平成時代の改札口を見る

30年間の平成時代、駅の光景というのも様変わりしたもので、何より変わったのは改札口ではなかろうか。

時代が平成に変わってしばらくは、改札口と言えば駅員がボックスの中にいて切符にハサミを入れていたものだった。
当時、自動改札機を導入している鉄道もあったが、一部の私鉄や地下鉄に限られていた。

大都市圏から始まった自動改札機は、次第に地方へも普及して、ある程度の規模の駅はほとんどが自動改札となった。
一方、自動化されない駅の改札は、ボックスを撤去して窓口化である。

平成の間にすっかり変わってしまったもののひとつである。

残り数日となった平成を、駅の改札口で振り返ってみましょうか。
西から順番にいきます。


門司港駅:2000(平成12)年5月撮影

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 木製のボックスが並ぶ門司港駅改札口。

1914(大正3)年完成の木造駅舎が現役。
2002(平成14)年頃に自動改札になったようだ。
木製の改札ボックスは一部残されて、現在も臨時の改札口として使用されているそうだ。


広島駅:2004(平成16)年12月撮影

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 広島駅南口改札口。

JR西日本は他のJRに後れを取って自動改札化が進んだが、関西地区以外の地区はさらに導入が遅かった。
広島駅が自動改札化されたのは2007(平成19)年。
政令指定都市クラスの大都市では、最後まで昔ながらの改札口風景が見られた。

1番ホームに直接出る南口の改札口は入口と出口がきっちり分けられていて、うっかり出口から入ろうとすると駅員に怒られたのは懐かしい思い出。

2017(平成29)年に新しい橋上駅舎が完成し、駅関係の施設は1階にあった改札口ともども、そちらに引っ越したようである。

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 広島駅地下道南改札口。

地下改札は、新幹線口と結ぶ地下自由通路と駅ビルのASSE地下1階への出入りへは便利だが、利用者は少なかった。
自動改札化された改札口は現在も稼働しているが、橋上駅舎化された現在はさらに利用者が減っていると思われる。

現在の駅舎も取り壊される予定で、そうなったらこの改札口も無くなるのだろう。


高知駅:2004(平成16)年5月撮影

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 高知駅改札口。

旧駅舎の1番ホームに面してあった改札口。
ステンレス製の改札ボックスが並ぶ様は、平成時代でもどこか昭和の香りも漂っていた。

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 高知駅改札口入口。

2008年に高架化されると同時に自動改札化された。


岡山駅:2005(平成17)年9月撮影

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 岡山駅の東口側の在来線改札は地下にある。

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 地下道に直接通じる地下改札口。

ここも自動改札化は遅く、在来線改札が自動化されたのは2007(平成19)年。
在来線のコンコースは橋上駅舎になったが、この地下改札口は残っている。


旧松江温泉駅(現、松江しんじ湖温泉駅):2000(平成17)年5月撮影

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 旧駅舎時代の松江温泉駅の改札口。

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 出口はホームから直接出る構造になっていた。

2002(平成14)年に現在の新駅舎になる。翌年には駅名が現在の松江しんじ湖温泉駅へ改名された。

『ばたでん』こと一畑電車は自動改札化されていないので現在でも昔ながらの改札口風景が見られる。
しかし上のような旧駅の風情は、もうどこにもなくなってしまった。


富山駅/電鉄富山駅:2010(平成22)年5月撮影

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 JR富山駅。高架化工事のため、プレハブの仮駅舎だったころ。

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 電鉄富山駅の夜の改札口。

新幹線を迎えて一新した富山駅。
在来線の高架駅ホームも完成し、来年には富山ライトレールと市内線の路面電車が直通するんだとか。

富山地鉄も一部で自動改札機が導入され、近い将来高架化されたときは完全に自動改札仕様となるのだろう。


新潟駅:2001(平成13)年4月撮影

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 新潟駅万代口の地下改札口。

新潟駅の万代口は1958(昭和33)年建築の民衆駅。
民衆駅とは国鉄と民間が出資し合って建設された駅舎である。
民間が出資する代わりに、駅舎の一部は商業施設として営業することができた。

戦後の駅舎新築の際に、全国でこの方式による駅舎新築が行われた。

しかし平成なってから、駅舎の高架化や橋上化など再開発計画で既存駅舎の取り壊しや移転ということになると、商業施設側とモメるところが多かった。

それはともかく、駅舎の商業施設は地下か2階に設けられるのが多かった。
2階に設けられたものは跨線橋から、地下のものは地下道から直接商業施設へ出入りできる改札口を設けた駅が多い。

この新潟駅の地下改札もそのうちの1つ。
きらびやかな店内から地下道に直接つながる改札口を見ると、何か異世界にでも通じている気がするのは私だけか。

この地下改札口は2004(平成16)年に自動改札化され、2018(平成30)年に高架駅が使用開始になると閉鎖された。


仙台駅:2001(平成13)年1月撮影

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 仙台駅中央改札口。

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 仙台駅中央改札口の入口(ピンボケ失礼)。

仙台駅の2階コンコースにあった改札口。
銀色の改札ボックスがずらりと並ぶ風景は大都市の駅といったところ。

自動改札化されたのは2002年。

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 仙台駅地下南改札口。

2階の中央口に比べてこちらは目立たない場所にある改札口。
エスパルの地下街の中にあるので、2階コンコースから行こうとするとわかりにくい。
地下鉄や、あおば通駅への通路へ直接つながっているが、あまり利用も多くないようだ。

