2006年ロシア極東旅行記2 ユジノサハリンスクその1

 2日目 2006年7月10日

 ◆ まずは銀行でルーブルに両替

7時ごろ起きて窓の外を見ると、広い駅前広場はどこから集まったのか、ぎっしりと車で埋め尽くされていた。駅の正面にはタクシーが10台列を連ねて停まっている。

7:15になり、駅から大勢の人が出てきた。ノグリキからの急行列車が到着したのだろう。駅から出てきた人々は次々に出迎えの車やタクシーに乗り込んで、車も1台、また1台と去って行く。

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 ノグリキからの急行列車の出迎えで続々と集まってきた車。

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 タクシーも集まってくる。

8時を過ぎて、1階のレストランに朝食に行く。ガランとしたレストランは2組ほど先客がいる。
テーブルにつくと、サラダとパンが出てきた。メインは目玉焼きで最後にコーヒーか紅茶が出る。素気ないメニューだが、たくさん料理を出されて朝から満腹になってしまってはかえって困るので、このほうが良い。

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 ユーラシアホテル1階のレストランで朝食。

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 サラダとパン。

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 朝食メインは目玉焼き。

9時半に昨日のP君がやってきた。まず、両替しましょうとなる。P君が言う、
「両替はどこでしましょうか」
オイオイ、それは俺のセリフだ。

幸い、前回みちのく銀行で自分で両替したことがあるので、今回もみちのく銀行へ行くことにする。ホテルから歩いて銀行へ行き、一番奥の両替所で150ドルとパスポートを差し出す。150ドルが4,009ルーブル(ルーブルは以下Рと略します)になって出てきた。


 ◆ ガイドP君と歩いて歩いて歩いて・・・

銀行をでるとP君は「コムニスト通りに行きましょう」と昨日歩いた通りをまた歩く。

2人で歩きながら、P君は自分のことを色々説明する。漁業の専門学校をで2年間日本語の勉強をしたという。以前に八戸に行ったことがあり、そのときに「今日は」「ありがとう」の2語をおぼえ、それが日本語を勉強するきっかけになったそうだ。

彼は日本語は学校で勉強したほかは独学で習得したので、ナマの会話は今回が初めてだという。なかなか勉強熱心で、自分で作成したという日本人向け観光案内のレポートを見せてもらった。ガイドの素質はともかく、文章力はあると思う。

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 レーニン広場の公園。地震で崩壊したネフチェゴルスクの碑がある。

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 並木の美しいコムニスト通り。

駅前から延びるコムニスト通りは、サヒンセンターやチェーホフ劇場、サハリン州郷土博物館など一応観光っぽい所があり、並木が美しく、ユジノサハリンスク自慢の通りなのだろう。

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 チェーホフ劇場。

「今日は月曜日なので、博物館も美術館もどこも休みです」

P君は残念そうに言うが、観光名所らしいところは以前にも行ったことがあるので、いまさらそんなところに連れて行かれてもつまらない。内心では休みで良かったと喜ぶ。

かといってどこへ行こうかと聞かれても、どこへも行きようがない。本当は市場とか、駅とかを覗いて見たいのだが、あまりそういうところには連れて行きたくないようだ。

歩きながら、時々思いだしたように会話になるが、なかなか話が膨らまなくてすぐに終了する。

歩いていると突き当たりになり、スラーバ広場というところに出た。

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 スラーバ(栄光)広場。

「スラーバとは・・・」と説明しかけたところでP君は言葉を忘れたようで、私が辞書を出すと大変に感心して、
「これは日本の字引ですね」「日本語の字引は高くて買えません」

ロシアでは日本語の辞書はとても高価で、個人で買えるような物ではないのだという。

「日本語を勉強した大学出は外資や大陸の企業に就職してしまい、サハリンの通訳にはならない」
「もっと日本語を勉強して良い通訳になりたい」
「日本に留学したいのだが金がない。もっと日本語を話せる機会があれば・・・」ということをP君は語った。

そのあとも、旧樺太神社跡を探して林の中をウロウロし、本屋に入ったりポページ広場というところを見たり、午前中はずっと2人で歩きっぱなし。もう疲れてきたし、これと言って見るべき物も無く、P君には悪いが、やっぱり一人で色々まわりたい。

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 市内あちこちには市場(ルイノク)がたつ。

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 あちこち渋滞している市内の道路。

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 広告タクシーも走っている。


 ◆ 路線バスに乗ってみる

ミーラ大通を歩いていたら、バス停があったので、「ここからバスに乗ってホテルに戻りたい」と言った。

「バスは乗り心地が悪いです、歩きましょう」
「いいや、バスに乗ってみたいのです」

こんなことでも無いと市内のバスに乗る機会はないだろう。P君もわかったらしく、停留所でバスを待つ。

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 バス停でバスを待つ。

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 次から次へと発着するマイクロバスに乗客が乗り込む。

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 大型バスも走っている。

バス停にはバスのマークが入った標識がある。ベンチが置いてあってそれらしくなっているので、また乗客が何人か立っているのですぐに分かる。
バスは次から次へとやってくる。バスといっても、ほとんどが韓国製の12人乗りマイクロバス。たまに、大型バスもやってくる。

10分くらい待って、マイクロバスがやって来て、P君が「これに乗ります」と言い、我々のほか数人と乗り込む。
マイクロバスと言っても、14人乗りのワゴン車だ。

あっという間に車内は満席になる。満席になるとこれ以上乗れないので次の便を待つしかないようだ。

料金はどうするのかと思ったら、後ろから客がリレーで順送りに10p札を前の方へ手渡して運転手に直接渡す。

なるほど、これでバスの乗り方は分かった。

バスは停留所ごとに1人2人と乗り降りがある。私は運転手後ろの座席に座っているので、他の乗客から運転手へ料金の受け渡し役のようになってしまった。釣銭もやはり運転手から乗客同士のリレーで戻ってくる。

やがてレーニン広場前の停留所でバスを降りる。
レーニン広場の高さ9mのレーニン像はまだまだ健在で、しかもレーニン像の両側には電光表示の広告塔が建てられ、朝から晩までCMを流している。かつての共産主義の象徴が、やかましい広告塔に挟まれた格好になっていて、レーニンさんは草葉の影でどう思っているのだろうか。

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 レーニン像と広告塔。手前を走るのは広告をラッピングした路線バス。

ホテルに戻る前に、カフェで食事したいと「カラボーク」というカフェに入る。メニューは訳が分からないので、P君に教えてもらい、カレイの唐揚とボルシチ風スープとパンの昼食。カレイの唐揚げが肉厚で柔らかく、意外なほどおいしかった。

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 「カラボーク」のスープとカレイの唐揚(242р)。

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 カレイは肉厚で柔らかい。イクラとチーズも付いていた。

〜3へつづく


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