ブログ20周年を迎えて

新年あけましておめでとうございます

2024年、令和6年、平成36年、昭和99年、皇紀2684年。
今年も当ブログ、PUPUPUKAYA WORLDをよろしくお願い申し上げます。

今年は元日から、能登半島や北陸地方で大地震が発生し、大変な年明けとなってしまいました。
能登半島地震の被災者の方々には心よりお見舞い申し上げるとともに、犠牲者の方々には哀悼の意を表します。

私にできることといえば、上記の通りお見舞いの言葉を差し上げることと、金銭面でほんの僅かな寄付をすることしかできません。
一刻も早い復旧・復興をお祈りいたします。

さて、今年は当ブログが、個人サイト時代から含めて20周年となる節目の年になります。
20周年といっても何か特別なことがあるわけではありませんが、今までの20年間を振り返り反省し、また新たなブログ記事を送り出したいと考えております。

皆様今後ともお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。


 ◆ 20年前の初心に帰って

いまから20年前、2004年はどんな年だったんだろう。
自分は一体何を考えて、感じて生きていたんだろう。

そんなことをちょっと振り返ってみようと思い、過去記事が記録に残っていないかと探してみました。

36485.jpg
 ↑ 現存している個人サイト時代のトップページ(スクショ)

で見つけたのが、2004年当時『雑記』として、メインコンテンツの旅行記や鉄道ネタとは別に書いていたコラムのような文章。
それをここにご紹介したいと思います。

文章など書き始めたのはこれが最初だったこともあり、文章力が稚拙なのはご容赦願います。

◆ はじめに:2004年2月29日
旅行の写真やらが何やらがだいぶたまってきて、どうせなら他人に見せてやろうという気持ちでホームページを作った。
最初は、ただアルバムのように画像を並べて、ちょこっと紹介文などを添えてやろうくらいに思っていたが、
段々に凝ってきて紀行文めいたものまでになってしまった。
素人の作品で、文章も構成もまるでなってないと思う。まあ、趣味でやっているんだし、気楽にやろう。

◆ 札幌立ち食いそば考:2004年4月11日
札幌にはあまり立ち食いそば屋が無い。いやあるにはあるのだが、数も少ないし店舗も減る一方だ。最近ファーストフード風のうどん屋が増えているがこれは違う。

立ち食いそばファンの私には寂しい限りである。立ち食いそばといっても実際は座って食べるところがほとんどであり、本当に立って食べるそば屋は何軒もないのではないか・・・。あれは立って食べるから良いのであって、座って食べるならもう少し良い店で(ラーメンとか)食べるからいいやという気になってしまう。

一方、札幌には無いが、立ち食いカレーというものもある。なかなか便利なのだが、立ち食いには皿は似合わない。やはり丼でなければだめだ。はた目にもどうもしっくりこないのである。

札幌で1番はやはり、地下鉄のホームまで匂いがプンプンしている大通駅のコンコースにある店だろうか。旨いし、いつも混んでいる有望な店なのだが、ひとつ難点がある。人通りの多い通路にあるため常に落ち着かないという点である。いくら立ち食いとは言っても食事中に背中で往来するのはやはり落ち着かない。せめてノレンでもかけて世間様と遮断してはくれないものか。立ち食いそばは、お嬢様方など立入れぬオヤジたちの聖域なのである。

この点が解決されれば、五ツ星の店となるであろう。

◆ マズい食べ物:2004年6月6日
先日、仕事先近くで昼に入った店には参った。鍋物とうどん専門と看板にあるが、何でもやっていそうな要するに田舎のドライブインなのだが、店に入ると今日は手打ちそばとラーメンしかやってないと言う。店のおばさんが言うには「もりそばは一切味のごまかしがきかないですから」と言うのでもりそばを注文した。

しばらくして出来上がってきた。手打ちと言うのは本当らしい。太さのまちまちな切れっ端ばかりの麺である。そばツユもかつお風味の薄いだしである。小鉢が付いていて、ウドの酢の物なのだが、甘い。酢の物と言うよりウドのジャムといった感じだ。トーストに合いそうだ(笑。

別にまずいもの食わされて怒っているわけではない。むしろ逆である。うまいものなど、たまに食べるからいいのだ。毎日うまいものを食べていれば飽きる。体にも良く無い。たまにはこういうまずい物をたべて戒めとするべきである。だから、もりそば代600円也は食事代ではなく授業料として納めてきた。

◆ 私の禁煙日記:2004年6月27日
私がタバコをやめたのは今から6年前の正月である。それまでは8年間毎日1〜2箱くらいの本数を吸っていた。なぜやめたかというと、最大の理由はお金である。年間のタバコ代を計算して愕然とした。

やめた当時のタバコ代はたしかセブンスターが1箱230円だった。それを1日平均1.5箱として365日毎日吸っていると年間で12万5000円にもなる。フリーターだった当時、年間12万という出費は大金である。それが文字通りケムリとなって消えているのだ。まったく馬鹿馬鹿しい。部屋中がヤニで真っ黄色。じゅうたんは焼け焦げだらけ。もう最悪だった。

しかし「今日からキッパリとやめます」とはならず、やめたいやめたいと思いつつ1年くらい過ぎた。元日からタバコを吸わないことにして、大晦日に好きだったセブンスターを数箱買ってきて、イヤってほど吸った。それこそケツからヤニが出るほど吸いまくり、年が明けると同時にタバコとライターをすべて処分した。禁煙初日はわりと楽に過ごせた。これならなんとかタバコなしでも生きていけそうだと思ったものだ。

