥のものは埋められているという謎のエレベーターでした。

ラフィラのエレベーターと言えば、それにまつわる色々な怪談もありましたな。
それも今となっては昔話ですがね。

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 ラフィラ側から、すすきの駅コンコースを見る(2020年5月撮影)

それはともかく、私はラフィラといえば、市電の山鼻線がすすきの終点だった頃は、ラフィラ地下1階のイトーヨーカドーで買い物してから市電で帰るなんてことがしばしばありました。

会社帰りに狸小路や地下街をぶらぶらしてススキノまで歩き、スーパーで買い物できましたから。
百均や本屋もあって、結構便利だったんですが。

市電がループ化されると、わざわざススキノまで歩くこともなくなって、ラフィラもススキノも、ちょっと縁遠い場所になってしまいました。

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 かつてのロビ地下ことロビンソン百貨店の入口(2009年1月撮影)

このビルは、さらにひと昔前はロビンソン百貨店でした。
この場所は『ロビ地下』なんて呼んでいたのも懐かしい思い出。
私などちょっと油断すると、旧ラフィラのことをついロビンソンと言っちゃいます。

ロビンソンが閉店したのは2009(平成21)年。
同じ年にラフィラとして再オープンしています。

そのさらに昔をさかのぼるとヨークマツザカヤ
その時代を知っている人となると40歳代後半より上の人たちでしょうな。
うちの親など『ヨーク』と略して呼んでいました。
私もさすがにその時代の写真は持っていません。

もう30年近くも前の、まだ平成も一桁だった頃。
ヨークマツザカヤ時代で思い出すのが、入り組んだ通路でごちゃごちゃしていた地下2階ですね。

ごまそば八雲にラーメン屋の喜龍、それに名前は忘れたがパチンコ屋があったのを覚えています。
覚えていますというか、どれもよく行ってましたから。

そのさらに昔の松坂屋時代となると、私らのもう2回りも上の世代の時代になりますかね。

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 すすきの駅キヨスク(2018年2月撮影)

もうひとつ思い出すのは、改札口横にあったキヨスク。
地下鉄駅のキヨスクも気づけば全店が閉店したか、コンビニに商売替えしたかで1店舗も残っていません。
すすきの駅のは地下鉄駅でも遅くまで残っていた方ですが、2018年3月に閉店しています。

閉店後は店舗も撤去されて、ずっとデッドスペースとなっていました。
他の駅はキヨスク跡地にコンビニなどで店舗が復活した例もありますが、すすきの駅は改修後にコンビニなどはできるのでしょうか。

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 ラッチ内コンコースから。

こちらはホームに下る階段から改札口方向を見たもの。
忘新年会シーズンは夜になるとラッシュ並みの混雑となったホームやコンコース。
そのためか、ラッチ内が広く取られています。
今は北側にも改札口が設けられましたが、昔はここ1か所だけでしたから。

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 1番ホームへの階段。

ホームへの階段はちょっと暗くて狭い。
レンガ調のタイルが、夜など何か出てきそうな・・・
もっとも、この駅は夜の方が賑やかなんですが。

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 ホームからコンコースへの階段。

都心部の駅にしてはちょっと心もとない狭い階段。
地下鉄南北線が開業したのは、札幌オリンピックを目前に控えた1971年12月。
札幌の人口が100万人を超えたあたり。
あの当時はこの程度で十分だという見方だったのでしょう。

あの頃の札幌の人口はうなぎ登りで増えていて、地下鉄の利用者数も開業当初からうなぎ登り。
あっという間に手狭となったからでしょう、この後に開業した東西線以降の地下鉄はどの駅も広く設計されるようになりました。

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 2023年秋オープンを目指して建設中の複合商業ビル。

地上へ出ると、すすきの交差点には18階建ての複合商業ビルが姿を現していました。

地下2階にはイトーヨーカドーが入り、地下1階から地上4階までは複合商業ゾーン、5〜7階は北海道発進出というTOHOシネマズ、7階から18階までが東急ホテルズというもの。

もう一方の狸小路のサンデパート跡地にできる複合ビルは『モユクサッポロ』。
こちらは今年の春オープンを目指して建築中。

去年閉館した4丁目プラザも解体工事が終わり、あらたなビル建設が始まるようです。
それ以外にもピヴォや道銀ビルも建て替え予定だとか。

札幌の都心もどんどん変わってゆきます。
今年はモユクがオープンし、すすきのの複合ビルがオープン。
すすきの駅だけでなく、大通・狸小路からススキノあたりのイメージもがらりと変わるのでしょうか。

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 どこか哀愁漂う、すすきの駅。

昭和から平成を経て今は令和時代。

すすきの駅コンコースが新しくなると知って、昭和という時代がまた一つ遠ざかってゆくような気がします。


〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。  

タグ:札幌 鉄道
posted by pupupukaya at 23/01/04 | Comment(0) | 北海道の駅鉄

2022年新幹線工事開始前の札幌駅を見る

2030年度末開業を目指して工事が進む北海道新幹線。
いよいよ札幌駅でも工事が本格化します。

それに伴って9月30日はパセオが全面的に閉店、その他高架下のテナントも10月中には順次閉店が予定されています。

札幌駅工事のため閉店するテナント
閉店日テナント名
2022年9月25日北海道どさんこプラザ札幌店
2022年9月30日パセオ
KINOTOYA BAKE
おにぎりのありんこJR札幌店
リトルマーメイド札幌店
QBハウスJR札幌駅南口店
2022年10月下旬北海道四季彩館札幌西店
2022年10月31日弁菜亭西コンコース店

これらの閉店は新幹線高架橋工事と、それに伴う在来線高架橋の耐震補強工事のために、営業に必要なインフラ設備の撤去が必要となることから、工事中の営業継続が困難ということからです。
コンコースに隣接する多くのテナントが姿を消すことから、札幌駅もしばらくは不便な駅となりそうです。

一方では、10月16日からは新たに11番線ホームが使用開始となります。
これは現在の1番線を廃止して新幹線の高架橋が建設されるからで、11番線はその代替ということになります。

いよいよ札幌駅も大きく変わります。
しばらくは工事の音が響き渡り、あちこち通行止めや仮設通路となるうるさい駅となりそうですが、数年後に完成したらどのような姿になっているのでしょうか。

そんな札幌駅ですが、大きく変わる前の姿も記録に残しておこうと、この秋に消えてしまうものを中心に撮影してみました。
少々お付き合い願います。

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 paseo GRAND FINALEの垂れ幕とテルミヌス広場。

パセオのグランドフィナーレまで1週間を切りました。
オープンしたのは1989(平成元)年7月というからもう33年になるんですね。
あのときは今のパセオイーストのエリアだけの営業でしたけど。

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 パセオ・センターの地下入口。

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 テルミヌス広場。(この画像は1週間前のもの)

この広場には腰掛けが並べられていて、休憩場所となっていたのですが、いつの間にか撤去されてただの広場になっていました。
新型コロナ対策だったのでしょうか。

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 パセオ・イーストの地下入口。

私は昔のパセオのイメージが強く残っているので2011年にリニューアルした今のパセオはあまり馴染みが無いのですが、仕事で何度かパセオに1日滞在して作業していたことがあり、何年かして改めて画像を見れば感慨深いものとなっているかも知れませんね。

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 パセオの思い出投稿コーナーとカウントダウンボード。

日に日に日数が少なくなるカウントボード。

営業最終となるのは金曜日21時。
残念ながらで私は行けません。
パセオに来るのは今日が最後となりそうです。

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 パセオ1階東側のセイコーマート。

パセオ1階の一番東側にあったセイコーマート。
北海道旅行の最後にセイコーマートオリジナルの商品をお土産に買うにはもってこいだったのですが、旅行客の姿はあまり見ませんでした。


