春の深名線と宗谷本線の旅行記3

おはようございます。5月3日火曜日。
GW休暇の旅行中、最北の町からスタートです。
朝5時前、窓の外が明るくなって目が覚めれば、空は一面雲で雨がしとしと。

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 雨模様の稚内。

昨日の朝もこんな感じだったな。これもまた昨日のように出発する頃には雨は上がるんだろうか。
天気ばかりは案じたってしょうがないので、タオルを持って朝風呂へ。

大浴場は朝5時からやっている。
やった、今日も一番風呂。
だけど昨日と違って宿1棟貸し切り状態ではないので次の客がやって来た。
それにしても朝早いですな。・・・って人のことはいえないけど。

昨日セイコーマートで買っておいたおにぎりの朝食。
酒飲みの朝って2タイプあって、ひとつは早起きで朝食はしっかり食べるタイプ。もう1つはギリギリまで寝ていて朝食は軽いか抜くタイプ。
私は前者。
朝早いけど寝るのも早い。夜更かししたって見たいテレビ番組があるわけじゃなし。

天気が良ければ港まで朝の散歩でもしてくるところだが、しとしと雨の今朝ばかりは早起きしただけ損な気分だった。


 ◆ 南稚内 8:04【4321D】稚内 8:08

長居したい部屋でもないので、7時50分過ぎ、ホテルをチェックアウト。
やっぱりと言うべきか奇跡的にと言うべきか、雨はこの頃には上がっていた。
昨日と同じパターン。今日も雨から逃げ切れるのか。

歩いて向かうのは南稚内駅。
8時04分発稚内行き普通列車があるので、それに乗って稚内駅まで行く。

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 地元の市民は『みなみえき』と呼ぶ南稚内駅。

都会ならば通勤通学時間帯だが、今日は祝日。
それに、稚内駅へはバスが1時間に3〜4本あるので、1日3本だけの普通列車を利用する人など皆無だろう。
乗客は私1人かと思っていた。駅の中に入ると、案の定誰もいなかった。

しばらくすると外に車が停まって、幼い子供を連れた親子3人連れが入ってきた。
券売機で稚内までの乗車券を買っている。表の車はレンタカー。
お母さんと坊やは列車で稚内へ、お父さんはその間車で稚内駅へ移動ということらしい。
最北端の記念乗車といったところだ。

稚内〜南稚内間の記念乗車券でも作って、最北端の1駅記念乗車用として発売すれば結構売れるんじゃないだろうか。
車が無くてもバスで戻ってくることは可能だし、ひとつ企画してみてはどうですか。
ねえ、JR北海道さん。

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 音威子府始発の4321Dが到着。

直前になってもう1人兄さんがやってきた。
こちらも記念乗車かと思いきや、この後稚内駅でのイベントの設営に加わっていたので地元の人らしかった。

昨日は車両不具合のため、幌延で運転打ち切りになった列車だが、今日は時刻通りやってきた。
通勤通学列車とはいえ、130kmも離れた音威子府からはるばる運転されてくるんだから大変なものだ。

列車は南稚内に到着。地元の利用客らしい2人が降りて、件の3人と私が乗り込む。
最初から乗っていたのは4人。荷物を持った人ばかりなので、毎日の客ではなさそう。随分と朝が早いことだが、この列車を逃すと次は稚内着が12時過ぎになってしまうので、ほかに選択肢はない。

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 赤帯の助役に見送られ南稚内駅を後にする。

1駅で稚内駅へ。
まだ8時過ぎでどこも閉まっている。

宗谷岬行きのバスは9時39分発なのでまだまだ時間がある。
バス待合室の切符売り場はこの時間から開いていたので、宗谷岬往復の乗車券を買う。
稚内駅から宗谷岬までの片道運賃は1,420円だが、ここで往復乗車券を買うと往復割引で2,560円となる。

ここで昨日チェックイン時に貰った『わっかない応援クーポン』のうち『乗って応援クーポン』の2枚2千円分を使った。
乗って応援クーポンはレンタカーやタクシーでも使えるが、バスでとなると宗谷岬往復くらいしか使い道がない。
レンタカーというのも考えたが、車を運転するくらいなら初めから車で行くわ。
というわけで宗谷岬行きとしたのである。

