2022年留萌本線乗車記2

 ◆ 留萌駅の栄枯盛衰

札幌から普通列車を乗り継いで留萌まで来たわけですが、着いてから折り返しの発車時刻まで2時間近くあるので駅前を歩いてみました。
しかし、寒いのと足元の雪がツルツルなので歩くのも面倒になり、2つ先の交差点まで行ったところで駅に戻ることにします。

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 街から見た留萌駅舎。

駅前はすっかり寂れた商店街になっていますが、昔ながらの市場や食堂などが残っていて昭和の駅前商店街の雰囲気がよく残っています。
その向こうに建つ2階建ての駅舎。
どこか懐かしさというか、安心感というか、そんな思いが湧いてきます。

あそこから汽車に乗れば帰れるんだ・・・

また留萌駅に戻ります。

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 改札口とみどりの窓口。

駅に戻ると、さっきみどりの窓口にできていた行列は消えていました。
窓口で『ありがとう留萌本線記念入場券』(2,000円)はまだあるかと尋ねたら、あるとのこと。
思わず1セット買ってしまいました。
別に並んでまで買うことはなかったようですね※。

 ※ この記事を書いている現在では完売したようです。

留萌駅に来ていつも思うのは、留萌市の規模と駅の乗客数に似合わないほど広くて立派なコンコースだということ。

今は行き止まりのローカル線になってしまった留萌線ですが、その昔は羽幌線が留萌から幌延まであって、増毛方面、羽幌方面、深川方面と3方向へ向かう人や乗り換える人で、広いコンコースは賑やかだったことでしょうね。

往時は急行列車もあって、札幌直通の『はぼろ』『ましけ』、旭川行きの『るもい』と1日4往復もの急行列車が発着してたのだから、当時は主要駅の1つであったことでしょう。
夏季の観光シーズンには、札幌からの臨時急行『天売』も運転されていました。

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 広いコンコースが賑わった往時を思わせる。

一方で札幌〜留萌間の直通バスも古くからあって、主に中央バスが運行していました。
しかし、当時は深川経由で途中の主要バス停に数多く停車する特急バス。所要時間も4時間以上とあっては鉄道の敵ではなかった模様です。

例えば留萌線の最盛期だったと思われるの1973(昭和48)年の時刻表で鉄道とバスの所要時間を比較してみます。

札幌〜留萌間所要時間比較(1973年)
運行所要時間価格
中央バス4:24〜30600円
急行はぼろ(上り)2:44830円
急行はぼろ(下り)2:31
急行ましけ(上り)2:49
急行ましけ(下り)2:27

運賃こそバスが安いですが、所要時間で比較するだけでも、この当時は鉄道の独断場だったといえます。
急行『はぼろ』号の編成は指定席1両、自由席3両の4両編成。
函館線内は急行『大雪』『紋別』と併結して、堂々13両編成で走っていました。

ところが、1984(昭和59)年春に札幌〜留萌間に道央自動車道経由の高速バスが登場します。

札幌〜留萌間所要時間比較(1984年
運行所要時間価格
中央バス(高速るもい号)3:101,500円
急行はぼろ(上り)2:493,500円
急行はぼろ(下り)2:39

バスはリクライニングシートに冷暖房付きで、所要時間は鉄道と遜色ないまでになりました。
対して鉄道はと言うと、札幌直通は急行『はぼろ』1往復だけ、車両はボロボロのボックスシート、運賃+料金はバスの倍以上とあっては、あっという間に鉄道のシェアは崩れ、札幌への乗客はバスへと移ってゆくことになります。

さらに追い打ちをかけるように、同年暮れには札幌〜羽幌〜豊富間に沿岸バスの特急はぼろ号が運行を始めます。
これで羽幌線内からの急行利用客も激減し、同時に留萌線は都市間輸送としての使命を終えたともいえましょう。

国鉄も末期の頃になると、ようやく重い腰を上げて陳腐化した車内アコモの向上やスピードアップなどを始めます。
しかしそれは留萌線急行にまで及ぶことはありませんでした。
またそれは函館線のL特急や都市間の増強がメインで、急行列車は逆に遅くなるという始末。
1973年と1984年を比べると、急行『はぼろ』でも所要時間が5〜8分延びています。

