20年前の札幌南1条電車通り

今は2024年令和6年7月です。

今からちょうど20年前の2004(平成16)年7月の画像が出てきたのでつい見とれてしまいました。
この年は、私が今の名前で個人ホームページを立ち上げた年でしたな。

それはさておき、この当時の私は買ったばかりのデジカメを手にして、とにかく何でも撮りまくっていました。
そんな当時の画像を見ていると、20年という歳月の遠さを改めて実感します。

たかが20年、されど20年。
この電車通りも地味に変化しています。

この2004年当時、道を歩いていて、あるいは仕事先で撮りまくっていた画像のうち、南1条電車通りのものをピックアップしたものを紹介します。

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西4丁目停留場
停留場の向こうに4プラにパルコが並ぶ風景。

ここは札幌市電の終点であり始発であったので、市電の主力である山鼻西線の利用者が多く、停留場の乗車ホームはいつも乗客の長い列ができていたものです。

それにしても車道は車、車、車。
ここ西4丁目から西6丁目くらいまでの東向き車線はいつも渋滞していたのを思い出します。

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どこの窓から撮ったのかなあ。
まだ車止めが無かった頃の西4丁目停留場を上から見る。
画像中央にある路面のペイントは市電1条線のゼロキロポスト。

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これは大手町ビルのエントランスから撮ったものでしょうか。
当時この一角は古い建物がまだ残っていましたね。
真向いは梅澤時計店、その右側の時計がある建物は不動産屋が入っていたような気が。

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これも大手町ビルの前から西5丁目側を見たもの。

奥の茶色い建物はホテルオークラ札幌。
元々はホテルアルファ・サッポロとして開業したが、この画像の前年にオークラとなったものです。
地下に三越名画劇場なんてのもありましたな。

電車は西4丁目を発車した8502号ロッテ広告車。

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南1条西6丁目の交差点を行くすすきの行247号。
雑居ビルの看板に自転車、路駐車両とごちゃごちゃした街並み。
でも何だかこの頃のほうが活気は感じられます。
2024年の今は、ちょっと寂しい通りになってしまいました。

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同じ交差点のこちらは北側から。
この当時の南1条通りといえば、西4丁目を先頭に西6丁目か7丁目くらいまで常に渋滞していました。
渋滞の原因は、東向きの交通量に対して西4丁目交差点の青信号が短くてさばき切れなかったからでしょうか。

この当時、北大通(きたおおどおり)は創成側通りで終わりで通り抜けができず、東側へ行く車が南1条に集中していたのでしょう。
2010年頃に北大通の東西を通り抜けできる連絡線が開通すると、南1条の渋滞は解消されています。

市電はというと、路駐車両を避けるために軌道敷に幅寄せする車の脇を通り抜けることになります。
プーッと警笛を鳴らして車列の横をソロリソロリと電車が行く光景が日常茶飯事となっていました。

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253号タウンページ広告電車が行く電車通り。
多分仕事先の窓から撮影したもの。
渋滞している車の横をゆっくりと走る、運転手からすれば緊張する区間なのか、西8丁目を出ると椅子を畳んで立って運転する姿も見られました。

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西6丁目角といえばブックオフがありました。
仕事先から会社に戻る途中、よくここで漫画の立ち読みをしていたのは内緒の話 (^^;)

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その向かい側は東急ハンズ。
南1条電車通りといえば、昔ながらの商店や工場(こうば)が立ち並ぶ地味な通りでしたが、東急ハンズがオープンしてからは人通りも増え、ファーストフード店やカフェなんかも増え、一気に若者の街らしくなったものでした。

オープン当初は「電車通りのハンズです」なんて宣伝をしていましたね。
南1条電車通り文化(?)みたいな雰囲気のある一角でした。

2010年代頃になるとハンズの客足も遠のいて閑散とするようになりました。
郊外に大型ホームセンターができるようになると、わざわざ都心にある、しかも値段も高めのハンズへ行く必要もなくなったからでしょう。