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 稚内駅前〜宗谷岬の往復乗車券。

待合室にあったコインロッカーをふと見ると、料金が200円と表示してあった。
旅行していると意外と馬鹿にならないのがコインロッカー代。
ずっとバックパックを背負ってきて、どこへも預けるつもりはなかったのだが、200円ならばと預けることにした。
ここからは手ぶら。随分と身軽になった。

さて、どこへ行くか。
天気が良ければノシャップ岬あたりまで往復できるところだが、この曇天では行ってもつまらないだろうな。
雨が降ってきたもおかしくない空模様なので、あまり遠くへも行けない。
そこで、昨日通った北門神社参りをしてきた。

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 日本最北の神社(神職が常駐する神社としては)は北門神社。

神社の高台から、晴れていれば樺太の島影が見えるのだが、この曇り空ではやはり見えなかった。
その足で北防波堤ドームを見てくる。
ここは戦前は稚内と樺太の大泊を結んでいた稚泊(ちはく)連絡船が発着していた桟橋。
冬の大波から桟橋を守るためにドーム型の設計となった。
稚内駅からここまで線路があって、稚内桟橋駅も設けられていた。

戦後は利尻礼文へのフェリーターミナルとなって、利礼岸壁と呼ばれていたこともあった。
稚内桟橋駅は解体され、跡地には記念碑が残るのみ。
宗谷本線を走っていたSL『C55 49』が保存されていたが、これも潮風による損傷が激しく、もうだいぶ前に撤去されて今は動輪とナンバープレートだけが残っている。

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 北防波堤ドームは稚泊連絡船と稚内桟橋駅の名残り。

話は変わるが、さっきホテルをチェックアウトした時に、さいほく春々旅のアンケートを渡してきたのだが、その欄に『稚内にあったら良いと思うもの』とあった。
そこで、
『北防波堤ドームがガランとして寂しいので、旧稚内桟橋駅舎を復元しては』
と記入したのだが、実現するかどうか・・・

ここから目を凝らしたが、やはり樺太は見えず。
また歩いて駅に戻る。


 ◆ 稚内駅前 9:39【宗谷バス】宗谷岬 10:29 

駅に戻ってきてまだ9時前。
外で撮影などしていたら冷たいものが頬に当たる。
やれやれ、期待もむなしく雨予報が当たったようだ。
まだ霧雨のような弱い雨だが、だんだん空は暗くなってきた。

宗谷岬行きバス乗り場は国道の歩道上にあって、一応屋根が付いている。
まだ誰もいない。
バスの時刻までまだ20分以上もあるが、ほかに行くところもなく、昨日の大行列も見ているので、ここに立ってようかなと屋根の下に立ってみるも、風で舞った雨粒が当たるので駅に戻ろうと思ったら、後ろにもう3人並んでいた。
戻るに戻れなくなって、雨の中20分もバスを待つことになった。

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 稚内駅前ターミナルの天北宗谷岬線のバスのりば。

所在無く過ごしていると、道路標識に併記してあるキリル文字のロシア語が目に入った。
Асахикава』『Наёро』とか。
20代の頃、熱心にロシア語の独学をしていたことがあったんでね、私は普通に読める。
上の表記は旭川と名寄のロシア語表記。
このロシア語を引っ提げて、ロシアの一人旅をしたものだ。

その後、欧米に行くことが多くなると英語の必要性を感じ、英会話などを勉強するようになった。
その頃の齢にもなると、もう全然頭に入らない。簡単な単語やフレーズも何回覚えても忘れてしまうようになった。
同じ意味の言葉でも、英語より先にロシア語の単語やフレーズが頭に浮かぶ始末。

若い時に修得したロシア語は、棒暗記したフレーズでさえ一生ものだ
しかるに、いい年こいて始めた英会話はというと、全然ダメ

若い時に覚えたことってのは身につくんだねえ・・・
改めてそのことを思い知った。
ロシア語なんて今後の人生で役に立つことも無いだろうけど・・・

読者の皆さんの中に若い人がいたら、これだけは言っておきたい。

勉強だけは若いうちにやっておけ!

