◆ 網走 15:16 → 摩周 17:09【4727D】
雨の中歩いて網走駅に戻ってきました。2時少し前。
今回の旅行は珍しく雨に当たってしまいました。
これも考え方を変えて、雨の旅情と思えば悪くはないんじゃないでしょうか。
それはいいけど、風が冷たい、寒い。
スマホで網走の気温を見ると、5.3℃を表示していました。
5月の道東は、ときに冬に逆戻りすることもあります。
網走駅、雨の旅情。
次の釧網本線の列車までまだ1時間以上ありますが、駅の中で過ごしているしかありません。
待合室のベンチは、次の列車を待つ人たちがいて、この雨の中どこへも行きようがなく、ぐったりしている様子。
そんな待合室ですが、駅弁屋のモリヤ商店だけが華やかに店を開けています。
キヨスクは既に撤退し、駅前にあったコンビニも閉店した今、網走駅で唯一買い物できる場所となっています。
ここの駅弁、かにめし弁当は本当に美味しい。
1個買いたくなりますが、今夜の宿は夕食付きなので、残念ながらまた今度。
とは言え、今度列車で網走に来るのはいつだろうな、その頃はまだ営業しているのかなあとも頭をよぎります。
国鉄駅風の網走駅待合室。
今年3月のダイヤ改正から釧網本線の列車もH100形気動車に置き換えられ、網走駅に発着する普通列車はすべてH100形となっています。
ホームから外れた構内に、2両のH100形が停車しているのが見えました。
もしかしたら、あれが今度の釧網線釧路行になるのではと期待します。
2両編成ならば、かなりゆったりと車内で過ごせそうです。
やがて構内外れの2両編成が動き出し、願いもむなしく1番ホームに入線しました。
1番ホームは西留辺蘂行の乗り場。
続いて構内外れにはたった1両の車両が見えました。
あれが釧網線釧路行になるのでしょう。
1番ホームに停車中の列車は、14時56分発西留辺蘂行2両編成。
2両なのは北見からの学生帰宅ラッシュに備えてのことです。
釧路行が発車する3番ホームに入った列車は、やはりさっき見た1両でした。
国鉄駅風の網走駅待合室。
14時40分、西留辺蘂行と釧路行の改札が始まりました。
釧路行は15時16分発なので30分以上も前からの改札ですが、ホームに停車しているのだし、ほかに行くところもないので早く列車に乗れる分にはありがたいことです。
数人の客とともに跨線橋を渡って3番ホームへ向かいます。
デクモH100形の釧路行。
デクモ(DECMO)の愛称を持つH100形気動車は、2020年3月ダイヤ改正から運行を開始した車両です。
初登場は函館山線の長万部〜小樽間。
それまで大多数を占めていたキハ40形気動車の置き換えのために製造が開始されました。
その後はダイヤ改正ごとに増備が続いて、室蘭本線、根室本線、宗谷本線、石北本線など道内主要線区の気動車列車はH100形に統一されています。
冷房付き、大型の明るい窓が斬新な新車ですが、反面トイレがバリアフリー対応となった為に妙に広いスペースを取られたこと、機器室の出っ張りなど、客室以外のスペースに占拠される車内となってしまいました。
このH100形の座席定員はわずか36席。
キハ40形が66席でしたから、ほぼ半減という恰好になります。
様々なニーズを、たった1両に集約したらこうなりましたというような車両。
しかしこのトイレだけは・・・、ほんの一握りいるかいないかのマイノリティのために・・・
・・・おっと、今は健常マジョリティにこんな発言が許される時代ではなくなってしまいました。
こんなこと言う私は、古い昭和の人間ということになるのですかね。
でも乗降口はステップ付きで、車椅子は対応不可という中途半端な車両なのはどうしたことか。
建前と本音を地で行く車両でもあります。
デクモH100形の車内。
席取り競争に参加する気はないのでロングシートに座って行くつもりでいましたが、乗ってみるとボックスシートが空いていました。
4人掛けボックスシートを1人で占拠するのもどうかと思いましたが、空いているので座ってしまいます。
外を見る分にはロングシートよりも快適ですね。
網走→釧路の乗車券。
網走から釧路までの移動に使うきっぷは片道乗車券。
同区間の営業キロは169.1kmで4,070円はずいぶんと割高な気もします。
これは札幌からの行き帰りに使用したトクだ値60%OFFが、あまりに思い切った割引設定だったからでしょうか。
遠軽発の4663Dが到着。
席に座ってしばらくすると、向かいの2番ホームに2両編成の列車が到着しました。
北見発で網走14時45分着の普通列車。
降りた乗客は学生を中心に地元客ばかりのようでした。
この着いた列車は、乗客を降ろすと切り離し作業を始めました。
作業が終わると、先頭車両の表示器はそれまでの『網走』から『釧路』に。
どうやらこの1両は、次の16時20分発釧路行になるようです。
こちらの車内は時間の経過とともに乗客が増えてきました。
スーツケースを持った旅行客らしき人も目立ちますが、圧倒的に多いのは学生をはじめ地元客。
あとは私を含む乗り鉄らしきお兄さんがチラホラ。
網走発車時点での乗客数は30人といったところ。
このボックス席も4席埋まりました。
だいぶ窮屈になりましたが、立ち客もいるなかボックス席を1人で占領しているよりは気が楽です。
桂台から乗ってくる学生客。