仕事以外で東側に行くことは少なかったですが、私が馴染み深いのはこちら西側、パセオ・ウエストの方です。

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 西コンコース側のパセオ・ウエスト。

かつてリニューアルされる前は宮越屋珈琲の窓となっている階段正面に大きなステンドグラスがありましたね。
あれはどこへ行ったんでしょうか。

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 カフェ、コンビニ、書店、ドラッグストアが並ぶ通路。

ヨドバシカメラに行くのにこの通路をよく通ってましたね。
コンビニ、書店、ドラッグストアと旅行に便利な店が一通り揃っている便利なエリアでもありました。

弘栄堂書店もよく立ち読みしていたっけ。
でも買った記憶はあまりない・・・(どうも申し訳ありません)

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 札幌弘栄堂書店。

この弘栄堂は最近まではアピアにもあったし、もっと前は国際ビルにも入っていました。
さらに昔は札幌駅名店街にもありましたね(古いねえ)・・・

元々は北海道キヨスクの経営でしたが、今は別の会社となっています。
書店はどんどん姿を消していますね。新しい駅となったときに書店は復活するのでしょうか。

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 パセオ・ウエストのエスカレーター。

パセオ・ウエストの1階と地下はレストラン街で、何を食べようか決められずにこのエスカレーターを何度も登ったり降りたりしたこともありましたっけ。

ところで、パセオ店内のあちこちで目にする天井や壁の白黒の模様は『テルミヌス・サウンド』といって、メロディーやサウンドをイメージしたデザインなのだそうです。

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 昔なつかしのサンプルが並ぶサンローゼ。

サンローゼばかつてすすきのにあって、昭和の香りプンプンという店内が印象に残ってますが、こちらパセオ店もその雰囲気は醸し出しています。
銀色の丸いトレイを持ったウエイター、子供が喜びそうな食品サンプルなど眺めていたら昔のデパートの大食堂を思い出します。

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 えぞっこの人形。

ここの人形が結構好きだったんですけどね。
このラーメンどんぶりを持つ赤いジャケットのおっさん人形は私的には馴染み深かった。
なぜかというと、道内時刻表にこのおっさんのイラスト入りの広告が載っていたからです。

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 1994年10月発行弘済出版社道内時刻表にあった広告。

この人形、名前とかあるのかなあ・・・
ググってみたけどわかりませんでした。

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 パセオダイニングの案内板。

札幌の地元人ならば誰でも知っている店からちょっとめずらしい各国料理まで名店が揃っているところでしたね。
西コンコース隣接ということもあってか、昼時はどの店も混雑しています。

このパセオですが、耐震補強工事が完成してもパセオとして復活することはないそうです。
平成元年から令和の時代に営業していたパセオはもう最後となります。

新たな駅が完成した暁には、どのような商業施設がオープンしているんでしょうかね。

次はパセオではなく、西コンコースにある案内所と福祉系ショップ、それにお土産屋が入居する『北海道さっぽろ「食と観光」情報館』。

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 北海道さっぽろ「食と観光」情報館。

ここは入って左側は道内各地の市町村や観光地のパンフレットが置いてあります。
どこかに旅行に行きたいなあ、というときはここでパンフレットを貰ってあれこれ行き先を検討したものでした。

右側は北海道どさんこプラザ。
ここも道内各地の名産品やお土産が揃っています。
新千歳空港あたりでは買えない地味な名産品なども置いていたりするので、それを知っている観光客には人気のようです。

私ら札幌人には、道内各地に行って土産物を買い忘れたときには便利ですね。
あと、アリバイ作りとか・・・

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 北海道四季彩館。

こちらは西改札口隣りにある土産物屋。
どさんこプラザと違うのは、こちらは札幌の土産物が中心。
キヨスクの系列店なのでJR北海道の鉄道グッズも置いていますが、そちらの品揃えは東コンコースにある四季彩館のほうが良いようです。

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 大丸と札幌駅の間。

パセオ・ウエストから外に出ると、こんな空間もあったりします。

ここに新幹線の高架橋が建設され、この空間もなくなるわけです。
だからどうしたと言われそうですけど、ここでお見せしたいのが札幌駅の南側の壁。

札幌駅は高架駅で、ホーム全体を鉄骨の建物で覆っているので、この壁が駅の顔となるわけです。
北口のは凝ったデザインとなっていましたが、南口のは白い壁に横長の窓だけというシンプルなデザインとなってました。
1・2番線が使用開始となった1990年に完成です。

今は1・2番線ホームの南側といえば暗い壁になっていますが、この窓から札幌駅前広場を見ることができた頃もありました。

ちなみにこの一部だけ顔をのぞかせている南側壁が札幌駅の顔だった頃の画像がこちら。

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 旧駅舎が解体された頃の札幌駅(1999年12月撮影)

古い写真をスキャンしたものなので色あせていますが、旧駅舎を取り壊して今の大丸やステラプレイスの建設が始まるまでの短い間、このシンプルなデザインが南口の顔でした。

こんどは入場券を買ってホームの方に行ってみましょうか。

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 10月16日から使用開始する11番ホーム。

すでに工事用の覆いが取り払われて10番線から見ることができます。
この場所は札幌駅が高架化された1988(昭和63)年、今の1・2番ホームが未完成だったために11番線が設けられていました。

当時は仮設だったために、他のホームには設置されたエスカレーターもなく階段だけ。
しかも鉄骨と鉄板で作られたものなので、列車が着くたびにホームを歩く人や階段を下りる大勢の客の足音が轟音のように響いていたのを思い出します。

1990(平成2)年に1・2番ホームが完成すると11番線ホームは使用停止になり撤去され、以降は車両留置線などに使用されていました。

こんどの11番線復活は恒久的なものとなります。

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 1・2番線ホーム。この島式ホームは、正式な名称は第1乗降場。

札幌駅の一番南側にあるホームで、主に手稲・小樽方面の普通列車が使用するホームです。
2番線は快速エアポートが発着することがありますが、1番線は普通列車だけ。
1番線廃止後の2番線は、普通列車専用のホームとなるのでしょうか。

そのほかには札幌が終点になる特急が到着するだけの地味なホーム。
あまり地味すぎるためか、ホームのキヨスクとそば店は他のホームよりも早い時期に閉店・撤去されています。

工事は左の1番線の線路を撤去し、このホームの左側を削って新幹線の線路が敷設されることになっています。

当初はこのホームが新幹線ホームとなるはずでしたが、ホームの幅といい、隣の線路との間隔といい、いくらなんでもちょっと無理そうですね。
だから新幹線ホームは東側に建設される大東案となったのも必然といえます。

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 3番線ホームから東側を見る。

1・2番線からだと乗務員待合室の建物があるので、3番線ホームから新幹線ホームができる東側を見ます。
新幹線の高架橋とかぶるためか線路の移設工事も行われるようです。新しいポイントも見えています。

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 跨線橋新設工事のために撤去される東側のホーム。

3・4番線ホームは『北斗星』や『はまなす』が到着できるようにホームを延長していました。
しかし両列車もなくなり、12〜13両+機関車という長大編成の列車が発着することもなくなって、またここに新幹線ホームと連絡する跨線橋が設けられることから、ホーム東側部分の撤去が始まっています。

同時期に高架化された金沢駅のように、初めから新幹線用地を確保してあればこんな複雑な構造にはならずに済んだはずなんですけどね。
今更どうしようもないことですが。

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 1・2番線ホームの階段から。

コンコース南側の東西連絡通路はガラスで仕切られていて、元々はこの通路から改札内コンコースが見渡せたものでしたが、いつしかコインロッカーが並ぶようになり改札内を見ることはできなくなっていました。