末期の急行『はぼろ』は自由席のみ2両編成、『るもい』は1両編成にまでに短編成化がなされました。
これらの急行も国鉄最後の1986(昭和61)年11月ダイヤ改正で姿を消します。
第2次廃止対象線区となっていた羽幌線も、国鉄最後の1987(昭和62)年末をもって廃止されることになりました。

優等列車も羽幌線も失った留萌線は、ダイヤも営業上も深川〜増毛間の普通列車だけが往復するローカル線と化してしまいます。

その後、国鉄は民営化されてJR北海道となりましたが、高速バス全盛の現状では鉄道は全くのお手上げ状態ということからか、特に動きはありませんでした。

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 多くの出会いと別れがあったであろう改札口。それを見守ってきた時計。

1990(平成2)年秋、札幌〜旭川間が本格的に高速化され、同区間を1時間20分で結ぶ特急『スーパーホワイトアロー』が運行開始となりました。

同時期に留萌線の列車も1往復が快速に格上げされ、快速『るもい』を名乗ります。
所要時間の最速は、下りの『スーパーホワイトアロー』『るもい』乗り継ぎで、2時間00分にまで短縮されました。

留萌駅にみどりの窓口が開設され、札幌〜留萌間に往復割引きっぷのSきっぷが設定されるなど、留萌線の営業もようやく利用者増に向けたテコ入れが行われます。

しかし、その頃には札幌へは高速バスが定着し、道央自動車道も深川ICまで開通して旭川鷹栖ICまでの開通も間近という頃。
翌々年には国道231号線が札幌〜留萌間で通年通行が可能となり、車への移行に拍車がかかります。

JRの施策もバスからのシェア奪回とはならず、僅かな利用者が増えただけの結果だったようです。
快速『るもい』も数年後には普通列車に戻されてしまいました。

冬の道内は吹雪で高速道路が止まることが多々あります。こうなると高速バスも運休となるので、こうした客も取り込もうという狙いもあったのかも知れません。

ところが函館線の特急はともかく留萌線が脆弱で、高速道路よりも留萌線が先に止まってしまうことが多いのではどうしようもありません。
『冬こそJR』なんてキャッチコピーも聞かれなくなって久しくなりました。

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 改札側から見たコンコース。

都市間輸送を捨てた留萌線に残された道は、高校生を中心とする通学生輸送となります。
深川〜石狩沼田間は通学利用がそれなりにあり、留萌線のダイヤは深川口の通学利用に合わせたものとなっています。

一方で、ここ留萌駅は市内の高校が駅から離れた場所にあるのと、列車ダイヤが通学時間と合わないこともあって留萌線沿線でも古くからバス通学が主流になっており、鉄道利用はほとんどありませんでした。

増毛町に高校があった頃は留萌市内から増毛への通学利用がありましたが、2011年に閉校してからは通学利用も皆無となりました。
2016(平成28)年12月には留萌〜増毛間が廃止となっています。

現在の留萌駅の乗車人員は、『JR北海道 地域交通を持続的に維持するために』によると、1日あたり35.2人(H29-R3の5年間平均)。
1列車当たり平均で見ると、わずか5人ということになります。

数少ない貴重な乗客ともいえますが、この留萌駅の利用者はどのような人たちなのでしょう。
その答えは、きっぷうりばの上に掲示してある時刻表にあります。
留萌から新千歳空港への乗り継ぎ時刻表。

それと、札幌までのSきっぷと札幌〜新千歳空港間の往復乗車券を組み合わせた『留萌〜新千歳空港間 8,050円』という表示が目立ちます。

札幌ではなく、新千歳空港というあたり。
ほとんどの人は札幌へは高速バス一択だけど、新千歳空港となるとJRで行こうという気にはなるでしょうね。
逆に言うと、もうこんな隙間産業的なところに活路を見出すしか営業施策は残っていなかったということになります。

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 今は新千歳空港が留萌駅の売りのよう。みどりの窓口上の掲示。

シェアでは大きくなった高速バスですが、これも車への移行と留萌市の人口減少が進んだために、最盛期は12往復あった高速るもい号も今では7往復までに減らされています。

華やかだった頃を想像し、赤字ローカル線として辿って来た留萌線を振り返り、こうして列車に乗って留萌駅を実際に見ていると、留萌駅が廃止になるのは時代の流れと受け止めることしかできません。

