◆ 留萌本線終点、石狩沼田駅
ホームをウロウロするのはこれくらいにして、今度は駅の外へ出ます。
駅舎内の待合室に入ると、出入り口の上に『ようこそ石狩沼田へ』と書いたポスターがあります。
2023年4月1日に、ここ石狩沼田駅が終着駅となった時からあるもの。
だけど、待合室内が薄暗いのであまり目立たないのが残念。
『ようこそ石狩沼田駅へ』のポスター。
ホームからも『鉄道グッズ』と書かれた幟が見えたので、駅舎内に仮設の売店でもあるのかと思っていたが、今日はありませんでした。
平日は乗車券を販売している窓口も無人。
廃止半年前にしては寂しい終着駅です。
かつて廃止となった終着駅の、増毛駅とか新十津川駅など、廃止1年くらい前から名残乗車客や臨時売店で賑わっていたけれど、こちらは随分と寂しい。
余計なことながら、もうちょっと商売っ気があっても良さそうなものと思うんですが。
廃止前の幟が立つ石狩沼田駅前。
今の列車で着いた人たちも、駅前をウロウロして撮影をする組、折り返し準備が済んで列車のドアが開いたらさっさと座席に収まってしまう組に分かれます。
私はというと、1時間も乗っているのなら早くからクロスシートの席を確保したいけど、たった十数分の乗車なら立っていても構わないよ。
ということで私は撮影組となります。
ちょっと寂しい駅前。
駅前は列車で着いた人以外の人影はなく、道路を通る車も少なく寂しい感じです。
駅から見ると、町はそっぽを向いている印象。
しかし今どきは、特急停車駅クラスならばともかく、ローカル線の駅なんてこんなものでしょう。
さらに歩いて石狩沼田駅の線路の終端まで行ってみたいところですが、車止めまではここから400m近くあって、15分の折り返し時間では無理そうです。
ラストランまでのカウントダウン。
石狩沼田駅の駅舎は鉄骨造り1972(昭和47)年建築。
札沼線の新十津川〜石狩沼田間が廃止されたのを機に建替えられたものです。
棒線駅にしては立派な駅舎が、当時は留萌本線内でも主要駅だったことを思わせます。
正面には2026年3月31日ラストランまでのカウント日数が表示されていました。
表示の日数は『186日』となっていますが、実際は185日。
これはまだ昨日のまま更新されていませんでした。
今日は無人駅の石狩沼田駅。
待合室は、平日は開いているであろう出札窓口、色あせたベンチ、トイレといったところ。
どこにでもある殺風景な無人駅という感じは否めません。
妙に薄暗いのは、節電のためか天井の照明が一箇所しか点灯していないからで、これが駅の中が殺風景にも感じる原因のようです。
キハ54の張りぼて。
それでも壁には『ありがとう留萌本線』と書かれたポスターや企画展示があって、それなりに盛りたてていこうという感じはします。
トイレの前に置いてあるキハ54の張りぼてが一番目立つ存在です。
何かお祭りにでも使われたのでしょうか。
駅舎ホーム側出入口上にある駅名標。
ここで石狩沼田の駅名の由来の話をひとつ。
『沼田』の由来は、沼田町開拓の功労者である、沼田喜三郎所有の農場内に設置されたことからです。
上越線に同名の駅ができたことから、のちに『石狩』が冠されました。
この頭に『石狩』の付いた駅名は、ほとんどが札沼線にあって、札沼線北部の廃止や駅名の改称によって、今ではこの石狩沼田駅だけになってしまいました。
縦型の駅名標。
ところで、この駅は最初は『沼田』駅として開業しています。
留萌本線が深川から留萌まで開通した1910(明治43)年の開業ですから、北海道内でも古い方の駅です。
その後大正時代になって、群馬県の上越線に沼田駅が開業します。
国鉄時代までは、国内に同じ駅名は2つ付けないという決まりがあって、同じ駅名になってしまう場合は、原則として後から開業した方が令制国名や地方名、あるいは方角を冠することになっていました。
これは同じ駅名が2つ以上あると、貨車や荷物が間違って行ってしまうからという事情からです。
