春の深名線と宗谷本線の旅行記1

2022年もゴールデンウイークがやって来ました。
今年は5/1と5/6が平日になるが、そこを休暇にすれば10連休。
うちの会社はその平日が計画有給という名の強制休暇となってしまったので10連休となります。

だいたい大型連休なんてね、飛行機やホテルは高くなるし、どこ行ったって混んでるし、乗り物だって混んでるし腹の立つことばっかりだとわかっているので、どこへも行かないことが多い。
さらに去年と一昨年はコロナの緊急事態やまん延防止と重なってしまい、ますます家に引き籠っていたものです。

今年は3年ぶりに行動制限がない平時のゴールデンウイーク。で、しかも10連休ともなれば、私でなくともどこかへ行きたくなるでしょうね。

そこで便利なのが『HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス』。
(以下6日間パスと略します)
今年1月の旅行でも使用した道内のJRが6日間乗り放題となるきっぷです。
GW中の旅行は気が進みませんが、1万2千円の格安で旅行ができると考えれば儲けものとも言えます。
このきっぷで道内旅行をすることに決めました。

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 また買いました、HOKKAIDO LOVE!6日間周遊パス。

1月の旅行は、前半は道東方面へ、一旦自宅へ戻り、後半は道南方面へと分けて旅行しましたが、今回も前半と後半に分けて使うことにしました。
色々検討した結果、前半は道北方面へ、後半は道南方面としました。
というわけで、こちらは前半の道北方面の旅行記となります。

 【大まかな行程
 5/1、札幌から深名線経由で北上し、天塩川温泉で1泊。
 5/2、普通列車北上し、稚内で1泊。
 5/3、稚内から特急で札幌へ戻って来る。

雪解けを迎えたばかりの道北のローカル線巡りということになります。
そこで見たもの、感じたことを綴ってゆきます。

では旅行記スタート ↓ ↓ ↓ ↓


 ◆ 札幌 9:30 【カムイ9号】深川 10:35

道北方面、稚内を目指してスタートするのだが、ただ真っすぐ行って帰ってきてもつまらない。
旭川から稚内までの鉄路は延々250kmもの一本道。ただの単純往復となってしまう。
網走や釧路ならば釧網本線経由で周回してこられるが、それは1月にも去年の7月にも行っているしね。

と思っていたら、6日間パス別紙のご案内に『JR北海道バスが乗降自由』の記載があった。
『JR北海道バス』とはジェイ・アール北海道バスのこと。

JRバスなんて札幌市内と近郊路線だけでしょ、道北に路線なんて・・・
と思ったら、あるんですね。
かつて深川から朱鞠内を経由して名寄を結んでいた深名線という鉄道路線があった。
1995年に廃止された旧深名線だが、その代替交通機関としてジェイ・アール北海道バス(以下JRバスと略します)が引き継いで運行している。

この深名線バスに乗り、昔乗った旧深名線を思い出しながら、また鉄道の廃線跡を辿ってみようというわけだ。
それに、こんな6日間パスでもなければ絶対に乗ることなどなかっただろう。

ということで、深名線バスに乗るべく特急『カムイ9号』で深川に向かいます。

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 土休日運転のカムイ9号はuシートで出発。

6日間周遊パスは指定席が4回まで利用できる。
『カムイ9号』はその第1回目。
このあとの『ライラック11号』でも十分間に合うのだが、uシートに乗りたいがために1本前のカムイとしたのだった。

札幌〜旭川間の特急といえば『カムイ』(前はスーパーカムイ)という思い込みだったが、いつの間にか『ライラック』の方が主流になっている。ライラックの指定席は自由席と同じタイプだが、カムイの指定席は快速エアポートのuシートと同じで、自由席よりも若干ゆったりと過ごせる。

この『カムイ9号』は土日祝だけ運転の臨時列車扱いの列車。
指定席などガラガラかと思いきや、一番混んでいるのが指定席で、自由席の方は反対にガラガラ。あっちの方が快適そうだった。
それはともかく、久しぶりの鉄旅なので駅弁と日本酒で前祝といこう。

札幌駅西口の四季彩館で『海鮮えぞ賞味』(1080円)と『純米酒金滴』(262円)のカップを買っておいた。
四季彩館で買って会計時に6日間パスを見せると10%引きになる特典があるので、合計1,362円のところ135円引きで1,207円に。
せっかくの特典なので積極的に活用したい。
お酒は10%引きでもスーパーの方が安かったりするので微妙なところだが・・・

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 “汽車”に乗ったらまずは駅弁と酒。今朝は海鮮えぞ賞味と純米酒金滴。

海鮮えぞ賞味は、蒸しウニ、いくら、カニがふんだんにちりばめられて、これで1,080円とは値打ちもの。
これに限らず、札幌駅の駅弁はかなり質が高いと毎回思う。
その割に道内各地の有名駅弁に押されて影の薄い存在なのは残念なところ。