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 音威子府行きバスが到着。

バスがようやく来たのは発車3分前だった。
後ろを見るといつの間に長蛇の列。屋根からはみ出した人たちは傘をさして並んでいた。
昨日見たほどの行列ではないが、早く来てよかったことになる。

バスの席は確保して、立ち客も乗せて発車。
『音威子府行』の表示を掲げたこのバス路線は『天北宗谷岬線』といって、旧天北線の代替バスでもある。
当初は沼川、曲淵といった旧天北線ルートを経由していたが、利用客の減少のためそれまで宗谷岬に行く大岬線と路線を統合して今の天北宗谷岬線となっている。

稚内から音威子府まで163kmもの長距離を各駅停車で走る路線バス。車両も市内で見かけるのと同じワンステップ車両。
もう市内路線と長距離路線を区別することができないほど利用者が減っているということだろう。
本数も、まともな交通機関とするにはぎりぎりとも思える4本だけに減便されている。

うち宗谷岬往復ができる便は2本だけ。
だから余計に観光客が集中してバスが混むのかもしれない。

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 長距離路線だが市内線と同じワンステップバス。

この旧天北線代替バスとして運行していた天北宗谷岬線も、来年には音威子府〜浜頓別間の廃止が決定している。
廃止後はスクールバスの混乗と予約制のデマンド交通による代替が予定されている。
1918(大正7)年に音威子府〜浜頓別間の鉄道が開通して以来、鉄道からバスへと受け継ぐも『天北線』として営業していた区間。
来年のバス路線廃止をもって、天北線音威子府〜浜頓別間は本当の廃止を迎えることになる。

世の話題となり名残乗車客がやってくる鉄道の廃止と違って、バス路線は人知れずひっそりと消えてゆく。
前にも書いたが、鉄道の廃止後はバスになるが、バスの次は無い。
だからバスこそ地域交通の最後の砦ということになる。

どうでもいいことだけど、鉄道の廃止となると都会からも弱者切捨てなどと反対の声が出てくるが、それより地域住民にとって深刻なバス廃止に都会からそうした声が上がることはない。
まったく都会人とは身勝手なものだ。

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 声問を過ぎると本降りになってきた。

稚内の市街地を抜けて宗谷海峡を望む海岸沿いに来る頃には雨は本降りになってきた。
窓にも雨粒が点々と。
丸腰でやって来たので、着いたら小走りで最北端の記念碑の撮影でもして、あとは屋根の下にいるしかどうしようもない。

だんだん何しに宗谷岬まで行くんだかわからなくなってきた。
それでもクーポンのおかげで往復バス代は実質560円

そう思えば腹も立たん。

ところが、バスが走っているうちに雨が上がって、空もだんだん明るくなってきた。
富磯あたりでは青空が見えるようになった。

何と言う奇跡。

途中の宗谷で女性客が1人下車する。
降りたらスマホで撮影してたので地元の人ではない。
宗谷岬と間違えて降りたわけでもなさそうだが・・・
あとで地図で見たら、すっかり有名になった『白い道』はここが最寄なのね。

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 日本最北端のバス停、宗谷岬に到着。

宗谷岬でバスの乗客は全員下車してバスはカラになる。この先猿払村中心部の鬼志別までは文字通り空気を運ぶのだろう。

バスを降りると空は青空、日も差すようになっていた。
ここだけが晴れているような空だった。

下車客の多くは最北端記念碑に向かうが、私は坂道を登って大岬旧海軍望楼へ向かう。
ここからの眺めが気持ちが良いのでね。
宗谷岬はもう何度も来ているので、どこに何があるかは知っている。

