2012年チェコ鉄道旅行記6 プラハ観光2日目 レトロトラムなど


今日は朝から天気が良い。
ホテルの朝食は少々遅い7時半からなので、早朝のプラハの街を散歩してきた。ほとんど人のいないカレル橋や市庁舎前もなかなか良かった。

2回の食堂は客室廊下の突き当りの階段を下りたところにあって、随分と分かりづらい場所にあった。
食堂は広くなくテーブルも少ないので、アメリカ人の家族と同席になった。

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ホテルの朝食
一応ホットビュッフェ方式


9時にホテルを出た。
まずは地下鉄に乗ってみようとナーロドニ・トシーダ駅へ行った。地下鉄なのに地上にも立派な駅舎がある。中には肉屋らしい売店が1店ある以外は何もない。
券売機があったので1日乗車券を買った。昨日せっせと小銭を貯めておいたので硬貨は110コルナ分あった。よく考えたらホテルに売ってたんじゃないかと思った。

話には聞いていたが、地下へ降りるエスカレーターは超高速で動いていた。これに乗るのが大変だ。エイッと飛び乗り、ドーム状の長いエスカレーター通路を地下深くへと運ばれていった。

プラハの地下鉄が深いのは、社会主義時代に核シェルターも兼ねて作られたからだという説があるが、まあ都市伝説だろう。
一番もっともらしい説を考えてみた。
 ・ヴルタヴァ川を何度も渡る必要がある
 ・都心を貫通する幹線道路が無いので既存の建物の下を通す必要があった

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プラハの地下鉄の名物 長い高速のエスカレーター


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地下鉄のホーム
ナーロドニー・トシーダ駅


地下鉄は次のムーステク駅で降りた。ここは地下鉄A線の乗換駅だ。
降りる人の流れに付いて行ったら、超高速のエスカレーターで地上に運ばれて、昨日来たところに出てしまった。

マックの前にキバをむいたマトリョーシカの看板があって、薄暗い通路を奥へ入って階段を上ると共産主義博物館があった。

展示物はレーニン像から始まって、チェコスロバキア社会主義共和国時代の商店・学校教室を再現したレプリカ、写真、プロパガンダのポスターなど。ソ連による軍事介入があった「プラハの春」のコーナーもあった。

とあるチェコ語の旅行会話本にこんな言葉が載っていたのを思い出した。
「チェコ人が一番話せる外国語はロシア語だが、一番話したくない外国語もロシア語である」

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共産主義博物館
キバをむいたマトリョーシカが目印


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共産主義時代の生活を展示したもの


しばらくトラムに乗って、次に向かったのが市内交通博物館。
昔のトラムの車庫を使用して、昔走っていたトラムやバスを展示している。

展示車両はどれも入口のところに金網が貼ってあって、車内に入ることはできなかった。

地下鉄のコーナーもあって、地下鉄の建設史もあった。

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トラムに乗る


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市内交通博物館


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過去に走っていたトラムの車両が保存されている



市内交通博物館へ来たのはもう一つ目的があって、レトロトラム91番に乗るためだ。
レトロトラム91番とは、昔使われていた古い電車を復活運転させているもので、土・日・祝のみ運行している。
ここ市内交通博物館から旧市街の観光地を経由してヴィスタヴィシュチェ(Výstaviště)までぐるりと約1時間かけて走る。

1日乗車券は使えないので、車掌から切符を買う。切符もまたレトロで、昔ながらのパンチで穴を開けて発券した。値段は35コルナ。

切符を買って車内に入る。車内は天井から床、座席まですべて木造だ。運転台はマスコン(車で言うアクセル)と手回しのハンドブレーキのみ。

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古風な電車がやってきた


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レトロトラム91番はここが始発


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レトロトラムの乗車券


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レトロトラムの運転台


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レトロトラムの車内


発車時刻の12時になり、電車は動き出して道路上へと出る。
乗り心地はすこぶる悪いが、この電車が通ると観光客が次々と振り向くのは気分がいい。
途中の停留所で何人か乗ってきたが、車内は空いている。

電車が止まると運転手はハンドブレーキをガラガラと回す。ハンドブレーキはパーキングブレーキで常用ブレーキは電制のようだ。

停留所で乗客が乗ってくると車掌が回って車内で切符を売る。停留所を発車するときは車掌がチンチンと発車合図を送る。私は昔の路面電車は本でしか知らないが、日本の路面電車の昔とそっくりだと思った。







途中、停留所でもないところで電車が停止した。突然前からオートバイの集団が走ってきて通り抜けて行く。次から次へと途切れることなく何百台も通過して行く。ヨーロッパ中のライダーが集結したのかと思うほどだ。
電車も車もライダーの集団が走り去るまで数分間ずっと止まっていた。

何かの祭りだったのだろうか?

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突然現れたオートバイの大群



約1時間で終点に着いた。車掌は「フィニッシュ」と行ったら車内の客は全員立ち上がった。



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posted by pupupukaya at 14:54 | Comment(0) | 2012年 チェコ鉄道旅行記
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