一時期は、同音異字や、国鉄と私鉄同士の駅名でも徹底していました。
上越線の沼田駅の方が後から開業したので、あちらが『群馬沼田』とでもすべきところです。
ですが、上越線の方が沼田駅となり、こちら留萌本線のは石狩沼田駅と改名されてしまいました。
↑ 上越線群馬県界隈の路線図(JTB時刻表より引用)
同じ上越線には群馬総社駅と『群馬』を冠した駅がありますが、こちらは岡山県に総社駅(現在の東総社駅)が先にあったからです。
なぜ先に開業した留萌本線の沼田駅が石狩沼田駅に改称されてしまったのでしょうか。
このような例はあまりなく、東北本線の豊原駅(栃木県)が、樺太庁鉄道の豊原駅が開業すると下野豊原駅に改名したくらい。
〜ここからは筆者の想像です。
上越線(当時は上越南線)が沼田駅まで開通したのが1924(大正13)年のこと。
同年は新十津川村出身の代議士、東武(あずまたけし)が先導する石狩川右岸の鉄道誘致が成功して、札沼線の着工年度とされていた年でありました。
その着工決定に当たって、何か政治的な交換条件のようなものがあったのかも知れません。
でもこの札沼線工事着工は、これまた政治的な事情から繰り延べられてしまい、昭和時代になってからの着工となってしまいます。
上越線が全通したのが1931(昭和6年)。
同年には、札沼線の一期区間である新十津川(当時は中徳富)〜石狩沼田間が、札沼北線として開通しています。
これら駅名改称にどういう経緯があったのかはわかりませんが、ともかく上越線の沼田駅開業以降は、石狩沼田を名乗ることになりました。
↑ 札沼線が石狩沼田まであった頃(交通公社の時刻表’72/5月号より引用)
石狩沼田駅は、かつて札沼線の終点駅だったこともあります。
今じゃ鉄道に詳しい人でなければ、札沼線の由来などわからないでしょうね。
もっとも札沼線ではなく、愛称である『学園都市線』として案内している方が多いですが。
駅名標泥棒だめゼッタイ!
◆ 石狩沼田 9:43 → 10:00 深川【4924D】
そろそろ発車時刻が近づいてきたので車内へと戻ります。
折り返しの列車は旭川行き4924Dとなります。
石狩沼田駅での滞在時間はわずか15分ですが、試乗や名残乗車ならばこれで十分満足です。
なお、深川発13時28分発4927Dに乗ると、石狩沼田で3時間近く滞在する羽目になるので注意しましょう。
ホーム柱に取り付けられた踏切鳴動ボタン。
発車時刻が近くなると、運転士がホームに出て柱にあるボタンを押します。
しばらくすると遠くから踏切の警報音が聞こえてきました。
駅の深川寄りにある国道275号線の踏切です。
路線が留萌まであった頃は、踏切の列車検知センサーが駅の留萌寄りにあったからでしょう。
石狩沼田が終点となった今では、こうして発車前に手動で踏切を操作する必要があるわけです。
がっしりとしたトラス橋の雨竜川橋梁。
帰り道は前面展望で。
前面窓が大きくて仕切りもない、キハ54形が前面展望に一番もってこいの車両です。
深川までの17分間、最後の留萌本線を楽しむことにしましょう。
他の客からすればちょっと邪魔くさいでしょうが勘弁してください(汗
木造の短いホームだけの北秩父別駅。
次の駅は北秩父別。
列車1両分にも満たない短い木造ホーム。
いわゆる『朝礼台』と呼ばれるホームがあります。
国鉄時代に仮乗降場として設置され、JR発足時に正式に駅とされたケースがほとんど。
秘境駅という感じがしますが、この駅の正面は深川留萌自動車道があって、ひっきりなしに車が通過する場所。
そんな駅ですが、下車する人が数人。
ここで降りてどうするんでしょうか。
次に北秩父別に停車する列車は、上りも下りも16時台までありません。
地元客の乗車もあった秩父別駅。
その次の秩父別でも下車が数人。
入れ替わりに地元の乗客が何人か乗って来ました。
