道北の無人駅を訪ねて2003年へ後編

6時00分、特急利尻は終点稚内に着いた。

稚内駅で初めて乗ってきた列車の編成を見たら、寝台車2両、お座敷車1両を含む7両編成。
自由席はガラガラだったが、ツアー客が多かったためかホームには多くの人が降りた。

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利尻からの下車客の多くは駅前のバスに乗り込んでいく。
利尻島礼文島へのフェリーターミナル行きのバス。

駅正面のバス停は、1日1本だけの路線。
夜行の利尻の客で満員になったバスは6時05分に発車して行くと急に駅は静かになった。。

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駅の裏側にレールの終端と『最北端の線路』の看板があって、ここで記念撮影する人が多い。
このレールと車止めは、現代の稚内駅前ではモニュメントとして残されているが、あれは元からあったものではなく移設したものだ。

新・稚内駅で使用されているホームは旧駅の1番線だったホーム。
2003年当時は島式ホームで、海側の2番線側にこの車止めが置かれていた。

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2003年の稚内駅はまだ旧駅だった。
鉄筋コンクリート2階建て、1960年代建築の駅舎はこのような駅舎が多い。

道内の駅を挙げれば、倶知安駅、滝川駅、留萌駅、みんな似たり寄ったり。
2階は事務所や詰所となっていた。

まだ天北線があった時代は、2階に上がる階段の横に『稚内車掌区』の看板が掲げてあったのを思い出した。

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待合室に戻ると『そば処宗谷』が営業している。

そばの匂いも懐かしい。
この駅舎も取り壊され、そば屋も閉店になると知っているのだが、それもまだずっと先の話。

「月見そばといなり1個ください」

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月見そば¥320、いなり¥50。

昆布だしが効いたツユ、そうだナルトが2枚乗るのがここのそばだった。
いなりもここの名物だったな。

このそば屋ができたのは1990年ごろじゃなかったかなあ。
2003年からすると、それほど古い店ではない。

1992年か93年頃だったか、この店のおばちゃんが、そばつゆの鍋に『ほんだし』の粉を袋からサーッと流し入れていたのを見たことがある。

この店のそばつゆの秘密をその時知ってしまった。
今だから30年の時を経て暴露させていただきます・・・

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さて、朝食のそばも食べたし、今度は抜海駅まで往復してこよう。

稚内6時38分発名寄行き普通列車に乗る。

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車内は鉄道ファンらしい2人(自分含め)だけ。
次の南稚内から豊富高校へ通う高校生が3人乗ってきた。

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列車は日本海を望む高台に差し掛かる。
晴れて日差しはきついのだが、利尻富士はうっすらとシルエットが見えるだけ。

この列車も徐行しないで通り過ぎてしまった。
観光シーズンならばともかく、普段はただの通学列車なのである。

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6時55分、抜海駅に到着。
降りたのは私1人、乗る人はいなかった。

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1980年代くらいならば、あちこちにどこにでもあった木造駅舎も、2003年ではすっかり少数派になってしまった。
抜海駅はその中の1つ。

駅前には人家が2軒あるだけ。
抜海の町は駅から約2km離れた漁港にあるので、駅前は最果て感漂う。

17年後の2020年には乗車人員が1日当たり1.4人、定期券の販売実績が毎年ゼロとして廃止に向けて動き出すが、当面稚内市が維持管理することが決定して、2021年でもとりあえず存続している。

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『ばっかい』って響きがいいよね。漢字で書くと抜海。
冬に夜行利尻で稚内に向かい、車内の曇った窓から抜海駅の文字を見ると、初めて来た人ならばまるで北極圏にでも来たような気分になるだろう。

この駅は正面側よりもホーム側の造りの方が味わいがある。

抜海駅は無人駅だが、冬になるとJRから委託された漁師の人たちが、除雪のために24時間交代で駅事務室に常駐するそうだ。

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今度は7時24分発の稚内行きで戻ることにしている。

発車時刻が近づくと自転車や親の送迎などで高校生が集まりだした。
この時代は稚内には高校が3校あって、稚内への通学生もまだまだ多かった。

今いる2003年は、抜海の漁村は2km離れたこの抜海駅が唯一の公共交通手段なのである。
抜海小中学校が閉校になって抜海にスクールバスが運行されるのはまだ先、そのバスの一般客利用乗車が始まるのもこの時代から10年後のこと。

この時代の抜海駅は、住民にとって貴重な駅なのだった。


遠くから踏切の音がして、やがて1両の列車が到着した。
5人の通学生と一緒に車内に入る。

車内は稚内へ通学する高校生ばかり。あとは若干の通勤客が混じる。
デッキは立つところがなく、次の南稚内までは通路で過ごした。

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7時36分、南稚内に着くとホームは高校生で一杯になった。
稚内市内の高校はすべて南稚内が最寄りになるので、数人の一般客を残してほぼ全員がここで降りる。