息を切らせて望楼へ登れば、宗谷岬の広場と宗谷海峡を一望できる。
バスが着けば人だかりができる最北端の碑よりも、まず先にこちらへ向かうのがオススメです。

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 旧海軍望楼から宗谷岬を見下ろす。

おお、宗谷海峡の水平線には樺太(サハリン)の島影が。
稚内では見えなかったが、こっちでは見えていた。
もう何回も見たことがあるし、過去に撮影した画像と比較しても山の形が同じなので間違いない。

ただ山の上は雲に隠れているし、ここにいる間にだんだん霞んでいったようなので、今だけ見えていたのかも。
旅先では妙に強運を引き寄せる私なのだった。

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 水平線にうっすらと見える樺太(サハリン)。

今回は時間が限られているので、樺太の島影を拝められたら下る。
定期観光バスも着いて、日本最北端の碑の前には記念撮影の人たちの行列ができていた。

水平線に樺太が見えているのだが、それに気づいているのかいないのか・・・
スマホなんかいじってる場合じゃないよ。

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 日本最北端の碑は行列ができるほど大人気。

それにしても、バスで来た人は若い人が多く、車組は年配の人ばかり。
昨日稚内公園で思ったことだが、宗谷岬でも同じことを思った。

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 日本最北端の地碑と北を見つめる間宮林蔵像は絵になる構図。

宗谷岬の滞在時間は45分。
岬で観光するにはちょうど良い時間ではなかろうか。
上の旧海軍望楼まで登って、最北端の碑で記念撮影をして、土産物屋を覗いているのも飽きてきて、そろそろ行くかなという頃に帰りのバスの時刻となる。

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 アリバイ作りにできそうな日本最北端の土産物屋。

最北端の土産物屋や流氷館を覗いたり、最北端のトイレで用足ししたりしていたら、あっという間に30分以上は過ぎた。
宗谷岬の気温は5.6℃、ずっと外にいたらすっかり冷えてしまった。

着いたときは青空だった空も、いつしか雲が覆うようになった。
もしかしたら、一番いい時に着いたのかも。
本当に、こういうときだけは強運の持ち主だね。


 ◆ 宗谷岬 11:14【宗谷バス】稚内駅前 12:14 

もう行くところも無くなり、バス停のある歩道に立っていたらいつの間にかまた後ろに行列ができていた。

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 帰りのバス停はこちら。

帰りのバスは鬼志別始発の便。
音威子府ほどではないが、こちらも35kmも離れた地から各駅停車ではるばるやって来るバス。
時間通りに来るんかいなと思っていたが、鉄道のダイヤを思わせるほど正確にバスが現われた。

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 11時44分、稚内ターミナル行きバスが到着。

こんどのバスは地元客が4人ばかりいた。
突然宗谷岬で現れた大量の乗客に驚いた様子でもあった。
やはり普段はガラガラで走っているバスなんだろう。

バスは途中停留所で停まることもなく、定速で走る。
ずいぶんのんびりと走るものだと思ってスマホで速度を計ってみたら48km/h。
後ろに追いついた車は、追い越し禁止標識など何するものぞとばかりに追い越して行く。
うっかりパトカーや白バイに見つかったら違反切符なんだけどね。
いやそもそも危険行為だし、最悪正面衝突事故にもなりかねないので。
でも、時速50km以下で走る大型バスの後ろに付いてしまった気分は、同じドライバーとしてよくわかる。

一定速で走るバスから宗谷湾の向こうに見える稚内の町を眺めていると、一昨年礼文島に行ったとき、戻りのフェリー船上から見た稚内の町を思い出した。

そんなノロノロ運転にも関わらず12時06分、定刻より8分早く終点の稚内駅前に着いた。


 ◆ 活気のある稚内駅

稚内駅に戻ってくれば稚内観光はおしまい。
あとは特急『サロベツ4号』で札幌に戻るだけとなった。

おっと、まだ『買って応援クーポン』2千円分が手つかずだった。
これはワッカナイセレクトで使うことにする。

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 土産物、カフェ、食堂がひと通り揃うワッカナイセレクト。

