2018年11月17日、苗穂駅が移転する。
移転場所は札幌駅方向へ約300m、東11丁目の苗穂跨線橋があった場所になる。
南北を結ぶ自由通路も新設された橋上駅になるので、アリオやファクトリーへ近くなるほか、今までJR苗穂工場の広大な敷地で分断されていた駅北側からのアクセスもぐんと良くなる。
新しい駅も早く見たいけど、古い駅のほうも無くなるとあれば今のうちに見ておきたい。
そんなわけで、移転1週間前の日曜日、苗穂駅に行ってきました。
車ではなく、札幌駅から千歳行普通電車に乗り、ひと駅で到着。
苗穂駅ホームから直接苗穂工場に通じてる跨線橋。
『JR社員専用階段』とあって、一般客の利用はできない。
今まで苗穂工場へ通勤していた人は不便になると思いきや、新駅のホームからちゃんと専用通路が設けられていた。
新しいホームからの跨線橋とコンクリート製の通路が新設されている。
出た所からまた既設の跨線橋を渡るようだ。
階段の昇り降りだけでも大変だ。
2006年10月、苗穂駅一般公開時の跨線橋。
年1回の苗穂工場一般公開のときは、ホームから直接この跨線橋を渡って工場へ行くことができた。
いつの頃からか、使用することができなくなり、苗穂駅からぐるっと回って行かなくてはならなくなった。
2006年10月、ホームでは乗車券の臨時発売所が置かれていた。
ことし(2018年)の一般公開は北海道胆振東部地震の影響で中止になってしまった。
来年からは、新しい駅からのアクセスはだいぶ良くなるだろう。
旧駅のホームから新しい駅を見る。
5・6番ホームの屋根から下がる丸時計。シチズン製。
これも最近少なくなったな。文字盤のアナログさが素敵。
こちらは駅舎へ向かう跨線橋の階段。
段鼻は木製。年季が入っている。
古レールを組んだ跨線橋。
真ん中の橋脚は、かつてあった1・2番ホームの跡。
上下線の間に留置線が2本新設された際に駅舎寄りに新しいホームができて、そっちに移された。
駅舎とホームを結ぶ跨線橋。
跨線橋の上からの眺め。
苗穂駅の複々線はひっきりなしに列車がやってくる。
この風景も見納め。
3・4番ホームから見た駅舎。
外壁は張り替えられているが、元は下見板張り。
昭和の木造駅舎の面影を残す。
今は撤去されたが、駅舎との間に貨物線が2本あり、これも今はなくなった北ガスの工場への引き込み線へ続いていた。
苗穂駅ホームと奥の苗穂工場。
いかにも工場地帯といった佇まい。
苗穂駅周辺は昔から大小の工場が多く、札幌の工場地帯だった。
3番ホームから見える萩原朔太郎の詩『旅上』の一節を謳った看板。
昔からあって、苗穂駅の線路側のシンボルでもある。
この看板、たまに架け替えられているようで、前は白地に黒い字で書かれていた。
2005年12月の看板。
さらに古くは『夢紀行 ロマンを求めて 苗穂から』の部分が、
『旅のご相談は 電話221-○○○○ 苗穂駅へ』
だったような気がする。
元は広告看板だった。
この看板が掲げられたのは、国鉄末期だったかな。
『きままなる旅に出てみん』の後にこの文句でつなげるのは、当時中学か高校だった私は、なかなか洒落た文句だと感心していた覚えがある。
苗穂駅の駅名標。
これはホーム上屋から下がる行燈タイプのもの。
青函トンネルが開業した1988年3月前後にこのデザインの駅名標に一斉に替えられたんじゃなかったか。
しかし、ここ10年以上前から、新規でこのデザインの行燈型駅名標が採用されることはなくなったようだ。
跨線橋から見た駅舎とホーム。
間が空いているのは、ここに貨物線があったから。
北ガスやサッポロビール工場などへの引き込み線が多数あった当時、ここにも線路が並んでいた。
跨線橋から駅舎へ直接つながっている通路。
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ありがとうございます。
そういわれてみれば、80年代頃の国鉄は、手荷物扱いを苗穂に集約していたんですね。
あと、北ガス引込み線が高架化後もしばらく残っていて、ここにタンク車が停まっていたのが記憶にあります。
あと、旧苗穂駅舎が春にも取り壊しが決まっているのは大変残念です。
突然のメッセージで恐縮ですが
HBCという放送局で番組の制作を担当しているものです。
実は地域の歴史を歩き訪ねる番組の企画で
苗穂周辺を取材していたのですが
新しい苗穂駅の券売機上の詩が書かれた額について触れることになり
旧苗穂駅に掲げられていたころの写真を探していました。
プロフィール欄を拝見すると出展明記で使用はフリーとありますが
放送で使わせていただくことも可能でしょうか?
お手数おかけしますがご返信いただけますと幸いです。
返信の方法がわかりませんのでここに書き込みます。
画像については、出典明記の引用という形であればご自由にお使いください。
(ただし公序良俗に反する使用はお断りします)
良い番組を作って下さいね。
5/10にHBC今日ドキッ!で放送予定です。
(変更の際はご容赦ください)