反対側の1番ホームは札幌行きスーパー宗谷2号の乗客数十人もいて、南稚内駅のホームはしばし朝ラッシュを迎える。

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私なんかから見ると2003年なんてついこの間のことだと思えてしまう。
しかし、この高校生たちは2021年に戻れば30代半ばの年齢になっているんだなあ。

18年前の朝、変わらない僕・・・・

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南稚内駅は地元の人は『みなみえき』と呼ぶ。
稚内市民にとっては稚内駅よりもこちら南駅の方が身近な存在だ。

まだ寒い日もあるのか、待合室には札幌ではとうに仕舞われたストーブがまだ鎮座していた。

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南稚内からは7時41分発の札幌行き特急スーパー宗谷2号に乗る。

札幌に戻るわけじゃなくて、せっかく天気もいいので豊富で降りてサロベツ原野を観光する。

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サロベツ原野の地平線からは利尻富士が浮かぶように見える。
一面に咲く花を期待したが、今年は霜で花がだめになってしまったそうだ。

豊富14時57分発の普通列車で今度は雄信内へ向かう。
着いた列車から降りる人は意外と多い。
稚内へ通院や買い物にといった感じの地元客ばかり。

入れ替わりに乗り込んだ車内はがら空きだった。

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15時13分、幌延着。
数少ない乗客も全員下車して車内は私1人になってしまった。

ここ幌延では58分も停車することになっている。

向かいの2番ホームは木造の立派な上屋が見える。
幌延と言えば、私などいまだに羽幌線の分岐駅というイメージだ。

昔1度だけ幌延から羽幌線に乗ったことがある。
もう使われていない3番ホームが羽幌線のホームだった。

その立派な上屋も、2021年に戻ると撤去されて吹きさらしのホームになっている。

16時11分、ようやく幌延を発車。
各駅停車で16時29分、雄信内に着いた。

降りるときに運転士が
「本当にここで降りるんですか?」
と言った。

たしかに旅行者風の人が降りる駅ではなさそうだ。

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雄信内(おのっぷない)駅はここも木造駅舎が残っている数少ない駅。
2021年に戻っても同じ駅舎が残っている。

抜海駅は最果て感漂う秘境のような趣があるが、こちら雄信内駅はどことなく人里の駅という感じがする。

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正面屋根の柱は斜めの二本の角材を組み合わせた凝った造り。
その上に2つ並んだ明り取り窓風の飾りもモダンな感じがする。

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時刻表を見ると普通列車は全列車停車するし、それなりの町があるんだなと思ってしまうけれど、2003年の駅前はごらんの通り廃屋が並ぶゴーストタウン。

軽トラが停まる元商店だけが人の気配がある。
それ以外の人家は屋根や壁が崩れ落ちて草生して、限界集落を通り越してゴーストタウンの様相だった。

雄信内の町は駅から2kmほど離れた天塩川の対岸の国道40号線沿いにある。
郵便局や小学校もあるそれなりの市街地だが、あちらの住所は天塩町オヌプナイ、郵便局の局名と川の名前は同じ雄信内と書いて『おのぶない』と読む。

それに対して駅のあるこちらは幌延町雄興(ゆうこう)。
鉄道が主役だった頃の駅前は集散地として発展したのだろうが、車社会の今となっては町と駅の自治体が違う中途半端な場所となってしまったようだ。

駅名だけが頑なに『おのっぷない』で通す。

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道路から崩れ落ちた廃墟を覗くと、やたらと生活感を残していた。
この家の住人は突然姿をくらましたかのようにも見える。

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1982(昭和57)年に閉校した旧幌延町立雄信内(おのぶない)小学校跡。
残るのは校門と体育館、それに記念碑だけ。

