キヨスクは絶滅危惧種なのか

キヨスクの閉店が止まらない。

*2018/1/25 どうしん電子版(北海道新聞)*

”JR函館線の森、八雲、五稜郭の3駅の構内で営業する「キヨスク」が2〜3月で閉店することが24日分かった。3店舗のうち、五稜郭の店舗は道南いさりび鉄道(函館、いさ鉄)が営業を引き継ぐ。いずれも売り上げ減少による不採算が理由。”
 (2017/1/25どうしん電子版より引用)

そういえば、札幌市営地下鉄の駅の売店はキヨスクだったが、気付けば地下鉄駅でもキヨスクを見かけなくなった。
JR駅でも、ここ数年前からキヨスクの閉店が相次いでいる。

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そんなわけで、今回は北海道内のキヨスクについて取り上げたいと思います。

ここ数年でキヨスクがどれだけ減ったのだろうか。
ネット上に年末年始の営業時間のご案内 - 北海道キヨスクというのを見つけたので店舗数を数えてみる。
この案内に年度の記載はないが、曜日からすると2013年度のものである。

その中から、キヨスクの名で営業している店舗を数えると、95店舗あった。うち地下鉄の店舗が33店舗。

2018年2月4日現在の同じくキヨスクの名で営業している店舗を北海道キヨスクの店舗情報で数えると24店舗。うち地下鉄の店舗が5店舗だった。

 ◆ 道内キヨスク店舗数
2014年1月 → 95店(うち地下鉄33店)
2018年2月 → 24店(うち地下鉄5店)

こうして比べると4年間で、4分の1近くまで減ったことがわかる。
とくに地下鉄の店舗の減少が著しい。
地下鉄の売店がローソンになっていたり、野菜を売っていたりするのを見かけるが、もとはキヨスクだった場所である。

中にはセブンイレブンに転換した店や、土産物が中心の北海道四季彩館になった店舗もあるが、ほとんどが営業自体がなくなってしまった。

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 2018年1月、キヨスク部分が撤去されたホームの店舗。

いつからだろう、札幌駅のホーム上からもキヨスクがすべてなくなっていた。
ここのキヨスクは、駅弁の売店と立ち食いそば店が一体化した小屋になっていて、1番から10番まであるホームのすべてに同じような格好であった。

キヨスクだった部分は取り壊されて、ホームの床面が黒くなっているのが跡である。

各ホームに計5店舗あった立ち食いそばも、いまは減って2店舗のみ。これもこれからどうなるんだろう。

かつては特急や夜行列車に乗る前に、キヨスクで飲み物やお菓子を買うのが汽車旅の儀式のようなものであった。

気が付けば車内販売も今ではスーパー北斗のうち日中の列車だけになってしまった。これも今の流れではいつ無くなってもおかしくはない。

そのうちに、駅に行く前にコンビニなどで買い物を済まさなければ、飲まず食わずの旅になる時代になるのだろう。

不便さもさることながら、寂しい。

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 2007年6月の札幌駅ホーム。キヨスク、駅弁売店、立ち食いそば店が一体化した店舗だった。

キヨスクの相次ぐ閉店は、駅構内という限られたニーズの中での営業とあって採算が合わなくなってきたことと、新たな店員の確保が難しくなってきたことなどが理由のようである。

コンビニ全盛の今とあっては、対面販売でのやり取りは、客の側からしてみても少々面倒というのも、客離れに拍車をかけている。

かつてキヨスクでの売れる3大商品と言えば、新聞、雑誌、たばこであった。
この3つともが2000年代に入ってからは売れなくなってしまった。

車内で新聞読んでる人いなくなったなあ。みんなスマホだもんなあ。たばこ吸う人も気づけば今では少数派になった。

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 地下鉄でもすっかり少数派になったキヨスク。2018年1月大谷地駅。

かつてはちょっとした駅であれば、大抵の駅の待合室にはキヨスクがあった。
それが当たり前だと思っていた。

90年代の初頭、宗谷本線ならば私の記憶ではキヨスクがあった駅は次の通り。
士別、名寄、美深、音威子府、天塩中川、幌延、豊富、南稚内、稚内。
ほぼ急行停車駅にはキヨスクがあったことになる。

『汽車』に乗る前にちょっとしたお菓子や飲み物を買ったり、通勤途中に新聞やたばこを買うのがキヨスクだった。

地方の駅では、キヨスクが今で言うコンビニ代わりとなっていて、列車が来ない時間でも、町の人がやってきて買い物をする光景が見られた。

コンビニが無かった時代は、田舎の町で新聞や雑誌を買えるのは駅のキヨスクだったのである。
それに昔は駅前の商店街は日曜日はどこも休みになった。そんな中でも年中無休のキヨスクは町の人々にとっても便利な存在だっただろう。

国鉄末期には地方の駅が軒並み無人化されたが、無人駅化されて駅員が引き揚げてもキヨスクはそのまま営業している駅もあった。そんな駅では、キヨスクで切符を売っていた。
列車の利用者よりも、町の人たちに支えられていたといえよう。

90年代も後半になると、コンビニが地方へも進出しはじめる。
コンビニができるとキヨスクの役割は終わってしまったようで、とても列車の利用者だけが相手では営業を続けるのが難しくなったことだろう。

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 標津線があった時代の厚床駅。この駅にもキヨスクがあった。

キヨスクのうち、採算を見込める店舗については、コンビニへの転換を進めているようで、セブンイレブンとなって駅ナカのコンビニとしてオープンしている所もある。

それでも、コンビニ化されるのはごく少数で、キヨスクが閉店したあとの待合室やコンコースはがらんとした空間になり、火が消えたような寂しさがただよう。

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 キヨスクが閉店した苗穂駅。2018年1月。

冒頭にあるように、今年度中に道南の3店舗が姿を消す。
キヨスク閉店の流れは止まらない。

特急の始発駅である網走駅からもキヨスクが閉店。名寄駅のキヨスクは稚内駅のが閉店してからは最北端のキヨスクということになっていたが、こちらも閉店し、現在の最北端キヨスクは旭川駅になる。道東方面はすでに全滅している。

札幌市内のJR駅でも、キヨスクの名で営業しているのは札幌駅、手稲駅、新札幌駅の3駅のみ。
ホームで営業しているキヨスクは、旭川駅と新幹線の新函館北斗駅だけになる。

北海道内に限らず、あと数年もすればキヨスクという名前自体が無くなっているかもしれない。
不採算店舗の閉店のほかは、コンビニへの転換である。

実際コンビニ化したところ、売り上げは増えているようだし、利用者からも歓迎されるところだろう。
昔ながらの光景が消えるのは寂しいが、致し方ないところではある。

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 壁面に商品を陳列した形態の店。セブン-イレブン北海道ST大通B2店。

ところでキヨスクキオスクは違うのか?
看板の表記は『Kiosk』である。これは英語で「キオスク」で、駅や公園などの売店の意味である。

1973(昭和48)年に、それまで弘済会売店という名前だった鉄道弘済会の売店の名称を『キヨスク』と改める。
本来は「キオスク」と読むべきところを「キヨスク」としたのは、「清い」や「気安い」という意味も込めてということである。


次では、道内の閉店した懐かしのキヨスクを紹介します。

昔ここにはキヨスクがあった〜 へつづく


posted by pupupukaya at 18/02/04 | Comment(0) | 北海道の駅鉄
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