この東西連絡通路も閉鎖が決まっていて、コインロッカーも移設が始まっているようです。
コインロッカーがなくなって、前のようにお互い見通せるようになっていました。
これも短い間の光景ですね。

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 改札内コンコース。

コンコースの案内板にある『1』の部分は早くもシールが貼られていました。
10月16日からはシールを剥がせばOKということなのでしょう。

このホームの番数を表示した案内板には『のりば』と表示されていますが、他は『番線』となっているのにどうしてなんでしょうかね。
駅の自動放送は「○番線」になっているし、車掌の乗り換え放送は「○番ホーム」と言う人が多い。
呼び方を統一しようという声もとくに出ないようで。
割りとどうでもいいことかも知れませんが。

ところで、1番線がなくなると札幌駅のホームは2〜11番線ということになります。
これはどこかのタイミングで1〜10番線と改めることになるのでしょうか。

それとも1番は永久欠番となるんでしょうかね。

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 ここも8年後には大きく風景を変える南口広場。

冒頭の話に戻りますが、これから工事が始まる札幌駅です。
数年後には完成したエリアから新しい姿の札幌駅が見えてくることでしょう。

新幹線が来るようになったら、東京の風も札幌駅に吹いてくるのでしょうか。

最後に紹介するのが下の画像。
西コンコースで行われている『鉄道開業150年のあゆみパネル展』で展示されていた木造駅舎時代の札幌駅舎。

1908(明治41)年に完成したルネッサンス様式の3代目札幌駅舎。
それをAIがカラー化するWebアプリで色をつけてみました。

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 ルネッサンス様式の札幌駅旧駅舎(西コンコースに展示の写真を加工)

3代目木造駅舎から4代目鉄筋コンクリート駅舎へ。
地平駅から5代目高架駅と進化してきた札幌駅ですが、今度は新幹線の駅へと生まれ変わります。

どのような駅や商業施設に変わるのでしょうか。
昭和、平成、令和と3つの時代を生きる身として、この札幌駅の変貌を見届けたいと思っています。

 〜以上、最後までお読みくださいましてありがとうございました。

posted by pupupukaya at 22/09/24 | Comment(1) | 北海道の駅鉄

ひっそりと消える地下鉄南北線の古い看板

この9月に消えるものがありまして、それが札幌駅前にあるヒューリック札幌ビル。
みずほ銀行札幌支店が入っていたビルと言った方が分かりやすいですかね。

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このビルは消えて建て替えとなりますが、それはわりとどうでも良くて、ここで取り上げる消えるものとは地下鉄南北線さっぽろ駅9番出入口のことであります。

出入口わきに貼ってあった張り紙を見ると、ビルの建て替え工事で今年(2022年/令和4年)の9月26日から2025(令和7)年7月1日まで閉鎖になるようです。

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あまり気付いている人も少ないと思いますが、さっぽろ駅9番出入口の上に掲げられた『さっぽろ駅』の駅名標。

他の出入り口に掲げられた地下鉄出入口の看板と比べて、ここのは小さく目立たないものしかありません。
みずほ銀行前に出るこの地下鉄出入口、利用者も少なくて、ここに地下鉄出入口があることに気づかない人も多そうですね。

しかし、大通駅と札幌駅を直結する地下歩行空間がまだなかったころ、ここの出入り口のお世話になった方も多いのではないでしょうか。

例えば、まだ地下歩行空間がなかった頃に大通駅から札幌駅まで歩いて行こうとすると、地上の駅前通りを歩くしかなかったわけです。

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 地下歩行空間がなかった頃の札幌駅前通(2005年5月撮影)

その頃は大通駅の拓銀(古いねえ、今の北洋銀行)横の階段を登って駅前通りに出て、北1条、北2条、北3条の交差点を渡り、北4条手前のこの出入り口から地下に潜るのが一番早かったわけです。

その頃から、この小っちゃな他の出入り口にあるデザインと異なった駅名標に気づいていました。
これが地下鉄南北線開業当初からの駅名標だと知ったのは後のことでした。

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1971(昭和46)年12月開業の札幌市営地下鉄南北線開業当初からの駅名標。
駅名標の枠といい、天井といい、妙にメタリックなのは当時の流行だったのか、近未来を先取りしたデザインということだったのか。

で、これが開業当初からの駅名標だと分かったのはこのストラップを見たからです。

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いつどこで買ったものかは忘れましたが、札幌市営地下鉄グッズの駅名標ストラップ。
現在のものと開業時のものが売られていて、これは開業時デザインのさっぽろ駅のもの。

白地の看板に、駅名の日本語は青色、ローマ字はオレンジ色という意匠はまさに9番出入口の看板と同じです。
また開業当時からのものが1つ消えるんだなあと思い記事にしました。

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上はさっぽろ駅9番出入口を内側から見たもの。
よくこの出入口を利用していたころはこの向かいに赤レンガ調の五番館がありましたね。
おっと、五番館じゃなくて西武デパートだったか。
ここにも高層ビルが建つことが決まっています。

この、南北線開業当初からの駅名標はここだけかと思っていましたが、探してみたら意外とまだ残っていました。
下はさっぽろ駅4番出入口。
さりげなく白地に青とオレンジ色文字の看板がありました。

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天井からチョコンとぶら下がる古びた駅名標。
私が女子ならば、カワイイ♡・・・なんて言っていたかも。

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さっぽろ駅だけでなく、大通駅に今でもあるのがこちら。

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大通駅13番出入口のもの。
さっぽろ駅のは屋外と仕切りのない場所にあるので劣化していますが、こちらのは屋内にあるので開業当初から変わらぬ姿という感じです。

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三越北館にある出入り口で、ここを下るとみずほ銀行の宝くじ売り場に出ます。
しかし利用者は少なく、ひっそりとした場所。
この看板が最後まで残るとしたら、ここかも知れませんね。

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この地下鉄南北線開業当初からの看板は駅名標だけではなく、すすきの駅には出入口の看板にも残っていました。
すすきのラフィラ横の、店内を通らずに直接駅前通りに出る5番出入口にあったものです。

ただ、ラフィラ閉店と解体に伴ってこの出入口は現在閉鎖されて看板も撤去されています。
下の画像は2012年に撮影したものです。

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『出 EXIT 口』と書かれた独特のデザイン。
この裏側には『地下鉄のりば』の青文字で書かれていました。

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階段途中にあった看板。
これもデザインが同じなので、開業当初からのものでしょう。

右の看板は松坂屋→ヨークマツザカヤ→ロビンソン→ラフィラと取り換えられてきたのでしょうか。

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これは、さっぽろ駅3番出口の地下にあったもの。
2013年撮影。

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さっぽろ駅のコンコースはアイヌ空間が設けられてすっかり新しくなりましたが、伊藤・加藤ビルに出る中地階のような通路は今でも開業当初のような通路になっています。

南北線開業当初からのものといえば、こんなものもありましたね。

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上画像は2006年3月撮影のさっぽろ駅北改札口付近。
タイル張りの床に銀色の柱、それに天井から下がる木目調の時計。

機能よりもデザイン重視なのか、分の目盛りが無い時計。
等間隔で運転される地下鉄なのだから、分目盛りまでは必要ないとの判断だったのでしょうか。

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南北線独特の木目調の時計はホームからは姿を消しましたが、なぜか大通駅西改札口の上に復活していました。