しかしこれは日本酒にピッタリの駅弁ですね。朝から贅沢な気分に。
真ん中の北海道の形をしたのは昆布。柔らかく煮てあるのかと齧ってみたら固かった。
飾り物だったのかな・・・

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 深川駅で発車するカムイ9号を見送る。

駅弁と朝酒でひと眠りしたらまもなく深川に到着。
到着前の車掌の乗り換え案内放送は、留萌行きと深名線幌加内行きバスの案内があった。
JR化しばらくまでは廃止された路線でもバスの乗換案内があったと思うが、さすがに今は聞かなくなった。
今まで気にも留めなかったが、深川到着時は律義に深名線の案内放送を行っていたのだった。

指定席から降りたのは私1人だけだった。あとの人たちの行先は旭山動物園行きだろうか。


 ◆ 深川駅での乗り継ぎ

深名線バスの発車時刻までちょうど1時間ある。
4番ホームには11時10分発留萌行きが入線してきたので、しばらくはその列車の撮影や観察をして過ごすことにした。

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 深川駅で発車を待つ留萌行4925D。右はライラック11号。

留萌行きはキハ150の1両。ラベンダー帯の富良野線仕様。
前はキハ54形オンリーだったが、3月のダイヤ改正でH100形気動車が増備されてから運用が変わったようだ。

10:48にライラック18号、11:02に普通滝川行、11:05にライラック11号と列車が到着するたびに下車客が留萌行きに乗り込んで行く。
11時10分、車内は立ち客も乗せて留萌へ発車して行った。
留萌線の廃止は今のところ決定ではないものの、既に廃止が決定した根室線の富良野〜東鹿越間に続くことは間違いない。
名残乗車や試乗客が増えているのだろう。

留萌行きが発車したので待合室に戻ると妙にガランとしている。
かつてはキヨスクをはじめ立ち食いそば、駅弁屋の売店が軒を連ねていた待合室は今は何もなくなってしまった。
そのかわり待合室の奥に深川物産館があって、そこで土産物などを売っている。
ウロコダンゴはあったが、駅弁はもう売っていないようだ。
深川そばめし』というのがあったので1個買ってみる。

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 深川物産館に置いてあった『そばめし』(400円)。

深川駅前はどんよりと曇り空。外に出ると細かい雨粒が頬に当たるほどの弱い雨。
今日は夕方まで乗り物に乗りっぱなしの道中なので雨でも晴れでもあまり関係はないが、雨というのは気分が暗くなる。

久々の旅行とあって意気込んでは来たものの、今日から3日間の天気予報は雨マークが目立つ。
昨日までの2日間はいい天気だったのにね。

だけどあまり悲観はしていない。
今まで旅行先で雨に降られたことなんてなかったからだ。
いや、あったかな・・?
週間天気では雨予報でも、どういうわけか前日か当日になると晴れマークに変わることが多かった。

大丈夫だ、俺は晴れ男だ。必ず晴れる・・・

そんな妙な自信もあって、折り畳み傘すら忘れて出てきたのだった。


 ◆ 深川 11:35 【JRバス深名線】幌加内 12:48

の路線は札幌近郊路線以外では日高方面とこの深名線だけとなっている。北海道フリーパスや今回の6日間パス所持ならばフリー区間に含まれる数少ない路線だ。

駅前のバス停に立っていると、やはりご同業の方々が2〜3人集まってくる。
私とて彼らと同じだし、とやかく言う資格はない。

今のところ深名線バス廃止の話は聞かないし、少なくともさっき見た留萌線の乗客と違って、にわか名残乗車組ではないことは確かだ。
ま、名寄までの道中、仲良く行きましょう。

なかなかバスが来ないので休日運休?と疑いたくなるが、発車3分前くらいになってようやくバスが来た。
私はバスマニアではないのでバスの形式はよくわからないが、高床式の観光バスタイプのワンマンカー。
トイレ付きの28人乗り中型車といったところ。

ご同業の方々、私を含め4人だけの乗客を乗せて深川駅前を発車する。
車内放送は札幌市内を走るJRバスと同じなので、気分的には南幌か長沼あたりへ行くような・・・

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 深川駅前に停車中の深名線幌加内行き。

バスは道道旭川深川線を東に走り、左折して踏切を渡ると山の方へ入って行く。
道なりに行くわけでなく、交差点をあちこち左折したり右折したり。
旧駅跡に寄るために複雑なルートを取っている。

多度志からは国道275号線に入り、ここからは車で何度か通ったことがあるので、見どころは把握している。
旧深名線跡を見たければ、バスの席は断然右側。
最前列が良いのは言うまでもないが、今はコロナのために閉鎖中なのは残念。
クルマもいいけど、たまにはバスの旅だって悪くない。

