北海道新幹線並行在来線 函館〜長万部間は存続できるのか

前回のつづき

森〜長万部間あるいは新函館北斗〜長万部間、この鉄道が廃止されるとどうなるのか考えてみよう。

普通列車利用客と一部の特急利用客は代替バスに移行ということになる。
廃止となっても一部の区間を除いては函館バスによる既存の路線バスがカバーしているので、それらの増強で対処できるだろう。

しかし、ここで深刻な問題が発生する。
それは貨物列車の存在。

函館線の五稜郭〜長万部間の貨物列車は、臨時便を含めると1日当たり上下51本も運行されている(少し古いが2013年ダイヤから)。
2017年度の道内〜道外間の年間輸送量は鉄道が4,534千トンとなっている。

もしこの区間の鉄路が廃止され、本州の貨物列車は函館以北へ運行できなくなったらどうなるのだろうか。

それまで札幌・旭川・道東まで直通だったのが、函館で列車からトラックへコンテナを積みかえる必要が出てくる。
例えば道内の貨物列車最長の20両編成が積むコンテナの数は最大100個。
これをトラック輸送するとなると、4個積みのコンテナフルトレーラーでも25台必要な計算だ。
それを函館から札幌までだと、距離にして250km以上(道央道+国道230号の場合)も運転して運ぶのだ。

co2削減が叫ばれているこの時代に大量のトラックを増やすことになる。
いや、それよりも大量のトラックドライバーを確保できるのだろうか。
(その頃には自動運転が実用化されている可能性はあるが)

そんな輸送方法など現実的ではなく、それまで鉄道輸送だった貨物の多くは間違いなく船便+トラックにシフトするだろう。
陸送の大量輸送機関を失うわけだから、北海道経済も大きく影響を受ける。
特に道内産の農産物の道外への移出量のうち鉄道のシェアは高く30%を占めている。
中でも米は40%、玉ねぎは何と70%が鉄道で輸送されている(JR貨物HPより)。
鉄道よりも時間がかかる船便にシフトし、輸送コストも上がるとなると、道内産の農作物が海外産に対して不利ということも起こりうる。

だけど影響は物流だけに留まらない。
例えば『道南いさりび鉄道』は貨物列車の線路使用料に依存する収入の多くを失うことになる。
JR貨物も、北海道内発着分の貨物輸送の大部分を奪われることになり、それに係る資産の多くを放棄しなくてはならない。
レッドベアの愛称で呼ばれるDF200型機関車も、多くは不要となってしまう。

DSCN4446.JPG
 函館本線を走る貨物列車。今はなき鷲ノ巣駅にて。

物流にとってまさに生命線と言える函館〜長万部間は、とても採算性だけで鉄路の存廃を決められる区間ではないのだ。
北海道経済のみならず日本の食糧事情にも大きく関わってくると言っても過言ではない。
沿線自治体が鉄道存続を断念した場合でも、国策として何らかの形で貨物専用鉄道として存続させる必要がある。

しかしそんなことは可能なのだろうか?



 ◆ 貨物専用鉄道の可能性を考える

新幹線が開業してJRから経営分離されて第三セクター鉄道となった路線は全国に8路線ある。
その8路線に共通することは、JR貨物の貨物列車が運行されていること。
また、貨物列車が通ることによって、受け取る線路使用料が結構大きいために経営が成り立っている面もある。

例えば道南いさりび鉄道のホームページにある事業報告書からその数字を見てみよう。
第5期(平成30年4月1日〜平成31年3月31日)事業報告書(貸借対照表・損益計算書)から鉄道事業の営業収入と営業費を抜き出してみる。

鉄道事業(2018年度)
 営業収益 1,615,462千円
 営業費  1,779,251千円

このうち、営業収益の内訳を知りたいのだが、事業報告書やホームページ内に営業収益の内訳までの記載はなかった。
代わりに国土交通省の鉄道統計年報[平成30年度]から数字を拾ってみる。
営業収益と営業費の額が一致するので同年度のもので間違いない。
それをExcelで円グラフにしたのがこちら。

151741.jpg
 道南いさりび鉄道 2018年度の営業収益の内訳(鉄道統計年報より作成)

線路使用料とは文字通りJR貨物からの線路使用料で、これには『貨物調整金』も含まれている。

線路使用料に含まれる貨物調整金とは何かというと、並行在来線として第三セクターとなった鉄道が、今まで通りのJR貨物からの使用料だけでは経営が成り立たないために、鉄道・運輸機構が補助金として交付しているもの。
(詳しくはググってください)

この線路使用料収入が、鉄道事業収益の89%を占めている。
対して旅客収入の割合はたったの8%
運輸雑収とは広告掲載料やグッズの売上、函館〜五稜郭間におけるJR北海道からの車両使用料も含まれていると思われる。
しかし、それを合計しても11%でしかない。

道南いさりび鉄道が自社の営業努力で稼いでいる収入は、全体の約1割でしかない。
9割はJR貨物の営業によって入って来る線路使用料だ。
収益の内訳だけ見れば、ある意味サブスクで成り立っている企業ともいえる。


今度は道南いさりび鉄道の営業費の内訳を見てみる。
下の表は鉄道統計年報から作成した同社の営業費の内訳。

 道南いさりび鉄道
営業費内訳(2018年度)
費用内訳千円
線路保存費646,028
電路保存費487,455
車両保存費99,370
運転費102,695
運輸費27,485
保守管理費7,955
輸送管理費133,086
その他営業費110,133
減価償却費141,018
諸税24,027
合計1,779,252