以上、さっぽろ駅、大通駅、すすきの駅にあった南北線開業当初からの看板の紹介でした。
探せば他の駅にもまだまだ残っているかも知れませんね。

こういったものは人知れず消えてゆくか置き換えられるもの。
駅に残る古い看板やデザインにご興味のある方がおられましたら、お早目の撮影をおすすめします。

posted by pupupukaya at 22/09/16 | Comment(0) | 北海道の駅鉄

ノスタルジック空間、20年前の2002年篠路駅


2002年、20年前の私は篠路駅の撮影に出かけていました。
きっと少し前に高架化した新琴似駅の変貌ぶりに驚いて、篠路駅周辺も近代化するに違いないと思って記録するために出かけたのでしょう。

その写真をスキャンしたものをここで紹介します。

撮影日は一部を除いて2002(平成14)年7月20日です。
写真の保存状態が良くないのと、その写真をコンビニのコピー機でスキャンしたものなので画質が悪いのはご容赦願います。

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 2002年7月20日、篠路駅正面。

軒から下がった駅名の看板、コカ・コーラの自販機、郵便ポスト、ほんと20年経っても変わってないねえ。
厳密にいえば自販機の機械とポストは新しいものに交換されているけど、2022年現在の画像と比べると間違いを探せというレベルくらいに変わっていない。

唯一時代を感じるのは、柱のそばに置かれた灰皿。
このころすでに駅舎内やホームは禁煙になっていたが、所どころに灰皿が置いてあって喫煙所となっていた。
特に仕切りもなく、煙は流れっぱなし。なんちゃって分煙だった。
翌年の2003年には健康増進法が施行され、またたばこの価格も年々うなぎ登りに上昇、年々喫煙者は肩身が狭くなってゆくことに。

ちなみに私はこの画像の4年前に、既にたばこをやめています。

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 松の木と篠路駅舎。

これも間違いを探せレベルなので逆に驚く。
一番変わったのは松の木の大きさくらいだろうか。
20年前のこの頃もひと気が少なくひっそりとした駅だった。

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 冬の篠路駅(2000年冬撮影)

これは冬の篠路駅。
撮影日は2000年冬としましたが、2000年に撮影したと思われる写真と並んでいたのでそう判断したもので、違っていたらごめんなさい。
電話ボックスが旧式なので、2002年以前ということだけはわかる。

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 まだ日本通運の建物があった頃。

駅の正面に立つと右手の角には日通の建物があった。
この頃はすでに営業してはいなかった模様。
篠路駅に限らず、昔は全国どこの駅でも駅前には必ず日通があった。

国鉄時代に各駅で貨物扱いをしていた時代、貨車が発着する駅と荷主の間で、トラック等で貨物の集荷や配達する必要がでてくる。
これを行う事業を『通運』と呼んだ。

駅から貨車で貨物を送る場合の運送料は、荷主が直接駅に持ち込みや引き取りする場合を除いて、鉄道貨物運賃+通運料金のセットとなっていた。

この通運業を、全国一律国鉄専属で行っていたのが日本通運だった。
だから国鉄駅前には必ず日通があったわけである。

国鉄末期ごろから駅の貨物扱いがなくなってもそのまま営業所として残っていたものだが、鉄道貨物輸送が拠点間輸送のコンテナ貨物が主流になると必ずしも駅前にある必要はなく、また営業拠点の集約化などから旧日通の建物も次第に姿を消している。

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 古き良き時代を思わせる篠路農業協同組合の建物(2000年冬撮影)

『篠路農業協同組合』と〇に協をデザインした旧農協のマークが残っていた。
20年後の2022年でもこの建物自体は残っているが、古い看板とマークは既に撤去されている。

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 旧農協隣の理容室前から見た篠路駅。

どの画像を見ても20年前と今とでは変わっていないとしか言いようがない。
右側の白い建物は篠路高見倉庫の事務棟なのは同じ。

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 篠路神社向かいにあった古い建物。

これは篠路駅から少し歩いて道道花畔札幌線沿い篠路神社向かいにあった古い建物。
2002年当時にしても、まだこんな建物が使われているのかと撮影したんだと思う。
ちなみに理容室はこんなでも営業中だった。
2022年の現在は取り壊されて拡幅した道道の道路用地になっている。

明治21年に創生川沿いに今の石狩街道が開削されるまで、道道花畔札幌線のルートが石狩街道だった。
狭くて古びた建物が並んだ冴えない通りだったが、歴史を紐解くと由緒ある街道だった。
写真には撮っていないが、古そうな駅前旅館もこの並びにあった。

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 駅前から農業倉庫群を見る。

再び駅前に戻ってきて、駅前の倉庫群を見る。

これも角の日通がなくなったくらいで、基本的には変わっていない。
松の木の大きさが今より1周り小さいかなってくらい。

2002年の当時、まさか20年後の篠路駅前がほとんど変わっていないなどとは夢にも思わなかった。
20年前に暑い中自転車漕いで篠路まで行って損したなと思うくらい・・・

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 農業倉庫群から篠路駅方向を見る。

2022年の今でも駅南側にある赤レンガ倉庫群。
この頃は赤レンガに混じって札幌軟石造りの倉庫も残っていて、独特の景観となっていた。
駅から横新道に出るには、この通りが一番の近道なのだが、とても駅前とは思えない通りだ。

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 駅舎内の改札口ときっぷ売場。

再び駅へ戻ってきて駅舎の中を撮影する。
基本的な造りは変わっていない。
昔の国鉄駅は出札口と改札口は別々の場所に設けられていたが、国鉄末期ごろから出札と改札を統合して隣り合わせにする改築が行われて、斜めになった切符売場とカウンター型の改札口が出来上がった。

自動改札機が今のと違って小ぶりなのは簡易型改札機だから。
この改札機は集札機能がないので、駅員が手で集札していた。
この時代はICカードなんてあるはずもなく、定期券も乗車券もすべて磁気券だった。
市営交通はウィズユーカードが全盛でしたね。

なお、奥の事務室に掲げられた日めくりカレンダーに赤い『20』というのが見える。
よってこの写真の撮影日が2002年7月20日海の日と判明した。

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 出入口上の広告看板がローカルムードを醸し出す。

出入口上の行燈(あんどん)型の広告看板が時代を感じるなあ。
こんな看板なんて、今じゃほとんど見かけなくなった。

民営化となった新制JRも、この広告料収入の増収に精を出していたことがあって、90年代ごろになると本来は時刻表や運賃表が掲げられていたスペースにまでこの手の行燈型広告看板が進出していたこともあった。

この頃が全盛だったのかなあ。
スマホが普及すると、こうした通行人の視覚に訴える広告は急速に姿を消して行った。

なお、この広告枠は札幌恵北病院から札幌優翔館病院と名を変えた同じ医療法人が2022年現在も2枠に拡大して使用中。

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 駅舎の窓からホームを見る。

夏なので待合室の窓が開けられていた。
その窓からホームを撮影したもの。

停車中の車両はキハ141+142か?
ホームもまだ低いままだ。

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 1番ホームから見た駅西口方向。

これも待合室の窓から撮影したものじゃないかな。
2022年の今と決定的に違うのは、駅西側の赤レンガ倉庫群が健在だったこと。

今でこそ懐かしい眺めだが、この並んだ倉庫が篠路駅をより一層田舎臭く見せていた面もある。

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 篠路駅西側にあった赤レンガの倉庫群。

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 2番ホームから駅舎を見る。

駅舎とホームと跨線橋自体はほとんど変わっていない。2番ホームに上屋がこの当時はまだなかったようだ。
決定的に違うのは、この時代はまだ非電化路線。
架線がないスッキリとした空だった。

ホームに高い所があったり低い所があったりするのは、低いのは元からあるホーム、高いのは後から増築したホームだから。
今では電車に合わせて高さを統一されている。
ホーム1つ取って見ても、まだのんびりとした路線だったことを思わせる。