275号線を北上すると、幌成鷹泊といった聞き覚えのあるバス停に懐かしい旧深名線時代を思い出す。
途中に鉄道跡と思しき築堤が続いたりするので、あれが深名線の廃線跡だとわかる。
車内から廃線跡を見つけると、カメラを向けてあれこれ撮りまくる。
クルマの運転中じゃこうはいかないからね。第一クルマじゃ昼から飲めないし (^^;

幌加内トンネルを抜けてしばらくすると右手に腕木式信号機と木造駅舎が見えてくる。
あれが沼牛駅舎で、地元の人たちの手によって修復され保存されているのだという。

このまま通り過ぎるのかと思ったら、国道から右折して駅の方の集落へと入って行き、旧駅舎の正面を通ってまた国道へ戻る。
駅名は沼牛だったが、駅近くのバス停は地名を取ったのか下幌加内だった。

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 保存されている沼牛駅の木造駅舎。

新成生(しんなりう)という懐かしい駅名をJRバスの放送で聞き、幌加内町の市街地へと入って行く。
12時44分、定刻よりも4分早く終点幌加内に着いた。ここで名寄行きバスに乗り換えることになる。

深名線のバスは幌加内で系統が分断されて、深川〜幌加内、幌加内〜名寄の2系統となっている。
鉄道時代は朱鞠内で系統が2分割されて恐ろしく接続も悪かったものだが、バスとなった今は接続は良好になっている。

幌加内のバス停は国道に面した幌加内町交流プラザの中にある、地下鉄駅のバスターミナル化と見紛うような立派なターミナルだった。

運転手に6日間パスを見せると、まじまじと眺めて「これどこで買ったんですか?」と聞かれた。
・・・どこで買ったっけ。
「あ、桑園駅で」
思い出した。桑園のイオンに買い物に行ったついでに桑園駅の券売機で買ったんだ。
『指定席発行開始済み』の印字と重なって見辛くなっているが、桑園駅の表示を見ると納得したらしく券を返してくれた。

この運転手は6日間パスを初めて見たのかな・・・

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 幌加内に到着。前に停車中は発車を待つ深川行きバス。

到着したすぐ前に同じ型のバスが停車している。
このバスが名寄行きかと思って行先を見たら『深川』となっていた。
12時47分発深川行だ。
名寄行きはこのあと入ってくるのだろうか。
発車までまだ10分以上時間があるので、あれこれ見てくる。


 ◆ 幌加内のバスターミナル

バスターミナルがあるこの建物は、2階に『旧JR深名線資料館』がある。しかし土日祝は休館って役所かよ(怒)
平日ならば1本早いバスで来て、資料館を見学するところだが、休みだとわかっていたので今のバスで来たわけだ。
バス待合室には幌加内そばの食堂があって、おそばのいい匂いが立ちこめている。
1本早いバスで来て、ここで幌加内そばを食べるのもアリだったかな。

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 バスターミナル併設の幌加内町交流プラザ。

ここからまた始まる2時間近くの乗車に備えて用足しを済ませてからからバス乗り場へ行く。
さっき深川から乗ってきたバスがそのまま名寄行きとなっていた。
そんなことではないだろうかと察していたので別に驚きはしないが、あえて別系統とするのなぜだろう。
直通だと運行距離が長すぎて冬季などダイヤが乱れた時に遅れを幌加内で食い止めるためなのだろうか。


 ◆ 幌加内 12:58 【JRバス深名線】名寄 14:45

とにかく、今度は名寄行きの客となる。
今度は進行右側の一番後ろの席に陣取った。
横はトイレらしき部屋があるが、トイレの表示も無いし、ドアもカギが掛かっているようで開かないので使用中止なのだろう。
この先トイレのある停留所といえば道の駅があるルオント前、トイレ付待合所のある朱鞠内くらい。
運転手に頼めば待っていてくれるのだろうが、バス側からは特にそうした案内はなかった。
こればかりは乗車前に済ましておくのがベストなようだ。

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 幌加内行きのバスが、ここから名寄駅前行きに変身する。

幌加内からの乗客は深川からの客4人と、新たに幌加内から加わった地元客らしい女性。
だから、普段の休日ならば乗客は0人か1人ということになる。文字通りの空気輸送

旧深名線が廃止となって早や27年。
私は鉄道時代の旧深名線に何回か乗ったことがあるので往時は知っている。午前中の深川行き、夕方の深川発の列車は地元の利用客で賑わっていたものだ。
車両は古びたキハ53形。乗客の話声がざわめきが聞こえるあの車内は、目をつぶると今でも鮮明に頭に浮かぶ。

