2022年道北の無人駅とサロベツ原野

6月25日から2泊3日で宗谷地方に行ってきました。

当初はこのままオホーツク海沿いに下って6月28からの知床旅行に繋げようと思っていましたが、雨模様の週だったために、知床へは一旦札幌へ戻って出直すことにしたので、知床旅行記とは別記事にしました。

記事の内容
2022年6月25日 稚内まで
2022年6月26日 道の駅わっかない
  旧天北線に沿って
  サロベツ原野と豊富駅
  雄信内駅
2022年6月27日 抜海駅へ寄って札幌へ

また少々長めになってしまいましたが、お付き合いの程お願いいたします。


 ◆ 2022年6月25日 稚内まで

初日は札幌を午前中に出発。
留萌のあたりまでは晴れて青空でしたが、北上するにつれて雲が多くなり、天塩を過ぎるころにはガス(海霧)が立ちこめるようになりました。

天塩河口大橋を渡るとサロベツ海岸沿いを走ります。
晴れていれば日本海の向こうに利尻富士が見えるのですが、あいにくとこの日は全く見えず。
その代わり黄色いエゾカンゾウの花が道端に一面に咲いて出迎えてくれました。

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 サロベツ海岸の稚咲内園地。

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 ガス(海霧)に霞む道道稚内天塩線とエゾカンゾウの群落。

どうやら花の一番の見頃に当たったようです。
エゾカンゾウは朝花が咲いたら夕方にはしぼんでしまう短い花。
この黄色く彩られた街道も、数日後には緑の草原に戻ってしまうことでしょう。

花を見ながら北上して稚内市内に入ります。
まずは稚内桟橋駅のジオラマを見に稚内副港市場の2階にある稚内市樺太記念館へ。

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 稚内市樺太記念館にある『北防波堤ドームと稚内桟橋駅』のジオラマ。

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 稚内桟橋駅と稚泊連絡船の宗谷丸。

他にも展示物はたくさんあるが、このジオラマだけ印象に残っています。
こういうの大好き。
時間が許せば1日中でも眺めていたいものです。

このあとセイコーマートで夕食を仕入れて道の駅わっかないへ。
ここは車中泊キャンパーに大人気のようで、暗くなっても駐車場は満車状態。

トイレは洗浄機付き、洗面所はお湯も出る、コンビニ併設と便利なことこの上なし。
難点は人気が故に、早めに着かないと満車で駐車する場所すらないことになります。
そういうときは稚内森林公園キャンプ場が比較的余裕があるようです。

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 20時11分、幌延行き上り最終列車が発車。

居住は快適なんですが、両隣にも車中泊の車というのはあずましくない(北海道弁)もので、またここで車中泊したいかと問われると、個人的にはう〜ん・・・


 ◆ 2022年6月26日 道の駅わっかない

おはようございます。

外に出て、駐車している車のナンバープレートを見てびっくり。
これがまあ本州ナンバーばかり。
しかもドライバーは爺さんばっかで、奥さん連れだったり1人だったり。
定年退職後の余暇を車で北海道旅行か。いいなあ。

キャンピングカーとか車内を改造したワゴン車が多い。
この時期の車中泊キャンパーは概してマナーはよろしいようで。

これが夏休み期間になるとチェア並べて宴会したり、タープ張って焼き肉やってるバカも見たことあるけど、いわゆるDQNがあちこちで見られるようになるわけです。

車中泊で旅行するならオススメは今時期ですよ。
何と言っても日が長いですからね。

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 すっかり名所っぽくなった稚内駅前広場。

朝5時過ぎの稚内駅前。
山から下りてきたのか3頭のシカがウロウロしている。
このシカは翌朝も見たので、稚内駅前は毎朝エゾシカの通り道になっているようです。
目当ては広場の芝生なのでしょうか、しばらく芝を食んでいました。

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 稚内駅前に毎朝現れるエゾシカ。

6時、道の駅わっかないを出発。
早い出発ですが、両隣はもっと早く出発していました。

夏至に近いこの時期の稚内は3時には明るくなります。朝寝坊はもったいない。

とりあえず出発してみたものの、さあどこへ行くか。
最初に朝4時から開いているガソリンスタンドで給油して、一旦スーパーの駐車場へ。

さてどちらへ向かうか。
前の道を最初に白っぽい車が通ったらサロベツ方面へ、黒っぽい車が通ったらオホーツク方面へ。

いざ勝負!

