日高本線は2015(平成27)年1月に発生した高波による路盤流出のため鵡川〜様似間でずっと運休が続いている。
この間に、高波に洗われた海岸沿いの被災地では、路盤を失った線路が宙づりになったままで危険だし、破損した護岸がさらに波に洗われて土砂が流れ出し、漁業被害という事態にもなっている。
本来ならばそのような個所は線路を撤去したり、護岸工事を行うべきなのだが、JR北海道の資産となっている以上、費用はJR北海道の負担となる。
しかし同社の財政状況を考えると、とてもそんな費用は捻出できないだろう。
ましてや、運行再開する見込みの極めて低い路線である。
JR北海道はこの区間を廃止したがっているのだが、沿線自治体は全線復旧を主張を続け両者はずっと平行線のままの状態が続き、被災区間を含め線路は撤去もできず放置されているのが現状だ。すでに運休から4年以上も経過している。
列車が来なくなって4年も経ってしまった絵笛駅。
この日高本線にも、ようやく動きが出始めたようだ。
2019年9月24日に開かれた日高管内7町長による会議で、運行休止状態になっている日高線の鵡川〜様似間について、平取、新冠、新ひだか、様似、えりもの5町長は全線バス転換を容認した。
残り2町のうち日高町は日高門別まで復旧を主張、浦河町は全面復旧を主張したそうである。
被害が軽微な日高門別までの復旧は余程好条件がそろえばあるかもしれないが、全線の復旧は沿線の被災状況と復旧の費用を考えれば99%無理というのは誰にでもわかる。
JR北海道は全線復旧の条件として沿線自治体に復旧費として86億円、運行経費として年間13億4000万円の負担を提示していて、とてもそんな費用は沿線自治体だけの負担は無理だ。
結局その会議では多数決で全線バス転換に決まったそうだ。
10月に再度会議を行い、これで正式に決定をすることになる。
早ければ2020年度中には鵡川〜様似間が正式に廃止となりそうだ。
もっとも、現在でもすでに事実上廃止状態だし、お別れ列車やラストランがあるわけではない。
現在の列車代行バスが、廃止後に引き継ぐ事業者にバトンタッチするだけだ。
そんな日高本線だが、実際どのような利用状況なのだろうか。
特に浦河町は、多数決で決定後も全線復旧を強く主張しているので、さぞや鉄道への依存傾向が強い町なのだと各種報道からは思わせられる。
かつて北海道ちほく高原鉄道が廃止されるとき、最後まで反対したのが陸別町だった。
これは同町内に乗り入れている既存の路線バスを持たず、公共交通を鉄道に依存していたことによる。
JR北海道のホームページには『地域交通を持続的に維持するために』の中に線区別データというのを掲載するようになった。
各駅や列車ごとの乗客数の詳細が記された統計データだ。
浦河町が、よほど全線復旧にこだわる事情が何なのか、また難しいとすればどのような障害によるものか、このデータをもとに考察したいと思います。
JR北海道のホームページに、『2019.10.18線区データの一部項目の更新について』とニュースリリース欄に掲載されていた。
こうした線区別の詳細データがJR北海道から公表されるようになったのは、ローカル線の動向を探るアマチュアにとってはありがたいことだ。
このデータを基に日高線の浦河町を中心とする利用実態を見てみることにする。
*地域交通を持続的に維持するために (JR北海道ホームページ)
上のリンク先にある線区別データ日高線(鵡川・様似間)から抜き出して作成したデータがこちら。
平成29〜30年の2年平均における代行バスの乗車実績と、比較として被災前の平成26年の列車乗車実績からの数字になる。
静内〜様似間の駅別乗車人員
H29-30 | H26 | |
静内 | 145.5 | 219 |
東静内 | 9.5 | 19 |
春立 | 3.5 | 8 |
日高東別 | 3 | 3 |
日高三石 | 35.5 | 38 |
蓬栄 | 10.5 | 14 |
本桐 | 32.5 | 38 |
荻伏 | 15.5 | 37 |
絵笛 | 1 | 1 |
浦河 | 8 | 7 |
東町 | 44.5 | 64 |
日高幌別 | 0 | 2 |
鵜苫 | 1.5 | 2 |
西様似 | 1 | 1 |