しかし廃線後にクルマで通ると、よくこんなところに鉄道があったものだなあと思う。
当時とは沿線人口も学生数も自家用車を持たない人の数も違うだろうから単純比較はできないが、こんな除雪経費が半端ない豪雪地帯に今でも鉄道が残っていたら、JR北海道の経営をひどく圧迫していたに違いない。

早くにバス転換となったから鉄道と同系列のJR北海道バスの運営となったわけで、当時としてはひとまず一安心だっただろう。
しかし、今日の乗客数だけ見ていると、この深名線もこの先どうなるのかわからないことは想像がつく。
廃止された鉄道の代替バス路線の廃止すら耳にするようになった今、この深名線も例外というわけにはいくまい。

鉄道と違って、バスは話題にもならずひっそりと消えてゆく例が多い。
これが鉄道ならば、廃止が報道されれば話題にもなり、遠くから名残乗車客もやって来るようになる。
地方切り捨てや交通弱者ガーをもっともらしく叫ぶ、にわか鉄道廃止反対論者が現れるのもこの頃。

ここで一つだけ断っておきたいが、ひと口に鉄道が廃止になるといっても、それはあくまで『バス転換』であって、別に公共交通機関が廃止になるわけではない
この辺は混同しないようにしたいものだ。

一方で路線バスが廃止となると大変だ。
バスこそが地域交通の最後の砦で、これが廃止になると次は事前予約が必要なデマンドバスか乗り合いタクシーしかなくなってしまう。
しかも、それすらなくバッサリ切られてしまうことも多い。
実は、地域交通や交通弱者対策という面からすると、鉄道の廃止よりも路線バス廃止の方がより深刻ということになる。

だけど、もっともらしく『交通弱者』を叫ぶ鉄道廃止反対論者が、同じようにバス路線廃止反対を叫ぶのかというと、そういうわけでもないのは不思議なこと。

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 鉄オタ(自分含む)4人と地元客1人を乗せた定員28人のバス車内。

ローカル線議論はこれくらいにして、幌加内を発車したところで昼食にします。
深川物産館で買った『深川そばめし俵おにぎり』
油で揚げたそばの実をそばつゆと長ネギで味付けしたご飯に混ぜ込んだもの。それを食べやすいように海苔で巻いてある。
ひと口頬張ると、さっきバス待合所に漂っていたのと同じそばの香りが口いっぱいに広がる。

ビールに合うね。
さすがに持ってきてないし、路線バス車内でビールを飲むのもどうかと思うが、深川駅から特急列車に乗るならばビールのお供にしたい。
幌加内そばは食べられなかったが、こっちだってなかなか悪くない。

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 深川で買った『そばめし』で軽い昼食。

バスは国道275号線を旧深名線に沿って北上する。
このあたりの線路跡は整地されて農地に転用されたところが多く、バスの車窓からは判別が難しい。

右側に雨竜川を渡るトラス橋がはっきりと見えてくる。
これが第三雨竜川橋梁で今も保存されている深名線の遺構だ。
それを知ってか知らずか、他の3人のご同業は左側の車窓ばかり見ているようだった。

深名線バスで深川から乗り、深名線の遺構を追いかけたければ、断然進行右側がおすすめです。
それに雪が消えて葉っぱが茂る前のGW前後に限る。

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 保存されている旧深名線の第三雨竜川橋梁。

ルオント前は道の駅『森と湖の 里・ほろかない』の前で、道の駅に横付けした場所に停留所がある。せっかくだからここで5分くらい休憩停車があっても良さそうなものだが、乗降客が無ければそのまま通過する。

狭まった谷が再び開けると政和
政和駅舎も保存されているはずだ。数年前車で通ったときは、そば屋になっていたのを覚えている。
このあたりだと目を凝らしていると、あったのは倉庫みたいな建物。
『せいわ』と記した縦長の駅名標だけが残っていた。

政和では幌加内からの地元客が降りて行った。
ここからは鉄オタの貸し切り状態となる。

「次は添牛内」の放送に、旧駅舎が残っているはずだと左側の席の肩越しに目を凝らしてみたが見つけられなかった。
添牛内(そえうしない)ってのは国道を車で走っているとやたらと標識にこの文字を見る。
そもそも読み方すら覚束ないこの添牛内ってどこやねんと思うこの土地は、南北に走る国道275号線と東西に走る国道239号線が交わる国道の要衝ということになる。
といっても小さな集落があるだけだし、コンビニすらあるわけでなく、車で走っていてもただ通り過ぎるだけの場所だ。

ずっと広がっていたソバ畑も見えなくなり、だんだん山深くなって残雪も目立つようになる。
幌加内以来の市街地らしいところが朱鞠内。鉄道時代は朝の下り1本、夕方の上り1本以外の列車はここで折り返していた。
駅員もいて、窓口では乗車券も売っていたほどの駅だった。