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 篠路駅西口から見た赤レンガ倉庫群。

これは20年前にわざわざ篠路駅まで行って撮影しておいて良かったと思った1枚。
今は西口駅前広場やマンションとなっている場所。

こちらの倉庫群も赤レンガで古そうに見えるが、建築年は1959〜1978(昭和34〜53)年と比較的新しいようだった。
篠路駅前は西口側の方が発展して、駅の利用者も西側の住人がメインなので西口が開設されてから便利になったことだろう。
しかし西口も長い間この倉庫の敷地内を通らなければ町へ行き来できなかった。
夜など真っ暗になって、若い女性などは怖かったろうな。

この倉庫群は2004(平成16)年頃から解体が始まり2007年には全部解体された。
翌2008年には西口駅前広場が完成して、西口のアクセスは抜群に良くなった。

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 側線に停車する除雪車両と赤レンガ倉庫群(2000年冬撮影) 

駅前の赤レンガ倉庫群とか、商店街とか駅前旅館とか、もっと写真撮っておけば良かったとも思いますが、当時はフィルムカメラ。
2002年はフィルムカメラとデジカメの出荷台数が逆転した年だったようですが、デジカメなど貧乏人にとっては高根の花でしたね。

デジカメやスマホならばメモリーの許す限り撮影し放題ですが、フィルムの現像代とカラープリント代がかかるこの当時ではこれが限界だったのでした。
また、データならば劣化することはありませんが、紙のプリントは年が経つにつれて劣化します。

それでも写真や画像に残っていれば、当時の記憶が鮮明によみがえってくるもので、西口の赤レンガ倉庫群など、ふらっと出かけて行けばまだそこにあるように思えてもきます。
しかしとっくに消え失せて、記憶の彼方にしか存在しない空間。
それにしても、この間のことのように思えるけどなあ・・・

今から20年前、あなたはおいくつでした?

それにしても20年の歳月。
東口駅舎と駅前があまりにも変わっていないのに驚き、西口駅前のあまりの変わりように驚き、表と裏でこうも違うものかと思いましたが、これも篠路駅の顔だったのでしょうね。

 ★  ★  ★

篠路駅もこれから高架化工事がスタートします。
完成は2029年頃になるようですが、工事が始まれば今のようなのんびりとした駅前風景は過去のものとなるでしょう。

また、2030年度開業を目指して工事が本格化した北海道新幹線札幌駅。
篠路駅が新しくなる頃には、北海道の鉄道も新たな節目を迎えることになります。

鉄道に限らず、世の中が変わってゆくことは誰にも止められません。
懐古趣味の気がある私などからすれば残念なことばかりですが、進化して近代化する流れに反対することはできないわけです。
自分自身も、別な形で進化や近代化を享受しているからです。

昔は良かった的な、年寄りの懐古趣味な発想で進化や近代化に反対するのは愚かなことです。
その時代は良かったかもしれないが、時代遅れになった過去の遺物にいつまでもしがみついていては発展が止まってしまうし、その延長線上は原始時代への回帰となってしまうでしょう。

それに短い人生、前を向いて生きてゆかなければ、人生は誰かへの恨みつらみだけで終わってしまいます。

20年経っても変わらない篠路駅前の街並み、それもこれから激変するであろう街並み、20年の歳月。
変わらない篠路駅前と変わりまくった自分自身の20年と重なって、何だか変な話になってしまいましたね。

それでは今日はこの辺で。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。  

posted by pupupukaya at 22/09/04 | Comment(1) | 北海道の駅鉄

ノスタルジック空間、2022年篠路駅

旧苗穂駅舎が解体された2022年現在、篠路駅は札幌市内に残る唯一の木造駅舎となりました。

この駅の開業は1929(昭和9)年なので、開業時からの駅舎だとすれば今年で93歳ということになります。

駅舎自体は横長の平屋にトタン屋根という特徴のないものですが、昭和戦前、戦中、戦後、高度成長、平成、令和と長く風雪に耐えてきた駅舎はそれなりの風格が出てくるようで、他の新しい駅舎にはないオーラのようなものを感じますね。

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 昔ながら佇まいを残す篠路駅。

この篠路駅も高架駅となることが既に決定しています。
当初高架化完成は2025年度となっていましたが、都市計画の変更などが行われたために完成は2029年度以降になる模様です。

高架化工事の工法やスケジュールはまだ公開されていないようですが、Web上で公開されている資料をいくつか見ていると大まかな工程はわかってきました。

篠路駅部分に関してはホームと線路は仮線に移し、現在線の場所に高架線と駅舎が建設されるようです。
仮線は現在線の東西どちら側に設けられるかというと、西側は支障となる建物があるので、おそらく現駅舎を解体して東側に設けられるものと思われます。

だから札幌市内最後の木造駅舎である篠路駅舎を見ることができるのはあとわずかでしょう。
そんな私にできることといえば、撮影して記録に残しておくことくらい。
そんなわけで、2022年9月の土曜日に篠路駅に行ってきました。

今日はノスタルジック空間が残る篠路駅前の旅行記となります。
また長くなりますが、しばらくお付き合い願います。


 ◆ 札幌市内最後の木造駅舎

札幌駅から北海道医療大学行きの電車に乗って篠路で降りる。
この駅で降りるのは電化以来初ではなかろうか。だからもう10年以上ぶりということになるのかな。

木造駅舎はまだ健在。ホームから見る限りでは、変わったところといえば、線路上に架線が張られたくらいのものだ。

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 大木になった松の木と篠路駅舎。

西口はかつてあった赤レンガの農業倉庫がなくなって広々とした駅前広場となったが、駅舎のある東口は昭和時代から時が止まっているような佇まいを残している。

猫の額ほどの駅前広場に植えられている松の木の成長だけが時の流れを伝えているような、そんな空間がまだ残っていた。

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 自転車置場から見ると都会的に見える。

昭和時代で止まっているような駅舎と駅前だが、駅前広場の半分近くを占拠した自転車と、駅舎の屋根越しに見えるマンションがやはりここは札幌市内の電車駅なのだと思わせる。

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 篠路駅舎とコスモス。

駅舎の横の空き地はコスモスの花が満開だった。
コスモスは廃止になった新十津川駅の駅舎周りにもいっぱい咲いていたっけ。
この後駅周辺を歩いたときも、線路脇にもコスモスの花が咲いていた。

石狩月形、浦臼、新十津川・・・
もうこれらの駅は無くなったけれど、いまだにレールが繋がっているような気がしてくる。
コスモスに彩られた駅舎を見ていたら、さらに古くに過去のものとなった雨竜や石狩沼田まで行けそうな気がした。

昔は札幌と石狩沼田を結ぶ路線ということで札沼線と名付けられた。
札沼線の横の繋がりは薄れてしまったけど、目に見えない何かでいまでも繋がっているような何かがあるように見えた。

札沼線の駅にはコスモスが似合う。

おっと・・・この路線は札沼線ではなく、学園都市線でしたね。

こんどは駅舎の中を見てみましょう。

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 駅舎の改札口と待合室。

正面から入ると自動改札機がデンと鎮座している。
改札口に対して斜めに設置されているのは、真っすぐ置くと乗降客の動線が壁に当たってしまうからだろう。
それくらいに駅舎内は狭い。

一番奥はトイレになっているが、昔はあの場所にキヨスクがあったのを覚えている。
といってもまだ90年代初め頃で、早いうちに閉店していたようだ。

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 トイレ側から改札口ときっぷ売場を見る。

券売機、みどりの窓口、自動改札機、Kitacaのチャージ機と必要なものはひと通り揃っている。
天井にある円盤状の照明らしきものは駅開業時からのものだろうか。

昔はこんな狭い待合室でもベンチが並べられて、冬になるとストーブが真ん中に据え付けられたものだが、利用客は西口の方が多くて電車の本数も1時間に3本とあっては待合室に滞留する人も少なく、ただ通過するだけのコンコースといった様相。