道南いさりび鉄道の旅客列車は上下合わせて36本運転されているが、そのほとんどが1両のワンマン列車で、駅も全駅無人駅となっている。
それに対して貨物列車は定期列車だけでも1日50本近くが走る貨物の大動脈だ。
全列車が電気機関車けん引、電化設備は100%貨物列車が使用。軌道への影響も1両ワンマン列車の比ではない。
線路の維持管理費用のうち、多くは貨物列車のためにかかっている費用といえよう。

試しに多くは貨物列車運行のためにかかっていると思われる、線路保存費電路保存費保守管理費輸送管理費減価償却費の合計を出すと1,415,542千円となる。
収入のうち線路使用料が1,434,562千円なので、貨物列車のためにかかっている費用は線路使用料でカバーされていることになる。

車両保存費運転費運輸費は旅客列車の車両の維持管理や運転に係る人件費、動力費だ。
この3つを合計すると229,550千円。旅客収入が137,096千円なので、単純計算で92,454千円の赤字。

要は 旅客営業をするだけ損 ということになる。

単純に数字を見た限りの結論は、

旅客列車を走らせずに貨物調整金を含んだ線路使用料だけ受けとって、鉄道保有会社としていた方が会社としては健全
と言わざるを得ない。

ここでは道南いさりび鉄道の例を挙げたが、並行在来線の三セク鉄道はどこも似たり寄ったりだ。
下の表は鉄道統計年報から作成した2018年度の並行在来線8社の鉄道事業収益の内訳になる。

2018年度並行在来線三セク8社の鉄道事業収益内訳 (千円)
路線名旅客収入線路使用料運輸雑収
道南いさりび鉄道137,0968%1,434,56289%43,8043%
青い森鉄道(青森県)1,422,73222%*4,022,12063%905,89314%
IGRいわて銀河鉄道1,246,84228%2,602,50159%585,47813%
しなの鉄道3,133,73870%488,07311%872,90719%
えちごトキめき鉄道706,94619%2,394,51565%567,09415%
あいの風とやま鉄道2,951,87953%1,922,03734%719,54813%
IRいしかわ鉄道1,252,16052%498,92021%678,16528%
肥薩おれんじ鉄道352,15220%989,52957%382,70122%
 * 青い森鉄道は上下分離方式のため使用料は所有者の青森県に行く。

どの鉄道も線路使用料のウエイトが高いのがわかる。逆に低いところは旅客収入が多いというより、旅客列車の方が多く運転されており、貨物列車のための費用のウエイトが低いということだろう。
どの会社も線路使用料が収入の柱となっていることがわかる。

仮に函館〜長万部間の線路が無くなったら北海道直通の貨物列車が激減することになり、これら三セク鉄道も大きく影響を受けることになるだろう。
『青い森鉄道』や『IGRいわて銀河鉄道』も、線路使用料に大きく依存しているため、もしかしたら会社存続の危機ということになりかねない。

一方で、貨物は新幹線と共用すればいいとする説もあるようだ。
しかし青函共用問題がまだ解決していないように、貨物列車と新幹線が同一の線路を走るとなると、新幹線が大幅にスピードダウンしてしまう。
新函館北斗〜札幌間の新幹線区間のほとんどがトンネル区間だ。

いっそのこと貨物新幹線にするか・・・
これだと余裕がある仙台以北は貨物新幹線が走る余裕がありそうだが、仙台以南はちょっとダイヤ的に無理そうだ。
それに在来線直通ができないので、途中でコンテナを積み替える作業が必要となる。
新在直通の貨物新幹線車両を今から開発する・・・?

DSCN2904.JPG
 上磯駅と『ながまれ号』。奥は通過する貨物列車。

道南いさりび鉄道の例を見るように、貨物調整金を合わせたJR貨物からの線路使用料は、貨物列車が存在するが故の費用を、ほぼ全額カバーしてくれる制度なのである。
ヘタに旅客輸送など行わない方が企業経営としては健全という結論になる。

そんなわけで、新函館北斗〜長万部間、あるいは森〜長万部間は、全国初の貨物専用線の並行在来線となる可能性が高い

DSCN9378.JPG
 オーストラリアのとある駅跡。人口希薄地帯のため現在は貨物専用鉄道となっている。

貨物専用線自体が日本では珍しいが、海外では普通にある。
沿線人口が希薄で旅客列車を仕立てるほどの需要は無い路線。こんな鉄道は貨物専用となって、旅客輸送はバスが担当している。

とはいえ、貨物専用の並行在来線三セクなど日本では前例がなく、旅客輸送に傾倒している日本の鉄道からすると異例の鉄道となることは間違いない。

  ★  ★  ★

北海道新幹線の並行在来線のうち、今の流れでは長万部〜余市間は早いうちにバス転換が決定しそうだ。
今のところ表立った動きの見られない函館〜長万部間をどうするかはこれから議論が活発になるだろう。

旅客輸送も含めた経営にするのか、貨物専用とするのか。

僅かな利用客のために旅客列車車両を保有したり、駅その他の施設に多大な経費を計上するのは現実的ではない。
かといって貨物専用鉄道を選択しても、どこが経営(あるいは出資)するかという問題も出てくる。

道南いさりび鉄道の路線に加わるのか、あるいは貨物専用鉄道として北海道とJR貨物が出資した三セク会社を立ち上げるのか。国がどういう形で関わってくるのか。

その動向は来年(2022年)以降大きく注目したいところだ。

〜最後までお読みいただきましてありがとうございました。


posted by pupupukaya at 21/12/30 | Comment(0) | 鉄道評論
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