三角屋根の駅舎は跡形もなく、時計塔のあるトイレ付きのバス待合所と、バス回転所のロータリーにある駅名標のモニュメントと線路の一部だけが駅跡であることを伝えている。

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 線路と駅名標のモニュメントが駅の跡。朱鞠内。

朱鞠内では乗降客はいないが停車してドアを開ける。
トイレ休憩でもあるのかと思ったが、すぐにまた発車した。

このまま275号線を行けば母子里への道となるが、バスは直進して蕗の台朱鞠内停車場線に入る。
バス側面の行先に『三股経由』とあったように、三股は旧深名線時代は湖畔駅があったところで人家もあるので。一旦三股まで行って朱鞠内へ戻って来る格好になる。

三股のバス回転場で引き返す。
三股は一応朱鞠内湖畔の最寄停留所だが、それを示す案内は見当たらなかった。

さっきのルオント前もそうだが、このバス路線はホームページを見ても実際に乗ってみても、観光客を特に意識しているわけではなさそうだ。
HP上の時刻表を見ると、一応6/1〜8/31の期間は2往復だけ1.5km先の湖畔まで延長されることになっている。湖畔には宿泊施設もあるが、不便なダイヤと高い運賃を払ってまでバスで来る人は相当物好きな人だろし、施設側だって積極的にバスで来てくださいとは言えないだろう。

また市街地に戻って来るが、今度は朱鞠内のバス停へは寄らずに市街地手前を左折して275号線に戻る。
この朱鞠内〜母子里間だけは旧鉄道ルートを取らず、国道を短絡するためだ。
鉄道時代は、朱鞠内湖の北側に蕗ノ台、白樺の2駅があったが、どちらも無人地帯であったこと、廃止時点で両駅は存在しなかったこと、この区間の道道が未舗装の狭隘区間となっているために当初からバスの運行ルートとはならなかった。

国道とて、ここから母子里までの約17kmは無人地帯。
たまに牧草地として開けたりもするが、人家は無いあたり路線の経営の厳しさを感じる。

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 幌加内行きとすれ違う。あちらは札幌市内のと同じブルーの車だった。

無人の山間部を延々と行く。こちらは法定速度、後ろから来た車が次々と追い越して行く。
本州ナンバーや『わ』ナンバーが目立つのは大型連休を思わせる。
あんまり無理しないようにと心配するも、このバスの後ろに付いたら誰でも追い越したくなるだろう。

ようやく人里まで来たと思えるところが母子里(もしり)。
1978年に日本国内で一番の最低気温、−41.2℃を記録した場所としても知られている。

鉄道時代は北母子里駅だった。根室本線の茂尻と読み方が同じために、こちらは『北』が付けられた。
バス停前には『北』が塞がれて『母子里』と書かれた鉄道時代の接近標識が今も道路に立っている。
駅跡はというと、国道を行くバスからは見えないが、近づいてもそこは携帯基地局のアンテナが立つだけの場所になっている。

国道275号線は北上して美深を目指すが、深名線バスは母子里から道道名寄遠別線へ入り名寄を目指す。
ここからはまた山越えとなる。

途中の名母トンネルは1992年の開通。
鉄道時代の旧深名線は朱鞠内〜名寄間、とりわけ北母子里〜名寄間の代替道路が未整備という理由で国鉄時代の廃止対象選定から免れた経緯を持つ。
この道道が開通して、通年通行が可能になると道路が未整備という鉄道存続の大義名分を失ってしまったことになった。
それだけが廃止の理由ではないだろうが、きっかけの1つではあるだろう。

憎っくき道路め、と思いたくなるが、地図を見ると母子里から名寄へは南回りの道道朱鞠内風連線があり、まったくバスでの代替不可能というわけでもなかった。
だからこの道路が無くとも、旧深名線の鉄道廃止は遅かれ早かれの問題だったと思われる。

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 名母トンネルを抜けてすぐの眺望。名寄盆地を見下ろす。

旧深名線からすれば憎むべき名母トンネルを抜けると右側に一瞬名寄盆地が広がる。
ずっと山道だったので、思わず歓声が出るほどの雄大な景色。

車内の同乗者は、なぜか知らんけどずっと左側ばかり見ている。たまには右側にも目をやれってんだ!
(何怒ってるんだ・・・)

ここから線形の悪い急勾配を名寄盆地に向かって下る。冬などドライバーは通るたびに寿命が縮む思いがするような道路だろう。
山を下って開けてくると、旧天塩弥生駅と西名寄駅に寄るためにバスは右折して町道へ。

バス停は鉄道時代と同じ天塩弥生が残る停留所が近づくとまた木造駅舎が見えてきた。
旧天塩弥生駅の駅舎を再利用したものに見えるが、駅舎は廃止後に解体されていて、旧駅舎を模して新築したもののようだ。
今は民宿として営業している。
腕木式信号機やハエタタキと呼ばれる電柱が、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を彷彿させる空間になっていて、こんな場所で一晩過ごすのも悪くないなと思う。

