■ 2005年9月9日(金)
おもえば普通列車、しかもほとんど昼間の列車だけ乗り継いで札幌から広島まで来てしまったのだから、我ながら物好きだと思う。
長時間列車に乗っていても退屈に感じたことは無く、持ってきた本もほとんど読むことがなかった。
旅行中はほとんど車内で景色見ながら座ってばかりで、たまに途中下車してうまい物食べて、こんな楽な話は無いと思うのだが、他人に言わせるとそうでは無いらしい。
安ホテルの窓から。
長かった旅行。泣いても笑っても今日が最終日。8時頃、ホテルをチェックアウトする。
何かと安ぶしんを感じるホテルだったが、2泊で7560円だったので、よしとしよう。
朝の流川通りを胡町電停へ歩き、そこから広島駅行き電車に乗る。
ちょうど朝のラッシュだが紙屋町や八丁堀で大量下車したようで、車内は空いていた。
広島駅手前で渋滞する電車。
しかし電車は各方面から集中するので、猿猴橋町(えんこうばしちょう)から広島駅の手前まで入線を待つ電車が3台も4台もつながって待っているという状態。
急ぐ客はこの猿猴橋町で降りて駅まで歩く、という重要な役割がこの存在感の薄い電停にあったようだ。
ラッシュアワーを見物して面白いとは不謹慎な話だが、中国地方の中心都市の活力を見せてもらった思いだ。
猿猴橋方向を見る。
広島駅前の電車乗り場。
広島駅に着くとここもラッシュアワー。JRの駅からは列車が到着するたびに人の波が押し寄せて、電車乗り場やバスターミナルに行列をつくる。
駅前の電車乗り場は3線あって、うち1線は比治山線専用。2線が市内線と宮島線の降車ホームになっている。
電車は「ガシャガシャガシャ」と大きな音をたててポイントを渡って折り返し、乗車ホームで乗客を乗せて発車する。
降車ホームの線路が開くとすかさず次の電車が「ガシャガシャ」と音をたてて入ってくる。その後ろにも入線を待つ電車が何台も待機している。
広島駅前電停の乗車ホーム。
大行列ができる比治山線のりば。
駅からはぞくぞくと人の波が押し寄せるが、3連結や5連結の電車はそれを吸い込むようにして次から次へと発車する。さすが100万都市の迫力は大変なものだ。見ていていつまでたっても飽きない。
名古屋の名鉄新名古屋駅も色んな電車が休む間もなく発着して、飽きなかったが、ここ広島駅前も相当に面白い。
2000形電車の貫通路。
8時半を過ぎて、だいぶ人の流れも少なくなってきた。
珍しく2両連結の西広島行電車が来たので乗ってみる。
この電車は、2台の単行電車をそれぞれ片方の運転台を撤去して貫通路をつけて2両連結にした2000形という車両。
ラッシュ時のみ登場する電車のようだ。
狭い道路上にある小網町電停。
小網町で電車を降りる。ここは狭い道路に線路が敷かれているので、安全地帯が設置できず、停留所も道路にペイントされただけとなっている。
それでも3両連結の宮島線電車が通り抜けるので、ちょっとした見所のようなところ。
美しい軌道敷の石畳。
広島駅行の5両連結のグリーンムーバがやってきて、道路上から直接乗車する。低床電車なのでステップは無い。電車に乗るというより、台車に乗っかるという感じがした。
広島駅に戻ってくると、9時半。
11時発の広島空港行きリムジンバスに乗る予定なのでもうどこへも行けない。
広島駅の駅ビルでもう一度お好み焼きを食べておこうと思ったが、駅ビル『アッセ』にある飲食店はどこも11時開店だった。
広島駅正面。
地下の食料品売り場はすでに開いていたので、広島の食材を求めて買物に行く。
『牡蠣醤油』や『カープソース』などを買う。
広島駅地下のお好み焼き屋。
地下の食料品売り場にある『へんくつや』というお好み焼き屋はすでに開いていたので、ここに入ってみた。
この店は朝9時から営業しているようだ。
へんくつや、そば卵肉入りお好み焼き。
食べたのは『そば卵肉入り』。
カウンターの所に「鉄板から直接食べるのはお断りします」と貼紙がしてあった。
鉄板から直接は大阪方式。ここは広島である。
広島のお好み焼きは、店員が調理して皿にのせて運んでくるので、一人でも気軽に食べることができる。
広島駅新幹線口 10:40 → 11:28 広島空港(広電バス)
コインロッカーで荷物を出し、地下道を通り新幹線口の方にまわる。
新幹線口の方にも土産物屋がたくさん並んでいて、昨日入った『みっちゃん』もここで営業していた。
もう行くところもなく、1本早めの10時40発のバスがあったのでこれに乗ることにする。
