2004年ロシアサハリン旅行記8

 ◆ 寝台急行2列車

列車の時刻まで、まだ2時間以上もあるが、駅に入ると列車を待つ人がすでにたくさんいた。
ユジノサハリンスク行急行列車の乗客たちである。

ホームにはまだ列車は入っていないようだ。

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 駅前の市場の前で野菜を売るおばちゃんたち。

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 市場の食料品店。

とりあえず、駅前にある市場に入り、黒パンとカップラーメンと水を買ってきた。
この先買い物できるかどうかわからないので、とりあえず水と食料だけは確保した。

あいているベンチを見つけて腰掛ける。駅のベンチは深々としていて大変座り心地が良い。
もっと早くに駅に着いていてもよかったかもしれない。

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 きっぷ売り場の小窓。

駅の待合室には町側とホーム側に出入り口があるが当然改札口はない。
切符売り場の小窓には次から次へと切符を買う人がやってくるが、行列するほどではない。列車に乗る人の多くは、事前に切符を用意しているようだ。

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 待合室のキオスク。小窓から声をかけて買う。

キオスクもあるが食べ物は売っておらず、また駅前に市場があるために、あまり売れていないみたいだ。

コインロッカーもある。5カペイカ硬貨を入れて暗証番号をセットする仕組みのようだが、35Рと張り紙がしてあったので、駅の窓口かキオスクに頼めば使わせてくれるのだろう。

待合室に腰掛けて、ぼんやりと始発駅の雰囲気を眺めていたらあっという間に時間が過ぎた。
今日はティモフスクまで行き、そこで泊まることになっている。

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 急行列車発車前の待合室。

17時過ぎにようやく列車の改札が始まる。
今回の乗車は、ノグリキ〜ティモフスクの区間乗車なので座席車かと思っていたら、切符に指定された車両は寝台車だった。

客車の入口で車掌に切符とパスポートを見せて乗り込む。コンパートメントにはすでに先客がいた。

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 急行2列車の行先表示板。

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 ホームでは見送りや別れの光景が。 

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 車掌が入口に立って改札する。

「ズドラーストビーチェ(こんにちは)」と先客のおっさんに言うと、本を読んだままコクッとうなずいただけ、無口な人のようだ。

先客の向かいの窓側に座る。しばらくしてもう1人乗ってきた。こちらはビジネスマン風で、英語の雑誌を読んでいるのでアメリカ人だろうか。

発車直前になって学生らしい青年が1人乗ってくる。結局コンパートメントは始発から満員となった。

誰かが「皆さんどこまで行くの」とたずね、他の3人はユジノサハリンスクまでのようだが、私ひとりが「ティモフスク」と答える。

すると向かいの人が何か言った。たぶん「何しにティモフスクに行くんだね?」とでも言ったのだろうが、「わからない」と言うとアメリカ人らしい男性が、「キャン・ユー・スピーク・イングリッシュ(英語はわかるか)?」と言うがこれも「ノー」と答える。

「イポーニェッツ(日本人か)?」と言われ「ダー(そうだ)」と答える。3人とも別に珍しくないというふうに、1人でよくきたなというような顔をする。

向かいのおっさんは突然日本語で「コンニチハ」と言った。驚いてこちらも「今日は」と返す。つづけて、「アリガトウ」、「サヨウナラ」、「トーキョー」「ハッカイドー(北海道)」と言い終わると、再び本を読み始めた。

車掌がやってきて、シーツ代を集金に来る。ティモフスクまでなのでシーツなど使用しないのだが、決まりらしく40Pを払う。昼間の寝台に男4人が座るのはやはり窮屈だ。青年は個室を出て行って通路に立ってずっと窓を眺めている。

ノグリキを出て最初の駅ヌィシまでは44kmあり、55分も延々と走る。舗装道路の国道が平行するが、この間人家はまったく無し。ようやくヌィシ駅に着くが、駅しかないような場所だ。

地図ではトゥイミ川の対岸に集落があるので、そこからやってきたのだろう、数人の乗客がホームに立っていた。座席車からは数人が下車していった。
急行列車だが、北部では地元の人の貴重な足ともなっているようだ。

ノグリキからティモフスクまでは地図上ではトゥイミ川に沿って走っているが、実際に川が見えることはない。どこまで行っても同じような森林地帯が続き、時々林が途切れて不毛の草原が広がる。窓からは西日が差し込んで眩しい。

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 すっかり日も落ちて。

ツンドラの原野に日が沈み、もうすぐ夕闇が迫って来るという頃、遠くに点々と家々が見えはじめた。向かいのおっさんが本から目を上げて「ティモフスクだよ」と言った。

「どこに泊まるんだい。ガスチーニッツァ(ホテル)かい?」
「ダー、ガスチーニツァ(ホテルです)」
「気をつけてな」「忘れ物はないかい」
「ダズビダーニャ(さようなら)」と言って荷物をもって部屋を出た。

デッキにはホームに買い物に降りるらしい数人が立っている。列車は定刻の19:53にティモフスクに到着すると車掌がドアを開ける。

まだ明るいが、日はとっくに暮れている。座席車から、荷物を持った10人ほどが降りてきた。ノグリキ〜ティモフスク間のみの利用も意外とあるようだ。
この区間を交通機関で移動するとなると鉄道しかない。

ホームを駅舎の方に向かう。


 ◆ ティモフスクに日は落ちて

T社からはホテルからの迎えがあると事前に案内されていたが、それらしき人も車も見つからない。もう少し待っていれば現れたのかもしれないが、何としても明るいうちにホテルに着かねばならない。真っ暗になっても誰も来なかったでは途方に暮れてしまう。