昔の列車別改札だった頃は、朝ラッシュ時など駅舎から人があふれていたことだろう。
私は篠路駅のラッシュは知らないが、同じように狭かった新琴似駅の地平駅時代、夕方のラッシュ時は駅舎に入れない乗客たちが外でたむろしていた光景を思い出す。

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 駅舎の窓から見たホーム。

窓からホームを見ると古びたホームと対照的に近代的なマンションがそびえる。
かつてはあの場所に赤レンガの倉庫が立ち並んでいたのだが、もうだいぶ前に倉庫は取り壊されて駅前ロータリーが出現した。

昭和時代から変わらない東口とは対照的に、西口は近代化が進んでいる。


 ◆ ホーム側から見た篠路駅

今度はホームに入ってみましょう。
みどりの窓口で入場券を買う。1枚200円。
Kitacaで入場して、そのまま帰りの電車に乗ればいいのだろうけど、律義に入場券を買った。
それにこの入場券は使用後は記念に貰うことにしている。

木造駅舎とはいえ、外装や内装は何度もリフォームされて近代的な装いになっているが、ホームに張り出した屋根と柱の軒下にやはりこれは木造駅舎というものを見ることができる。

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 木組みの柱がいかにも木造駅舎。

ホームの改札口前は風よけなのか壁が設けられている。
篠路は風の強いところなのか、この壁は昔からあって、ホーム側から見た篠路駅の特徴になっている。

改札口からホームに向かってスロープのようになっているが、これはホームが電車に合わせてかさ上げされたからこうなった。

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 軟石を斜めに積み重ねたホームの土留め。

2番ホームには軟石を斜めに積み重ねた土留めが今でも使われている。
昔はホームといえばどこもこんな作りだったが、電車に合わせてかさ上げされたり、ホーム下は退避できる空間を設ける必要があったりと、もうローカル線でしか見ることはなくなった。

煙となんとかは高い所が好き、というわけではありませんが跨線橋へ。

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 跨線橋から駅舎を見る。

跨線橋から駅舎を撮影しようと思ったけれど、架線のトラスビームが邪魔してあまりいいアングルでは撮れなかった。
駅舎と反対側はこちら。

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 跨線橋から拓北駅方向を見る。

いま見ている現在線に高架橋が建設されるはずで、こんな風景も過去のものとなる。

広めに取られた駅構内の敷地は、貨物輸送が盛んだったころの遺物だ。
古くは左側にアーチ形の赤レンガ倉庫が並んでいて、側線に停車する貨車への農作物の積み込みが行われていた。
さらに古くは出発信号機後方の空間は日石専用線があって、茨戸や生振の油田から輸送管で運ばれた原油がタンク車に積まれて本輪西の製油所まで輸送されていたこともあったという。

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 狭い跨線橋。

跨線橋の階段や通路は狭くて、対面通行ならば1列に並んで歩かなければならない。
篠路駅のホームは元々構内踏切で連絡していたもので、跨線橋の設置は比較的新しめ。
いつ建設されたかものかは不明だが、国土地理院の空中写真を見た限りでは1980年代初め頃ということになる。

建設当時は1日当たり乗降客数は1,500人程度、本数も1時間に1本あるかないかというローカル線並みの駅だったのでこれで十分ということだったのだろう。
電車駅となった今ではこれではあまりに手狭。
やはり早期の高架化が待たれるところではある。

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 2番ホームから1番ホームを見る。

2番ホームにいると向かいの1番ホームに電車が入ってきた。
721系3両編成。

篠路駅でこの車両を見るとどういうわけか違和感を覚える。
札沼線・・・いや、学園都市線が電化されて早や10年が経つのだが、私の頭の中では非電化で止まっているようだ。

思えばこの電車が全盛だった頃に学園都市線を走ることはなかったようで、電化されるとお古しか寄こさないと言いたげに721系電車が投入された。

思えば、札沼線から学園都市線と名を変えた当時、この線を走る車両は道内各地から寄せ集めた中古気動車の見本市のようになっていた。
27、40、46、56・・・、この頃はさすがに22は見なくなった。
51形客車から改造された141、142はまだ試作的な存在だった。
たまに石狩当別以北で使われる53もぶら下がっていたな。

私の鉄道車両に関する知識はこの当時で止まっている。
だから今走っている〇〇系などと言われてもすぐにはわからない。
他の記事で『〇〇系は・・・』などと知ったかぶりで書いているが、それらの多くはググって調べたものだ。

話がずれたけど、篠路駅が高架になる頃には、この721系電車も姿を消していることだろう。

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 篠路駅の入場券。出るときに無効印を押してもらった。

入場券を買った窓口の女性駅員に無効印を押してほしいと頼んだら、親切に対応してくれた。
ほかに客もぜんぜんいないし、暇だったからということもあるのかも。
そういうことを言っちゃいけないね・・・


 ◆ 篠路駅前の倉庫群

今度は駅を出て、駅前を見てくることにします。
篠路駅に降り立ってまず目に入るものといえば倉庫。

正面に立って右側には赤レンガの農業倉庫、左側には札幌軟石造りの篠路高見倉庫の建物が立ち並んでいる。
篠路駅高架化工事と並行して篠路駅前も再開発事業が行われ、駅東口側にも広い駅前広場ができることになっている。

当初の計画では、現在の篠路高見倉庫の敷地が駅前広場となるはずだったのだが、計画変更で赤レンガの農業倉庫側の方が駅前広場になることとなった。
札幌軟石造りの篠路高見倉庫は保存されることになったようだ。

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 高架開業後も保存が決まった軟石造りの篠路高見倉庫。

今日は土曜日で休みのようだが、篠路高見倉庫の方は私有地となっていて倉庫も現役で使用中のため外側から見るに留めておく。
篠路駅前の見どころは反対側にある農業倉庫の赤レンガ倉庫群だろう。

これらは札沼線の開通によって篠路駅は農作物の出荷基地として発展した時代を今に伝える遺産と言っても良い。
駅周辺には倉庫が立ち並び、農家で収穫された玉ねぎなどがここに出荷され、篠路駅から貨物列車で全国に発送されていった。
そんな農業の出荷基地として賑わった時代を今に伝える貴重な文化遺産でもある。

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 篠路駅南側にある赤レンガ倉庫群。

昔はもっとびっしりと倉庫が立ち並んでいたと思うが、取り壊されて草むらの空き地となっている所も目立つ。
この倉庫もいつもならば玉ねぎの収穫シーズンを迎え、トラックやフォークリフトが忙しく出入りしている頃だと思うのだが、倉庫はもう使われていないのか、土曜日はお休みなのかはわからないが、無人でひっそり静まり返っていた。

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 篠路駅に集まった農作物はここから貨車で全国に向けて発送されていた。

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 昭和10年頃に建築されたという赤レンガ倉庫。

誰もいない赤レンガ倉庫に囲まれた一角にいると、昔に海外の古い街を歩いていたら、どこかの小路に迷い込んだことを思い出す。

ここは札幌駅から電車で20分、その駅から徒歩1分の場所である。
そんなことを忘れてしまうようなほど静かな異国情緒あふれる赤レンガに囲まれた空間だった。

もうずっとコロナ禍で海外旅行に行けない状態が続いている。
もしお嘆きの方々がおられたら、篠路駅前の赤レンガ倉庫群の中に身を置いてみたらいかがでしょうか。

遠くへ行くばかりが旅ではない。
近くにあっても日常とは違う空間、異質な景色に接することが旅なのだとすれば、ここはまさしく旅に相応しい場所だ。

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 異世界に迷い込んだような錯覚も覚える一角。

こんな静かな赤レンガ倉庫群が見られるのもあとわあずかとなることだろう。
この場所は新しく高架駅となる篠路駅の駅前広場の一部となることが決定している。

計画図を見る限りでは、倉庫群のうち一部は広場にはかからないようだが、その建物についてはモニュメント的なものとして保存するのか、あるいは全部解体して再開発となるのか。