ところが、建物正面から見ると原色の小屋に某政党のポスターと幟がデカデカと。
何となく近寄りがたいものを感じるのは私だけか・・・

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 天塩弥生バス停前にある旧駅舎を模した民宿。

西名寄駅はライスセンター前と名前を変えている。
この辺りの廃線跡は整地されて水田となってしまって線路跡は判別できないほどになっている。
寂しいことだが、廃線跡をいつまでも不要の敷地として抱えているよりは、売却して他の用途に使ってもらった方がJR北海道としても有難いだろう。
ライスセンターの敷地内に立つ黄色の『西名寄』と書かれた接近標識だけが、ここに鉄道があったことを伝えていた。

天塩川を渡ると名寄の町に入る。深川以来の都会だ。
政和で地元客が降りて以来、結局乗客は1人も乗ってこなかった。
深川から乗り通した4人を乗せたバスは14時42分、終点名寄駅前に着いた。途中の停留所はことごとく通過した来た割には定刻より3分早いだけだった。

深川からの所要時間は3時間10分。
旧深名線時代の所要時間は最速で下り2時間41分、下り2時間58分だった。
バスよりも鉄道時代の方が若干早いようだった。


 ◆ 名寄 14:59 【4327D】天塩川温泉 15:55

名寄駅の接続時間は14分。
14時42分発旭川行き快速なよろ8号が行ったばかりの待合室は閑散としている。
待合室にキヨスクがあり、立ち食いそば兼用の駅弁売店があったのは昔の話。
特急が急行だったころ、名寄で必ず3〜5分の停車時間があり、停車中に売店に乗客が群がったことなど想像もつかないほど寒々としている。
駅近くにコンビニが無いわけじゃないが、僅かな乗り継ぎ時間では買い物は無理だろう。
飲料の自販機だけが営業中。

昔は町の人がキヨスクで買い物したり、立ち食いそばを食べに来たりと駅は町の一部だった。
よそ行きの格好で汽車を待つ待合室は、人々の社交の場だったりもした。
今は鉄道は現役だけど、駅だけが町から取り残されて閑散としてしまった感じがする。
名寄駅に限ったことじゃない、駅も鉄道も人々の意識から遠い場所になってしまった町が多い。

よく鉄道が廃止になると町が寂れると言う。
しかし、鉄道があっても駅や駅前は寂れるばかり。
とっくに車社会になって久しい、列車に乗る人しか用がない場所に成り下がった駅に、人々はそっぽを向いてしまった。
一方で、鉄道を廃止した町は駅跡に集客施設を作り、車で来る人たちがやってきてそれなりに賑やかになっているのはどうしたことだろう。

これが現実だ

鉄道がなければ町が発展しないというのは、マスコミや都会の人が作り上げた幻想でしかない。

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 木造駅舎が現役の名寄駅に到着。

前置きが長くなりましたが、名寄からは稚内行き普通列車の客となります。

ホームに停車中はキハ54の1両編成。
考えてみれば、宗谷北線の普通列車がワンマン化されキハ54形に統一されたのが1992年だから、あれからちょうど30年が経つんだね。
あの当時は今からすると信じられないくらい乗客がいたし、今は廃止されたり秘境駅と呼ばれる駅も通学生の乗降があったりしたものだ。

30年前は合理化したものの、このまま現状維持が続けば・・将来はまた上向くこともあるかも・・なんて希望的観測もあったんじゃなかろうか。
当時は団塊の世代が働き盛りの頃、第二次ベビーブームの団塊ジュニアが通学生の主力、ローカル線輸送は今を辛抱すれば何とかなるんじゃないかと誰もが思ったのだろう。
いや、ローカル線ばかりではなく、日本全体がまだ何とかなるんじゃないかと思っていた時代だった。

しかし政府や社会が当てにしていた第三次ベビーブームは訪れることは無く、少子高齢化、不況、過疎化が想像以上に進む。

現実はこの30年間容赦しなかった。
加えて車両や線路施設の老朽化、車両不足による特急の区間短縮、JR北海道の経営悪化、無料の高速道路の延伸、鉄道を取り巻く状況は悪くなるばかりである。

次の30年後、まだこの地に鉄路は残っているのだろうか。

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 稚内行き4327Dは宗谷北線標準のキハ54×1両。

名寄からの稚内行き4327Dの乗客は4人(自分含む)。
うち深名線バスからの乗り継ぎ3人という内訳で発車する。
皆稚内まで行くんだろうか。私は天塩川温泉で下車することになっている。

次の日進で明らかに地元客とは思えない乗客が1人あった。
1両分に満たない板張りのホーム、少し離れた場所にこじんまりとした古びた待合所。
秘境駅マニアでなくともちょっと見とれるような光景。

