現在は延長8.5キロの1系統のみだが、大幅路線短縮前は現在の中央区のほか北区、豊平区にも路線を伸ばし、約25キロの路線で営業していた。

最盛期の札幌市電路線図

最盛期の札幌市電系統案内図
昭和30年代〜地下鉄南北線開業前が最盛期で、特に年々増大するラッシュ時の輸送は大変を通り越して深刻な問題だったようだ。
![33457[1].jpg](http://pupupukaya.sakura.ne.jp/sblo_files/pupupukaya/image/334575B15D-thumbnail2.jpg)
駅前通りの市電
札幌市写真ライブラリ所蔵
当時の札幌市電の運行状況、特にラッシュ時の運行状況はどうだったのだろうか。
ここに一冊の本がある。
当時の関係者による述懐を1冊にまとめた本で、昔の札幌市電の様子がよくわかる。
だいぶ前に絶版になったようだが、市内の図書館には置いてるし、古本屋にも出回っている。

さっぽろ文庫22 市電物語
ここに当時のラッシュ輸送の状況を引用させてもらう。
”西四丁目線を、朝ラッシュ時に走行する市電は、表定速度10キロメートルを切り、停留所安全地帯(35メートル〜40メートル)には3台分程度しか停車できないので、乗降取り扱いのできない電車は、その後方に連なって、5台も6台も停車した。利用者が20万人の大台に乗った昭和32年以降には、三越前停留所の山鼻線・豊平線方向へ運行する電車が、北大通付近まで停車したものである。”
”札幌の市電は駅前線を幹線とする一点集中型路線で、一条線、円山線、山鼻西線を除く全運転系統が、駅前線と競合している。一般利用者からは乗り換えに便利と好評だった路線形態も、車両の大型化、配車台数の増加による過密ダイヤに加えて、駅前線の1日当たり乗車人員は、全線の約3割に相当する6万8000人に対し、車両運行のネックとなった。昭和35年夏ダイヤの全系統平均表定速度は、13.7キロメートルに対し、西五丁目〜すすきの間の表定速度は、8キロメートル以下に低下した。この間の運行車隔は、42秒ヘット※(間隔)で配車技術上の限界を超え、朝ラッシュ時は電車が道庁前から西5丁目まで繋ることがしばしばあった。”
※原文ママ
”鉄北線と一条線では、朝ラッシュ時の運行車隔が1分15秒ヘットとなり、電車相互の輻輳による運行渋滞も目立ち始めた”
”朝ラッシュ時の北24条停留場で待つ乗客は100メートルに達した”
文章だけ読むと、今では想像もつかないような過酷なラッシュだったように想像できるが、実際当時の市電のダイヤはどのようなものだったのだろうか、今では市電のダイヤは公表され、各停留所に掲示されているが、当時のダイヤは始終発時刻のみの掲示で、バスのような時刻表も無いので分かる術もない。
あるとき札幌市中央図書館で資料を物色していたら昭和45年の電車配車表というのを見つけた。

これは各系統ごとに、どの時間帯は何台電車を走らせるかというのを表にしたもので、往復の所要時間と電車の配車台数をもとに平均の運転間隔が割り出せる。
その表をもとに、各区間別の平均運行間隔を割り出したのが以下の表である。

この表をもとに朝ラッシュ時の駅前通りの運転間隔を計算すると、
1時間当たり75.5台、約48秒間隔。
48秒間隔ていえば、信号サイクルは大体2分ごとに青信号になるから、1回の青信号で2〜3台が通り過ぎる計算になる。
そのほかの複数系統ある区間の運行間隔は次のようになった。
北24条〜札幌駅 1分02秒
すすきの〜静修学園 1分47秒
西4丁目〜交通局(西15丁目)1分16秒
また、現在ある区間の運転間隔は、西線では西線16条までの区間便も含め日中は約4分間隔だったとわかる。ただ、これはあくまで計算上の平均であって、実際はダンゴ運転であったというのは想像に難くない。
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