様似 | 5.5 | 8 |
被災前でまだ列車が乗り入れていた年のデータと、代行バスで営業している現在の数字を比較しても、静内駅の利用者が格段減っているが、それ以外の駅は特に目立った減少はないように見受けられる。
荻伏と東町が20人ほど減っているが、これは代行バスとなったのを機に同区間の利用客が既存のバス路線のほうにシフトしたせいではないかと察する。
ある程度まとまった乗客がある駅は、日高地方の実質中心である静内、かつては三石町の役場があった日高三石、それに浦河高校や日赤病院が近い東町といったところ。
あとは駅前に市街地を形成している東静内、本桐、荻伏となる。
このうち、浦河方面に向かう乗客の動向を探ってみることにする。
浦河町内の駅のうち、定期券発売枚数内訳で発着の実績がある駅は東町と荻伏のみである。
東町は浦河高校の最寄り駅。各駅からの定期券利用客は東町駅が目的地の乗客ということになる。
この東町発着の定期券月平均発売枚数の表を見ると、41.5枚となっているので、1日当たりの同駅の乗車人員44.5人と比較すると、この駅の利用者は3人を除いて、あとは全員下の表にある駅から浦河高校への通学生ということになる。
東町駅発着の月平均定期券発売枚数内訳
駅 | 枚数 |
静内 | 1 |
日高東別 | 0.8 |
日高三石 | 13.7 |
蓬栄 | 3.6 |
本桐 | 11.3 |
荻伏 | 11.2 |
合計 | 41.5 |
単位(枚)
詳しくはJR北海道の表をご覧いただくとして、他の駅の乗車人員も定期券発売枚数は同じくらいとなっている。
通勤定期客は静内〜東静内間に1人だけ。
この数字からわかることは、静内〜様似間の利用者は通学定期利用者以外の利用はほとんどないということだ。
あとはこの数字には表れないフリー切符等での入り込みということになる。
フリー切符所持者はほとんどは浦河を素通りして終点の様似まで乗り通す客だろう。当然ながら日高線の収入にもならない。
東町〜様似間の利用客があまりに少ないことがもう1つ気になった。。
東町から先の乗客数は合計でもわずか8人のみ。列車が走っていた平成26年度でも13人となっている。
浦河町は人口約1万2000人、様似町の人口は約4200人となっていて、それなりに人の行き来もありそうなものだが、この数字は鉄道としては末期状態といえる。
実は浦河と様似の間はジェイ・アール北海道バスの路線が並行しており、平日ダイヤでは上り11本、下り14本が運行している。
日中は1~2時間に1本の間隔となっており、上り6本、下り7本の鉄道よりは若干便利だ。
様似高校は2012(平成24)年度から募集停止2014年3月をもって閉校しているので、様似町に住む中学生の多くは浦河高校へ進学することになるのだが、その学生は鉄道ではなくバスで通学していることになる。
通学に鉄道を使わない一番の理由は、登校時刻とダイヤが合わないということだろう。
唯一通学に利用できる上り列車(代行バス)の東町着が6時台では早すぎる。
様似から浦河高校のある東町までの運賃は、鉄道ならば340円、バスは同じく様似〜浦河高校間で510円。1か月通学定期ならば鉄道が高校生用通学定期運賃で9040円(2019年10月の値上げ前は6900円)、バスは1万8360円と倍以上もの差がある。
毎月の出費だし通勤費と違って通学費は家庭の負担となるので、生徒は大変だが少々早くても鉄道で通学をという人がいてもいいような気がするが、東町〜様似間の通学定期券販売実績は0(ゼロ)となっている。
これは様似町が行っている『高等学校生徒遠距離通学費補助』という制度があって、生徒最寄りの駅やバス停から浦河高校までの通学費(通学定期券)から1万円を引いた額を補助するというものがあるためだ。
だから、負担する月額の通学定期代は実質1万円が上限となり、保護者にとってはまことにありがたい制度だし、生徒も無駄な早起きをせずにすむことになる。
ただし、1か月あたりの通学費が1万円以下の場合は対象外となる。
鉄道利用だと様似〜東町の1か月の定期運賃9040円であり補助の対象外となる。
鉄道は登校時間と全く合わないダイヤ、少ない差額ならば誰だってバスを利用するだろう。