黒っぽい車。
オホーツク方面へ向かいます。


 ◆ 旧天北線に沿って  

宗谷岬経由のつもりで国道238号線を東に向かいますが、この曇り空ではねえ・・・
それに宗谷岬はGWに行ったばかりだし。
あの時は奇跡的に晴れたけれど、今日のこの曇り空では奇跡は起こりそうもない。

声問の町を過ぎた交差点を『稚内空港』とある方へ右折します。
旧天北線ルートでオホーツク海側へ出ようというものです。

曲淵からは延々と無人の山岳地帯を走ります。
旧天北線とほぼ平行していて、90年代の初め頃は宗谷バスの天北線代替バスから線路跡を確認することができました。
あれから30年、もうさすがに天北線の線路跡を見つけるのは難しいですね。
その代替バスですら宗谷岬線と統合してこの区間は廃止しているくらいですから、よくこんなところに鉄道があったものだと思うところです。

ようやく猿払村役場のある鬼志別へ。
新しい家が多く目立ち寂れている感じがしないのは、ホタテ漁と酪農という産業があるからでしょう。
鬼志別だけではなく、オホーツク海側の町々は日本海側や内陸に比べてあまり寂れた感じがしません。
同じ道北なのに、宗谷本線沿線の方が寂れた感じなのはどういうわけでしょう。

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 猿払村は日本最北の村。

道の駅さるふつ公園で昨日買っておいたパンと飲料で軽い朝食。
ここも車中泊キャンパーが多数駐車していました。

ここの道の駅は車中泊禁止って聞いたことがありますが、どうなんでしょう。
車中泊ではなくて『仮眠』と言えばそれまでの話なわけですが。
車内からシェードをつけて光が漏れないようにしていれば外見では仮眠なのか車中泊なのかわからないわけで、だから道の駅なんかでの車中泊はグレーゾーンとして存在しているわけです。

軽い休憩で道の駅さるふつ公園を出発。
途中浜猿払から脇道に入ってエサヌカ線を走ります。
牧草地帯の中を8kmにもわたる直線道路。しかも人家が見えないこの道路はすっかり有名になりました。

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 地平線の先へ一直線に続く猿払村道エサヌカ線。

エサヌカ線からまた国道238号線に戻り、浜頓別手前の脇道に入って、ベニヤ原生花園へ行ってみます。
昨日稚咲内で満開のエゾカンゾウを見たので、こちらも花が満開かなと思ったわけです。

しかし着いて見るとこちらは緑の草原が風にそよぐだけ。
一番元気に咲いているのはハマナスくらい。
早かったのか遅かったのか、それともこんなものなのでしょうか。

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 ベニヤ原生花園と浜の内側に伸びる沼。

浜頓別へ着いた頃には雲の切れ目から青空も見えるようになりました。
宗谷地方のオホーツク海側って、日本海側に比べるとどこも人の手が入っている印象を持ちます。
乾いた明るい空気。

それに比べて日本海側は湿っぽく暗く人を寄せ付けない空気。
またあの黄色いエゾカンゾウの花を見たくなりました。
天気も回復しているようなので今度はサロベツ原野へと向かうことにします。


 ◆ サロベツ原野と豊富駅

道道豊富浜頓別線を豊富に向かいます。
浜頓別から豊富へは隣町のように思えますが、無人の森林地帯を60km近く走らなければならないのだから、まあ広いこと。
途中に昔はセキタンベツという炭鉱町があったようですが、今は無人となっています。

走っているうちに雨が降ってきました。
オホーツク海側は晴れに向かっていたようですが、日本海側は雨模様のようでした。

豊富の手前で豊富温泉を通るのですが、このまま札幌に帰るのならばひと風呂浴びて行くところですが、この温泉に入ると体だけでなく車内も石油臭くなってしまうので今日はやめておきます。

豊富の町を通り過ぎてサロベツ湿原センターへ。

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 サロベツ湿原センター。

ここのエゾカンゾウはどうかな、と思ってきたわけですが、ここも期待を裏切ることなく黄色い花が一面満開でした。

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 木道の脇にはみ出すエゾカンゾウの花。

いやなかなか見事ですね。
こんなに満開のエゾカンゾウを見るのは初めての気がします。
一番いい時に来たようです。

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 黄色く可憐に見えるが近くで見ると野生の力強さを感じる。

どんよりとした曇り空は宗谷地方のこの時期特有の天気。
日照時間が短いからこうして高山植物が低地で育つわけで、青空が広がるピーカンよりも曇り空の下の方が花は元気なように見えました。

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 地平線まで黄色い花で覆いつくされたサロベツ湿原。

サロベツ湿原で満開の花を堪能して、今度は豊富駅へ行きます。
この後は無人駅巡りでもしてくるつもりです。
ほかに行くところも無くなったということもありますが。

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 平屋鉄骨造の豊富駅。

豊富駅の駅舎は鉄骨造の平屋。
1966(昭和41)年建築で、昭和30年代に建築された島松駅や茶志内駅に似ています。

昭和43年には昭和天皇、皇后両陛下が視察のためにこの駅を利用されることになり、その際にトイレにお立ち寄りされるご予定で、トイレを建て直したんだそうです。
だから豊富駅のトイレは立派だったという話を聞いたことがあります。