先代の稚内駅は、いかにも昭和の国鉄時代を思わせる2階建ての駅舎に島式ホームがある駅だったが、10年ほど前に今の道の駅とテナントが一緒になった施設の一部となった。
ピカピカで広くて明るい建物は、札幌のファッションビルと変わらないようなモダンな造り。

前の駅舎だったときは、いかにも国鉄時代の駅らしさと古びたホームに最北端らしい旅情を感じたものだった。
それだけに今の新しい駅を初めて見た時は、歴史も旅情も消えてしまったと残念な思いをしたものだ。

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 最北端の線路の説明書き看板にある旧稚内駅。

あれから10年

メインは道の駅で、鉄道は間借りしている格好にも見えなくもないが、この賑わいはどうだろう。
映画館や図書館も入居しているし、セイコーマートもあるので、町の人だってたまには駅に行ってみようかと思うんじゃないかな。

もし、稚内駅が建て替えられず、昔のままだったら今はどうなっていたことだろう。
待合室のキヨスクは確実に閉店していたし、買い物するにも向かいのスーパーか少し離れた場所にあったセイコーマートに行くしかない。
名物だった立ち食いそば屋は残っていたかも知れないが、列車に乗る前の買い物すらままならず、手ぶらで乗り込んだら旭川まで4時間近く何も手に入らない鉄道である。
相変わらずバスターミナルは駅の向かいにあって、駅にバスは立ち寄らない。札幌へ行く高速バスの乗り場も各社バラバラ。
市民からも忘れ去られ、列車の無い時間帯は誰もいない場所になっていただろう。

建て替えられた当時は、あんな近代的で味気ない駅なんて・・と思っていたが、鉄道を取り巻く状況は想像以上に悪くなっていった。
宗谷本線の存続自体危うくなるとは、当時は思いもしなかったものだ。
そんな中で、鉄道駅を巻き込んで再開発を行った稚内駅は大成功だったと言える。

だからって鉄道の利用者が増えたわけではないが、駅にテナントが入って観光客で賑わうようになり、公共施設が入って地元の人が足を運ぶ場所になれば、市民の鉄道に対する意識もだいぶ違ってくるだろう。

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  稚内駅と車止めのモニュメント。

鉄道を守ろうと最近は利用促進に向けた自治体の動きも出てきたようだが、列車で着いたとてどこへ行くにもバスかタクシーに乗るしかない駅とか、わざわざ行っても買い物ひとつできないような駅をまた利用したいと思うだろうか。
はるばる遠くから何時間もかけて乗ってきた観光客が、次も列車で来たいと思うだろうか。
駅と駅前に魅力があるものがなければ、小手先の利用促進策など意味が無いもので終わってしまうだろう。

私はGWにノコノコやって来ただけだが、この賑わっている稚内駅や、鉄道で来た宿泊客にクーポン券を配布するキャンペーンなど、鉄道の活性化のために本当に良くやっていると感じたのは稚内だった。

いわゆる旅情とか地域のシンボルといくら叫んだって、それだけじゃ鉄道は維持できない。
もし稚内駅が建て替えられず旧駅舎のままだったら、旅情や最果て駅のシンボル的存在にこそなれど、それ以上の意味は無かったと思われる。
裏寂れて市民から忘れ去られたような古い駅に旅情を感じるのは勝手だが、それで鉄道は残しましょうというのは虫が良すぎる。


 ◆ 稚内 13:01【サロベツ4号】16:49

札幌からの『宗谷』は今日は珍しく(?)定時に到着した。
これが折り返し旭川行き『サロベツ4号』となる。

改札が始まるころには改札口に行列ができるが、昨日ほどではない。
昨日は本当に何だったんだろう。

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 札幌から来た特急宗谷が到着。

改札が始まる前にワッカナイセレクトで駅弁を買っておいた。
昨日は陳列棚に完売しましたの札が置いてあるだけだったが、今日は3種類置いてあったのでゲットする。
あとは酒のつまみと自分用の土産をいくつか。
合計2,106円でクーポン2千円分は使い切る。
ビールはセイコーマートで。サッポロクラシックが2本で550円と特売となっていた。

