石勝線夕張支線の普通列車に乗ってみた 2

こんどは改札口で切符に改札印をもらってホームへ行くが、まだ誰もいない。
しばらくすると1両の列車が入ってきた。下車客はゼロ。

到着時の車内の乗客は5人。うち3人は高校生であった。滝ノ上からの通学生だろう。あとの2人(私含めると3人)は終点夕張から折り返し乗車していたのでおそらく試乗目的と思われる。

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 追分発夕張行2623D。主に滝ノ上からの通学列車。

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 車番と行先標。

新夕張では7分の停車となる。この駅で交換や接続する列車は無いのですぐに発車しても良さそうなものだが、時間調整も兼ねているのだろう。先に発車した上り2624Dとは十三里で交換している。
2624Dの時刻をもう少し繰り下げて新夕張で双方交換すれば良さそうなものだが、石勝線が特急優先のダイヤのためそうもいかないのだろう。

停車中に1人2人と乗ってきて、新夕張からの乗客は10人、全員が高校生のようだ。僅か15人の乗客数だが、すべてのボックスに1人ずつ座っているので見た目にはまずまずの乗車率だ。

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 新夕張発車時の車内。

夕張支線の沿線には夕張高校が1校あり、南清水沢駅が最寄りとなっている。同校の生徒のうちJR利用は35人(道新2015.6.27より)ということだ。
夕張市内の高校は、鹿ノ谷に夕張北高校と夕張工業高校、南清水沢に夕張南高校と3校あったのだが、1994年に夕張北高が閉校、夕張工業から改称した夕張緑ヶ丘実業の2校となる。2003年には夕張緑ヶ丘実業が閉校、夕張南は夕張高校となり現在に至っている。

次の沼ノ沢では8人の乗車があった。うち高校生は5人、一般客は3人である。デッキに立つ人も現れたが、これは次の清水沢で降りるために相席を嫌ってのこと。次の清水沢までは距離にして4km、夏ならば自転車通学も可能だ。

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 沼ノ沢駅に到着。夕張への通勤客と南清水沢への通学客が乗り込む。

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 新しいスクールバスも走っていた。南清水沢付近。


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 南清水沢で乗客が入れ替わる。1面1線のホームはしばし賑わう。

夕張高校の最寄駅である南清水沢では高校生が一斉に席を立った。18人が下車する。入れ替わりで乗車したのが6人、全員が地元の一般客である。
車内では「おはようございます」の声がいくつか聞こえた。数少ない列車に乗り合わせるいつもの顔ぶれなのだろう。

次の清水沢では3人が乗車、ここでの車内の乗客は15人となった。
通勤列車ながら車内はあちこちで話し声がする。
今日は月曜日だが「明日から3連休で」など。今日は月曜日だが、勤務先のシフトの話らしい。

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 清水沢〜鹿ノ谷間の車内。いつもの通勤客といった顔ぶれ。

鹿ノ谷では乗降ゼロ。終点の夕張までは1.3kmではわざわざ列車通勤の人はいないだろう。
通勤客は沼ノ沢〜清水沢から終点夕張までの利用だった。

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 終点夕張駅が近づく。

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 終点夕張に到着。どの人も足早に出口へと向かう。

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 人数は少ないながらも朝のラッシュを迎える夕張駅。

8:17着、夕張駅はちょっとした通勤ラッシュとなる。といっても1両の乗客十数人が出てくるだけなのだが。

列車を降りた人が向かう先は大きく3つに分かれていた。1つは道道を北方向へ歩いて行く人。2つ目は駅向かいのバス停で待つ人。これらの人はいずれも本町まで行く人たちだろう。それにしてもバスに乗換える人がいるのも意外だった。これは夕鉄バスの運賃の高さから、安いJRで夕張駅まで来てということなのだろう。

3つ目はホテルマウントレースイの通用口へ向かう人たち。これは確実にホテルへの通勤客である。ホテルに向かう女性通勤者はみんな大きな手提げ袋を持っている。ユニフォームでも入っているのだろうか。

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 下車客はそれぞれの方向に歩いて行った。

さて、夕張での滞在時間は13分。こんどは折返しの8:30発追分行に乗車する。
夕張始発時の乗客は私含め4人でうち地元客は1人だけ。通勤通学時間も終わり、追分へ戻るだけの回送列車のようなものだ。すっかり日が高くなって明るくなった。こんどは車内観察よりも車窓を楽しむことにしよう。

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 夕張駅車内の小ぶりな待合室。夕張市観光案内センターも入っている。

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 夕張駅の時刻表。1日9往復だが追分止まりの列車が多い。

炭鉱のあった1980年代までは夕張市内はどこも炭住と呼ばれる木造の長屋が並んでいたが、閉山後は炭鉱会社から市に移管されて市営住宅となった。近代的な改良住宅への建て替えが進み、昔ながらの木造の長屋は今ではほとんど姿を消した。
少なくとも車窓からでは炭鉱のイメージを感じるものは見つからない。