駅や鉄道が消えるのは寂しいことですが、現役でありながら人が寄り付かず寂びれる一方の駅や駅前ってどんなものでしょうか。
すっかり錆びついて、ぽっかりと街から取り残されたような駅がいつまでも放置されていてもしょうがありません。

この留萌駅は廃止後は取り壊され、留萌市の複合施設が建設されることになっています。
それがどのようなものになるのかはまだ不明ですが、各所にバラバラにあるバスターミナルはここに集約されることでしょう。

今となっては、新たな交通拠点として再出発することを願うだけです。


 ◆ 留萌駅あれこれ

留萌駅で一番新しいものは改札口に設置された液晶モニターの発車案内標でしょうか。
あれば便利だけど、古びたコンコースで異彩を放っています。
そもそも、この列車本数で必要なのかって気もしますけど。

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 液晶モニターの発車案内。

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 『ありがとう留萌本線』のスタンプも加わったスタンプ台。

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 改札横に設けられた写真撮影コーナー。

留萌駅の待合室はコンコースとは仕切られています。
これも国鉄型の駅舎によく見られるタイプで、ここ留萌駅のほかは倶知安駅、滝川駅、富良野駅など。

新しい駅は待合室は設けられず、コンコースにベンチを置いただけというのが多いですね。
寒い北海道なので、改札口やエントラスから外気が入ってくるコンコースと仕切ったほうが暖房効率が良くなるし、乗客も暖かい部屋で待つことができるわけです。

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 コンコースに隣接した広い待合室。

待合室にある立ち食いそば屋は14時までの営業時間で、着いたときは既に閉店してました。
ここのそばを食べたければ、もう1本早い列車で付く必要があります。

にしんそばが有名。私も何度か食べたことがありますが、こんどは天ぷらそばが食べてみたかった。

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 待合室にある立ち食いそば屋。

待合室の奥は、天井からはカモメのハリボテがいくつも吊り下げてある空間があります。
カモメは、2007年に訪問したときに撮影した画像にも写っていたので、それ以前からのものということになります。
SLすずらん号絡みのイベントにでも使われたのでしょうか。

いかんせんトイレの出入り口の前とあっては、何かしようにも難しいだろうし、デッドスペースと化している空間です。

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 待合室奥にカモメが舞う。

待合室の一部はパネルが設置され、懐かしの留萌本線として過去の留萌駅と留萌本線の特別展示コーナーとなっていました。
時間だけはたっぷりとあるし、ほかに行くところもないのでじっくりと拝見させてもらいます。

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 待合室の一角に設けられた懐かしの留萌本線のコーナー。

私はSLファンではないのでSLの写真を見てもフーンとしか思いませんが、惹きつけるのは留萌駅が賑やかだった時代の写真。
あとはネットだけではわからない留萌駅の歴史を知ることができました。

下は留萌駅待合室に展示の特別展示の画像をいくつか紹介します。

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 『留萌駅前風景』(昭和41年)

これは1967(昭和42)年建築の今の2階建て駅舎となる前の留萌駅舎。
勾配の途中に段のついたギャンブレル屋根(腰折れ屋根)が特徴の木造駅舎で、同様の正面玄関上の庇も特徴となっています。

屋根と庇の形だけは銭函駅に似てますね。この留萌駅舎も同時期の昭和初期の建築と思われます。
あと、写真右側に停まっているタクシーは、3代目トヨタコロナでしょうか。

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 『初代駅舎』(明治末期〜大正)

次は明治末期から大正あたりに撮影された駅舎。
こちらは旧増毛駅の駅舎に似た印象。

説明書きに、
”初代駅舎は明治43年から昭和42年までの間、判明しているだけで2回改修を行っています”

とあるので開業当初の駅舎のようです。上画像の駅舎にいつ頃建て替えられたのかは展示のものだけではわかりませんでした。

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 『乗降客で賑わう留萌駅』(昭和30年代)

次は1番ホームにあふれる乗客を跨線橋から撮影した写真。
先代の駅舎時代は、1番ホームから2・3番ホームとを結ぶ跨線橋と、1番ホームから羽幌線用の4・5番ホームとを結ぶ跨線橋が別々にあったようです。
1番ホームの人々は羽幌線ホームに着いて改札口に向かうようです。