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 旭川行きサロベツの改札を待つ乗客の人だかりができる。

昨日ほどではないだろうが、この『サロベツ4号』はそれでも混んでいる。
稚内始発で空いてる窓側席が1つもないようだ。
それでもしっかりとテーブルに駅弁とビールを並べさせていただきます。

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 かにいくらめし(1,080円)とサッポロクラシック(2本で550円)。

特急に乗る前は駅弁の名のついたものをつい買ってしまう。
稚内駅の駅弁を買うのはこれが3度目になるけど、正直言って旨くない。

食べてみると、ベタッと潰れたご飯と、これ見よがしに観光受けをねらって上に乗せてみただけのカニとイクラ。
消費期限を延ばすためなのか、やたらと酢が効いている味付け。
値段といい中身といい、これじゃコンビニ弁当の方がマシだよ。

販売業者は一応稚内駅の駅弁屋を装っているが、食品表示ラベルを見ると製造者は旭川の駅弁屋となっていた。
わざわざ旭川から運んできているのかは知らないが、稚内駅の細々とした売り上げだけでやっているとは思えないし、きっと稚内駅の名を借りたデパートなんかの催事販売のための商品だろう。
駅に申し訳程度に置いているのは、駅弁とするべく駅販売のアリバイ作りのため?

本当に北海道の商売人ってのは足りないと思う
何が足りないって、温もりが足りないんだよ。

一昨日札幌駅で買った似たような海鮮弁当は目に見えない温もりがあったね。
ご飯は美味しかったし、値段も良心的。
昨夜のホテルのレストランも、値段は高いけど温もりは感じた。
客に旨いものを食わせてやろうという思いは伝わって来た。

この駅弁にはその思いを全く感じない。
これは北海道全般の観光にも言えることだけどね。昨日の温泉宿もそう。

道内は景色も食材も一流のものばかり揃っている。
その一流の上に胡坐をかいて、これでいくら金を取れるだろうかという魂胆しか持っていない一部の業者がデカい顔をしているのが情けない。
(この記事を書いているときに問題になってる某観光船会社のこともあって頭に来てます)

ま、クーポン使用で実質タダ同然で手に入れた駅弁だ。

そう思えば腹も立たん。

稚内の駅弁に3度目のがっかりをして、2本目のビールを開ける。
つまみは『ほっけ燻製スティック出汁乃介』。
これはオススメですよ。いやマジで

ホッケの燻製って美味しいけどむしって食べると手が脂でベタベタになるし、匂いが広がるし車内ではちょっと・・・
そんな人にオススメ。
脂も燻製の香りもスティック状にしたアイデア商品。
ビールにも日本酒にもワインにも合う。

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 ほっけ燻製スティック出汁乃介(216円)はビールのアテにおすすめ。

今座っている席は進行右側。
上り列車ならば断然右側です。
利尻富士もサロベツ原野も天塩川も終始右側しか見えない。
指定席がうっかり左側座席だった場合は、みどりの窓口で右側席に替えてもらいましょう。

南稚内を発車して最初の景勝は日本海側の高台。
天気が良ければ利尻富士と礼文島が望める。それとなだらかな凹凸がずっと続く海岸の砂丘。
雲の下、利尻富士は山麓だけその姿を見せていた。

DSCN9153.JPG
 日本海を望むポイントから見えた利尻島の裾野と礼文島のシルエット。

この曇り空じゃ仕方がないね。
そう思っていたら、豊富の手前あたりで利尻富士が姿を現した。
おお、宗谷岬での樺太に続いて、サロベツ原野越しの利尻富士を拝めるなんて。

何でも諦めちゃだめだってことなんだね。
ただ、見えている方向が進行後ろ側と言うことと、旅疲れなのか眠っている人が多いので、この利尻富士に気が付いている人は少ない模様。
何だかもったいないなあ。
車掌も案内放送くらいすればいいのに。

DSCN9209.JPG
 兜沼〜豊富間では利尻富士が姿を現した。

車内は混んでいるけど、圧倒的に私より若い世代が多いのは明るいことだ。
特定国からのインバウンドや年寄りばかりに囲まれていると気が重たくなるけど、こうして若い人の利用が多い状況を見ると、鉄道も捨てたもんじゃないと希望が持てる。

