日高本線は2015(平成27)年1月8日に厚賀〜大狩部間で高波による土砂流出のため、鵡川〜様似間が不通になった。
同年1月27日には静内〜様似間の運転を再開する。車両は苫小牧から静内まで、仮復旧した被災区間を通って回送で毎日送り込まれていた。
ひと月後の2月28日には被災区間の状況悪化により列車の回送が取りやめになっている。
当初は不通区間も『当面の間』ということだったが、その後も日高本線各所で路盤や橋梁の流出が相次ぎ、復旧できないまま現在に至る。
2016年12月には、鵡川〜様似間の鉄道復旧を断念する表明をJR北海道から出されている。
ところで、この日高本線の不通区間に新しい踏切ができていた。場所は厚賀駅から数百メートル苫小牧寄り。
未成線という路線がある。これは予定はあったが建設されなかった鉄道路線、あるいは建設されたが途中で建設が中止されて実現しなかった鉄道を指す。
それで言うと、ここは未成踏切とでも呼んだらいいのだろうか。
もともとここは町営住宅と海側の町を結ぶ第4種踏切(遮断機も警報機も無い踏切)があったところ。現在の法律では、踏切の新設は原則としてできない。
前の踏切の改良工事として行われたのだろう。
2車線の立派な道路は、国道235号線と道道208号比宇厚賀停車場線沿いの厚賀市街を結ぶために新設された町道。
道道の厚賀市街側から見た踏切。
工事名と完成日を記した柱。
着工は2015(平成27)年10月14日。日高本線の運休は同年の2月から。
完成は2016(平成28)年3月22日。JR北海道が鵡川〜様似間の廃止を表明したのは同年の12月だった。
なんという行き違いと言うべきか。
錆びた線路と真新しい踏切。新たに鉄道が開業するような感じにも見える。
錆びついた線路と色あせた枕木は廃線跡そのもの。
警報灯と遮断機には黄色いカバーがかけられている。遮断棹の取り付けは無し。
立派な踏切名称も付けられた。その名も『コマチップ踏切』。
列車が来るのを小待ちっぷ・・・
つまらないシャレであったな。
除雪車用に立てられた新しい雪かき車警標(フランジャ禁止解除)
踏切から厚賀駅方向。草も生えずに意外ときれいな線路。
踏切注意の新しい標識がむなしい。
さらにむなしい『踏切注意』と『JR北海道』の表記。
日本各地にある『珍踏切』。ここは設置されてから一度も列車が通ることなく消えてしまう踏切である。
まだ100%確定したわけではないが、たぶんそうなる。
唯一の小さな望みとして、デュアル・モード・ビークル (DMV)の導入による復旧という提案も沿線の自治体から出ているようだが、厚賀駅の両方向が路盤流出、橋梁流出という状態では、どう考えてもコマチップ踏切にDMVが通ることはありえない。
それにしても何もない所にずいぶんと立派な道路を作ったものだ。列車は通らないが、この道路を通る車すら見なかった。
厚賀駅と日高門別駅にも寄ってみた。
厚賀駅の駅舎。代行バスのバス停は駅前の道道にある。
厚賀駅の待合室。
バス停は少し離れているが、代行バスの時刻表が掲げられていた。
厚賀駅のホーム側。列車が来なくなって2年以上になるが、それほど荒れていない。
日高門別駅と日高線代行バス。
駅前広場はもともと大型バスの乗り入れは考慮されていないためか、大型バスの転回は大変そうだった。
余裕のあるダイヤなのか数分間停まっていた。車内の乗客はたった2人。
代行バス待合所として使われている日高門別駅舎。
島式ホームと駅名標。
草が侵入してきた駅構内。信号は消灯している。
日高門別駅のある日高町はJR北海道に対し、大きな被害のなかった鵡川〜日高門別間の再開を主張している。
鉄道や時刻表しか見ていないと鵡川駅が拠点のように思えるが、このあたりの中心は富川駅のある日高町富川である。商業施設の多くは富川に存在し、駅からも近い。
旧日高町や平取町からの国道237号線は富川で国道235号に合流するという地の利だからだろう。
一方、門別には日高町役場と大病院の門別国民健康保険病院がある。
被災当初の日高本線の運行区間を鵡川でなく日高門別までとしていればと悔やまれる。
北海道のローカル線を維持するためには、これがひとつの答えかも知れない。
赤灯に被せてある黄色のカバーは、水を通さない素材なのかパンパンになっていますね。
巾着型で口が上を向いてるので雨水が溜まって、外したら中が大変なことになってそうですね。