それにしてもこの乗客はどこから来たのだろう。名寄から歩いてきたのか。
まあ、他人様のことをあれこれ詮索するのはやめよう。自分だって威張れた身分ではないからね。

美深では上り特急『サロベツ3号』との交換待ちで4分停車。
ここで深名線から乗り継ぎ組の2人は下車した。
1人はサロベツ3号で折り返し、もう1人は美深までの本当の客だったのだろうか。

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 美深駅で特急サロベツ3号と交換待ち。

日進から乗ってきた客は恩根内で降りて行った。
ここの駅前からは名寄まで名士バスの路線バスが運行しているので、そちらを利用するのだろうか。

残ったのは2人だけ。
名寄からの人と私。ガラガラとは予想していたが、ここまで閑散としてしまうとは。

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 真ん中に大型テーブルがある集団見合い式リクライニングシート。

恩根内の次が豊清水駅だったが去年(2021年)3月に旅客営業が廃止されて信号場となっている。
前面の窓から見ると、駅舎は残っていたがホームは跡形もなく撤去されていた。

昔、下り急行『宗谷』に乗ると豊清水駅で急行『サロベツ』との交換待ちでの停車があった。
3〜4分停車するので、駅前にサイロのある牧場があるのが印象的だった。90年代前半の話である。
その後離農したのか空き家となり、通るたびに朽ち果てて行く姿を見ていて心が痛んだものだった。
豊清水を通るたびにそんなことを思い出す。

そうしているうちに天塩川温泉駅に到着。
下車客は私1人、乗る人も無し。
乗客1人だけになった列車はホームに私1人を残し、北へ向けて発車して行った。

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 板張りホームの天塩川温泉駅に到着。

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 1両編成だが、後ろ半分はホームにかからない。

鳥のさえずりだけが聞こえる静かな駅。
柵もない板張りの短いホーム。
国鉄時代の仮乗降場からの雰囲気を今に残す貴重な駅。
秘境駅マニアでなくとも悪くないと思えるそんな場所である。

駅近くに人家は見当たらず、秘境感を醸し出している。
しかし近くに人家が無いということはそれだけ利用者が少ないということでもあり、統計を見ると天塩川温泉駅の1日平均乗車人員は1名以下ということになっている(H28〜R5の5ヶ年平均:JR北海道全線区のご利用状況より)
令和2年度の定期券販売実績は0、要するに日常的な利用者はいないということだ。

当然JR北海道としてはこんな駅は廃止したいということになるわけで、駅を存続するなら自治体(音威子府村)で維持管理を行う、もしくは駅の廃止の選択をすることになった。
温泉客の利用が見込めるということからか、2021(令和3)年3月から、駅の維持管理はJRから音威子府村に移行されている。


 ◆ 住民保養センター 天塩川温泉

今日の宿は天塩川温泉を予約してある。
なぜここに泊ることにしたかというと、天塩川温泉駅があるからで、この駅があるからこそやって来た数少ない客の一人ということになる。
予約時にメッセージ欄にもその旨記載しておいたので、宿側も把握しているはず。

駅の存続に貢献してやっているので、少しは丁重に扱ってもらいたいものだ。

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 宿に向かう途中の止若内橋から見る天塩川。

駅から天塩川温泉までは歩いて10分もかからない距離。
静かな道と思いきや、意外と車が通る。
温泉で行き止まりの道だから、温泉客の車で間違いないだろう。

今にも雨が降りそうな暗い空の下を歩いて宿に向かう。
何とか雨に当たらずに済んだのはやれやれだ。

宿の前は駐車場になっている。基本徒歩で来ることは想定していないようで、駅から歩いて来て正面に着いたのだが、何となく裏口から入るような気分だった。

建物はいかにも公共の宿といった造り。
新築当時は瀟洒な建物だったのだろうが、箱物の公共工事で見るどこにでもある建物様式。
野中の一軒家のような場所だが、温泉は人気なようで駐車場は車が結構停まっているのは結構なことだ。

DSCN7558.JPG
 住民保養センター天塩川温泉。

フロントでチェックインしてキーを渡される。2階のシングル部屋。
この部屋で予約していたので文句を言う筋合いは無いのだが、安普請のビジネスホテル並みという感はぬぐえない。
しかし、この部屋で1泊2食付きで11,400円とは・・・
と思いかけるが、GWだし、今はどこも強気価格だし、それでも取れただけマシなのだろう。

そう思えば腹も立たん。

DSCN7560.JPG
 洋室シングルルーム。

DSCN7593.JPG
 天塩川温泉柄の浴衣。

落ち着いたら浴衣に着替えて大浴場へ。
混んでいるというほどではないが、それなりに入浴客はいる。
宿の浴衣を着て浴場に来ているのは私1人だけだった。
あとは日帰り入浴の人ばかりのようだ。