昔、そのトイレがあった頃に利用したら、そう言われれば駅の割に立派な造りだなと思ったことがあります。
そのトイレの場所は観光情報センターになっていて、今はもうありませんが。

ちなみにそのトイレには、結局陛下がお立ち寄りになることはなかったそうで。

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 ストーブが中央に置かれた待合室。

駅舎の中に入ると、ストーブが中央に置かれて、それを囲むようにベンチが並べられています。
プラスチック製のカラフルなバケット型のベンチ。
私が子供の頃、昭和50年代の国鉄駅のベンチと言えばどこもこれでした。
国鉄からJRになってから急速に姿を消して、レザー張りのソフトなタイプのベンチに替わったものです。
どこか懐かしさを覚えます。

奥のシャッターはキヨスク跡。
ここにあったキヨスクで硬券のきっぷを売っていましたっけ。
平成5年、豊富から徳満ゆきの乗車券は今でも持っていますよ。

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 無人駅とは思えない立派なホーム。

ちょうど下り稚内行き特急『宗谷』が入ってきました。
今日は堂々の6両編成。

かつては・・・っていうか10年くらい前までは増結が常態化していたこともありますが、近年は基本編成の4両編成ばかりになってしまいました。

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 今日は6両編成で運転の特急『宗谷』。

窓越しに車内を覗くと、どの号車も車内は結構な乗車率。
車内の乗客は年齢層高め。
どうやら、利尻礼文ツアーの団体客が多いようです。

利尻礼文は今が一番の観光シーズン。
コロナ前ほどではないでしょうが、観光客が戻ってきているのは関係者にとっては喜ばしい事でしょう。

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 6両でも結構な乗車率だった。

実は、今週の旅行は利尻礼文も候補に挙げていたのですが、島の宿代が高騰していたこともあって、やむなく道内旅行とした事情もあります。


 ◆ 雄信内駅

このあとは南下して雄信内(おのっぷない)駅へ。
この駅を訪れるのは19年前に列車で来たとき以来となります。

その当時から駅前はゴーストタウンと化していましたが、天塩川対岸の雄信内(おのぶない)の町から来て列車で通学する高校生の姿を見たものです。
しかしもうだいぶ前から対岸の町からこの駅を利用する人はいなくなった模様です。

JR北海道の統計を見ますと、駅の乗車人員はゼロ。
列車の乗り降りは、たまにやって来る旅行者くらいで、あとは私のように車で乗りつけて撮影して帰るという人ばかりのようです。

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 森の中にあるような雄信内駅。

雄信内の駅舎は下見板張りですが窓から上はモルタル仕上げ、出入り口には堂々とした庇を設け、その上には明り取り窓という凝ったつくりです。

手入れもされているようで、上部のモルタルは目地埋めがされて、板張りはニスが塗られてピカピカになっています。
待合室の窓は、前に来たときは木製サッシの古いものでしたが、アルミサッシのものに交換されていました。
庇の柱が凝った造りでしたが、角材のものに取り換えられていたのは少し残念です。

雄信内駅の開駅は1925(大正14)年ですが、調べたら現在の駅舎は1953(昭和28)年という意外と新しい建築でした。
天塩中川駅と造りがそっくりなのは、こちらも同年同月に建て替えられたからでしょう。

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 風雪に耐えてきた感のある木造駅舎。

森の中にひっそりと佇むモダンな木造駅舎。
駅舎も風景に溶け込んで、絵になりそうな光景です。

しかしこれを駅として維持しようというのは大変な話で、JRだって慈善事業でやっているわけではないので、利用客がいない以上廃止したいというのは良くわかります。
だから今は幌延町による維持管理となっているわけですが、これもいつまで持つのでしょうか。

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 切妻造りの庇と2つの明り取り窓という凝った造り。

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 ホーム側から。

駅はステキなんですが、駅前はというと朽ちた廃屋が並ぶゴーストタウン。
その1つ、元商店だったところは軽トラックが停まっていて持ち主がたまに来ていたようですが、今はすっかり朽ちていました。

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 駅前は廃屋が緑に埋もれたゴーストタウン。

もう人が来るような場所ではなくなったようです。
そのせいか、ヒグマが頻繁に出没するようになり、ヒグマの目撃情報と注意を促する張り紙がありました。


 ◆ 稚内森林公園キャンプ場へ

また稚内に戻ります。
新しくなった天塩大橋を渡って幌延から幌富バイパスに入ります。

みんな飛ばすこと。
その流れで走ると、とてもここでは書けない速度に。
途中から国道40号線に降りますが、ここも改修されて最高速度70km/hの標識が立つ高規格道路のようになっていました。