広島空港は市内から遠くはなれた山の中にあり、何でこんな離れたところにつくったのだろうか。
空港までのアクセスはバスしかなく、駅から空港まで直行便でも所要時間45分。運賃は1,300円もする。
そのおかげで、東京〜広島間の旅客輸送は新幹線が優位に立っている面もあるのだが。
広島空港へのリムジンバス。
広島空港行リムジンバスはわずか数人の客を乗せて広島駅を発車する。
このバスは直行便なので、このまままっすぐ広島空港へと向かう。
どこをどう通っているのかわからないが、バスは広島市内の道を順調に走る。
山々の斜面に新しい住宅地が続く。
広島は路面電車の走る大田川のデルタ地帯が唯一の平地で、新しい市街地は山を崩して拡がっている。
山陽自動車道を走る。
バスは広島東ICから山陽自動車道に入る。広島空港に近い河内ICまでは38km。
遠いこと。
それでも道路も空いていて所要48分のところ37分で空港に着いた。
広島空港。
空港の広い駐車場にはびっしりと車が停まっている。広島市内から遠いので車で空港へ行く人も多そうだ。
広島空港 12:30 → 14:25 新千歳空港(AN791便)
札幌から5日間かけてやって来た広島だが、帰りは新千歳空港までANAの直行便となる。
チケットは2か月前の7月に、広島→札幌の超割(バーゲン)13,600円買っておいたもの。
超割で買っておいたANAのチケット。
飛行機ならば広島から札幌まで2時間足らずなのだからあっけない。
しかし私は勤め人なので休暇には限界がある。遠出するときは片道だけは飛行機のお世話にならざるを得ない。
みやげ物屋の並ぶ空港内。閑散としていた
空港のコンコースで搭乗手続きをして、カウンターに荷物を預ける。今は預ける手荷物もX線検査を受けるので面倒だ。荷物を預けてしまえば身軽となり、空港内をあちこち見てまわる。
早く着き過ぎたのか、広いコンコースにはまばらに人がいるだけ。
売店もたくさん並んでいるがどの店も客はほとんどいない。2階のレストランも昼時だというのに閑散としている。
新千歳空港と比較すると、やはり地方の空港だという感じがする。
ここにもお好み焼きの『みっちゃん』が出店していて、勢力を拡大している店のようだ。
テイクアウトもしているのでお土産に買って持っていっても良いが、もうさんざん食べたのでやめておく。
広島空港のパタパタ式の時刻表。
出発口のセキュリティゲートでまたX線検査。これだけは毎回苦手だ。
別に怪しいものを持っているわけではないのだが、引っかかるとどうしようとビクビクしているのである。
幸い何事も無く無事通過する。
札幌行の搭乗ゲート。
12時10分に搭乗ゲートが開く。
飛行機に乗るのはほぼ1年ぶり。
去年の今時期ロシアのサハリンに行った時に片道プロペラ機に乗って以来で、国内線では2年前に沖縄に行った時以来である。
なんだかんだ1年に1回乗っているわけで、意外と飛行機にも乗っていたんだなあと思い返す。
飛行中の窓から。
指定された席は窓側の席なのだが、なんと翼の上だったので残念。
機内は空席が目立ち、座席が半分くらい埋まる程度。広島から北海道旅行という人が多いようだ。
12時25分に動き出す。12時30分に滑走路へ出て離陸する。
シートベルト着用のランプが消えると機長のアナウンスがある。
「現在4万mの上空を順調に上昇中で天候は安定しております」
「新潟上空は13時12分、青森上空は13時42分通過予定です」。
翼が邪魔で空からの眺めも見られないし、機内サービスのコーヒーを飲みながら旅行中のメモを整理する。
水平飛行中はデジカメ使用OKなので、窓から外の景色を撮影すると1GBのメモリースティックを全て使い切った。
日本海の上空を飛ぶ。
13時25分から新潟か庄内あたりの海岸線が見える。数日前にはこの海岸沿いの地面を各駅停車で進んでいたのだと思うと妙に懐かしい気持ちになってきた。
広島から乗ってきた飛行機。新千歳空港。
前方に北海道の島影が、日高山脈が見えてくる。ふたたびベルト着用のランプが点く。飛行機は長沼の上空を旋回して千歳市内の上空を通過し、新千歳空港の滑走路に着陸すると、物凄い音をたててエンジン逆噴射で減速、千歳空港に着陸した。
秋風吹く新千歳空港に到着。
札幌を出発したのは9月3日土曜日で、今日は9月9日金曜日。1週間ぶりに北海道に帰ってきた。
出発したときはまだ夏の名残があった気がしたが、いつのまにか季節も変わっていて、この青い空と澄んだ空気はもう秋のものだ。