仙台駅の利用者は、駅前のベストリアンデッキに直接つながっている2階コンコースの方が便利なのだろう。
案内図を見ると、JRから地下鉄への乗り換えは、地下南口からより2階中央口からの動線になっている。


女川駅:2007(平成19)年1月撮影

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 パイプ製の改札ボックスだった女川駅。

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 ローカル線の旅情漂う女川駅の改札口ときっぷ売り場。

2011(平成23)年、東北地方太平洋沖地震で発生した大津波によって駅と線路は流出することになる。

その後は石巻駅から代行バスが運転されていたが、2015(平成27)年に鉄道が復旧し、女川駅も再び鉄道駅として再開することになった。

新しい駅は旧駅より200mほど内陸に移転して新築された。
温泉施設が併設となり、きっぷ売り場や券売機もある駅となったが、改札口は設けられなかった。


盛岡駅:2001(平成13)年1月撮影

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 盛岡駅にあった地下改札口。

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 ボックスが並ぶ改札口と改札係が掛け替えていた改札案内。

駅地下のパルモ(現:盛岡駅ビル フェザン)から直接地下道へ出入りできた。

2005(平成17)年に行われた大規模改造工事で在来線改札口は2階コンコースに集約されることになり、この改札口はなくなった。同時に自動改札機の導入となった。
地下の改札口は撤去され、ホームへの階段も閉鎖して、現在は東西自由通路となっている。

IGRいわて銀河鉄道の改札口は現在も有人改札のみとなっている。


青森駅:2005(平成17)年9月撮影

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 ステンレス製の改札ボックスが並ぶ。

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 国鉄型の標準改札ボックスを横から見る。

青森駅が自動改札化されたのは2006(平成18)年と遅い方だった。
ここも標準的というか、ステンレス製のボックスが並んでいた。

まだ東北新幹線が八戸までだった頃。
東北本線、奥羽本線、津軽海峡線と3方面への特急列車のターミナル駅としての貫禄があった。

新幹線が新函館北斗まで延伸開業すると、特急列車は秋田までの特急つがるが3往復のみとなってしまい、ほぼ電車駅のような恰好である。

青函連絡船時代からの2階建て駅舎が使われているが、近いうちに橋上駅に建て替える計画だという。


手稲駅:1999(平成11)年5月撮影

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 3代目駅舎時代の手稲駅改札口。

現在の橋上駅の手稲駅は4代目駅舎。
その前の3代目駅舎は1981(昭和56)年完成の駅舎だった。
駅舎の2階にコンコースがあり、改札を入ると跨線橋の通路に直接出る構造になっていた。
現在の岩見沢駅が同じ方式だ。

札幌圏のJR駅が一斉に自動改札化されたのは1999(平成11)年12月。
しかし手稲駅だけは自動改札機が置かれなかった。
近く駅舎の建て替え工事が始まるので、それまで据え置かれたのだろう。

翌2000(平成12)年に、駅舎建て替えのために仮駅舎へ移転することになり、同時に自動改札化された。
現在の駅が完成したのは2002(平成14)年5月である。


釧路駅:2002(平成14)年1月撮影

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 末期は閑散としていた釧路駅地下改札口。

釧路駅が自動改札化されたのは1999(平成11)年と地方都市としては早かった。
同時に道内主要駅も自動改札化されている。

しかし地下改札口は有人改札のまま残された。
これは旭川駅も同様であった。

釧路ステーションデパートの店内にある改札口で、デパートを抜けると北口へ通ずる地下通路へ平面で出入りできた。

この改札口が活躍するのは、夕方の列車の改札時。
基本的に列車別改札だった頃、席取りのために改札口前に長い行列ができるのだが、地下改札口に並ぶと地下道へ直接出られるため、地上の改札口に並ぶよりも有利ということになる。

もっとも、駅員も地上組と公平にするために、地上組が階段を下りてきたのを見計らって改札口を開けていたので、勝負差は少なかったようだが。

そんな光景も、地上改札口が自動改札になり、列車別ではなく常時改札になると見られなくなった。

この地下改札口も2004(平成16)年のステーションデパート閉店とともに閉鎖となった。


札幌駅:1988(昭和63)年8月撮影

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 札幌駅地下改札口。

この画像だけは昭和時代のもの。
この頃は改札はスタンプではなく、改札鋏をカチカチ鳴らしていた。

まだ地平駅だった頃、地下改札口は地上1階のコンコースの真下にあった。
地下鉄や地下街と直結していたし、ホームへの地下道へ直接出られたので、利用者のほとんどがこの改札口を利用していた。

夕方ラッシュ時など、次から次へと押し寄せてくる乗客を、たった2口の入口専用の改札口で、渋滞も起こさずに通してゆく職人技を感心して見ていた記憶がある。

地上1階の改札口は逆にラッシュ時でも閑散としていた。

画像の年の11月には現在の高架駅に移転となった。



この平成年間で大きく変わった駅改札口。
次の令和時代にはどう変わるんだろうか。

最後までご覧くださいましてありがとうございました。


タグ:鉄道 駅鉄

posted by pupupukaya at 19/04/27 | Comment(0) | 北海道の駅鉄
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