ビールロング缶2本空けて、あとはウトウトしながら旭川まで。
天塩川は覚えているけど、あとは印象に残っているものはなかった。

DSCN9327.JPG
 しばらく車窓の友となる天塩川。

旭川までの所要時間は3時間48分。
同じ区間を急行『礼文』は3時間50分で結んでいた。

この列車で札幌まで行くには旭川で特急『ライラック36号』に乗換えになり、札幌着は18時25分となる。
ダイヤはかつての急行『サロベツ』のを踏襲している。
当時のサロベツは札幌直通だったが、旭川で特急に乗り換えると札幌には早く着いた。

【現在】
特急サロベツ4号 → ライラック36号乗継ぎ
稚内発 13:01 → 札幌着 18:25(所要時間 5:24)

【1990年代】
急行サロベツ → 特急スーパーホワイトアロー乗継ぎ
稚内発 12:56 → 札幌着 18:20 (所要時間 5:24)

あの宗谷本線高速化っていったい何だったんだろうなあ・・・


 ◆ 旭川17:00【ライラック36号】札幌 18:25

旭川でライラック36号に乗換え。
同一ホームで、向かいに停車中の列車に乗るだけなので上り下りの面倒は無いが、やはり煩わしい。
ホームで買えるものは自販機の飲料だけだし。
もう前みたいに全列車札幌直通が復活することは無いのかな。

隣のホームには17時05分発『大雪3号』が停車中。
2両だけ登場時の塗装が復活したと聞いていたが、その車両が見られるとは。

懐かしいとは思うけど、私らからすると郷愁を誘うものではないな。
なぜなら、あの車両は私が中学生の時、国鉄最後のダイヤ改正でデビューした車両。
当時はまだ現役だった80系気動車に似た前面に白地に赤系の塗色がとても斬新に映ったものだった。
それまで特急型車両と言えば、クリーム地に赤帯の車両ばかりだったからね。
順次新塗装への変更が行われ、JRが発足する頃にはあれが特急気動車の標準となった。

旧塗色車が復活したということは、長らく道内特急の顔だった183系も見納めの時が近いということか。

DSCN9477.JPG
 特急サロベツと旧塗装が復活した183系特急大雪。

毎度毎度だけど、宗谷本線や石北本線の特急から乗り継いで『ライラック』に乗ると、本当に車内が静かだなあと思う。
さっきの『サロベツ4号』は混んでいたが、旭川からの『ライラック36号』の指定席はガラガラだった。
ほとんどは旭川までの人だったのか。

DSCN9486.JPG
 特急ライラック36号の表示。

『カムイ』で札幌を出発して『ライラック』で戻って来た道北の2泊3日旅行。
『HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス』12,000円があったからこその旅行で、これが無ければGWに旅行なんかしませんよ。

いろいろ文句はあったけど、楽しい旅行でありました。
大型連休中の旅行など腹の立つことも多いけど、この時期ならではの発見もありましたし。
GW期間中の北海道も、それはそれで素晴らしいものがあるんだなと言うことに気づきました。

何と言っても、天気予報は雨のなか、1回も雨に当たらなかったのは奇跡としか言いようがない。
傘を持たなかったのは正解だったということになりますね。

さて、6日間パスの残りはあと3日間。
明日は1日お休みにして、あさってからは1泊2日で道南へ行ってきます。

6日間パス前半、春の深名線と宗谷本線の旅行記としては一旦これで終わります。
最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
後半の旅行記をお楽しみに。

5月3日の旅費
品目場所金額(円)備考
宗谷岬往復宗谷バス5602000円引
コインロッカー稚内駅200 
駅弁・つまみ・土産ワッカナイセレクト1062000円引
ビールセイコーマート550 
5/3 合計1,416 

北斗星に泊まりに行く へ続く  



posted by pupupukaya at 22/05/14 | Comment(0) | 道北の旅行記
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