いずれにしても、今のような赤レンガ倉庫群や囲まれた空間が残ることはないだろう。

次は駅周辺を歩いてみます。


 ◆ 篠路駅界隈、踏切、西口など

駅正面から伸びる道は篠路駅東通という都市計画道路で、高架化に合わせて駅前一帯が土地区画整理事業に指定されているので
この通りも一新することだろう。

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 駅舎から駅前を見る。

駅を出て右手に目立つアーチ状の屋根にギザギザの軒を持つ変わった建物。
ある意味篠路駅前のランドマーク的な存在でもある。
今は一般の会社が入居しているが、元々は篠路農協ストアーだった。

その隣の石造り風の建物は旧篠路農協。
農協はJAさっぽろ篠路支店となって横新道と道道花畔札幌線の角に移転して、こちらはもう長いこと空き家状態となっていたようだ。

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 かつて篠路農業協同組合だった建物が並ぶ駅前。

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 ギザギザの軒が特徴の旧篠路農協ストアー。

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 石造りの旧農協が農業で栄えた頃の篠路を偲ばせる。

農協スーパーがあって、小さいなりに商店街があって、それなりに人が集まるところではあったようだが、篠路駅西口側に発展とは反比例するように今ではすっかり寂れてしまっている。

かつては駅の西側が住宅地として発展していたが、平成になってから東側の住宅地化も進んで、隣の拓北駅の駅勢圏である拓北とも一つの町のようにつながってしまった。
この篠路駅東側の住宅地としての発展は駅の乗降客数にも表われていて、例えば2000年の1日当たり乗降客数は3,176人となっているが、2019年では6,156人とほぼ倍増となっている。

周囲が発展しても、電車の本数が増えようと篠路駅前が発展することはなかった。
古い町にありがちな、発展を阻む何かがここにも存在していたのだろう。

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 古びた篠路交番。

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 駅前ビルと篠路駅東通。奥が篠路駅。

所どころに昭和時代の名残を残す建物が残っているが、ここも数年もすれば様変わりしていることだろう。

今度は横新道の踏切を渡って西口へ行ってみます。

土地区画整理事業が進行して、やたらと空き地ばかりが目立つ。
老朽化した住宅やアパートも所どころに残っているが、近いうちにこれらも撤去され新しい街並みが作られることだろう。

横新道へ出ると、片側1車線の道路は踏切の前も後も渋滞中。
近年発展した篠路駅東口側のみならず、上篠路や丘珠方面から石狩街道まで真っすぐ通り抜けられる道路といえばこの横新道くらいなので、どうしても車が集中するのだろう。
このあたり、早期の高架化完成が待たれるところだ。

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 渋滞している横新道の札幌篠路線踏切。

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 横新道から篠路駅方向を見る。

踏切から線路を見ると、篠路駅方向は駅舎を解体して旧貨物ホーム跡あたりに仮線を通すことが出来そうだが、反対側の百合が原方向は仮線を設けるほどの余裕はなさそう。
元々単線だったのを複線にした路線だから、線路の両側に余裕は少ない。

営業中の線路の真上に高架橋を建設するか、上下線を分けて先に1線だけを高架にして、それからもう片方線の高架橋工事を始めるか、それしかなさそうだ。

それにしても高架化工事とまでは言わないが、もう土を掘る重機くらいは動いているのかと思っていたが、工事着工どころか用地を示す杭すら見かけなかった。

今のうちに撮影して残しておかないと・・・
そんな思いに駆られてやってきたのだが、こんな篠路駅と篠路駅前の見納めはまだちょっと先のようだった。

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 側線に停車中の保線車両。

篠路駅西側の側線は保線用の車両がよく停まっているのを見かける。
今日は4両のバラストを積んだ貨車と保線用の機関車が停車していた。
バラストは新しく、近く交換工事が行われるのだろう。
学園都市線は地盤の悪いところを通っており、そこを電車がバンバン通過するのだから道床の傷みも早そうだ。

駅舎のある東口と違って西口は駅前広場も整備され広々と気持ちが良い。
しかし駅舎はというと小屋のような建物なのがちぐはぐに見える。

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 小じんまりとした篠路駅西口の駅舎。

ウイキペディアによると西口が開設されたのは1988(昭和63)年とある。
そう言われれば、私が高校生くらいの頃にはこちら側に出入口が作られて、列車を降りた多くの乗客たちがそこから出て行っていたのを思い出す。
駅員もいなければ券売機も無し。切符を買うには跨線橋を渡って東口へ回る必要があった。

いつの頃から今の駅舎が建てられ、券売機と自動改札機が置かれるようになった。

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 篠路駅西口駅舎。簡易型自動改札機が置かれている。

狭い小屋のような西口駅舎だが、券売機があってKitaca対応の自動改札機がある。
集札はしていないので、乗車券所持の降客はセルフで集札箱に入れることになる。

一応駅員が詰めるような部屋と窓口があるのだが、ここに駅員がいるのは見たことがない。
西口に関してはフリーでホームに出入り自由ということになる。

篠路駅だけでなく、学園都市線はこのような作りになっている駅が多い。
良く言えばおおらか、悪く言えば不正乗車防止に要するコストを省いているということになる。

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 西口駅前ロータリーの赤レンガが倉庫の遺物。

篠路駅西口・・・いや西側・・裏側といえば、並んだ赤レンガの倉庫だった。
駅の正面にも倉庫、裏手にも倉庫、どれだけ倉庫が並んでるんだと思うほど倉庫が多かった。
それだけここから出荷される農作物が多かったということなのだろう。

こちらの倉庫群は一足早く、2007(平成19)年に取り壊されたようだ。
西口駅前ロータリーにある植え込みにひっそりと建てられた説明書きを読むと、円形に積んだ赤レンガがその倉庫の一部なのだという。

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 昭和時代から変わらずに。

いかがでしたでしょうか。

札幌市内にあって、JRの駅前にもかかわらず昭和時代から時が止まったような空間が残る篠路駅。
列車の発着時以外はひと気も少なく、松の木の下に佇んで古い駅舎を眺めていたら、子供の頃に見た風景と重なるような気持ちになりそうです。

篠路駅は札幌市内に残る最後の木造駅舎。
残念ですがこうした風景も近いうちに見納めとなります。

木造駅舎に代わる仮設のプレハブ駅舎が建てられ、今のホームの場所には高架橋の柱が立ち並ぶようになるでしょう。
高架化完成までは工事現場の風景となりますね。

高架化工事が完成すればこの篠路駅前も整った駅前広場が整備され、駅前の道路も建物も一新して綺麗な町並みとなることでしょう。
便利で利用しやすい駅になるのでしょうけど、反面ほかの駅と同じような駅前風景がまた出来上がるわけで、昔ながらの篠路らしい風景が消えてゆくのは寂しい気もします。

もったいないとか風情がないとか言うのは簡単ですが、今の駅が老朽化して狭くて東西が分断されて、バリアフリーにも対応できない状態では高架化するか橋上駅化するしかありません。