見た目の乗車率だけは立派なものとなって網走を定刻に発車します。
ですが、そもそも座席定員が36席しかない車両なので、数字の上では路線バスで使用されるワンステップバス1台で収まってしまうくらいの乗客数なわけですが。
次の桂台では下校の高校生が数人乗ってきました。
車内は立つ人も出てきます。
暗いオホーツク海。
桂台を発車してすぐのトンネルを抜ければ、知床斜里までは左側にオホーツク海を見ながら走ります。
晴れていれば水平線に知床連山を望む風景も、雨の中では侘びしい砂浜が続くだけ。
この風景に最果てらしさを感じれば、それはそれで旅情といえます。
でもボックス席に見知らぬ4人が相席では、最果て感よりも窮屈感のほうが上回ります。
それでもH100形のボックスシートはシートピッチが拡がっていて、以前のように膝を突き合わせるほどではないのが救いです。
途中の北浜や浜小清水での下車客もありましたが、車内の動きはほとんど無し。
知床斜里で多くの乗客が席を立ちました。
下車客が多い知床斜里駅。
知床斜里駅の駅前からウトロや知床五湖へは斜里バスによる路線バスも運行し、知床方面への定期観光バスもここ斜里駅から発着しています。
網走方面への路線バスが無い状況なので、その名の通り世界自然遺産である知床への玄関口でしょう。
地元客のほとんどと、観光客らしい一部の客は知床斜里で下車しました。
その入れ替わりに乗ってきたのは中国系の観光客。
空いた席はまたふさがります。
知床を一周りしてきて、この列車に乗り継いだのでしょうか。
定期観光バスは、ちょうどこの列車に接続するダイヤとなっています。
ビートやジャガイモ畑が広がる斜里平野。
知床斜里からはオホーツク海と別れ、斜里平野に広がるビート畑やジャガイモ畑の中を進みます。
植え付けの終わったばかりの広い畑を見ていると、憎たらしい今日の雨も農家にとっては恵みの雨なんだろうなと思えてきました。
清里町で網走行4730Dと交換。
清里町に停車すると運転士が「ここで上り列車待ち合わせで4分停車します」との放送がありました。
ここは元は上斜里村といっていましたが、1955(昭和30)年の町制施行時に清里町と改めたので駅名も清里町としたものです。
清里の由来は北海道駅名の起源によると、小清水と斜里の一文字ずつ取ったものなのだとか。
あまり北海道らしくない駅名なのは人工的に付けられた地名だからでしょう。
ですが、斜里平野のイメージには合っています。
なお、先に山梨県の清里駅があったので、同名の駅にはさせてもらえなかった模様です。
最前部の窓から対向列車が来るのを待ち構えていると4分は案外長い。
16時20分、釧路発網走行の列車が現れました。
出発信号機が青になればこちらも発車です。
だんだん平野から谷間の風景となり、緑を発車すると峠越えとなります。
右も左も深い森で、並行する道路もない雨の峠道は夕暮れのような暗さ。
まばゆいばかりに明るい車内が妙に安心感があります。
これは鉄道ならではでしょう。
摩周駅直前の車内の様子。
知床斜里や清里町で地元客はいなくなり、車内の客は観光客、乗り鉄、中国系観光客といったところで、総勢10数人。
ロングシートの座席も余裕があり、これが普段の釧網本線の姿なのでしょう。
観光路線ですが、函館山線や富良野線ほどの勢いは見られないのはどうしたことでしょう。
川湯温泉で2人下車。
今日の宿は温泉ホテルなのでしょうか。
ここの駅から川湯温泉へは列車に合わせて路線バスが運行しているし、温泉宿の予約客ならば頼めば送迎してもらえます。
美留和の次は摩周。
私はここで途中下車して1泊することになります。
摩周駅に到着。
17時09分、定刻に摩周到着。
なぜか3番ホームに入ります。
あとで駅の時刻表を見たら、この釧路行4727Dだけが3番ホームに発着する唯一の列車。
理由はわかりません。
時刻表に載っていない臨時列車のスジでもあるのでしょうか。
ホームで釧路行列車を見送る。
摩周駅では5人の乗客が乗り込んで発車して行きました。
反対に下車したのは私1人だけ。
霧雨の舞うホームで1人釧路行の列車を見送ります。
摩周駅の営業時間は15時10分までなので、この時間はすでに無人駅になっています。
霧雨と薄暗いホーム、客は私1人だけ。
なんだか寂しい駅に着いてしまいましたね。
改札口のドアを開けると、待合室の観光案内所は明かりが点いていてまだ営業中でした。
弟子屈駅から摩周駅に改名された時に新築された駅舎。
今日の宿泊地である摩周に着いたわけですが、私などこの地は弟子屈(てしかが)と呼んでしまいます。
この駅は元は弟子屈駅だったのと、町名は弟子屈町なので。
◆ ホテル摩周
今日予約している宿はホテル摩周。
駅からの距離は1.1kmと、徒歩圏内にあるホテルです。
旅行出発前の宿泊予約時の話に戻りますが、摩周駅近くというか弟子屈町の市街地でホテルと呼べる宿泊施設は、今日泊まるホテル摩周1軒だけしかないと分かりました。
20年ほど昔の時刻表の巻末にあるホテル一覧を見ると、『摩周温泉』の括りで数件のホテルが掲載されていましたが、現在は1軒以外はすべて廃業した模様です。
その1軒が今日予約しているホテルです。
弟子屈・・というか、摩周駅界隈の見物は明日にすることにして、今日はまっすぐホテルへと向かうことにします。
この先にホテルはあるのか?