だが、2日目・3日目がいけない。ニコチン切れの禁断症状なのか、もう正気ではいられない。七転八倒の苦しみである。10分おきくらいにタバコの衝動に駆られる。そのたびに「フンガー」とか「オリャー」とか叫び声をあげてしまう。龍拡散をストローで吸い、プハーと粉を吐くのは結構効果があった。これが体に悪いのかは知らないが、もうとにかく煙をはいてみなければどうにもならなかった。もう禁煙はやめよう、しかし今日のところはとにかく我慢しよう。毎日その繰り返しであった。

そんな毎日をなんとか乗り越え、1週間ほどして何とかタバコの無い生活にも慣れてきた。カレンダーを眺めて「今日で禁煙○日目か」などという余裕もでてきた。

体にも変化が現われ、まずヤニ臭いのが無くなった。前はちょっと走っただけでゼイゼイ息切れしていたのだが、息切れしなくなったのは驚いた。そのほかには、外出するときタバコの火の始末を心配することがなくなった、など良いことずくめである。

それでも時おりタバコの衝動に駆られる。1週間目や1ヶ月・1年目といった節目は「これだけ我慢したのだからここで1本くらい」という落とし穴があるので注意が必要だ。

しかし肝心なのは、1本くらい吸ったくらいで禁煙をあきらめないことだ。じつは私も6年前にやめたと書いたが、それ以降通算20本くらいはタバコを吸っている。要は常習性がなくなったことを以って良しとしたのだ。タバコは買わないと決めていたので、すべてもらいタバコである。たまに酒の席なんかでタバコを吸うと、口中いっぱいにヤニ臭さが広がるのでうんざりした。たまにタバコを吸うことで改めてタバコのマズさを思い知るのであった。

もう3年ほどタバコは1本たりとも口にしていない。むしろ今ではすっかり嫌煙家となってしまった。タバコの臭いが苦痛以外の何ものでもないように思うようになった。しかし過去に散々タバコを吸ってきて、禁煙に成功したとたん嫌煙家に転向するのはとてもイヤらしい気がする。表向きはタバコは迷惑ではないという顔をしてるが、本当はあの臭い自体もう我慢できないくらいイヤなのである。

◆ またオリンピックかよ:2004年8月11日
毎日北海道とは思えないような蒸し暑い日々が毎日続いている。さて、いよいよアテネオリンピックである。

実を言うと、私はスポーツ全般は、ほとんど興味がない人間で、スポーツとはするものであり、見るスポーツは単なるショー鑑賞だと思っている。サッカーも高校野球もワールドカップもオリンピックも全くと言っていいほど興味がない。疎い。ついて行けない。プロ野球も巨人が負ければ面白いと思うくらいであって、試合などはどうでもいい。

オリンピックに関するテレビ番組や新聞などはほとんど見ることはない。見たとしても、そもそも興味がないので、見た内容を覚えているはずもない。こんな具合なので、毎回オリンピックの時期になると憂鬱である。一人でテレビを見るときは好きな番組を見るが、そうでないときはオリンピック観戦に付き合わされる羽目になる。会社とかでオリンピックの話題になっても、話題に入って行けない。

そんなわけで、私のようなズレている人間は、毎回オリンピックが始まると1日も早く終わってほしいと祈る毎日がつづく。

・・・こうして改めて読むと文章がえらい文語体ですね。
これは紙の本である小説やエッセーからの流れでこうなったもの。

それと、立ち上げ当初は数行書くのがやっとだったのが、回数を重ねるにつれて長い文章を書けるようになったことがわかります。


 ◆ 20年選手から初心者へのアドバイス

よくブログを始めたいが文章が書けないという声を聞きますが、誰だって最初から上手な文章なんて書けないものです。
下手でもいいから、数行でもいいから、繰り返し文章を書くというのが上達の王道なのではないでしょうか。

あとこれもよく聞くことですが、ブログやサイトを立ち上げても、アクセスがほとんど無いために失望してやめてしまうというもの。
残念なことですが、星の数ほど生まれて星の数ほど消えてゆく(あるいは放置したままになる)のが現実です。

ここで20年続いた私から、個人ブログ・サイトを長く続けるコツというか秘訣を言わせてもらえば、それは見返りを求めないということでしょうか。

ブログなんか始めると、アクセス数広告料収入読者からのコメント、いろいろ気になることばかりです。
こういったものは、せっせと文章を書いて投稿した見返りというものです。

始めた当初は、これら見返りが思ったほどなくて、もうやめてしまいたくなるでしょう。
手っ取り早く反応が来るSNSなどとは違うところです。

だけど、書いたことへの見返り期待をちょっとやめて、自分は書きたいから書いているんだという風に気持ちを置き換えれば、それ自体がモチベーションになります。

読もうと読まれまいと関係ない、自分はこれが書きたい、これを訴えたい、そうしたことを続けているうちに賛同者や、あるいはあなたの発信する情報を必要とする人たちがやって来るのだと思います。

  ★   ★   ★

・・以上つらつらと、20周年にして思うことを偉そうに書き連ねてしまいました。
かく言うこのブログも、アクセス数や広告料収入も人様に言えるほどではないわけで・・

まあでも、商売としてやっているわけではないので、また収入は本業(会社勤め)のほうで賄えているので、このブログは趣味としてのんびりと、また末永くやっていこうと思っています。

それでは最後までお読みくださいましてありがとうございました。

2024年が皆様にとって良い年であることを、心からお祈り申し上げます。


posted by pupupukaya at 24/01/04 | Comment(0) | その他
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