私にできることといえば今あるものを記録に残すくらいなものです。

そういえば、今から20年前の2002年の夏、何を思ったのか当時使っていたフィルムカメラを持って篠路駅に撮影に出かけていました。
ちょうど新琴似駅が高架化されて新しくなった頃で、木造駅舎と古びた街並みが残る篠路駅も近いうちに様変わりすると思ったのでしょうか。

つぎの記事では20年前に撮影した篠路駅と篠路駅前の写真を紹介します。


posted by pupupukaya at 22/09/04 | Comment(0) | 北海道の駅鉄

2007年札沼線終点の新十津川駅

2020年に廃止された新十津川駅。

2022年8月現在では、既に駅舎は取り壊されているとのこと。
あれだけ廃止反対をして、廃止が決まると駅前はにわかに売店が進出し、各種イベントを行って賑やかになったものだが、廃止後は黒歴史にでもしようかという勢いで整地が進んでしまう。

これは新十津川に限ったことじゃない。
老朽化した駅舎を保存するとなると経費がかかるし、町を分断していた線路と駅を取っ払って交通をスムーズにしたいことはよくわかる。

私は札幌市民なので、他所の町の都市計画についてとやかく意見する権利はない。
でも残念だね。
無くなったものを惜しんでもしょうがないので、せめて在りし日の新十津川駅の画像でもアップしてみようか。

以下、2007年8月26日に撮影した新十津川駅になります。

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青字に白抜きの駅名看板が正面に出迎える。
新十津川町にあるので新十津川駅なのだが、1931年の開業当初は中徳富という駅名だった。

1943年、戦時中に不要不急路線として一旦休止となる。
戦後の再開は1953年。
同時に町名に合わせて駅名も新十津川(しんとつがわ)駅となった。
この看板は、1953年の営業再開当時のものだろう。

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『歓迎 ようこそ新十津川へ』の看板が出迎える旧改札口。
こんな看板とは裏腹に、札沼線でやってくる観光客などどれほどいたのだろう。
意気込んで看板を掲げたのだろうが、長らく誰の目にもつかず放置されていた。

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1日3本だけの時刻表。
それでもこの当時は朝の1本だけ札幌直通列車があった。

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バケット型のプラスチックベンチが並ぶ待合室。
1日1往復の終着駅として脚光を浴びるのはこの10年後の話。
この頃は町はずれにひっそりとある、人も寄り付かなくなった寂しい駅だった。

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ホームから線路に降りて、レールレベルで撮影してみる。

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線路は草ぼうぼう、レールの踏面が銀色になっていなければ廃駅のような佇まいだ。

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1日3往復の線路は雑草が生え放題。
よくこんな線路を列車が走っていたものだ。

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おそらく開業当初から変わらないであろう、玉石を敷きつめた道床。
ささくれた枕木に30kgレール。
国鉄から民営化してJRになる直前に、最後の国鉄の赤字計上とすべく地方ローカル線のリニューアル工事があちこちで行われた。
それはレールの重軌条化と道床のバラスト化。

しかし、札沼線北部では工事が行われることがなかった。
札沼線は国鉄再建法の第2次廃止対象路線から免れた路線だが、この当時でもいずれ廃止になると読んでいたのか。

DSC09897.JPG

以上、1日3往復だけが発着する新十津川駅の、列車の来ない午後の時間にいろいろ撮影したものです。

なに?
勝手に営業中の線路に立ち入って、鉄道営業法違反ではないかって?

いまは厳しくなって線路立入りは刑事罰にも問われるようになったが、2007年の頃はまだ柵もロープも張られておらずのんびりとしたものだった。

コンプライアンス(法令遵守)がうるさく問われるようになった現在、さすがに線路敷地に立ち入っての撮影はするべきではないだろう。
鉄道営業法違反のみならず侵入罪にもなるだろうし、これでもし列車を止めたとなると威力業務妨害罪にも問われかねない。

まだのんびりとした時代に撮影した画像ということでご容赦願います。

余談ですが、侵入罪と威力業務妨害罪はとっくに公訴時効となってますので念のため。

〜最後までお読みいただきありがとうございました。   

posted by pupupukaya at 22/08/28 | Comment(0) | 北海道の駅鉄

2015年8月12日函館駅の北斗星号

寝台特急北斗星。
上野と札幌を約16時間かけて結んでいた夜行列車で、定期列車としては2015年3月ダイヤ改正をもって、臨時列車としても同年の8月22日の上り列車で運行を終了しています。

私が最初に乗ったのが1989年、最後に乗ったのが2006年でした。
こいつには何回乗ったかなあ・・・
過去の記憶を辿ったら、北斗星は合計で6回乗っていました。

もう1回か2回は乗っておきたかったと思いましたが、国内旅行は早くて安い飛行機を利用することが多くなったこと、2010年の東北新幹線新青森開業後は企画乗車券も三セク区間の運賃も上乗せされるようになって割高となったことから北斗星に乗る機会はありませんでした。
そうこうしているうちに北斗星の寝台券もプラチナチケットになってしまい、ますます縁遠い列車になってしまったわけです。

今回の画像は2015年8月12日に函館駅で撮影した下り北斗星の画像です。
これ、実は出張で函館駅前のホテルに宿泊していたので撮影できたもの。
さすがに仕事中や出張中のことは記事に出来ないので秘蔵にしていたものですが、さすがにもういいだろうということで記事にさせていただきます。

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廃止10日前とあって上野駅や札幌駅ではお別れファンでホームが埋め尽くされるほどだったようだが、さすがに函館駅のホームはファンの姿もまばらだった。
この日の下り北斗星は107分遅れで運転中。
長いホームの一番先端からED79に牽かれて入線する北斗星を撮影できた。

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1時間47分遅れは、札幌に着いてから乗り継ぎや特に急ぎの予定が無い乗客にはちょっとしたサプライズだったかも。
でも2時間以内とあっては特急料金は払い戻しにならないね。

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B寝台車は、けだるい朝の様相。
4人グループならばいいが、そうでなければ他人と相席となる。

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北斗星は函館駅でスイッチバックする。
今までは最後部だったが、今度はこちら側が先頭となるので、ここに2台の機関車を連結する。
今着いたばかりなのでホームにいた数人のファンがカメラを向ける。

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ドアが開くやいなや乗客がドドドドと集まってきてこの通り。
青森でも同じように機関車の交換があるのだが、ドアが開いて機関車交換が見られるのは函館駅だけだからしょうがない。

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もう見納めだから撮影しておかなきゃね。

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先頭の人だかりをよそに、編成中ごろは長閑な停車中風景。

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撮影組の人たちも車内に戻ってホームはまた静かになる。

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食堂車グランシャリオでは朝食タイム。
いいなあ。もう1度あの頃に戻って食堂車を楽しみたい。

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札幌へ向けて発車。
まだまだ先は長いよ。

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北斗星は札幌へ向けて発車して行った。

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ホームの駅舎側に残された電気機関車ED79 7号機。

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北斗星発車後、ED79も五稜郭へ向けて回送していった。

画像を見ているとついこの間のような気がするけど、もう7年経つんですね。
北斗星も夜行列車も、既に記憶の中でしか存在しない・・・

ところがこの4月から再び北斗星に乗れるようになったとか。

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 修復された北斗星の車両(2022年3月筆者撮影)

北斗市茂辺地の茂辺地中学校跡地に保存されている2両の寝台車。
北斗星広場と名付けられたのはいいが、潮風にさらされてボロボロの車体となっていましたが、この度修復されて新たに宿泊施設として営業することになりました。

ああ、憧れの北斗星今ここに蘇る。
動くことはないが、いっぺん泊まってみたい。
往時の寝台車を思い出したいものですねえ。

posted by pupupukaya at 22/04/24 | Comment(0) | 北海道の駅鉄
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