露天風呂へ行くと、上から雨粒が・・・
雨が降り出す前に宿に着いて良かった。

DSCN7648.JPG
 天塩川が見える露天風呂。(翌朝無人の時に撮影)

部屋に戻って雨模様で冴えない景色を眺める。
下の駐車場は結構車の出入りがある。日帰り入浴客は多そうだ。
車中泊組なのか道外ナンバーも見かけた。

しかし2階の客室フロアは静かだ。人の気配すら感じない。
もしかして泊り客は私1人だけ・・・と思いたくなるほど静まり返っている。

夕食は6時に頼んでおいたので、6時になって1階レストランへ行く。
結構お客さんがいた。といっても3卓ほど埋まっているだけだが。
恰好や食べているものから、どうやら日帰り入浴のお客らしい。

レストランの隅に宿泊者用のテーブルが用意してあって案内される。それがどういうわけか奥へ続く通路の真ん前という場所。
なんでこんなあずましくない場所をと言いたくなる。
窓側の席が空いているのだからそっちにセッティングすればいいものを。

まあいいや、料理に期待しましょ。
座ってしばらくするとお膳が運ばれてきた。
配膳スタッフは陶板焼きのコンロに火をつけた。
ここで生ビールを注文する。

持ってきたビールはジョッキではなかったが、泡が無く並々と注がれていた。
「泡無しでサービスしときましたから」
量が増えるのはありがたいが。

DSCN7603.JPG
 天塩川温泉の夕食。

風呂上がりのビールはやっぱり旨い。
お膳のメインは天ぷらと刺身。
ガラスの器に入った黒い音威子府そばが唯一の名物といったところ。

そのメインはというと、エビとタコとサーモンの刺身に、エビとシシトウとシイタケの天ぷら。
そこらのスーパーで揃うものに手を加えたものばかりという印象。

何となく役所の職員食堂を思わせた。
場末の旅館の夕食だってもうちょっと心がこもっているよと思う。

飯と吸い物は、食ったらすぐに出て行けと言わんばかりに最初から据えてある。
ビールをチビチビやっていたら冷めてしまうね。

唯一の期待は陶板焼き。
焼く前に蓋を開けてみたら肉だったのでジンギスカンかなと思ったがただの豚肉だった。

DSCN7602.JPG
 コンロは豚肉の陶板焼き。

この夕食とあの部屋で1泊1万円以上かよ。
文句の1つも言いたくなったが、こちとら声張り上げてスタッフにクレームを叫ぶほど老化しちゃいねえ。

きっと連泊しても同じ夕食なんだろうな。
毎日毎日判で押したような夕食なんだろうな。
そりゃお役所だからハンコが好きなんだろうな。

宿泊客の夕食なんて見た目だけ整えておけと村議会で決まったのだろうか。
こんな田舎の公共施設に期待をするだけ野暮ってもんだ。
せめてビールだけは並々注いでやろうと、できる限りのサービスをと思った配膳スタッフの意思を汲み取ってやろう。

そう思えば腹も立たん。

DSCN7607.JPG
 黒い音威子府そばが唯一音威子府らしい一品。

そういえば音威子府そばの畠山製麺が7月で廃業するんだと思い出した。
名物の黒いそばも食べおさめなんだなと、伸びたそばを食べながらしみじみ思った。

レストランは地元の人の利用ばかりのようだ。
きっと家族で車で来て日帰り入浴を楽しんだあと、このレストランで食事して家に帰るんだろう。
村内で娯楽といえば温泉くらいだろうし、家族で外で食事するところもここくらいしかなさそうだし。

この施設の正式名称は『住民保養センター』だからねえ。
あくまで村民の保養がメインで、宿の方は温泉施設のついでにやっているだけなのかも知れない。

5月1日の旅費
品目場所金額(円)備考
駅弁と酒札幌駅四季彩館1,20710%引
そばめし深川物産館400 
お茶深川駅自販140 
宿泊代天塩川温泉11,400翌日支払
入湯税150
生ビール570
5/1 合計13,867 

 〜2へつづく    



posted by pupupukaya at 22/05/07 | Comment(1) | 道北の旅行記
この記事へのコメント
初めまして。
何時からかは定かではありませんが、貴殿のHPを拝見させていただいています。
私も数日後に天塩川温泉に宿泊したので、投稿させていただきました。
天塩川温泉につきましては、貴殿と同様と思います。
夕食を撮影したので、確認したところHPと全く同様でした。
全般的に、地元の公共施設に宿泊施設が付設されたと考えれば、問題はないかと思います。
接遇についても地元の公共施設と考えれば、特段不足を感じていません。
続きも拝見させていただきます。
楽しみにしております。
Posted by accord at 2022年05月08日 22:29
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