霧雨の中、傘を濡らすのも面倒なのでレインハットをかぶって歩きます。
釧路川の川沿いや、昔は温泉街だったんだろうなあと思わせる寂れた町中を歩いてホテルへと急ぎます。
ホテル摩周(翌日撮影)。
駅を出てから12〜13分でホテル摩周に着きました。
寒かったなあ。早く温泉に浸かりたい。
今回は朝夕2食付きです。
それも今時珍しくなった部屋食となっています。
フロントで夕食の時間を聞かれ、6時半と言うとその時間に集中するのか、
「う〜ん、6時40分くらいになりますが、いいですか?」
まあしょうがないね。その分ゆっくり温泉に入れるというものだ。
同時にビールとお酒を1本ずつ付けてもらうことにした。
外で買うより割高になってしまいますが、網走からここまで途中で買い物できるような店もなかったので。
何より、風呂上がりに冷たいビールを飲みたい。
生ビールはやってないのか聞いてみましたが、夏シーズンしかやっていないとのこと。
ホテル摩周の和室。
客室は2階で、部屋は和室に布団が敷いてありました。
最初から布団が敷いてあるというのも、人手不足の最近は標準となりつつあるようです。
滞在中に布団敷きの人がやって来るのも、客からすれば煩わしい思いというのも正直言ってあります。
温泉宿なので大浴場がありますが、部屋にもバス・トイレが付いているのでビジネス向きでもあります。
布団は、あとで夕食が来るので、畳んで脇に寄せておくことにしました。
浴場の入口。
すっかり冷えてしまったので、まずは大浴場へ。
大浴場と思っていましたが、浴場は思いのほか狭く、3つしかない洗い場には2人の先客がいました。
男3人じゃいささか窮屈です。
先客も、観光ではなくて工事かなんかで滞在している人のようでした。
そういえばさっき通った駐車場の車も、道内ナンバーばかりだったような気がします。
シーズンオフは観光客よりもビジネス客が主体なのでしょうか。
先客2人が上がると貸し切りに。
やっぱり源泉の温泉は違いますね。
お湯から上がると汗がドバドバ吹き出します。
これはビールが旨いぞう。
久しぶりに長湯をして部屋に戻れば夕食が待ち遠しい。
普段はめったに見ないテレビなどを眺めて過ごします。
ホテル摩周の夕食。
やがて夕食が運ばれてきました。
お膳に乗った料理、お櫃に入ったご飯。お椀の吸い物。
別注文のビールとお酒。
お膳に乗って料理が供されるというのも久しくなかった気がします。
「食べ終わりマシタラ、7番へ電話シテクダサイ」
配膳係は外国人なまり。
でも日本語は結構上手のようです。
こうしたことも、最近は珍しくなくなりました。
まずはビールだビール。
瓶ビールをグラスに注いでググ〜ッと・・・・
うめ〜〜〜!
生き返る!
さて、改めて料理を見回します。
メインはビーフステーキですね。
皿に乗りきらず、二段になっているのが微笑ましい。
柔らかくてうま〜い。
焼き加減はミディアムでした。
もう1つのメインは、魚介のフライ3種。
エビとタラとイカ。
それにタルタルソースがたっぷり。
ボリュームはすごいな。
あまり年寄り向けではなく、食べ盛りの子供などは喜びそう。
今回はポイント使用の4,800円で泊まっていますが、定価の8,800円でも結構な掘り出し物ですよ。
ビールだけでは物足りなくなって、お櫃からご飯をよそっていると、
「お食事を下げにキマシタ〜」
とさっきの配膳係がやって来ました。
呼んでないよと言うと、
「キャーゴメンナサ〜イ!」と言って去って行きました。
よその部屋と間違えたのか。困ったものよ・・・
食堂だと酒飲みは長っ尻の客となってしまいますが、部屋食ならばこんなこと気にする必要もなく、ゆっくりやらせてもらいます。
だけど1人だけだと寂しいな。
食べ終わったのでフロントに電話して下げてもらいます。
さっきの配膳係が、
「さっきはスミマセンでした〜」
と言ってやって来ました。
今度は持ってきた焼酎をお湯割りにして、いつもの晩酌をして過ごしました。
〜3へ続く
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