中線に貨車が停車中ですが、3番ホームから向こうも貨車がひしめき合っていますね。
昭和30年代といえば道路網は貧弱でマイカーなど庶民には無縁の時代。
貨物も人も鉄道が唯一の手段だった時代の一コマ。

この頃の人々は、まさか留萌線や留萌駅が廃止になるとは絶対に思いもしなかったことでしょう。

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 『97mあった長い跨線橋』(年代表示なし)

跨線橋といえば、羽幌線ホームとを結んでいた長い跨線橋。今は一部が残るだけです。
写真で見るに想像すると、この跨線橋は今の駅舎と同時期に建て替えられたものと思われます。
下の画像を見ると、建築中の跨線橋の後ろに木造の跨線橋が見えますね。


待合室に展示の写真や、元留萌駅員だった高木勲氏のイラストと回想をじっくりと見て回って30分。
あとは待合室でエンドレスで放映している『留萌本線開通90周年』のビデオを見て過ごしました。
留萌駅での2時間近くは思いのほか長く感じます。

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 待合室の窓からホームを見る。

この留萌駅も来年3月末で廃止となるというのに、ずいぶんと寂しい感じがします。
寂しいから廃止になるんだということではなく、駅で何もやっていないということ。

待合室のそば屋は14時で閉店、駅前のラーメン屋はシャッターが閉まっています。
駅の外に観光案内所とお土産屋の看板が立つが、店までは雪道を3分ほど歩かなくてはならず、そこまで行くのも面倒。
ホームからは新しくできた道の駅が目と鼻の先に見えますが、歩けば10分ほどかかりそうです。

ここ数年来、道内の鉄道は廃止が相次いでいますが、廃止が決定する頃から駅の中や駅前には売店ができたり観光案内所ができたり、にわかに商売する人達が現れるわけですが、ここ留萌駅はそうしたものが何にもない。

かつての終着駅、江差駅、増毛駅、新十津川駅と思い出しますと、廃止前は廃線フィーバーといった熱気がありましたね。
廃止が近づくと名残乗車客が多くやってくるわけですから、もうちょっと商売っ気があってもいいような気がするんですけどねえ。

それとも、留萌駅自体が市民からはすっかり忘れ去られたところになってしまったとか?
さすがにそれはないでしょうけど、留萌駅は有人駅なので構内営業という扱いになるからという事情もあるのかも知れませんね。


 ◆ 留萌 16:17 → 深川 17:15【4928D】

ガランとしたコンコースの床には緑色のラインがジグザグに引かれていて、この線に沿って並ぶことになるようです。
気の早い人達は15時30分頃には改札口の前に並んでいました。

だんだんと人が集まってきて20人くらいの行列となります。
改札口前に並ぶ派と、改札まで待合室で座っている派に分かれた様相。
並んでいる人も、席を取るためというよりも、他に行く場所がないから並んでいるという感じ。
外に出たって寒いし、出たところで何かあるわけでなし。

廃止が近くなると便乗商法の業者が出てくるのは賛否両論あるでしょうけど、こうして何もないのもどうかと思います。
それくらい長い折り返し時間でありました。

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 整列用に緑色のラインが引かれたコンコース。

16時、深川行きの改札が始まります。
同時にコンコースやホームにメロディーが流れるのは『夕陽』という曲で、2010年から発着メロディーとなっているそうです。
ちょうど日が沈み、これから夕暮れという時間に聞くと、ちょっとセンチメンタルな気持ちになるようなメロディーです。

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 乗客を乗せ、1番ホームで発車を待つ深川行。

私は留萌駅から列車に乗るのは、おそらくこれが最後になります。

年末年始以降は留萌本線の列車も留萌駅も本格的に混雑するようになるのではないでしょうか。
最終日のラストランは、このホームも大勢の乗客と見送りびとでごった返すことでしょう。

改札口に立つ駅員と発着メロディーの『夕陽』に見送られ、留萌駅を後にします。

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 信号機は出発進行。留萌駅発車前。

ホームでの撮影を終えて車内に入れば、行きと同じくらいの乗車率。
空いていたロングシートに腰を下ろします。

外はもう薄暗くなっており、留萌を発車してしばらくすれば暗闇になるでしょう。

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 留萌駅発車直後の車内。

列車は各駅に停車しますが、峠下までは乗降ゼロ。
明日萌駅クリスマスフェスタをやっている恵比島駅から数人の乗客がありました。
行きの4937Dから降りた顔ぶれもあって、ここで3時間もお疲れ様でしたといったところ。

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 サンタが出迎える恵比島駅。

このまま深川駅まで乗り降り無しかと思いましたが、次の真布でも何人か乗ってきたのには驚きました。

撮り鉄組?
下り4929Dからの折り返し乗車?
クリスマスパーティー in 真布?