のどかな田園地帯を80km/hで飛ばす。
座っているとそうでもありませんが、車端部で立っていると結構揺れます。
いまはすっかりローカル線となってしまいましたが、昔は石炭列車が走って、急行列車だって1日4往復もあった路線ですから、走りっぷりは見事。
80km/hは函館本線あたりじゃノロノロと感じますが、こちらは単線でしかも線路わきの林の草木が繁って線路ギリギリまで迫っているところもあり、スピード感は相当なものです。
深川駅留萌線の場内信号機。
右手に複線電化の函館本線が見えてくれば、まもなく深川です。
場内信号機は4番線に進路を示しています。
その下に、消灯していますが四角い進路予告信号機があるのは、貨物列車や急行列車の深川駅で併結作業のあった頃の名残ですね。
いくつものポイントが主要駅を思わせる。
深川駅構内に差し掛かると、複雑に絡み合ったポイントが主要駅であることを思わせます。
速度を落として進入、10時00分深川駅4番ホームに到着。
深川では1/3くらいの乗客が降りました。
深川駅に到着。
今乗って来た石狩沼田発の列車は、深川から新たな乗客を乗せて旭川まで直通します。
車内の乗客は、留萌本線内よりも増えていました。
深川発10時13分発旭川行き。
この時間帯の留萌本線から旭川へ直通する列車が設けられたのは比較的新しく、留萌本線が今の形態となってからのことです。
以前は深川発旭川行きの独立した列車となっていました。
留萌本線廃止後も、函館本線下りのこのスジは存続するのではないでしょうか。
深川で入れ替わった乗客は、結構若い人が多いのが印象的でした。
彼らにとって、週末に深川から旭川まで出かけるのに便利な列車なのでしょう。
旭川への乗客を乗せて発車を待つ4924D。
さて私はというと、ここ深川からは札幌への帰り道となります。
選択肢は2つ。
1つは、11時06分発滝川行普通列車。
2つ目は、10時19分発札幌行『ライラック14号』。
えっ、特急?
と思われるでしょうが、持っているのは札幌発の一日散歩きっぷなので、滝川までは別に乗車券を買わなければならないのです。
深川〜滝川間の自由席特急券は320円。
特急に乗れば1本早い列車で札幌に戻れるのでね。
というわけで、深川駅の改札口で石狩沼田の整理券を渡し、石狩沼田→滝川の乗車券と深川→滝川の自由席特急券を買いました。
合わせて1,240円。
◆ 深川 10:19 → 10:32 滝川【ライラック14号】
深川から乗った『ライラック14号』は混んでいました。
自由席は満席、デッキには立ち客も。
ライラック6両編成のうち、自由席は5・6号車の2両のみ。
旭川系統の特急も、いつの間にか指定席化が進んでいるのでした。
深川駅1番ホームに入線する『ライラック14号』。
特急の全車指定席化が進んでいますが、こちら旭川系統の特急も近いうちに全車指定席化という流れのようです。
全車指定席になると320円だった特急料金が850円にもなってしまうわけで。
別にこの流れに反対するつもりはありませんが、普通列車が極端に少ない区間では、チケットレス割引などを設けてほしいところです。
深川駅で購入した乗車券と自由席特急券。
デッキはすでに立ち客が2人いたので、私は客席の方で立つことに。
特急車は座れば快適ですが、立っていると窓の天地が低いので外が見ずらい。
これが窓が大きいデクモなら、立っていてもそういうストレスが無いのはさすがです。
乗車は1駅13分ですが、それ以上に長く感じました。
滝川からの737系電車岩見沢行。
滝川駅では乗車口の前に行列が出来ていました。
自由席ならば札幌まで立ちっぱなしですね。
混んでいてJR北海道にとっては結構なことだと思われるでしょうが、でもこれは以前は毎時2本あったのが毎時1本に減らされた上での混雑ですからね。
◆ 滝川 10:40 → 11:19 岩見沢【2360M】
滝川からは岩見沢行2360Mに乗り換えます。