鹿ノ谷手前で志幌加別川の鉄橋を渡る。清水沢で夕張川に合流するが、夕張支線は途中で4回もこの川を渡る。
明治・大正期に建設された鉄道はといえば、とにかくお金のかかる鉄橋やトンネルを避けるのが常で、それがために崖っぷちに敷設されてしまった路線も多く、のちに災害線区として対策に悩まされることになる。
それに比べると同時期に建設された夕張線は非常に贅沢な設計であったといえる。その当時から石炭の大量輸送を想定していたのかもしれない。

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 夕張〜鹿ノ谷間で志幌加別川を渡る。横に鉄橋跡が残るのは複線時代の遺物だろうか。

鹿ノ谷はかつてここから函館本線の野幌まで夕張鉄道があり、その接続駅だった。
今は線路1本、ホーム1面だけの無人駅。その割には堂々とした大きい駅舎がその名残でもある。駅の反対側の広い空地は、たくさんの側線が並んで、夕張鉄道のホームがあり跨線橋で結んでいた。

鹿ノ谷から1人乗ってきた。

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 列車後部の窓から。鹿ノ谷〜清水沢間。

鹿ノ谷から清水沢までは6.6kmあって、夕張支線では一番駅間距離が長い区間となる。
しばらく右側に街並みが続く。
夕鉄バスターミナル、平和運動公園といった施設が見える。車窓からは見えないが、「幸福の黄色いハンカチ想い出広場」もこの付近にある。鹿ノ谷から約2kmあり、この付近に新駅設置を望む意見もあるようだ。

市街地が終わるとだんだん谷が狭くなってくる。
突然駅でもない場所で列車のスピードが大きく落ちる。この先の稚南部(わかなべ)トンネルが25km/hの徐行箇所となっているためだ。徐行は2013年2月から行われ、トンネル老朽化と路盤劣化による措置となっている。

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 メガネトンネルの稚南部トンネル。片側は複線時代に使用されていた。

トンネルを抜け、清水沢までは志幌加別川の狭い谷間を道道夕張岩見沢線と並行して走る。
谷間が広がったところに清水沢駅がある。

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 清水沢駅も運炭列車の始発駅だった。交換設備は撤去され、今は無人駅となった。

清水沢は南部方面へ運炭鉄道の三菱石炭鉱業大夕張線が分岐していた。1日3往復ながら旅客列車も運転されていて、冬は車内でダルマストーブを焚いて走っていたなど話題にもなったが、1987年に廃止になっている。
ホームと駅舎が離れているのは、かつてはこの間に側線があって石炭を積んだ貨物列車が行き来していた。
古い駅舎や駅前商店街が残っていて、夕張支線では唯一、元炭鉱町であった頃の面影を車窓から見ることが出来る。

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 2002年頃の清水沢駅。腕木式信号機が最後まで使われていた。

清水沢駅は石炭輸送終了後も、2004年3月までは交換設備が残り、タブレット交換や腕木式信号機が遺されていた。1線のみの棒線駅になっても、2015年9月30日までは駅員が常駐していて乗車券を売っていたが、今は無人駅になっている。

清水沢からの乗車は2人、降車はゼロ。

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 2人の乗車があった清水沢駅。簡易委託駅で2人とも南清水沢発の乗車券を持っていた。

清水沢を出るといったん町は途切れるがすぐに南清水沢に着く。清水沢から1.5km、この程度ならば徒歩圏内だし実質一つの町と考えても良い。
夕張市の人口のうち3分の1強がこの清水沢地区住民となっている。駅向かいはスーパーマーケットがあり、少し離れた所にはホームセンターが新たにできた。市内の学校のうち小中高すべてがこの地区にあり、夕張市の実質中心ともいえる。

清水沢からの乗車は2人、降車はゼロ。
ここまでの乗客は9人(私含む)、うち地元客は6人ということになる。

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 清水沢を出ると、夕張唯一のホームセンターも見える。

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 沼ノ沢〜新夕張間の車内。

南清水沢を過ぎると夕張市の市街地は終わり、夕張川の鉄橋を渡ると、車窓は農地の風景になる。今は一面雪が覆っているが、夏場は今や一大ブランドとなった夕張メロンの主産地となるところで、これは夕張市一番の稼ぎ頭であろう。
線形も良くなり、列車も線内MAXの85km/hで軽快に走る。

次の沼ノ沢では乗降ゼロ。

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 夏はメロン畑となりビニールハウスが並ぶ。

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 夕張川を跨ぐ石勝線が見えてくる。

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 数々のポイントを渡って新夕張駅に到着する。

新夕張着8:54、この列車は追分まで行くが、9人の乗客は全員下車した。新夕張から乗ってくる客は無い。
9:01発帯広行「スーパーとかち1号」はすぐの接続になる。試乗目的と思われる人たちはそちらに乗り継いだようだ。

私は9:05発の2629Dで夕張へ戻ることにする。

3へつづく

posted by pupupukaya at 16/01/09 | Comment(0) | 北海道ローカル線考
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