2007年 はなたび利尻で稚内へ1

2007年9月22日

まだ暑い日もあったりするが、札幌あたりはすっかり秋の気配で、夜行特急『はなたび利尻』も9月いっぱいで今年(2007年)の運転は終了する。

稚内行の夜行特急は2006年の3月までは定期列車だったが、今は夏場の金・土・日のみの運転となって、名前も『はなたび利尻』と変わった。
いかにも観光客を意識したネーミングである。

また旅の虫が出てきたのは2007年9月22日土曜日の夜であった。

早速簡単な旅支度をして自転車で桑園駅に向かう。
稚内までならRきっぷを買えば1万2000円で往復できるのはありがたい。

桑園駅からは普通列車をひと駅乗って札幌駅へ。

DSC00023.JPG
 稚内までのRきっぷ。


 ◆ 札幌 23:05 【はなたび利尻】 5:46 稚内 

改札内コンコースで唯一開いているキヨスクでビールとおつまみを買いこんでホームに上がる。
さすがに観光シーズンも終わった土曜はホームの人影もまばら。

DSC00039.JPG
 『臨時特急はなたび利尻』のホーム表示。

DSC00038.JPG
 『はなたび利尻』となったがヘッドマークは『利尻』のもの。

22:55に5番線に『利尻』のヘッドマークをつけた列車が入ってくる。

発車間際になっても車内はがら空きである。

この列車は23:05発だが、旭川行き最終スーパーホワイトアロー33号が2分前の23:03に発車するので、当然ながら旭川までの人はこちらには乗ってこない。

向かいの6番線ホームは釧路行き特急『まりも』だが、あちらもがら空き。

DSC00045.JPG
 利尻の指定席はリニューアルされて足元もひろびろ。しかもコンセント付き。

はなたび利尻の車両は昼間の特急サロベツと同じ車両で、指定席車両の車内はリニューアルされて座席の間隔も広げられたので居心地は大変良い。
窓側の足元にコンセントが設けられたのは大変ありがたい。

この車両は稚内まで行き、寝台車を外して特急サロベツとなって札幌に戻ってくるのである。

DSC00058.JPG
 観光シーズンはとうに過ぎた車内はすいている。

DSC00049.JPG
 ビールとおつまみをテーブルに並べてみる。

キヨスクで買ってきたビールとおつまみをテーブルに並べてまずは乾杯。
普段缶ビールなどあまり飲まないし、おつまみ系も食べることはないのだが夜行列車に乗るとこういうものが欲しくなる。

ビールを飲みながら、流れる夜景と窓ガラスに映し出される車内などを眺めて考え事をしたり、読書をしたりするのが夜行列車の醍醐味だと思っている。

DSC00056.JPG
 岩見沢到着。下車客はいないようだった。

定期列車だったころは、旭川方面のL特急の最終列車として、停車駅ごとに自由席からは大勢の下車があったものだが、そちらの役割は定期列車のスーパーホワイトアローに移ったことになる。

こちらは停車してもたまに乗ってくる人がいるくらいで、静かなものだ。

もう乗ってくる人もほとんど無いだろうし、前の座席を回転させてボックス席にする。

DSC00064.JPG
 座席を向かい合わせにすればさらに広々。

滝川を発車したあたりで車内は減光となる。白熱灯だけ点灯なので真っ暗ではないが本はもう読めない(目を凝らせば読めなくはないが)。

今まで窓ガラスは反射した明るい車内が映っていたが、暗くなった車内からは夜景が見えるようになった。

しばらくワンカップを飲みながら夜景を眺める。

DSC00072.JPG
 車内は減光。白熱灯だけが車内を照らす。

1本飲み干したところで、ひじ掛けを枕にして横になる。

体をL字型に曲げたエビ寝スタイル。
お酒のせいもあるが、これでも結構眠れる。

DSC00075.JPG
 流れる夜景を見ながらまた一杯。

横になるといつの間にか眠りに落ちていた。

2007年9月23日

目が覚めると5時。ようやく明るくなってきたところ。デッキに出ると、空気がひんやりとしている。
列車は終点稚内へ向けて走り続けている。すっかり亜寒帯の空気。荒涼とした風景は何か悲しくわびしい気分にさせられる。

夜行利尻で夜明けを迎えると、最果てに来た気分になる。

DSC00077.JPG
 朝5時過ぎ、旅先の夜明け。

この宗谷地方の景色は日本離れしていて、北方の荒涼とした大地がどこまでも続いている。
札幌も旭川もはるか遠く、ここはもうロシアを思わせる。

DSC00080.JPG
 抜海駅で上り回送列車と交換のため9分停車。

抜海駅に5:11に停車する。運転停車なのでドアは開かない。5:20に2両編成の回送列車が通過したあとこちらも発車する。 

笹だらけの丘陵地帯は人家も無く、荒涼とした風景がしばらく続いたあと、利尻島と礼文島が海のかなたに見える場所を通る。
列車は親切に徐行してくれる。この日は利尻、礼文の両島がはっきりと姿を見せていた。

DSC00082.JPG
 木製の防風柵が続く。

DSC00083.JPG
 日本海のかなたに利尻岳が浮かぶ。

DSC00086.JPG
 日本海と稚内半島。

再び笹の丘陵地帯へと分け入って行く。長らくの寒い風景から一変して、オアシスのように突然稚内の住宅地が現れる。南稚内着は5:38、ずいぶん早く到着した。

ここで地元の人らしい数人が下車する。この時間は無人駅らしく、車掌が集札する。

DSC00091.JPG
 南稚内に到着。車掌が集札する。

DSC00092.JPG
 稚内駅の手前で港と朝日が一瞬姿を現す。

5:41に南稚内を発車。高架橋の上を通ってすぐに5:46、終点稚内に到着する。

下車して改札口に向かう人もまばら。さびしい終着駅であった。

DSC00094.JPG
 稚内駅に到着。

DSC00093.JPG
 改札口に向かう。

DSC00096.JPG
 稚内駅北側にある最北端の線路。

2へつづく


posted by pupupukaya at 18/03/24 | Comment(0) | 道北の旅行記
この記事へのコメント
コメント
ニックネーム: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
Powered by さくらのブログ
最近のコメント(ありがとう)
2025年3月15日JR北海道ダイヤ改正について考える
 ⇒ 通りすがり北見民 (12/26)
ちょっと昔の札幌を振り返る
 ⇒ にわ (11/25)
 ⇒ ごんごん (07/02)
 ⇒ Tim (06/11)
 ⇒ pupupukaya (05/26)
 ⇒ こうか (05/25)
地平時代の旧旭川駅1 駅舎・ステーションデパート
 ⇒ わた (11/20)
 ⇒ 合同会社問寒別あさかぜ商会 (08/08)
 ⇒ pupupukaya (08/07)
 ⇒ 合同会社問寒別あさかぜ商会 (08/06)
 ⇒ pupupukaya (11/16)
地平時代の旧旭川駅2 ホームと列車と地下道
 ⇒ わた (11/20)
 ⇒ ことり (10/27)
 ⇒ pupupukaya (01/12)
 ⇒ しな (01/11)
 ⇒ 赤影 (08/12)
平成時代の改札口を見る
 ⇒ テレビ番組アシスタントディレクター (11/12)
 ⇒ pupupukaya (11/12)
 ⇒ テレビ番組アシスタントディレクター (11/07)
 ⇒ テレビ番組アシスタントディレクター (11/07)
 ⇒ テレビ番組アシスタントディレクター (11/07)