ここからは再び一日散歩きっぷの客となります。
こんどは737系電車2両編成。
オールロングシートの39分間。
車内がガラガラなのがせめてもの救いです。
737系電車は長〜いロングシートが特徴。
美唄でまとまった乗車がありました。
それでも空席の方が多いくらいでしたが、乗客は若い人が多い。
目立つのはお洒落な服装をしてメイクもばっちり決め込んだお嬢さん。
内装は都会的でも所詮はローカル列車の中で、妙に異彩を放って見えました。
◆ 岩見沢 11:34 → 12:21 札幌【180M】
岩見沢でまた乗換となります。
今度は小樽行普通列車。
岩見沢からの731系電車3両編成。
エアポート編成をちょっと期待しましたが、1番ホームに停車中は731系3両編成。
またもやオールロングシート。
この車内も若い人が多い感じ。
さっき乗っていた岩見沢までの電車と同じく、やはり妙に気合の入ったお嬢さんが目立つ気がします。
ここまで気合の入ったお嬢さんは、札幌の地下鉄あたりではあまり見ない気がする。
彼女たちにとって賑やかな札幌に出かけるのは、きっとハレの日なのではないか。
勝手にそんなことを思いながら、野幌・大麻あたりからは立ち客が増えてきました。
すっかり都会の通勤電車という感じです。
札幌駅に到着。
12時21分札幌着。
特急に乗ったおかげで、予定よりも1時間以上も早く札幌に戻ってきました。
でも、もう帰ってしまうのは勿体ないなあ。
一日散歩きっぷを持っているので、今日1日は乗り放題。
じつは札幌に早く戻って来たのは、ちょっと思うところがあったから。
今度は札沼線で北海道医療大学へ向かいます。
◆ おまけ/札沼線 北海道医療大学駅へ
今度の北海道医療大学行は、嬉しいことに721系エアポート編成。
陣取ったuシートのゆったりした座席は、今日で一番快適な乗り心地です。
指定席と書いてあるけど、エアポート運用以外は自由席になるので。
ですが窓が曇って、すりガラスみたいになっているのが相変わらずなのは残念ですね。
札沼線の終点、北海道医療大学駅。
乗車45分で終点の北海道医療大学駅に到着。
文字通り北海道医療大学のほかは点在する農家しかないという駅です。
ここが現在の札沼線の終点となっています。
ホーム終端から40mほど先で線路は終わっている。
北海道医療大学駅のホームは2面あり、北側にある1番ホームは、以前はここから先浦臼や新十津川まで行く列車も発着していました。
札沼線の北海道医療大学〜新十津川間は2020年に廃止となっています。
その前年の2019年は私もせっせと乗りに行ったので、廃止からもう5年も経つのかあという気持ちになります。
ホームから少し先に行ったところに車止めが見え、その先に架線の終端となる電柱が通せんぼするように立っていました。
↑ JR北海道HP〜路線図から時刻検索より一部引用。
ここで説明するまでもないことでしょうが、札沼線の線名の由来は、札幌の『札』、沼田の『沼』を1字ずつ取ったものです。
来年留萌本線が廃止されると、その『沼』も消えてしまうわけで。
何だか、片方の帰る家がなくなったような格好となってしまいますね。
・・いいえ、ここは学園都市線なのでしょう。
札沼線の線名こそ残っていますが、ローカル線としての札沼線はとっくに消えてしまったのでしょう。
電化されて札幌近郊の通勤路線として生まれ変わった、新たな路線になってしまったのです。
札幌から石狩月形、浦臼、新十津川、はては石狩沼田まで繋がっていたことは、もう思い出や想像の世界でしかありません。
留萌本線と石狩沼田駅の廃止後は、札沼線も1つの使命を終えるのであります。
〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。
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