ホテルの場所を記した地図をもらっていたので、それを見ながら歩くことにした。駅のキオスクでビールでも買っておこうかと思ったが、キオスクは列車の乗客が殺到して大行列となっていたのであきらめる。

地図に記されているのは道路と通りの名前だけで、目印になるようなものは何も書いてない。
大抵は建物の壁に通りの名を記したプレートが表示してあるのだが、暗くなってはわからない。

行けども行けども町らしい所は無く、遠くの方に街あかりが見える。20分くらい歩いて行くと、街灯も無い道はついにまっくら。彼方に見える地平線が赤く染まっている。星も見えはじめた。

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 だんだん夕闇が迫り、ついにまっくら。 

1軒の商店のあかりが見えてきた。最悪の場合ここで道を尋ねれば良いと少しほっとする。

たぶんこれだと思う交差点を左に曲がると、向こうに5階建の建物が2棟ぽつんとあるのが見えた。あれに違いないと目標を定める。

狭い裏道のような道を歩いて行く。普通ならばこんな道の先にホテルがあるはず無いと思うが、ノグリキのクバンホテルの経験もあるので、疑いもせず、真っ暗で狭い道を歩いて行く。

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 なんとかたどり着いたアグロリツェイホテル。

5階建ての建物の前に来たが、どう見ても普通のアパートのようで、間違えたかなと思いつつ建物に近づくと、隣の建物に『ティモフスキー・アグラチェーフニチェスキー・リツェイ』と表示した明かりがあった。
なんか良くわからないが、ここで間違いはなさそうだ。入口にガスチーニッツァ(ホテル)の表示を見つける。

ドアを開けて中に入る。やっぱり誰もいない。
廊下が続いていて学校のように見える。奥へ入っていると受付のようなところがあり女性がいたので、バウチャーを見せて「ガスチーニッツァ?」と尋ねて見る。バウチャーを見るとわかったらしく、「パイジョーチ(ついてきて)」と言った。

ここではなかったのかと、彼女の後をついて行くと、入ってきた反対のドアから外に出て、建物の裏の方をまわって5階建てのアパートほうの建物に案内される。入口は反対側だったのだ。


 ◆ アグロリツェイホテル

ドアを開けると中は真っ暗でしかも床は水浸し。入口そばにあるトイレでは、オバサンがモップをもって床を拭いている。トイレが詰まって床が水浸しになったのか。案内してくれた女性はオバサンに、ホテルのお客が来たよと伝える。なんでこんな時に来たのかという感じで手を止めてどこかへ出ていった。

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 ここがホテルらしいのだが。

開けっ放しのトイレが唯一の明かりの中でしばらく待たされる。廊下の壁は剥がれ落ちて天井からはコードが垂れ下がり悲惨な状態となっている。リフォーム工事中というようにも見えなかった。
まるで廃墟ビルのようだ。

しかしもう泊まれれば何でも良かった。案内してくれた彼女と2人で話をしながら待つ。
「駅から歩いてきた」とか「列車で来た」というようなことを片言のロシア語と身振り手振りで話す。

やがてオバサンが部屋の鍵を持って現れた。奥のほうに案内されるかと思ったら、入口のすぐ横の物置部屋としか思えない“トビラ”を開けた。すると普通に綺麗なシングル部屋が現れた。

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 意外とまともなシングル部屋だった。

オバサンが何かいうが、さっぱりわからない。案内の彼女も中に入り、身振り手振りも加えるがぜんぜん通じない。
話し方からトラブルのようなことではないようだが、とても大事なことのようだ。知っている単語から色々連想して何とか分かった。

「明日は何時に出発するか」

7:55発の列車で発つから、7時に出ると言った。

オバサンがまた何か言う。また3人であーでもない、こーでもないと始まる。間に立つ案内の彼女も参ってしまったらしく「ウーン・・・」とうなってしまった。

大のオトナが簡単な会話も通じず、こんな夜遅くに廃墟のような空間に3人立ちつくしている。ここに来てから1時間近く経っただろうか。
なんか可笑しくなって3人で笑い出してしまった。

すると彼女は、やっとある言葉を思い出したようで、「モーニングコール」と言った。そうして時計の6時を指差す。「朝は6時に起こしにくる」ということだった。

とにかくこれでチェックインとなる。2人に「スパコーイナイノーチ(おやすみなさい)」と言って部屋に入る。

部屋は意外すぎるほどまともで、テレビと電気ポットが置いてあった。ノグリキの『クバン』のインパクトがまだ残っていたので、まともに見えただけかも知れないが・・・。

トイレはさっきオバサンが掃除していたところで、共同である。

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 洗面台となぜか便座の無いトイレ。

とりあえず夕食にすることにした。バッグからノグリキで買ってきた黒パンとキャビア、それに昨日の残りのウオッカを取り出して、テーブルに並べる。

まるでキャンプの食事のようだ。パサパサして固い黒パンにキャビアをのせて、ウオッカで流し込む。
貧しいようだが日本にいればまず不可能な食事で、ある意味で至高の食卓ともいえる。

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 バッグから食料を出して並べる。 

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 パンにたっぷりとキャビアをのっけて・・・

トイレの隣の部屋はシャワールームになっていた。蛇口を回してみるとお湯が出る。これ幸いと早速部屋からタオルを取ってきて、2晩ぶりのシャワーをあびてさっぱりした。

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 共同のシャワールーム。

明日は7時に発つので、もう寝ることにする。
あかりを消してベッドに横になると、遠くで貨物列車の通過する音が聞こえた。

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 部屋の窓。

夜中の2時頃目が覚めてしまった。トイレに行き、戻ってきてなんとなく窓の前に立つと、外は一面の星空!
これは本当に星空なのだろうか、と思うほど多くの星が力強くきらめいている。

しばらく窓辺でずっと星空に見とれていた。



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