2013年道北・宗谷岬へ2

道の駅とうま 〜 名寄 〜 咲来 〜 音威子府


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4時ごろ明るくなって目が覚める。
道の駅の一般車の駐車スペースは同じ車中泊らしい車がびっしりと駐車している。

ここは旭川から近いし、ここを朝出発すれば道東へも道北へも便利なので人気の車中泊スポットのようだった。

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車中泊をした道の駅とうま。同じく夜を明かした車がたくさん停まっていた。

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気温が下がってフロントガラスは外側も内側も真っ白に曇った。

目が覚めてしまえばエンジンさえかければいつでも出発できる。
4時半過ぎに道の駅とうまを出発した。駐車場のほとんどの車は静かで、主はまだ眠っているようだった。

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早朝の国道40号を北上する。

車もほとんど見かけない早朝の国道は天気も良くて走っていて気持ちが良い。雲の切れ間から朝日が差し込んできた。

それにしても早朝の国道は長距離トラックが多い。土日だろうと経済活動がある以上は物流も必ず発生するわけで、日本の経済活動は道路とトラックが支えている。
並行する宗谷本線の貨物輸送はもうだいぶ前に廃止されてしまった。

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峠にある塩狩駅。

特に目的があるわけでも急いでもいないので駅などに寄り道しながら行くことにした。


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名寄駅は道内主要駅の中では数少ない木造駅舎が使われている。

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ホーム側。

名寄駅は早朝のこの時間はまだ無人駅だった。ホームに出ると構内は広いがたくさんあった側線はほとんど撤去されて、2,3番ホームの上屋も撤去されていて、ただの途中駅のようになってしまっていた。

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駅舎から堂々と張り出した上屋は鉄道の要衝だったころを思わせる。
かつてはここから名寄本線と深名線が分岐し、朱鞠内や紋別へと向かう列車が発着していた。

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名寄からさらに40号線を北へ。8時を過ぎると交通量も増えてきた。

名寄から美深までは高規格道路の「名寄バイパス」を走る。札幌にいるときはこんなところに無駄な道路を作るもんだと思っていたが、走ってみるとやっぱり快適だ。

バイパスは地図上は美深の町の手前までになっているが、実際は町を通り越して美深北ICまで延伸されていた。
インターネット上ではどこの地図ではまだ美深IC止まりになっているが、ただ1つ国土地理院の「電子国土ポータル」の地形図では美深北ICまでちゃんと直っていた(2013年7月現在)。

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音威子府の一つ手前にある咲来駅。

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国道から脇道に入り市街地を抜けたところにひっそりとある。

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咲来駅の駅ノート。

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駅前に昔から変わらずある日通営業所の黄色い建物。今はライダーハウスとなっているようだ。

国道40号線を走っていると気が付かないが、宗谷本線の音威子府駅のひとつ手前に咲来という駅がある。
ここは昔、音威子府村の前身である常盤村の役場が置かれていたところだ。

明治37年に咲来駅逓所が置かれ、奥地の開拓地やオホーツク沿岸への中継地として交通の要衝となった。
大正期になり鉄道が開通すると現在の音威子府に役場が移転し、昭和38年には村名も常盤村から音威子府村に改められた。

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咲来の市街地。幅広の道路はかつての国道40号線で「咲来大通」とも呼ばれた。
過去にのちの音威子府村となる常盤村の中心部だったこともあるが、過疎化が進み今はひっそりと眠ったように静かな村。

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音威子府駅はバスターミナルと合築した交通ターミナルになっている。

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ウッディな作りの改札口。この時間はまだ無人だった。

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発車を待つ幌延始発の旭川行普通列車。

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土曜の朝なので車内は無人状態と思っていたら、そこそこの乗客が乗っていて意外だった。制服姿の通学生も何人か見かけた。

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藪を漕いできたのか葉っぱをいっぱい引っかけてきた車体。

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音威子府駅前の町並み。


3へつづく



posted by pupupukaya at 13/07/28 | Comment(0) | 2013年その他旅行記
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