2018年にハンズは電車通りの店を畳み、東急デパート内に移転オープンしています。
以降は南1条電車通りも寂しくなりました。

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東急ハンズ階段室の窓から撮影。
電車は243号。

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南1条西7丁目から東側を見ます。
この日は渋滞が西7丁目まで伸びていました。
白線からはみ出した車が停車していて、電車も止めてしまったようですね。

タラリラタラリ〜ン♪

って今だったらミュージックホーンだけど、この当時はあったかなあ。
ドライバーに言わせると、電車は後ろから忍び寄ってきて突然「プ〜〜!!」と警笛を鳴らされる存在であったようですが。

何だって?市電が渋滞の原因?

左側に路駐車両がびっしりでは、片側2車線になったとて大して変わらんでしょ。

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西7丁目といえば人形屋佐吉という店がありました。
平屋の小屋のような建物。黒地に能面を象ったイラストを配した看板は妙に目立つ存在でしたね。

この頃は前を通ってもいつもシャッターが下りている状態でした。
やっているんだかやっていないんだか謎の店。いろいろ噂もありましたが。
後にまた営業するようになり、2014年に閉店したんだとか(ググった情報)。

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西8丁目停留場までやって来ました。

交差点の西側にあるミラーガラス張りのビルは旧カブトデコム本社ビル。
バブルの遺産ともいえる建物ですが、竣工はバブル崩壊後の1993年なのだとか。
でも狭いところなのであまり目立たないね。

この西8丁目のランドマークは木造2階建ての後藤会館
1932(昭和7)年建築の年季の入った建物は、市電1条線を象徴する建物でもありました(筆者私見)。

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後藤会館隣にあった空知信用金庫が入居した川原ビルも解体され、今はタワーマンションが建っています。

その奥にも古そうな木造建築が見えていますが、食堂と理髪店だったような気がします。

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これは斜め向かいのビルから見た後藤会館。
札幌第2スカイビルから撮ったらしい。

古い木造建築はビル化が進む中で、ひときわ目立つ存在となっていました。
南1条通りは、20mから25mへの拡幅計画がある都市計画道路の1つ。
少しずつ札幌市による用地買収が進んで、古い建物が雑居ビルやオフィスビルへの建て替えが進んでた頃。

後藤会館のオーナーは、歴史ある建物を残したいと市の用地収用を拒んでいたようですが、2017年に火災に見舞われ解体を余儀なくされています。

月日の流れを感じてしまいますね。

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三吉神社の境内から撮ったもの。
ここだけは20年の歳月を経てもあまり変わりませんね。

奥を行く電車は252号フリスク広告車。
暑そうな日差しの中、一瞬涼しさがやってきたような光景。

そういえば地下鉄と市電は夏になると風鈴を下げていましたね。
冷房がない車内で涼感を演じていました。
これもいつの間にか無くなってしまいました。

まあ今は市電の方は冷房車がだいぶ増えたので必要もないのでしょうが。
相変わらず非冷房の地下鉄は・・・・

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西10丁目まで来ると都心を離れ、生活感ある光景も見られるようになりました。
市場のショッピング一条や中華屋が入居する興一ビル。
その奥は中央区役所前の停留場。

オフィスビルに雑居ビル、その中に混じって昭和の残滓が所どころに鎮座するのがこの頃の南1条電車通りでした。

あれから20年。

今では生活感も消え失せ、すっかりオフィス街となってしまった感があります。
2004年当時は主力だった市電の旧型車も今では少数派となり、いよいよ令和の時代なんだなあと実感します。

DSCN7462.JPG
 2024年7月の南1条西4丁目。

20年後の2044年はどのような街並みになっているのでしょうか。
今の私たちからすれば、もう変わりようがないでしょと思いがちですが、でも変わっているんでしょうね。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。  


posted by pupupukaya at 24/07/20 | Comment(0) | 路面電車・トラム
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