30年前ならば稚内に高速道路ができるなんて想像もつかなかったものですが、時代は確実に変化してゆくもの。
道内各地と稚内が高速道路ネットワークで繋がる日も近いうちにやって来るでしょう。

稚内に戻って給油。
こんどは稚内森林公園キャンプ場で車中泊しました。

道の駅に比べるとトイレや洗面所がしょぼい、町まで遠いといった不便さはありますが、両隣に車がいないので落ち着けるという長所はあります。
それに道の駅は表向き『仮眠』ということになるわけですが、今日は堂々と車中泊。
酒も飲めるわけで・・・

あとこのキャンプ場は、ごみを無料で引き取ってくれるという嬉しい特典つき。
だから車中泊はキャンプ場で、朝の洗面や用足しは道の駅でというのが賢い利用方法ですかね。

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 セイコーマートのホットシェフ惣菜とビール。


 ◆ 2022年6月27日 抜海駅へ寄って札幌へ

おはようございます。
最北端のキャンプ場の朝、夜明けは早いけど今日も曇り空。
5時には出発して道の駅へ向かいます。

さすがに人気の車中泊スポットだけあって駐車場は満車状態。
しょうがないので、駅前ロータリーに停めさせてもらいます。

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 5時21分発名寄行き上り一番列車。

洗面所で用足しさせてもらって5時半には出発。
天気も悪くなりそうだし、今日はもう札幌へ戻ります。

朝早いし、さすがにこの時間に行っても誰もいないだろうと抜海駅に寄ることにしました。

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 外壁材でリフォームされた抜海駅。

木造駅舎ですが妙に新しくなっているのは正面が白い外壁材でリフォームされているから。
ちょっと味気ない印象ですが、それだけ冬は風雪が激しいところだからでしょう。

出入り口の切妻の風よけ室が妙に大きいのは、トイレとなっているからです。
夏はトイレを閉鎖しているらしく、トイレ入口はロッカーが置かれて塞がれていました。

素っ気ない正面側ですが、抜海駅舎の味わいはやはりホーム側でしょうか。
かつては1番ホームの屋根だった部分に壁を設けて、改札口と駅長事務室を結ぶ廊下のようにしているのが珍しい構造です。
これもやはり冬の気象の激しさがこうした構造にしたのでしょうか。

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 ホーム側の味わいある看板。

抜海駅はJR北海道が公表しているデータによると1日当たり乗車人員が1.4人。
JR北海道としては維持できないということで、2021年4月から稚内市による維持管理に移行しています。

稚内市が負担する年間の維持管理費は100万円となり、市民から公費負担の理解を得ることが難しいとして、市費での維持管理は今年度をもって終了することを決定しました。

反対意見もあり、まだ100%決定したわけではないんでしょうけど、抜海駅は来年(2023年)3月いっぱいを以て廃止となる可能性が高いです。

私にできることと言えば、あるうちに訪れておくことくらいでしょうか。

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 抜海駅のホーム側。

今は廃止廃止と騒いでいる抜海駅ですが、旅客駅としては廃止となっても列車交換設備のある信号場として残ることになるでしょう。

駅舎は夏は無人となりますが、冬は除雪職員の詰め所として利用されている関係から、抜海駅が信号場とされても木造駅舎は存続するのではないでしょうか。
実際石北線の中越や奥白滝など、旅客扱いが廃止されて信号場となっても木造駅舎はそのまま残されています。

と言ってもこれは信号場として残る前提の話で、現ダイヤでは抜海駅で交換する列車は無いので、棒線化して何も残らない可能性もあります。

駅は廃止となっても、駅舎自体は歴史的建造物とか観光施設として維持すればいいと思うんですけどね。
たぶんしないのでしょうけど。

どこの町とは言いませんが、鉄道廃止には散々反対するけど、いざ廃止されるとまちづくりの邪魔と言わんばかりに駅舎を解体して整地してしまうというのが現実。
この抜海駅も小さな碑だけ残して消えてしまうのでしょうか。

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 待合室から旧改札口を見る。

廃止日が近づけばこの駅も賑やかになることでしょう。
だから私などはもう近づかない。
今日この時をもって、抜海駅とはお別れです。

再び道道稚内天塩線へ。
道路わきの高台から日本海を見ると、利尻島の裾野と礼文島の島影が姿を現していました。

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 裾野だけ姿を現した利尻富士。

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 うねる道道稚内天塩線。

天気は快方に向かっているのかと思わせましたが、だんだん雨模様になってきて、天塩町の辺りからは本降りになりました。

もうこのまま真っすぐ札幌へ帰ります。
今週は1週間休みを頂いているので、明日は休みにして明後日は 知床 へ向けて出発する予定です。

〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。 


posted by pupupukaya at 22/07/24 | Comment(0) | 道北の旅行記
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