同様の補助制度は浦河町も行っていて、これも様似町同様に1か月の通学費が1万円を超える人のみが対象となる。
この制度、特にバスに限るとは謳っていないが、鉄道では両町内から浦河高校最寄の東町駅まで高校生定期が1か月1万円を超える区間がないので、実質バスにしか使えない制度となっている。
【まとめ】
浦河町を発着するJR北海道の利用者の大まかな利用実態は以下のようになる。
1,新ひだか町域および荻伏の各駅から東町への浦河高校の通学生が40数人。
2,各駅から1日当たり浦河駅へ8人、様似駅へ5.5人、あとは希少という僅かな定期外客。
3,通学費補助制度があるため、通学生は並行バス路線がある区間はバスの方を選択する。
町の代表駅である浦河駅に降りても、役場はあるもののそれ以外はどこへも行きようがない場所である。
郊外ショッピングセンター近くに線路は通るが、ここへ新駅を設置するということもなかった。
浦河町の利用の中心である東町は、浦河高校と日赤病院利用に特化した駅である。
要するに、それ以外の目的(買い物等)で浦河町へ出向く人がいても、鉄道は利用しようがなかったということになる。
わずか数人の定期券外客は、苫小牧や札幌までの直通客ということも考えられるが、それでも10人に満たない数である。
道南バスの『高速ペガサス号』が数往復あるので、少なくとも札幌までの乗客があるとは考えにくい。
全線復旧にもっとも熱心な浦河町は、被災前から鉄道利用を促進するわけでもない、利用しやすいような制度や町づくりをしてきたわけでもない、その結果がJR北海道の線区別データ、それに背景からも読み取れる。
このような状況を浦河町の関係者が把握していないはずはなく、その上で町長が日高本線の全線復旧を強く主張しているのは滑稽だ。
もし正気で全線復旧を主張しているのならば、裏に別の思惑でもあるのではと思いたくなるほどだ。
隣の新ひだか町を見てみると、こちらも『新ひだか町高等学校通学定期券給付事業』というのがあり、こちらは通学のため北海道旅客鉄道株式会社を利用している方が対象で、通学定期代は全額町が給付するというもの。
同じ通学補助事業でも新ひだか町のほうが、鉄道を存続させたいという意思は感じられる。
しかし、新ひだか町は全線復旧断念、バス転換をすでに容認している。
駅前を見ても、新ひだか町の中心になる静内駅と、浦河町の浦河駅もひどく対照的だ。
静内駅は広い駅前広場があり、駅舎内は『新ひだか町観光情報センター』が併設され、特産品展示販売コーナーやそば店が入居し、ヘタな特急停車駅よりも立派だ。
駅前広場横には駐車場もあるし、トイレを24時間開放とすればそのまま道の駅にもできるような施設だ。
札幌行の高速バスもここに発着しており、日高本線廃止後も交通結点として機能しそうだ。
一方の浦河駅。
この駅で降りた人は一体どこへ行くのだろう。
駅裏の国道を隔てた場所に役場はあるが、それ以外には何もない場所だ。
駅自体が国道から踏切を渡ってわざわざ行かなければならない場所にあり、列車があった当時でも乗車客は1日僅か7人。
浦河も他の多くの町と同様、商業施設が郊外に移転してしまった町だ。
隣の東町駅には高校と日赤病院があるが、逆に言うと浦河駅から遠いために設けられた駅である。
浦河駅は、現在では列車代行バスですらも立ち寄らず、駅裏にある国道の既存バス停に間借りする格好だ。
駅施設は列車も代行バスも発着することが無くなっても、週2回静内駅から派遣されてくる駅員によって手入れがされているが、普段はひと気もなく町民からも見捨てられたような場所になってしまった。
国道側から見た浦河駅。
もし残念ながら日高本線廃止ということになってしまったら、旧増毛駅のように昔の姿に復元してレトロ駅舎として活用すれば、それなりの観光拠点として賑わうんじゃないだろうか。
線路を撤去すれば国道から出入りできる駐車場も整備できる。売店や屋台も出せば、国道を行く車が結構立ち寄るだろう。
仮に廃止後に賑わうということになれば、それは皮肉もいいところだが。
〜最後までお読みくださいましてありがとうございました。
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