新千歳空港からは円山公園行のバスに乗る。自宅近くの停留所でバスを降りて、帰り道の見慣れた街中に立つと旅はあっけなく終わり。
来週の月曜日からは嫌でも現実に戻される。
しかし終着駅に着いた列車は始発駅として出発するように、旅の終わりは新たな旅の始まりでもある。
今度はどこを旅しようか。
<2005年青春18きっぷ旅行記 完>
2024年リメイク版あとがき
今から19年前の旅行記、いかがだったでしょうか。
一連の記事は、閉鎖した個人HP版で2005年に公開していた旅行記を、このブログにて復活したものです。
この年は私事ですが一人暮らしを始めた1年目でお金に余裕がなく、休暇の旅行は青春18きっぷ旅行を選んだのでした
この青春18きっぷ、思えば90年代から2000年代が全盛だったような気がします。
バブル崩壊以降の不景気と、こうした旅行形態をマスコミが好意的に扱ったこともあってか、青春18きっぷは鉄道ファン以外にも知れ渡り大人気となりました。
当時は夜行の快速列車があって、それを利用して昼間は普通列車を乗り継げば宿代もかからず、格安で長距離移動ができたのですから。
2005年当時運行していた定期の夜行快速列車は、
『ムーンライトながら』東京〜大垣間
『ムーンライトえちご』新宿〜村上間
の2往復。
あと多客期の臨時列車としては、『ムーンライト九州』『ムーンライト山陽』『ムーンライト高知・松山』なんてのがありました。
どの列車も、青春18シーズンともなりますと、彼らの専用列車と化していましたね。
私もその中に混じって、毎年貧乏旅行を楽しんでいました。
夜通し座りっぱなしで、さらに乗り継いで移動となると体は相当に辛いですが、長距離をどこまで移動できるのかチャレンジするのは、ちょっとしたスポーツ感覚でもありました。
懐かしいですね。
当時は鉄道ファンならずとも、青春18きっぷ文化のようなものがあった気がします。
こうした夜行快速列車も2000年代の後半から2010年代にかけて次々と廃止され、今は1本も運行されていません。
時を同じくして、LCCや格安高速バスが誕生すると、青春18きっぷの格安感も薄れるようになりました。
私はというと、この2005年以降は青春18きっぷ使用の乗り継ぎ旅行は行っておりません。
理由は、『北海道&東日本パス』が登場すると、札幌から急行『はまなす』を利用できたので、東北や関東への格安移動はもっぱらそちらを使用していました。
もう1つの理由は、無職期間が多かった昔と違い、すでに会社勤めとなったため、休暇期間は貧乏旅行よりも海外旅行に精を出すようになったからです。
★ ★ ★
冒頭の話に戻りますが、青春18きっぷは今冬(2024年度)シーズンから使用方法が大きく変わります。
私のように1人で連続した日程で使用していた人にはあまり関係がないことですが、飛び飛びの日程で使用、あるいは複数人で使用していた人には改悪となったようです。
反対意見もネット記事で目にします。
しかし、JR各社だって慈善事業ではありませんので、いろいろ合理化仕様に変更となるのは仕方がないことだと思っております。
思えば、最初は5枚つづりで1枚ずつバラで使えたものが、今の5回分1券片になったときも相当な物議となったものでした。
5枚バラ時代(上)と1券片になった(下)の青春18きっぷ。
その後は夜行快速列車が廃止となり、新幹線開業で並行在来線が三セク化され利用できなくなったり、どんどん使い勝手の悪いきっぷになってしまいました。
ロングシートばかりの路線も増えましたね。
一方で1986年に1万1000円となってから、消費税上乗せ分を除いて値上げしていないのは立派です。
★ ★ ★
最後になりますが、すっかり忘れていた過去の出来事も、編集作業をしていると当時の記憶が鮮明に蘇ってくるのだから不思議ですね。
記事の画像と同じ場所をストリートビューで現在の様子とを比べてみると、すっかり変わっていたりするのは驚きます。
10年ひと昔でいえば、ふた昔の画像ということになりますね。
あと思うことは、私自身なんと食欲が旺盛だったことか。
今ではとてもできない芸当です・・・
〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。
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