ゴーストタウンの駅前を歩いてまた駅に戻る。
こんな場所なのに駅だけは廃墟という感じがしない。

ここも抜海駅と同じようにJRから委託を受けて日夜管理する人がいるからだろう。

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戻りの列車までは駅待合室で過ごした。

出入り口や旧窓口の戸はアルミサッシになっているが、それ以外は基本的に昔のまま。
遠い大正時代にタイムスリップしてしまいそう。

静かだなあ。
この駅に降りてからまだ誰にも会っていない。

2003年のこの頃は、『秘境駅』という言葉はあったと思うけど、鉄道ファンやインターネットの中だけで使われている言葉だった。

のちの秘境駅ブームが来るのは、今いる2003年のずっと後のこと。
この頃の本当の秘境駅は秘境が故の利用者数の少なさから、誰はばかることなく廃止されている。

主なものを挙げれば、雄信内の隣の上雄信内駅は2001年、石勝線の楓駅は2004年、銭函〜朝里間にあった張碓駅は2006年に廃止されている。

秘境駅ブームが一般に浸透したのは2010年代になってからじゃなかっただろうか。
2010年代後半ともなると、こうした秘境駅をわざわざ訪れる人が増加する。

抜海駅なんて、駅舎で佇んでいると車やバイクで乗りつける人が次から次へとやってきて、とても落ち着かない。

反面困ったことになったのが鉄道事業者。
秘境駅が脚光を浴び有名になる一方で、人口減少で肝心の利用者は減るばかり。1日の利用者がゼロに近い駅も多くなってきた。

経営基盤の脆弱なJR北海道は、2020年代になると自治体に駅廃止を申し入れるようになる。

この頃になると、バス通学定期代の補助を出す自治体も多くなり、通学定期代が圧倒的に安価だった鉄道との差もさほどなくなってきた。

地元の利用者からすると、駅まで遠くて本数も少ない列車を利用するよりも、自宅近くから乗れて利用したい時間に合わせたダイヤのバスの方が便利に決まっている。

誰の目にも、それでは駅廃止も仕方がありませんねというところである。

ところが、秘境駅ブームの影響なのか、駅廃止に当たって思わぬところから反対運動が起こる。
そんな人たちの声を集めて、マスコミを筆頭にして声高々に廃止反対を訴え出した。

話は変わるが、『命は地球よりも重い』とか『戦争を許さない』などと、さも美しげなセリフをささやく人たちがいる。
本当に美しい言葉だし、そのどれもが現代の日本ではあたりまえの思想だ。
その言葉を出されたら、誰もが反論することはできない。

でもこれらを声高々にささやく人ほど、ではこれを守るためにどうするかという段になると、誰もが口をつぐむ。
秘境駅廃止を訴える人たちは、私の目にはそのような人たちと同じ種類の人たちに思えた。

本当に叫びたいのは、利用者がゼロに近いのに維持管理費に毎年多額の費用を計上しなければならない鉄道事業者だということだ。
冷静になって考えれば誰でもわかること。

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そろそろ稚内行き普通列車が来る時間だ。
遠くから踏切の音が聞こえてきた。

17時21発稚内行き普通列車。

私1人が乗るだけだと思っていたその列車から、なんと2人の高校生が降りてきた
おそらく中川商業高校の通学生だろう。

乗り込んだ列車の窓から見ていると、高校生たちは停めてあった自転車に乗って去って行った。
天塩川対岸の町から毎日通っているのだろう。

2003年の雄信内駅は日常の利用者がいたのだった。

2021年の現代に戻れば、もう日常的な利用者はいない。
JR北海道のデータでは、平成25年〜29年の雄信内駅の乗車人員は完璧に0人となっている。

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 雄信内駅の乗車人員(JR北海道宗谷線事業計画より引用)

廃止打診時に、利用しないからと地元住人からも見捨てられたようが、なぜか歴史的建造という理由で自治体の費用負担で存続することになった。

だからと言って駅を整備して観光地にするわけでもないようだ。
よそ者の反対運動や、駅が無くなると寂しいといった情緒だけが理由で存続が決まった駅。

費用負担を呑んでとりあえず廃止は先送りにしたものの、これからどうするつもりなんだろうか。
そりゃ秘境駅として訪れる人は後を絶たないが、その多くは車でやってきて写真を撮って駅ノートに記入するだけ。

そんな駅だけが残されたって、JRも自治体も1円にもならないわな。

遅かれ早かれ、存続問題はまたやってくる。
先送りにしたツケの代償は誰が払うのだろう。

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17時36分幌延着。

ここからは17時46分発スーパー宗谷4号で札幌へ戻る。

車内の席に着くと車内販売がやって来た。
やれありがたい。
稚内駅でそばを食べてからずっと何も口にしていなかった。

ワゴンを覗くと稚内駅の『かに弁当』しかなかった。
それとワンカップを買う。

弁当を食べてワンカップを飲み干したらあとは眠ってしまった。

そういえばモグタンへのお土産を買うのを忘れていたな。
まあいいや。昨日ブランデーをあげたので勘弁してくれるだろう。

現代の札幌に戻ればコロナの緊急事態宣言下。

そろそろリアルの旅行記を書きたい。
もうこんな イカサマの タイムトラベル旅行記も、これが最後にしたいものだ。

〜おわり

〜画像は2003年7月筆者撮影。


posted by pupupukaya at 21/06/12 | Comment(0) | 架空の旅行記
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