よくわかりませんけど、真布からは立ち客数人となりました。
ここから先は各駅乗降ゼロで深川駅に向かいます。

17時17分、私たち鉄オタを乗せた列車は若干遅れて深川に着きました。

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 深川駅に到着。

ホームに出たら列車の撮影をする人が多いのかと思っていましたが、降りた人たちはあっというまに階段を登っていってしまいました。
おそらく札幌行『ライラック36号』に乗り換えたのでしょう。

私は18時01発岩見沢行普通列車に乗り換えとなり、46分間待たねばならないので一旦改札を出ます。
改札を出たものの、ベンチはふさがっているし外は真っ暗なのでコンコースの隅っこで立って過ごします。

みどりの窓口では、さっき留萌線の列車に乗っていた人がいて指定券の発行替えをしてもらっている様子。
「大雪は」とか「サロベツは」と聞こえてくるので、そういえば宗谷線と石北線は雪害で運休していることを思い出しました。

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 深川駅コンコースと改札口。

だから今日は留萌線の列車も空いていたんですね。
ツイていたと言えば不謹慎でしょうが、札幌からだと影響がほとんどなかったので忘れていました。

ちょうどいま時期に鉄道で道内旅行をしている人たちにとっては大きく予定が狂ったことだろうし、予期せぬ宿泊が増えたり他の交通機関で移動するなど予想外の出費を余儀なくされた人も多そうです。

冬の北海道も素敵ですが、冬の旅行は交通機関が止まるリスクも念頭に置いて予定を組む必要があるでしょう。


 ◆ 深川 18:01 → 岩見沢 19:15【2336M】

岩見沢行が発車するのは1番ホームですが、ちょっと早めに入場して跨線橋を渡って6番ホームへ向かいます。
停車中の列車は18時09分発留萌行4931D。
留萌線の列車は、普段は4番ホームに発着するわけですが、この列車だけは深川駅6番ホームから発車する唯一の列車なんですね。

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 深川駅で一番離れた6番ホームで発車を待つ留萌行4931D。

なぜこの列車だけなのかと言うと、4番ホームは18時10分発旭川行2333Mが特急『カムイ31号』の退避で使用するからです。
もともとこのホームは深名線の列車が使用していましたが、深名線廃止後も一部の留萌線列車発着用として残っていたものです。

この留萌行きの乗客は地元の人らしい2人だけという寂しい車内。
こんな時間に留萌方面に行こうという名残客はいないようです。
逆に言うと寂しい留萌本線に乗りたければ、こうした夜間の列車に乗ってみるのもありでしょうか。

ただ、冬は夜に留萌に着いても確実に戻ってこれるという保証はありませんがね。

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 深川駅1番ホームに岩見沢行普通列車が到着。

1番ホームに戻り、こんどは岩見沢行き普通列車の客となります。
入ってきた列車は721系電車。
岩見沢〜旭川間は電車であれば安定の721系運用です。

車内には乗客の姿が結構見えましたが、ほとんどが深川で降りてしまい、入れ替わりに入った車内はガラガラでした。
深川からの乗客は、さっきの留萌線で見た顔ぶれも見ましたが、数えるほどしかいませんでした。
留萌線4928Dの乗客は、札幌行『ライラック36号』、旭川行『カムイ31号』、それにこの岩見沢行に分散したようです。

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 転換クロスシートが並ぶ721系電車。

せっかくのガラガラの車内なので、ここで夕食とさせていただきましょう。
このために午前中に岩見沢駅で釜めしを買っておいたわけです。

釜めしと深川駅で買ったカップ酒を出して・・・
そうか、特急じゃないからテーブルがないんだ。

しょうがないから窓枠に置いてみます。

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 岩見沢観光協会で買ったとり釜めし。

岩見沢の釜めしの容器は陶器の釜を使っている。
もともとは岩見沢駅の駅弁で、当時は箱を持った駅弁売りのおじさんから買ったものです。
私が中学生の頃の話。1個たしか600円でしたね。

岩見沢を通るたびに買うものだから、家にはこの釜の陶器が10個くらい溜まったものでした。
いつしか駅弁業者が廃業となり、釜めしも姿を消します。

2000年代になって、市内の仕出し業者が復刻発売するようになったものが今の釜めしです。

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 とり釜めしと純米げんき村。

駅弁だった頃の釜めしは、釜の容器に生米を入れて炊いていたので底にお焦げがあったのを思い出します。
この釜めしにはお焦げがないので、炊きあがったものを詰めただけのようです。

とは言ってもホロリとほぐれるほど柔らかく炊いた鶏肉や、しっかいと味の染み込んだ具材、それに鶏だしの炊き込みご飯はどれも素朴だけどしっかりとした味。

アテは日本酒といきたいですね。
深川物産館で買った純米 げんき村は倶知安の二世古酒造のお酒。
なんで深川で倶知安のお酒なのかはわかりませんが、スッキリと飲みやすい味わいのお酒と炊き込みご飯が妙にマッチする組み合わせでした。


 ◆ 岩見沢 19:38 → 札幌 20:23【268M】

岩見沢でまた乗り換えです。
23分の接続時間があるので、改札を出て1階のセブンイレブンでまたお酒を買ってきました。
また721系だったら車内でもう1杯やろうと言うものです。

ロングシートだったら・・・
あきらめます。あの座席でお酒を飲む勇気は、まだ私にはありません。

こんどは小樽行普通列車の客となります。
ホームへの階段を降りると・・・残念、733系でした。

まあお酒は飲めなくても持って帰ればいいだけの話。
そう思って編成の中ほどまで行くと、なんとuシート車両が。

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 岩見沢からの小樽行はuシート連結の733系電車。

uシートに乗るには指定券が必要です。
ですがそれは快速『エアポート』だけのことで、それ以外の列車で使用される場合は自由席扱いとなるんですね。
これはツイてるとばかりに、深々としたuシートに座ってワンカップを開けさせていただきました。

白石の手前あたりで721系電車の快速エアポートが隣の線路をゆっくり追い抜いてゆきます。
年末の週末ということもあるのでしょうか、エアポートはこんな時間でも混んでいますね。

転換クロスシートの席がほぼ埋まった隣を走るエアポートを見ていると、何で古い721系をエアポートに使って、新しい733系を岩見沢方面の普通列車に使うんだろうと、ふと頭をよぎります。

新しい方をエアポートに使ったらいいのに。
このあたりがJR北海道の謎運用ですな。

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 札幌駅2番ホームに到着。ここも新幹線工事が始まる。

20時23分、すっかり通勤電車風となって札幌駅2番ホームに到着。
10月で使用停止になった向かいの1番ホームは、柵で塞がれて工事のための資材が積んでありました。
2030年度開業予定で工事が進んでいる北海道新幹線の線路が敷かれることになっています。

  ★  ★  ★

遅れも運休にも遭遇することがなく無事札幌に帰ってきました。
ここのところ雪害による運休が続いていたので運が良かったといえます。

これから北海道は冬本番となりますが、冬は荒天や雪害による運休や不通が年々増えております。
留萌線乗車を含めた道内旅行は余裕を持ったスケジュールで、また運休の際の代替交通機関を事前に調べておくことをおすすめします。

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 今回の旅行で手に入れたもの。

最後に今回の旅行の費用をあげます。

2022年留萌本線乗車の費用
費目場所金額\備考
宿泊代ルートイン北四条4,076旅行支援40%引
交通費桑園駅2,000クーポンde乗り放題
食費・小物岩見沢観光協会1,880釜めし、711グッズ
食費・小物深川物産館730お酒、駅名標マグ 
食費セブンST岩見沢店302ビール
入場券留萌駅2,200記念と普通の
食費セブンST岩見沢店162カップ酒
クーポン -3,000ほっかいどう応援クーポン 
合計8,350 

宿泊代と留萌までの交通費を合わせて3千円ちょっとで行けるぞと思ってましたが、結構ちょこちょことお金を使ってしまいましたね。
とは言え、しばらくはもうどこへも行く予定はないので、たまにはいいんじゃあないでしょうか。

ではこのへんで。

〜2022年留萌本線乗車記 おわり  


posted by pupupukaya at 22/12/29 | Comment(0) | 道北の旅行記
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